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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(明日はだな…)
 やるべき仕事があれとこれと…、とハーレイが確認してゆく内容。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 ブルーの家には寄って来たけれど、今日は平日。
 週の半ばで、今週の仕事はまだまだこれから。
 明日も仕事で、明後日も仕事。
 如何に効率よく進めてゆくかが肝心なことで、しかも仕事が教師なだけに…。
(俺一人の責任だけでは済まないってな)
 予定通りに授業が進んでゆかなかったら、生徒が困る。
 後から補習という手はあっても、使いたくない教師の奥の手。
(生徒ってヤツは休みたいもんだ)
 余計な授業を受けるよりかは、一時間も早く帰りたいもの。
 あるいは部活に出掛けるだとか。
 本来だったら授業が無い筈の放課後の時間、其処で補習は喜ばない。
(喜ぶヤツがいるとしたなら…)
 あいつくらいなものなんだ、と思い浮かべた小さな恋人。
 前の生から愛したブルー。
 「お前のクラスは今週、補習だ」と言おうものなら、きっと喜ぶ。
 いくら「ハーレイ先生」でも。
 恋人ではなくて教師の顔でも、会えることには違いないから。
 授業を余分に受けられるのだから、大喜びをしそうなブルー。
 「今週はハーレイの授業が多い」と。
 ただし、自分のクラスでなければ、膨れっ面になるだろうけれど。
 「補習があるからハーレイが家に寄ってくれない」と、プンスカ怒っていそうだけれど。


 なんとも我儘な小さな恋人、自分のクラス以外の補習は喜ばない。
 ついでに自分のクラスの生徒の迷惑だって…。
(少しも考えていないってな)
 自分以外は、誰も喜んではいないだなどと。
 「ハーレイの授業」で頭が一杯、補習の時間を得した気分で、きっと御機嫌。
 他の生徒は「早く帰りたい」と思っているのに。
 補習なんかは無くていいから、放課後の自由を寄越してくれと。
(あいつだけしか得をしないのが、補習ってヤツで…)
 誰も喜ばないと分かっているから、そういう手段は使わない。
 だから授業はきちんと進めて、生徒に迷惑をかけないように。
 「俺の都合で遅れちまった」と、「この分は補習で教えるから」と謝らなくて済むように。
 それが教師の仕事というもの、他にも色々あるけれど。
 学校のことや、会議や研修、柔道部の顧問も、もちろん仕事。
 どれだってミスは許されないから、確認することを忘れない。
 明日の予定はと、仕事の中身はどうだったかと。
 生徒や学校や教師仲間に、迷惑をかけてはならないから。
 責任をもって仕事をしてこそ、一人前の教師だから。
(俺の都合でやる補習もマズイし…)
 生徒の都合でやる補習。
 テストしてみたら酷い成績、そういう生徒は補習の対象。
 「お前は残れ」と名指しで残して、放課後に教えるパターンの補習。
 それも出来ればやりたくないから、授業のやり方に気を付けて。
 居残りで補習を受けた所で、生徒の力は大して伸びない。
 「何故、自分だけ」と膨れるだけだし、頭に入りはしないから。
 時間を削って教えてやっても、お互い、損をするだけだから。


(俺はブルーの家に寄れる時間が無くなって…)
 生徒の方でも放課後の自由が無くなるわけだし、お互いに損。
 だから駄目だな、と漏らした苦笑。
 遅れていそうな生徒の目星はついているから、授業の時に徹底的に。
 「此処が分からないヤツはいるか?」と、自分から問いを投げ掛けて。
 分からないなら、もう一度やる、と。
 生徒はきっと反応するから、「もう一度だな」と教える内容。
 今週の俺の課題はそれだ、と思い浮かべた追加で指導をするクラス。
(でもって、柔道部の方が…)
 一つ上のことを教えるべき時期に来ている生徒が、何人か。
 技のレベルに合わせて指導をしているけれども、レベルアップをしなければ。
 「お前は今日から、こっちの方だ」と練習相手の変更を。
 変更するなら、暫くはその子を集中的に指導するべき。
 上のレベルでやっていけるか、元のレベルに戻す方がいいか。
(無理をさせてもいかんしなあ…)
 生徒は上を目指したがるけれど、無理をしたって伸びない柔道。
 身体に合った指導が必要、個性に合わせた練習を。
 それが上達するための早道、だからこそ目が離せない。
 どの子の何処を伸ばすべきかと、そういう時期に来たかどうかと。
(あいつと、あいつ…)
 それから、あいつ、と数えた教え子。
 今週の間に決めてやらないとと、週明けに練習相手を変えるとするか、と。


 そんなトコだな、と確認を終えた今週の仕事。
 週も半ばになっているから、取りこぼしが出て来ないようにと。
 うっかりミスでは済まない責任、生徒や学校にかける迷惑。
 それでは教師失格だから。
 教師でなくても、責任は果たすべきだから。
(どんな仕事でも、同じだってな)
 農家だったら、畑の手入れや水やりなどや。
 収穫の時期を見極めて世話で、失敗したなら自分も困るし、買う人だって。
 海が相手の漁師にしたって、まるで責任無しとはいかない。
 「海が荒れたから漁に出られない」というのは良くても、その時に漁をしなかった分。
 何処かできちんと取り戻さないと、店から魚が消えて無くなる。
 養殖の魚は出回っていても、根強い人気の天然ものが。
 「地球の魚はやっぱり違う」と、他の星からの観光客だって喜ぶ魚が。
 他の仕事にも責任はつきもの、放り出したら仕事にならない。
(責任を取れる範囲で仕事をしなくちゃな?)
 出来もしないのに「やれます」などは言語道断、必ず誰かに迷惑がかかる。
 そういうタイプも、特に珍しくはないけれど。
 同じ古典の教師にしたって、何人も見ては来たのだけれど。
(普段は人気者なんだがなあ…)
 授業の途中で脱線するから、生徒に人気の楽しい教師。
 けれども、何処かで補習が必要、そういう時には嫌われる。
 「補習は嫌です」と。
 もっとも、補習が済んでしまったら、またまた復活する人気。
 脱線ばかりの授業は楽しいものだから。
 授業と言うより、愉快な話を聞く時間だから。


(俺も幸い、人気はあるが…)
 補習をやったら嫌われるな、という自覚はあるから、避けたい補習。
 生徒のためにも、自分の時間を作るためにも。
(ブルーしか喜ばない補習じゃなあ…)
 話にならん、と果たすべき責任を思ったけれど。
(…待てよ?)
 ブルーか、と心に引っ掛かったこと。
 前の生から愛した恋人、今は教え子の小さなブルー。
 遠く遥かな時の彼方で、ブルーと暮らしたシャングリラ。
 あの船でキャプテンだった自分は、今よりもずっと忙しかった。
 来る日も来る日もブリッジに行って、舵を握ったり、指示を出したり。
(…今の俺とはまるで違うぞ?)
 仕事の中身も違うけれども、責任だって。
 もしもキャプテンがミスをしたなら、船の未来が消えかねない。
 判断ミスで事故を招いたら、シャングリラは沈むだろうから。
 いくらブルーが守ったとしても、自力で飛べなくなったなら。
(船もそうだし…)
 乗っていた仲間の生活までが、前の自分にかかっていた。
 船の物資は足りているかと、気を配ることもキャプテンの仕事。
 食料が充分にあるかどうかも、他の様々な物資にしても。
 船の仲間たちが生きてゆくために必要な全て、それを自分が担っていた。
 データをチェックし、何か欠けてはいたりしないかと調べたり。
 気象に合わせて船の進路を選んだり。
 一つ間違えたら、重大な危機を招きかねなかったキャプテンの仕事。
 責任の重さがまるで違うと、今の俺とは違い過ぎる、と。


 今の自分が失敗したって、生徒に嫌われるだけのこと。
 授業の進み具合を読み誤って、補習になって。
 理解出来ていない生徒を作ってしまって、その子に補習を言い渡して。
(生徒も損だが、俺も大損…)
 ブルーの家に寄る時間が取れずに、ガッカリだろう補習をする日。
 両成敗とも言える結末、今の自分は失敗したってその程度。
 学校の仕事も、柔道部の指導も、やり損なっても…。
(やり直せるし、謝ってきちんと俺の仕事をしたら…)
 何処からも文句は来ないわけだし、いつもの日々が続いてゆく。
 船ごと沈んで、それで終わりにはならないから。
 仲間たちが飢えに苦しむわけでもないのだから。
(…仕事が変わると、こうも変わるか…)
 俺の責任、軽くなっちまった、と肩を竦めた。
 こんな程度で責任も何もと、前の俺なら責任と呼びもしないだろうな、と。
(しかしだ、これが今の俺だし…)
 あいつにも文句は言わせないぞ、と前の自分を思い浮かべる。
 俺には俺の責任ってヤツがあるんだから、と。
 仕事をきちんとしないと補習で、ブルーが膨れてしまうんだしな、と。
 ブルーだけは今も変わらないから。
 誰よりも愛おしい大切な人で、今もブルーが一番だから…。

 

        俺の責任・了


※ハーレイ先生の責任は、古典の教師の仕事の範囲。キャプテンだった頃とは違うのです。
 責任とも呼べない代物ですけど、ブルー君と過ごす時間のためには、きちんと仕事v





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(ハーレイ、来てくれるといいんだけれど…)
 明日は会えるといいのにな、と小さなブルーが心の中で呟いたこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 昨日も今日も、家に来てくれなかった大好きな恋人。
 前の生から愛したハーレイ。
 きっと仕事が忙しいのだ、と頭では分かっているけれど。
(でも、会いたいよ…)
 ハーレイと会って話したいのに、と零れる溜息。
 今日もハーレイには会えなかった、と。
 学校では顔を合わせたけれど。
 挨拶をして、立ち話だって少し出来たのだけれど。
(あのハーレイは、ハーレイ先生…)
 今の自分が通う学校の古典の教師で、「ハーレイ先生」。
 けして「ハーレイ」と呼べはしなくて、呼び掛ける時は「ハーレイ先生」。
 言葉遣いだって、他の先生と話す時と同じで、きちんと敬語。
 切り替えは上手く出来るけれども、そうやって立ち話をする時は…。
(他のみんなと変わらない話…)
 恋人同士の会話ではなくて、教師と生徒の会話だけ。
 学校では教師と生徒だから。
 いくらハーレイが守り役とはいえ、甘えることだって出来ないから。
(元気そうだな、って…)
 そんなことしか話してくれない、ハーレイ先生。
 「今日の授業は分かりやすかったか?」だとか、もう本当に生徒扱い。
 生徒なのだから、仕方ないけれど。
 恋人なんです、と言えはしないし、ハーレイの方でも同じこと。
 だから、ハーレイとは会えないまま。
 昨日も今日も「ハーレイ先生」、恋人のハーレイに会えてはいない。


 それがなんとも寂しいから。
 ハーレイに会いたくてたまらないから、祈ってしまう。
 「明日はハーレイが来ますように」と、「仕事が早く終わりますように」と。
 長引く会議や、柔道部の生徒の怪我などは困る。
 ハーレイが来られなくなってしまうから、そういったことが無いように。
(ホントにお願い…)
 ぼくのお願い、と両手を組んで祈った神様。
 特に誰とも思わないまま、「明日はハーレイが来ますように」と。
 長引く会議がありませんようにと、柔道部の生徒が怪我をしたりもしませんように、と。
(きっと叶うよね?)
 このくらいのささやかな祈りなら。
 欲張ってお願いしてはいないし、きっと神様は叶えてくれる。
 背を伸ばしたいとか、早くハーレイと結婚したいだとか、我儘は言っていないから。
 ほんのちょっぴり、普通の日が欲しいだけだから。
(ハーレイの仕事が早く終わって、柔道部だって順調で…)
 そういう一日になるといいな、とお祈りしただけ。
 ごくごく普通の一日がいいと、ハーレイに会える日になればいいと。
 欲張ってはいない、小さなお祈り。
 どの神様が聞いていたって、「そのくらいなら…」と叶えてくれそうなこと。
(それに、柔道部の生徒のためにお祈り…)
 怪我をしたりはしませんように、と祈った自分。
 まるで知らない誰かのために。
 自分のためのお祈りとはいえ、柔道部の生徒の分まで祈った。
 無事に練習出来ますように、と。


 きっと叶うよ、と思ったお祈り。
 どんな神様でも、「この欲張りが」と呆れたりはしない筈だから。
 普通の一日が欲しいだけだし、柔道部の生徒の無事まで祈ってあげたのだから。
(欲張りなお祈りは駄目だけど…)
 これくらいなら、と考えた所で気が付いた。
 チビの自分は、神様にお祈りしたけれど。
 どの神様も思い浮かべないままで、「お願いします」と祈ったけれど。
(…前のぼくだと…)
 お祈りはもっと真剣だった、と蘇って来た遠い遠い記憶。
 何度祈ったか分からない。
 白いシャングリラで、ミュウの未来を。
 いつか地球へと、平和な時代が来るようにと。
(そうでなくても…)
 今日が一日、無事であるようにと祈り続けたソルジャー・ブルー。
 シャングリラの、船の仲間たちの無事を祈らない日は無かったと思う。
 自分一人の力だけでは、ミュウもシャングリラも守れないから。
 物理的には守れたとしても、そんな事態にならないようにと。
(もしも人類に発見されたら…)
 直ぐに攻撃されるだろう。
 何処まで逃げても、きっと追手がかかるのだろう。
 白いシャングリラが沈むまで。
 懸命に自分が張ったシールド、それが力を失う時まで。
 たとえ振り切れても、一度発見されてしまえば、知れてしまうのが船の存在。
 人類軍の全てに回る通達、見付けたならば沈めてしまえと。
 そして束の間の平和は無くなる。
 長く潜んだ雲海の星を、アルテメシアを追われてしまって。
 シャングリラは宇宙を彷徨い続けて、行く先々で発見されては、攻撃を受ける日々が来て。


 そうならないよう、前の自分は祈り続けた。
 白いシャングリラが見付からないよう、船の仲間たちが無事であるよう。
 今日も一日、何事も起こらず過ぎて欲しいと。
(アルテメシアにいた、ミュウの子たちも…)
 何人も救い出したけれども、救えない時もあったから。
 救出が上手く行った時にも、助けた子供が船に来るまで、気を抜くことは出来なかったから。
(…お祈りしてた…)
 人類に追われたミュウの子供が助かるように。
 自分たちの迎えが間に合うようにと、前の自分は祈っていた。
 一人でも多く助けたいから、殺される子供は一人もいない方がいいから。
(…神様にしか出来ないんだもの…)
 ミュウの子供が生まれてくるのは、そうなった子供のせいではなくて。
 子供を育てた人工子宮や、交配システムのせいでもなくて。
 神の悪戯、神の気まぐれ、そうでなければ神の意志。
 前の自分が持っていたサイオン、それがどんなに強いものでも神の力には抗えない。
 神が決めたら、世界の全てはそのように動く。
 ミュウの子供を作り出すのも、シャングリラが潜む雲海の形を変えてゆくのも。
(…ミュウの未来も、船の未来も…)
 どう頑張っても、前の自分の力だけでは守れない。
 物理的には守れたとしても、ミュウの子供を殺すシステムや人類軍の存在はどうしようもない。
 消えてなくなれと念じた所で、破壊出来るのは一部分だけ。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒せたとしても、人類は直ぐに次のを据える。
 他の星から運び込んで来て、まるで何事も無かったかのように。
 アルテメシアの駐留軍を壊滅させても、その日の内に別の部隊がやって来る。
 自分の力は、一部分にしか及ぼせないから。
 人類が支配する宇宙の全てを、意のままに出来はしないから。


 分かっていたから、神に祈った。
 「どうか」と何度も、救いを求めて祈り続けた。
 ミュウに未来があるように。シャングリラが無事であるように。
 宇宙の全てを司るのは、きっと神だと思ったから。
 マザー・システムが何であろうと、それもまた神の手の内だから、と。
 ミュウに未来があるとしたなら、神が導いてくれる筈。
 今は追われるミュウであっても、いつかは追われずに済む場所へ。
 母なる青い地球の上へと、人を生み出した約束の地へと。
(神様だったら、出来そうだから…)
 自分には無理でも神なら出来る、と思ったこと。
 ミュウの未来を守ってゆくことも、ミュウの箱舟を守り抜くことも。
(だから、お祈り…)
 前の自分は何度も祈った。
 ミュウに未来をと、シャングリラが人類に見付からぬよう、と。
(神頼みだけじゃなかったけれど…)
 自分でも努力していたけれども、それだけで足りはしないから。
 広い宇宙を司る神、その神が味方してくれなければ、ミュウの未来は守れないから。
(頑張って、頑張って、それから神様…)
 前の自分がしていた祈りは、そういう祈り。
 持てる力の限りを尽くして、足りない分の救いを求めた。
 人間の身では変えることが出来ない、宇宙の摂理。
 神が定めた宇宙の秩序。
 変えられるのはきっと神だろうから、「どうか」と祈り続けた自分。
 いつかはミュウに未来をと。
 約束の地へと、青い地球へと。


(前のぼくのお祈り…)
 今と中身が全然違う、とパチクリと何度もしてみた瞬き。
 ミュウのためにと、シャングリラのためにと祈り続けたソルジャー・ブルー。
 自分の力が及ばない分を、神が補ってくれるよう。
 ミュウの未来を、白いシャングリラを神が守ってくれるよう。
 それに比べたら、今の自分が祈ったこと。
(柔道部の生徒の分まできちんとお祈りしたよ、って…)
 自分のことだけ祈ってはいない、と得意だったのが恥ずかしい。
 どの神様が聞いていたって、前の自分の祈りを知ったら、きっと笑い出すことだろう。
 同じ人間なのに違うと、まるで違った願い事をする、と。
(でも、今だと…)
 こっちの方が普通なんだよ、と思うから。
 人間が全てミュウになった今は、もうシャングリラも要らないから。
(ぼくのお祈り、これでいいよね…?)
 うんとちっぽけで、自分のためのお祈りだけど、と祈りの続き。
 明日はハーレイが来ますようにと、会えますように、と。
 柔道部の生徒が怪我をしたりはしませんように、と。
 今の自分には、きっと似合いの祈りだから。
 ほんの小さな願い事だし、欲張ったわけではないのだから…。

 

        お祈りの中身・了


※明日はハーレイが来ますように、と祈ったブルー君。柔道部の生徒の無事までも。
 けれど、ソルジャー・ブルーとは比較にならない、お祈りの中身。平和な時代の証拠ですv





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(明日は早く帰れるといいんだがな?)
 ブルーの家に寄りたいからな、とハーレイが心で呟いたこと。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 小さな恋人を思い浮かべて、明日こそ早く、と。
 仕事が早く終わった時には、平日でもブルーを訪ねてゆく。
 そういう習慣、小さなブルーと二人でお茶。ブルーの部屋で。
 夕食はブルーの両親も一緒、ダイニングのテーブルで和やかに食べる。
 後はその日の時間次第で、食後のお茶を。
 ダイニングだったり、ブルーの部屋に戻ったり。
 この時間まで、と決めてある時刻、それが来たなら「またな」と帰宅。
 名残惜しそうにしているブルーに手を振って。
 「また来るから」と、愛車に乗って。
 明日はそういう日になるといい、と願ってしまう。
 昨日も今日も行けていないから、小さなブルーに会いたいから。
(学校じゃ、顔を見てるんだがなあ…)
 挨拶を交わして、立ち話も少し。
 けれども、それではまるで足りない。
 学校の中では、自分は教師でブルーは生徒。
 「ハーレイ先生」と呼んでくれるブルーは、常に敬語で話すから。
 恋人同士の会話どころか、本当に教師と生徒だから。
 「頑張ってるか?」と声を掛けたり、「元気そうだな」と言ってやったり。
 他の生徒と変わらない会話、甘い話題を選べはしない。
 会えて話せても、ブルーは生徒。
 自分の方はあくまで教師で、立場を崩せはしないから。


 昨日も今日も、会えていないブルー。
 会えたけれども、恋人ではなかった小さなブルー。
 だから明日こそブルーの家へ、と思うけれども、運次第。
(柔道部の方はなんとかなっても…)
 会議があったら駄目だからな、と指先でトンと叩いた額。
 臨時で会議が入った時には、大抵、長引くものだから。
 誰もが予定を立てていない会議、大筋が出来ていない会議は長くなりがち。
 纏まるまでに時間がかかるし、それが入ったらブルーの家には寄れずに帰宅。
(会議ってヤツが無くてもだ…)
 柔道部で誰かがヘマをしたなら、やはり狂ってしまう計画。
 練習の時に筋を傷めるとか、そういったこと。
(その場で手当て出来ればいいが…)
 冷やしておけよ、と湿布でも貼って、後は見学。
 その程度の怪我ならいいのだけれども、念のために診察して貰うなら…。
(俺が車を出すことになって…)
 診察の付き添い、それが済んだら生徒を家まで送って行く。
 玄関先で「お大事に」と失礼出来れば、ブルーの家へと出掛ける時間は取れるけれども。
(そうはいかないのが、世の中ってモンで…)
 まず間違いなく、「どうぞ」と招き入れられる家。
 「息子が御迷惑をおかけしまして」と、「お茶でもどうぞ」と。
 家に入ったら、怪我をした生徒も交えて歓談。
 懇談ではなくて歓談だけに、「今日はこれで」と切り上げられない。
 お茶だけを飲んで「失礼します」と言えない雰囲気、生徒の顔にもそう書いてある。
 「もっとゆっくりしていって下さい」と、「先生の話が聞きたいです」と。
 生徒にとっては、自分は憧れのヒーローだから。
 いつか自分も、と夢を見たくなる柔道の達人なのだから。


 会議も、柔道部の生徒の怪我も、どっちも困る、と傾けるコーヒー。
 明日こそブルーに会いたいのだから、どちらも御免蒙りたい。
(平凡な一日を希望ってヤツだ)
 いつもの時間に家を出発、学校に着いたら柔道部の朝練。
 後は授業で、放課後にまた柔道部の部活。
 たったそれだけ、他には何も望みはしない。
 特別なイベントも、思いがけないサプライズだって。
(普通の一日が一番だってな)
 同僚に「飲みに行こう」と誘われた時も、ブルーの家には寄れないから。
 「美味いんですよ」と食事に誘われた時も、やはり結果は同じだから。
 その手の誘いも来ないといいが、と祈ってしまう。
 平凡な日が一番だ、と。
(それと、あいつが元気なことと…)
 今度も弱く生まれてしまった、小さなブルー。
 学校で顔を見掛けない時は、欠席だったりするものだから。
 もちろん見舞いに出掛けるけれども、会いに行くのと見舞いとは違う。
 寝込んでいるブルーと、長く話は出来ないから。
 今もブルーの気に入りのスープ、それも作ってやらないと。
(あいつが元気で、俺にとっては平凡な日で…)
 明日はそういう日になって欲しい、と祈りたい気分。
 そう思う気持ちが既に祈りで、きっと誰かに…。
(頼んでるんだな)
 どうぞよろしく、と神様に。
 特に誰とも思わないけれど、祈るとなったら相手は神様。
 平凡な日になってくれますようにと、ブルーも元気でいますようにと。


 本当にささやかな祈りの中身。
 ごくごく普通の一日がいいと、ブルーも健康でありますようにと。
(…このくらいのことは叶えて欲しいんだがな?)
 俺は欲張ってはいないんだから、と思った所で気が付いた。
 何処の誰とも決めていない神に、「どうぞよろしく」と捧げた祈り。
 捧げたかどうかも怪しいくらいで、何の気なしに願い事。
 欲張りなことは何も頼んでいないのだから、叶えて欲しいと。
 平凡な一日と、ブルーの健康。
(今の俺だと、その程度ってか?)
 しかもコーヒー片手に願い事か、と見開いた瞳。
 前の自分なら有り得なかったと、コーヒー片手に祈ることなど、と。
(たまにはそういう時もあったんだろうが…)
 飲んでいたコーヒーは、仕事の合間の休憩用。
 今日も一日無事であってくれ、と心で祈っていたのだろう。
 前の自分が生きていた船、あのシャングリラで。
 無事に一日が終わるようにと、何事も起こらないでくれと。
(…今の俺と同じで、平凡な一日を願っちゃいたが…)
 あの船で平凡な一日と言えば、今の自分とは大違い。
 船が世界の全てだったし、外の世界には追われるミュウたち。
 人類に追われ、殺されていったミュウの子供たち。そうなる前に救い出さねば。
(急な救出も、予定通りの救出の方も…)
 仲間の命が懸かっているから、「どうか無事に」と心で祈り続けた時間。
 白いシャングリラの舵を握って、あるいはキャプテンの席に座って。
(前の俺の平凡な一日ってヤツは…)
 ミュウの子供を救い出すという大変な仕事が無かった日。
 シャングリラにも何のトラブルも無くて、全てが上手く回っていた日。
 まるで違う、と気付かされた祈り。
 前の自分と俺とは違う、と。


(…重みってヤツが違うんだ…)
 同じ平凡な一日にしても、其処に懸かっている重さ。
 今の自分だと、もう本当に軽すぎる中身。
(長引く会議に、柔道部員の怪我ってヤツに…)
 それを避けられるのが平凡な一日。
 同僚からの酒や食事の誘いとか。
(ついでに、ブルーが病気じゃなくて…)
 元気な顔を見せてくれる日、それが平凡な一日の全て。
 けれども、前の自分は違った。
 白いシャングリラの平凡な一日、全てが上手く回っていた日。
 追われる仲間を救わねばならない日とは違って、船にトラブルも起こらなかった日。
(一つ間違えば、とんでもない日に…)
 なるのだった、と前の自分が生きた頃を思う。
 ミュウと判断された子供を救い出す時、見付からないよう隠しておくべきシャングリラ。
 救出に向かった小型艇だって、追われないよう指揮していた。
 合流地点を決める時にも、細心の注意。
 これが母船だ、と発見されたら終わりだから。
 シャングリラが人類に見付かったならば、たちまち攻撃されるから。
(船のトラブルの方にしたって…)
 もしも対処を誤ったならば、大きな事故に繋がりかねない。
 機関部を損ねるような大事故、それが起こったらシャングリラは飛んでいられない。
(上手く何処かへ降ろせたとしても…)
 修理が終わって飛び立つまでは、生きた心地もしなかったろう。
 いくらブルーが守っていたって、船そのものは無防備だから。
 自力で航行出来はしなくて、サイオン・キャノンも撃てないから。


 なんてこった、と頭で比べた祈りの中身。
 同じ祈りでも全く違うと、平凡の意味が違い過ぎると。
(ブルーの健康ってヤツはともかく…)
 他の祈りは、前の自分が耳にしたなら、「贅沢だな」と言いそうだから。
 いい御身分だと言われそうだから、反省しようと思ったけれど。
(しかしだ、今の俺にはこれが普通で…)
 平和な今の時代だったら、誰の祈りもそんなものだから。
 教え子たちの切実な祈りにしたって、テストの点数くらいだから。
(許されるよな?)
 今の時代はこれでいいんだ、とコーヒーを喉に送り込む。
 とても贅沢な祈りだけれども、ほんのささやかなものだから。
 明日はブルーの家に行きたいと、行けるといいなと願うだけだから…。

 

         祈りの中身・了


※ハーレイ先生が祈りたいことは、ブルー君と会える平凡な一日。たったそれだけ。
 キャプテン・ハーレイだった頃とは全く違った祈りの中身。平和な時代ならではですv





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(希望のを一つ…)
 何にしようかな、と小さなブルーが眺めたプリント。
 今日の授業で配られた宿題、ハーレイの古典の時間に貰った。
 「何でもいいから、希望のを一つ」という宿題。
 古典の教科書から一つ選んで、感想文を書いて出せばいい。
(ハーレイが読んでくれるんだよ)
 いつも出される宿題よりも、念入りに。
 どの生徒のも、心をこめて。
 作品の指定が無いというのは、そういうこと。
 流れ作業で読めはしなくて、評価するためにじっくり読む筈。
(頑張らなくちゃ…)
 短くても難解だと思うヤツを選ぶか、定番の作品をしっかり読むか。
 「こんな解釈も出来るのか」と、意外に思って貰えるのもいい。
 ハーレイの目を惹き付けたいなら、どういうのが効果的だろう?
 「これで来たか」とハッとさせるか、「あいつらしいな」と微笑まれるか。
 なんとも迷ってしまう所で、選ぶ前からワクワク出来る。
 どれにしようかと、何で感想を書こうかと。
(みんな、ブツブツ言ってたけれど…)
 いっそ俳句で書いてやろうか、と言った男子もいたけれど。
 自分にとっては、ハーレイにアピールするチャンス。
 授業をきちんと聞いていますと、こんなに真面目にやりましたと。
 普段の宿題や試験などでは出来ない評価。
 それをハーレイがしてくれるチャンス、頑張って自分を売り込まなくては。
 前の生から愛し続けるハーレイに。
 今は学校の教師でもある、好きでたまらないハーレイに。


 やっぱり恋のがいいだろうか、と思い浮かべた教科書の中身。
 恋の話も幾つもあるから、其処から一つ。
(ハッピーエンドのヤツがいいかな?)
 それとも悲恋がいいのだろうか、死んだ後にもきっと離れない恋人たち。
 まるで自分たちの恋のようだし、そういうチョイスもいいかもしれない。
 自分もハーレイも生まれ変わって、前の続きを生きているから。
 青く蘇った水の星の上で、恋の続きが始まったから。
(…そっちがいいかな…)
 悲恋のお話も幾つもあるし、と選ぶべき話を考える。
 どれがいいかと、ホントに迷う、と。
(希望のを一つ、っていうのがね…)
 嬉しいけれども悩んじゃうよね、と見詰めるプリント。
 クラスメイトたちが悲鳴を上げた宿題プリント、けれど自分には魅力の塊。
 何を選んでも、ハーレイが読んでくれるから。
 「あいつはこれを選んだのか」と、大きく頷くハーレイが見えるようだから。
 ハーレイが喜んでくれそうな作品がいいし、どうせならそれを選びたい。
 いったいどちらが好みなのだろうか、ハッピーエンドか悲恋なのか。
(前のぼくたちと重なっちゃったら、ハーレイ、泣くかな…)
 それも可哀相、と思うけれども、捨て難い悲恋。
 こんな悲しい恋もあるけど、今のぼくたちは幸せだよ、と思うから。
 前の自分たちの悲しすぎた恋。
 さよならのキスも出来ないままで、引き裂かれるように終わった恋。
 それの続きを生きているから、今は最高に幸せだから。
 悲恋に終わった恋の話も、結びの後はきっと幸せだろう。
 二人で何処かに生まれ変わって。
 もう離れない、と手を繋ぎ合って。


 きっと二人は幸せになったと思います、と感想を書いて出したなら。
 「こんな風に」と想像の翼を羽ばたかせたなら。
(…うんと印象深いかも…)
 あいつらしい、とハーレイが思ってくれそうな感じ。
 元の物語は締め括られても、恋する二人は鳥になって飛んでゆくだとか。
 それまで辺りにいなかった鳥が、つがいで仲良く住み着いたとか。
(白鳥が飛んで行くのもいいし…)
 見上げた人たちが、「何の鳥だろう?」と噂し合うような鳥でもいい。
 何処から来たのかと、まるであの二人が鳥になったようだ、と噂する鳥。
 そういう感想文を書くのもいいよね、と膨らむ夢。
 きっとハーレイなら分かってくれると、書いた自分の気持ちを、と。
 白鳥も、つがいで住み着いた鳥も、今の自分たちに重ねてあると。
 青い地球の上でまた巡り会えた自分たち。
 だから、この物語が好きなんです、と。
(ハーレイが読んで泣いちゃっても…)
 今は幸せな恋なのだった、と気付けば止まるだろう涙。
 それに、ハーレイが出した宿題。
 「何でもいいから、希望のを一つ」と。
 自分はそれに応えたわけだし、ハーレイも怒りはしない筈。
 「やられちまった」と思ったとしても、頭を掻いて苦笑い。
 「あいつのことを忘れていたな」と、読む話を絞るべきだったと。
 ズラズラとプリントに書いて並べて、「この中から一つ」と。
 同じ「希望のを一つ」にしたって、候補を絞ればいいのだから。
 悲恋の話を選べないように、最初からそれを外しておいて。
 「此処から一つ」と、好きな話を選ばせる。
 そうすれば悲恋は選べないから、ハーレイは泣かずに済む筈で…。


 好きに選ばせたハーレイのせいだ、と候補は悲恋。
 泣いて貰って、今の幸せを思って貰って、ハッピーエンド。
(それでいいよね?)
 希望のヤツを一つだもんね、と指先でチョンとつついたプリント。
 こう書いたのはハーレイだもの、と。
 「希望のを一つ」、そういう指定。
 だから希望のを選ぶわけだし、それでハーレイが泣く羽目になってもかまわない。
 ハーレイの宿題の出し方が問題、と「希望」の文字を眺めたけれど。
(…えっと…?)
 何を選ぶのも自分の自由、と思った根拠。
 プリントにハーレイが書いて来た「希望」、それが心にクイと引っ掛かった。
 自分は宿題用に何を読もうか、それを考えていたけれど。
(希望って…)
 よく聞く言葉で、よく使う言葉。
 昼休みに食堂へ行く時にだって、ランチ仲間に訊かれたりする。
 「先に行って席を取っておくけど、希望の場所は?」といった具合に。
 ランチの時にも、「今日は選べるみたいだぜ?」と、希望のメニューの種類とか。
 当たり前のように溢れる言葉で、何度も聞いた。
 自分も何度も口にして来たし、もちろん希望は幾つもある。
(卒業したら、ハーレイのお嫁さんになって…)
 うんと幸せに暮らすんだから、と夢を見るのも希望の一つ。
 将来の夢で、大きな希望。
 それがあるから、いつも幸せ。
 未来で希望が待っているから、いつか必ず手に入るから。
 他にも沢山、幾つもの希望。
 幸せ一杯の未来の夢には、希望が山ほど詰まっているから。


 あれもこれも、と幾つもの夢。
 希望に溢れた夢が未来で、きっと自分は手に入れられる。
 ハーレイと二人で地球に来たから、今度は結婚出来るのだから。
(前と違って、ホントに幸せ…)
 恋人同士だと明かしても良くて、何処へ行くにも繋いでゆける手。
 考えただけでも幸せな未来、自分は希望を手に入れるけれど。
(…前のぼくたち…)
 希望なんかは無かったっけ、と今頃になって気が付いた。
 自分もそうだし、宿題プリントに「希望」と書いたハーレイだって。
 白いシャングリラの仲間たちだって、希望を持ってはいなかった。
 正確に言うなら、持っていたけれど…。
(…希望には手が届かないんだよ…)
 どんなに懸命に手を伸ばしたって、欲しいと努力を積み重ねたって。
 そもそも、しようがなかった努力。
 シャングリラだけが、世界の全てだったから。
 人類に追われるミュウの箱舟、生きてゆくだけで精一杯。
 生きてゆける自由を手に入れただけでも、幸運だった自分たち。
 それよりも上は望めなかった。
 望んだところで、それが叶いはしなかった。
 どう頑張っても、マザー・システムはミュウを認めはしなかったから。
 人類のために作られた世界に、ミュウの居場所は無かったから。
 紛れ込んだなら、殺される。
 そういう世界で努力したって、追われる仲間を救い出せるだけ。
 シャングリラに迎え入れて終わりで、その先にはもう無かった希望。
 踏みしめる地面を手に入れることも、自由を謳歌することも。
 誰もが焦がれる青い水の星、地球まで辿り着くことも。


 だから無かった、と気付いた希望。
 希望を胸に抱いてはいても、それが叶いはしないから。
 けして叶わないだろう希望は、夢物語と何処も変わりはしないから。
 「こんな世界があったらいいな」と、夢見るお伽話の世界。
 努力したって掴み取れない、お伽話の中にある世界。
(ホントのホントに、ただの夢だけで…)
 あれは希望と言えなかった、と今だからこそ痛切に思う。
 前の自分は「いつか地球へ」と夢見たけれども、本当に夢。
 どうすれば地球へ辿り着けるか、それを知ってはいなかった。
 いつかは道が開けるのでは、と思っただけで。
 地球へ行くのだと夢を掲げて、その夢に縋り続けただけで。
(…ジョミーは地球まで行ってくれたけど…)
 そのジョミーでさえ、決意するまでに長くかかった。
 戦いの道を選び取るまで、地球に向かえはしなかった。
(ナスカに住もうとしたくらいだもの…)
 きっとジョミーも、地球へ行くという希望を掴んでいなかった。
 何度も掴み損ねては泣いて、ようやっと決意したのがナスカ崩壊の後。
 それまでは、白いシャングリラには…。
(希望、ホントに無かったんだよ…)
 ほんのささやかな、船の中でも持てる小さな希望くらいしか。
 将来はブリッジクルーになろうとか、いつか操舵士になりたいだとか。
 それを思えば、今の世界は…。
(宿題プリント…)
 今のハーレイが出した宿題、其処に「希望」と書かれた文字。
 希望が溢れた時代だからこそ、こんなプリントに「希望」の文字。
 今は誰でも、希望を掴み取れるから。
 それに向かって走りさえすれば、希望はしっかり両手で掴めるものなのだから…。

 

        希望のある今・了


※ハーレイ先生の宿題プリントで、夢を膨らませたブルー君。何で感想を書こうかと。
 けれど、プリントの「希望」の文字。前の自分が生きた世界と比べてビックリみたいですv





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(希望なあ…)
 ふうむ、とハーレイが目を落としたプリント。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 今日の授業で配ったプリント、幾つかのクラスで渡して来た。
 授業が無かったクラスの生徒は、明日以降に受け取るわけだけれども。
 早い話が宿題プリント、「感想文を出せ」というもの。
 教えている古典の教科書の中の、古文の作品。
 どれでもいいから一つ選べと、そして感想を書いて来いと。
(読解力ってヤツが大切なんだ)
 文章だけなら、誰だって読める。
 授業を真面目に聞いていさえすれば、音読は出来て当たり前。
 けれども、其処に落とし穴。
 音読が出来て、文法的なことが分かっていたって…。
(肝心の作品ってヤツが、分かってないのがいるからな)
 書いた作者の心情だとか。
 作者不明の作品にしても、其処にこめられたメッセージ。
 教訓だったり、今の時代も共感できる内容だったり、それは様々。
 其処まで読めて一人前。
 やっと古典の世界が分かるし、「他にも読もう」という気にもなる。
 それを分かって欲しいものだから、感想文の宿題を出した。
 一つ選んで感想を、と。
 短くてもいいから、自分の気持ちを書いて来いと。


 この作品で、と指定しなかったのは、面白みを知って欲しいから。
 教科書に名前が挙がっているなら、本文は其処に無くてもいい。
 手持ちの本を読んだっていいし、図書室でもいい。
 生徒が興味を持てる作品、それが一番だと思うから。
(好き嫌いってヤツは、あるものなんだ)
 今の時代の小説などでも分かれる好み。
 推理小説が好きだと言っても、誰のでもというわけにはいかない。
 この作者のなら大好きだけれど、他のはちょっと、といった具合に。
(まして古典となったらなあ?)
 好きな時代やら、書かれた内容。
 もう本当に好みが分かれる、そういう世界。
 だから「希望の作品を一つ」、プリントにそう書いておいた。
 好きに選べと、短い作品でも長い作品でもかまわない、と。
(そうは書いたんだが…)
 コーヒーを飲みながら、ふと見たプリント。
 明日も配るから、生徒の悲鳴が聞こえそうだな、と軽い気持ちで。
 「宿題ですか!?」と慌てる生徒や、「中止でいいです!」と叫びそうな生徒。
 宿題を出されて喜ぶ生徒は、まずいない。
(今日のクラスには一人だけいたが…)
 あいつの場合は事情が異なる、と思い浮かべた小さな恋人。
 前の生から愛したブルーは、ウキウキとプリントを手にしていたから。
 もう見るからに嬉しそうな顔で、他の生徒とは大違い。
(俺に読んで貰える、と喜びやがって…)
 通り一遍の宿題ではなくて、感想文。
 それも希望の作品を一つ、評価する方も型通りではないのだと分かる。
 一枚一枚、きちんと読んでゆくのだろうと。
 書き込む評価も、中身に応じて変わるだろうと。


 たった一人だけ、宿題を喜んでいたブルー。
 明日以降に配ってゆくクラスにも、喜ぶ生徒はいない筈。
 あいつだけだ、と思った途端に気が付いたこと。
 それが「希望」という言葉。
(軽い気持ちで、「希望」とだな…)
 書き込んだのだった、プリントを作った時の自分は。
 「好みの作品を一つ選べ」では、軽すぎるだろうと考えたから。
 宿題嫌いで悪知恵が働く生徒あたりが、「好みなんです」と選びそうなモノ。
(古典には違いなくてもだ…)
 和歌や俳句といった作品、それも「作品」とは言える。
 長くて三十一文字なモノを選ばれたのでは、たまらない。
 読解力は問えるけれども、あまりに短すぎるから。
(短くても、せめて文章と言えるヤツをだな…)
 選ばなくては、と思わせたいから、「希望」と書いた。
 もしも短歌を選んで来たなら、「お前の希望は、この程度か?」と睨んでやれる。
 ずいぶん小さな希望なんだなと、希望ってヤツはデカイもんだが、と。
 皮肉の一つも言ってやれるから、「好み」ではなくて「希望」の文字。
 好みよりかは、ずっと大きいのが希望だから。
 希望はそういう言葉だから。
(其処までは分かっちゃいたんだが…)
 分かっていたから「希望」なんだが、と眺めるプリント。
 しかし今ではこうなるのかと、宿題プリントに「希望」の文字かと。
 思い付いたから書いたけれども、「好み」よりいいと思ったけれど。
 今は「希望」が宿題らしいと。
 一冊選んで、感想文を書いて出すのが「希望」の世界、と。


 宿題プリントを見ていたブルー。
 今は自分の教え子だけれど、遠い昔はソルジャー・ブルー。
 遠く遥かな時の彼方で、ミュウの長として生きていた。
 前の自分はキャプテン・ハーレイ、ブルーと二人で船を守った。
 箱舟だったシャングリラ。
 人類に追われるミュウたちを乗せて、たった一隻で飛んでいた船。
(あそこじゃ、希望というヤツは…)
 とても大きくて、大きいどころか手が届かないもの。
 人類に追われ続ける身では。
 明日をも知れない船の中では、手など届きはしなかった。
 これを希望、と口にしたって、大抵は無駄。
 あの船で叶った希望というのは、もう本当にささやかなもの。
(せいぜい、食事のメニューってトコで…)
 これが食べたい、とその場で言っても通る程度の。
 厨房の者たちに余裕がある日に、「目玉焼きより、スクランブルエッグ」と頼める程度。
 それくらいしか通りはしなくて、同じ食事でも「シチューを希望」は通らない。
 メニューはきちんと決まっているから、個人の希望で変えられはしない。
(もっと大きな希望となると…)
 船で担当する仕事。
 ブリッジがいいとか、機関部だとか。
 責任の重い仕事は無理だ、と思うのだったら掃除係とか。
(あれは一応、進路ってヤツで…)
 大きな希望と言えただろう。
 必要だったら適性検査で、合格必須のものもあったから。
 今日から念願のブリッジクルー、と張り切った者も多かった。
 けれど、手の届く希望はそこまで。
 シャングリラにあった希望はそこまで、その先はもう…。


 無かったっけな、と指でなぞったプリントの文字。
 今は気軽に「希望」と書いてしまえるけれども、前の自分は違ったんだ、と。
 前のブルーが、前の自分が、皆に与えられた「希望」は、本当に配属先くらい。
 その程度ならば叶えてやれたし、後から変更することも出来た。
 「自分には向いていないようです」と言われたならば、他を探して。
 それが限界、シャングリラでは。
 手が届くような希望はそこまで、もうその先には無かった希望。
(…みんな、持ってはいたんだが…)
 同時に、それを諦めてもいた。
 どうせ無理だと、手に入らないと。
 ミュウが人類に追われる間は、けして自分の手は届かないと。
(いつか自由の身になるってヤツで…)
 箱舟から降りて、地面の上で生きること。
 もう人類には追われないこと。
 そういう世界を手に入れるために地球に行くこと、地球を見ること。
 どれも簡単に叶いはしないと、希望と言っても夢物語。
(夢と夢物語は違って…)
 夢なら、いつか叶いもする。
 希望と同じに手が届く日も来そうだけれども、夢物語は絵空事。
 お伽話のような世界で、ただ夢に見るということだけ。
 そういう世界があればいいなと、何処かにあれば素敵なのに、と。
(前の俺たちが持ってた希望は…)
 叶うことのない夢物語。
 誰もが諦め、夢を描いていたに過ぎない。
 どんなに望んでも、それは無理だと。
 そういう時代が長く続いて、ジョミーを迎えた後も続いた。
 前のブルーがいなくなるまで。
 ナスカを失くして、ジョミーが戦う道を選ぶまで。


(前のあいつが生きてた頃は…)
 元気だった頃には、シャングリラには無かった希望。
 それはあまりに大きすぎたから、手など届きはしなかったから。
 希望したって、せいぜい卵の調理方法、大きな希望が叶う時なら配属先。
 本当に希望と呼べそうなものは、夢物語で絵空事。
 だから無かった、希望などは。
 「希望は大きいものだしな?」などと、考えたりはしなかった。
 大きな希望は叶わないから、持っていたって夢見るだけ。
 今の時代なら、希望は叶うものなのに。
 それに向かって努力したなら、いつか手が届くものなのに。
(…まるで世界が変わっちまった…)
 宿題プリントに書いちまったぞ、と見詰める二文字。
 前の自分なら、軽い気持ちでそれを記せはしなかったのに。
 まして「希望は大きいものだ」と、仲間たちに言えはしなかったのに。
 「希望を大きく持っていろ」と檄を飛ばしても、希望に手など届かないから。
 却って士気が下がるだけだし、とても口には出来なかった言葉。
(そいつが、今では宿題プリント…)
 なんてこった、と苦笑するしかない時代。
 誰もが希望を持てる時代は、希望は必ず手に入るから。
 希望を大きく持てば持つほど、素晴らしい未来を掴み取れるのが今なのだから…。

 

        希望がある今・了


※ハーレイ先生が軽い気持ちで、「希望」と書いた宿題プリントですけれど。
 希望があっても手に入らなかったのがシャングリラ。世界は大きく変わりましたよねv





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