(運命の出会いなあ…)
あるだろうな、とハーレイが思い浮かべた言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、いつもの書斎でコーヒー片手に。
夕食の後に広げた新聞、それの何処かでチラと見掛けた。
広告だったか、記事の見出しか、目の端を掠めただけなのだけれど。
(まさに運命の出会いってヤツで…)
あいつと俺、と今の小さなブルーを想う。
前の生から愛した恋人、ソルジャー・ブルーの生まれ変わり。
自分も同じに生まれ変わりで、青い地球の上でまた巡り会えた。
これが運命の出会いでなければ、いったい何だと言うのだろう。
だからあるのだ、と言い切れる。
運命の出会いは本当にあるし、そうして始まる恋も確かに存在すると。
自分たちの恋がそうだから。
それに今度は、前と違ってハッピーエンドの恋になるから。
(チビのあいつが育ったら…)
結婚出来る年になったら、絵に描いたようなハッピーエンド。
お伽話の王子とお姫様のように、ブルーと挙げる結婚式。
それからはずっと二人で暮らして、もう離れない。
前のようには離れたりしない、何も二人を引き裂きはしない。
今は平和な時代だから。
ブルーはソルジャーと呼ばれはしないし、自分もキャプテンなどではなくて…。
(ただの古典の教師だってな)
なんとも自由で気楽な立場。
ブルーもただの教え子なのだし、卒業したって何も変わらない。
縛るものなど、もう無いから。
ブルーは自由で、何の役目もブルーを縛りはしないから。
また巡り会えた運命の恋人、今も愛する愛おしい人。
遠く遥かな時の彼方で恋をした人に、また恋をした。
ブルーの方でもそれは同じで、本当に運命の恋人同士。
きっと出会った時から運命。
今ではなくて、前の自分たちが。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そう呼ばれていた自分たちが。
(…どんな出会いをしてたって…)
恋に落ちたのだと思う。
生まれ変わっても巡り会うほど、互いに惹かれているのだから。
互いが互いのために生まれて、こうして恋に落ちるのだから。
(まるで立場が違う二人でも…)
恋したろうな、と断言出来る。
前のブルーと自分の間に、どんな障害があろうとも。
皆が反対するような恋であっても、世界の全てを敵に回しても。
(あの時代でも、駆け落ちってヤツは…)
あっただろうか、と考えるけれど、分からない。
人類の世界の恋愛事情を知りはしないし、ミュウの世界では出来なかった駆け落ち。
シャングリラだけが世界の全てだったから。
閉ざされた世界だった箱舟、其処から出ては生きられないから。
(それでもだ…)
他には道が無いと言うなら、きっとブルーと逃げただろう。
未来など無いと分かっていても。
二人一緒に逃げた先には、死が待つだけの駆け落ちでも。
恋はそういうものだから。
まして運命の恋となったら、もう赤々と燃え盛るだけ。
儚い線香花火みたいに、一瞬で消えてしまっても。
恋の炎で互いの命を、燃やし尽くしてしまったとしても。
そうなっていても、きっと自分には無かった後悔。
ブルーの方でも、ほんの少しも。
恋のためにと逃げた途端に、二人一緒に死んでしまっても。
(…まるでロミオとジュリエットだな…)
悲恋ってヤツだ、と思うけれども、後悔はしない。
ブルーと一緒だったなら。
恋が叶うというのだったら、命だってきっと捨てられた。
(最後の最後に、俺は捨て損なっちまったが…)
ブルーを追わなかったから。
一人きりでメギドに行かせたから。
今でも悔やむくらいだけれども、あの時はあれがベストの選択。
キャプテンがシャングリラを捨ててしまったら、ブルーの願いが無駄になるから。
追って行ったら、ブルーは怒って、悲しみさえも覚えたろうから。
(…だから、あの時はあれでいいんだ…)
正しかったから、こうして巡り会えたのだろう。
もう一度、恋人同士として。
新しい身体と命を貰って、今度こそ二人で生きてゆくために。
(しかしだな…)
前の自分とブルーとの恋、それが叶わなかったなら。
どんなに互いに惹かれ合っても、シャングリラでは成就しなかったなら。
(…俺もブルーも、捨てちまったかもな…)
自分の命も、シャングリラも。
ミュウの未来も何もかも捨てて、二人で逃げていたかもしれない。
船の外では生きられなくても。
二人とも死ぬと分かっていたって、それを互いに承知の上で。
幸いなことに、叶った恋。
誰にも言えずに隠したけれども、二人、幸せな恋をしていた。
その幸せがあったからこそ、ブルーの手を離せたのだろう。
死にに行くのだと分かっていても。
きっとブルーは帰って来ないと、伝えられた言葉で気付いていても。
(恋人同士だったんだしな?)
前のブルーが深い眠りに就いた後にも、恋をしたまま。
ブルーの眠りを見守ることしか出来なくなっても、何度も唇に落としていたキス。
二人の恋は叶っていたから、とうに絆があったから。
互いが互いのためにいるのだと、他の誰にも恋はしないと。
だから離せたブルーの手。
ブルーの命が尽きてしまっても、恋は壊れはしないから。
変わらずに愛し続けるから。
(…そうは思っても、厳しかったが…)
ブルーがいなくなった後。
前のブルーを失くした後には、まるで自分は生ける屍。
それほどの恋をしていたのだから、恋を叶えるためならば…。
(やっぱり、全部捨てられたろうな)
白いシャングリラも、ミュウの未来も。
自分の命も、何もかもを。
それ以外に道が無いのなら。
ブルーとの恋が叶わないなら、手に手を取って逃げてゆくだけ。
待つものが死でも。
恋の炎を燃やし尽くして、命まで尽きてしまっても。
(本当にロミオとジュリエットだな…)
敵同士の家に生まれた恋人、そういう二人だったっけな、と思ったら。
前の自分たちの恋よりもずっと、障害の多い恋だったんだ、と考えてみたら。
(……俺たちだって……)
もしかしたら、そういう出会いになっていたかもしれない。
あの時代にはミュウと人類、二つの種族がいたのだから。
たまたま二人ともミュウだっただけで、違うことだって充分、有り得た。
ミュウと人類、相容れない種族に生まれてしまって。
どう転がっても、叶わない恋に落ちてしまって。
(…もしも、あいつがミュウだったなら…)
そして自分が人類だったら、どんな出会いになったろう。
きっとアルタミラで出会うのだろうし、ブルーの方は実験動物。
自分は白衣の研究者だとか、ミュウの管理を任された職員だったとか。
(それでも、恋をしたんだろうな…)
自分もブルーも、叶わない恋を。
どんなに互いを求め合っても、手を繋ぐことも出来ない恋を。
(…そうなっていたら…)
やはり二人で逃げたのだろう、お互いの手を繋ぎ合うために。
愛おしい人と共にゆこうと、何処までも二人一緒だと。
(…逃げた途端に、撃ち殺されても…)
ブルーと一緒に処分されても、きっと後悔しなかった。
手を繋ぎ合って走った通路で、全てが終わってしまっても。
二人とも其処に倒れてしまって、何処へも行けずに終わったとしても。
(きっと満足だったんだ…)
笑みさえ浮かべて死んでいたろう、自分もブルーも。
もう離れないと、これからはずっと一緒だと。
何処までも二人で飛んでゆこうと、これからは二人なのだから、と。
悲しい恋に終わったとしても、どんな出会いをしていたとしても。
これだけはきっと変わらないこと、ブルーと恋に落ちること。
人類とミュウに分かれていても。
互いの手さえも握れないままで、見詰め合うことしか出来なくても。
(目だけでも恋は出来るんだ…)
俺たちなら、と今だから思う。
ブルーと二人で生まれ変わって、青い地球までやって来たから。
前の自分たちの恋の続きを、ハッピーエンドが待っている恋を二人で生きているのだから。
(どう考えても、運命だよな…)
あいつとの出会い、と時の彼方へ馳せてゆく思い。
たとえ悲恋に終わっていたって、きっと互いに恋に落ちたと。
死が待つだけの恋であっても、後悔などはしなかったと。
(そういう恋にはならなかったが…)
運命の恋には違いないぞ、と思うから自然と零れる笑み。
今度はハッピーエンドだと。
前の自分たちには出来なかったこと、二人の恋のハッピーエンド。
いつかブルーが大きくなったら、今度こそ二人、何処までも共にゆけるのだから…。
運命だよな・了
※ハーレイ先生とブルー君。本当に運命の出会いですけど、前の生でも同じこと。
人類とミュウに分かれていたって、恋に落ちただろう二人。運命の出会いはあるのですv
(明日はハーレイが来てくれるんだよ)
一日一緒、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は土曜日、学校は休み。
午前中からハーレイが訪ねて来てくれる。
キスも出来ない小さな恋人、チビの自分に会うために。
(今日は来てくれなかったけれど…)
仕事の帰りに寄ってはくれなかったハーレイ。
二人きりでお茶は飲めなかったし、夕食の席にも両親だけ。
少し残念だったけれども、会えない時間はあと少し。
明日の朝には、ハーレイは家を出る筈だから。
(ぼくが朝御飯を食べてる頃には…)
もう出てるかな、と考える。
ハーレイの家までは遠いから。
何ブロックも離れた所で、チビの自分はとても歩いてゆけないから。
その道のりを軽々と歩いて、ハーレイは家に来てくれる。
雨が降ったら、愛車に乗って。
曇り空の日には、路線バスで来ることだって。
どの方法を選んだとしても、午前中には会えるハーレイ。
二人でゆっくりお茶とお菓子で、のんびりと過ごす休日の時間。
昼になったら、二人で昼食。
午後も二人でお茶の時間で、両親も一緒の夕食までは…。
(ずっとハーレイと二人なんだよ)
夕食の後も、この部屋で食後のお茶に出来たら、二人きりの時間がまた増える。
ハーレイが帰ってゆくまでは。
「また来るから」と、椅子から立ち上がるまでは。
明日の土曜日も、きっとそう。
ハーレイと二人でゆっくり過ごして、甘えて、色々な話もして。
(お土産もあるといいんだけれど…)
たまにハーレイがくれるお土産、クッキーだったり、時によっては…。
(…前のぼくたちの思い出つき…)
そんなお土産もあったりする。
「覚えてるか?」とヒントだったり、そのものズバリの品だったり。
食べ物と決まっているけれど。
二人で食べたら無くなってしまう、お菓子などしか貰えないけれど。
(プレゼントにはまだ早い、って…)
チビの自分は、恋人と言っても名前だけ。
キスも出来ないチビの子供で、プレゼントは何も貰えない。
引き出しに仕舞っておけるものとか、机に飾って眺めるものは。
それでも嬉しい、ハーレイのお土産。
食べれば消えてしまうものでも、欠片も残りはしないものでも。
(だって、ハーレイがくれるんだものね?)
思い出つきの物でなくても、ハーレイからの贈り物。
チビの自分に相応しい物、いずれは貰える物だって変わる。
もっと大きくなったなら。
前の自分と同じ背丈に育ったら。
キスを貰えるようになったら、プレゼントだって変わる筈。
子供用のお土産はきっと卒業、もっと素敵なプレゼント。
「俺とお揃いだ」と何かくれたり、「面白いんだぞ」と本をくれたり。
そうやって幾つも貰った後には、もう最高のプレゼント。
(何をくれるか分かんないけど…)
言葉の方なら今でも分かる。
「結婚しよう」とプロポーズ。
もちろん返事は決まっているから、何を貰っても気分は最高。
けれど、その日はまだずっと先。
十四歳にしかならない自分は、プロポーズしては貰えない。
キスも貰えない有様なのだし、今はまだまだ夢物語。
(…でも、ハーレイの恋人だしね?)
結婚も出来ないチビの子供でも。
キスさえ許して貰えなくても。
そのハーレイと明日は一日一緒で、お茶を飲んだり、食事をしたり。
もう楽しみでたまらない。
明日は必ず会えるから。
天気予報では晴れの筈だし、ハーレイは歩いてやって来る。
チビの自分は歩けない距離を、楽々と。
時間調整に回り道したり、途中の家の花壇なんかも眺めながら。
(何か思い出、拾ってくるかな?)
歩く途中で、ふと思い出して。
前の自分とハーレイが暮らした、白いシャングリラの思い出の欠片。
それをハーレイが拾って来た日は、いつも以上に恋人気分。
「前のお前は…」と懐かしむ目は、確かに自分を見ているから。
前の自分を見ているにしても、恋人を見る目なのだから。
(…前のぼくと重ねて見てたって…)
そういう時には気にならない。
前の自分に嫉妬はしない。
ハーレイの瞳が見詰めているのは、チビの自分の顔だから。
チビの自分が大きくなる日を、ちゃんと重ねてくれているから。
(ゆっくり育てよ、って言っていたって…)
ハーレイだって待っている。
チビの自分が前と同じに育つ日を。
キスを交わせる背丈に育って、二人でデートに行ける日を。
でもずっと先、と分かっているのがデートの日。
当分は家でデートするだけ、初めてのデートをした場所で。
庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
(あそこでデートが精一杯…)
家の外へは行けないから。
庭が限界、生垣の向こうに広がる世界はお預けだから。
(…朝の公園の体操は行けるらしいけど…)
夏休みに「俺と一緒に行くか?」と誘われた体操、デートとは違って運動の時間。
でなければジョギング、二人一緒に運動だけしか今は出来ない。
家から外へ出るのなら。
ハーレイと二人で生垣の向こうに行くのなら。
(…体操もジョギングも、デートじゃないよ…)
弱い自分は疲れてしまって、デートどころではなくなる筈。
ハーレイの方もそれを知っているから、朝の公園に誘われただけ。
「俺と一緒に体操しよう」と、「健康的な朝になるぞ」と。
そんな調子だから、デートは家だけ。
庭にある白いテーブルと椅子でお茶にするだけ、たったそれだけ。
(…ぼくの部屋だと、デート気分は…)
ちょっと無理だよ、と零れる溜息。
普段と全く変わらないから、特別な雰囲気になってくれない。
ハーレイが何か思い出の欠片を拾って来るとか、思い出のお土産が来ない限りは。
(前のぼくのこと…)
きちんと重ねてくれたなら、と思うけれども、チビなのが自分。
何か切っ掛けが出来ない限りは、けしてピタリと重なりはしない。
前の自分と今の自分は。
ソルジャー・ブルーだった前の自分に、嫉妬しないで済む形では。
(ぼくの顔、すっかり子供なんだし…)
重ねてくれと言う方が無理。
前の自分の面影と。
ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃、あの頃の顔と。
(目と髪の毛は同じ色でも…)
見た目が全く違うものね、と残念な気分。
他にも何処かが同じだったら、重ねて見ても貰えるだろうに。
「前のお前は…」と鳶色の瞳が、懐かしそうに見てくれるだろうに。
けれど、何一つ似ていない。
チビの自分はただの子供で、ソルジャー・ブルーだった頃のようには…。
(…偉そうな服も、マントも無いし…)
そう思ったら、ふと閃いたこと。
服だってきっと大切だよねと、前のぼくと同じイメージの服は、と。
(あったかな…?)
もちろんマントがあるわけがない。
床まで届いた紫のマント、そんなものを子供が持ってはいない。
(前のぼくの上着…)
あれに似た服は、と考えるけれど、これまた難問。
白い服は幾つも持っているのに、銀色の飾りがついてはいない。
それに形もまるで違うし、前の自分の上着とは似ても似つかない服。
(…アンダーくらい?)
黒いシャツなら持っているから、その上に白い服を一枚。
長袖の黒いシャツに重ねて、夏用の真っ白な半袖を。
(…ちょっと変かもしれないけれど…)
前の自分に近付けるなら、その格好。
明日はそうするのもいいかもしれない。
「覚えてる?」と、「マントは無いけど、前のぼくだよ」と。
やってみようか、と思った着こなし。
黒い長袖の上に白い半袖、ズボンも黒で。
ソルジャー・ブルーを連想して貰えそうだし、駄目でもハーレイが吹き出すだけ。
「なんて服だ」と、「最近はソレが流行りなのか?」と。
やってみる価値はありそうだけれど、母だって笑いそうな服。
「ソルジャー・ブルーの真似なの、それは?」と。
父だってきっと笑い出すから、朝食の時は着て行けない。
(朝御飯は、黒の長袖に…)
肌寒かったら何か羽織って、暖かかったら黒の長袖だけで充分。
明日の朝の気温で決めればいいや、と考えたけれど…。
(…選べちゃうの?)
朝の気温で、と目を丸くした。
前の自分は選べなかったと、いつでも同じ格好だった、と。
アンダーの上にはいつだって上着、それからマント。
起きたら必ず身に着けるもので、ブーツに、長い手袋だって。
けれど今では、好きに選べる。
思い付いたからと、前の自分の服に似たのを引っ張り出して。
変な着こなしになったとしたって、父も母も、ハーレイも吹き出したって。
(…選んじゃっても、笑われるだけで…)
誰も叱りはしない服。
選んでもいい服、気分で、気温で。
ならば本当にやってみようか、せっかく思い付いたのだから。
黒い長袖に白い半袖、自分でも変だと思う服装。
けれど今では選んでいい服、それを自分で選べるから。
前の自分には出来なかったこと、自分の気分で服を選んでいいのだから…。
選んでもいい服・了
※ハーレイ先生に前の自分を連想して貰おうと、妙な重ね着を考え付いたブルー君。
本当にやったら、笑われるのがオチだと思いますけど…。服を選べることは幸せですよねv
(明日はあいつに会いに行く日、と…)
土曜日だしな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
自分はブルーの守り役だから、いつでも行けるのだけれど。
仕事が早く終わった時には、いそいそ出掛けてゆくのだけれど…。
(やっぱり週末は特別だってな)
午前中からブルーに会える。
会うだけだったら、学校でも朝から会えるとはいえ…。
(学校の中じゃ、俺はハーレイ先生で…)
ブルーは教え子、話す時にも教師と生徒。
小さなブルーは敬語を使うし、自分も恋人扱いは無理。
あくまで守り役、聖痕を持つブルーのための。
だから出来ない特別扱い、出来るわけがない恋人扱い。
平日に「恋人の」ブルーに会うなら、仕事が終わった後にだけ。
夕食の支度に間に合う時間に、ブルーの家に着けた時だけ。
(それも幸せではあるんだが…)
ブルーの部屋で、二人で過ごすティータイム。
大抵は紅茶、それと夕食に差し支えない程度の菓子をお供に。
けれど、ブルーと二人の時間はそれでおしまい。
夕食が出来たら家族団欒、ブルーの両親も一緒の食卓。
(食後のお茶をブルーの部屋で、ってことになっても…)
そうそうゆっくりしていられないし、帰る時間を気にせねば。
翌日もブルーは学校があるし、自分も学校で仕事だから。
その心配がまるで要らない、土曜と日曜。
朝食が済んだら、適当な時間に家を出る。
早すぎる時間に着かないように。
ブルーの母に迷惑をかけないようにと、注意しながら。
天気のいい日は歩いて出掛けて、雨の日は愛車を走らせる。
曇り空なら、車だったり、たまに路線バスに乗ったりと。
(明日の天気は良さそうだしな?)
今の所は予報は晴れ。
自分の勘でも、明日は雨など降りそうにない。
ブルーの家までのんびり歩いて、時間があるなら回り道もいい。
ゆっくり歩いたつもりでいたって、早すぎる時もよくあるのだから。
(大股なのが悪いんだ、うん)
体格に見合った大きな歩幅。
ジョギングで走り慣れている足は、歩く時にもキビキビと動く。
自分にそういうつもりがなくても、せっせ、せっせと動く足。
(…早すぎちまったら、ミーシャに会いに行くのもいいな)
回り道をしていて、顔馴染みになった真っ白な猫。
子供時代に母が飼っていた、白い猫に見た目がそっくりのミーシャ。
(俺が勝手に名付けてるだけで…)
他の名前があるだろうけれど、知らない間はミーシャでいい。
天気のいい日は、家の表で日向ぼっこをしているミーシャ。
早すぎたらミーシャを撫でてゆこうと、ちょっと遊んでゆくのもいいな、と。
上手くミーシャに会えるといいが、と思考が寄り道するくらい。
ブルーから逸れて、猫のミーシャへ。
勝手にミーシャと名付けただけの、通りすがりに会うだけの猫に。
(それだけ時間がたっぷりあるんだ)
明日は一日、ブルーと二人で過ごせるから。
夕食も含めて数時間だけ、そんな平日とは違うから。
(朝から晩まで、ってわけにはいかんが…)
それに近いよな、と心が弾む。
ブルーに会ったら何を話そうか、どういう一日を過ごそうかと。
(ミーシャがいたなら、その話もいいな)
そっくりの猫に今日も会ったぞ、と話し始めて。
隣町の家で飼っていたミーシャ、本物の方の思い出話をしてやって。
きっとブルーは笑顔で聞いてくれるから。
「もっと聞かせて」と強請るから。
ブルーにとっては、隣町の家はまだ夢の家。
本物の家を見られはしなくて、話だけしか聞けないから。
いつか大きく育つ時まで、連れて行ってはやれないから。
(あいつが前のあいつと同じ姿に育ったら…)
ドライブなんだ、と決めている。
隣町にある、子供時代を過ごした家へ。
今も両親が住んでいる家へ、自分が車を運転して。
育ったブルーを助手席に乗せて、颯爽と。
「この道を真っ直ぐ行ってだな…」などとガイドしながら。
次は右だと、その先の角をこう行って…、と。
庭に夏ミカンの大きな木がある、両親の家が見えて来るまで。
「あの家だ」とブルーに教えてやって。
まだまだ当分先のことだ、と思うけれども、それが夢。
きっとその日も、土曜か日曜なのだろう。
前の夜には今日と同じで、心を弾ませるのだろう。
「いよいよ明日だ」と、「隣町までドライブだ」と。
両親にブルーを紹介できると、ブルーにも家を見せてやれると。
(はてさて、スーツか、いつもみたいな格好か…)
どっちだろうな、と広がる想像。
自分にとっては両親の家で、スーツでなくてもかまわない。
明日は着ようと思っている服、そういう普通の格好で。
のんびりと道を散歩しながら、猫を撫でてもかまわない服で。
(しかし、ブルーの方はだな…)
張り切っていることだろう。
「やっとハーレイのお父さんたちに会いに行ける」と、ワクワクと。
初めて会える、新しい家族になる人たち。
どんな服を着て会うのがいいかと、洒落た服の方がいいだろうかと。
(まさかスーツは着ないだろうが…)
どうせ制服しか持っちゃいないぞ、と苦笑い。
それもとっくに卒業済みの、今の学校の生徒の制服。
カッチリした服はそれくらいだと、スーツなんかは買ってもいない、と。
「十八歳になったら結婚出来るもの」が、小さなブルーの口癖だから。
今の学校の卒業式の日、ブルーは十八歳にはなっていないから。
(三月の末が誕生日だしな?)
それも末日、三月三十一日生まれ。
卒業式はとうに終わって、多分、ブルーは進学しない。
上の学校に行きはしないで、そのまま結婚するのだろう。
ならば要らない、スーツなどは。
いつか作る日が来るとしたって、隣町の家までドライブする頃には持ってはいない。
(…あいつがスーツを着て来るんなら…)
自分もスーツになるだろうけれど、ブルーが違うというのなら。
手持ちの服の中から洒落たのを一着、それを選んで着るのなら…。
(俺の方でも合わせないとな?)
ブルーが緊張しないようにと、スーツではなくて普通の格好。
「ちょっとお洒落はして来たんだが」と、新しいのをおろす程度で。
そんなトコだ、と考える。
きっと気温でも変わるだろうなと、暖かい日か、冷える日かで。
(春ってヤツは気まぐれだから…)
多分、ブルーが卒業して直ぐの春になるだろう、隣町への初めてのドライブ。
年によっては桜に雪とか、そういったこともある季節。
(その日になるまで決まらないかもな?)
俺が着て行く服ってヤツは、という気もする。
明日の服だって決めているけれど、単なる心づもりだから。
起きた時の気分、それで変わりもするのだから。
(その点、スーツは気楽なんだが…)
シャツの色とネクタイ、考えるのはその程度。
制服と同じで手間いらずだと、着りゃいいんだから、と思ったけれど。
(…待てよ…?)
心に引っ掛かった制服。
前の自分もそれを着ていたと、あれはスーツではなかったが、と。
(来る日も来る日も、キャプテンの服で…)
それしか着てはいなかった。
他のを着ようと思いもしないし、他のを持ってもいなかった。
選ぶ余地などありはしなくて、ただ取り出しては着ていただけ。
クリーニングが済んだのを。
そうでなければ、新しく作って届けられたのを。
選ぶも何も無かったんだ、と気付いた服。
前の自分は選べなかったと、次の日に着る服さえも、と。
(…天気がいいから、これにしようとか…)
ブルーと二人でドライブなのだし、何を着ようかと考えるとか。
まるで思いもしなかった。
服で頭を悩ませるなどは、何を着ようか迷うかなどは。
選ぶ余地など無かったから。
キャプテンの制服に袖を通して、それで過ごすしか無かったから。
(別に困っちゃいなかったんだが…)
他の仲間も制服だったし、前のブルーもソルジャーの衣装。
そんな船では「別の服が欲しい」と思いもしないし、夢さえ見てはいなかったけれど。
(今だと選び放題か…)
ついでに迷い放題なんだな、と綻んだ顔。
今は色々選べるんだと、スーツの他にも選んで悩んで、と。
明日の朝にも悩んでみようか、選んでもいいことに気付いたから。
どれにしようかと選んでいい服、それが幾つもあるのだから。
気分次第で、あれこれ出して。
前の自分には出来なかったことを、服を選ぶという素敵な贅沢を…。
選んでいい服・了
※ブルー君との初めてのドライブ、何を着て行くことになるかと広がるハーレイ先生の夢。
けれども、前はキャプテンの制服だけしか無かった服。明日の服を選ぶことだって贅沢ですv
(ふうん…?)
こんなのがあるんだ、と小さなブルーが眺めた新聞の一種。
学校から帰って、おやつの時間にダイニングで。
この町の住人に配られる新聞、中身は町の催しなど。
けれど、それだけでは呼べない読者。
必要なことだけチェックした後は、捨てられてしまうのがオチだから。
そうならないよう、あれこれ凝らしてある工夫。
目を惹かれたのも、その一つ。
(誕生花…)
あなたの誕生花を御存知ですか、という見出し。
それにカレンダー、十二ヶ月分がズラリと並べられて。
(一日に一つ…)
誕生花というのがあるらしい。
自分が生まれた日付けに合わせて決まる花。
「紙面の都合で一つだけです」とも書かれていた。
誕生花には様々な説があるから、その中からの一例です、と。
(花だけで本が一冊出来るの…?)
一冊作ってしまえるくらいに、誕生花は色々あるという。
同じ日付けでも、違う花を挙げる説が沢山、それを集めて編んだなら。
(えーっと…?)
ぼくはなあに、と覗き込んでみた誕生日の欄。
三月三十一日の花は、と。
そうしたら…。
(…イチゴ?)
花じゃないよ、と捻った首。
イチゴは果物なんだけれど、と。
この花は変、と思ったけれども、いくら眺めてもイチゴはイチゴ。
(赤い実だけど…)
自分の瞳も赤い色だから、イチゴなのかもしれないけれど。
赤いイチゴは実の方なのだし、「イチゴの花だ」と言われたら…。
(白くて、ちっちゃい…)
あれがイチゴ、と思い浮かべたイチゴの花。
母が庭で育てたことがあったし、イチゴ狩りにも出掛けた記憶。
とても小さくて、目立たないのがイチゴの花。
摘んで束ねても花束は無理で、野の花を摘んで来たような感じ。
(…この記事、ハーレイが読んだって…)
貰えないや、と零れた溜息。
誕生花を集めた花束は無理と、イチゴの花の花束なんて、と。
(どうせ花束、貰えないけど…)
チビの間は、強請っても。
どんなに欲しいと頼み込んでも、花束はきっと貰えない。
「子供にはまだ早いしな?」と、笑うハーレイが目に見えるよう。
もっと大きく育ってからだと、デート出来る頃になったらと。
それまで花束を贈りはしないと、チビのお前には早すぎると。
(イチゴの花でも駄目だよね…)
地味で小さな花束でも。
野に咲く花を集めたみたいな、イチゴの花の花束でも。
花束には違いないのだから。
それをプレゼントするとなったら、恋人用になるだろうから。
(だけど、大きくなったって…)
イチゴの花だよ、と残念な気分。
せっかく素敵なものがあるのに、イチゴでは、と。
誕生花の花束を貰えば嬉しくなりそうだけれど、イチゴじゃ無理だ、と。
貰えないよね、と諦めるしかない誕生花。
イチゴの花では絵にならないから、ハーレイがこれを読んだって。
「こいつはいいな」と目に留まったって、「なんだ、イチゴか」と思うだろう。
これでは駄目だと、花束は贈れそうにない、と。
なんと言ってもイチゴだから。
イチゴの花など、花屋にも置いていないから。
(…ぼくのは駄目…)
じゃあ、ハーレイは、と気になったのが誕生花。
ハーレイの誕生花は何だろうかと、花束が似合う花だろうかと。
(ぼくは花束、贈らないけど…)
贈る方ではないと思うけれど、自分はイチゴの花だから。
野に咲く花と変わらない地味な花だから、ハーレイの花を調べなければ。
(花束が似合う花だとか…?)
まさか薔薇とか、と吹き出した薔薇。
前のハーレイには、似合わないと評判だったから。
白いシャングリラで咲いた薔薇たち、その花びらで作ったジャム。
希望者にクジ引きで配られたけれど、ハーレイの前をクジは素通り。
「キャプテンに薔薇は似合わないわよね?」と。
そう思ったのが、薔薇のジャムを作った女性たち。
だからいつでもクジは素通り、その箱がブリッジに回って来ても。
「薔薇の花のジャムは如何ですか?」と、軽やかな声が聞こえても。
ゼルでさえもクジを引いたのに。
「運試しじゃ」と箱に手を突っ込んでは、クジの結果を楽しんだのに。
ハーレイだけが引かなかったクジ。
引けなかったと言うべきだろうか、クジの箱は回って来ないのだから。
薔薇は似合わないと決めてかかって、いつも素通りしていた箱。
もしかしたら誕生花は、その薔薇かもね、と。
ドキドキしながら、眺めた八月のカレンダー。
ハーレイの誕生花は何なのだろう、と。
(八月二十八日だから…)
これ、と見付けた誕生花。
期待した薔薇とは違ったけれど…。
(…ちゃんと花屋さんに置いてある花…)
イチゴの花とは格が違うよ、と肩を落とした「桔梗」の文字。
この家の庭には咲かないけれども、桔梗の花は人気が高い。
暑い季節に凛と咲くから、涼しげな花に見えるから。
(ハーレイ、桔梗の花なんだ…)
ぼくはイチゴの花なのに、と落差にガッカリしたけれど。
まるで違うと、とんでもない、と桔梗の文字を見詰めたけれど。
(イチゴの花なんか、花束にしても…)
ただの野原で摘んで来た花、そういう趣。
けれど桔梗の花ならば違う。
たった一輪挿してあるだけで、周りの空気も違って見える。
洒落た花瓶に生けなくても。
ただの空き瓶、それに一輪挿しただけでも。
(…イチゴの花とは大違いだよ…)
イチゴの花が一輪あっても、誰も気付いてくれないだろう。
桔梗みたいに凛と咲いてはいないから。
夏の暑さを跳ね返すように、涼しげに咲きもしないから。
(蕾の時から目立つものね…)
桔梗の花は、と膨らんだ蕾を思い浮かべる。
盛りだった季節に何度も見掛けた。
風船みたいに膨らんだ蕾、それがぐんぐん大きく育って…。
(もう咲きそう、って見ていたら…)
次の日の朝に咲いていた。
花びらをシャンと、ピンと伸ばして、夏の日射しに負けもしないで。
イチゴの花とは違うんだよね、と零れる溜息。
桔梗だなんて素敵だよねと、花束でなくても映えるんだから、と。
たった一輪あるだけで。
暑い盛りに咲いているだけで、視線を集める紫の桔梗。
(イチゴと違って、ずっと立派で…)
みんなが注目しちゃう花、と考えた所で気が付いた。
今のハーレイはそういう人だと、ぼくよりもずっと凄かったっけ、と。
(…柔道も水泳も、プロの選手並み…)
プロにならないか、と幾つも誘いが来ていたハーレイ。
柔道の道でも、水泳でも。
もしも選手になっていたなら、今頃は有名だったろう。
何処の星でも、きっと評判。
試合に出たなら連戦連勝、柔道も、それに水泳も。
(ハーレイが其処にいるってだけで…)
たちまち周りに人垣が出来て、サインを欲しがる人や、写真や。
ハーレイは快く応えるのだろう、その人たちに。
(憧れてます、って子供が来たら…)
高く抱き上げてみたりもしそう。
「立派な選手に育ってくれよ?」と、「いつかは俺と勝負しような」と。
そういう小さな子供でなくても、誰もが熱い視線を浴びせる。
サインが欲しいと、一緒に写真を撮りたいと。
また素晴らしい試合が見たいと、見に行かねばと大騒ぎで。
(ハーレイ、それにも応えちゃうんだよ…)
次の試合も好成績で。
記録なんかも作ったりして、喝采を浴びて。
今のハーレイはそうだったっけ、と「桔梗」の文字に納得した。
本当にハーレイみたいな花だと、イチゴの花のぼくとは違う、と。
たった一人でも、注目を集められるから。
プロの選手にならなかった今も、柔道部の生徒のヒーローだから。
(みんな、ハーレイ、大好きだもんね?)
クラブ活動以外の時でも、よく囲まれているハーレイ。
柔道部の教え子たちもそうだし、そうではない男女の生徒たちにも。
とても分かりやすい古典の授業は人気抜群、雑談だって。
(ハーレイ、ホントに桔梗なんだよ…)
たった一輪挿してあるだけで、周りの空気も変えてしまう桔梗。
お洒落な花瓶を使わなくても、空き瓶にヒョイと挿してあっても。
(…イチゴの花だと、それじゃ全然…)
目立ちもしないし、何本も摘んで花束にしても、一輪の桔梗に敵わない。
暑い中でも凛と咲く花とは違うから。
涼やかにすっくと咲ける花とは、まるで違うのがイチゴだから。
(ぼくって、イチゴの花だよね…)
弱いし、目立ちもしないんだから、と考えると少し悲しいけれど。
誕生花で作った花束だって、イチゴでは貰えないのだけれど。
(だけど、桔梗はハーレイにピッタリ…)
とても似合う、という気がするから、綻んだ頬。
八月二十八日の花は桔梗と、ハーレイに似合う花なんだから、と。
だから自分はイチゴでもいい。
ハーレイの花は凛と咲く桔梗なのだし、本当にそれが似合うのだから…。
君の誕生花・了
※ハーレイ先生の誕生花は、桔梗。ブルー君のイチゴと違って、見栄えのする花。
けれど、桔梗が似合っていると思い至ったブルー君。自分はイチゴでいいみたいですv
(ほほう…?)
こんなのがあるのか、とハーレイが眺めた一種の新聞。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後で。
町の住人に配られる新聞、催しなどが載っているのだけれど。
(誕生花なあ…)
お知らせだけでは、誰も読んではくれないから。
ザッと目を通して捨てるだけだから、読んで貰おうと色々な工夫。
目を留めた記事もその一つ。
「あなたの誕生花を御存知ですか?」という見出し。
たったそれだけ、幾つかの花の写真も添えてあるけれど…。
(なにしろ一年分だしな?)
ズラリ並んだカレンダー。
十二ヶ月分、一年分の日付けを書いて。
曜日の代わりに花の名前で、一日に一つ。
(こいつは全く知らなかったぞ)
誕生石なら聞くんだが、と苦笑い。
そっちの方なら、まるで無縁ではなかったから。
(…俺が贈ろうってわけじゃないがな)
友人たちに「彼女」が出来始めたら、耳に入った誕生石。
一月から始まる十二ヶ月には、それぞれ石があるらしい。
「彼女」の誕生日に贈りたいけれど、どうしようかと。
(高いのから安いのまで、あるんだっけな?)
さして興味は無かったけれども、その部分だけは覚えている。
「俺の彼女のは高いんだよ!」と嘆く声だの、「俺は安くて助かった」だの。
そういうものでもなかろうに、とクックッと笑う。
好きな人から貰った物なら、値段なんぞ、と。
そう思ったのが誕生石。
あの頃も今も、意見はまるで変わっていない。
自分にも恋人が出来たけれども、今でも同じ考えのまま。
(あいつ、宝石は要らないだろうが…)
男だから、というのはともかく、ブルーの性格。
自分を飾りたいタイプではないし、きっと宝石など要らない。
それでもブルーに贈るとするなら、誕生石かもしれないけれど…。
(高いヤツなら、俺の予算に見合ったヤツで…)
安い石でも同じこと。
ブルーのためにと選ぶのだから、心をこめて。
予算の範囲で、ブルーに一番似合うものを、と選ぶだけ。
「高い」と顔を顰めはしないし、「安い石で良かった」と思いもしない。
選んでブルーにプレゼントすること、それが大切なことだから。
(高すぎる石で、うんと小さくなっちまおうが…)
安い石だから大きいものが買えたとしようが、愛の大きさは変わらない。
愛の深さは、石の大きさで測るものではないのだから。
貰う方だって、ちゃんと分かっているのだから。
(…ところで、あいつの誕生石って、何なんだ?)
とんと知らんな、とコツンと叩いた額。
三月の石は何だっけか、と。
(はて…?)
考え始めて、吹き出した。
そもそも一つも知りはしないと、自分のだって知らないと。
縁が無い上に興味もないから、覚えようともしなかった。
だから知らない誕生石。
「高いのもあるし、安いのもある」と、知っているだけで。
(その点、こっちの方だったら…)
花なんだしな、と見ることにした誕生花。
一日に花が一つずつ。
誕生石なら一月まとめて同じだけれども、こちらは違う。
(諸説あるのか…)
どういう花を持ってくるかは、様々な説があるらしい。
載っているのはその中の一つ、「他にも色々ありますよ」と。
誕生花だけで本が一冊作れるくらいに、花は幾つもあるらしいけれど…。
(まあ、これだけで充分だってな)
プレゼントする予定もないし、と思い描いた恋人の顔。
十四歳にしかならないブルーは、まだまだ子供。
花を贈るには早すぎる。
(貰えば喜ぶ筈なんだが…)
喜ぶ顔が見えるようだけれども、如何せん、子供。
ブルーの両親も変に思うに決まっているから、花は当分、贈れない。
小さなブルーが前と同じに育つまで。
デートに行ける年になるまで、花はお預け。
そうは言っても、気になる花。
ブルーの誕生花は何だろうかと、きっと綺麗な花なのだろうと。
(前のあいつは美人だったし…)
とても気高く美しかったし、凛と咲く一輪の花のよう。
(何の花か、と訊かれりゃ困るが…)
でも花なんだ、と言い切れる。
前のブルーは美しかったと、本当に花のようだったと。
さて…、と眺めたカレンダー。
小さなブルーの誕生花は、と三月の欄を覗き込んで。
(三月三十一日、と…)
なんの花だ、とブルーに相応しい素晴らしい花を期待したのに。
胸を高鳴らせて調べてみたのに、其処に書かれていた花は…。
(イチゴだと!?)
それは花ではないのでは、と思ったイチゴ。
果物だろうと、花じゃないぞ、と。
(あいつらしくはあるんだが…)
赤いからな、と思い浮かべた艶やかなイチゴ。
甘酸っぱい味の綺麗な宝石、みずみずしいイチゴはブルーの瞳と同じ色。
そう考えれば、イチゴも似合いかもしれない。
ブルーの瞳は二粒のイチゴ、甘酸っぱくて美味しいのだし、と。
(まだ食べられやしないがな…)
キスも駄目だ、とチビのブルーを思ったら。
子供らしい顔を思い出したら、ふと浮かんだのが膨れっ面。
「キスは駄目だ」と叱った時の。
「ハーレイのケチ!」と唇を尖らせた時の。
見事に膨れるブルーだけれども、その唇。
桜色をした愛らしい唇、あの唇も…。
(考えようによってはイチゴ色か?)
色づき始めたイチゴだったら、優しいピンクの部分もある。
真っ赤な果実に熟す前には、ほんのり桃色。
緑から赤に変わる途中の僅かな期間。
ほんの一瞬、淡い桃色。
(ふうむ…)
イチゴでもブルーに似合いの花だ、という気になった。
赤い瞳はイチゴの赤だし、桜色をした唇だって。
期待した花とは違ったけれども、イチゴも充分、似合うじゃないかと。
(しかし、花束は贈れんなあ…)
甘いイチゴを詰め込んだ籠と、花束はまるで違うから。
籠にリボンをかけたとしたって、花束に見えはしないから。
(プレゼント向きではないってか…)
せっかく似合っているんだが、と零れた溜息。
誕生花の花束は贈れないなと、贈るにしたってずっと先だが、と。
(イチゴの籠を抱えて行っても…)
花とは思って貰えまいな、と考えた所で気付いたこと。
赤いイチゴは花ではないと、あれはイチゴの実なんだ、と。
(花が咲いた後に、実が出来るわけで…)
記事の見出しは「誕生花」。
「誕生果」とは書かれていないし、花はイチゴの花だろう。
赤いイチゴが実るより前に、イチゴが咲かせる幾つもの花。
そっちの方だと、イチゴの花の方だった、と。
(…イチゴの花なあ…)
白い花だ、と辿った記憶。
自分は育てていないけれども、何度も見て来たイチゴの花。
隣町の家で母が育てたこともあったし、イチゴ狩りにも行ったから。
イチゴが実る畑に行ったら、イチゴの花も咲いていたから。
(俺は白しか知らないな…)
野イチゴの花も白いんだ、と子供時代の記憶を手繰る。
畑のイチゴと同じで白いと、おまけに小さな花なんだが、と。
イチゴは色々あるけれど。
栽培品種も、野生のイチゴも見て来たけれども、どれも赤い実。
ブルーの瞳を思わせる果実、甘酸っぱくて赤い宝石のよう。
(本当にあいつにピッタリの実で…)
その割に地味な花なんだよな、とイチゴの花を思い出す。
赤い宝石、それが実るとは思えないほどに小さな花。
けして目立ちはしない花。
(可憐と言えば、そうも言えるが…)
どちらかと言えば健気だろうか、と白いイチゴの花を思った。
誰も目を留めてくれないくらいに、華やかさの欠片も無いのだけれど。
イチゴの花を摘んで集めても、花束にしては地味すぎるけれど…。
(…それこそ、あいつみたいな花か?)
チビのブルーはイチゴだろうか、と愛くるしい顔と重なった花。
今は小さな花だけれども、いつか大きく開くから。
二粒の赤い宝石の瞳、それが煌めく美しい人に。
白く可憐な花を咲かせる時期が過ぎたら、誰よりも気高く美しい人に。
(…そうか、イチゴか…)
今のあいつはイチゴの花か、と浮かべた笑み。
子供の間は白くて可愛い花を咲かせて、育てば凄い美人に、と。
(けっこう当たっているかもしれんな)
あいつのための誕生花、と「イチゴ」と書かれた欄を見詰める。
地味だけれども、ピッタリだと。
ブルーにとても似合いの花だと、チビのあいつはイチゴの花、と…。
あいつの誕生花・了
※イチゴだったらしい、ブルー君の誕生花。実の方が先に浮かびますよね、イチゴの場合。
ハーレイ先生も同じですけど、似合うと思ったみたいです。赤い実も、白くて小さな花もv