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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(うーむ…)
 なんて時間だ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 土曜日の朝に寝室のベッドで、枕元の時計に手を伸ばして。
 薄暗いから、早い時間だとは思ったけれど。
 それでも自然に目覚めたわけだし、もう少しばかり…。
(朝らしい時間だと思ったんだがな?)
 これじゃ漁師の朝じゃないか、と言いたいくらいに早すぎる時間。
 漁師だったら、恐らくはもっと早い時間だろうけれど。
 この時間ならば、とっくに海の上だろうけれど。
(…朝一番には魚を水揚げするんだしな?)
 漁港の朝は早いものだし、近い所で漁をするなら暗い内から。
 急いで魚を獲って戻って、競りの時間に間に合うように。
 とはいえ、自分は漁師ではないし、おまけに土曜日。
 仕事に出掛ける日ではないから、こんな時間に起きたって…。
(ジョギングするか、ジムで泳ぐか…)
 そのくらいしか無いんだがな、と思いながらも起き上がる。
 寝不足な気分は全くしないし、とてもスッキリした目覚め。
 こういう朝には、ベッドにいても無駄だから。
 無為に時間を費やすだけで、何の役にも立たないから。
(はてさて、何をすべきやら…)
 走りに行くか、それともジムか。
 どっちにしたって、必要なのがエネルギー。
 目はパッチリと覚めていたって、眠って心身を休めていたって…。
(腹ってヤツは減っちまうんだ)
 まずは朝食、朝はそこから。
 栄養補給をしてやらなければ、身体が困ってしまうのだから。


 本当になんて時間なんだか、と顔を洗って済ませた着替え。
 新聞は届いているのだけれども、外はまだまだ薄明り。
 太陽が顔を覗かせる前の、ほんのり白くなった空。
 さっき新聞を取りに出た時は、星が幾つか瞬いていた。
(明けの明星ってヤツだよなあ…)
 ひときわ明るく光っていた星。
 方角からして、あれは金星。
 明けの明星、金星と言えばヴィーナスだけれど。
(…あの星は、確かルシファーなんだ…)
 神話の時代と言っていいのか、聖書の時代と呼ぶべきなのか。
 暁の星と呼ばれたルシファー、後の地獄の王のルシフェル。
 天使たちの中でも最も美しいと言われた天使。
 けれど起こしてしまった叛乱、ルシファーは天から落とされたという。
 いわゆる堕天使、それがルシファー。
(なんだって、今も天にあるんだか…)
 金星ってヤツが、と可笑しくなる。
 朝食の支度を始める傍ら、「こいつは矛盾してないか?」と。
 天から落ちた筈のルシファー、その星が今も空に輝いているなんて、と。
 卵を割ってオムレツを…、とコツンとぶつけて器に卵。
 こんもりとした黄身を溶きほぐしながら、「そういえば…」と頭に浮かんだ別の星。
 「土星も悪魔じゃなかったっけか」と。
 サターンなのだし、あれも魔王の星なのだろう。
(…ルシファーもサターンも同じだしな?)
 どっちも魔王の名前じゃないか、と考えた夜空の悪魔事情。
 土星の方のサターンの由来は、魔王サタンではないけれど。
 ギリシャ神話のサトゥルヌスだし、混同されているだけなのだけれど。
 分かっていたって、面白い。
 二つも悪魔の星があるんだと、なんだって空に悪魔なんだか、と。


 そうこうする内に出来た朝食、さて、と座ったいつものテーブル。
 トーストをガブリと齧ったはずみに、ふと思い出した夜空の星。
 さっき仰いだ星たちの中に、あの星も混じっていたろうかと。
(…ジュピター…)
 ギリシャ神話のゼウスの星。
 オリンポスに住まう主神ゼウスで、その名がジュピター。
(…前の俺たちは、あそこにいたんだ…)
 遠く遥かな時の彼方で、この地球からも見えるジュピターの側に。
 多分、あそこが始まりの星。
 アルタミラは其処にあったのだから。
 今は失われたガリレオ衛星、それがガニメデだったから。
(…アルタミラはガニメデの育英都市で…)
 前の自分が生まれた場所。
 それにブルーも、ゼルにヒルマン、エラやブラウといった仲間たちも。
 成人検査でミュウと判断され、全て失くしてしまったけれど。
 人間として生きる権利も、成人検査より前の記憶も失ったけれど。
 それでも故郷で、今は無い星。
 ガリレオ衛星の中の一つの、ガニメデは滅ぼされたから。
 アルタミラもろともメギドに焼かれて、砕けて消えてしまったから。
(前の俺たちは、あそこから逃げて…)
 命からがら脱出した船、行き先も何も決めないままで。
 地球の座標も知らなかったし、近くにあるとも知らないままで。
 ただ闇雲に飛び出した宇宙、離れてしまったソル太陽系。
 暗い宇宙を長く旅して、雲海の星アルテメシアや、赤いナスカに潜み続けて…。
(またジュピターを目にした時には…)
 其処で起こった最後の戦い、ミュウは勝利を収めたけれど。
 地球への道が開けたけれども、その時には、もうシャングリラには…。


(…あいつ、乗ってなかったんだ…)
 前の自分たちを救ったブルー。
 メギドの炎で滅びゆく星から、燃えるアルタミラの地獄から。
 空まで赤く染まった地獄でブルーと出会った。
 前のブルーに命を救われ、他の仲間も誰もが同じ。
 そしてアルタミラを後にしてからも、ブルーが皆を生かしてくれた。
 雲海の星、アルテメシアに辿り着く前も、アルテメシアを追われた後も。
(…あいつがメギドを沈めたから…)
 赤いナスカが滅ぼされた時、メギドの炎に焼かれずに済んだシャングリラ。
 ミュウの箱舟、ミュウたちの未来を乗せていた船。
 前のブルーはそれを救って、独りぼっちで宇宙に散った。
 焦がれ続けた地球に着けずに、青い水の星を見ることもなく。
(…地球は青くはなかったんだが…)
 青いと信じた前の自分たち。
 ジュピターの側で戦った時も、「此処まで来た」という思い。
 これでシャングリラは地球に行けると、ようやく旅の終わりが見えたと。
 なのにブルーは、もういなかった。
 誰よりも地球に焦がれ続けて、行きたいと夢を見ていたブルーは。
(あいつのお蔭で、俺たちはあそこまで行けたのに…)
 始まりの星に戻って来たのに、シャングリラに乗っていなかったブルー。
 遠く離れたジルベスター星系、其処でブルーは散ったから。
 髪の一筋も残さないまま、ブルーはいなくなったから。
(あいつが船に乗っていたなら…)
 きっと誰よりも喜んだだろう、始まりの星に戻れたことを。
 やっと開けた地球に続く道を、ミュウの未来が、あのジュピターから始まることを。
 ジュピターは因縁の星だったから。
 前の自分たちは其処から旅立ち、今度は其処から青い地球へと向かうのだから。


 しかし、乗ってなかったんだ、と噛んだ唇。
 シャングリラにブルーは乗っていなくて、共に喜べはしなかった。
 もしもブルーが乗っていたなら、手を取り合うことも出来ただろうに。
 地球へと向かってワープする前に、「やっと此処まで来られました」と。
 きっとブルーも、その手を握り返してくれた。
 恋人の顔は出来ないままでも、「ありがとう」と。
 ソルジャーとしての労いの言葉、それに激励。
 「地球に着くまで気を抜かないで」と、「このシャングリラをよろしく頼む」と。
 前の自分はキャプテンだったし、けして不自然ではない遣り取り。
 始まりの星へやっと戻って、地球へ旅立つ前だったなら。
(…それなのに、あいつ…)
 いなかったんだ、と零れた涙。
 ブルーを乗せて戻れなかったと、始まりの星のジュピターまで、と。
(…あいつ、俺たちを守り続けて…)
 逝っちまった、と涙が零れるけれど。
 思い出したら、もう止まらないのが悲しみの涙なのだけど。
(…前のあいつは…)
 ジュピターまでも戻れはしなくて、地球への道も見られなかった。
 それを思うと悔しいけれども、そのブルーは…。
(…帰って来たんだっけな、地球に…)
 無かった筈の青い地球に、と気付いた今のブルーの存在。
 少年になってしまったブルー。
 蘇った青い地球に生まれて、今日は自分を待っている筈。
 この時間なら、きっとベッドでぐっすり眠っているだろう。
 今日に備えて目覚ましをかけて、ブルーの家のベッドの中で。
(…そうだっけな…)
 会えるんだよな、と浮かんだ笑み。
 今日はブルーを抱き締めてやろう、そして甘やかしてやろう。
 あいつに会える、と気付いた途端に、悲しみの涙は幸せの涙に変わったから。
 愛おしい人は戻って来たから、今日はブルーに会えるのだから…。

 

       あいつに会える・了


※明けの明星から、ジュピターを思い出してしまったハーレイ先生。地球への最後の戦いも。
 けれど、あの時はいなかったブルーに会えるのが今。甘やかしたくもなりますよねv





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(あるわけないよね…)
 ミュウの埋蔵金なんて、と小さなブルーが零した笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、それは残念なのだけど。
 夕食を一緒に食べたかったけれど、学校ではちゃんとハーレイに会えた。
 古典の授業の時間だったし、学校で会うなら「ハーレイ先生」なのだけれども。
 そのハーレイの授業で出たのが埋蔵金。
 生徒が退屈し始めたから、と繰り出して来た得意技。
(ハーレイの雑談、人気だもんね?)
 居眠りしていた生徒も起きるという評判。
 訊き逃したら損だから。
 楽しい話や珍しい話、色々なことが聞けるから。
 今日のテーマは埋蔵金。
 金銀財宝を手に入れる話、そういう古典を教わっていた時だったから。
(…埋蔵金かあ…)
 本物の方もとっくに無いよね、と遠い昔を思い浮かべる。
 この辺りにあった小さな島国、黄金の国とも呼ばれた日本。
 色々な人が埋めたと伝わる埋蔵金。
 誰一人として見付けられずに、時の彼方に消えてしまった。
 埋蔵金を掘ろうと挑んだトレジャーハンター、彼らも今では手も足も出ないことだろう。
 地球は一度は滅びてしまって、その後に青く蘇ったから。
 何もかも燃えて崩れ去った後に、青い水の星が戻って来たから。
 すっかり変わってしまった地形。
 遥かな昔の歌や古文書、それを頼りに掘ろうとしたって…。
(元の山も川も、全部、消えちゃって…)
 何も無いから掘り出せない。
 埋蔵金があったとしたって、地球と一緒に燃えたろうから。


 それはともかく、ハーレイの授業。
 埋蔵金の話を聞いたら、質問を投げたクラスのムードメーカーの男子。
 「ミュウの埋蔵金は無いんですか?」と。
 白いシャングリラで生きたミュウたち、彼らは埋めていないんですか、と。
 思わずパチクリと瞬いた瞳、「それをハーレイに訊くんだ?」と。
 もちろん訊いてもいいのだけれども、少しも変ではないけれど。
(…先生に訊くのは普通のことだし…)
 そのハーレイが出した話題なのだし、質問は全く可笑しくはない。
 ただ、問題はハーレイの中身。
(…ぼくの学校に来る前だったら、あの質問でもいいんだけれど…)
 ハーレイの答えも、今日と全く変わらなかったと思うけれども。
 「いったい何処にあったんだ?」と逆に尋ねていたハーレイ。
 初代のミュウが埋蔵金を埋めていたなら、その場所は何処になるんだ、と。
 アルテメシアでは雲海の中で、埋蔵金を埋めには行けない。
 赤いナスカで埋めたとしたなら、ナスカと一緒に消え去っただろう埋蔵金。
 まず無理だな、とハーレイはバッサリ切り捨てた。
 ミュウの埋蔵金などありはしないと、何処にも残っていないだろうと。
(それも間違ってはいないんだけど…)
 クラスのあちこちで零れた溜息、埋蔵金に抱いていたらしい夢。
 あったら是非とも掘りに行こうと、埋蔵金を見付け出そうと。
 それなのに「無い」と言われたわけだし、溜息をつきたくなるだろう。
 ハーレイは呆れていたけれど。
 「古典の授業も分からんようでは、埋蔵金など掘れないな」と。
 謎かけのような歌や古文書、それを解かねば掘れないから。
 もっともミュウの埋蔵金には、そんな仕掛けは無いだろうけれど。
(…最初から埋めていないしね?)
 それを知るのがキャプテン・ハーレイ、今の「ハーレイ先生」の前世。
 だから瞳を瞬かせた。
 「本物に向かって訊いているよ」と。


 ミュウの歴史の生き証人。
 今の時代は超一級の歴史資料の、キャプテン・ハーレイの航宙日誌。
 白いシャングリラの舵を握ったキャプテン・ハーレイ、今のハーレイはその生まれ変わり。
 誰にも話していないだけのこと、中身はキャプテン・ハーレイそのもの。
(まさか本人に訊いたとは思っていないよね…)
 質問していた、あの男子。
 「ミュウの埋蔵金は無いんですか?」と。
 埋蔵金は無いと聞かされて、彼もガッカリしていたけれど。
 もしもあるなら掘りたいと思って、あの質問を投げたに決まっているけれど。
(…ハーレイが「無い」って答えたんだし、間違いないよ)
 だってキャプテン・ハーレイだもの、と可笑しい気持ちになってくる。
 埋蔵金を埋めていたなら、陣頭指揮はキャプテンだから。
 「此処に埋めろ」と皆に指図して、埋める所を見届ける。
 埋め終わったなら、謎かけのような暗号だって作るのだろう。
 ミュウの仲間にしか解けない暗号、それを作って、練り上げて…。
(航宙日誌に挟むのかな?)
 紙に書き付けて、日誌の何処かに。
 あるいは埋蔵金を埋めた日の日誌、その日の記述に織り込んだり。
(アルテメシアでは埋めてないけど…)
 赤いナスカに埋めていたなら、きっと自分も聞けた報告。
 一刻も早く脱出せねば、と大混乱だった船の中でも。
 「実はナスカに埋めてあります」と、「掘り出す時間は無さそうですが」と。
 あんな騒ぎの真っ最中では、とても掘りには行けないから。
 埋蔵金は置いてゆくしかないから、きっと眉間に深い皺。
 「こんなことなら、埋めずに船に置くべきでした」と、「私の判断ミスでした」と。
 ハーレイがそれを言いに来たなら、きっと微笑み返しただろう。
 「皆が無事なら、それでいいんじゃないのかい?」と。
 埋蔵金よりも皆の命だと、どんなに凄い宝物でも、命に比べたらガラクタだろう、と。


 前の自分なら、きっとそう言う。
 ハーレイがナスカに埋めて隠した埋蔵金。
 それがシャングリラの全財産に等しいものであっても。
 ナスカと一緒に無くなったならば、もうシャングリラは一文無しでも。
(…みんなの命の方が大切…)
 財産だったら、力を合わせてまた手に入れればいいのだから。
 一つしかない命と違って、代わりのものがあるのだから。
 命さえあれば、もう一度築けるだろう財産。
 ナスカの代わりの大地も見付かる、皆がその気になりさえすれば。
 けれど、命は失くせない。
 失くしてしまえばそれで終わりで、二度と手に入れられないのが命。
 誰の命も、全部かけがえのないものばかり。
 ナスカに埋めた埋蔵金なら、消えたとしたって一文無しになるだけなのに、命は違う。
 「命あっての物種」と言うくらいなのだし、命が無ければ始まらない。
 一文無しでも生きてさえいれば、頑張り次第で、また豊かにもなれるのに。
(だから、埋蔵金、無くなっちゃっても…)
 かまわないよ、と前の自分は微笑むだろう。
 「そんなことより、ナスカから皆を脱出させて」と。
 埋蔵金のことで心を痛めているより、キャプテンらしく皆の命を最優先で、と。
 そして自分はメギドに向かって飛び立つのだろう。
 全財産よりも大切なものを、ミュウの未来を守り抜くために。
 自分一人が命を捨てれば、皆の命を救えるから。
 白いシャングリラに、箱舟に乗った仲間たち。
 どんな財宝よりも眩く煌めく、皆の命を守らなければ。
(でも、ハーレイの暗号は…)
 きっと「見せて」と頼むのだろう、ハーレイから話を聞かされた時に。
 冥土の土産にとは明かせないけれど、見れば心が和むだろうから。


(どんな暗号なんだろう…?)
 ハーレイがそれを作っていたなら、埋蔵金を埋めていたならば。
 前の自分は読み解けたろうか、ハーレイの心を覗かなくても。
 「お手上げだよ」と降参していただろうか、「この暗号はどう読むんだい?」と。
 ハーレイに答えを教えて貰って、埋めてある場所を思念の瞳で、青の間から眺め回してみて。
 きっと自分は笑っていたろう、「流石だね」と、「ぼくにも分からなかったよ」と。
 もう回収は出来ない財産、埋蔵金を失くしてしまって、ミュウは一文無しだけれども。
 そういう日々が始まるけれども、ハーレイなら、きっと上手くやる。
 「頼むよ」と肩を叩けただろう、「君なら出来る」と。
 「また頑張って財産を築いてくれたまえ」と。
 困り顔のハーレイが目に見えるようで、メギドに飛ぶ前のブリッジよりも…。
(そっちの方が、本当のお別れ…)
 二人で笑って、笑い合って。
 明日からミュウは一文無しだと、キャプテンが頑張らなければと。
 「私がですか?」と呻くハーレイに、「君の責任なんだろう?」と飛ばす軽口。
 働き口を見付けて頑張りたまえと、人類の船なら給料もきっと高いだろうと。
 それだけ二人で笑い合えたら、思い残すことはきっと無かった。
 ハーレイの方では気付かなくても、充分に取れた別れの時間。
 キスは無くても、笑い交わしただけの時間でも。
 鳶色の瞳を、ハーレイの笑顔を、心に刻み付けられたから。
 命と引き換えに守るべき命、ハーレイの命もその中の一つ。
 誰よりも愛した人の命を、この宝物をぼくが守る、と。
(ハーレイの命が、前のぼくの最高の宝物…)
 船の仲間の誰よりも。
 自分の命と引き換えにしても、守り抜きたかった宝物。
 ハーレイの命だったから。
 いつも守ってくれたハーレイ、そのハーレイが宝物だったから。


(暗号、ちょっぴり見たかったかも…)
 ミュウの埋蔵金は無かったのだし、夢物語に過ぎないけれど。
 それに失くした筈の命も、何故だか持っているけれど。
(…ミュウの埋蔵金…)
 あったとしたなら何処に埋めたか、どんな暗号を作っていたか。
 いつかハーレイに訊いてみようか、「ハーレイだったら、どう隠してた?」と。
 前の自分の口真似をして。
 「ハーレイ、君なら何処に隠す?」と、「ぼくにも教えて欲しいんだけどね」と。
 今のハーレイも、大切な宝物だから。
 誰よりも好きでたまらないから、ハーレイのことなら、どんなことでも知りたいから…。

 

         宝物の君・了


※埋蔵金の話を聞いたブルー君。無かった筈のミュウの埋蔵金、それを楽しく想像中。
 キャプテンの方のハーレイだったら、暗号にも凝っていたでしょう。うんとレトロにv





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(埋蔵金なあ…)
 そんなモンがあるわけなかろうが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日の学校、ブルーのクラスでの古典の授業。
 生徒が退屈し始めたから、そういう時には雑談に限る。
 たちまち瞳を輝かせるのが生徒たち。
 居眠りかけていた生徒もガバッと身体を起こす勢い、いつだって。
(まったく現金なヤツらだってな)
 起きて来るから良しとするが、と思い返した今日の雑談。
 たまたま授業は宝物の話、それがメインではないけれど。
 主人公が手に入れる金銀財宝、雑談の種には打ってつけのもの。
 だから話した埋蔵金。
 遠い昔の地球の伝説、この辺りに日本が在った頃。
 黄金の国とも呼ばれた小さな島国、其処で本当に採れた金銀。
 それを秘かに埋めたというのが伝説の中身、埋めた人物は実に色々。
 滅びてしまった支配者一族、あるいは万一に備えて埋めた者たちもいた埋蔵金。
(そいつを掘るのがトレジャーハンター…)
 埋蔵金に挑んだ人々、成功した例は無いらしいけれど。
 曖昧すぎる歌や古文書、そういったものを頼りに掘るだけ無駄なのだけれど。
 それでも挑んだ人がいるから面白い。
 深い山の奥で一人暮らしでせっせと掘ったり、グループを組んで挑んだり。
 生徒が好きそうなロマンがたっぷり、特に男子は興味津々。
 そして訊かれた、「ミュウが残した埋蔵金は無いんですか?」と。
 白いシャングリラで生きた初代のミュウたち、彼らは埋めていないのか、と。


 ブルーのクラスのムードメーカー、男子の一人が投げ掛けた問い。
 よりにもよってミュウの埋蔵金、それは無いのかと来たものだから…。
 「いったい何処に埋めるんだ?」と逆に生徒に尋ねてやった。
 シャングリラがいたのはアルテメシアの雲海の中か、そうでなければナスカだが、と。
 アルテメシアで埋めるのは無理で、ナスカに埋めていたならばパア。
 メギドの炎で星ごと壊れて、何処にも残っていない筈だが、と。
 途端にあちこちで零れた溜息、憧れた生徒は多かったらしい。
 埋蔵金があるのだったら、掘りたいと。
 いつか伝説を解き明かしたいと、ミュウの財宝を掘り当てたいと。
(…どいつもこいつも…)
 その前に俺の授業を聞けよ、と呆れ顔で叩いた教室の前にあるボード。
 古典の授業も理解出来ないような頭で、埋蔵金が掘れるかと。
 謎かけのような歌や古文書、そいつを読めはしないだろうな、と。
 「授業に戻る」とクルリと背中を向けたけれども、ふと目が合った小さなブルー。
 赤い瞳が笑っていた。
 「あるわけないよね」と可笑しそうに。
 ブルーは喋っていないのだけれど、思念も飛んでは来なかったけれど。
 瞳だけで分かった、小さなブルーが言いたいこと。
 「ぼくもハーレイも知っているよね」と、「だって、自分が見たんだものね」と。
 埋蔵金など埋めていないということを。
 遠く遥かな時の彼方で、共に暮らしたシャングリラ。
 あの船でやってはいなかったと。
 誰一人として埋めていないし、アルテメシアにもナスカにも無いと。
(…ナスカじゃ、あいつは眠ってたんだが…)
 もしも埋めたら、必ず報告していただろう。
 ナスカでブルーが目覚めた後に。
 大混乱の真っ最中でも、ブルーは確かに初代のソルジャーだったのだから。


(埋蔵金を埋めるも何も…)
 シャングリラに財宝なんぞは無いぞ、と自分だからこそ言い切れる。
 船を纏めたキャプテン・ハーレイ、それが自分の前世だから。
 ブルーと出会って記憶が戻って、今ではすっかり元通りだから。
(忘れちまった記憶も多いが…)
 生まれ変わる時に落として来たのか、元々覚えていなかったのか。
 あまりに長く生きていたから、忘れ果てたことも多い筈。
 けれど大切だったことは忘れていないし、今でも直ぐにポンと出てくる。
 埋蔵金を埋めていたのか、埋めなかったか。
 そもそも財宝を持っていたのか、そんな代物は無かったのかも。
(あの船は、ミュウの箱舟ってヤツで…)
 名前通りにシャングリラ。
 ミュウの仲間が暮らす楽園、それがシャングリラの全て。
 贅沢な物などありはしないし、もちろん財宝だって無い。
 白いシャングリラに「宝物」と呼べる何かが、それがあったと言うのなら…。
(…船の仲間の命だってな)
 アルタミラからの脱出組に加えて、アルテメシアで救出された者たち。
 誰もが拾った大切な命、本当だったら失くす所を。
 シャングリラという船が無ければ、たちどころに消えるミュウたちの命。
 あの時代には、ミュウは追われる者だったから。
 人類の中から生まれる異分子、人ではないとされていたから。
 発見されたら処分されるか、研究施設に送られるか。
 どちらにしたって失くすのが命、虫けらのように撃ち殺されて。
 繰り返される人体実験、その末に命が尽きてしまって。
 そうならないよう、皆を守った白い船。
 ミュウの箱舟、シャングリラ。
 金銀財宝を乗せる代わりに、かけがえのない命を幾つも乗せて飛んでいた船、空を、宇宙を。
 前の自分が舵を握って、前のブルーが守り続けて。


 あれはああいう船だったんだ、と懐かしく思い出すけれど。
 宝物は皆の命だったと思うけれども、中でも一番大切だった宝物。
 どんな財宝にも代え難いもの、それを自分は持っていた。
 赤く煌めく二つの宝玉、前のブルーの澄み切った瞳。
 気高く美しかった前のブルーがそっくりそのまま、前の自分の宝物。
 何よりも大事で守りたいもの、命に代えても守ると誓ったブルーの命。
 けれど自分は失くしてしまった、前のブルーを。
 宝物だったブルーを失くして、独りぼっちになってしまった。
(…他のヤツらじゃ駄目だったんだ…)
 シャングリラに幾つ宝があっても、大勢の仲間の命を守って地球への道を進んでいても。
 ミュウの未来が開けてゆくのを、自分自身の目で見ていても。
 大切だったブルーを失くして、宝物も失くしてしまったから。
 行く先々の星で、宇宙で、多くのミュウを解放したって、ブルーは戻って来ないから。
(俺の宝は、前のあいつで…)
 それ以外の宝は、あっても無いのと同じこと。
 金銀宝玉を山と積まれても、シャングリラで暮らすミュウの命には代えられない。
 そのミュウたちの命が幾つあっても、前のブルーには敵わない。
 愛した人はブルーだから。
 ブルーと一緒に生きていたから、満ち足りていたのが自分の人生。
 いつまでも、何処までもブルーと共に。
 そう誓ったのに、手から零れた宝物。
 前のブルーは腕の中からすり抜けて行った、死へと向かって。
 二度と戻れない死が待つメギドへ、別れの言葉もキスの一つも残さないままで。
(前の俺は、あいつを失くしちまって…)
 消えてしまった宝物。
 失くした宝は取り戻せなくて、ただ死ぬ日だけを夢見て生きた。
 死ねばブルーを追ってゆけると、いつか地球まで行けたらきっと、と。


(でもって、俺は死んだわけだが…)
 地球の地の底、降って来た瓦礫。
 これで終わりだと軽くなった心、ブルーの許へと飛んでゆこうと。
 なのに気付けば青い地球の上、小さなブルーが目の前にいた。
 失くした筈の宝物が。
 とうに命は無い筈のブルー、けれども生きているブルー。
 子供になってしまったけれど。
 初めて出会った頃と同じに、少年のブルーなのだけど。
(…それでも、あいつは俺の宝物で…)
 今度は失くしはしないからな、と教室で会ったブルーを想う。
 ブルーの家には寄れなかったけれど、宝物のブルーは生きているから。
 今度こそ守って生きてゆくから、ブルーが自分の宝物。
 前と同じに、今の生でも。
 どんな財宝を積み上げられても、ブルーという名の宝物には、けして敵いはしないのだから…。

 

         宝物のあいつ・了


※財宝なんかは持っていなかったシャングリラのミュウたち、ハーレイの宝物は前のブルー。
 そして今でもハーレイ先生の宝物はチビのブルー君。きっと大切にするのでしょうねv





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(ハーレイのケチ!)
 今日もやっぱり断られたし、と小さなブルーが尖らせた唇。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイに会えたのだけれど、家を訪ねて来てくれたけれど。
(キスは駄目だ、って…)
 お決まりの文句を貰ってしまった。
 唇にキスを貰う代わりに、「駄目だ」と叱られて小突かれた額。
 「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と睨まれて。
 前と同じ背丈に育たない内は、キスは額と頬にだけだ、と。
(ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
 キスをしたって、唇が減りはしないのに。
 幸せな気持ちになれる筈なのに、いつも断られてばかり。
 今日もプウッと膨れたけれども、ハーレイは知らん顔だった。
 「勝手に膨れていろ」とばかりに、のんびり紅茶を飲んでいただけ。
 プンスカ怒ってやったのに。
 恋人がプウッと膨れているのに、まるで知らない顔のハーレイ。
(お詫びのキスも無いんだから…!)
 前のハーレイなら、ちゃんとキスしてくれたのに。
 膨れっ面なんかしなくても。
 「すまん」と唇にくれていたキス、お詫びのキス。
 ブリッジでの仕事が忙しすぎて、青の間に来るのが遅れた日とか。
 ゼルやヒルマンと酒を飲みながら話し込んでいて、すっかり遅刻した日とか。
 いつも貰えた、お詫びのキス。
 けれど今では、それもくれない。
 自分がプウッと膨れても。
 恋人の機嫌を損ねてしまって、「ケチ!」と睨み付けられても。


 本当にケチな今のハーレイ。
 キスをしたって、減らない唇。
 なのに、お詫びのキスさえしない。
 なんとも酷くてケチな恋人、こんな夜には、ほんのちょっぴり…。
(猫になりたくなっちゃうよ…)
 ハーレイの家で飼って貰える猫に。
 前にハーレイに、「猫になりたい」と本気で言ったことがあったほど。
 自分が猫なら、キスだってして貰えるから。
 ハーレイと同じベッドで眠って、一緒に暮らしてゆけるから。
 生まれたばかりのチビの子猫でも、ハーレイに見付けて貰えたら。
 「俺のブルーだ」と、ハーレイが気付いてくれたなら。
 もう早速に連れて帰って、飼って貰えるだろう猫。
 キスを貰って、おやつも貰えて、眠る時にもハーレイと一緒。
(…猫は駄目だ、って言われちゃったけど…)
 いくら幸せに暮らしていたって、猫の寿命は長くない。
 長生きしたって、二十年ほどでお別れだから。
 またハーレイを置いてゆくから、猫は駄目だと分かったけれど。
 猫になっていたら、前の自分と全く同じに、ハーレイを泣かせてしまうけれども…。
(ハーレイが猫のぼくを失くしちゃっても…)
 次のぼくを見付ければいいじゃない、と我儘なことを思ってしまう。
 キスもくれないケチな恋人、だったらハーレイも頑張ればいい。
 猫の自分を失くしてしまって、次の生まれ変わりを探し回って。
(…猫のぼくなら、キスは山ほど…)
 子猫の時から貰えるだろうし、ちょっぴり猫になりたい気分。
 駄目だと分かっているけれど。
 またハーレイを置いてゆくから、きっと悲しませてしまうから。
 そうは思っても、魅力的な猫。
 自分が猫に生まれていたなら、キスを貰えて、一緒に暮らして、一緒に眠って。


(ぼくが猫なら、とっくの昔に…)
 ハーレイとキスして、ハーレイのペット。
 そっちがいいな、と欲張りな我儘、ケチのハーレイも猫には甘そうだから。
 仕事が済んだらいそいそ帰って、せっせと世話してくれそうだから。
(猫だと、お喋り出来ないけれど…)
 それでも気持ちは通じるだろうし、きっと幸せな恋人同士。
 ハーレイに毛皮を撫でて貰って、「食べるか?」と美味しいおやつも貰って。
 膝の上で丸くなって眠って、夜はハーレイのベッドに入って。
(幸せだよね…)
 猫だったなら、と考える。
 何処かでハーレイに見付けて貰って、記憶が戻って、恋人同士。
(猫のお母さんが、「まだチビだから」って止めたって…)
 まるで気にしないで、ハーレイと一緒に行くのだろう。
 兄弟猫にも、お母さん猫にも、「さよなら」と元気にミャーミャー鳴いて。
 「ぼくはハーレイと暮らすんだから」と、本当に幸せ一杯で。
 ハーレイの家に着いた時には、眠っているかもしれないけれど。
 次の日の朝に目が覚めた時は、「誰もいないよ」と泣いてしまうかもしれないけれど。
 ママもいないし、お兄ちゃんたちも、と。
(でも、ハーレイが撫でてくれたら…)
 直ぐに泣き止んで、きっと幸せ。
 うんと甘えて、ハーレイに身体をすり寄せて。
 ハーレイの手や顔をペロペロと舐めて、「キスをちょうだい」とお強請りして。
 そうしたら、チュッと貰えるキス。
 チビの子猫でも、唇に。
 「俺のブルーだ」と抱き締めて貰って、唇にキス。
 幾つも、幾つも、幸せなキス。
 甘くて優しい、ハーレイのキスを貰い放題、自分がチビの猫だったなら。


 そっちの方が幸せだよね、と欲張ってしまう我儘な自分。
 ケチなハーレイに「キスは駄目だ」と言われたから。
 チビの自分は、チビの子猫でも貰えそうなキスが貰えないから。
(猫のぼくでも、ハーレイは見付けてくれるんだから…)
 そして一緒に暮らすんだから、と思ったけれど。
 猫でもいいや、と考えたけれど、不意に頭を掠めたこと。
 自分が猫なら幸せだけれど、逆だったならば、どうしよう…?
(…ぼくが猫とは限らないよね…?)
 前にハーレイが言ってくれたこと。
 「どんな姿でも、俺はお前を好きになる」と。
 猫でも、小鳥でも、人間の姿をしていなくても。
 ハーレイはきっと見付けてくれるし、自分に恋をしてくれるけれど…。
(…ぼくが人間で、ハーレイが猫ならどうするの?)
 学校の帰りにバッタリ出会った子猫のハーレイ。
 何処かの家で生まれた子猫で、飼い主募集で、家の前に小さな籠が置かれて…。
(お母さん猫と、猫のハーレイと、兄弟猫と…)
 全部が揃って自分を見上げて、ミャーミャー鳴いていたならば。
 其処で記憶が戻って来たなら、猫のハーレイをどうしよう…?
(…ハーレイなんだ、って分かるだろうけど…)
 迷わずに抱き上げられるだろうか、「一緒においで」と。
 「ぼくと帰ろう」と、「今日から一緒」と。
 側で見ているだろう飼い主、その人に「飼います」と名乗りを上げて。
 しっかり抱き締めて帰れるだろうか、チビの子猫のハーレイを…?
(…凄くヘンテコな模様の猫でも…)
 ハーレイなのだし、気にしないけれど。
 素敵な毛皮の兄弟猫より、断然、ハーレイがいいのだけれど。
(…ママに訊かなきゃ…)
 連れて帰れない子猫のハーレイ。
 勝手に貰って帰ったならば、母だって、きっと困るだろうから。


(この子、残しておいて下さい、って…)
 猫のハーレイを連れて帰るには、飼い主に頼む所から。
 急いで家に走って帰って、「飼ってもいい?」と母に尋ねて、お許しが出たら…。
(ハーレイを貰いに戻って行って…)
 抱っこして家に帰るのだけれど、そのハーレイ。
 前の自分が恋をした人で、また巡り会えた愛おしい人。
 ヘンテコな模様をしている猫でも、まだまだ小さいチビの猫でも。
(キスは出来るけど…)
 猫のハーレイは「キスは駄目だ」と叱りはしないし、一緒のベッドで眠れるけれど。
 家にいる時はいつでも一緒で、好きなだけ撫でてあげられるけれど。
(…猫のハーレイは、猫だから…)
 ギュッと抱き締めては貰えない。
 自分がハーレイを抱き締める方で、ハーレイに甘えられる方。
 ハーレイがチビの子猫の間は、どう考えても自分が保護者。
 立派に育って大人になっても、やっぱりハーレイは猫のまま。
 広い背中も、逞しい胸も、大きな手だって、猫のハーレイは持ってはいない。
 どんなに抱き締めて欲しい時にも、ハーレイは舐めてくれるだけ。
 「大丈夫か?」と声で、思念で訊いてくれる代わりに、「側にいるから」とペロペロと。
 元気のない自分の手を舐めてくれて、「元気出せよ」と。
(…そんなの、悲しい…)
 ハーレイは側にいるというのに、あの優しい手が無いなんて。
 広くて暖かい胸の代わりに、しなやかな毛皮があるなんて。
 「寂しいよ」とギュッと抱き締めても、抱き締め返してくれないハーレイ。
 ただペロペロと舐めてくれるだけで、心配そうに見詰めてくれるだけ。
 人間ではなくて猫だから。
 どんなに心が通い合っても、恋人同士でも、ハーレイは猫。
 広い背中も、逞しい胸も、大きな手も持っていない猫。
 ハーレイのことが好きなのに。
 誰よりも愛して、愛し続けて、もう一度巡り会えたのに。


 どんなハーレイでも好きになるけれど、きっと自分は恋するけれど。
 ヘンテコな模様の猫になっていても、やっぱり恋をするけれど。
(…ハーレイみたいに、自信たっぷりには言えないかも…)
 どんな姿でも好きになる、とは。
 現に自分は困っているから、「ハーレイが猫なら、どうしよう」と。
 好きになっても、ハーレイが猫なら、きっと寂しくなってしまうから。
(前のハーレイと同じだったら、って…)
 どうしてハーレイは猫なのだろうと、人間の姿で会えなかったのだろうと、何度も悲しむ。
 あの強い腕があればいいのにと、広い背中が欲しかったと。
(…ぼくって、駄目かも…)
 ケチのハーレイに敵わないかも、と零れる溜息。
 「どんな君でも好きになるよ」と、言ってみたって駄目らしいから。
 キスもくれないケチのハーレイでも、抱き締めてくれる強い腕。
 それから広くて逞しい胸、広い背中も、大きな手だって、揃っていないと駄目らしいから…。

 

        どんな君でも・了


※自分が猫になるのは良くても、ハーレイ先生が猫になったら困ってしまうブルー君。
 「どんな君でも好きになるよ」と自信たっぷりに言えない所が、正直で可愛い所ですv





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(今日も見事に膨れてたってな)
 そりゃあ見事に、とハーレイがクッと漏らした笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日の夜、いつもの書斎で。
 マグカップに淹れたコーヒー片手に、クックッと。
(何度言ったら分かるんだか…)
 あのチビは、と小さなブルーを思い出す。
 キスを強請って来たブルー。
 何度も「駄目だ」と叱っているのに、唇へのキスを。
(子供のくせに…)
 十四歳にしかならないブルーは、まだ子供。
 恋人同士のキスを交わすには早すぎるから、唇にキスは贈らない。
 頬と額だけ、そう決めたのに。
 前のブルーと同じ背丈に育つまでは、と何度も言って聞かせているのに…。
(懲りないってトコが子供なんだ)
 それに、断られたら「ケチ!」と怒り出すことも。
 プウッと膨れてしまうのも。
 きちんと育った大人だったら、あんな風には膨れない。
 同じようにキスを断られたって、膨れる代わりに大粒の涙。
 いったい何がいけなかったかと、嫌われるようなことをしたのかと。
(そっちだったら、俺だって…)
 懸命に慰めにかかるだろう。
 キスが出来ない理由を話して、零れる涙を拭ってやって。
(…俺が風邪でも引いているとか、そういうのだな)
 育ったブルーとキスをしないなら、理由は多分、その程度。
 風邪は滅多に引かないけれども、引いたとしたって軽いけれども。


 前と同じに育ったブルーにキスをしないなら、風邪くらい。
 うつしてしまうと大変だから、と。
 けれどブルーは知らずに強請って、勝手に泣き出しそうだから。
 「ぼくを嫌いになってしまった?」と大粒の涙を零しそうだから、愛おしい。
 きっと抱き締めてしまうだろう。
 「すまん」と、「俺が悪かったよな」と。
 育ったブルーに泣かれたら。赤い瞳から、真珠の涙が零れたら。
(…あいつが一人前の恋人だったら、そうなるんだが…)
 生憎と小さなブルーは子供。
 真珠の涙を零す代わりに、プウッと膨らませてしまう頬っぺた。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカと。
 唇を尖らせて、プンプンと。
(まるでフグみたいになっちまうんだ)
 そういや、前に…、とプッと吹き出す。
 キスを狙って悪だくみをしたブルーの頬を、両手で潰してやった時。
(…ハコフグって呼んでやったんだっけな)
 その日は一日、小さなブルーをハコフグと呼んだ。
 膨れた頬っぺたをギュッと潰したら、ハコフグになったものだから。
 海の中で出会ったハコフグの姿、それが重なったものだから。
(今日のあいつも、見事なフグだぞ)
 フグと呼ぶのを忘れちまったが、と膨れっ面のブルーを想う。
 そう呼んだならば、もっと膨れてしまいそうだけれど。
 「酷い!」と怒って、唇をもっと尖らせて。
 ますますフグに似てしまうのに。
 膨れっ面になればなるほど、フグそっくりの顔になるのに。


(今のあいつは、フグでハコフグ…)
 そんなトコだ、と本物のフグとブルーの顔を重ねてみる。
 フグにしては可愛すぎるだろうかと、赤い瞳のフグもいないな、と。
(でもまあ、あいつにはフグが似合いで…)
 次に膨れたら「フグ」と呼ぶか、と考えていたら、ヒョイと頭に浮かんだ水槽。
 本物のフグが泳ぐ水槽、水族館などで何度も目にした。
 あの中にブルーが泳いでいたなら、自分はブルーに気付くだろうか?
 膨れっ面のブルーではなくて、本物のフグの姿のブルー。
 目の前をスイスイ泳いでゆくだけ、赤い瞳もしていないブルー。
(…分かるのか、俺は?)
 ガラスで隔てられた向こうにブルーがいると。
 前の生から愛した恋人、愛おしい人が其処にいるのだと。
(…フグになっても…)
 分かるのだろうか、ブルーを見分けられるだろうか。
 フグに聖痕がありはしないし、第一、フグは喋らない。
 思念波だって持ってはいなくて、水槽の中を黙って泳いでいるだけで…。
(それでも、俺は…)
 きっと分かる、という気がした。
 ブルーの方でも、きっと気付いてくれるだろう。
 水槽の前に張り付いていたら、泳ぐブルーを見詰めていたら。
(ガラスをコツンと叩かなくても…)
 こちらに泳いで来てくれる。
 フグの瞳は、赤い瞳ではないけれど。
 前のブルーとフグは少しも似ていないけれど、それでもブルー。
 きっと自分は捕まるのだろう、水槽の中を泳ぐブルーに。
 本物のフグに生まれ変わったブルーでも。


 違いないな、と自分でも分かる。
 ブルーがどんな姿になっても、きっと出会えるだろうから。
 見付けて、記憶を全て取り戻して、ブルーに恋をする筈だから。
 たとえブルーがフグになっても、水族館の水槽越しに出会っても。
(はてさて、ブルーがフグの場合は…)
 どうしたもんか、と想像してみるブルーとの恋。
 いくらブルーが気付いてくれても、人間とフグの恋となったら…。
(障害ってヤツが山ほどで…)
 チビのブルーとは比較にならん、と簡単に分かってしまうこと。
 住んでいる世界が違うから。
 ブルーは水の世界の住人、自分は水の中では息が全く出来ない人間。
 ほんの短い逢瀬だったら、水の世界で会えるけれども…。
(…俺が潜っていられる間だけしか…)
 ブルーの側にはいられない。
 シールドを使えば長く潜っていられるとしても、それではブルーに触れられない。
 自分の周りに閉じ込めた空気、それが間に挟まるから。
(それに、シールドが無かったとしても…)
 フグのブルーに触れられる時間は僅かなもの。
 人間と魚の体温は違って、長い間、抱き締めていたならば…。
(…ブルーが火傷をしちまうんだ…)
 そして弱って、きっと長くは生きられない。
 迂闊にキスも贈れはしないし、触れ合うことも難しいブルー。
(水槽の中に潜るのだって…)
 許可が出るのか、それも怪しい。
 ただの客だし、職員などではないわけだから。
(ブルーを貰って帰るのも…)
 難しいだろうし、貰えたとしても上手に世話が出来るのかどうか。
 金魚だったらマシだけれども、フグなのだから。


 フグを飼うのは、素人の自分には無理だろう。
 海水を入れた水槽は用意出来たとしたって、その後のこと。
 水族館の職員のようにフグの飼育のプロではないから、日に日に弱ってゆきそうなブルー。
(それでも、あいつは…)
 きっと文句を言いもしないで、幸せそうに泳ぐのだろう。
 水族館でしか会えなかった頃より、ずっと嬉しそうに、幸せそうに。
 やっと一緒に暮らせるのだと、もう離れなくて済むのだからと。
(…どんなに弱っちまっても…)
 ろくに泳げなくなってしまっても、ブルーはきっと水族館には帰らない。
 「お前にはあそこの方がいいんだ」と言い聞かせたって、連れて行こうと用意したって。
 フグは言葉を喋れないけれど、それでもブルーの気持ちは分かる。
 「ぼくはこのまま、此処にいたいよ」と、「水族館には戻りたくない」と。
 弱り切って命が尽きる時にも、静かに眠りに就きそうなブルー。
 「幸せだったよ」と言うように。
 「水族館にいた時より、ずっと幸せ」と、「ハーレイに会えて嬉しかった」と。
 水族館から連れ出したのは、弱らせたのは自分なのに。
 あのまま水槽で泳いでいたなら、もっと寿命があっただろうに。
(…それでも、あいつは満足なんだ…)
 それに自分も、悔やみながらも、涙を幾つも零しながらも、何処かで満足しているのだろう。
 ブルーに巡り会えたから。
 ほんの短い間だけでも、ブルーと一緒に暮らせたから。
 水の世界と、水の外の世界に隔てられても。
 フグのブルーが暮らす世界と、自分の世界が重ならなくても。
(…会えただけでも、幸せなんだ…)
 もう一度ブルーと恋が出来たら、それだけで。
 フグのブルーの命が尽きても、その日が来るまでに重ねた思い出。
 また会えたのだと弾んだ心や、一緒に暮らそうとブルーを連れて帰った日やら。
 幸せな恋の日々を生きたし、ブルーも幸せだったのだから。


(…うん、フグのあいつでも恋は出来るな)
 どんなあいつでも恋は出来る、と揺らがないブルーへの想い。
 たとえフグでも、二人の世界が重ならなくても、恋は出来ると。
 きっと出会って恋をするのだと、何処までもブルーを追ってゆけると。
 フグのブルーがいなくなったら、次のブルーを見付け出す。
 何処かに生まれ変わったブルーを、前の生から愛し続けてやまない人を。
(…小鳥だろうが、またフグだろうが…)
 ブルーを見付けて恋をするけれど、幸せに過ごしてゆけそうだけれど。
(今のあいつが一番だってな)
 前と同じに恋が出来るし、何の障害も無いわけだし…、と浮かべる笑み。
 膨れっ面のフグだけれども、小さなブルーは人間だから。
 どんなブルーでも恋をするけれど、人間同士の恋が一番、幸せになれる筈だから…。

 

        どんなあいつでも・了


※ブルー君がフグだとしたって、恋をするのがハーレイ先生。水族館のガラス越しでも。
 どんな姿でも恋して大切にするでしょうけど、今のブルー君が一番ですよねv





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