(一目惚れか…)
ハーレイがふと思い浮かべた言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
どういうわけだか、頭にポンと浮かんだ言葉が「一目惚れ」。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをゆったり傾けていたら。
(間違いなく一目惚れなんだが…)
チビのあいつに、と小さなブルーを想う。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
まだ一緒には暮らせないけれど、心はとうにブルーのもの。
出会った時から恋をしているし、正真正銘、一目惚れ。
(あいつの教室で出会った途端に、恋なんだからな)
ブルーなのだ、と気付いたから。
前の自分の記憶が戻って、ブルーが誰かを思い出したら落ちていた恋。
元から恋人同士なのだし、魂の器が変わっただけ。
遠く遥かな時の彼方で生きた身体から、今の身体へと。
(でもって、見た目もそっくりだから…)
前の自分の恋の続きが直ぐに始まっても、一目惚れでも可笑しくはない。
違う姿のブルーに会っても、きっと恋しただろうから。
ブルーが子猫になっていたって、小鳥の姿だったって。
幸い、ブルーは人間の姿。前に比べてチビだけれども、それだけのこと。
「ブルーなのか?」と途惑う暇も無かった、どう見てもブルーだったから。
赤い瞳に銀色の髪で、透けるような肌をしたブルー。
(俺のブルーだ、と一目で分かっちまうから…)
あの瞬間からブルーに夢中。
もうブルーしか見えはしないし、恋の相手はブルーだけ。
まだ小さすぎて、キスも出来ない恋人でも。
二人一緒に暮らせはしなくて、ブルーの家を訪ねた時しか恋人らしい話が出来なくても。
一目惚れだよな、と思うブルーとの恋。
出会った時から夢中なのだし、それで間違いないけれど。
(…前の俺たちは違うんだ…)
メギドの炎で燃えるアルタミラで、前のブルーと初めて出会った。
長く一緒に過ごしたけれども、あくまで仲のいい友達。
「俺の一番古い友達だ」と、船の仲間にブルーを紹介して回ったほど。
古いも何も、他の仲間とも同じ日に初めて出会ったのに。
(他のヤツらより、数時間ほど…)
早く出会っていたというだけ、それでもブルーは特別だった。
子供の姿をしていたせいもあるだろう。
(誰が年上だと気付くんだ?)
無理ってもんだ、と苦笑せずにはいられない。
アルタミラの檻で成長を止めていたブルー。心も身体も、成人検査を受けた日のままで。
だから見た目は子供だったし、中身も同じに子供の心。
俺が守ってやらなければ、と面倒を見てやっていたのに…。
(実は年上だったってな)
俺よりもずっと、と前のブルーを思い出す。
けれど年上だと知った所で、ブルーが年相応の姿に育つわけではないから…。
(やっぱりあいつはチビのままで、だ…)
長いこと、後ろにくっついていた。親鳥を追い掛ける雛鳥のように。
そんなブルーと暮らす間に、いつしか前の自分はキャプテン。
ブルーの方もリーダーと呼ばれ、やがてリーダーからソルジャーへと。
(お蔭で距離が出来ちまったが…)
ソルジャーになったブルーの前では、必ず敬語で話すこと。
それがシャングリラの決まりだったし、前の自分はきちんと守った。
前のブルーに恋をした後も、話す時には敬語ばかりで…。
(今とは違ったんだよなあ…)
何もかもが、と不思議な気分。
出会いも違えば、恋だってかなり違うんだが、と。
前のブルーに恋をしたのは、白い鯨が出来上がってから。
アルテメシアに隠れ住んだ後、初対面からは長い長い時が流れた後。
(一目惚れとは言わんよなあ…)
会った時からブルーは特別だったけれども、まだ恋をしていなかったから。
一目惚れしていたとしたって、まるで自覚が無かったから。
長い年月を「一番の友達」同士で過ごし続けた後の恋。
ようやく恋だと気付いた頃には、前のブルーはすっかり大人。
きっとゆっくり育まれた恋、同じに一目惚れだって。
今の自分の恋と違って、樽の中で寝かせて出来上がる酒のような恋。
(そういうのだよな、前の俺の恋は…)
なのに今度は一目惚れだ、と思わざるを得ないブルーへの恋。
一目惚れではないと言っても、誰も頷かないだろうから。
自分自身でも、「一目惚れだ」と思うから。
(前の俺たちの恋の続きじゃ…)
そうなるよな、と苦笑い。
死の星だった地球が青く蘇るほどの時を飛び越え、また巡り会えたブルーだけれど。
前の自分はブルーを失くして、独りぼっちで生きたのだけれど…。
(ああして出会っちまったら…)
吹っ飛んでしまう、それまでに起きた様々なこと。
たった一人でメギドへと飛んだ、前のブルーを見送るしかなかった悲しみと辛さ。
そしてブルーを失くしてしまって、生ける屍のようだった日々。
苦しいだけの生だったけれど、そんな思いは吹き飛んだ。
ブルーは帰って来てくれたのだし、生きて目の前にいるのだから。
(もう惚れるしかないってな)
チビであろうと、ブルーはブルー。
「俺のブルーだ」と気付かされたら、ストンと恋に落ちるしかない。
前の自分の恋の続きで、誰よりも愛おしい人に。
生涯をかけて愛し続けた、前のブルーの生まれ変わりに。
そうやってブルーに恋をしたけれど、チビのブルーに魂を持ってゆかれたけれど。
(前とは違いすぎるんだよなあ…)
長い時を友達同士で過ごして、それから恋したことを思うと。
前のブルーとの恋は、時間をかけて育んだもの。…同じに一目惚れだとしても。
(そいつを思うと、ちょいと残念な気がしないでも…)
もったいないな、と今の自分が顔を出す。
前の自分たちが生きた頃と違って、今はすっかり平和な時代。
ゆっくりと恋を育むのならば、前よりもずっと向いているのに。
幼馴染の二人の結婚、そんな話は当たり前だし…。
(友達の紹介で顔を合わせて…)
大勢で何度も遊びに出掛けて、賑やかにワイワイやっている内に、恋をするのもよくある話。
皆でドライブに繰り出していたのが、気付けば二人きりのドライブ。
「気が合うからだ」と思っていたのに、周りにもそう話していたのに…。
(ある日、違うと気付くってのも…)
もう本当に珍しくなくて、周りに祝福されての結婚。
同じサークルなどの仲間で、そうなる二人も少なくない。
平和な今の時代だからこそ、誰とでも、何処ででも恋が生まれる。
機械が支配した時代だったら、とても出来ない恋だって。
(旅先でたまたま知り合って…)
気が合って手紙などの遣り取り、其処から生まれる恋もある。
機械が治めた頃の世界では、そんな恋など誰にも出来はしなかったのに。
(恋の形も色々なのに…)
なんだって一目惚れなんだ、と少し残念な気分。
せっかく平和な地球に来たのに、ブルーと地球に生まれたのに。
その身に聖痕を持ったブルーと、劇的な再会を遂げるというのもいいけれど…。
(ちょっと捻って…)
出会った時には、お互い、気付かないだとか。
「どうも気になる」と思う程度で、一目惚れにはならないだとか。
(…そういうのもだ…)
悪くないよな、と今の自分が唆す。
チビのブルーと再会したって、まるで気付かずに始める授業。
ブルーの方でも気付いていなくて、「新しい古典の先生が来た」と思うだけ。
もちろん聖痕は現れないまま、教師と生徒。
ブルーが質問にやって来るとか、何度か当てたりしている内に…。
(可愛いよな、と思い始めて…)
授業以外でも、学校の中で立ち話。恋とは気付かないままで。
「ハーレイ先生!」と慕われ続けて、ブルーが前と同じに育って卒業してゆく時は…。
(いつでも連絡して来いよ、って…)
肩を叩いて送り出す。「上の学校でも元気にやれよ」と。
ブルーもきっと、笑顔で卒業してゆくのだろう。「今日までありがとうございました!」と。
そして別れて、やって来るのが春休み。
ある日、ブルーに会いたくなって…。
(お前、もうすぐ誕生日だよな、って…)
卒業祝いに飯でも食おう、と誘ってやったら、大喜びで頷くブルー。
「何処で食べたい?」と訊けば「先生のお勧めの所がいいな」と言ったりして。
誕生日祝いと卒業祝いのパーティーだ、と二人で出掛ける予定を立てて…。
(あいつの家まで車で迎えに出掛けたら…)
「ハーレイ先生!」と玄関からブルーが出て来た所で、蘇る記憶。
聖痕がブルーに現れたならば、とても驚くだろうけれども…。
(そうだったんだ、と納得だよな)
どうしてブルーが気になっていたか、誕生日祝いをしようとしたか。
そんな恋でも良かったのに、と思うのに…。
(生憎と一目惚れなんだ…)
実に惜しい、と少し悔しい。
一目惚れだが、違う恋だって出来たんだよなと、一目惚れでない恋だって、と…。
一目惚れだが・了
※ブルー君に一目惚れしたのがハーレイ先生。出会った途端に、前の自分の記憶が戻って。
けれど捻りがあったって、と残念な気分。一目惚れじゃない恋というのも、素敵ですよねv
(んーと…)
ぼくだよね、と小さなブルーが眺めた鏡の向こう。
お風呂上がりにパジャマ姿で、バスルームの隣にある部屋で。
ゆっくりと浸かって来たお風呂。
今日はハーレイは来てくれなかったけれど、けして悪い日ではなかったから。
母が焼いたケーキも美味しかったし、夕食だって。
ハーレイが来ない日も、珍しくはない。来てくれるのは仕事が早く終わった日だけ。
(今日も来て欲しかったけど…)
そんな我儘を言えはしないから、明日という日に期待する。「来てくれるといいな」と。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(またハーレイと会えたんだものね)
それだけでも充分幸せだから、見詰める幸せ者の顔。
前の自分とそっくりな顔が、其処に映っているのだけれど…。
(そっくりでも、チビ…)
ぼくがチビだった頃にそっくり、と残念な気持ちは否めない。
もっと大きく育っていたなら、今頃は此処にいないのに。
同じ鏡を眺めるにしても、違う家で鏡を見ている筈。…ハーレイの家で。
(前のぼくと同じ姿だったら、ハーレイと結婚出来たんだもの…)
結婚出来る年になっていたなら、とうの昔に挙げていたろう結婚式。
再会して直ぐに、プロポーズされて。
ハーレイに結婚を申し込まれたら、もちろん「嫌」と言う筈がない。
上の学校に通っていたって、学校は辞めてお嫁さん。その方がいいに決まっているから。
(パパとママだって…)
最初は驚くだろうけれども、きっと許してくれる筈。
ハーレイが「息子さんを下さい」と頼みに来たなら、怒って叩き出しはしないで。
とても優しい両親なのだし、ハーレイだって、とても頼りになるのだから。
もしも結婚出来ていたなら、ハーレイの家で鏡を覗いたろう自分。
お風呂から上がって、「これでいいかな?」と。
前の自分と同じ髪型、ソルジャー・ブルー風のカットの自分。
銀色の髪は寝癖がつきやすいから、洗った後にはタオルでしっかり水気を拭う。
含んだ水気が滴らないよう、パジャマを濡らさないように。
そのくらいまで拭いておいたら、後は自然に乾いてくれる。
ベッドにもぐり込むまでの間に、ふうわりと、前の自分の髪型そっくりに。
柔らかく流れて、きちんとソルジャー・ブルー風に。
(…そうやって、ちゃんと乾かしたって…)
朝になったらついている寝癖、たまに起こってしまうのが悲劇。
ぐっすり朝まで眠る間に、枕が悪戯したりして。
起きたらピョコンと跳ねているとか、酷い時にはクシャクシャだとか。
(ママに直して貰わないと…)
自分では上手く直せないから、出来ればつけたくない寝癖。
きっとハーレイと結婚したって、寝癖は自分で直せはしない。無駄に時間を費やすだけ。
(こうすれば、って…)
格闘したって、上手に直せない寝癖。
笑うハーレイが見えるようだから、そうならないよう、眠る前にはきちんと手入れ。
お風呂でしっとり濡れた髪の毛、それがすっかり乾くよう。
鏡を見ながらタオルでゴシゴシ、雫が滴り落ちなくなるまで。
(やることは今と同じだけれど…)
ハーレイの家なら良かったのにね、と見詰める鏡。
これがハーレイの家にある鏡だったら、もう最高に幸せなのに。
ハーレイが他の先生たちと食事に出掛けて、まだ帰ってはいなくても…。
(その内に帰って来るんだものね?)
欠伸しながら待っていたなら、「ただいま」と「遅くなってすまん」と。
「悪かった」と貰えそうなキス。
ハーレイもお風呂に入るだろうけれど、その間だってきっと幸せ。
もうハーレイは家にいるから、後は二人きりの時間だから。
ハーレイの家の鏡だったら良かったのにね、と覗き込んでも、鏡の向こうは変わらない。
チビの自分が映っているだけ、後ろにあるのも見慣れた部屋。
(…もっと大きくならないと…)
前のぼくとおんなじ顔が鏡に映ってくれないと、と願ってみたって、使えない魔法。
今すぐ大きくなれはしないし、ハーレイの家に飛んでもゆけない。
なんとも悲しい気持ちだけれども、こればっかりは仕方ない。
自分の運が悪かったのだ、と戻るしかない自分の部屋。階段を上って、二階まで。
(ぼくの顔には違いないけど…)
髪型も前と同じだけれど、とベッドにチョコンと腰を下ろして考える。
もっと大きく育った姿で、ハーレイと再会したかったと。
そうなっていたら、同じ鏡を覗くにしたって、ハーレイの家の鏡だったのに、と。
(ホントに運が悪いんだよね…)
まだまだ結婚出来ない上に、キスさえ許して貰えないチビ。
それが自分で、ハーレイはいつも余裕たっぷり。
「ぼくにキスして」と強請ってみようが、「キスしてもいいよ?」と誘おうが…。
(キスは駄目だ、って…)
前の自分と同じ背丈に育たない内は、ハーレイはキスをしてくれない。
キスを強請ると叱られる上に、額をコツンと小突かれもする。
「キスは駄目だと言ったよな?」と。
そういう約束をしている筈だと、「俺は子供にキスはしない」と。
なんともケチな今のハーレイ、腕組みをして睨む時もある。
「チビのくせに」と、「キスは大きくなってからだ」と。
そう言われる度に、プウッと膨れてやるのだけれど。
プンスカ怒って、「ハーレイのケチ!」と言ってやるのだけれども、いつも涼しい顔の恋人。
「ケチで結構」と言わんばかりに、聞く耳さえも持ってはいない。
酷い時には、膨れた顔を笑うほど。
「フグそっくりだ」と、「今日も見事に膨れたよな」と。
プウッと膨らませた頬っぺたを両手でペシャンと潰して、「ハコフグだ」とも。
今の自分がチビなばかりに、キスをしてくれないハーレイ。
おまけに怒って膨れてやったら、「フグ」と呼ばれて笑われる。
(酷いんだから…!)
ぼくは怒っているんだからね、と思ったけれど。
頬っぺたを膨らませてプンスカ怒っていたなら、一目で分かりそうだけど…。
(ちょっと待ってよ…?)
前のぼくは膨れていたんだっけ、と心の端を掠めた思い。
ソルジャー・ブルーだった前の自分は、今と同じにプウッと膨れていたのだろうか?
(…ハーレイと恋人同士になった頃には…)
とうに育って大人だったし、頬っぺたを膨らませてなどいない。
機嫌を損ねてしまった時には、知らん顔をしたり、ハーレイを無視していただけで…。
(膨れてないよね?)
今のハーレイが「フグ」と呼ぶような、子供っぽい顔はしていない。
もっと前にはどうだったろうか、今の自分と同じような姿のチビだった頃は…?
(あの頃だと、まだアルタミラから…)
脱出してから間も無い頃だし、不平や不満を言うなど、とても贅沢なこと。
心も身体も成長を止めて、長く過ごした自分だったけれど…。
(檻から出られて、自由になれただけで幸せ…)
仲間たちと暮らせるだけで充分、プンスカ怒りはしなかった。
自分の我儘が通らないからと、「ハーレイのケチ!」と言いはしないし、他の仲間にも…。
(そんな我儘、言っていないし…)
言わないのならば、膨れっ面だってするわけがない。
プウッと膨れて不満たらたら、そういう場面は無かったから。
いくらチビでも、今の自分とは事情が全く違ったから。
(…前のぼく、膨れていないんだ…)
記憶にある限り、多分、一度も。
今の自分はしょっちゅう膨れて、「ハーレイのケチ!」とやらかすのに。
フグみたいにプウッと膨れた頬っぺた、それをハーレイが潰して遊ぶ時もあるのに。
どうやら膨れていないらしい、と気付いた前の自分のこと。
今と同じにチビの姿でも、前の自分は膨れていない。
(…ぼくの頬っぺた…)
大丈夫だろうか、と急に心配になって来た。
前の自分とそっくり同じ姿に、アルビノの子供に生まれた自分。
育っていったら、前の自分とそっくり同じになると思っているけれど。
ハーレイだって、それを楽しみに待っているらしいけれど…。
(…頬っぺた、鍛えすぎてない…?)
前の自分はまるで使っていない筋肉、それを使ってプウッと膨れている自分。
「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、しかもハーレイが潰しにかかるものだから…。
(そう簡単には潰されないよ、って…)
頬っぺたに力を入れたりするから、きっと強いだろう頬っぺた。
ハーレイは簡単にペシャンと潰すけれども、そのハーレイは柔道と水泳で鍛えた身体。
手の力だってもちろん強いし、負けないように膨れていたならば…。
(頬っぺたの筋肉、鍛えすぎちゃってるかも…)
今日まで気付いていなかったけれど、前の自分は鍛えなかった筋肉を。
鍛えるどころか、ただの一度も使っていない筋肉を。
(……どうしよう……)
下手に頬っぺたを鍛えた分だけ、顔が変わって来たならば。
前の自分と同じ背丈に育った時には、前とは違う顔だったなら。
頬っぺたの筋肉を鍛えすぎたら、変わるかもしれない顔の輪郭。
もしかしたら、目とか鼻とか、唇とかのバランスだって…。
(前のぼくとは違っちゃうとか…?)
それは困る、と慌てて押さえた両の頬っぺた。「大変だよ」と。
前の自分とそっくり同じに育ちたかったら、膨れていたら駄目かもしれない。
けれど膨れるのが今の自分だし、気を付けていても膨れそうだから…。
(ぼくの顔だけど、責任、持てる…?)
前と同じにちゃんと育ってくれるだろうか、と不安な気持ち。
違う顔になったらどうしようかと、前の自分とは違う自分が出来上がったら、と。
(でも、頬っぺた…)
ハーレイのせいで鍛えすぎるんだしね、という気がしないでもない。
本当だったら前と同じに育つ所が、ハーレイのせいで違う顔。
(…ぼくの顔だけど…)
まるで違う顔になったとしたって、責任はハーレイに取らせようか、と浮かんだ笑み。
どうせ、その顔と結婚するのはハーレイだから。
自業自得というものなのだし、もし責任があるとしたなら、ハーレイだよね、と…。
ぼくの顔だけど・了
※ブルー君が心配になった、育った自分の顔のこと。「前のぼくとは違っちゃうかも」と。
けれどそうなる原因の方は、ハーレイ先生ということで…。責任を取らせるらしいですねv
(ふむ…)
俺の顔だな、とハーレイが眺めた鏡の向こう。
ブルーの家には寄れなかった日、ゆっくりと風呂に浸かった後で。
髪は短いから、タオルでガシガシ拭いてやったらそれで充分。
邪魔にならないよう撫でつけておけば、じきに乾いてしまうもの。
いつもの習慣、髪が含んでいる水気だけで、オールバックに整えた。
行きつけの理髪店の店主も勧めた、いわゆるキャプテン・ハーレイ風に。
(…キャプテン・ハーレイ風も何もだな…)
あったもんではないんだが、と鏡に映った顔を見詰める。
今の自分の仕事はともかく、中身はキャプテン・ハーレイそのもの。
同じ魂が入っているから、瓜二つでも仕方ないだろう。むしろ、その方が自然なこと。
(まるで違う顔になっちまっていたら…)
俺も困るし、あいつも困る、と思い浮かべた小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今日は訪ねてやれなかったけれど、家に行った時はお互いに…。
(前とそっくり同じ顔を見ながら話すんだしな?)
ブルーは小さくなったけれども、その顔だって知っている。
メギドに焼かれたアルタミラの地獄。炎の中で出会った時には、ブルーは少年だったから。
今の小さなブルーが育てば、前と同じになるだろう。
前の自分と恋をしていた、美しい人とそっくりに。
ソルジャー・ブルーと同じ姿に、まるで同じな顔立ちに。
(印象は違ってくるんだろうが…)
育ち方が全く違うから、と前のブルーの人生を思う。
成人検査で記憶を奪われ、狭い檻の中で飼われ続けた実験動物、それが前のブルー。
アルタミラから脱出した後は、仲間たちの命を背負っていた。
その人生が終わるまで。
三世紀以上も生きた命が、メギドと共に潰えるまで。
前のブルーとは違う印象になるんだろうな、と想像がつく小さなブルー。
幸せ一杯に育ったブルーは、これから先も幸せの中で生きてゆく。
暖かな家で、両親の愛に包まれて。
前の生では十四歳を境に失くしてしまった、様々なものに囲まれて。
(瞳からして違うんだ、きっと)
赤い瞳は変わらなくても、ただ幸せに煌めくだろうブルーの瞳。
前のブルーの瞳の奥には、消えない憂いと深い悲しみとがあったのに。
ブルーは隠していたのだけれども、前の自分は知っていた。
憂いも、深い悲しみも。…それがブルーの本当の瞳であることも。
(しかし今だと、どっちも無くてだ…)
幸せ一杯で我儘なあいつ、と小さなブルーを思えば分かる。
何かと言えば膨れてしまうし、「ハーレイのケチ!」と怒るのがブルー。
「キスは駄目だ」と叱り付けたら、プンプンと。
頬っぺたをプウッと膨らませては、フグのような顔で不満たらたら。
(そういうブルーを見られるのも…)
前のあいつと全く同じ顔をしているお蔭だよな、と感謝する。
どんなブルーでも愛せるけれども、猫や小鳥に生まれていたって恋をするけれど。
(やっぱり今のあいつが一番…)
いつかは前のブルーと同じに育つ姿が一番いい。
その日までどれほど待たされようと、キスも出来ない日が何年も続こうと。
(俺でもそういう気持ちなんだし…)
ブルーの方でもきっと同じで、この顔がいいに違いない。
キャプテン・ハーレイそっくりな顔が、前の自分がそのまま此処にいるような顔が。
(ヘアスタイルの方にしたって…)
今のものでないと駄目なのだろう。
髪型で印象は変わるものだし、断然、キャプテン・ハーレイ風。
この髪型を勧めてくれた店主に感謝しないと、と心の中で頭を下げた。
面と向かって言えはしないから、生まれ変わりだと明かすわけにはいかないから。
そして向かった二階の寝室。
ベッドに入る前のひと時、ふと考えた自分のこと。今の自分が持っている顔。
理髪店の店主に感謝したけれど、それを店主が勧めた理由。
(…キャプテン・ハーレイのファンだっけな…)
長年、知らなかったこと。
前の自分の記憶が戻った後に聞かされた。ほんの偶然、ただの成り行き。
店主は何も知らないのだから、「キャプテン・ハーレイのファンでしてね」と語っただけ。
航宙日誌の復刻版まで揃えたいほどの熱烈なファン。
だから、自分が初めて店に入った時には…。
(若きキャプテン・ハーレイですよ、と来たもんだ)
大喜びしたらしい、その日の店主。「素晴らしい客がやって来た」と。
あの頃には、まだこの町に引越して来たばかり。教師になって間も無い青年。
今よりもずっと若いわけだし、キャプテン・ハーレイ風の髪型は似合わないのだけれど…。
(若かった頃の、前の俺の髪型…)
店主が選んだ髪型は、それ。
任せておいたら、そういうカットになっていた。「良くお似合いになりますよ」と。
元々、それに似た髪型を自分で選んでいたから、さほど変わりはしなかったものの…。
(あの瞬間から、完全にキャプテン・ハーレイ風なんだ…)
若かった頃の姿だがな、と苦笑する。
「店主のお蔭で、そのものにされてしまったようだ」と。
なにしろ店主の頭の中では、「若き日のキャプテン・ハーレイ」だから。
自分がせっせと動かすハサミで、キャプテン・ハーレイが出来るのだから。
(でもって、俺が年を食ったら…)
もう青年とは呼べない年になって来た頃、勧められたのが今の髪型。
他にも候補はあったけれども、これに決めたのは自分自身。
(…散々、「生まれ変わりなのか?」と、訊かれたせいでもないんだろうが…)
これが一番しっくりくる、と選んだキャプテン・ハーレイ風。
以来、髪型を変えてはいないし、小さなブルーと再会した時もこの髪型。
ちゃんとキャプテン・ハーレイだった、と懐かしく思い出したのだけれど…。
(…違う姿で出会っていたなら、どうなってたんだ?)
前の自分とは似ていないとか、似ていたとしても髪型がまるで違うとか。
それでもブルーは、「ハーレイなんだ」と気付いてくれたとは思う。
褐色の肌を持っていなくても、瞳の色が違っていても。
顔立ちはもちろん、体形すらも別人のように変わっていても。
(ブルーなら、分かってくれるんだろうが…)
聖痕からの出血と痛み、それで意識が遠のく中でも、きっと分かるだろうけれど。
失くした意識を取り戻した後は、「ただいま」と言うだろうけれど…。
(あいつにしてみりゃ、複雑な気分…)
どうして違う顔なのだろう、と瞳を瞬かせたかもしれない。
「ハーレイだよね?」と訊きはしなくても、心の中では「どうしてなの?」と。
すっかり変わってしまった恋人、何もかも記憶にある姿とは違うから。
魂は同じだと分かっていたって、前のブルーが知る「ハーレイ」は何処にもいないから。
(それだと困っちまうぞ、あいつ)
自分の方では「そうか、キャプテン・ハーレイだったか」と、素直に納得していても。
「前の俺とは別人なんだが、こいつが今の俺の顔か」と思っていても。
小さなブルーの方にしてみれば、「中身だけが前と同じ」恋人。
きっと途惑いもあるだろう。
その内に慣れてくるとしたって、「ぼくのハーレイは何処へ行ったの?」と。
(…そうなっちまったら、可哀相だしな?)
今の俺の顔で実に良かった、と思ったはずみに気付いたこと。
記憶が戻った今だからこそ、「俺の顔だ」とキャプテン・ハーレイの顔を眺めるけれど。
(何も知らなかった頃には、単に似てるってだけで…)
他人の空似も此処まで行ったら見事なものだ、と感心していた。
彼と同じ血を引いていたかと、長い時を経てヒョイと姿を現したのかと。
そう思うほどにそっくりだったし、鏡を覗いて笑ったこともあったのだけれど…。
(…前の俺を育てていたってか?)
まるで自覚は無かったが、と愉快な気分。
自分でもそれと気付かないままで、前の俺の顔を育てていたか、と。
キャプテン・ハーレイ風の髪型、それに顔立ち。
きっと体格とも無縁ではない、前の自分とそっくりな顔。
柔道も水泳もやらずにいたなら、今の自分になってはいない。
同じように背丈が伸びたとしたって、もっとヒョロリとするだろうから。
(…前の俺の顔を育てたんだな、今までかかって)
俺の顔だが、俺の顔ではなかったのか、と零れる笑み。
「こいつは前の俺の顔だ」と、「それを栽培したらしい」と。
せっせと鍛えて、髪型まで同じように仕上げて、見た目はまるでキャプテン・ハーレイ。
前の俺の顔を育て上げるために、俺は努力をしていたらしい、と。
なんとも愉快な人生だけれど、それも少しも悪くはない。
ちゃんとブルーに出会えたから。
前とそっくりな顔で、愛おしい人にもう一度巡り会えたのだから…。
俺の顔だが・了
※キャプテン・ハーレイにそっくりなのがハーレイ先生、そっくりで当然ですけれど…。
よく考えたら、今の顔を育て続けていたのかも。それも愉快な人生ですよねv
(星が見えない…)
一つも無いよ、とブルーが眺めた窓の外。
お風呂上がりにパジャマ姿で、カーテンの隙間から見上げた夜空。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
その人をふと思い出したせいで、星を見ようと考えた。
前はキャプテンだったハーレイ、白いシャングリラの舵を握っていた恋人。
星とは切っても切り離せないのが、宇宙船を動かすパイロット。
(…星の中を飛んで行くんだものね?)
それに行き先も何処かの星。
資源採掘などの基地にしたって、星を目印に飛んでゆくもの。
基地そのものは星の上に無くても、暗い宇宙に浮かぶ基地でも。
(何処の星系、って…)
航路設定をして飛び立ってゆくのが宇宙船。目指す星の座標を打ち込んで。
どの星系へ旅をするのか、幾つ目の惑星が目的地なのか。
基地にゆくにも、必要なものが一番近い星の座標。惑星やら、其処の恒星やら。
(行き先で変わってゆくんだよね?)
恒星を目当てに飛んでゆくのか、惑星に向かって旅をするのか。
行き先が基地で、惑星よりも恒星の方に近いというなら、当然のように恒星で…。
(他にも色々…)
あるのだけれども、とにかく必要なのが星。
惑星を目指して飛ぶにしたって、惑星があるなら恒星もある。
何処でも星系の中心は恒星、目指す座標は其処でなくても。
(パイロットだったら、星の中の旅…)
前のハーレイもそうだったから、と見たくなったのが夜空の星たち。
ひときわ明るく輝く惑星、ソル太陽系の幾つかの星。
それを除けば、空にある星は恒星ばかり。地球から遠い恒星もあれば、近いものだって。
ちょっと見たい、と窓の向こうを覗いてみたのに…。
一つも見えなかった星。
雲がすっかり覆ってしまって、月の光さえ見当たらない空。
何処かに月はあるのだろうに、ほんの小さな欠片でさえも。
(んーと…)
雲が切れたら少しくらい、と暫く見上げていたけれど。
星を見ようと待ったのだけれど、一向に切れてくれない雲。
(明日の予報は、晴れだったのに…)
天気予報ではそうだったけれど、予報は外れてしまうのだろうか?
空は気まぐれ、天気予報が当たらない時も珍しくない。晴れの予報が外れる時も。
(…雨になっちゃうの?)
分かんないよ、と雲を眺めても読めない天気。
ハーレイだったら、「俺の勘だと…」と雲で予報をしてくれるのに。
(雲だけじゃないらしいけど…)
風の具合や、空気が含んでいる湿気。
そういったものを雲と照らし合わせて、天気を読むのが今のハーレイ。
(…もうパイロットじゃないものね…)
航路設定も関係無いし、と閉めたカーテン。星を見るのは諦めた。
「今夜は、星もお休みみたい」と。
毎晩ピカピカ光り続けたら、星たちだって疲れるだろう。
来る日も来る日も、夜空の上でよそゆきの顔で光っていたら。
(ぼくだって、制服は学校だけ…)
一日中、ずっと制服だったら、きっと疲れてヘトヘトになる。「脱いじゃ駄目?」と。
家で着る服に着替えたいよと、服が駄目ならパジャマでも、と。
(ホントにくたびれちゃうよね、きっと)
前の自分は常にソルジャーの衣装を着けていたのだけれども、今からすれば信じられない。
マントまで着けているのが普通だったなんて、普段着は何処にも無かったなんて。
(前のぼくだと、色々、特別…)
今とは時代が違うんだから、とベッドの端にチョコンと腰掛けた。
「今のぼくなら、制服は学校だけだもんね?」と。
学校へ行く時だけの制服、家では普段着。
眠る前にはパジャマに着替えて、のんびり過ごしていられるのが今。
そういう暮らしに慣れているから、夜空の星だって休みたいだろうと考える。
毎晩光り続けているより、たまには休み。
雲に隠れて普段着になって、今頃はきっと休憩中。
(お休みだったら仕方ないよね…)
学校の生徒も週末は休み、教師のハーレイも同じに休み。
どんな仕事にも休みがあるから、夜空の星たちも今夜は休み。
ゆっくり休んで、またピカピカと光れるように。
夜空を見上げた人は誰でも、「今日も綺麗に光っている」と思えるように。
(お休みしないで、星が疲れてしまったら…)
きっと綺麗に光らないよ、とチビの自分と重ねてみたり。
疲れて寝込んで、姿が見えない星だとか。…光っていたって、うんと光が弱いとか。
(本当は、星はそうじゃないけど…)
雲や大気の加減で変わる星の見え方、今夜も星は休みなどではないけれど。
空を覆った雲の上なら、いつもと同じに瞬いていると分かるけれども…。
(お休みの方が楽しいもんね?)
見えやしない、と残念がるより、前向きに。
休みを取ったら、もっと綺麗に光るだろうと考えた方が面白い。
星が見えないのは本当なのだし、雲を払えはしないから。
雲の上にはある筈の星を、見ようと雲を吹き飛ばすのは無理だから。
(…前のぼくなら、出来ただろうけど…)
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
今と同じにタイプ・ブルーで、そのサイオンを自由自在に使いこなしていたけれど。
メギドの炎も受け止めたけれど、雲を散らしたことなどは無い。
白いシャングリラは、雲の海に潜む船だったから。
アルテメシアの雲に隠れて、人類の目から逃れていた船。
レーダーに捕捉されないためのステルス・デバイス、目視されないための雲海。
雲は大切な隠れ蓑だし、吹き飛ばすことは出来ないから。
そうだったっけ、と思い出したこと。
シャングリラは雲の中にいたから、あの船から星は見ていない。
雲海の星に着いた後には、アルテメシアに潜んでからは。
(…展望室はあったけど…)
いつか其処から地球を見よう、と船に設けた展望室。
白い鯨に改造する時、大きな夢を託した部屋。此処の窓から青い地球を、と。
けれども、行けなかった地球。
大きなガラス窓の向こうは、いつ眺めても雲の海。昼は白くて、夜は星さえ見えなくて。
(…ハーレイと何度も行ってたのにね…)
あれもデートと呼ぶのかどうか、前のハーレイと出掛けた夜の展望室。
二人きりで窓の側に立っては、地球に着く日を夢見ていた。
窓の向こうに地球が見えたら、長い長い旅が終わる筈。
旅が終われば、恋を隠し続ける日々も終わって、晴れて堂々と恋人同士。
此処から二人で星も見ようと、きっと素敵な星空だろうと、夢を描いた地球の空。
今は星さえ見えないけれども、いつかきっと、と。
(でも、前のぼく…)
地球の座標も掴めない内に、尽きると分かってしまった寿命。
どう考えても地球は見られず、それまでに消える命の灯。
気付いてからは、展望室に行く回数も減っていたかもしれない。
窓の向こうに地球を見られる日は来ないから。
アルテメシアの雲海の中では見えない星空、それを見られる日も来ないから。
(…あそこで死んじゃう、って思ってたから…)
諦めた、ハーレイと星を見ること。
恋人同士になる前だったら、二人で何度も眺めたのに。
漆黒の宇宙に散らばる星たち、瞬きはしない幾つもの星を。
(恋人同士になった時には、アルテメシアに着いちゃってたから…)
窓の向こうはいつも雲海、星は一度も見られなかった。
ナスカには星があったけれども、眠っていたから見ないまま。
そして自分の命は終わって、それっきり。…ハーレイと離れて、独りぼっちで。
見ていなかった、と気付いた夜空の星。
ハーレイと二人で見てはいなくて、夢を見ることも諦めて…。
(前のぼく、メギドで死んじゃったのに…)
気が遠くなるような時を飛び越えて、ハーレイと青い地球に来ていた。
二人で何度も星を見上げた、地球の夜空に輝く星を。
ハーレイが家に来てくれた時は、見送りに出たら上にあるから。
頭の上には空があるから、星が見える夜は目に入る。今日のように曇っていなければ。
(星は大抵、見えるから…)
特に何とも思っていなくて、特別だったのは夏休みに外で食事した時。
星空の下でハーレイと二人、ランプの光で食べた夕食。名月の夜にお月見だって。
(あれは特別だったけど…)
他の日の星は、ごく当たり前に空にあるもの。
雲に隠れて見えない時には、ハーレイに尋ねたりもする。「雨になりそう?」と。
ハーレイは直ぐに答えてくれるし、天気予報も良く当たるけれど…。
(…ハーレイと星を見られるのって…)
前のぼくの叶わなかった夢の一つ、と今頃になって思い当たった。
それを夢見ていたことを。…ハーレイと二人で、地球の夜空を見たかったことを。
(当たり前すぎて、忘れちゃってた…)
前の自分の夢のこと。ハーレイと地球でしたかったこと。
けれど、自然に叶いすぎた夢は、きっと忘れてしまうのだろう。
ハーレイに会ったら話したくても、一晩眠れば、もうすっかりと。
(…暗い夜だけど、星は雲の上にあるもんね…)
今日はお休みしているだけで、と当たり前になった星空を思う。
次に星空と出会う時には、ハーレイと二人かもしれない。
明日は仕事が早く終わって、来てくれるかもしれないものね、と零れた笑み。
「星も見えない暗い夜だけど、明日はきちんとあるんだから」と。
前の自分の頃と違って、明日は必ずやって来る。
「暗い夜だけど、ぼくは幸せ」と、「ハーレイと星を見られる世界に来たんだから」と…。
暗い夜だけど・了
※ブルー君が見ようと思った星空。けれど曇りで、今夜はお休みらしい星たち。
考える間に気付いたことが、前の自分が見ていた夢。とうに叶ってしまっていたのが幸せv
(今夜は星一つ見えないってか…)
真っ暗だよな、とハーレイが傾けたコーヒー。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
元から窓は無い書斎。夜空など見えはしないけれども、此処へ来る前。
(ちょいと星でも見たかったわけで…)
ふと思い付いた気分転換、夜空の星を眺めること。
書斎ではなくてダイニングかリビング、其処の窓辺にゆったり座って。
それもいいな、と淹れたコーヒー。
(元がキャプテン・ハーレイなんだし…)
たまには星が恋しくもなる、と探した腰を落ち着ける場所。
ダイニングでもいいし、リビングでも…、と窓の側へ行ってみたのだけれど。
どちらにしようか、まずはダイニングの窓から覗いた夜の空。
(すっかり曇っていやがって…)
一つも見えなかった星。
月の欠片も見えはしなくて、光を透かした雲も無かった。
(降るって予報じゃないんだが…)
そういう予報は出ていなかったし、自分の勘も「違う」と告げる。
帰って来た時の外の空気は、湿り気を帯びていなかったから。
風も雨の前の風とは全く違っていた筈、天気予報が告げる通りに明日は晴れ。
そう思うけれど、見えなかった星。月の欠片さえも。
(空ってヤツは気まぐれだから…)
雨は降らなくても、曇ってしまう時もある。
きっと今夜の空の気分は、晴れではなくて曇りなのだろう。
(星だって、たまに休みたいかもしれないしな?)
いつもピカピカに気飾っていては、星も、月だって大変だろうし、今夜は休み。
そんなトコだ、と書斎に移った。
星を見ながらコーヒーなんだ、と淹れたマグカップを手に持って。
今夜は星が見たかったんだが、と思ってみても始まらない。
星も月も今夜は雲に隠れて一休み。
明日の夜には、また美しく輝けるように。
ゆっくり休んで疲れを癒して、冴えた光を放てるように。
(休みってことじゃ仕方ないよな)
何処にでも休みはあるもんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
教師の自分も週末は休みで、どんな仕事にもある休み。
休まず営業している店でも、店員たちは交代で休みを取っているものだから…。
(星だって今日は雲に隠れて…)
今夜は休暇。月も一緒に取っている休み。
それを「見たい」と引っ張り出すのは我儘でしかないだろう。
もっとも、雲を吹き払うなど不可能だけれど。…どう頑張っても出来ないけれど。
(俺の力じゃ、とても無理だぞ)
ついでに今のあいつでも無理だ、と小さなブルーを思い浮かべる。
前の生から愛し続けた、愛おしい人。
生まれ変わってまた巡り会えた、かつてソルジャー・ブルーだった人。
(前のあいつなら、雲くらい…)
一瞬で消せたことだろう。
最強のタイプ・ブルーでソルジャー、メギドの炎も受け止めたほど。
その気になったら、アルテメシアの雲海だって…。
(消してしまって、星空だろうさ)
星を見上げたい夜空の分だけ、サイオンで消してしまう雲。
蒸発させるか、何処かへ一気に吹き飛ばすのか。
きっと出来たと思うけれども、前のブルーはしていない。
雲はシャングリラの隠れ蓑だし、消えてしまってはならないもの。
雲海の中に潜んでいたなら、けして人類には見付からない。
レーダーには捉えられないステルス・デバイス、雲の中では目視も不可能。
その大切な雲は消せない、いくらソルジャー・ブルーでも。
前のあいつにも消せなかった、と思った雲。
白いシャングリラは雲海の中を飛び続けていたし、窓の向こうはいつだって雲。
(展望室もあったんだがな…)
いつか其処から地球を見よう、と夢一杯で設けた展望室。
船を改造する時に。…白い鯨を作り上げた時に。
けれども、其処の窓の向こうは、いつ眺めても一面の雲。
雲海の星に潜んだ間は、昼は真っ白で、夜も星さえ無い雲の海。
(…前のあいつと何度行っても…)
星など見えはしなかった。
だから二人で夢を見ていた、「いつか」と「地球に着いたら」と。
此処からも星が見えるだろうと、地球の夜空はきっと素敵に違いないと。
(そういう話をしていたっけな…)
前のあいつと、と懐かしい人を思い出す。
美しかったソルジャー・ブルー。誰よりも気高かった人。
いつか二人で星を見ようと約束したのに、一人きりで逝ってしまった人。
(ナスカには星もあったんだがなあ…)
前のブルーは深い眠りに就いていたから、星は見られずじまいになった。
十五年もの長い眠りから覚めた時には、近付いていたナスカの滅び。
二人で星を眺めるどころか、前の自分はキャプテンの仕事に追われ続けて…。
(見舞いにも行けやしなかったんだ…)
ブルーがいると分かっていたって、青の間までは。
長老たちとの公式な見舞い、その一度だけ。
個人的には訪ねられずに、それきりになったブルーとの恋。
ブルーはメギドに飛んでしまって、二度と戻りはしなかったから。
二人で星を眺められる日は、もう永遠に来なくなったから。
(…だから、あいつと見ちゃいない…)
展望室の窓の向こうに輝く星は。
ブルーと恋に落ちた後には、ただの一度も。
そうだったな、と気付いたこと。
今日の自分は星を見ようと思ったけれども、前のブルーと恋をした頃は…。
(アルテメシアにいたもんだから…)
展望室の窓の向こうは雲ばかり。昼も、星たちが輝く夜も。
だから余計に地球を夢見た、ブルーと二人。
「地球に着いたら、沢山の星が見えるだろう」と。「青い地球を見て、星も見よう」と。
ブルーと見てはいない星空。
恋人同士になった時には、もう星空は無かったから。
シャングリラは宇宙を飛んでいなくて、瞬かない星すら見えなかったから。
(…今じゃ、あいつと何度も見てるし…)
すっかり忘れちまっていたな、と苦笑い。
ブルーの家を訪ねた時には、いつも夕食を御馳走になって帰るもの。
仕事の帰りならば車で、週末で天気がいい日だったら、自分の二本の足で歩いて。
(あいつ、見送りに出て来るから…)
星があったら目に入る。頭の上には夜空なのだし、雲に隠れていなければ。
夏休みには星空の下で食事もした。名月の夜は、二人で月見も。
(前の俺たちの夢の一つは…)
ごくごく自然に叶いすぎちまって、有難味も何も無かったらしい、と可笑しくなる。
きっとブルーも気付いていないし、思うことさえ無いだろう。
「今は二人で星を見られる」と、「これが二人で見る地球の空」と。
もし気付いても、その時限り。
一晩眠れば忘れてしまって、会った時にも忘れたまま。
(俺だって、そうなるに決まってるよな?)
今日まで気付きもしなかったのだし、星が見えない夜も幾つもあったから。
小さなブルーと二人で見上げて、「曇ってるな」と星が無いのを確かめたことも。
星は当たり前にあるものだから。
夜空を仰げば其処にあるもの、見慣れてしまった景色の一つ。
雲に隠れて休みでなければ、星は幾つも輝いていると。
あまりにも当たり前になってしまった、夜には星が見えること。
小さなブルーが外まで送って来てくれた時は、二人で星を見上げること。
(玄関を出たら、つい見ちまうし…)
星が見えたら、いい天気。
曇って星が見えない時には、ブルーに尋ねられたりもする。
「雨になるの?」と空を指差して、「星が一つも見えないよ」と。
今の自分の天気予報は良く当たるから、ブルーから飛んで来る質問。
それに応えて「そうだな…」と仰ぐ、星の無い空。
風の具合や、空気の湿り気なども併せて、「明日は晴れるぞ」とか、「雨かもな」とか。
何度も交わした、そういう会話。
星は見えない暗い夜でも、和やかに。
(前のあいつと一緒だった時は…)
展望室から暗い外を眺めては、地球を夢見た。「いつか行こう」と「星を見よう」と。
ブルーの寿命が残り少なくなった後には、消えてしまった星を見る夢。
(展望室に行くことだって…)
回数が減っていたかもしれない。
ブルーは地球まで行けはしないし、二人で地球を見ることもない。
展望室の窓の向こうに、夢を描けはしないから。
青い地球も、夜空に輝く星も、ブルーは見られないのだから。
(…そうなるとだ…)
今の俺たちは幸せだよな、とコーヒーのカップを指で弾いた。
今夜のように星が見えない暗い夜でも、明日の話が出来るのだから。
「天気はどう?」と小さなブルーに訊かれて、天気予報もしてやれるから。
(…あいつも俺も、未来ってヤツがあるからなあ…)
明日といえども未来なんだ、と零れる笑み。
星が見えない暗い夜でも、明けたら明日がやって来る。
明日はあいつに会えるといいなと、仕事の帰りに会いに行けたら幸せだよな、と…。
暗い夜でも・了
※星を見ながらコーヒーなんだ、と思ったハーレイ先生。けれど、残念なことに曇り空。
お蔭で気付いた、ブルー君と星を見られる幸せ。当たり前すぎて気付かないのも今ならでは。
