(楽しかったけど、今日はおしまい…)
ハーレイ、帰って行っちゃったしね、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日だったけれども、ハーレイと食べられた夕食。
仕事の帰りに寄ってくれたから、この部屋でお茶とお菓子まで。
(うんと幸せだったんだけど…)
幸せな時間は直ぐに経つもの、楽しい時間ほど早く流れ去るもの。
ハーレイは「またな」と帰ってしまって、もうこんな時間。
お風呂に入って後は寝るだけ、とっぷりと更けてしまった夜。
(せっかくハーレイが来てくれたのに…)
必ず来るのが、お別れの時間。
チビの自分は置いてゆかれて、ハーレイだけが帰ってゆく。
何ブロックも離れた所にある家へ。「またな」と軽く手を振って。
十四歳にしかならない自分は、まだハーレイと一緒に暮らせはしない。
どんなに好きでも結婚は無理で、十八歳までは出来ない結婚。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた恋人なのに。
青い地球の上に生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(…ホントに残念…)
一緒に暮らせないなんて、と思うけれども、仕方ない。
出会えただけでも幸運なのだし、とびきりの奇跡なのだから。
(…それは分かってるんだけど…)
もっとハーレイの側にいたいし、少しでも長く一緒にいたい。
キスさえ許して貰えなくても、「キスは駄目だ」と叱り付けるケチな恋人でも。
恋する気持ちは本物だから。
ハーレイが好きでたまらないから、明日だって家に来て欲しい。
学校の仕事が終わったら。
遅くならずに、ハーレイが校門を出られたならば。
そうなるといいな、と頭に描く明日のこと。
今日のようにチャイムが鳴ったらいいな、と窓のカーテンの方を見る。
もう夜だからと閉めたカーテン、その向こうにはガラス窓。
(…窓の向こう、今は真っ暗だけど…)
庭園灯が照らすだけなのだけれど、暗い庭と道路を隔てる生垣。
其処にある門扉、脇にはチャイム。
もしもハーレイが明日も来てくれたならば、チャイムを鳴らしてくれる筈。
(…来て欲しいな…)
ハーレイが来ても、二人で話してお茶を飲むだけ。
両親も交えた夕食の席も、和やかな会話が弾むだけ。
これをせねば、という予定も無ければ、デートに出掛けてもゆけないけれど。
「ドライブするか?」と誘っても貰えないけれど。
(でも、会えるだけで…)
幸せなのだし、もう嬉しくてたまらない。
キスを断られて膨れていたって、ハーレイの姿があれば幸せ。
「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って膨れっ面でも、やっぱり幸せな心の中身。
其処にハーレイがいなかったならば、キスを断られはしないから。
膨れっ面になっていたって、見て貰うことは無理だから。
(…ハーレイが家に来てくれるから…)
二人で過ごせて、キスを強請って、叱られたりも出来る自分。
来てくれない日は、どんなに膨れてみたって…。
(ハーレイ、見てもくれないもんね?)
きっと、自分の膨れっ面さえ、想像してはくれないだろう。
「あいつ、今頃、どうしてるやら…」と思ってくれたら、まだマシな方。
チビの自分をすっかり忘れて、のんびり書斎でコーヒーだとか。
(…ありそうだよね…)
「今日も一日、いい日だった」と、思っていそうな鈍い恋人。
頭の中身は仕事のこととか、柔道部のことで一杯で。
空いた部分も、今日のニュースや読んだ本などで埋め尽くされて。
如何にもありそう、と振ってみた首。
チビの恋人のことなど忘れて、寛いで過ごしていそうなハーレイ。
(来てくれない日は、そうなっちゃいそう…)
思い出してくれる日もあるだろうけれど、忘れ去られている日も多そう。
その日の過ごし方によっては、ハーレイが時間を何に使ったか、それによっては。
(…学校の会議が長引いたんなら…)
終わる時間が遅くなったせいで、この家に来られなかったなら。
そういう時なら、ハーレイも覚えていてくれるだろう。
「今日は行けなくなっちまったな」と、腕の時計を見るだろうから。
車で家に帰った後にも、「もう少し早く終わっていたら…」と、きっと何度か思ってくれる。
けれど、会議とは違った理由。
仕事で遅くなったわけではなかった時なら、チビの恋人のことなどは…。
(…ハーレイ、忘れていそうだよ…)
他の先生たちと一緒に、食事に出掛けて行ったなら。
ワイワイ賑やかに食事した後は、車ではない先生たちを送って行ったなら。
(…そういう日だって、あるもんね?)
何度か、ハーレイから聞いた。
「昨日はすまん」だとか、「この前はすまん」と謝られて。
他の先生たちと食事に行っていたから、此処には来られなかったのだ、と。
(ちゃんと謝ってはくれるんだけど…)
それは後から、次の日とか、何日か後だとか。
「実は来られる日があったんだが…」と後で明かされる、ハーレイが楽しく過ごしていた日。
きっと仕事で来られないのだ、と思って我慢していたのに。
(ハーレイだって忙しいんだから、って…)
今日は我慢、と自分自身に言い聞かせたのに、そのハーレイは、同じ頃には…。
(他の先生たちと食事で…)
美味しい料理に、はずむ会話に、弾ける笑い。
そうやって過ごして、食事が終わって、家に帰った後だって…。
ぼくのことなんか忘れているよ、とプウッと膨れそうな頬っぺた。
きっと忘れているんだからと、「忘れてコーヒーなんだから」と。
「今日は有意義な日だったよな」と、コーヒーを淹れていそうなハーレイ。
やっと家まで帰って来たから、一息入れてのんびりするか、と。
(…コーヒーを淹れて飲んでる時に…)
ようやく思い出してくれたら、マシな方。
放っておいたチビの恋人のことを、「あいつ、どうしているんだか…」と。
もう眠っている時間にしたって、思い出してくれたら嬉しいけれど。
(そのまま忘れて、寝ちゃうってことも…)
まるで無いとは言い切れないから、悔しい気分。
「どうせチビだよ」と、「キスも出来ないチビの子供で、一緒に暮らせないんだよ」と。
もしも一緒に暮らしていたなら、忘れられたりしないのに。
どんなに仕事で遅くなっても、他の先生と食事に出掛けた時だって。
(家に帰れば、ぼくがいるんだから…)
待ちくたびれて先に眠っていたって、ハーレイはキスを贈ってくれる。
起こさないよう、頬っぺたか、額にでも、そっと。
(だけど、チビだと…)
忘れ去られてしまっておしまい、コーヒーを飲んだら寝そうなハーレイ。
お風呂に入って、「いい日だった」と大満足で。
(それは嫌だし…)
明日のハーレイに、そんな予定が来ませんように、と祈るような気持ち。
仕事だったら諦めるけれど、ハーレイが楽しく出掛ける食事。
他の先生に誘われて。
私が車を出しますから、と他の先生も車に乗っけて、出掛けて行ってしまうハーレイ。
チビの自分のことなど忘れて、いそいそと。
(最初は覚えているだろうけど…)
途中で忘れ去られるだろうし、家に帰っても、それっきり。
コーヒーを淹れて「いい日だった」と、チビの恋人は忘れたままで。
そんなの嫌だ、と思うけれども、ハーレイの予定は分からない。
ハーレイにだって急な誘いは分かりはしないし、明日になるまで本当に謎。
(明日になっても、放課後までは…)
答えは出ないのかもしれない。
ハーレイが訪ねて来てくれるのか、来られない日になってしまうか。
そうなる理由は仕事のせいか、楽しい食事の誘いのせいか、それさえも。
(…ホントのホントに読めないんだから…)
未来のことなんか分からないよね、と思ったはずみに掠めたこと。
前の自分もそうだった、と。
(…フィシス、未来を占ってたけど…)
それは漠然としていたものだし、フィシスが来たって明日のことなど分からないまま。
ミュウの未来がどうなってゆくか、白いシャングリラがどうなるのか。
誰にも未来は見えはしなくて、いつも不安を抱えていた。
夜が来たなら、この夜は明けてくれるのかと。
夜が明けたら、今日という日は無事に終わってくれるのかと。
(…ホントに誰にも見えなかったよ…)
ミュウという種族がこれから先も生きてゆけるか、シャングリラは地球に着けるのか。
いつだって未来は見えもしないまま、前の自分は生き続けて…。
(…未来、見ないで死んじゃった…)
焦がれ続けた地球さえも見ずに、ミュウの未来を守るためだけに。
守った未来も、本当にそれを守れたかどうか、答えを得られもしないままで。
(…それでも、前のぼく、頑張って生きて…)
白いシャングリラを守って死んだ、と気付いて、今の自分を思う。
同じ見えない未来にしたって、なんて平凡なのだろう、と。
(…ハーレイが来るか、来ないかだけで…)
来られない理由が、食事でなければいいなんて。
ハーレイがチビの自分を忘れて、楽しく過ごす日にならなければ充分だなんて。
前の自分は、未来も見ずに死んだのに。
命を懸けて守った未来があるかどうかも、確かめられずに終わったのに。
(今のぼくって…)
同じ未来でも、読めない中身が平凡だよね、と瞬かせた瞳。
ミュウの未来や、白いシャングリラの行く末ではなくて、恋人のこと。
それで頬っぺたを膨らませたり、「そんなの嫌だ」と思ったり。
(…チビになっちゃっただけじゃなくって…)
中身も小さくなっちゃった、と比べたソルジャー・ブルーだった頃。
まるで違うし、あちらはとても偉いのだけれど…。
(今のぼく、うんと幸せだから…)
平凡だよね、と思う中身でいいのだろう。
今は「ケチだ」と思ったりもする、キスもくれない愛おしい人。
そのハーレイと地球に来られて、また巡り会うことが出来たから。
チビの間は無理だけれども、いつか大きくなった時には、ちゃんと結婚出来るのだから…。
平凡だよね・了
※ブルー君が気になる、ハーレイ先生の明日の予定。家に来てくれればいいのに、と。
けれど未来は見えないもの。前の自分の頃に比べたら、今は…。平凡なのが幸せですv
(さて、と…)
今日も一日終わったってな、とハーレイが傾けたコーヒー。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、夜の書斎で。
(あいつの家にも、帰りに寄れたし…)
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーは、今は自分の教え子だから…。
(晩飯を一緒に食えたら上等、そんなトコだな)
休日はともかく、平日は。
仕事の帰りにブルーの家に寄れた時には、ブルーの両親も交えて夕食。
それまでの時間はブルーの部屋で、お茶とお菓子でのんびり過ごす。
(今日はそういう日だったが…)
はてさて、明日はどうなるのやら、と考える。
遅くなりそうな会議の予定は無いのだけれども、柔道部の方が大いに問題。
(最近、これっていうほどの怪我も無いから…)
そろそろ弛んで来てやがる、と分かっているのがクラブの生徒。
注意したって、こればっかりは本人次第。
気が緩んでいれば怪我しかねないし、そうなった時は…。
(俺の予定も狂っちまうぞ)
怪我した生徒が保健室だけで済むとは限らないから、病院へ連れてゆくだとか。
保健室で済んでも足の怪我なら、家まで車で送るとか。
(どっちのコースも…)
帰りが遅くなるんだよなあ、と経験からとうに出ている答え。
怪我をした生徒を送って行ったら、平謝りなのが生徒の家族。
「うちの息子がご迷惑を…」と、生徒にも何度も謝らせた上に…。
(どうぞお茶でも、と家にだな…)
招き入れられて、それっきり。
お茶だけで済まないことも多くて、ブルーの家よろしく夕食も食べることになるとか。
そのこと自体はいいんだが…、と思うし、有難いとも思う。
息子の怪我はお前のせいだ、と責めるような親はいないから。
監督不行き届きと言われるどころか、「私たちの躾が悪いんです」と詫びる親たち。
息子の頭をコツンと小突いて、「ハーレイ先生に謝りなさい!」と。
とうに学校は終わっているのに、こんな時間までご迷惑を、と。
(それから「どうぞ、お茶でも」だから…)
断ったら却って申し訳ないし、「では、少しだけ…」と入る家。
けれど、言葉通りに「お茶だけ」の家は、お目にかかったことが無い。
必ず添えられる、ちょっとした菓子。
(こんな物しか無いんですが、って…)
息子のおやつに、と買ったのだろう、スナック菓子が出たことだって。
心遣いだけで嬉しいものだし、「いただきます」と食べるスナック菓子。
そんな具合だから、「夕食もどうぞ」と誘われたなら…。
(有難く御馳走になるってモンで…)
怪我をして叱られた生徒の方も、夕食の席では笑顔が弾ける。
生徒たちにとっては「憧れのハーレイ先生」なのだし、ヒーローと一緒の夕食だから。
「プロの選手にならないか」と誘われたほどの、ちょっと知られた有名人。
(まあ、ヒーローにもなるってこった)
生徒はもちろん、家族もあれこれ聞きたがるのが学生時代の試合の話。
アッと言う間に経ってゆく時間、家に帰ると…。
(今日と同じで、もうすっかりと…)
夜なんだよな、と苦笑い。
前はそれでも良かったけれども、この春からは変わった事情。
(あいつが膨れちまうんだ…)
帰りに寄ってやれなかったら、ガッカリするのが小さなブルー。
毎日は無理だ、とブルーも充分、知っているけれど…。
(それでも寂しがっちまうから…)
出来れば避けたい、他の生徒の家での歓談。
ブルーの家とは違う所で、のんびりお茶だの、夕食だの。
まるで読めない、明日の放課後。
会議の予定の方にしたって、今は入っていないだけで…。
(急な会議もあるからなあ…)
これまた読めん、とコーヒーのカップを傾ける。
急な会議だと、始まる時間も終わる時間も全くの謎。
長引いたならば、やはり行けないブルーの家。
(早く終わる会議もあるんだが…)
始めてみないと分からないよな、と仕事だからこそ、よく分かる。
予定通りに進む会議と、そうでない会議。
どちらも会議で、そういった会議が入らなくても…。
(帰りに何処かで食事でも、っていうヤツも…)
そろそろ来そうな頃合いなんだ、と思う同僚たちからの誘い。
たまには一緒に食事しよう、と誘われたならば、それも嬉しいお誘いだから…。
(あいつの家に出掛ける代わりに…)
行っちまうんだ、と出ている自分の答え。
「ハーレイが来てくれなかったよ」と膨れっ面になるだろう恋人、そちらよりも同僚。
ブルーの家なら、次の機会は幾つもあるから困らない。
けれど、同僚たちの方だと、そうはいかない、それぞれの予定。
「今日は空いている」と皆の都合が合った時しか、食事の誘いは来ないのだから。
(…どれも来ないかもしれんがな…)
食事の誘いも、急な会議も、生徒の怪我も。
ごくごく平凡に終わる一日、そう、今日のように。
そういった日の方が遥かに多いし、多分、明日だって平凡だろう。
とはいえ、一応、心の準備は…。
(しておかないとな?)
思った通りに進まなかった時に、「こんな筈では…」と焦らないように。
ブルーの家に寄れずに帰ることになっても、「こんなモンさ」と思えるように。
何事も心の準備というのが肝心で…、と思うこと。
それが自分の信条でもあるし、何があっても焦らない。
急な会議でも、生徒の怪我でも、直ぐに対応出来てこそ。
(それも出来ないようでは、だ…)
柔道なんぞ、やっていられるか、とコクリと飲んだカップのコーヒー。
一瞬の焦りが命取りだし、試合は常に真剣勝負。
試合の時だけ、焦らない自分を作ろうとしても無理なこと。
(普段からの心構えってヤツが…)
大切なんだ、と生徒たちにも指導する。
どんな時にも焦らないこと、「焦れば自滅しちまうぞ」と。
水泳の方にしても同じで、焦れば自分自身に負ける。
実力を発揮出来もしないで、どんどん狂ってゆくペース。
思い通りに動かない身体が足を引っ張り、無残に負けてしまう試合。
(だからだな…)
日頃からきちんと先を読んで…、と思った所で掠めたこと。
「前の俺だって、そうじゃないか」と。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた自分。
白いシャングリラの舵を握って、船を纏めていたけれど…。
(あの頃だって、焦れば終わりで…)
常に自分を戒めていた。
「落ち着け」と、「いつも、先の先まで読んでおけ」と。
シャングリラの航路を決める時にも、船の舵を握っている時も。
勤務時間が終わった後にも、やはり何処かにあった緊張。
(どうなっちまうか分からないしな?)
明日の予定というものが。
そもそも、その明日が来るかどうかも…。
(あの船じゃ、分からなかったんだ…)
夜の間に人類軍に発見されたら、全て終わるかもしれないから。
白いシャングリラは沈んでしまって、明日は来ないかもしれないから。
(…そうだったっけな…)
前の俺だって読んでいたんだ、と気付いた「先の先まで読む」こと。
会議にしても、あの船で共に暮らした仲間たちのことも、何もかもを。
(…俺が読み誤ったなら…)
終わりかもしれないシャングリラ。
航路設定を間違えたならば、出くわすかもしれない人類軍の船。
本格的な戦闘状態に入った後には、もう毎日が緊張の連続だった筈。
地球に着くまで、前のブルーに頼まれたことを果たすまで。
(ジョミーを支えてやってくれ、って…)
そう言い残して、メギドに向かって飛び去ったブルー。
愛おしい人を失った後も、前の自分は生き続けた。
シャングリラを地球まで運ぶためだけに、先の先まで読み続けて。
魂はとうに死んでいたのに、生ける屍だったのに。
(あんな芸当が出来たのも…)
それまでに長く培った日々のお蔭だったし、やはり日頃の心構えが大切らしい。
前の自分はブルーと過ごした長い年月をかけて、「焦らない」自分を作ったけれど。
愛おしい人を失ってさえも、きちんと務めを果たしたけれど…。
(今じゃ、同じに心構えをしてたって…)
生徒の怪我に、学校の会議に…、と折ってゆく指。
おまけに同僚と出掛ける食事で、その結果、駄目になるものは…。
(あいつの家で、晩飯を一緒に食うってことで…)
なんてこった、と可笑しくなった。
前とは全く違うじゃないかと、誰の命もミュウの未来も懸かってないぞ、と。
明日への心構えをしたって、この程度か、と。
(うんと平凡になっちまったなあ…)
俺の人生、平凡だよな、と思うけれども、それが幸せ。
もうキャプテンではなくなった上に、ブルーも一緒なのだから。
二人で青い地球に来た上、今度は恋を明かして結婚出来るのだから…。
平凡だよな・了
※先のことを読んでおかないと、というのが信条のハーレイ先生。焦らないように。
同じだったのが前の自分で、けれど全く違った責任。平凡なのも、きっと幸せv
(えーっと…)
やっぱりぼくが映ってるよね、と小さなブルーが覗いた鏡。
お風呂上がりにパジャマ姿で、何の気なしに。
自分の部屋にある鏡。
それほど大きくないのだけれども、やはり鏡は必要だから。
学校へ行く前に着込む制服、襟元がきちんとしているかどうか、見るだとか。
それに髪の毛、銀色の髪に寝癖がついていたならば…。
(ママに直して貰わなきゃ…)
自分では上手く直せないから、いつもより急いで着替える朝。
寝癖直しを頼む分だけ、それに必要な時間の分だけ。
(朝御飯、ママはいいんだけれど…)
父は仕事に出掛けてゆくから、母がそちらに手を取られている時もある。
「あれは何処だった?」と父が訊くとか、「取って来てくれ」と頼むとか。
そうなった時は父が優先、寝癖直しは後回し。
(…ぼくの髪なら、そのまま学校に行ったって…)
笑われるだけで、つまり困るのは自分だけ。
けれども、父はそうはいかない。
仕事に行くのに持って行くもの、それが無ければ会社の人や他の誰かが…。
(…困っちゃうしね?)
父が持ってゆく筈だったものが、届かないままになったなら。
会社の仕事とは無関係でも、父に借りようとしていた何かが借りられないままになるだとか。
そうならないよう、頼み事なら父を優先するのが母。
「ちょっと待ってね」と後回しになる、跳ねてしまった銀色の髪。
幸いなことに、間に合わないで学校に行く羽目に陥ったことは無いけれど…。
(ぼくがのんびり着替えてたら…)
そういう悲劇も起こり得るから、朝は鏡を覗いてみる。
「大丈夫かな?」と、顔を洗いに行くよりも前に。
鏡だったら、洗面所にもあるけれど。
部屋の鏡より大きな鏡が待っているけれど、まずは部屋でのチェックから。
「今朝の髪の毛は大丈夫?」と。
其処でピョコンと跳ねていたなら、洗面所で歯を磨く間も…。
(直すの、間に合いますように、って…)
祈りながらで、部屋に戻ったら急いで着替え。
制服を着込んで駆けてゆく階下、朝食の支度が整っているダイニングまで。
「ママ、お願い!」と。
「ぼくの髪の毛、また跳ねちゃった」と、「寝癖、直して!」と。
母に頼んだら、作って貰える蒸しタオル。
トーストを齧ったりしている間に、頭の上に母が乗っけてくれる。
(タオル、ホカホカ…)
熱いタオルの湯気と熱とで、綺麗に直る跳ねた髪。
それをする時間が欲しいのだったら、朝は必ず、髪の具合を調べること。
部屋の鏡を覗き込んで。
洗面台の鏡を覗くよりも前に、「急がなくちゃ」と心の準備。
(寝癖を見るのと、制服をきちんと着るためと…)
この鏡は朝の相棒だよね、と改めて覗いてみる鏡。
夜は出番が無いけれど。
パジャマ姿で映っていたって、何の役にも立たない鏡。
(…パジャマで外には出掛けないし…)
寝癖だって、これからつく時間。
ベッドに入って朝までぐっすり、その間についてしまうのが寝癖。
変な具合に頭が枕に乗っかったりして、髪が押されて。
そうでなければ被った上掛け、それが悪戯してしまって。
(ホントに今は出番が無いよね)
この鏡、と指でつついてみる。
パジャマの自分を映し出しても、鏡は役に立たないから。
チョンと鏡をつついた指。
鏡の向こうの自分も同じに、こちらに指を出して来た。
こちらと向こうと、鏡を挟んで重なった指。
(向こうにも、ぼく…)
不意に茶目っ気、ペロリと舌を出してみた。
そしたら向こうも舌を出すから、面白くもあるし、ちょっと考え方を変えたら…。
(生意気だよね?)
鏡のくせに、という気もする。
自分を真似て舌を出すから、まるで鏡に馬鹿にされているようだから。
(うーん…)
ぼくなんだけど、これは鏡だし…、と眉間にちょっぴり寄せた皺。
舌を出したのは自分か鏡か、なんとも難しい所。
(鏡の精っていうの、いるよね…?)
お伽話だと、そういう鏡が出て来るから。
鏡に向かって「誰が一番綺麗なの?」と質問したなら、答える鏡の話があるから。
(最初の間は、お妃様が一番綺麗で…)
大満足なのがお妃様。
けれど、王様の娘が大きくなったなら…。
(一番綺麗な人は、お妃様から白雪姫になっちゃって…)
大変なことになってしまうのが、お伽話の中の鏡の答え。
もっとも鏡の精がいたって、自分は訊きはしないけど。
(この地球の中で、誰が一番綺麗なの、って訊いたって…)
鏡の答えは、きっと自分が知らない誰か。
母は優しくて綺麗だけれども、もっと綺麗な人は大勢。
(シャングリラの中なら、誰なのか直ぐに分かるけど…)
此処じゃ無理だよ、と思う地球。
一番綺麗な人が誰か聞いても、多分、その人を知らないから。
有名な女優や歌手とかだったら、「ああ、あの人!」とピンと来るかもしれないけれど。
鏡の精が入っていたって役に立たない、と眺める鏡。
質問したって、返った答えが分からないなら、まるで駄目。
(それに、一番綺麗な人が誰か分かっても…)
ぼくが腹を立てるわけないんだから、とクスクス笑い。
地球どころか、宇宙で一番綺麗な人でも、自分にとってはどうでもいいこと。
そんな美人に興味など無いし、どちらかと言えば…。
(美人の逆…)
ぼくが好きな人は、美人なんかじゃないんだから、と頭に思い浮かべた恋人。
前の生から愛したハーレイ、美人ではなくて逆な恋人。
(薔薇の花もジャムも、似合わないって…)
そんな評判が立っていたほど、女性陣にはモテていなかった。
だから美人はどうでもいいし、鏡の精が何と答えても、怒る理由が無いのが自分。
「今はそういう人がいるのか」と思う程度で、「誰だろう?」と首を傾げておしまい。
ある日、鏡が違う答えを返しても…。
(もっと綺麗な人が見付かったみたい、って思うだけ…)
ぼくにはホントに用事が無いや、と鏡の精も出番が無い。
こんな夜なら、鏡の精が「御用ですか?」と現れそうなのに。
明るい日射しが射し込む朝より、夜の方が神秘的なのに。
(でも、出て来ても…)
尋ねることが何もないや、と思ったけれど。
鏡の精に訊きたいことなど、ありはしないと考えたけれど…。
(…ちょっと待ってよ…?)
鏡の向こうにいる自分。
さっき自分に舌を出していた、鏡の精を連想した自分。
チビの子供で、十四歳にしかならないけれど…。
(…ぼくって、どうなの…?)
前の自分の姿に比べて、どうだろう?
ハーレイがキスもくれない自分は、チビの自分は。
もしも鏡の精がいたなら、訊きたい気分になって来た。
(世界で一番、綺麗なぼくって…)
今の自分か、遠く遥かな時の彼方で死んでしまったソルジャー・ブルーか。
きっとハーレイが惹かれる自分は、綺麗な方に違いない。
同じブルーでも、同じ魂でも、どちらか選んでいいのなら…。
(…綺麗な方がいいに決まってるよね?)
恋人にするのも、連れて歩くのも。
いつか結婚するにしたって、断然、綺麗な方のブルー。
ということは、チビの自分は…。
(…ハーレイ、キスもしてくれないから…)
鏡の精に訊いてみたなら、悲しい答えが返るのだろうか。
「世界で一番綺麗なぼくって、誰か教えて」と訊いたなら。
(…それはもちろん、あなたです、って答える代わりに…)
迷いもしないで鏡が答える、時の彼方の自分の名前。
今の時代も知られた英雄、ミュウの長だったソルジャー・ブルー。
「もちろん、ソルジャー・ブルーですとも」と自信たっぷりに答える鏡。
映っているのはチビの自分なのに、質問したのもチビなのに。
(…ぼくだって、言ってくれなくて…)
前の自分の名が返ったなら、どうすればいいというのだろう?
お伽話の悪いお妃なら、それは慌てて白雪姫を殺しに行くけれど…。
(前のぼくの所に、毒が入ったリンゴを届けに行ったって…)
それは行くだけ無駄というもの。
毒のリンゴを届けなくても、ソルジャー・ブルーはとうに死んだから。
メギドを沈めて死んでしまって、生まれ変わってチビの自分になったから。
(…ぼく、悪いお妃にもなれないんだけど…!)
鏡の精が本当のことを言ったって。
「世界で一番綺麗なブルーは、もちろんソルジャー・ブルーですよ」と告げたって。
いないライバルは殺せもしなくて、殺すよりも前に死んでいる有様。
チビの自分が此処にいるなら、ソルジャー・ブルーは宇宙の何処にもいないのだから。
(…世界で一番、綺麗なブルー…)
ハーレイがそれを探しているなら、チビの自分は手も足も出ない。
どんなに悔しくて歯軋りしたって、ソルジャー・ブルーに毒のリンゴは…。
(届けられないし、届けに行っても、食べるより前に死んじゃってるから…!)
どう頑張ってもソルジャー・ブルーに勝てはしなくて、チビの自分は負けたまま。
世界で一番綺麗なブルーは、ソルジャー・ブルー。
(…ハーレイのお目当て、そっちだったら…)
キスが駄目でも仕方ないよね、と覗いた鏡の中にチビ。
鏡の向こうに、いつか大きく育った自分が映る日がやって来ない限りは…。
(…負けっ放しだよ…)
前のぼくに、と睨んだ鏡。
なんて鏡は酷いんだろうと、鏡の精がいるみたい、と。
鏡の向こうに、世界で一番綺麗なブルーの姿は映っていないから。
チビの自分しか映っていなくて、チビのままだとハーレイはキスもくれないから…。
鏡の向こうに・了
※鏡の向こうを見ている間に、鏡の精がいるような気がして来たブルー君。でも…。
世界で一番綺麗なブルーが前の自分でも、届けられない毒リンゴ。子供ならではの発想かもv
(ふうむ…)
俺だよな、とハーレイが何の気なしに覗いた鏡。
とうに夜更けで、コーヒーだって飲んでしまった後。
片付けを済ませて入ったのが風呂、ゆったり浸かって出て来た所。
バスルームからの湯気で、少し曇った洗面台の鏡。
じきに曇りは消えるけれども、其処に映っている自分。
(風呂上がりってヤツは締まらんなあ…)
身体のことではないんだが、と浮かべた苦笑。
柔道と水泳で鍛えた身体は、今もトレーニングを欠かさない。
学校では柔道部員たちと一緒に走り込みもするし、家にいる時はジョギングも。
もちろんジムにも出掛けてゆくから、まるで衰えない肉体。
(年は取らなくても、何もしなけりゃ、なまっちまうし…)
それに元々、運動好き。
ブルーの家へと出掛けてゆく日が多くなった分、きちんと調整。
小さなブルーとお茶やお菓子や、のんびり食事で過ごした後には運動を。
(こっちは普段の俺なんだがな…)
身体だけはな、とポンと叩いてみる肩。
その仕草でも動く筋肉、充分に自慢出来るのだけれど。
(…この髪だけは、どうにもならんぞ)
ガシガシ洗えばこうなっちまうが、と眺める少しくすんだ金髪。
すっかりと濡れてペシャンとへこんで、それをタオルで拭いたものだから…。
(好き勝手な方を向いていやがる)
前にパラリと垂れているのや、あちらこちらに跳ねているのや。
まるで締まらない、今の髪型。
濡れたままでも撫でつけてやれば、いつものスタイルに戻るけれども。
(こうすりゃ、元の木阿弥なんだ)
タオルで拭きにかかったら、と乱れ放題の髪を見る。
短いたてがみのライオンよろしく、もう本当にメチャクチャだから。
生徒たちには見せられないな、と思う自分のヘアスタイル。
ただし、スーツの時だけれども。
(学校でも、シャワーを浴びた後なら…)
こうなるもんだ、と分かっている。
柔道部で汗を流した後にはシャワーなのだし、其処へ生徒がやって来たなら見る姿。
夏はプールで泳いでもいたし、水泳部の生徒たちも見ていた。
プールからザバッと上がった後に、プールサイドでタオルで拭いていたから。
(しかし、TPOってヤツで…)
そうなって当然の時ならともかく、授業に出ては行けない頭。
何処から見たって「たるんでいる」姿、寝起きでやって来たかのよう。
(家だからこいつでいいんだが…)
我ながら間抜けな姿だよな、と拭いてゆく髪。
水気をそこそこ拭い取れるまで、雫が落ちない程度まで。
(…こんなモンかな)
後は寝るまで部屋でゆったり、コーヒー抜きでの軽い休憩。
ベッドサイドに置いてある本、それを広げてみたりして。
そうしている間に乾く髪。
すっかり乾けば丁度頃合い、ベッドに入って眠るだけ。
(その前に、と…)
一応、いつもの俺のスタイル、と撫でつけた髪。
パラリと前に垂れているのを、頭の上へ掻き上げて。
好き放題に跳ねているのも、含んだ水気でオールバックに。
(これで良し、ってな)
俺の髪だ、と大満足。
自分しかいない家の中でも、ライオンのたてがみは酷いから。
やはりきちんとしておきたいから、どうせ寝癖がつくにしたって…。
(こいつでないと駄目なんだ)
俺はコレだ、と眺めたキャプテン・ハーレイ風の髪型。
もう何年もこれ一筋だし、すっかり馴染んだヘアスタイル。
ライオンよりもキャプテン・ハーレイ、それでないと、と思ったけれど。
それでこそ自分のヘアスタイルだし、「よし」と満足したけれど。
(…おいおいおい…)
俺なんだがな、と改めて覗いた鏡の向こう。
キャプテン・ハーレイ風のヘアスタイルで映った自分は、まさにその…。
(…キャプテン・ハーレイそのものだぞ?)
前はそうではなかったんだが、と瞬かせた瞳。
少なくとも春には違ったんだと、「四月は明らかに違っていたな」と。
四月だったら、今の学校にはいなかったから。
前に勤めていた学校。
其処から今の学校へ転任してくる予定が、途中で狂った。
急な欠員が出来た前の学校、新しい教師を急いで見付け出さないと…。
(古典の授業が上手く回らないと来たもんだ)
だから頼む、と請われて残った。
今の学校なら、一人足りなくても間に合うだけの数の教師がいたから。
(でもって、俺の代わりが見付かって…)
引き継ぎなどを無事に済ませて、キリのいい所で今の学校へ。
五月からの着任、こちらでも急いで引き継ぎしてから…。
(…あいつのクラスに行ったってな)
小さなブルーがいる教室へと、颯爽と。
忘れもしない五月の三日に、挨拶なんかを考えながら。
生徒の心を掴むためには、大切なのが第一印象。
足を踏み入れたクラスの雰囲気、それを見定めて放つ第一声。
「はじめまして」とやるのがいいか、「こら、静かに!」とやらかすか。
此処のクラスはどうしたもんか、と扉を開けて入って行ったのに…。
(…挨拶どころじゃなかったんだ…)
入った自分の顔を見るなり、ブルーに現れた聖痕。
たちまち血まみれになったのがブルー、挨拶は何処かへ吹き飛んだ。
いきなり倒れた生徒の出血、それが最優先だから。
てっきり何かの事故だと思った、小さなブルーが起こした出血。
「大丈夫か!?」と慌てて駆け寄った途端、前の自分が戻って来た。
キャプテン・ハーレイだった自分が、前の記憶が。
遠く遥かな時の彼方から、まるで知らなかった前の自分の正体が。
(…あれで人生、変わっちまった…)
恋人までが出来ちまったぞ、と思う鏡に映った自分。
キャプテン・ハーレイ風の髪型、「生まれ変わりか?」と何度も言われた顔。
ただの偶然だと、「他人の空似だ」と思っていたのが、今や本物のキャプテン・ハーレイ。
生まれ変わって別人とはいえ、中身は本物。
キャプテン・ハーレイの記憶を引き継ぎ、魂も同じものだから。
前の自分が愛した恋人、その人も忘れていないから。
(…あいつはチビになっちまったが…)
それでも俺のブルーなんだ、と思い浮かべた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーは、今は自分の教え子だけれど。
キスさえ出来ない子供だけれども、それでも中身は前と同じで…。
(…あいつ、ソルジャー・ブルーなんだ…)
だからこそ持っていた聖痕。
ソルジャー・ブルーがメギドで撃たれた時の傷痕、それを背負っていたブルー。
今は欠片も現れないから、本当にただの子供だけれど。
前のブルーがチビだった頃に、アルタミラで出会った頃のブルーにそっくりなだけの。
(…そして俺はキャプテン・ハーレイでだな…)
髪型通りになっちまった、と見詰める鏡。
キャプテン・ハーレイそっくりな顔に、キャプテン・ハーレイ風のヘアスタイル。
今もやっぱり、何も知らない人が見たなら…。
(似てるってだけのことなんだがな…)
前と少しも変わらないが、と思うけれども、変わった中身。
本物になってしまったから。
前の自分の記憶が戻って、正真正銘、キャプテン・ハーレイそのものだから。
(うーむ…)
まさか本当にこうなるとはな、と鏡の自分に困った笑みを向けてみた。
「おい、お前さんはどう思う?」と。
「お前が前の俺だとしたなら、今の状態をどう思う?」と。
キャプテンとして船を纏めていたのが、今ではただの古典の教師。
ソルジャーだった恋人の方は、チビの教え子という現状。
(…まるで想像もつかないよな?)
俺と同じで、とキャプテン・ハーレイだった頃に思いを馳せる。
今の自分が驚いたように、あちらもきっと驚くのだろう。
「どうして俺が」と鏡を見て。
キャプテンの自分はどうなったのだと、なんだって地球にいるのかと。
(ブルーもついてて、幸せな日々じゃあるんだが…)
もうとびきりのサプライズだぞ、と「前の自分がこうなったなら」と考える。
ある日突然、古典の教師になったなら。
白いシャングリラは消えてしまって、洗面台の鏡の前にいたならば。
(髪型が妙になってるぞ、ってトコまではいいが…)
其処までは前の人生でも何度もあったことだし、同じに撫でつけていたものの。
キャプテンたるもの、こうでないと、と心がけてはいたものの…。
(…こう変わるとは思わんぞ?)
ビックリだよな、と眺めた鏡。
鏡の向こうは前と同じに自分だけれども、違うから。
キャプテン・ハーレイだった自分は、古典の教師になったから。
しかも小さなブルーつき。
きっと幸せに生きてゆけるし、青い地球までが自分を迎えてくれたのだから…。
鏡の向こうは・了
※ハーレイ先生が何の気なしに眺めた鏡。ヘアスタイルのことを考えていた筈が…。
気付けば、鏡に映る自分が前とは違っている現実。ビックリですけど、きっと幸せv
(明日は晴れそうだし…)
きっと歩いて来てくれるよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は土曜日、午前中からハーレイが家に来てくれる日。
(仕事で駄目なら、ちゃんと連絡が来るんだから…)
来られない、という寂しい知らせ。
母宛てにハーレイが入れる通信、それは全く来なかったから…。
もう間違いなく、明日には会える。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人に。
(お天気がいい日は、ハーレイは、歩き…)
雨が降る日や、もう降りそうな曇り空なら、車で此処まで来るけれど。
仕事の帰りに来てくれる時も、濃い緑色の愛車だけれど。
(明日は車の出番は無さそう…)
ハーレイと同じで車もお休み、と前のハーレイのマントの色をした車を思う。
明日はハーレイの家のガレージで、ゆっくり、のんびり休むのだろう。
「さあ、行くぞ」と乗り込む人がいないから。
エンジンをかけて、ガレージから外へ連れ出す人は留守だから。
(車はガレージでお休みで…)
ハーレイの方は、此処でゆったり過ごす一日。
ただし、此処まで歩いて来ないといけないけれど。
何ブロックも離れた場所から、歩くとけっこうかかるのだけれど。
(でも、ハーレイには大した距離じゃないらしいしね?)
チビで身体の弱い自分は、考えただけで気が遠くなってしまいそうな距離。
それを軽々と歩くハーレイ、「ちょっとした運動になるからな」と。
家を出るのが早すぎた、と思った時には、回り道だって。
その分、距離が増えるのに。
そうでなくても足が向くままに、色々な道があるらしいのに。
此処からは遠いハーレイの家。
一度だけ遊びに行った時には、もちろん路線バスで出掛けた。
(寝てる間に、瞬間移動で行っちゃった時は…)
ハーレイの車で家まで送って貰った。
チビの自分が着られる服など、ハーレイの家には一つも無いから、パジャマのままで。
けれど着られる服があっても、やっぱり車だっただろう。
そうでなければ路線バス。
(あの日も、お休みだったけど…)
いくらハーレイと一緒だとしても、此処まではとても歩けない。
途中ですっかり疲れてしまって、「バスに乗ろうよ」と言いそうな自分。
多分、半分も歩かない内に。
ハーレイの家を後にしてから、二十分ほども行かない内に。
(それをハーレイは歩くんだから…)
ホントに凄い、と思ってしまう。
しかも歩いて来る道は色々、最短距離を選んではいない。
その日の気分で、「こっちを行こう」と選ぶ道。
顔馴染みになった猫が日向ぼっこをしている道やら、様々な花が見られる道。
他にも選ぶ基準は沢山、時には新規開拓も…。
(ハーレイ、やってるらしいしね?)
歩く途中に立っている町の案内板。
それを眺めて、「こういう道もあるんだな」と曲がったりして。
チビで身体が弱い自分には、出来そうもない新規開拓。
「こっちの方に行ってみよう」と回り道に入り込むよりは…。
(どの道が一番近いだろう、って…)
見ていそうなのが案内板。
知っている道はこれだけれども、他に近道は無いだろうかと。
細い道でもかまわないから、ヒョイと飛び越えられる距離。
それが無いかと探していそうで、ハーレイの真似はとても出来ない。
「こっちに行くか」と回り道など、より遠い方を選ぶなど。
明日もハーレイがやっていそうな回り道。
気の向くままに角を曲がって、「こっちにしよう」と外れてゆく道。
真っ直ぐに来れば、近いのに。
この家に着くのが早すぎたって、誰も困りはしないのに。
(パパもママも、ご遠慮なくどうぞ、って…)
「よろしかったら朝食も」と、何度も誘っている両親。
休日もハーレイは早起きするのを、二人ともちゃんと知っているから。
此処へ来るまでに朝からジョギング、そんな日もあると聞いているものだから。
(朝御飯の時間に来てくれたって、いいのにね?)
ぼくだって待っているんだけどな、と思うけれども、早い時間には来ないハーレイ。
明日の朝もきっと、回り道。
「早すぎるよな」と思ったら。
腕の時計をチラリと眺めて、「まだまだ早い」と、足の向くままに角を曲がって。
(…それがハーレイなんだけど…)
朝からジョギングするほどなのだし、此処までの距離も、もう本当に散歩道。
青空の下をのんびり歩いて、地球を満喫しているわけで…。
(地球だもんね?)
何処を歩いても、地球の上。
前の自分が焦がれていた星、いつか行こうと夢に見た地球。
キャプテンだった前のハーレイは、地球まで辿り着いたのだけれど…。
(地球は死の星だったから…)
散歩どころか、外では呼吸も出来ない星。
ユグドラシルと呼ばれた、巨大なキノコにも似た建物だけが人間の居場所。
(そんな酷い地球を、ハーレイは見ちゃったんだから…)
今の青い星を楽しみたくもなるだろう。
晴れた日だったら、なおのこと。
此処まで歩いて来る間に出会う景色は、何もかも地球のものだから。
日向ぼっこをしている猫も、花壇の土に咲いている花も。
それにハーレイが歩く地面も、上にある青い空だって。
回り道だってしたくなるよね、と思う地球。
前のハーレイが目にした死の星、その影は何処にも無いのだから。
澄んだ大気も、緑の木々も、そっくりそのまま…。
(…前のぼくが夢に見ていた通りで…)
ハーレイが歩く道には無くても、真っ青な海も広がっている。
波打ち際から水平線まで、そのずっと遥か向こうまで。
(宇宙から見たら、地球は青くて…)
前の自分が焦がれた通りの、青く輝く水の星。
残念なことに、まだ見たことは無いけれど。
宇宙から地球を眺める旅には、一度も行ってはいないけれども。
(だけど、本物の地球なんだよ)
その地球の上で生きられるなんて、前の自分にとっては夢。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、幾つもの夢を描いたけれど。
あれをしようと、これもしたいと、前のハーレイと二人で夢を見ていたけれど…。
(ハーレイと一緒に行こう、って思っていただけで…)
そのハーレイが最初から地球に住んでいるなど、夢にさえ見られなかったこと。
地球は人類のものだったのだし、ミュウの自分たちは地球に住めない。
それどころか、踏みしめる地面さえも下に無い有様。
(…シャングリラの中だけが、世界の全てで…)
たとえ地球まで辿り着けても、其処に住むことを許されたとしても…。
(シャングリラを降りて、家を見付けて…)
ようやく住める星が地球。
前のハーレイも、前の自分も、住む場所から探さなくてはならない。
(素敵な所に住みたいよね、って…)
ただ漠然と考えただけ。
全ては地球に着いてからだと、それから続きを考えようと。
青い地球まで行かないことには、夢は実現しないから。
大きすぎる夢は描けないから、描く方法さえ分からないのだから。
前の自分が夢に見た地球は、そういう星。
幾つもの夢を描いていたって、其処に住みたいと憧れたって…。
(何処に住むとか、どういう家に住むだとか…)
まるで考えてはいなかった。
チラと頭を掠めはしたって、「まだ早すぎる」と思っただけ。
地球の座標さえも、まるで分かっていなかったから。
行くべき座標が掴めたとしても、其処までの道をどう進むのか。
(戦うか、人類に認めて貰うか…)
どちらを行くのか、それも答えが出ないまま。
そうやって地球に焦がれ続けて、幾つもの夢を叶えられないままに…。
(…前のぼくの寿命…)
命が尽きる、と突き付けられた現実。
その時に夢は砕けてしまって、もう見られないと諦めた地球。
奇跡のように生き延びたけれど、その命さえも投げ出さざるを得なかった。
白いシャングリラを、ミュウの未来を守るためにと、あのメギドで。
(…前のぼく、地球を…)
見たかったんだよ、と今も覚えている。
せっかく此処まで生きて来たのに、地球を見られずに終わるのかと。
天体の間で一人、呟いたこと。
「地球を見たかった」と、誰にも聞こえないように。
(…ハーレイと二人で見たかったのに…)
見られないままで死んでゆく自分、それが辛くて、とても悲しくて。
いつか地球まで辿り着いたら、ハーレイと暮らす筈だったのに。
(…でも、ハーレイ…)
前の自分が「さよなら」のキスも出来ずに別れた、キャプテン・ハーレイ。
恋人同士なことを隠して、ソルジャーの貌で別れたハーレイ。
そのハーレイが、今は…。
(地球に住んでて、ぼくの家まで散歩なんだよ)
青く蘇った地球の上を歩いて、気の向くままに回り道。
「今日はこっちだ」と好きに選んで、明日も此処まで来てくれる。
(前のぼくには、地球はホントに夢の星で…)
夢のままで終わっちゃったんだけどな、と零れる笑み。
「今は夢より素敵みたい」と、「ハーレイが地球に住んでいるよ」と。
きっとハーレイは、明日も歩いて来るのだろう。
明日も天気は良さそうだから。
ハーレイと二人でやって来た地球は、明日も青空だろうから…。
前のぼくと地球・了
※ブルー君には遠すぎるらしい、ハーレイ先生が住んでいる家。とても歩けない、と。
それを歩いて来るのがハーレイ、青い地球の上を。夢よりも素敵な今の現実v