(……告白かあ……)
そういうものがあるんだよね、とブルーの頭に浮かんだこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
何故だか、唐突に湧いて出た言葉。
告白なんかはしたこともなくて、する予定だって無いというのに。
(…だって、告白…)
あのハーレイが相手じゃ無理だよ、と掲げる白旗。
けれど、考えようによっては、何回となく告白している。
告白する度、鼻先で軽くあしらわれては、砕け散っていると言うべきか。
(ぼくはホントに好きなんだけどな…)
ハーレイのこと、と零れる溜息。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
それなのに、キスもしてくれない。
恋人同士の唇へのキス、それは当分、お預けだという。
今の自分は十四歳にしかならない子供で、子供にはキスは早いから、と。
貰えるキスは額や頬っぺた、そういう子供向けのキスだけ。
(……酷いんだから……)
どうしてキスしてくれないの、と不満は募ってゆく一方。
あの手この手でキスを強請っても、「駄目だ」と軽く小突かれる額。
場合によっては頭にコツンと、拳が降ってくることもある。
本当の本当に、ハーレイのことが好きなのに。
いつ望まれてもかまわない上、いつかは結婚する仲なのに。
(…ぼくの告白、子供っぽいわけ?)
そうなのかもね、という気もする。
ハーレイはずっと年上なのだし、学生時代はモテたらしいから。
きっと多くの女性たちから、告白されていただろうから。
そうなってくると、事は難しい。
経験値などは無いに等しい、子供などでは話にならない。
どうやって告白すればいいのか、まるで見当がつかないのだから。
(……ハーレイに告白するんなら……)
今のやり方では望みはゼロかも、と悲観的な気持ちになってくる。
いくら「好きだよ」と言ってみたって、繰り返したって、ハーレイの心には響かない。
それが証拠に、断られるキス。
「キスしてもいいよ」と言ったって。
誘うような眼をして、「キスしたくならない?」と訊いてみたって。
(……うーん……)
ぼくに魅力が無いんだろうか、と思うけれども、どうだろう。
今の自分は、前の自分の少年時代に瓜二つ。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに出会った頃と。
(…ハーレイ、たまに言ってるよね?)
前の生では、初めて出会ったその瞬間から、恐らく恋をしていたのだと。
自覚するのが遅かっただけで、恋は恋。
恋していたから、甘やかしたり、こっそり特別扱いしていたのに違いない、とまで。
(ぼくが厨房を覗きに行ったら、特別なおやつ…)
厨房時代のハーレイは、何度も作ってくれた。
贅沢は出来ない船だったから、少し余った食材などで。
試作中の料理も「食べて行くか?」と誘ってくれたし、とても幸せだった頃。
(…ぼくだって、まさか恋をしたとは…)
夢にも思っていなかったけれど、あれは確かに恋だった。
アルタミラの地獄で出会った時から、お互い、その場で一目惚れ。
だからピッタリ息が合ったし、それはハッキリ分かっていたから…。
(前のハーレイを、キャプテンに推薦したんだよ)
ソルジャー就任が決まった瞬間、「キャプテンはハーレイしかいない」と思った。
操船の経験などは皆無で、厨房で働いていたけれど。
「船など操れなくてもいいから、ハーレイがいい」と。
キャプテンといえば、船の最高責任者。
人類軍と戦うようなことになったら、ソルジャーを全力で補佐する立ち位置。
(…ぼくの命を預けるようなものだから…)
ハーレイにだったら預けられる、と前の自分は確信した。
他の者では務まらなくても、ハーレイだったら間違いない、と。
(ハーレイ、悩んでいたんだけどね…)
それでも、前の自分は推した。
わざわざハーレイの部屋まで出掛けて、こんな風に言って。
「フライパンも船も、似たようなものだと思うけれどね?」と、殺し文句を。
食料が無ければ皆は飢え死に、船が無くても死ぬしかない。
どちらも船には欠かせないもので、ウッカリ焦がしてしまうと大変。
そう言って、ハーレイの決断を待った。
「引き受けてくれるといいんだけれど」と、内心、ドキドキだったけれども。
(……だけど、ハーレイ……)
悩んだ末に、キャプテンの道を選んでくれた。
料理とは似ても似つかない操舵、それまでマスターしてくれて。
シャングリラの癖をすっかり掴んで、右に出る者が無い見事な腕を示して。
(…前のぼくの言葉、前のハーレイの名文句ってヤツになっちゃった…)
いつの間にやら、ブリッジクルーたちに、ウインクしながら告げる言葉に。
「フライパンも船も似たようなものさ」と、皆の緊張を解きほぐすように。
どちらも焦げたらおしまいなのだし、焦がさないように気を付けろ、と。
ハーレイの経歴を知らないクルーは、いつだって目を丸くしていた。
「噂には聞いていたんですけど、厨房の出身だったんですか?」と。
それに応えて、ハーレイは豪快に笑っていた。
「もちろんだとも」と、「だから、お前も頑張るんだな」と。
生え抜きのブリッジクルーなのだし、もっともっと腕を上げなければ、と。
フライパンで料理を作るみたいに、シャングリラを自在に操れるようになってくれ、と。
(前のハーレイは、口説き落とせたんだけれどね……)
キャプテンになってくれっていう難題、と溜息がまた一つ零れる。
あちらの方が「告白」などより、ずっと重かったに違いない。
告白だったら断わったって、恋が砕けるだけだから。
前の自分が肩を落として、すごすご引き上げてゆくというだけ。
けれども、キャプテン就任の方は、そう簡単には断れない。
「他に人材がいない」ことなど、明々白々だったから。
前のハーレイが断った時は、その任務には向かない者がキャプテンになる。
ソルジャーと息が合うかどうかが、危うい者が。
何事も無い日々が続いて行ったら、それでも問題ないのだけれど…。
(……人類軍と遭遇したら、シャングリラは沈められてしまって……)
皆の命も、ミュウの未来も、全てが宇宙の藻屑と消える。
それはハーレイも承知していたし、一世一代の決断だったろう。
後の時代は、「フライパンも船も似たようなものさ」と笑っていても。
焦がさないことが大切なのだと、皆に軽口を叩いていても。
(……あの時は、上手くいったのに……)
そしてハーレイはキャプテンになって、前の自分の立派な右腕。
いつしか恋が芽生えた時にも、誰にもバレなかったくらいに。
キャプテンがソルジャーの側にいるのは、至極当然のことだったから。
朝食を一緒に食べていようと、夜更けにソルジャーの部屋を訪れようと。
(……あの時のぼくは、今のぼくより……)
ほんのちょっぴり、背丈が大きくなっていた。
年齢で言えば十五歳くらいか、今よりは伸びていた背丈。
手足もそれに合わせて伸びたし、顔立ちも少し大人びたかも。
今ほど「チビの子供」ではなくて、「少年」程度に。
もしかすると、それが大きいだろうか、ハーレイの心を動かせた理由。
キャプテンになるように口説き落として、厨房から転身させられたのは。
(……そうだとすると……)
告白するには、今の自分は早すぎるということかもしれない。
今のハーレイの「キスは駄目だ」は聞き飽きたけれど、もしかしたなら…。
(…もう少し、大きくなったなら…)
ハーレイの心を揺さぶる力が、今の自分にもつくのだろうか。
じっと見上げて「好きだよ」と言ったら、「俺もだ」と言って貰えるだとか。
断わられてばかりのキスにしたって、予定よりも早めに貰えるとか。
(…前のぼくと、同じ背丈に育つまでは駄目だ、って…)
ケチなハーレイは叱るけれども、頑固な心がグラリと揺れる日。
今より少し大きくなったら、ついつい心を動かされて。
キャプテンを引き受けてくれたみたいに、考えを変えて「よし」と頷く。
まるで有り得ないことでもないよ、と膨らむ夢。
前のハーレイと恋人同士になった時点は、もっと遥かに後だけれども。
すっかり育って、少年とは言えない頃だったけれど。
(……ハーレイに告白するんなら……)
もう少し育った時が狙い目かもね、と閃いた。
ああいう年頃の「ブルー」の姿に弱いのだったら、望みはある。
キスのその先は駄目にしたって、唇へのキスくらいなら。
思っているより、もっと早めに、ハーレイのキスが貰えるだとか。
(……やってみる価値は、絶対、あるよね?)
上手くいったら儲け物だし、告白しないと損だろう。
たとえハーレイに断られたって、それはその時。
今も「当たって砕けろ」なのだし、めげずにぶつかって行けばいい。
「ぼくにキスして」と、「ぼくのこと、好き?」と。
でないと先には進めないから、諦めないで。
断わられてばかりの日々だけれども、大きくなるまで待っていないで。
(……あれ?)
それだと全く変わらないよ、と気が付いた。
ハーレイにせっせと告白しては、砕けているのが今の現状。
もう少し大きく育つ時まで、控えるだなんて、とんでもない。
いくら望みがあるにしたって、それまで我慢するなんて…。
(……無理だってば!)
だから駄目でも告白だよね、とグッと拳を握り締める。
ハーレイのことは大好きなのだし、いつでも告白したいから。
「告白するんなら、もっと大きくなってから」なんて、耐えられるわけがないのだから…。
告白するんなら・了
※ハーレイ先生に告白しては、砕け散っているブルー君。思い出したのが前の生のこと。
恋の告白より難しいのが成功しただけに、望みはあるかも。けれど我慢が出来ないようですv
(告白か……)
そういうヤツがあったんだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それを片手に。
(…告白ってヤツは、プロポーズとは…)
違うモンだ、と思い付いた言葉を追い掛けてみる。
特に目的は無いのだけれども、戯れに。
寛ぎのコーヒータイムのお供に、丁度いい軽い考え事だ、と。
(愛してますとか、好きです、だとか…)
プロポーズよりは「軽め」になるのが、告白というものの意味。
結婚を求めるものではないから、ズシリと重くはないのだけれど…。
(それこそ当たって砕けろとばかりに…)
覚悟を決めて告白しにゆく場面も、この世の中には山とある。
ほんの子供の幼稚園児でも、ドキドキしながら告げに行ったりするものだから。
好意を抱いた相手の所へ、小さな花などを握り締めて。
(手を繋いで歩いてくれませんか、って…)
思い切って告げて、快く笑顔で受けて貰えたら、仲良く散歩。
幼稚園の園庭を、手を繋ぎ合って。
休み時間の間だけしか出来ないデートで、それでも満足。
(幼稚園児でも、一人前に…)
デートするヤツはいたもんだ、と微笑ましくなる昔の思い出。
人間が全てミュウになった今は、結婚も恋も、何百歳でも出来るけれども…。
(やっぱり、若い間ってヤツが…)
告白向けの時間だよな、という気がする。
年齢を重ねてゆけばゆくほど、言葉は重みを増すものだから。
同じに「愛してます」と言っても、幼稚園児と大人は違う。
心と身体の成長に合わせて、愛の形も変わるから。
幼稚園児が思うデートと、大人のデートは行き先からして別だから。
面白いもんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
こうして口に含んだコーヒー、これにしたって、大人のデートなら小道具の一つ。
「コーヒーでも飲みに行きませんか」は、立派な誘い文句になるから。
一緒にコーヒーを飲むだけだったら、さほど覚悟は要らないから。
(……告白よりも、まだ軽めだな)
ちょいとデートに誘うだけなら…、と考える。
好意を持った相手だからこそ、コーヒーを飲みに誘うのだけれど…。
(断られたって、こいつは、さほど傷付かないんだ)
なにしろ喫茶店に誘うだけだし、相手の方も断わりやすい。
「この人と行くのは、ちょっと嫌だな」と思ったとしても、断るための言葉は色々。
(…ちょっと急いでいるんです、だとか、用事があるとか…)
相手の心を傷付けないよう、気配りをするのが断りの礼儀。
それに本当に急いでいるとか、用事があるという場合もあるから…。
(そういう時には、「また今度、誘って貰えませんか」と…)
言って貰えたら、充分、脈あり。
万々歳と言っていいだろう。
次に誘いをかけた時には、きっと一緒に来てくれるから。
そしてコーヒーを飲みに出掛けて、楽しく話して、気が合ったなら…。
(お次は、もっと本格的に…)
デートに誘う運びとなって、芝居に行くとか、ドライブだとか。
そうこうする間に、告白をすることになる。
「好きなんです」と思いをぶつけて、相手の返事を待つ時間。
もっともデートをしている時点で、まず断られはしないけれども。
(……そうなってくると、コーヒーを飲みに誘うのが……)
告白ってことになるのかもな、と顎に当てた手。
ただ喫茶店に誘っただけで、「好きです」とは言っていなくても。
告白よりは軽めの言葉で、相手を誘い出してはいても。
相手が気に入ってくれなかったら、喫茶店に来てはくれないから。
二人でコーヒーを飲みに行くのが、最初のデートと言えるのだから。
(そうしてみると、告白ってのは…)
大人だと出番が少なめなのか、という気もする。
何度もデートをしている仲だと、改めて「好きです」と告白したなら…。
(…プロポーズと同じくらいに、だ…)
重みを持って来る告白。
「今よりも、もっと深いお付き合い」、それをしたいという意味だから。
場合によっては、それがそのまま、プロポーズにもなることだろう。
「あなたが好きです。ずっと一緒にいて下さい」と言ったなら。
婚約指輪は持っていなくても、プロポーズするのと全く同じ。
相手が頷いてくれた時には、次のデートは…。
(二人で宝石店に出掛けて、婚約指輪を選ぶってことに…)
なるだろうしな、と容易に想像がつく。
婚約指輪を用意しておくのもお洒落だけれども、選びたい女性だっている。
自分の好みのデザインだとか、使いたい宝石がある女性。
(そのタイプだ、って分かっていたなら、指輪を贈ってプロポーズより…)
まずプロポーズで、それから指輪。
そうすることが出来るかどうかは、告白で決まる。
デートの最中に切り出して。
「好きです、一緒にいて下さい」と、一世一代の告白で。
(……うんと重いな、この告白は……)
軽めじゃないな、と思うものだから、大人だと出番が少ない告白。
子供のようにはいかない言葉で、当たって砕けたら大惨事。
だからやっぱり、告白向けの時間というのは、若い間のものだろう。
好きなら素直に思いをぶつけて、応えて貰えたら儲けもの。
幼稚園の園庭でデートするとか、もっと大きい子供なら…。
(一緒にショッピングモールに出掛けて、遊んで…)
買い物に、ちょっとした食事。
そんな「お付き合い」が似合いの間は、プロポーズよりも軽めの告白。
急いで伴侶を選ばなくても、まだまだ先は長いから。
何度告白して、何度されても、好きな人が何度も変わって行っても。
そう考えると面白いな、と思ったけれど。
「俺だって、学生だった頃には…」と、懐かしく思い出したのだけれど。
(……ありゃ?)
告白ってヤツはしていないんだ、と気が付いた。
される方は、何度もあったのに。
柔道と水泳の選手だった頃は、とてもモテたから。
ファンの女性が大勢いたし、差し入れにも不自由しなかった時代。
(好きです、付き合って貰えませんか、って…)
言われることは珍しくなくて、手作りのプレゼントを渡されたことも。
相手の女性は「当たって砕けろ」、そういう気持ちだっただろう。
なんと言っても「ハーレイ選手」は、「彼女」を持っていなかったから。
決まった女性がいないというなら、チャンスは誰にも平等にある。
告白をして、見事に心を掴んだならば…。
(…憧れの選手の彼女になれて…)
運が良ければ、ずっと付き合って、結婚だって出来るかも。
「ハーレイ選手」がどんなにモテても、捨てられないよう、努力したなら。
他の女性に盗られないよう、自分を磨き続けたならば。
(……あわよくば、と……)
告白して来た女性は多かったけれど、その逆は一度も無かった自分。
どんな女性にも、心を惹かれはしなかった。
美女も、とびきり可愛い女性も、ファンの中にはいたというのに。
タイプで言うなら「マメなタイプ」も、「華やかなお姫様」だって。
けれど誰にも、少しも靡きはしなかった自分。
どうしたわけだか、ただの一度も。
告白をされた時の返事も、いつもお決まりの断りの言葉。
その時々で変わったけれども、「今はスポーツに打ち込みたい」とか。
「練習時間がとても惜しいから、付き合う時間が取れないんだ」とか。
女性たちはガッカリしたのだけれども、笑顔で応援してくれた。
「これからも勝って下さいね」と。
(今から思うと、あれはブルーがいたからで…)
いつか巡り会う人を想って、自分は待っていたのだろう。
誰にも告白したりしないで、愛おしい人が現れるのを。
前の生から愛し続けた、ブルーが帰って来る時を。
(……ということは、告白するなら……)
相手はブルーで、まだ十四歳にしかならない子供。
もっと大きく育つ時まで、告白は待つべきだろう。
(チビのくせして、一人前の恋人気取りでいるんだし…)
下手に「好きだ」と言おうものなら、調子に乗るのに決まっている。
禁止している唇へのキスを貰おうとしたり、キスのその先を強請って来たり、と。
(……迂闊なことは出来ないからな……)
告白がそのままプロポーズだな、と未来の自分を想像する。
愛するブルーに指輪を贈って、「ずっと一緒にいて欲しい」とプロポーズ。
返事はとっくに分かっているのに、それでもドキドキすることだろう。
断わられはしないと分かっていたって、心臓がバクバク脈打って。
(……なんたって、一世一代の……)
ただ一度きりの告白なんだ、と笑みを浮かべる。
若人たちがしている軽めの告白、それとは重さが違っても。
告白がそのまま、プロポーズの意味を持っていたって。
(……告白するなら、とびきりの場所で……)
最高の返事を聞きたいものだ、と未来への夢が広がってゆく。
前の生では恋を隠し続けて、そのまま終わってしまったから。
「地球に着いたら」と二人で夢見た結婚、それは叶わなかったから。
だから今度は、この地球の上で、永遠の愛を誓い合いたい。
そうするためには、まずは告白する所から。
ただ一人きりの愛おしい人に、心からの愛と想いをこめて…。
告白するなら・了
※告白という言葉について、考え始めたハーレイ先生。最初は、ほんの軽い気持ちで。
考える内に気付いたことが、告白を一度もしていないこと。告白は、いつかブルー君に…v
(肉のパイになるって話が、あったっけね…)
ぼくとハーレイ、と小さなブルーが思い出したこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
前に前世の話をした時、「ウサギだったかも」という話題になった。
ハーレイは茶色の毛皮のウサギで、自分は白い毛皮のウサギ。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイになるよりも前は、そういう姿。
人間が地球しか知らなかった時代の、自然が豊かなイギリスで。
広い野原を駆け回って過ごして、それは幸せなウサギのカップル。
もちろん、二人ともオスなのだけれど。
(ウサギなのに二人って、おかしいけれど…)
だけど二人、と大きく頷く。
たとえウサギに生まれていたって、ハーレイは、ちゃんとハーレイだから。
自分も「ブルー」で、自覚はあったと思うから。
(名前は違っていたかもだけど…)
どうなのかな、と傾げた首。
前の生でも、今の生でも、ハーレイの名前は、同じ「ハーレイ」。
自分も同じに「ブルー」なのだし、ウサギだった頃もそうかもしれない。
母親ウサギから生まれて来た時、「ブルー」と名前を付けられて。
白い毛皮で赤い瞳だけれども、何故だか「ブルー」という名前。
(……ブルー・ブラッド?)
確か、そういう言葉があるよね、と微かな記憶が引っ掛かった。
前の自分が覚えていたのか、今の自分が耳にしたのか。
(貴族の血が、確かブルー・ブラッド…)
高貴な身分の人が引く血を、ブルー・ブラッドと呼ぶらしい。
だから貴族が住む土地だったら、父親ウサギか、母親ウサギが…。
(うんと立派なウサギにおなり、って…)
願いをこめて、「ブルー」と名付けることはありそう。
何処にも青い部分は無くても、ブルー・ブラッドの「ブルー」から。
有り得るよね、と思う、ウサギだった前世の「ブルー」の名前。
ハーレイの方は、さほど変わった名でもないから、ありがちだろう。
(ぼくはブルーで、ハーレイはハーレイ…)
今と変わらない名前で出会って、そうして、すぐに仲良くなる。
普通はオスのウサギ同士なら、たちまち喧嘩になる所を。
縄張り争いで互いに激しく後足で蹴って、毛の塊まで飛び散る代わりに。
(だって、ハーレイと、ぼくだもんね?)
運命の出会いなんだもの、とイギリスの野原に思いを馳せる。
時代も場所も違っていたって、ハーレイとならば仲良くなれることだろう。
お互い、運命の相手なのだと、顔を見るなりピンと来て。
オス同士でも、一瞬の内に恋をして。
(ハーレイに会ったら、同じ巣穴で暮らすんだよ)
それまで暮らした巣穴なんかは、捨ててしまって。
ハーレイが住んでいた巣穴に移るか、新しく掘って貰えるのか。
(新しいのだと、掘るのに時間がかかるから…)
暫くは狭い巣穴で我慢で、ギュウギュウ詰めかもしれないけれど…。
(狭くても、幸せ…)
隣にギュウギュウ詰まっているのが、ハーレイならば。
茶色い毛皮の逞しい身体が、自分の隣にあるのなら。
(ハーレイが、頑張って巣穴を広げてくれて…)
ゆったり暮らせるようになっても、きっと自分はくっつくのだろう。
何かと言ったら、ハーレイの所へ跳ねて行って。
おまんじゅうが二つ並ぶみたいに、白と茶色のウサギが並んで。
(ぼくとハーレイなんだもの…)
それに、シャングリラとは違うもんね、と思うイギリスの野原での暮らし。
誰にも遠慮は要らないわけだし、いつでも一緒のウサギのカップル。
オス同士だろうが、気にもしないで。
何処へ行くにも、二人でピョンピョン跳ねて、走って。
(そうやって仲良く暮らしてたのに…)
お肉のパイにされちゃうんだよ、と思考が最初の所に戻る。
ハーレイと前世の話をした時、ウサギだった前世の締めくくりは「それ」。
遠い昔のイギリスだけに、其処には貴族が住んでいる。
さっき考えた「ブルー」の名前の、出どころになった「ブルー・ブラッド」が。
仕事なんかはしないで暮らせて、毎日、遊んでばかりの貴族。
(貴族は、狩りが大好きで…)
馬で出掛けるキツネ狩りやら、銃で仕留める銃猟やら。
そんな物騒な貴族の一人が、前の生でも馴染みの「キース」。
SD体制の頃とは違って、ちゃんと「生まれて来た」者として。
立派な貴族の血を引く息子で、もちろん、趣味の一つが狩り。
(何か獲物を撃ってやろう、って…)
銃を手にして野原に来た時、白い毛皮のウサギを見付ける。
ウサギは茶色いものだというのに、真っ白なのを。
それが野原を跳ねてゆくのを、あるいはチョコンと座っているのを。
(珍しい獲物を見付けたぞ、って銃を構えて…)
貴族のキースは狙いを定めて、銃の引き金を引くことだろう。
なにしろ狩りをしに出て来たわけだし、珍しい獲物は嬉しいもの。
けして逃がしてたまるものかと、パアンと撃って…。
(……ウサギのぼくは、それでおしまい……)
突然、目の前が真っ赤に染まって、終わる人生。
前の生でも、そうだったように。
ただし、あちらは、「それでは終わらなかった」けれども。
視界が赤く染まった後にも、前の自分は戦い続けた。
最後に残ったサイオンを全て、かき集めて。
わざと引き起こしたサイオン・バースト、それにキースを巻き込もうと。
災いをもたらす「地球の男」を、生かしておいてはならないから。
ミュウの未来を守るためには、メギドも「キース」も滅ぼさなければ、と。
けれども、仕留め損ねた「キース」。
地球の男はマツカに救われ、前の自分の視界から消えた。
なんとも悔しい限りだけれども、そうやって逃げて行ったキースは…。
(…最後は国家主席になって、SD体制を倒したんだし…)
結果的には、それで良かったと言えるだろう。
それを思えば、「逃げられた」ことも「悪くはなかった」。
前世の話のウサギの場合は、キースに撃たれて終わりだけれど。
自分に何が起こったのかさえ、全く分からないままで。
乾いた音が響いた直後に、世界が真っ赤に染め上げられて、暗転して。
(……ぼくの人生は、おしまいだけど……)
前の自分が戦ったように、ウサギのハーレイが立ち上がる。
茶色い毛皮は目立たないから、隠れていたなら安全なのに。
キースは気付かず帰ってゆくのに、ハーレイはそうせず、駆け出してゆく。
「ブルーを撃った憎い男」に、復讐をしに。
ウサギの強い後足で蹴って、「痛い!」と悲鳴を上げさせるために。
(……そんなことをしたら、ハーレイだって……)
間違いなく撃たれてしまうだろうし、第一、キースを蹴るよりも前に…。
(キースが素早く銃を構えて、もう一発…)
ぶっ放したなら、ウサギのハーレイの命も終わる。
パアンと銃が火を噴いて。
茶色い毛皮のウサギの身体が、コロンと地面に転がって。
(……今日はウサギが二匹も獲れた、って……)
貴族のキースは大満足で、ウサギを従者に持たせるのだろう。
「今日はウサギのパイが食えるな」と、白いウサギと、茶色いウサギを。
館に着いたら厨房の者に、二匹のウサギを料理するよう命じておけ、と偉そうに。
貴族の男は、自分で厨房に行きはしないし、命令だけ。
それも従者の者に任せて、自分はパイを食べるだけ。
夕食のテーブルに出て来た、それを。
「今日も楽しく狩りが出来た」と、ホカホカと湯気を立てているのを。
(……お肉のパイになっちゃうんだけど……)
ウサギのぼくも、ハーレイも…、と思うけれども、二人とも、同じパイの中。
給仕が切り分け、キースが食べたら、二人一緒に天国に行ける。
白いウサギと茶色のウサギで、元気にピョンピョン飛び跳ねながら。
どっちが先に辿り着くかと、天国に続く野原の道を。
(……幸せだよね……)
ハーレイと一緒なんだもの、とウサギのカップルが目に浮かぶよう。
きっと二人とも満足していて、幸せ一杯。
肉のパイにはされたけれども、もう離れずにいられるから。
天国に行っても同じ巣穴で、うんと幸せに暮らせるから。
(…前のぼくより、ずっと幸せ……)
ハーレイが一緒なんだものね、と羨ましくなる。
前の自分は、メギドで独りきりだったから。
ハーレイの温もりさえも失くして、泣きじゃくりながら死んでいった自分。
それに比べて、なんて幸せな人生だろうか、ウサギのブルーとハーレイの方は。
同じキースに撃たれるにしても、ウサギのブルーは「失くさずに済む」。
出会った時からずっと一緒の、大切な人を。
心の底から愛し続けた、茶色い毛皮のハーレイを。
(……前のぼく、肉のパイだったなら……)
うんと幸せだったのにな、と思わないではいられない。
ソルジャー・ブルーはウサギではなくて、肉のパイにはならないけれど。
前のハーレイもウサギではないし、キースに挑みはしないけれども。
(……キースが憎い、って言うハーレイも……)
あの最期ならば、大満足なことだろう。
キースに一発、蹴りをお見舞い出来るから。
それが無理でも、「復讐を挑む」ことは出来たし、憎み続けずに済むのだから。
(……いいことずくめなんだけれどね……)
だけど、やっぱり今がいいかな、と零れた笑み。
ウサギの前世も良さそうだけれど、イギリスの野原で暮らすよりかは、今がいい。
ハーレイと二人で青い地球の上に生まれ変わって、生きている今が。
「前世は肉のパイだったかも」と、お茶を飲みながら話せる時間。
そういった日々を紡ぎ続けて、今度は結婚出来るから。
ウサギのカップルがそうだったように、誰にも遠慮は要らない世界。
ハーレイと結婚式を挙げたら、同じ家で暮らしてゆけるから。
何処へ行くにも二人一緒で、青い地球で生きてゆけるのだから…。
肉のパイだったなら・了
※ブルー君が考えてみた、ウサギの前世。肉のパイになる最期でも、幸せだっただろうと。
元ネタは第323弾の『前世と肉のパイ』です。もちろん、今の方が幸せなんですけどねv
(……肉のパイなあ……)
そういえば、そういう話をしたな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(パイと言ったら、この辺りじゃ、普通は菓子なんだが…)
肉のパイがある地域だって、と他の地域を頭に描く。
人間が地球しか知らなかった頃には、イギリスと呼ばれていた島国。
今もイギリスがあった辺りは、同じ名前を名乗っている。
遠い昔の、イギリスの文化を復興させて。
料理なども色々、イギリスのものを引っ張って来て。
(つまりは、肉のパイだって…)
昔のように食べているだろう。
それが生まれた頃とは違って、狩猟を愛する文化は無くても。
キツネ狩りや銃を使った猟に興じる、貴族などはいない世界でも。
(…まあ、肉のパイは…)
貴族に限ったものじゃないしな、と思うイギリスのパイ。
銃で沢山の鳥やウサギを獲った貴族も、もちろん食べていたけれど…。
(余るほど獲れない庶民だって、だ…)
たまの御馳走には肉のパイ。
飼っていた豚を潰した時とか、思いがけなくウサギが獲れた時とか。
(レタスを食い過ぎちまったウサギが…)
畑で眠りこけているのを、拾って帰る絵本がある。
今も人気の『ピーターラビット』、ウサギが主人公になっている話。
肉のパイにされそうになった、子ウサギのピーター。
彼は命を拾ったけれども、父のウサギは、ずっと昔に事故で命を落とした。
「マクレガーさんの畑」で、捕まって。
マクレガーの奥さんに、肉のパイにされてしまって。
イギリスでは馴染みの肉のパイ。
『ゲームパイ』という名前のパイがあるくらいに。
ゲームはいわゆるゲームの意味で、けれど、普通のゲームではない。
庶民はともかく、貴族社会で「ゲーム」と言ったら、狩猟のこと。
(ハントはキツネ狩りを指してて、銃猟はゲーム…)
狙う獲物が鳥であろうが、ウサギだろうが、銃を使った猟なら「ゲーム」。
それの獲物を使って作るのがゲームパイ。
(…あいつと話した、肉のパイなら……)
ゲームパイだな、と一人で頷く。
その話をした、ブルーは此処にはいないけれども。
今頃は自分の家のベッドで、とっくに眠っているかもしれない。
(物騒な話だったっけな…)
肉のパイはな、と思い出すのは、ブルーとの会話。
確か、前世が話題になった日。
二人で青い地球の上に生まれ変わったけれども、それよりも前はどうだったろう、と。
ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイに生まれるまでは。
人間が地球しか知らなかった頃も、二人は一緒だっただろうか、と。
(それで出て来たのが、ウサギだったんだ)
前世も人間とは限らないから、今のブルーが幼かった日に夢見たウサギ。
小さい頃には、「ウサギになりたい」と夢を描いていたらしいから。
将来の夢はウサギになること、そして元気に跳ね回ること。
(お父さんたちに飼って貰って…)
庭で暮らすつもりでいたというから、可愛らしい。
もしもブルーが本当にウサギになっていたなら、自分もウサギになったろう。
どうすれば人間がウサギになれるか、ブルーに方法を教わって。
茶色の毛皮のウサギになれたら、白いウサギのブルーと暮らす。
庭よりも、ずっと広い野原で。
二人でのびのび暮らせるようにと、立派な巣穴を頑張って掘って。
(あいつの将来の夢がウサギで…)
ついでに二人とも、今では干支がお揃いでウサギ。
二十四歳違うものだから、そっくり同じ干支になる。
だからウサギのカップルなわけで、「前世もウサギだったかも」という話になった。
どういうわけだか、銃猟がある昔のイギリスで。
貴族のお坊ちゃまのキースが、「ゲーム」のために銃を持ち出す世界で。
(茶色い毛皮の俺はともかく、白いブルーは…)
とても目立つし、銃を手にした貴族から見れば格好の獲物。
館には肉が余っていたって、狙いを定めて撃つことだろう。
そんな時代の貴族の猟は、文字通りに「ゲーム」で、お遊びだから。
とても食べ切れない量の獲物を、撃って遊んでいた時代。
(目の前で、ブルーが撃たれちまって…)
倒れて動かなくなってしまったら、きっと復讐に飛び出してゆく。
銃を構えたキースの前に。
ウサギの後足の蹴りは強いから、それをお見舞いするために。
(もちろんキースは、撃って来るだろうが…)
撃たれる前に一矢報いて、ささやかながらも、ブルーの仇を討ってやる。
次の瞬間、パンと音がして、自分も銃の餌食でも。
先に撃たれたブルーと一緒に、肉のパイになる運命でも。
(あいつと一緒に、肉のパイなら…)
少しも後悔なんかはしない、と今も思うし、ブルーにも言った。
パイになっても離れはしなくて、天国に昇ってゆく時も一緒。
それは幸せな一生だろうし、そういう前世もいいかもしれない、と。
ブルーと二人でウサギに生まれて、イギリスの野原を跳ね回って。
同じ巣穴で仲良く暮らして、キースに撃たれて、肉のパイになる。
こんがりと焼けた、美味しいパイに。
そうしてキースの食卓に乗って、食べられて、二人で天国にゆく。
どっちが先に辿り着くかと、競争で。
天国に続く雲の野原を、ピョンピョンと跳ねて走って行って。
(……悪くないよな……)
そんな前世も、とイギリスの野原に思いを馳せる。
前世の記憶は無いのだけれども、なんとも幸せそうな光景。
たとえ最後は肉のパイでも。
貴族のお坊ちゃまのキースに、銃で撃たれておしまいでも。
(……待てよ?)
俺は仇を討てたんだよな、と茶色いウサギの「自分」に気付いた。
ウサギのブルーを撃ったキースに、後足で蹴りを見舞ったなら。
それでキースは倒せなくても、渾身の一撃。
狩猟用の頑丈なブーツに阻まれ、「痛い」とさえも思われなくても。
キースは痛くも痒くもなくても、ウサギの自分は満足だろう。
ウサギなら充分に痛い必殺の技を、キースに炸裂させたのだから。
縄張り争いで使ったならば、どんなウサギも倒せる蹴りを。
(……キースの野郎は、まるで堪えていなくても……)
フフンと鼻の先で嗤って、持っていた銃を構え直して、撃ったとしても。
パンと乾いた音が聞こえて、目の前が真っ赤に染まったとしても…。
(…俺は確かに、キースの野郎に…)
ウサギなりの復讐を遂げたわけだし、大満足の最期なのだと思う。
「俺のブルーの仇は討った」と。
キースに一発お見舞い出来たと、頼もしい後足に感謝しながら。
(…蹴りを入れる前に、撃たれちまっても…)
復讐は果たせなかったとしても、やはり心に後悔は無い。
「ブルーの仇を討とう」と走って、キースに向かって行ったのだから。
憎いキースを蹴ってやろうと、力強い四肢で懸命に駆けて。
仇は討てずに倒されたって、ウサギの自分は努力した。
ウサギの身でも、出来る限りのことをしようと。
先に撃たれた大事なブルーを、そのままにしてたまるものかと。
キースの前に出て行ったならば、自分も確実に殺されるのに。
銃で撃たれて命を落として、肉のパイになる運命なのに。
(……肉のパイになっちまう、ウサギの方が……)
前の俺よりも幸せだぞ、と瞠った瞳。
ブルーの仇を討つのだから。
果たせず、あえなく撃たれたとしても、キースの前には出てゆける。
「俺のブルーを撃った野郎を、許しはしない」と。
武器は自分の後足だけでも、大したダメージを与えることは出来なくても。
(…それに比べて、前の俺ときたら…)
キースの野郎に一撃どころか…、と零れる溜息。
遥かな時を経た今になっても、自分の愚かさが悔やまれる。
前の自分が「まるで知らなかった」、ブルーの最期。
キースがメギドで何をしたのか、前の自分は知らないまま。
だからユグドラシルでキースと顔を合わせた時、丁重にお辞儀をしてしまった。
人類代表の国家主席に、それなりの礼を取らなければ、と。
自分はミュウの代表の一人で、シャングリラのキャプテンだったのだから。
(……本当だったら、あそこで一発……)
キースを殴るべきだったのに。
心から愛した前のブルーを、弄ぶように撃ったのがキース。
ウサギのブルーを撃つのだったら、弾は一発きりなのに。
前のブルーでも、一発で倒すことが出来たのだろうに、キースは何発も撃った。
そんな輩に礼を取ったとは、なんとも悔しい限りだけれど…。
(キースはいなくて、俺は仇を取れなくて…)
どうにもならんし、肉のパイになったウサギがいいな、と羨ましい。
そっちは仇を討てたのだから。
仇は討てずに撃ち殺されても、「ブルーの仇!」とキースを憎めたから。
おまけに最後はブルーと一緒に、仲良く肉のパイなのだし…。
(……肉のパイなら、うんと幸せなんだがなあ……)
今の暮らしも悪くはないが、とコーヒーのカップを傾ける。
青い地球での人生はもちろん最高だけれど、ウサギの前世も良さそうだから。
ただの想像に過ぎないけれども、ウサギの自分は幸せだから…。
肉のパイなら・了
※ハーレイ先生が羨ましくなった、ウサギのハーレイ。ブルーの仇を討てたから、と。
元ネタは聖痕シリーズ第323弾の『前世と肉のパイ』です、そちらもよろしくv
(赤ちゃんっていうのは……)
大人には見えないものが見えるらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、お風呂上がりに。
パジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
何故、突然に「赤ちゃん」と思い付いたのか。
その辺の所は、自分でもよく分からない。
(今日は赤ちゃん、出会ってないけど…)
学校の行き帰りに乗るバスの中でも、歩く道でも、赤ん坊連れは見かけていない。
けれどヒョッコリ頭に浮かんで、そちらに向く思考。
(…確かに見えているのかもね?)
そう見えることがあるんだもの、と小さいながらも経験は幾つも。
誰もいない方に笑顔を向ける子だとか、手を振る子とか。
きっとああいう赤ん坊には、「見えない何か」が見えているのだろう。
(……大人じゃなくても見えないんだけど……)
ぼくにはサッパリ、と苦笑する。
ハーレイには「チビ」と言われるけれども、そういう面では「大人だよね」と。
赤ん坊には見えているものが、まるで全く見えないのだから。
(だけどハーレイには、言うだけ無駄で…)
相手にしてなど貰えないことは、尋ねる前から分かっている。
「ぼく、大人だと思うんだけど」と言おうものなら、フフンと鼻で笑われて。
「今度は、どんな悪事を思い付いたんだ?」と鳶色の瞳で覗き込まれて。
どう頑張っても、チビには間違いないのだから。
赤ん坊ではないというだけで、十四歳にしかならない子供。
ハーレイからすれば立派に子供で、取り合うだけの価値さえも無い。
「大人なんだよ」と言い張ってみても。
根拠はこれだと頑張ってみても、「そりゃ良かったな」と流されるだけ。
「赤ん坊から見れば、大人だろうさ」と。
「それを言うなら、幼稚園児だって大人だよなあ?」などと。
(……うーん……)
分からず屋のことは放っておこう、と赤ん坊の方に頭を切り替えた。
言葉も話せない赤ん坊の目には、どんな世界が見えるのだろう。
大人には見えないものたちで満ちて、キラキラと輝いているのだろうか。
(風の精とか、お花の妖精だとか…)
そういった者たちが飛び交う世界で、赤ん坊の興味を惹くものが一杯。
大人の目には「風が吹き抜けただけ」でも、風の精が踊りながら駆けてゆくとか。
あるいは風の精霊の王が、お供を従えて行列だとか。
(…素敵だよね…)
自分が赤ん坊だった頃には、きっと彼らが見えたのだろう。
両親からは何も聞いていないし、自分でも覚えていないけれども。
精霊や妖精は本の中にいて、挿絵に描かれるだけだけれども。
(……そうなってくると……)
もしかしたら、と思い出した、さっきの分からず屋のこと。
「放っておこう」と頭の中から追い出したけれど、二十四歳も年上の恋人。
前の生から愛したハーレイ、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ぼく、ハーレイとは、赤ちゃんの時に…)
会っていたかもしれないんだっけ、とハーレイから前に聞いた話が頭に蘇る。
チビの自分が生まれた病院、そこを退院して、初めて外の世界に出た日。
四月の初めだったけれども、寒の戻りで季節外れの白い雪が舞っていたという。
赤ん坊の自分が寒くないよう、母がストールで包んでくれた。
そして同じ日、ハーレイは同じ病院の前で、退院してゆく赤ん坊を見た。
暖かそうなストールにくるまれ、母親の腕に抱かれた赤ん坊を。
(それって、きっとぼくだったんだよ)
そうに違いない、と二人揃って結論付けた。
もっとも、証拠は無いのだけれど。
ハーレイはストールの色を全く覚えていなくて、赤ん坊の顔も見ていない。
もしも見たなら、忘れたりする筈がないから。
赤ん坊の目が開いていたなら、その目は鮮やかな赤なのだから。
そうして「出会えなかった」あの日に、赤ん坊の自分は「見た」かもしれない。
ジョギング中だった、とても大切な人を。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人を。
(…赤ちゃんには、いろんなものが見えるんだとしたら…)
空から舞い降りてくる雪の妖精、それが耳元に囁いたろうか。
「あっちを御覧」と、ハーレイの方を指し示して。
雪の中を元気に走っている人、その人が「今のハーレイ」なのだと。
(そうだったかも…)
赤ん坊の自分は、懸命にそちらを見たかもしれない。
ストールが邪魔をして、よく見えなくても。
「あれがハーレイだ」と分かった時には、後ろ姿になっていたって。
(……きっと、とっても嬉しかったよね……)
ハーレイには声も掛けて貰えず、気付かれもせずに終わっても。
ただタッタッと駆けてゆくだけの、若き青年だったとしても。
(ちゃんとハーレイもいるんだよ、って…)
安心して眠りに就いたのだろうか、赤ん坊だった幼い自分は。
ハーレイも同じ世界にいるなら、いつかは必ず会えるのだから。
(…それとも、雪の妖精じゃなくて…)
もっと他のもの、違う誰かが「ハーレイ」を教えに来てくれたろうか。
かつて生命を持っていた者、いわゆる幽霊、あるいは魂。
遠く遥かな時の彼方で、白い箱舟にいた仲間たち。
彼らの内の誰かが出て来て、「ハーレイだよ」と指差して。
なにしろ宇宙はとても広くて、船の仲間たちが「いつも必ず」生きているとは限らない。
生まれ変わりを待つ途中だったら、暇だろうから。
雲の上から下界を見下ろし、ハーレイにも、「赤ん坊のブルー」にも気付いて。
「今は、ああいう人生なのか」と見守っていて。
(……ひょっとして、ゼル?)
あるいはヒルマン、ブラウやエラ。
とても懐かしい昔馴染みが、病院の表に立っていたろうか。
ストールにくるまれた赤ん坊を囲んで、「じきにハーレイが走って来るよ」と。
あちらの方からやって来るのだと、服の色まで教えてくれて。
(…「感動的な再会だねえ」って…)
ブラウあたりは言いそうだけれど、赤ん坊の自分は、きっと複雑。
ハーレイに会えるのは嬉しくっても、その「ハーレイ」のことが問題。
(…ブラウも、ゼルやヒルマンも…)
もちろんエラも全く知らない、前の自分の恋物語。
白いシャングリラで「ソルジャー・ブルー」は恋をしていた。
恋のお相手は「キャプテン・ハーレイ」、どちらも船の頂点に立つ者。
だから誰にも明かすことなく、恋をしたことを隠し続けた。
その生涯を終えるまで。
前の自分がメギドで命を失った後も、ハーレイは秘密を抱いたまま。
恋人を失い、生ける屍のようになっても、それさえも伏せて。
航宙日誌にも何も書かずに、地球の地の底で命尽きるまで、たった一人で抱え続けて。
(……感動の再会には違いないけど……)
それはブラウやゼルたちが思う「感動」の形とは、まるで異なる。
彼らは「親友同士の再会」だと信じているのだから。
年こそ離れていたのだけれども、親友だった前の自分とハーレイ。
お互いに恋をするまでは。
互いを大切に思う気持ちが恋だと気付いて、それを確かめ合うまでは。
(誰も、なんにも知らないんだから…)
ゼルやブラウの魂が見えて、彼らが教えてくれたとしても…。
「ハーレイが来るよ」と言ってくれても、とても素直には喜べない。
胸はドキドキ高鳴っていても、「恋人だった」ことは秘密だから。
迂闊に反応を示したならば、何もかもバレてしまうのだから。
(……バレちゃったとしても……)
今ならば、何も困らない。
白いシャングリラは地球まで行ったし、あれから長い時が流れた。
人間は全てミュウになった世界、SD体制もとうに倒された後。
だからバレてもいいのだけれども、赤ん坊の自分はためらいそう。
なにしろ、赤ん坊だから。
いくら「大人には見えないもの」が見えても、「自分が誰か」を覚えていても。
ゼルたちが「ハーレイだよ」と教えてくれるのだったら、前の自分の記憶はある。
育つ間に忘れただけで、前の生の記憶をまだ持っていて。
(……ハーレイのことも忘れていなくて……)
会えると聞いたら、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しい。
生まれて間もない赤ん坊では、そんなことなど出来ないけれど。
せいぜい「キャッキャッ」と笑うだけでも、そうしたいほどに嬉しいだろう。
けれども、やっぱり明かせない「秘密」。
明かしても誰も困らなくても、自分自身が恥ずかしすぎて。
ゼルやブラウに周りを囲まれ、祝福されたらどうしよう、などと。
(…絶対、そうなっちゃうんだよ…)
恋人同士の再会なのだ、とバレたなら。
時の彼方では隠し続けた、恋人同士の大切な絆。
そのことさえも、今となっては「格好の話の種」でしかない。
ブラウたちが揃って賑やかに笑い、赤ん坊の自分の肩を叩いて、祝福をくれることだろう。
「長い間、ご苦労さんだったね」と。
「もう障害は何も無いから、今度は、うんと幸せになりな」と。
そう、雪の中をジョギングしているハーレイと。
今のハーレイの記憶が戻れば、恋人同士になれるから。
誰にも邪魔をされることのない、幸せな恋路。
それが二人を待っているから、「お幸せに」と、口々に言って。
(……言えないってば……!)
そんな恥ずかしいこと、と頬っぺたがカッと熱くなる。
鏡で見たなら、トマトみたいに真っ赤な顔に違いない。
赤ん坊の頃の自分は、きっと頬っぺたを染める代わりに…。
(……知らないよ、って……)
狸寝入りを決め込んだよね、と零れた笑み。
ゼルやブラウが周りにいたなら、「ぼくは眠い」と大嘘をついて。
もしもあの時、彼らの姿が見える赤ん坊だったなら。
大人には見えないものが見られて、ゼルたちも見えていたならば。
何故ならば、とても恥ずかしいから。
ハーレイと恋人同士だったことがバレたら、赤ん坊でも、本当に恥ずかしすぎるのだから…。
赤ん坊だったなら・了
※大人には見えないものが見えるというのが赤ん坊。ブルー君にも、赤ん坊だった時代が。
その頃にハーレイと会っていたなら、ゼルたちが教えてくれたのかも、というお話v
