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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(…俺の部屋も狭くなったもんだな)
 あの頃の俺の部屋に比べて…、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(……ガキの頃に使ってた部屋はともかく……)
 前の俺だ、と頭の中に描いた部屋は、白いシャングリラにあったもの。
 キャプテン・ハーレイのための私室で、相当に広いものだった。
(今の俺の家と比べた場合は、家が勝つんだが…)
 庭もあるから、家の方が遥かに広いけれども、部屋の広さでは敵わない。
 特に今いる書斎となったら、キャプテン・ハーレイが使った部屋の…。
(いつも航宙日誌を書いてた、あの机…)
 あれが置いてあった部屋にも負けちまうな、と苦笑する。
 お気に入りだった、木で出来た机。
 年を経るほどに味が出るから、暇のある時にせっせと磨いた。
 白い鯨が出来上がる前から、持っていた机。
 まだキャプテンの肩書きも無くて、厨房でフライパンを握っていた頃から。
(……その俺が、グンと偉くなっちまって……)
 いつの間にやらキャプテン・ハーレイ、船の頂点に立つ者の一人。
 だからシャングリラで持っていた部屋も、それに相応しく立派になった。
(キャプテンの部屋には、部下を呼んだりするからなあ…)
 来客用の家具も必要になるし、それを置くためのスペースも要る。
 自然と部屋は広く大きく、しかも複数の部屋を持つことになった。
 来客用の部屋にベッドがあっては、キャプテンの威厳を損ねるから、と。
 航宙日誌を書くための部屋も、来客用とは分けなくては、と。
(…お蔭で、とんだ広さの部屋に…)
 住んでいたのが前の俺だ、と可笑しくなる。
 大して偉いわけでもないのに、部屋だけは、やたら広かったと。
 自分の城を持つのだったら、今の書斎で充分なのに、と。


 今の書斎は、前の自分が暮らした部屋ほど広くはない。
 「狭くなった」と思うけれども、身の丈に合ったものだとも思う。
 前の自分が、もっと気楽な身分だったら、こういう部屋にしただろう。
 居住区にあった「普通の部屋」なら、専用スペースは、さほど広くはなかった。
(…基本の形はあったんだがな…)
 生活に欠かせないバスルームなどは、それぞれに決まっていた間取り。
 けれど、その他の部分だったら、個人の好みでどうとでも出来た。
 最低限の家具しか置かずに、のんびりと床に寝転べる部屋を作ってもいい。
 そうかと思えば、自分の好みの家具で揃えて、気の合う仲間を招いたりも。
(…家具と言っても、あの船ではなあ…)
 あまり贅沢を言えはしないし、せいぜい、色や雰囲気を揃える程度。
 それでも仲間たちは工夫を凝らして、「自分の部屋」を作り上げていた。
 前の自分も「ただのミュウ」だったならば、書斎を設けたことだろう。
 キャプテン・ハーレイの部屋がそうだったように、本棚を置いて。
 自分の好きな本を並べて、机も置いて。
(今の広さで充分なんだし…)
 きっと、いい部屋が出来ただろう。
 そこに入れば、寛げる部屋が。
 船の中での仕事を終えたら、コーヒー片手に本を読む部屋。
(…キャロブのコーヒーだったんだがな)
 本物じゃなくて代用品だ、と思い返した、白いシャングリラのコーヒー事情。
 コーヒーの木を育てられるだけの余裕は無くて、イナゴ豆の実で代用していた。
 その実だったら、コーヒーばかりか、チョコレートだって作れるから。
 子供たちの身体と健康のためにも、合成品より「その方がいい」と。
(たとえキャロブのコーヒーでもだ…)
 前の自分には充分だったし、ゆったりと飲んだことだろう。
 白い箱舟の中の、自分の城で。
 「今日も一日、よく働いた」と、自分自身を労いながら。


(…それだけのスペースがあれば、前の俺には充分で…)
 広い部屋なぞ要らなかったが…、と改めて書斎を見回してみる。
 「狭くなった」と思ったけれども、これよりもずっと広かったなら…。
(……何様なんだ、まったく……)
 昔の貴族じゃないんだから、と本で読んだ部屋を思い出した。
 遠い昔の地球で暮らした、高い身分の貴族たち。
 彼らは競って図書室を作り、自分の蔵書を披露したという。
 なにしろ貴族が持つ本なのだし、装丁からして凝っていたもの。
 革の表紙はもちろんのこと、見返しなどにも自分専用の紙を使ったりもして。
(そういった本をズラリと並べて、教養ってヤツを…)
 誇っていたのが、貴族という人種。
 書斎と言うより図書館のような、広すぎる部屋を作らせて。
 それらの蔵書を、本当に読破していたかどうか、謎なくらいに。
(…俺には、これで充分なのさ)
 読む本の量も、持つ量も、と満足の書斎。
 将来、もっと本が増えたら、また本棚を買えばいい。
 その分、狭くなるのだけれども、机が置ければ困らないから。
 本を読むには机と椅子だけ、それだけあったら何も要らない。
(……おっと、コーヒー……)
 こいつも欠かせん、とマグカップの端をカチンと弾く。
 香り高いコーヒーが入ったものを。
 キャロブで作った代用品とは、まるで違った地球のコーヒー。
 前の自分が生きた頃には、そんなコーヒーは何処にも無かった。
 地球そのものが、死に絶えた星のままだったから。
 コーヒーの木が育つどころか、乾燥した砂漠に覆われた地球。
 今は見事に蘇ったから、こうして地球のコーヒーを飲める。
 正真正銘、地球の大地で育った豆のコーヒーを。
 決して高い品物ではなく、食料品店で気軽に買い込めるものを。


(…まさに天国というヤツだってな)
 狭くなったが、俺の城だってちゃんとあるし、と嬉しくなる。
 キャプテン・ハーレイだった頃の部屋より、今の部屋の方がずっといい。
 狭い書斎でも自分の好みの本を並べて、地球のコーヒーまで飲める。
 前の自分の部屋にしたって、今から思えば、あそこまで…。
(広くなくても、良かったのにな?)
 だが、キャプテンだし、仕方なかったか…、と時の彼方に思いを馳せる。
 部屋が広かっただけではなくて、掃除の係までがいた。
 キャプテンは何かと多忙だからとか、理由をつけて。
 自分で掃除をしたっていいのに、当番の者がやって来て。
(…貴族ほどじゃないが、何様なんだ…)
 そんなに偉くはなかったんだが…、と考えた所で、ポンと頭に浮かんだ青の間。
 前のブルーが暮らしていた部屋、キャプテンの部屋より広かった場所。
(……うーむ……)
 あいつの家が丸ごと入るな、と今のブルーの家と比べた。
 庭まで一緒に突っ込んでみても、まだまだ余ることだろう。
 上にも下にも、横の方にも、余る空間。
 今のブルーの部屋だけだったら、前のブルーのベッドが置かれた所より…。
(うんと狭くて、小さいってな)
 けれども、それが今のブルーの大切なお城。
 前とは比較にならないサイズの、とても小さなベッドでも。
 本棚も、それにクローゼットも、前よりも、ずっと小さくても。
(あいつも、あの部屋で満足してて…)
 もっと大きい部屋が欲しいなどとは、思いもしないことだろう。
 今の自分が、そうだから。
 青の間よりも狭かったキャプテンの部屋さえ、「広すぎだった」と思うから。


(やっぱり人間、身の丈に合った暮らしが一番…)
 前の俺の部屋は贅沢すぎた、と肩を竦めて、それから前のブルーを思った。
 遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーが言っただろう。
 「この部屋は、ぼくには広すぎるよ」と。
 青の間が完成しない内から、折に触れては口にした苦情。
 「こんなに広い部屋は要らない」と。
 自分しか住まない部屋だというのに、どうして此処まで広いのかと。
(……あいつはソルジャーだったから……)
 キャプテン以上に、威厳を示さなくてはならない。
 ソルジャーとしての衣装はもちろん、暮らす部屋だって整えなければ。
 そうして生まれた部屋が青の間、やたらと広くて大きかった部屋。
 照明を暗くし、貯水槽まで備えた空間。
(…何度も、文句を聞かされたんだが…)
 今なら、あいつの気分が分かる、と見渡した書斎。
 自分の城にはこれで充分、さっきからそう思っていたから。
 前の自分の部屋でさえもが、「広すぎたんだ」と感じるのが今。
(……ということは、青の間だったら……)
 きっとブルーには、本当に「広すぎた」ことだろう。
 今のブルーが暮らしている家、それを入れても余るのだから。
 ブルーの部屋だけ入れるのだったら、ベッド周りのスペースだけで事足りるから。
(…前のあいつに、青の間を押し付けちまったのは…)
 前の俺だって犯人だった、と覚えているから、心の中で前のブルーに謝った。
 「とんでもない部屋を押し付けて、すまん」と。
 「もしも俺の部屋が青の間だったら、広すぎるなんてモンじゃない」と。
 もっとも、今の小さなブルーの前では、謝るつもりは無いけれど。
 謝ればきっと調子に乗るから、「お詫びにキスして」と言うだろうから…。

 

          青の間だったら・了


※キャプテンの部屋は広すぎだった、と考えたハーレイ先生。今の書斎で充分だ、と。
 けれども、もっと広かったのが、前のブルーが暮らした青の間。今となっては広すぎですv











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(今日はツイてなかったよね…)
 ハーレイに一度も会えなかったよ、と小さなブルーが零した溜息。
 そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わった、ハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今はブルーが通う学校の古典の教師で、学校に行けば会える人。
 古典の授業がある日だったら、もう間違いなく教室で。
 授業が無い日も、学校の廊下や、校内の何処かで。
(…その筈なんだけど…)
 今日は会えずに終わっちゃった、と悲しい気持ち。
 古典の授業が無かったから。
 おまけに運が悪かったらしく、学校の中でもすれ違いばかり。
(……他のクラスの授業はあったし……)
 ハーレイは学校に来ていた筈で、廊下もグラウンドも通っただろう。
 朝は柔道部の朝練もあるし、運のいい日は朝から会える。
 けれども今日は、それも会えず仕舞い。
 いつも通りに登校したのに、ハーレイの姿は見かけなかった。
 もっとも、朝の出会いの方は…。
(元々、滅多に無いんだけどね)
 よっぽど運がいい日じゃないと、と分かってはいる。
 だから、そちらは諦めるとしても、放課後までの学校での時間。
 けして短いものではないのに、どうして、今日は駄目だったろうか。
 廊下は何度も歩いたのに。
 階段だって上って下りたし、グラウンドの端も通って行った。
 なのに全く会えなかったから、授業が終わって帰る時には…。
(わざわざ、体育館の方まで…)
 遠回りをしていったというのに、ハーレイの姿は、やはり無かった。
 運のいい日は、柔道着のハーレイに会えるのに。
 体育館まで遠回りする前に、廊下の途中でバッタリだとか。


 運の神様に見放されたのか、会えずに終わってしまった恋人。
 姿も見られなかった所が、本当に、とても悲しい限り。
(…挨拶とかは出来なくっても…)
 チラと姿を見られるだけでも、うんと心が弾むもの。
 「ハーレイだ!」と、見慣れた姿が視界に入ってくるだけで。
 手を振っても気付いて貰えないほど、遠い所にいる時だって。
(でも、今日は、それも……)
 無かったんだよ、と肩を落として、運の無さを嘆く。
 自分の運が悪かったのか、ハーレイの運もまた、悪かったのか。
(…ハーレイ、どうしているのかな?)
 会えなかったことに気付いてくれただろうか、ハーレイは。
 生まれ変わって来たチビの恋人に、一度も会ってはいないことに。
(……うーん……)
 どうなんだろう、と自信が無い。
 自分はチビの子供だけれども、ハーレイの方は立派な大人。
 同じ学校に行くにしたって、まるで違うのが生活の中身。
(ぼくは学校で授業を受けて、休み時間は食事か、自由時間で…)
 うんとのんびりしているけれども、教師のハーレイは忙しい。
 授業に出掛ける教室にしても、学年も違えば、生徒も違う。
 その上、授業の準備をしたり、生徒の質問を受け付けたりも。
(宿題を出してたら、それを集めて…)
 採点だって必要なのだし、テキパキ進めねばならない全て。
 そういう中でも、廊下で教え子に出会ったならば…。
(ハーレイ先生、って呼び止められて…)
 気さくに話をしてゆくのだから、頭の中には生徒が一杯。
 チビの恋人の自分なんかは、すぐにはみ出してしまうくらいに。
 たとえ会えずに終わっていたって、気付くかどうかも分からない。
 そう、ハーレイは忙しいから。
 家に帰って寛ぐ時まで、頭は生徒で一杯だから。


(……気付いてないかも……)
 ぼくの顔を見ていないこと、と視線が自然と下向きになる。
 ハーレイは今頃、家でコーヒーを飲んでいるのだろうか。
 それなら、思い出しても貰えるだろう。
 「今日は、あいつに会ってないな」と、何かのはずみに。
 けれど、真っ直ぐ家には帰らず、教師仲間と食事に行っていたなら…。
(それっきりだよ…)
 今度はハーレイの頭の中は、教師仲間との話で一杯。
 食事が終わって家に帰っても、楽しかった食事の席でのことが頭を占める。
 どんな話題かは知らないけれども、大人同士の楽しい会話。
 そうなったらもう、チビの恋人なんかのことは…。
(……忘れてしまって、お風呂に入って……)
 明日に備えてベッドで眠って、それっきり。
 「会えなかったな」と思いもせずに。
 チビの恋人がどんな気分か、少しも考えたりせずに。
(……そっちなのかも……)
 今日は寄ってはくれなかったし、食事に行ったのかもしれない。
 だったら自分は忘れ去られて、明日まで思い出されもしない。
(……前のぼくなら……)
 こんなことなんか無かったのに、と遥かな時の彼方を思う。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃なら、決して忘れられなかったのに、と。
(…前のハーレイは、キャプテンだったし…)
 ソルジャーの存在を忘れて一日を送ることなど、とても出来ない。
 恋人同士になった頃には、とうにそういう関係だった。
 白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテン。
 一日に一度は顔を合わせて、ハーレイの報告を聞いていた。
 朝の食事も、ハーレイと一緒。
 顔を合わせない日などは有り得ず、忘れ去られることも無かった。
 どんなにハーレイが忙しくても。
 キャプテンの仕事が山ほどあっても、睡眠も満足に取れない日でも。


(……前のぼくの身体が、うんと弱って……)
 床に就く日が多くなっても、ハーレイは必ず来てくれた。
 ジョミーを迎えて、アルテメシアを後にしてからも。
 前の自分が深く眠って、目覚めなくなってしまった後も。
(…ハーレイ、前のぼくのために、子守歌まで…)
 歌ってくれていたのだという。
 今の自分が幼かった日、大好きだった『ゆりかごの歌』を。
 記憶が戻っていない頃から、前のハーレイの歌を恐らく、重ねて聴いて。
(キャプテンは、忙しかったのにね…)
 昏睡状態の前のソルジャーなどには、キャプテンが会う義務は無い。
 それでもハーレイは毎日通って、目覚めない恋人を想ってくれた。
 ただの一日も忘れることなく、通い続けて。
 ハーレイの声さえ聞こえてはいない、何の反応も返さない恋人の許へ。
(…それなのに、今のハーレイは…)
 ぼくのこと、忘れちゃうんだよ、と涙がポタリと膝の上に落ちた。
 「会えなかったことにさえ、気付かないんだ」と思ったら。
 教師仲間との楽しい食事とお喋り、それにすっかり気を取られて、と。
(……どうせ、今のぼくは……)
 チビの子供で、恋人だなんて言えやしない、と頬を伝う涙。
 ハーレイと食事に行けもしなくて、デートなんかは夢のまた夢。
 家を訪ねて来てはくれても、ハーレイはキスもしてくれない。
 「俺は子供にキスはしない」と、叱るばかりで。
 「お前は、まだまだ子供だからな」と、何かと言えば子供扱いで。
(…前と今とじゃ…)
 大違いだよ、と悲しくて悔しい。
 時の彼方の自分だったら、ハーレイに会えない日など無かった。
 深く眠ってしまっていてさえ、ハーレイの心を捉えた自分。
 瞼を開けることさえ、無くても。
 思念の一つも紡ぎはしなくて、ただ昏々と眠っていても。


 前の自分と比べてみたなら、なんと自分は惨めだろうか。
 恋人の心を掴むことさえ、満足に出来ていない今。
 恋敵が出て来たわけでもないのに、あっさりと忘れ去られてしまう。
 今のハーレイの「付き合い」だけで。
 仕事仲間の教師たちとの、楽しい食事の集まりだけで。
(……前のぼくなら、食事会の主催……)
 あまり好きではなかったけれども、ソルジャー主催の食事会。
 それの主役で、前のハーレイは必ず出席していた。
 ソルジャーの前だと、緊張してしまう仲間たちの心を、和ませるために。
 わざと失敗してみせたりして、「かしこまらなくてもいいのだ」と。
(でも、今のぼくじゃ…)
 ハーレイを食事に招きたくても、その前に、母に頼まなければ。
 「こういう料理を作ってくれる?」と、理由を述べて。
 前の生での思い出だとか、母が納得するものを。
(……招待するのも、パパとママに……)
 頼むしかないのが、今の自分を取り巻く現実。
 バースデー・パーティーをするにしたって、招くのはチビの自分でも…。
(…家はパパとママので、お料理はママが作ってくれるんだし…)
 ソルジャー・ブルーのようにはいかない。
 あの頃だったら、エラたちが全てを準備してくれて、「それでいいよ」と頷いただけ。
 それでも立派に食事会の主役で、ゆったりと構えていれば良かった。
 招かれた仲間が緊張したなら、ハーレイに「頼むよ」と思念を飛ばして。
 「キャプテンだって失敗するんだ」と、仲間たちがホッとするように。
(……お肉が宙を飛んで行ったり、ナイフやフォークを落っことしたり……)
 ハーレイは上手くやってくれたし、食事会の席は笑いで一杯。
 そんな具合に過ごしていたのに、今の自分は…。
(ハーレイ、ぼくのこと忘れてしまって、楽しく笑って…)
 この時間でも食事中かも、と辛くて悲しい。
 自分は此処で泣いているのに、ハーレイは楽しんでいるのかも、と。
 本当にすっかり忘れ去られて、明日まで忘れられたままかも、と。


(……前と今とじゃ……)
 違いすぎるよ、と涙が止まらないけれど、心を掠めていったこと。
 どうして辛くて泣いているのか、悲しくて涙が止まらないのか。
(…ハーレイが、ぼくのこと、忘れていそうで…)
 なんとも惨めで悲しいけれども、そのハーレイは「ちゃんと、いる」。
 メギドで最期を迎えた時には、「もう会えない」と思ったのに。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだのに。
 あの時の辛さと今を比べれば、忘れ去られていることくらい…。
(…なんでもないよね?)
 ハーレイは、ちゃんといるんだもの、と拭った涙。
 二人で地球までやって来たから、こういう日だって、たまにある。
 それを思えば、自分は、とても幸せだから。
 前の自分が夢に見た星に、ハーレイと生まれて来たのだから…。

 

           前と今とじゃ・了


※ハーレイ先生に会えなかった日、悲しくなったブルー君。「忘れられてるかも」と。
 けれど、ハーレイに「忘れられる」のは、二人で地球に来たからこそ。幸せですよねv











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(今日は顔さえ見られなかったな…)
 ツイてなかった、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 今日は無かった、ブルーのクラスでの古典の授業。
 だから行っていない、ブルーがいる教室。
 そういう日ならば珍しくないし、ツイていないというわけではない。
 授業で顔を合わせなくても、学校の中では会えるチャンスは、いくらでも。
 休み時間に廊下でバッタリ出くわすだとか、登下校の時に会うだとか。
 けれども、今日は、それさえ無かった。
 ブルーの姿は見かけないまま、終わってしまった「今日」という一日。
 銀色の髪はよく目立つから、何処かにいれば一目で分かる。
 なのに、月の光のような銀さえ…。
(見かけちゃいないと来たもんだ)
 まったくもってツイていない、と思うけれども、ブルーの方も同じだろう。
 もう眠ったかもしれないとはいえ、起きていたなら…。
(今日はハーレイに会えなかったよ、と…)
 膨れているのに違いないな、と膨れっ面が目に見えるよう。
 いつも「フグだ」とからかってやる、ブルーのプウッと膨れた頬っぺた。
 唇も尖らせて不満たらたら、そんな具合に違いない。
 この時間でも、起きているならば。
 今日の出来事を思い返して、「会えなかった」と思っているならば。
(それとも、しょげている方か…)
 どっちなんだか、と小さなブルーの心を思う。
 立派な大人の自分でさえも、「ツイてなかった」と思うのだから。
 たった一日、ブルーに会えずに終わっただけで。
 多分、明日には会えるだろうし、家に寄れるかもしれないのに。


(……まったく、本当にいい年をした大人がだな……)
 一日会えずに終わったくらいで何なんだ、と自分の額をコツンと小突く。
 小さなブルーの方はまだしも、いい年をした大人なのに、と。
 そうは思っても、やっぱり「ツイてなかった」ことは真実。
 よっぽど運が悪い日だったか、あるいは神様の悪戯なのか。
(……前の俺なら……)
 こんな日なんかは無かったんだが、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
 前のブルーと、シャングリラの中で生きていた頃。
 いつかは青い地球へと夢見て、船の中だけが全ての世界で。
(恋人同士だった時には、あいつは、とっくにソルジャーで…)
 前の自分はキャプテンだったし、顔を合わせない日など無かった。
 シャングリラも、とうに改造を終えて、白い鯨になっていた時代。
 前のブルーが暮らす青の間、其処を訪ねるのもキャプテンの大切な役目の一つ。
 夜は、一日の報告に。
 朝食の時間は、ブルーと食べながら、その日の色々な打ち合わせ。
(…いつも、あいつと朝飯で…)
 必ず顔を合わせていたから、一度も無かった「会えなかった日」。
 朝食の時間が取れないようなら、何処かで必要な「会いに行く時間」。
(…キャプテンは、どんなに多忙でも…)
 一日に一度は、ソルジャーに会って、話さなければならなかった。
 白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテンなのだから。
 二人の息が合わなかったら、シャングリラは危機に瀕するから。
(周りのヤツらも、そう思ってたし…)
 恋人同士だとは知らないままでも、ちゃんと時間を作ってくれた。
 「今の間に、ちょっと行って来な」と、ブラウが肩を叩くとか。
 「抜けていいぞ」と、ゼルが扉を指差すだとか。
 たとえ会議の最中でも。
 あるいは今後の航路を巡って、話をしているような時でも。


 そういう日々を過ごしていたから、会えない日などは無かった「ブルー」。
 「ツイていない」と感じたことなど、まるで無かった前の自分。
 今の自分は、何度も経験しているのに。
 「今日も、あいつに会えなかった」とガッカリした日は、少なくないのに。
(そう考えてみると、前の俺は、だ……)
 うんと恵まれていたんだよな、と前の自分が羨ましい。
 恋人に会えずに終わるような日は、一度も無かったのだから。
 一日に一度は必ず会えて、言葉を交わしていたのだから。
(……恋人同士の甘い時間とは、いかなくてもだ……)
 前のブルーの顔を見られて、声だって聞けた。
 ついでに言うなら、前のブルーは…。
(今のあいつとは全く違って…)
 最強のサイオンを誇っていたから、船の何処にでも思念を飛ばせた。
 お蔭で、顔を合わせなくても、様々な言葉が飛んで来た。
 「もう眠いから、先に寝るよ」といった調子で。
(…おまけに、出前の注文まで…)
 やっていたのが前のブルーで、ブリッジにいたら飛んで来た思念。
 「青の間に来る時、サンドイッチを持って来て」などと。
 それが来た時は、仕事の後に寄った厨房。
 「ソルジャーが夜食をご希望だから」と、クルーに頼んで作って貰った。
 注文の品のサンドイッチや、フルーツをカットしたものなどを。
 よく考えたらブルーはソルジャー、出前は頼み放題なのに。
 直接、厨房に連絡したなら、担当の者が、すぐに届けに行く筈なのに。
(それをしないで、俺に注文…)
 使い走りをさせてやがった、と思うけれども、あれもブルーの甘えの一つ。
 恋人同士だったからこそ、我儘なことを言っていた。
 皆の前では、決して誰にも甘えたりせずに。
 もちろん我儘も言いはしないで、白いシャングリラを守り続けて。


(…それに比べりゃ、今のブルーは我儘で…)
 甘え放題で自分勝手なガキってヤツだ、と苦笑する。
 今のブルーが前と同じに、サイオンを使いこなせていたら…。
(今度も確実に使い走りをさせられてるな)
 間違いないぞ、と大きく頷く。
 きっと食べたいものが出来たら、思念波を投げて寄越すのだろう。
 今の時代は「思念を飛ばす」のは、基本的にマナー違反なのに。
 きちんと「声で」話すのがルール、通信を入れるべきなのに。
(そうは言っても、子供なんだし…)
 通信機を使って「ハーレイ先生の家」に連絡、それがしょっちゅうだったなら…。
(いい加減にしなさい、と叱られるよな?)
 あいつの親に、と容易に想像がつく。
 だから代わりに思念を飛ばして、「あれを買って来てよ」と出前の注文。
 柔道部員たちによく出す、近所の店のクッキーだとか。
 あるいは前の生での記憶の欠片を、ふと運んで来る食べ物だとか。
(思い付いたら、俺に出前の注文で…)
 きっとうるさいに違いないんだ、と思い浮かべる小さなブルー。
 前のブルーとは似ても似つかない、甘えてばかりの我儘なチビ。
 そのくせに、一人前の恋人気取りで、何かと言ったらキスを欲しがる。
 前と同じに育つまでは駄目だ、と言ってあるのに。
 何度も叱って、頭をコツンとやったのに。
(前のあいつとは、大違いだな)
 いろんなトコが、と可笑しくなる。
 前のブルーは、けして、ませてはいなかった。
 「ぼくにキスして」と言わなかったとまでは、言わないけれど…。
(…そいつは、いい雰囲気になった時にだ…)
 ごくごく自然に出て来た言葉で、今のブルーのそれとは違う。
 チビのブルーがそれを言うのは、出前の注文と変わらないから。
 「あれを買って来て」と同じレベルで、欲しがっているだけだから。


(…まるで分かっちゃいないんだしな?)
 キスの重さも、大人の恋というヤツも…、と前のブルーと比べれば分かる。
 今のブルーが幼いことも、前とは違うということも。
 本物の両親に可愛がられて育ったブルーは、前のブルーとは違って当然。
 中身は同じ魂でも。
 前のブルーの記憶を引き継ぎ、様々なことを知ってはいても。
(……前と今では、違うんだよなあ……)
 毎日の暮らしだけじゃなくてな、と前と今との違いを思う。
 「ブルーに会えない日」が何度もあったり、ブルーがサイオンを使えなかったり。
 我儘放題なチビの子供で、甘えるのが当たり前だったり。
(……どっちがいいかと訊かれたら、だ……)
 判断に困っちまうんだよな、とコーヒーのカップを傾ける。
 前のブルーと今のブルーでは、どちらの方が好きなのか。
 どちらか一人を選ぶのだったら、自分は、どちらの手を取るのか。
(…とても選べやしないんだが…)
 取るべき手なら分かっているな、と小さなブルーの右手を頭の中に描いた。
 前の生の最後に、メギドで冷たく凍えてしまった、ブルーの右手。
 それを包んで温めてやれるのは、今の自分の両手だけ。
 だから自分は、チビのブルーの手を取るだろう。
 どちらかの手を取れと言われたら。
 前と今では違っていたって、ブルーは確かにブルーだから。
(本当を言えば、もう少し育ってくれてだな…)
 前のあいつと同じ姿がいいんだがな、と思うけれども、そこは辛抱すべきだろう。
 チビのブルーもいつかは育つし、その日を待っていればいい。
 甘え放題、我儘放題のままで、ブルーが大きくなったって。
 前のブルーからは全く想像できないくらいに、甘えん坊の弱虫になったって。
(……前と今では違うんだしな?)
 そいつが今の俺のブルーだ、と心はブルーの許へ飛ぶ。
 出来れば、明日は会いたいものだ、と。
 ブルーの家に寄れればいいなと、それが無理でも顔を見られる日だといいな、と…。

 

            前と今では・了


※ブルー君に会えなかった日の、ハーレイ先生。ツイてなかった、と比べてみた前の生。
 そして思った、どちらのブルーを選ぶのか。やっぱり今のブルーなのですv











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(地球なんだよね……)
 ぼくがいるのは、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前の生で自分が焦がれた地球。
 青く輝く母なる星。
 遠く遥かな時の彼方で、何度夢見たことだろう。
 その青い星に降りてゆく日を。
 人類に追われる身ではなくなり、青い海や緑の山をこの目で見ることを。
(……フィシスの地球しか、ぼくは見たこと無かったけれど……)
 それ以外には一つも無かった、地球の映像。
 だから余計に憧れたろうか。
 青い地球まで行かない限りは、海も山もじっくり見られないから。
 フィシスが抱く幻だけしか、地球を見せてはくれないから。
(…もちろん、それだけじゃなかったけれど…)
 地球への夢は、フィシスに出会うよりも前から心にあったもの。
 人類の聖地とされた星だし、機械が刷り込んだのかもしれない。
 地球に焦がれて「行きたくなる」よう、教え込んで。
 そうでもしないと、無条件での「地球への忠誠」を抱かせることは難しいから。
(…成人検査でも、人体実験でも消えないレベルで…)
 機械がそれをやったとしたなら、恐ろしいとしか言いようがない。
 けれども、地球への想いが無ければ、前の自分は、あのように強く生きられたろうか。
 ミュウを導き、「いつか地球へ」と願い続けて、三世紀以上もの長い歳月を。
 座標さえも掴めないままの星を目指して、宇宙を流離っていた頃を。
(……無理だよね?)
 とても無理だ、と分かっているから、機械が教えた感情でもいい。
 前の自分が夢見た星。
 全ての生命を其処で育み、ヒトを生み出した青い星への強い憧れは。


 そうやって焦がれ続けた地球。
 寿命が尽きると分かった後にも、とても諦め切れなかった。
 この肉眼で一目見られたら、と叶わぬ夢を抱き続けて。
 赤い星、ナスカで「死」を悟ってもなお、「見たかった」と涙したほどに。
(その星に、今、いるんだけれど…)
 おまけに地球の子なんだけどな、と眺めた窓。
 夜はカーテンを閉めているから、庭の景色も今は見えない。
 それでも、窓の向こうは地球。
 カーテンを開けるか、隙間から外を覗いたならば、きっと夜空が見えるだろう。
 地球の星座が幾つも散らばる、秋の夜空が。
 庭の向こうには、何処までも続く、地球の大地に建つ家などが。
(正真正銘、地球の子供で…)
 地球で生まれて育ったけれども、残念なことに、青い水の星は見たことが無い。
 前の生と同じに身体が弱くて、宇宙旅行に出掛ける機会が無かったから。
 「地球は青い」と知っていたって、未だ一度も見ていない姿。
(……うーん……)
 残念だよね、と思う気持ちは「贅沢な悩み」。
 前の自分が最後まで夢見た、憧れの地球の上にいるのに。
 「地球に着いたら…」と抱いていた夢、それの幾つかは叶ったのに。
(…今日の朝御飯だって…)
 母が焼いてくれたホットケーキは、前の自分の夢だった。
 地球で採れた本物のメープルシロップと、地球の草を食んで育った牛のミルクのバター。
 それをたっぷりと添えたホットケーキを、朝食に食べてみたかった自分。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃に。
 自給自足の白い箱舟で、ホットケーキを口にする度に。
 今の自分なら、毎朝だって出来ること。
 母に「焼いて」と頼みさえすれば。
 ホットケーキの他にも沢山、地球の食べ物を並べたテーブルで。


(…ハーレイに貰ったマーマレードも…)
 地球で育った夏ミカンだよね、と考える。
 隣町に住むハーレイの両親、その家の庭で豊かに実った夏ミカン。
 ハーレイの母が、その実で作るマーマレードも、青い地球の恵み。
 毎朝、食卓に置かれているから、すっかり見慣れてしまったけれど。
(…ミルクも地球のだし、パパが食べてるソーセージも、卵も…)
 何もかも全部、地球で出来た食べ物。
 前の自分が夢見た以上に、素敵な世界に生きている自分。
(地球の子に生まれちゃったから…)
 生まれながらに手にした特権、それは最高に素晴らしいもの。
 宇宙から地球を見ていないことを、残念がってはいけないだろう。
 もしも他の星に生まれていたなら、宇宙から地球を眺めるどころか…。
(今度もやっぱり、地球を目指して…)
 旅をすることになったと思う。
 前の自分の記憶が戻って、「青い地球がある」と知ったなら。
 白いシャングリラの頃には何処にも無かった、青い水の星があると知ったら。
(…ハーレイには、ちゃんと巡り会えてる筈だから…)
 いつか地球まで行ってみたくて、ハーレイに頼み込んだだろう。
 「今度こそ、二人で地球に行こうよ」と。
 地球からは遠く離れた星に生まれても、定期航路はある時代。
 ハーレイと二人で宇宙船に乗って、青い星まで旅をしようと。
 白いシャングリラで旅する代わりに、定期船で。
(……でも、やっぱり……)
 今の自分はチビなのだろうし、すぐに地球には行けそうもない。
 両親と一緒の旅ならともかく、ハーレイと旅に出るのは無理。
(…新婚旅行で行くしかないよね…)
 何年も待たされちゃうんだけどな、と容易に想像がつく。
 結婚できる年になるまで、地球は今度も夢の星のまま。
 何処にあるのか分かっていたって、定期船が地球まで飛んでいたって。


(……それって、辛い……)
 また何年も待つだなんて、と考えただけでも悲しい気分。
 いくらハーレイと巡り会えても、心には穴がぽっかりと空いているのだろう。
 青い水の星に行ける時まで、満たされないのに違いない。
 ハーレイが「土産だ」と、地球産のお菓子などを買って来てくれたって。
 父が「お前の欲しかった本だろ?」と、とても立派な地球の写真集をくれたって。
(…生まれた場所、地球じゃなかったら…)
 そうなったよね、と零れる溜息。
 幸いなことに、地球に生まれて、今も地球の上にいるけれど。
 宇宙から見る地球の姿は、肉眼では見ていないけれども。
(……どんなに、ハーレイのことが好きでも……)
 心の中には「青い地球」があって、新婚旅行で「地球に行く夢」が叶っても…。
(…帰りたくない、って思っちゃうんだよ…)
 楽しかった地球での旅が終わって、帰るために宙港に着いたなら。
 ハーレイと二人で暮らしてゆく家、それがある星に帰るのに。
(……ぼくの心は、地球に残ってしまいそう……)
 そしてハーレイと過ごしていたって、きっと心から地球は消えない。
 「また行きたいな」と夢を見ていたり、毎日が上の空だったり。
(……そうなっちゃうから、引越ししちゃう?)
 生まれた星が地球じゃなかったら、と広げる空想の翼。
 ハーレイに「行こうよ」と駄々をこねて。
 どうしても地球で暮らしたいから、青い水の星に引越ししよう、と。
(…ハーレイ、なんて言うのかな?)
 生まれた星を遠く離れて、地球に引越しするなんて。
 もちろん仕事は、また地球で探すことになる。
 ハーレイの腕なら、いくらでも見付かりそうだけれども。
 柔道と水泳の腕はプロ級、そんな古典の教師だから。
 学生時代は優秀な選手、きっと引っ張りだこだと思う。
 地球に転職するとなったら、引く手あまたで。


 そうして仕事が見付かったならば、家を探すのも簡単だろう。
 ハーレイが移る学校がある町、その中の何処か。
(…何処になるのかな?)
 この地域とは限らないよね、と傾げた首。
 地球生まれではない「今の自分」とハーレイの場合、こだわりは無さそう。
 何処の地域を指定されても、地球でさえあれば。
 「憧れの地球だ」と喜び勇んで、其処を目指して旅立つだろう。
 ただし、二人が生まれ育った星の上にも、心を残して。
 ハーレイの両親が暮らす家やら、今の自分が両親と暮らした家やらに。
(…地球に行けるのは、嬉しいけれど…)
 宙港まで見送りに来てくれるだろう、両親たち。
 彼らに「さよなら」と手を振る時には、涙が零れてしまうのだろうか。
 定期船で地球とは繋がっていても、間を宇宙が隔てるから。
 突然、会いたくなってしまっても、今までのようにはいかないから。
(……ぼくの心は、今度は、半分……)
 生まれ故郷の星に残って、地球から想うのかもしれない。
 「パパとママ、どうしているのかな?」と、夜空を見上げた時などに。
 何かのはずみに故郷と重ねて、「懐かしいな」と思った時に。
(…それも困るよ…)
 せっかく地球に引越ししたのに、と辛くなるから、今の暮らしがいいのだろう。
 青い水の星は、まだ肉眼では眺めたことが無いけれど。
 ハーレイと新婚旅行に行くまで、見られる機会は無いのだけれど。
(だけど、心を生まれた星に…)
 半分残して地球で暮らすよりかは、少しだけ我慢する方がいい。
 十八歳になれば、ハーレイと結婚できるから。
 新婚旅行で地球を眺めて、地球に帰って来られるから。
 二人で引越す必要は無くて、二人の生まれ故郷の地球に。
 青く輝く水の星の上に、前の自分が焦がれた星に。


(……生まれた星、地球じゃなかったら……)
 ホントに色々、困っちゃうよね、と改めて気付かされた今。
 今の自分は当たり前のように、地球の恵みを受けているけれど。
 地球で生まれて地球で育った子で、今のハーレイも同じだけれど。
(…神様って、ホントに、ちゃんと考えて…)
 生まれる場所を決めてくれたんだよね、と嬉しくなる。
 ハーレイと地球まで旅してゆくのも、引越すのも悪くはないけれど…。
(心を半分、生まれた星に残しちゃうのは…)
 きっとハーレイも同じだろうから、今の暮らしが断然、いい。
 わざわざ旅をしてゆかなくても、地球なら、いつも此処にあるから。
 青い姿を見られないだけで、青い海も、その広い大地も、全て周りにあるのだから…。

 

          地球じゃなかったら・了


※ハーレイと生まれ変わった星が青い地球とは違ったら…、と考えてみたブルー君。
 もちろん地球には行きたいのですが、引越ししたら辛いかも。地球生まれで良かったですねv











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(もう一度、地球に来ちまった……)
 しかも、あいつと…、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 今の自分が生まれ育って、住んでいる星。
 青く輝く、母なる地球。
(記憶が戻って来る前なら、当たり前だったんだがなあ…)
 自分が「地球にいる」ということ。
 生まれた星なら当たり前だし、何の不思議も無いのだけれど…。
(前の俺だと、地球というのは…)
 長い年月、前のブルーと共に目指した、座標さえ謎だった夢の星。
 宇宙の何処かに、きっとある筈の青い水の星。
 前のブルーが焦がれていたから、前の自分も夢を見ていた。
 いつかブルーと共に行こうと、幾つもの夢を。
(なのに、どれ一つ、叶わないままで…)
 前のブルーは逝ってしまって、ただ一人きりで残された。
 白いシャングリラを、地球まで運んでゆくために。
 ブルーが最後に遺した言葉を、果たさねばという悲壮な決意。
 そのためだけに心に鞭打ち、ひたすらに歩んだ地球への道。
(……やっとの思いで辿り着いたら……)
 其処には、青い星は無かった。
 有毒の海と砂漠化した大地、それらが広がる赤茶けた星があっただけ。
 「機械に繋がれた病人のようじゃ」と、ゼルが痛々しさを嘆いたほどに死に絶えた星。
 それが「前の自分」が訪れた地球で、夢などありはしなかった。
 共に夢見たブルーはいなくて、ブルーの夢まで砕けたから。
 「地球に着いたら…」と描いていた夢、それが悉く。
 青い海など何処にも無いなら、海を眺めに行く夢は終わり。
 緑の森が無いというなら、森にゆく夢も叶わないから。


 「地球は青くない」と知った時の驚愕、そして絶望。
 前の自分が受けた衝撃、それを今でも忘れてはいない。
 「こんな星のために」とゼルが言った通り、ブルーまで失くしたのだから。
 いくら寿命が尽きていたといっても、安らかではなかったブルーの最期。
(…あの頃の俺は、キースがブルーを撃ったというのは知らなかったが…)
 メギドで斃れたことは確かで、恐らくは爆死だっただろう、と考えていた。
 自分が起こしたメギドの爆発、それに巻き込まれて死んだのだ、と。
 美しかった赤い瞳も、何もかも一瞬で燃えてしまって。
(……あいつの命まで差し出したのに……)
 青い水の星など、何処にも無かった。
 せめて青い星が浮かんでいたなら、救われたろうに。
 心の中でブルーに、こう語り掛けて。
 「見えますか、あれが地球ですよ」と。
 其処で全ての務めを終えたら、直ぐにブルーの許へゆくから、と。
(…そうするどころか、打ちのめされたままで…)
 廃墟が広がる地球に降り立ち、ブルーの仇のキースに挨拶してしまった。
 ブルーの最期を知らなかったから、殴りもせずに。
(今、思い出しても、腹が立つんだ…!)
 あの時の俺の馬鹿さ加減に…、とコーヒーを一口、飲み下す。
 「そういや、キースもコーヒー党だ」と、苦い思いに包まれながら。
(…でもって、あいつも、今じゃ英雄…)
 地球を救った英雄なんだ、と腹立たしいけれど、どうにもならない。
 キースが最後に下した決断、それはミュウとの共存だったから。
 その上、ジョミーと共に戦い、グランド・マザーを破壊したから。
(…前の俺は、そいつの巻き添えになって…)
 崩れゆく地球の地の底深くで、カナリヤの子たちを救って死んだ。
 幼い子たちに罪は無いから、白いシャングリラに送り届けて。
 これで務めは全て果たしたと、前のブルーの所へゆこうと。


(そうやって死んで、次に気付いたら…)
 もう一度、地球の上に来ていた。
 死に絶えた後に赤く燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
 青く輝く水の星の上に、今のブルーと二人でいた。
 十四歳にしかならないブルーとは、まだ一緒には暮らせないけれど。
 教師と教え子、そういった仲で、家を訪ねるのが精一杯。
(…それでも、夢だった地球に来られて…)
 前の俺にとっては二度目の地球だ、と「前の地球」との違いを思う。
(月とスッポンどころじゃないぞ)
 本当に似ても似つかないんだ、と赤茶けた星の記憶を手繰る。
 あれが今の地球の前の姿だとは、自分でも信じられないくらい。
 この目でしっかり見て来たからこそ、「現実だった」と分かるけれども。
(……いやはや、とんでもない星だった)
 それに比べて今は天国、と書斎の中をぐるりと見渡す。
 この部屋に窓は一つも無いから、外の景色は見られない。
 とはいえ、家の外へと出たなら、まずは緑の庭がある。
 その向こうには隣家の庭やら、もっと離れた所まで行けば、ブルーの家やら。
 何処にも豊かな緑が溢れて、公園どころか、自然の野原や山も広がる。
(…前のあいつの夢ってヤツだ…)
 こういう地球で暮らすのがな、と前のブルーの夢を数える。
 今のブルーと既に叶えた夢もあるけれど、これから叶えてゆくものも多い。
 二人で暮らし始める時まで、叶えられないものもあるから。
 こうして地球で暮らしていたって、日帰り出来ない場所だって。
(あいつと婚約したならば…)
 夢の幾つかは、結婚前に叶えられるだろう。
 自分が、愛車を出したなら。
 前の自分のマントと同じ色合いの、濃い緑色の車でドライブ。
 助手席に今のブルーを座らせ、前のブルーの夢を叶えに。


 前のブルーが描き続けた、幾つもの夢。
 寿命が尽きると悟った後には、語らなくなっていたけれど…。
(あいつが忘れるわけがないんだ)
 生まれ変わった今のブルーは忘れていても、切っ掛けがあれば思い出す。
 その瞬間に、何度立ち会ったことか。
 だから叶える夢は山ほど、せっかく地球に来たのだから。
 ブルーと二人で地球に生まれて、青い水の星で暮らしてゆくのだから。
(…俺だって、地球は二度目とはいえ、青い星に来たのは初めてだしな?)
 神様も粋なことをなさる、と感謝していて、気が付いた。
 地球に生まれて来たのだけれども、「違う星だったかもしれない」と。
 ブルーと二人で生まれ変わって来ても、地球とは違った別の星。
(……神様が、そうなさるとは思えんが……)
 可能性としてはゼロではないな、と顎に当てた手。
 もしかしたら今度も、「地球を目指す旅」が待っていたのかも、と。
(アルテメシアとか、ジルベスター星系だとか…)
 前の生にゆかりの場所に生まれて、其処から地球を目指して旅立つ。
 もちろん平和な今の時代に、青く輝く夢の星を見に。
 前のブルーの夢を叶えに、宇宙船に乗って。
(……そうなってくると……)
 ブルーが大きく育つ時まで、叶えられる夢は無いかもしれない。
 いくら記憶が戻っていたって、肝心の地球が遠いから。
 「青い地球」があると分かっていたって、其処へ行けないのでは、どうにもならない。
 写真や映像などを眺めて、前と同じに憧れるだけ。
 いつかは夢の星へ行こうと、ブルーと二人で。
 手の届かない夢を数えて、叶う日を待って。
 二人して地球に生まれていたなら、簡単に叶えられることでも。
 今の自分たちがとうに叶えて、すっかり満足している夢も。


(……うーむ……)
 そいつは少々、厄介だぞ、と想像してみる「別の星」での生活。
 二人で地球への旅に出るまでに、叶えられる夢はあるのだろうか。
 前のブルーが夢に描いて、今のブルーが叶えた夢は…。
(簡単なトコだと、ホットケーキの朝飯だよな?)
 地球の草を食んで育った牛のミルクのバターと、地球で採れた本物のメープルシロップ。
 それらをたっぷりと添えたホットケーキを、青い星の上で食べること。
 今のブルーには容易いことで、その気になれば、毎朝だって…。
(お母さんにホットケーキを焼いて貰って、食って…)
 飽きるくらいに食べられるけれど、他の星に生まれ変わっていたなら、事情は変わる。
 もちろん、地球産のバターやメープルシロップは、他の星でも手に入るけれど…。
(当たり前にあるとは限らないんだ)
 品切れなんかは普通のことで、次の入荷はいつになるやら。
 青い地球の上で暮らしていたなら、売り切れなど、まず、有り得ないのに。
 いつものメーカーの品が無くても、他のが並んでいるものなのに。
(…ホットケーキの朝飯だけでも、一苦労…)
 他の夢となると、もっと大変だよな、と仰ぐ天井。
 地球にいてさえ、日帰り出来ない場所が沢山あるのだから…。
(…季節を選ぶ夢となったら、一度の旅行じゃ…)
 絶対に回り切れないぞ、と妙な自信が湧いてくる。
 「何回、地球に来ればいいやら」と、「生きてる間に、回り切れるか?」と。
 きっとブルーも、夢を叶える旅の途中で気付くだろう。
 「これじゃ、全然、間に合わないよ」と、「ぼくの寿命が終わっちゃうかも」と。
 けれど、途中では終われない夢。
 今度こそブルーの夢を叶えて、青い地球を満喫させてやりたい。
 新しい人生で増えた夢まで、全部纏めて、夢の星の上で。
(……引っ越すかな……)
 青い地球へな、と「別の星に生まれた」時の暮らしに結論を出す。
 生まれた場所が地球でなければ、引っ越そうと。
 ブルーが焦がれた夢の星へと、前の生での二人と同じに、宇宙船で星の海を旅して…。

 

           地球でなければ・了


※青い地球に生まれ変わった、ハーレイ先生とブルー君。地球を満喫してますけれど…。
 もしも別の星に生まれていたなら、事情は変わって来るのです。引っ越すのが一番ですねv












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