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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(肉のパイになるって話が、あったっけね…)
 ぼくとハーレイ、と小さなブルーが思い出したこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前に前世の話をした時、「ウサギだったかも」という話題になった。
 ハーレイは茶色の毛皮のウサギで、自分は白い毛皮のウサギ。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイになるよりも前は、そういう姿。
 人間が地球しか知らなかった時代の、自然が豊かなイギリスで。
 広い野原を駆け回って過ごして、それは幸せなウサギのカップル。
 もちろん、二人ともオスなのだけれど。
(ウサギなのに二人って、おかしいけれど…)
 だけど二人、と大きく頷く。
 たとえウサギに生まれていたって、ハーレイは、ちゃんとハーレイだから。
 自分も「ブルー」で、自覚はあったと思うから。
(名前は違っていたかもだけど…)
 どうなのかな、と傾げた首。
 前の生でも、今の生でも、ハーレイの名前は、同じ「ハーレイ」。
 自分も同じに「ブルー」なのだし、ウサギだった頃もそうかもしれない。
 母親ウサギから生まれて来た時、「ブルー」と名前を付けられて。
 白い毛皮で赤い瞳だけれども、何故だか「ブルー」という名前。
(……ブルー・ブラッド?)
 確か、そういう言葉があるよね、と微かな記憶が引っ掛かった。
 前の自分が覚えていたのか、今の自分が耳にしたのか。
(貴族の血が、確かブルー・ブラッド…)
 高貴な身分の人が引く血を、ブルー・ブラッドと呼ぶらしい。
 だから貴族が住む土地だったら、父親ウサギか、母親ウサギが…。
(うんと立派なウサギにおなり、って…)
 願いをこめて、「ブルー」と名付けることはありそう。
 何処にも青い部分は無くても、ブルー・ブラッドの「ブルー」から。


 有り得るよね、と思う、ウサギだった前世の「ブルー」の名前。
 ハーレイの方は、さほど変わった名でもないから、ありがちだろう。
(ぼくはブルーで、ハーレイはハーレイ…)
 今と変わらない名前で出会って、そうして、すぐに仲良くなる。
 普通はオスのウサギ同士なら、たちまち喧嘩になる所を。
 縄張り争いで互いに激しく後足で蹴って、毛の塊まで飛び散る代わりに。
(だって、ハーレイと、ぼくだもんね?)
 運命の出会いなんだもの、とイギリスの野原に思いを馳せる。
 時代も場所も違っていたって、ハーレイとならば仲良くなれることだろう。
 お互い、運命の相手なのだと、顔を見るなりピンと来て。
 オス同士でも、一瞬の内に恋をして。
(ハーレイに会ったら、同じ巣穴で暮らすんだよ)
 それまで暮らした巣穴なんかは、捨ててしまって。
 ハーレイが住んでいた巣穴に移るか、新しく掘って貰えるのか。
(新しいのだと、掘るのに時間がかかるから…)
 暫くは狭い巣穴で我慢で、ギュウギュウ詰めかもしれないけれど…。
(狭くても、幸せ…)
 隣にギュウギュウ詰まっているのが、ハーレイならば。
 茶色い毛皮の逞しい身体が、自分の隣にあるのなら。
(ハーレイが、頑張って巣穴を広げてくれて…)
 ゆったり暮らせるようになっても、きっと自分はくっつくのだろう。
 何かと言ったら、ハーレイの所へ跳ねて行って。
 おまんじゅうが二つ並ぶみたいに、白と茶色のウサギが並んで。
(ぼくとハーレイなんだもの…)
 それに、シャングリラとは違うもんね、と思うイギリスの野原での暮らし。
 誰にも遠慮は要らないわけだし、いつでも一緒のウサギのカップル。
 オス同士だろうが、気にもしないで。
 何処へ行くにも、二人でピョンピョン跳ねて、走って。


(そうやって仲良く暮らしてたのに…)
 お肉のパイにされちゃうんだよ、と思考が最初の所に戻る。
 ハーレイと前世の話をした時、ウサギだった前世の締めくくりは「それ」。
 遠い昔のイギリスだけに、其処には貴族が住んでいる。
 さっき考えた「ブルー」の名前の、出どころになった「ブルー・ブラッド」が。
 仕事なんかはしないで暮らせて、毎日、遊んでばかりの貴族。
(貴族は、狩りが大好きで…)
 馬で出掛けるキツネ狩りやら、銃で仕留める銃猟やら。
 そんな物騒な貴族の一人が、前の生でも馴染みの「キース」。
 SD体制の頃とは違って、ちゃんと「生まれて来た」者として。
 立派な貴族の血を引く息子で、もちろん、趣味の一つが狩り。
(何か獲物を撃ってやろう、って…)
 銃を手にして野原に来た時、白い毛皮のウサギを見付ける。
 ウサギは茶色いものだというのに、真っ白なのを。
 それが野原を跳ねてゆくのを、あるいはチョコンと座っているのを。
(珍しい獲物を見付けたぞ、って銃を構えて…)
 貴族のキースは狙いを定めて、銃の引き金を引くことだろう。
 なにしろ狩りをしに出て来たわけだし、珍しい獲物は嬉しいもの。
 けして逃がしてたまるものかと、パアンと撃って…。
(……ウサギのぼくは、それでおしまい……)
 突然、目の前が真っ赤に染まって、終わる人生。
 前の生でも、そうだったように。
 ただし、あちらは、「それでは終わらなかった」けれども。
 視界が赤く染まった後にも、前の自分は戦い続けた。
 最後に残ったサイオンを全て、かき集めて。
 わざと引き起こしたサイオン・バースト、それにキースを巻き込もうと。
 災いをもたらす「地球の男」を、生かしておいてはならないから。
 ミュウの未来を守るためには、メギドも「キース」も滅ぼさなければ、と。


 けれども、仕留め損ねた「キース」。
 地球の男はマツカに救われ、前の自分の視界から消えた。
 なんとも悔しい限りだけれども、そうやって逃げて行ったキースは…。
(…最後は国家主席になって、SD体制を倒したんだし…)
 結果的には、それで良かったと言えるだろう。
 それを思えば、「逃げられた」ことも「悪くはなかった」。
 前世の話のウサギの場合は、キースに撃たれて終わりだけれど。
 自分に何が起こったのかさえ、全く分からないままで。
 乾いた音が響いた直後に、世界が真っ赤に染め上げられて、暗転して。
(……ぼくの人生は、おしまいだけど……)
 前の自分が戦ったように、ウサギのハーレイが立ち上がる。
 茶色い毛皮は目立たないから、隠れていたなら安全なのに。
 キースは気付かず帰ってゆくのに、ハーレイはそうせず、駆け出してゆく。
 「ブルーを撃った憎い男」に、復讐をしに。
 ウサギの強い後足で蹴って、「痛い!」と悲鳴を上げさせるために。
(……そんなことをしたら、ハーレイだって……)
 間違いなく撃たれてしまうだろうし、第一、キースを蹴るよりも前に…。
(キースが素早く銃を構えて、もう一発…)
 ぶっ放したなら、ウサギのハーレイの命も終わる。
 パアンと銃が火を噴いて。
 茶色い毛皮のウサギの身体が、コロンと地面に転がって。
(……今日はウサギが二匹も獲れた、って……)
 貴族のキースは大満足で、ウサギを従者に持たせるのだろう。
 「今日はウサギのパイが食えるな」と、白いウサギと、茶色いウサギを。
 館に着いたら厨房の者に、二匹のウサギを料理するよう命じておけ、と偉そうに。
 貴族の男は、自分で厨房に行きはしないし、命令だけ。
 それも従者の者に任せて、自分はパイを食べるだけ。
 夕食のテーブルに出て来た、それを。
 「今日も楽しく狩りが出来た」と、ホカホカと湯気を立てているのを。


(……お肉のパイになっちゃうんだけど……)
 ウサギのぼくも、ハーレイも…、と思うけれども、二人とも、同じパイの中。
 給仕が切り分け、キースが食べたら、二人一緒に天国に行ける。
 白いウサギと茶色のウサギで、元気にピョンピョン飛び跳ねながら。
 どっちが先に辿り着くかと、天国に続く野原の道を。
(……幸せだよね……)
 ハーレイと一緒なんだもの、とウサギのカップルが目に浮かぶよう。
 きっと二人とも満足していて、幸せ一杯。
 肉のパイにはされたけれども、もう離れずにいられるから。
 天国に行っても同じ巣穴で、うんと幸せに暮らせるから。
(…前のぼくより、ずっと幸せ……)
 ハーレイが一緒なんだものね、と羨ましくなる。
 前の自分は、メギドで独りきりだったから。
 ハーレイの温もりさえも失くして、泣きじゃくりながら死んでいった自分。
 それに比べて、なんて幸せな人生だろうか、ウサギのブルーとハーレイの方は。
 同じキースに撃たれるにしても、ウサギのブルーは「失くさずに済む」。
 出会った時からずっと一緒の、大切な人を。
 心の底から愛し続けた、茶色い毛皮のハーレイを。
(……前のぼく、肉のパイだったなら……)
 うんと幸せだったのにな、と思わないではいられない。
 ソルジャー・ブルーはウサギではなくて、肉のパイにはならないけれど。
 前のハーレイもウサギではないし、キースに挑みはしないけれども。
(……キースが憎い、って言うハーレイも……)
 あの最期ならば、大満足なことだろう。
 キースに一発、蹴りをお見舞い出来るから。
 それが無理でも、「復讐を挑む」ことは出来たし、憎み続けずに済むのだから。


(……いいことずくめなんだけれどね……)
 だけど、やっぱり今がいいかな、と零れた笑み。
 ウサギの前世も良さそうだけれど、イギリスの野原で暮らすよりかは、今がいい。
 ハーレイと二人で青い地球の上に生まれ変わって、生きている今が。
 「前世は肉のパイだったかも」と、お茶を飲みながら話せる時間。
 そういった日々を紡ぎ続けて、今度は結婚出来るから。
 ウサギのカップルがそうだったように、誰にも遠慮は要らない世界。
 ハーレイと結婚式を挙げたら、同じ家で暮らしてゆけるから。
 何処へ行くにも二人一緒で、青い地球で生きてゆけるのだから…。

 

          肉のパイだったなら・了


※ブルー君が考えてみた、ウサギの前世。肉のパイになる最期でも、幸せだっただろうと。
 元ネタは第323弾の『前世と肉のパイ』です。もちろん、今の方が幸せなんですけどねv











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(……肉のパイなあ……)
 そういえば、そういう話をしたな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(パイと言ったら、この辺りじゃ、普通は菓子なんだが…)
 肉のパイがある地域だって、と他の地域を頭に描く。
 人間が地球しか知らなかった頃には、イギリスと呼ばれていた島国。
 今もイギリスがあった辺りは、同じ名前を名乗っている。
 遠い昔の、イギリスの文化を復興させて。
 料理なども色々、イギリスのものを引っ張って来て。
(つまりは、肉のパイだって…)
 昔のように食べているだろう。
 それが生まれた頃とは違って、狩猟を愛する文化は無くても。
 キツネ狩りや銃を使った猟に興じる、貴族などはいない世界でも。
(…まあ、肉のパイは…)
 貴族に限ったものじゃないしな、と思うイギリスのパイ。
 銃で沢山の鳥やウサギを獲った貴族も、もちろん食べていたけれど…。
(余るほど獲れない庶民だって、だ…)
 たまの御馳走には肉のパイ。
 飼っていた豚を潰した時とか、思いがけなくウサギが獲れた時とか。
(レタスを食い過ぎちまったウサギが…)
 畑で眠りこけているのを、拾って帰る絵本がある。
 今も人気の『ピーターラビット』、ウサギが主人公になっている話。
 肉のパイにされそうになった、子ウサギのピーター。
 彼は命を拾ったけれども、父のウサギは、ずっと昔に事故で命を落とした。
 「マクレガーさんの畑」で、捕まって。
 マクレガーの奥さんに、肉のパイにされてしまって。


 イギリスでは馴染みの肉のパイ。
 『ゲームパイ』という名前のパイがあるくらいに。
 ゲームはいわゆるゲームの意味で、けれど、普通のゲームではない。
 庶民はともかく、貴族社会で「ゲーム」と言ったら、狩猟のこと。
(ハントはキツネ狩りを指してて、銃猟はゲーム…)
 狙う獲物が鳥であろうが、ウサギだろうが、銃を使った猟なら「ゲーム」。
 それの獲物を使って作るのがゲームパイ。
(…あいつと話した、肉のパイなら……)
 ゲームパイだな、と一人で頷く。
 その話をした、ブルーは此処にはいないけれども。
 今頃は自分の家のベッドで、とっくに眠っているかもしれない。
(物騒な話だったっけな…)
 肉のパイはな、と思い出すのは、ブルーとの会話。
 確か、前世が話題になった日。
 二人で青い地球の上に生まれ変わったけれども、それよりも前はどうだったろう、と。
 ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイに生まれるまでは。
 人間が地球しか知らなかった頃も、二人は一緒だっただろうか、と。
(それで出て来たのが、ウサギだったんだ)
 前世も人間とは限らないから、今のブルーが幼かった日に夢見たウサギ。
 小さい頃には、「ウサギになりたい」と夢を描いていたらしいから。
 将来の夢はウサギになること、そして元気に跳ね回ること。
(お父さんたちに飼って貰って…)
 庭で暮らすつもりでいたというから、可愛らしい。
 もしもブルーが本当にウサギになっていたなら、自分もウサギになったろう。
 どうすれば人間がウサギになれるか、ブルーに方法を教わって。
 茶色の毛皮のウサギになれたら、白いウサギのブルーと暮らす。
 庭よりも、ずっと広い野原で。
 二人でのびのび暮らせるようにと、立派な巣穴を頑張って掘って。


(あいつの将来の夢がウサギで…)
 ついでに二人とも、今では干支がお揃いでウサギ。
 二十四歳違うものだから、そっくり同じ干支になる。
 だからウサギのカップルなわけで、「前世もウサギだったかも」という話になった。
 どういうわけだか、銃猟がある昔のイギリスで。
 貴族のお坊ちゃまのキースが、「ゲーム」のために銃を持ち出す世界で。
(茶色い毛皮の俺はともかく、白いブルーは…)
 とても目立つし、銃を手にした貴族から見れば格好の獲物。
 館には肉が余っていたって、狙いを定めて撃つことだろう。
 そんな時代の貴族の猟は、文字通りに「ゲーム」で、お遊びだから。
 とても食べ切れない量の獲物を、撃って遊んでいた時代。
(目の前で、ブルーが撃たれちまって…)
 倒れて動かなくなってしまったら、きっと復讐に飛び出してゆく。
 銃を構えたキースの前に。
 ウサギの後足の蹴りは強いから、それをお見舞いするために。
(もちろんキースは、撃って来るだろうが…)
 撃たれる前に一矢報いて、ささやかながらも、ブルーの仇を討ってやる。
 次の瞬間、パンと音がして、自分も銃の餌食でも。
 先に撃たれたブルーと一緒に、肉のパイになる運命でも。
(あいつと一緒に、肉のパイなら…)
 少しも後悔なんかはしない、と今も思うし、ブルーにも言った。
 パイになっても離れはしなくて、天国に昇ってゆく時も一緒。
 それは幸せな一生だろうし、そういう前世もいいかもしれない、と。
 ブルーと二人でウサギに生まれて、イギリスの野原を跳ね回って。
 同じ巣穴で仲良く暮らして、キースに撃たれて、肉のパイになる。
 こんがりと焼けた、美味しいパイに。
 そうしてキースの食卓に乗って、食べられて、二人で天国にゆく。
 どっちが先に辿り着くかと、競争で。
 天国に続く雲の野原を、ピョンピョンと跳ねて走って行って。


(……悪くないよな……)
 そんな前世も、とイギリスの野原に思いを馳せる。
 前世の記憶は無いのだけれども、なんとも幸せそうな光景。
 たとえ最後は肉のパイでも。
 貴族のお坊ちゃまのキースに、銃で撃たれておしまいでも。
(……待てよ?)
 俺は仇を討てたんだよな、と茶色いウサギの「自分」に気付いた。
 ウサギのブルーを撃ったキースに、後足で蹴りを見舞ったなら。
 それでキースは倒せなくても、渾身の一撃。
 狩猟用の頑丈なブーツに阻まれ、「痛い」とさえも思われなくても。
 キースは痛くも痒くもなくても、ウサギの自分は満足だろう。
 ウサギなら充分に痛い必殺の技を、キースに炸裂させたのだから。
 縄張り争いで使ったならば、どんなウサギも倒せる蹴りを。
(……キースの野郎は、まるで堪えていなくても……)
 フフンと鼻の先で嗤って、持っていた銃を構え直して、撃ったとしても。
 パンと乾いた音が聞こえて、目の前が真っ赤に染まったとしても…。
(…俺は確かに、キースの野郎に…)
 ウサギなりの復讐を遂げたわけだし、大満足の最期なのだと思う。
 「俺のブルーの仇は討った」と。
 キースに一発お見舞い出来たと、頼もしい後足に感謝しながら。
(…蹴りを入れる前に、撃たれちまっても…)
 復讐は果たせなかったとしても、やはり心に後悔は無い。
 「ブルーの仇を討とう」と走って、キースに向かって行ったのだから。
 憎いキースを蹴ってやろうと、力強い四肢で懸命に駆けて。
 仇は討てずに倒されたって、ウサギの自分は努力した。
 ウサギの身でも、出来る限りのことをしようと。
 先に撃たれた大事なブルーを、そのままにしてたまるものかと。
 キースの前に出て行ったならば、自分も確実に殺されるのに。
 銃で撃たれて命を落として、肉のパイになる運命なのに。


(……肉のパイになっちまう、ウサギの方が……)
 前の俺よりも幸せだぞ、と瞠った瞳。
 ブルーの仇を討つのだから。
 果たせず、あえなく撃たれたとしても、キースの前には出てゆける。
 「俺のブルーを撃った野郎を、許しはしない」と。
 武器は自分の後足だけでも、大したダメージを与えることは出来なくても。
(…それに比べて、前の俺ときたら…)
 キースの野郎に一撃どころか…、と零れる溜息。
 遥かな時を経た今になっても、自分の愚かさが悔やまれる。
 前の自分が「まるで知らなかった」、ブルーの最期。
 キースがメギドで何をしたのか、前の自分は知らないまま。
 だからユグドラシルでキースと顔を合わせた時、丁重にお辞儀をしてしまった。
 人類代表の国家主席に、それなりの礼を取らなければ、と。
 自分はミュウの代表の一人で、シャングリラのキャプテンだったのだから。
(……本当だったら、あそこで一発……)
 キースを殴るべきだったのに。
 心から愛した前のブルーを、弄ぶように撃ったのがキース。
 ウサギのブルーを撃つのだったら、弾は一発きりなのに。
 前のブルーでも、一発で倒すことが出来たのだろうに、キースは何発も撃った。
 そんな輩に礼を取ったとは、なんとも悔しい限りだけれど…。
(キースはいなくて、俺は仇を取れなくて…)
 どうにもならんし、肉のパイになったウサギがいいな、と羨ましい。
 そっちは仇を討てたのだから。
 仇は討てずに撃ち殺されても、「ブルーの仇!」とキースを憎めたから。
 おまけに最後はブルーと一緒に、仲良く肉のパイなのだし…。
(……肉のパイなら、うんと幸せなんだがなあ……)
 今の暮らしも悪くはないが、とコーヒーのカップを傾ける。
 青い地球での人生はもちろん最高だけれど、ウサギの前世も良さそうだから。
 ただの想像に過ぎないけれども、ウサギの自分は幸せだから…。

 

            肉のパイなら・了


※ハーレイ先生が羨ましくなった、ウサギのハーレイ。ブルーの仇を討てたから、と。
 元ネタは聖痕シリーズ第323弾の『前世と肉のパイ』です、そちらもよろしくv











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(赤ちゃんっていうのは……)
 大人には見えないものが見えるらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、お風呂上がりに。
 パジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 何故、突然に「赤ちゃん」と思い付いたのか。
 その辺の所は、自分でもよく分からない。
(今日は赤ちゃん、出会ってないけど…)
 学校の行き帰りに乗るバスの中でも、歩く道でも、赤ん坊連れは見かけていない。
 けれどヒョッコリ頭に浮かんで、そちらに向く思考。
(…確かに見えているのかもね?)
 そう見えることがあるんだもの、と小さいながらも経験は幾つも。
 誰もいない方に笑顔を向ける子だとか、手を振る子とか。
 きっとああいう赤ん坊には、「見えない何か」が見えているのだろう。
(……大人じゃなくても見えないんだけど……)
 ぼくにはサッパリ、と苦笑する。
 ハーレイには「チビ」と言われるけれども、そういう面では「大人だよね」と。
 赤ん坊には見えているものが、まるで全く見えないのだから。
(だけどハーレイには、言うだけ無駄で…)
 相手にしてなど貰えないことは、尋ねる前から分かっている。
 「ぼく、大人だと思うんだけど」と言おうものなら、フフンと鼻で笑われて。
 「今度は、どんな悪事を思い付いたんだ?」と鳶色の瞳で覗き込まれて。
 どう頑張っても、チビには間違いないのだから。
 赤ん坊ではないというだけで、十四歳にしかならない子供。
 ハーレイからすれば立派に子供で、取り合うだけの価値さえも無い。
 「大人なんだよ」と言い張ってみても。
 根拠はこれだと頑張ってみても、「そりゃ良かったな」と流されるだけ。
 「赤ん坊から見れば、大人だろうさ」と。
 「それを言うなら、幼稚園児だって大人だよなあ?」などと。


(……うーん……)
 分からず屋のことは放っておこう、と赤ん坊の方に頭を切り替えた。
 言葉も話せない赤ん坊の目には、どんな世界が見えるのだろう。
 大人には見えないものたちで満ちて、キラキラと輝いているのだろうか。
(風の精とか、お花の妖精だとか…)
 そういった者たちが飛び交う世界で、赤ん坊の興味を惹くものが一杯。
 大人の目には「風が吹き抜けただけ」でも、風の精が踊りながら駆けてゆくとか。
 あるいは風の精霊の王が、お供を従えて行列だとか。
(…素敵だよね…)
 自分が赤ん坊だった頃には、きっと彼らが見えたのだろう。
 両親からは何も聞いていないし、自分でも覚えていないけれども。
 精霊や妖精は本の中にいて、挿絵に描かれるだけだけれども。
(……そうなってくると……)
 もしかしたら、と思い出した、さっきの分からず屋のこと。
 「放っておこう」と頭の中から追い出したけれど、二十四歳も年上の恋人。
 前の生から愛したハーレイ、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ぼく、ハーレイとは、赤ちゃんの時に…)
 会っていたかもしれないんだっけ、とハーレイから前に聞いた話が頭に蘇る。
 チビの自分が生まれた病院、そこを退院して、初めて外の世界に出た日。
 四月の初めだったけれども、寒の戻りで季節外れの白い雪が舞っていたという。
 赤ん坊の自分が寒くないよう、母がストールで包んでくれた。
 そして同じ日、ハーレイは同じ病院の前で、退院してゆく赤ん坊を見た。
 暖かそうなストールにくるまれ、母親の腕に抱かれた赤ん坊を。
(それって、きっとぼくだったんだよ)
 そうに違いない、と二人揃って結論付けた。
 もっとも、証拠は無いのだけれど。
 ハーレイはストールの色を全く覚えていなくて、赤ん坊の顔も見ていない。
 もしも見たなら、忘れたりする筈がないから。
 赤ん坊の目が開いていたなら、その目は鮮やかな赤なのだから。


 そうして「出会えなかった」あの日に、赤ん坊の自分は「見た」かもしれない。
 ジョギング中だった、とても大切な人を。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人を。
(…赤ちゃんには、いろんなものが見えるんだとしたら…)
 空から舞い降りてくる雪の妖精、それが耳元に囁いたろうか。
 「あっちを御覧」と、ハーレイの方を指し示して。
 雪の中を元気に走っている人、その人が「今のハーレイ」なのだと。
(そうだったかも…)
 赤ん坊の自分は、懸命にそちらを見たかもしれない。
 ストールが邪魔をして、よく見えなくても。
 「あれがハーレイだ」と分かった時には、後ろ姿になっていたって。
(……きっと、とっても嬉しかったよね……)
 ハーレイには声も掛けて貰えず、気付かれもせずに終わっても。
 ただタッタッと駆けてゆくだけの、若き青年だったとしても。
(ちゃんとハーレイもいるんだよ、って…)
 安心して眠りに就いたのだろうか、赤ん坊だった幼い自分は。
 ハーレイも同じ世界にいるなら、いつかは必ず会えるのだから。
(…それとも、雪の妖精じゃなくて…)
 もっと他のもの、違う誰かが「ハーレイ」を教えに来てくれたろうか。
 かつて生命を持っていた者、いわゆる幽霊、あるいは魂。
 遠く遥かな時の彼方で、白い箱舟にいた仲間たち。
 彼らの内の誰かが出て来て、「ハーレイだよ」と指差して。
 なにしろ宇宙はとても広くて、船の仲間たちが「いつも必ず」生きているとは限らない。
 生まれ変わりを待つ途中だったら、暇だろうから。
 雲の上から下界を見下ろし、ハーレイにも、「赤ん坊のブルー」にも気付いて。
 「今は、ああいう人生なのか」と見守っていて。


(……ひょっとして、ゼル?)
 あるいはヒルマン、ブラウやエラ。
 とても懐かしい昔馴染みが、病院の表に立っていたろうか。
 ストールにくるまれた赤ん坊を囲んで、「じきにハーレイが走って来るよ」と。
 あちらの方からやって来るのだと、服の色まで教えてくれて。
(…「感動的な再会だねえ」って…)
 ブラウあたりは言いそうだけれど、赤ん坊の自分は、きっと複雑。
 ハーレイに会えるのは嬉しくっても、その「ハーレイ」のことが問題。
(…ブラウも、ゼルやヒルマンも…)
 もちろんエラも全く知らない、前の自分の恋物語。
 白いシャングリラで「ソルジャー・ブルー」は恋をしていた。
 恋のお相手は「キャプテン・ハーレイ」、どちらも船の頂点に立つ者。
 だから誰にも明かすことなく、恋をしたことを隠し続けた。
 その生涯を終えるまで。
 前の自分がメギドで命を失った後も、ハーレイは秘密を抱いたまま。
 恋人を失い、生ける屍のようになっても、それさえも伏せて。
 航宙日誌にも何も書かずに、地球の地の底で命尽きるまで、たった一人で抱え続けて。
(……感動の再会には違いないけど……)
 それはブラウやゼルたちが思う「感動」の形とは、まるで異なる。
 彼らは「親友同士の再会」だと信じているのだから。
 年こそ離れていたのだけれども、親友だった前の自分とハーレイ。
 お互いに恋をするまでは。
 互いを大切に思う気持ちが恋だと気付いて、それを確かめ合うまでは。
(誰も、なんにも知らないんだから…)
 ゼルやブラウの魂が見えて、彼らが教えてくれたとしても…。
 「ハーレイが来るよ」と言ってくれても、とても素直には喜べない。
 胸はドキドキ高鳴っていても、「恋人だった」ことは秘密だから。
 迂闊に反応を示したならば、何もかもバレてしまうのだから。


(……バレちゃったとしても……)
 今ならば、何も困らない。
 白いシャングリラは地球まで行ったし、あれから長い時が流れた。
 人間は全てミュウになった世界、SD体制もとうに倒された後。
 だからバレてもいいのだけれども、赤ん坊の自分はためらいそう。
 なにしろ、赤ん坊だから。
 いくら「大人には見えないもの」が見えても、「自分が誰か」を覚えていても。
 ゼルたちが「ハーレイだよ」と教えてくれるのだったら、前の自分の記憶はある。
 育つ間に忘れただけで、前の生の記憶をまだ持っていて。
(……ハーレイのことも忘れていなくて……)
 会えると聞いたら、本当に飛び跳ねたいほどに嬉しい。
 生まれて間もない赤ん坊では、そんなことなど出来ないけれど。
 せいぜい「キャッキャッ」と笑うだけでも、そうしたいほどに嬉しいだろう。
 けれども、やっぱり明かせない「秘密」。
 明かしても誰も困らなくても、自分自身が恥ずかしすぎて。
 ゼルやブラウに周りを囲まれ、祝福されたらどうしよう、などと。
(…絶対、そうなっちゃうんだよ…)
 恋人同士の再会なのだ、とバレたなら。
 時の彼方では隠し続けた、恋人同士の大切な絆。
 そのことさえも、今となっては「格好の話の種」でしかない。
 ブラウたちが揃って賑やかに笑い、赤ん坊の自分の肩を叩いて、祝福をくれることだろう。
 「長い間、ご苦労さんだったね」と。
 「もう障害は何も無いから、今度は、うんと幸せになりな」と。
 そう、雪の中をジョギングしているハーレイと。
 今のハーレイの記憶が戻れば、恋人同士になれるから。
 誰にも邪魔をされることのない、幸せな恋路。
 それが二人を待っているから、「お幸せに」と、口々に言って。


(……言えないってば……!)
 そんな恥ずかしいこと、と頬っぺたがカッと熱くなる。
 鏡で見たなら、トマトみたいに真っ赤な顔に違いない。
 赤ん坊の頃の自分は、きっと頬っぺたを染める代わりに…。
(……知らないよ、って……)
 狸寝入りを決め込んだよね、と零れた笑み。
 ゼルやブラウが周りにいたなら、「ぼくは眠い」と大嘘をついて。
 もしもあの時、彼らの姿が見える赤ん坊だったなら。
 大人には見えないものが見られて、ゼルたちも見えていたならば。
 何故ならば、とても恥ずかしいから。
 ハーレイと恋人同士だったことがバレたら、赤ん坊でも、本当に恥ずかしすぎるのだから…。

 

            赤ん坊だったなら・了


※大人には見えないものが見えるというのが赤ん坊。ブルー君にも、赤ん坊だった時代が。
 その頃にハーレイと会っていたなら、ゼルたちが教えてくれたのかも、というお話v












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(赤ん坊ってヤツは……)
 大人の目には見えないものが見えるらしいよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをお供に寛いでいて。
(あの子には、何が見えてたんだか…)
 仕事帰りに車で行った、家の近くの食料品店。
 其処で出会った、母の腕に抱かれた赤ん坊。
 若い夫婦が子連れで来ていて、父親が食料品を入れたカートを押していた。
 妻が「これを」と注文する品を、せっせとカートに追加しながら。
 赤ん坊は起きていたのだけれども、突然、笑顔で手を伸ばした。
 野菜が積まれた棚に向かって。
 棚には何もいないというのに、まるで何かがいるかのように。
(これが外なら、まだ分かるんだが…)
 公園などで起きたことなら、気を引く「何か」を見付けたと分かる。
 風で動いた木の葉っぱだとか、急に光が差した場所とか。
(……しかしだな……)
 場所は食料品店だったし、そんな「何か」があるわけもない。
 レジとか、他の買い物客がいたならともかく、食料品の棚などには。
 それも野菜がズラリと並んだ、何の変哲もない所には。
(……だが……)
 あの子は楽しそうだったんだ、と赤ん坊の姿が脳裏に蘇る。
 キャッキャッと可愛い声ではしゃいで、野菜の棚に手を振っていた。
 とても小さい、紅葉の葉っぱのような手を。
 棚に並んだ野菜を持つには、まだまだ小さすぎる手を。
(お母さんは、「ジャガイモがいい?」とか訊いていたがな…)
 我が子の気を引いた野菜はどれかと、指差し合っていた両親。
 出来ればそれを買って帰ろうと、笑み交わして。
 赤ん坊でも食べられるメニューは、何があるかと挙げてゆきながら。


 離乳食なら、食べられそうだった赤ん坊。
 とっくに眠っているだろうけれど、夕食は何を食べたのだろう。
 食料品店で買ったばかりの野菜を使った、母親が作る離乳食。
 あるいは父が作っただろうか、「たまには腕を奮ってみるか」と。
(離乳食ってヤツも、けっこう奥が…)
 深いらしいし、と知識だけはある。
 大人の食事とは違うけれども、凝る人は、とことん凝るらしい。
 色々な素材を裏漉ししたり、ミキサーにかけてドロドロにしたり。
 そこから更に手間ひまかけて、プリンみたいに仕上げてみたり、と。
(…あの子も、美味いの、食ったんだろうなあ…)
 大満足で寝てるんだろう、と微笑ましい。
 野菜の棚に手を振るくらいの幼さだけども、家では、きっと立派な王様。
 誰よりも大切にかしずいて貰って、居場所は小さなベッドの玉座。
 お風呂も食事も両親の手を借り、何不自由のない暮らしをして。
(召使いは、もっといるかもな?)
 祖父母も同じ家にいるなら、召使いは二人増えるだろう。
 王様のお世話が好きでたまらない、甘くて優しい人たちが。
(はてさて、王様は誰に手を振っていたんだか…)
 野菜の棚には、召使いなんかいないんだがな、と考えなくても分かること。
 顔見知りの大人も子供もいなくて、もちろん可愛い動物もいない。
(ジャガイモも、タマネギも、ニンジンもだ…)
 ピクリとも動くわけがないから、野菜に手を振る理由など無い。
 それなのに、懸命に手を振っていた。
 あの子供にしか見えない「何か」に向かって、嬉しげに。
 まるで野菜と遊ぶかのように、精一杯に小さな手を伸ばして。


(…野菜の妖精が座っていたかな…)
 だったら分かる、と一人で頷く。
 よく耳にするのが「赤ん坊には、大人には見えないものが見える」という話。
 実際、そうだと思える場面は幾つもあったし、今日の出来事もその一つ。
 野菜ばかりが並んだ棚には、きっと「何か」がいたのだろう。
 畑からトラックに乗って旅をして来た、ジャガイモやタマネギなどの妖精。
 それとも畑に生えていた草から、花の妖精でもくっついて…。
(食料品店まで来ちまったかもなあ、好奇心ってヤツで一杯で)
 妖精だったら、公園などの方がお似合いなのに、食料品店の棚に腰を下ろして。
 自分に気付く人はいるかと、茶目っ気たっぷりに足をブラブラさせて。
(そいつは大いにありそうだぞ)
 何の妖精だったんだろう、と自分まで気になってくる。
 大人の目では見られないから、分からない分、余計に見たい。
 赤ん坊と同じ視点で世界が見えたら、どれほど楽しいことだろう。
 妖精がいたり、他にも素敵なものが沢山。
(切り替えられればいいのにな?)
 サイオンっていう便利なものがあるんだから、と考えた。
 精神の力がサイオンなのだし、心と密接に繋がった力。
 無垢な子供の瞳で見たい、と念じたらパッと切り替わるとか、と。
(そうすりゃ、俺にも野菜の妖精が…)
 見えるんだがな、と顎に手を当て、ふと気付いたのが「過去」のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
(……あの頃の俺は、赤ん坊どころか……)
 子供時代の記憶を全て失くして、養父母の名前さえも覚えていなかった。
 成人検査という名のシステム、それに「サイオン」を忌み嫌う機械。
 それらがズタズタに踏み躙ったのが、前の自分の人生だった。
 負けずに強く生きたけれども、失った記憶は戻らないまま。
 そうして恋人のブルーも失くして、長い長い時を一人きりで生きて…。
(……地球に来たんだ)
 死の星だった地球の地の底で息絶え、それから遥かな時を飛び越えて、青い地球まで。


(…今の俺は、どうだったんだろう?)
 赤ん坊だった頃の俺ってヤツは…、と傾げる首。
 「大人には見えないものが見える」のなら、やはり妖精が見えただろうか。
 隣町に住む両親からは、特に聞いてはいないけれども。
(見えてたのかもしれないなあ…)
 すっかり忘れちまったんだが、と残念な気持ち。
 時の彼方で生きた自分も、幼い頃には「見た」のだろうか。
 SD体制が如何に酷くとも、「大人の目には見えないものたち」までは消せない。
 あんな時代でも、妖精たちは何処かで生きていたかもしれない。
 普段はひっそりと息をひそめて、幼い子供に出会った時だけ、生き生きとして。
(そう考えてみりゃ、赤ん坊の頃には、誰だって、ミュウ…)
 たとえ生粋の人類だろうと、「目には見えないものたち」が見えているのなら。
 成長したら見えなくなろうと、立派に備わっていた能力。
 それを失わずに大きくなったら、ミュウへと変化したのだろうか。
 方向性は違うけれども、サイオンという形になって。
 野菜の妖精たちの代わりに、人の心が見える生き物に進化していって。
(……どうなんだかな?)
 その辺の研究はしてるんだろうか、と思うけれども、それは自分の管轄外。
 専門分野がまるで違うし、調べようにも手掛かりもゼロ。
(まあ、いいが…。それよりも赤ん坊の視点ってヤツが…)
 ちょいと欲しいな、と見たくなるのが、野菜の妖精たちがいる世界。
 赤ん坊の頃に戻れるものなら、少し戻ってみたい気もする。
(ほんの半日くらいなら…)
 あの時代ってヤツに戻ってもいいな、と隣町の家を頭に描く。
 庭に植えられた夏ミカンの木は、森のように見えることだろう。
 大人の目にも立派な木だから、赤ん坊の目には、きっと森。
 其処から妖精が覗くのだろうか、黄色いミカンに腰を下ろして。
 あるいは枝からヒョイとぶら下がって、空中ブランコみたいに飛んだり。


 それも愉快だ、と「赤ん坊なら…」と広がる夢。
 夏ミカンの木の妖精に手を振り、他にも色々なものたちが見える。
 空を飛んでゆく風の精とか、ひょっとしたら、お菓子の妖精だって。
(妖精の他にも、見えるのかもな?)
 不意に心を掠めていった、とても懐かしい人の面影。
 今は小さな子供の姿の、前の自分が愛した人。
(……ソルジャー・ブルー……)
 もしかしたら、彼もいたのだろうか。
 赤ん坊だった頃の自分が、無邪気に眺めていた世界に。
 前の生の記憶は戻っていなくて、それが誰かも知らないままに。
(…あいつは、俺よりずっと年下…)
 二十四歳も年下なのが、小さなブルー。
 ならば充分、有り得ること。
 生まれ変わって来る前のブルーが、ゆりかごを覗き込んでいたとか。
 肩に妖精たちを止まらせ、庭に微笑んで立っていたとか。
(……おふくろたちに訊いたところで……)
 きっと手掛かりは無いんだろうな、と思うけれども、そうだったろうか。
 心から愛した人とも知らずに、前のブルーに手を振ったろうか。
 「とても優しい人なんだよ」と、無垢な心で思い込んで。
 ブルーは少し寂しいだろうに、そんな気持ちを知りもしないで。
(…赤ん坊なら、許されるんだろうが…)
 やっちまっていたならすまん、と心の中でブルーに詫びる。
 生まれ変わった小さなブルーは、きっと忘れているだろうけれど。
 思い出しても、笑って許してくれそうだけれど、やっぱり少し悲しいから。
 赤ん坊なら仕方なくても、愛おしい人に気付かなかったこと。
 ブルーがあやしてくれていたって、「いい人」としか思わなかったろうから。
 誰よりも大切だった人だというのに、妖精たちの仲間扱いしたのだから…。

 

           赤ん坊なら・了


※ハーレイ先生が考えたこと。赤ん坊だった時代に、前のブルーに出会ったかも、と。
 本当は出会っていないんですけど、生まれ変わる前の記憶が無いから、知りようがないですv












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(卒業するまで……)
 そう、それまでの我慢だものね、と小さなブルーが思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は、家では会えなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 毎日でも顔を合わせて話したいのに、今日は学校で挨拶しただけ。
 それも廊下で出会った時に。
 ハーレイの古典の授業さえ無くて、顔も充分に見られなかった。
 とても残念なのだけれども、まだ会えただけマシだろう。
 ちゃんと学校に行っていたって、まるで会えない日もあるのだから。
(……だけど……)
 学校で挨拶だけだった日は、家でゆっくり話したい。
 仕事帰りのハーレイに会って、夕食も一緒に食べたいけれど…。
(そんな我儘、通らないから…)
 卒業までの我慢なんだよ、と自分自身に言い聞かせる。
 まだ何年も先のことだけれども、今の学校を卒業してゆく日が来たら…。
(卒業式から、一ヶ月も待っていなくても…)
 結婚出来る年の、十八歳になると分かっている。
 三月の一番おしまいの日が、十八歳の誕生日なのだから。
(そしたら、ハーレイと結婚出来て…)
 二人、同じ家で暮らしてゆくから、今みたいな思いはせずに済む。
 ハーレイの帰りが遅くなっても、待ってさえいれば…。
(家に帰って来てくれるしね?)
 待ち疲れて眠ってしまっていたって、きっと優しくキスしてくれる。
 「おやすみ」と瞼や唇の上に。
 起こさないよう、そっとベッドに運んでもくれて。


(ふふっ…)
 待ち遠しいな、と心の奥が暖かくなる。
 指折り数えて待ちたいくらいの、ハーレイと一緒に暮らせる時。
 ただ、本当に数えたら…。
(……落ち込んじゃうしね?)
 何日あるのか、気が付いちゃって…、と勘定する気は起こらない。
 一年は三百六十五日で、二年分なら七百を超える。
 そして二年では終わらないのが、残りの学校生活だから…。
(数えはしないで、我慢、我慢…)
 そうする間に、残りの日々は縮まってゆく。
 背丈だって伸びて、キス出来る日も近付いてくる。
(学校の生徒の間は、無理かな……?)
 ハーレイにキスを貰うのは…、と首を傾げて、その考えも追い払った。
 縁起でもないことだから。
 いくらハーレイが物堅くても、約束したことは、また別のこと。
(前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
 唇へのキスを許してくれる、という約束を交わしている。
 まさか「知らん」とは言わないだろう。
 「駄目だ」と断ることはあっても。
 「お前は、まだまだ教え子だしな?」と、やんわり拒絶はするかもだけど。
(……それって、とってもありそうだけど……)
 ホントになったら大変だものね、と竦めた肩。
 ハーレイの授業で聞いた「言霊」、それには注意しなくては。
 言葉は力を持っているから、迂闊なことを言ったなら…。
(本当のことになっちゃうんだよ)
 そうならないよう、考えることも避けるべき。
 嫌なこととか、不吉なこと。
 縁起でもない話なんかは。


 頭の中から追い出した考え。
 「もっといいことを考えなくちゃ」と、未来の方へ目を向けて。
 ハーレイと結婚出来る日が来たら、毎日が、きっと「いいこと」ばかり。
 たまに落ち込むことがあっても、ハーレイが慰めてくれる筈。
 温かい紅茶を淹れてくれたり、「美味いんだぞ」と何か作ってくれたり。
(……それでも気分が落ち込んでたら……)
 ハーレイの車でドライブだろうか。
 「気分転換に出掛けてみるか」と、愛車の助手席に乗せて貰って。
 うんと遠くまで走ってゆくとか、景色のいい場所を目指して走らせる車。
 「どうだ、少しはマシになったか?」なんて、何度も声を掛けられながら。
(…一緒に暮らしているからだよね)
 そういうことが出来るのは。
 ハーレイが直ぐに色々と気付いて、こまごまと世話を焼いてくれるのは。
(今だと、気付いてもくれないんだよ…)
 こうしてベッドにチョコンと座って、溜息をついていることも。
 遠い未来を思い描いて、今日の「ガッカリ」を埋めていることだって。
(……早く結婚したいんだけどな……)
 そのためには、まず学校を卒業しないと…、と考える内に、ふと思い出した。
 普通は、学校を卒業した子は…。
(…上の学校…)
 当たり前のように待っているのが、もう一つ上の学校だった。
 人間が全てミュウになった今、寿命はとても長いもの。
 前の自分の頃とは違って、社会に出てゆく年だって遅い。
(SD体制の時代だったら…)
 十四歳になった途端に「目覚めの日」。
 前の自分は、それまでの記憶を全て失くして、実験動物にされたけれども…。
(人類の子供は、教育ステーションで勉強…)
 どういうコースで生きてゆくかを機械が決めて、四年間のステーション暮らし。
 教育は其処で終わったけれども、今はそれより長い期間で…。


(…パパとママだって、上の学校…)
 今の自分が其処へ行くことを、信じて疑いもしていないだろう。
 何を勉強するかはともかく、上の学校へ進むのだ、と。
(……チビのままで、背が伸びなくっても……)
 子供のままで、うんと成長が遅い子のために、別の学校が用意されている。
 ゆっくり育つ身体と心に合わせて、カリキュラムを組んだ「上の学校」。
(…幼年学校…)
 そういう名前の学校があるから、両親も、きっと、そのつもり。
 「卒業したら結婚する」というコースなんかは、夢にも考えさえもしないで。
 上の学校の資料を取り寄せ、「何処に行きたい?」と訊いたりもして。
(……結婚したい、って言いだしたら……)
 両親は驚いて声も出ないか、目を丸くして問い返すのか。
(…本気なのか、って…)
 まずは意志を確かめ、それから相手を尋ねるのだろう。
 結婚したい「お相手」のことを。
 いつの間にガールフレンドが出来て、結婚の約束を交わしたのかと。
(……女の子だとしか思わないよね?)
 どう考えても、「結婚したい」という「お相手」は。
 結婚に理解を示してくれても、「一度、この家に連れて来てみなさい」とか。
(…そうじゃなくって、ぼくがお嫁さん……)
 告白したなら、両親は腰を抜かすだろうか。
 とても大事な一人息子が、十八歳で「お嫁に行く」なんて。
 おまけに、相手は…。
(……ハーレイなんだよ……)
 何年も家に通って来ていた、学校の先生で「守り役」だった人。
 前の生では「ソルジャー・ブルー」の右腕だった「キャプテン・ハーレイ」。
 当時から恋人同士だけれども、そんなこと、両親が知るわけがない。
 もう文字通りに寝耳に水で、二人ともビックリ仰天だろう。
 あらゆることが予想外すぎて、心がついてゆかなくて。


(……お許しなんか……)
 もしかしたら、出ないかもしれない。
 どんなに「結婚したい」と言っても、「気の迷いだ」と一蹴されて。
 上の学校とか幼年学校の、入学手続きを取られてしまって。
(…そして、ハーレイとは引き離されて…)
 会えないようにされてしまって、もしかすると、寮に入れられるかも。
 うんと遠くの学校に入れて、とても厳しい寄宿舎に。
 門限があって、誰かと会うにも、面会の許可が要るような場所へ。
(SD体制の時代みたいだけど…)
 遥か昔の地球にもあった、厳しい寄宿舎。
 それを真似している学校だって、まるで無いとは言い切れない。
 そんな所へ放り込まれたら、今よりも、もっと…。
(…ハーレイと会えなくなってしまって、結婚どころじゃ…)
 なくなるのだし、取るべき道は、一つだけ。
 ハーレイと一緒にいたければ。
 両親がどれほど反対したって、結婚へ進みたいのなら。
(……何処かへ、駆け落ち……)
 上の学校に入れられる前に、手に手を取って。
 あるいは寄宿舎に入れられた後に、示し合わせて逃亡して。
(…ハーレイのお仕事、なくなっちゃうけど…)
 駆け落ちをした教師なんかは、何処も雇ってはくれないだろう。
 うんと辺境の星に逃げても、事情を隠し通せはしない。
 SD体制の時代ほどには、監視されてはいなくても。
(先生をするには、免許が要るから…)
 それを出したら、たちまちハーレイの身元が知れる。
 教え子を連れて駆け落ちして来た、地球出身の教師なのだと。
 窮状は酌んで貰えたとしても、学校が雇うわけにはいかない。
 生徒はもちろん、保護者たちにも、示しがつかないことになるから。


 これは困った、と思うけれども、いざとなったら「駆け落ち」だろう。
 両親が許してくれなかったら、結婚が通らないのなら。
(……ハーレイと駆け落ちするんなら……)
 行き先とか、その後の仕事のこととか…、と考えねばならないことは山ほど。
 地球の上だと直ぐにバレるし、他の星に逃げてゆくしかない。
(…でも、宇宙船に乗る時は…)
 万一の事故などの場合に備えて、身元のチェックがあると聞く。
 それを躱して乗るとなったら、密航以外に方法は無い。
(…今の時代に密航なんて…)
 している人がいるのかな、と思うけれども、やってみるしかないだろう。
 ハーレイと生きて行きたかったら。
 辺境の星で暮らすにしたって、二人で生きてゆくためならば。
(準備も、逃げるのも大変そうだけど…)
 それも幸せな未来かもね、とクスッと零れてしまった笑み。
 たとえ駆け落ちする羽目になっても、「ハーレイと築いてゆく未来」だから。
 前の生では得られなかった、二人きりでの暮らしだから。
(……そのために、駆け落ちするんなら……)
 ぼくは後悔なんかしないよ、と心の底から言い切れる。
 今度こそ、幸せになるのだから。
 ハーレイと二人で生きてゆけたら、きっと何処でも、幸せだから…。

 

        駆け落ちするんなら・了


※ブルー君が夢見る、ハーレイ先生との未来。結婚出来る日を心待ちにしてますけれど…。
 両親のお許しが出なかった時は、駆け落ちすることになるのかも。でも、幸せv











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