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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(今日は顔さえ見られなかったな…)
 ツイてなかった、とハーレイがフウと零した溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 今日は無かった、ブルーのクラスでの古典の授業。
 だから行っていない、ブルーがいる教室。
 そういう日ならば珍しくないし、ツイていないというわけではない。
 授業で顔を合わせなくても、学校の中では会えるチャンスは、いくらでも。
 休み時間に廊下でバッタリ出くわすだとか、登下校の時に会うだとか。
 けれども、今日は、それさえ無かった。
 ブルーの姿は見かけないまま、終わってしまった「今日」という一日。
 銀色の髪はよく目立つから、何処かにいれば一目で分かる。
 なのに、月の光のような銀さえ…。
(見かけちゃいないと来たもんだ)
 まったくもってツイていない、と思うけれども、ブルーの方も同じだろう。
 もう眠ったかもしれないとはいえ、起きていたなら…。
(今日はハーレイに会えなかったよ、と…)
 膨れているのに違いないな、と膨れっ面が目に見えるよう。
 いつも「フグだ」とからかってやる、ブルーのプウッと膨れた頬っぺた。
 唇も尖らせて不満たらたら、そんな具合に違いない。
 この時間でも、起きているならば。
 今日の出来事を思い返して、「会えなかった」と思っているならば。
(それとも、しょげている方か…)
 どっちなんだか、と小さなブルーの心を思う。
 立派な大人の自分でさえも、「ツイてなかった」と思うのだから。
 たった一日、ブルーに会えずに終わっただけで。
 多分、明日には会えるだろうし、家に寄れるかもしれないのに。


(……まったく、本当にいい年をした大人がだな……)
 一日会えずに終わったくらいで何なんだ、と自分の額をコツンと小突く。
 小さなブルーの方はまだしも、いい年をした大人なのに、と。
 そうは思っても、やっぱり「ツイてなかった」ことは真実。
 よっぽど運が悪い日だったか、あるいは神様の悪戯なのか。
(……前の俺なら……)
 こんな日なんかは無かったんだが、と遠く遥かな時の彼方に思いを馳せる。
 前のブルーと、シャングリラの中で生きていた頃。
 いつかは青い地球へと夢見て、船の中だけが全ての世界で。
(恋人同士だった時には、あいつは、とっくにソルジャーで…)
 前の自分はキャプテンだったし、顔を合わせない日など無かった。
 シャングリラも、とうに改造を終えて、白い鯨になっていた時代。
 前のブルーが暮らす青の間、其処を訪ねるのもキャプテンの大切な役目の一つ。
 夜は、一日の報告に。
 朝食の時間は、ブルーと食べながら、その日の色々な打ち合わせ。
(…いつも、あいつと朝飯で…)
 必ず顔を合わせていたから、一度も無かった「会えなかった日」。
 朝食の時間が取れないようなら、何処かで必要な「会いに行く時間」。
(…キャプテンは、どんなに多忙でも…)
 一日に一度は、ソルジャーに会って、話さなければならなかった。
 白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテンなのだから。
 二人の息が合わなかったら、シャングリラは危機に瀕するから。
(周りのヤツらも、そう思ってたし…)
 恋人同士だとは知らないままでも、ちゃんと時間を作ってくれた。
 「今の間に、ちょっと行って来な」と、ブラウが肩を叩くとか。
 「抜けていいぞ」と、ゼルが扉を指差すだとか。
 たとえ会議の最中でも。
 あるいは今後の航路を巡って、話をしているような時でも。


 そういう日々を過ごしていたから、会えない日などは無かった「ブルー」。
 「ツイていない」と感じたことなど、まるで無かった前の自分。
 今の自分は、何度も経験しているのに。
 「今日も、あいつに会えなかった」とガッカリした日は、少なくないのに。
(そう考えてみると、前の俺は、だ……)
 うんと恵まれていたんだよな、と前の自分が羨ましい。
 恋人に会えずに終わるような日は、一度も無かったのだから。
 一日に一度は必ず会えて、言葉を交わしていたのだから。
(……恋人同士の甘い時間とは、いかなくてもだ……)
 前のブルーの顔を見られて、声だって聞けた。
 ついでに言うなら、前のブルーは…。
(今のあいつとは全く違って…)
 最強のサイオンを誇っていたから、船の何処にでも思念を飛ばせた。
 お蔭で、顔を合わせなくても、様々な言葉が飛んで来た。
 「もう眠いから、先に寝るよ」といった調子で。
(…おまけに、出前の注文まで…)
 やっていたのが前のブルーで、ブリッジにいたら飛んで来た思念。
 「青の間に来る時、サンドイッチを持って来て」などと。
 それが来た時は、仕事の後に寄った厨房。
 「ソルジャーが夜食をご希望だから」と、クルーに頼んで作って貰った。
 注文の品のサンドイッチや、フルーツをカットしたものなどを。
 よく考えたらブルーはソルジャー、出前は頼み放題なのに。
 直接、厨房に連絡したなら、担当の者が、すぐに届けに行く筈なのに。
(それをしないで、俺に注文…)
 使い走りをさせてやがった、と思うけれども、あれもブルーの甘えの一つ。
 恋人同士だったからこそ、我儘なことを言っていた。
 皆の前では、決して誰にも甘えたりせずに。
 もちろん我儘も言いはしないで、白いシャングリラを守り続けて。


(…それに比べりゃ、今のブルーは我儘で…)
 甘え放題で自分勝手なガキってヤツだ、と苦笑する。
 今のブルーが前と同じに、サイオンを使いこなせていたら…。
(今度も確実に使い走りをさせられてるな)
 間違いないぞ、と大きく頷く。
 きっと食べたいものが出来たら、思念波を投げて寄越すのだろう。
 今の時代は「思念を飛ばす」のは、基本的にマナー違反なのに。
 きちんと「声で」話すのがルール、通信を入れるべきなのに。
(そうは言っても、子供なんだし…)
 通信機を使って「ハーレイ先生の家」に連絡、それがしょっちゅうだったなら…。
(いい加減にしなさい、と叱られるよな?)
 あいつの親に、と容易に想像がつく。
 だから代わりに思念を飛ばして、「あれを買って来てよ」と出前の注文。
 柔道部員たちによく出す、近所の店のクッキーだとか。
 あるいは前の生での記憶の欠片を、ふと運んで来る食べ物だとか。
(思い付いたら、俺に出前の注文で…)
 きっとうるさいに違いないんだ、と思い浮かべる小さなブルー。
 前のブルーとは似ても似つかない、甘えてばかりの我儘なチビ。
 そのくせに、一人前の恋人気取りで、何かと言ったらキスを欲しがる。
 前と同じに育つまでは駄目だ、と言ってあるのに。
 何度も叱って、頭をコツンとやったのに。
(前のあいつとは、大違いだな)
 いろんなトコが、と可笑しくなる。
 前のブルーは、けして、ませてはいなかった。
 「ぼくにキスして」と言わなかったとまでは、言わないけれど…。
(…そいつは、いい雰囲気になった時にだ…)
 ごくごく自然に出て来た言葉で、今のブルーのそれとは違う。
 チビのブルーがそれを言うのは、出前の注文と変わらないから。
 「あれを買って来て」と同じレベルで、欲しがっているだけだから。


(…まるで分かっちゃいないんだしな?)
 キスの重さも、大人の恋というヤツも…、と前のブルーと比べれば分かる。
 今のブルーが幼いことも、前とは違うということも。
 本物の両親に可愛がられて育ったブルーは、前のブルーとは違って当然。
 中身は同じ魂でも。
 前のブルーの記憶を引き継ぎ、様々なことを知ってはいても。
(……前と今では、違うんだよなあ……)
 毎日の暮らしだけじゃなくてな、と前と今との違いを思う。
 「ブルーに会えない日」が何度もあったり、ブルーがサイオンを使えなかったり。
 我儘放題なチビの子供で、甘えるのが当たり前だったり。
(……どっちがいいかと訊かれたら、だ……)
 判断に困っちまうんだよな、とコーヒーのカップを傾ける。
 前のブルーと今のブルーでは、どちらの方が好きなのか。
 どちらか一人を選ぶのだったら、自分は、どちらの手を取るのか。
(…とても選べやしないんだが…)
 取るべき手なら分かっているな、と小さなブルーの右手を頭の中に描いた。
 前の生の最後に、メギドで冷たく凍えてしまった、ブルーの右手。
 それを包んで温めてやれるのは、今の自分の両手だけ。
 だから自分は、チビのブルーの手を取るだろう。
 どちらかの手を取れと言われたら。
 前と今では違っていたって、ブルーは確かにブルーだから。
(本当を言えば、もう少し育ってくれてだな…)
 前のあいつと同じ姿がいいんだがな、と思うけれども、そこは辛抱すべきだろう。
 チビのブルーもいつかは育つし、その日を待っていればいい。
 甘え放題、我儘放題のままで、ブルーが大きくなったって。
 前のブルーからは全く想像できないくらいに、甘えん坊の弱虫になったって。
(……前と今では違うんだしな?)
 そいつが今の俺のブルーだ、と心はブルーの許へ飛ぶ。
 出来れば、明日は会いたいものだ、と。
 ブルーの家に寄れればいいなと、それが無理でも顔を見られる日だといいな、と…。

 

            前と今では・了


※ブルー君に会えなかった日の、ハーレイ先生。ツイてなかった、と比べてみた前の生。
 そして思った、どちらのブルーを選ぶのか。やっぱり今のブルーなのですv











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(地球なんだよね……)
 ぼくがいるのは、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前の生で自分が焦がれた地球。
 青く輝く母なる星。
 遠く遥かな時の彼方で、何度夢見たことだろう。
 その青い星に降りてゆく日を。
 人類に追われる身ではなくなり、青い海や緑の山をこの目で見ることを。
(……フィシスの地球しか、ぼくは見たこと無かったけれど……)
 それ以外には一つも無かった、地球の映像。
 だから余計に憧れたろうか。
 青い地球まで行かない限りは、海も山もじっくり見られないから。
 フィシスが抱く幻だけしか、地球を見せてはくれないから。
(…もちろん、それだけじゃなかったけれど…)
 地球への夢は、フィシスに出会うよりも前から心にあったもの。
 人類の聖地とされた星だし、機械が刷り込んだのかもしれない。
 地球に焦がれて「行きたくなる」よう、教え込んで。
 そうでもしないと、無条件での「地球への忠誠」を抱かせることは難しいから。
(…成人検査でも、人体実験でも消えないレベルで…)
 機械がそれをやったとしたなら、恐ろしいとしか言いようがない。
 けれども、地球への想いが無ければ、前の自分は、あのように強く生きられたろうか。
 ミュウを導き、「いつか地球へ」と願い続けて、三世紀以上もの長い歳月を。
 座標さえも掴めないままの星を目指して、宇宙を流離っていた頃を。
(……無理だよね?)
 とても無理だ、と分かっているから、機械が教えた感情でもいい。
 前の自分が夢見た星。
 全ての生命を其処で育み、ヒトを生み出した青い星への強い憧れは。


 そうやって焦がれ続けた地球。
 寿命が尽きると分かった後にも、とても諦め切れなかった。
 この肉眼で一目見られたら、と叶わぬ夢を抱き続けて。
 赤い星、ナスカで「死」を悟ってもなお、「見たかった」と涙したほどに。
(その星に、今、いるんだけれど…)
 おまけに地球の子なんだけどな、と眺めた窓。
 夜はカーテンを閉めているから、庭の景色も今は見えない。
 それでも、窓の向こうは地球。
 カーテンを開けるか、隙間から外を覗いたならば、きっと夜空が見えるだろう。
 地球の星座が幾つも散らばる、秋の夜空が。
 庭の向こうには、何処までも続く、地球の大地に建つ家などが。
(正真正銘、地球の子供で…)
 地球で生まれて育ったけれども、残念なことに、青い水の星は見たことが無い。
 前の生と同じに身体が弱くて、宇宙旅行に出掛ける機会が無かったから。
 「地球は青い」と知っていたって、未だ一度も見ていない姿。
(……うーん……)
 残念だよね、と思う気持ちは「贅沢な悩み」。
 前の自分が最後まで夢見た、憧れの地球の上にいるのに。
 「地球に着いたら…」と抱いていた夢、それの幾つかは叶ったのに。
(…今日の朝御飯だって…)
 母が焼いてくれたホットケーキは、前の自分の夢だった。
 地球で採れた本物のメープルシロップと、地球の草を食んで育った牛のミルクのバター。
 それをたっぷりと添えたホットケーキを、朝食に食べてみたかった自分。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃に。
 自給自足の白い箱舟で、ホットケーキを口にする度に。
 今の自分なら、毎朝だって出来ること。
 母に「焼いて」と頼みさえすれば。
 ホットケーキの他にも沢山、地球の食べ物を並べたテーブルで。


(…ハーレイに貰ったマーマレードも…)
 地球で育った夏ミカンだよね、と考える。
 隣町に住むハーレイの両親、その家の庭で豊かに実った夏ミカン。
 ハーレイの母が、その実で作るマーマレードも、青い地球の恵み。
 毎朝、食卓に置かれているから、すっかり見慣れてしまったけれど。
(…ミルクも地球のだし、パパが食べてるソーセージも、卵も…)
 何もかも全部、地球で出来た食べ物。
 前の自分が夢見た以上に、素敵な世界に生きている自分。
(地球の子に生まれちゃったから…)
 生まれながらに手にした特権、それは最高に素晴らしいもの。
 宇宙から地球を見ていないことを、残念がってはいけないだろう。
 もしも他の星に生まれていたなら、宇宙から地球を眺めるどころか…。
(今度もやっぱり、地球を目指して…)
 旅をすることになったと思う。
 前の自分の記憶が戻って、「青い地球がある」と知ったなら。
 白いシャングリラの頃には何処にも無かった、青い水の星があると知ったら。
(…ハーレイには、ちゃんと巡り会えてる筈だから…)
 いつか地球まで行ってみたくて、ハーレイに頼み込んだだろう。
 「今度こそ、二人で地球に行こうよ」と。
 地球からは遠く離れた星に生まれても、定期航路はある時代。
 ハーレイと二人で宇宙船に乗って、青い星まで旅をしようと。
 白いシャングリラで旅する代わりに、定期船で。
(……でも、やっぱり……)
 今の自分はチビなのだろうし、すぐに地球には行けそうもない。
 両親と一緒の旅ならともかく、ハーレイと旅に出るのは無理。
(…新婚旅行で行くしかないよね…)
 何年も待たされちゃうんだけどな、と容易に想像がつく。
 結婚できる年になるまで、地球は今度も夢の星のまま。
 何処にあるのか分かっていたって、定期船が地球まで飛んでいたって。


(……それって、辛い……)
 また何年も待つだなんて、と考えただけでも悲しい気分。
 いくらハーレイと巡り会えても、心には穴がぽっかりと空いているのだろう。
 青い水の星に行ける時まで、満たされないのに違いない。
 ハーレイが「土産だ」と、地球産のお菓子などを買って来てくれたって。
 父が「お前の欲しかった本だろ?」と、とても立派な地球の写真集をくれたって。
(…生まれた場所、地球じゃなかったら…)
 そうなったよね、と零れる溜息。
 幸いなことに、地球に生まれて、今も地球の上にいるけれど。
 宇宙から見る地球の姿は、肉眼では見ていないけれども。
(……どんなに、ハーレイのことが好きでも……)
 心の中には「青い地球」があって、新婚旅行で「地球に行く夢」が叶っても…。
(…帰りたくない、って思っちゃうんだよ…)
 楽しかった地球での旅が終わって、帰るために宙港に着いたなら。
 ハーレイと二人で暮らしてゆく家、それがある星に帰るのに。
(……ぼくの心は、地球に残ってしまいそう……)
 そしてハーレイと過ごしていたって、きっと心から地球は消えない。
 「また行きたいな」と夢を見ていたり、毎日が上の空だったり。
(……そうなっちゃうから、引越ししちゃう?)
 生まれた星が地球じゃなかったら、と広げる空想の翼。
 ハーレイに「行こうよ」と駄々をこねて。
 どうしても地球で暮らしたいから、青い水の星に引越ししよう、と。
(…ハーレイ、なんて言うのかな?)
 生まれた星を遠く離れて、地球に引越しするなんて。
 もちろん仕事は、また地球で探すことになる。
 ハーレイの腕なら、いくらでも見付かりそうだけれども。
 柔道と水泳の腕はプロ級、そんな古典の教師だから。
 学生時代は優秀な選手、きっと引っ張りだこだと思う。
 地球に転職するとなったら、引く手あまたで。


 そうして仕事が見付かったならば、家を探すのも簡単だろう。
 ハーレイが移る学校がある町、その中の何処か。
(…何処になるのかな?)
 この地域とは限らないよね、と傾げた首。
 地球生まれではない「今の自分」とハーレイの場合、こだわりは無さそう。
 何処の地域を指定されても、地球でさえあれば。
 「憧れの地球だ」と喜び勇んで、其処を目指して旅立つだろう。
 ただし、二人が生まれ育った星の上にも、心を残して。
 ハーレイの両親が暮らす家やら、今の自分が両親と暮らした家やらに。
(…地球に行けるのは、嬉しいけれど…)
 宙港まで見送りに来てくれるだろう、両親たち。
 彼らに「さよなら」と手を振る時には、涙が零れてしまうのだろうか。
 定期船で地球とは繋がっていても、間を宇宙が隔てるから。
 突然、会いたくなってしまっても、今までのようにはいかないから。
(……ぼくの心は、今度は、半分……)
 生まれ故郷の星に残って、地球から想うのかもしれない。
 「パパとママ、どうしているのかな?」と、夜空を見上げた時などに。
 何かのはずみに故郷と重ねて、「懐かしいな」と思った時に。
(…それも困るよ…)
 せっかく地球に引越ししたのに、と辛くなるから、今の暮らしがいいのだろう。
 青い水の星は、まだ肉眼では眺めたことが無いけれど。
 ハーレイと新婚旅行に行くまで、見られる機会は無いのだけれど。
(だけど、心を生まれた星に…)
 半分残して地球で暮らすよりかは、少しだけ我慢する方がいい。
 十八歳になれば、ハーレイと結婚できるから。
 新婚旅行で地球を眺めて、地球に帰って来られるから。
 二人で引越す必要は無くて、二人の生まれ故郷の地球に。
 青く輝く水の星の上に、前の自分が焦がれた星に。


(……生まれた星、地球じゃなかったら……)
 ホントに色々、困っちゃうよね、と改めて気付かされた今。
 今の自分は当たり前のように、地球の恵みを受けているけれど。
 地球で生まれて地球で育った子で、今のハーレイも同じだけれど。
(…神様って、ホントに、ちゃんと考えて…)
 生まれる場所を決めてくれたんだよね、と嬉しくなる。
 ハーレイと地球まで旅してゆくのも、引越すのも悪くはないけれど…。
(心を半分、生まれた星に残しちゃうのは…)
 きっとハーレイも同じだろうから、今の暮らしが断然、いい。
 わざわざ旅をしてゆかなくても、地球なら、いつも此処にあるから。
 青い姿を見られないだけで、青い海も、その広い大地も、全て周りにあるのだから…。

 

          地球じゃなかったら・了


※ハーレイと生まれ変わった星が青い地球とは違ったら…、と考えてみたブルー君。
 もちろん地球には行きたいのですが、引越ししたら辛いかも。地球生まれで良かったですねv











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(もう一度、地球に来ちまった……)
 しかも、あいつと…、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
 今の自分が生まれ育って、住んでいる星。
 青く輝く、母なる地球。
(記憶が戻って来る前なら、当たり前だったんだがなあ…)
 自分が「地球にいる」ということ。
 生まれた星なら当たり前だし、何の不思議も無いのだけれど…。
(前の俺だと、地球というのは…)
 長い年月、前のブルーと共に目指した、座標さえ謎だった夢の星。
 宇宙の何処かに、きっとある筈の青い水の星。
 前のブルーが焦がれていたから、前の自分も夢を見ていた。
 いつかブルーと共に行こうと、幾つもの夢を。
(なのに、どれ一つ、叶わないままで…)
 前のブルーは逝ってしまって、ただ一人きりで残された。
 白いシャングリラを、地球まで運んでゆくために。
 ブルーが最後に遺した言葉を、果たさねばという悲壮な決意。
 そのためだけに心に鞭打ち、ひたすらに歩んだ地球への道。
(……やっとの思いで辿り着いたら……)
 其処には、青い星は無かった。
 有毒の海と砂漠化した大地、それらが広がる赤茶けた星があっただけ。
 「機械に繋がれた病人のようじゃ」と、ゼルが痛々しさを嘆いたほどに死に絶えた星。
 それが「前の自分」が訪れた地球で、夢などありはしなかった。
 共に夢見たブルーはいなくて、ブルーの夢まで砕けたから。
 「地球に着いたら…」と描いていた夢、それが悉く。
 青い海など何処にも無いなら、海を眺めに行く夢は終わり。
 緑の森が無いというなら、森にゆく夢も叶わないから。


 「地球は青くない」と知った時の驚愕、そして絶望。
 前の自分が受けた衝撃、それを今でも忘れてはいない。
 「こんな星のために」とゼルが言った通り、ブルーまで失くしたのだから。
 いくら寿命が尽きていたといっても、安らかではなかったブルーの最期。
(…あの頃の俺は、キースがブルーを撃ったというのは知らなかったが…)
 メギドで斃れたことは確かで、恐らくは爆死だっただろう、と考えていた。
 自分が起こしたメギドの爆発、それに巻き込まれて死んだのだ、と。
 美しかった赤い瞳も、何もかも一瞬で燃えてしまって。
(……あいつの命まで差し出したのに……)
 青い水の星など、何処にも無かった。
 せめて青い星が浮かんでいたなら、救われたろうに。
 心の中でブルーに、こう語り掛けて。
 「見えますか、あれが地球ですよ」と。
 其処で全ての務めを終えたら、直ぐにブルーの許へゆくから、と。
(…そうするどころか、打ちのめされたままで…)
 廃墟が広がる地球に降り立ち、ブルーの仇のキースに挨拶してしまった。
 ブルーの最期を知らなかったから、殴りもせずに。
(今、思い出しても、腹が立つんだ…!)
 あの時の俺の馬鹿さ加減に…、とコーヒーを一口、飲み下す。
 「そういや、キースもコーヒー党だ」と、苦い思いに包まれながら。
(…でもって、あいつも、今じゃ英雄…)
 地球を救った英雄なんだ、と腹立たしいけれど、どうにもならない。
 キースが最後に下した決断、それはミュウとの共存だったから。
 その上、ジョミーと共に戦い、グランド・マザーを破壊したから。
(…前の俺は、そいつの巻き添えになって…)
 崩れゆく地球の地の底深くで、カナリヤの子たちを救って死んだ。
 幼い子たちに罪は無いから、白いシャングリラに送り届けて。
 これで務めは全て果たしたと、前のブルーの所へゆこうと。


(そうやって死んで、次に気付いたら…)
 もう一度、地球の上に来ていた。
 死に絶えた後に赤く燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
 青く輝く水の星の上に、今のブルーと二人でいた。
 十四歳にしかならないブルーとは、まだ一緒には暮らせないけれど。
 教師と教え子、そういった仲で、家を訪ねるのが精一杯。
(…それでも、夢だった地球に来られて…)
 前の俺にとっては二度目の地球だ、と「前の地球」との違いを思う。
(月とスッポンどころじゃないぞ)
 本当に似ても似つかないんだ、と赤茶けた星の記憶を手繰る。
 あれが今の地球の前の姿だとは、自分でも信じられないくらい。
 この目でしっかり見て来たからこそ、「現実だった」と分かるけれども。
(……いやはや、とんでもない星だった)
 それに比べて今は天国、と書斎の中をぐるりと見渡す。
 この部屋に窓は一つも無いから、外の景色は見られない。
 とはいえ、家の外へと出たなら、まずは緑の庭がある。
 その向こうには隣家の庭やら、もっと離れた所まで行けば、ブルーの家やら。
 何処にも豊かな緑が溢れて、公園どころか、自然の野原や山も広がる。
(…前のあいつの夢ってヤツだ…)
 こういう地球で暮らすのがな、と前のブルーの夢を数える。
 今のブルーと既に叶えた夢もあるけれど、これから叶えてゆくものも多い。
 二人で暮らし始める時まで、叶えられないものもあるから。
 こうして地球で暮らしていたって、日帰り出来ない場所だって。
(あいつと婚約したならば…)
 夢の幾つかは、結婚前に叶えられるだろう。
 自分が、愛車を出したなら。
 前の自分のマントと同じ色合いの、濃い緑色の車でドライブ。
 助手席に今のブルーを座らせ、前のブルーの夢を叶えに。


 前のブルーが描き続けた、幾つもの夢。
 寿命が尽きると悟った後には、語らなくなっていたけれど…。
(あいつが忘れるわけがないんだ)
 生まれ変わった今のブルーは忘れていても、切っ掛けがあれば思い出す。
 その瞬間に、何度立ち会ったことか。
 だから叶える夢は山ほど、せっかく地球に来たのだから。
 ブルーと二人で地球に生まれて、青い水の星で暮らしてゆくのだから。
(…俺だって、地球は二度目とはいえ、青い星に来たのは初めてだしな?)
 神様も粋なことをなさる、と感謝していて、気が付いた。
 地球に生まれて来たのだけれども、「違う星だったかもしれない」と。
 ブルーと二人で生まれ変わって来ても、地球とは違った別の星。
(……神様が、そうなさるとは思えんが……)
 可能性としてはゼロではないな、と顎に当てた手。
 もしかしたら今度も、「地球を目指す旅」が待っていたのかも、と。
(アルテメシアとか、ジルベスター星系だとか…)
 前の生にゆかりの場所に生まれて、其処から地球を目指して旅立つ。
 もちろん平和な今の時代に、青く輝く夢の星を見に。
 前のブルーの夢を叶えに、宇宙船に乗って。
(……そうなってくると……)
 ブルーが大きく育つ時まで、叶えられる夢は無いかもしれない。
 いくら記憶が戻っていたって、肝心の地球が遠いから。
 「青い地球」があると分かっていたって、其処へ行けないのでは、どうにもならない。
 写真や映像などを眺めて、前と同じに憧れるだけ。
 いつかは夢の星へ行こうと、ブルーと二人で。
 手の届かない夢を数えて、叶う日を待って。
 二人して地球に生まれていたなら、簡単に叶えられることでも。
 今の自分たちがとうに叶えて、すっかり満足している夢も。


(……うーむ……)
 そいつは少々、厄介だぞ、と想像してみる「別の星」での生活。
 二人で地球への旅に出るまでに、叶えられる夢はあるのだろうか。
 前のブルーが夢に描いて、今のブルーが叶えた夢は…。
(簡単なトコだと、ホットケーキの朝飯だよな?)
 地球の草を食んで育った牛のミルクのバターと、地球で採れた本物のメープルシロップ。
 それらをたっぷりと添えたホットケーキを、青い星の上で食べること。
 今のブルーには容易いことで、その気になれば、毎朝だって…。
(お母さんにホットケーキを焼いて貰って、食って…)
 飽きるくらいに食べられるけれど、他の星に生まれ変わっていたなら、事情は変わる。
 もちろん、地球産のバターやメープルシロップは、他の星でも手に入るけれど…。
(当たり前にあるとは限らないんだ)
 品切れなんかは普通のことで、次の入荷はいつになるやら。
 青い地球の上で暮らしていたなら、売り切れなど、まず、有り得ないのに。
 いつものメーカーの品が無くても、他のが並んでいるものなのに。
(…ホットケーキの朝飯だけでも、一苦労…)
 他の夢となると、もっと大変だよな、と仰ぐ天井。
 地球にいてさえ、日帰り出来ない場所が沢山あるのだから…。
(…季節を選ぶ夢となったら、一度の旅行じゃ…)
 絶対に回り切れないぞ、と妙な自信が湧いてくる。
 「何回、地球に来ればいいやら」と、「生きてる間に、回り切れるか?」と。
 きっとブルーも、夢を叶える旅の途中で気付くだろう。
 「これじゃ、全然、間に合わないよ」と、「ぼくの寿命が終わっちゃうかも」と。
 けれど、途中では終われない夢。
 今度こそブルーの夢を叶えて、青い地球を満喫させてやりたい。
 新しい人生で増えた夢まで、全部纏めて、夢の星の上で。
(……引っ越すかな……)
 青い地球へな、と「別の星に生まれた」時の暮らしに結論を出す。
 生まれた場所が地球でなければ、引っ越そうと。
 ブルーが焦がれた夢の星へと、前の生での二人と同じに、宇宙船で星の海を旅して…。

 

           地球でなければ・了


※青い地球に生まれ変わった、ハーレイ先生とブルー君。地球を満喫してますけれど…。
 もしも別の星に生まれていたなら、事情は変わって来るのです。引っ越すのが一番ですねv












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(……告白かあ……)
 そういうものがあるんだよね、とブルーの頭に浮かんだこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 何故だか、唐突に湧いて出た言葉。
 告白なんかはしたこともなくて、する予定だって無いというのに。
(…だって、告白…)
 あのハーレイが相手じゃ無理だよ、と掲げる白旗。
 けれど、考えようによっては、何回となく告白している。
 告白する度、鼻先で軽くあしらわれては、砕け散っていると言うべきか。
(ぼくはホントに好きなんだけどな…)
 ハーレイのこと、と零れる溜息。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 それなのに、キスもしてくれない。
 恋人同士の唇へのキス、それは当分、お預けだという。
 今の自分は十四歳にしかならない子供で、子供にはキスは早いから、と。
 貰えるキスは額や頬っぺた、そういう子供向けのキスだけ。
(……酷いんだから……)
 どうしてキスしてくれないの、と不満は募ってゆく一方。
 あの手この手でキスを強請っても、「駄目だ」と軽く小突かれる額。
 場合によっては頭にコツンと、拳が降ってくることもある。
 本当の本当に、ハーレイのことが好きなのに。
 いつ望まれてもかまわない上、いつかは結婚する仲なのに。
(…ぼくの告白、子供っぽいわけ?)
 そうなのかもね、という気もする。
 ハーレイはずっと年上なのだし、学生時代はモテたらしいから。
 きっと多くの女性たちから、告白されていただろうから。


 そうなってくると、事は難しい。
 経験値などは無いに等しい、子供などでは話にならない。
 どうやって告白すればいいのか、まるで見当がつかないのだから。
(……ハーレイに告白するんなら……)
 今のやり方では望みはゼロかも、と悲観的な気持ちになってくる。
 いくら「好きだよ」と言ってみたって、繰り返したって、ハーレイの心には響かない。
 それが証拠に、断られるキス。
 「キスしてもいいよ」と言ったって。
 誘うような眼をして、「キスしたくならない?」と訊いてみたって。
(……うーん……)
 ぼくに魅力が無いんだろうか、と思うけれども、どうだろう。
 今の自分は、前の自分の少年時代に瓜二つ。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに出会った頃と。
(…ハーレイ、たまに言ってるよね?)
 前の生では、初めて出会ったその瞬間から、恐らく恋をしていたのだと。
 自覚するのが遅かっただけで、恋は恋。
 恋していたから、甘やかしたり、こっそり特別扱いしていたのに違いない、とまで。
(ぼくが厨房を覗きに行ったら、特別なおやつ…)
 厨房時代のハーレイは、何度も作ってくれた。
 贅沢は出来ない船だったから、少し余った食材などで。
 試作中の料理も「食べて行くか?」と誘ってくれたし、とても幸せだった頃。
(…ぼくだって、まさか恋をしたとは…)
 夢にも思っていなかったけれど、あれは確かに恋だった。
 アルタミラの地獄で出会った時から、お互い、その場で一目惚れ。
 だからピッタリ息が合ったし、それはハッキリ分かっていたから…。
(前のハーレイを、キャプテンに推薦したんだよ)
 ソルジャー就任が決まった瞬間、「キャプテンはハーレイしかいない」と思った。
 操船の経験などは皆無で、厨房で働いていたけれど。
 「船など操れなくてもいいから、ハーレイがいい」と。


 キャプテンといえば、船の最高責任者。
 人類軍と戦うようなことになったら、ソルジャーを全力で補佐する立ち位置。
(…ぼくの命を預けるようなものだから…)
 ハーレイにだったら預けられる、と前の自分は確信した。
 他の者では務まらなくても、ハーレイだったら間違いない、と。
(ハーレイ、悩んでいたんだけどね…)
 それでも、前の自分は推した。
 わざわざハーレイの部屋まで出掛けて、こんな風に言って。
 「フライパンも船も、似たようなものだと思うけれどね?」と、殺し文句を。
 食料が無ければ皆は飢え死に、船が無くても死ぬしかない。
 どちらも船には欠かせないもので、ウッカリ焦がしてしまうと大変。
 そう言って、ハーレイの決断を待った。
 「引き受けてくれるといいんだけれど」と、内心、ドキドキだったけれども。
(……だけど、ハーレイ……)
 悩んだ末に、キャプテンの道を選んでくれた。
 料理とは似ても似つかない操舵、それまでマスターしてくれて。
 シャングリラの癖をすっかり掴んで、右に出る者が無い見事な腕を示して。
(…前のぼくの言葉、前のハーレイの名文句ってヤツになっちゃった…)
 いつの間にやら、ブリッジクルーたちに、ウインクしながら告げる言葉に。
 「フライパンも船も似たようなものさ」と、皆の緊張を解きほぐすように。
 どちらも焦げたらおしまいなのだし、焦がさないように気を付けろ、と。
 ハーレイの経歴を知らないクルーは、いつだって目を丸くしていた。
 「噂には聞いていたんですけど、厨房の出身だったんですか?」と。
 それに応えて、ハーレイは豪快に笑っていた。
 「もちろんだとも」と、「だから、お前も頑張るんだな」と。
 生え抜きのブリッジクルーなのだし、もっともっと腕を上げなければ、と。
 フライパンで料理を作るみたいに、シャングリラを自在に操れるようになってくれ、と。


(前のハーレイは、口説き落とせたんだけれどね……)
 キャプテンになってくれっていう難題、と溜息がまた一つ零れる。
 あちらの方が「告白」などより、ずっと重かったに違いない。
 告白だったら断わったって、恋が砕けるだけだから。
 前の自分が肩を落として、すごすご引き上げてゆくというだけ。
 けれども、キャプテン就任の方は、そう簡単には断れない。
 「他に人材がいない」ことなど、明々白々だったから。
 前のハーレイが断った時は、その任務には向かない者がキャプテンになる。
 ソルジャーと息が合うかどうかが、危うい者が。
 何事も無い日々が続いて行ったら、それでも問題ないのだけれど…。
(……人類軍と遭遇したら、シャングリラは沈められてしまって……)
 皆の命も、ミュウの未来も、全てが宇宙の藻屑と消える。
 それはハーレイも承知していたし、一世一代の決断だったろう。
 後の時代は、「フライパンも船も似たようなものさ」と笑っていても。
 焦がさないことが大切なのだと、皆に軽口を叩いていても。
(……あの時は、上手くいったのに……)
 そしてハーレイはキャプテンになって、前の自分の立派な右腕。
 いつしか恋が芽生えた時にも、誰にもバレなかったくらいに。
 キャプテンがソルジャーの側にいるのは、至極当然のことだったから。
 朝食を一緒に食べていようと、夜更けにソルジャーの部屋を訪れようと。
(……あの時のぼくは、今のぼくより……)
 ほんのちょっぴり、背丈が大きくなっていた。
 年齢で言えば十五歳くらいか、今よりは伸びていた背丈。
 手足もそれに合わせて伸びたし、顔立ちも少し大人びたかも。
 今ほど「チビの子供」ではなくて、「少年」程度に。
 もしかすると、それが大きいだろうか、ハーレイの心を動かせた理由。
 キャプテンになるように口説き落として、厨房から転身させられたのは。


(……そうだとすると……)
 告白するには、今の自分は早すぎるということかもしれない。
 今のハーレイの「キスは駄目だ」は聞き飽きたけれど、もしかしたなら…。
(…もう少し、大きくなったなら…)
 ハーレイの心を揺さぶる力が、今の自分にもつくのだろうか。
 じっと見上げて「好きだよ」と言ったら、「俺もだ」と言って貰えるだとか。
 断わられてばかりのキスにしたって、予定よりも早めに貰えるとか。
(…前のぼくと、同じ背丈に育つまでは駄目だ、って…)
 ケチなハーレイは叱るけれども、頑固な心がグラリと揺れる日。
 今より少し大きくなったら、ついつい心を動かされて。
 キャプテンを引き受けてくれたみたいに、考えを変えて「よし」と頷く。
 まるで有り得ないことでもないよ、と膨らむ夢。
 前のハーレイと恋人同士になった時点は、もっと遥かに後だけれども。
 すっかり育って、少年とは言えない頃だったけれど。
(……ハーレイに告白するんなら……)
 もう少し育った時が狙い目かもね、と閃いた。
 ああいう年頃の「ブルー」の姿に弱いのだったら、望みはある。
 キスのその先は駄目にしたって、唇へのキスくらいなら。
 思っているより、もっと早めに、ハーレイのキスが貰えるだとか。
(……やってみる価値は、絶対、あるよね?)
 上手くいったら儲け物だし、告白しないと損だろう。
 たとえハーレイに断られたって、それはその時。
 今も「当たって砕けろ」なのだし、めげずにぶつかって行けばいい。
 「ぼくにキスして」と、「ぼくのこと、好き?」と。
 でないと先には進めないから、諦めないで。
 断わられてばかりの日々だけれども、大きくなるまで待っていないで。


(……あれ?)
 それだと全く変わらないよ、と気が付いた。
 ハーレイにせっせと告白しては、砕けているのが今の現状。
 もう少し大きく育つ時まで、控えるだなんて、とんでもない。
 いくら望みがあるにしたって、それまで我慢するなんて…。
(……無理だってば!)
 だから駄目でも告白だよね、とグッと拳を握り締める。
 ハーレイのことは大好きなのだし、いつでも告白したいから。
 「告白するんなら、もっと大きくなってから」なんて、耐えられるわけがないのだから…。

 

             告白するんなら・了


※ハーレイ先生に告白しては、砕け散っているブルー君。思い出したのが前の生のこと。
 恋の告白より難しいのが成功しただけに、望みはあるかも。けれど我慢が出来ないようですv











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(告白か……)
 そういうヤツがあったんだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それを片手に。
(…告白ってヤツは、プロポーズとは…)
 違うモンだ、と思い付いた言葉を追い掛けてみる。
 特に目的は無いのだけれども、戯れに。
 寛ぎのコーヒータイムのお供に、丁度いい軽い考え事だ、と。
(愛してますとか、好きです、だとか…)
 プロポーズよりは「軽め」になるのが、告白というものの意味。
 結婚を求めるものではないから、ズシリと重くはないのだけれど…。
(それこそ当たって砕けろとばかりに…)
 覚悟を決めて告白しにゆく場面も、この世の中には山とある。
 ほんの子供の幼稚園児でも、ドキドキしながら告げに行ったりするものだから。
 好意を抱いた相手の所へ、小さな花などを握り締めて。
(手を繋いで歩いてくれませんか、って…)
 思い切って告げて、快く笑顔で受けて貰えたら、仲良く散歩。
 幼稚園の園庭を、手を繋ぎ合って。
 休み時間の間だけしか出来ないデートで、それでも満足。
(幼稚園児でも、一人前に…)
 デートするヤツはいたもんだ、と微笑ましくなる昔の思い出。
 人間が全てミュウになった今は、結婚も恋も、何百歳でも出来るけれども…。
(やっぱり、若い間ってヤツが…)
 告白向けの時間だよな、という気がする。
 年齢を重ねてゆけばゆくほど、言葉は重みを増すものだから。
 同じに「愛してます」と言っても、幼稚園児と大人は違う。
 心と身体の成長に合わせて、愛の形も変わるから。
 幼稚園児が思うデートと、大人のデートは行き先からして別だから。


 面白いもんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 こうして口に含んだコーヒー、これにしたって、大人のデートなら小道具の一つ。
 「コーヒーでも飲みに行きませんか」は、立派な誘い文句になるから。
 一緒にコーヒーを飲むだけだったら、さほど覚悟は要らないから。
(……告白よりも、まだ軽めだな)
 ちょいとデートに誘うだけなら…、と考える。
 好意を持った相手だからこそ、コーヒーを飲みに誘うのだけれど…。
(断られたって、こいつは、さほど傷付かないんだ)
 なにしろ喫茶店に誘うだけだし、相手の方も断わりやすい。
 「この人と行くのは、ちょっと嫌だな」と思ったとしても、断るための言葉は色々。
(…ちょっと急いでいるんです、だとか、用事があるとか…)
 相手の心を傷付けないよう、気配りをするのが断りの礼儀。
 それに本当に急いでいるとか、用事があるという場合もあるから…。
(そういう時には、「また今度、誘って貰えませんか」と…)
 言って貰えたら、充分、脈あり。
 万々歳と言っていいだろう。
 次に誘いをかけた時には、きっと一緒に来てくれるから。
 そしてコーヒーを飲みに出掛けて、楽しく話して、気が合ったなら…。
(お次は、もっと本格的に…)
 デートに誘う運びとなって、芝居に行くとか、ドライブだとか。
 そうこうする間に、告白をすることになる。
 「好きなんです」と思いをぶつけて、相手の返事を待つ時間。
 もっともデートをしている時点で、まず断られはしないけれども。
(……そうなってくると、コーヒーを飲みに誘うのが……)
 告白ってことになるのかもな、と顎に当てた手。
 ただ喫茶店に誘っただけで、「好きです」とは言っていなくても。
 告白よりは軽めの言葉で、相手を誘い出してはいても。
 相手が気に入ってくれなかったら、喫茶店に来てはくれないから。
 二人でコーヒーを飲みに行くのが、最初のデートと言えるのだから。


(そうしてみると、告白ってのは…)
 大人だと出番が少なめなのか、という気もする。
 何度もデートをしている仲だと、改めて「好きです」と告白したなら…。
(…プロポーズと同じくらいに、だ…)
 重みを持って来る告白。
 「今よりも、もっと深いお付き合い」、それをしたいという意味だから。
 場合によっては、それがそのまま、プロポーズにもなることだろう。
 「あなたが好きです。ずっと一緒にいて下さい」と言ったなら。
 婚約指輪は持っていなくても、プロポーズするのと全く同じ。
 相手が頷いてくれた時には、次のデートは…。
(二人で宝石店に出掛けて、婚約指輪を選ぶってことに…)
 なるだろうしな、と容易に想像がつく。
 婚約指輪を用意しておくのもお洒落だけれども、選びたい女性だっている。
 自分の好みのデザインだとか、使いたい宝石がある女性。
(そのタイプだ、って分かっていたなら、指輪を贈ってプロポーズより…)
 まずプロポーズで、それから指輪。
 そうすることが出来るかどうかは、告白で決まる。
 デートの最中に切り出して。
 「好きです、一緒にいて下さい」と、一世一代の告白で。
(……うんと重いな、この告白は……)
 軽めじゃないな、と思うものだから、大人だと出番が少ない告白。
 子供のようにはいかない言葉で、当たって砕けたら大惨事。
 だからやっぱり、告白向けの時間というのは、若い間のものだろう。
 好きなら素直に思いをぶつけて、応えて貰えたら儲けもの。
 幼稚園の園庭でデートするとか、もっと大きい子供なら…。
(一緒にショッピングモールに出掛けて、遊んで…)
 買い物に、ちょっとした食事。
 そんな「お付き合い」が似合いの間は、プロポーズよりも軽めの告白。
 急いで伴侶を選ばなくても、まだまだ先は長いから。
 何度告白して、何度されても、好きな人が何度も変わって行っても。


 そう考えると面白いな、と思ったけれど。
 「俺だって、学生だった頃には…」と、懐かしく思い出したのだけれど。
(……ありゃ?)
 告白ってヤツはしていないんだ、と気が付いた。
 される方は、何度もあったのに。
 柔道と水泳の選手だった頃は、とてもモテたから。
 ファンの女性が大勢いたし、差し入れにも不自由しなかった時代。
(好きです、付き合って貰えませんか、って…)
 言われることは珍しくなくて、手作りのプレゼントを渡されたことも。
 相手の女性は「当たって砕けろ」、そういう気持ちだっただろう。
 なんと言っても「ハーレイ選手」は、「彼女」を持っていなかったから。
 決まった女性がいないというなら、チャンスは誰にも平等にある。
 告白をして、見事に心を掴んだならば…。
(…憧れの選手の彼女になれて…)
 運が良ければ、ずっと付き合って、結婚だって出来るかも。
 「ハーレイ選手」がどんなにモテても、捨てられないよう、努力したなら。
 他の女性に盗られないよう、自分を磨き続けたならば。
(……あわよくば、と……)
 告白して来た女性は多かったけれど、その逆は一度も無かった自分。
 どんな女性にも、心を惹かれはしなかった。
 美女も、とびきり可愛い女性も、ファンの中にはいたというのに。
 タイプで言うなら「マメなタイプ」も、「華やかなお姫様」だって。
 けれど誰にも、少しも靡きはしなかった自分。
 どうしたわけだか、ただの一度も。
 告白をされた時の返事も、いつもお決まりの断りの言葉。
 その時々で変わったけれども、「今はスポーツに打ち込みたい」とか。
 「練習時間がとても惜しいから、付き合う時間が取れないんだ」とか。
 女性たちはガッカリしたのだけれども、笑顔で応援してくれた。
 「これからも勝って下さいね」と。


(今から思うと、あれはブルーがいたからで…)
 いつか巡り会う人を想って、自分は待っていたのだろう。
 誰にも告白したりしないで、愛おしい人が現れるのを。
 前の生から愛し続けた、ブルーが帰って来る時を。
(……ということは、告白するなら……)
 相手はブルーで、まだ十四歳にしかならない子供。
 もっと大きく育つ時まで、告白は待つべきだろう。
(チビのくせして、一人前の恋人気取りでいるんだし…)
 下手に「好きだ」と言おうものなら、調子に乗るのに決まっている。
 禁止している唇へのキスを貰おうとしたり、キスのその先を強請って来たり、と。
(……迂闊なことは出来ないからな……)
 告白がそのままプロポーズだな、と未来の自分を想像する。
 愛するブルーに指輪を贈って、「ずっと一緒にいて欲しい」とプロポーズ。
 返事はとっくに分かっているのに、それでもドキドキすることだろう。
 断わられはしないと分かっていたって、心臓がバクバク脈打って。
(……なんたって、一世一代の……)
 ただ一度きりの告白なんだ、と笑みを浮かべる。
 若人たちがしている軽めの告白、それとは重さが違っても。
 告白がそのまま、プロポーズの意味を持っていたって。
(……告白するなら、とびきりの場所で……)
 最高の返事を聞きたいものだ、と未来への夢が広がってゆく。
 前の生では恋を隠し続けて、そのまま終わってしまったから。
 「地球に着いたら」と二人で夢見た結婚、それは叶わなかったから。
 だから今度は、この地球の上で、永遠の愛を誓い合いたい。
 そうするためには、まずは告白する所から。
 ただ一人きりの愛おしい人に、心からの愛と想いをこめて…。

 

             告白するなら・了


※告白という言葉について、考え始めたハーレイ先生。最初は、ほんの軽い気持ちで。
 考える内に気付いたことが、告白を一度もしていないこと。告白は、いつかブルー君に…v











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