(あいつと地球に来ちまったんだよなあ……)
信じられないことなんだがな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
今の自分が住んでいるのは、青い星、地球。
当たり前のように生まれ育ったけれども、前の生では違っていた。
遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれていた頃。
青い水の星は憧れの星で、ミュウたちの約束の場所でもあった。
「いつの日か必ず、青い地球へ」と。
けれど、戦いの末に辿り着いてみれば、全く青くなかった地球。
その上、奪い去られた代償、多くの命が失われた。
アルタミラからの長い歳月、ミュウを導いた「ソルジャー・ブルー」までも。
(…前の俺は、全てを失くしちまって…)
生きる気力も失くしていたのに、行かねばならなかった地球。
そうすることがブルーの望みで、「追ってゆくこと」は許されなかった。
ブルーの寿命が尽きてしまうと分かった時には、共に逝くのだと誓ったのに。
何があろうと離れはしないし、何処までも二人、一緒にゆこうと。
(……それなのに、逝ってしまいやがった……)
俺を残して、と今でも胸がチリリと痛む。
ブルーは帰って来たのだけれども、こんな風に思い出した夜には。
メギドに向かって飛んで行ったきり、戻らなかった恋人を想う時には。
(…あいつは、確かに生きてるんだが…)
この地球の上にいるんだがな、と苦笑した。
今でも自分がこの調子だから、小さなブルーも気付いている。
「ソルジャー・ブルー」の面影が今も、「恋人の中で生きている」ことに。
十四歳にしかならないブルーと、前のブルーは見た目が違うものだから。
(それで嫉妬して、怒るんだ)
鏡に映った自分にな、と可笑しくなる。
まるで小さな子猫みたいだと、銀色の毛皮の子猫なのだ、と。
コーヒーのカップを傾けながら、クックッと肩を揺らして笑った。
「チビのくせに」と、「嫉妬するのだけは、一人前だ」と。
今のブルーはまだ子供だから、唇へのキスは許していない。
お蔭で、更にブルーは嫉妬する。
「前のぼくなら」と、「ソルジャー・ブルー」だった頃を妬んで。
ソルジャー・ブルーは自分だったのに、赤の他人であるかのように。
(まあ、こうやって笑えるのも、だ……)
あいつと地球に来られたからだな、と心で神に感謝した。
見えない神の粋な計らい、「青い地球の上に二人で生まれ変わって来る」こと。
ブルーも自分も、長い長い時を一瞬で越えて、青く蘇った地球に生まれた。
すっかり平和になった時代に、ごく平凡な人間として。
今度はソルジャーでもキャプテンでもなく、穏やかに生きてゆける人生。
(……いいもんだよなあ……)
前と違ってスリルは無いが、と考えてみる。
今だからこそ「スリル」だと言える、緊張の連続だった日々。
燃えるアルタミラから脱出した後、暗い宇宙を長く旅した。
飢えて死ぬかと思った時やら、人類軍に見付からないよう、息を殺していた時やら。
白いシャングリラが出来た後には、平和な時が流れたけれども…。
(それでも、仲間を助け出すために…)
前のブルーも、前の自分も、常に何処かで気を張っていた。
二人きりで過ごした甘い時間も、意識の底には、常に緊張があったろう。
「そういうものだ」と思っていたから、全く自覚が無かっただけで。
今の自分が同じ立場に立たされたならば、じきに参るに違いない。
(…前の俺は、とても強かったんだな)
身体が頑丈だったというだけじゃなく…、と感心する。
心も今より遥かに強くて、打たれ強かったに違いないぞ、と。
(……うん、そうだな……)
確かにそうだ、と気付かされたのが、前の自分の「心の強さ」。
前のブルーを失った後も、前の自分は懸命に生きた。
ブルーがそれを望んだから。
「頼んだよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
どんなにブルーを追ってゆきたくても、そうすることは許されない。
約束の場所へ辿り着くまで、白いシャングリラを地球へ運んでゆくまでは。
(…そうは言われても…)
今の自分なら、どうなったろうか。
生ける屍のように成り果ててもなお、地球への道を歩めただろうか。
(……そいつは、ちょっと……)
勘弁願いたいというもんだ、と肩を竦める。
いつ終わるともしれない旅路を、「ブルー無しで」歩んでゆくなんて。
「何処までも共に」と誓った愛おしい人を、失っても生きねばならないなんて。
しかも大勢の命を背負って、進んでゆかねばならない旅。
本当に「生ける屍」だったら、とても務まらなかった立場。
(…俺の心は死んでいたって…)
身体はキビキビと動き続けて、それと一緒に、精神も働き続けていた。
ブルーを失くして「死んでしまった」心を隠して、それまでの自分と同じように。
白いシャングリラを預かるキャプテン、皆が頼りにする者として。
(……俺には出来んな……)
とても無理だ、と考えただけでも恐ろしい。
今の自分が、もしもブルーを失ったなら…。
(…泣き喚くどころじゃ済まないぞ)
ショックで心臓が止まるかもな、という気さえする。
前の自分は、その衝撃を乗り越えたのに。
「ブルーが死ぬ」と知っていてなお、去り行く背中を見送れたのに。
今の自分は「持っていない」と、ハッキリと分かる、前の自分が持っていた強さ。
愛おしい人を失った後も、使命感だけで生きてゆく力。
(……とても無理だな)
あいつのいない人生なんて、と足元が崩れ落ちてゆくよう。
ぽっかりと空いた大きな穴へと、今の自分は飲み込まれて消えてゆくのだろう。
今のブルーを、失ったなら。
ある日突然、小さなブルーがいなくなったら。
(…そんなこと、起こりやしないんだが…)
今は平和な時代だしな、と思うけれども、それでも事故というものはある。
前の自分が生きた頃より、技術は遥かに進歩したけれど。
(……宇宙船の事故は、数えるほどで……)
滅多に起こりはしないものだし、起きた場合も、殆どの者は生還している。
よほど不幸な事故でなければ、命を失くしはしないけれども…。
(…今のあいつは、サイオンを上手く扱えなくて…)
タイプ・ブルーとは名ばかりだから、生存率は下がるだろう。
普通なら張れるサイオン・シールド、それを張ることが出来ないから。
突然の事故で宇宙に投げ出されたなら、今のブルーは死ぬしかない。
運よく周りに誰かいたなら、そのシールドに入れるけれど…。
(一瞬が命取りだしなあ…)
宇宙って場所は、と前の自分も、今の自分も、よく知っている。
「シールドを張れない人間がいる」と気付いて貰えるまでの間の、ほんの数秒。
それだけあったら、宇宙はブルーの命を奪う。
真空の空間で、窒息させて。
絶対零度の世界で凍らせ、小さな身体を圧し潰して。
(……本当に、そうなっちまうんだ……)
今のブルーが、宇宙船の事故に遭ったなら。
救命艇へと乗り移る前に、船が砕けてしまったならば。
そうなったならば、今の自分はブルーを失くす。
戻って来てくれた愛おしい人を、前の自分がそうだったように、奪い去られて。
(……もしも、あいつを失ったなら……)
きっと生きてはゆけないだろう。
前と違って、そこまで自分は強くはない。
それにブルーを失ってもなお、生きねばならない意味だって、無い。
(…俺が突然、いなくなっても…)
困るようなヤツは誰もいないな、と断言できる。
悲しむ者は大勢いたって、「生きてゆけなくなる」者はいない。
白いシャングリラを預かるキャプテンだった頃は、皆の命を支えたけれど。
キャプテンの自分の判断一つで、船の仲間の生死が左右されるから。
けれど今では、誰の命も…。
(預けられてはいないんだ)
ただの古典の教師なのだし、単なる社会の一員なだけ。
ブルーを失い、ショックで死んでしまったとしても、世界は変わらず回ってゆく。
教師の職は誰かが引き継ぎ、柔道部の顧問も、誰かが引き継ぐ。
嘆き悲しむ人の心も、その内に時が癒してくれる。
(…死んじまっても、いいってことだな)
今の俺なら、とフワリと軽くなる心。
ブルーを失うことがあっても、前ほど辛くないのだ、と。
失った時は、ブルーを追ってゆけばいい。
ショックで心臓が止まらなくても、自分の好きな方法で。
誰も「生きろ」と命じはしないし、今のブルーも…。
(…今度は、俺を止めやしないさ)
それどころか、待っているんだろうな、と浮かんだ笑み。
幸せに育った今のブルーは、そうだろうから。
一人きりでは寂しすぎるから、「ハーレイも来て」と言うだろうから。
(…そんな心配、要らないんだが…)
万一の時には、追って行くか、と傾けるコーヒーのカップ。
もしもブルーを、失ったら。
不幸な事故が起きてしまって、今のブルーを失くしたならば…。
失ったなら・了
※もしもブルーを失ったなら…、と考えてみたハーレイ先生。ショックで止まりそうな心臓。
けれど今度は、ブルーを追っても許されるのです。前ほど心が強くなくても大丈夫v
「ねえ、ハーレイ。ちょっと聞きたいんだけど…」
かまわないかな? と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶のセットが乗ったテーブルを挟んで、向かい合わせで。
(来た、来た、来た…)
またまたロクでもないヤツだ、とハーレイが心でついた溜息。
こういった時のブルーの質問、それは大抵、厄介なもの。
ウッカリ答えを返したばかりに、何回、肩を落としたことか。
「俺としたことが、また引っ掛かった」と。
「こんなことだと思っていたのに、やっちまった」と。
そうは思っても、聞き流すことも出来ないから…。
「ほう…。質問というのは、授業のことか?」
あえて方向を逸らしたけれども、ブルーは首を左右に振った。
「そうじゃなくって、ハーレイのことだよ」
「なるほどな。そういうことなら、中身による」
真っ当なものなら答えてやろう、と言ったら膨れたブルー。
「ハーレイのケチ!」と、頬っぺたをプウッと。
「中身によるって、それって、ケチだし!」
「俺は何度も懲りているんだぞ、選択をする権利がある」
くだらん質問には答えられない、とハーレイは腕組みをした。
「真面目なことなら、いくらでも返事をしてやろう」と。
「答える価値がある質問なら、言ってみろ」と。
「それじゃ聞くけど、ハーレイ、おねだりをどう思う?」
小さな子供がよくやっているヤツ、と投げ掛けられた問い。
「お店の前とかで見かけるでしょ?」と。
「はあ?」
「おねだりだってば、ああいう子供は許せない?」
叱りたくなる方なのかな、とブルーは興味津々な様子。
「ハーレイは気が短い方かな」と、「叱っちゃう?」と。
「ああ、アレか…。俺は、どちらかと言えばだな…」
微笑ましく見守っちまう方かな、と笑みを浮かべた。
褒められたものではないのだけれども、子供らしい我儘。
素直に気持ちをぶつけているのも、愛らしいから。
たとえ手足をバタバタとさせて、道にひっくり返っていても。
可愛いと思う、子供の「おねだり」。
幼い間は、我儘だって、言うべきだろうというのが信条。
自分を殺した「いい子」なんぞより、断然、悪ガキがいい。
だから我儘を言っても許すし、おねだりだって暖かく見守る。
おねだりする子の両親だって、さほど困ってはいないから。
「みっともないぞ」と叱っていたって、我が子は愛しい。
道でバタバタ暴れていようと、大泣きをして叫ぼうと。
そう思うから、ブルーに「俺は許すな」と笑顔で答えた。
「ああいう姿も可愛いもんだ」と、「元気でいい」と。
そうしたら…。
「それなら、ぼくもおねだりしていい?」
許せるんなら、とブルーの瞳が輝いた。
「ぼくも我儘を言っていいでしょ」と、「子供だから」と。
「なんだって?」
「だから、キスして! ぼくの唇に!」
おねだりしちゃう、とブルーは嬉しそうだけれども…。
「馬鹿野郎!」
小さな子供と言った筈だぞ、とブルーの頭に落とした拳。
「お前は小さくないだろうが」と。
「キスをするには小さすぎるだけで、充分、デカイ」と…。
おねだりされたら・了
(前のぼく、最初のミュウだったんだよね…)
しかも最強のタイプ・ブルー、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(今の時代は、人間は、みんなミュウなんだけど…)
あの頃は違っていたんだよ、と前の生へと思いを馳せる。
機械が人間を統治していた世界。
滅びゆく地球を蘇らせるためだけに、人間を生かしていた時代。
SD体制が目指したものは、ただ一つ、地球の再生だけ。
人間は全て、そのための道具。
血の繋がった家族さえをも奪い去られて、機械に都合よく育て上げられた。
人工子宮から生まれた後には、養父母の許で十四歳まで。
十四歳の誕生日を迎えたら、養父母の手からは引き離された。
適性に応じて、様々な種類の教育ステーションへと、送り出すために。
其処で専門の知識を覚えて、あちこちの星へ散ってゆく。
一般市民も、軍人なども、機械は「そうして」育てていた。
誰も「疑問を抱かないように」。
機械に統治されることにも、人間よりも地球が優先されることにも。
(だから、十四歳になったら……)
施されていた記憶処理。
「成人検査」と言えば聞こえはいいのだけれども、実際は記憶を書き換えること。
養父母の許で過ごした期間の、色々なことを。
「機械が治める世界」には不向きな、温かな子供時代の思い出。
ヒトがヒトらしく生きてゆくには、それは欠かせないものなのに。
養父母は「養育係」ではなくて、血の繋がりは無くても「家族」だったのに。
(……だけど、SD体制の時代には……)
家族の情など、不要のもの。
持っていたなら、足を引っ張るかもしれないのだから。
そういう理由で行われていた、記憶の消去。
前の自分は「何も知らずに」、成人検査を受けに出掛けた。
記憶は失くしてしまったけれども、その辺りだけは覚えている。
自分の他にも、同じ年頃の少年や少女が集められた施設。
検査服のようなものを着せられ、椅子に腰掛けて順番を待った。
やがて現れた、何処から見たって看護師な女性。
「あなたの番よ」と声を掛けられ、素直に後ろについて行った自分。
(……あの頃の成人検査は、ホントに検査で……)
後の時代の、ジョミーたちとは違っていた。
恐らく「検査」だと、印象づけるためだったろう。
医療検査用の機械が待ち受けていて、その上に大人しく横たわって…。
(…検査なんだと思ってたのに…)
機械の内部に送り込まれたら、いきなり告げられた「記憶を消す」こと。
今日まで大切に育み続けた、自分が生きて来た証を。
(……忘れろだなんて言われても……)
そんなこと、出来る筈もない。
忘れたくないから、「嫌だ」と叫んだ。
記憶を消そうとしてくる機械に、精一杯に反抗して。
(…そしたら、機械が壊れてしまって…)
自分でも全く分からなかった、「いったい何が起きたのか」。
木っ端微塵に砕けた機械は、欠片になって宙を漂っていた。
機械の側には「殺さないで」と、震え、怯えて叫び続ける看護師の姿。
(…本当に、ぼくがやったんだろうか、って…)
呆然と両手を眺める間に、銃を持った男たちが駆け付けて来た。
問答無用で発砲されて、気を失ってしまった自分。
(……撃たれて死んだと思ったのに……)
目を開けた時は、既に地獄の住人だった。
「人間ではないモノ」と判断されて、檻のような場所に押し込められて。
人類には脅威でしかない化物、そういった風に決め付けられて。
(機械を壊した時に、サイオンが目覚めたんだけど…)
どうしたわけだか、同時に色素を失った。
金色だった髪は銀色に変わり、水色だった瞳は、血の色の赤に。
(……あんな変化を起こしたミュウは、前のぼくだけ……)
他には一人も出て来なかったし、タイプ・ブルーも現れなかった。
「タイプ・ブルー・オリジン」と呼ばれてはいても、タイプ・ブルーは一人だけ。
人間たちは、続々と現れ始めたミュウを恐れていたけれど…。
(…ミュウそのものは、SD体制が始まるよりも前に…)
既に存在していたという。
SD体制が崩壊した日に、キースがそれを発表するまで、誰も知らずにいたのだけれど。
(…ずっと昔にも、ミュウは生まれていたんだよ…)
人工子宮などを作った、SD体制の前の時代の研究者たち。
彼らはミュウの因子に気付いて、それをどうするべきかで迷った。
新しい時代を担うべき者か、抹殺すべき者なのかと。
(答えは出なくて、後は歴史に任せることに…)
ミュウが進化の必然だったら、たとえ端から抹殺しようと、生き延びる筈。
それで機械に与えた指示。
「生まれて来たミュウは、処分していい。しかし、因子を消してはならない」と。
機械は彼らの命に従い、実験体以外のミュウを殺した。
実験体にされたミュウたちも、過酷な実験に耐えかねて死んでいったけれども…。
(…前のぼくが、生まれるよりも前にも…)
ミュウは生まれていたのでは、と「真実」を知る今だから思う。
成人検査に抗わなければ、攻撃力のあるミュウでなければ…。
(……マツカみたいに、検査をパスして……)
人類の中で生きてゆけたのだろう。
「自分は、少し変なのでは」と思いはしても。
普通の人間と何処か違うと、奇妙な力に気付きはしても。
(…前のぼくが、危険すぎたから…)
人類は「ミュウ」を抹殺するべく、成人検査を厳重にした。
そして多くのミュウが見付かり、ついにはアルタミラを星ごと破壊したけれど…。
(……前のぼくが、ミュウでなかったら?)
ごくごく普通の人間だったら、歴史は変わっていたかもしれない。
いずれはミュウの時代になるのだけれども、それまでに通ってゆく道が。
アルタミラの惨劇は起こることなく、まるで全く違った流れ。
(…ちょっと想像も出来ないけれど…)
その可能性もあったんだよね、と赤い瞳を瞬かせる。
前の自分が「ミュウでなければ」、多分、歴史は変わったろうから。
(……ただの「ブルー」って名前の子供……)
養父母に愛され、可愛がられていたのだろう「ブルー」。
だからこそ記憶を失くしたくなくて、成人検査に抗おうとした。
サイオンを目覚めさせてまで。
身体をアルビノに変化させてまで、成人検査の機械を破壊して。
(でも、前のぼくがミュウでなかったら…)
逆らっても機械を壊せはしなくて、記憶は奪い去られただろう。
そうなっていたら、成人検査をパスした後は…。
(機械に書き換えられた記憶を、本物なんだと思い込んで…)
少しも疑いさえもしないで、システムに馴染んでいったと思う。
教育ステーションで学ぶ間に、地球を蘇らせるためにと、忠誠心を培って。
機械に従うことを覚えて、それが当然なのだと信じて。
(そしたら、前のぼくは…)
とても平凡な生を送って、穏やかに死んでいったのだろうか。
社会の中での務めを果たして、満足して。
もしかしたら一般人のコースに進んで、結婚して、子供を何人か育てて。
(…そうだったかもね?)
その方が平和だったのかもね、と考えないでもない。
前の自分がミュウでなかったら、歴史は変わっていただろうから。
「タイプ・ブルー・オリジン」が、もしも生まれなかったなら。
ただの「ブルー」のままで終わって、ミュウにはならなかったなら…。
(…アルタミラは、壊されたりはしなくて…)
大勢のミュウが命拾いをしたかもしれない。
ミュウだと知られず、成人検査をパスしていって。
研究施設で命を落とした大勢のミュウも、メギドの炎に殺されたミュウも。
(……その方が、良かったのかもね……)
みんなのためには、と落ち込んでゆく気持ち。
前の自分がミュウだったばかりに、死へと続く道を歩む羽目に陥った、他のミュウたち。
彼らには何の罪も無いのに、「危険な生き物」と判断されて。
「タイプ・ブルー・オリジン」が危険すぎたばかりに、恐れられて。
(…前のぼくが、ミュウでなかったら…)
いったい何人が助かっただろう、と涙が零れそうになる。
「その方が、きっと良かったんだよ」と、戻れない過去を思い返して。
今更、どうにもならないことでも、自分が悪いように思えて。
(……前のハーレイたちだって……)
あんな酷い目に遭わなくて済んだ筈なんだよ、と噛み締める唇。
きっと成人検査をパスして、幸せに生きてゆけただろう、と。
(…ごめんね……)
本当に悪いことをしちゃった、と溢れ出した涙。
前の自分がミュウだったせいで、大勢のミュウに迷惑をかけた、と。
(……前のぼくが、ミュウでなかったら……)
会わずに終わっただろう、前のハーレイ。
生まれた時代が違いすぎたから、前のハーレイが生まれる頃には…。
(…前のぼくは、とっくに死んじゃっていて…)
巡り会う機会は訪れなかった。
それでも、良かったのかもしれない。
前のハーレイたちが「ミュウだ」と知られず、平穏な生涯を送れたならば。
(……そうだよね?)
そうだったかも、と泣きじゃくっていたら、耳に届いたハーレイの声。
「本当に、そうか?」と。
「お前に会えずに終わるよりかは、あれで良かったと思うがな」と。
(……ハーレイ!?)
今の、ハーレイの思念だったの、と見回すけれども、そんな筈もない。
人間が全てミュウになった今では、思念波を飛ばすのは、マナー違反だから。
(…でも…)
ハーレイなら、そう言ってくれる気がする。
この場にいたなら、涙をそっと拭ってくれて。
「前のお前は、ミュウでいいんだ」と、「ソルジャー・ブルーは大英雄だぞ」と。
(……勝手な思い込みだろうけど……)
それでも、ハーレイなら言ってくれるよ、と浮かべた笑み。
前の自分がミュウでなかったら、ハーレイに出会えはしないから。
二人で青い地球にも来られず、一緒に生きてゆける未来も無いのだから…。
ミュウでなかったら・了
※ブルー君が、ふと考えたこと。前の自分がミュウでなかったら、と。歴史まで変わりそう。
気が付いたら、落ち込んでしまったのですけれど…。ハーレイ先生なら、きっとこんな具合v
(今じゃ、全員、ミュウなんだよなあ…)
ミュウじゃないヤツなんていやしないんだ、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
死の星だった地球が青く蘇った今の時代は、人間と言えばミュウしかいない。
誰もがミュウになっているから、サイオンも当たり前のもの。
「サイオンを使わない」ことがマナーになるほど、普通の力とされている。
持っているのが当然だけれど、「出来るだけ、使わずに」が社会のルール。
思念波の代わりに言葉を使って、物を動かすのも「自分の手足で」。
(空を飛ぶのは、論外だってな)
タイプ・ブルーも、さほど珍しくはなくなったせいで、生まれた常識。
飛ぶのだったら、そのために整備されている場所で、空を飛ぶこと。
「遅刻しそうだ」と飛んでゆくなど、非常識だとされている。
もちろん、瞬間移動で「パッと移動する」のも、「いい大人」ならば…。
(やっちゃいかんのが、今なんだ)
人間らしく生きてゆかねば、というのが今の時代の考え方。
遠い昔に地球を滅びに向かわせた理由を、よくよく検討した結果。
「便利さ」ばかりを追い求めたヒトは、自然を破壊し、地球を滅びに導いた。
そうならないよう、あえて「便利さ」を優先しない世界が出来た。
「いつでも、何処でも」連絡が取れたネットワークなどを、切り捨てて。
せっかく、そのように生きてゆくのだから、サイオンも同じに「使わない」もの。
「ヒトらしく生きる」が、今の時代の合言葉。
だから、ミュウしかいない世界でも…。
(……人類が見ても、全く気付かないかもな?)
道をゆく人々が、全てミュウだとは。
たった今、言葉を交わした相手が、「人類の敵」のミュウだったとは。
想像してみると、面白い世界。
今はもういない「人類」が見ても、「ミュウがいる」とは気付かないだろう「今」。
まさか、そのように進化しようとは、前の自分も思わなかった。
遠く遥かな時の彼方で、地球を目指していた頃は。
前のブルーと生きていた頃も、前のブルーを失くした後も。
(いつか地球まで辿り着いたら、人類と和解して……)
共存の道を歩みたい、というのが当時のミュウたちの悲願。
ミュウの存在を認めて貰って、人類と共に、社会を、世界を構築すること。
(……ところが、どっこい……)
最後の最後に分かった真実、国家主席だったキースが流したメッセージ。
それを目にして、皆、驚いた。
ミュウは「異分子」ではなかったのだ、と。
SD体制が始まるよりも前、既に特定されていた「ミュウ因子」。
グランド・マザーには、それを消すことが許されなかった。
ミュウは「進化の必然」だから。
人類の中から新たに生まれた、次の時代の人間だから。
(…そうでなければ、自然消滅するだろう、と…)
ミュウの因子を放置したまま、始まったSD体制の時代。
やがて最初のミュウが生まれて、人類は慌てて手を打った。
「この異分子を滅ぼさねば」と、閉じ込め、研究対象にして。
それでもミュウは増えてゆくから、ついには育英都市があった星ごと…。
(メギドで破壊したってわけだが、前の俺たちが、逃げ出して…)
生き延びたばかりか、ミュウの子供を救い出しては、次の時代に繋いでいった。
ついには地球まで辿り着いた上、SD体制を倒した世代を。
進化の必然だったからこそ、「そうなったのだ」と、キースも悟った。
けれど、その後に続いた時代は…。
(アッという間に、人類までミュウに変わっちまって…)
ミュウしかいなくなってしまって、揉めている暇も無かったという。
人類までミュウに進化したなら、争う理由は無いのだから。
誰も思わなかった速さで、人類はミュウに進化した。
何故なら、ミュウと接触したなら、「ミュウになりたい」と望んだら…。
(…誰の中にも少しはあった、ミュウ因子ってヤツが…)
覚醒するから、直ぐにミュウへと変化してゆく。
進化というのは、そういったもので、今では、とっくに「ミュウしかいない」。
(そうなっちまうのを恐れたのかもなあ、SD体制を作ったヤツらは…)
ミュウは体制に馴染まないから、と考えていて、違う方へと向かった思考。
「もしも」と、前の生へと思いを馳せて。
アルタミラで生まれた前の自分が、「ミュウ因子を持っていなかったら」と。
(……あの時代だと、ミュウは端から殺すか、研究施設にブチ込むか……)
その辺を自由に出歩かないから、一般市民がミュウと接触する機会は無い。
つまり「ミュウ因子が目覚める機会」は、絶対に来るわけがない。
因子を持たずに生まれて来たなら、最後まで「人類」として生きてゆくだけ。
異分子のミュウの存在も知らず、ごく平凡な生を送って。
(…そうなっていたら、まずは成人検査だな)
受けたって、大して変わりやしないぞ、と苦笑する。
なんでも「子供時代の記憶を奪って、都合よく書き換える」らしいけれども…。
(前の俺には、成人検査よりも前の記憶が無かったからな)
検査と、その後に続いた人体実験、それが全てを奪っていった。
両親の顔を忘れるどころか、その名も覚えていなかった。
それに比べれば、成人検査を無事にパスした子供たちの方が…。
(子供時代も、故郷の記憶も、多めに覚えていたろうさ)
たとえ機械が書き換えていても、基本の部分は「残す」から。
幼馴染や、故郷の星やら、そういったものは「忘れない」。
前の自分も、何の疑問も抱かないまま、「その後」を生きていっただろう。
教育ステーションで四年学んで、社会に出て。
他の人間たちと全く同じに、ミュウのことなど知らないままで。
(…いったい何になったんだろうなあ?)
メンバーズなんぞは無理だろうし、と想像の翼を羽ばたかせる。
前の自分が、シャングリラで担った役どころから、考えられる職業は…。
(料理人か、宇宙船のパイロット…)
だが、パイロットは後付けだしな、と思いもする。
前のブルーが「キャプテンに」と推したお蔭で、そうなっただけ。
とはいえ、適性がまるで無ければ、操船技術を覚えることは出来ないだろうし…。
(成人検査で、適性も判断するんだっけな?)
機械が才能を見出していたら、料理人の道に進むよりかは、パイロット。
そうなっていた可能性の方が高いな、と容易に分かる。
いくら「料理人」が夢だったとしても、そのコースには行けないで。
料理はあくまで趣味としてしか、楽しませては貰えないで。
(それがSD体制ってヤツだ)
希望が通るとは限らない世界、「やりたい」と「やれる」は違った世界。
前の自分は、パイロットになっていたのだろう。
何処まで出世できていたかは、自分でも分からないけれど。
(…パイロットになってりゃ、故郷の星にも…)
立ち寄る機会は多いだろうし、「懐かしいな」と何度も街を歩いたろうか。
両親に会いに行こうだなどとは、思いもせずに。
その辺のことは、機械が処理しているだろうから、幼馴染でも探しながら。
(……待てよ?)
故郷の星は、あのアルタミラがあった、ジュピターの衛星。
ミュウ殲滅のために、メギドの炎で砕かれたガニメデ。
(もしかしたら、アルタミラ事変の時にも……)
パイロットになった前の自分は、故郷の星にいたかもしれない。
いつも通りに宙港に降りて、休暇を楽しんでいる最中に…。
(緊急呼び出しが入って、慌てて離陸で…)
直後に、遠く離れた場所から、砕ける故郷を見たのだろうか。
何が起きたのかも分からないまま、呆然として。
(……俺の故郷が……)
跡形もなく砕けるなんて、と考えただけでゾッとする。
前の自分は「ミュウだったから」、命からがら逃げ出し、自由になったけれども…。
(ミュウでなければ、故郷を失くして……)
二度と戻れやしなかったんだ、と違う視点で見て驚いた。
きっと「その目に遭った」人類だって、一人くらいはいただろう。
アルタミラで育ってパイロットになり、何度も寄った故郷を失った「誰か」。
前の自分が「それ」だったならば、どれほど悲しかっただろうか。
懐かしい航路を飛んで行っても、故郷の星には、二度と降りられないなんて。
その宙域を飛んでみたって、砕け散った名残りがあるだけなんて。
(…そいつは、勘弁願いたいぞ…)
脱出した方のミュウで良かった、と心底、思った。
当時は呪っていた運命も、さほど悪くはなかったのだ、と。
成人検査をパスしていたなら、失った筈の「故郷の星」。
おまけに、前のブルーに出会うことさえ、一般人では無理だったろう。
故郷の星に何度降りても、研究施設に近付くことなど、出来はしないし…。
(前のあいつが、そんな所にいることも…)
知らないままで、一生を終えていった筈。
故郷の星があった宙域、其処を何度も飛びながら。
「どうして砕けてしまったんだ」と、真相も知らずに悲しみながら。
(……やっぱり、ミュウでなければ駄目だな)
前の俺は、と傾けるコーヒーのカップ。
故郷の星を失くすなんぞは、御免だから。
前のブルーと出会えずに終わる、人生などは最悪だから…。
ミュウでなければ・了
※前の自分がミュウでなかったら、と考えてみたハーレイ先生。人類だった場合の人生。
故郷の星を失った上に、前のブルーにも出会えないまま終わる生涯。悲しすぎかも。
(変身する、っていうのがあるよね…)
未だに夢の能力だけど、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ずっと昔から、人間の夢…)
何かに変身するってことは、と考えてみる。
物語の中の魔法使いが変身したり、他の人間を変身させたり。
(…シンデレラ姫も、変身の一種…)
シンデレラの肉体はそのままだけれど、衣装も髪型も魔法で変わる。
みすぼらしい娘から、お城の舞踏会でも通用する立派な姫君へと。
(おとぎ話だと、変身するのも多いよね?)
魔法を使える人間もそうだし、妖精の類も変身するもの。
もっと昔に遡ったら、神話の中にも沢山ある。
(人間が植物に変わっちゃうとか…)
ギリシャ神話に幾つもあるよ、といくらでも思い出せる変身物語。
他の神話にも、その手の話は少なくない。
きっと昔から人が夢見た、変身するという能力。
(…植物になったら、何も出来なくなっちゃうけれど…)
鳥や動物に姿を変えたら、その能力が手に入る。
翼を広げて空に舞い上がり、海も山も越えて飛んでゆくとか。
とても足の速い馬にでもなって、行きたい場所まで駆けてゆくとか。
(…だけど、今でも夢の能力…)
変身できる人はいないんだよね、と最初の所に戻った思考。
人間が全てミュウになった今でも、変身能力を持つ人間はいない。
『ミュウ』という種族が誕生してから、かなりの時が経っているのに。
死の星だった地球が青く蘇り、豊かな自然が息づく世界になるくらいに。
(……うーん……)
やっぱり夢の夢なのかな、と思う「変身」。
サイオニック・ドリームを使えば、そのように見せかけることは出来ても…。
(実際の姿は変わらないから…)
それは変身とは呼べないだろう。
「変身した」ように見せかけた姿が、どんなに完璧だったって。
姿に伴う能力までをも、サイオンで再現して見せたって。
(…ドラゴンになって、火を吐いたって…)
その火で何かを燃え上がらせても、それはサイオンの「別の働き」。
「炎を生み出す」サイオンの力、それを使っているのに過ぎない。
決して「自分が吐いた火」ではなく、姿もドラゴンに変わってはいない。
そういった風に見えているだけ、全く変身できてはいない。
(…やってる本人が、一番、自覚してるよね…)
変身なんかは出来ていないこと。
観客たちが拍手したって、ドラゴンなんかは「何処にもいない」ということを。
(……本当に変身するんなら……)
身体の組織を、まるごと変えることになる。
ドラゴンは実在してはいないし、現実的な所で考えるなら…。
(鳥になるなら、鳥の身体に…)
肉体を変化させなければ。
空を飛んでゆく鳥の身体は、骨格どころか、骨までがヒトとは全く別物。
(…基本は同じなんだろうけど、鳥の骨は、うんと軽くって…)
空洞が幾つもあるのだったか、それとも別の仕組みだったか。
どちらにしても、人間とは違う重さと密度を持った骨。
それを獲得しないことには、鳥にはなれない。
更に骨格を鳥のものへと、すっかり変えてしまわなければ。
(……人間の身体には、全く無い骨……)
そんな骨まで作り出した上で、鳥のそれへと組み替える骨格。
でないと、鳥にはなれないから。
大空を自由に舞える翼は、自分のものにはならないから。
(…とっても大変…)
腕が翼になるだけじゃないし、と考えただけでも疲れそう。
そこまでの変化をするのだったら、常識でいけば、とても一瞬の間には無理。
(……医学の力を借りたって……)
長い長い時間がかかるだろうし、恐らく、そんな実験は禁止。
「人間が人間でなくなる」ような、技術を開発してはいけない。
いくら平和な時代であっても、それは「神への挑戦」だから。
神の領域を侵す行為で、SD体制の時代と似たようなもの。
「無から人間を造った機械」と、いったい何処が違うというのか。
たとえ本人が望んでいたって、やってはいけない「ヒトを変身させる」こと。
どうしても変身したいのだったら、「自分でやる」しかないだろう。
さっき「たとえば…」と想像したみたいに、身体の組織を組み替えて。
サイオンを「そのように」使いこなして、一瞬の内に。
(ちょっと想像も出来ないんだけど……?)
身体の組織の組み替えなんて、と探った自分の頭の中身。
前の生での記憶があるから、サイオンの知識は「それなりに」ある。
遠く遥かな時の彼方で、最強と謳われた「ソルジャー・ブルー」が持っていた「それ」。
人類さえもが「伝説のタイプ・ブルー・オリジン」と呼んだくらいの能力者。
もっとも、生まれ変わりの自分は、サイオンなんかは…。
(まるで全く、使えないんだけど…!)
思念波だってロクに紡げないよ、と情けなくなる今の能力。
それでも知識は充分あるから、変身が可能になるかどうかは…。
(……考えてみれば、答えは出るかも……)
どうなのかな、と前の自分の知識を探る。
似たようなことをやっていないか、何かを応用できないか、と。
空間を飛び越える瞬間移動。
自分の身体を別の場所へと飛ばすのだけれど、身体の組織は変化はしない。
別の所へ移動するだけ、身体の置き場を変えているだけ。
(とんでもない距離を飛んだって…)
細胞に変化が起こりはしないし、微塵も変わらない自分の肉体。
この能力を応用したって、変身するのは絶対に無理。
(…空を飛べるのも…)
念動力が強いというだけ、重力に逆らえるだけの強さがあるに過ぎない。
翼が生えてくるわけではなく、やはり参考にはならない能力。
(念動力だって、細胞の仕組みは変えられないし…)
そんな風には作用しないのが、念動力。
サイオン・バーストを起こした所で、身体の組織が壊れはしても…。
(単に身体が持たないってだけで、組織が変化するのとは…)
違うんだよね、と「自分の身体」が知っている。
前の自分がメギドの破壊に使った、最後の力がサイオン・バースト。
限界を超えてサイオンを使えば、力が暴走し始める。
自分が「生きる」ための力を、全てサイオンに変える方へと。
爆発的な力が生まれる代わりに、身体の組織は壊れてしまって、死が待つだけ。
誰かが止めに入らなければ、そうなってしまう。
(…あれだけの力を放出したって、身体の組織は…)
ちっとも変わりはしないんだから、と零れる溜息。
つまり決して出来ない変身、身体を作り変えることは出来ない。
人類は持たなかった能力、サイオンを使いこなしても。
どれほどの力を発揮しようと、『ミュウ』が変身することは無理。
今も変身は夢のまた夢、物語の中にしか存在しない。
人間が全てミュウになっても、「タイプ・ブルー」が珍しくはない時代でも。
(……変身するのは、無理みたい……)
変身できたら楽しそうだ、と思うのに。
自由に姿を変えられるのなら、人間が持たない力を使いこなせるなら。
(鳥になれたら、空を飛べるし…)
魚になったら、海の中を自由に泳いでゆける。
虚弱に生まれた身体なんかは、少しも苦にはならないで。
変身したからには、鳥も魚も、その姿での能力をフルに使える筈なのだから。
(…えーっと…?)
だったらウサギ、と頭に浮かんだ、幼かった頃の自分の目標。
幼稚園の頃に、ウサギの身体に憧れた。
いつも元気に跳ね回っていた、幼稚園で飼われていたウサギたち。
(だから、ぼくだって、ウサギになれたら…)
元気な身体が手に入るだろう、と夢は「ウサギになること」だった。
ウサギと仲良くしていたならば、いつか「なれるに違いない」と。
「ウサギになる方法」を教えて貰って、ウサギになろう、と。
(……それって、ウサギに変身するっていうこと……)
そういう形の夢だったんだ、と今頃、気付いた。
同じ変身するのだったら、ウサギでなくても良かったのに。
「もっと元気な身体がいいよ」と、「健康な身体の人間」に変身したならば…。
(…パパとママに、庭で飼って貰わなくても…)
ウサギの小屋を作って貰わなくても、自分の部屋で暮らしてゆけた。
食事も、おやつも、人間用で。
もちろん、両親とも自由に話せて、友達とだって遊び回って。
(ぼくって、とても馬鹿だった…?)
小さいから仕方ないんだけれど、と思うけれども、足りなかった知識。
今の時代も夢の能力、変身する力を使うというのに、それで変身するものがウサギ。
他の選択肢も、あったのに。
わざわざウサギを選ばなくても、別の姿になれただろうに。
(……もしも、ウサギになってたら……)
庭をピョンピョン跳ね回るだけで、ニンジンなどを貰えるだけ。
他の動物なら、もっと世界が広いだろうに。
たとえば猫になっていたなら、生垣をヒョイとくぐり抜けて…。
(家の外まで散歩に行けるし、他所の家の庭でも遊べるし…)
猫の友達も出来るだろうから、ウサギなどより、ずっといい。
けれど、それより、もっといいのは「健康な人間」に変身すること。
すっかり元気になれるけれども、他には何も変わりはしない。
それでも「ウサギになる」よりはずっと、素敵な世界が手に入る。
いつかハーレイと出会った時にも、ウサギの姿だったら困るけれども…。
(人間だったら、今と同じで…)
何も不自由しないのだから、人間に変身するべきだった。
幼かった頃の夢が、叶っていたら。
今の時代も夢の能力、変身する力があったなら。
(……そんな力が無くて良かった……)
ウサギになってしまってからじゃ手遅れ、とホッと安堵の息をつく。
生涯にたった一度の変身、奇跡が起こっていなかったことに、感謝して。
幼い子供の「足りない知識」は、変身するには向かなかったことが分かったから…。
変身できたなら・了
※変身できたら楽しいだろう、と考えたのがブルー君。今の時代も変身するのは夢物語。
けれど幼かった日に夢見た変身、それで変身するのがウサギ。奇跡が起こっていたら大変v
