(双子かぁ……)
たまにいるよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今の時代は、双子というのは珍しくない。
瓜二つの双子も、似ていない双子も、男女の双子も。
(ぼくの学年には、いないんだけど…)
学校全体なら、何組かいるのが双子たち。
街や公園に出掛けた時にも、「あっ、双子だ」と目を瞠ったことが何度も。
(そういえば、前のぼくの頃にも…)
いたんだっけ、と双子の兄妹を思い出した。
白いシャングリラにいた、ヨギとマヒルという双子。
彼らは少し変わった子供で、いつでも「何処かで」繋がっていた。
幼い頃には本当に手を繋いでばかりで、片時も離れようとはしなかったほど。
(片方が喋った言葉を、もう片方が…)
まるで復唱するかのように、そっくりそのまま喋ったりもした。
主語と述語が逆になっていても、言葉の中身は全く同じ。
(他の子たちと喋る時には、普通なんだけどね?)
ヨギはヨギとして会話が出来たし、もちろんマヒルも。
なのに二人が「同じ言葉」を口にすることが、何度も、何度も。
(……あれだと、ミュウだとバレない方が……)
おかしいのだから、シャングリラに来たのも無理はない。
とはいえ、彼らは幸運な方。
シャングリラに迎え入れられたのだから。
誰にも知られず、赤ん坊の頃に抹殺された双子の方が、きっと多かっただろうから。
(あんな風に何処かで繋がってるんじゃ…)
きっと言葉を発する前から、双子の子たちは「繋がっている」。
ヨギとマヒルは、男女の双子だったけれども…。
(そっくりな、一卵性の双子だと…)
もっと繋がりが強くなるから、養父母も「変だ」と気付くだろう。
「うちの子たちは何処か違う」と、「普通の子ではなさそうだ」と。
機械が統治していた時代は、徹底していた養父母ヘの教育。
(……ミュウ因子の存在は、隠されてたけど……)
異分子の排除はSD体制の根幹なのだし、機械はそういう風に教えた。
「普通ではない子供がいたなら、直ぐに通報するように」と。
通報した結果が「どうなる」のかは、養父母たちにも教えはせずに。
(…だから、双子に生まれた子供は…)
思念さえも紡げないくらいに幼い間に、ユニバーサルに処分されたのだろう。
彼らの「悲鳴」が届かない限り、救いの手は伸びて来ないから。
前の自分も、救助班の者も、「彼ら」を知りようもなかったから。
(……ごめんね……)
本当にごめん、と前の自分が救えなかった子たちに詫びた。
もっとも、彼らも、とっくの昔に…。
(ぼくと同じで、生まれ変わって…)
幸せに暮らしていることだろう。
地球にいるのか、他の星かは分からないけれど。
前の悲しかった最期は忘れて、のびのびと。
人間が全てミュウになった今では、誰も彼らを抹殺したりはしないから。
(今の時代だと、双子の子供に生まれて来たら…)
楽しいことが山ほどありそう。
なにしろ双子は「繋がっている」から、普通の兄弟とは違う。
ヨギとマヒルの頃よりも、もっと自然に「繋がった」彼ら。
他の学年にいる双子の噂は、たまに耳にすることがある。
(サイオンを使わなくても、通じてる、って…)
別の教室で座っていたって、相手の身に起こっていることなどが。
「今、先生に叱られた」だとか、そんな具合に。
(……ぼくも、双子に生まれていたら……)
分身の術が使えたのかな、と考えてみる。
姿形がそっくり同じな双子の兄弟、それなら自分が「二人いる」感じ。
家にいたって、片方は庭で、もう片方はリビングだとか。
(宿題とかも、二人でやったら早いのかも…?)
同じ宿題を出されたのなら、分業で。
「ぼくは、この問題を解くから」と言えば、もう片方が「ぼくは、こっち」と。
(学年が違う兄弟だったら、これは不可能…)
双子でないと出来ないよね、と広がる想像。
それに「何処かで繋がっている」なら、おやつで迷った時だって…。
(どっちのケーキを食べようか、って悩まなくても…)
二人で別のケーキを食べれば、きっと満足できるだろう。
お互いが食べたケーキの味わい、それが伝わってくるだろうから。
まるで自分が食べたかのように、「美味しかった」と。
(…なんだか、色々、得しそうだよね?)
双子に生まれたかったかも、と眺めた鏡。
「もう一人、そっくりな自分」がいたなら、何かと楽しそうだから。
それにお得なことも沢山、人生だって、二倍、楽しめそうだから。
ちょっぴりいいな、と思った双子。
一卵性で、姿形が瓜二つ。
(でも、ちょっと待って…?)
ハーレイのことはどうするの、と気付いた、前の生での恋人。
青い地球の上に生まれ変わって来て、また巡り会えた愛おしい人。
もしも双子に生まれていたなら、そのハーレイと再会するのは…。
(…どっちか片方だけになっちゃう?)
一卵性の双子の場合は、魂まで分けているかもしれない。
元は「ソルジャー・ブルー」だった魂、それを二人で半分ずつ。
(だけど、魂が半分ずつでも…)
今のハーレイと出会う時には、多分、同時とはいかないだろう。
幼稚園児の頃ならともかく、今の学校ほどの年になったら、クラスは別々。
同じクラスに同じ顔が二人は、なにかと面倒なものだから。
(そうなると、ハーレイが先に授業に行ったクラスで…)
出会った方の双子の片割れ、そちらがハーレイと再会を遂げる。
右の瞳や、両方の肩から血を溢れさせて。
身体に刻まれた聖痕が全部、怪我をしたように鮮血を噴いて。
(…魂は同じで、繋がってるから…)
別のクラスにいた片割れの方にも、聖痕は現れると思う。
そして記憶も戻りそうだけれど、残念なことに、ハーレイは「一人」。
(……ぼくが片方、余っちゃう……)
ハーレイは二つに分けられないから、感動の再会は「先に出会った」一人だけ。
救急車で病院に運ばれる時も、ハーレイが付き添うのは、そっちだけ。
(…もう片方には、保健室の先生…)
それとも、そこで授業をしていて、担任を持っていない先生だろうか。
どちらにしたって、ハーレイの付き添いは望めない。
同じように記憶が戻っていたって、「ハーレイに会えた」と知ったって。
ハーレイと教室で再会したのは、もう片方の自分だから。
いくら心は繋がっていても、身体の方は別々だから。
(…病院に着いたら、同じ病室かもしれないから…)
ハーレイに会えるかもしれないけれども、その後のこと。
記憶が戻った「ブルー」が二人、とハーレイが知ったら、どうなるのだろう。
(……ハーレイは、とても優しいから……)
二人に増えてしまった「ブルー」を、公平に扱ってくれそうではある。
そうする前には、「再会し損なった方」のブルーを、まず、思い切り甘やかして。
「お前についててやれなくてすまん」と、すまなそうに謝ったりもして。
(…それでも、キスはしてくれないよね?)
きっと抜け駆け禁止だろうし、ハーレイが決める「約束」も同じ。
ブルーが二人いようがいまいが、キスは「大きくなるまで」は駄目。
「前のブルー」と同じ背丈に育つまで。
前のハーレイが愛した姿になるまで、キスは我慢で、お預けのまま。
(……うーん……)
再会の場にいなかったお詫びに、キスが貰えるなら、「そちらの自分」も悪くない。
けれど、ハーレイはとてもケチだし、絶対にキスはしてくれない。
お詫びの印に甘やかしてくれても、キスだけは無理。
(だったら、再会する方の、ぼく…)
そっちでないと、と考えた所で、ポンと頭に浮かんだこと。
「ブルー」が二人いるというなら、ハーレイと結婚できるのは…。
(…もしかして、どっちか片方だけ?)
そうなっちゃうよね、と愕然とした。
ハーレイが二人いない以上は、選ぶ「お嫁さん」は一人だけ。
いくら「ブルー」が二人いたって、お嫁さんは二人も貰えはしない。
片方を選んで結婚するのか、それとも選ばずに独身でゆくか。
「俺のブルーだ」とハーレイが思う相手が、二人に分かれているのなら。
どちらも同じに「前のブルー」で、魂も姿も「同じ」なのなら。
(……酷くない?)
片方だけが「お嫁さん」なんて、と身が切られるよう。
たとえ「自分」が選ばれたとしても、もう片方の悲しみが分かる。
「ぼくは選んで貰えなかった」と、心の中にまで伝う涙が。
同じようにハーレイを愛しているのに、どうして自分は駄目だったのか、と。
(いっそ、日替わり……)
結婚するのは片方だけでも、結婚生活は一日交代。
そうすることも出来るけれども、戸籍の上では、結婚したのは…。
(…やっぱり、どっちか一人だけ…)
それを思うと、「結婚できなかった方」は悲しい。
恨みっこ無しのジャンケンをして、結婚する方を決めたにしても。
あるいはハーレイにクジを作って貰って、引いた結果が、それだったにしても。
(……悲しすぎるってば……!)
ハーレイのお嫁さんになれないなんて、と気が狂いそう。
おまけに日替わりの結婚生活、いくらハーレイが優しくても…。
(毎日は同じじゃないんだよ…!)
夕食の献立だって違うし、毎日の出来事も違ってくる。
「片方の気持ち」が伝わる分だけ、「もう片方」の心も揺れる。
「どうして、ぼくの日じゃないの?」と。
「ぼくの日よりも、今日の方が良かった」と、「どうして取り替えられないの?」と。
(……ハーレイが独身を選んでも……)
今度は「結婚できない」のが辛くて、毎日、悲しむことになる。
「どうして、ぼくは双子だったの」と、「一人だけなら良かったのに」と。
(…もし、ぼくが、双子だったなら…)
そうなっちゃうんだ、と考えただけで怖くなるから、同じ顔の兄弟はいなくていい。
お得で楽しそうだけれども、記憶が戻ったら大変だから。
「前の自分」が二人になっても、ハーレイは一人きりなのだから…。
双子だったなら・了
※もしも双子に生まれていたら、と想像してみたブルー君。色々お得で楽しそうだ、と。
けれど、ハーレイ先生と再会した後が大変なのです。お嫁さんになれるのは一人ですしねv
(双子なあ……)
シャングリラにもいたんだっけな、とハーレイが懐かしく思い出した顔。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それをゆったり傾けていたら。
何が切っ掛けで「双子」なのかは、自分でもよく分からない。
双子座なんかは考えていないし、兄弟について考えていたわけでもない。
(でもまあ、世の中、そういうことも…)
ままあるもんだ、と分かっているから、続きを楽しむことにした。
せっかく「双子」が出て来たからには、気の向くままに追い掛けよう、と。
(……ヨギとマヒルか……)
白いシャングリラにいた、双子の兄妹の名前。
一卵性の双子ではなかったけれども、面白い特徴を持っていた。
(何かっていえば、二人で同じ言葉を…)
まるで復唱するかのように、片方が片方の言葉を追った。
そのままなぞっている時もあれば、主語と述語が逆になったり。
(あれは男女の双子だったが…)
それでも心が通じてたんだな、と今でも思う。
シャングリラの頃にも、そうだった。
「双子というのは不思議なものだ」と、彼らの言葉を聞く度に。
当時は「ミュウの箱舟」にいたから、サイオンのせいだと考えたけれど…。
(…実際は、もっと昔から…)
双子同士の不思議については語られてたな、と今なら分かる。
「今の自分」が、何処かで聞いた。
双子というのは、心の何処かが繋がっているものなのだ、と。
片方の身の上に何か起きたら、もう片方にもそれが伝わる。
サイオンなどは、誰も知らなかった昔から。
SD体制が敷かれる遥か前から、ヒトが地球しか知らなかった頃から。
母の胎内で「一緒に育って」生まれて来るのが、双子の子供。
胎児の形も成さない内から、ずっと一緒に育った兄弟。
(そりゃあ、心が繋がってても…)
不思議じゃないな、と「今なら」思う。
前の自分が生きた頃には、自然出産は禁忌とされていた。
機械が禁じた自然出産、子供は人工子宮で育って生まれて来るもの。
トォニィが生まれるまでの時代は、「そう」だった。
だから「双子の不思議」については、「サイオンのせい」で片付けていた。
サイオンを持った兄妹だから、普通以上に通じるのだと。
(よく考えたら、その説でいくと…)
ゼルとハンスも「そうなる」筈だし、どうやら詰めが甘かったらしい。
前の自分も、子供たちの教育を引き受けていたヒルマンでさえも。
(……一卵性でなくても、アレだったんだから……)
一卵性の双子だったら、もっと繋がりは深かっただろう。
言葉を互いに真似るどころか、互いの考えも瞬時に分かってしまうくらいに。
(実際、そうだと聞くからなあ…)
今の時代の「双子」たち。
人間が全てミュウになった今は、そういう双子は珍しくない。
「わざわざ」サイオンを使わなくても、ごくごく自然に繋がっているから…。
(…学校じゃ、悪戯小僧の定番…)
別のクラスに分けておいたら、入れ替わって教室にいるだとか。
教師相手の悪戯の時に、指揮官と参謀を務めるだとか。
(阿吽の呼吸というヤツで…)
息がピッタリ合っているから、逃げ足だって素晴らしいもの。
片方が「逃げろ」と思念を飛ばす前から、もう逃げ出しているのだから。
なにしろ片方に起こった「変事」が、直ぐに伝わるものだから。
教師にバレて捕まっただとか、まさに捕まりそうだとか。
(……面白いモンだな)
ヨギとマヒルよりも凄いんだから、と頭に浮かべる双子たち。
教師生活を始める前にも、後にも、一卵性の双子に出会って来た。
今から思えば、前の自分が生きた頃にも…。
(いたんだろうなあ、瓜二つの双子というヤツは)
SD体制の時代を創った機械は気まぐれ、たまに「兄弟」の子供を作った。
「一組の養父母に子供は一人」が、原則だった筈なのに。
だからゼルには弟がいたし、ヨギとマヒルは双子の兄妹。
一卵性の双子だったら、自然に生まれてくるけれど…。
(そうじゃないのに、双子ってヤツまでいたのなら…)
きっと一卵性の双子も、何人もいたことだろう。
前の自分が「出会わなかった」というだけで。
恐らくは、ミュウに生まれた場合は…。
(うんと早くにバレてしまって、処分されちまったんだ…)
ミュウだってことが、と容易に想像がつく。
白いシャングリラが救い出していた、ユニバーサルに追われる子供たち。
彼らは「ミュウだ」と通報されたか、その前に救い出されていたか。
いずれにしても、シャングリラが「把握できた」子だけが助かった。
前のブルーが思念を捉えただとか、潜入班が「その子」を見付けただとか。
サイオンを使い始めない限り、シャングリラでは彼らを捕捉できない。
(思考もハッキリしていないような、赤ん坊だと…)
ブルーでも見付けられなかっただろうな、と零れる溜息。
そして「彼ら」は、ユニバーサルに処分されたのだろう。
白い箱舟に、存在を知られることもなく。
彼らを育てた養父母たちに、「うちの子は変だ」と通報されて。
前の自分は出会わなかった、一卵性の双子。
何かのはずみで二つに分かれた、同じ卵子から育った子供。
(もしかしたら、今の俺だって…)
双子に生まれていたのかもな、と思い付いた、「その可能性」。
今の自分は自然出産で生まれた子供で、双子にだって「なり得た」存在。
母の胎内に宿っていた時、卵子が二つに分かれていたらなら、一卵性の双子。
(そうなっていたら、俺にそっくりな兄弟が…)
出来ていたわけで、きっと愉快な子供時代になっただろう。
双子の兄弟がよくやる悪戯、「入れ替わる」などは日常茶飯事。
(学校じゃ、うんと悪ガキになって…)
教師を相手に、それは沢山の悪さをしたに違いない。
大勢の仲間たちを率いて、指揮官と参謀役に分かれて。
「先生が来たぞ」と、思念波よりも早く、片割れに伝えて。
(流石に、今の年まで育てば、やらないだろうが…)
それでも互いに繋がっているから、仲の良い兄弟だろうと思う。
仕事帰りに「一杯やるか」と考えたならば、相手も同じ気分になって。
何の連絡もしていなくても、同じ店でバッタリ出会えるだとか。
(そいつは、なかなか愉快そうだぞ)
双子の兄弟が欲しかったかもな、という気がしてきた。
今の自分は両親の一人息子だけれども、まるで同じ顔が「もう一人」。
両親だって、子育てするのが楽しかったに違いない。
そっくり同じな姿の双子に、お揃いの服を着せたりして。
父の趣味の釣りに連れて行くにも、同じ釣竿を、それぞれに買って。
(釣りの腕前も、きっと似たようなモンで…)
親父たちにも、どっちがどっちか、分からないかもな、と可笑しくなる。
「ぼくは、こっち」と逆に名乗って、混乱させていたかもしれない。
名前を取り替えて一日暮らして、後で大いに笑うとか。
「上手くいった」と、兄弟で手を取り合って、ピョンピョン跳ねて。
(…双子でも、悪くなかったかもなあ…)
俺そっくりの兄弟ってヤツ、と広げる空想の翼。
二人揃って教師だったか、片方はプロのスポーツ選手になったか…。
(考え方までそっくりだったら、二人とも…)
教師だろうな、と思った所でハタと気付いた。
今の学校で出会った「ブルー」。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した恋人。
双子の自分が、今のブルーに出会った時には、どうなるのだろう。
(魂までが、二つに分かれていたら…)
先にブルーと出会った方だけ、前の記憶が戻るのだろうか。
それとも、そこは双子の不思議で、片割れがブルーと出会った途端に…。
(一瞬の内に伝わっちまって、そっちも記憶を取り戻すとか…?)
大いにありそうな話じゃないか、と鳶色の瞳を瞬かせた。
今のブルーとの「運命の再会」、それさえ共有していそうだ、と。
片方がブルーと再会したなら、もう片方までが駆け付けて来る。
仕事さえ途中で放り出して来て、「俺のブルーが帰って来た」と。
運命の恋人が戻って来たと、「やっと出会えた」と。
(……おいおいおい……)
ブルーは一人しかいないんだぞ、と思うけれども、双子だったら起こり得る。
魂までもが二つに分かれて、どちらも同じに「前のハーレイ」。
(俺が本物のハーレイだ、って叫んでも…)
片割れの方も全く同じで、きっとブルーにも選べない。
なにしろ、「二人ともハーレイ」だから。
ハーレイが二人に増えてしまって、ブルーにはお得かもしれないけれど…。
(俺は勘弁願いたいぞ…!)
恋人を兄弟で共有なんて、と心底、思うものだから、自分は一人息子でいい。
一卵性の双子は楽しそうでも、魂までもが分かれていたなら、大変だから。
ブルーを独占出来ない人生、それはあまりに悲しすぎるから…。
双子だったら・了
※もしも双子に生まれていたら、と考え始めたハーレイ先生。楽しそうだ、と。
けれど魂まで分け合っていたら、ブルーと再会した後が、とても大変。ハーレイが二人v
(…ずいぶん、狭くなったよね…)
ぼくの部屋、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(んーと…?)
ベッドに、机に、本棚に…、と数えてゆく家具。
クローゼットだって、忘れはしない。
なにしろ、クローゼットには…。
(ママにバレないように、コッソリ…)
鉛筆で印がつけてある。
前の自分の背丈の高さを、きちんと床から測った場所に。
そこまで今の背丈が伸びたら、ハーレイとキスが出来る目印。
まだまだ当分、その日は来なくて、印は見上げるだけなのだけれど。
ハーレイにキスを強請っても無駄で、いつも叱られてばかりだけれど。
(今のぼくの家具、全部並べても…)
一杯になるか怪しいよね、と頭に浮かべた「前の自分」の部屋。
もちろん青の間全体ではなくて、ベッド周りのスペースだけを。
(ベッドだけでも、今のベッドよりもずっと大きくて…)
無駄に立派で、ベッドの枠には、ミュウの紋章まで彫り込まれていた。
更には天蓋付きのカーテン、ぐるりと円形に巡らされたもの。
(……あのカーテンの中だけで……)
今の家具を置くには充分だろうし、そうなってくると余るスペース。
カーテンを巡らせた向こう側には、幾つも灯った青い照明。
それから「床だけ」の部分が広がり、大きな円を作り上げていた。
前の自分の部屋と言ったら、感覚としては、その部分。
付け加えるなら、奥の方にあった、バスルームだとか、小さなキッチン。
それで全部で、青の間自体は…。
(……無用の長物……)
無駄だったよね、と今でも思う。
あんなに広い部屋を貰った所で、使えるわけなどなかったのに、と。
前の自分が「無理やり」押し付けられた部屋。
とんでもない広さがあった空間、貯水槽まで備えた青の間。
高い天井は見上げてみても、何処にあるのか分からなかった。
(サイオンで見たら、見えたんだけどね…)
今の自分が入ってみたって、天井は見えないことだろう。
サイオンがすっかり不器用になって、「見る」ことなどは出来ないから。
肉眼で青の間の天井を見ても、視界に入るのは暗闇ばかり。
(……こけおどし……)
ソルジャーの威厳を高めるためにと、工夫されたのが、あの部屋だった。
ただでも無駄に広いというのに、一層、広く見えるようにと。
わざわざ照明を暗くした上、設置場所まで計算して。
(……貯水槽だって、ホントは要らなかったのに……)
作った所で意味は無いのに、それにも理由が付けられた。
「ソルジャーのサイオンは、水と相性がいいから」と。
ゼルとヒルマンが開発した機械、それを使って測定した結果を基にして。
(大嘘つき…)
あれだって誤差の範囲内だよ、と前の自分もよく知っていた。
だから必死に反対したのに、誰も聞いてはくれなかった。
「こういう部屋に住んで頂きます」と、図面を描いて寄越しただけで。
白いシャングリラの改造計画、それの重要な一環として。
(……貯水槽の水、あの部屋でしか……)
循環してはいなかったから、無駄の極みと言えるだろう。
せめて公園にも流れてゆくなら、まだしも救いがあったのに。
青の間だけの特権ではなくて、船の誰もが享受できるもの。
けれども、それは叶わなかった。
ソルジャーというのは「特別扱い」、他の仲間たちと「同じ」では駄目。
それでは指導者としてのカリスマ、大切な威厳が損なわれるから。
仰ぎ見るような存在だからこそ、仲間たちも「ついてくる」ものだ、と。
(……だけど、ホントにそうだったのかな?)
疑わしいよね、と今でも疑問に思う。
ソルジャーが「やたら偉くなくても」、仲間たちの信頼は得られそうだ、と。
何故なら、ジョミーが「そう」だったから。
子供たちとも気軽に遊んで、若手の仲間たちにも人気。
(…長老たちには、不評だったみたいなんだけど…)
それでも立派に「ソルジャー」だったし、赤い星、ナスカも彼が築いた。
ジョミーが「降りよう」と決断したから、入植した「ジルベスター・セブン」。
人類がテラフォーミングを諦め、捨てて行った星。
その赤い星を「ナスカ」と名付けて、シャングリラの仲間は地面に降りた。
白いシャングリラには「無かった」地面。
其処を自分たちの足で踏み締め、整地し、そして耕していった。
ナスカの大地で野菜を育てて、新たな命も其処で生まれた。
SD体制が始まって以来、考えられさえしなかった「命」。
自然出産で生まれたトォニィ、母の胎内で育まれた者。
トォニィの他にも六人もの子が、赤いナスカで生まれて育った。
彼らはジョミーがいなかったならば、きっと存在しなかったろう。
ジョミーだからこそ、彼らの両親たちの心を掴んで、ああいう道へと導いてゆけた。
後にミュウたちを、白いシャングリラを「救った」子たちを生み出すこと。
メギドの炎からナスカを守って、地球までの道を拓いた子らを。
(……ナスカが燃えた後のジョミーは……)
すっかり人が変わってしまって、「命令すること」が常だったという。
彼は「カリスマ」を目指していたのか、どうだったのか。
(……ジョミーの日記とかは、残ってないから……)
それは誰にも分からないことで、研究者たちの意見も纏まりはしない。
決め手が無いから、推測だけしか出来ないから。
ジョミーが「偉いソルジャー」になろうとしたのか、そうでないかは。
けれども、そうなる前のジョミーも、立派にソルジャーだったと思う。
「ソルジャー・ブルー」とは全く違った、威厳など無いソルジャーでも。
長老たちから文句を言われて、軽んじられていた存在でも。
前の自分は「ソルジャー」だったし、ジョミーの評価を誤りはしない。
たとえ引きこもった時期があろうと、彼は「ソルジャー」の務めを果たした。
前の自分が思った以上に、素晴らしい道へ皆を導いて。
新しい世代のミュウを育てて、地球までの道を切り拓いて。
(……だけど、ジョミーが住んでた部屋は……)
今の時代の研究者たちさえ、不思議がるくらいに「ごく普通の部屋」。
ソルジャー候補だった時に暮らした、居住区の部屋を「そのまま」使った。
模様替えさえ、全くせずに。
部屋に置く家具も、ソルジャー候補の頃と同じで、変わらなかった。
ミュウの紋章の飾りなどは無く、実用本位の机やベッド。
(…それでもジョミーは、ソルジャーだったし…)
仲間たちは彼を信頼していて、地球までの道を共に歩んだ。
文句ばかりの長老たちさえ、ナスカから後は、ジョミーを否定はしなかった。
何故なら、ジョミーは「ソルジャー」だから。
「ソルジャー・ブルー」がいなくなっても、白いシャングリラを導ける者。
ジョミーはそれを証明しながら、ついに地球まで辿り着いた。
残念なことに、地球は青くはなかったけれど。
その上、ジョミーや長老たちやら、多くの命が消えたのだけれど。
(…それから、トォニィがソルジャーになって…)
やはりジョミーの時と同じに、「それまでの自分の部屋」で暮らした。
特別な部屋など作りもしないで、家具もそのまま使い続けて。
ソルジャーの衣装だけを作って貰って、他には何も欲しがらないで。
(…でもって、船の仲間たちだって…)
それに反対しなかった上に、トォニィを信じて、彼について行った。
最後のソルジャーになったトォニィ、彼がその座を降りるまで。
白いシャングリラの解体を決めて、船の仲間たちが、全て地面に降りた時まで。
だから、トォニィも立派に「ソルジャー」。
威厳を高めるための仕掛けは、何も無くても。
青の間みたいな「こけおどし」の部屋、それをわざわざ作らなくても。
(……ジョミーも、それにトォニィも……)
普通の部屋で暮らしていたなら、前の自分は何だったのか。
昏睡状態に陥ってさえも、青の間を独占していた自分。
十五年間も眠り続けて、一度も目覚めないままで。
(…眠り姫なら、とっくに茨が茂ってしまって…)
部屋ごと忘れ去られただろうに、前の自分は、そうではなかった。
係の者やら、医療スタッフ、大勢の者に世話されて。
部屋の主は眠ったままでも、毎日、綺麗に掃除がされて。
(……前のぼくって、とっても贅沢……)
これだけあったら充分なのに、と改めて見渡した今の自分の部屋。
青の間だったなら、ベッド周りのスペースだけでも、これより遥かに広かった。
あんな部屋は「要らなかった」のに。
前の自分は欲しくなどなくて、ジョミーも、トォニィも、広い部屋など持たなくて…。
(…ホントのホントに、無駄だったってば…!)
寝ちゃった後には、それこそ無駄、と思わないではいられない。
どうしてメディカル・ルームに移さず、あの部屋に置いておいたのか。
移動させた方が手間が省けて、青の間も有効活用できた。
(医療スタッフ、わざわざ通って来なくても…)
仕事のついでに世話が出来たし、青の間だって…。
(あれだけ広いし、色々と…)
役に立ったと思うんだよね、と考えた所で気が付いた。
「いったい、何の役に立つの?」と。
やたら広くて暗いだけの部屋を、どういう具合に使うのかと。
(……んーと……?)
まず照明から取り替えた上に、貯水槽は撤去。
そうしてみたって、部屋の構造が「ああいう代物」だったのだから…。
(使い道、何も無さそうだけど…!)
だから放っておかれたんじゃあ…、と抱えた頭。
昏睡状態の前の自分も、青の間も、同じに「使えない」から。
何をしたって使えないなら、放っておくのが一番だから。
(……今のぼくの部屋、狭いんだけど……)
これの方が値打ちがあるのかもね、という気がする。
身の丈に合った大きさの部屋で、無駄に広くはないものだから。
いつか自分がハーレイの家へ「お嫁に行っても」、この部屋くらいの広さなら…。
(たまに帰って来た時のために…)
今のままで置いておいたとしたって、けして邪魔ではないだろう。
母が「ついでに」掃除するにも、さほど手間ではないのだから。
(……これが青の間だったなら……)
十五年間でも、大変だったに決まっているよ、と時の彼方の船の仲間に謝った。
青の間がとても広かったせいで、迷惑をかけてしまったから。
まるで必要ない部屋のせいで、部屋の係も、医療スタッフも、きっと苦労をしただろうから…。
青の間だったなら・了
※ブルー君の今の部屋より、ずっと広かったのが青の間。しかも、こけおどしのために。
本当に無駄に広かったんだ、と考えた挙句に、謝ることに。仲間たちに苦労をさせたのかも?
(…俺の部屋も狭くなったもんだな)
あの頃の俺の部屋に比べて…、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(……ガキの頃に使ってた部屋はともかく……)
前の俺だ、と頭の中に描いた部屋は、白いシャングリラにあったもの。
キャプテン・ハーレイのための私室で、相当に広いものだった。
(今の俺の家と比べた場合は、家が勝つんだが…)
庭もあるから、家の方が遥かに広いけれども、部屋の広さでは敵わない。
特に今いる書斎となったら、キャプテン・ハーレイが使った部屋の…。
(いつも航宙日誌を書いてた、あの机…)
あれが置いてあった部屋にも負けちまうな、と苦笑する。
お気に入りだった、木で出来た机。
年を経るほどに味が出るから、暇のある時にせっせと磨いた。
白い鯨が出来上がる前から、持っていた机。
まだキャプテンの肩書きも無くて、厨房でフライパンを握っていた頃から。
(……その俺が、グンと偉くなっちまって……)
いつの間にやらキャプテン・ハーレイ、船の頂点に立つ者の一人。
だからシャングリラで持っていた部屋も、それに相応しく立派になった。
(キャプテンの部屋には、部下を呼んだりするからなあ…)
来客用の家具も必要になるし、それを置くためのスペースも要る。
自然と部屋は広く大きく、しかも複数の部屋を持つことになった。
来客用の部屋にベッドがあっては、キャプテンの威厳を損ねるから、と。
航宙日誌を書くための部屋も、来客用とは分けなくては、と。
(…お蔭で、とんだ広さの部屋に…)
住んでいたのが前の俺だ、と可笑しくなる。
大して偉いわけでもないのに、部屋だけは、やたら広かったと。
自分の城を持つのだったら、今の書斎で充分なのに、と。
今の書斎は、前の自分が暮らした部屋ほど広くはない。
「狭くなった」と思うけれども、身の丈に合ったものだとも思う。
前の自分が、もっと気楽な身分だったら、こういう部屋にしただろう。
居住区にあった「普通の部屋」なら、専用スペースは、さほど広くはなかった。
(…基本の形はあったんだがな…)
生活に欠かせないバスルームなどは、それぞれに決まっていた間取り。
けれど、その他の部分だったら、個人の好みでどうとでも出来た。
最低限の家具しか置かずに、のんびりと床に寝転べる部屋を作ってもいい。
そうかと思えば、自分の好みの家具で揃えて、気の合う仲間を招いたりも。
(…家具と言っても、あの船ではなあ…)
あまり贅沢を言えはしないし、せいぜい、色や雰囲気を揃える程度。
それでも仲間たちは工夫を凝らして、「自分の部屋」を作り上げていた。
前の自分も「ただのミュウ」だったならば、書斎を設けたことだろう。
キャプテン・ハーレイの部屋がそうだったように、本棚を置いて。
自分の好きな本を並べて、机も置いて。
(今の広さで充分なんだし…)
きっと、いい部屋が出来ただろう。
そこに入れば、寛げる部屋が。
船の中での仕事を終えたら、コーヒー片手に本を読む部屋。
(…キャロブのコーヒーだったんだがな)
本物じゃなくて代用品だ、と思い返した、白いシャングリラのコーヒー事情。
コーヒーの木を育てられるだけの余裕は無くて、イナゴ豆の実で代用していた。
その実だったら、コーヒーばかりか、チョコレートだって作れるから。
子供たちの身体と健康のためにも、合成品より「その方がいい」と。
(たとえキャロブのコーヒーでもだ…)
前の自分には充分だったし、ゆったりと飲んだことだろう。
白い箱舟の中の、自分の城で。
「今日も一日、よく働いた」と、自分自身を労いながら。
(…それだけのスペースがあれば、前の俺には充分で…)
広い部屋なぞ要らなかったが…、と改めて書斎を見回してみる。
「狭くなった」と思ったけれども、これよりもずっと広かったなら…。
(……何様なんだ、まったく……)
昔の貴族じゃないんだから、と本で読んだ部屋を思い出した。
遠い昔の地球で暮らした、高い身分の貴族たち。
彼らは競って図書室を作り、自分の蔵書を披露したという。
なにしろ貴族が持つ本なのだし、装丁からして凝っていたもの。
革の表紙はもちろんのこと、見返しなどにも自分専用の紙を使ったりもして。
(そういった本をズラリと並べて、教養ってヤツを…)
誇っていたのが、貴族という人種。
書斎と言うより図書館のような、広すぎる部屋を作らせて。
それらの蔵書を、本当に読破していたかどうか、謎なくらいに。
(…俺には、これで充分なのさ)
読む本の量も、持つ量も、と満足の書斎。
将来、もっと本が増えたら、また本棚を買えばいい。
その分、狭くなるのだけれども、机が置ければ困らないから。
本を読むには机と椅子だけ、それだけあったら何も要らない。
(……おっと、コーヒー……)
こいつも欠かせん、とマグカップの端をカチンと弾く。
香り高いコーヒーが入ったものを。
キャロブで作った代用品とは、まるで違った地球のコーヒー。
前の自分が生きた頃には、そんなコーヒーは何処にも無かった。
地球そのものが、死に絶えた星のままだったから。
コーヒーの木が育つどころか、乾燥した砂漠に覆われた地球。
今は見事に蘇ったから、こうして地球のコーヒーを飲める。
正真正銘、地球の大地で育った豆のコーヒーを。
決して高い品物ではなく、食料品店で気軽に買い込めるものを。
(…まさに天国というヤツだってな)
狭くなったが、俺の城だってちゃんとあるし、と嬉しくなる。
キャプテン・ハーレイだった頃の部屋より、今の部屋の方がずっといい。
狭い書斎でも自分の好みの本を並べて、地球のコーヒーまで飲める。
前の自分の部屋にしたって、今から思えば、あそこまで…。
(広くなくても、良かったのにな?)
だが、キャプテンだし、仕方なかったか…、と時の彼方に思いを馳せる。
部屋が広かっただけではなくて、掃除の係までがいた。
キャプテンは何かと多忙だからとか、理由をつけて。
自分で掃除をしたっていいのに、当番の者がやって来て。
(…貴族ほどじゃないが、何様なんだ…)
そんなに偉くはなかったんだが…、と考えた所で、ポンと頭に浮かんだ青の間。
前のブルーが暮らしていた部屋、キャプテンの部屋より広かった場所。
(……うーむ……)
あいつの家が丸ごと入るな、と今のブルーの家と比べた。
庭まで一緒に突っ込んでみても、まだまだ余ることだろう。
上にも下にも、横の方にも、余る空間。
今のブルーの部屋だけだったら、前のブルーのベッドが置かれた所より…。
(うんと狭くて、小さいってな)
けれども、それが今のブルーの大切なお城。
前とは比較にならないサイズの、とても小さなベッドでも。
本棚も、それにクローゼットも、前よりも、ずっと小さくても。
(あいつも、あの部屋で満足してて…)
もっと大きい部屋が欲しいなどとは、思いもしないことだろう。
今の自分が、そうだから。
青の間よりも狭かったキャプテンの部屋さえ、「広すぎだった」と思うから。
(やっぱり人間、身の丈に合った暮らしが一番…)
前の俺の部屋は贅沢すぎた、と肩を竦めて、それから前のブルーを思った。
遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーが言っただろう。
「この部屋は、ぼくには広すぎるよ」と。
青の間が完成しない内から、折に触れては口にした苦情。
「こんなに広い部屋は要らない」と。
自分しか住まない部屋だというのに、どうして此処まで広いのかと。
(……あいつはソルジャーだったから……)
キャプテン以上に、威厳を示さなくてはならない。
ソルジャーとしての衣装はもちろん、暮らす部屋だって整えなければ。
そうして生まれた部屋が青の間、やたらと広くて大きかった部屋。
照明を暗くし、貯水槽まで備えた空間。
(…何度も、文句を聞かされたんだが…)
今なら、あいつの気分が分かる、と見渡した書斎。
自分の城にはこれで充分、さっきからそう思っていたから。
前の自分の部屋でさえもが、「広すぎたんだ」と感じるのが今。
(……ということは、青の間だったら……)
きっとブルーには、本当に「広すぎた」ことだろう。
今のブルーが暮らしている家、それを入れても余るのだから。
ブルーの部屋だけ入れるのだったら、ベッド周りのスペースだけで事足りるから。
(…前のあいつに、青の間を押し付けちまったのは…)
前の俺だって犯人だった、と覚えているから、心の中で前のブルーに謝った。
「とんでもない部屋を押し付けて、すまん」と。
「もしも俺の部屋が青の間だったら、広すぎるなんてモンじゃない」と。
もっとも、今の小さなブルーの前では、謝るつもりは無いけれど。
謝ればきっと調子に乗るから、「お詫びにキスして」と言うだろうから…。
青の間だったら・了
※キャプテンの部屋は広すぎだった、と考えたハーレイ先生。今の書斎で充分だ、と。
けれども、もっと広かったのが、前のブルーが暮らした青の間。今となっては広すぎですv
(今日はツイてなかったよね…)
ハーレイに一度も会えなかったよ、と小さなブルーが零した溜息。
そのハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わった、ハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はブルーが通う学校の古典の教師で、学校に行けば会える人。
古典の授業がある日だったら、もう間違いなく教室で。
授業が無い日も、学校の廊下や、校内の何処かで。
(…その筈なんだけど…)
今日は会えずに終わっちゃった、と悲しい気持ち。
古典の授業が無かったから。
おまけに運が悪かったらしく、学校の中でもすれ違いばかり。
(……他のクラスの授業はあったし……)
ハーレイは学校に来ていた筈で、廊下もグラウンドも通っただろう。
朝は柔道部の朝練もあるし、運のいい日は朝から会える。
けれども今日は、それも会えず仕舞い。
いつも通りに登校したのに、ハーレイの姿は見かけなかった。
もっとも、朝の出会いの方は…。
(元々、滅多に無いんだけどね)
よっぽど運がいい日じゃないと、と分かってはいる。
だから、そちらは諦めるとしても、放課後までの学校での時間。
けして短いものではないのに、どうして、今日は駄目だったろうか。
廊下は何度も歩いたのに。
階段だって上って下りたし、グラウンドの端も通って行った。
なのに全く会えなかったから、授業が終わって帰る時には…。
(わざわざ、体育館の方まで…)
遠回りをしていったというのに、ハーレイの姿は、やはり無かった。
運のいい日は、柔道着のハーレイに会えるのに。
体育館まで遠回りする前に、廊下の途中でバッタリだとか。
運の神様に見放されたのか、会えずに終わってしまった恋人。
姿も見られなかった所が、本当に、とても悲しい限り。
(…挨拶とかは出来なくっても…)
チラと姿を見られるだけでも、うんと心が弾むもの。
「ハーレイだ!」と、見慣れた姿が視界に入ってくるだけで。
手を振っても気付いて貰えないほど、遠い所にいる時だって。
(でも、今日は、それも……)
無かったんだよ、と肩を落として、運の無さを嘆く。
自分の運が悪かったのか、ハーレイの運もまた、悪かったのか。
(…ハーレイ、どうしているのかな?)
会えなかったことに気付いてくれただろうか、ハーレイは。
生まれ変わって来たチビの恋人に、一度も会ってはいないことに。
(……うーん……)
どうなんだろう、と自信が無い。
自分はチビの子供だけれども、ハーレイの方は立派な大人。
同じ学校に行くにしたって、まるで違うのが生活の中身。
(ぼくは学校で授業を受けて、休み時間は食事か、自由時間で…)
うんとのんびりしているけれども、教師のハーレイは忙しい。
授業に出掛ける教室にしても、学年も違えば、生徒も違う。
その上、授業の準備をしたり、生徒の質問を受け付けたりも。
(宿題を出してたら、それを集めて…)
採点だって必要なのだし、テキパキ進めねばならない全て。
そういう中でも、廊下で教え子に出会ったならば…。
(ハーレイ先生、って呼び止められて…)
気さくに話をしてゆくのだから、頭の中には生徒が一杯。
チビの恋人の自分なんかは、すぐにはみ出してしまうくらいに。
たとえ会えずに終わっていたって、気付くかどうかも分からない。
そう、ハーレイは忙しいから。
家に帰って寛ぐ時まで、頭は生徒で一杯だから。
(……気付いてないかも……)
ぼくの顔を見ていないこと、と視線が自然と下向きになる。
ハーレイは今頃、家でコーヒーを飲んでいるのだろうか。
それなら、思い出しても貰えるだろう。
「今日は、あいつに会ってないな」と、何かのはずみに。
けれど、真っ直ぐ家には帰らず、教師仲間と食事に行っていたなら…。
(それっきりだよ…)
今度はハーレイの頭の中は、教師仲間との話で一杯。
食事が終わって家に帰っても、楽しかった食事の席でのことが頭を占める。
どんな話題かは知らないけれども、大人同士の楽しい会話。
そうなったらもう、チビの恋人なんかのことは…。
(……忘れてしまって、お風呂に入って……)
明日に備えてベッドで眠って、それっきり。
「会えなかったな」と思いもせずに。
チビの恋人がどんな気分か、少しも考えたりせずに。
(……そっちなのかも……)
今日は寄ってはくれなかったし、食事に行ったのかもしれない。
だったら自分は忘れ去られて、明日まで思い出されもしない。
(……前のぼくなら……)
こんなことなんか無かったのに、と遥かな時の彼方を思う。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃なら、決して忘れられなかったのに、と。
(…前のハーレイは、キャプテンだったし…)
ソルジャーの存在を忘れて一日を送ることなど、とても出来ない。
恋人同士になった頃には、とうにそういう関係だった。
白いシャングリラの頂点に立つ、ソルジャーとキャプテン。
一日に一度は顔を合わせて、ハーレイの報告を聞いていた。
朝の食事も、ハーレイと一緒。
顔を合わせない日などは有り得ず、忘れ去られることも無かった。
どんなにハーレイが忙しくても。
キャプテンの仕事が山ほどあっても、睡眠も満足に取れない日でも。
(……前のぼくの身体が、うんと弱って……)
床に就く日が多くなっても、ハーレイは必ず来てくれた。
ジョミーを迎えて、アルテメシアを後にしてからも。
前の自分が深く眠って、目覚めなくなってしまった後も。
(…ハーレイ、前のぼくのために、子守歌まで…)
歌ってくれていたのだという。
今の自分が幼かった日、大好きだった『ゆりかごの歌』を。
記憶が戻っていない頃から、前のハーレイの歌を恐らく、重ねて聴いて。
(キャプテンは、忙しかったのにね…)
昏睡状態の前のソルジャーなどには、キャプテンが会う義務は無い。
それでもハーレイは毎日通って、目覚めない恋人を想ってくれた。
ただの一日も忘れることなく、通い続けて。
ハーレイの声さえ聞こえてはいない、何の反応も返さない恋人の許へ。
(…それなのに、今のハーレイは…)
ぼくのこと、忘れちゃうんだよ、と涙がポタリと膝の上に落ちた。
「会えなかったことにさえ、気付かないんだ」と思ったら。
教師仲間との楽しい食事とお喋り、それにすっかり気を取られて、と。
(……どうせ、今のぼくは……)
チビの子供で、恋人だなんて言えやしない、と頬を伝う涙。
ハーレイと食事に行けもしなくて、デートなんかは夢のまた夢。
家を訪ねて来てはくれても、ハーレイはキスもしてくれない。
「俺は子供にキスはしない」と、叱るばかりで。
「お前は、まだまだ子供だからな」と、何かと言えば子供扱いで。
(…前と今とじゃ…)
大違いだよ、と悲しくて悔しい。
時の彼方の自分だったら、ハーレイに会えない日など無かった。
深く眠ってしまっていてさえ、ハーレイの心を捉えた自分。
瞼を開けることさえ、無くても。
思念の一つも紡ぎはしなくて、ただ昏々と眠っていても。
前の自分と比べてみたなら、なんと自分は惨めだろうか。
恋人の心を掴むことさえ、満足に出来ていない今。
恋敵が出て来たわけでもないのに、あっさりと忘れ去られてしまう。
今のハーレイの「付き合い」だけで。
仕事仲間の教師たちとの、楽しい食事の集まりだけで。
(……前のぼくなら、食事会の主催……)
あまり好きではなかったけれども、ソルジャー主催の食事会。
それの主役で、前のハーレイは必ず出席していた。
ソルジャーの前だと、緊張してしまう仲間たちの心を、和ませるために。
わざと失敗してみせたりして、「かしこまらなくてもいいのだ」と。
(でも、今のぼくじゃ…)
ハーレイを食事に招きたくても、その前に、母に頼まなければ。
「こういう料理を作ってくれる?」と、理由を述べて。
前の生での思い出だとか、母が納得するものを。
(……招待するのも、パパとママに……)
頼むしかないのが、今の自分を取り巻く現実。
バースデー・パーティーをするにしたって、招くのはチビの自分でも…。
(…家はパパとママので、お料理はママが作ってくれるんだし…)
ソルジャー・ブルーのようにはいかない。
あの頃だったら、エラたちが全てを準備してくれて、「それでいいよ」と頷いただけ。
それでも立派に食事会の主役で、ゆったりと構えていれば良かった。
招かれた仲間が緊張したなら、ハーレイに「頼むよ」と思念を飛ばして。
「キャプテンだって失敗するんだ」と、仲間たちがホッとするように。
(……お肉が宙を飛んで行ったり、ナイフやフォークを落っことしたり……)
ハーレイは上手くやってくれたし、食事会の席は笑いで一杯。
そんな具合に過ごしていたのに、今の自分は…。
(ハーレイ、ぼくのこと忘れてしまって、楽しく笑って…)
この時間でも食事中かも、と辛くて悲しい。
自分は此処で泣いているのに、ハーレイは楽しんでいるのかも、と。
本当にすっかり忘れ去られて、明日まで忘れられたままかも、と。
(……前と今とじゃ……)
違いすぎるよ、と涙が止まらないけれど、心を掠めていったこと。
どうして辛くて泣いているのか、悲しくて涙が止まらないのか。
(…ハーレイが、ぼくのこと、忘れていそうで…)
なんとも惨めで悲しいけれども、そのハーレイは「ちゃんと、いる」。
メギドで最期を迎えた時には、「もう会えない」と思ったのに。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだのに。
あの時の辛さと今を比べれば、忘れ去られていることくらい…。
(…なんでもないよね?)
ハーレイは、ちゃんといるんだもの、と拭った涙。
二人で地球までやって来たから、こういう日だって、たまにある。
それを思えば、自分は、とても幸せだから。
前の自分が夢に見た星に、ハーレイと生まれて来たのだから…。
前と今とじゃ・了
※ハーレイ先生に会えなかった日、悲しくなったブルー君。「忘れられてるかも」と。
けれど、ハーレイに「忘れられる」のは、二人で地球に来たからこそ。幸せですよねv