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(今日はお喋り出来なかったよ…)
 学校でちょっぴり話しただけ、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた人なのだけれど。
(学校だと、ハーレイ先生だから…)
 それに自分は教え子だから、恋人同士の会話は無理。
 今朝も立ち話をしたのだけれども、「話せた」というだけのこと。
 ほんのちょっぴり、学校ならではの中身の会話。
(ハーレイと話したかったのに…)
 仕事の帰りに来てくれたならば、色々と話が出来るのに。
 大きな身体に、抱き付いて甘えることだって。
 「キスは駄目だ」と叱られるから、唇へのキスは貰えなくても。
 恋人同士のキスは駄目でも、ハーレイと過ごせる幸せな時。
 そういう時間を待っていたのに、鳴らずに終わった門扉の横にあるチャイム。
 ハーレイは訪ねて来てくれないまま、今日という日はもうおしまい。
 それが残念でたまらない。
 二人きりで色々話せていたなら、きっと幸せだったから。
 他愛ない話ばかりでも。
 前の自分たちの頃の話は、何も出て来ない日だったとしても。
(ぼくにも、今日は何も無いから…)
 話さなければ、と思うこと。
 前世の記憶が絡む何かで、ハーレイに訊いてみたいこと。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そう呼ばれていた時代の話。
 あの頃のことを話さないと、と思うわけではない日だから…。
(来てくれなくても、困らないけれど…)
 でも寂しいよ、と見詰めてしまうハーレイの家がある方角。
 ハーレイの家はあっちだよね、と。


 今日は会えずに終わった恋人。
 正確に言うなら、恋人同士の時間を少しも持てなかった日。
 とても残念なのだけれども、明日には会えるといいな、と思う。
 学校ではなくて、この家で。
 この部屋でゆっくりお茶を飲みながら、母が作った美味しいケーキを食べながら。
 けれども、まるで見えない明日。
 予知能力など持っていないし、そうなるかどうかは分からない。
 それでも、明日が駄目だったとしても、また次の日がやって来る。
 週末だったら、ほぼ確実にハーレイは来てくれるのだから…。
(今日だけの我慢…)
 明日も我慢でも、その次も我慢する日でも…、と考えていたら掠めた思い。
 そのハーレイがいなかったなら、と。
 青い地球に生まれて来たのだけれども、其処にハーレイがいなかったなら。
 自分が一人だったなら、と。
(…前にも考えたんだけど…)
 あの時は他のことに紛れて、いつの間にやら忘れてしまった。
 ハーレイは当たり前のようにいるから、学校でも姿を見られるから。
(…ぼくの記憶が戻った時には…)
 もうハーレイが側にいた。
 ハーレイの姿を見たのが切っ掛け、身体に浮かび上がった聖痕。
 溢れ出す血と激しい痛みが、ハーレイを連れて来てくれた。
 前の自分の記憶と一緒に、愛おしい人を。
 遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛していた恋人を。
 そうやって出会って、今でも一緒。
 互いの家は離れていたって、子供だからとキスを断られたって。
 ハーレイは同じ町にいるのだし、同じ時を生きているけれど。
 いつか大きくなった時には、二人で暮らしてゆけるのだけれど…。
 もしも、と今を考えてみる。
 一人だったなら、ハーレイが何処にもいなかったなら、と。


 チビの自分が恋をした人、前の生から愛したハーレイ。
 前の自分たちの恋の続きを、二人で生きているけれど。
 これからも生きてゆくのだけれども、そのハーレイがいなかったなら。
 前世の記憶を取り戻した時、一人だったなら、どうなるのだろう。
 ハーレイの姿は、何処にも無くて。
 自分がポツンと独りぼっちで、見回しても誰もいなかったなら。
(…何処かで転んだはずみとかに…)
 いきなり戻って来る記憶。
 前の自分は誰だったのかを、突然に思い出したとしたなら、一番に考えそうなこと。
(多分、ハーレイのことじゃなくって…)
 自分が転んだ地面を見詰めて、それから見上げるだろう空。
 「此処は地球だ」と。
 夢にまで見た地球に来たのだと、自分は其処に生きているのだ、と。
 転んだ地面に座り込んで。
 自分を転ばせた地面をそうっと撫でて、頬ずりしたくもなるのだろう。
 夢だった星に来られたから。
 身体の下には地球の地面で、其処が自分の生きている場所。
 前の自分は、踏みしめる地面を持たないままで死んでいったのに。
 地球を見ることも叶わないままで、暗い宇宙で命尽きたのに。
(…空も見上げて、うんと幸せ…)
 本物の地球の空だから。
 青い空から降り注ぐ光は、地球の太陽の光だから。
 きっと幸せに酔いしれたままで、地面に座っているのだろう。
 転んだ場所が道路だったら、通る人が眺めてゆくのだろうに。
 「いったい何をしているのだろう」と、それは不思議そうな表情で。
 もしかしたら、訊かれるかもしれない。
 「立てますか?」と、親切な人たちに。
 手を貸してくれる人も、きっといるだろう。
 座り込んでいないで立てるようにと、「車で家まで送りましょうか?」とも。


 けれど怪我などしていないのだし、「大丈夫です」と立ち上がるだろう自分。
 学校の帰り道で転んだのなら、鞄を持って。
 ズボンについてしまった埃も、手でパタパタと払い落して。
 それから、もう一度周りを見回す。
 「地球だよね?」と、きっと幸せ一杯で。
 こんな幸せがあっていいのかと、嬉しさで胸がはち切れそうで。
(ホントに幸せ一杯なんだよ…)
 残りの道を家まで歩いてゆく間にも、家の門扉を開ける時にも。
 庭に入ったら、芝生に転がるかもしれない。
 「ホントに地球だ」と、「ぼくの家が地球の上にあるよ」と、大はしゃぎで。
 緑の芝生に寝そべったままで、庭の木々だって見上げるだろう。
 クローバーの茂みに気が付いたならば、手を突っ込んでもみるのだろう。
 「これ、シャングリラにもあったよね?」と。
 ハーレイと四つ葉を探したりしたと、子供たちから花冠も貰ったっけ、と。
 そうやって夢中で探しそうな四つ葉のクローバー。
 「見付かるかな?」と、覗き込んで。
 幸運の四つ葉が見付かったならば、もう最高に幸せだけれど。
 シャングリラでは一度も探し出せずに終わったのだし、嬉しくてたまらないけれど。
(…その四つ葉…)
 其処でようやく気付くのだろう。
 「あったよ!」と四つ葉を見せたい恋人、ハーレイの姿が無いことに。
 前の生で一緒に四つ葉を探した、愛おしい人が見えないことに。
(…四つ葉、ハーレイに見せたいのに…)
 誰よりも先に教えたいのに、そのハーレイが何処にもいない。
 庭はもちろん、生垣の向こうの道路にも。
 さっき自分が転んだ時にも、ハーレイは何処にもいなかった。
 もしもハーレイが側にいたなら、大慌てで駆けて来る筈だから。
 「ブルー!」と名前を呼びながら。
 怪我はないかと、ちゃんと立てるかと、きっと心配してくれるから。


 ハーレイがいたなら、そうなった筈。
 なのに何処にもいないハーレイ、自分は一人で庭にいるだけ。
 せっかく四つ葉を見付けたのに。
 真っ先にハーレイに知らせたいのに、「地球に来たよ」と話したいのに。
(だけどハーレイ、何処にもいなくて…)
 いくら待っても出会えないまま。
 その日も、次の日も、何日経っても、現れてくれない愛おしい人。
 「此処にいるよ」と教えたくても、いなかったならば、どうにもならない。
 宇宙の何処にも、ハーレイが存在しなかったなら。
 自分が一人で生まれて来ただけ、ハーレイは生まれていなかったなら。
(…尋ね人の広告、出して貰っても…)
 両親には「転んだ時に助けてくれた人」とでも、上手く言い繕って。
 「どうしても御礼を言いたいから」と、それこそ宇宙のあちこちにだって。
 たまにそういう広告を見るし、両親ならきっと探してくれる。
 知り合いの人にも頼んでくれるし、ご近所さんも協力してくれそうだけれど。
(…ハーレイがいないと、探しても駄目…)
 その広告に気付くハーレイは、宇宙の何処にもいないから。
 「お前のことじゃないか?」と、ハーレイに知らせる人もいないから。
 いつまで経っても、ハーレイは会いに来てくれない。
 何年待っても、チビの自分が前と同じに育っても。
 ハーレイを探して旅に出たって、けして出会えはしない恋人。
 宇宙の何処まで出掛けて行っても、「知りませんか?」と尋ねて回っても。
(…そうなっちゃったら…)
 いったい何度泣いたのだろうか、泣くことになってしまったろうか。
 「ハーレイがいない」と、「絆が切れてしまったせいだ」と右手を眺めて。
 メギドで失くしたハーレイの温もり、そのせいで今も会えないまま、と。


(そんなの、嫌だ…)
 悲しすぎるよ、と見詰めた右手。
 ハーレイに会えずに生きるだなんて、地球に生まれても独りぼっちのままなんて。
 それに比べたら、今の自分はずっと幸せ。
 ちゃんとハーレイと一緒なのだし、今日はたまたま二人きりで会い損なっただけ。
 恋人同士で会える日だったら、明日も、明後日も、いくらでもある。
 一人だったなら、いつまで待っても、ハーレイに会えはしないまま。
(寂しいなんて、言っちゃ駄目だよね…)
 ハーレイと一緒なんだから、と浮かべた笑み。
 ぼくはとっても幸せだよねと、ハーレイと二人で地球に生まれて来たんだものね、と…。

 

        一人だったなら・了


※もしもハーレイがいなかったなら、と考えてしまったブルー君。悲しすぎるよ、と。
 けれども、ちゃんとハーレイと一緒。絆は切れていなかったのです、これからも一緒v






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(行き損ねちまった…)
 今日は行けると思ったんだが、とハーレイがついた小さな溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 コーヒー片手に寛ぎの時間、けれど拭えない残念な気持ち。
 愛おしい人の家に行き損ねたから。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わって再び巡り会えたブルー。
 仕事の帰りに訪ねて行こうと思っていたのに、長引いた会議。
 終わった時には、出掛けてゆくには遅すぎる時間。
 仕方なく家へ帰ったけれども、今頃になって零れる溜息。
 「あいつと話したかったんだが」と。
 十四歳にしかならない恋人、キスも出来ないくらいに子供。
 それでもブルーはブルーなのだし、会えなかったら寂しくもなる。
 会えたところで、ただお喋りをするだけでも。
 ブルーを抱き締めることは出来ても、キスを交わせはしなくても。
(学校でなら、少し話せたんだが…)
 朝に出会って、ほんの短い立ち話。
 今日はそれだけで終わっちまった、と傾ける愛用のマグカップ。
 もっとゆっくり話したかったと、生徒ではなくて恋人のブルーに会いたかったと。
 学校で会えるのは「ブルー君」だから。
 あくまで教え子、自分は教師。
 交わせる話も恋人同士のようにはいかない、それに話題も。
(…前の俺たちのことなんて…)
 まるで話せやしないんだから、と浮かべた苦笑。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そんな前世の思い出のことは。
 生まれ変わりだとは誰も知らないし、知られるわけにもいかないから。


 もっとも、今日は特に話題は無かったけれど。
 何を思い出したわけでもないから、前世の話は特に無くてもいいのだけれど。
(あいつと話したかったんだよな…)
 ブルーの家で、誰にも邪魔されずに。
 教師と生徒の会話ではなくて、愛おしい人と過ごすひと時。
 それが欲しかっただけなんだが、と思うけれども、行けなかった今日。
(…明日は行けるといいんだが…)
 どうなるやらなあ、と明日の予定を考えてみる。「運次第か」と。
 多分、時間はあるだろうけれど、何が起こるかは分からない。
 予知能力などありはしないし、明日の自分は見えないから。
(まあ、明日が駄目でも…)
 その次もあるし、と思った所で掠めた思い。
 「もしも、ブルーがいなかったら」と。
 ただ会えないということとは違って、最初からブルーがいない世界。
 こうして地球に生まれて来たって、ブルーが何処にもいなかったら、と。
(…前にも少し考えたんだが…)
 あの時は他の考えのついで。
 直ぐに紛れて忘れてしまった、「ブルーがいない世界」というもの。
 ブルーは「いる」のが当たり前だから。
 前の自分の記憶が戻った、その瞬間にはいたブルー。
 聖痕が現れて、血まみれになって。
(…あれを見るまで、俺はブルーを知らなくて…)
 正確に言えば、忘れていた。
 あの日が来るまで、前の自分がいたことを。
 キャプテン・ハーレイに瓜二つだから、「生まれ変わりか?」と言われはしても。
 自分でも「似てる」と思ってはいても、キャプテン・ハーレイは遠い昔の英雄。
 まさか自分だと思いはしないし、似ているだけだと思っていた。
 それが変わった、小さなブルーと再会した日。
 自分は誰かを思い出したし、ブルーも目の前にいたけれど…。


 あそこでブルーがいなかったならば、自分はどうしていただろう。
 前の自分の記憶が戻る切っ掛け、それがブルーでなかったら。
 聖痕を目にして気付く代わりに、まるで違った何かだったら。
(…宇宙遺産のウサギとかか?)
 博物館にある木彫りのウサギ。
 前の自分がせっせと彫って、トォニィに贈ったナキネズミ。
 何処で誤解をされたものだか、今は立派な宇宙遺産。
 しかもウサギに変わってしまって、貴重だから普段はレプリカの展示。
(博物館なら、たまに行くこともあるからな…)
 あれも見るか、とケースを覗き込んだ途端に、記憶が戻って来るだとか。
 「俺が作ったナキネズミだ」と。
 レプリカでも、本物そっくりだから。
(…これはウサギじゃないんだが、と思うんだろうなあ…)
 何処か間抜けな瞬間だけれど、其処で戻って来る記憶。
 ブルーと再会を果たす代わりに、よりにもよって木彫りのナキネズミ。
 おまけに「ウサギ」と書かれた始末で、前の自分の腕前をコケにされたよう。
(生きてる時から、下手だと評判だったがな…)
 死んだ後にもこうなるのか、と愕然とすることだろう。
 そして「違う」と否定しようにも、きっと笑われてしまっておしまい。
 ケースの周りにいるだろう人、それを捕まえて語ってみても。
 「これはウサギじゃないんですが」と言ってみたって、「そうですか?」と傾げられる首。
 プレートには「ウサギ」と書かれているから、その人の方が正しい世界。
 「ナキネズミです」と言い張ったならば、いったい何と思われることか。
 審美眼とやらを疑われるのか、芸術家と勘違いされるのか。
(芸術家ってのは、勝手なもんだし…)
 そのお仲間だと思われることもあるかもしれない。
 宇宙遺産のウサギを見たって、ナキネズミに見える芸術家。
 まるでいないとも言い切れないから、その可能性もあるけれど…。


(…ナキネズミなんだ、と言える相手は…)
 その場では知らない人ばかり。
 家に帰って両親に通信を入れてみたって、自分の事情は伝わらない。
 「俺はキャプテン・ハーレイだったらしい」と、通信で言えるわけがない。
 大慌てで飛んでくる両親の姿が見えるよう。
 隣町から車を飛ばして、「大丈夫か?」と。
 変な夢でも見てはいないかと、でなければ熱が高いのでは、と。
(…そうなっちまうぞ…)
 両親には未だに内緒のまま。
 自分が本当は誰だったのかを、まだ話してはいないから。
(ブルーみたいに、聖痕でも出たと言うならなあ…)
 実は、と話す切っ掛けになっても、何も起こっていないから。
 自分の見た目は変わらないのだし、慌てて話すこともないな、と。
 ブルーがいてさえ、その有様。
 たかが木彫りのナキネズミのせいで、記憶が戻って来たのなら…。
(話す切っ掛けどころじゃないぞ)
 ウサギを否定したくても。「あれはナキネズミだ」と言いたくても。
 暫くの間は、ナキネズミのことで頭が一杯。
 「なんだってウサギになったんだ」と。
 あれはナキネズミで間違いないのに…、とブツブツ言う間に、気付くこと。
 ナキネズミよりも、もっと大切なこと。
 「ブルーは何処に行ったんだ?」と。
 木彫りのナキネズミがあそこにあるなら、前の自分の恋人は、と。
(ナキネズミの木彫りがあるってことは…)
 ブルーも何処かにいるかもしれない。
 この町にいるか、宇宙の何処かか、きっと、と探し始める恋人。
 新聞に尋ね人を出したり、他にも色々、手を尽くして。
 なんとかブルーを探し出そうと、友人たちにも頭を下げて。
 生まれ変わりの件は伏せつつ、必死になって。
 「こういう人を探しているんだ」と、「一目惚れなんだ」とでも大嘘をついて。


 けれど、見付からないブルー。
 いくら探して貰っても。
 何処にもブルーは生まれていなくて、誰もブルーを見付けられない。
 自分はもちろん、協力してくれた友人だって。
 「息子のためなら」と頑張ってくれた、両親も、両親の知り合いたちも。
 ブルーが生まれていなかったならば、どう探しても無駄だから。
 自分しか宇宙にいないというなら、ブルーに会えはしないのだから。
(…そいつは御免蒙りたいぞ…)
 前の自分の記憶が戻った、その瞬間はブルーを忘れていても。
 木彫りのウサギに憤慨していて、「ナキネズミだぞ!」と睨んでいても。
 やがては思い出すブルー。
 思い出したら、頭にはもう、ブルーしかいない。
 ナキネズミのことは、どうでも良くて。
 木彫りのウサギになっていたって、それを訂正するよりは…。
(…ブルーを探すことが大事で…)
 きっとそれしか考えられない、いつかブルーが見付かるまで。
 見付からなくても、きっと一生、ブルーを探し続ける筈。
 何処を歩く時も、何処に行っても。
 ブルー無しでは寂しすぎるから、一人で生きるのは辛すぎるから。
(…そいつを思えば、今の俺はだ…)
 幸せだよな、と笑みが零れる。
 木彫りのウサギはブルーに何度も笑われたけれど、それはブルーがいる証。
 小さなブルーに出会えたお蔭で、会えない寂しさも味わえる。
(うん、寂しいってだけなんだ…)
 ブルーの家には行き損なっても、行ける日はまたやって来るから。
 もしも自分が一人だったら、そんな日はやって来ないから。
 だからいいんだ、と幸せな気持ち。
 今日はブルーと過ごし損なったけれど、一人だったら、会うことさえも出来ないから、と…。

 

         一人だったら・了


※もしもブルー君がいない世界だったら、と考えてみたハーレイ先生。寂しすぎる、と。
 けれど今いるのは、ブルー君がちゃんといる世界。会えない日だって、少し寂しいだけv






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(今日はハーレイに会えただけ…)
 たったそれだけ、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日、学校で会ったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれども、今は教師と生徒。
 自分はハーレイが教える学校の生徒で、ハーレイは其処の古典の教師。
 そういう関係になっている二人、何かと制約の多い学校。
 「ハーレイ先生」と呼び掛けなければいけないとか。
 話す時には、必ず敬語を使うだとか。
(でも、そんなのは…)
 大したことじゃないんだよね、と考えてしまう、今日のような日。
 ハーレイとは「会えた」だけだったから。
 廊下ですれ違う時に挨拶、それで終わってしまったから。
 お互い、次の授業があって。
 立ち止まって少し話す時間は、まるで持ち合わせていなくって。
(…あれっきり…)
 話せないままになったハーレイ。
 会ったのは、その一度だけ。
 仕事の帰りに訪ねて来てもくれなかったし、今日はハーレイと話せてはいない。
 ほんの僅かな立ち話さえも。
 他の生徒も通ってゆく場所、廊下や、それに中庭などでの立ち話。
 それも出来ずに終わった今日。
 ハーレイと色々、話したいのに。
 中身は大したことでなくても、教師と生徒の会話でも。
 「元気そうだな」と声を掛けて貰って、それに答えを返すだけでも。
 ハーレイの声が聞けたら充分だから。
 こちらを見詰めて話してくれたら、もうそれだけで嬉しいから。


 そう思うけれど、叶わなかった今日。
 挨拶だけしか交わしていなくて、ハーレイの言葉は貰えないまま。
 「次の授業は何なんだ?」とも。
 「俺はこれから、向こうの校舎で授業でな」とも。
 そんな中身でかまわないのに。
 ハーレイの様子が分かれば充分、それに自分の様子も伝えられたら。
 「ぼくは次の時間、歴史なんだよ」とか。
 「体育だけど、今日は見学」だとか。
 そう言ったならば、ハーレイは訊いてくれるから。
 「歴史か…。今はどの辺なんだ?」とか、「見学って…。お前、大丈夫か?」とか。
 体育の授業を見学するなら、何処か具合が悪いのか、とも。
(…今日の体育、いつもより疲れそうだから…)
 見学するよう、前の授業の時に言われた。
 体育担当の先生から。
 「ブルー君は、次は見学だぞ」と。
 それだけのことで、何処も具合は悪くない。
 ハーレイにそう話をしたなら、「それは良かった」と笑顔だろうに。
 「心配したぞ」と、「そういうことなら、ちゃんと見学するんだぞ?」と。
 ほんの短い立ち話だって、ハーレイと気持ちが通うのに。
 好きでたまらないあの声を聞いて、大好きな笑顔も見られるのに。
(…でも、今日は…)
 その「ちょっぴり」も無かったんだけど、と寂しい気持ち。
 学校では挨拶したというだけ、立ち話は無し。
 それに家にも、訪ねて来てはくれなかったから。
 「ハーレイ、今日は来てくれるかな?」と、何度も窓の方を見たのに。
 窓辺に立って、庭の向こうの門扉も何度か眺めたのに。
 耳を澄ませてチャイムも待った。
 ハーレイが鳴らしてくれるだろうかと、今に聞こえてくるかも、と。


 けれど、鳴らずに終わったチャイム。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 話せないままで夕食が済んで、お風呂に入って、もうこんな時間。
 後はベッドに入って寝るだけ、湯冷めしない内に。
 なんとも寂しい気分だけれども、今日という日は、そういう日。
 ハーレイと同じ地球にいたって、同じ町に家があったって。
(…学校もおんなじ場所なのに…)
 どうしてこうなっちゃうんだろう、と悲しいけれど。
 話せないままで終わるだなんて、と寂しいけれども、会えただけでもマシな方。
 会えずに終わる日もあるから。
 ハーレイは学校にいる筈なのに、自分も学校にいるというのに。
(そんな日、あるよね…)
 どうしたわけだか、すれ違いさえもしないままの日。
 ハーレイの姿を目で探したって、何処にも見付けられない日。
 それに比べたら、今日は遥かにいいのだろう。
 ハーレイに会えて、ちゃんと挨拶出来たから。
 挨拶だけで離れていっても、会うことだけは出来たのだから。
(…だけど、残念…)
 何の話も交わせないまま、今日という日が終わること。
 せっかく二人で地球に生まれて、同じ町で暮らしているというのに。
 ハーレイの職場は、自分が通う学校なのに。
(…ホントに、何か話せたら…)
 それで充分なんだけどな、と思い浮かべる恋人の顔。
 教師の方の顔でいいから、何か話が出来ていたなら、きっと幸せ。
 ハーレイが向けてくれる言葉を聞けるから。
 話す間は、自分の方を見てくれるから。
 恋人を見詰める目ではなくても、ハーレイの瞳。
 それに笑顔もハーレイのもので、声は大好きなあの声だから。


 少しだけでも話せるのならば、話の中身は何でもいい。
 授業のことでも、今日の天気のことだって。
 贅沢を言っていいというなら、出来れば家で話したかった。
 この部屋で二人、色々なことを。
 他愛ないことでかまわないから、まるで中身は無くていいから。
 前の自分たちのことなどは抜きで、シャングリラだって欠片も出ずに。
 遠く遥かな時の彼方を、顧みることさえしないままで。
(それでいいよね?)
 今は地球の上にいるのだから。
 新しい命と身体を貰って、別の人生なのだから。
 前の生のことを忘れていたって、それも間違ってはいないと思う。
 ハーレイのことが好きだったら。
 前の自分の恋の続きでも、恋しているのは今の自分で、今のハーレイは今のハーレイ。
 白いシャングリラの舵を握る代わりに、学校で古典を教える教師。
 今の自分は教え子なのだし、今を幸せに生きればいい。
 ハーレイと話す時にしたって、そのように。
 遠い昔を懐かしむ代わりに、今日、学校であったこと。
 それを話したり、ハーレイからも「今日の柔道部のことなんだが…」と聞いたりして。
 二人揃って今に夢中で、気が付いたらもう、夕食の時間。
 両親も一緒に食べる夕食、二人きりの時間はおしまいだけれど…。
(ちっとも惜しくないと思うよ)
 前の生のことを、一度も話さないままだって。
 シャングリラのことも、ソルジャーのことも、キャプテンだって忘れていても。
 きっと二人で立ち上がるのだろう、母が部屋まで呼びに来たなら。
 「夕食の支度が出来ましたから」と声がしたなら。
 ハーレイが「行くか」と腰を上げて。
 自分も「そうだね」と椅子から立って、二人で階段を下りてゆく。
 両親が待っているダイニングへ。
 温かな空気が満ちた部屋へと。


 そういった風に話したいのに、何も話せなかった今日。
 前の生なら、話さない日は無かったのに。
 ハーレイがどんなに多忙な時でも、必ず飛んで来た思念。
 「今日は仕事が長引きそうです」と、「先にお休みになって下さい」と。
 いつも「待つよ」と返した自分。
 「遅くなっても待っているから」と、「ぼくが眠っていたら起こして」と。
 時には冗談も飛ばしたりした。
 キャプテンの仕事に追われるハーレイ、それを承知で「本当かい?」と。
 「お酒つきの会議じゃないだろうね」と、「ゼルやヒルマンの部屋で仕事?」という質問。
 少し笑いを含んだ思念で。
 ハーレイの苦々しい顔を想像しながら、青の間から茶目っ気たっぷりに。
 それをやったら、「ならば、御覧になりますか?」と思念が返って来たけれど。
 「どうぞ視察にお越し下さい」と、仕事に忙しいハーレイの思念。
 いつも笑って断っていた。
 「御免だよ」と、「ぼくも忙しいから」と。
 夕食もとうに終わった時間に忙しいことなど、ないくせに。
 本当は暇でたまらないくせに、ハーレイもそれを知っているのに。
(…ああいう風に話せたら…)
 それだけで心が通い合うのに、と思うけれども、叶わない今。
 サイオンが不器用になってしまって、思念もろくに紡げはしない。
 そうでなくても、離れている人に連絡するなら、通信を入れるのが社会のマナー。
 今の時代は、サイオンや思念を使わないのがルールだから。
(…マナー違反でも、それも出来ない…)
 ハーレイに思念を送れないよ、と悲しい気分。
 前の自分なら、こんな夜でもハーレイと話が出来たのに。
 「ねえ、ハーレイは今、何してるの?」と訊けたのに。


 だけど出来ない、と残念でたまらないけれど。
 前の自分がそうしたように、ハーレイと少し話せたら、と窓の方向を眺めるけれど。
(…思念波は無理で、こんな時間に通信も無理…)
 もしも通信を入れに行ったら、「まだ起きてるのか?」と叱られそう。
 「早く寝ろよ」と、「明日も学校、あるんだからな」と。
 叱られたって、ハーレイの声が聞けたら満足だけど。
 話が出来た、と心が弾むだろうけれど。
(ほんのちょっぴり、話せたら…)
 そう思ったって、今は出来ない。
 チビの自分は寝る時間だから。
 とはいえ、いつかはハーレイと好きなだけ話せる時が来る。
 二人一緒に暮らし始めたら、「まだ寝ないのか?」と睨まれたって。
 「もうちょっとだけ」と我儘を言って、ハーレイといくらでも続けられる話。
 側にいたなら、ハーレイだって「仕方ないな」と笑うだろうから。
 ハーレイの側にくっついたままで、疲れて眠りに落ちてゆくまで話し続けていいのだから…。

 

        君と話せたら・了


※今日はハーレイと話せなかった、と残念な気持ちのブルー君。挨拶だけの日だったよ、と。
 つまらないことでいいから話したいのに、出来ない今。けれど、いつかはたっぷりお話v






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(今日は話せなかったよなあ…)
 会いそびれちまった、とハーレイがフウとついた溜息。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 今日は会えずに終わったブルー。
 前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
 同じ地球の上に生まれたけれども、生憎と今は教師と生徒。
 学校がある日は、会えない日だって出来てくる。
 そう、今日のように。
(…会えなかったわけじゃないんだが…)
 会った内には入らないよな、と思う程度のブルーとの時間。
 学校の廊下ですれ違っただけ、互いに挨拶したというだけ。
 「ハーレイ先生!」とブルーの笑顔が弾けたけれども、それでおしまい。
 じきに授業が始まるのだから、足を止めてはいられない。
 ブルーも、それに自分の方も。
 お互い、逆の方へと歩いて、開いていったブルーとの距離。
(それっきりで、だ…)
 仕事が終わるのが遅くなったから、帰りに寄れはしなかった。
 ブルーが待っているだろう家へ。
 「今日はハーレイ、来てくれるかな?」と、何度も窓を見たろうに。
 チャイムの音が聞こえないかと、耳を澄ませていたのだろうに。
(すまんな、ブルー…)
 寂しい思いをさせちまって、と思うけれども、寂しい気持ちは自分も同じ。
 「今日は話せなかったんだ」と。
 ブルーと二人で、色々な話。
 教師と生徒の会話だとしても、話せないよりはずっといい。
 他の生徒も通ってゆく場所、廊下や中庭で立ち話でも。
 今日のブルーの様子が聞けたら、自分のことも話せたならば。


 欲を言うなら、ブルーの家で会いたいけれど。
 ブルーと二人でお茶を飲みながら、のんびりと話したいけれど。
(話の中身は、なんだっていいんだ…)
 それにブルーの言葉遣いも。
 「ハーレイ先生!」と呼んで、敬語で話すブルーでも。
 愛おしい人の声が聞けたなら。
 それに応えて何か言えたら、どんなことでも。
 「おはよう、今日も元気そうだな」とでも声を掛けたら、始まる会話。
 「ハーレイ先生、柔道部の朝練はもう終わりですか?」と。
 二言三言、話せたらいい。
 休み時間の廊下にしたって、ブルーの様子は分かるから。
 「次の時間は体育なんです」と口にしたなら、「頑張れよ」とか。
 見学するのだと言われたならば、「今日は具合が悪いのか?」とか。
(そんな具合に…)
 ほんのちょっぴり、話せるだけでも幸せな気分。
 なにしろ、ブルーは恋人だから。
 姿を見られれば心が弾むし、声を聞けたら胸が温かくなるものだから。
(でもって、あいつの家で会えたら…)
 もう最高とも言える時間。
 他愛ない話で終わったとしても、まるで中身が無さそうでも。
 前の自分たちに繋がる話は、欠片さえも出て来なくても。
(お互い、今を生きてるんだしな?)
 そうそう後ろを振り返らなくてもいいだろう。
 遠く遥かに過ぎ去った時を、シャングリラという船で生きた時代を。
 今は今だし、自分もブルーも新しい命。
 身体も同じに新しいもので、暮らす場所だって地球の上。
 踏みしめる地面をしっかりと持って、幸せに生きているのだから。
 宇宙の何処にも、もう戦いは無いのだから。


 そんな時代に生まれたのだし、もっとブルーといたいのに。
 色々なことを話したいのに、今日のような日も混じったりする。
 学校で会っても挨拶しただけ、何も話せはしなかった日が。
(…姿も見られないよりマシだが…)
 全く会えずに終わる日もあるし、それよりはマシ。
 そういう意味では、「会いそびれた」と思うことは贅沢。
 けれど、やっぱり思ってしまう。
 こうして夜が更けていったら、書斎で独り、過ごしていたら。
 コーヒーを淹れて、憩いのひと時でも。
 愛用のマグカップが側にあっても、ふと掠めてゆく寂しい気持ち。
 「今日はあいつと話せなかった」と。
 ブルーと何も話していないと、愛おしい人の思いを聞いてはいないのだと。
 「体育、頑張って来ますね」とも。
 「見学ですけど、特に具合が悪いわけではないんです」とも。
 前と同じに弱く生まれてしまったブルーは、体育の授業についてゆけない。
 途中から見学になる日もしばしば、最初から見学することも多い。
(どっちなのかが分かるだけでも…)
 あいつと会えた、って思うんだよな、と頭に浮かべる愛おしい人。
 「今日のブルーの様子が分かった」と、グンと身近に感じる恋人。
 ただ挨拶をするよりも。
 挨拶だけで別れてゆくより、二言、三言、交わせたら。
 「次の授業は歴史なんです」でも、「そうか、歴史か」と思うから。
 「家庭科なんです」と耳にしたなら、「今日は料理を作るのか?」とも聞けるから。
 ブルーのことなら何でも知りたい、ほんの小さなことだって。
 それが聞けたら幸せな気分、中身が授業のことにしたって。
 「歴史の授業、今やってるのは…」という話でも。
 「家庭科、調理実習ですけど…。ハーレイ先生の分は、無いですよ?」と言われても。
 自分はブルーの担任ではないし、調理実習の成果は貰えないのが当然だから。
 何の不満もありはしないし、「かまわないぞ?」と笑むだけだから。


 愛おしい人が側にいるのに、同じ地球の上の同じ町なのに。
 ブルーが通う学校で教師を務めているのに、話が出来ずに更けてゆく夜。
 こういう時には、何処か寂しい。
 「ブルーと話せなかったよな」と。
 前の生なら、こんなことなど無かったから。
 キャプテンの仕事で多忙な時でも、何処かで思念で交わせた話。
 「今日は仕事で遅くなります」と送ったならば、「でも、待ってるよ」と返った思念。
 寝てしまっていても、待っているからと。
 「青の間に来た時、ぼくが寝ていたら起こして」とも。
 もうそれだけで通い合った心。
 ブルーの思念は、その日によって少し違ったものだから。
 「また遅いのかい?」と不満そうだったり、「無理をしないでよ?」と労ったり。
 時には、からかう時だってあった。
 「本当に今日は仕事かい?」と。
 ゼルたちと一緒じゃないだろうねと、「お酒を飲みながら会議だとか?」と。
 「違いますよ」と、こちらも少し嫌味をこめて返した思念。
 本当にとても忙しいのですと、「なんなら、御覧になりますか?」と。
 「ブリッジまで視察においで下さい」と、「忙しいのがよくお分かりになりますよ」と。
 そう送ったなら、いつも笑いを含んだ思念。
 「御免蒙るよ」と、「ソルジャーだって、忙しいんだよ」と。
 忙しいことなど、ないくせに。
 「遅くなります」と伝えるような時間に、ソルジャーの仕事がある筈もない。
 とうに夕食も終えてしまって、暇を持て余しているのがブルー。
 そんなブルーの様子が分かって、幸せだった。
 「お元気でいらっしゃるらしい」と。
 昼の間に何か無茶して、体調を崩す時もあるから。
 子供たちと一緒に走り回って、疲れすぎてもうヘトヘトだとか。
 そうでなくても、風邪を引きかけているだとか。


(あいつが元気でいてくれたなら…)
 それだけで幸せだったんだよな、と思い出す前の生のこと。
 ほんの短い思念での会話、それで様子が分かったんだが、と。
 ところが、そうはいかない今。
 ブルーのサイオンが不器用でなくても、思念波は使わないのがマナー。
 離れた所にいる人間と話したかったら、通信を入れるのが社会のルール。
 前の生なら、こんな夜更けでも話せたのに。
 コーヒー片手に「どうしてる?」と思念を送れば、返事が返って来たろうに。
 「今、寝るトコ!」とか、何も返事が返って来なくて…。
(…あいつ、眠っているんだな、って…)
 そう思うことも出来ただろう。
 「話したかったが、寝ちまったか」と。
 もう少し早く思念を送っていたなら、ちょっと話が出来ただろうに、と。
(つまらないことでいいんだ、うん)
 今日の夕食は何だったかとか、「俺が食ったのは…」と話すだとか。
 そうすれば返る、ブルーの答え。
 「晩御飯、お揃いだったんだね」とか、「ハーレイの料理、食べたかったよ」とか。
 そんな他愛ないことでいいから、少しブルーと話せたらいい。
 今日のような日は、話せずに終わってしまった日には。
 話せたらな、と思うけれども、今は無理でも、もう何年か経ったなら…。
(もう寝るんだから、って邪魔にされるくらいで…)
 嫌というほど話せるよな、と零れた笑み。
 ブルーと二人で暮らし始めたら、いくらでも話し掛けられるから。
 「こんな夜は、あいつと話せたら…」と思わなくても、夜もブルーは側にいるから…。

 

         あいつと話せたら・了


※ブルー君と話せなかったな、と少し寂しいハーレイ先生。「話せたらな」と。
 けれども話せないのが今。いつか二人で暮らす時には、邪魔にされそうなほどですけどねv






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(ハーレイのケチ…)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日も来てくれた、愛おしい人。
 前の生から愛したハーレイ、また巡り会えた恋人だけれど。
(…キスは駄目だ、って…)
 そればっかり、と膨らませた頬。
 ハーレイはキスをしてくれないから。
 「俺は子供にキスはしない」と、叱られてしまうだけだから。
 額を指でピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
 そうならなくても、鳶色の瞳に「分かってるよな?」と睨まれる。
 「何度も言ってる筈なんだが」と。
(…キスは額と頬っぺただけ…)
 悲しいけれど、そういう決まり。
 ハーレイが勝手に決めてしまって、そうなった。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、けして貰えはしないキス。
 「ぼくにキスして」と強請っても。
 「キスしてもいいよ?」と誘ってみても。
 他にも色々試したけれども、キスは未だに貰えないまま。
 今日も同じに叱られただけで、唇へのキスは貰えなかった。
 恋人同士の二人だったら、そういうキスを交わすのに。
 白いシャングリラで生きた頃には、何度もキスを交わしたのに。
(…ぼくからキスを頼まなくても…)
 幾らでも貰えたハーレイのキス。
 唇どころか、身体中に。
 数え切れないほどのキスを貰って、それは幸せに生きていたのに。


 そのハーレイとまた巡り会えて、青い地球の上で恋人同士。
 幸せな時が流れ始めて、前の自分たちの恋の続きを生きている。
 とても平和になった時代で、前の自分が焦がれた地球で。
(でも、ハーレイはケチになっちゃって…)
 唇へのキスをくれないまま。
 いくら頼んでも、強請っても無駄。
 「キスは駄目だ」の一点張りで、ハーレイの心は動かせない。
 どう頑張っても、ハーレイを釣ろうと色々な策を考えてみても。
(いつも、叱られちゃって終わりで…)
 キスをくれないから、許せない。
 なんというケチな恋人だろう、と。
 「本当にぼくのことが好きなら、キスしてくれてもいいのに」と。
 こんなにキスが欲しいのだから。
 ハーレイの方でも、「俺のブルーだ」と強く抱き締めてくれるのだから。
(…許せないよね、キス無しだなんて…)
 あんな恋人、と怒りたくなる。
 ハーレイのことは好きだけれども、それとこれとは別問題。
 恋人だったら、ぼくにキスして、と。
 好きな証拠に唇にキス、と。
(キスもそうだし、他にも色々…)
 許せないことがあるんだから、と思い始めたら出て来る欠点。
 「あれでも、ぼくの恋人なの?」と。
 例えば、置き去りにされること。
 ハーレイが家に帰ってゆく時、自分はこの家にポツンと置き去り。
 「またな」と置いてゆかれてしまって。
 軽く手を振って帰るハーレイ、車で、あるいは自分の足で。
 恋人を置いてゆくというのに、悲しそうな顔も見せないで。
 別れのキスを贈る代わりに、「またな」と笑顔で手を振るだけで。


 あれも許せない、と思う置き去り。
 一度くらいは連れて帰って欲しいのに。
 教師と教え子、そういう関係の二人なのだし、連れて帰っても大丈夫な筈。
 両親だって、きっと許してくれるだろう。
 「ハーレイ先生の家でお泊まり」するだけ、合宿のようなものだから。
 恋人同士だと知りはしないし、止める理由は何も無い。
 「御迷惑をかけないように」と、幾つか注意をされる程度で。
 自分のことは自分でするとか、はしゃぎすぎて疲れないようにとか。
(…そういうの、出来る筈なのに…)
 これまたハーレイのせいで出来ない、一緒に帰って泊まること。
 ハーレイが許してくれないから。
 キスも駄目なら、ハーレイの家に遊びに行くことだって…。
(…ハーレイが駄目って決めちゃったんだよ…!)
 前の自分と同じ背丈になるまでは。
 そっくり同じに育つ時までは、遊びに行けないハーレイの家。
 だから泊まりに行けもしないし、ハーレイと一緒に帰れはしない。
 「またな」と置いてゆかれるだけで。
 ハーレイが一人で、車で帰ってゆくだけで。
(…ハーレイと一緒に帰れるんなら…)
 車でなくても、文句を言いはしないのに。
 路線バスに揺られて帰るコースはもちろん、「今日は歩くぞ」と言われても。
 チビの自分には遠すぎる距離を、「ほら、頑張れ」と歩かされても。
(…それでも、許してあげるのに…)
 車で来なかったハーレイのことを。
 路線バスにも乗せてくれずに、「歩け」と言い出すハーレイだって。
 大好きなハーレイの言うことだから。
 頑張って一緒に歩いて行ったら、ハーレイの家に着くのだから。
 門扉や玄関を開けて貰って、「入れ」と中に案内されて。
 「何か飲むか?」と、優しい言葉も掛けて貰って。


 けれども、そうはいかない現実。
 ハーレイの家まで行けはしないし、連れて帰っても貰えない。
 いくらハーレイのことが好きでも、こんなにケチな恋人なのでは…。
(許せないってば…!)
 酷すぎだよ、と文句の一つも言いたくなる。
 「ぼくは本当に恋人なの?」と。
 「ハーレイはホントに、ぼくの恋人?」と。
 ケチで意地悪なハーレイだから。
 唇へのキスをくれない恋人、家に呼んでもくれない恋人。
 それもハーレイが決めた理由で。
 自分には相談してもくれずに、ハーレイが一人で決めてしまった約束事。
 唇へのキスをくれないことも。
 ハーレイの家に遊びに行ったり、泊めて貰ったり出来ないことも。
(好きでも、こんなの許せないよ…!)
 ホントに酷い、と怒り出したら止まらない。
 自分がチビの子供なばかりに、何もかも一人で決めるハーレイ。
 少しも相談してはくれずに、「こうしろ」と。
 「キスは駄目だと言ってるよな?」だとか、「俺の家には来るな」とか。
 あまりにも自分勝手なハーレイ、一人で何でも決める恋人。
 年が上だというだけで。
 ハーレイは大人で、自分は子供というだけで。
(そんなの、狡い…)
 恋人だったら、きちんとぼくにも相談してよ、と思うのに。
 二人で相談して決めたのなら、どんな決まりでも、納得出来ると思うのに…。
(ハーレイ、一人で決めちゃって…)
 ぼくには決まりを守らせるだけ、と膨らませた頬。
 とても酷いと、あんなの許せないんだから、と。
 ぼくが怒っても当然だよねと、ハーレイの方が悪いんだから、と。


(ハーレイのことは好きだけど…)
 好きでも怒る時は怒るよ、と許せない気分。
 ハーレイが「駄目だ」と決めた約束、それはキスだけではなかったから。
 他にも幾つも思い出したから、どれも許せはしないから。
(あんなハーレイ…)
 ぼくは絶対、許さないよ、とプンスカ怒って、想った前のハーレイのこと。
 前のハーレイは優しかったから。
 けして「駄目だ」と叱りはしなくて、穏やかな笑みを浮かべただけ。
 「それがあなたの考えでしたら」と微笑んでいたし、反対意見を唱えた時も…。
(…頭から「駄目だ」って言ったりしないで…)
 最後まで耳を傾けた上で、「ですが…」と控えめに述べていた。
 前のハーレイの考えを。
 「私はこのように考えますが」と、「私は間違っておりますか?」と。
 ああいう風に言ってくれたら、自分も怒りはしないのに。
 「こういう決まりにしようと思うが」と、その一言をくれていたなら…。
(それは嫌だ、って反対出来るし…)
 ハーレイだって、少しは考える筈。
 「本当にこれでいいのだろうか?」と。
 キスのことにしても、「家に来るな」と決めてしまった一件も。
(…ぼくの意見を聞いてくれたら…)
 そしたら、ぼくも許したかも、と思ったけれど。
 聞きに来なかったハーレイが悪い、と考えたけれど、其処で気付いた。
 今のハーレイは立派な大人。
 それに比べて自分は子供で、十四歳にしかならないことに。
 大人が子供の意見を聞いても、「なるほどな」と頷きはしても…。
(…お前の方が正しい、なんて…)
 そうそう言いはしないのだろう。
 いくら恋人の意見でも。
 前の生からの絆があっても、そういう恋人同士でも。


 これじゃ駄目だ、と零れた溜息。
 前の自分とハーレイのようにはいかないらしい、と。
(…前のぼくだと、ソルジャーだから…)
 それに年上だったんだから、と今の自分との違いを数える。
 ハーレイよりも上だったよねと、年も、それから肩書きだって、と。
(…だから、ハーレイ…)
 いつも敬語で話していた。
 今のように「俺」と言いもしないで、「私」と、とても丁寧に。
 周りに人がいない時でも、恋人同士で過ごす時にも。
(…あれって、なんだか…)
 寂しい気がする、今のハーレイに比べたら。
 「またな」と置き去りにするハーレイでも、「キスは駄目だ」と叱る恋人でも…。
(…ハーレイ、普通に喋ってて…)
 その上、大人の余裕たっぷり。
 「チビはもうすぐ寝る時間だぞ」と笑ったりもして。
 ケチな恋人でも、今のハーレイの言葉遣いの方がいい。
 額をピンと指で弾かれても、頭を拳でコツンと軽く叩かれたって。
(今のハーレイの方がいいみたい…)
 いくら好きでも許せない、と思う恋人でも。
 ケチでも、キスもくれなくても。
 普通に喋って笑うハーレイ、そちらに慣れてしまったから。
 前のハーレイだって、ずっと昔は、そういうハーレイだったのだから。
(…怒っちゃ駄目…)
 許せないなんて思っちゃ駄目、と思うけれども、ちょっぴり悲しい。
 ハーレイのキスが欲しいから。
 家にも一緒に帰りたいから、ハーレイの側にいたいのだから…。

 

        君が好きでも・了


※ハーレイ先生のことは好きでも、許せないことが沢山あるのがブルー君。キスは駄目、とか。
 ケチでも今のハーレイの方がいいみたい、と気付いても…。悲しい気分なのが可愛いかもv






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