(んーと…)
そういう歌はあるんだけどな、と小さなブルーが考えたこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
青い地球の上でまた巡り会えて、恋をしているけれど。
前の自分たちの恋の続きが始まったけれど、こうして恋をしていられるのは…。
(…ぼくもハーレイも、生まれ変わりで…)
新しい命と身体を貰って、もう一度巡り会えたからこそ。
五月の三日に再会するまで、まるで知らなかったハーレイのこと。
今のハーレイは知りもしないし、前の自分が恋したハーレイの方にしたって…。
(…歴史の授業で教わった人…)
白いシャングリラを地球まで運んだ、偉大なキャプテン。
ミュウの時代を築いた英雄、キャプテン・ハーレイはそういう人。
もちろん写真は知っていたけれど、たったそれだけ。
「素敵な人だ」と思いもしないし、名前を聞いても「ふうん?」と思っていた程度。
少しも高鳴らない心臓。
まるで心を惹かれはしなくて、歴史上の重要人物の一人。
(…前のハーレイ、そうだったのに…)
何もかもがすっかり変わってしまって、今の自分はハーレイに夢中。
家を訪ねてくれなかった日は、ションボリとしてしまうくらいに。
(少しでも一緒にいたいものね?)
前の自分の記憶が戻って、ハーレイのことを思い出したら、そうなった。
恋の続きを生きているから、恋人の側にいたいから。
(生まれ変わって、また出会うって…)
恋歌にあったりするのだけれども、本当にある、と今の自分は知っている。
今だってハーレイに恋をしているし、前の自分もそうだったから。
生まれ変わってまた巡り会えて、今も恋人同士だから。
遠く遥かな時の彼方で、恋人同士だった自分たち。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そう呼ばれていた恋人同士。
恋のことは隠し続けたけれど。
最後まで誰にも明かすことなく、恋は宇宙に消えたのだけれど。
(…だけど、今でも恋人同士…)
ハーレイと二人、長い長い時を越えて来た。
死の星だった地球が蘇るほどに、青い水の星が宇宙に戻って来るほどに。
それほどの時が流れたけれども、消えてしまいはしなかった恋。
こうしてハーレイと巡り会えたし、これからも恋をしてゆける。
前の自分は泣きながら死んでいったのに。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くしてしまって。
銃で撃たれた痛みで落として、それきり消えてしまった温もり。
右手が冷たいと泣きじゃくりながら、メギドで死んだソルジャー・ブルー。
(…あれでおしまいだと思ったのに…)
どうしたわけだか、気付けば目の前にハーレイがいた。
聖痕が身体に現れたせいで、意識は薄れていったのだけれど。
溢れ出す血と激しい痛みに、勝つことは出来なかったのだけれど。
けれど、ハーレイに会えたことは分かった。
また会えたのだと、愛おしい人の許に自分は帰って来られたと。
この人が自分の愛した人だと、ずっと前からハーレイのことが好きだったと。
(…ちゃんと会えたし、前のぼくのことも…)
忘れていない、とキュッと握った小さな右手。
ずいぶん小さくなったけれども、これがメギドで凍えた右手。
ハーレイが何度も大きな両手で包み込んでは、そっと温もりを移してくれた。
「大丈夫か?」と、「もう冷たいのは治ったか?」と。
そうして温もりが戻って来るのも、生まれ変わって出会えたから。
前の自分たちの恋の続きを、ハーレイと二人で生きているから。
ハーレイに恋して、幸せな自分。
会えない時でも、ハーレイのことを想わないではいられない。
(ハーレイに会えなくて、寂しくなってしまうのも…)
また巡り会えて恋をしたからで、ハーレイがいてくれるから。
前の自分が焦がれた地球に、二人一緒に生まれ変わって。
同じ町に住んで、ちゃんと出会えて、恋の続きを生きてゆくことが出来るから。
(…ハーレイがいるから、とても幸せ…)
ホントに幸せ、と思うけれども、自分たちのように「生まれ変わる」こと。
「生まれ変わって、また恋をする」と歌う恋歌はあるけれど。
チビの自分でも知っているくらい、人気のテーマになっているけれど。
(…本当に生まれ変わって、出会える人って…)
そうはいない、とチビでも分かる。
本当に歌の通りになるなら、そういうカップルたちで溢れ返った世界の筈。
けれども「生まれ変わり」の実例、そんなケースを自分は知らない。
ただの一つも。
それに普通のことだったならば、恋歌になって歌われたって…。
(…当たり前でしょ、って思われちゃって…)
誰も歌ってくれないだろう。
人気は出ないし、流れていたって聞き流されてしまっておしまい。
「今の歌は誰の歌だろう?」とも思われないで。
気に入ったから、と欲しがる人もいなくて。
(…歌のようにはいかないから…)
恋人たちが憧れる。
永遠に続く、終わらない恋。
どちらかが死んでしまった後にも、恋は何処までも続いてゆく。
ほんの少しの間のお別れ、もう一人の命も尽きたなら…。
(ちゃんと出会えて、また恋をして…)
恋の続きを生きてゆけるし、また死が来たって、少しお別れするだけだから。
何年か経ったら、必ず巡り会えるから。
何度生まれても、巡り会う二人。
いつまでも切れない、恋人同士を結んだ絆。
そんな恋をしたいと誰もが願って、恋歌も人気なのだけど。
色々な人が歌うけれども、実際には上手くいかないもの。
巡り会える人たちが少ないからこそ、今の時代も人気の恋歌。
「生まれ変わっても、また巡り会おう」と、「何度でも出会って、また恋をする」と。
そう出来たなら、と皆が夢見るから。
ずっと恋人同士でいようと、恋人たちが誓い合うから。
(…前のぼくたちも、そうだったけど…)
何処までも二人一緒なのだと、何度も絆を確かめたけれど。
そうはいかなくて、前の自分はハーレイの手から離れて飛んだ。
死が待つメギドへ、たった一人で。
前のハーレイを一人残して、二度と戻れはしない場所へと。
(…それに、ハーレイの温もりだって…)
落として失くして、切れたと思った前のハーレイとの絆。
なのに、切れてはいなかった絆。
青い地球の上に生まれ変わって、またハーレイと恋をしている。
(…歌の世界なら、そんな恋だってあるんだけれど…)
恋歌みたいに会えたけれど、と見回す世界。
今の自分が住んでいるお城、両親に貰った子供部屋。
それの外には、まず地球があって、地球の向こうには広い広い宇宙。
前の自分がシャングリラで旅をしていた宇宙が、幾つもの星が散らばるけれど…。
(…生まれ変わって、また会える人は…)
きっと本当に、ほんの少ししかいないのだろう。
今この瞬間に何組いるのか、もしかしたら自分たちだけかもしれない。
広い宇宙を探してみたって、一組しかいない奇跡のような組み合わせ。
前の生からの恋の続きを、そのまま生きてゆけるカップル。
恋歌には幾つも歌われていても、本物は宇宙に一組だけしかいないとか。
どうなんだろう、と傾げた首。
ハーレイと自分しかいないというのか、他にも少しはいるものなのか。
(…分かんないよね?)
そんな調査はされてもいないし、していると聞いたことも無い。
調査するほど例があるなら、きっと誰かが色々調べているだろうから…。
(…ぼくとハーレイだけなのかも…)
聖痕だって奇跡だもの、と眺めた身体。
前の自分がメギドで撃たれた時の傷痕、それを再現したような傷。
大量の血が溢れ出したというのに、何の傷痕も残らなかった。
それと同じに、ハーレイと二人で生まれ変わって来たことも奇跡。
巡り会えて恋をしていることも。
前の自分たちの恋の続きを、二人で生きてゆくことも。
(…本当に、恋の歌みたい…)
こうして此処に生きていること、ハーレイと恋をしていること。
切れてしまったと思った絆が、切れずに続いていたことも。
(前のぼく、恋の歌なんか…)
歌っていたのか、どうだったのか。
記憶はハッキリしないけれども、生まれ変わっても続いてゆく恋の歌などは…。
(歌ったとしても、きっと…)
憧れただけで、本当になると夢を見たりはしなかったろう。
ハーレイと二人で生まれ変わるなど、恋の続きを生きてゆくなど。
(…二人一緒に、天国だったら…)
考えたけれど、死んだ後も一緒だと思ったけれど。
また生きようとは思わなかったし、生きられるとも思っていなかった筈。
(…なんだか凄い…)
ぼくもハーレイも生きているよ、と瞬かせた瞳。
生まれ変わりを歌う恋歌のように、恋の続きがやって来た。
そんな未来があるとも思っていなかったのに。
泣きじゃくりながら死んだ時には、絆が切れたと思ったのに。
(…ぼくもハーレイも、ホントのホントに…)
運命の恋人同士なんだよ、と誇らしい気持ち。
恋歌みたいに、生まれ変わって巡り会えたから。
前の自分たちの恋の続きを、ハーレイと二人、幸せに生きてゆけるのだから…。
恋歌みたいに・了
※ブルー君が思う、ハーレイ先生と二人で生まれ変わったこと。恋歌みたい、と。
歌には色々歌われていても、実例を知らないブルー君。運命の恋人同士、と得意そうですv
(ふうむ…)
咄嗟には何も思い付かんな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎で、愛用のマグカップに淹れたコーヒー片手に。
今日は寄れなかったブルーの家。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーを想っていたら、ふと頭の中に浮かんだこと。
「俺たちは生まれ変わりだよな?」と。
五月の三日に再会するまで、お互い、気付いていなかったけれど。
それぞれ別の人生を生きて、思い出しさえしなかったけれど。
(なのに、劇的に出会っちまって…)
今はお互いしか見えない。
遠く遥かな時の彼方でそうだったように、いつも互いを見ていたように。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そういう二人が恋をしたように。
(生まれ変わって、また巡り会うというのは、だ…)
物語の世界では人気のテーマで、恋歌にだって歌われるもの。
「何度生まれ変わっても、また巡り会う」といった具合に。
けれど、今の自分が学校で教える古典の世界。
遠い昔にこの辺りの地域に在った島国、日本と呼ばれた小さな国。
其処で生まれた和歌も教えているのだけれども、直ぐに思い付く和歌の中には…。
(…一つも無いと来たもんだ…)
忘れてるかもしれないがな、とコツンと叩いた自分の額。
有名どころの和歌にあるかもしれない、と。
後から気付いて「あれだ!」と思うような歌。
まるで無いとは言い切れない。
人の記憶は曖昧なもので、一足、前へと踏み出した途端に…。
(忘れちまうってのも、ありがちなんだ…)
何をしようとして歩き出したのか、綺麗サッパリ。
それと同じに、得意な筈の和歌だって。
自分が忘れているだけなのか、最初から知られていないのか。
思い付かない、生まれ変わりを詠んだ和歌。
「生まれ変わっても、また巡り会おう」と誓う恋歌、そういう和歌。
日本だったら、ありそうなのに。
今の時代に歌われる歌も、それを歌っていたりするのに。
(…古典の世界じゃ、定番なんだが…)
来世を誓う仲というもの。
次の世でもきっと巡り会おう、と誓いを交わす恋人たちは多いのに。
(なんだって、和歌は無いんだか…)
忘れてるなら俺のせいなんだがな、とも考えるけれど。
記憶からストンと抜けていることも、全く無いとは言えないけれど。
(しかし、幾つもあるんだったら…)
一つくらいは引っ掛かっても良さそうなのに、浮かんでくれない和歌というもの。
生まれ変わっても巡り会おうと、ずっと一緒だと詠まれた恋歌。
思い出せたら、それを詠んだ人に…。
(自慢出来るってものなんだがな?)
その歌の通りに、俺とブルーは再会したぞ、と。
自分が詠んだ歌ではなくても、「また巡り会おう」と想いをこめた恋の歌。
歌そのままに巡り会ったと、時を越えて再び巡り会えたのだと。
(俺も、ブルーも…)
気が遠くなりそうな長い時を飛び越え、青い地球の上でまた会うことが出来た。
前の自分たちとそっくり同じに、少しも変わらない姿で。
(…ブルーは小さすぎるんだが…)
まだチビなんだが、と思いはしたって、ブルーはブルー。
アルタミラで初めて出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
だからいずれは、今のブルーも…。
(前のあいつと、全く同じに育つってな)
そうなることが分かっているから、もう幸せでたまらない。
恋歌のように巡り会えたと、そういう和歌を誰かが詠んでいたなら、と。
遠い昔に在った島国、小さな日本。
其処でいったい、どれほどの数の恋人たちが誓い合ったろう。
「次の世でもまた巡り会おう」と、「生まれ変わっても、ずっと恋人同士だ」と。
それを詠んだ和歌を、今は一つも思い出せないことが残念だけれど…。
(思い出した時は、思い切り自慢してやるぞ)
あるいは「こいつだ」と思う、来世を誓った恋の和歌を何処かで見付けた時。
自分もブルーもそれを果たしたと、生まれ変わって今も一緒だと、歌を詠んだ人に。
(…そうそういない筈なんだしな?)
生まれ変わりも、巡り会うことが出来た恋人たちも。
伝説や昔語りの中では語られていても、それでもやはり珍しいこと。
よほど絆が深くなければ、生まれ変わって出会えはしない。
恋歌ではよく歌われていても。
そういう歌詞が人気を呼んでも、実際に巡り会う人は…。
(…少ないからこそ、人気なんだ)
ついでに有名な和歌も、咄嗟に一つも思い出せないのだろう、と考える。
これがありふれた現象だったら、大勢の人たちが歌を詠んでいた筈だから。
「必ず会おう」と、「また次の世で」と。
まるで挨拶代わりのように、「巡り会おう」と恋の歌を詠んで交わしただろう。
(でもって、歌う方の歌の世界では、だ…)
きっと人気が出はしない。
当たり前のことを歌ってみたって、聞き流されるだけだから。
「この歌のように素敵な恋をしたい」と思う代わりに、「誰だってそうだ」と思うだけ。
同じ恋歌を歌うのだったら、もっと気の利いた歌詞の方がいいに決まっている、と。
ちょっと捻って、魂に響く歌にしてくれれば、と。
ありふれたことを歌うにしたって、言葉次第で人を惹き付けることは出来るもの。
そっちの方でお願いしたいと、「こんなつまらない歌詞は駄目だ」と。
けれども、今も人気の恋歌。
「生まれ変わってまた巡り会おう」と、「いつまでも恋人同士だから」と。
自分とブルーは巡り会えたけれど、恋歌のように出会ったけれど。
和歌が詠まれた遠い昔から、それほどはいない、「生まれ変わって巡り会う」二人。
だから有名な和歌は少なくて、今の時代も恋歌で人気のテーマ。
それほどにロマンチックな出来事、誰もが出来はしないこと。
(出来るってことは、俺とブルーが生き証人だが…)
自分たちがやってのけたことだし、出来ないことではない「生まれ変わり」。
そうやって生まれて、もう一度巡り会うことも。
前の自分たちの恋の続きを、二人で生きてゆくことも。
(…どういう条件が必要なんだか…)
まるで謎だな、と思うけれども、歌の通りにやってのけたのが自分たち。
時の彼方で引き裂かれたのに、また巡り会えて恋人同士。
どう考えても奇跡そのもの、ブルーが持っている聖痕と同じ。
神が起こしてくれた奇跡で、前と同じに恋してゆける。
(…ずっと離れない、と誓っちゃいたが…)
前のブルーに何度も誓った。
いつまでも側を離れないからと、何処までも恋人同士だと。
けして離れないと誓っていたのに、その手を離して飛び去ったブルー。
前の自分を一人残して、メギドへと。
そしてブルーも一人きりで宇宙に散ってしまって、恋も宇宙に砕けて散った。
(俺があいつを忘れなくても…)
どんなにブルーを想い続けても、周りにあったのは孤独と絶望。
一目会いたいと願うだけ無駄で、ブルーは二度と船に戻りはしないから。
逝ってしまった人は戻らないから、側に戻って来てくれないから。
(…あいつの魂が、俺の隣にいたとしたって…)
ブルーの姿が見えないのならば、いないのとまるで変わりはしない。
思念も届かず、言葉も交わせないならば。
其処にいるだろうブルーの存在、それに気付けはしないなら。
(その辺の所が謎なんだよなあ…)
ブルーがメギドに飛び去った後も、前の自分の命が地球で潰えた後も。
魂があるのは確かだけれども、お互い、何も覚えてはいない。
青い地球の上に生まれる前には、何処にいたのか、その欠片さえも。
(きっと一緒にいたんだろうが…)
そうは思っても、いつからブルーと一緒だったのか。
何処で出会って、どういう風に過ごしていたのか、二人揃って思い出せない。
なんとも頼りない話だけれども、覚えていないのは残念だけれど…。
(…だが、俺たちは巡り会えたってな)
恋歌のように、生まれ変わって。
前の姿と全く同じに、前の自分たちが夢見た地球で。
青い水の星で再び出会って、今度こそ共に生きてゆく。
恋を隠さずに済む場所で。
堂々と共に生きられる場所で、ブルーとしっかり手を繋ぎ合って。
(…二度と離しやしないんだ…)
今度こそな、と思うブルーの手。
前の自分は止めることさえ出来なかったけれど、メギドに行かせてしまったけれど。
(奇跡みたいに出会えたんだし…)
二度とあいつを離しやしない、と浮かべた笑み。
いつかブルーが大きくなったら、もう本当に離さない。
恋歌のように生まれ変わって、また巡り会えた恋人だから。
前の自分たちの恋の続きを、幸せな時を生きてゆけるのが今なのだから…。
恋歌のように・了
※自分もブルーも生まれ変わりだ、と考えてみたハーレイ先生。恋歌の歌詞そのままに。
そう簡単に出来ないからこそ、人気の恋歌。生まれ変わってまた出会えたのは幸せですよねv
「えっとね…」
ハーレイにちょっと訊きたいんだけど、と小さなブルーが傾げた首。
二人でお茶を飲んでいた午後に、突然に。
今日は休日、ブルーの部屋でのティータイム。
「なんだ、どうした?」
質問か、と笑みを浮かべたハーレイ。
授業のことではないだろうけれど、質問には答えてやりたいから。
前の生から愛し続けた、愛おしい人。
生まれ変わってまた巡り会えた、恋人からの質問だから。
「ちょっぴり心配なんだけど…」
ハーレイはぼくより年寄りだから、とブルーは心配そうな顔。
「二十四歳も年上だよね」と、「それが心配」と。
なんだって、とハーレイは目を剥いた。
二十四歳も年上なのは確かだけれども、ブルーの方は十四歳。
自分は三十八歳なのだし、まだ年寄りとは呼ばれない年。
外見も、それに実年齢も。
「おいおいおい…。俺が年寄りだって言うのか?」
そりゃまあ、チビのお前から見れば、年寄りなのかもしれないが…。
世間じゃ、まだまだ若いってな。
お前の心配、俺が禿げるとか、そういうことか?
そっちの方なら心配要らん、と浮かべた笑み。
「年を取るのは止めたからな」と、「お前と約束しただろう?」と。
けれど、ブルーは「でも…」と顔を曇らせたまま。
「ホントのホントに心配なんだよ」と。
いったい何がブルーの心配事なのか。
不安に揺れる赤い瞳は、何を思っているというのか。
それが気になるから、逆にぶつけた質問。
「お前の心配事は何だ?」と。
「俺にはサッパリ分からんのだが…。年寄りだと何が心配なんだ?」
今よりも老けはしないだが、と顔を指差したけれど。
ブルーはといえば、「本当に?」と真っ直ぐに見詰め返して来た。
「とっくに危なそうだけど…。ハーレイの頭」
「禿げてるのか?」
何処が、と慌てて触った髪。
自分では全く気付かないけれど、薄い場所でもあるのだろうか。
もしかしたら、と後頭部のハゲを恐れたけれど。
其処は自分で見られないし、と背中に汗が流れたけれど…。
「違うよ、ハーレイの頭の中身!」
物忘れが酷くなってるでしょ、とブルーは唇を尖らせた。
「ハーレイは色々忘れているよ」と、「年のせいだよ」と。
そうは言われても、まるで無い自覚。
物忘れが酷いと思いはしないし、実際、忘れもしないのだから。
だから睨んでやった恋人。「馬鹿にするなよ?」と。
「俺は物忘れをしたことは無いし、物覚えがいい方なんだがな?」
でなきゃ教師は務まらんぞ、と返したら。
「そんなことないよ。…ハーレイ、ぼくにキスしないでしょ?」
キスは駄目だって言っているけど、本当は嘘。
やり方を忘れてしまったんだよ、ハーレイ、うんと年寄りだから。
違うならキスが出来るよね、と勝ち誇ったように言うブルー。
今もやり方を覚えているなら、ちゃんとキスする筈なんだから、と。
「そうでしょ? ぼくは恋人なんだし…」
忘れてないなら、ぼくにキスして、と見上げる瞳。
「ハーレイがキスを忘れてないなら、唇にキス」と。
そう来たか、と気付いたチビのブルーの作戦。
「忘れちゃった?」と年寄り呼ばわり、そうやってキスを貰おうと。
よくも考えたとは思うけれども、唇へのキスは贈れない。
チビのブルーにキスはしないし、それが決まりでもあるのだから…。
「すまん、すっかり忘れちまった」
年なんでな、と笑ってやった。
キスのやり方も覚えちゃいないと、なにしろ俺は年寄りだから、と…。
年が心配・了
(ぼくのこと、好きでいてくれるんだけど…)
愛は確かにあるんだけれど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も訪ねて来てくれたハーレイ、前の生から愛した人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた恋人だけれど。
とても優しくしてくれるけれど、前よりもケチになってしまった。
いくら頼んでも、キスをくれない。
額や頬にはキスしてくれても、唇へのキスが貰えない。
恋人同士の二人なのに。
前の生なら、当たり前のようにキスを交わしていたものなのに。
(…だから、作戦…)
あの手この手で強請ってみるキス、今日も繰り出してみた攻撃。
「ハーレイはホントに、ぼくが好きなの?」と。
キスを強請ったら断られた上に、額をピンと弾かれたから。ハーレイの指で。
「俺は子供にキスはしない」と、決まり文句も飛び出したから。
いつもハーレイがやることだけれど、やられたらプウッと膨れるけれど。
「ハーレイのケチ!」と膨れっ面になるのだけれども、今日はオマケをつけてみた。
この作戦なら、キスが貰えるかもしれないから。
そう思ったから、ハーレイに訊いた。
「本当に、ぼくを好きなの?」と。
「前のぼくじゃなくて、今のぼくだよ」と。
前の自分を愛したように、今も愛しているのなら。
愛おしいと思ってくれているなら、キスをくれてもいいだろうと。
キスをくれないのは、愛が足りないから。
前の自分を愛したほどには、愛していないというのでは、と。
小さくなったチビの自分を、前ほど愛していないハーレイ。
それならキスが無いのも分かると、「愛が足りないなら、キスも無いよね?」と。
そう言ってやれば、キスが貰えると思ったのに。
「愛していないわけがないだろう!」と抱き締めてキス、と考えたのに。
ケチなハーレイは余裕たっぷり、ニヤリと笑ってこちらを眺めた。
「キスはしないと言ってるよな?」と、「お前の心は丸見えなんだが」と。
つまりは筒抜けだった作戦、ハーレイは全てお見通し。
どんなにプンスカ怒ってみたって、バレているなら仕方ない。
バツが悪いだけで、膨れ続けているだけ損。
怒っている間も、時間は流れてゆくのだから。
一分、二分と流れ続けて、その内に終わりが来る逢瀬。
キスも交わせない二人だけれども、恋人同士で過ごせる時間が終わってしまう。
「夕食の支度が出来ましたから」と、母が呼びに来て。
両親も一緒の夕食の時間、それが来たなら、逢瀬はおしまい。
運が良ければ、夕食の後のお茶の時間に、もう一度部屋に戻れるけれど…。
(ママがコーヒーを用意しちゃったら、パパたちと一緒…)
自分は苦手なコーヒーの時は、ダイニングでそのまま食後のお茶。
コーヒーでなくても、両親とハーレイの話が弾んでいた時は…。
(やっぱりそのまま、ダイニング…)
部屋に戻って来られはしなくて、それっきり。
ハーレイが「そろそろだな」と、時計を眺めて立ち上がるまで。
そのまま玄関の方に向かって、「またな」と手を振り、帰るハーレイ。
恋人同士で話せないままで、車に乗って。
あるいは歩いて、ハーレイの家へと帰ってしまう。
自分がプンスカ怒っている間に、近付いてくるのが別れの時間。
それは困るから、全面降伏。
ハーレイがキスをくれなくても。
ケチな上に、額を指で弾かれてしまっても。
心の欠片が零れていたなら、もうハーレイに怒っても無駄。
機嫌を直して、お喋りの方がずっといい。
貰えないキスにこだわるより。
「ハーレイのケチ!」と膨れっ放しで、時間を無駄にしてしまうより。
今日も慌てて直した機嫌。
「失敗しちゃった」と作戦ミスを素直に認めて、ちょっぴり舌も出してみて。
それから後は楽しく過ごして、幸せな時間だったけど。
ハーレイとゆっくり出来たのだけれど、こうして一人で考えてみると…。
(…ぼく、愛されてる?)
前のぼくより、と捻った首。
どうなんだろうと、ソルジャー・ブルーだった頃と今とは同じかな、と。
(ハーレイ、いつも来てくれるから…)
キスも出来ないチビの恋人、そんな自分を家まで訪ねて来てくれる。
週末はもちろん、平日だって仕事が早く終わったら。
チビの自分と出会う前には、そういう時には…。
(色々なことをやってたよね?)
平日だったらジムに行くとか、息抜きに少しドライブだとか。
仕事が無い日はもっと色々、それこそフラリと旅行にも行けた。
気ままな一人暮らしなのだし、思い立った時に。
もしかしたら宿さえ予約しないで、行き先さえも決めないままで。
(車で好きに走って行くとか、港から船に乗るだとか…)
土曜と日曜、それを使えば充分に出来る短い旅行。
家でのんびりしていてもいいし、得意な料理で一日潰していたっていい。
朝から市場に仕入れに出掛けて、せっせと仕込んで、食べられるのは夕食だとか。
(過ごし方、幾つもあるんだけれど…)
ハーレイの父と釣りにも行けるし、隣町の家で「おふくろの味」を堪能することも出来る。
けれども、それらをしないハーレイ。
ハーレイ自身のために時間を割くより、チビの自分が最優先。
待っていることを知っているから、時間さえあれば来てくれる。
やりたいだろうことがあっても、それは放って。
「いつか出来るさ」と、旅もしないで。
隣町の家に出掛けてゆくのも、此処へ来るのに困らない時。
きっとゆっくりしたいだろうに、そうはしないで戻るハーレイ。
チビの自分が首を長くして待っているから、急いで車を運転して。
ハーレイが好きに使える時間を、独占しているのが自分。
週末も、仕事が早く終わった日も。
(ぼくに会う前なら、その時間、好きに使えていたのに…)
今は使おうとしないハーレイ。
それだけ自分は愛されているし、大切にされているのだろう。
「あいつに会いに行かないとな?」と、ハーレイは思ってくれるのだから。
ジムに行くより、ドライブに行くより、フラリと一人で旅に出るより。
チビの自分と過ごしたいから、ハーレイは此処に来てくれる。
キスも出来ない恋人でも。
デートにも行けないチビだけれども、ハーレイは愛してくれているから。
「俺のブルーだ」と抱き締めて。
膝の上にも座らせてくれて、メギドで凍えた悲しい記憶を秘めた右手も…。
(ちゃんと温めてくれるんだものね?)
だからチビでも愛されてるよ、と考えてみれば分かること。
前の自分よりも、ずっと愛されているかもしれない。
ハーレイの時間を独占できるのが今の自分で、前の自分には無理だったから。
キャプテン・ハーレイの空き時間を全部、一人占めなど出来なかったから。
(…そんなことをしたら、みんなにバレちゃう…)
何処か変だ、と気付かれる。
友達同士というだけのことで、あんなに一緒にいるだろうか、と。
キャプテンが休憩時間を過ごす時には、いつも隣にソルジャー・ブルー。
それも青の間から、わざわざ出て来て。
休憩用の部屋とか、食堂だとかで、ハーレイと微笑み交わしながら。
恋人同士の時の甘い表情、それをしなくても疑われる筈。
どうしてソルジャーが頻繁に、と。
キャプテンに用があるならともかく、いつ見ても一緒なんだが、と。
(…そうなっちゃうから、絶対に無理…)
疑いの目で見られていたなら、気付く者だって現れるだろう。
決定的な現場を押さえなくても、「やはり怪しい」と。
ソルジャーとキャプテンは恋をしていると、きっとそうなのに違いない、と。
一度そういう噂が立ったら、幾つも出て来るだろう裏付け。
どんなに懸命に隠していたって、何処からかバレてしまうもの。
証拠を探そうと、仲間たちが動き始めたら。
意識していなかったら気付かなかった筈のことまで、端から目に付くだろうから。
(…前のハーレイを一人占めなんか…)
出来はしなかったし、ハーレイもしようとしなかった。
「そうしたいですか?」と訊かれもしなくて、ハーレイはいつも仕事が優先。
前の自分が待ちくたびれて、眠ってしまった夜も少なくなかったほど。
それに比べたら今の自分は、前よりもずっと愛されている。
ハーレイが自由に使える時間を、端から貰っているのだから。
週末も平日も、此処に来られる時間が出来たら、ハーレイは来てくれるのだから。
(…ジムやドライブより、ぼくを選んでくれるんだから…)
愛されてるよね、と思うのだけれど。
「前のぼくよりも、ずっと幸せ」と思わないでもないけれど…。
(…だけど、キスして貰えなくって…)
ハーレイはケチのハーレイのまま。
今日もやっぱりケチだったのだし、これから先もケチなのだろう。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、「キスは駄目だ」と叱られるだけ。
デートにだって行けはしないし、チビの自分は子供扱い。
前と同じに恋人なのに、前よりも愛されているというのに。
(…ハーレイの愛はあるんだけど…)
溢れちゃうほど愛されてるけど、と複雑な気持ち。
どうしてキスは駄目なんだろうと、前よりも大事にされてるのに、と。
(愛はあるのに、キスは駄目って…)
やっぱりケチだからだろうか、と首を傾げて考える。
ハーレイの時間を一人占めでも、前の自分より愛されていても、キスが貰えないから。
今日もハーレイに叱られただけで、キスを貰えはしなかったから…。
愛はあるんだけど・了
※ハーレイの愛はあるんだけど、と考え込んでいるブルー君。どうしてキスは駄目なのかと。
そしてケチだと思われているのがハーレイ先生。愛が通じていないようです、ブルー君にはv
(あいつへの愛はあるんだが…)
それはたっぷりとあるつもりなんだが、とハーレイがフウとついた溜息。
夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
ブルーの家へと出掛けて行ったら、小さな恋人にぶつけられた言葉。
「ハーレイのケチ!」と、膨れっ面で。
いつも「駄目だ」と叱っているキス、それを強請ったものだから。
「ぼくにキスして」と言うものだから、額をピンと弾いてやった。
指先で、痛くないように。
「キスは駄目だと言っているよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
そう言えばブルーは膨れるけれど、不満たらたらなのだけど。
十四歳にしかならない恋人、そんな子供にキスは出来ない。
いくら恋人同士でも。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた恋人でも。
チビのブルーにはまだ早すぎる「キスを交わす」こと。
同じキスでも額や頬なら、幾つでも落としてやるけれど。
「俺のブルーだ」と抱き締めもするし、膝に座らせてもやるのだけれど。
それでも不満なのがブルーで、今日も見事な膨れっ面。
お決まりの台詞も飛び出した。「ハーレイのケチ!」と。
ケチ呼ばわりには慣れているから、余裕たっぷりに返してやった。
「俺はそんなにケチではないが?」と。
「こうして訪ねて来てやったぞ」と、「お前に会いに来たんだしな?」と。
ところが、ブルーが傾げた首。「本当に?」と。
「ハーレイはホントに、ぼくを恋人だと思ってる?」と。
それから、こうも続いた台詞。
「本当にぼくを愛してる?」と、「前のぼくじゃなくて、今のぼくを」と。
ブルーが言うには、足りない愛。
キスを断るような恋人、それでは全く足りないらしいものが「愛」。
もちろん、ブルーの作戦だけれど。
そうやって危機感を煽ってやったら、キスが貰えるかもしれないと。
「愛していないわけがないだろう!」と贈られるキス。
それが狙いで、キラキラと零れた心の欠片。
「どうなるかな?」と。
ケチな恋人は大慌てでキスをくれるだろうか、と弾んでいたのがブルーの心。
今のブルーのサイオンは不器用、零れてしまう心の中身。
遮蔽なんかは出来もしなくて、転がり出すのがブルーの考え。
何か企んでいる時は特に酷くて、まるで隠せていないのが心。
(そういう所も含めてだな…)
小さなブルーが愛おしいから、「愛してるぞ」と微笑んだ。
「今の小さなお前も好きだ」と、「心の中身が丸見えでもな」と。
これで機嫌が直る筈だ、と思った通りになったのだけれど。
「どうせ不器用だよ!」と膨れながらも、ブルーの機嫌は良くなったけれど…。
たまに訊かれる、今日のようなこと。
「本当にぼくを愛してるの?」と、「今のぼくだよ?」と。
何度も念を押すように。
「前のぼくのことじゃないからね」と。
ちゃんと愛しているというのに、まるで納得しないのがブルー。
愛されていると分かっていたって、キスを交わせはしないから。
いくら強請っても断られるだけ、唇へのキスは貰えないから。
(愛が足りないと来たもんだ…)
実に心外だ、とコーヒーのカップを傾ける。
あれはブルーの作戦だけれど、こうして一人で思い出してみると…。
(ちょっぴり心が痛むってな)
愛が足りないと言われたから。
誰よりもブルーを愛しているのに、ブルーに詰られてしまったから。
釣られては駄目だ、と充分に分かっているけれど。
「馬鹿め」と笑ってサラリと躱して、ブルーの額を小突いてやればいいのだけれど。
それでおしまい、ブルーの機嫌もその内に直る。
膨れっ面のままではいないし、いつもの笑顔が弾けるもの。
(しかしだな…)
俺の愛はそんなに足りないだろうか、と自問してみる。
前と比べてどうなのだろうかと、キャプテン・ハーレイだった頃は、と。
(…あの頃の俺は、もう間違いなく…)
ブルーの虜で、ブルーにぞっこん。
恋人同士になった後には、一緒に夜を過ごしていた。
青の間で、あるいはキャプテンの部屋で。
ブルーが寝込んでしまった時とか、遅くなった時は添い寝だけ。
それでも必ず一緒に眠って、朝は二人で目覚めたもの。
起きた途端に、恋人同士でいられる時間は終わっても。
ソルジャーとキャプテン、そういう二人の貌に戻って朝食でも。
お互い、制服をカッチリ着込んで、青の間で食べていた朝食。
係の者が作りに来るから、恋がバレないよう、起きたら恋人同士の時間はおしまい。
(そうだっただけに、二人きりで過ごせる時間には…)
キスを交わして、愛を交わして、ブルーしか見えていなかった。
キャプテンの自分が何処かにいたって、それは非常時に備えてのこと。
少しでも長くブルーの側に、と願い続けて、その通りにした。
愛おしい人が最優先だし、自分のことは後回し。
キャプテンの仕事で多忙だった時も、ブルーを忘れはしなかった。
「遅くなります」と思念を飛ばして、いつも気遣い続けた恋人。
どんな時でも、心を離れはしなかったブルー。
ソルジャーのブルーに接する時にも、懸命に心を配っていた。
うっかり漏らした自分の一言、それで恋仲だとバレないように。
周りの者たちに知られてしまって、ブルーが苦しむことにならないように。
ソルジャーとキャプテン、そんな二人が恋人同士ではマズイから。
もしも知れたら、二人とも針の筵だから。
愛していたから、どんな時でも頭の中にはブルーのこと。
ブルーがソルジャーとして話していたって、二人で視察に行ったって。
(…ソルジャーなんだが、俺のブルーで…)
早くブルーに会えないものか、と思ったもの。
今、接しているソルジャーではなくて、恋人の方の愛おしいブルー。
夜になったら会えるのだから、あと何時間待てばいいのだろうか、と。
(しかし、そいつを顔に出したら…)
船の仲間に恋がバレるし、言葉と同じに封じておくしかなかった表情。
ソルジャーに向けるための笑顔は、あくまでソルジャーに対してのもの。
前の自分の「一番古い友達」、それ以上であってはならないブルー。
誰が気付くか分からないから、「ソルジャーとキャプテンは恋をしている」と。
(…そりゃあ頑張って隠し続けて…)
隠すためには忘れてはならない、ブルーのこと。
船の中では、何処で出会うか分からない。
通路でバッタリ会った途端に、「俺のブルーだ」と認識したらマズイから。
互いの部屋から一歩出たなら、ただの友達同士だから。
(…そういう意味では、前の俺はだな…)
いつでも意識し続けたブルー。
けしてブルーを忘れはしないし、愛していたからそうしていた。
ソルジャーのブルーに出会った時には、きちんと敬意を表しながら。
甘い言葉を交わすことなく、キャプテンとして話していても…。
(俺のブルーだ、と意識しないと…)
ボロが出るから、ソルジャーの時もブルーは「恋人」。
お互いの恋を、愛を守るために「恋人ではない」ふりをしていただけ。
ブルーが近くにいない時でも、けしてブルーを忘れなかった。
誰かがブルーの話を持ち出した時に、ちぐはぐなことを言うと大変だから。
ブルーの名前を耳にしただけで、頬が緩むのも危険すぎるから。
隠さなければならない恋。
自分はともかく、愛おしい人を守るには。
ブルーが自分に恋をしたこと、それがバレないようにするには。
(あの頃の俺に比べたらだな…)
足りないんだろうか、と思うブルーへの愛。
四六時中、ブルーを想っているか、と問われたら答えられないから。
前の自分なら、迷わず「はい」と答えたろうに。
「どんな時でも想っています」と、「でないとブルーを守れませんから」と。
けれども、今の教師の自分。
ブルーのクラスへ授業に行ったら、「ブルーがいるな」と思うけれども…。
(愛してるんだ、と思ってるか、と訊かれたら…)
まるで無いのが「もちろんだとも」と言う自信。
愛と言うより、ただ愛おしいだけだから。
「今日もあいつは元気そうだな」と、「後であいつも当ててやるかな」と。
そして授業が終わった途端に、心は別の方へと飛ぶ。
「次のクラスは何処だったかな」と、「この前、課題を出しておいたが…」と。
つまりはブルーを忘れるわけで、酷い時にはそのまま放課後。
柔道部の指導を始める頃まで、すっかり忘れてしまうのだから…。
(…愛は確かにあるんだが…)
愛しているのに、どうやら平和すぎる今。
ブルーは何処へも行きはしないし、望めば会えるものだから。
会えないままで夜になっても、また次の日があるのだから。
(……愛が足りないってわけじゃないよな?)
今の時代がそうさせるんだ、と零れた笑み。
愛はあるんだが、忘れていたって大丈夫なほどに平和な今、と。
夜は必ず明けるものだし、シャングリラの頃とは違うから。
ブルーとの恋も、いつか必ずハッピーエンドで、幸せに暮らしてゆけるのだから…。
愛はあるんだが・了
※ブルー君への愛はあるのに、忘れてしまうらしいハーレイ先生。前と違って。
けれど、そうやって忘れていても大丈夫なのが今の時代。前よりもずっといいですよねv