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(今日はあいつと歩けたってな)
 ほんの少しの間だけだが、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
(俺はハーレイ先生だったが…)
 それでもブルーと並んで歩けた。
 二人一緒に歩いた廊下。
 休み時間の学校の中で、たまたま通り掛かった場所。
(あいつが後ろから追い掛けて来て…)
 背後から呼び掛けられた声。「ハーレイ先生!」と、ブルーが張り上げた声。
 振り向いたら、ペコリとお辞儀したブルー。
 それから急いで歩き始めた、こちらへ向かって。
 本当は走り出したいだろうに、そうはしないで精一杯の早足で。
(俺が歩くと、ますます距離が開いちまうから…)
 立ち止まって待っていてやった。
 小さなブルーがやって来るまで、すぐ側まで来て見上げるまで。
 「ハーレイ先生!」と弾けた笑顔。
 「先生はこれから授業ですか?」と、きちんと敬語で尋ねたブルー。
 学校の中では教師と教え子、自分は「ハーレイ先生」だから。
 いつもブルーは敬語で話すし、それが学校での作法。
 いくら守り役をしているとはいえ、教師は教師。
 他の生徒の手前もあるから、特別扱いするのは無理。
 ブルーも充分承知していて、敬語で話してくるけれど…。
(顔を見れば書いてあるってな)
 会えて嬉しい、ということが。
 たとえ「ハーレイ先生」だとしても、急いで追い付いて話したい、とも。


 ブルーの心は手に取るように分かるから。
 少しでも長く一緒にいたい、と思っているのも分かるものだから。
「お前、次の時間は教室なのか?」
 それとも他の場所で授業か、と訊いてやったら、「教室です」という返事。
 だったら、歩く方向は同じ。
 ブルーのクラスには行かないけれども、次の時間は何処で授業でもないけれど。
(…いわゆる頼まれ事ってヤツで…)
 同じ古典の教師をしている同僚の代わりに、ちょっとした用を引き受けた。
 今いる廊下よりも上のフロアで、ほんの少しで終わりそうな用事。
 多分、五分もかかりはしない。
 だから急がない、自分の用件。
(ブルーと立ち話してたって…)
 その間に休み時間が終わったとしても、自分の方は困らない。
 チャイムが鳴っても、次の時間は空き時間。
 頼まれた用事を片付けた後は、のんびり帰ってゆくだけだから。
(しかしだな…)
 ブルーの方は、これから戻ってゆかねばならない教室。
 何処かで何かやっていたのか、中庭にでも出掛けていたか。
(あそこからは、ちょいと距離があったし…)
 チャイムが鳴ったら全力疾走、それが必要だと分かる。
 健康な普通の生徒だったら、元気に走ってゆけるけれども…。
(…あいつじゃ、息も切れ切れで…)
 下手をしたなら、次の授業で目を回す。
 いきなり走ると身体に負担がかかるから。
 今度も弱く生まれたブルーは、体育も休みがちだから。
(走らせちまったら大変だしな?)
 歩く方向が同じだったら、二人で歩いた方がいい。
 階段がある所まで。
 「俺はこっちだ」と、上り始める所まで。


 そう考えたから、「其処まで歩くか」とブルーの顔を見下ろした。
「上の階に少し用があってな」
 お前、教室に戻るんだったら、俺と方向、同じだろ?
 階段のトコまで一緒に歩くか、こんな所で立ってるよりもな。
 お前の教室に近い方へ、と言ってやったら、「はい!」と元気に返った声。
 「行くか」とブルーと歩き始めた。
 ほんの短い距離だけれども、二人並んで。
 小さなブルーは首が痛くなりそうなほどに上を見上げて、自分の方では見下ろして。
(なにしろ、身長が違いすぎるし…)
 四十三センチも違う。
 それだけ違えば、もう本当にブルーの首は痛そうだけれど。
(あいつ、俺ばかり見上げてて…)
 足元も前もろくに見ないで、それは嬉しそうに歩き続けた。
 「ハーレイ先生の用事、何ですか?」だとか、「何処へ行くんですか?」などと訊きながら。
 それに答えてやっている間に、もう階段に着いてしまった。
 校舎の真ん中、上のフロアに続く階段。
 ブルーのクラスはもっと向こうで、此処でお別れになるのだけれど。
 「俺は上だから」と階段を指したら、俄かに曇ったブルーの顔。
 「もう行っちゃうの?」と言わんばかりに、寂しそうに。
 さっきまでの笑顔が嘘だったように、一気に沈んでしまった表情。
(…あんな顔をされると、俺も放って行けないし…)
 腕の時計をチラリと眺めて、「もう少しなら」と判断した。
 休み時間が終わるまでには、あと少しだけある余裕。
 二言、三言の立ち話ならば大丈夫。
(本当に、少しだけだがな…)
 小さなブルーのためにサービス、用事の方は急がないから。
 階段を上るのが遅れた所で、困るわけでもなかったから。


 階段を上がって別れる代わりに、もう少しだけ立ち話。
 キリのいい所で「じゃあな」とブルーに手を振った。
 「お前も教室に戻らないとな?」と、「じきにチャイムが鳴っちまうぞ」と。
 そして階段に足を向けたら、ピョコンとお辞儀したブルー。
 「ありがとうございました!」と元気一杯に、「呼び止めてすみませんでした」と。
「かまわんさ。…どうせ、おんなじ方向だしな?」
 それじゃ、と別れた小さなブルー。
 階段を上りながら振り返ったら、もう消えていたブルーの姿。
(…なんたって、場所が学校だしなあ…)
 いつまでも立って見送っていたら、廊下をゆく生徒の目に付くだろう。
 いったい何をしているのかと、ブルーの視線を追ったりして。
 階段の上に何かあるのか、そちらを見上げてみたりもして。
(…ついでに、その内、チャイムも鳴るし…)
 ブルーはいなくなって当然、自分の教室に向かった筈。
 「ハーレイと話せて楽しかったよ」と、「今日はいい日」と足取りも軽く。
(俺の方でも、其処は同じで…)
 ちょっぴり得をした気分。
 小さなブルーと二人で歩けた、ほんの少しの距離だったけれど。
 教師と教え子、そういう関係だったのだけれど。
(ハーレイ先生で、あいつが敬語で喋っていても…)
 それでも二人、並んで歩けた。
 同じ方へと、肩を並べて。…その肩の高さが違っていても。
(あいつと並んで歩けるってのは…)
 いいモンだよな、と緩んだ頬。
 二人並んで歩くということ、それが出来るということが。
 ブルーと一緒に、同じ方へと肩を並べてゆけること。
 長いこと、それは無理だったから。
 前の自分は、いつもブルーの後ろを歩いていたのだから。


 ソルジャーになった前のブルー。
 キャプテンだった前の自分は、ブルーの後ろに付き従うもの。
 ブルーが通路をゆく時は。
 視察や用事で、キャプテンを従えてシャングリラの中をゆく時は。
(…いつだって、俺はあいつの後ろで…)
 案内する時は先を行けても、隣に並べはしなかった。
 ソルジャーと並んで歩くことなど、いくらキャプテンでも許されなかった。
(…前のあいつはソルジャーだから…)
 ミュウたちの長で、皆が敬うべき存在。
 隣に並んで歩けはしなくて、後ろを歩くか、先に歩いて案内するか。
 これが恋人同士だったら、並んで歩けたのだろうに。
 恋を隠していなかったならば、いつも並んで歩けたろうに。
(ところが、そうはいかなくて、だ…)
 二人並んで歩けないままで終わっちまった、と遥かな時の彼方を思う。
 前のブルーとは歩けなかったと、今日のブルーとのようにさえ、と。
(俺がハーレイ先生とはいえ、ちゃんとブルーと歩けたわけで…)
 いい日だった、と思い出さずにはいられない。
 小さなブルーと歩けたことを、学校の廊下を歩いたことを。
(こうなると、欲が出るってモンで…)
 いつか、あいつと歩けたらな、と広がる夢。
 小さなブルーが前と同じに育ったら。
 大きく育ってデートとなったら、堂々と二人で歩いてゆける。
 色々な場所を、手を繋ぎ合って。
 「何処へ行こうか」と街を歩いたり、のんびり散歩してみたり。
 その日は必ずやって来るけれど、今はまだ遠い日でもあるから、夢を見る。
 いつか、あいつと歩けたら、と。
 ブルーと二人で何処までも行こうと、手を繋いで歩いてゆきたいと。


(あいつが疲れちまわないように…)
 ちょっと休んだり、何か飲み物を買ってやったり、きっと楽しい。
 いつかデートに出掛けられたら、ブルーと二人で歩けたら。
 今日よりももっと、今日よりも、ずっと。
(前のあいつと、そっくりなあいつと歩けたら…)
 いいんだがな、と描く夢。
 今日も素敵な日だったけれども、もっと素敵だろう未来。
 恋人同士で歩くんだよなと、今日よりも遥かに幸せに歩いてゆけるんだから、と…。

 

         あいつと歩けたら・了


※ハーレイ先生が学校で出会ったブルー君。二人並んで、ほんの少しだけ歩いた廊下。
 それだけで幸せ気分のようです、「いい日だった」と未来を夢見るハーレイ先生v






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(たとえ火の中、水の中、って…)
 言うんだっけね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 何のはずみか、ポンと頭に浮かんだ言葉。
 「たとえ火の中、水の中」と。
 今は馴染みの言い回し。
 本の中にもよく出て来るし、ハーレイの古典の授業でも聞いた。
 もちろん、国語の授業でだって。
 けれど、火の中を自分は知らない。水の中だって、ろくに知らない。
(…水泳の授業は、ほんのちょっぴり…)
 冷たい水が体温を奪ってしまうより前に、プールから出なければいけない自分。
 ウッカリ浸かったままにならないよう、監視ロボットがつく有様。
 浮遊式の小さな監視ロボット、それが「上がれ」と注意する。
(…せっかくママに頼んだのに…)
 もう下の学校の生徒じゃないんだから、と断ってしまった監視ロボット。
 水泳が得意な今のハーレイ、そのハーレイと同じ世界をゆっくり楽しみたかったから。
 なのに、結果は大失敗。
 自分で上がるのを忘れてしまって、冷えすぎて寝込んでしまった自分。
 またまた監視ロボットがついて、水泳の授業は休憩ばかりになったのが夏。
(…小さかった頃に、パパやママと海に行ったって…)
 理屈は同じで、「上がりなさい」と言われた海。
 浮き輪を使って、御機嫌で波に揺られていたって、上がるしかなかった真っ青な海。
 水の世界は未だに満喫出来ないままで、ハーレイのようにはいかない自分。
 ハーレイだったら、水の中など、まるで問題ないのだろうに。
 誰かが水に落っこちたならば、直ぐにザブンと飛び込んで助け出すのだろう。
 海でも、流れの速い川でも。
 ザブザブ泳いで、落っこちた人を支えて上がって来るのだろうに。


 ハーレイだったら行けるんだよね、と思う「水の中」。
 火の中は流石に無理だろうけれど、水の中なら行けるだけでもカッコいい。
 自分は水の中でも無理だし、火の中はもっと無理だから。
 学校でやったキャンプファイヤー、それでマシュマロを焼くのがせいぜい。
(…マシュマロだって…)
 おっかなびっくり、火の粉が来ないか心配しながら焼いていた。
 炎がいきなり大きくはぜたら、ブワッと火の粉が舞い上がるから。
 それに触れたら火傷しそうで、ビクビクしていたのが自分。
(…あのくらいなら大丈夫、って分かるんだけど…)
 火の直ぐ側でマシュマロを焼く子だっていたから、火傷しないとは分かるのだけれど。
 それでも腰が引けていたのが、キャンプファイヤーでのマシュマロ焼き。
 焼いたマシュマロは美味しいけれども、ちょっぴり怖い、と。
(…キャンプファイヤーでも、ああなるんだから…)
 火の中なんて行けやしないよ、と思ったけれど。
 とんでもないや、と考えたけれど、その「火の中」。
 今の自分はとても無理だし、入れるわけもないけれど。
 入って行く気も無いのだけれども、前の自分。
 ソルジャー・ブルーになるよりも前に、ただのブルーでしかなかった頃に…。
(…火の中、走ってたんだっけ…)
 メギドの炎に焼かれた星で。
 燃えるアルタミラで、砕かれてしまったジュピターの衛星、ガニメデにあった育英都市で。
 あそこで前の自分は走った。
 前のハーレイと二人で走って、何人もの仲間を助けて回った。
 ミュウの殲滅を謀った人類、彼らはミュウを閉じ込めて逃げて行ったから。
 けして外へは出られないよう、シェルターに押し込め、鍵をかけて。
 そうやってミュウを星ごと消そうと、人類が使った最終兵器。
 メギドの炎はアルタミラを覆って、空まで届いた真っ赤な火柱。
 そうやって燃えるあの星の上を、火の海の中を走り続けた。
 前のハーレイと力を合わせて、仲間たちを助け出そうとして。


 懸命に火の中を走った自分。
 空も地面も燃え盛る中を、炎が襲って来る中を。
 激しい地震で何か崩れたら、たちまち起こった炎の風。
 紅蓮の炎が舌を伸ばして、何もかも飲もうとしていたけれど。
(でも、ハーレイと…)
 その中をくぐって、ただひたすらに走り続けていた。
 一人でも多く、と仲間たちが閉じ込められているシェルターを開けに。
 これで最後だと確認するまで、他にシェルターはもう無いのだと分かるまで。
(…頑張ったよね…)
 前のぼくって、と改めて思う。
 いくらサイオンが強いにしたって、火の海の中を走るだなんて。
 足が竦んで一歩も進めなくなってしまっても、少しもおかしくなかったのに。
 「ぼくは嫌だ」と首を左右に振っても、それは仕方がなかったろうに。
 あの頃は子供だったから。
 狭い檻の中で未来も見えずに、成長を止めていた自分。
 心も身体も同じに子供で、今の自分と変わらない筈。
 それなのに、前の自分は走った。
 前のハーレイが「行こう」と口を開いたから。
 「俺たちのような仲間が他にもいる」と、「助けないと」と言ったから。
(…ハーレイが、そう言わなかったら…)
 きっと助けに行ってはいない。
 自分が閉じ込められたシェルター、それを壊しただけでおしまい。
 呆然と座り込んだままで終わりが来たのか、あるいは走って逃げたのか。
 壊したシェルターで一緒だった者たち、彼らが向かった方向へ。
 「こっちに行ったら、きっと助かる」と、ただ闇雲に走り続けて。
 他にもいるだろう仲間のことなど、まるで考えたりせずに。
 とにかく此処から一刻も早く逃げなければと、自分の命だけを守って。
 もしも、ハーレイがいなかったなら。
 ハーレイが「行こう」と言わなかったら。


(…前のぼくが走って行けたのは…)
 火の中を走り続けられたのは、ハーレイがいたからなのだろう。
 「行こう」と声を掛けたハーレイ、仲間たちを助けようとしていた勇敢なミュウ。
 あの時、初めて出会ったけれども、直ぐに信じて走り出せた。
 「行かない」と首を横に振ったりせずに。
 「ぼくは嫌だ」と背中を向けて、まっしぐらに逃げていったりせずに。
 今の自分と変わらないような、チビだったのに。
 心も身体も成長を止めて、十四歳の時のままだったのに。
(…ハーレイがいたから、頑張れたんだよ…)
 きっとそうだ、と思うけれども、同じにチビで子供の自分。
 今の自分は、火の中を走ってゆけるだろうか?
 迷いもしないで、炎の地獄に向かって走り出せるのだろうか、逃げる代わりに…?
(…今のぼくだと…)
 前の自分のようにはいかない。
 予期せぬ炎が襲って来た時、身を守るためのシールドは無理。
 焼けた地面を裸足で走れば火傷だろうし、たちまち火ぶくれで歩けなくなる。
 走るどころか、歩くことさえ出来ないだろう傷ついた足。
 火傷で出来た酷い火ぶくれ、それが破れて。
 足の裏が痛くて、多分、一歩も歩けはしない。
 そうなることが分かっていたって、今の自分は走れるだろうか?
 ハーレイが「行こう」と言ったなら。
 「行かなければ」と走り出したら、迷わずに追ってゆけるだろうか?
 ぐんぐん遠くなる背中を。
 他の仲間を助けるためにと、炎の中へと向かう背中を。
(…ぼく、行けないかも…)
 恐怖で足が竦んでしまって、動けなくなって。
 そうでなければ、自分のことばかり考えて。
 「無理だよ」とクルリと背中を向けて、逆の方へと走るのだろうか。
 こっちへ行ったら助かる筈、と他の仲間が逃げた方へと。


 そうなるのかも、と考えたこと。
 今の自分なら、ハーレイを追ってゆけないかも、と。
 一緒に行っても役に立たない、サイオンを使えない自分。
 火の中を走れば火傷するのだし、足だって火ぶくれで駄目になるから。
 痛くて痛くて、とても走れなくて、同じ走ってゆくのなら…。
(…船がある方…)
 そっちへ走って行っちゃいそう、と思ったけれど。
 一人で走って船に逃げ込んで、離陸するまで震えていそうな気がしたけれど。
(…でも、ハーレイ…)
 そうして震えて待っていたって、ハーレイが来るとは限らない。
 幾つものシェルターを開けて回るには、一人きりでは時間が足りない。
 ハーレイが助けた仲間たちが船へと乗り込んで来ても、彼らを救ったハーレイは…。
(…間に合わないかも…)
 もう限界だ、と船が離陸を始めるまでに。
 これ以上はもう星が持たない、と操縦する仲間が決断するまでに。
(…そうなっちゃったら…)
 どうするだろう、と考えるまでもなく出た答え。
 「ぼくは行かない」と。
 ハーレイを火の海の中に残して、一人で船に乗ってはゆけない。
 船から外へ出てしまったなら、助からないと分かっていても。
 火の中に戻れば、死ぬより他に道が無くても。
(…ぼく、飛び降りて…)
 閉まろうとしている乗降口から、飛び降りて走り出すのだろう。
 火の海の中を、ハーレイが向かって行った方へと。
 走れないから無理だと背を向け、逃げ出して来た方向へと。
(だって、ハーレイがいるんだから…!)
 行かなければ、きっと後悔する。
 自分だけ船に乗って行ったら。
 ハーレイを残して行ってしまったら、二度と会えなくなったなら。


 今のぼくでも走れるんだ、と見開いた瞳。
 ハーレイに会えなくなるよりはマシ、と燃える地面を。
 とても走れはしないと思った、火の中をくぐって、ただ懸命に。
 足が火ぶくれになっていたって、気にせずに。
 痛いと思うことさえしないで、ハーレイが行った方に向かって。
(…ハーレイと離れちゃうよりは…)
 追い掛けて走って行くんだから、と思う気持ちは揺らがない。
 サイオンが不器用な今の自分でも、ハーレイの所へ走ってゆける。
(ハーレイのことが好きだから…)
 だから走ってゆけるんだよ、と浮かんだ笑み。
 「今のぼくでも火の中を走って行けるみたい」と、「足が痛いなんて言わないよ」と。
 愛していたら、たとえ火の中、水の中。
 ハーレイの所へ行くんだからと、今のぼくでも、ちゃんと走って行けるんだよね、と…。

 

         愛していたら・了


※今のぼくだと火の中は無理、と考えていたのがブルー君。「きっと逃げるよ」と。
 けれど、ハーレイと離れてしまいそうになったら、走れる火の中。愛していたら頑張れますv





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(たとえ火の中、水の中か…)
 ふむ、とハーレイがふと考えた言葉。
 夜の書斎でコーヒー片手に、何の気なしに。
 今ではごくごく馴染みの言葉で、色々な時に聞くけれど。
 古典の授業で教える時にも、ヒョイと出て来たりするのだけども。
(火の中なあ…)
 俺には経験が無いんだが、と辿ってみる記憶。
 子供の頃には悪ガキと呼ぶのが似合いの子供で、けっこうヤンチャだったもの。
 焚火をしている人がいたなら、大喜びで近付いて行って…。
(こう、中に芋を突っ込んで…)
 焼き上がるまでの間の時間は、パチパチとはぜる火の粉が来たって覗いていた。
 「危ないぞ、坊主」と叱られたって。
 シールドなんかも張りもしないで、さながら度胸試しのよう。
(学校のサマーキャンプだと…)
 キャンプファイヤーを囲んで、ワイワイ騒いでいた。
 同じマシュマロを焼くにしたって、火までの距離が大いに問題。
 腰が引けている子供だったら、長い棒を持って来るものだけれど…。
(短い棒を持っているほど、勇者の証というヤツだってな)
 勇者を気取っていた、子供時代の自分。
 引率の教師が「危ないから、もっと下がるように」と言ったって。
 「他の子は真似をしないように」と、せっせと注意を繰り返したって。
 そんな具合で火とは友達、怖いと思いはしなかったけれど。
(…火の中にまでは…)
 流石に飛び込んじゃいないよな、と断言出来る。
 怖いもの知らずの子供と言っても、限度というのは分かるから。
 それ以上、火の側に近付いたならば、火傷くらいでは済まないことも。


 今の俺だと、まるで経験していない、と言える火の中。
 せいぜい学校のキャンプファイヤー、そうでなければ焚火くらい。
 どちらも側まで寄ってみただけ、火の中に飛び込んで行ったりはしない。
 大きな炎が上がった時には、本能的に下がったもの。
 「これはマズイ」と、パッと後ろに。
(薪が崩れたはずみとかに、派手に燃えるんだよなあ…)
 ガサッと音がしたかと思うと、燃え上がる炎。
 風向きによっては巻き込まれるから、そうならないよう取っていた距離。
 どんなに近くに寄った時にも、「危ないぞ!」と言われていた時にも。
(…本当に危ない所にいたんだったら、引っ張って行かれちまうから…)
 叱ったり注意を飛ばす代わりに、首根っこをグイと引っ掴まれて。
 焚火をしていた大人たちやら、キャンプファイヤーの番をしていた教師に。
(それをやられていないってことは、だ…)
 きちんと安全な距離を測っていた自分。
 「この辺りまでは大丈夫だ」と。
 勇者気取りでマシュマロ焼きに興じていたって、焚火で芋を焼いていたって。
(今の俺だと、そこまでなんだが…)
 前の俺なら経験済みだ、と思う「火の中」。
 文字通り炎が燃え盛る中を、前のブルーと二人で走った。
 アルタミラがメギドに焼かれた時に。
 あのアルタミラがあったガニメデ、ジュピターの衛星が砕かれた時に。
(まさに火の中というヤツでだな…)
 空まで真っ赤に染めていた炎。
 おまけに激しく揺れ動く地面、地震で何かが崩れ落ちる度に…。
(風向きが変わって、デカすぎる火が…)
 俺たちを巻き込みにかかったっけな、と今でも思い出せること。
 何度、その目に遭ったかと。
 ブルーに「危ない!」と声を掛けては、襲い掛かる炎から逃れていたと。


 それが自分の知る「火の中」。
 ふと思い付いた言葉だけれども、火の中だったら知っている。
 「たとえ火の中」と言われる通りに、前の自分は果敢にやってのけたのだ、と。
 安全な場所へ逃げる代わりに、ブルーと二人で走った地獄。
 一人でも多く助け出そうと、空さえも染めた炎の中を。
(最後の一人まで助け出すんだ、と走ったっけな…)
 ミュウの殲滅を謀った人類、彼らが牢獄として使ったシェルター。
 それを開けては、中の仲間を逃がして回った。
 ブルーと二人で逃げるのだったら、何の危険も無かったろうに。
 「どっちへ逃げる?」と相談し合って、船があった方へ逃げてゆくだけ。
 多少の危険はあったとしたって、炎の中を走り回るよりかは…。
(ゼロみたいなモンだ)
 こっちは危ない、と避けて通ればいいのだから。
 大きな炎が上がりそうなら、足を止めて待てば巻き込まれたりはしないから。
(…そうすりゃ、俺もブルーもだな…)
 さっさと船に乗り込めただろう。
 逃げて来る仲間が他にもいないか、暫く待ったら船は宇宙へ。
(火の中なんぞは、船に逃げ込むまでの間でおしまいで…)
 後は安全な船の中。
 ただし、仲間は殆どいない船だけど。
 ブルーと自分が助けなかったら、船に来られはしなかった仲間。
(…前のあいつが壊したシェルター…)
 ブルーが内側から壊したシェルター、其処にいた者しか助からない。
 前の自分は一緒だったけれど、そうでなかった者たちは…。
(…置き去りなんだ…)
 誰も逃がしてくれなかったから。
 火の中を走って助けに来る者、救助は何処からも来なかったから。


(…頑張ったわけだな、前の俺たちは)
 本当に火の中というヤツで、と思うけれども、その「火の中」。
 今の自分は経験が無くて、安全な距離を取っていただけ。
 もしも今、小さなブルーと二人で焚火の側に行ったなら…。
(危ないから、って…)
 ブルーに注意しそうな自分。
 悪ガキだった子供時代のことは棚上げ、「其処は危ない」と下がらせる。
 芋を焼くなら、「俺がやる」とブルーの代わりに突っ込んで。
 ブルーがマシュマロを焼きたがったら、「これにしとけ」と長い棒。
(俺だって、あいつが真似しないように…)
 長い棒にマシュマロを刺すのだろう。
 もっと短い棒でいける、と分かっていたって、ブルーが真似たら危ないから。
 サイオンが不器用な今のブルーは、シールドも張れはしないから。
(火傷しちまったら、大変だから…)
 とてもじゃないが火の側なんて、と考えずにはいられない。
 前のブルーと走った火の中、あんな場所にブルーを連れてゆくなど、とんでもない。
(あいつじゃ、とても走れやしないし…)
 キャンプファイヤーでも危ないんだ、と火傷を心配してしまう。
 焚火で芋を焼くにしたって、ブルーに芋を入れに行かせるのはマズイよな、と。
(ついでに、俺もだ…)
 今、あの地獄を走れるだろうか?
 空まで真っ赤に染め上げた炎、メギドに焼かれたあの星の上を。
 間断なく襲う激しい地震で、突然に襲ってくる地獄の劫火。
 あそこを果たして走れるだろうか、今の自分は。
 せいぜい焚火とキャンプファイヤー、そのくらいしか大きな炎を知らない自分。
 しかも安全な距離を取りつつ、勇者気取りでいた自分。
 短い棒に刺したマシュマロ、それをキャンプファイヤーの近くで焼いて。
 もっと長い棒を持った子たちを尻目に、得意になって。


 メギドの炎とは大違いだ、と嫌でも分かるキャンプファイヤー。
 それに焚火も、燃えるアルタミラの火と比べたなら、まるで蝋燭の焔のよう。
(蝋燭どころか、線香花火…)
 その程度の勢いしか無いかもしれない、今の自分が知る炎は。
 焚火も、キャンプファイヤーだって。
(…そんな俺でも、走れるのか?)
 あんな地獄を、と思う火の中。
 「たとえ火の中、水の中」とは言うにしたって、無理な気がする。
 水の中なら、得意だけれど。
 プロ級の腕を誇る水泳、水の中なら飛び込んでゆくことも出来るけれども…。
(…火の中は、どうも無理そうだよなあ…)
 俺じゃ走れん、と苦笑した所で気が付いた。
 たとえ火の中、水の中、という言い回しを使う時には…。
(どんなことでもしてみせる、っていう意味だっけな)
 ならば、ブルーが危なかったらどうだろう?
 いきなり時空が歪んでしまって、アルタミラの地獄に放り出されてしまうとか。
(…そうなったなら…)
 果たして自分は迷うだろうか、「此処は危ない」と尻込みして。
 サイオンが不器用な今のブルーが、炎の地獄に落ちてしまったら。
(とても迷っちゃいられんぞ…!)
 きっと後先を考えもせずに、自分も飛び込んでゆくのだろう。
 ブルーを助けに、火の海の中へ。
 せいぜい焚火とキャンプファイヤー、そんな炎しか知らなくても。
(あいつを助けるためだったら…)
 今も行ける、と思った火の中。
 たとえ火の中、水の中という言葉通りに、自分の危険も顧みないで。
(うん、行けるってな)
 あいつのことを愛していれば、と溢れた自信。
 今の俺でも走れるんだと、ブルーのためなら、たとえ火の中、水の中だ、と…。

 

        愛していれば・了


※たとえ火の中、水の中。…文字通りに火の中を走っていたのが前のハーレイ。
 今は無理だ、と思った火の中。けれど、ブルー君のためなら今も飛び込んでゆけるのですv






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(俺のブルーだ、って言ってくれるけど…)
 それだけだよね、と小さなブルーがついた溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日も訪ねて来てくれたハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 逞しい腕にギュッと抱き締められて、貰った言葉が「俺のブルーだ」。
 何度この言葉を聞いただろう。
 青い地球の上で再会してから、何度耳にしたことだろう。
 いつだって、強く抱き締められて。
 ハーレイの想いがこもった言葉を、大好きでたまらない声で。
(……でも……)
 まだまだずっと先のことだよ、と思ってしまう言葉でもある。
 「俺のブルーだ」と言ってくれても、その時限り。
 ハーレイは「またな」と帰ってしまって、ポツンと一人で残される自分。
 一緒に帰ってゆけはしなくて、いつもこうして独りぼっち。
 再会する前とまるで変わらない、自分の部屋に一人きりの夜。
(ハーレイに会う前は、少しも寂しくなかったけれど…)
 一人のんびり過ごしたけれども、今では違う。
 愛おしい人が側にいてくれないから、募る寂しさ。
 この時間ならば、ハーレイは書斎にいるのだろうか。
 何ブロックも離れた家で。
 窓から外を覗いてみたって、見えるわけもないハーレイの家で。
(…ぼくは、ハーレイのブルーだけれど…)
 ホントはそうじゃないんだよね、と分かっていること。
 いつか結婚出来る時まで、一緒に暮らせるようになるまで、この家のブルー。
 両親の大事な一人息子で、「パパとママのブルー」。
 寂しいけれども、それが現実。
 「俺のブルーだ」と言って貰えても、「ハーレイのブルー」にはなれないから。


 なんとも悲しい自分の現状。
 チビの自分は、まだ何年も待つしかない。
 結婚出来る年になるまで、「ハーレイのブルー」になれはしなくて、今のまま。
 「パパとママのブルー」で、この家に住んで、ハーレイが来るのを待っているだけ。
 仕事が早く終わった日だとか、休日とかに。
 二人で過ごして「俺のブルーだ」と、ギュッと抱き締めて貰っても…。
(ハーレイのブルーじゃないんだよ、ぼく…)
 残念だよね、と眺める小さな自分の手足。
 前の自分とそっくり同じに育っていたなら、十八歳になっていたのなら…。
(…ハーレイのブルーになれたのに…)
 再会したら、直ぐに結婚して。
 ハーレイの家で一緒に暮らして、「俺のブルーだ」という言葉通りになったろう。
 そしてハーレイの方だって…。
(…ぼくのハーレイ…)
 ぼくだけのハーレイになってたんだよ、と悔しい気分。
 今みたいに、夕食の席で両親に取られたりせずに。
 いつもハーレイを一人占めだし、幸せ一杯の日々だった筈。
 ハーレイと結婚出来ていたなら、「ハーレイのブルー」になれていたなら。
(…ホントに残念…)
 チビの身体じゃなかったら、と嘆いてみたって、どうにもならない。
 もうこの姿で出会ったのだし、大きくなれる日を待つしかない。
 一ミリさえも伸びてくれない背丈が、伸び始めて前と同じになるまで。
 前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚出来る年になるまで。
(…まだ何年もかかるんだから…)
 十四歳にしかなっていないもの、と指を折ってみる。
 結婚出来る十八歳は、まだまだ先、と。
 来年どころか、もっと先のこと。
 「ハーレイのブルー」になれる日が来るのは、ハーレイが手に入るのは。


 それでも前のぼくよりはマシ、と考え方を変えることにした。
 前の自分は、「ハーレイのブルー」になれないままで終わったから。
 仲を引き裂かれてしまったから。
 ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラに欠かせない二人。
 仲間たちを導く長のソルジャー、シャングリラの舵を握るキャプテン。
 恋をしていると知れてしまったら、全てが上手く運ばなくなる。
 シャングリラを私物化しているのだ、と仲間たちは思うだろうから。
 いくら会議で決めたことでも、「本当なのか?」と疑い、信じてくれないから。
 何もかも二人で決めているのだと、恋人同士なら意見が合って当然だろうと、誤解をして。
(…恋がバレたら、大変なことになっちゃうから…)
 最後まで隠して隠し続けて、それきりになってしまった恋。
 仲間たちには明かせないまま、前の自分たちの恋は終わった。
 運命に仲を引き裂かれて。
 前の自分はメギドへと飛んで、命が終わってしまったから。
(…ぼくが地球まで行けていたなら…)
 恋を明かして、二人で暮らす筈だった。
 そういう夢を描き続けた、「地球に着いたら」と。
 けれど、それさえ出来なくなった前の自分たち。
 前の自分の寿命が尽きると分かった時から、もう見られなくなった夢。
(…ハーレイのブルーには、なれなくて…)
 ハーレイも手に入らなかった。
 「何処までも共に」とハーレイは誓ってくれていたのに、連れてはゆけなかったから。
 もしもハーレイを連れて逝ったら、シャングリラは地球まで辿り着けない。
 分かっていたから、ハーレイを一人、船に残した。
 ミュウの未来を守るためにと、「ジョミーを支えてやってくれ」と。
 そう言い残して飛び去ったのが前の自分。
 死が待つメギドへ、たった一人で。
 「ハーレイのブルー」になれもしないで、ハーレイの手さえ離してしまって。


 あの悲しすぎた恋に比べたら、今の自分の恋は幸せな恋。
 まだまだ先のことにしたって、「ハーレイのブルー」になれるのが自分。
 いつか結婚式を挙げたら、ハーレイだけのものになる。
 幸せな誓いのキスを交わして、ハーレイの花嫁になって。
(…ぼくはハーレイだけのブルーで…)
 ハーレイもぼくのものになるんだよ、と微笑んだけれど。
 「今度はハーレイも、ぼくだけのハーレイなんだから」と考えたけれど。
 もうキャプテンじゃないんだものね、と思った、そのハーレイは…。
(えーっと…?)
 一人占めするのは無理だろうか、と瞬かせた瞳。
 今は学校の教師のハーレイ、頼りにしている生徒が大勢いる。
 柔道部員の生徒はもちろん、クラス担任になったなら…。
(…ハーレイを頼って来る生徒…)
 一杯いるよね、と丸くなった目。
 休日はともかく、平日だったら学校の生徒が最優先。
 家に帰って来た後の時間なら、「悪いが、俺も忙しいんでな」と言ってもいいけれど…。
(…学校にいる間は、ぼくより生徒の方が優先…)
 どう考えても、そうなってしまう。
 ハーレイが合宿に行ってしまっても、同じこと。
 自分は家に独りぼっちで、ハーレイは生徒たちのもの。
 みんなでワイワイ食卓を囲んで、夜には花火なんかもして。
(…ハーレイ、ぼくだけのハーレイじゃないの?)
 今度もやっぱり違ったりするの、と思い浮かべた白いシャングリラ。
 あの船でキャプテンだったハーレイ、皆が頼りにしていた人物。
 それと同じで、今度は生徒に頼られる教師。
 柔道部員の指導をしたり、担任の生徒の相談に乗ったり、他にも色々。
 一人占めとはいかないハーレイ、結婚しても。
 「ハーレイのブルー」になった後にも、ハーレイは手に入らない。
 丸ごと、一人占めは無理。


(…ぼくだけのハーレイじゃないなんて…)
 そんな、と前の自分を思う。
 前の自分も、ハーレイに言えはしなかった。
 「君はぼくだけのものだからね」とは、ただの一度も。
 「ぼくだけの君だし、ぼくだけを見てくれなくちゃ」とは言えなかったまま。
 言いたくても、それは叶わないこと。
 いつか地球まで辿り着くまでは、ソルジャーとキャプテンではなくなるまでは。
(…ぼくだけのハーレイ…)
 心の中では思ったけれども、いつも思っていたのだけれど。
 面と向かって言えはしなくて、船の仲間たちに遠慮したまま。
 キャプテン・ハーレイを盗ってしまったら、たちまち困る仲間たち。
 だから言葉にしなかった。
 ただ思うだけで、「ぼくのハーレイ」くらいが精一杯で。
(今度は、ぼくだけのハーレイなんだ、って…)
 思っていたのに、違うのだろうか、と愕然としてしまったけれど。
 「そんなの酷い」と考えたけれど、其処で浮かんで来た言葉。
 今の自分は「ハーレイのブルー」になれはしなくて、「パパとママのブルー」。
 自分が「パパとママの」ものなら、ハーレイだって…。
(…隣町に、ハーレイのお父さんとお母さん…)
 ハーレイは、その人たちのハーレイだっけ、と気が付いた。
 「ぼくのだよ」と一人占めしてしまったならば、ハーレイの両親も困るだろう。
 隣町には行っちゃ駄目、とハーレイを独占してしまったら。
(…ぼくがパパとママのブルーなのと、おんなじ…)
 ハーレイにも大切な人たちがいるよね、と見開いた瞳。
 血の繋がった本物の両親、前の自分たちが生きた時代は「親」は養父母だったのに。


(…今の時代は、誰だってパパもママもいるから…)
 もうそれだけで一人占めするのは無理みたい、と浮かべた笑み。
 だったら、生徒たちがハーレイを持って行ってしまうのも許そうかな、と。
 生徒たちには大事なハーレイ、そのくらいは大目に見たっていい。
 学校がある間だけだし、合宿の時も、その間だけ。
(…普段は、ハーレイ、ぼくと一緒で…)
 ぼくは「ハーレイのブルー」になれるんだから、と考える。
 それだけで充分幸せだよねと、「ぼくだけのハーレイ」は無理でも我慢しよう、と。
 「ハーレイのブルー」になれるから。
 いつか結婚式を挙げたら、前の自分がなれずに終わった「ハーレイのブルー」なのだから…。

 

          ぼくだけの君・了


※今度はハーレイを一人占めだよ、と思ったブルー君ですけれど。どうやらそれは難しそう。
 けれど、今度は「ハーレイのブルー」になれるのがブルー君。一人占めの方は我慢ですv






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(俺のブルーか…)
 確かにそうではあるんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に。
 今日も会って来た愛おしい人、前の生から愛した恋人。
 十四歳にしかならないブルーをギュッと抱き締め、掛けてやった言葉。
 「俺のブルーだ」と。
 青い地球の上で再会してから、この言葉を何度口にしたろう。
 想いをこめて、心から。
 誰よりも愛しい人のためにだけ紡ぐ言葉を、愛おしさが溢れ出すままに。
(しかしだな…)
 まだ一人占めは出来ないんだ、と分かっているから苦笑した。
 「俺のブルーだ」と強く抱き締めてみても、その時限り。
 この時間ならば、ブルーは眠っているのだろうか。
 何ブロックも離れた所にある家で。…両親と暮らしている家で。
 つまりブルーは此処にいなくて、自分はポツンと一人きり。
 前と変わらない独身生活、傍目には何も変わりはしない。
 ブルーと再会するよりも前と。
 前の自分の記憶が戻って、愛おしい人を取り戻す前と。
(あいつは帰って来てくれたんだが…)
 遠く遥かな時の彼方で、失くしてしまった前のブルー。
 気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人。
 その人は帰って来たのだけれども、まだ幼さが残る子供で結婚出来る年ではない。
 だから一人占め出来はしないし、この家で共に暮らせもしない。
 「俺のブルーだ」と言ってみたって、もう本当に言葉だけ。
 まだまだ手には入らない人、抱き締めることしか出来ない人。
 あまりにも無垢な今のブルーとは、まだキスさえも交わせないから。
 デートに連れて行けはしないし、ドライブにだって行けないから。


 まだ当分は言葉だけだ、とフウと溜息をつくけれど。
 それが残念ではあるのだけれども、今のブルーも愛おしい。
 ゆっくりと子供時代を過ごして欲しいし、急いで育って欲しくはない。
 前のブルーは子供時代の記憶を持っていなかったから。
 成人検査と、繰り返された過酷な人体実験と。
 それが全てを奪ってしまって、アルタミラから脱出した時は何も残っていなかった。
 子供時代の記憶はもちろん、「愛されていた」という思い出さえも。
 養父母が注いだだろう愛情、それの小さな欠片でさえも。
(その分、今のあいつには…)
 両親と暮らす幸せな日々を、子供時代を充分に満喫して欲しい。
 ブルーが幸せでいてくれるならば、何年だって待っていてやる。
 何年どころか、何十年でも。
 チビのブルーが少しも育たないまま、結婚出来ずに待たされたってかまわない。
(いつかは俺だけのブルーだしな?)
 もう文字通りに「俺のブルー」だ、と思ったけれど。
 結婚したなら一人占めだ、とコーヒーのカップを傾けたけれど。
(…待てよ?)
 本当に一人占めなのか、とハタと気付いたブルーの周り。
 結婚式を挙げるとなったら、まずはブルーの両親に…。
(…あいつを下さい、と頼みに行って…)
 お許しが出たら、ブルーがこの家にやって来る。
 結婚式を挙げて、花嫁になって。
(そうすりゃ、俺のブルーなんだが…)
 一人占めとはいかないぞ、と思い浮かべたブルーの両親。
 何ブロックも離れていたって、同じ町に住んでいるのだから。
 まるで放っておけはしないし、下手をしたなら…。
(週末はあいつの家だとか…)
 ドライブの帰りに寄ってみるとか、そんな具合に。
 そして一緒に食べる夕食、あちらも待っているだろうから。


 まずは二人、と折った指。
 今のブルーを育てた両親を抜きで暮らせはしない。
 「俺のブルーだ」と一人占めして、家には行かせないなんて。
 毎週末とは言われなくても、きっと出掛けてゆくことになる。
 ブルーは一人息子なのだし、会えるのを楽しみにしているだろう両親。
 「元気だったか?」と笑顔の父と、「今日はゆっくりしていってね」と優しい母と。
 その人たちを抜きでいられはしないし、返さなくてはならないブルー。
 たまには、ブルーを育てた人に。
 「俺のブルーだ」と独占しないで、「ご無沙汰してます」と出掛けて行って。
 ブルーの方でも、「行かないよ」とは言わない筈。
 「ぼくの家に行くより、デートがいいな」だとか、「旅行しようよ」とは言わないだろう。
 あの家で幸せに育ったのだから、両親を嫌う筈がない。
 ドライブの帰りに「寄るか?」と訊いたら、大喜びで頷くのだろう。
 「うん」と、「行くなら、お土産も持って行きたいな」と。
 そうなるだろうし、二人でドライブに出掛けても…。
(…美味い料理や菓子の類に出会ったら…)
 瞳を煌めかせるブルーの姿が見えるよう。
 「これ、お土産に持って帰れるかな?」と。
 持ち帰れるなら両親に、と。
 「パパとママにも買って行こうよ」と、「ドライブの帰りに持って行こう」と。
 そして帰りに、ブルーの家に寄ることになる。
 お土産を抱えて嬉しそうなブルーと一緒に、「急にお邪魔してすみません」と訪ねる家。
 両親はきっと大歓迎で、そのまま夕食を御馳走になって…。
(…食後のお茶まで、もうゆっくりと…)
 引き止められて過ごすんだな、と思い描いた未来の光景。
 ブルーをドライブに誘った時には、別の予定があっただろうに。
 夕食は何処に食べに行こうかと、あれこれ考えていたのだろうに。
(…全部パアだな)
 ブルーと二人きりで食べる夕食も、その後の夜のドライブだって。


 結婚したって、一人占めには出来ないブルー。
 普段は二人きりの日々でも、けして「俺だけのもの」とはいかない。
 休日ともなれば待っている人、ブルーを育てた両親の他にも…。
(…隣町に二人いるってな)
 俺の親父とおふくろが、と続けて折った指が二本。
 「これで四人になっちまった」と、「親父たちだって待っているんだから」と。
 まだ会わせてもいない内から、ブルーが家にやってくる日を心待ちにしている両親。
 今すぐにだってブルーに会いたい、と言っているのが隣町の二人。
 父はブルーを釣りやキャンプに連れて行きたがるし、母は散歩をしたいらしいし…。
(今からそれだと、あいつが大きくなったなら…)
 もっと膨らんでいそうな両親たちの夢の計画。
 「ブルー君も一緒に旅行に行こう」と言い出すだとか、「泊まりに来い」とか。
 そうなったならば、消し飛んでしまう「ブルーと二人きりの休日」。
 両親も一緒に釣りの旅とか、隣町の家で夜遅くまで…。
(ワイワイ宴会になっちまうんだ…)
 俺のブルーを親父とおふくろに取られちまって、と容易に想像出来ること。
 きっと両親はブルーが大のお気に入り。
(デカく育ちすぎて、可愛げのない俺の代わりに…)
 もうちやほやと可愛がったり、甘やかしたりして過ごすのだろう。
 「これが美味いんだぞ」と勧める父とか、「明日の朝は散歩しましょうね」と誘う母とか。
 ブルーを手に入れた、自分のことは置き去りで。
 「あいつは一人でも平気だからな」と、父がワハハと笑ったりして。
 そうやって持って行かれるブルー。
 せっかく二人で過ごせる休日、本当だったらブルーを一人占めなのに。
 同じ旅行でも二人だったら、ブルーは自分のものなのに。
(…親父たちにも、やられちまうってか…)
 そっちの方も目に浮かぶんだ、と鮮やかに見える未来の休日。
 隣町に住む自分の両親、その二人だって「俺のブルー」を盗っちまうぞ、と。


 ブルーの両親と自分の両親、全部で四人。
 誰にも文句を言えはしなくて、ブルーの方でも…。
(きっと大喜びなんだ…)
 新しく増えた隣町の家族、その両親と旅行するのも、招かれるのも。
 ドライブの時も、「寄って行こうよ」と言いもするのだろう。
 隣町の家に行けるコースでドライブ中なら、素敵なお土産を見付けたならば。
(…俺のブルーの筈なんだが…)
 俺だけのあいつになる筈なのに、と眺める自分の四本の指。
 これだけの人数が揃っていたんじゃ、とても独占出来ないぞ、と。
 ブルーを一人占め出来はしなくて、気前よく配るしかないらしい。
 「お邪魔します」とブルーの家に出掛けてゆくとか、「近くまで来たから」と隣町の家に。
 どうやら一人占めは不可能、「俺のブルーだ」と言えはしたって…。
(…今度も俺だけのあいつじゃないのか…)
 四人もいるぞ、と数える「ブルーを一人占めさせない人」たち。
 とはいえ、今度は皆が家族で、何処に行ってもブルーは大喜びだから…。
(…仕方ないよな、俺だけのあいつじゃなくっても)
 シャングリラだったら、別の意味で「俺だけのあいつ」じゃなかった、と零れた笑み。
 今度のブルーはソルジャーではないし、一人占め出来ないことは同じでも、まるで違うから。
 自分だけのブルーにするのは無理でも、ブルーは幸せ一杯だから…。

 

         俺だけのあいつ・了


※いずれはブルー君を「俺のブルーだ」と一人占めだ、と思ったハーレイ先生ですけれど。
 四人もの人たちが欲しがるらしいブルー君。でも、ブルー君が幸せだったらいいですよねv






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