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(えーっと…)
 やっぱりぼくが映ってるよね、と小さなブルーが覗いた鏡。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、何の気なしに。
 自分の部屋にある鏡。
 それほど大きくないのだけれども、やはり鏡は必要だから。
 学校へ行く前に着込む制服、襟元がきちんとしているかどうか、見るだとか。
 それに髪の毛、銀色の髪に寝癖がついていたならば…。
(ママに直して貰わなきゃ…)
 自分では上手く直せないから、いつもより急いで着替える朝。
 寝癖直しを頼む分だけ、それに必要な時間の分だけ。
(朝御飯、ママはいいんだけれど…)
 父は仕事に出掛けてゆくから、母がそちらに手を取られている時もある。
 「あれは何処だった?」と父が訊くとか、「取って来てくれ」と頼むとか。
 そうなった時は父が優先、寝癖直しは後回し。
(…ぼくの髪なら、そのまま学校に行ったって…)
 笑われるだけで、つまり困るのは自分だけ。
 けれども、父はそうはいかない。
 仕事に行くのに持って行くもの、それが無ければ会社の人や他の誰かが…。
(…困っちゃうしね?)
 父が持ってゆく筈だったものが、届かないままになったなら。
 会社の仕事とは無関係でも、父に借りようとしていた何かが借りられないままになるだとか。
 そうならないよう、頼み事なら父を優先するのが母。
 「ちょっと待ってね」と後回しになる、跳ねてしまった銀色の髪。
 幸いなことに、間に合わないで学校に行く羽目に陥ったことは無いけれど…。
(ぼくがのんびり着替えてたら…)
 そういう悲劇も起こり得るから、朝は鏡を覗いてみる。
 「大丈夫かな?」と、顔を洗いに行くよりも前に。


 鏡だったら、洗面所にもあるけれど。
 部屋の鏡より大きな鏡が待っているけれど、まずは部屋でのチェックから。
 「今朝の髪の毛は大丈夫?」と。
 其処でピョコンと跳ねていたなら、洗面所で歯を磨く間も…。
(直すの、間に合いますように、って…)
 祈りながらで、部屋に戻ったら急いで着替え。
 制服を着込んで駆けてゆく階下、朝食の支度が整っているダイニングまで。
 「ママ、お願い!」と。
 「ぼくの髪の毛、また跳ねちゃった」と、「寝癖、直して!」と。
 母に頼んだら、作って貰える蒸しタオル。
 トーストを齧ったりしている間に、頭の上に母が乗っけてくれる。
(タオル、ホカホカ…)
 熱いタオルの湯気と熱とで、綺麗に直る跳ねた髪。
 それをする時間が欲しいのだったら、朝は必ず、髪の具合を調べること。
 部屋の鏡を覗き込んで。
 洗面台の鏡を覗くよりも前に、「急がなくちゃ」と心の準備。
(寝癖を見るのと、制服をきちんと着るためと…)
 この鏡は朝の相棒だよね、と改めて覗いてみる鏡。
 夜は出番が無いけれど。
 パジャマ姿で映っていたって、何の役にも立たない鏡。
(…パジャマで外には出掛けないし…)
 寝癖だって、これからつく時間。
 ベッドに入って朝までぐっすり、その間についてしまうのが寝癖。
 変な具合に頭が枕に乗っかったりして、髪が押されて。
 そうでなければ被った上掛け、それが悪戯してしまって。
(ホントに今は出番が無いよね)
 この鏡、と指でつついてみる。
 パジャマの自分を映し出しても、鏡は役に立たないから。


 チョンと鏡をつついた指。
 鏡の向こうの自分も同じに、こちらに指を出して来た。
 こちらと向こうと、鏡を挟んで重なった指。
(向こうにも、ぼく…)
 不意に茶目っ気、ペロリと舌を出してみた。
 そしたら向こうも舌を出すから、面白くもあるし、ちょっと考え方を変えたら…。
(生意気だよね?)
 鏡のくせに、という気もする。
 自分を真似て舌を出すから、まるで鏡に馬鹿にされているようだから。
(うーん…)
 ぼくなんだけど、これは鏡だし…、と眉間にちょっぴり寄せた皺。
 舌を出したのは自分か鏡か、なんとも難しい所。
(鏡の精っていうの、いるよね…?)
 お伽話だと、そういう鏡が出て来るから。
 鏡に向かって「誰が一番綺麗なの?」と質問したなら、答える鏡の話があるから。
(最初の間は、お妃様が一番綺麗で…)
 大満足なのがお妃様。
 けれど、王様の娘が大きくなったなら…。
(一番綺麗な人は、お妃様から白雪姫になっちゃって…)
 大変なことになってしまうのが、お伽話の中の鏡の答え。
 もっとも鏡の精がいたって、自分は訊きはしないけど。
(この地球の中で、誰が一番綺麗なの、って訊いたって…)
 鏡の答えは、きっと自分が知らない誰か。
 母は優しくて綺麗だけれども、もっと綺麗な人は大勢。
(シャングリラの中なら、誰なのか直ぐに分かるけど…)
 此処じゃ無理だよ、と思う地球。
 一番綺麗な人が誰か聞いても、多分、その人を知らないから。
 有名な女優や歌手とかだったら、「ああ、あの人!」とピンと来るかもしれないけれど。


 鏡の精が入っていたって役に立たない、と眺める鏡。
 質問したって、返った答えが分からないなら、まるで駄目。
(それに、一番綺麗な人が誰か分かっても…)
 ぼくが腹を立てるわけないんだから、とクスクス笑い。
 地球どころか、宇宙で一番綺麗な人でも、自分にとってはどうでもいいこと。
 そんな美人に興味など無いし、どちらかと言えば…。
(美人の逆…)
 ぼくが好きな人は、美人なんかじゃないんだから、と頭に思い浮かべた恋人。
 前の生から愛したハーレイ、美人ではなくて逆な恋人。
(薔薇の花もジャムも、似合わないって…)
 そんな評判が立っていたほど、女性陣にはモテていなかった。
 だから美人はどうでもいいし、鏡の精が何と答えても、怒る理由が無いのが自分。
 「今はそういう人がいるのか」と思う程度で、「誰だろう?」と首を傾げておしまい。
 ある日、鏡が違う答えを返しても…。
(もっと綺麗な人が見付かったみたい、って思うだけ…)
 ぼくにはホントに用事が無いや、と鏡の精も出番が無い。
 こんな夜なら、鏡の精が「御用ですか?」と現れそうなのに。
 明るい日射しが射し込む朝より、夜の方が神秘的なのに。
(でも、出て来ても…)
 尋ねることが何もないや、と思ったけれど。
 鏡の精に訊きたいことなど、ありはしないと考えたけれど…。
(…ちょっと待ってよ…?)
 鏡の向こうにいる自分。
 さっき自分に舌を出していた、鏡の精を連想した自分。
 チビの子供で、十四歳にしかならないけれど…。
(…ぼくって、どうなの…?)
 前の自分の姿に比べて、どうだろう?
 ハーレイがキスもくれない自分は、チビの自分は。


 もしも鏡の精がいたなら、訊きたい気分になって来た。
(世界で一番、綺麗なぼくって…)
 今の自分か、遠く遥かな時の彼方で死んでしまったソルジャー・ブルーか。
 きっとハーレイが惹かれる自分は、綺麗な方に違いない。
 同じブルーでも、同じ魂でも、どちらか選んでいいのなら…。
(…綺麗な方がいいに決まってるよね?)
 恋人にするのも、連れて歩くのも。
 いつか結婚するにしたって、断然、綺麗な方のブルー。
 ということは、チビの自分は…。
(…ハーレイ、キスもしてくれないから…)
 鏡の精に訊いてみたなら、悲しい答えが返るのだろうか。
 「世界で一番綺麗なぼくって、誰か教えて」と訊いたなら。
(…それはもちろん、あなたです、って答える代わりに…)
 迷いもしないで鏡が答える、時の彼方の自分の名前。
 今の時代も知られた英雄、ミュウの長だったソルジャー・ブルー。
 「もちろん、ソルジャー・ブルーですとも」と自信たっぷりに答える鏡。
 映っているのはチビの自分なのに、質問したのもチビなのに。
(…ぼくだって、言ってくれなくて…)
 前の自分の名が返ったなら、どうすればいいというのだろう?
 お伽話の悪いお妃なら、それは慌てて白雪姫を殺しに行くけれど…。
(前のぼくの所に、毒が入ったリンゴを届けに行ったって…)
 それは行くだけ無駄というもの。
 毒のリンゴを届けなくても、ソルジャー・ブルーはとうに死んだから。
 メギドを沈めて死んでしまって、生まれ変わってチビの自分になったから。
(…ぼく、悪いお妃にもなれないんだけど…!)
 鏡の精が本当のことを言ったって。
 「世界で一番綺麗なブルーは、もちろんソルジャー・ブルーですよ」と告げたって。
 いないライバルは殺せもしなくて、殺すよりも前に死んでいる有様。
 チビの自分が此処にいるなら、ソルジャー・ブルーは宇宙の何処にもいないのだから。


(…世界で一番、綺麗なブルー…)
 ハーレイがそれを探しているなら、チビの自分は手も足も出ない。
 どんなに悔しくて歯軋りしたって、ソルジャー・ブルーに毒のリンゴは…。
(届けられないし、届けに行っても、食べるより前に死んじゃってるから…!)
 どう頑張ってもソルジャー・ブルーに勝てはしなくて、チビの自分は負けたまま。
 世界で一番綺麗なブルーは、ソルジャー・ブルー。
(…ハーレイのお目当て、そっちだったら…)
 キスが駄目でも仕方ないよね、と覗いた鏡の中にチビ。
 鏡の向こうに、いつか大きく育った自分が映る日がやって来ない限りは…。
(…負けっ放しだよ…)
 前のぼくに、と睨んだ鏡。
 なんて鏡は酷いんだろうと、鏡の精がいるみたい、と。
 鏡の向こうに、世界で一番綺麗なブルーの姿は映っていないから。
 チビの自分しか映っていなくて、チビのままだとハーレイはキスもくれないから…。

 

         鏡の向こうに・了


※鏡の向こうを見ている間に、鏡の精がいるような気がして来たブルー君。でも…。
 世界で一番綺麗なブルーが前の自分でも、届けられない毒リンゴ。子供ならではの発想かもv






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(ふうむ…)
 俺だよな、とハーレイが何の気なしに覗いた鏡。
 とうに夜更けで、コーヒーだって飲んでしまった後。
 片付けを済ませて入ったのが風呂、ゆったり浸かって出て来た所。
 バスルームからの湯気で、少し曇った洗面台の鏡。
 じきに曇りは消えるけれども、其処に映っている自分。
(風呂上がりってヤツは締まらんなあ…)
 身体のことではないんだが、と浮かべた苦笑。
 柔道と水泳で鍛えた身体は、今もトレーニングを欠かさない。
 学校では柔道部員たちと一緒に走り込みもするし、家にいる時はジョギングも。
 もちろんジムにも出掛けてゆくから、まるで衰えない肉体。
(年は取らなくても、何もしなけりゃ、なまっちまうし…)
 それに元々、運動好き。
 ブルーの家へと出掛けてゆく日が多くなった分、きちんと調整。
 小さなブルーとお茶やお菓子や、のんびり食事で過ごした後には運動を。
(こっちは普段の俺なんだがな…)
 身体だけはな、とポンと叩いてみる肩。
 その仕草でも動く筋肉、充分に自慢出来るのだけれど。
(…この髪だけは、どうにもならんぞ)
 ガシガシ洗えばこうなっちまうが、と眺める少しくすんだ金髪。
 すっかりと濡れてペシャンとへこんで、それをタオルで拭いたものだから…。
(好き勝手な方を向いていやがる)
 前にパラリと垂れているのや、あちらこちらに跳ねているのや。
 まるで締まらない、今の髪型。
 濡れたままでも撫でつけてやれば、いつものスタイルに戻るけれども。
(こうすりゃ、元の木阿弥なんだ)
 タオルで拭きにかかったら、と乱れ放題の髪を見る。
 短いたてがみのライオンよろしく、もう本当にメチャクチャだから。


 生徒たちには見せられないな、と思う自分のヘアスタイル。
 ただし、スーツの時だけれども。
(学校でも、シャワーを浴びた後なら…)
 こうなるもんだ、と分かっている。
 柔道部で汗を流した後にはシャワーなのだし、其処へ生徒がやって来たなら見る姿。
 夏はプールで泳いでもいたし、水泳部の生徒たちも見ていた。
 プールからザバッと上がった後に、プールサイドでタオルで拭いていたから。
(しかし、TPOってヤツで…)
 そうなって当然の時ならともかく、授業に出ては行けない頭。
 何処から見たって「たるんでいる」姿、寝起きでやって来たかのよう。
(家だからこいつでいいんだが…)
 我ながら間抜けな姿だよな、と拭いてゆく髪。
 水気をそこそこ拭い取れるまで、雫が落ちない程度まで。
(…こんなモンかな)
 後は寝るまで部屋でゆったり、コーヒー抜きでの軽い休憩。
 ベッドサイドに置いてある本、それを広げてみたりして。
 そうしている間に乾く髪。
 すっかり乾けば丁度頃合い、ベッドに入って眠るだけ。
(その前に、と…)
 一応、いつもの俺のスタイル、と撫でつけた髪。
 パラリと前に垂れているのを、頭の上へ掻き上げて。
 好き放題に跳ねているのも、含んだ水気でオールバックに。
(これで良し、ってな)
 俺の髪だ、と大満足。
 自分しかいない家の中でも、ライオンのたてがみは酷いから。
 やはりきちんとしておきたいから、どうせ寝癖がつくにしたって…。
(こいつでないと駄目なんだ)
 俺はコレだ、と眺めたキャプテン・ハーレイ風の髪型。
 もう何年もこれ一筋だし、すっかり馴染んだヘアスタイル。


 ライオンよりもキャプテン・ハーレイ、それでないと、と思ったけれど。
 それでこそ自分のヘアスタイルだし、「よし」と満足したけれど。
(…おいおいおい…)
 俺なんだがな、と改めて覗いた鏡の向こう。
 キャプテン・ハーレイ風のヘアスタイルで映った自分は、まさにその…。
(…キャプテン・ハーレイそのものだぞ?)
 前はそうではなかったんだが、と瞬かせた瞳。
 少なくとも春には違ったんだと、「四月は明らかに違っていたな」と。
 四月だったら、今の学校にはいなかったから。
 前に勤めていた学校。
 其処から今の学校へ転任してくる予定が、途中で狂った。
 急な欠員が出来た前の学校、新しい教師を急いで見付け出さないと…。
(古典の授業が上手く回らないと来たもんだ)
 だから頼む、と請われて残った。
 今の学校なら、一人足りなくても間に合うだけの数の教師がいたから。
(でもって、俺の代わりが見付かって…)
 引き継ぎなどを無事に済ませて、キリのいい所で今の学校へ。
 五月からの着任、こちらでも急いで引き継ぎしてから…。
(…あいつのクラスに行ったってな)
 小さなブルーがいる教室へと、颯爽と。
 忘れもしない五月の三日に、挨拶なんかを考えながら。
 生徒の心を掴むためには、大切なのが第一印象。
 足を踏み入れたクラスの雰囲気、それを見定めて放つ第一声。
 「はじめまして」とやるのがいいか、「こら、静かに!」とやらかすか。
 此処のクラスはどうしたもんか、と扉を開けて入って行ったのに…。
(…挨拶どころじゃなかったんだ…)
 入った自分の顔を見るなり、ブルーに現れた聖痕。
 たちまち血まみれになったのがブルー、挨拶は何処かへ吹き飛んだ。
 いきなり倒れた生徒の出血、それが最優先だから。


 てっきり何かの事故だと思った、小さなブルーが起こした出血。
 「大丈夫か!?」と慌てて駆け寄った途端、前の自分が戻って来た。
 キャプテン・ハーレイだった自分が、前の記憶が。
 遠く遥かな時の彼方から、まるで知らなかった前の自分の正体が。
(…あれで人生、変わっちまった…)
 恋人までが出来ちまったぞ、と思う鏡に映った自分。
 キャプテン・ハーレイ風の髪型、「生まれ変わりか?」と何度も言われた顔。
 ただの偶然だと、「他人の空似だ」と思っていたのが、今や本物のキャプテン・ハーレイ。
 生まれ変わって別人とはいえ、中身は本物。
 キャプテン・ハーレイの記憶を引き継ぎ、魂も同じものだから。
 前の自分が愛した恋人、その人も忘れていないから。
(…あいつはチビになっちまったが…)
 それでも俺のブルーなんだ、と思い浮かべた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、今は自分の教え子だけれど。
 キスさえ出来ない子供だけれども、それでも中身は前と同じで…。
(…あいつ、ソルジャー・ブルーなんだ…)
 だからこそ持っていた聖痕。
 ソルジャー・ブルーがメギドで撃たれた時の傷痕、それを背負っていたブルー。
 今は欠片も現れないから、本当にただの子供だけれど。
 前のブルーがチビだった頃に、アルタミラで出会った頃のブルーにそっくりなだけの。
(…そして俺はキャプテン・ハーレイでだな…)
 髪型通りになっちまった、と見詰める鏡。
 キャプテン・ハーレイそっくりな顔に、キャプテン・ハーレイ風のヘアスタイル。
 今もやっぱり、何も知らない人が見たなら…。
(似てるってだけのことなんだがな…)
 前と少しも変わらないが、と思うけれども、変わった中身。
 本物になってしまったから。
 前の自分の記憶が戻って、正真正銘、キャプテン・ハーレイそのものだから。


(うーむ…)
 まさか本当にこうなるとはな、と鏡の自分に困った笑みを向けてみた。
 「おい、お前さんはどう思う?」と。
 「お前が前の俺だとしたなら、今の状態をどう思う?」と。
 キャプテンとして船を纏めていたのが、今ではただの古典の教師。
 ソルジャーだった恋人の方は、チビの教え子という現状。
(…まるで想像もつかないよな?)
 俺と同じで、とキャプテン・ハーレイだった頃に思いを馳せる。
 今の自分が驚いたように、あちらもきっと驚くのだろう。
 「どうして俺が」と鏡を見て。
 キャプテンの自分はどうなったのだと、なんだって地球にいるのかと。
(ブルーもついてて、幸せな日々じゃあるんだが…)
 もうとびきりのサプライズだぞ、と「前の自分がこうなったなら」と考える。
 ある日突然、古典の教師になったなら。
 白いシャングリラは消えてしまって、洗面台の鏡の前にいたならば。
(髪型が妙になってるぞ、ってトコまではいいが…)
 其処までは前の人生でも何度もあったことだし、同じに撫でつけていたものの。
 キャプテンたるもの、こうでないと、と心がけてはいたものの…。
(…こう変わるとは思わんぞ?)
 ビックリだよな、と眺めた鏡。
 鏡の向こうは前と同じに自分だけれども、違うから。
 キャプテン・ハーレイだった自分は、古典の教師になったから。
 しかも小さなブルーつき。
 きっと幸せに生きてゆけるし、青い地球までが自分を迎えてくれたのだから…。

 

        鏡の向こうは・了


※ハーレイ先生が何の気なしに眺めた鏡。ヘアスタイルのことを考えていた筈が…。
 気付けば、鏡に映る自分が前とは違っている現実。ビックリですけど、きっと幸せv






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(明日は晴れそうだし…)
 きっと歩いて来てくれるよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は土曜日、午前中からハーレイが家に来てくれる日。
(仕事で駄目なら、ちゃんと連絡が来るんだから…)
 来られない、という寂しい知らせ。
 母宛てにハーレイが入れる通信、それは全く来なかったから…。
 もう間違いなく、明日には会える。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人に。
(お天気がいい日は、ハーレイは、歩き…)
 雨が降る日や、もう降りそうな曇り空なら、車で此処まで来るけれど。
 仕事の帰りに来てくれる時も、濃い緑色の愛車だけれど。
(明日は車の出番は無さそう…)
 ハーレイと同じで車もお休み、と前のハーレイのマントの色をした車を思う。
 明日はハーレイの家のガレージで、ゆっくり、のんびり休むのだろう。
 「さあ、行くぞ」と乗り込む人がいないから。
 エンジンをかけて、ガレージから外へ連れ出す人は留守だから。
(車はガレージでお休みで…)
 ハーレイの方は、此処でゆったり過ごす一日。
 ただし、此処まで歩いて来ないといけないけれど。
 何ブロックも離れた場所から、歩くとけっこうかかるのだけれど。
(でも、ハーレイには大した距離じゃないらしいしね?)
 チビで身体の弱い自分は、考えただけで気が遠くなってしまいそうな距離。
 それを軽々と歩くハーレイ、「ちょっとした運動になるからな」と。
 家を出るのが早すぎた、と思った時には、回り道だって。
 その分、距離が増えるのに。
 そうでなくても足が向くままに、色々な道があるらしいのに。


 此処からは遠いハーレイの家。
 一度だけ遊びに行った時には、もちろん路線バスで出掛けた。
(寝てる間に、瞬間移動で行っちゃった時は…)
 ハーレイの車で家まで送って貰った。
 チビの自分が着られる服など、ハーレイの家には一つも無いから、パジャマのままで。
 けれど着られる服があっても、やっぱり車だっただろう。
 そうでなければ路線バス。
(あの日も、お休みだったけど…)
 いくらハーレイと一緒だとしても、此処まではとても歩けない。
 途中ですっかり疲れてしまって、「バスに乗ろうよ」と言いそうな自分。
 多分、半分も歩かない内に。
 ハーレイの家を後にしてから、二十分ほども行かない内に。
(それをハーレイは歩くんだから…)
 ホントに凄い、と思ってしまう。
 しかも歩いて来る道は色々、最短距離を選んではいない。
 その日の気分で、「こっちを行こう」と選ぶ道。
 顔馴染みになった猫が日向ぼっこをしている道やら、様々な花が見られる道。
 他にも選ぶ基準は沢山、時には新規開拓も…。
(ハーレイ、やってるらしいしね?)
 歩く途中に立っている町の案内板。
 それを眺めて、「こういう道もあるんだな」と曲がったりして。
 チビで身体が弱い自分には、出来そうもない新規開拓。
 「こっちの方に行ってみよう」と回り道に入り込むよりは…。
(どの道が一番近いだろう、って…)
 見ていそうなのが案内板。
 知っている道はこれだけれども、他に近道は無いだろうかと。
 細い道でもかまわないから、ヒョイと飛び越えられる距離。
 それが無いかと探していそうで、ハーレイの真似はとても出来ない。
 「こっちに行くか」と回り道など、より遠い方を選ぶなど。


 明日もハーレイがやっていそうな回り道。
 気の向くままに角を曲がって、「こっちにしよう」と外れてゆく道。
 真っ直ぐに来れば、近いのに。
 この家に着くのが早すぎたって、誰も困りはしないのに。
(パパもママも、ご遠慮なくどうぞ、って…)
 「よろしかったら朝食も」と、何度も誘っている両親。
 休日もハーレイは早起きするのを、二人ともちゃんと知っているから。
 此処へ来るまでに朝からジョギング、そんな日もあると聞いているものだから。
(朝御飯の時間に来てくれたって、いいのにね?)
 ぼくだって待っているんだけどな、と思うけれども、早い時間には来ないハーレイ。
 明日の朝もきっと、回り道。
 「早すぎるよな」と思ったら。
 腕の時計をチラリと眺めて、「まだまだ早い」と、足の向くままに角を曲がって。
(…それがハーレイなんだけど…)
 朝からジョギングするほどなのだし、此処までの距離も、もう本当に散歩道。
 青空の下をのんびり歩いて、地球を満喫しているわけで…。
(地球だもんね?)
 何処を歩いても、地球の上。
 前の自分が焦がれていた星、いつか行こうと夢に見た地球。
 キャプテンだった前のハーレイは、地球まで辿り着いたのだけれど…。
(地球は死の星だったから…)
 散歩どころか、外では呼吸も出来ない星。
 ユグドラシルと呼ばれた、巨大なキノコにも似た建物だけが人間の居場所。
(そんな酷い地球を、ハーレイは見ちゃったんだから…)
 今の青い星を楽しみたくもなるだろう。
 晴れた日だったら、なおのこと。
 此処まで歩いて来る間に出会う景色は、何もかも地球のものだから。
 日向ぼっこをしている猫も、花壇の土に咲いている花も。
 それにハーレイが歩く地面も、上にある青い空だって。


 回り道だってしたくなるよね、と思う地球。
 前のハーレイが目にした死の星、その影は何処にも無いのだから。
 澄んだ大気も、緑の木々も、そっくりそのまま…。
(…前のぼくが夢に見ていた通りで…)
 ハーレイが歩く道には無くても、真っ青な海も広がっている。
 波打ち際から水平線まで、そのずっと遥か向こうまで。
(宇宙から見たら、地球は青くて…)
 前の自分が焦がれた通りの、青く輝く水の星。
 残念なことに、まだ見たことは無いけれど。
 宇宙から地球を眺める旅には、一度も行ってはいないけれども。
(だけど、本物の地球なんだよ)
 その地球の上で生きられるなんて、前の自分にとっては夢。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、幾つもの夢を描いたけれど。
 あれをしようと、これもしたいと、前のハーレイと二人で夢を見ていたけれど…。
(ハーレイと一緒に行こう、って思っていただけで…)
 そのハーレイが最初から地球に住んでいるなど、夢にさえ見られなかったこと。
 地球は人類のものだったのだし、ミュウの自分たちは地球に住めない。
 それどころか、踏みしめる地面さえも下に無い有様。
(…シャングリラの中だけが、世界の全てで…)
 たとえ地球まで辿り着けても、其処に住むことを許されたとしても…。
(シャングリラを降りて、家を見付けて…)
 ようやく住める星が地球。
 前のハーレイも、前の自分も、住む場所から探さなくてはならない。
(素敵な所に住みたいよね、って…)
 ただ漠然と考えただけ。
 全ては地球に着いてからだと、それから続きを考えようと。
 青い地球まで行かないことには、夢は実現しないから。
 大きすぎる夢は描けないから、描く方法さえ分からないのだから。


 前の自分が夢に見た地球は、そういう星。
 幾つもの夢を描いていたって、其処に住みたいと憧れたって…。
(何処に住むとか、どういう家に住むだとか…)
 まるで考えてはいなかった。
 チラと頭を掠めはしたって、「まだ早すぎる」と思っただけ。
 地球の座標さえも、まるで分かっていなかったから。
 行くべき座標が掴めたとしても、其処までの道をどう進むのか。
(戦うか、人類に認めて貰うか…)
 どちらを行くのか、それも答えが出ないまま。
 そうやって地球に焦がれ続けて、幾つもの夢を叶えられないままに…。
(…前のぼくの寿命…)
 命が尽きる、と突き付けられた現実。
 その時に夢は砕けてしまって、もう見られないと諦めた地球。
 奇跡のように生き延びたけれど、その命さえも投げ出さざるを得なかった。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を守るためにと、あのメギドで。
(…前のぼく、地球を…)
 見たかったんだよ、と今も覚えている。
 せっかく此処まで生きて来たのに、地球を見られずに終わるのかと。
 天体の間で一人、呟いたこと。
 「地球を見たかった」と、誰にも聞こえないように。
(…ハーレイと二人で見たかったのに…)
 見られないままで死んでゆく自分、それが辛くて、とても悲しくて。
 いつか地球まで辿り着いたら、ハーレイと暮らす筈だったのに。


(…でも、ハーレイ…)
 前の自分が「さよなら」のキスも出来ずに別れた、キャプテン・ハーレイ。
 恋人同士なことを隠して、ソルジャーの貌で別れたハーレイ。
 そのハーレイが、今は…。
(地球に住んでて、ぼくの家まで散歩なんだよ)
 青く蘇った地球の上を歩いて、気の向くままに回り道。
 「今日はこっちだ」と好きに選んで、明日も此処まで来てくれる。
(前のぼくには、地球はホントに夢の星で…)
 夢のままで終わっちゃったんだけどな、と零れる笑み。
 「今は夢より素敵みたい」と、「ハーレイが地球に住んでいるよ」と。
 きっとハーレイは、明日も歩いて来るのだろう。
 明日も天気は良さそうだから。
 ハーレイと二人でやって来た地球は、明日も青空だろうから…。

 

         前のぼくと地球・了


※ブルー君には遠すぎるらしい、ハーレイ先生が住んでいる家。とても歩けない、と。
 それを歩いて来るのがハーレイ、青い地球の上を。夢よりも素敵な今の現実v







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(明日は晴れそうだし…)
 歩いて出掛けて行けそうだな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夜の書斎でコーヒー片手に、明日という日を考えながら。
 明日は土曜日、仕事の予定は入っていない。
 だから行き先はブルーの家。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(今はチビだが、その内にだな…)
 大きく育つだろうブルー。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーとそっくり同じに、それは美しく。
(前のあいつは、本当に凄い美人だったが…)
 シャングリラで一番の美人と言ったら、今でも「ブルーだった」と思う。
 誰よりも気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
 恋人としての贔屓目を抜きにしたって、ミュウの女神のフィシスよりもずっと。
(今のあいつは、ああいう風にはならないだろうが…)
 見た目はそっくり同じだとしても、何処か違うだろう表情。
 幸せ一杯に育った今のブルーは、これからも幸せに育ってゆくから。
 アルタミラの地獄も、初期のシャングリラでの苦労も知らずに、ただ幸せに。
 もちろんソルジャーの務めも無い上、仲間たちの未来を案じずともいい。
(今度のあいつの瞳の奥には…)
 きっと無いだろう、憂いと悲しみ。
 前のブルーの瞳の底には、いつだって揺れていたのだけれど。
(あいつは誰にも見せないようにしていたんだが…)
 それでも、前の自分にだけは読み取れた、それ。
 前のブルーの深い悲しみ、ミュウの未来を思っての憂い。
 けして瞳から消えることは無くて、その分、余計に美しかった。
 赤い血の色を透かした瞳が、前のブルーの澄んだ瞳が。


 ああいう瞳にはならないのだろう、今のブルー。
 キラキラと煌めく明るい瞳は、同じ赤でも幸せに満ちた色の赤。
 そういう瞳の今のブルーは、これから先も…。
(幸せ一杯、我儘一杯といったトコだな)
 明日はあいつと過ごせるぞ、と自分の方でも幸せ一杯。
 前のブルーを失くした時には、もう絶望しか無かったから。
 願ったことは、ブルーを追ってゆくことだけ。
 逝ってしまった愛おしい人、ブルーの許へと旅立つことだけ。
(…だが、それは…)
 前のあいつが禁じたんだ、と今でも思い出せること。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と、前の自分にだけ伝えられた思念。
 それが自分を縛り付けた。
 前のブルーがいない世界に、いなくなってしまったシャングリラに。
 ジョミーを支えて地球へ行くこと、それがブルーの最後の望み。
 痛いほどに分かったブルーの願い。
 どうして無視して追ってゆくことが出来るだろう?
 ブルーが願ったことなのに。
 「頼んだよ、ハーレイ」と言葉でも念を押したのに。
(…ああ言われたら、俺は生きてゆくしか…)
 地球まで行くより他に無いから、ただ地球だけを目指し続けた。
 前のブルーを失くした時には、座標さえも分かっていなかった星。
 広い宇宙の何処にあるのか、それさえも。
 赤いナスカに辿り着く前、地球を探して彷徨ったのに。
 幾つもの恒星系を順に巡って、地球は無いかと。
 白いシャングリラで長く旅して、それでも見付からなかった地球。
 其処へ行くこと、それがブルーの最後の望みで、自分の旅の終着点。
 無事に地球まで辿り着けたら、きっと自由になれるから。
 若い世代に後を託して、ブルーを追ってゆけるから。


 その思いだけで目指した星。
 宇宙の何処かにあるだろう地球、前のブルーが焦がれた星。
(地球を見たなら、土産話に…)
 してやろうとも思っていた。
 誰よりも地球を見たかったろうに、果たせずに終わった前のブルーに。
 青く美しい地球の姿を、心に、瞳に、強く焼き付けて。
 どんな風に宇宙に浮かんでいたのか、地球の景色はどうだったのか。
 地表の七割を覆うという海、それはどれほど青かったのかを。
(…あいつに見せてやろう、って…)
 同じ地球まで辿り着くなら、ブルーへの土産に、青い地球の姿。
 「地球はこういう星でしたよ」と、先に逝ったブルーに出会えた時に。
 もっとも、ブルーに巡り会えたら…。
(俺は敬語を、忘れちまっているんだろうがな…)
 ソルジャーとキャプテン、前の自分たちの恋を阻んでいた肩書き。
 誰にも恋を明かすことなく、黙っているしか無かった理由。
 それは死んだら消えて無くなる。
(前のあいつは、最期までソルジャー・ブルーだったが…)
 毅然としてメギドへ飛んだけれども、あくまで表向きのこと。
 心の奥の深い場所には、きっとあの時、ブルーが口にしていたような…。
(ただのブルーの、あいつがいたんだ…)
 現にそういうブルーがいたこと、それを自分は知っている。
 「ハーレイの温もりを失くしてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだブルー。
 けれども、それを知らなかった前の自分にしたって、ブルーを追ってゆけたなら…。
(あいつ、もうソルジャーではないんだから…)
 敬語を使って話すことなど無かっただろう。
 恐らくは、会った瞬間から。
(俺、って言うのは照れがあるから…)
 多分、「私」のままだろうけれど、普通の言葉で話しただろう。
 「会えて良かった」と、前のブルーを抱き締めて。


 そうやってブルーと再会したなら、土産話に青い地球。
 どんなに青く美しかったか、思念で、言葉で、前のブルーに。
 「ちゃんと代わりに見て来たから」と、「約束通り、地球に行ったぞ」と。
 きっとブルーは喜ぶから、と目指した地球。
 其処に着いたら、自分の命は終わるけれども、終わらせるつもりでいたのだけれど。
(早くその日が来るといい、とだけ…)
 思い続けて、魂はとうに死んでしまっていたのだけれど。
 それでも夢があったとしたなら、「ブルーに地球を見せてやること」。
 「こんな星だった」と、いつかブルーに巡り会えた時に。
 前の自分の命が終わって、ブルーの許へと、肉体を離れて旅立った時に。
(…あいつへの土産話は地球だ、と何処かで思っていたんだっけな…)
 地球の座標が掴めないまま、アルテメシアへ向かった時も。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、地球の座標を引き出せた時も。
 其処から始まった長い戦いの日々の中でも、ふと「地球」という星を思った時は…。
(あいつに見せてやるんだ、って…)
 青い水の星を、この目に焼き付けて。
 前のブルーが焦がれ続けた母なる星を、心に深く刻み込んで。
(そういう気持ちは、確かにあって…)
 生ける屍のような身体でも、たまに描けた甘美な夢。
 いつかブルーを追ってゆけたら、青い地球のことを話そうと。
 ブルーはどれほど喜ぶだろうと、地球の姿を余すことなくブルーに伝えてやらなければ、と。
(…前の俺の夢は、それだったのに…)
 ようやく辿り着いた地球には、青などありはしなかった。
 死の星と化したままだった地球。
 砂漠が広がる赤茶けた星は、ブルーの夢とは残酷なほどに違ったもの。
 前の自分たちが夢見た地球とも、似ても似つかなかったもの。
(でもって、そういう酷い地球でだ…)
 俺の命は終わっちまった、と前の自分の最期を思う。
 崩れ落ちて来た瓦礫と天井、それに押し潰されたっけな、と。


 これで行ける、と思った最期。
 愛おしい人の許へゆけると、ブルーを追ってゆけるのだと。
(土産話のことなんか…)
 まるで忘れていたけれど。
 青い地球が何処にも無かったことなど、どう言えばいいかも、あの時は…。
(何も考えちゃいなくって…)
 ブルーに会える、と心が自由になっただけ。
 やっと行けると、愛おしい人を追って飛んでゆけると。
(…それから、いったい、どうなったんだか…)
 覚えてはいない、その後のこと。
 前のブルーに何処で出会って、再会の言葉は何だったのか。
 青くなかった死の星のことを、前のブルーにどう伝えたのか。
(…まるで覚えちゃいないんだがな…)
 しかし、と傾けるコーヒーのカップ。
 今のブルーも、今の自分も、住んでいるのは地球だから。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会うことが出来たから。
(…前の俺には、地球はああいう星でだな…)
 旅の終わりで、土産話も砕かれちまった星なんだがな、と思うけれども、今の自分。
 そちらにとっては、地球はごくごく…。
(当たり前で、明日は晴れなんだ…)
 ブルーの家まで歩いて行く日、と綻ぶ顔。
 今の俺には、地球は最高にいい星だよな、と。
 ブルーと二人で地球に来た上、明日はブルーの家まで会いに行けるんだから、と…。

 

        前の俺と地球・了


※キャプテン・ハーレイだった頃の地球はこういう星だった、と思うハーレイ先生。
 けれども、今は青い地球の住人。ブルー君の家まで、歩いて出掛けてゆけるのですv






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(今日はハーレイと歩けたんだよ)
 学校の中だったけど、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 ほんのちょっぴりだったけれども、ハーレイと歩いた校舎の中。
 前をゆく姿が目に入ったから、「ハーレイ先生!」と呼び掛けて。
(ハーレイ、ちゃんと立ち止まってくれて…)
 側に行くまで待っていてくれた。
 背が高いハーレイは、歩幅もずっと大きくて歩くのが速い。
 もし立ち止まってくれなかったら、廊下を走って追い掛けないと…。
(ハーレイのトコには行けないんだよ)
 どんなに頑張って歩いても。
 小さな歩幅でせっせと急いで歩いて行っても、ハーレイの背中はもっと先。
 けれど、そうならなかった今日。
 ハーレイは廊下で待っていてくれて、しかも自分が追い付いたら…。
(次の時間は教室か、って…)
 そういう質問が降って来た。
 頭のずっと上の方から、ハーレイの顔がある所から。
 「はい」と答えたら、「同じだな」と言われた方向。
 これから自分が戻る教室、それがある場所と、ハーレイが向かう方向と。
(…途中までだけど…)
 目指す方向が重なった。
 自分が行くのは教室の方で、ハーレイは上のフロアに続く階段。
(ハーレイ、上のフロアに行くから…)
 一緒に行くか、という提案。
 追い付いた場所で立ち話よりも、歩きながら少し話すこと。
 階段がある校舎の真ん中、其処に着くまで二人一緒に歩くこと。


 もちろん嫌なわけがないから、ハーレイと一緒に歩き始めた。
 「ハーレイ先生の用事は何ですか?」などと訊きながら。
 自分よりも遥かに背の高いハーレイ、その顔を見上げて話しながら。
(…前なんか見るより、ハーレイの顔…)
 どうせ廊下は真っ直ぐなのだし、ぶつかったりはしない筈。
 向こうから誰かが走って来たって、ハーレイが一緒なのだから…。
(絶対、ハーレイに気が付くもんね?)
 他の生徒たちよりも遥かに大きいハーレイ、歩いていたって目立つ存在。
 ハーレイの姿に気が付いたならば、隣を歩くチビだって…。
(何かいるぞ、って…)
 きっと目に入るに決まっているから、よけて走ってゆくだろう。
 気付かずにドスンとぶつかる代わりに、風みたいに横をすり抜けて。
 もしかしたら、ハーレイに「こら!」と叱られたりもして。
(廊下、走っちゃいけないんだから…)
 殆ど守られていないけれども、そういう決まり。
 其処を走って、チビの自分にぶつかりそうな距離で走り抜けたら、ハーレイのお叱り。
 「危ないだろうが!」と、走り去ってゆく生徒の背中に向けて。
 「廊下は走るもんじゃないぞ」と、「ぶつかっていたら、どうするんだ!」と。
 そうなるだろうと分かっていたから、ハーレイだけを見詰めて歩いた。
 前は見なくても大丈夫、と。
 足元だって、見ていなくても大丈夫。
 学校の廊下を歩いてゆくなら、石ころは落ちていないから。
 穴ぼこだって開いていないし、足を取られるような段差もまるで無い。
 だから安心、ハーレイだけを見ていても。
 誰かとぶつかって転びはしないし、自分で転ぶことだって無い。
 前なんか見てはいなくても。
 足元の床も、見ないで真っ直ぐ歩いていても。


 そうやってハーレイと歩いた廊下。
 二人並んで、肩を並べて。
(…肩の高さが違いすぎるけど…)
 四十三センチも違う身長、おまけにハーレイは立派な大人。
 チビの自分はまだ子供だから、肩の高さは四十三センチよりもずっと…。
(…違う筈だよね?)
 下手をしたなら五十センチも違うとか。
 五十センチではとても足りなくて、もっと大きな差があるだとか。
(だけど、並んで歩くんだから…)
 肩を並べて、でもいいだろう。
 「横に並んで」が正しそうだけれど、それだと少し寂しい気持ち。
 体育の授業の号令とかと、あまり変わらないように思うから。
 先生が「横に並んで!」と指示を出したら、サッと整列する生徒。
 グラウンドだとか、講堂とかで、横一列に。
 縦一列だってよくあるけれども、そんな号令と似ている感じの「横に並んで」。
 せっかくハーレイと歩いているのに、「横に並んで」は、なんだか残念。
 肩の高さが大きく違いすぎても、「肩を並べて」の方がいい。
 断然そっち、と今だって思う。
 ハーレイと二人で歩いた時には、其処まで考えていなかったけれど。
(だって、それどころじゃなかったし…)
 大好きなハーレイと歩ける廊下。
 学校では「ハーレイ先生」だけれど、それでも中身はちゃんとハーレイ。
 前の生から愛し続けた愛おしい人で、今も変わらず恋人同士。
 キスも出来ない仲だけれども、確かに恋人。
(いくら敬語で喋らなくっちゃいけなくても…)
 ハーレイに会えて一緒に歩ける、もうそれだけで幸せな気分。
 御機嫌で歩いた、学校の廊下。
 「ハーレイと一緒」と、「お喋りしながら歩いているよ」と。


 けれど、階段の所まで行ったらお別れ。
 「俺はこっちだ」と、上って行こうとしたハーレイ。
 上のフロアで、同じ古典の先生から頼まれた用があるから。
 これが授業に行くのだったら、その授業が自分のクラスだったら…。
(…教室まで一緒に行けたのに…)
 もっと先まで二人で歩いて、教室の前までハーレイと一緒。
 着いた時にチャイムが鳴っていなかったら、教室の前で立ち話。
 チャイムが鳴るまで、ハーレイが「おい、授業だぞ?」と促すまで。
(そっちだったら良かったのにね…)
 どうしてそうじゃないんだろう、と悲しくなった階段の前。
 ハーレイとは此処でお別れだなんて、二人一緒に並んで廊下を歩いたのに。
 自分では気付いていなかったけれど、きっと顔にも出ていたのだろう。
 「行かないで」と、「此処でお別れなの?」と。
(…きっと、そうだよ…)
 ハーレイは階段を上って行かずに、腕の時計を眺めたから。
 その後は階段を上る代わりに、そのまま其処で立ち話。
 「じゃあな」と軽く手を振るまでは。
 「お前も教室に戻らないとな?」と、階段を上り始めるまでは。
 ハーレイはきっと、自分の気持ちを分かってくれた。
 「もっと一緒にいたいよ」と思っていたことを。
 「ぼくの教室で授業だったら良かったのに」と考えたことも、ハーレイならば…。
(気付いてた…?)
 其処まで気付きはしなかったとしても、とても優しかった「ハーレイ先生」。
 授業の時間に遅れないよう、余裕を見て「じゃあな」と向けられた背中。
 「お前も急げよ」と、「遅れちまうぞ?」と。
 そうするまでの間の時間は、立ち止まったままで話してくれて。
 一度は上りかけた階段、それを行かずに止まってくれて。
 「行かないで」と止めはしなかったのに。
 声に出しては言っていないし、心で思っただけなのに。


 そのハーレイは、階段を上って行ったのだけど。
 「授業、遅れるなよ?」というハーレイの気遣い、それを無駄には出来ないから…。
(…それに、廊下に突っ立ってても…)
 通る生徒に「何してるんだろう?」と、不思議そうな目で見られるだけ。
 階段の上に何かあるのか、と視線の先を追い掛けたりもして。
 それも間抜けな話だから、とハーレイを見送るのはやめた。
 本当はハーレイが見えなくなるまで、階段を上って消えてしまうまで…。
(あそこで見ていたかったけど…)
 そうやっていたら、きっとハーレイは振り返るから。
 階段の途中で下を見下ろして、其処に自分がまだいたならば…。
(もう一度、手を振ってくれるんだよ)
 「早く行けよ」と、少し困ったような笑顔で。
 追い払うような手付きだけれども、それでも振ってくれるだろう手。
 こちらに向かって「じゃあな」と、もう一度、振られる手。
 きっと、ハーレイならば、そう。
(…だけど、教室に行かなくちゃ…)
 此処は学校なんだから、と後ろ髪を引かれるような思いで歩き出した廊下。
 少し行ってから振り返ったけれど、ハーレイはもういなかった。
 とうに階段を上がっていったし、当然だけれど。
 其処にいる筈がないのだけれど。
(…あれでお別れになっちゃった…)
 残念だよね、と思うけれども、ハーレイと二人で歩けた廊下。
 二人一緒に肩を並べて、違いすぎる高さの肩を並べて。
(…今は、そのくらいしか出来ないけれど…)
 学校の廊下を二人一緒に歩いてゆけたら、「いい日だったよね」と幸せな気分。
 ほんの短い距離にしたって、ハーレイが「ハーレイ先生」だったって。
 それが自分の精一杯で、今はこのくらいしか出来ないけれど…。


(…いつかはハーレイと歩けるもんね?)
 チビの自分が大きく育って、デートに行けるようになったら。
 ハーレイとしっかり手を繋ぎ合って、歩いてゆける時が来たなら。
(肩の高さ、やっぱり違うんだけど…)
 それでも肩を並べて歩ける、そういう時がきっと来る筈。
 だから夢見る、「ハーレイと一緒に歩けたら」と。
 歩きたいよと、デートに出掛けて君と一緒に歩けたら、と。
 今日、学校で歩けただけでも幸せだから。
 恋人同士で色々な所を歩いてゆけたら、今日よりもずっと幸せになれる筈なのだから…。

 

         君と歩けたら・了


※ハーレイ先生と一緒に廊下を歩けて、幸せだったブルー君。ほんの短い距離だったのに。
 いつかは恋人同士の二人で、肩を並べて歩ける筈。早く一緒に歩きたいですよねv






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