(…今朝は少しばかり、危なかったよな)
危なかったというだけだが…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日はブルーに会えなかったけれども、そちらは大したことではない。
(ブルーにとっては、大事件というヤツなんだろうが…)
今朝、ハーレイを見舞った事件と比べてみたなら、霞んでしまうことだろう。
なんと言っても遅刻の危機で、ハーレイが遅刻したならば…。
(どう考えても、あいつに朝に会えるチャンスは無いってな!)
生徒の方が早く教室に入るんだから、と学校の決まりを思い返してみる。
ブルーも遅刻をしない限りは、「遅刻して来たハーレイ」と出会うわけがない。
そういう意味でも、今朝は少々、危なかったと言える。
結果としては「ブルーに会えない日」になったのだけれど、自然のなりゆき。
ハーレイのせいで「そうなった」部分は、ただの一つも無いのだから。
(しかしだ、俺が遅刻したなら…)
朝にブルーに会えるチャンスは皆無なのだし、「俺のせいか?」ということになる。
授業が始まる前の時間に、「何処かで、会えていたのかもな」と考えもして。
(幸い、そうはならなかったが…)
俺にしては珍しい朝だったよな、とマグカップの縁をカチンと弾く。
昨夜、遅かったわけでもないのに、目を覚ましたら…。
(時計の針が、目覚ましをかけてある時間をだ…)
指していたから、驚いた。
普段だったら、目覚ましより早く目が覚めるわけで、目覚ましは「形だけ」に過ぎない。
万が一の時に備えて「セットしてある」だけで、起きたら、すぐに止める習慣。
たまに、止めるのを忘れてしまって、かなり経った後に…。
(寝室の方で、けたたましい音がしていやがって…)
急いで止めに戻っている時もある。
「窓を開けていなくて良かったよな」と、お隣さんの家の方を見ながら。
そんな具合の毎日だけれど、どういうわけだか、今朝は熟睡してしまっていた。
「目覚ましが鳴らなかったのか!?」と、一瞬、目を剥いたほど。
その目覚ましは「いいえ、只今、お時間です」と、その瞬間に鳴り出したけれど。
(鳴ってくれるんなら、いいんだが…)
目覚ましよりも「早く起きる」のがハーレイだけに、鳴る音などは滅多に聞かない。
止め忘れた日に耳にするだけ、それ以外の日に聞くことはない。
(…だからだな…)
鳴るかどうかの確認などは、綺麗サッパリ忘れている。
思い出したように、「そうだった」と鳴らしてみるのは年に数回。
(その数回も忘れちまって、その間にだ…)
アラームを鳴らす装置がエネルギー切れ、そういったことも珍しくない。
むしろ、その方が多いだろう。
休日に止めるのを忘れてしまって、のんびりした後、部屋に戻って、ハタと気が付く。
「ありゃ?」と、セットしたままの時計を眺めて、「鳴っていない」という事実に。
(面白いことに、狙いすましたように…)
エネルギー切れになるのは、休日ばかり。
そして「休みの日で良かったよな」と思うけれども、目覚ましで起きる機会など…。
(俺の場合は、もう本当に…)
珍しすぎる現象だから、余計、目覚ましを気にしない。
アラームが鳴ってくれるかどうかの確認さえをも、忘れがちなほどに。
(…お蔭で、遅刻したことなんぞは無いんだが…)
鳴らないようになっていたって、休日だしな、と考えた所で思い出した。
その「休日」が、今の自分には「大切な日」になっていたことを。
(…そうだ、休みの日にはだな…)
ブルーの家に出掛けてゆくのが、今のハーレイの習慣の一つ。
天気が良ければ、散歩を兼ねて歩いてゆくし、雨が降ったら車を出す。
ブルーの方でも、朝から「まだかな?」と待っているから、遅刻したなら…。
(遅かったよね、と文句の一つも…)
言われそうだし、頬っぺたも膨らんでいそうではある。
いわゆる「フグ」な状態だけれど、いつもは両手で頬を潰して、からかうヤツも…。
(俺のせいで遅れて着いたわけだし、出来やしないぞ…)
ブルーの顔をハコフグにするなんて、と肩を竦める。
「フグがハコフグになっちまったぞ」とふざけるどころか、詫び続けるしかないだろう。
「すまん、寝過ごしちまったんだ」と、正直に言って。
ブルーが余計に怒り出しても、機嫌を直してくれる時まで、ひたすらに。
(…どうせ、プンスカ怒るんだから…)
遅刻ついでに、菓子でも買って行くべきだろうか。
「これで勘弁してくれないか」と、評判の店のを持って出掛けて。
(…うん、その手は使えるかもしれん)
開店が遅い店もあるしな、と幾つか思い当たる店ならばある。
同僚や友人から聞いている店で、気になっていても、寄れない店が。
(あいつの家に行くとなったら、開店時間が昼前ではなあ…)
遅すぎるんだ、と諦めている店に立ち寄ればいい。
「悪い」と、「遅くなっちまったが、怪我の功名というヤツなんだ」と、ブルーに差し出す。
「いつもの時間じゃ、早すぎて、開いてないからな」と、菓子が入った大きな箱を。
(よし、コレだ!)
コレに限るぞ、と名案に酔ってしまいそう。
ブルーがフグになっていたって、菓子を持って行けば「大丈夫だな」と。
これで安心、とコーヒーのカップを傾けたけれど、不意に頭に浮かんだ考え。
「その案、今しか使えないぞ」と、「自分」が語り掛けて来た。
「ブルーの家まで行ってる間は、それでいいが」と、「将来的には、どうするんだ?」と。
(…そうだった…!)
今は「休日に会う」場所は、ブルーの家に限定だけれど、未来は違う。
ブルーが育って、デートに出掛けるようになったら、待ち合わせる日もあるだろう。
車で迎えに出掛けるだけでは、お互い、物足りなくなって。
(街とか、美術館とかで待ち合わせて、だ…)
それからデート、というのは恋人たちの定番の一つ。
たとえ車があったとしたって、車は近くの駐車場に停めて、待ち合わせ場所へ。
ゆっくりデートを楽しんだ後で、二人で駐車場までゆく。
車に乗り込み、次の場所とか、食事する店へ移動するために。
(……うーむ……)
その手のデートはしない、などとは思えない。
ブルーなら、きっと「したがる」だろうし、ハーレイにしても同じこと。
「たまにはな?」とブルーを誘って、提案する日も出て来そう。
「次の土曜は、待ち合わせてから出掛けないか?」と、自分の方から。
(…そうなって来たら、待ち合わせるパターンも増えそうで…)
待ち合わせの機会が増えていったら、遅刻のリスクも、当然、上がる。
朝、目覚ましが鳴らないままで、心地よくベッドで寝過ごして。
(…そいつは、大いにマズイんだが…!)
実にマズイ、と慌てふためく「未来の自分」が目に見えるよう。
ブルーとデートに出掛ける日の朝、遅い時間に「朝か…」と起きて、愕然とする自分の姿。
目覚まし時計が指した時刻は、最悪の場合、待ち合わせの時間を過ぎているとか、寸前だとか。
其処まで遅くはないにしたって、「どう頑張っても、間に合わない」時間。
朝食は抜きで家を出ようが、朝の歯磨きをすっ飛ばそうが。
(……どうするんだ、おい……)
デートの日に寝過ごしちまったら、と想像しただけで恐ろしくなる。
「待ち合わせの時間に、ハーレイが来ない」となったら、ブルーはフグでは済まないだろう。
デートに行くほど育っているから、フグの顔にはなっていない分、心の中は怒りの渦。
「ハーレイの馬鹿!」と、「今、何時だと思ってるわけ?」と、悪態をついて。
(…しかもだな…)
待たされているブルーに「すまん、遅れる」と連絡するには、方法が限定されている。
今の時代は、「いつでも、何処でも、連絡が取れる」便利な道具は無い時代。
遠い昔にはあったのだけれど、「地球を滅びに導いた」原因の一つだ、と言われて消えた。
SD体制の時代には、既に影も形も無かったのだし、今の時代にあるわけがない。
(…ブルーがいるのが、何処かの店なら…)
その店に「すみませんが」と通信を入れて、ブルーを呼び出して貰えるだろう。
けれど、そうそう上手く運びはしなくて、待ち合わせ場所が、そういう場所ではない時に…。
(俺が寝過ごしちまうってのが…)
ありそうなのが人生なんだ、と嫌というほど分かっている。
通信が使えないとなったら、「マナー違反」の思念で連絡するしかない。
「悪い、寝過ごしちまったんだ」と、ブルーに向かって。
(…その手の事情で、思念を飛ばすというヤツは…)
マナー違反には違いなくても、世間的には、許して貰える範囲ではある。
誰もが「仕方ないですよ」とクスッと笑って、「私にも経験、ありますからね」などと。
とはいえ、その「頼もしい、マナー違反の連絡手段」が問題だった。
なんと言っても相手はブルーで、前のブルーとは全く違う。
最強のタイプ・ブルーに生まれて来たのに、サイオンの扱いが不器用すぎて…。
(俺の思念を受け取ったって、あいつが返事をすることは…)
出来ないんだ、と頭を抱えたくなる。
「遅れる」と聞いて、「分かった、待ってる」と、一言、返すことさえ、ブルーは出来ない。
おまけに、待ち合わせ場所までは離れているから、ブルーの心を読み取るなどは…。
(俺には、出来やしないってな!)
終わりじゃないか、と頭痛がしそう。
ブルーへの連絡は一方通行、返事は「返って来ない」のだから。
(マズすぎるぞ…!)
寝過ごしたのだし、短時間では「待ち合わせ場所」まで辿り着けない。
ブルーは今も身体が弱いし、休める場所で待たせたいけれど、どうすればいいか。
待ち合わせ場所が店でないなら、「何処かに入れ」と伝えるしかない。
(しかし、あいつが行ける範囲に…)
ある喫茶店が混んでしまって、席が無ければ、ブルーは困る。
少し離れた場所であっても、其処まで行って「座りたい」だろう。
(それなのに、それを俺にだな…)
伝える手段が「無い」のがブルーで、どうすればいいか、うんと悩んでしまっても…。
(俺に相談出来やしないし、そうなると、俺が…)
先手を打って、「近くの店が混んでいるなら、他所にしろ」とか、指図しないといけない。
「待ち合わせ場所に近い店から、片っ端から覗くから」と。
(…遅れて待たせちまうだけじゃなくって、一方通行で、ああだこうだと…)
ブルーに指示して、挙句の果てに大遅刻で登場したならば…。
(俺はいったい、どうなるんだ…?)
それにブルーの身体の方も心配だしな、と悩みの種は尽きはしないし、祈るしかない。
未来の自分が、デートの日の朝、寝過ごしてしまうことが無いように。
寝過ごしたなら、大変だから。
ブルーを怒らせてしまう以上に、恐ろしいことが山積みだから…。
寝過ごしたなら・了
※未来のブルー君とデートする日に、寝過ごしたなら、と考えてみたハーレイ先生。
待ち合わせの時間に遅刻な上に、連絡手段も一方通行。大変なことになりそうですよねv
危なかったというだけだが…、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日はブルーに会えなかったけれども、そちらは大したことではない。
(ブルーにとっては、大事件というヤツなんだろうが…)
今朝、ハーレイを見舞った事件と比べてみたなら、霞んでしまうことだろう。
なんと言っても遅刻の危機で、ハーレイが遅刻したならば…。
(どう考えても、あいつに朝に会えるチャンスは無いってな!)
生徒の方が早く教室に入るんだから、と学校の決まりを思い返してみる。
ブルーも遅刻をしない限りは、「遅刻して来たハーレイ」と出会うわけがない。
そういう意味でも、今朝は少々、危なかったと言える。
結果としては「ブルーに会えない日」になったのだけれど、自然のなりゆき。
ハーレイのせいで「そうなった」部分は、ただの一つも無いのだから。
(しかしだ、俺が遅刻したなら…)
朝にブルーに会えるチャンスは皆無なのだし、「俺のせいか?」ということになる。
授業が始まる前の時間に、「何処かで、会えていたのかもな」と考えもして。
(幸い、そうはならなかったが…)
俺にしては珍しい朝だったよな、とマグカップの縁をカチンと弾く。
昨夜、遅かったわけでもないのに、目を覚ましたら…。
(時計の針が、目覚ましをかけてある時間をだ…)
指していたから、驚いた。
普段だったら、目覚ましより早く目が覚めるわけで、目覚ましは「形だけ」に過ぎない。
万が一の時に備えて「セットしてある」だけで、起きたら、すぐに止める習慣。
たまに、止めるのを忘れてしまって、かなり経った後に…。
(寝室の方で、けたたましい音がしていやがって…)
急いで止めに戻っている時もある。
「窓を開けていなくて良かったよな」と、お隣さんの家の方を見ながら。
そんな具合の毎日だけれど、どういうわけだか、今朝は熟睡してしまっていた。
「目覚ましが鳴らなかったのか!?」と、一瞬、目を剥いたほど。
その目覚ましは「いいえ、只今、お時間です」と、その瞬間に鳴り出したけれど。
(鳴ってくれるんなら、いいんだが…)
目覚ましよりも「早く起きる」のがハーレイだけに、鳴る音などは滅多に聞かない。
止め忘れた日に耳にするだけ、それ以外の日に聞くことはない。
(…だからだな…)
鳴るかどうかの確認などは、綺麗サッパリ忘れている。
思い出したように、「そうだった」と鳴らしてみるのは年に数回。
(その数回も忘れちまって、その間にだ…)
アラームを鳴らす装置がエネルギー切れ、そういったことも珍しくない。
むしろ、その方が多いだろう。
休日に止めるのを忘れてしまって、のんびりした後、部屋に戻って、ハタと気が付く。
「ありゃ?」と、セットしたままの時計を眺めて、「鳴っていない」という事実に。
(面白いことに、狙いすましたように…)
エネルギー切れになるのは、休日ばかり。
そして「休みの日で良かったよな」と思うけれども、目覚ましで起きる機会など…。
(俺の場合は、もう本当に…)
珍しすぎる現象だから、余計、目覚ましを気にしない。
アラームが鳴ってくれるかどうかの確認さえをも、忘れがちなほどに。
(…お蔭で、遅刻したことなんぞは無いんだが…)
鳴らないようになっていたって、休日だしな、と考えた所で思い出した。
その「休日」が、今の自分には「大切な日」になっていたことを。
(…そうだ、休みの日にはだな…)
ブルーの家に出掛けてゆくのが、今のハーレイの習慣の一つ。
天気が良ければ、散歩を兼ねて歩いてゆくし、雨が降ったら車を出す。
ブルーの方でも、朝から「まだかな?」と待っているから、遅刻したなら…。
(遅かったよね、と文句の一つも…)
言われそうだし、頬っぺたも膨らんでいそうではある。
いわゆる「フグ」な状態だけれど、いつもは両手で頬を潰して、からかうヤツも…。
(俺のせいで遅れて着いたわけだし、出来やしないぞ…)
ブルーの顔をハコフグにするなんて、と肩を竦める。
「フグがハコフグになっちまったぞ」とふざけるどころか、詫び続けるしかないだろう。
「すまん、寝過ごしちまったんだ」と、正直に言って。
ブルーが余計に怒り出しても、機嫌を直してくれる時まで、ひたすらに。
(…どうせ、プンスカ怒るんだから…)
遅刻ついでに、菓子でも買って行くべきだろうか。
「これで勘弁してくれないか」と、評判の店のを持って出掛けて。
(…うん、その手は使えるかもしれん)
開店が遅い店もあるしな、と幾つか思い当たる店ならばある。
同僚や友人から聞いている店で、気になっていても、寄れない店が。
(あいつの家に行くとなったら、開店時間が昼前ではなあ…)
遅すぎるんだ、と諦めている店に立ち寄ればいい。
「悪い」と、「遅くなっちまったが、怪我の功名というヤツなんだ」と、ブルーに差し出す。
「いつもの時間じゃ、早すぎて、開いてないからな」と、菓子が入った大きな箱を。
(よし、コレだ!)
コレに限るぞ、と名案に酔ってしまいそう。
ブルーがフグになっていたって、菓子を持って行けば「大丈夫だな」と。
これで安心、とコーヒーのカップを傾けたけれど、不意に頭に浮かんだ考え。
「その案、今しか使えないぞ」と、「自分」が語り掛けて来た。
「ブルーの家まで行ってる間は、それでいいが」と、「将来的には、どうするんだ?」と。
(…そうだった…!)
今は「休日に会う」場所は、ブルーの家に限定だけれど、未来は違う。
ブルーが育って、デートに出掛けるようになったら、待ち合わせる日もあるだろう。
車で迎えに出掛けるだけでは、お互い、物足りなくなって。
(街とか、美術館とかで待ち合わせて、だ…)
それからデート、というのは恋人たちの定番の一つ。
たとえ車があったとしたって、車は近くの駐車場に停めて、待ち合わせ場所へ。
ゆっくりデートを楽しんだ後で、二人で駐車場までゆく。
車に乗り込み、次の場所とか、食事する店へ移動するために。
(……うーむ……)
その手のデートはしない、などとは思えない。
ブルーなら、きっと「したがる」だろうし、ハーレイにしても同じこと。
「たまにはな?」とブルーを誘って、提案する日も出て来そう。
「次の土曜は、待ち合わせてから出掛けないか?」と、自分の方から。
(…そうなって来たら、待ち合わせるパターンも増えそうで…)
待ち合わせの機会が増えていったら、遅刻のリスクも、当然、上がる。
朝、目覚ましが鳴らないままで、心地よくベッドで寝過ごして。
(…そいつは、大いにマズイんだが…!)
実にマズイ、と慌てふためく「未来の自分」が目に見えるよう。
ブルーとデートに出掛ける日の朝、遅い時間に「朝か…」と起きて、愕然とする自分の姿。
目覚まし時計が指した時刻は、最悪の場合、待ち合わせの時間を過ぎているとか、寸前だとか。
其処まで遅くはないにしたって、「どう頑張っても、間に合わない」時間。
朝食は抜きで家を出ようが、朝の歯磨きをすっ飛ばそうが。
(……どうするんだ、おい……)
デートの日に寝過ごしちまったら、と想像しただけで恐ろしくなる。
「待ち合わせの時間に、ハーレイが来ない」となったら、ブルーはフグでは済まないだろう。
デートに行くほど育っているから、フグの顔にはなっていない分、心の中は怒りの渦。
「ハーレイの馬鹿!」と、「今、何時だと思ってるわけ?」と、悪態をついて。
(…しかもだな…)
待たされているブルーに「すまん、遅れる」と連絡するには、方法が限定されている。
今の時代は、「いつでも、何処でも、連絡が取れる」便利な道具は無い時代。
遠い昔にはあったのだけれど、「地球を滅びに導いた」原因の一つだ、と言われて消えた。
SD体制の時代には、既に影も形も無かったのだし、今の時代にあるわけがない。
(…ブルーがいるのが、何処かの店なら…)
その店に「すみませんが」と通信を入れて、ブルーを呼び出して貰えるだろう。
けれど、そうそう上手く運びはしなくて、待ち合わせ場所が、そういう場所ではない時に…。
(俺が寝過ごしちまうってのが…)
ありそうなのが人生なんだ、と嫌というほど分かっている。
通信が使えないとなったら、「マナー違反」の思念で連絡するしかない。
「悪い、寝過ごしちまったんだ」と、ブルーに向かって。
(…その手の事情で、思念を飛ばすというヤツは…)
マナー違反には違いなくても、世間的には、許して貰える範囲ではある。
誰もが「仕方ないですよ」とクスッと笑って、「私にも経験、ありますからね」などと。
とはいえ、その「頼もしい、マナー違反の連絡手段」が問題だった。
なんと言っても相手はブルーで、前のブルーとは全く違う。
最強のタイプ・ブルーに生まれて来たのに、サイオンの扱いが不器用すぎて…。
(俺の思念を受け取ったって、あいつが返事をすることは…)
出来ないんだ、と頭を抱えたくなる。
「遅れる」と聞いて、「分かった、待ってる」と、一言、返すことさえ、ブルーは出来ない。
おまけに、待ち合わせ場所までは離れているから、ブルーの心を読み取るなどは…。
(俺には、出来やしないってな!)
終わりじゃないか、と頭痛がしそう。
ブルーへの連絡は一方通行、返事は「返って来ない」のだから。
(マズすぎるぞ…!)
寝過ごしたのだし、短時間では「待ち合わせ場所」まで辿り着けない。
ブルーは今も身体が弱いし、休める場所で待たせたいけれど、どうすればいいか。
待ち合わせ場所が店でないなら、「何処かに入れ」と伝えるしかない。
(しかし、あいつが行ける範囲に…)
ある喫茶店が混んでしまって、席が無ければ、ブルーは困る。
少し離れた場所であっても、其処まで行って「座りたい」だろう。
(それなのに、それを俺にだな…)
伝える手段が「無い」のがブルーで、どうすればいいか、うんと悩んでしまっても…。
(俺に相談出来やしないし、そうなると、俺が…)
先手を打って、「近くの店が混んでいるなら、他所にしろ」とか、指図しないといけない。
「待ち合わせ場所に近い店から、片っ端から覗くから」と。
(…遅れて待たせちまうだけじゃなくって、一方通行で、ああだこうだと…)
ブルーに指示して、挙句の果てに大遅刻で登場したならば…。
(俺はいったい、どうなるんだ…?)
それにブルーの身体の方も心配だしな、と悩みの種は尽きはしないし、祈るしかない。
未来の自分が、デートの日の朝、寝過ごしてしまうことが無いように。
寝過ごしたなら、大変だから。
ブルーを怒らせてしまう以上に、恐ろしいことが山積みだから…。
寝過ごしたなら・了
※未来のブルー君とデートする日に、寝過ごしたなら、と考えてみたハーレイ先生。
待ち合わせの時間に遅刻な上に、連絡手段も一方通行。大変なことになりそうですよねv
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「…最低だよね…」
ハーレイって、とブルーの唇から飛び出した言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
なんだ、どうした、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今はティータイムの真っ最中で、楽しく二人で話していた。
話題は色々だったけれども、直前にしても…。
(最低だよね、と言われるようなことなど…)
言っていないぞ、とハーレイは会話の中身を振り返る。
ショックで記憶が飛んでいなければ、さっきの話題は…。
(昨日、ブルーとは別のクラスで起きた事件で…)
ちょっとした笑い話だった筈だ、と確信がある。
授業中に漫画を読んだ男子生徒が、本を没収された出来事。
叱られて没収されるまでの間に、彼は必死に言い訳をした。
その言い訳が傑作だったから、ブルーに披露したわけで…。
(ブルーは授業の真っ最中に、漫画や本を読んだりは…)
絶対にしないタイプなのだし、逆鱗に触れはしないだろう。
「ソレ、ぼくだってやるんだからね」なら、最低だけれど。
(……うーむ……)
何処が最低だったんだ、と懸命に考えてみても分からない。
本や漫画の没収にしても、ブルーのクラスでも起きること。
没収される生徒が言い訳するのも、ブルーは何度も…。
(見てるわけだし、今更、目くじら立てたりは…)
しない筈だが、と首を捻る間に、ハタと気付いた。
事件の現場は、ブルーとは違うクラスの教室。
とはいえ、ブルーの友達が全て、同じクラスとは限らない。
もしかしたら、昨日、ハーレイが叱った男子生徒は…。
(…ブルーの友達だったのか!?)
俺が全く知らなかっただけで、と少し血の気が引いてゆく。
そういうことなら、ブルーが怒って当然だろう。
友人を見舞った災難のことを、笑い話にされたのだから。
(…今の今まで、我慢して聞いていたものの…)
ついに限界突破したか、とハーレイの額に浮かぶ冷汗。
それならば、事態は非常にまずい。
「最低だよね」と詰られるのも、自然の流れ。
(…いわば、友達の悪口を…)
延々と聞かされていたようなものだし、誰だって怒る。
その友達と親しくしているのならば、尚更だ。
(まずい、まずいぞ…!)
最低とまで言われちまったなんて、とハーレイは焦る。
どうして途中で、ブルーの様子に…。
(注意を払っていなかったんだ…!)
教師失格、と自分で自分を殴りたくなった。
これが授業の真っ最中なら、他の生徒にも目を配る。
没収して叱るまでは良くても、不快感を与えてはいけない。
当の生徒にも、見ている他の生徒たちにも。
(やりすぎってヤツは、良くなくて…)
ここまでだ、と線をキッチリと引いて、終わりにすべき。
どんなに言い訳が面白かろうが、他の生徒も爆笑だろうが。
(それが過ぎると、吊るし上げみたいになるからな…)
学校なら気を付けているのに、と嘆いても遅い。
ブルーは怒ってしまった後だし、謝るより他はないだろう。
此処は「すまん」と、潔く。
「気が付かなくて悪かった」と、深く頭を下げて。
そう思ったから、ハーレイは、即、ブルーに詫びた。
「すまん」と、赤い瞳を真っ直ぐに見て。
「…最低だったな、俺ってヤツは…」
申し訳ない、と頭を深々と下げる。
「俺のせいで不快にさせちまった」と、心の底から。
「…うーん…。ハーレイ、ホントに分かってる?」
ちゃんと分かって謝ってるの、とブルーの機嫌は直らない。
不信感に溢れた瞳で、ハーレイをじっと見上げて来る。
「だから、本当に済まなかった、と…」
思ってるから謝っている、とハーレイは再び頭を下げた。
「誤って済むようなことじゃないが」と、付け加えて。
「……本当に?」
「本当だ! 本当に俺が悪かった!」
最低と言われて当然だよな、と謝るより他に道は無い。
ブルーの怒りが解ける時まで、ひたすら真摯に。
何度も「すまん」と詫びて詫び続けて、どれほど経ったか。
ようやくブルーは、フウと大きな溜息をついた。
「…いいけどね…。そこまで言うなら、許してあげても…」
まあいいかな、と赤い瞳が瞬く。
「ホントに最低最悪だけど」と、最悪とまで言い足して。
「怒るのは分かるが、悪かった、と…!」
最悪でも仕方ないんだが、とハーレイは詫びる。
もう一度、機嫌を悪くしたなら、ブルーは激怒するだろう。
「ハーレイなんか大嫌いだ!」と、思いっ切り。
(最悪過ぎだ…!)
なんとか許して欲しいんだが、と詫びを繰り返したら…。
「自覚したんなら、許すけど…」
必死に謝ってくれてるしね、とブルーは言った。
「本当か!?」
「うん。だけど、自覚があるんなら…」
態度で示して欲しいんだよ、とブルーは笑んだ。
「最低最悪な恋人なんかじゃありません、ってね!」
「なんだって!?」
最低と言うのはソレだったのか、とハーレイは愕然とした。
勘違いをして謝り続けていたのに、実際は…。
(ただの、こいつの我儘で…)
キスをしろとか、そういうヤツだ、と思い至って情けない。
(…やられちまった…!)
俺としたことが騙された、と軽く拳を握り締める。
無駄に謝り続けた分まで、ブルーをコツンとやるために。
勘違いしたのをいいことにして、ブルーは沈黙だったから。
都合のいい方に転びそうだ、と心で笑っていたのだから…。
最低だよね・了
ハーレイって、とブルーの唇から飛び出した言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
なんだ、どうした、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
今はティータイムの真っ最中で、楽しく二人で話していた。
話題は色々だったけれども、直前にしても…。
(最低だよね、と言われるようなことなど…)
言っていないぞ、とハーレイは会話の中身を振り返る。
ショックで記憶が飛んでいなければ、さっきの話題は…。
(昨日、ブルーとは別のクラスで起きた事件で…)
ちょっとした笑い話だった筈だ、と確信がある。
授業中に漫画を読んだ男子生徒が、本を没収された出来事。
叱られて没収されるまでの間に、彼は必死に言い訳をした。
その言い訳が傑作だったから、ブルーに披露したわけで…。
(ブルーは授業の真っ最中に、漫画や本を読んだりは…)
絶対にしないタイプなのだし、逆鱗に触れはしないだろう。
「ソレ、ぼくだってやるんだからね」なら、最低だけれど。
(……うーむ……)
何処が最低だったんだ、と懸命に考えてみても分からない。
本や漫画の没収にしても、ブルーのクラスでも起きること。
没収される生徒が言い訳するのも、ブルーは何度も…。
(見てるわけだし、今更、目くじら立てたりは…)
しない筈だが、と首を捻る間に、ハタと気付いた。
事件の現場は、ブルーとは違うクラスの教室。
とはいえ、ブルーの友達が全て、同じクラスとは限らない。
もしかしたら、昨日、ハーレイが叱った男子生徒は…。
(…ブルーの友達だったのか!?)
俺が全く知らなかっただけで、と少し血の気が引いてゆく。
そういうことなら、ブルーが怒って当然だろう。
友人を見舞った災難のことを、笑い話にされたのだから。
(…今の今まで、我慢して聞いていたものの…)
ついに限界突破したか、とハーレイの額に浮かぶ冷汗。
それならば、事態は非常にまずい。
「最低だよね」と詰られるのも、自然の流れ。
(…いわば、友達の悪口を…)
延々と聞かされていたようなものだし、誰だって怒る。
その友達と親しくしているのならば、尚更だ。
(まずい、まずいぞ…!)
最低とまで言われちまったなんて、とハーレイは焦る。
どうして途中で、ブルーの様子に…。
(注意を払っていなかったんだ…!)
教師失格、と自分で自分を殴りたくなった。
これが授業の真っ最中なら、他の生徒にも目を配る。
没収して叱るまでは良くても、不快感を与えてはいけない。
当の生徒にも、見ている他の生徒たちにも。
(やりすぎってヤツは、良くなくて…)
ここまでだ、と線をキッチリと引いて、終わりにすべき。
どんなに言い訳が面白かろうが、他の生徒も爆笑だろうが。
(それが過ぎると、吊るし上げみたいになるからな…)
学校なら気を付けているのに、と嘆いても遅い。
ブルーは怒ってしまった後だし、謝るより他はないだろう。
此処は「すまん」と、潔く。
「気が付かなくて悪かった」と、深く頭を下げて。
そう思ったから、ハーレイは、即、ブルーに詫びた。
「すまん」と、赤い瞳を真っ直ぐに見て。
「…最低だったな、俺ってヤツは…」
申し訳ない、と頭を深々と下げる。
「俺のせいで不快にさせちまった」と、心の底から。
「…うーん…。ハーレイ、ホントに分かってる?」
ちゃんと分かって謝ってるの、とブルーの機嫌は直らない。
不信感に溢れた瞳で、ハーレイをじっと見上げて来る。
「だから、本当に済まなかった、と…」
思ってるから謝っている、とハーレイは再び頭を下げた。
「誤って済むようなことじゃないが」と、付け加えて。
「……本当に?」
「本当だ! 本当に俺が悪かった!」
最低と言われて当然だよな、と謝るより他に道は無い。
ブルーの怒りが解ける時まで、ひたすら真摯に。
何度も「すまん」と詫びて詫び続けて、どれほど経ったか。
ようやくブルーは、フウと大きな溜息をついた。
「…いいけどね…。そこまで言うなら、許してあげても…」
まあいいかな、と赤い瞳が瞬く。
「ホントに最低最悪だけど」と、最悪とまで言い足して。
「怒るのは分かるが、悪かった、と…!」
最悪でも仕方ないんだが、とハーレイは詫びる。
もう一度、機嫌を悪くしたなら、ブルーは激怒するだろう。
「ハーレイなんか大嫌いだ!」と、思いっ切り。
(最悪過ぎだ…!)
なんとか許して欲しいんだが、と詫びを繰り返したら…。
「自覚したんなら、許すけど…」
必死に謝ってくれてるしね、とブルーは言った。
「本当か!?」
「うん。だけど、自覚があるんなら…」
態度で示して欲しいんだよ、とブルーは笑んだ。
「最低最悪な恋人なんかじゃありません、ってね!」
「なんだって!?」
最低と言うのはソレだったのか、とハーレイは愕然とした。
勘違いをして謝り続けていたのに、実際は…。
(ただの、こいつの我儘で…)
キスをしろとか、そういうヤツだ、と思い至って情けない。
(…やられちまった…!)
俺としたことが騙された、と軽く拳を握り締める。
無駄に謝り続けた分まで、ブルーをコツンとやるために。
勘違いしたのをいいことにして、ブルーは沈黙だったから。
都合のいい方に転びそうだ、と心で笑っていたのだから…。
最低だよね・了
(…ぼく、前のハーレイに…)
悪いことをしちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したハーレイ。
青く蘇った水の星の上で、再び巡り会えたけれども、前のハーレイは大変だった。
前のブルーがいなくなった後、白いシャングリラを地球まで運んで行ったハーレイ。
ジョミーを支えて、仲間たちの箱舟を守り続けて、その人生は地球で終わった。
燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た瓦礫に押し潰されて。
(…でも、ハーレイは、そんな中でも…)
カナリヤの子たちを見付けて、長老たちと力を合わせて、シャングリラへと送り届けた。
その後、フィシスも船に送って、ハーレイは死んでいったのだけれど…。
(…ホントに、ごめんなさい、としか…)
言えないよね、と胸が締め付けられる。
瓦礫の下敷きになった死に様も悲惨だけれども、それよりも前が、遥かに酷だったと思う。
今のハーレイは、さほど口にはしないとはいえ、何度も聞いた。
(…前のぼくを失くして、一人ぼっちで…)
生ける屍のような人生だった、と今のハーレイは笑っているけれど…。
(笑えるのは、今のハーレイだからで…)
そういう人生を送った「前のハーレイ」の方は、笑うどころではなかったろう。
たまには笑う時があっても、仲間たちの前で見せる笑顔ほどには、笑えてはいない。
夜に自分の部屋に戻れば、じきに気付いて孤独になる。
「此処にブルーは、もういないんだ」と、一人きりの部屋を見回して。
(前のぼくが生きていた時だったら、元気な頃は…)
しばしばハーレイの部屋を訪ねて、そのまま居座ったりもした。
身体が弱ってしまった後にも、何度も出掛けて過ごしていた。
(ジョミーが来た後、十五年間も青の間で眠っていたけど…)
その間だって、ハーレイは「ブルーに会う」ことが出来た。
語り掛けても返事は無くて、何の反応も返らなくても、ブルーは「いた」。
ハーレイが青の間に行きさえしたなら、当たり前のように存在していたのが「ブルー」。
けれども、いなくなった後には、もはや何処にも「いなかった」。
前のハーレイは、たった一人で「取り残された」。
ブルーを追ってゆくことも出来ず、白いシャングリラに縛り付けられて。
前のハーレイを船に「縛った」のは、前のブルーの遺言だった。
メギドに向かって飛び立つ前に、ハーレイにだけ、思念で伝えた言葉。
「ジョミーを支えてやってくれ」に加えて、「頼んだよ、ハーレイ」と念まで押して。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
魂が死んでしまったような身体で、白いシャングリラを、ジョミーを支えた。
本当に最後の最後まで、前のハーレイは「キャプテン」だった。
カナリヤの子たちを送り出す前も、子供たちを懸命に慰めていたと聞くから。
(…ホントに、ごめん…)
前のぼくなんか、忘れて生きていてくれればね、と思ってしまう。
残した言葉は、忘れて貰っては困るけれども、「ブルー」を忘れてくれていたなら、と。
(…忘れて、うんと前向きに…)
切り替えて生きていってくれれば、前のハーレイの人生は楽になったろう。
託された役目は重いとはいえ、重荷は「その分」だけしかない。
ジョミーを支えて、船を守って、明るく生きてゆく道もあった。
そちらの道を選んでくれれば、本当に、ずっと楽だった筈で、それを思うと辛くなる。
(…前のぼくの言い方、悪かったかな…)
もっと違う言葉で伝えていれば…、と首を捻ったけれども、多分、そうではないだろう。
どんな言葉を選んでいたって、前のハーレイは「ブルー」を忘れはしなかった。
最後まで想って、想い続けて、今また、「ブルー」と巡り会えるまで、忘れないまま。
青い地球の上に生まれ変わって、再び「ブルー」と出会う時まで。
(…ちゃんと覚えていてくれたから、会えたんだよね?)
きっとそうだ、と思うけれども、ハーレイの方が忘れていたって、会えたろう。
ブルーの方が覚えていたなら、必ず、巡り会えたと思う。
前のハーレイが気持ちを切り替え、「ブルー」のことは忘れていても。
たまに思い出す時があっても、「懐かしい思い出」に変わっていても。
(…ぼくさえ、忘れなかったなら…)
絶対、会えていたと思うよ、と確信がある。
前の自分は、メギドで最期を迎える時まで、「ハーレイを忘れなかった」から。
もっとも、前のハーレイの方とは、少し事情が違うけれども。
(…キースに撃たれた痛みのせいで…)
最後まで持っていたいと願った、前のハーレイの温もりを失くしてしまった。
ハーレイに「遺言」を伝える時に、ハーレイの身体に触れた右手に残った温もり。
それさえあったら、ずっと一緒だと思っていた。
ハーレイとの絆さえ切れなかったら、きっと永遠に離れないのだ、と。
(…ぼくの身体は死んでしまっても、魂は、ずっと…)
ハーレイの側に寄り添い続けて、前のハーレイの生が終わる時まで、離れはしない。
前のハーレイが命を終えたら、その魂と共に旅立つ。
二人とも生きている間には叶わなかった、「二人で暮らせる」場所を目指して。
(…そうなるんだ、って思ってたのに…)
前の自分は、ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んでいった。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、絶望の淵に突き落とされて。
ハーレイとの絆が切れてしまった悲しみの中で、冷たく凍えた右手をどうすることも出来ずに。
(…あんなことになっても、ハーレイのことを…)
前のぼくは忘れなかったものね、と思い返して、ハタと気付いた。
確かに、前の自分は「最期まで」、前のハーレイを忘れなかったけれども…。
(…同じように、ハーレイを忘れなくても…)
形は違っていたのかも、と首を傾げる。
もしも、キースに撃たれなかったら、どうだったろう。
「ハーレイの温もり」を失くすことなく、最後まで持っていたならば。
(…ハーレイのこと、忘れないよ、って…)
この絆は、切れやしないんだから、と笑みまで浮かべて死んでいたなら、その後は…。
(…前のハーレイを探しに、一直線に…)
魂は、宇宙を駆けていたことだろう。
白いシャングリラが何処にいようと、前の自分なら、きっと探せる。
メギドからも、ジルベスター・セブンからも遠く離れた、遠い場所へワープしていても。
(あれだ、って直ぐに見付け出して…)
ただ真っ直ぐに、船を目指して飛んでゆく。
前のハーレイの側にいたくて、たまらなくて。
死んで魂だけだったならば、ハーレイの側に立っていたって、誰も気付きはしないだろう。
(気付いちゃう人がいそうだったら…)
少しエネルギーを落としさえすれば、気付かれはしない。
「あれっ?」と気配を感じたとしても、ほんの一瞬のことで、「気のせいか」で済む。
ハーレイの側で静かに過ごして、ハーレイが生を終えたなら…。
(一緒に行こう、って…)
手を差し伸べて、ハーレイと二人で旅立っていって、ハッピーエンドになりそうな感じ。
それをハッピーエンドと呼ぶかは、また別にしても。
そういう最期を迎えていたなら、前の自分とハーレイの恋は、どうなったろう。
どんなに悲劇的な最期であっても、その後、満足していたのならば、ハッピーエンド。
「めでたし、めでたし」で終わる物語で、そこから先は書かれはしない。
(…二人は幸せに暮らしました、って…)
締め括られて、其処までになる。
前の自分とハーレイの恋も、もしかしたなら、そうなったろうか。
ハーレイの温もりを失くすことなく、最後まで持っていたならば。
永遠に切れない絆を手にして、笑みさえ浮かべて死んでゆく最期だったなら。
(…前のハーレイを乗せた船を追い掛けて、ずっと側にいて…)
二人一緒に旅立ったのなら、思い残すことなど、何処にも無い。
前のハーレイと幸せに暮らして、その内に、生まれ変わっただろう。
きっと二人の絆はあるから、生まれ変わっても、また巡り会えて、恋をする。
次の生では、人ではなかったとしても。
(…うん、きっと…)
犬や猫や鳥に生まれていたって、ハーレイを見付け出せると思う。
ハーレイの方でも「ブルー」を見付けて、新しい命を生きてゆく。
鳥であっても、犬や猫でも、絆は切れはしないのだから。
(…だけど、人間だった時には…?)
今みたいに思い出せるのかな、と疑問が涌いた。
鳥や猫なら、前の生の記憶を持っていたって、さほど問題はないだろう。
ハーレイと出会って、また恋をしても、二人で一緒に暮らしていても。
(…鳥や猫なら、人間とは違う社会だし…)
前の生での記憶なんかは、大した意味を持ってはいない。
「ソルジャー・ブルー」が鳥に生まれても、何が出来るというわけでもない。
前のハーレイにしても同じで、「キャプテン・ハーレイ」の知識は役に立たない。
航路を読むのと、鳥が巣を作る場所を決めるのは、全く違う。
(ぼくもハーレイも、雄なんだろうし…)
巣は要らないとは思うけれども、安全な場所を見付けることは重要になる。
二人一緒に「安心して、夜を過ごせる」所を探す時には、航路設定の手法なんかは…。
(全く、役に立たないし…)
意味が無いから、鳥の社会なら、前の記憶はあってもいい。
普通の鳥として暮らしてゆけるし、困りはしない。
けれど、人間に生まれ変わるのならば…。
(全部、消えちゃう…?)
前のブルーとしての記憶は、すっかりと消えてしまいそう。
もちろん「前のハーレイ」の方も、綺麗に忘れていることだろう。
(ぼくに聖痕が現れるまで、今のハーレイ、なんにも思い出さないままで…)
今の生を満喫していたのだから、記憶が戻った切っ掛けは「ブルー」。
聖痕が現れたことが引き金、それが無ければ「思い出さない」。
つまりは「ブルー」に「聖痕がある」こと、それが「互いに思い出す」ための条件になる。
(ぼくにしたって、聖痕が出るまで、前の記憶は無かったんだし…)
そのままで生きていったとしたって、何の支障も無かっただろう。
今も名前は「ブルー」だけれども、それだけのこと。
前の自分が口にしていた「ただのブルー」で、同名の人間がいるに過ぎない。
姿形がそっくり同じで、他人とは思えないほどであっても、記憶が無いならそうなってしまう。
(…そんな今のぼくが、今のハーレイと出会っても…)
一目で恋に落ちたとしても、前の記憶は戻って来ない。
永遠に切れない絆に引かれて、また巡り会えた「運命の恋人同士」の二人なだけで。
(…だって、人間なんだしね…)
前の生での記憶なんかは、普通に暮らしてゆくのだったら「不要」だろう。
たとえ「ソルジャー・ブルー」であろうが、まるで全く意味などは無い。
むしろ生きるのに差し支えそうで、だからこそ人は「前の生など、覚えてはいない」。
(きっと、キースやジョミーにしても…)
そんな具合に生まれ変わって、また去って行っているのだろう。
地球ではなくて違う星でも、その星で暮らす「新しい生」を満喫して。
「前の自分」が何者だったか、少しも思い出しもしないで。
(…ぼくとハーレイが、何もかも思い出せたのは…)
聖痕が現れたお蔭なのだし、前の自分が「忘れなかった」せいだと言える。
前のハーレイを愛したことを、「何処までも共に」と誓ったことを。
(…なのに、温もりを落としてしまって…)
「絆が切れた」と泣きじゃくりながら最期を迎えたことが、忘れなかった理由で、原因。
二度と会えないと思ったからこそ、全身全霊でハーレイを求め続けて、そのままで逝った。
けして満足したりはしないで、ハーレイに未練を残したままで。
(…あの時、ぼくが「これで良かった」って、満足しちゃって…)
笑みさえ浮かべて死んでいたなら、今の「前の生を知る」ブルーはいなかったろう。
「前の生を知る」ハーレイもいなくて、恋人同士の二人が仲良く地球の上にいるだけ。
それはそれで幸せな生き方だろうし、普通はそうなるものだけれども…。
(やっぱり、覚えていた方がいいに決まってるよね?)
絶対にそう、という気がするから、前の自分の悲しい最期に感謝せずにはいられない。
前の自分が満足して死んで行っていたなら、今の幸せな日々は無いから。
ハーレイに未練を抱きはしないで「忘れていたなら」、記憶は戻って来なかったから…。
忘れていたなら・了
※今のブルー君とハーレイ先生に、前の生の記憶がある理由は、聖痕なのですけれど。
もし、前のブルーが未練を残さずに死んでいたなら、前の生の記憶は戻っていないのかもv
悪いことをしちゃったよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛したハーレイ。
青く蘇った水の星の上で、再び巡り会えたけれども、前のハーレイは大変だった。
前のブルーがいなくなった後、白いシャングリラを地球まで運んで行ったハーレイ。
ジョミーを支えて、仲間たちの箱舟を守り続けて、その人生は地球で終わった。
燃え上がる地球の地の底深くで、崩れ落ちて来た瓦礫に押し潰されて。
(…でも、ハーレイは、そんな中でも…)
カナリヤの子たちを見付けて、長老たちと力を合わせて、シャングリラへと送り届けた。
その後、フィシスも船に送って、ハーレイは死んでいったのだけれど…。
(…ホントに、ごめんなさい、としか…)
言えないよね、と胸が締め付けられる。
瓦礫の下敷きになった死に様も悲惨だけれども、それよりも前が、遥かに酷だったと思う。
今のハーレイは、さほど口にはしないとはいえ、何度も聞いた。
(…前のぼくを失くして、一人ぼっちで…)
生ける屍のような人生だった、と今のハーレイは笑っているけれど…。
(笑えるのは、今のハーレイだからで…)
そういう人生を送った「前のハーレイ」の方は、笑うどころではなかったろう。
たまには笑う時があっても、仲間たちの前で見せる笑顔ほどには、笑えてはいない。
夜に自分の部屋に戻れば、じきに気付いて孤独になる。
「此処にブルーは、もういないんだ」と、一人きりの部屋を見回して。
(前のぼくが生きていた時だったら、元気な頃は…)
しばしばハーレイの部屋を訪ねて、そのまま居座ったりもした。
身体が弱ってしまった後にも、何度も出掛けて過ごしていた。
(ジョミーが来た後、十五年間も青の間で眠っていたけど…)
その間だって、ハーレイは「ブルーに会う」ことが出来た。
語り掛けても返事は無くて、何の反応も返らなくても、ブルーは「いた」。
ハーレイが青の間に行きさえしたなら、当たり前のように存在していたのが「ブルー」。
けれども、いなくなった後には、もはや何処にも「いなかった」。
前のハーレイは、たった一人で「取り残された」。
ブルーを追ってゆくことも出来ず、白いシャングリラに縛り付けられて。
前のハーレイを船に「縛った」のは、前のブルーの遺言だった。
メギドに向かって飛び立つ前に、ハーレイにだけ、思念で伝えた言葉。
「ジョミーを支えてやってくれ」に加えて、「頼んだよ、ハーレイ」と念まで押して。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
魂が死んでしまったような身体で、白いシャングリラを、ジョミーを支えた。
本当に最後の最後まで、前のハーレイは「キャプテン」だった。
カナリヤの子たちを送り出す前も、子供たちを懸命に慰めていたと聞くから。
(…ホントに、ごめん…)
前のぼくなんか、忘れて生きていてくれればね、と思ってしまう。
残した言葉は、忘れて貰っては困るけれども、「ブルー」を忘れてくれていたなら、と。
(…忘れて、うんと前向きに…)
切り替えて生きていってくれれば、前のハーレイの人生は楽になったろう。
託された役目は重いとはいえ、重荷は「その分」だけしかない。
ジョミーを支えて、船を守って、明るく生きてゆく道もあった。
そちらの道を選んでくれれば、本当に、ずっと楽だった筈で、それを思うと辛くなる。
(…前のぼくの言い方、悪かったかな…)
もっと違う言葉で伝えていれば…、と首を捻ったけれども、多分、そうではないだろう。
どんな言葉を選んでいたって、前のハーレイは「ブルー」を忘れはしなかった。
最後まで想って、想い続けて、今また、「ブルー」と巡り会えるまで、忘れないまま。
青い地球の上に生まれ変わって、再び「ブルー」と出会う時まで。
(…ちゃんと覚えていてくれたから、会えたんだよね?)
きっとそうだ、と思うけれども、ハーレイの方が忘れていたって、会えたろう。
ブルーの方が覚えていたなら、必ず、巡り会えたと思う。
前のハーレイが気持ちを切り替え、「ブルー」のことは忘れていても。
たまに思い出す時があっても、「懐かしい思い出」に変わっていても。
(…ぼくさえ、忘れなかったなら…)
絶対、会えていたと思うよ、と確信がある。
前の自分は、メギドで最期を迎える時まで、「ハーレイを忘れなかった」から。
もっとも、前のハーレイの方とは、少し事情が違うけれども。
(…キースに撃たれた痛みのせいで…)
最後まで持っていたいと願った、前のハーレイの温もりを失くしてしまった。
ハーレイに「遺言」を伝える時に、ハーレイの身体に触れた右手に残った温もり。
それさえあったら、ずっと一緒だと思っていた。
ハーレイとの絆さえ切れなかったら、きっと永遠に離れないのだ、と。
(…ぼくの身体は死んでしまっても、魂は、ずっと…)
ハーレイの側に寄り添い続けて、前のハーレイの生が終わる時まで、離れはしない。
前のハーレイが命を終えたら、その魂と共に旅立つ。
二人とも生きている間には叶わなかった、「二人で暮らせる」場所を目指して。
(…そうなるんだ、って思ってたのに…)
前の自分は、ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んでいった。
「もうハーレイには、二度と会えない」と、絶望の淵に突き落とされて。
ハーレイとの絆が切れてしまった悲しみの中で、冷たく凍えた右手をどうすることも出来ずに。
(…あんなことになっても、ハーレイのことを…)
前のぼくは忘れなかったものね、と思い返して、ハタと気付いた。
確かに、前の自分は「最期まで」、前のハーレイを忘れなかったけれども…。
(…同じように、ハーレイを忘れなくても…)
形は違っていたのかも、と首を傾げる。
もしも、キースに撃たれなかったら、どうだったろう。
「ハーレイの温もり」を失くすことなく、最後まで持っていたならば。
(…ハーレイのこと、忘れないよ、って…)
この絆は、切れやしないんだから、と笑みまで浮かべて死んでいたなら、その後は…。
(…前のハーレイを探しに、一直線に…)
魂は、宇宙を駆けていたことだろう。
白いシャングリラが何処にいようと、前の自分なら、きっと探せる。
メギドからも、ジルベスター・セブンからも遠く離れた、遠い場所へワープしていても。
(あれだ、って直ぐに見付け出して…)
ただ真っ直ぐに、船を目指して飛んでゆく。
前のハーレイの側にいたくて、たまらなくて。
死んで魂だけだったならば、ハーレイの側に立っていたって、誰も気付きはしないだろう。
(気付いちゃう人がいそうだったら…)
少しエネルギーを落としさえすれば、気付かれはしない。
「あれっ?」と気配を感じたとしても、ほんの一瞬のことで、「気のせいか」で済む。
ハーレイの側で静かに過ごして、ハーレイが生を終えたなら…。
(一緒に行こう、って…)
手を差し伸べて、ハーレイと二人で旅立っていって、ハッピーエンドになりそうな感じ。
それをハッピーエンドと呼ぶかは、また別にしても。
そういう最期を迎えていたなら、前の自分とハーレイの恋は、どうなったろう。
どんなに悲劇的な最期であっても、その後、満足していたのならば、ハッピーエンド。
「めでたし、めでたし」で終わる物語で、そこから先は書かれはしない。
(…二人は幸せに暮らしました、って…)
締め括られて、其処までになる。
前の自分とハーレイの恋も、もしかしたなら、そうなったろうか。
ハーレイの温もりを失くすことなく、最後まで持っていたならば。
永遠に切れない絆を手にして、笑みさえ浮かべて死んでゆく最期だったなら。
(…前のハーレイを乗せた船を追い掛けて、ずっと側にいて…)
二人一緒に旅立ったのなら、思い残すことなど、何処にも無い。
前のハーレイと幸せに暮らして、その内に、生まれ変わっただろう。
きっと二人の絆はあるから、生まれ変わっても、また巡り会えて、恋をする。
次の生では、人ではなかったとしても。
(…うん、きっと…)
犬や猫や鳥に生まれていたって、ハーレイを見付け出せると思う。
ハーレイの方でも「ブルー」を見付けて、新しい命を生きてゆく。
鳥であっても、犬や猫でも、絆は切れはしないのだから。
(…だけど、人間だった時には…?)
今みたいに思い出せるのかな、と疑問が涌いた。
鳥や猫なら、前の生の記憶を持っていたって、さほど問題はないだろう。
ハーレイと出会って、また恋をしても、二人で一緒に暮らしていても。
(…鳥や猫なら、人間とは違う社会だし…)
前の生での記憶なんかは、大した意味を持ってはいない。
「ソルジャー・ブルー」が鳥に生まれても、何が出来るというわけでもない。
前のハーレイにしても同じで、「キャプテン・ハーレイ」の知識は役に立たない。
航路を読むのと、鳥が巣を作る場所を決めるのは、全く違う。
(ぼくもハーレイも、雄なんだろうし…)
巣は要らないとは思うけれども、安全な場所を見付けることは重要になる。
二人一緒に「安心して、夜を過ごせる」所を探す時には、航路設定の手法なんかは…。
(全く、役に立たないし…)
意味が無いから、鳥の社会なら、前の記憶はあってもいい。
普通の鳥として暮らしてゆけるし、困りはしない。
けれど、人間に生まれ変わるのならば…。
(全部、消えちゃう…?)
前のブルーとしての記憶は、すっかりと消えてしまいそう。
もちろん「前のハーレイ」の方も、綺麗に忘れていることだろう。
(ぼくに聖痕が現れるまで、今のハーレイ、なんにも思い出さないままで…)
今の生を満喫していたのだから、記憶が戻った切っ掛けは「ブルー」。
聖痕が現れたことが引き金、それが無ければ「思い出さない」。
つまりは「ブルー」に「聖痕がある」こと、それが「互いに思い出す」ための条件になる。
(ぼくにしたって、聖痕が出るまで、前の記憶は無かったんだし…)
そのままで生きていったとしたって、何の支障も無かっただろう。
今も名前は「ブルー」だけれども、それだけのこと。
前の自分が口にしていた「ただのブルー」で、同名の人間がいるに過ぎない。
姿形がそっくり同じで、他人とは思えないほどであっても、記憶が無いならそうなってしまう。
(…そんな今のぼくが、今のハーレイと出会っても…)
一目で恋に落ちたとしても、前の記憶は戻って来ない。
永遠に切れない絆に引かれて、また巡り会えた「運命の恋人同士」の二人なだけで。
(…だって、人間なんだしね…)
前の生での記憶なんかは、普通に暮らしてゆくのだったら「不要」だろう。
たとえ「ソルジャー・ブルー」であろうが、まるで全く意味などは無い。
むしろ生きるのに差し支えそうで、だからこそ人は「前の生など、覚えてはいない」。
(きっと、キースやジョミーにしても…)
そんな具合に生まれ変わって、また去って行っているのだろう。
地球ではなくて違う星でも、その星で暮らす「新しい生」を満喫して。
「前の自分」が何者だったか、少しも思い出しもしないで。
(…ぼくとハーレイが、何もかも思い出せたのは…)
聖痕が現れたお蔭なのだし、前の自分が「忘れなかった」せいだと言える。
前のハーレイを愛したことを、「何処までも共に」と誓ったことを。
(…なのに、温もりを落としてしまって…)
「絆が切れた」と泣きじゃくりながら最期を迎えたことが、忘れなかった理由で、原因。
二度と会えないと思ったからこそ、全身全霊でハーレイを求め続けて、そのままで逝った。
けして満足したりはしないで、ハーレイに未練を残したままで。
(…あの時、ぼくが「これで良かった」って、満足しちゃって…)
笑みさえ浮かべて死んでいたなら、今の「前の生を知る」ブルーはいなかったろう。
「前の生を知る」ハーレイもいなくて、恋人同士の二人が仲良く地球の上にいるだけ。
それはそれで幸せな生き方だろうし、普通はそうなるものだけれども…。
(やっぱり、覚えていた方がいいに決まってるよね?)
絶対にそう、という気がするから、前の自分の悲しい最期に感謝せずにはいられない。
前の自分が満足して死んで行っていたなら、今の幸せな日々は無いから。
ハーレイに未練を抱きはしないで「忘れていたなら」、記憶は戻って来なかったから…。
忘れていたなら・了
※今のブルー君とハーレイ先生に、前の生の記憶がある理由は、聖痕なのですけれど。
もし、前のブルーが未練を残さずに死んでいたなら、前の生の記憶は戻っていないのかもv
(前の俺の人生、最後は悲惨だったよなあ…)
最期じゃなくて、最後の方だ、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
前の自分の「最期」だったら、今の時代は多くの人が知っている。
燃え上がる地球の地の底深くで、前のハーレイの命は尽きた。
(カナリヤの子たちを、皆でシャングリラへ送り出して…)
一緒にフィシスも送り届けたから、ハーレイたちの最期は後の時代まで伝わった。
恐らく、瓦礫の下敷きになって死んでいったのだろう、と。
(そいつは確かに、間違いなくて…)
だから「悲惨な最期だった」と、聞いた人なら誰でも頷く。
ハーレイ自身も、それに異を唱えるつもりなど無い。
けれど、後から思い出してみても、もっと悲惨だという気がするのが「晩年」だった。
人の寿命が尽きる前の頃を指すのが「晩年」だから、晩年と呼んでもいいだろう。
前のハーレイの長い寿命からしても、最後の「悲惨な頃」は充分、晩年と言える。
(…瓦礫に押し潰されて死ぬのは、ほんの一瞬だったが…)
晩年は、もっと長かった。
前のブルーを失くした後に過ごした年月、それが丸ごと「悲惨な」晩年。
なにしろ生ける屍となって、ただ「生きていた」だけだった。
前のブルーが最後に残した言葉の通りに、ジョミーを支えて、白いシャングリラを守っただけ。
ミュウの箱舟を「無事に地球まで運んでゆくこと」、それがブルーが望んだこと。
だから「仕方なく」生きていただけで、魂はとうに死んでいた。
前のブルーがいない世界で生きてゆくことに、何の意味があるというのだろう。
夢も希望も全て失くしていたようなもので、望みは「ブルーに会う」ことだけ。
いつか命が終わる時が来たら、ブルーの許へ旅立てる。
その日が来るまで、生きて生き続けて、白いシャングリラを守り続けるだけの人生。
(…あれに比べたら、死んだことなど…)
悲惨ではなくて、逆に「解放」でもあった。
「これでブルーの許へゆける」と、心は晴れやかだったから。
唇に微かな笑みさえ浮かべて、前の自分は地の底で死んでいったから。
そうしてブルーと何処で出会ったのか、今のハーレイは覚えていない。
長い長い時を飛び越えた先で、再びブルーに「巡り会えた」今を生きている。
まるで奇跡のような話で、実際、ブルーは「聖痕」という奇跡を身体に現わした。
(お蔭で、俺の記憶も戻って…)
とても幸せな毎日だから、前の自分の「悲惨な最後」は、綺麗に帳消しされてしまった。
生ける屍だった時代は、遥か彼方に流れ去ったし、気にしてはいない。
引き摺るつもりも無いのだけれども、もしも「悲惨な時代」が無ければ、どうだったろう。
(…前向きに生きる、って言うからなあ…)
前の自分の残りの人生、それを「前向きに」生きていたなら、全ては変わっていたろうか。
魂が死んでしまわないよう、切り替えて生きていたならば。
(…ブルーを失くして、もう悲しみしか無かったんだが…)
前のブルーが望んでいたのは、「そのように生きる」ことではなかった筈だ。
生まれ変わって来た今のブルーも、何度も「ごめんね」と謝るのだから、そうだろう。
(あいつのことは、キッパリ忘れて…)
「今を生きる」ことに全力集中、それがブルーの望みだったに違いない。
そうでなければ、あんな言葉を残しはしないし、前のハーレイを縛りもしない。
「屍のように生きていけ」などと、前のブルーが言う筈もない。
(…要するに、前の俺が自分で勝手に…)
悲惨な晩年を「作り出した」だけで、その気があったら、結果は違っていただろう。
ジョミーを支えて、ミュウの仲間の相談に乗って、戦略も積極的に立てる充実した生。
それが「キャプテン・ハーレイ」の晩年、自分自身でも「生き生きと」日々を生きてゆく。
(…きっと、ブルーは…)
そっちを望んでいたのだろうな、と思うものだから、情けない。
「前の俺の心が弱すぎたのか」と、溜息までが零れてしまう。
失くした恋人を想い続けて、未練がましく生きていたのが「悲惨な晩年」の正体らしい。
もっと心を強く持てたら、輝かしい晩年になっただろうに。
(…今のあいつにも、うんと自慢が出来るくらいに…)
大活躍をした「キャプテン・ハーレイ」、そういう姿を誇れたと思う。
もっとも、後世まで残る「キャプテン・ハーレイ」の方は、「そういう人物」なのだけど。
生ける屍だったことは「誰も知らないまま」で時が流れて、そうなった。
最後まで「キャプテンらしく」生き続けて、カナリヤの子たちまで助けたのだ、と。
(そりゃまあ、なあ…?)
そうには違いないんだが、と苦笑する。
カナリヤの子たちが泣いているのを発見した時、優しい声で語り掛けて安心させた。
「もう大丈夫だ」と、それは「キャプテン・ハーレイ」らしく。
今にして思えば、あの時、冷静でいられた「自分」は、最期を悟っていたのだろう。
「もうじき死ねる」と、地の底深くで死んでゆくのを確信していて、落ち着いていた。
ブルーの許へと旅立てる時が近いのだから、魂も蘇りつつあったのかもしれない。
じきに自由になれるのだから、と「すっかり、元のハーレイ」になって。
(…そうだったかもな…)
だとすれば、最後は少しは幸せだったのかもな、と可笑しくなる。
悲惨な晩年だったけれども、最後の最後で「ハーレイらしく」生きられたなら。
(…カナリヤの子たちを見付けた時は…)
この子供たちを助けなければ、と前向きな心しかありはしなかった。
「もうすぐ死ねる」と何処かで思って、地の底を目指していたというのに、忘れていた。
前のブルーを追ってゆくことも、追ってゆける時が近付いたことも。
(…するとだな…)
もしも、と思考が別の方へと向いた。
前の自分が「ブルーを忘れて」生きていたなら、どうなったろう、と。
(…前のあいつの望み通りに、綺麗サッパリ…)
引き摺ることなく、きちんと切り替え、前向きに残りを生きていったら、どうなったのか。
(…思い出すことくらいは、あるんだろうが…)
普段は「生き生きと」生きているなら、前のブルーに「未練は無かった」ことになる。
常に追い続けて、想い続けて生きてゆくのとは全く違う。
そうやって生きた「キャプテン・ハーレイ」、その「ハーレイ」が死んだ後にはどうなるか。
(…真っ直ぐ、あいつのいる所まで…)
飛んでゆくのには違いなくても、其処で「おしまい」かもしれない。
やっと出会えて「めでたし、めでたし」、前のブルーとハーレイの恋の物語は終わりになる。
ハッピーエンドで完結するから、その先のことは、もう描かれない。
どんな具合に二人で幸せに暮らしたのかは、昔話や、おとぎ話に「書かれはしない」。
幸せなのに決まっているから、その先などは「もう要らない」。
二人で一緒に暮らしてゆけたら、充分というものだから。
(…そうなるとだな…)
其処で終わっていたんじゃないか、とハーレイは顎に手を当てた。
「今のブルーと、俺の物語は、無かったのかもしれないぞ」と。
大満足のハッピーエンドを迎えたのなら、次の人生を青い地球まで来て続けても…。
(前のことなど、思い出さずに終わっちまって…)
生まれ変わったブルーに会っても、お互い、そうとは気付かないまま。
また巡り会って恋に落ちても、一緒に暮らし始めたとしても。
(絆はあっても、忘れていたら…)
そういうことになっちまうよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
ブルーとの間に「いつまでも切れない」絆があっても、引き摺らなければそうなるだろう。
「前のブルー」にこだわらないなら、物語の続きは「別の形」で描かれてゆく。
青い地球の上に生まれ変わって、ある日、出会って、一目惚れ。
けれど互いに「前の生」など覚えていなくて、最後まで思い出さないまま。
そういう二人になっていたかもしれないわけで、それでも幸せには「違いない」。
互いのことが誰よりも好きで、他の相手など考えられない、似合いのカップルなのだから。
(…神様だって、そっちの方が楽だしなあ…)
あれこれと手配しなくていいし…、と思うものだから、引き摺っていたのが良かったろうか。
生ける屍のようではあっても、前のブルーを「忘れられずに」生きていたことが。
(…前の俺は最後まで、前のあいつを想い続けて…)
カナリヤの子たちを救った後には、またしても「思い出して」いた。
「これでブルーの所へ行ける」と、崩れゆく地球の地の底深くで、夢見るように。
キャプテンの務めは終わったのだから、今度こそ、やっと自由になれる。
魂を縛り付けていた身体が呼吸を止めて、心臓も鼓動を止めたなら。
「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた器が消えたら、魂は飛んでゆけるだろう。
先に逝ってしまった愛おしい人を求めて、真っ直ぐに空を駆けてゆく。
真空の宇宙の更に彼方に、何処までも広がる天を目指して。
(あいつを見付けて、そして抱き締めて…)
もう二度と手を離しはしない、と前の自分は思ったけれども、それから先が問題だった。
ずっと天国で暮らすのだったら、ハッピーエンドの恋は永遠に続くけれども…。
(前のあいつなら、地球が青い星に戻ったことを知ったら…)
行きたがるのに決まっている。
「ハーレイ、一緒に地球へ行こう」と、「何度も約束したじゃないか」と繰り返して。
(そうなった時に、神様が願いを叶えてくれたら…)
青い地球には行けたとしても、記憶は消えてしまうのだろう。
「ブルー」だったことも、「ハーレイ」だったことも、新しい生には何の関係も無い。
神が残してくれる筈がなくて、残るのは互いの絆だけ。
巡り会って恋に落ちるというだけ、一緒に暮らしてゆくだけになる。
「ハーレイ」も「ブルー」も、消えてしまって。
新しい人生を生きる運命の恋人同士が、青い地球の上で巡り会うだけで。
それはそれで、きっと正しい在り方だろう。
多分、普通の「運命の恋人」同士は、何度も出会って恋に落ちるけれども、気付きはしない。
前の自分が誰だったのか、恋の相手が前はどういう人間だったのかにも。
(それでも絆はしっかりあるから、この人と生きてゆくんだ、と…)
一目で分かって、また新しい恋の物語を紡ぎ始めて、それが何処までも続いてゆく。
「ハーレイ」と「ブルー」も、前は「そういう恋人同士」で、今が例外なのかもしれない。
前の生で相手に未練を残して、忘れられずに最期を迎えたものだから。
(前の俺が、あいつを忘れていたら…)
前向きに生きる道を選んでいたなら、人生、違っていたのかもな、と前の自分に感謝する。
悲惨な最後だったけれども、前のブルーを「忘れない」ままで生きたから。
最後までブルーを想い続けて、今の自分に恋の続きのバトンを渡してくれたのだから…。
忘れていたら・了
※ハーレイ先生とブルー君。前の生の記憶があるのは、前の生で未練を残したからなのかも。
忘れられないままで最期を迎えたせいで、今も覚えていたのかも、と思うハーレイ先生ですv
最期じゃなくて、最後の方だ、とハーレイがふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
前の自分の「最期」だったら、今の時代は多くの人が知っている。
燃え上がる地球の地の底深くで、前のハーレイの命は尽きた。
(カナリヤの子たちを、皆でシャングリラへ送り出して…)
一緒にフィシスも送り届けたから、ハーレイたちの最期は後の時代まで伝わった。
恐らく、瓦礫の下敷きになって死んでいったのだろう、と。
(そいつは確かに、間違いなくて…)
だから「悲惨な最期だった」と、聞いた人なら誰でも頷く。
ハーレイ自身も、それに異を唱えるつもりなど無い。
けれど、後から思い出してみても、もっと悲惨だという気がするのが「晩年」だった。
人の寿命が尽きる前の頃を指すのが「晩年」だから、晩年と呼んでもいいだろう。
前のハーレイの長い寿命からしても、最後の「悲惨な頃」は充分、晩年と言える。
(…瓦礫に押し潰されて死ぬのは、ほんの一瞬だったが…)
晩年は、もっと長かった。
前のブルーを失くした後に過ごした年月、それが丸ごと「悲惨な」晩年。
なにしろ生ける屍となって、ただ「生きていた」だけだった。
前のブルーが最後に残した言葉の通りに、ジョミーを支えて、白いシャングリラを守っただけ。
ミュウの箱舟を「無事に地球まで運んでゆくこと」、それがブルーが望んだこと。
だから「仕方なく」生きていただけで、魂はとうに死んでいた。
前のブルーがいない世界で生きてゆくことに、何の意味があるというのだろう。
夢も希望も全て失くしていたようなもので、望みは「ブルーに会う」ことだけ。
いつか命が終わる時が来たら、ブルーの許へ旅立てる。
その日が来るまで、生きて生き続けて、白いシャングリラを守り続けるだけの人生。
(…あれに比べたら、死んだことなど…)
悲惨ではなくて、逆に「解放」でもあった。
「これでブルーの許へゆける」と、心は晴れやかだったから。
唇に微かな笑みさえ浮かべて、前の自分は地の底で死んでいったから。
そうしてブルーと何処で出会ったのか、今のハーレイは覚えていない。
長い長い時を飛び越えた先で、再びブルーに「巡り会えた」今を生きている。
まるで奇跡のような話で、実際、ブルーは「聖痕」という奇跡を身体に現わした。
(お蔭で、俺の記憶も戻って…)
とても幸せな毎日だから、前の自分の「悲惨な最後」は、綺麗に帳消しされてしまった。
生ける屍だった時代は、遥か彼方に流れ去ったし、気にしてはいない。
引き摺るつもりも無いのだけれども、もしも「悲惨な時代」が無ければ、どうだったろう。
(…前向きに生きる、って言うからなあ…)
前の自分の残りの人生、それを「前向きに」生きていたなら、全ては変わっていたろうか。
魂が死んでしまわないよう、切り替えて生きていたならば。
(…ブルーを失くして、もう悲しみしか無かったんだが…)
前のブルーが望んでいたのは、「そのように生きる」ことではなかった筈だ。
生まれ変わって来た今のブルーも、何度も「ごめんね」と謝るのだから、そうだろう。
(あいつのことは、キッパリ忘れて…)
「今を生きる」ことに全力集中、それがブルーの望みだったに違いない。
そうでなければ、あんな言葉を残しはしないし、前のハーレイを縛りもしない。
「屍のように生きていけ」などと、前のブルーが言う筈もない。
(…要するに、前の俺が自分で勝手に…)
悲惨な晩年を「作り出した」だけで、その気があったら、結果は違っていただろう。
ジョミーを支えて、ミュウの仲間の相談に乗って、戦略も積極的に立てる充実した生。
それが「キャプテン・ハーレイ」の晩年、自分自身でも「生き生きと」日々を生きてゆく。
(…きっと、ブルーは…)
そっちを望んでいたのだろうな、と思うものだから、情けない。
「前の俺の心が弱すぎたのか」と、溜息までが零れてしまう。
失くした恋人を想い続けて、未練がましく生きていたのが「悲惨な晩年」の正体らしい。
もっと心を強く持てたら、輝かしい晩年になっただろうに。
(…今のあいつにも、うんと自慢が出来るくらいに…)
大活躍をした「キャプテン・ハーレイ」、そういう姿を誇れたと思う。
もっとも、後世まで残る「キャプテン・ハーレイ」の方は、「そういう人物」なのだけど。
生ける屍だったことは「誰も知らないまま」で時が流れて、そうなった。
最後まで「キャプテンらしく」生き続けて、カナリヤの子たちまで助けたのだ、と。
(そりゃまあ、なあ…?)
そうには違いないんだが、と苦笑する。
カナリヤの子たちが泣いているのを発見した時、優しい声で語り掛けて安心させた。
「もう大丈夫だ」と、それは「キャプテン・ハーレイ」らしく。
今にして思えば、あの時、冷静でいられた「自分」は、最期を悟っていたのだろう。
「もうじき死ねる」と、地の底深くで死んでゆくのを確信していて、落ち着いていた。
ブルーの許へと旅立てる時が近いのだから、魂も蘇りつつあったのかもしれない。
じきに自由になれるのだから、と「すっかり、元のハーレイ」になって。
(…そうだったかもな…)
だとすれば、最後は少しは幸せだったのかもな、と可笑しくなる。
悲惨な晩年だったけれども、最後の最後で「ハーレイらしく」生きられたなら。
(…カナリヤの子たちを見付けた時は…)
この子供たちを助けなければ、と前向きな心しかありはしなかった。
「もうすぐ死ねる」と何処かで思って、地の底を目指していたというのに、忘れていた。
前のブルーを追ってゆくことも、追ってゆける時が近付いたことも。
(…するとだな…)
もしも、と思考が別の方へと向いた。
前の自分が「ブルーを忘れて」生きていたなら、どうなったろう、と。
(…前のあいつの望み通りに、綺麗サッパリ…)
引き摺ることなく、きちんと切り替え、前向きに残りを生きていったら、どうなったのか。
(…思い出すことくらいは、あるんだろうが…)
普段は「生き生きと」生きているなら、前のブルーに「未練は無かった」ことになる。
常に追い続けて、想い続けて生きてゆくのとは全く違う。
そうやって生きた「キャプテン・ハーレイ」、その「ハーレイ」が死んだ後にはどうなるか。
(…真っ直ぐ、あいつのいる所まで…)
飛んでゆくのには違いなくても、其処で「おしまい」かもしれない。
やっと出会えて「めでたし、めでたし」、前のブルーとハーレイの恋の物語は終わりになる。
ハッピーエンドで完結するから、その先のことは、もう描かれない。
どんな具合に二人で幸せに暮らしたのかは、昔話や、おとぎ話に「書かれはしない」。
幸せなのに決まっているから、その先などは「もう要らない」。
二人で一緒に暮らしてゆけたら、充分というものだから。
(…そうなるとだな…)
其処で終わっていたんじゃないか、とハーレイは顎に手を当てた。
「今のブルーと、俺の物語は、無かったのかもしれないぞ」と。
大満足のハッピーエンドを迎えたのなら、次の人生を青い地球まで来て続けても…。
(前のことなど、思い出さずに終わっちまって…)
生まれ変わったブルーに会っても、お互い、そうとは気付かないまま。
また巡り会って恋に落ちても、一緒に暮らし始めたとしても。
(絆はあっても、忘れていたら…)
そういうことになっちまうよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
ブルーとの間に「いつまでも切れない」絆があっても、引き摺らなければそうなるだろう。
「前のブルー」にこだわらないなら、物語の続きは「別の形」で描かれてゆく。
青い地球の上に生まれ変わって、ある日、出会って、一目惚れ。
けれど互いに「前の生」など覚えていなくて、最後まで思い出さないまま。
そういう二人になっていたかもしれないわけで、それでも幸せには「違いない」。
互いのことが誰よりも好きで、他の相手など考えられない、似合いのカップルなのだから。
(…神様だって、そっちの方が楽だしなあ…)
あれこれと手配しなくていいし…、と思うものだから、引き摺っていたのが良かったろうか。
生ける屍のようではあっても、前のブルーを「忘れられずに」生きていたことが。
(…前の俺は最後まで、前のあいつを想い続けて…)
カナリヤの子たちを救った後には、またしても「思い出して」いた。
「これでブルーの所へ行ける」と、崩れゆく地球の地の底深くで、夢見るように。
キャプテンの務めは終わったのだから、今度こそ、やっと自由になれる。
魂を縛り付けていた身体が呼吸を止めて、心臓も鼓動を止めたなら。
「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた器が消えたら、魂は飛んでゆけるだろう。
先に逝ってしまった愛おしい人を求めて、真っ直ぐに空を駆けてゆく。
真空の宇宙の更に彼方に、何処までも広がる天を目指して。
(あいつを見付けて、そして抱き締めて…)
もう二度と手を離しはしない、と前の自分は思ったけれども、それから先が問題だった。
ずっと天国で暮らすのだったら、ハッピーエンドの恋は永遠に続くけれども…。
(前のあいつなら、地球が青い星に戻ったことを知ったら…)
行きたがるのに決まっている。
「ハーレイ、一緒に地球へ行こう」と、「何度も約束したじゃないか」と繰り返して。
(そうなった時に、神様が願いを叶えてくれたら…)
青い地球には行けたとしても、記憶は消えてしまうのだろう。
「ブルー」だったことも、「ハーレイ」だったことも、新しい生には何の関係も無い。
神が残してくれる筈がなくて、残るのは互いの絆だけ。
巡り会って恋に落ちるというだけ、一緒に暮らしてゆくだけになる。
「ハーレイ」も「ブルー」も、消えてしまって。
新しい人生を生きる運命の恋人同士が、青い地球の上で巡り会うだけで。
それはそれで、きっと正しい在り方だろう。
多分、普通の「運命の恋人」同士は、何度も出会って恋に落ちるけれども、気付きはしない。
前の自分が誰だったのか、恋の相手が前はどういう人間だったのかにも。
(それでも絆はしっかりあるから、この人と生きてゆくんだ、と…)
一目で分かって、また新しい恋の物語を紡ぎ始めて、それが何処までも続いてゆく。
「ハーレイ」と「ブルー」も、前は「そういう恋人同士」で、今が例外なのかもしれない。
前の生で相手に未練を残して、忘れられずに最期を迎えたものだから。
(前の俺が、あいつを忘れていたら…)
前向きに生きる道を選んでいたなら、人生、違っていたのかもな、と前の自分に感謝する。
悲惨な最後だったけれども、前のブルーを「忘れない」ままで生きたから。
最後までブルーを想い続けて、今の自分に恋の続きのバトンを渡してくれたのだから…。
忘れていたら・了
※ハーレイ先生とブルー君。前の生の記憶があるのは、前の生で未練を残したからなのかも。
忘れられないままで最期を迎えたせいで、今も覚えていたのかも、と思うハーレイ先生ですv
「ねえ、ハーレイ。遠回しよりも…」
ハッキリ言う方がいいのかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 急にどうした?」
友達と何かあったのか、とハーレイはブルーに問い掛けた。
ブルーの質問の内容からして、何かトラブルかもしれない。
仲のいい友達同士だけれども、行き違いでもあったとか。
「そうなんだけど…」
ちょっと困ってるんだよね、とブルーは歯切れが悪い。
表情からして、相手というのは、本当に仲良しなのだろう。
ハーレイにさえも、話していいのか、ためらうほどに。
(分からないでもないんだよなあ…)
まるで告げ口するようで…、とハーレイは心の中で頷く。
子供時代の自分にだって、そういう事件は何度もあった。
なまじ仲のいい友達だけに、出来れば自分で片付けたい。
大人の力を借りたりはせずに、他の友達にも言わないで。
(でもって、当時ってヤツを思い返すと…)
ブルーの問いに対する答えは、自ずと出て来る。
子供時代のハーレイ自身は、どう対応していたのかを。
(大人に言うのは悪いよなあ、って…)
子供心に思うものだから、懸命に一人で頑張った。
他の友達にも相談はせずに、毎日、あれこれ考えてみて。
(…ハッキリ言ったらダメだよな、って思うわけでだ…)
我慢したことも多いけれども、我慢の結果は失敗だった。
元々、行き違いがあったわけだし、黙っていても通じない。
相手も、そうとは気付かないから、そのままになる。
(最終的には、ズレが大きくなりすぎちまって…)
ハーレイの方では我慢していても、相手がそれを感じ取る。
「お前、最近、何か変だぜ?」といった具合に。
(…なまじ我慢と決めてるだけに、そう言われても…)
実は、と即答出来はしないし、行き違いは解消しないまま。
相手も「あいつ、なんだか変だしなあ…」と思い始める。
(そうなっちまうと、遊んでいても…)
前ほど楽しくないものだから、自然と距離が開いてゆく。
何をするにも一緒だったのが、別行動になったりして。
気付けば、「とても仲が良かった」友は、もういない。
別の友達と置き換わっていて、相手にも別の友人が出来て。
何度か、そういう失敗をした。
その失敗から学んだことは、「ハッキリ言う」こと。
相手も、まだまだ子供なのだし、頭に来ても直ぐに忘れる。
「何だよ、お前!」と激怒したって、何日か経てば…。
(…あの時は、つい、カッとしちゃって、と…)
詫びに来てくれて、「ハッキリ言われた」件にも、お詫び。
「ごめん、ちっとも気付いてなかった」と、潔く。
(悪気があって、やってたわけじゃないんだし…)
自分のすることが「気に障るんだ」と分かれば、話は早い。
「これは、しちゃダメ」と二度としないし、円満解決。
友情の方も壊れはしなくて、その後も、ずっと続いてゆく。
とうに大人になった今でも、会ったりもして。
(…しかし、こいつは、今だからこそ…)
ハーレイは「承知している」わけで、当時は「知らない」。
そのせいで何度も失敗した上、その相手だって…。
(同窓会とかで会った時には、「久しぶりだ」と…)
楽しく歓談出来るけれども、それでおしまい。
「またな」と手を振り、別れてゆく。
連絡先を交換したとしたって、そう頻繁には…。
(…連絡しないし、知り合いと変わらないんだよなあ…)
残念だが、と今でも、たまに悔しくなる。
子供時代の失敗を思い返して、「いいヤツなのに」と。
経験を積んだ「ハーレイ」だからこそ、分かること。
ならば、勇気を出して「相談して来た」ブルーにも…。
(此処は教えてやるべきだよな?)
俺を信じてくれているから質問だし、と分かっている。
子供時代の自分にしても、相談しないで済ませたから。
(…ブルーの場合は、前の記憶があるからなあ…)
前の生での相談相手は、相談しやすいことだろう。
キャプテンだったハーレイにしても、恋人にしても。
(よし、お望み通り、アドバイスだ)
今の生での大先輩の立場から、とハーレイは決めた。
ブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めて、「いいか?」と微笑む。
「お前の質問の、答えなんだが…」
「えっと…。もしかして、ぼく、間違ってる?」
言わない方がいいのかな、とブルーは心配そうな顔。
「いや、逆だ。お前が言ってる方が正しい」
俺の経験からしても、とハーレイは肯定してやった。
「ハッキリ言った方がいいぞ」と、自信を持って。
「遠回しだと通じないしな、相手には」と。
「そっか…。だったら、困っているよりも…」
「これは困る、と相手に伝えてやるべきだ」
それで喧嘩になっちまっても、元に戻るぞ、と片目を瞑る。
「遠回しに言って我慢の日々より、ずっといいさ」と。
そうしたら…。
「分かった、それじゃ、ハッキリ言うね!」
前のぼくと同じに扱ってよ、とブルーは笑んだ。
「唇にキスだけじゃなくって、前の通りに!」
ハーレイは「うっ」と言葉に詰まって、我に返って…。
「馬鹿野郎!」
それとコレとは話が違う、と拳を軽くキュッと握った。
ブルーの頭に、一発お見舞いするために。
痛くないようコツンと一発、「お断りだ」とハッキリと…。
遠回しよりも・了
ハッキリ言う方がいいのかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 急にどうした?」
友達と何かあったのか、とハーレイはブルーに問い掛けた。
ブルーの質問の内容からして、何かトラブルかもしれない。
仲のいい友達同士だけれども、行き違いでもあったとか。
「そうなんだけど…」
ちょっと困ってるんだよね、とブルーは歯切れが悪い。
表情からして、相手というのは、本当に仲良しなのだろう。
ハーレイにさえも、話していいのか、ためらうほどに。
(分からないでもないんだよなあ…)
まるで告げ口するようで…、とハーレイは心の中で頷く。
子供時代の自分にだって、そういう事件は何度もあった。
なまじ仲のいい友達だけに、出来れば自分で片付けたい。
大人の力を借りたりはせずに、他の友達にも言わないで。
(でもって、当時ってヤツを思い返すと…)
ブルーの問いに対する答えは、自ずと出て来る。
子供時代のハーレイ自身は、どう対応していたのかを。
(大人に言うのは悪いよなあ、って…)
子供心に思うものだから、懸命に一人で頑張った。
他の友達にも相談はせずに、毎日、あれこれ考えてみて。
(…ハッキリ言ったらダメだよな、って思うわけでだ…)
我慢したことも多いけれども、我慢の結果は失敗だった。
元々、行き違いがあったわけだし、黙っていても通じない。
相手も、そうとは気付かないから、そのままになる。
(最終的には、ズレが大きくなりすぎちまって…)
ハーレイの方では我慢していても、相手がそれを感じ取る。
「お前、最近、何か変だぜ?」といった具合に。
(…なまじ我慢と決めてるだけに、そう言われても…)
実は、と即答出来はしないし、行き違いは解消しないまま。
相手も「あいつ、なんだか変だしなあ…」と思い始める。
(そうなっちまうと、遊んでいても…)
前ほど楽しくないものだから、自然と距離が開いてゆく。
何をするにも一緒だったのが、別行動になったりして。
気付けば、「とても仲が良かった」友は、もういない。
別の友達と置き換わっていて、相手にも別の友人が出来て。
何度か、そういう失敗をした。
その失敗から学んだことは、「ハッキリ言う」こと。
相手も、まだまだ子供なのだし、頭に来ても直ぐに忘れる。
「何だよ、お前!」と激怒したって、何日か経てば…。
(…あの時は、つい、カッとしちゃって、と…)
詫びに来てくれて、「ハッキリ言われた」件にも、お詫び。
「ごめん、ちっとも気付いてなかった」と、潔く。
(悪気があって、やってたわけじゃないんだし…)
自分のすることが「気に障るんだ」と分かれば、話は早い。
「これは、しちゃダメ」と二度としないし、円満解決。
友情の方も壊れはしなくて、その後も、ずっと続いてゆく。
とうに大人になった今でも、会ったりもして。
(…しかし、こいつは、今だからこそ…)
ハーレイは「承知している」わけで、当時は「知らない」。
そのせいで何度も失敗した上、その相手だって…。
(同窓会とかで会った時には、「久しぶりだ」と…)
楽しく歓談出来るけれども、それでおしまい。
「またな」と手を振り、別れてゆく。
連絡先を交換したとしたって、そう頻繁には…。
(…連絡しないし、知り合いと変わらないんだよなあ…)
残念だが、と今でも、たまに悔しくなる。
子供時代の失敗を思い返して、「いいヤツなのに」と。
経験を積んだ「ハーレイ」だからこそ、分かること。
ならば、勇気を出して「相談して来た」ブルーにも…。
(此処は教えてやるべきだよな?)
俺を信じてくれているから質問だし、と分かっている。
子供時代の自分にしても、相談しないで済ませたから。
(…ブルーの場合は、前の記憶があるからなあ…)
前の生での相談相手は、相談しやすいことだろう。
キャプテンだったハーレイにしても、恋人にしても。
(よし、お望み通り、アドバイスだ)
今の生での大先輩の立場から、とハーレイは決めた。
ブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めて、「いいか?」と微笑む。
「お前の質問の、答えなんだが…」
「えっと…。もしかして、ぼく、間違ってる?」
言わない方がいいのかな、とブルーは心配そうな顔。
「いや、逆だ。お前が言ってる方が正しい」
俺の経験からしても、とハーレイは肯定してやった。
「ハッキリ言った方がいいぞ」と、自信を持って。
「遠回しだと通じないしな、相手には」と。
「そっか…。だったら、困っているよりも…」
「これは困る、と相手に伝えてやるべきだ」
それで喧嘩になっちまっても、元に戻るぞ、と片目を瞑る。
「遠回しに言って我慢の日々より、ずっといいさ」と。
そうしたら…。
「分かった、それじゃ、ハッキリ言うね!」
前のぼくと同じに扱ってよ、とブルーは笑んだ。
「唇にキスだけじゃなくって、前の通りに!」
ハーレイは「うっ」と言葉に詰まって、我に返って…。
「馬鹿野郎!」
それとコレとは話が違う、と拳を軽くキュッと握った。
ブルーの頭に、一発お見舞いするために。
痛くないようコツンと一発、「お断りだ」とハッキリと…。
遠回しよりも・了
