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(ハーレイのケチ、なあ…)
 またまた言われちまったぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夜の書斎でコーヒー片手に、チビの恋人を思い返して。
 今日は休日、朝からのんびり歩いて出掛けたブルーの家。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 その名前までが、前と同じに「ブルー」だけれど…。
(すっかり縮んでしまいやがって…)
 今じゃチビだ、と思うのがブルー。
 十四歳にしかならない恋人、今のブルーは自分の教え子。
 前の生で初めて出会った時にも、やはりブルーはチビだった。
 成人検査を受けた時のまま、成長を止めていたブルー。身体も、その身に宿る心も。
(檻の中じゃあ、育っても何もいいことなんか…)
 無かったのだから、そうなったのも無理はないだろう。
 未来も見えない檻で成長してゆくよりかは、「育たない」方へ行ったのも。…無意識の内に。
 だから前の自分も知っている。「チビのブルー」を。
 けれど、アルタミラから逃げ出した後は、ちゃんと育っていったブルー。
 気付けば、気高く美しい人になっていた。
 皆でシャングリラと名付けていた船、あの箱舟にいた誰よりも。
(おまけにソルジャーと来たもんだ)
 ミュウの仲間を導くソルジャー、それが育った後のブルーの立ち位置。
 前の自分はキャプテンだったし、ブルーと恋に落ちた後には、障害だらけ。
 誰にも恋を話せはしなくて、二人、最期まで隠し続けた。
 ブルーはメギドで命尽きるまで、前の自分も地球の地の底で死を迎えるまで。
(しかし、またまた会えたってわけで…)
 青い地球の上で生きて出会えたけれども、子供になってしまったブルー。
 いったい何度言われたことやら、「ハーレイのケチ!」と。


 チビのブルーは、一人前の恋人気取り。
 前のブルーの記憶をそのまま持っているから、そうなっても仕方ないのだけれど。
 また巡り会えた恋の相手に、キスを強請るのも分かるけれども…。
(子供にキスしてどうするんだ、おい)
 今のあいつは中身も子供だ、と知っているから苦笑い。
 縮んでしまったチビに相応しく、今のブルーの心も子供。
 前のブルーが最初の頃にはそうだったように、まるで育っていないのがブルー。
 身体も、其処に宿る心も。
 年相応にチビの子供で、前のブルーの記憶があるだけ。
 なのに分かっていないのがブルー、今の自分がいったいどういう状態なのか。
 子供の自分と前の自分は「すっかり同じ」だと思っているから、何度もキスを強請られる。
 「ぼくにキスして」と言ってくるとか、誘うような目で「キスしてもいいよ?」と言うだとか。
 もちろん、どちらもお断りだし、チビのブルーにキスなどはしない。
 キスをするなら頬と額だけ、そういう約束。
 唇へのキスは、チビのブルーが「前のブルーと同じ背丈に育ってから」。
 それまでは駄目だ、と言い渡した上、何度も何度も叱るのに…。
(ハーレイのケチ、と膨れるからなあ…)
 今日も見事な膨れっ面だ、とブルーの顔を思い出す。
 「ぼくにキスして」と強請って来たから、「俺は子供にキスはしない」と睨んでやった。
 ついでに額をピンと弾いて、「何度言ったら分かるんだ?」とも。
 そうしたら、プウッと膨れたブルー。
 「ハーレイのケチ!」と尖らせた唇、不満そうに膨らませた頬っぺた。
 まるでフグだ、と可笑しくなる顔、愛らしい顔立ちが台無しだけれど。
 プウッと膨れた両の頬っぺた、それをこの手でペシャンと潰してやったなら…。
(そりゃあ素敵にハコフグだってな)
 今の自分が海で出会った、地球の海に棲んでいるハコフグ。
 それを思わせる顔になるのがチビのブルーで、誰が見たって吹き出しそうな顔なのだけれど。
 今日も「ハコフグ」を見たのだけれど…。


 あの顔だって可愛いんだ、と思えるのは恋をしているから。
 膨れっ面でフグなブルーも、膨れっ面を潰された後のハコフグだって。
(あんな顔でも、あいつはあいつで…)
 俺の大事な恋人だから、と言えば誰もが笑うだろう。
 フグでハコフグなブルーなら。…その顔だけを見せられたなら。
 もっとも、膨れる前にしたって、ブルーは子供。
 結婚さえも出来ない年だし、何処から見たって立派に子供。
 「俺の恋人だ」と紹介したなら、大笑いしそうな友人たち。親友も悪友も、飲み友達も。
 きっと涙が出るほど笑って、「なんの冗談だ?」と言われるのだろう。
 いくらブルーが「可愛らしい子」で、「小さなソルジャー・ブルー」でも。
(男なことを抜きにしてもだな…)
 誰も信じちゃくれないだろうさ、と自分でも思うチビの恋人。
 デートなどに連れて行きはしないし、友人たちに紹介する機会はまるで無いのだけれど…。
(紹介したら、大爆笑だぞ)
 冗談なのだと思われて。
 「いずれ結婚するんだが」と言ってみたって、止まらない笑い。
 彼らの言葉が聞こえる気がする、「とんでもない青田買いだよな」と。
 「子供の間に決めちまったら、後で後悔するんじゃないか?」と。
 確かにブルーは「ソルジャー・ブルー」の子供時代にそっくりだけれど、分からない未来。
 まさか「本物」だとは誰も思わないから、きっと心配してくれる。
 「ソルジャー・ブルーを期待するなよ?」と、「子供なんてモンは分からんからな」と。
 今はそっくり同じ姿でも、育ったらまるで別物だとか。
 ソルジャー・ブルーとは似ても似つかない、違う姿に育つだとか。
(俺が、あいつらの立場でもだ…)
 同じに心配するだろう。「大丈夫か?」と。
 ソルジャー・ブルーの子供時代に瓜二つの子に、恋をしている友人のこと。
 今は良くても未来はどうかと、後で後悔しなければいいが、と。


(その心配だけは無いんだがな?)
 チビのブルーが違う姿に育つこと。
 前のブルーとはまるで似ていない顔になるとか、背格好からして違うとか。
 それだけは無い、と分かっているから、ただのんびりと待つのだけれど。
 いつかブルーが大きく育って、「俺の恋人だ」と紹介できる日を待っているけれど。
(…ブルーの方には、その発想は無いからなあ…)
 前とそっくり同じつもりで、一人前の恋人気取り。
 何かといったら「ぼくにキスして」で、「キスしてもいいよ?」と誘いもして。
 キスを断ったら、お決まりの言葉が「ハーレイのケチ!」。
 もうプンプンと膨れてしまって、フグになるのが小さなブルー。
 その頬っぺたを両手で潰してやったら、今度はハコフグ。
(つまりだ、俺の恋人はだな…)
 今の時点ではフグなわけか、とクックッと肩を震わせて笑う。
 「確かに誰にも紹介できんな」と、「フグではなあ…」と。
 チビの子供を紹介したって笑われるけれど、フグならばもっと笑われる。
 「気は確かか?」と瞳を覗き込まれたり、「お前、水族館に勤めてたっけ?」と訊かれたり。
 フグの恋人を紹介したなら、「俺の恋人だ」と言ったなら。
(本物のフグなら、そうなっちまうが…)
 幸いなことに、チビのブルーは「フグになる」だけ。
 「ハーレイのケチ!」と膨れた途端に、愛らしいフグの顔になるだけ。
 プンスカと怒るブルーの姿も可愛いけれども、あのフグやハコフグになったブルーは…。
(…誰にも見せてはやらないってな)
 紹介するとか、それ以前にな…、とこみ上げてくるのが独占欲。
 チビの子供でも、ブルーは自分の恋人だから。
 キスさえ出来ないチビにしたって、前の生から愛し続けた人だから。
(フグのあいつを眺めていいのは、俺だけなんだ)
 ハコフグの方のブルーもな、と宝物のように思うブルー。
 「誰にも見せてやらないんだ」と、「あいつは俺の恋人だから」と。


 いつかブルーが大きくなったら、皆に紹介するけれど。
 結婚式にも呼ぶのだけれども、今のブルーは誰にも見せない。
 「ハーレイのケチ!」と膨れる姿は、フグやハコフグなブルーの顔は。
 前の生では見られなかった、子供らしくて我儘な顔は。
(…前のあいつは、あんな顔なんか…)
 してる余裕さえ無かったんだ、と分かっているから、今しか見られない膨れっ面。
 フグもハコフグも「今だけ」なのだし、誰にも見せずに宝箱に仕舞っておきたい気分。
 前のブルーが焦がれ続けた青い地球の上で、幸せに生きる小さなブルー。
 子供時代を満喫して欲しいから、キスはしないで見守るだけ。
 「ハーレイのケチ!」と言われても。…プンスカ怒って、フグのブルーが出来上がっても。
(うん、俺の大事な宝物だな)
 フグもハコフグも、俺の大切な恋人だから、と零れる笑み。
 「あいつに出会えて良かったよな」と。
 いつかあいつが大きくなったら、今度は結婚出来るんだから、と…。

 

         俺の恋人・了


※「ハーレイのケチ!」と言われてしまった、ハーレイ先生。おまけに膨れっ面のブルー。
 けれど「誰にも見せてやらない」と思う膨れっ面。宝物のような恋人、フグの顔でもv








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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 来てくれるかと思ってたのに、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は学校で少し話しただけの、前の生から愛した恋人。
 生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(ほんのちょっぴり、喋っただけ…)
 学校の廊下でバッタリ出会って、二言、三言といった程度の会話。
 立ち話にさえもなっていなくて、それで別れてしまったハーレイ。
(ハーレイ、「じゃあな」って行っちゃったから…)
 もしかしたら、と弾んだ胸。「今日は帰りに寄ってくれるかも」と。
 あまりにアッサリ行ってしまったハーレイだから。…急ぎの用事も無さそうなのに。
 そんな日も珍しくないのだけれども、期待を抱いてしまった今日。
 学校が終わって家に帰ったら、首を長くして待っていた。
 早く恋人が来てくれないかと、ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと。
(だけど、ハーレイ、来てくれなくて…)
 とても残念、と悲しい気分。
 なまじ期待して待っていたから、余計に寂しい気持ちになる。
 「今日はちょっぴり話をしただけ」と、「もっとゆっくり話せば良かった」と。
 ハーレイが「じゃあな」と行こうとしたって、「待って下さい!」と呼び止めて。
 急がないならもう少し、と立ち話の話題をぶつけたりして。
(質問でもなんでもいいんだから…)
 切っ掛けさえ作れば、始まる会話。ハーレイが足を止めてくれたら。
 最初は本当に、古典の授業についての質問だとしても…。
(そういえばだな、って…)
 別の話をしてくれるのがハーレイだから。きっと分かってくれるから。
 「もっと話したい」という気持ち。「もっと一緒にいたいんだから」と願う心を。


 大失敗、と思う昼間のこと。
 学校の廊下でハーレイと話せば良かったのに、と。
 ほんの少しの立ち話だって、二言、三言で終わってしまった今日よりはマシ。
 相手は「ハーレイ先生」でも。
 恋人同士の会話は無理でも、敬語を使って話すしかない場面でも。
(…ハーレイとお喋りしたかったよ…)
 来てくれないって分かっていたら、と後悔しきりで、けれどとっくに手遅れなこと。
 時計の針を戻せはしないし、学校の廊下に戻れもしないよ、と思っていたら。
 「明日になったら会えるだろう?」と聞こえた声。
 心の中で声が聞こえた、誰かの思念ではない声が。…とても聞き覚えのある声が。
 前のぼくだ、と考えなくても分かること。
 自分の中には、前の自分がいるのだから。
 遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
 今の言葉は、前の自分が紡いだもの。…自分に向けて。
 もっとも、前の自分は今の自分と同じ魂なのだし、これは一種の独り言。
 何かのはずみにヒョイと出てくる、前の自分が紡ぐ声。
(…明日になったら会えるけど…)
 会えるんだけど、と尖らせた唇。
 偉そうに出て来た前の自分は、恋敵のようなものだから。
 チビの自分と全く違って、前のハーレイと本物の恋人同士だったのがソルジャー・ブルー。
(ぼくと違って、余裕たっぷり…)
 ハーレイの恋人なんだものね、と面白くないのが前の自分が出て来たこと。
 「どうせチビだよ」と、「ハーレイと一緒に暮らしてないよ」と。
 前の自分は、夜は必ずハーレイと一緒だったから。
 昼間は別々に過ごしていたって、夜になったら恋人同士。
 ハーレイが青の間を訪ねて来たり、前の自分がキャプテンの部屋に出掛けたり。
 離れ離れで過ごす夜など無かったのだし、腹が立つ。
 「どうせ明日まで会えないよ」と。「ぼくはチビだから、明日まで無理!」と。


 もしも自分がチビでなければ、今頃はきっとハーレイと一緒。
 同じベッドに入っているか、ベッドに行く前の時間を二人で過ごしているか。
(…前のぼくなら、そうなんだから…)
 夜はハーレイと一緒なんだし、ホントに余裕たっぷりだよね、と膨らませる頬。
 ハーレイが側にいてくれるのなら、「明日」など直ぐにやって来るから。
 愛を交わして、寄り添い合って眠った後には、もう次の日が来るのだから。
(…偉そうなことを言ってるけれど…)
 独りぼっちで眠ってみたら、と前の自分に向かって文句。
 「ハーレイのいないベッドで寝たら?」と、「それでも直ぐに明日になるわけ?」と。
 前の自分は、偉そうに言ってくれたから。
 自分がすっかりしょげているのに、「明日になったら会えるだろう?」と。
(独りぼっちのベッドで寝てたら、そんなこと、言えやしないんだから…!)
 ぼくと同じで寂しくなってしまうくせに、とプンスカ怒ってみたけれど。
 「文句があるの?」と前の自分に言い放ったけれど、返った沈黙。
 それから感じた深い悲しみ、まるで泣き出しそうな心も。
(えーっと…?)
 なんで、と傾げてしまった首。
 前の自分も味わったろうか、ハーレイが来ない夜というのを。
 独りぼっちで眠らなければいけない夜は、そんなに寂しいものだったろうか…?
 泣き出しそうになったくらいに、前の自分は悲しい気持ちでベッドで丸くなっただろうか?
(…前のぼく、そんなに泣き虫だっけ…?)
 ソルジャー・ブルーだったんだけど、と前の自分を思い出す。
 ハーレイの前では何度も泣いていたのだけれども、心は強い筈なんだけど、と。
 なにしろ今の時代になっても、称えられるほどの英雄だから。
 ミュウの初代の長だったというだけではなくて、前の自分が全ての始まり。
 平和になった今の時代も、この青い地球も、何もかもが前の自分の功績。
 だから泣き虫は、ハーレイの前だけの筈なのに。
 強い心を持っていたのがソルジャー・ブルー、と本当に不思議なのだけど…。


 大英雄のソルジャー・ブルーが、独りぼっちで眠るくらいで、何故、泣くのだろう?
 悲しい気持ちになるのだろう、と思った所で気が付いた。
(…前のぼく、ホントに独りぼっち…)
 ハーレイは何処にもいなかったっけ、と見詰めた自分の小さな右手。
 前の自分の右手は凍えたのだった。
 最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを落として失くして。
 メギドでキースに撃たれた痛みで、温もりがすっかり消えてしまって。
(…ハーレイとの絆が切れちゃった、って…)
 絆が切れてしまったから、もうハーレイには二度と会えない、と泣きじゃくっていた前の自分。
 シャングリラからは遠く離れたメギドで、独りぼっちで。
 死よりも恐ろしい孤独と絶望、それに包まれて死んでいったのがソルジャー・ブルー。
 ハーレイには二度と会えない場所で。
 …永遠に明日など来ない所で、たった一人で。
 今の自分には、きちんと明日がやって来るのに。
 明日になったらハーレイに会えて、家には来てくれなかったとしても…。
(学校ではちゃんと姿が見られて、運が良かったら立ち話だって…)
 出来るんだっけ、と気付かされた今の自分の幸せ。
 さっきまで膨れていたけれど。
 前の自分の偉そうな言葉に、プンスカ怒っていたのだけれど。
(…ごめんなさい…)
 ホントにごめん、と前の自分に謝った。
 「独りぼっちで寝てみたら?」などと、心無い言葉をぶつけたから。
 前の自分は独りぼっちで、永遠の眠りに落ちてゆくしかなかったのに。
 生まれ変わって幸せな未来が訪れるとは、夢にも思っていなかったのに。
(…ぼくって、我儘…)
 おまけに考え無しのチビ、と反省するしかない状況。
 前の自分は、泣きながら死んでいったのに。
 ハーレイも仲間もいない所で、独りぼっちの死を迎えたのに。


 ごめんなさい、と自分を相手に謝るというのも変だけど。
 前の自分も自分だけれども、酷い言葉を投げたのは事実。
 だから心に流れた悲しみ、泣き出しそうな思いまで。
 前の自分がそれを感じたから、その中で死んでいったから。
 深い悲しみと孤独の記憶が、今の自分の中にあるから。
 …普段は忘れているけれど。今の幸せに慣れてしまって、前の自分に嫉妬したりもするけれど。
(前のぼく、ハーレイと本物の恋人同士だったから…)
 とても羨ましくて妬ましいから、語り合おうとも思わない。
 ウッカリ語り合おうものなら、今の自分はチビだと思い知らされるから。
 「どうせチビだよ」と、「ハーレイとキスも出来ないよ!」と膨れる羽目になるのだから。
 それは嫌だから、背を向けている自分の中の恋敵。
 前のハーレイと本物の恋人同士で、今のハーレイに会ったとしたって…。
(前のぼくなら、直ぐにキスして貰えるんだよ…)
 ちゃんと育った大人だから。…チビの自分とは違うから。
 向き合うと自分が惨めになるから、ついつい背中を向けるのだけれど。
 「あんな風には生きられないよ」と、白旗を掲げるのだけれど…。
(…大失敗…)
 前のぼくの方が、ずっと悲しくて可哀想だっけ、と思い出した「独りぼっち」のこと。
 それに比べたらチビの自分の、今日の寂しい気分なんかは…。
(うんとちっぽけで、比べることも出来なくて…)
 だから文句は言えないよね、と思うけれども、やっぱり悲しい。
 明日はハーレイに会えるけれども、今の自分はチビだから。
 前の自分ほどに強くはないチビ、何かといったら膨れてしまう子供だから。
(…前のぼく、許してくれるよね…?)
 返事は返って来ないけれども、前の自分も自分だから。同じ一つの魂だから…。


(ぼくの中には、前のぼくがいるし…)
 ぼくが幸せなら、前のぼくだって幸せだよね、と浮かべた笑み。
 明日はハーレイに会える筈だし、前の自分も楽しみな筈。
 今の自分は、独りぼっちではないのだから。
 ハーレイと離れることは無いから、いつまでも二人一緒だから。
 チビの自分が大きくなったら結婚できるし、もう離れない。
 それが出来るのは、チビの自分が生まれ変わってハーレイに会えたお蔭だから…。

 

        ぼくの中には・了


※ブルー君が向き合う羽目になってしまった、ソルジャー・ブルー。恋敵だと思っている相手。
 同じ自分なのに嫉妬した挙句、謝るブルー君ですけれど…。それも幸せな今だからこそv






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(今日は会い損なっちまったなあ…)
 学校でちょいと会えただけだ、とハーレイがついた小さな溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は会えずに終わってしまった愛おしい人。
 前の生から愛し続けた恋人、生まれ変わってまた巡り会えた最愛の人。
(会議が長引いちまったから…)
 あいつの家には行きそびれたんだ、と残念な気分。
 会議の予定は知っていたけれど、もっと早くに終わるだろうと思っていたから。
(こうなるんだと分かっていたら、もう少しだな…)
 あいつと話しておけば良かった、と学校で会った恋人を想う。
 廊下で出会って、二言、三言、交わした言葉。
 立ち話とまではいかない程度で、「じゃあな」と別れてしまったけれど。
 今日は家まで会いに行けるし、とブルーと離れてしまったけれども、大失敗。
(あいつには、家に行くとは言ってないから、そうガッカリはしてないだろうが…)
 俺がすっかりガッカリなんだ、とコーヒーを満たしたカップを傾ける。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、「こいつのお蔭で救われるがな」と。
 そうしたら…。
 「いい御身分だな」と聞こえた声。何の前触れもなく、頭の中で。
(…確かにそうだな…)
 いい御身分だ、と思わざるを得ない。
 頭の中で聞こえた声は、思念波などでは無かったから。
 心の声といった所で、けれども自分の心ではなくて、自分の心の一部でもあって…。
(…前の俺から見てみたら、だ…)
 うんと結構な御身分だよな、と思う自分が置かれた状況。
 恋人の家に行きそびれただけで、「すっかりガッカリ」なのだから。
 カップに満たした熱いコーヒー、それのお蔭で「救われるがな」などと思っているのだから。


 自分だけれども、自分とは違う前の自分。
 それが自分の中にいるから、たまにこういうこともある。
 今の自分には当たり前のことに驚かされたり、如何に自分が恵まれているかを知らされたり。
(俺の中には、前の俺が入っているわけで…)
 そっちも俺には違いないが、と考えながらも「おい」と呼び掛けてみた。
 今夜は少し話してみるか、と思ったから。
 小さなブルーと話す代わりに、前の自分と話すのもいい。
 もっとも、前の自分と言っても、魂はまるで同じものだから、多分、一種の独り言。
 自分自身に話し掛けてみて、心の中で語り合うだけ。
 けれど、時には楽しくもある。…相手は自分自身だけれども、違う時代を生きたのだから。
 今の自分とは違う人生、それを生きたのが前の自分だから。
 「いい御身分だと言ってくれたよな?」と返してやったら、「ああ」と答えた前の自分。
「俺はそうだと思うがな? たかがブルーに…」
 会いそびれただけのことだろうが、というのが前の自分の返事。
 遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイと呼ばれた男。
 「けっこうなものを飲んでるじゃないか」とも言われてしまった。
 「そのコーヒーは本物だろう?」と。
 「俺は本物とは殆ど御縁が無かったがな?」と、「コーヒーと言えば代用品だ」と。
「…分かっているさ。キャロブのコーヒーだったことはな」
 白い鯨になった後にはそうだったよな、と頷いて見詰めるカップの中身。
 今では毎日、コーヒーを飲んでいるけれど。
 朝食の時に飲んで出掛けて、夜も寛ぎの一杯だけれど、間違いなく本物のコーヒー。
 豆から挽いたりすることもあるし、正真正銘、コーヒー豆。
 けれども、前の自分は違った。
 自給自足で生きてゆく船、白いシャングリラが出来上がってからは。
 コーヒーはキャロブ、イナゴ豆で出来た代用品。
 それまでの船なら、前のブルーが人類の船から奪った本物だったのだけれど。
 今と同じにコーヒー豆から出来たコーヒー、本物を愛飲したのだけれど。


 そんな具合だから、前の自分に「いい御身分だ」と笑われる。
 ガッカリしている理由を笑われ、そのガッカリを癒すコーヒーを「けっこうなものだ」と。
(…お前さんには、勝てやしないんだ…)
 あらゆる意味でな、と白旗を掲げるしかない、前の自分という男。
 今の自分よりも遥かに過酷な人生を生きて、それをものともしなかった男。
 船だけが全ての世界にいてさえ、前の自分は幸せに生きた。
 前のブルーと長い時間を、最初は友達同士として。
 恋だと互いに気付いた後には、恋人同士の二人として。
「…どうせ、今の俺のガッカリなんかはだな…」
 お前さんから見れば些細なことに過ぎないんだろ、と零した愚痴。
 「ブルーは生きているんだから」と、「それに、学校では会えたんだしな?」と。
 もう間違いなく、前の自分には「けっこうすぎる」今の自分の立場。
 前の自分は、ブルーを失くしてしまったから。
 誰よりも愛した人を失くして、独りぼっちで地球までの道を生きたのだから。
「そう愚痴らんでもいいだろう。いい御身分だとは思うがな」
 お前さんにとっては、それも立派なガッカリだから、と返った言葉。
 「幸せに生きてりゃ、それに見合ったガッカリってヤツも来るもんだ」と。
 「俺には俺のガッカリがあったし、お前さんにはお前の分が」と。
 そう言われるから、「敵わない」と思うキャプテン・ハーレイ。
 今の自分より、ずっと器が大きい男。
 ブルーの家には行けなかった程度で、ガッカリしたりはしないのだろう。
 もっと前向きに考えるだろうし、憩いのコーヒーがキャロブの代用品でも…。
(あいつなら充分、満足なんだ…)
 本物のコーヒーがあった時代を、未練がましく振り返りはしない。
 「もう一度、美味い本物を飲みたいもんだ」と考えるような男でもない。
 常に前だけを見ていた男で、ブルーを失くしてしまった後も…。
(真っ直ぐに地球だけを見ていやがった…)
 キャプテンだから、と自分を捨てて。魂はとうに死んでいたって、目指した地球。


 「お前さんには敵わんよ」と改めて思うし、降参するだけ。
 「俺はけっこうな御身分だから」と、「すっかり柔になっちまった」と。
 こんな俺など可笑しいだろうと、「お前さんから見たら、つまらん男だよな?」と。
「どうなんだか…。それも必要だと思うんだがな?」
 今はそういう時代だろう、と大らかに笑う心を感じる。前の自分の。
 「時代に合わせて変わるもんだ」と、「お前さんには今の生き方が似合いなんだ」と。
 そうだろう、と畳み掛ける声。
 「ブルーもすっかり変わった筈だぞ」と、「それに合わせて変わらないとな?」と。
 前と同じに生きていたのでは、今のブルーが途惑うだけ。
 平和な時代に生まれたブルーが、幸せ一杯の子供時代を満喫している恋人が。
(…そうか、ブルーなあ…)
 前の俺のままだと困るかもな、という気がして来た。
 何かといえば膨れっ面で、我儘にもなる小さなブルー。
 キャプテン・ハーレイだった頃のままなら、今のブルーをどう扱えばいいのだろう?
(甘やかし方は多分、分かるんだろうが…)
 分かるというだけ、白いシャングリラの養育部門の子供を相手にするのと同じ。
 膨れていたなら、「どうした?」と事情を尋ねてやったり、問題の解決に手を貸してみたり。
(今の俺だと、あいつの頬っぺた…)
 両手でペシャンと潰したりもする。膨れっ面の理由によっては、笑いながら。
 そうして頬っぺたを潰した後には、「ハコフグだな」などと言ったりもして。
 頬っぺたを押し潰されてしまったブルーは、今の自分が海で出会ったハコフグに…。
(可笑しいくらいにそっくりなんだ)
 元はブルーの顔なんだがな、と思い出してみる「ハコフグ」のブルー。
 「酷いよ、ハーレイ!」とプンスカ怒って、抗議してくる小さなブルー。
 前の自分が今のブルーの相手をしたって、そうはいかない。
 きっと大真面目に話を聞くとか、叱るにしたって筋道を立てて…。
(分かって下さい、とやりそうだよな?)
 頬っぺたを潰して笑う代わりに、ハコフグのブルーを作る代わりに。


 なるほどなあ…、と思わされたこと。
 今の自分はちっぽけだけれど、前の自分に敵わないけれど。
 それは時代に合わせた変化で、恋人のためにもなる変化。
 キャプテン・ハーレイのままでいたなら、きっとブルーは困るから。
 前の自分のように振舞っても、困った顔になるだろうから。
(俺はこのままでいいってか…)
 けっこうな御身分の俺のままで、と心で訊いたら、「そうだな」と前の自分が笑う。
 「お前さんにはそれが似合いだ」と、「ブルーを大事にしてやれよ」と。
 言われなくても、今の自分はそのために生きてゆくのだから…。
 「大事にするさ」と余裕たっぷり、この点だけは前の自分に負けない。
 それどころか俺の大勝利だぞ、と溢れる自信。
 今度は結婚できるのだから、ブルーを守ってゆけるのだから。
(俺の中には、前の俺だっているんだが…)
 前の俺の分まで大事にせんと、と思う恋人。
 キャプテン・ハーレイにもそう言われたから、ブルーは自分の大切な宝物だから…。

 

        俺の中には・了


※キャプテン・ハーレイと語り合ってみたハーレイ先生。前に比べて、けっこうな御身分。
 けれども、今の時代にお似合い。ブルーのためにもなるんだしな、と自信満々な結末ですv







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(今日はハーレイ、来てくれなかったんだけど…)
 学校でお別れだったんだけど、とブルーが思い浮かべた恋人。
 お風呂上りにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は訪ねて来てくれなかったハーレイ、前の生から愛し続けた愛おしい人。
 今は学校の教師だけれど。自分は教え子なのだけど。
 そのハーレイと帰りに出会った。
 授業が終わった後の放課後、家に帰ろうと歩いていたら。
 「ハーレイ先生!」と弾んだ心で呼び掛けた自分。
 少し立ち話は出来たけれども、最初に「すまん」と謝られた。
 「今日はこれから会議があってな」と、「長引くだろうし、お前の家には行けないんだ」と。
 残念だった、その言葉。今日は家では会えないのだ、と顔を曇らせたけれど。
(でも、ハーレイは謝ってくれたし…)
 それに自分も、こうして最初から聞かされていたらガッカリしない。
 家で何度も時計を眺めて、「来てくれるかな?」と待った挙句に、日暮れになってしまうより。
 だからハーレイに、「ぼくはかまいません」と元気に答えた。
 「じっと待ってるより、こうして予定を聞いた方がずっといいですから」と。
 やせ我慢ではなくて、本当のこと。
 そう告げた後は、じきに別れたハーレイ。
 会議の前には柔道部に顔を出すのだろうし、きっと急いでいるだろうから。
 此処で引き留めたら、ハーレイに申し訳ないから。
 「それじゃ、先生、さようなら!」とペコリとお辞儀で、門へと歩き出したのだけれど。
 ハーレイの方でも、「気を付けて帰れよ」と軽く手を振ってくれたのだけれど。
(…歩き始めてから、振り返ったら…)
 まだ同じ場所にいたハーレイ。
 とうに背中を向けているかと思ったのに。
 大股で歩くスピードも速いのだから、もういないかとも考えたのに。


 最初は「あれ?」と傾げた首。「まだいるの?」と。
 けれど見送ってくれているのだし、もう一度ピョコンと頭を下げた。
 「さようなら」と、「もう行ってくれていいですよ」と。
 学校の中では「ハーレイ先生」、お辞儀するなら心の中でも言葉は敬語。
 また歩き出して、暫く歩いて振り返ったら、まだハーレイは其処にいた。
 ほんの少しも動きはしないで、さっきと全く同じ所に。
 笑みまで浮かべて振ってくれる手。「早く帰れよ?」というように。
(そんなに時間があるんだったら、ぼくと話してくれてても…)
 よかったのに、と思ったけれども、直ぐに気付いた。
 そうではないということに。
 きっと急いでいるだろうハーレイ、会議が始まる前に柔道部に行っておこうと。
 今日の放課後の練習内容、それを伝えたり、様子を見たりするために。
(だけど、見送り…)
 せっかく出会えたのだから、と見送ってくれているのだろう。
 学校の中では教え子だけれど、自分はハーレイの恋人だから。
 時間が許す限りは此処でと、帰ってゆく自分の後ろ姿を。
 そう思ったから、何度も振り返っては頭を下げた。
 ハーレイはやっぱり動かないまま、こちらに大きく振ってくれる手。
 それが嬉しくて、名残惜しくて…。
(何回も後ろ、見てはお辞儀で…)
 学校の門まで辿り着いても、ハーレイは同じ場所にいた。
 もう表情は見えないけれども、優しい笑顔なのだろう。
 「さよなら」と「気を付けて帰るんだぞ?」という風に、こちらへ振られている手。
 応えて自分も「さよなら」とお辞儀、門の外へと踏み出した。
 もうハーレイとはお別れだけれど、これだけ手を振って貰えれば充分。
 とても幸せな気分で帰れた、今日の学校。
 ハーレイとは其処でお別れでも。
 家に帰って待っていたって、ハーレイは来てくれない日でも。


 ハーレイが家に来られない日は、いつもこうだといいのにね、と思ってしまう。
 先生と生徒の二人でいいから、見送って貰って出てゆく校門。
 門までの間に何度後ろを振り返っても、消えてはいないハーレイの姿。
(…あの後、走って行っただろうけど…)
 ハーレイのことだから、大急ぎで柔道部の方へ。
 校門を出た恋人の姿が見えなくなったら、「遅くなっちまった」と全力疾走。
 その姿が目に浮かぶようだから、もう幸せでたまらない。
 学校では「ハーレイ先生」だけれど、ハーレイはちゃんと恋人だから。
 帰ってゆくのを、最後まできちんと見送り続けてくれたのだから。
(とっても幸せ…)
 ハーレイに見送って貰えるなんて、と思った所で掠めた記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分に起こったこと。
(…あの時も、ハーレイ、見送ってたんだ…)
 ぼくは振り返っていないけれど、と気付いた前のハーレイとの別れ。
 白いシャングリラを後にする前、ブリッジでハーレイに別れを告げた。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と、ハーレイだけに思念で伝えて。
 声に出したのは「頼んだよ、ハーレイ」で、他の者たちには決して気付かれないように。
 自分が二度と戻らないこと、死に赴くという決意を。
(…ハーレイ、なんにも言わなかったけど…)
 きっと自分の意を汲み取ったから、言葉は何も無かったけれど。
 あの時、ハーレイの心の中では、激しい葛藤があったのだろう。
 そうでなければ、ただ呆然としていたか。
(ぼくを止めなきゃ、って思っても…)
 キャプテンにそれは許されないし、ソルジャーの意にも背くこと。
 恋人が死ぬと分かっていても、引き留められなかった前のハーレイ。
 どんな顔をして立っていたのか、その表情はどうだったのか。
 前の自分は見ていない。
 振り向くことはしなかったから。…それをしたなら、足が止まってしまうから。


 あれがハーレイとの別れ。
 最後になると分かっていたから、もう振り返れはしなかった。
 ハーレイの顔を見てしまったら、きっと心が挫けてしまう。
 そう思ったから、振り返りもせずに出て行った。
 平静なふりを装って。…「すぐに帰る」というふりをして。
(ハーレイ、見送ってくれていたのに…)
 振り返る勇気を持たなかった自分。
 引き留めたくなるだろうハーレイの心を、嫌というほど知っていたから。
 ハーレイを何度も見送っていたから、自分は見送る方だったから。
(…朝になったら、ハーレイはブリッジ…)
 前のハーレイと夜を過ごして、朝になったら恋人同士の時間は終わり。
 ハーレイはキャプテンに戻ってしまって、自分もソルジャー・ブルーに戻る。
 そしてハーレイはブリッジへ。
 「失礼します」とキャプテンの貌で、前の自分に別れを告げて。
(…用事も無いのに、呼び止めたりして…)
 甘えた朝も何度もあった。「ちょっと呼んでみただけなんだよ」と。
 青の間のスロープを下りてゆくハーレイ、去ってゆく背中を見送りながら。
 背中に揺れる短いマントを、掴んで止めたい気持ちを抱いて。
(追い掛けてギュッと掴んじゃったら…)
 ハーレイは困るだろうけれども、けして振り払いはしないだろう。
 「どうなさいました?」と笑顔を向けて、「もう少し此処にいましょうか?」と。
 少しくらいの遅刻だったら、何とでも言い訳出来るから。
 きっとハーレイならそうするだろうし、「してはならない」と思った引き留めること。
 朝になったらソルジャーとキャプテン、そういう恋人同士だから。
 誰にも秘密で、知られては駄目な恋だから。
(ハーレイだって、きっとおんなじ…)
 引き留めたいに決まっているから、瞳にあるだろうハーレイの想い。
 それに気付いたら動けないから、前の自分は振り返らないで去ったのだった。


 振り向いていない、と思い出した前の自分のこと。
 前のハーレイとの最後の別れは、けして振り返りはしないまま。
(…ハーレイの背中、何度も見送っていたんだから…)
 朝にブリッジへ出掛けるハーレイ、愛おしい人が見せる背中を。
 夜には戻ると分かっていたって、引き留めたくなってしまう背中を。
 ハーレイもそれと同じなのだ、と分かっていたから振り返らないままで別れた自分。
 振り向いて心が挫けたならば、シャングリラはきっとおしまいだから。
 自分が命を捨てなかったら、白い箱舟は地球に着けないから。
(…そうだったっけね…)
 ハーレイに酷いことをしちゃった、と思わないでもないけれど。
 前のハーレイも今日のハーレイがそうだったように、見送っていたのだろうけれど。
(ぼくは見送られる方がいいかな…)
 ハーレイの背中を見送るよりかは、自分が見送られる方がいい。
 それが別れでないのなら。
 前の自分がそうだったように、見送られた後は永遠の別れが来るというわけではないのなら。
(今日のぼくは、とっても幸せだったし…)
 振り返る度に手を振ってくれた、優しくて温かな心の恋人。
 前のハーレイもそうだったけれど、何度も背中を見送ったけれど…。
(…君の背中を見送るよりは…)
 断然、見送られる方がいいよ、と零れる笑み。
 見送って貰う方の立場なら、とても幸せで満足だから。
 「行かないでよ」と寂しさを堪えて見送るよりかは、見送られる方でいたいから。
 その方が自分はきっと幸せ、今日の自分が幸せなように。
 見送られてもまた明日は会えるし、二度と会えない別れなどはけして来ないのだから…。

 

         君の背中・了


※ハーレイ先生に見送って貰ったブルー君。幸せな気持ちで出て来た学校の門。
 前の自分も見送らせたことを思い出したら、見送られる方がいいようです。ちょっと我儘v






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(今日のあいつは後ろ姿、と…)
 それでお別れだったっけな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 夜の書斎でコーヒー片手に、頭に描いた小さなブルー。
 今日はブルーの家に寄れなくて、学校から真っすぐ帰って来た家。
 「こういう日には…」と買い出しなどはしたのだけれど。
 最初から決まっていた会議。中身からして、長引きそうだということも。
 だから帰りにブルーの家には出掛けられない、そういう日。
(そしたら、あいつに会っちまってだ…)
 授業が終わった後の放課後、バッタリ出会ってしまったブルー。
 会議の前に柔道部に顔を出しておこう、と歩いていたら。
 「ハーレイ先生!」とブルーの笑顔が弾けたけれども、今日は家には行けないから…。
 ほんの僅かな立ち話。
 まずは「すまん」と謝ってから。
 「今日はお前の家には行けん」と、「これから会議があるもんでな」と。
 ブルーの顔は曇ったけれども、健気に「いいえ」と答えてくれた。
 「先生の用事が大切ですから」と、「それに、ぼくならかまいません」とも。
 来られないことが分かっているなら、もう充分だと微笑んだブルー。
 「今日は待たなくていいですから」と、「ガッカリすることもないですから」と。
 いつもはひたすら待っているらしい、愛おしい人。
 もうすぐ訪ねて来てくれるかと、何度も窓の方を眺めて。チャイムの音にも耳を澄ませて。
 予定があると分かっているなら、今日のブルーは待たなくていい。
 残念だとは思うけれども、後で「来なかった…」と肩を落とすより、よっぽどいい、と。
 そう話してから、「それじゃ、先生、さようなら!」とブルーはペコリと頭を下げた。
 「柔道部の方に行かれるんですよね」と、「引き留めてすみませんでした」と。
 それに応えて「おう、気を付けて帰れよ」と軽く振ってやった手。
 帰ってゆくブルーを見送った。たまに後ろを振り返るのを。


 本当だったら、柔道部に急ぐのだけれど。
 せっかくブルーに出会えたのだし、今日はもうこれでお別れだから…。
(あいつの姿が見えなくなるまで…)
 見送りたいと思ったのだった、小さな背中を。
 振り返っては、「もういいですよ」という風に頭を下げるブルーを。
 通学鞄を提げたブルーは、校門の方へと歩き続けて、門の所でまた振り返った。
 きっと目が丸くなっていたろう、「なんでハーレイ、まだいるわけ?」と。
 急いでいるんじゃなかったのかと、それならもっと話していれば良かったかも、と。
(生憎と、そうじゃないってな)
 ブルーと立ち話が長く続いても、結果はやはり同じこと。
 今日はこれでもう会えない恋人、見送りたくもなるというもの。
 小さな後ろ姿でも。
 どんどん遠くなる背中でも、門の所では表情さえも分からなくても。
(早く帰れよ、って…)
 大きく振った手、ブルーもお辞儀して出て行った。…門の外へと。
(だから最後は後ろ姿で…)
 ブルーの顔は見ていない。
 いくらブルーがこちらの方を気にしていたって、後ずさりでは出てゆけないから。
 こちらに顔を向けたままでは、とても門から出られないから。
(…そういうお辞儀もあったらしいがな?)
 人間が地球しか知らなかった頃の、王侯貴族の間の作法。
 王や王妃に背中を向けては失礼だから、と後ずさりながら部屋を出てゆく。
 上手く出来ないと転んでしまうし、貴族たちには必須の練習。
(特にイギリスのレディーだったか?)
 社交界デビューに向けての特訓、ドレスにくっついた長いトレーンを踏まないように…。
(後ろは見ないで、前を向いたままで…)
 お辞儀した後は後ずさり。
 失敗したなら恥になるから、来る日も来る日も猛特訓で。


 けれど、そういう貴族とは違う小さなブルー。
 後ずさりで出てゆく作法があった時代のことすら、きっと知らない。
 それに自分も王ではないから、「俺に背中を向けるヤツがあるか!」と怒りもしない。
 ブルーが背中をこちらに向けて、「さよなら」と門を出て行っても。
 門の向こうへ消えた背中を見送れただけで、充分、満足。
(あいつを見送った後は、体育館まで…)
 突っ走る羽目になったけれども、気にしない。
 ブルーを見送ることが大事で、そういう気分だったのだから。
(でもって、今日は背中にお別れ…)
 最後に見たのは後ろ姿だ、と思った所で掠めた思い。
 遠く遥かな時の彼方で、自分はそれを見送ったのだ、と。
 これが最後だとブルーの背中を、今よりも大きかった背中を。
(大きいと言っても、俺よりはずっと華奢だったがな…)
 前の自分が愛した恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人。
 去ってゆく背中を、ただ呆然と見送っていた。
 多分、自分の表情は普通だったろうけれど。普段通りの筈だったけれど。
(キャプテンの俺が動揺しちまっていたら…)
 ブルーの思いが無駄になるから、平静なふりを装った。
 けれども心の中は空っぽ、あるいは凍り付いたよう。
 ブリッジを出てゆくブルーの背中を、自分は二度と見られないから。
 違う場所でも見られはしないし、二度とブルーに会えないから。
(…頼んだよ、と来たもんだ…)
 ブルーが声に出した言葉は、たったそれだけ。「頼んだよ、ハーレイ」と。
 だから仲間は何も知らない、ブルーが何処へ行くのかも。
(あいつ、死ぬつもりだったのに…)
 それを微塵も見せずにいたから、ブリッジの仲間は騙された。
 「ジョミーとナスカに行くだけなのだ」と、「残った仲間を説得しに」と。


 皆は騙され、ジョミーも疑わなかったけれども、前の自分は知っていた。
 ブルーが死にに行くということ、二度と戻りはしないことを。
(俺だけにコッソリ伝えやがって…)
 なんという残酷な仕打ちだろうか、恋人が死に赴く姿を見送らせるとは。
 ソルジャーだったブルーらしいと思うけれども、恋人としては酷すぎる別れ。
 腕を掴んで引き留めたいのに、そうすることは出来ないから。
 ブルーの背中が遠くなるのを、ただ見ているしかなかったから。
(まったく、あいつは…)
 なんてヤツだ、と思い出しても辛くなる。
 「俺の気持ちも考えないで」と、「あいつらしいとは思うんだがな」と。
 よくも耐えた、と前の自分の心の強さにも呆れるばかり。
 取り乱しもせずに見送ったから。…「ソルジャー!」と呼び止めさえせずに。
 一言、声を掛けていたなら、きっとブルーは振り返ったろうに。
 「なんだい?」と、「ハーレイ、ぼくに用事でも?」と。
 呼び止めていたら、聞けたろう声。
 もう一度、見られただろう顔。
 誰よりも愛した人の表情、それが偽りの笑みだったとしても…。
(見ることくらいは出来たんだ…)
 これで最後だ、と自分の瞳に焼き付けること。
 ブリッジの誰が気付かなくても、ブルーの顔には「さよなら」の笑みが浮かんでいても。
(あいつだったら、笑うくらいは…)
 きっとしたのだ、と思うソルジャー・ブルー。
 船の仲間を騙すためなら、最後に笑うことだって。「すぐ戻るよ」と嘘をつくことも。
 けれど、呼び止めなかった自分。
 もしも呼び止めたら、抑えが利かなくなるだろうから。
 キャプテンの立場をすっかり忘れて、「いけません!」と叫ぶだろう自分。
 「このシャングリラに残って下さい」と、「そのお身体では外出禁止です!」と。


 決してしてはならないこと。
 前のブルーが残した言葉と、意に背くこと。
(…だから見送るしかなくて…)
 動けないまま、声も出せずに前のブルーを見送った。
 二度と戻りはしない恋人、その人がこちらに向けた背中を。
 死へと赴く人の背中が、紫のマントが消えてゆくのを。
(…あの時も背中だったんだ…)
 俺が最後に見ていたブルーは後ろ姿だ、と蘇った記憶。
 今日のブルーと全く同じに、前のブルーは後ろ姿で自分の前から永遠に消えた。
 白いシャングリラに戻りはしないで、メギドへと飛んで。
 それきり失くした愛おしい人、もう戻っては来なかったブルー。
(…そいつを思えば、今の俺はだな…)
 なんて幸せ者なんだ、と零れた笑み。
 今日もブルーを見送ったけれど、小さな背中だったのだけれど。
 それが別れになったけれども、ブルーは家に帰っただけ。
 明日になったらまた会えるのだし、いつかは二人、結婚式を挙げて…。
(一緒に暮らせるんだしな?)
 同じ背中でも大違いだ、と思う自分が見送った背中。
 「あいつの背中には違いないんだが、前のあいつとは違うしな?」と。
 後ろ姿で消えて行っても、ブルーは自分の家に帰っただけなんだから、と…。

 

        あいつの背中・了


※ハーレイ先生が見送った、ブルー君の背中。名残惜しくて見送り続けたようですけれど…。
 前のハーレイも同じに見送ったブルー。同じ背中でも、今は幸せに見送れますよねv






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