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(ハーレイのケチ…)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが来てくれたけれど、二人でゆっくり過ごしたけれど。
(うんと幸せだったから…)
 もっと幸せになってみたくて、ハーレイにキスを強請ってみた。
 膝の上に座って甘えるついでに、「ぼくにキスして」と。
 頬や額へのキスと違って、唇へのキス。
 恋人同士でキスをするなら、そういうキスになるのだから。
 唇にキスを貰えるもので、贈って貰える筈なのだから。
 けれど、やっぱり断られたキス。「俺は子供にキスはしない」と。
 キスをするなら頬と額だけ、唇へのキスは前とそっくり同じ背丈に育ってから。
 「それまでは駄目だと言っているよな?」と叱られた上に、睨まれた。
 何度言ったら分かるんだ、と立派に子供扱いで。
(…ハーレイ、いつもああなんだから…!)
 分かっているから、余計にカチンと来てしまう。「子供扱いされちゃった」と。
 確かに自分はチビだけれども、ちゃんとハーレイの恋人なのに。
 青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイと恋をしているのに。
 前の自分の恋の続きを生きているのに、いつも貰えない唇へのキス。
 「ぼくにキスして」と強請ってみたって、「キスしてもいいよ?」と誘い掛けたって。
 ケチなハーレイはキスをくれずに、鳶色の瞳で睨むだけ。
 「お前、まだまだ子供だろうが」と。
 十四歳にしかならない子供で、キスをするには早すぎる年。
 だからキスなどしてやらない、と言うのがハーレイ。
 今日も断られて、叱られたから膨れてやった。「ハーレイのケチ!」と。


 プンスカ怒って膨れてやっても、ハーレイはいつも涼しい顔。
 困る代わりに余裕たっぷり、「好きなだけ其処で膨れていろ」と。
 「フグみたいに膨れた顔をしてろ」と、「俺は少しも困らないから」と。
 そして実際、困らないのがケチな恋人。
 膨れっ面をして睨んでいたって、「俺は知らんな」と何処吹く風。
 紅茶のカップを傾けてみたり、「美味いが、お前は食わないのか?」とケーキを頬張ったり。
 膨れっ面を保つためには、どちらも出来はしないから。
 紅茶を飲んだらへこむ頬っぺた、ケーキをフォークで口に運んでも…。
(膨れたままだと、噛めないんだよ!)
 モグモグしたなら、頬っぺたはへこんでしまうから。
 リスが頬袋に溜めるみたいに、膨れたままではいられないから。
(…頬袋だって、食べる時にはへこむんだもの…)
 可愛らしいリスが頬っぺたに沢山詰め込む木の実は、それを持ち運ぶためだから。
 美味しい木の実を後でゆっくり食べるためにと、両の頬っぺたに詰めるのだから。
(詰めたままだと、食べられないしね?)
 幾つも詰めた、ドングリなどは。
 頬っぺたに仕舞っておいたままでは、どう考えても食べられはしない。
 それとは少し違うけれども、自分がプウッと膨れている時。
 ケーキを食べようと頑張ってみても、膨れたままだと口に入れるのが精一杯。
 味わうために噛もうとしたなら、途端にへこむだろう頬っぺた。
 どんなに努力してみても。
 へこまないように保とうとしても、モグモグ噛んだらそれでおしまい。
(そうなっちゃうから、食べられなくて…)
 ケーキは無理だし、紅茶も飲めない。
 それを承知で苛めてくるのが、「キスは駄目だ」と叱ったハーレイ。
 「今日のケーキも美味いのにな?」と。
 「お母さんのケーキは実に美味いが、お前、食べたくないんだな?」などと。
 ケーキを食べたら膨れっ面が駄目になるのに、だから食べずに膨れているのに。


 今日もそうやって苛めたハーレイ。
 膨れっ面をした自分の前で、「美味いんだがな?」と頬張ったケーキ。
 「紅茶とも良く合うんだ、これが」と、「お前は食いたくないようだが」と。
 食べられない理由は、ハーレイも百も承知のくせに。
 膨れっ面を保ちたかったら、ケーキも紅茶も無理なこと。
(…リスの頬袋とおんなじだってば…!)
 ハーレイが言うには「フグ」だけれども、頬っぺたの仕組みはリスとおんなじ。
 プウッと膨れていたいのだったら、美味しい餌は食べないこと。
 リスの頬袋も、自分が膨らませている頬っぺたの方も、食べる時にはへこむのだから。
 そういう仕組みを承知の上で苛めるハーレイ、「食べないのか?」と。
 ケーキを食べたら、頬っぺたはへこんでしまうのに。
 紅茶を飲んでも同じにへこんで、膨れっ面は消えてしまうのに。
(…知ってるくせして、苛めるんだよ…)
 頬っぺたを両手で潰されることもあるけれど。
 とても大きな褐色の手で挟んで潰して、「ハコフグだよな」と笑われる日もあるけれど。
 今日は頬っぺたを潰しはしないで、見物していたケチな恋人。
 「お前は好きなだけ膨れていろ」と、「俺だって好きにするからな?」と。
 ニヤニヤ笑って、紅茶にケーキ。「美味いんだがな?」と。
 欲しくないなら食べなくていいと、「俺だけ好きに食べるから」と。
 挙句の果てに、「要らないのか?」とハーレイが指差したケーキのお皿。
 もちろんハーレイのお皿ではなくて、膨れていた自分の前のもの。
 「要らないんなら、俺が貰うが」と、「俺は何個でも食えるしな?」と。
 大きな身体のハーレイだったら、本当にそう。
 チビの自分は二つも食べたら、お腹一杯になるけれど。
 下手をしたなら、夕食も入らなくなってしまうけれども、ハーレイは違う。
 ケーキの二個や三個くらいは軽いもの。
 だから慌ててケーキを守った、「ぼくのだから!」と。
 「あげないからね」と、「ぼくのケーキまで盗らないでよ!」と。


 そう叫んだら、へこんだ頬っぺた。
 膨れっ面を保ったままでは、けして叫べはしないから。
 リスの頬袋も、仲間に助けを求める時なら、きっとペシャンとへこむから。
(ドングリとかは、吐き出しちゃって…)
 それから助けを呼びそうなリス。あんな頬っぺたでは叫べない。
 ケーキを守った自分も同じで、一瞬で消えた膨れっ面。
 もう一度膨れてみようとしたって、きっとハーレイに笑われるだけ。
 「その頬っぺたでは食えんだろう?」と。
 代わりに食ってやるから寄越せと、「美味いケーキは大歓迎だ」と。
(キスもくれないハーレイなんかに、ぼくのケーキはあげないんだから…!)
 もっと優しいハーレイだったら考えるけど、と思い出して唇を尖らせる。
 「ホントに酷い」と、「今日もやっぱりケチだったよ」と。
 唇にキスをくれないハーレイ、おまけに恋人を苛めてくれた。
 プンスカ怒って膨れているのに、涼しい顔で紅茶やケーキを頬張って。
 自分のケーキを食べてしまったら、「要らないのか?」とケーキを盗ろうとして。
 それで崩れた膨れっ面まで、可笑しそうに笑っていたハーレイ。
 「フグの時間はおしまいか?」と。
 「今日は営業終了なのか」と、「フグは何処かに消えちまったな」と。
 キスもくれないケチな恋人、その上、苛める酷い恋人。
 もうプンプンと怒ったけれども、膨れてみたって無駄だから…。
(ぼくが降参しておしまい…)
 いつもと少しも変わらないよ、と悔しい気分。
 唇へのキスを貰い損ねて、ケチな恋人にオモチャにされる。
 フグ呼ばわりの末にハコフグにされたり、ケーキを奪われそうになったり。
 なんとも酷いケチな恋人、もう溜息しか出て来ない。
 「前のぼくなら、キス出来たのに」と。
 頼まなくてもキスが貰えたし、キスのその先のことだって。


 今のハーレイはホントに酷い、と膨れたけれど。
 本当にケチになっちゃった、と思うけれども、そのハーレイ。
(…今のハーレイなんだから…)
 前のハーレイとは違って当然、と考えた所で気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと別れた自分。
 白いシャングリラからメギドへと飛んで、二度と戻りはしなかった自分。
(…前のぼく、メギドで独りぼっちで…)
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまった。
 銃で何発も撃たれた痛みで、いつの間にやら消えてしまって。
 何処にも残っていなかった温もり、冷たく凍えてしまった右手。
(もうハーレイには、二度と会えないって…)
 泣きじゃくりながら、前の自分の生は終わった。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、それを手繰れはしなかったから。
 最後まで一緒だと思ったハーレイの温もり、その温かさは二度と戻って来なかったから。
(…前のぼく、失くした筈なんだけど…)
 ハーレイとの絆も、右手に持っていた温もりも、全て。
 もうハーレイには会えないのだと、絶望と孤独に囚われたままで失くした意識。
 なのに今ではケチなハーレイ、キスもくれない恋人がいる。
 今日もハーレイに苛められたし、今までに何度も断られたキス。
(前のぼくなら、キスは貰えたけど…)
 でもハーレイの温もりを失くしたんだっけ、と眺めた右手。
 前の生の終わりに凍えた右手で、ハーレイも失くしてしまった筈。
 けれどハーレイは今もいるから、ケチになってしまっただけなのだから…。
(…怒って膨れていたら駄目…?)
 またハーレイに会えたんだから、と今の自分の幸せを思う。
 「失くした筈だけど、ハーレイはちゃんといてくれるものね」と。
 そうは思っても、キスもくれないケチなハーレイ、やっぱり膨れたくもなる。
 せっかく二人で地球に来たのにキスは駄目だし、「ケチな恋人には違いないよね」と…。

 

        失くした筈だけど・了


※「ハーレイのケチ!」と膨れっ面のブルー君。「今日も苛められた」と。
 けれど、ハーレイの温もりさえも失くしてしまった前の自分。それを思えば幸せな筈v







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(ハーレイのケチ、と言われてもだな…)
 なんと言われても、駄目なものは駄目だ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 夜の書斎でコーヒー片手に、小さなブルーを思い返して。
 今日はブルーの家に出掛けて、二人で過ごしていたのだけれど。
 ブルーが強請って来たのがキスで、頬や額では駄目なキス。
 恋人同士の唇へのキス、それをブルーは欲しがるけれども、贈らないのが約束だから。
 チビのブルーが前のブルーと同じ背丈に育ってから、という決まりだから。
(断るのが筋というモンだってな)
 いくらあいつが膨れたって、と思い出すブルーの膨れっ面。
 頬っぺたをプウッと膨らませた上に、「ハーレイのケチ!」と怒ったブルー。
 こちらは、とうに慣れっこだけど。
 膨れっ面でもケチ呼ばわりでも、一向に気にならないけれど。
(…しかし、まだまだかかりそうだぞ)
 小さなブルーが前と同じに育つまで。
 いったい何年かかることやら、ブルーはチビのままだから。
 再会してから少しも育たず、今もチビ。…出会った頃と全く同じ。
(此処はアルタミラじゃないんだが…)
 檻の中なら分かるんだがな、と思うブルーが育たない理由。
 アルタミラの狭い檻の中では、ブルーは育たなかったから。
 心も身体も成長を止めて、子供の姿のままで過ごした長い年月。
 そんなこととは思わないから、出会って直ぐの前の自分は…。
(凄い力を持った子供だ、と…)
 頭から思って、前のブルーを子供扱い。「俺よりもずっと小さな子供だ」と。
 それも間違いではなかったけれど。
 ブルーは実際、心も身体も見た目通りのチビだったけれど。


 俺たちが育ててやったんだっけな、と懐かしく思う前のブルーとの日々。
 後ろにくっついて歩いていたほど、前のブルーは中身までチビ。
(声を掛けてやって、船の中をあちこち連れて歩いて…)
 身体も心も育ててやった。
 もう一度、「育ち始める」ように。止めていた時が動き出すように。
 船の中でしか暮らせなくても、檻よりはずっとマシだから。
 仲間も大勢いる船なのだし、あの檻のように独りぼっちではないのだから。
(前のあいつは、そうやって育ってくれたわけだが…)
 今度は育たないってな、と小さなブルーを思い浮かべる。
 アルタミラとは違うのに。
 育っても未来が無かった頃とは、まるで事情が違うのに。
(…幸せすぎて育たないっていうのもなあ…)
 あるようだよな、と今のブルーが育たない理由を考えてみる。
 きっと理由はそれだから。
 前のブルーが失くしてしまった、幸せだった子供時代。
 成人検査で記憶を消されて、その後に何度も繰り返された人体実験。
 前のブルーも、自分もすっかり失くした記憶。
 どんな養父母に育てられたか、どういう家で暮らしていたか。
 成人検査にパスしていたなら、おぼろげながらも記憶は残るものなのに。
 生まれ故郷も両親のことも、幾らかは残る筈なのに。
(…俺たちの場合は、全部失くして…)
 何一つ残りはしなかった。
 記憶の始まりは成人検査で、其処から後は檻での暮らしと過酷な人体実験の記憶。
 燃えるアルタミラから脱出するまで、夢も希望も無かった日々。
(今のあいつは、そうじゃないから…)
 幸せな今を噛みしめるように、ゆっくりと育ってゆくのだろう。
 子供時代を満喫しながら、チビの時代を楽しみながら。


 きっとそうだと分かっているから、急かそうとは思わないけれど。
 ブルー自身にも「ゆっくり育てよ?」と、何度も言っているけれど。
(…あいつ、分かっちゃいないしな?)
 「俺は子供にキスはしない」と叱り付けても、懲りないブルー。
 キスを強請ってはプウッと膨れて、「ハーレイのケチ!」とお決まりの台詞。
 もう何度目になるんだか、と数える気にもならないくらい。
 いつになったら育つのだろうか、チビのブルーは?
 前のブルーと同じに育って、キスを贈れる日が来るのだろうか…?
(何十年でも待てるんだがな…)
 そうは思うが先は長い、と思ったはずみに気付いたこと。
 何十年でも待ってやれるのは、何故なのか。
 小さなブルーは何処から来たのか、どうしてブルーはチビなのか。
(…あいつ、生きてて、生まれ変わりで…)
 前のブルーとそっくり同じに育つ身体を手に入れたブルー。
 新しい命と身体を貰って、青い地球に生まれて来たのがブルー。
 前のブルーと同じ魂、それを抱いて。
 遠く遥かな時の彼方の、恋の記憶もそのまま持って。
(俺はあいつを、失くしてしまった筈なのに…)
 前のブルーを失ったのに、今は目の前に小さなブルー。
 今は此処にはいないけれども、何ブロックも離れた場所にいるのだけれど。
(あいつは、前と同じに生きてて…)
 生きているから、温かな身体。
 「ハーレイのケチ!」と膨れたりもするし、プンスカ怒ったりもする。
 恋人扱いしてくれない、とプンプンと。
 唇へのキスが貰えないからと、今日みたいに。
 そういうチビでも、育たなくても、きちんと生きているブルー。
 いつかは大きく育つ筈だし、何十年でも待っていられるのは、そのお蔭。
 小さなブルーは生きているから、これから育ってゆくのだから。


 そうなんだよな、と改めて思う今の幸せ。
 前の自分が失くしたブルーは、生きて帰って来てくれた。
 すっかり小さくなったけれども、今ではチビの子供だけれど。
(…いつ育つのやら、サッパリなんだが…)
 まるで育ってくれないとしても、文句を言っては駄目だろう。
 前のブルーと同じ姿に育ってくれる日、それが何十年も先のことでも。
 「キスは駄目だ」と叱り付けながら、何十年も待つ羽目になっても。
 小さなブルーがいなかったならば、待つことさえも出来ないから。
 チビの恋人が育ってゆくのを、見守ることも出来ないから。
(…贅沢を言っちゃいかんよな、うん)
 失くした筈のあいつが此処にいるんだから、と思った前の自分の悲しみ。
 前のブルーを失くした後には、何も見えてはいなかった。
 キャプテンとしての務めがあるから、そのために生きていたというだけ。
 ブルーがそれを望んだから。
 前のブルーがメギドに飛ぶ前、前の自分にだけ言い残したから。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と。
 肉声ではなくて、思念の声で。口にしたのは「頼んだよ、ハーレイ」という言葉だけ。
 それが自分を縛ってしまって、ブルーを追えずに取り残された。
 たった一人で、シャングリラに。
 あの船を地球まで運ぶためにだけ、キャプテンの務めを果たすためにだけ。
(たまには冗談も言ったりしたが…)
 それさえも多分、キャプテン・ハーレイだったから。
 船の雰囲気を和ませるために、和らげるために、たまには冗談。
 笑ったこともあったけれども、皆と別れてしまったら…。
(…直ぐにあいつを思い出すんだ…)
 ブルーがいたなら、どうだったろう、と。
 あいつも同じに笑ったろうかと、早くブルーに会いたいのに、と。


 失くしたブルーを追ってゆくこと、それだけが前の自分の望み。
 いつか地球まで辿り着いたら、キャプテンの務めを終えたなら。
(そしたら、あいつを追ってゆこうと…)
 夢見ていたのは命の終わり。ブルーと同じ場所に行くこと。
 其処が何処でもかまわないから、ブルーと一緒にいられればいい。
 失くしたブルーを取り戻せるなら、側にいることが出来るなら。
(前の俺の夢は、それだったんだが…)
 とんでもない形で叶っちまったぞ、と今だから分かる前の自分の夢の結末。
 死の星だった地球の地の底、其処で自分は死んだのに。
 命は尽きた筈だというのに、こうして生きている自分。
 青く蘇った水の星の上で、あの時よりも遥か未来で。
(ついでに、あいつを失くしちまった筈なのに…)
 あいつも一緒に地球にいるんだ、と思うのはチビのブルーのこと。
 まだ幼くてキスも出来ない、本当にチビの子供だけれど。
 十四歳にしかならないブルーは、一向に育ってくれないけれど。
(それでもあいつは、俺のブルーで…)
 前と同じに生きているから、育ってくれる日を夢に見られる。
 何十年でも待っていられる、前のブルーとそっくり同じ姿に育ってくれる時まで。
 「ハーレイのケチ!」と膨れられても、不満そうな顔で睨まれても。
 再会してから、少しも育ってくれないチビの子供のブルーでも。
(あいつがいてくれるからなんだよなあ…)
 ケチ呼ばわりをされるのも、と幸せな気分に包まれる。
 「俺は幸せ者だよな」と、「贅沢を言ったら、罰が当たるぞ」と。
 失くした筈なのに、ブルーは戻って来てくれたから。
 自分はブルーを取り戻したから、今日もブルーに「ハーレイのケチ!」と膨れられたから…。

 

        失くした筈なのに・了


※前のハーレイが失くした筈の、前のブルー。けれども、今は目の前に生きているブルー。
 いくらチビでも、取り戻せたなら贅沢を言ってはいけませんよね。膨れられてもv







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(今日は幸せ…)
 とってもいい日だったもの、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は朝から会えたハーレイ、今の学校の教師だけれど。
 そのハーレイは前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は先生と生徒でも。
 「俺は子供にキスはしない」と、キスもくれない恋人でも。
 それでも会えれば胸が弾むし、今日は朝からツイていた。
 学校の門を入ったら直ぐに、柔道着のハーレイに会えたから。
 朝一番から柔道部員たちを指導して来たらしいけれども、自分は登校したばかり。
 「ハーレイ先生、おはようございます!」と声を掛けたら、ハーレイも「おはよう」と笑顔。
 其処で暫く立ち話をして、「今日も元気で頑張れよ?」と言葉も貰えた。
 とても幸先が良かった今日は、それから後も幸運だった日。
 ハーレイの古典の授業があったし、教室でたっぷり見られた姿。
 贔屓などして貰えないけれど、ハーレイの姿を眺めていられるだけで幸せ。
 授業を聞けるだけで幸せ、自分は当てて貰えなくても。
(幸せだよね、って思っていたら…)
 仕事が早く終わったらしくて、家まで訪ねてくれたハーレイ。
 そういう時には、夕食も一緒に食べて貰うのが常だから。
 両親もそれを望んでいるから、今日はハーレイもいた夕食の席。
 食後のお茶は、この部屋で二人、ゆっくりと飲んだ。
 ハーレイは「またな」と帰って行ったけれども、幸せだった日。
 朝一番に会えて、授業を受けて、家でもたっぷり話せたから。
 恋人と夜まで一緒にいられて、色々な話が出来たから。
 学校があった日で、平日なのに。
 運が悪ければ、まるで会えないこともあるのに。


 いい日だったよ、と今も幸せで温かい胸。
 キスもくれない恋人だけれど、二人でいられればそれだけで幸せ。
(今のハーレイ、ケチなんだけどね…)
 恋人にキスもくれないなんて、と不満はあっても、好きな人には違いない。
 ハーレイを嫌いになりはしないし、「顔も見たくないよ」と思いはしない。
 前と同じに恋人だから。…今もやっぱり、誰よりも好きな人だから。
(…ケチでも、好きな所はおんなじ…)
 ハーレイを好きな気持ちは同じ、と前の自分を思い出す。
 たった一人でメギドへと飛んだソルジャー・ブルー。
 前のハーレイと遠く離れて独りぼっちで死んでいったけれど、最後まで忘れはしなかった。
 「もう会えない」と思っていても。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして「絆が切れた」と泣きじゃくっても。
 二度とハーレイに会えはしないと、死よりも悲しい絶望と孤独に囚われていても。
(…でも、ハーレイを好きだったから…)
 ハーレイの無事を祈り続けて、涙の中で死んだソルジャー・ブルー。
 あの時と同じに、今も変わらずハーレイが好き。
 キスをくれなくても、前の生から愛し続けた人だから。
 どんな時でも忘れはしないし、ハーレイのことを想っているから。
(今だって、ずっとハーレイのこと…)
 こうして考え続けているから、前の生から変わっていない。
 世界はすっかり変わったけれども、変わらないものもあるのだろう。
 青い地球の上に生まれ変わって、新しい命と新しい身体を貰っても。
 前の生とは全く違った、今の時代に生まれて来ても。
(ぼくは、ハーレイが好きなまんまで…)
 出会った途端に、ストンと恋に落ちたから。
 もうハーレイしか目に入らないし、他の誰かに恋をしたりもしないから。
 前の自分とそっくり同じに、ハーレイだけに惹かれる自分。
 チビの子供になってしまっても、ハーレイに子供扱いされても。


 変わらないものもあるんだよね、と見回した部屋。
 前の自分が生きた時代と、今は全く違うのに。
(…地球だって、違うらしいから…)
 青い地球など何処にも無かった、前の自分が生きた頃。
 前の自分は青い地球があると信じたけれども、其処へ行こうと夢見たけれど。
(地球に着いたら、ハーレイとやりたかったことが一杯…)
 沢山の夢を描いて目指した地球。
 いつかハーレイと行きたかった星。…寿命が尽きると悟るまでは。
 命の残りが少なくなっても、それでも地球を見たかった。
 メギドに向かって飛んだ時にも、心残りはあったから。「地球を見たかった」と思ったから。
 それほどまでに焦がれていたのに、無かったらしい青い地球。
 前のハーレイが目にした地球は、赤茶けた死の星だったから。
 白いシャングリラが辿り着いた地球は、何も棲めない毒の海と砂漠の星だったから。
(前のぼく、最後まで知らなくて…)
 青い地球を夢見て死んでいったのに、そんな星など無かったという。
 歴史の授業で教わることだし、今のハーレイが生き証人。
 キャプテン・ハーレイとして生きていた頃に、死に絶えた星を見ているから。
 死の星だった地球の姿に、ゼルたちも涙したそうだから。
(だけど今では、地球は青くて…)
 今の自分は地球の住人、ハーレイだって。
 二人揃って生まれ変わって、青い地球の上で育って来た。
 前の自分たちが目指した星で。…夢に見ていた青い星の上で。
(地球はすっかり変わっちゃったし…)
 世界の仕組みも今では別物。
 人工子宮から子供が生まれた時代は終わって、血の繋がった家族の時代。
 今の自分も、今のハーレイも、母のお腹で育った子供。
 養父母の代わりに本物の両親、いつまでも家族。
 成人検査で引き離されたり、記憶を消されはしないのだから。


 地球も世界もすっかり変わって、ミュウの時代になった今。
 前の自分が目にしたならば、夢の世界だと思うだろうか。
 何もかも違う時代だけれども、変わらないものもちゃんとある。
(…ぼくはハーレイのことが好きだし…)
 そういう所は変わらないよ、と幸せな気分。
 「変わらないものもあるんだから」と。
 まるで全く違う世界でも、ハーレイを好きな気持ちは前のままだから。
 ハーレイがケチになったって。…キスもくれない、ケチな恋人になったって。
(いくら頼んでも駄目なんだから…)
 ホントにケチだ、と零れる溜息。
 甘いお菓子の香りがするのが悪いのだろうか、ハーレイがキスをくれないこと。
 「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と睨まれること。
 おやつの後には歯磨きをして、甘いお菓子の香りを消しておいたなら…。
(ハーレイ、キスしてくれるかな…?)
 どうなんだろう、と思うけれども、きっと叱られるのだろう。
 「歯磨きしたって無駄だからな」と、「お前の心は丸見えなんだ」と。
 チビのくせに、と額をピンと弾かれそう。
 頑張って歯磨きしてみても。…おやつの甘い香りを消そうと努力してみても。
(歯磨き、きっと効かないよね…)
 だってハーレイはケチなんだから、と思ったはずみに掠めた記憶。
 「歯ブラシも変わっていないよね」と。
 前の自分が見ていた歯ブラシ、青の間で使っていた歯ブラシ。
 今も歯ブラシは同じものだと、何処も変わっていないんだけど、と。
(…歯ブラシ、二本、並んでいたけど…)
 違う所はそれくらい。
 前のハーレイが泊まりに来たら使えるように、とハーレイの分もあった歯ブラシ。
 サイオンで隠しておいたけれども、青の間には歯ブラシが二人分。
 キャプテンの部屋にも、ぼくの歯ブラシがあったっけ、と。


 仲良く並んでいた歯ブラシ。前の自分のと、ハーレイの分と。
 青の間だったら部屋付きの係が、キャプテンの部屋なら当番の者が来る掃除。
 彼らに歯ブラシが見付からないよう、いつもサイオンで隠してあった。
 歯ブラシが二本並んでいるのがバレないように。
(…あの歯ブラシと、今の時代の歯ブラシ…)
 おんなじだよね、と考えなくても分かること。
 前の自分が今の時代にやって来たって、歯ブラシくらいは眺めれば分かる。
 「これがそうだ」と直ぐに分かるし、きっと買い物にも行ける。
 歯ブラシを買って来て欲しい、と頼まれたなら。…店の場所を教えて貰ったら。
(後はお財布…)
 もうそれだけで行けるお使い、買って来られるだろう歯ブラシ。
 店で歯ブラシのコーナーに立って、「頼まれたものは…」と毛の硬さなどを確かめて。
 歯ブラシは今も変わっていなくて、誰が見たって歯ブラシだから。
(…前のぼくが生きてた頃と、おんなじ…)
 変わらないものもあるじゃない、と思った歯ブラシ。
 歯を磨かないと虫歯になるから、今の時代も歯磨きと歯ブラシはちゃんと健在。
 他にも何かあるのかな、と考えてみたら、ポンと頭に浮かんだ注射。
(痛いトコまで、おんなじだってば…!)
 前のぼくも嫌いだったのに、と思うけれども、歯ブラシと同じに今もある注射。
 そういう所は変わってくれてもかまわないのに。
 変わらないものも歓迎だけれど、注射は変わって欲しかったのに。
(…注射まで変わっていないんだから…)
 歯ブラシならともかく、大嫌いな注射も変わらないまま、今の時代もあるようだから。
 変わらないものも色々あるから、ハーレイのことを好きなのも…。
(…ケチでも、やっぱり大好きなこと…)
 当然だよね、と思わないではいられない。
 世界はすっかり変わったけれども、変わらないものもあるのだから。
 歯ブラシも注射も変わらないなら、もっと大事な恋は決して変わらないから…。

 

        変わらないものも・了


※前の自分が生きた時代と、今の時代はすっかり違うよね、と思うブルー君。
 けれど変わらないものも色々、歯ブラシや注射も昔と同じ。恋が変わらないのも当然ですv







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(今日も一日終わったってな)
 ついでにツイてる日だったぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
 今日は平日だったのだけれど、朝一番にブルーに会えた。
 もっとも、「朝一番」なのはブルーにとってで、自分にとっては…。
(朝二番とか、三番だとか…)
 少なくとも一番じゃなかったよな、ということだけは間違いない。
 朝から出掛けて行った学校、柔道部員たちとの朝練。
 走り込みから付き合ったりして、一仕事終えた後でのこと。
(指導の時は柔道着だから…)
 教師としての服に着替えよう、と歩いていたらブルーに会った。
 「ハーレイ先生、おはようございます!」と弾けた笑顔。
 其処で暫く立ち話をして、「今日も元気に頑張れよ?」と見送ったブルー。
 次に会ったのはブルーの教室、古典の授業の日だったから。
 ブルーだけを贔屓はしないけれども、同じ教室にいてくれるだけで嬉しくなる。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 姿がチラリと見えれば幸せ、声が聞けたらもっと幸せ。
(今日は朝からツイていて…)
 仕事の後にもツイてたんだ、とブルーとの時間を思い出す。
 今日は仕事が早く終わったから、帰りに寄れたブルーの家。
 其処で夕食を御馳走になって、食後のお茶もブルーの部屋でゆっくりと。
(あいつと、たっぷり話せたしな?)
 本当にいい日だったんだ、と家に帰った後も幸せ一杯。
 コーヒーを淹れる時にも何度も考えたこと。「いい日だった」と。
 苦いコーヒーは苦手な恋人、小さなブルーを想いながら。


 ブルーはコーヒーが苦手だけれども、それは幼いからではなくて。
 前のブルーも、同じに苦手で。
(まるで飲めないままだったっけな)
 苦いから、と顔を顰めたソルジャー・ブルー。「こんな飲み物の何処がいいんだい?」と。
 それでもたまに欲しがってみては、とんでもない飲み方をしていたブルー。
(砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、ホイップクリームこんもりなんだ…)
 でないと苦くて飲めないから。ブルーの舌には美味しくないから。
 今のブルーも「ぼくもコーヒー!」と強請った挙句に、同じ飲み方になっていた。
 変わらないものは変わらないらしい、生まれ変わって別の人生でも。
 前の自分たちが生きた時代とは、ガラリと変わった世界でも。
(何が違うって、地球からして別の星だから…)
 同じ地球には見えないよな、と思うのが自分が住んでいる星。
 前の自分が眺めた地球は、青く輝いてはいなかった。
 青い地球など何処にも無くて、赤茶けた死の星があっただけ。
 どれほど皆が打ちひしがれたか、前の自分も悲しかったか。
 「とてもブルーには見せられない」と思った地球。
 青い地球がブルーの夢だったから。最期まできっと焦がれたろうから。
(その地球が今じゃすっかり青くて、おまけに俺たちが住んでるってな)
 前の生では、懸命に地球を目指したのに。
 白いシャングリラでブルーと共に、ブルーがいなくなった後にも、ただひたすらに。
 ブルーを失くして、生ける屍のようになっていたって、それがブルーの最後の望み。
 ジョミーを支えて地球に行くこと、シャングリラを地球まで運んでゆくこと。
 これが自分の役目なのだ、と歯を食いしばって辿り着いた地球、ブルーが焦がれ続けた星。
 本当だったら、ブルーと行きたかったのに。
 ブルーと青い地球を眺めて、「やっと来られた」と夢を叶えたかったのに。
 前のブルーと、幾つもの夢を描いたから。
 地球に着いたらあれをしようと、これもしようと。


 前の自分の夢は何一つ叶わなかった地球。
 ブルーと二人で行けはしなくて、青い星でさえなかった地球。
 それが今では青く蘇って、自分とブルーが暮らす星。
 二人とも地球の上に生まれて、生粋の地球育ちだから。
(そいつも凄いが、生まれ方だって違うんだ…)
 人工子宮から生まれた子供が、前の生での自分たち。
 記憶は失くしてしまったけれども、養父母に育てられていた。実の親などいなかったから。
 なのに今だと、血が繋がった両親がいる。自分にも、もちろんブルーにも。
(でもって、成人検査も無いから…)
 親はいつまでも自分の親だし、引き離されることはない。
 そして人間は誰もがミュウで、もう戦いなど無い世界。広い宇宙の何処を探しても。
(何もかも、変わっちまったが…)
 変わらないのがブルーの姿で、ちょっぴりチビになっただけ。
 コーヒーが苦手な所も変わらないまま、ミルクたっぷり、砂糖たっぷり。
(あんなに甘くして、どうするんだか…)
 しっかり歯磨きしないとな、と思うブルーが好むコーヒー。
 自分にとっては、まるでチョコレートのようだから。
(ホットココアなら、まだ分かるんだが…)
 あれは元から甘いんだから、と零れる苦笑。
 ホットチョコレートも飲んだことがあるし、甘い飲み物を否定はしない。
 けれどコーヒーは苦味が身上、其処が美味しいわけだから…。
(あいつの飲み方だと、どう考えてもチョコレート並みの甘さだぞ?)
 元のコーヒーの味を思ったら、そのくらいの甘さになるだろう。
 それほど甘い物を飲んだら、歯磨きの方もしっかりと。
 チビの子供になってしまった今のブルーなら、より念入りに。
 歯だってこれから育ってゆくから、甘い物で虫歯にならないように。
 眠る前にはきちんと歯磨き、甘すぎるコーヒーを飲んだ夜には、特に。


 そうでなくちゃな、と思い浮かべたブルーの顔。
 「今日もきちんと歯磨きしたか?」と。
 甘いコーヒーは飲んでいなかったけれど、ブルーは母が作るお菓子が大好き。
 毎日おやつを食べているようだし、歯磨きを忘れて貰っては困る。
 寝込んで動けないならともかく、今日のように元気一杯の日は。
(虫歯はいかんぞ、虫歯はな)
 そう言う俺も後で歯磨きだが、とコーヒーのカップを傾ける。
 この一杯で寛いだ後は、歯磨きしたり風呂に入ったり。
 それから明日に備えてグッスリ…、と思った所でふと気が付いた。
 「変わらないものは、今も変わらんな」と。
 前の自分が生きた時代から、何もかもがガラリと変わったけれど。
 地球からして別の星になったし、世界の仕組みも違うけれども、変わらないもの。
(…歯ブラシは今も歯ブラシじゃないか)
 別の何かに変わっちゃいない、と白いシャングリラを思い出す。
 ブルーと恋人同士になった後には、お互いの部屋に二本の歯ブラシ。
 泊まりに行ったら、其処で歯磨き出来るよう。
(あいつがサイオンで細工をしてて…)
 分からないよう隠していたから、誰も気付きはしなかった。
 青の間の奥の洗面台に、余分な歯ブラシがあったこと。
 キャプテン・ハーレイが使う歯ブラシ、ブルーのものとは違うのが。
(俺の部屋には、あいつの歯ブラシ…)
 ソルジャー・ブルーの歯ブラシがあった。
 これまた、誰も気付かないまま。
 キャプテンの部屋の掃除当番、彼らも全く知らないままで。
(青の間の俺の歯ブラシも…)
 部屋付きの係に見付かりもせずに、いつでも二本並べてあった。
 前のブルーの歯ブラシの隣、其処に仲良く、泊まった時には使えるように。


(歯ブラシなあ…)
 今も歯ブラシは歯ブラシだぞ、と生まれ変わった自分だからこそ言えること。
 何処も少しも変わっちゃいないと、「歯ブラシは今も歯ブラシだ」と。
 前の自分は買い物などには行かなかったけれど、行く機会すらも無かったけれど。
 今の世界に連れて来られて、「歯ブラシを買って来て欲しい」と頼まれたなら…。
(店の場所さえ分かったら…)
 迷わずに買って来られるだろう。「こいつだな」と店で手に取って。
 注文の品はどういう歯ブラシだったか、毛の硬さなどを確かめてみて。
(前の俺が買い物に出掛けて行っても、何の違和感も無いってか…)
 歯ブラシってヤツはまさにそうだな、と可笑しくなる。
 変わらないものは今も変わらないのかと、そんな所まで前の俺たちの頃と同じか、と。
(あいつのコーヒーの飲み方だけじゃないんだよなあ、変わらないものは…)
 そう思ったら、ポンと浮かんだ今のブルーも嫌いな注射。
 あれだって今も変わっていないし、注射は注射で、ソルジャー・ブルーが嫌ったもの。
(うん、なかなかに楽しいじゃないか)
 これだけの時が流れた後にも、世界がすっかり変わった後にも、変わらないこと。
 変わらないものは幾つもあるから、そういったものがあるのなら…。
(俺とあいつの恋だって…)
 今も同じに恋しているのも当然だよな、と思ってしまう。
 たかが歯ブラシでも変わらないなら、それよりもずっと大切な恋も同じだから。
 生まれ変わってもブルーに恋して、今度こそ共に生きてゆこうと思って当然なのだから…。

 

        変わらないものは・了


※前の自分が生きた時代と変わらないものはあるんだな、と思ったハーレイ先生。
 歯ブラシでさえも変わらないなら、生まれ変わってもブルー君に恋して当然ですよねv







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(ハーレイのケチ!)
 今日もキスしてくれなかったよ、と小さなブルーが膨らませた頬。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
 この部屋で二人で過ごしたけれども、その時のこと。
 「ぼくにキスして」と強請ってみた。
 いい雰囲気だと言っていいのか、前の生での思い出話になったから。
 前の自分たちが生きていた頃、白いシャングリラで暮らした時代の話だったから。
 遠く遥かな時の彼方で「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた自分。
 前のハーレイと恋をしていた、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた人と。
 けれど、ミュウたちを導くソルジャー、シャングリラという船を預かるキャプテン。
 そんな二人が恋に落ちたと皆に知れたら、誰もついては来てくれない。
 だから最期まで隠し通した、自分たちの恋を。
 前の自分はメギドで散るまで、ハーレイは地球の地の底で命尽きるまで。
(誰にも言えなかったんだから…)
 恋してたこと、と思い出しても悲しくなる。
 青い地球の上に生まれ変わって、またハーレイと巡り会えたけれど。
 前の自分たちの恋の続きを生きているけれど、あまりにも悲しすぎた恋。…前の自分たちの。
 暗い宇宙に消えてしまって、それきりになった悲しい恋。
(またハーレイに会えたのにね…)
 それでも時々、悲しい気持ちに囚われる。前の自分たちの恋を思うと、今みたいに。
 こうなったのもハーレイのせいなんだから、と思い浮かべるケチな恋人。
 「ぼくにキスして」と強請っているのに、「駄目だ」と睨み付けたハーレイ。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目と言ったがな?」と。
 もう聞き飽きたお決まりの台詞、怒ってプウッと膨れてやった。
 「ハーレイのケチ!」と、プンスカと。


 今と同じに膨らませた頬、唇も尖らせてやったのに。
 不平と不満を顔に出したのに、ハーレイがやったことと言ったら…。
(キスの代わりに、ぼくの頬っぺた…)
 それをペシャンと潰された。大きな両手で挟むようにして。
 おまけにこうも言ったハーレイ、「今日も見事なハコフグだよな」と。
 プウッと膨れた顔はフグだし、頬っぺたを潰された顔はハコフグ。
 恋人に向かって「フグ」呼ばわりで、キスもくれないケチなハーレイ。
(ホントのホントに、酷いんだから…)
 それにケチだよ、と思い出しても悔しい気分。
 確かに自分はチビだけれども、ちゃんとハーレイの恋人なのに。
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりで、前の自分が生きた時代の記憶も持っているというのに。
 とても悲しい恋だったのだ、と今でも涙が溢れそうになる。
 前の自分がどういう思いで死んでいったか、ハーレイとの別れはどうだったのかを考えると。
(さよならのキスも出来なかったよ…)
 別れの場所はブリッジだったし、キスなど出来る筈もない。
 もちろん抱き合うことも出来ない、恋人らしい別れの言葉を告げてもいない。
 「頼んだよ、ハーレイ」と口にしただけ、声にしたのは、たったそれだけ。
 他の言葉は思念を滑り込ませたけれども、「さよなら」の言葉は言えないまま。
 もしも言ったら、心が挫けてしまうから。
 「ソルジャー」としては振舞えなくて、ただの「ブルー」に戻ってしまう。
 そうなったならば、白いシャングリラを守ることなど出来ないから。
 ハーレイの側を離れ難くて、時を逃してしまうから。
(…前のぼく、ホントに頑張ったのに…)
 最後の最後まで恋を隠して、ソルジャーとして凛と立ち続けて。
 メギドでキースに撃たれた時にも、皆のことだけを考え続けて。
 そうして気付けば何処にも無かった、持っていた筈の「ハーレイの温もり」。
 右手が凍えて冷たいと泣いて、独りぼっちで迎えた最期。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と会えないだろうから。


 なのに長い長い時を飛び越え、ハーレイと辿り着いた地球。
 前の自分たちが生きた頃には、地球は死の星だったのに。…青い地球は幻だったのに。
 けれども青く蘇った地球、其処に自分は生まれて来た。
 前の自分とそっくり同じに育つ姿で、きっとそうなる筈の姿で。
 ハーレイはもっと早く生まれて、とうに「キャプテン・ハーレイ」の姿。
 もうキャプテンではないけれど。
 今の自分が通う学校、其処の古典の教師だけれど。
(やっと会えたのに、ケチなんだから…)
 絶対にキスしてくれないんだから、と不満たらたら、頬っぺたを膨らませたくもなる。
 ハーレイが此処で見ていたならば、「おっ?」と出てくるかもしれない両手。
 大きな褐色の手が伸びて来て、ペシャンと頬を潰される。
 「ハコフグだな」と、今日みたいに。
 キスもくれないケチな恋人、その上、恋人の自分を「フグ」呼ばわり。
 前の自分たちの恋の続きを生きているのに、この有様。
 なんとも酷くてケチなハーレイ、恋人にキスもくれないなんて。
 フグ呼ばわりで、頬っぺたをペシャンと両手で潰して「ハコフグ」だなんて。
(…なんで、ああなっちゃうんだろう…)
 チビでもぼくは恋人なのに、とハーレイに向かって言うだけ無駄。
 「前のお前と同じ背丈に育ったら、ちゃんとお前にも分かるだろうさ」と言うハーレイ。
 どうしてキスが貰えないのか、それが分からないのもチビの証拠、と。
 姿と同じに中身も子供で、チビだからプウッと膨れるんだ、と。
(ぼくの中身は、前のぼくなのに…)
 だから悲しくなったりするのに、と宇宙に散った悲しい恋を思い出すのもハーレイのせい。
 キスを貰えなくて膨れていたから、お風呂上がりに考えごとをしていたから。
 「せっかくハーレイに会えたのに」と。
 また巡り会えて恋しているのに、キスも貰えないチビの自分。
 それが悔しくて膨れていたら、前の自分の恋まで思い出したから。
 暗い宇宙に消えてしまった、悲しい恋に胸を覆われたから。


 何もかも全部ハーレイのせいだ、と膨れるけれど。
 こうしてプンスカ怒っていたって、褐色の手が伸びては来ない。
 ハーレイは家に帰ってしまって、今頃はきっとコーヒーでも飲んでいるのだろう。
 チビの恋人のことなど忘れて、「この一杯が美味いんだ」と。
(…ホントに忘れてそうだよね…)
 そのくらいなら、まだ頬っぺたをペシャンとやられた方がいい。
 「ハコフグだな」と笑われたって、ハーレイが側にいる方がいい。
 けれど叶わない、夜も一緒にいるということ。
 チビの自分はハーレイの家に行けはしないし、まだ結婚も出来ないから。
(ぼくだけ膨れて、馬鹿みたいだよ…)
 もうハーレイは忘れちゃってる、とケチな恋人の姿を思う。
 いったい何をしていることやら、熱いコーヒーを飲みながら。
 書斎にいるのか、リビングにいるか、それともダイニングで寛いでいるか。
(ぼくのことなんか、綺麗に忘れて…)
 柔道部のことでも考えていそう、と零れた溜息。
 もしも柔道部員だったら、ハーレイの家に行けるのに。…他の部員と一緒でも。
 庭で賑やかにバーベキューとか、宅配ピザにワイワイ群がるだとか。
 お菓子は徳用袋のクッキー、割れたり欠けたりしたクッキーが詰まった袋。
 とても美味しいクッキーの店の、不良品ばかり詰めたもの。
(…柔道部員なら、いくらでも…)
 ハーレイの家に行き放題、と思った所で気が付いた。
 柔道部員たちの憧れ、それが「ハーレイ先生」だった、と。
(今のハーレイ、柔道も水泳も…)
 プロの選手にならないか、と誘いが来ていたほどの腕前。
 今でも腕は落ちていないし、柔道部員たちにとってはヒーロー。
 「誰よりも強い」ハーレイ先生、本当ならプロで通る人。
 柔道をやっていない生徒も、「古典のハーレイ先生」が好き。
 気さくで陽気で、どの生徒とも気軽に話してくれるから。「どうしたんだ?」などと。


(…ハーレイ、みんなに人気だっけ…)
 男子生徒にも女子生徒にも、好かれているのが今のハーレイ。
 きっとこれからも「ハーレイ先生」のファンは増えるし、減ることはない。
 ハーレイの教え子が増えてゆくほど、増えてゆくだろう「ハーレイ先生」のファン。
 それが自分の今の恋人、いつか結婚するハーレイ。
(…ぼくがハーレイと結婚したら…)
 男子はともかく、女子は羨望の眼差しで見てくれるのだろう。
 嫉妬する子もいるかもしれない、「ハーレイ先生が結婚なんて!」と。
 ずっと独身でいて欲しかったと、そうでなければ「どうして私と結婚してくれないの?」と。
(…そういうの、凄くありそうだよね?)
 みんなの憧れの「ハーレイ先生」、そのハーレイを一人占めだから。
 ハーレイと結婚するのは自分で、他の誰かではないのだから。
(…ハーレイ、今はケチだけど…)
 ケチでなくなった時のハーレイ、今の自分の未来の結婚相手は他の生徒の憧れ。
 それを思うと、ちょっぴり誇らしい気持ち。
(ぼくの恋人はハーレイだよ、って…)
 誰もに言える時が来たなら、きっと羨ましがられるから。
 今度は恋を明かしていいから、ちゃんと結婚出来るのだから。
 当分はケチなハーレイだけれど、みんなの憧れの「ハーレイ先生」。
 その人が自分の恋人だなんて、とても素敵な気分だから…。

 

        ぼくの恋人・了


※「ハーレイのケチ!」と膨れているブルー君ですけれど。八つ当たりまでしてますけれど。
 今のハーレイは、生徒に人気の「ハーレイ先生」。気付いたら機嫌が直る所も子供かもv








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