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(…ぼくの夢…)
 夢は一杯あるんだけどね、とブルーの心に浮かんだこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
 考えていたのは今夜の夢で、「何がいいかな」と挙げていた。
 思い通りにならない世界が眠る時に見る夢だけれども、その夢について。
 ハーレイとデートに行く夢もいいし、キスだってしたい。
 前の自分の出番は抜きで、と考えていたらポンと出て来た言葉が「夢」。
 眠る間に見る夢とは違って、起きている時に描く夢。
 将来は何になりたいだとか、そういった現実の世界の夢。
(夢は一杯…)
 ホントに沢山、と思うけれども、どの夢にも必ずいるのがハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ハーレイ抜きでは描けないのが、今の自分の将来の夢。幸せ一杯だろう未来。
(今はチビだけど、前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
 唇にキスをして貰える。今は額と頬にしかキスは貰えないけれど、本物のキスを。
 恋人同士のキスを交わして、キスのその先のことだって。
 今だと、どちらも夢の中だけ。それも寝ている間に見る夢。
(…夢の中では幸せだけど…)
 起きた途端に引き戻される悲しい現実。今の自分はチビの子供で、夢の中よりずっと小さい。
 夢の世界でハーレイとキスを交わしていたのは、自分ではなくて…。
(…前のぼくだってば…)
 あれはそうだ、と気付いてしまう。今の自分ではなかったのだ、と。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分が出てくる、目覚めたら悲しくなってしまう夢。
 「ぼくじゃなかった」と、「前のぼくにハーレイを盗られちゃった」と。
 何度も悲しい思いをしたから、前の自分は抜きで見たいのが夢。眠る時には。
 けれども起きている時だったら、前の自分は出てこない。
 いくらでも夢を描き放題、ハーレイとの幸せな未来について。


 大きくなったらハーレイとキスで、キスのその先のことだって出来る。
 デートにも行けて、ハーレイの車でドライブも。
(だけど、一番大きな夢は…)
 結婚だよね、と顔が綻ぶ。今の自分の夢と言ったら、「ハーレイのお嫁さん」だから。
 まだ両親にも話していなくて、心の中にだけ入っている夢。
 ハーレイと何度も約束していて、いつかは夢が叶う日が来る。
 前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚できる年になったら。
 プロポーズされて、「うん」と返事をしたならば。
(そしたら、ハーレイのお嫁さんだよ)
 今はハーレイが家に来てくれても、必ず別れの時が来る。
 この部屋でお茶を飲んでいたって、「またな」と椅子から立ち上がるハーレイ。
(…今日は来てくれなかったから…)
 別れの言葉は無かったけれども、来てくれた時には耳にするのが「またな」という声。
 ハーレイは帰って行ってしまって、一人ポツンと残される。
 同じ屋根の下に両親がいても、包まれる独りぼっちの寂しさ。
 愛おしい人と一緒に帰れはしなくて、此処に取り残されるから。
(またな、って言ってくれるけど…)
 次にハーレイが来てくれる日がいつになるのか、大抵は分からない別れ。
 週末だったら確実だけれど、平日の場合はそうはいかない。
(ハーレイが来ようと思っていても…)
 会議があったり、柔道部の指導が長引いたりと、何が起こるか読めない翌日。
 同僚との食事に誘われたって、ハーレイはそちらを優先だから…。
(来るって約束、してくれなくて…)
 別れ際に聞く「またな」の言葉は、挨拶代わりのようなもの。
 「また」が明日なのか、明後日なのか、それさえも教えて貰えはしない。
 だから、いつでも見送るだけ。
 日曜だったら、歩いて帰ってゆくハーレイを。平日だったら、ハーレイが乗っている車を。


 そんな具合に別れなくてはいけない今。
 キスを貰えないことより何より、辛いのが置いてゆかれること。
 何度涙を零しただろうか、「独りぼっちになっちゃった」と。
 もっと悲しい「独りぼっち」を知っていたって、寂しい気持ちは変わらない。
(…メギドでも独りぼっちだったけど…)
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして泣きじゃくった自分。
 「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
 あの悲しさに比べたら、と思ってはみても、前の自分と今の自分は違うから…。
(やっぱり悲しくなっちゃうんだよ…)
 ハーレイが帰って行ってしまって、この家に一人、残されたら。
 遠ざかる背中やテールライトを見送った後で、家の中に戻る時になったら。
 両親の前では平気なふりを装うけれども、心の中には穴がぽっかり。
 愛おしい人は帰ってしまって、次に会う約束も交わしてはいない。
 何の約束も聞いていなくて、「またな」の「また」は、いつなのか謎。
 二階の部屋へと続く階段、それを上ってゆく間も溜息。
 「ハーレイ、帰って行っちゃった」と。
 幸せだったのに、また来てしまった別れの時間。次はいつかも分からないなんて、と。
(だけど、ハーレイと結婚したら…)
 もうお別れをしなくてもいい。ハーレイは「またな」と帰りはしない。
 ハーレイがいるのは、ハーレイが暮らす家だから。
 今は「またな」と帰ってゆく家、其処に自分が「お嫁さん」になって行くのだから。
 二人一緒に暮らしているなら、ハーレイは帰らなくていい。
 自分も背中やテールライトを寂しく見送らなくてもいい。
 ハーレイは背中を向ける代わりに、「ただいま」と家に帰ってくる。
 仕事を終えたら、前のハーレイのマントと同じ濃い緑色の愛車に乗って。
 それがガレージに入ってくるのに気付いたら…。
(おかえりなさい、って…)
 玄関まで迎えに出てゆけばいい。ガレージまで駆けて行ったりもして。


 お嫁さんならそうだよね、と思うこと。
 「いってらっしゃい」と見送りはしても、「またな」と置いてゆかれはしない。
 ハーレイが仕事に行っている間は、家で何をして過ごそうか…?
(お料理はハーレイの方が上手いし…)
 家事はしなくていいとも言われた。「お前が家にいてくれるだけでいいんだ」と。
 きっとハーレイなら言葉通りに、何もかもやってしまうのだろう。
 一人暮らしが長いのだから、掃除も洗濯も慣れたもの。
 慣れない自分が格闘するより、ずっと早いに決まっている。何をするにしても。
(…ぼくが寝てる間に、朝御飯の支度も掃除も全部…)
 済んでいそうで、留守番くらいしか出来そうなことがない自分。
 昼御飯も出来ていそうだから。「お前の昼飯、其処だからな」と作ってあって。
 もしかしたら、午前と午後のおやつも用意してあるだとか。
(…おやつだったら、ハーレイの好きなパウンドケーキ…)
 母が焼いてくれるパウンドケーキが、今のハーレイの大好物。
 隣町に住むハーレイの母が焼くのと、そっくりな味がするという。不思議なことに。
 つまりハーレイのおふくろの味で、留守番の間にそれが焼けたらいいけれど…。
(ママにレシピを教わって、練習…)
 最初から上手くは出来ないだろうし、きっと何度も練習だろう。
 ハーレイが仕事をしている間に、母に習いに出掛けてゆくとか、家で一人で練習だとか。
(卵と、バターと、お砂糖と…)
 それに小麦粉、全部を一ポンドずつ使って焼くから「パウンド」ケーキ。
 材料を計ってせっせと混ぜて、オーブンに入れて…。
(上手く焼けたらいいけれど…)
 失敗して見事に焦げてしまっても、ハーレイなら、きっと…。
(美味そうだな、って…)
 気にせずに食べてくれるのだろう。
 真っ黒焦げで、パウンドケーキに見えないような出来上がりでも。
 味見した自分も「大失敗だよ」と泣きそうなくらいに、とんでもない味に焼き上がっても。


 ハーレイだったらきっとそうだ、と夢見る二人で暮らす毎日。
 酷い仕上がりのパウンドケーキさえ、喜んでくれるだろう恋人。
 家に帰って来てそれを見るなり、「お前、作ってくれたのか?」と。
 「俺はこいつが大好きなんだ」と、「今日のも、きっと美味いだろうな」と。
(…どんな出来でも、褒められちゃうから…)
 本当に美味しく出来上がった時に、それを分かって貰えるかどうか、ちょっぴり心配。
 自分の努力は報われるのかと、とびきりの笑顔が見られるのかと。
(でも、ハーレイのお母さんの味…)
 再現したなら、ハーレイが気付かない筈がない。母のケーキに気付いたのだから。
 今もパウンドケーキが出る度、「美味いんだよな」と喜ぶから。
(やっと出来たな、って大感激とか…?)
 もう高々と抱き上げてくれて、幾つものキスを貰えるだろうか。
 唇はもちろん、頬にも、額にも、幾つも幾つも御褒美のキス。
 「流石は俺の嫁さんだ」と、「このケーキが食いたかったんだ」と。
(きっと、そんな感じ…)
 大喜びでケーキを食べた後には、自分も食べて貰えるのだろう。
 チビの自分はキスさえ許して貰えないけれど、結婚したなら一緒にベッドに行けるから。
(お別れどころか、朝まで一緒…)
 そして起きたら、ハーレイが作ってくれた朝御飯。
 二人で幸せに食べ終わったら、「いってらっしゃい」と見送る平日。
 休日だったらデートにドライブ、考えるほどに尽きない夢。
 いくら見たって、次から次へと幸せな夢が湧き上がる。
(…今のぼくの夢、とても沢山…)
 だけど一番の夢は結婚、と浮かべた笑み。
 どんな夢にも出て来るハーレイ、前の生から愛した恋人。
 そのハーレイとの「お別れ」が二度と来なくなるのが、結婚だから。
 結婚したら二人一緒に暮らして、朝まで同じベッドで眠っていられるのだから…。

 

          今のぼくの夢・了


※ハーレイ先生との結婚を夢見るブルー君。結婚以外の夢もハーレイ先生で一杯の未来。
 結婚したらこんな感じ、と描いてみる今の自分の夢。お別れは無しで、幸せな日々v








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(…夢なあ…)
 夢か、とハーレイの心に浮かんだ言葉。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒーを口に含んだら。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、何の変哲もないけれど。
 特別なものではないのだけれども、不意に掠めた「夢」というもの。
 眠っている間に見る夢とは違って、心に描く夢の方。
 子供だったら将来の夢とか、そんな具合に言われる夢。
(俺の場合は、とっくに教師になっちまったし…)
 柔道も水泳も「プロの選手にならないか」と誘いが来るほど、腕を磨いた。
 教師の道に進んだ後にも、行く先々で頼りにされる。クラブ活動の顧問として。
(好きな古典の教師をやりつつ、柔道も水泳も続けられてだ…)
 俺の夢は叶っているわけなんだが、と歩んだ道を振り返ってみる。
 「描いた夢なら叶えて来た」と、「諦めなければ夢は必ず叶うものだ」と。
 教え子たちにも、何度そう繰り返して来たことか。
 「諦めるなよ」と、「諦めたら其処で終わりだからな」と授業で、クラブ活動で。
 そういうものだと信じているし、自分でもそれを証明して来た。
 自分の夢は掴み取って来たし、掴み損ねた夢などはない。
(人間、夢をしっかりとだな…)
 持ち続けていれば叶うもんだ、というのが自分の信条。
 そうして夢を幾つも叶えて、これからだって。
(今は我慢の時でだな…)
 何年か待ったら、もう最高の夢が叶うんだ、と思い浮かべた小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今はまだ十四歳にしかならない子供で、キスも出来ない恋人だけれど…。
(あいつが育って、十八歳になったら結婚式だぞ)
 それが今の俺の夢だよな、と幸せな気分。
 まだまだ夢はこれからなんだと、しっかり掴んでゆかないと、と。


 小さなブルーが育たない内は、叶ってくれない自分の夢。
 キスさえ交わせはしないわけだし、恋人と言っても見守るだけ。
(それも悪くはないんだが…)
 前のブルーが失くしてしまった子供時代。成人検査と人体実験で失くした記憶。
 何一つ覚えていなかったブルー、それを自分も覚えているから、今は幸せでいて欲しい。
 優しい両親と暮らす暖かな家があるのだし、子供らしく、うんと我儘も言って。
 そういうブルーを見守る日々も幸せなもので、何十年でも待てるけれども…。
(しかし、やっぱり…)
 夢は結婚することだよな、と改めて自分に確認してみる。
 小さなブルーと過ごす時間も好きだけれども、必ず来るのが別れの時間。
 一緒に暮らしていないのだから、「またな」と別れを告げるしかない。
 軽く手を振って、「また来るから」と乗り込む愛車や、歩き始める道路やら。
 ブルーも名残惜しそうだけれど、自分の方でも思いは同じ。
 もっと一緒にいられたら、と振り返りながら歩く道やら、名残惜しく思う車の運転席。
(あいつと結婚できない間は…)
 別れの時間が訪れるのだから、なんとも寂しい気持ちではある。
 ブルーの家族ではない今の自分は、ブルーの側で暮らせはしない。
 それはブルーの方も同じで、今の自分が仕事を終えて家に帰っても…。
(迎えてくれる人はいない、ってな)
 灯りは自動で点くのだけれども、人の気配がしない家。
 前はそれでも平気だったのが、小さなブルーに出会って変わった。
 大抵の日は「やっと我が家だ」とホッとするのに、たまに零れてしまう溜息。
 ガレージに愛車を停めてみたって、中から開きはしない玄関。
 庭を横切って歩く間も、カーテンさえも開かない家。
 帰りを待っていてくれる人はいないから。
 「おかえりなさい!」と玄関を開けて、愛おしい人が顔を覗かせはしないから。
 それに気付くと少し寂しい。「独りだよな」と。


 一人暮らしは長いわけだし、まるで感じはしない不自由。
 料理は得意で趣味と呼べるほど、他の家事だって苦にならない。
 掃除や洗濯、そういったことも叩き込まれた学生時代。運動部員だったから。
(先輩たちが厳しく躾けるからなあ…)
 元から料理が好きでなくても、誰だって出来るようになる。そういう世界で育った自分。
 お蔭で、教師の道を選んで、この町で暮らし始めた時にも…。
(何処にどういう店があるのか、ザッと確認さえしたら…)
 何も困りはしなかった。
 仕事が終われば帰りに買い出し、その日の気分で色々な料理。
 一人の食卓も充分満足、「美味い!」と自分で自分の料理を褒めたりもして。
(次はこういう工夫をしよう、とか…)
 考えることは幾つもあったし、夕食の後はコーヒーを淹れて寛ぎの時間。
 書斎だったりリビングだったり、これまたその日の気分で決めて。
(…その辺は今も、まるで変わっちゃいないんだが…)
 基本の所は同じなんだ、と思ってはいても、たまに覚えてしまう寂しさ。
 「此処にあいつがいてくれたら」と。
 今は無理だと分かっていても。
 小さなブルーが前と同じに育たない内は、キスも出来ないと分かっていても。
(あいつが此処にいてくれたらなあ…)
 もう何もかもが違うんだ、と何度も夢を描いて来た。
 まだこの家には来ない恋人、来られない小さなブルーを想って。
 今のブルーは、この家を訪ねて来るのも禁止。自分が「来るな」と言い渡したから。
(自業自得だと思いはしないが…)
 あれは必要な決まり事だ、と理解していても、寂しくなるのはまた別の話。
 「ブルーが此処にいてくれたら」と、「まだまだ来てはくれないんだが」と。
 家に帰ってもブルーはいなくて、玄関の鍵も扉も自分で開けて入るしかない。
 「おかえりなさい!」という声も聞けずに、人の気配が無い家に。


 前はこうではなかったんだが、と思ってみても始まらない。
 自分はブルーに出会ってしまって、前と同じに恋をしたから。
 それも前よりずっと小さくなったブルーに、まだ十四歳にしかならない人に。
(いったい何処で間違えたんだか…)
 今のあいつとの出会い方、と苦笑したくなる神の悪戯。本当は奇跡なのだけれども。
 小さなブルーに現れた聖痕、あれで取り戻した前の生の記憶。
 だから奇跡で、神の悪戯ではないと知っている。
 今のブルーが子供時代を楽しめるように、神が選んで決めた出会いの時なのだけれど…。
(待ち時間ってヤツがたっぷりでだな…)
 まだまだブルーは来やしないんだ、と見回してみる自分の周り。
 本がズラリと並んだ書斎にブルーはいなくて、他の部屋へ捜しに行っても無駄。
 小さなブルーは両親と一緒に、何ブロックも離れた家にいるのだから。
(あいつと結婚できない間は、俺は一人で…)
 寂しい独身人生ってヤツだ、と心の中で思う「今」。
 これが当分続くわけだと、「あいつが育って十八歳にならないと」と。
 ブルーが結婚できる年になったら、もう早速にプロポーズ。
 もちろんブルーは断らないから、後はブルーの両親次第。
(可愛い一人息子が、男の俺と結婚するってことになったら…)
 腰を抜かすと思うんだが、と今から未来が見えるよう。驚き慌てるブルーの両親。
 「息子さんを下さい」と頼みに行ったら叩き出されて、門前払いの日々かもしれないけれど。
 結婚までには苦労が山ほど、茨の道が待っているかもしれないけれど。
(そうなった時は、頑張って乗り越えていかんとな?)
 夢は諦めたら終わりなんだぞ、と自分自身を叱咤する。
 ブルーと結婚するのが今の自分の夢なら、しっかり掴み取らないと、と。
 思いがけない壁に阻まれて、そう簡単には進めなくても。
 夢に見ているデートさえもが、あっさりと叶いはしなくても。
 ブルーを迎えに出掛けてみたって、「お帰り下さい」と門前払い。
 二階のブルーの部屋の窓から、悲しい瞳の恋人がこちらを見ているだとか。


(何が起こっても、負けてたまるか…!)
 其処で諦めたらおしまいなんだ、と改めて思う「夢」のこと。
 夢は自分で掴むものだし、諦めなければいつか必ず叶うもの。
 生徒たちにもそう教えて来て、自分だってそう歩んで来た。子供時代から今に至るまで。
(だからだな…)
 今の俺の夢がそれなら叶えるまでだ、と思う結婚。
 小さなブルーが育った時には、夢を叶えてブルーと二人。
 この家で暮らして、別れの時間は来はしない。「またな」と別れなくてもいい。
(あいつを嫁さんに貰うってことが…)
 夢だからな、と自分に誓う。
 今度こそブルーと幸せに生きてゆきたいのだから、夢は必ず叶えねば。
 ブルーの両親に叩き出されて、門前払いの試練が続いても。
 玄関先で追い払われては、デートも出来ない日々ばかりでも。
(それでも、俺が諦めなければ…)
 夢が叶って結婚なんだ、と夢見る未来。
 いつかはあいつと結婚式だと、ブルーと二人で暮らすんだから、と…。

 

         今の俺の夢・了


※幾つもの夢を叶えて来たのがハーレイ先生。そして今の夢はブルー君との結婚ですけど。
 もしかしたら門前払いの日々になるかも、けれど諦めたら其処でおしまい。夢は掴むものv








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(今日はハーレイ、盗られちゃった…)
 柔道部員の生徒たちに、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は学校でしか会えなかったハーレイ。
 挨拶をして、ほんの少しの立ち話。
 それでも充分、嬉しいけれど。会えないよりはマシなのだけれど、ちょっぴり寂しい。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 時間が許す限り一緒にいたいし、出来れば二人きりがいい。
(学校だったら、先生と生徒になっちゃうし…)
 それに人目もあるものだから、恋人同士の会話は無理。
 恋人のハーレイに会いたかったら、この部屋で。
 仕事帰りや、週末などに家を訪ねて来てくれるハーレイ。
 その時だけが恋人同士の時間で、この部屋の中でないといけない。
 両親は何も知らないのだから、父と母の目が届かない場所でだけ恋人同士になれる。
 もっとも、キスも出来ないけれど。
 キスを強請っても、「俺は子供にキスはしない」とハーレイは叱るのだけれど。
(それでも恋人同士だしね?)
 こんなチビでも「俺のブルーだ」と、優しく抱き締めてくれるハーレイ。
 膝の上に座って甘えてもいいし、キスは駄目でも幸せな時間。
 けれども、今日は駄目だった。
 「来てくれるかな?」とチャイムが鳴るのを待っていたのに、日が暮れて。
 ハーレイが来るには遅すぎる時間、そういう時刻になってしまって。
(…会議か、仕事だったんだろうけど…)
 でも、と頭に浮かんでくるのが柔道部員。
 彼らは放課後、ハーレイに会った筈だから。
 会議がある日も、仕事がある日も、ハーレイは指導に行くのだから。


 まるで詳しくない柔道。
 けれど分かっていることが一つ、ハーレイが学校に来ている日なら…。
(放課後は絶対、柔道部の方に行くんだよ)
 自分が指導する時間は無くても、その日のクラブ活動について、部員に伝えに。
 どういう練習内容にするか、何時まで練習を続けるのか。
(それを伝えないと駄目だ、って…)
 前にハーレイから聞いた。「そいつが俺の役目だからな」と。
 お飾りではない、「柔道部の顧問」という立場。
 学生時代はプロの選手に誘われたほどの、柔道の腕を持っているのがハーレイ。
 柔道部員の力を伸ばしてやるにはどうすればいいか、よく分かっているものだから…。
(必ず指導で、柔道部員の体調とかも確かめて…)
 それから会議や仕事にゆく。どんな時でも、顔を合わせる柔道部員たち。
 ハーレイはとても真面目なのだし、全員に声を掛けながら。
 自分が指導できない日ならば、普段以上に心を配って。
 一人ずつ順に名前を呼んでは、「調子はどうだ?」と訊いたりもする。
(ハーレイ、凄く優しいから…)
 それに勘だって鋭いのだし、柔道部員の僅かな変化にも気付く筈。
 無理をして出て来た生徒がいたなら、「お前、具合が悪いんじゃないか?」と。
 何処かを傷めた生徒がいたって、直ぐに指摘して。
(その足じゃ、今日の練習は無理だ、って叱ったり…)
 体調が悪い生徒に気付けば、「お前は今日は見学だ」とか。
 きっとハーレイなら見落とさない。
 いつも見ている部員たちだけに、彼らが嘘をついたって見抜く。
 「大丈夫です」とやせ我慢をするとか、怪我をしていないふりだとか。
 生徒の顔をじっと見詰めて、「本当か?」と。
 「俺にはそうは思えないがな」と、「その足、ちょっと動かしてみろ」と。
 それで嘘をついたことがバレても、ハーレイならば叱らない。
 決して、頭ごなしには。…彼らが無理をしようとしたこと、それにも理由があるのだから。


 練習を休めば、柔道の腕は落ちるという。
 体育さえも見学ばかりの自分にはよく分からないけれど、「なまっちまう」と聞かされた。
 毎日きちんと練習すること、その積み重ねで上達してゆく。
(今日は出来なかったことが、明日になったら出来るとか…)
 そんな具合に伸びてゆくけれど、休んでしまえば伸びてくれない。
 練習を休めば、たちまち身体が忘れてしまう。
 どう動くのがいいか、対戦相手にどう向き合うか。
 せっかく練習を重ねて来たのに、忘れるのはとても早いらしい。
(一日くらいなら、忘れなくても…)
 まるで練習しないでいたなら、三日もすれば、もう動けない。
 そうなる前に、サッと動けていたようには。
 考えなくても身体が動いて、技をかけたり、かけられた技を躱したようには。
(そうなっちゃったら、置いていかれちゃうから…)
 他の部員は先へと進んで、取り残されてしまう「休んだ」部員。
 「それは嫌だ」と、無理をしたくもなるだろう。
 ほんのちょっぴり頭痛がするとか、熱っぽいとかいうだけならば。
 足が痛いと思っていたって、歩く分には問題が無いようならば。
(…ぼくなら休んで見学だけど…)
 体育の授業を休むけれども、休みたくないのが柔道部員。毎日の放課後の練習を。
 朝の練習が終わった後に、何処か具合が悪くなっても。
 休み時間に歩いた廊下や階段、其処でウッカリ足を捻ったりしていても。
(…休んじゃったら、その分、腕が落ちちゃうから…)
 無理をしてでも練習を、と思うのが柔道部員たち。
 けれども、それは間違いらしい。
 ハーレイがそう言っていた。
 無理をした分、回復が遅くなってゆくから、大きな故障に繋がりかねない。
 ほんの一日休んでいたなら、治った筈の体調不良。それで一週間寝込むとか。
 何日か休めば引いた筈の痛みが取れなくなって、一ヶ月ほど見学する羽目に陥るだとか。


 まだまだ未熟な生徒だからこそ、見極められない自分の体調。
 無理をしていいか、しては駄目なのか、その判断も出来ないくらいに。
(だからハーレイが見に行って…)
 一人一人の様子を確かめ、それから決める練習内容。自分が指導できない日でも。
 今日はそういう日だっただろうか、それとも柔道部を指導した後で…。
(会議だったとか、他の先生たちと食事とか…)
 ハーレイがどう過ごしたのかは分からないけれど、間違いないことが一つだけ。
 柔道部員の生徒たちとは、放課後に顔を合わせたこと。
 全員と幾つか言葉を交わして、適切な指示をしたということ。
 ハーレイが指導をする時にだって、健康チェックは欠かさないから。
 朝の練習では元気だった生徒、それが放課後には体調不良になっていることもあるのだから。
(…柔道部員は、ちゃんと放課後にハーレイに会って…)
 一人ずつ言葉も掛けて貰って、もしかしたら一緒に練習だって。…いつものように。
 けれど自分は家に一人で、ハーレイは来てくれなくて…。
(…柔道部員に盗られちゃったよ…)
 身体のことを心配してくれるハーレイを、と悔しい気持ち。
 ハーレイだったら、身体ばかりか心にも気を配るだろう。
 悩み事を抱えた生徒がいたなら、きっと見抜いてしまうから。「どうしたんだ?」と。
 心に悩みを抱えたままだと、練習中に起こりかねない怪我。
 上の空では技を躱せはしないし、かけたつもりの技に失敗したりもする。
(ハーレイ、前に言ってたもんね…)
 心技体を鍛える武道が柔道、心も強くなければ、と。
 強い心を作るためには、自分に打ち克つことも大切。
 悩みがあるならきちんと整理し、自分自身が克服すること。
 「その手伝いも俺の役目だからな」と、「気付いたら無視は出来んだろうが」と。
 今日も誰かが悩みを聞いて貰っただろうか、ハーレイに…?
 全員が元気だったとしたって、ハーレイはそれを確かめに出掛けたのだから…。


 いいな、と零れてしまう溜息。
 自分は家で独りぼっちで過ごしていたのに、柔道部員はハーレイと一緒。
 ほんの少しの間だけでも、一人一人に配られる視線。それから言葉。
(…ハーレイは、ぼくのハーレイなのに…)
 柔道部の顧問の先生だけれど、前のぼくだった時から恋人、と悲しい気分。
 「今日はハーレイを盗られちゃった」と、「ハーレイ、来てくれなかったから」と。
 もしも自分がチビの子供でなければ、ハーレイは側にいてくれるのに。
 結婚して一緒に暮らしていたなら、「ただいま」と帰って来てくれるのに。
(柔道部の生徒と会った後には、ぼくが待ってる家に帰って…)
 それからゆっくり二人で過ごして、眠る時にも同じベッドで。
 ハーレイの帰りが遅くなっても、先にベッドで眠っていたら…。
(遅くなってすまん、って…)
 声が聞こえて、ふわりと抱き締められるのだろう。温かな腕で、広い胸の中に。
 ハーレイは自分の恋人だから。…前の生から恋人同士で、生まれ変わっても出会えたから。
(…今は柔道部員に盗られちゃうけど…)
 結婚したら、ハーレイは誰にもあげないんだから、と眺めたハーレイの家の方角。
 何ブロックも離れているから、ハーレイの姿は見えないけれど。
 窓から覗いても家の屋根さえ見えないけれども、其処で暮らしているハーレイは…。
(絶対、誰にもあげないからね)
 ぼくと結婚した後は、と思う自分の未来のこと。
 ハーレイが柔道部員をどんなに気にしていたって、家に帰れば自分のもの。
 「おかえりなさい」と抱き付いて迎えて、キスを交わして、二人きり。
 後は朝まで誰にもあげない、とハーレイの顔を思い浮かべる。
 「ハーレイは、ぼくのハーレイだもの」と。
 結婚したら二人で暮らすんだからと、ハーレイはぼくだけのハーレイだよ、と…。

 

         誰にもあげない・了


※ハーレイ先生を「柔道部員に盗られちゃった」と思うブルー君。自分の家で会えなくて。
 けれども、いつか結婚したなら、家に帰って来たハーレイ先生をしっかり一人占めv








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(まだ何年もかかるんだよなあ…)
 少なくとも四年近くはかかる、とハーレイがふと考えたこと。
 夜の書斎でコーヒー片手に、小さなブルーを思い浮かべて。
 今日はブルーの家には寄らずに帰って来たから、学校で言葉を交わしただけ。
 挨拶の後に、ほんの少しの立ち話。
 それだけでおしまいだったけれども、会えただけでも充分、嬉しい。
 前の生から愛し続けた恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ブルーと一緒に青い地球の上にいられるだけでも、今の自分は幸せ者だと思うから。
 それにいつかは結婚できるし、今度こそブルーといつまでも一緒。
 同じ家で暮らして、二人で食事。もちろん眠る時だって…、と未来への夢は尽きないけれど。
 その日が来るのはまだ先のことで、四年近くはかかる現実。
 十四歳にしかならないブルーは、結婚できる年を迎えてさえいない。
 今の学校を卒業してから、やっと迎える十八歳の誕生日。三月の一番最後の日に。
 其処でようやく結婚できる年になるわけで、「まだまだ先」と言ってもいい。
 おまけにチビの子供のブルー。
 前の生で初めて出会った頃と全く同じに、細っこい手足をした子供。
(小さなあいつも可愛いんだが…)
 幼さの残るブルーの顔立ち、声変わりしていない声。
 前のブルーが失くしてしまった子供時代の記憶の一切、それをもう一度手に入れたブルー。
 今もせっせと幸せな記憶を増やしているから、見守る自分も幸せな気分。
 前の分まで楽しんで欲しい子供時代。ゆっくり育って、存分に。
(そう思って、あいつを見てるわけだが…)
 先は長いな、と改めて気付かされたこと。
 小さなブルーが子供の間は、一向に来ない結婚できる日。
 ブルーと二人で暮らせる日までは、まだまだ時間がかかるのだな、と。


 とはいえ、とうに覚悟の上。何年も待つということは。
 いつもブルーに「ゆっくり育てよ」と言い聞かせるのも、心の底から思うこと。
 急いで育って前のブルーと同じ姿にならなくても…。
(子供時代は二度と戻って来ないしな?)
 せっかくだから、うんと楽しめ、とブルーにも何度も言ってある。
 小さなブルーは渋々といった顔だけど。…不満そうではあるけれど。
 なにしろブルーの望みときたら、前のブルーと同じ背丈になるまで育つこと。
 そうすればキスが出来るから。
 「それまで俺はキスはしない」と叱り付けたり、睨んだりする日々だから。
 キスを断ったら、たちまちプウッと膨れるブルー。フグみたいに。
 そんな姿も可愛く思う自分がいるから、何年だって待つけれど。
 何十年でも待てるけれども、ブルーが育ち始めたら…。
(…そりゃあ幸せな気分だろうな?)
 もうすぐだよな、と心の中で指折り数えて待つハッピーエンド。
 今のブルーを手に入れられる日。
(プロポーズはともかく、難関は色々あるんだが…)
 何も知らないブルーの両親、教師で守り役の自分が「息子さんを下さい」と申し込んだら…。
 いったい何が起こるやら、と心配の種は山のよう。
 男同士の結婚だけでも、途惑うだろうブルーの両親。
 その上、いつも家に出入りしていた「ハーレイ先生」が、一人息子を欲しがるのだから。
(まあ、その時になればだな…)
 案外、上手くいくかもしれない、と楽観的な自分もいる。
 前の生から恋人同士で、こうして生まれ変わった二人。
 もう間違いなく運命の恋人同士なのだし、「上手くいくさ」と。
 壁にぶつかっても、それもいつかは「いい思い出」。
 神様が手を貸して下さるだろうし、ブルーと越えてゆける筈、と。
 ハッピーエンドのウェディングベルを、幸せ一杯で鳴らせるだろうと。


 いつか迎えるハッピーエンド。
 小さなブルーが育ち始めたら、ぐんぐん近付く結婚式の日。
(前のあいつとそっくり同じに育ったら…)
 一番に贈りたいのがキス。恋人同士の唇へのキス、それをブルーに。
 小さなブルーが欲しくて欲しくて、あの手この手で強請り続ける「本物のキス」を。
 キスを交わせるようになったら、デートも解禁。
 ブルーと二人で出掛けてゆけるし、車に乗せてドライブだって。
(結婚に向けて、準備もしないといけないが…)
 その前にまずは楽しまないと、と思うブルーとのデートやドライブ。
 前の生では誰にも言えない恋だったのだし、デートなど出来るわけがない。
 そうでなくても白いシャングリラが世界の全てで、デートもドライブも無理だった二人。
(前の俺たちの分までデートだ)
 それにドライブ、と顔が綻ぶ。
 結婚までにも素晴らしい日々がやって来るのが、小さなブルーが前と同じに育った時。
 「その日が来るのが楽しみだよな」と、「あいつが育ってくれたなら」と。
 きっとブルーが育ち始めたら、胸が躍るような毎日だろう。
 学校で、ブルーの家で会う度、「昨日よりも育った」ブルーの姿。
 自分との背丈の差が少しずつ縮み始めて、顔立ちも大人びてゆくブルー。
(声変わりもして、チビは卒業で…)
 どんどん美人になっていくんだ、と誇らしい気持ち。
 今の時代も、前のブルーは絶大な人気。写真集が幾つも出るほどに。
 気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーに日毎に似てゆく今のブルー。
(そのブルーが俺の恋人で…)
 俺は最高の美人を手に入れるんだ、と思った所で気が付いた。
 小さなブルーが育ち始めたら、誰もが目にする「美しく育ってゆく」ブルー。
 すらりと伸びた華奢な手足に、非の打ち所がない美貌。
 前のブルーと瓜二つの美人、それが日に日に育つのだから…。


(…見てりゃ、誰でも分かるよな?)
 今のブルーが凄い美人に育つこと。
 チビの子供の今は全く気付かれなくても、背が伸びて育ち始めたら。
(…そうなってくると…)
 きっと誰もが目を向ける。
 ソルジャー・ブルーとそっくり同じに育ちそうなブルーに、育つ途中の今のブルーに。
 「凄い美人になりそうだ」と。
 その片鱗が見え始めたなら、もう早速に…。
(学校の女子が目を付けそうだぞ、なんたってソルジャー・ブルーだからな)
 恋に恋するような年頃の子でも、放っておきはしないだろう。
 夢の王子様に恋をするように、群がるだろうブルーの周り。
(…あいつが困っちまっていても…)
 気にもしないでキャーキャー騒いで、手渡しそうなプレゼント。
 手作りの菓子だの、頑張って作った小物だの。
 学校でさえも、そういう有様。…ブルーの周りに群がる女子たち。
(でもって、あいつが街にでも出たら…)
 上の学校に通う生徒や、大人たちだって気付くだろう。
 「凄い美人が歩いている」と、「声を掛けたら、話くらいは出来るかも」と。
 小さなブルーが育ち始めても、人柄は今と同じだから…。
(知らんぷりして行きやしないぞ…)
 何の用かと振り返りそうな、今よりも育った小さなブルー。
 もう小さくはないけれど。前のブルーとそっくり同じに育つ途中の姿だけれど。
(まさか、一緒にお茶を飲んだり…)
 飯を食ったりはしないと思うが、と分かっていたって、気掛かりなこと。
 何人がブルーに目を付けるだろうと、呼び止めて話そうとするだろうかと。
(運が良ければ、ちょっぴり話すくらいはな…?)
 出来るわけだし、それが出来たら充分、ラッキー。
 そんな気持ちでブルーを呼び止め、話す輩が出て来そうだが、と。


 なんてこった、と見開いた瞳。
 育ってゆくブルーを自分が見守る間に、一足お先にブルーに声を掛ける人間。
 学校だったら女子生徒たちで、それは賑やかに騒ぐのだろう。
 ブルーに振り向いて貰いたいから、菓子などのプレゼントを用意して。
 学校ではなくて街角だったら、「駄目で元々」とブルーを呼び止めそうな連中。
(あいつ、絶対、止まって話を聞くんだから…)
 興味を引かれる話題だったら、熱心に聞いていそうなブルー。
 相槌を打って、「それで?」と先を促しもして。
 「何処かでゆっくり座って話そう」と誘われたって、断りそうにないブルー。
 今の時代は「よからぬ輩」はいない時代で、とても平和な時代だから。
 見知らぬ誰かとお茶を飲もうが、食事をしようが、要らない心配。
(…それで気が合えば、また待ち合わせで…)
 どんどん仲良くなったりするから、ブルーにも掛けられそうな声。
 運が良ければ凄い美人と付き合えるのだし、「いいな」と思った男性たちから。
(…それは大いに困るんだが…!)
 ブルーは俺のブルーなんだ、と思うけれども、育つ途中は出来ないデート。
 自分がそういう決まりを作って、ブルーと約束したのだから。
(…あの約束はマズかったか?)
 もっと柔軟にすべきだろうか、と今から心配する未来。
 「ブルーは俺のブルーだからな」と。
 けして誰にも譲りはしないし、自分よりも先にデートされてはたまらない。
 誰にもやらない、と思う恋人。
 いつか決まりを変えてでも。前と同じに育つ前から、デートすることになったとしても…。

 

         誰にもやらない・了


※ブルー君との未来を夢見るハーレイ先生。いつか必ずハッピーエンド、と。
 けれどブルー君が育ち始めたら、誰かに先を越される恐れがあるデート。譲れませんよねv








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(ハーレイのケチ…!)
 もう本当にケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は学校の教師のハーレイ、その恋人が今日は訪ねて来てくれたけれど。
 この部屋で二人、ゆっくり時間を過ごせたけれども、過ごした時間の中身が問題。
(ぼくにキスして、って頼んだのに…)
 キスをくれなかったケチな恋人。
 「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの台詞で断って。
 そんな決まりは要らないのに。ハーレイが勝手に決めた決まりで、酷すぎる決まり。
 前の自分と同じ背丈に育たない限りは、キスは額と頬にだけ。
 恋人同士のキスは贈って貰えない。
 欲しくてたまらない唇へのキス、唇と唇を重ねるキスは。
(いつ頼んでも、断られちゃって…)
 ついでに叱りもするハーレイ。時には腕組みして睨んだりも。
 「何度言ったら分かるんだ?」と。
 キスを贈ってくれる代わりに、苦い顔。唇だって、綻ぶ代わりに引き結んで。
 だからプウッと膨れてやる。
 不満な気持ちをぶつけてやるなら、それが一番だと思うから。
 俯いてションボリしょげているより、「怒ってるんだ」と顔に出すこと。
 今日もプンスカ怒って膨れた、「ハーレイのケチ!」とキッと睨んで。
 キスを断って叱った恋人、ハーレイに向かって仕返しとばかり。
(ぼくが怒っているんだってこと…)
 顔を見れば一目で分かるだろうに、ハーレイときたら、謝りさえもしなかった。
 謝るどころか、放っておいて知らんぷり。
 涼しい顔で紅茶のカップを傾け、ケーキも「美味いぞ」と頬張って。


 負けてたまるか、と膨らませた頬。
 こんな意地悪な恋人なんかに、ぼくは絶対負けないんだから、と。
(ずっと膨れてたら、根負けしてキス…)
 そういうことも起こりそうだ、と思って頬っぺたを膨らませるのに。
 紅茶もケーキも我慢でプンプン怒っているのに、ハーレイも負けていなかった。
 暫くそのまま放っておかれて、それから伸びて来た両手。
 とても大きな褐色の両手、それがペシャンと潰した頬っぺた。…顔の両側から。
 「それじゃ紅茶も飲めんしな?」と、言葉だけは親切なのだけど。
 紅茶が冷めてしまう前にと、美味しいケーキも食べられるようにと、心遣いは優しいけれど。
(言ってることと、態度が全く違うってば…!)
 頬っぺたを見事に潰した後には、しげしげと眺められたから。
 不満たらたらの、自分の顔を。
 しかも頬っぺたを押し潰されて、きっとヘンテコになった筈の顔を。
 鳶色の瞳にまじまじ見られて、「ハコフグだな」と酷い言葉で評された。
 そのハコフグは、ハーレイの恋人の顔なのに。
 ハーレイが自分で頬っぺたを潰して、ハコフグにしてくれたのに。
(最初から、そのつもりなんだから…!)
 頬っぺたを潰しにかかる前から、ハーレイは「ハコフグ」を見るつもり。
 そうでなくても膨れた時には、「フグだ」と言ってくれるから。
 頬っぺたを潰したらハコフグなことも、ハーレイは知っているのだから。
(ぼくはホントに怒ってるのに…!)
 キスを断られて膨れているのに、ハーレイは意にも介さない。
 いつも「駄目だ」と断られるキス、チビの自分は膨れっ面が精一杯。
 その顔だって、今日みたいにペシャンと潰される。
 甘くて優しいキスの代わりに、大きな両手で潰される顔。
 それを眺めて笑うハーレイ、「ハコフグだよな」と。
 怒って唇を尖らせていても、気にせずに。
 どんなにプンスカ怒ってみたって、少しも謝らないハーレイ。


 酷すぎるよ、と思うけれども、今日もペシャンとやられた頬っぺた。
 ハーレイに観察されて「ハコフグ」呼ばわり、貰えなかった唇へのキス。
 前の生から恋人同士で、奇跡みたいに会えたのに。
 ずっと遥かな時の彼方で、二人で行こうと夢見た地球。
 あの頃には無かった青い地球の上に、生まれ変わって来られたのに。
(ちゃんと今でも恋人同士で…)
 ハーレイは自分を抱き締めてくれて、「俺のブルーだ」と言ってはくれる。
 結婚できる年になったら、結婚しようと約束だって。
(ハーレイのお父さんとお母さんには…)
 いつか結婚する相手だから、と話してくれたのがハーレイ。
 お蔭で貰えた、夏ミカンの実のマーマレード。
(パパとママは何も知らないから…)
 美味しく食べているのだけれども、金色をしたマーマレードは自分のもの。
 まだ会ったことがないハーレイの両親、その人たちからの贈り物。
 「新しい家族が増えた」と喜んでくれた優しい人たち。
 結婚式も挙げない内から、会いに行ってもいない内から。
(…ちゃんと話をしてくれたんなら、ぼくにだって…)
 もっと恋人らしくしてよ、と頼んでみたって、駄目らしい。
 ハーレイが勝手に決めた約束、それが小さな自分をキュッと縛るから。
 前の自分と同じ背丈に育たない内は、キスは貰えない決まりだから。
(だけど、例外…)
 どんな決まりにも例外はあるし、約束だって似たようなもの。
 その時々で変わるものだし、場面に合わせて変わりもする。
 キスの決まりもそれと同じで、ちょっと変わっても良さそうなのに。
 普段は駄目でも、たまにはキスを贈ってくれても…。
(駄目ってことはない筈だよね?)
 そう思うから、頑張る自分。
 何度頬っぺたを押し潰されても、フグやハコフグだと笑われても。


 けれど失敗続きの日々。
 今日もやっぱりフグでハコフグ、貰えなかったハーレイのキス。
 優しいキスをくれる筈の唇、それは笑いを湛えていただけ。
 頬っぺたを潰されて怒る自分を観察していた、恋人の顔の定位置で。
 「唇は此処」と神様が決めている場所、其処でニヤニヤ、それは可笑しそうに。
(…前のぼくは膨れてないけれど…)
 膨れっ面をした覚えは無いのだけれども、もしも膨れていたならば。
 前のハーレイに向かって「ケチ!」と怒っていたなら、きっと笑いはしない唇。
 ハーレイはとても酷く慌てて、「すみません」と詫びてくれただろう。
 いったい何が気に障ったかと、平謝りで。
(前のハーレイなら、きっとそうだよ…)
 恋人の頬っぺたを潰しはしないし、ニヤニヤ笑って観察もしない。
 大急ぎで詫びて、言葉だけでは済まなくて…。
(もう絶対に、お詫びのキス…)
 それを贈ってくれた筈。強い両腕でギュッと抱き締めたりもして。
 膨れっ面になった恋人、前の自分の機嫌が元に戻るまで。
 「もういいから」と、笑みを浮かべてハーレイのことを許すまで。
(…前のぼくだと、そうなるってば…)
 分かっているから、もう悔しくてたまらない。
 同じ唇は其処にあるのに、チビだから貰えない唇へのキス。
 ハーレイの唇がキスをくれるのは、いつでも頬と額だけ。
 前の自分なら、いくらでもキスを貰えたのに。
 「ハーレイのケチ!」と膨れてやったら、膨れっ面をやめるまでキスを幾つも。
 きっと困った顔のハーレイ、「申し訳ありませんでした」と。
 「どうか機嫌を直して下さい」と、「キスで駄目なら、お菓子を貰って来ましょうか?」とか。
 前の自分も、甘いお菓子が好きだったから。
 甘いお菓子は幸せな気持ちを連れて来るから、幸せな気分で食べていたお菓子。
 前のハーレイも知っていたから、キスで駄目ならお菓子の出番。


 そんな具合にキスを貰えたのが前の自分。
 キスで機嫌が直らないなら、きっとお菓子もつけて貰えた。
 けれどもチビの自分の場合は、お菓子を理由に潰される頬。…ハーレイの手で。
 「そのままじゃ菓子が食えんだろう」と、親切に。
 大きな両手でペシャンとやられて、可笑しそうに笑うハーレイの顔。
 キスをくれない唇だって、一緒になって笑っている。
 ハーレイの顔にくっついて。
 神様が決めた唇の居場所、其処でニヤニヤ、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
(…なんで、あんなに意地悪なわけ?)
 同じハーレイの唇なのに、と悔しい気分。
 優しいキスをくれる唇、それはハーレイの顔にあるのに。
 前の自分の記憶そのまま、愛おしい人が顔に持っているのに。
(…ハーレイもケチだけど、唇もケチ…)
 ハーレイと一緒になってケチだよ、と唇までケチに思えてしまう。
 自分にキスをくれる代わりに、笑うから。
 ハーレイの顔にくっついたままで、「ハコフグだよな」などと言うから。
(あの唇も、ケチで意地悪…)
 前ならもっと優しかったよ、と膨れてみたって、無駄なこと。
 此処にハーレイがいたとしたなら、きっと両手が伸びて来るから。
 「そんな顔だと、寝られないだろう」と、言葉だけはとても親切に。
 ゆっくりぐっすり眠れるようにと、ペシャンと潰してくれる頬っぺた。
(これでぐっすり寝られるな、って…)
 あの唇が言うのだろう。さも可笑しそうに、笑いをたっぷり含んだ声で。
 「ハコフグはもう寝る時間だぞ」と、「しっかり寝ろよ」と、子供扱いして。
(…ハーレイも唇も、とってもケチ…)
 それに意地悪、と悔しいけれども、決まりは決まり。チビの自分は貰えないキス。
 だからプンスカ怒って膨れて、ハーレイの唇にも怒ってやる。
 「君の唇も、うんとケチだよ」と、「前よりもケチになったってば」と…。

 

          君の唇・了


※ブルー君が貰い損なったキス。膨れても、頬っぺたを潰されただけ。「ハコフグだな」と。
 唇までケチになっちゃった、とケチな恋人に膨れっ面。キスはまだまだ貰えませんねv








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