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(ハーレイのケチ…)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれた。
 この部屋で二人、お茶とお菓子をお供に話して、昼食も。
 「夕食の支度が出来たわよ」と母が来るまで、たっぷりとあった二人きりの時間。
 母が部屋には来ない時間も、今では把握しているから…。
(ぼくにキスして、って…)
 ハーレイの膝に座って頼んだ。
 「おでこや頬っぺたは駄目だからね」と、恋人同士の唇へのキスを。
 けれども、くれなかったハーレイ。
 「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの台詞。
 眉間の皺まで少し深くなって、こちらを睨んでくるものだから…。
 叫んでやった「ハーレイのケチ!」。
 これは自分のお決まりの台詞、ハーレイにキスを断られた時にぶつける言葉。
 もうプンプンと怒って膨れて、唇だって尖らせてやる。
 あまりにもケチな酷い恋人、いつも断られる「本物のキス」。
 遠く遥かな時の彼方で、何度もキスを交わしたのに。
 恋人同士で長く暮らした白い船。
 キスを交わして、愛を交わして、本当に幸せだったのに。
(それなのに、ケチになっちゃって…!)
 酷いんだから、と思い出すだけで腹が立つから、またまたプウッと膨らませた頬。
 此処にはいない恋人に向けて、「ハーレイのケチ!」と。
 この時間ならば、きっとコーヒーを飲んでいるだろう。
 昼間に叱ったチビの恋人、此処で膨れている自分。
 その存在などすっかり忘れて、気に入りだと聞く夜のコーヒーブレイク。
 休日なのだし、豆から挽いてみたりもして。


 ぼくのことなんか忘れているよ、と思うと余計に膨らむ頬っぺた。
 唇だって尖ってくるし、ハーレイが此処にいたならば…。
(昼間みたいに、ぼくの頬っぺた…)
 両側からペシャンと潰すのだろう、褐色をした大きな手で。
 前の自分にキスをくれる時は、同じ手が優しく頬を包んでくれたのに。
(頬っぺたの扱い方まで違うよ)
 愛おしむように触れてくれたのが、前のハーレイの武骨な手。
 その手は今も変わらないのに、潰されてしまう自分の頬っぺた。
 挙句にプッと吹き出すハーレイ、「フグがハコフグになっちまったぞ」と。
 頬っぺたを膨らませた時は「フグ」だし、その頬っぺたを潰された後は「ハコフグ」になる。
 なんとも酷い渾名をつけて、クックッと笑い続ける恋人。
 フグはともかく、ハコフグの方は、ハーレイがやったことなのに。
 大きな両手で頬っぺたを潰してしまわなかったら、そんな顔にはならないのに。
(もう、本当に酷すぎるってば…)
 それにケチだ、と嘆くしかないハーレイのこと。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 出会えた時には、どれほど嬉しかっただろう。
 「ハーレイなんだ」と、「また会えたんだ」と、薄れゆく意識の中で思った。
 聖痕からの酷い痛みと出血、それでも胸に溢れた喜び。
 二度と会えないと思った人に、また会えたから。
 絆は切れてしまったのだと、前の自分は泣きながら死んでいったのに。
(…ただいま、ハーレイ、って…)
 見舞いに来てくれたハーレイに此処で告げた時には、また始まると信じた恋。
 「帰って来たよ」と微笑んで、二人、抱き合った時は。
 母がこの部屋を出ている間に、束の間の逢瀬を果たした時は。
(前のぼくたちの、恋の続きを…)
 生きてゆける、と頭から信じて疑わなかった。
 何もかもが元に戻ったのだと、またハーレイに会えたのだから、と。


 そう思ったのに、こうして一人で膨れっ面。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒っている自分。
 前の自分の恋の続きは、まるで意のままにならないもの。
(ハーレイとキスも出来ないなんて…)
 いったい誰が思うだろうか、気が遠くなるほどの時を飛び越えて出会った恋人同士なのに。
 今だって好きでたまらないのに、キスの一つも交わせはしない。
 ハーレイはケチになったから。
 どんなにキスを強請ってみたって、「俺は子供にキスはしない」の一点張り。
 「キスしてもいいよ?」と誘惑したって、いつもハーレイは笑うだけ。
 そうでなければ叱られる。「子供は子供らしくしていろ」と。
 今の自分はチビだから。
 十四歳にしかならない子供で、前の自分と同じ姿を持たないから。
(だけど、そんなの、見た目だけだよ…)
 ぼくの中身は前とおんなじ、と思うけれども、それに自信が無いのも事実。
 前の自分は、膨れっ面などしなかったから。
 今と同じにチビの頃にも、きちんと自分を律していた。
 船の仲間たちに、要らぬ心配をさせぬよう。…皆の負担にならないよう。
(チビでも、頑張らなくちゃ、って…)
 脱出したばかりの船の片付けに励みもしたし、食料だって奪いに出掛けた。
 元から船にあった食料、それが尽きると分かった時に。
 前のハーレイから聞かされて知って、「そんなの嫌だ」と思った時に。
 食料が尽きてしまうのだったら、後は飢え死にするしかない。
 しかも、ハーレイたちは優しい。ゼルもブラウも、ヒルマンたちも。
(…最後の食事は、ぼくに譲って…)
 きっと自分たちは食べもしないで、「いいから、食べろ」と言いそうな感じ。
 そうしたら皆は死んでしまって、チビの自分が最後に飢える。
 もはや誰一人生きていない船で、一人きりで飢えて死ぬしかない。
 それは嫌だ、と懸命に奪って来た食料。…今と同じにチビだったのに。


 前の自分と比べてみたなら、今の自分は「ただのチビ」。
 両親に守られて育つ子供で、なんの不自由もしていない。
 暖かい家も、自分だけの部屋も、何もかも揃った幸せな子供。
(…前のぼくとは、環境ってヤツが違うから…)
 我儘にだってなっちゃうよね、と自分に言い訳したくなる。
 膨れっ面をしてしまうのも当然だよねと、「そんな風に育ったんだから」と。
 おまけに正真正銘の子供、前の自分のように成長を止めてはいない。
 生まれた時から十四年しか経っていないのだし、檻に閉じ込められてもいない。
 人体実験をされる代わりに、優しい両親が育ててくれた。
 熱を出したら「大変!」と面倒を見てくれる母と、「病院に行こう」と車を出す父。
 甘やかされて育った自分は、前の自分と違って当然。
(ハーレイだって、前と違うじゃない…!)
 隣町に住む、今のハーレイの父と母。
 釣りの名人だと聞いている父と、夏ミカンの実のマーマレード作りが得意な母と。
 そういう両親がハーレイを育てて、今もハーレイを見守っている。
 ハーレイはこの町で一人暮らしをしているけれども、隣町の家に行ったら「大きな子供」。
(自分だって、子供扱いのくせに…)
 どうして、ぼくだけチビって言うの、とプンプンと怒りたくもなる。
 見た目は確かにチビだけれども、中身はちゃんと前の自分。
 ちょっぴり自信が持てない部分は、今の自分の環境のせい。
(ぼくはぼくだし、ハーレイのことも思い出したし…)
 前の自分の恋の続きを、生きられたって良さそうなのに。
 抱き締めて貰ってキスを交わして、とても幸せな二人きりの時間。
 両親と一緒に住んでいるから、愛を交わすのは難しそうだけれども。
(…ママがいきなり来ちゃったら…)
 キスの方なら、サッと離れておしまいだけれど、そうはいかない「愛を交わしていた時」。
 ベッドの中に二人でいたなら、もう言い訳は出来ないから。
 二人とも服を着ていなかったら、絶望的な状況だから。


(そっちは駄目だ、って分かってるけど…)
 キスくらいなら平気なのに、と胸一杯に膨らむ不満。
 「ぼくにキスして」と強請る度に「駄目だ」と断られては、叱られる。
 今日みたいに頬っぺたを潰されもするし、なんともケチになったハーレイ。
(なんでキスしてくれないの?)
 前のぼくたちの恋の続きはどうなってるの、と責めたいけれど。
 ハーレイに文句を言いたいけれども、それで喧嘩になったなら…。
(…もう来てやらん、って言われちゃうとか…)
 今のハーレイなら言いかねないから、本気で喧嘩はとても出来ない。
 「当分、俺は来ないからな」と言い放ったなら、ハーレイはきっと実行する。
 学校で会ったら「元気そうだな」と笑顔を見せても、家には訪ねて来てくれないで。
(ホントにやりかねないんだから…)
 それは困る、と売らない喧嘩。せいぜい頬っぺたを膨らませるだけ。
 ハコフグにされてしまった時にも、プンスカ怒りはするけれど…。
(…ハーレイが怒って、来なくなったら悲しいもの…)
 キスが貰えないだけの今より、もっと悲惨になる毎日。
 いくら待っても、ハーレイが来てくれなかったら。
 門扉の脇のチャイムは鳴らずに、どんどん月日が経っていったら。
 それは嫌だし、ハーレイに会えない毎日だなんて、考えただけでも悲しくて辛い。
 頬っぺたをペシャンと潰されるよりも、「ハコフグだよな」と笑われるよりも。
(…どっちもホントに許せちゃうよね…)
 ハーレイが来てくれるからこそ、潰されてしまう両の頬っぺた。
 「ハコフグだな」と笑う姿も、ハーレイが来てくれなかったら見られない。
 それを思うと許せちゃうよね、と許すしかないケチな恋人。
 前の自分の恋の続きは、ハーレイ無しでは無理だから。
 キスも貰えない日々が続いても、恋が壊れてしまうよりかは、ずっと幸せでマシなのだから…。

 

          許せちゃうよね・了


※「ハーレイのケチ!」と頬を膨らませるブルー君。夜になっても、昼間のことを思い出して。
 けれど怒っても、許してしまう「ケチなハーレイ」。ハーレイ無しでは辛いですものねv









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(ハーレイのケチ、なあ…)
 俺はケチではないんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は休日、午前中からブルーと過ごした。
 お茶とお菓子や、二人きりでの昼食や。
 ブルーの部屋だから、両親の目は届かない。母がやってくる時を除けば。
 そういう時には甘えるブルー。
 膝の上にチョコンと座りたがったり、抱き付いてみたり。
(そのくらいなら、可愛いんだが…)
 どんどんエスカレートするのがブルーで、やがて言い出す困った言葉。
 「ぼくにキスして」と、「おでこや頬っぺたは駄目だからね!」と。
 唇へのキスが欲しいのがブルー、恋人同士が交わすキスなら、そうだから。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーとは何度もキスしたものだから。
(しかしだな…)
 今は全く事情が違う。
 相手は同じブルーでも。前の自分の記憶そのまま、そういうブルーなのだけど。
(あいつ、忘れちゃいない筈だが…?)
 前のブルーが、今の姿をしていた時期を。
 成人検査を受けた日のまま、心も身体もまるで育っていなかった頃を。
 燃えるアルタミラで出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
(てっきり子供なんだと思って…)
 何かと面倒を見てやったもの。自分よりも遥かに幼かったから。
 年上なのだと分かった後にも、やはり中身は「本当にチビ」だったものだから…。
(俺たちが育ててやらないと、と俺もブラウやエラたちも…)
 せっせとブルーに話し掛けたり、船の中を散歩に連れ出したり。
 そうやってブルーを育てていた時期、それが今のブルーが持っている姿。
 十四歳にしかならない子供で、心も同じに見た目通りのチビのブルーが。


 前の自分は、ブルーに恋をしたけれど。
 恋人同士のキスを交わして、愛も交わしていたけれど…。
(今のああいうチビじゃなくって…)
 育った姿だったからな、と断言できる。
 前のブルーが大きく育って、その成長を止めた後。
 若々しい姿だったけれども、強いサイオンを保つためには丁度いい器だったのだろう。
 チビの姿を卒業したのは、脱出してから何年経った頃だったか。
 けれど、ブルーが美しい姿に育った後にも、前の自分は恋してはいない。
 もちろん、ブルーの方だって。
(俺の一番古い友達で、船で一番の親友で…)
 互いにそうだと思っていたから、親しく行き来していた部屋。
 ブルーがソルジャーを名乗るようになって、前の自分の言葉遣いは変わったけれど。
 「ソルジャーには敬語で話すように」と、皆に徹底させたのがエラ。
 だから敬語に切り替えた。
 ヒルマンやゼルや、ブラウ辺りは「それまで通りに」ブルーと話していたけれど。
 敬語など使いはしなかったけれど、前の自分の立場はキャプテン。
 船の仲間たちの手本でもあるし、ソルジャーと話すなら、必ず敬語で。
(二人きりの時にも、きちんとしないと…)
 それがけじめだ、と貫いた敬語。
 初めの内こそ寂しがったブルーも、その内に慣れてしまっていた。
 「ハーレイの言葉遣いは、こう」と。
 それでも壊れなかった友情。
 敬語で話すのが常になっても、ブルーを「ソルジャー」と呼び始めても。
(もっとも、二人きりの時には…)
 前と同じに「ブルー」と呼んでいたけれど。
 ただし、あくまでブルーは「友達」。
 ブルーにとっても、前の自分は一番の友達、そういう関係。
 恋などは無くて、友情だけ。互いを誰よりも大切に思っていたというだけ。


 それが恋だと気付くまでには、気が遠くなるほどかかった時間。
 元はコンスティテューション号だった船、名前だけが「シャングリラ」だった船。
 人類の船を失敬しただけで、武装さえもしてはいなかった船。
(あれを改造することになって…)
 長い時間をかけて準備し、白いシャングリラを造り上げた。
 新造船とも呼べるくらいに、何もかもが姿を変えた船。白い鯨を思わせた船。
(前のあいつの部屋も出来たし…)
 とんでもなく大きかった部屋。
 ブルーのサイオンは水と相性がいいのだから、と巨大な貯水槽まで備えた青の間。
 其処でブルーが暮らし始めても、やはり恋人ではなかった自分。
(俺がブルーの恋人だったら、もういそいそと…)
 夜ごと通って、青の間に泊まっていたことだろう。
 キャプテンの部屋も立派になったし、ブルーが泊まりに来ることだって。
 けれども、そうではなかった二人。
 互いの部屋を行き来したって、話す間に遅い時間になったって…。
(あいつが「おやすみ」と帰っちまうか、俺が「失礼します」と帰るか…)
 そんな具合で、友達同士。
 やっと恋だと気付いた頃には、かなりの時が経っていた。
 つまりは本当に「遅咲き」の恋で、それを思うと今のブルーは…。
(遅咲きどころか、早咲きにも程があるってな)
 あの姿の頃は文字通りに子供だったんだぞ、と前の自分が知っている。
 育った後にも「友達」だったと、「恋人になるまでに、何年かかった?」と。
(あいつも覚えている筈なんだが…)
 そういう過程を全部すっ飛ばして、「ぼくにキスして」と強請るのがブルー。
 「俺は子供にキスはしない」と叱ってみたって、懲りさえしない。
 そして膨れて、「ハーレイのケチ!」と、ケチ呼ばわり。
 「恋人なのにキスもくれない」と、「ハーレイはケチになっちゃった」と。
 もうプンプンと怒って膨れてしまう恋人。…今日も言われた「ハーレイのケチ!」。


 いくらブルーが膨れてみたって、そうなることが子供の証拠。
 前のブルーは膨れっ面などしてはいないし、プンプン怒りもしなかった。
(そりゃ、怒ることもあったんだが…)
 どちらかと言えば拗ねた方だ、と今の自分も忘れてはいない。
 前のブルーは大人だったし、頬っぺたを膨らませて怒るよりかは、拗ねてしまって…。
(話し掛けても返事が無いとか、そっぽを向いているだとか…)
 もっと大人びた「怒り方」。
 そういう「育った」ブルーだったから、恋に落ちたらキスを交わした。
 今のブルーには贈りはしない、唇へのキス。
 それに相応しいブルーにだったら、今だってキスを贈るだろう。
 ブルーに「ケチ!」と言わせはしないで、腕の中に強く抱き込んで。
(なのに、あいつは分かっちゃいなくて…)
 ケチ呼ばわりだ、と些か不本意ではある。
 ブルーのためを思っているのに、まるで通じていないから。
 心も身体も幼いブルーは、恋人同士のキスをするには早すぎる。
 頬と額へのキスが似合いで、まだまだ幼いチビの恋人。
(唇にキスをしようものなら、固まっちまうと思うんだがな…?)
 こんな気味悪いキスは知らない、と震え上がって、泣きそうになって。
 そうならないよう、「キスはしない」と言っているのに、通じないブルー。
(駄目だと言ったら、ケチだと怒って膨れるんだから…)
 堪忍袋の緒が切れるとは思わないのか、とフウと溜息。
 並みの恋人なら、喧嘩別れになりそうな「ケチ!」と、膨れっ面と。
 「其処まで言うなら、好きにしろ」と、椅子を蹴るように立ち上がってもいいくらい。
 「二度と此処には来てやらん!」と怒鳴って怒って、足音も荒く出て行ったって。
 無理ばかりを言う恋人なのだし、こちらの心も分かってくれずに「ケチ」呼ばわり。
 いつでもプンスカ怒るのはブルー、悪口を言ってくるのもブルー。
 「ハーレイのケチ!」と何度言われたか、膨れっ面を何度見たことか。
 「キスは駄目だ」と睨み付ける度に、断る度に。


 今日もやっぱり膨れたブルー。
 「ハーレイのケチ!」と怒って膨れていたものだから…。
(そういう時には、俺だって…)
 少しばかりは仕返ししたくもなるもんだ、と潰してやったブルーの頬っぺた。
 フグみたいに見事に膨れているのを、大きな両手で包んでペシャンと。
 そして笑った、「ハコフグだな」と。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、尖った唇を眺めながら。
 それをやるとブルーは「酷い!」と叫んで、「ぼくはハーレイの恋人なのに」と文句たらたら。
 機嫌が元に戻るまでには、暫くかかるのだけれど…。
(それでも許せちまうんだ…)
 膨れっ面になったブルーも、ケチ呼ばわりも。
 頬っぺたを潰された後の文句も、何もかも全て。
(なんたって、あいつがいてくれるだけで…)
 俺は幸せ者なんだから、と自然と笑みが浮かんでくる。
 「何を言われても許せちまうな」と、「俺としては不本意なことだって」と。
 ブルーと二人で過ごせる時間を、また持てるとは夢にも思いはしなかったから。
 前の自分が失くしたブルーが、生きて戻って来てくれたから。
 だから許せる、「ケチ」と言われても。
 ブルーが怒って膨れっ面でも、愛おしい人がいてくれるだけで幸せだから…。

 

          許せちまうな・了


※ブルー君の膨れっ面と、「ハーレイのケチ!」と。並みの恋人なら、確かに怒るかも。
 けれど怒らないハーレイ先生、何を言われても許せるようです。ブルー君ならばv








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(地球なんだよね…)
 ぼくが暮らしている星は、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 そのハーレイと二人、生まれ変わって青い地球の上にやって来た。
 気が遠くなるほどの長い時を飛び越え、前と同じに育つ身体を手に入れて。
(ぼくはちょっぴりチビなんだけど…)
 子供になってしまったけれど、と眺めた自分の細っこい手足。
 十四歳にしかならない子供の身体で、ハーレイはキスもしてくれない。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と。
 ハーレイが決めた酷すぎる決まり、恋人同士でも交わせないキス。
 貰えるキスは頬と額にだけ、本当に子供向けのキス。
(あれは酷いと思うんだけど…)
 いくら膨れても、「ハーレイのケチ!」と文句を言っても、変わらない決まり。
 当分はキスは貰えそうもなくて、今の自分は子供扱い。「チビ」と言われて。
 なんとも不幸な話だけれども、キスさえ貰えないチビの自分は…。
(地球に生まれて、地球で育って…)
 宇宙から地球を見ていないだけ、と不思議な気分。
 前の自分が焦がれ続けた、青い地球。憧れだった水の星が今の自分の故郷。
(地球から外に出たことが無いから…)
 故郷なのだ、と実感したことは無いけれど。
 地球はいつでも足の下にあって、外からは見ていないから。
(前のぼくだと、地球は夢の星…)
 いつか行きたくて、幾つもの夢を描いていた星。
 フィシスが抱いていた地球の映像、それが欲しくて彼女を攫って来たほどに。
 白いシャングリラの仲間を欺き、「ミュウの女神だ」と嘘をついてまで。
 機械が無から作ったフィシスに、自分のサイオンを分け与えてまで。


 前の自分が憧れた地球。何度も夢に見ていた星。
(ハーレイと一緒に辿り着いたら…)
 自由になれる筈だった。
 白いシャングリラが地球に着いたら、ミュウが殺される時代は終わる。
 そうなれば、もう要らないソルジャー。箱舟だって要らなくなるから、キャプテンだって。
(前のぼくたち、ソルジャーとキャプテンだったから…)
 恋に落ちても誰にも言えずに、隠し続けるしかなかった二人。
 皆を導く立場のソルジャー、船の舵を握っていたキャプテン。
 そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、船はたちまち大混乱に陥ってしまう。
(だけど、地球まで辿り着けたら…)
 ソルジャーもキャプテンも、シャングリラも必要とされない時代がやって来る。
 その日を夢見て、ハーレイと生きた。
 地球に着いたら恋を明かして、船を降りて二人で暮らそうと。
 青い地球の上でやってみたいことも、幾つも幾つも夢を描いて。
(…夢の朝御飯…)
 前の自分が食べたいと思った、地球ならではのホットケーキの朝食。
 本物のメープルシロップをたっぷりとかけて、地球の草で育った牛のミルクで作ったバター。
 熱でとろける金色のバターと、砂糖カエデの木から採れたシロップ。
 それを絡めてホットケーキを食べてみたいと、きっと素敵な朝食だからと。
(ヒマラヤの青いケシも見たくて…)
 地球の青さを写し取ったような、青い花びらを持ったケシ。
 人を寄せ付けない高峰に咲く、天上の青を湛えた花。
 蘇った地球なら、青いケシだって咲くのだろうから、見に行きたかった。
 真っ青な地球の空の上を飛んで、白い雲の峰を幾つも越えて。
(ハーレイは空を飛べないから…)
 抱えて飛ぼうと考えていた、前の自分。
 強いサイオンを自在に操ることが出来たし、ハーレイを連れて飛ぶのも簡単。
 ハーレイと一緒にケシを見ようと、ヒマラヤまでも飛んでゆこうと。


 他にも幾つもあった夢。
 五月の一日に恋人たちが贈り合っていた、白いシャングリラで咲いたスズランの花束。
 それをハーレイに贈ろうと夢見て、「地球に着いたら」と心に決めた。
 花壇に咲いた花とは違って、希少価値の高い森のスズラン。
 栽培種よりも香り高いとヒルマンから聞いた、野生のスズランを見付け出そうと。
 スズランは小さい花だけれども、心のこもった花束を作ってハーレイに、と。
(もっと他にも、夢は一杯…)
 ハーレイと一緒に地球で暮らせる時が来たら、と描いた夢たち。
 いつかシャングリラで辿り着こうと、ハーレイと二人で夢を叶えようと。
 けれど、叶わなかった夢。
 地球の座標さえも掴めない内に、思い知らされた命の終わり。
 誰よりも長く生きたがゆえに、誰よりも早く迎えた寿命。
(地球に着くまでは、生きられないって…)
 もう駄目なのだと分かった時から、夢は夢でしかなくなった。
 どんなに焦がれて憧れようと、青い星には辿り着けない。自分の命は其処まで持たない。
 諦めざるを得なかった地球。
 憧れだった星は夢で終わると、けして其処には行けないのだと。
(それでもやっぱり、地球が見たくて…)
 前のハーレイと寄り添い合っては、もう叶わない夢を語った。
 地球に着いたら行きたかった場所や、やってみたかったことなどを。
 叶いはしないと分かっていたって、夢を見るのは自由だから。
 命尽きたら、魂だけでも地球へと飛んでゆけそうだから。
(…青い地球を見ることが出来たなら、って…)
 夢見るように話した前の自分を、ハーレイは笑いはしなかった。
 いつも笑顔で頷いてくれた、「いつか行けるといいですね」と。
 「その時は私も一緒ですよ」と、「二人で青い地球を見ましょう」と。
 たとえ身体は消えてしまって、命も持っていなくても。
 魂だけになっていようと、何処までも二人一緒なのだと。


(ハーレイと行けると思ったのにね…)
 前の自分が焦がれた地球。憧れだった、青い水の星。
 ハーレイと行こうと思っていたのに、寿命が尽きても二人で見ようと思ったのに。
(…前のぼく、メギドで独りぼっちで…)
 死んでしまって、それきりになった。
 最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くした右手。
 冷たく凍えてしまったその手は、もうハーレイとは繋がっていない。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と会うことは叶わないのだと溢れた涙。
 死よりも恐ろしい絶望と孤独、泣きじゃくりながら死んだ前の自分。
 地球への夢も、ハーレイへの想いも、何もかもが全部、儚く消えて迎える終わり。
 このまま闇へと落ちてゆくのだと、独りぼっちになってしまったと。
(…おしまいになった筈だったのに…)
 ふと気が付いたら、地球に来ていた。
 ハーレイと二人で時を飛び越えて、前の自分が焦がれた星に。
 憧れだった星に生まれ変わって、今の自分は地球で生まれた地球育ちの子。
 地球しか知らずに育った子供で、宇宙から見た地球を知らない子供。
 青い水の星に住んでいるのに、その星を外から見てはいなくて…。
(地球はこんなの、っていう写真とか…)
 映像しか知らない、今の自分。
 あまりにも身近になりすぎた地球。
 宇宙から見たら、どんな具合か知らないほどに。
 地球を離れて宇宙に出る旅、それを一度もしていないほどに。
(前のぼくが聞いたら、ビックリ仰天…)
 憧れの地球で暮らすどころか、その上に生まれて来るなんて。
 生まれた時から地球の子供で、他の星など一つも知らずに育つだなんて。
 その上、持っている「本物の家族」。
 養父母とは違って、血の繋がった父と母。
 今の世界では当たり前だけれど、前の自分が生きた頃には無かった血縁。


 なんだか凄い、と考えてしまう今の地球。
 人工子宮から生まれた子供は一人もいなくて、皆が持っている本物の両親。
 おまけに人間は誰もがミュウだし、もう人類に追われはしない。
 第一、今の自分とハーレイが暮らす、この青い地球は…。
(…前のぼくたちが生きてた頃には、何処を探しても…)
 無かったんだよ、と目をパチパチと瞬かせる。
 前の自分は知らないままで終わったけれども、ハーレイは見た。
 白いシャングリラで辿り着いた地球で、青い地球が浮かんでいる筈の座標で、死の星を。
 赤茶けた砂漠と、毒素を含んだ海しか無かった本物の地球。
 前の自分が辿り着けていても、青い地球を見られはしなかった。
 そんな星は何処にも無いのだから。…無残に朽ちた地球しか無かったのだから。
(前のぼくが頑張って辿り着いても…)
 憧れだった星を見ることも叶わず、泣き崩れるしかなかっただろう。
 描いていた夢は全て砕けて、それでも地球に降りねばならない。
 そうしない限り、機械の時代は終わらないから。ミュウの時代は来はしないから。
(うんと頑張って、戦ったって…)
 御褒美の青い星などは無くて、また宇宙へと去ってゆくだけ。
 地球よりはマシな星を求めて、人が暮らせる星を探して。
 ノアに行くのか、アルテメシアに戻ることになるか、はたまた別の星なのか。
 せっかく地球まで辿り着いても、約束の場所が無いのでは。
 青く輝く水の星が宇宙に無かったのでは。
(…そうなるよりかは、今の方がずっと…)
 素敵だよね、と思う地球。
 青い水の星の上に生まれて、本物の両親だっている。…それにハーレイも、前と同じに。
 ちょっぴりチビになった自分は、ハーレイとキスも出来ないけれど。
(だけど、憧れだった星…)
 チビの身体は残念だけれど、ハーレイと二人で生まれて来られた憧れの星。
 幸せだよね、と噛みしめる今の自分の幸福。
 憧れの地球が自分の故郷で、地球で育った子供だから。今の自分は地球育ちだから…。

 

         憧れだった星・了


※前のブルーが焦がれた地球。其処に生まれたのがブルー君。ちょっぴりチビの姿になって。
 チビに生まれたのは残念ですけど、地球が故郷で地球育ちの子。それを思うと幸せですよねv








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(地球なあ…)
 そういや此処は地球だっけな、とハーレイがふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今の自分は地球にいるのだと、ブルーと地球までやって来たと。
 十四歳にしかならない恋人、前の自分が愛したブルー。
 今の自分の教え子になって、また巡り会えた愛おしい人。
 ブルーがいるのが当たり前になって、すっかり忘れていたけれど。
 此処での暮らしも長いものだから、ついつい忘れがちなのだけれど。
(…俺たちは地球に来たんだなあ…)
 身体は別物になっちまったが、と視線を落とした自分の手。
 愛用のマグカップを持っている手は、前の自分の記憶と寸分違わないもの。
 大きさも、それに褐色の肌も。
(しかしだな…)
 俺がいる場所からして、まるで違うんだ、と今度は部屋を見回した。
 気に入りの本を並べた本棚、部屋をぐるりと取り囲むそれ。
 机も椅子も自分の好みで、落ち着くからと夜は大抵、此処でコーヒー。
(この部屋は俺の部屋なんだが…)
 前の俺のとは全く違う、と思い浮かべたキャプテンの部屋。前の自分が暮らした場所。
 白いシャングリラの中にあった部屋は、これよりもずっと広かったけれど。
(今のようにはいかなかったな…)
 色々と制約があったからな、とキャプテンの役目を思い出す。
 ブリッジでの勤務を終えた後にも、しなくてはいけないことが色々。
 航宙日誌をつけることとか、前のブルーに一日の報告をしに行くだとか。
(報告が済んだら、あいつと二人きりだったが…)
 それまでは何かと忙しかった、と思うキャプテンの部屋での時間。
 今のように寛ぐわけにはいかずに、仕事が山積みの日だってあった。
 早く終わらせてブルーの所へ、と自分を急かしていた夜も。


 とにかく忙しかったんだ、と前の自分と今の自分を重ねてみる。
 「あの頃に比べりゃ天国だよな」と、「流石は地球だ」と。
 前のブルーが焦がれた星。行きたいと夢を描いた地球。
 ブルーの夢の星だったから、前の自分も憧れた。「いつか行こう」と。
 いつかシャングリラで地球に行こうと、そしてブルーと二人で地球で暮らすのだと。
(あいつの夢は、俺の夢でもあったから…)
 地球に幾つもの夢を抱いて、それが叶う日をブルーと夢見た。
 白いシャングリラが地球に着く日を、展望室の窓の向こうに青い水の星が輝く時を。
 あれもこれもと、ブルーが地球でやりたがったこと。
 ミュウが殺されない時代が来たなら、シャングリラを降りて二人きりで…。
(地球で暮らそう、と約束したっけなあ…)
 もうソルジャーでもキャプテンでもない、ただの二人のミュウとして。
 秘密にしていた恋を明かして、シャングリラの仲間に別れを告げて。
(そういう風に生きる筈だったのに…)
 ブルーの寿命が尽きると分かって、潰えてしまった地球への夢。
 辿り着けない星に夢など見られない。
 どんなに素晴らしい星であろうと、憧れた星であろうとも。
(あいつも、俺も、地球への夢を口にする時は…)
 もう前のように語れはしないで、「行きたかった」と言葉は過去形。
 二人で地球に行けはしないし、見ていた夢も叶いはしない。
 だから二人で寄り添い合っては、辿り着けない地球を想った。
 銀河の海に浮かぶ一粒の真珠、地表の七割が水に覆われた星。
 それはどれほど美しいかと、いつかこの目で見てみたかったと。
 未だ座標も掴めない地球、シャングリラが其処へ辿り着く前にブルーの命は燃え尽きる。
 ブルーが逝ってしまった時には、後を追うのだと決めていた自分。
 キャプテンとして船の今後を指示して、それが済んだらブルーの許へ、と。
 二人揃って、見ることは叶わない青い星。
 いつかシャングリラが辿り着いても、もう二人ともいないのだから。


(そうするつもりでいたんだが…)
 狂った予定。思い描いたのとは違った未来。
 前のブルーは一人きりでメギドに飛んでしまって、一人残された前の自分。
 ブルーの望みを果たすためにと、白いシャングリラを地球へ運んで…。
(…とんでもない地球を見ちまった…)
 何処も青くはなかったんだ、と今でも忘れられない衝撃。
 やっとの思いで辿り着いた地球は、赤茶けた死の星だった。砂漠と、毒素を含んだ海と。
(あいつへの土産話にも…)
 出来やしない、と思った地球。
 ブルーが焦がれた青い星など、欠片もありはしなかったから。
 地球に降りたら、一層それを見せ付けられて、ただ悲しみに囚われた。
 人類はなんと愚かしいのかと、何のためにミュウは殺されたのかと。
 SD体制は地球を蘇らせるためのシステム、そのシステムに排除されたミュウ。
(…地球が少しでも青かったなら…)
 少しばかりは救われたろうに、何一つ蘇ってはいなかった地球。
 六百年近く経っているのに、朽ち果てた高層ビル群さえもが放置されたまま。
 地球再生機構の「リボーン」が入ったユグドラシルの周りですらも。
(ゼルが毒キノコと呼んだっけな…)
 ユグドラシルを、と今も覚えている毒舌。言い得て妙だと思ったそれ。
 死に絶えた地球に一つだけ生えた毒キノコ。
 地球を再生させる代わりに、毒を吸って成長してゆくだけ。
(そんな毒キノコがあったわけだが…)
 今の地球だと、毒キノコだって本物なんだ、と愉快な気分になってくる。
 キノコの季節に山に入れば、あちこちに生えているキノコたち。
(食ったら美味いキノコもあるが、だ…)
 毒キノコだってあるからな、と知っているのが今の自分。
 父に教えられた、「食べられるキノコ」と「食べられないキノコ」。
 青い地球に生まれた自分ならではの知識で、今の地球だから出来るキノコ狩り。


 毒キノコさえも無かったっけな、と溜息しか出ない、前の自分が目にした地球。
 憧れた星は無残な姿で宇宙に転がり、前のブルーの夢も砕けた。
 もっとも、ブルーはいなかったけれど。…とうに死の国に行ってしまって。
(でもって、俺も地球の地の底で…)
 死んだけれども、気付けば今や地球の住人。
 前の自分が憧れた星は、今の自分が生まれて来た場所。新しい命と身体を貰って。
(上手い具合に、前の俺の身体とそっくりなんだ)
 何処も変わっちゃいないよな、と改めて手を眺めてみる。
 キャプテン・ハーレイだった自分と、まるで変わらない手なのだけれど。
(俺の周りが変わっちまった…)
 憧れの地球に来ただけあって、と書斎の本たちを目で追ってゆく。
 どれも好みで揃えた本で、キャプテンだった頃とは違う。航宙日誌も並んではいない。
 ついでに、愛用のマグカップだって…。
(中身は本物のコーヒーだぞ?)
 代用品のキャロブじゃなくて、と指先で軽く弾いたカップ。「幸せ者め」と。
 前の自分が白いシャングリラで飲んだコーヒー、それはいつでも代用品。
 キャロブと呼ばれたイナゴ豆の粉、カフェインは後から加えたもの。
 けれど今では本物のコーヒー、青い地球で採れたコーヒー豆から淹れて飲む。
(これ一つ取っても、流石は俺たちが憧れた星で…)
 思った以上に素晴らしいんだ、と気付かされる地球の「本当の姿」。
 前の自分たちが辿り着けていても、青い地球が其処にあったとしても…。
(所詮はSD体制が生み出した地球で…)
 不自然なんだ、と今だから分かる。
 青い地球の上に暮らしているのは、人工子宮から生まれた者ばかり。
 血の繋がった本物の家族は何処にもいないし、きっと子供の姿さえ無い。
 子供は育英都市で育って、成人検査を受けて地球へと旅立つもの。
 あの時代に青い地球があっても、地球の上で生まれ育った子たちは…。


(きっと一人もいやしないってな)
 カナリヤの子たちだっていないぞ、と思い返す、地の底にいた人類の子供。
 地球が青いなら、カナリヤの子たちは不要な存在。
 優秀な大人たちだけが地球で暮らして、ミュウが殺されない時代が来ても…。
(子供たちの姿を地球で見られる時代ってヤツは…)
 ずっと先のことになっただろうな、と噛みしめる今の自分の幸せ。
 正真正銘、地球で生まれて地球育ち。
 自分もブルーも、本物の両親の許で育って、地球の上には本物の家族たちしかいない。
 こんな地球など、前の自分たちは夢にも思いはしなかった。
 SD体制の時代に生まれて、時代に振り回されたから。
(前の俺たちが思った以上に…)
 素晴らしい星に来られたよな、と零れた笑み。
 前の自分たちが憧れた星は、今は自分たちの生まれ故郷。
 此処でブルーと生きてゆけるから、この星に来られて良かったと思う。
 生まれ変わって別の身体でも、新しい別の命でも。
 憧れた星よりも素晴らしい地球、それを自分は手に入れたから。
 ブルーと二人で其処に生まれて、その上で生きてゆけるのだから…。

 

         憧れた星・了


※前のハーレイが憧れた地球。ブルーと一緒に「いつか行こう」と。けれど叶わなかった星。
 そして本物の地球に着いてみたら…。死の星だった地球が、今は青い星。幸せですよねv







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(ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
 それに酷い、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが来てくれたけれど、いつものように断られたキス。
 「ぼくにキスして」と強請ってみたのに、「俺は子供にキスはしない」と睨まれて。
 何度も言ってる筈なんだが、と叱ったハーレイ。
(それは間違いないんだけれど…)
 お互い、恋人同士なのだし、やっぱりキスが欲しくなる。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ハーレイと二人きりの時には、交わしたくなる恋人同士の甘いキス。
 なのにハーレイは断るばかりで、今日もやっぱり駄目だった。
 だから怒ってプウッと膨れた、頬っぺたに空気を含ませて。
 唇も尖らせて怒ったけれども、ハーレイはキスをくれるどころか…。
(ぼくの頬っぺた、両手で潰して…)
 「ハコフグだよな」と笑ってくれた。「フグがハコフグになっちまった」と。
 恋人を捕まえてハコフグ呼ばわり、なんとも酷い恋人だけれど。
(酷くて、とってもケチなんだけど…)
 それでも許してあげたからね、と昼間の出来事を思い出す。
 ハーレイの両手に潰された頬っぺた、「ハコフグだよな」と笑われた顔。
 もうプンプンと怒ったとはいえ、膨れ続けてもいられない。
 ハーレイと二人きりで過ごせる時間は、ごく限られたものだから。
 夕食の時間が来てしまったら、其処で終わりになる日も多い。
 両親も一緒の夕食の後は、そのままダイニングで食後のお茶になりがちなもの。
(子供のお守りは大変だろう、ってパパもママも思っているんだから…)
 ハーレイの負担を軽くするべく、食後のお茶はダイニングで。
 その選択をされた時には、それっきり部屋に戻れはしない。
 お茶が済んだら、「またな」と帰ってゆくハーレイ。
 軽く手を振って、車で、あるいは逞しい二本の足で歩いて。


 二人きりの時間が終わりかねない、夕食の支度が出来た時。
 その時間まで膨れていたなら、ハーレイは「またな」と帰るだけ。
 両親も交えた夕食のテーブル、其処で和やかに談笑してから、食後のお茶で。
(…ぼくがプンスカ怒っていたって…)
 ハーレイは何事も無かったかのように、夕食の席では笑顔の筈。
 時には「美味いぞ?」と料理を取り分けたりもしてくれて、普段と全く変わらない。
 食べ終えてお茶の時間も済んだら、軽く手を振って帰ってしまって…。
(それっきり…)
 次に訪ねて来てくれるまでは、もう二人きりの機会は無くなる。
 それは困るから、「キスは駄目だ」と叱られようが、頬っぺたをペシャンと潰されようが…。
(ちゃんと許してあげるんだもんね)
 いつまでも怒り続けていないで、頃合いを見て。
 ハーレイが機嫌を取ろうとしたなら、それにほだされたふりをして。
(ぼくって、偉いよ)
 見た目はチビの子供だけれど、と誇らしい気分。
 とても酷くてケチな恋人、そんなハーレイさえ許せる自分。
 心がうんと広いものね、と胸を張る。「だから許してあげられるんだよ」と。
 十四歳にしかならない自分だけれども、前の自分の恋の続きを生きている。
 普通の子供とは違うわけだし、心も広くて立派なもの。
(器が大きいって言うんだよね?)
 ぼくの年にしては大きいんだから、と誰かに自慢したいほど。
 自分くらいの年の頃なら、まだまだ我儘放題なのに。
 ケチな恋人に酷くされたら、怒ってしまって許さないことも多いだろうに。
(ハーレイの馬鹿、って胸をポカポカ叩くとか…)
 もう口なんか利いてやらない、とプイッとそっぽを向くだとか。
 十四歳ならそれが似合いで、自分のように我慢はしない。許してやろうと思いもしない。
(悪いの、ハーレイなんだから…)
 あっちが謝るべきだよね、と子供だったら考えるだろう。
 けれども自分はそうはしないし、なんとも器が大きいと思う。心も広くて。


 同い年の子たちとは違うものね、と思う自分の心の中身。
 前の自分の膨大な記憶、それをそのまま引き継いだのが今の自分。
(チビだけど、チビじゃないんだから…)
 器だって大きくなって当然、と思った所で気が付いた。
 今の自分は器が大きくて立派だけれども、前の自分はどうだったろうか、と。
(えーっと…?)
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに恋をした自分。ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃。
 白いシャングリラを守り続けた、ソルジャーだった前の自分は…。
(ぼくのことより、船の仲間の方が優先…)
 ミュウの未来を守らなければ、と考え続けたソルジャー・ブルー。…どんな時でも。
 ハーレイと恋に落ちた後にも、変わらなかった考え方。
 仲間たちの信頼を裏切らないよう、恋さえも最後まで隠し続けた。
 船の仲間たちを導くソルジャー、白いシャングリラの舵を握っていたキャプテン。
 そんな二人が恋人同士だと皆に知れたら、きっと大変なことになる。
 船の頂点に立っている二人が、恋人同士となったなら…。
(何でも二人で決めるんだろう、って…)
 皆が背を向け、誰もついては来てくれない。
 そうなったならば船はバラバラ、もはや一つに纏まりはしない。
 それでは駄目だ、と分かっていたから、懸命に隠し通した恋。
 皆がいる場所ではソルジャーとキャプテン、友達同士の会話がせいぜい。
(メギドに向かって飛んだ時にも…)
 別れの言葉もキスも交わさず、思念をそっと送っただけ。
 ハーレイへの想いは微塵も出さずに、「ジョミーを支えてやってくれ」と。
 たったそれだけ、口にした言葉も「頼んだよ、ハーレイ」と短いもの。
 もう生きて会えはしないのに。
 これが最後で、じきに自分の命は尽きてしまうのに。
(…前のぼく、なんだか凄くない…?)
 あの時にだって隠していたよ、と驚かされた「自分の気持ち」。
 死を前にしても本当の思いを言葉にしないで、ただ消えていったソルジャー・ブルー。


 なんという生き方だったのだろう、と愕然とさせられた前の自分の人生。
 ハーレイとの恋を隠し続けて、最後まで誰にも明かさなかった。
 それにハーレイにも告げずに終わった、別れの言葉。
 胸の中には、離れ難い想いがあったのに。
 「せめて、これだけは」と、思念を送るために触れた腕から、その温もりを貰っただけで。
 もうそれだけで充分だから、とメギドへと飛んだ前の自分。
 ハーレイの温もりがあれば一人ではないと、「この温もりさえ持っていれば」と。
(…その温もりを、落として失くして…)
 独りぼっちになってしまった、前の自分が迎えた最期。
 銃で撃たれた痛みが酷くて、右手から消えてしまった温もり。ひと欠片さえも残さずに。
 冷たく凍えてしまった右の手、泣きじゃくりながら死んだ自分。
 もうハーレイには二度と会えないと、絆が切れてしまったからと。
(だけど、泣いてた間にも…)
 前の自分は忘れなかった。…ソルジャーとしての立場のことを。
 氷のように凍えた右手がとても悲しくて、死よりも恐ろしい絶望と孤独に追い込まれても。
 それでも祈り続けていた。祈りを忘れはしなかった。
 「どうか無事に」と、白いシャングリラが旅立てるよう。
 メギドの炎に焼かれることなく、ミュウの箱舟が地球へと船出してゆけるよう。
(ハーレイの無事も祈ってたけど…)
 それよりもミュウの未来を祈った。白い箱舟に幸多かれと。
 青い地球まで辿り着けるよう、いつか平和な時代が宇宙に訪れるよう。
(…あんなの、前のぼくにしか…)
 無理じゃないの、と思った祈り。
 自分の命が消える時にも、ただ仲間たちを思い続けた。深い悲しみの只中にいても。
 ハーレイとの絆が切れてしまって、もう会えないと泣きじゃくっていても。
(…前のぼく、ソルジャーだったから…)
 ああいう風に生きられたんだ、と驚かされる、その強さ。
 死の瞬間まで、自分のことより仲間たちを思ったソルジャー・ブルー。
 ハーレイの温もりを失くして独りぼっちでも。…もう会えないと涙を流していても。


 立派すぎる、と思う前の自分の生き方。
 あまりにも大きな、「ソルジャー・ブルー」という器。
 長い長い時が流れた今でも、大英雄と称えられるだけのことはあるらしい。
(…前のぼくの器、大きすぎるよ…)
 今のぼくにはとても無理、と痛感させられる前の自分の生きざま。
 「ハーレイのケチ!」と膨れるどころか、恋さえ隠して宇宙に散った。
 ハーレイの温もりさえも失くして、独りぼっちで。…それでも仲間の無事を祈って。
(今のぼくだと、もう大騒ぎ…)
 とてもメギドに飛べはしないし、ハーレイの側を離れるだなんて、とんでもない。
 ミュウの未来など知ったことかと、追い求めそうな自分の幸せ。
(ソルジャーになんか、なれないよ…)
 じきに膨れる今のぼくは、と思い知らされた「器」の小ささ。
 自分では大きいつもりでいたって、ケチなハーレイを許せる程度。
 前の自分とは比べようもなくて、うんとちっぽけになっているのが今の自分。
(…今のぼくの器、前のぼくの半分にだって足りないよ…)
 百分の一でもまだ駄目だ、と思うけれども、億分の一にも足りなさそうなのだけれど。
 今は平和な時代なのだし、この器でもいいのだろう。
 ケチなハーレイにプンスカ怒って、「許してあげた」と大満足な自分でも。
 きっと「今」には似合いだから。
 ちっぽけな器になってしまっても、今の平和な時代だったら充分、大きな器だから…。

 

          今のぼくの器・了


※チビだけど器は大きいんだから、と考えていたブルー君。「ハーレイだって許せるよ」と。
 けれども、ソルジャー・ブルーだった頃と比べたら…。ちっぽけな器で、今にお似合いv







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