忍者ブログ

(はてさて、俺たちは何処から来たんだか…)
 まるで記憶に無いんだよな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は休日、ブルーと二人で過ごしたけれど。
 「キスは駄目だと言ったよな?」と、お決まりの台詞も口にしたけれど。
 それでブルーが膨れっ面でも、とても幸せだった一日。
 「いい日だった」と思い返して、ふと考えた。
 今のブルーと、今の自分は、いったい何処から来たのだろうと。
(地球がすっかり青くなるほど…)
 長い時間が経っていた。
 前の自分が、死の星だった地球の地の底で、命尽きた日から。
 ブルーはと言えば、もっと前から「とうに失くしていた」命。
 白いシャングリラを守るためにと、一人きりでメギドを沈めて逝った。
 けれど、お互い、それから後の記憶が無い。
 何処にいたのか、二人一緒に過ごしていたのか、ほんの欠片さえも。
(天国だろうとは思うんだがな?)
 ブルーとそういう話になる度、いつも出てくる「天国」の名前。
 こうして一人で考えていても、やはり同じに天国だと思う。
 今の時代は「英雄」として称えられている、前のブルーや自分たち。
 機械が治めた歪んだSD体制を倒し、ミュウが平和に暮らせる世界を築いた英雄。
(…シャングリラを地球まで運んだだけの、俺はともかく…)
 ブルーは間違いなく、天国に行けたことだろう。
 白い翼の天使に連れられ、あのメギドから真っ直ぐに。
(俺だって、地獄行きってことはない筈だよな?)
 人類軍との戦いの中で、何隻もの船を沈める指揮を執ってはいても。
 「サイオン・キャノン、一斉射撃!」とブリッジで何度も叫んでいても。
 地獄でないなら、行き先はブルーと同じに天国。きっとその筈。


 そうは思っても、全く覚えていはしない。
 ブルーと暮らした筈の天国、其処に長年いたのだろうに。
 白いシャングリラで過ごした以上の、気が遠くなるような長い歳月。
 死の星だった地球が蘇るほどの時を、天国で生きていた筈なのに…。
(生きてたんだと言っていいのか、其処は難しい所だが…)
 天国でブルーと笑い合ったり、語り合ったり。
 それは満ち足りた時だったろうに、生憎と「記憶が無い」ときた。
 ブルーも自分も、まるで全く無い記憶。
 天国は雲の上にあったか、其処から地上は見えたのか。
 地球はもちろん、宇宙の全てを「雲の上から」見下ろすことが出来たのか。
(天国って言うほどなんだから…)
 もう最高に素晴らしい世界だったのだろう。
 戦いも無ければ、飢える心配も、暑さも寒さも、けして襲っては来なかった世界。
 前の自分たちが生きた世界からすれば、何処を取っても「素晴らしい」場所。
(そいつを覚えていないってのは…)
 残念だよな、と思ってしまう。
 せっかく「最高の世界」にいたのに、何も覚えていないだなんて。
 長年そこで暮らした記念に、欠片くらいは記憶があったら良かったのに。
(雲を見上げて、「あそこだった」と思うとか…)
 天使の絵を見て、「こういう人が大勢いたな」と懐かしい気分に包まれるとか。
 けれど「無い」のが天国の記憶。
 自分の記憶をいくら探っても、小さなブルーに「覚えているか?」と尋ねてみても。
 欠片も残さず消えた天国、何処にあるかも分からない世界。
 「帰りたい」とは言わないけれども…。
(残念無念、というヤツだ)
 前の自分の記憶なら、持っているだけに。
 「そっちはあるのに、天国を忘れてしまうなんて」と。


 遠い昔から、多くの人たちが憧れた世界。
 それが天国、遥か雲の上にあるという場所。
 大勢の人が其処を夢見た。「何処よりも素晴らしい世界なのだ」と。
 地上での暮らしが厳しかったら、苦しかったら、なおのこと。
 「いつか天国に行きたいものだ」と、大金を払った者までもいた。
 「死んだら、必ず天の扉が開くように」と、神に仕える者たちに依頼するために。
(大金を積んでも行きたい世界で、そりゃあ素晴らしい場所でだな…)
 絵にも描かれたし、本にも書かれた。
 どれほど美しい世界なのかと、「其処には何の苦しみも無い」と。
(そういう所に行って来たのに…)
 もったいないよな、という気分。
 例えて言うなら、観光名所に行って来たのに、ド忘れしたと言うべきか。
 桜の花が満開の頃に、花見で名高い場所に出掛けて、桜の下で弁当も広げた筈なのに…。
(…弁当どころか、桜の花も覚えてないとか…)
 紅葉の季節に、わざわざ出掛けた紅葉狩り。
 あちこちで写真も撮った筈なのに、写真もろとも「出掛けた」記憶を失くしたとか。
(そんなトコだが、それとは比較にならないぞ?)
 自分が「忘れてしまった」天国。
 桜や紅葉の名所などとは、格が違っているのが天国。
 きっと天国なら、桜も紅葉も…。
(あるとしたなら、もう一年中…)
 いつでも見頃なのだろう。
 其処に出掛けてゆきさえしたなら、心ゆくまで楽しめる桜。あるいは紅葉。
 他の様々な景色にしたって、天国だったら眺め放題。
(毎日の飯の方もだな…)
 天国に「食事」があるというなら、望みの料理を好きなだけ。
 食べたい時にはポンと出て来て、どんなに希少な「珍味」だろうと、選び放題。
 そうでなければ、「天国」と呼ばれるだけの価値が無いから。


 考えるほどに、悔やまれるのが「忘れた」こと。
 ブルーも自分も、欠片も覚えていない「天国」。
(俺としたことが…)
 ついでにブルーの方もなんだが、と苦笑するしかない事実。
 二人揃って忘れてしまって、思い出すための手掛かりも持っていないから。
 天国に行く前に生きた時代の、「前の自分たち」の記憶だったら今もあるのに。
(本当に片手落ちってヤツで…)
 出来れば覚えていたかったよな、と思うけれども、忘れたものは仕方ない。
 どんなに素敵な場所であろうが、最高に素晴らしい世界だろうが。
(うーむ…)
 なんてこった、と傾けるコーヒーのカップ。
 何処よりも素敵な「天国」に行って来たというのに、それを忘れてしまうとは、と。
 これが観光名所だったら、周りにも呆れられるだろう。
 「なんてヤツだ」と、「そんなことなら、俺が代わりに行ったのに」と。
 代わりに出掛けて景色を楽しみ、けして忘れはしないのに、とも。
(俺だって、そうは思うんだがなあ…)
 本当に忘れてしまったのだから、天国の欠片を追ってみたって、見付からない。
 それの代わりに浮かんで来るのは、今日も見て来たブルーの笑顔。
 十四歳にしかならないブルーは、すっかり子供になったけれども…。
(今もやっぱり、俺のブルーで…)
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 ブルーの家へと出掛けて行ったら、いつでも会える。
 それは幸せそうなブルーに、今はちょっぴり困らされてしまう恋人に。
(ぼくにキスして、と言われてもだ…)
 子供相手に、恋人同士の唇へのキスは贈れない。
 だから断っては、ブルーにプウッと膨れられてしまう。「ハーレイのケチ!」と。
 今日もブルーは同じに怒って、ご機嫌斜めだったのだけれど。
 プンスカ膨れるブルーをからかい、苛めたりもして過ごしたけれど…。


(…待てよ?)
 今の暮らしも天国だよな、と気が付いた。
 子供になってしまったとはいえ、ちゃんと「ブルーがいる」世界。
 前の自分は、それを失くした。前のブルーがメギドへと飛んで、二度と戻らなかった時から。
(あいつは、船に戻って来なくて…)
 それからの日々は、深い孤独と絶望の中。
 けれど地球まで行く他はなくて、どれほどに辛い日々だったか。
 ブルーがいなくなった世界は、どんなに悲しいものだったか。
(…俺は生きちゃいたが、ただそれだけで…)
 世界の全ては色を失くして、きっと楽しみさえも無かった。
 何を食べても味気ないだけ、「命を繋ぐ糧」というだけ。
 あの辛かった日々に比べたら、今の自分が生きる世界は…。
(まさに天国というヤツじゃないか!)
 いくらブルーがチビの子供で、キスさえ交わせはしない日々でも。
 同じ家で暮らすにはまだ早すぎて、訪ねて行っては「またな」と帰って来るしかなくても。
(なるほどなあ…)
 天国ってヤツは此処にあったか、と嬉しくなる。
 「本物の方は忘れちまったが、天国だったら、此処もそうだな」と。
 今の世界も天国だよなと、もう最高に素晴らしい場所に、今の俺は生きているんだから、と…。

 

          天国だよな・了


※天国のことを忘れてしまった、と残念な気分のハーレイ先生。きっと最高の場所だけに。
 けれど気付けば、今の世界も充分、天国。ブルー君が生きていてくれるだけで、最高の世界v









拍手[0回]

PR

(そういえば、ウサギ…)
 ウサギだっけね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、学校で古典を教える教師。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今の自分の将来の夢は、そのハーレイの「お嫁さん」。
 前とそっくり同じに育って、結婚できる十八歳を迎えたら夢は必ず叶う。
 けれど、ハーレイと再会する前。
 今よりもずっと幼かった頃に、なりたいと思っていたものは…。
(……ウサギ……)
 真っ白な毛皮に赤い瞳で、長い二本の耳を持ったウサギ。
 それになるのが、幼い自分の夢だった。
 幼稚園にいた、元気一杯のウサギたち。
 いつもピョンピョン跳ね回っていて、疲れ知らずな、子供の友達。
 生まれつき身体が弱かったから、あのウサギたちが羨ましかった。
 いつ見ても元気で、生き生きしていた真っ白なウサギ。
(ぼくもウサギになれたらいいな、って…)
 そうしたら、きっと元気な身体が手に入る。
 一日中、走り回っていたって、倒れてしまわない身体。熱を出したりもしない身体が。
(ぼくの目、ウサギとおんなじで…)
 人間には珍しい真っ赤な瞳。
 生まれた時からアルビノだったし、髪は銀色、肌も真っ白。
(色だけだったら、ウサギそっくり…)
 人間のくせに良く似ているから、頑張ればウサギにだってなれそう。
 なる方法が分かったら。
 「こうすればいいよ」と、あのウサギたちが方法を教えてくれたなら。


 そう思ったから、仲良くなろうとしたウサギたち。
 幼稚園の休み時間は、せっせとウサギの小屋を覗いて。
 ウサギたちが外で遊ぶ時間は、「ぼくと遊ぼう」と近付いていって。
(仲良くなったら、ウサギになれる方法も…)
 教えて貰えるだろうと思った、幼い自分。
 ウサギと友達になれたのだったら、「一緒に暮らそう」と誘ってくれるだろう。
 「ウサギになるには、こうするんだよ」と方法だって教えてくれて。
(きっと教えて貰えるよ、って…)
 信じていたから、父と母にもそう言った。
 「いつかウサギになりたいな」と、「ぼくがウサギになったら、飼ってね」と。
 子供部屋なら持っていたけれど、ウサギは其処で暮らせない。
 ウサギが住むには何かと不便で、庭の方がきっと便利な筈。
 父に頼んで、ウサギの小屋を庭に作って貰えたら。
 ウサギが好きなニンジンなんかを、母が運んで来てくれたなら。
(ニンジンを食べて、庭で元気に遊んで…)
 とても幸せな毎日だろうし、将来の夢は、断然、ウサギ。
 「ウサギがいいな」と思っていたのに、いつの間にやら忘れてしまった。
 気付けば夢は「お嫁さん」。
 前の生では無理だったことで、もう最高の夢だけれども…。
(ぼくがウサギになっていたなら、どうなったんだろ?)
 幼かった頃の夢が叶って、真っ白なウサギだったなら。
 庭にウサギ小屋を作って貰って、其処で暮らしていたのなら。
(それでも、きっと会えるよね…?)
 ある日、ハーレイが生垣の向こうを通り掛かって。
 たまたまジョギングで走って来たとか、そんな具合に。
(ぼくの家の辺りは、コースじゃないって言ってたけれど…)
 いつも気ままに走るのだから、通る日だってきっとあるだろう。
 「今日はこっちに行ってみるか」と、初めてのコースを走り始めて。


 ハーレイが道を走って来たなら、どちらが先に気付くのだろう?
 ウサギの自分か、ジョギング中のハーレイか。
(表の道を走って行く人は、別に珍しくないけれど…)
 健康のためにと走る人なら、ごくごく馴染みの光景ではある。
 だから「また誰か来た」と思う程度で、ウサギの自分はニンジンに夢中かもしれない。
 みずみずしいのに齧り付きながら、「美味しいよ」と大満足で。
 けれど、ハーレイの方では違う。
 庭に犬やら猫のいる家は多いけれども、ウサギというのは珍しい。
 おまけに芝生の色は青くて、白いウサギはよく目立つ。
 いくらニンジンに夢中でも。
 生垣の向こうを走るハーレイ、そちらにお尻を向けてニンジンを齧っていても。
(あんな所にウサギがいるぞ、って…)
 ハーレイは立ち止まりそう。
 「一休みして見て行くかな」と、「あれがこの家のペットなのか」と。
 そうやって足を止めた途端に、ハーレイは気付いてくれるのだろう。
 「あれはブルーだ」と、「俺のブルーが、ウサギになって帰って来た」と。
 もちろん自分の方でも気付く。
 ハーレイが生垣の向こうで止まって、こっちに視線を向けてくれたら。
 「誰か見てる」と視線を感じて、ニンジンを放ってそちらを見たら。
(…ハーレイなんだ、って…)
 ウサギの自分も、その瞬間に分かるのだろう。
 聖痕なんかは出なくても。
 「ハーレイ!」と叫べる声は持たなくても、思念波さえも紡げなくても。
(だって、ハーレイなんだもの…)
 きっと大急ぎで駆けてゆく。
 ウサギなのだし、ピョンピョンと跳ねて、ハーレイがいる所まで。
 生垣の向こうには出られなくても、隙間から顔を覗かせて。
 「ハーレイだよね?」と、もう大喜びで。


 そうやってハーレイと再会出来たら、頭を撫でて貰えるだろう。
 忘れもしない褐色の肌の、ハーレイの手が伸びて来て。
 「お前だよな?」と、懐かしそうな笑みを浮かべて。
(撫でて貰って、御機嫌でいたら…)
 家の中から母が出てくるかもしれない。ハーレイが立っているのに気付いて。
 「ウサギ、お好きですか?」と尋ねたりして、「入ってお茶でも如何ですか?」と。
 そうなったらもう、しめたもの。
 ハーレイにたっぷり遊んで貰って、抱き上げたりもして貰える。
 帰り際には「また来るからな」と優しい笑顔で、本当にまた来てくれるだろう。
 この家の前を通るコースを、いつものジョギングコースに決めて。
 通り掛かったら立ち止まってくれて、母たちだって、「中へどうぞ」と招き入れて。
(ウサギは言葉を喋れないけど…)
 気持ちはきっと通じる筈。
 言葉も思念波も何も無くても、ハーレイと見詰め合うだけで。
 「大好きだよ」と見詰めていたなら、「俺もだ」と見詰め返されて。
 何度もそうして会っている内に、ある日、ハーレイは母から聞くのだろう。
 「この子、元は人間だったんですの」と、「私の一人息子ですのよ」と。
 ウサギになりたい夢を叶えて、今はウサギの姿の息子。
 「元はこの部屋にいたんですの」と、子供部屋にも案内して。
 お気に入りだったオモチャが、今もそのままの部屋に。
 人間だった頃の写真が、幾つも飾ってある部屋に。
(普通だったら、冗談だろうと思うんだろうし…)
 母も「冗談かもしれませんわよ?」とコロコロ笑っていたって、ハーレイなら気付く。
 「全部、本当のことなんだ」と。
 「俺のブルーは、今はウサギになったんだな」と、「それがあいつの夢だったのか」と。
 本当のことに気付いたのなら、ハーレイは、きっと…。
(お前、どうやってウサギになった、って…)
 訊いてくれるに違いない。今のハーレイが前に言った通りに、その質問を。


 ウサギになりたかった夢。
 それをハーレイに話した時に、聞かされたこと。
 「お前がウサギになっていたなら、俺もウサギにならなきゃな」と。
 今の自分は、「飼ってくれる?」と訊いたのに。
 ウサギの姿になった自分を、ハーレイは飼ってくれるだろうかと。
(ハーレイの家の庭に、小屋を作って…)
 其処でハーレイに飼って貰えたら、充分、幸せ。
 ハーレイの手からニンジンなどを貰って、優しく撫でて貰えたならば。
(でも、ハーレイはウサギになるって…)
 そう言ってくれた。
 「俺も一緒にウサギになるぞ」と、「方法はお前が知ってるからな?」と。
 元は人間だった自分がウサギの姿になっているなら、方法は確かに知っている筈。
 それをハーレイに懸命に伝えて、「こうするんだよ」と教えたならば…。
(ハーレイも人間をやめてしまって、ウサギになって…)
 二人で一緒に暮らしてゆく。
 ウサギなのだし、「二匹」と言うかもしれないけれど。
(ハーレイだったら、白じゃなくって茶色のウサギ…)
 茶色の毛皮で黒い瞳の、野ウサギみたいな逞しいウサギ。
 そして、庭にある小屋で暮らしてゆくよりも…。
(野原がいいって言っていたよね?)
 住宅街の中の庭とは違って、広々とした郊外に広がる野原。
 其処で暮らしてゆくとなったら、巣穴が必要になってくるから…。
(ハーレイが頑張って、穴を掘ってくれて…)
 とても立派で、住み心地のいい家が出来るのだろう。
 天気のいい日は外に出掛けて日向ぼっこで、雨の日や風が冷たい時には巣穴で過ごす。
 くっつき合って色々話して、眠くなったら二人で眠って。
 前の生での思い出話も、今の話も、まるで尽きない。
 食事しながら話していたって、日向ぼっこの間中、ずっとお喋りだって。


(ウサギだったなら…)
 そんなのもいいね、と思ってしまう。
 ハーレイと二人で巣穴で暮らして、元の家にはもう帰らないで。
 きっと毎日が幸せだよね、と描いてみる夢。
 「ウサギになっていたとしたって、ぼくは幸せなんだから」と。
 ハーレイもウサギになってくれるし、うんと仲のいいウサギのカップル。
 白いウサギと茶色いウサギで、いつまでも幸せに暮らすんだよ、と…。

 

          ウサギだったなら・了


※もしもウサギになっていたなら、と考えてしまったブルー君。どうなるんだろう、と。
 ハーレイ先生なら、きっと気付いてくれますから…。二人でウサギになれるんですよねv









拍手[0回]

(…そういや、ウサギ…)
 ウサギだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(あいつ、小さかった頃はウサギに…)
 なりたかったと言ってたんだ、と小さなブルーを思い浮かべる。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 まだ十四歳にしかならないブルーは、前と同じに赤い瞳で…。
(おまけに綺麗な銀髪なんだ)
 その上、抜けるように真っ白な肌。
 前とは違って生まれつきのアルビノ、確かにウサギのようではある。
 白い毛皮に赤い瞳で、長い二本の耳を持っているウサギ。
 幼かったブルーが通う幼稚園にも、そういうウサギがいたものだから…。
(今も身体が弱いあいつは…)
 ウサギになりたいと思ったらしい。
 いつも元気に跳ね回るウサギ、その姿がとても羨ましくて。
 「ぼくもウサギになってみたいな」と、「大きくなったらウサギがいい」と描いた夢。
(将来の夢が、ウサギってのも…)
 子供らしいとは思うけれども、幼いブルーは真剣そのもの。
 両親にも「いつかウサギになりたい」と話して、「それは無理よ」と笑われたって。
(その内に、きっとなれるだろうと…)
 夢を諦めずに、幼稚園にあったウサギの小屋を覗く日々。
 ウサギと仲良くなった時には、「ウサギになれる方法」を聞けると思い込んで。
 そうしてウサギの姿になれたら、元気な身体が手に入るから、と。
(お母さんたちに、飼って貰うつもりだったというのが…)
 また傑作だ、と可笑しくなる。
 幼かった頃のブルーの夢では、「自分の家の庭」にウサギの小屋だったから。


 如何にも子供らしい夢。
 「大きくなったらウサギになる」のも、「家の庭で飼って貰う」のも。
 その夢は、いつの間にやら忘れてしまって、今のブルーの将来の夢は「お嫁さん」。
(俺の嫁さんになってくれるんだ…)
 今度のあいつは、と顔が綻ぶ。
 まだまだ先の話だけれども、ブルーを伴侶に迎えられる日。
 その日は必ずやって来るから、けして「夢」ではないのだから。
(しかしだな…)
 幼いブルーが描いていた夢、「将来はウサギになる」ということ。
 それが叶っていたとしたなら、どんな出会いになったのだろう?
(ウサギじゃ、聖痕なんかは出なくて…)
 もちろん言葉も話さない。
 けれど「出会えた」自信はある。
 ブルーがウサギになっていようと、あの家の庭で飼われていようと。
(きっと気ままにジョギングしてて…)
 今日はこっちに行ってみるか、とブルーの家がある方へと走る。
 初めて目にする景色を見ながら、タッタッと走って行ったなら…。
(家の庭にウサギ…)
 青い芝生に白いウサギは、きっと目を引くことだろう。
 犬や猫なら珍しくなくても、ウサギはあまり庭にはいないものだから。
(ウサギがいるぞ、と足を止めてだ…)
 生垣越しに覗き込んだら、その瞬間にピンとくる。
 「あれはブルーだ」と、「俺のブルーが帰って来た」と。
 そしてウサギのブルーの方でも、気付いて跳ねて来るのだろう。
 「ハーレイ!」と声は上げなくても。
 思念波さえも届かなくても、きっとブルーは大急ぎで跳ねて来てくれる。
 「やっと会えた」と、「ハーレイだよね?」と。


 出会ってしまえば、多分、伝わるのだろう気持ち。
 ブルーが言葉を話せなくても、思念波も持たないウサギでも。
(俺のブルーだ、って…)
 生垣越しに目と目で話して、その場を離れられなくなる。
 赤い瞳のウサギになっても、ブルーはブルーなのだから。
 前の自分たちの記憶も戻って、「会いたかった」と溢れる想い。
 ウサギのブルーを抱き締めることは出来なくても…。
(元気そうだな、と…)
 生垣の隙間から手を突っ込んで、撫でてやることは出来るだろう。
 ブルーの方も、精一杯に隙間から顔を出すのだろう。
 「会いたかったよ」と、「ハーレイも元気そうだよね」と。
 そうやってブルーを撫でていたなら、ブルーの母に出会うのだろうか。
 「ウサギ、お好きですか?」と庭に出て来たりして。
 「よろしかったら、お茶でもどうぞ」と門扉を開けてくれたりもして。
 それが出会いで、ジョギングコースは次から必ず、そっちの方へ。
 ウサギのブルーに会いに行こうと、時間がある日は足取りも軽く走って行って。
 何度も通ってブルーを撫でたり、ブルーの両親とも馴染みになっていったなら…。
(ある日、お茶を御馳走になってたら…)
 ブルーの母が話すのだろう。
 「あの子、うちの子なんですよ」と、「元は人間だったんですの」と。
 身体が弱かった一人息子で、「ウサギになりたい」と願ったブルー。
 夢が叶って今はウサギで、元気一杯に跳ね回る日々。
 庭にはブルーが住むための小屋もあるけれど…。
(元が人間だったもんだから、家の中にも…)
 前はブルーが住んでいたという子供部屋。
 ブルーの母は「可笑しいでしょう?」と笑いながらも、其処に案内してくれるだろう。
 幼かったブルーの写真が幾つも飾られた部屋に。
 ブルーのお気に入りだったオモチャが、今もそのまま置かれた部屋に。


(普通だったら、冗談だろうと思いそうなんだが…)
 ブルーの母も「全部、冗談かもしれませんわよ?」と、コロコロと笑いそうだけど。
 それでもきっと、自分なら分かる。
 「嘘じゃないんだ」と、「あいつ、元々は人間の子供だったんだ」と。
 弱い身体は悲しいから、とウサギになろうと夢見たブルー。
 夢が叶って、今ではウサギ。
 人間の言葉は失くしても。…思念波も持たない生き物でも。
(そうとなったら、俺だって…)
 ブルーの側にいたくなる。
 人間の姿は捨ててしまって、ウサギになって。
 いつもブルーと一緒に暮らして、ウサギ同士だからウサギの言葉で話もして。
(もう絶対に、そうするってな)
 今のブルーにも言ったけれども、自分も「ウサギになる」道を選ぶ。
 ブルーがウサギだったなら。
 真っ白で赤い瞳のウサギで、長い耳を持っているのなら。
(あいつがウサギになれたんだったら、ウサギになるための方法は…)
 きっとブルーが知っているから、頑張ってそれを聞く所から。
 ウサギのブルーを撫でてやりながら、「どうやるんだ?」と。
 「お前、どうやってウサギになった?」と、「俺もウサギになりたいんだが」と。
 首尾よく方法を聞き出せたならば、後は実行あるのみだけど。
 自分もウサギになるのだけれども、その前に…。
(あいつと二人で暮らすための家…)
 それを見付けて来なければ。
 ブルーの家の庭で暮らしてもいいのだけれども、それはなんだか気恥ずかしい。
 何も知らないブルーの両親、二人は不思議がるだろうから。
 「どうしてウサギになりたいんです?」と、「立派なお仕事もお持ちなのに」と。
 幼い子供だったブルーはともかく、いい年をした大人がウサギになるなんて。


 前は恋人同士だったんですよ、と明かせば話は早いのだけれど。
 ブルーの両親も「そういうことなら」と、ウサギ用の小屋を広げてくれそうだけれど。
(あいつのお母さんたちがいる前でだな…)
 仲睦まじく暮らしていたなら、たまに恥ずかしくもなるだろう。
 夜は一緒の小屋で眠って、昼間も仲がいいウサギのカップル。
 一匹は白いウサギのブルーで、もう一匹は…。
(俺だから、きっと茶色のウサギだ)
 茶色い毛皮に黒い瞳の、野ウサギみたいな逞しいウサギ。
 白と茶色で、庭で仲良く暮らしてゆくのもいいけれど…。
(そうするよりかは、二人きりで、誰にも遠慮しないで…)
 のびのびと生きてゆくのがいい。
 自然の中で、ブルーと同じ巣穴に住んで。
 天気がいい日は日向ぼっこで、雨の降る日や寒い日なんかは…。
(居心地のいい巣穴の中で、あいつとピッタリくっついて…)
 前の生での思い出話や、人間だった頃の話に興じる。
 話し疲れたら一緒に眠って、お腹が減ったら食事もして。
(そのための巣穴を作る場所を、だ…)
 まずは探しに行かないと、と夢は尽きない。
 「もしもあいつがウサギだったら」と、「俺もウサギになるのなら」と。
 きっとウサギの日々も楽しい。
 ブルーと二人で暮らす巣穴を、「此処に掘るから」とブルーに教えてやって。
 「俺もこれからウサギになるぞ」と、「頑張ってデカイ家を作ろう」と。
 そういうのもいいな、と幼かったブルーが描いた夢を追い掛けてみる。
 「ブルーがウサギになっていたなら、俺もウサギだ」と。
 「郊外にデカイ巣穴を掘るぞ」と、「家の庭より、二人きりの新居が最高だしな」と…。

 

           ウサギだったら・了


※ブルー君が幼かった頃の「将来の夢」は、ウサギになること。元気一杯に跳ね回るウサギ。
 そういうブルーに出会っていたら、と夢見るハーレイ先生。ウサギになっても、きっと幸せv









拍手[0回]

(ハーレイのケチ…!)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが膨らませた頬。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが来てくれたから、一日、一緒に過ごしたのに。
 とても幸せな時間だったのに、今も残って消えない不満。
 ハーレイにキスを強請ってみたのに、断られたから。
 「ぼくにキスして」と頼んだ途端に、「駄目だ」と額を指で弾かれた。
 キスの代わりに、額をピンと。
(そんなに痛くはなかったけれど…)
 酷いと思ってしまう恋人。キスはくれずに、指で額を弾くだなんて。
 その上、ジロリと睨まれた。
 「キスは駄目だと言ってるよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 それまでの笑顔は消えてしまって、眉間に皺まで。
 腕組みをして睨むハーレイの顔は、まるで厳しいキャプテンのよう。
(シャングリラのブリッジで、ああいう顔をしていた時は…)
 船の舵をキャプテン自ら握って、背筋を伸ばして立っていた時。
 「他の者になど任せられるか」と、何時間でも、ただ一人きりで、立ちっ放しで。
(あんな頃とは比べられないほど、うんと平和になったのに…)
 ミュウしかいない世界に来たのに、二人で生まれ変わって来たというのに、睨むハーレイ。
 恋人の自分を捕まえて。
 キスが欲しいと頼んでいるのに、「駄目だ」と冷たく断って。
(……分かってるけどね……)
 そうなるだろうということは。
 ハーレイが決めた決まりは絶対、チビの間は貰えないキス。
 前の自分と同じ背丈になるまでは。
 そっくり同じ姿に育って、ハーレイの家にも「行ってもいい」と許可が出るまでは。


 ちゃんと分かっているのだけれども、諦められない「ハーレイのキス」。
 頬や額へのキスとは違って、恋人同士の唇へのキス。
 それが欲しいから、強請ってしまう。
 「ぼくにキスして」と、「キスしてもいいよ?」と、キスをくれない恋人に。
 何度叱られても、指で額を弾かれても。
 睨み付けられても、もっと酷い目に遭わされても。
(…今日は大丈夫だったけど…)
 苛められてしまう時だってある。
 キスを断られて膨れていたら、頬っぺたをペシャンと潰される時。
 あの褐色の大きな両手で、膨らませていた頬を容赦なく。
(ペシャンと潰して、「ハコフグだな」って大笑いして…)
 とても楽しそうに笑うハーレイ、「今のお前は、ハコフグだぞ」と。
 恋人の顔を潰して苛めて、おまけにハコフグ呼ばわりまで。
 本当に酷い恋人だけれど、それでも好きでたまらない。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 嫌いになるなど有り得ないから、どんな目に遭ってもハーレイが好き。
 苛められても、睨み付けられても、「キスは駄目だ」と叱られても。
(本当に好きでたまらないから…)
 欲しくなるのが唇へのキス。
 前の自分が幾つも貰って、ハーレイと交わした甘い口付け。
 あれが欲しくてたまらないのに、一度もくれないものだから…。
(我儘だって言いたくなるよね?)
 いくら「駄目だ」と叱られても。
 キスは貰えない決まりがあっても、「そうだよね」と素直に聞きたくはない。
 ハーレイが勝手に決めた決まりで、何の相談も無かったから。
 いきなり「こうしろ」と告げられただけで、意見など聞いて貰えなかった。
 「お前は、まだまだチビだからな」と、「子供の間は、大人の言うことを聞くもんだ」と。


 せっかくハーレイと巡り会えたのに、作られてしまった「酷すぎる決まり」。
 どんなにキスを強請ってみたって、許してくれない酷い恋人。
 それでは不満が募る一方、だから我儘をぶつけてしまう。
 頭では「無理だ」と分かっていたって、「ぼくにキスして」と。
 頼むよりかは誘った方が、と思った時には「キスしてもいいよ?」。
 いったい何度ぶつけただろうか、「キスが欲しい」という我儘を。
 何度ハーレイに断られたろうか、指で額を弾かれたりして。
(だけど、諦めないんだから…)
 頑張るもんね、と諦めるつもりは「まるで無い」。
 ハーレイが断り続けるのならば、こちらも強請り続けるだけ。
 頼んで駄目なら「誘う」までだし、あの手この手で重ねる努力。
 「チビの間はキスはしない」と言わせていないで、ハーレイがキスしたくなるように。
(だって、恋人同士なんだもの…)
 キスのその先のことは無理でも、キスくらいなら大丈夫。
 母が扉をノックしたなら、離れればいいだけのことだから。
 パッと離れてしまっていたなら、母はキスには気付きはしない。
 少しくらい頬が染まっていたって、耳がちょっぴり赤くったって。
(ママ、そんなトコまで見てないもんね?)
 母の注意は、テーブルの上に向いているから。
 昼食のお皿は綺麗に空になっているのか、料理は口に合ったのか。
 お茶やお菓子の時だって同じ、「お茶のおかわりは如何?」と訊いたりもして。
(そっちの方しか見ていないから…)
 ハーレイとキスを交わしていたって、母にバレたりすることはない。
 もう絶対の自信があるから、我儘一杯に強請ってしまう。
 「ぼくにキスして」と、今日みたいに。
 ハーレイに何度断られたって、諦めないで。
 苛められても、額を指でピンと弾かれても、懲りたりせずに。
 ハーレイが眉間に皺を寄せても、腕組みをして睨み付けていたって。


 我儘なのだと分かってはいる。
 ハーレイが一人で決めたことでも、決まりは決まり。
(そういう決まりで、そういう約束…)
 どんなに言っても、きっと変わりはしないのだろう。
 今の自分はチビの子供で、もう「ソルジャー」ではないのだから。
(ぼくがソルジャーだったなら…)
 ハーレイに命令すれば良かった。
 ソルジャーとしての命令だったら、ハーレイは「否」と言えない立場。
 船を預かるキャプテンとはいえ、その上に立つのが「ソルジャー」だから。
 ソルジャーが決めて命令したなら、逆らえないのがキャプテンだから。
(だけど、前のぼく…)
 一度もそうはしなかった。
 前のハーレイに、頭ごなしに命令などは。
 ハーレイばかりか、他の誰にもやってはいない。
 ソルジャーだったら、何を言おうが、皆が従っていたのだろうに。
 どれほど勝手な命令だろうが、我儘の塊みたいになって「こうだ」と言い張ろうが。
(前のぼくなら、どんなことでも…)
 やろうと思えば好きに出来たし、それだけの力を持ってもいた。
 白いシャングリラがあったとはいえ、やはり「ソルジャー」は必要なもの。
 船の仲間だけでは守り切れない時が来たなら、戦える者はただ一人だけ。
 ソルジャーだった自分だけだし、何かと厚遇されていた。
 船の中で採れた色々な作物、それが優先で届くとか。
(他のみんなは少しだけでも…)
 ソルジャーにだけは、たっぷりの量。
 皆の気持ちは嬉しかったけれど、そのまま貰いはしなかった。
 「ぼくは少しで充分だから」と取り分けた後は、「子供たちに」などと渡していた。
 どんな時でも独占しないで、船の仲間を思っていた。
 「ソルジャーだからこそ」我儘も言わず、不平も不満も言いはしないで。


 そうやって生きた前の自分。
 ただの一度も、我儘などを言ってはいない。
 前のハーレイにも「命令」しなくて、穏やかに微笑み続けただけ。
 ソルジャー・ブルーの長い人生に、「我儘」というものがあったとしたら…。
(……あの時だけ……)
 前のハーレイにだけ「本当のこと」を伝えて、一人きりでメギドへ飛んで行った時。
 死にに行くのだと皆に知れたら、止められるに違いなかったから。
 あそこで「ソルジャー・ブルー」を止めたら、ミュウの未来が無くなるから。
(…船のみんなには、うんと迷惑かけちゃった…)
 白いシャングリラは守れたけれども、ソルジャー・ブルーを失った船。
 誰もが心細かったろうし、前のハーレイは言わずもがな。
(…前のぼくの我儘は、あの一度だけ…)
 他には思い付きもしないし、きっとやってはいないのだろう。
 我儘放題の「チビの自分」とは反対に。
 たかがキスくらいでプウッと膨れる、我儘な自分とはまるで違って。
(…今のぼくだと、ホントに我儘…)
 我儘すぎだ、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう?
 今日もジロリと睨まれたけれど、「キスは駄目だ」と叱られたけれど。
(我儘なんかは一度も言わずに、みんなのことだけ思ってたぼくと…)
 チビで我儘放題の自分と、ハーレイはどちらが好きなのだろう?
 前の自分のただ一度きりの我儘のせいで、ハーレイは全てを失った。
 生きる望みも、心の底から愛した人も。
 おまけに、前の自分の「遺言」。
 それに縛られ、深い絶望と孤独の中でも、地球まで行くしかなかったのだから…。


(今の、我儘なぼくの方が…)
 ハーレイにはずっといいんじゃないの、と浮かべた笑み。
 我儘放題のチビだけれども、ハーレイを置いて逝ったりはしない。
 今度はいつまでも側にいるのだし、二人で生きてゆくのだから。
(ぼくが大きくなるまでは…)
 我儘を言って困らせたって、いいだろう。
 ハーレイが勝手に作った決まりに従わなくても、懲りずにキスを強請っても。
 我儘を言わなかった前の自分よりも、きっと我儘な「今の自分」がハーレイの好み。
 きっとそうなのに違いないから、これから先も我儘放題。
 「キスは駄目だ」と叱られても。
 鳶色の瞳で睨み付けられても、「ぼくにキスして」と諦めないで…。

 

          我儘なぼく・了


※我儘なんだ、と自覚はあるのがブルー君。「ぼくにキスして」と強請っていても。
 けれど、我儘など言わなかった前のブルーよりは…。ぼくの方がいいよね、と自信満々v









拍手[0回]

(まったく…)
 あいつときたら、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は一緒に過ごしたブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど子供になってしまって、今の姿は十四歳にしかならないチビ。
 前と同じに愛せはしなくて、子供向けの愛になるものだから…。
(今日でいったい何度目なんだか…)
 もう数えてもいないんだがな、と思い返した昼間の出来事。
 「俺は子供にキスはしない」と言ってあるのに、今日もブルーは強請って来た。
 「ぼくにキスして」と、愛らしい顔に笑みを湛えて。
(あの顔からして違うんだがな?)
 前のあいつの表情とは…、と自分だからこそ分かること。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃には、ブルーは大人で、前の自分が愛した人。
 長い年月、前のブルーと共に生きたから、忘れはしない。
 かの人の仕草も、その表情も。
 すらりと伸びた細い手足に、華奢だった肢体。
 「月のようだ」と思った姿も、銀細工さながらの繊細さも。
(俺は忘れちゃいないから…)
 今のブルーがどう足掻いたって、「違う」と分かる。
 「キスしてもいいよ?」と誘うような顔をしたって、それも「子供の表情だ」と。
 前のブルーを真似たつもりでも、チビはチビ。
(あいつと出会って直ぐの頃には、重なって見えもしたんだが…)
 チビのブルーの表情の上に、前のブルーの面影が。
 それではマズイ、とブルーに家への出入りを禁じて、今に至っているけれど。
 「前のお前と同じ背丈に育つまでは」と、キスと同じに禁止だけれど。
 今となっては要らない心配、今のブルーは「ただのチビ」。
 何かと言ったら我儘ばかりで、見掛け通りの子供だから。


 今日もブルーがぶつけた我儘、「ぼくにキスして」。
 キスはしないと言っているのに、少しも懲りない小さなブルー。
 「諦める」ということもしないで、チャンスと思えば直ぐに言い出す。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ」だのと、一人前の恋人気取りで。
(我儘なヤツめ…)
 もっと「我慢」を覚えて欲しい、と思ったりもする。
 「我慢」に「辛抱」、柔道部員には厳しく指導していること。
 心技体を鍛える武道が柔道、その道を志したからには、「しっかりやれ!」と。
 我儘ばかりを言っていたなら、上達などはしないから。
 朝早くから登校しての朝練、「眠いから」と家で眠っていたなら話にならない。
 我慢して起きて、顔を洗って、制服に着替えて登校してこそ。
(でもって、練習が辛くったって…)
 グッと堪えて其処で辛抱、自分自身を叱咤するのが次の段階へと進む早道。
 「我慢だ、我慢」と、「辛抱しないと置いてかれるぞ」と。
 他の部員はせっせと練習しているのだから、サボッた分だけ遅れる上達。
 朝練にしても、放課後の部活の時間にしても。
(柔道部員の辞書ってヤツには、「我儘」なんぞは…)
 載ってないんだ、とチビのブルーを叱ってやりたい。
 「あいつらを少しは見習わないか」と、「お前のはただの我儘だ!」と。
 もっとも、それを言った所で、相手はブルーなのだから…。
(ぼくには柔道なんかは無理、ってトコだな)
 前と同じに弱く生まれてしまったブルー。
 今の時代は誰もがミュウだし、前の自分たちが生きた頃とは違う。
 マラソン選手もサッカー選手も、ミュウばかり。
(ミュウは何処かが欠けているってのも…)
 とっくの昔に過去の話で、今のミュウなら健康そのもの。
 だからブルーも丈夫に生まれ変わっていたって、何処も不思議ではないというのに…。


(前と同じに弱いんだ…)
 可哀相に、とブルーの弱い身体を思う。
 体育の授業は見学ばかりで、そうでない日も途中で休む。
 「これ以上は無理」と思った時には、自分から手を挙げて、皆と離れて。
(そんなあいつに、柔道部員の心得なんぞを…)
 叩き込もうっていう方が無理だ、と分かってはいる。
 「我慢」と「辛抱」、それをブルーに当てはめたならば、大変なことになるだろう。
 熱があっても登校するとか、身体が悲鳴を上げていたって、体育の授業を受け続けるとか。
(俺がウッカリ言おうモンなら、思い込みってヤツで…)
 もう何もかもを「我慢」で「辛抱」、待っているのは「寝込む」ことだけ。
 弱い身体が壊れてしまって、ベッドから起き上がれずに。
 学校でパタリと倒れた時にも、意識なんかは失くしてしまって。
(それも、あいつの我儘だよなあ…)
 自分の我儘を通した結果。
 「ハーレイがこう言っていたもの」と、「我慢」で「辛抱」。
 熱があるのを隠しておくとか、気分が悪くなって来たのに、黙って体育を続けるだとか。
(周りの迷惑というヤツをだ…)
 まるで考えないのがあいつ、と光景が目に見えるよう。
 「ハーレイが言っていたもんね!」と「我慢」で「辛抱」、張り切った末に倒れるブルー。
 保健室へと運ばれた後は、其処のベッドに寝かされて…。
(あいつのお母さんが呼ばれて、迎えに来て…)
 タクシーで家に連れて帰って、ブルーのベッドに押し込むのだろう。
 朝の間に「熱があるよ」と言っていたなら、登校するのを止めさせるだけで済んだのに。
 体育の授業で無理をしなければ、いつも通りに「自分で」帰って来たろうに。
(お母さんが大いに大変な上に、俺だって…)
 ブルーが学校で倒れたと聞けば、帰りは見舞いに行かなくては。
 食欲がまるで無いとなったら、スープ作りも必要になる。
 前のブルーがとても好んだ、素朴な野菜スープを作って食べさせることが。


 何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけで煮込んだスープ。
 「野菜スープのシャングリラ風」の出番が来そうな、ブルーが倒れてしまった時。
 それも「我慢」と「辛抱」の末に、我儘を通して頑張った果てに。
(まったく、今のあいつときたら…)
 何処まで我儘に出来てるんだか、と思ってみたって始まらない。
 今のブルーはチビの子供で、もうそれだけで「我儘」だから。
 「我慢」も「辛抱」も辞書には無くって、やりたい放題、言いたい放題。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと。
(…何処に我慢を置いて来たんだ!)
 前のあいつは、ああじゃなかった、と前のブルーを思ったけれど。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーを頭に浮かべて、今との違いを嘆いたけれど。
(いや、待てよ…?)
 前のあいつは、今とは逆で…、と美しかった人を思い出す。
 「ソルジャー・ブルー」と呼ばれる前から、前のブルーは「我慢」と「辛抱」。
 自覚があったかどうかはともかく、我儘などを言ってはいない。
(ジャガイモだらけの飯が続こうが、キャベツだらけの毎日だろうが…)
 船の仲間たちが不満だらけでも、「美味しいよ」と食べていたのがブルー。
 好き嫌いの一つも言いはしないで、いつも笑顔で。
 そんなブルーが大きくなったら、何もかも船の仲間が優先。
 白いシャングリラで採れた作物、それを「ソルジャーに」と最優先で回しても…。
(ぼくよりも、子供たちに、って…)
 譲ってしまうのが常のこと。
 ほんの少しだけ自分用に取って、「残りはみんなで食べてくれれば」と。
 「でも、みんなには行き渡らないから、子供たちにでも」と。
 そうやって生きて「我慢」に「辛抱」、前のブルーの「我儘」は知らない。
 我儘などは言いもしないで、三百年以上も生き続けて…。
(…逝っちまったんだ…)
 皆のためにと、命を捨てて。ただ一人きりで、メギドを沈めて。


(もしも、あいつが我儘だったら…)
 ああいう最期を選んではいない。
 「我慢」と「辛抱」の最たる最期を、一人きりでのメギドでの死を。
(俺にも一緒に来いと言うとか、そもそもメギドに行かないだとか…)
 きっとそうだ、と気付いた途端に、愛おしくなったブルーの「我儘」。
 今のブルーはチビだけれども、とても自分に素直だから。
 「我慢」と「辛抱」が足りないけれども、我儘放題の日々なのだけれど。
(…前のあいつのことを思えば…)
 我儘なあいつの方がマシだな、と零れた笑み。
 今は少々厄介だけれど、あの調子ならば、前のようにはならない。
 悲しい別れが待ってはいなくて、ブルーは我儘放題で…。
(俺の側から離れないってな)
 間違いないぞ、と嬉しくなるから、これでいい。
 小さなブルーが我儘でも。
 「我慢」と「辛抱」を教えない方が、マシそうなチビの子供でも…。

 

         我儘なあいつ・了


※ブルー君の我儘に手を焼いているハーレイ先生。「我慢と辛抱を知らんのか!」と。
 けれど、それをした前のブルーは、ああいう最期。それを思えば我儘放題の方がずっと幸せv







拍手[0回]

Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]