(そういえば、ウサギ…)
ウサギだっけね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、学校で古典を教える教師。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今の自分の将来の夢は、そのハーレイの「お嫁さん」。
前とそっくり同じに育って、結婚できる十八歳を迎えたら夢は必ず叶う。
けれど、ハーレイと再会する前。
今よりもずっと幼かった頃に、なりたいと思っていたものは…。
(……ウサギ……)
真っ白な毛皮に赤い瞳で、長い二本の耳を持ったウサギ。
それになるのが、幼い自分の夢だった。
幼稚園にいた、元気一杯のウサギたち。
いつもピョンピョン跳ね回っていて、疲れ知らずな、子供の友達。
生まれつき身体が弱かったから、あのウサギたちが羨ましかった。
いつ見ても元気で、生き生きしていた真っ白なウサギ。
(ぼくもウサギになれたらいいな、って…)
そうしたら、きっと元気な身体が手に入る。
一日中、走り回っていたって、倒れてしまわない身体。熱を出したりもしない身体が。
(ぼくの目、ウサギとおんなじで…)
人間には珍しい真っ赤な瞳。
生まれた時からアルビノだったし、髪は銀色、肌も真っ白。
(色だけだったら、ウサギそっくり…)
人間のくせに良く似ているから、頑張ればウサギにだってなれそう。
なる方法が分かったら。
「こうすればいいよ」と、あのウサギたちが方法を教えてくれたなら。
そう思ったから、仲良くなろうとしたウサギたち。
幼稚園の休み時間は、せっせとウサギの小屋を覗いて。
ウサギたちが外で遊ぶ時間は、「ぼくと遊ぼう」と近付いていって。
(仲良くなったら、ウサギになれる方法も…)
教えて貰えるだろうと思った、幼い自分。
ウサギと友達になれたのだったら、「一緒に暮らそう」と誘ってくれるだろう。
「ウサギになるには、こうするんだよ」と方法だって教えてくれて。
(きっと教えて貰えるよ、って…)
信じていたから、父と母にもそう言った。
「いつかウサギになりたいな」と、「ぼくがウサギになったら、飼ってね」と。
子供部屋なら持っていたけれど、ウサギは其処で暮らせない。
ウサギが住むには何かと不便で、庭の方がきっと便利な筈。
父に頼んで、ウサギの小屋を庭に作って貰えたら。
ウサギが好きなニンジンなんかを、母が運んで来てくれたなら。
(ニンジンを食べて、庭で元気に遊んで…)
とても幸せな毎日だろうし、将来の夢は、断然、ウサギ。
「ウサギがいいな」と思っていたのに、いつの間にやら忘れてしまった。
気付けば夢は「お嫁さん」。
前の生では無理だったことで、もう最高の夢だけれども…。
(ぼくがウサギになっていたなら、どうなったんだろ?)
幼かった頃の夢が叶って、真っ白なウサギだったなら。
庭にウサギ小屋を作って貰って、其処で暮らしていたのなら。
(それでも、きっと会えるよね…?)
ある日、ハーレイが生垣の向こうを通り掛かって。
たまたまジョギングで走って来たとか、そんな具合に。
(ぼくの家の辺りは、コースじゃないって言ってたけれど…)
いつも気ままに走るのだから、通る日だってきっとあるだろう。
「今日はこっちに行ってみるか」と、初めてのコースを走り始めて。
ハーレイが道を走って来たなら、どちらが先に気付くのだろう?
ウサギの自分か、ジョギング中のハーレイか。
(表の道を走って行く人は、別に珍しくないけれど…)
健康のためにと走る人なら、ごくごく馴染みの光景ではある。
だから「また誰か来た」と思う程度で、ウサギの自分はニンジンに夢中かもしれない。
みずみずしいのに齧り付きながら、「美味しいよ」と大満足で。
けれど、ハーレイの方では違う。
庭に犬やら猫のいる家は多いけれども、ウサギというのは珍しい。
おまけに芝生の色は青くて、白いウサギはよく目立つ。
いくらニンジンに夢中でも。
生垣の向こうを走るハーレイ、そちらにお尻を向けてニンジンを齧っていても。
(あんな所にウサギがいるぞ、って…)
ハーレイは立ち止まりそう。
「一休みして見て行くかな」と、「あれがこの家のペットなのか」と。
そうやって足を止めた途端に、ハーレイは気付いてくれるのだろう。
「あれはブルーだ」と、「俺のブルーが、ウサギになって帰って来た」と。
もちろん自分の方でも気付く。
ハーレイが生垣の向こうで止まって、こっちに視線を向けてくれたら。
「誰か見てる」と視線を感じて、ニンジンを放ってそちらを見たら。
(…ハーレイなんだ、って…)
ウサギの自分も、その瞬間に分かるのだろう。
聖痕なんかは出なくても。
「ハーレイ!」と叫べる声は持たなくても、思念波さえも紡げなくても。
(だって、ハーレイなんだもの…)
きっと大急ぎで駆けてゆく。
ウサギなのだし、ピョンピョンと跳ねて、ハーレイがいる所まで。
生垣の向こうには出られなくても、隙間から顔を覗かせて。
「ハーレイだよね?」と、もう大喜びで。
そうやってハーレイと再会出来たら、頭を撫でて貰えるだろう。
忘れもしない褐色の肌の、ハーレイの手が伸びて来て。
「お前だよな?」と、懐かしそうな笑みを浮かべて。
(撫でて貰って、御機嫌でいたら…)
家の中から母が出てくるかもしれない。ハーレイが立っているのに気付いて。
「ウサギ、お好きですか?」と尋ねたりして、「入ってお茶でも如何ですか?」と。
そうなったらもう、しめたもの。
ハーレイにたっぷり遊んで貰って、抱き上げたりもして貰える。
帰り際には「また来るからな」と優しい笑顔で、本当にまた来てくれるだろう。
この家の前を通るコースを、いつものジョギングコースに決めて。
通り掛かったら立ち止まってくれて、母たちだって、「中へどうぞ」と招き入れて。
(ウサギは言葉を喋れないけど…)
気持ちはきっと通じる筈。
言葉も思念波も何も無くても、ハーレイと見詰め合うだけで。
「大好きだよ」と見詰めていたなら、「俺もだ」と見詰め返されて。
何度もそうして会っている内に、ある日、ハーレイは母から聞くのだろう。
「この子、元は人間だったんですの」と、「私の一人息子ですのよ」と。
ウサギになりたい夢を叶えて、今はウサギの姿の息子。
「元はこの部屋にいたんですの」と、子供部屋にも案内して。
お気に入りだったオモチャが、今もそのままの部屋に。
人間だった頃の写真が、幾つも飾ってある部屋に。
(普通だったら、冗談だろうと思うんだろうし…)
母も「冗談かもしれませんわよ?」とコロコロ笑っていたって、ハーレイなら気付く。
「全部、本当のことなんだ」と。
「俺のブルーは、今はウサギになったんだな」と、「それがあいつの夢だったのか」と。
本当のことに気付いたのなら、ハーレイは、きっと…。
(お前、どうやってウサギになった、って…)
訊いてくれるに違いない。今のハーレイが前に言った通りに、その質問を。
ウサギになりたかった夢。
それをハーレイに話した時に、聞かされたこと。
「お前がウサギになっていたなら、俺もウサギにならなきゃな」と。
今の自分は、「飼ってくれる?」と訊いたのに。
ウサギの姿になった自分を、ハーレイは飼ってくれるだろうかと。
(ハーレイの家の庭に、小屋を作って…)
其処でハーレイに飼って貰えたら、充分、幸せ。
ハーレイの手からニンジンなどを貰って、優しく撫でて貰えたならば。
(でも、ハーレイはウサギになるって…)
そう言ってくれた。
「俺も一緒にウサギになるぞ」と、「方法はお前が知ってるからな?」と。
元は人間だった自分がウサギの姿になっているなら、方法は確かに知っている筈。
それをハーレイに懸命に伝えて、「こうするんだよ」と教えたならば…。
(ハーレイも人間をやめてしまって、ウサギになって…)
二人で一緒に暮らしてゆく。
ウサギなのだし、「二匹」と言うかもしれないけれど。
(ハーレイだったら、白じゃなくって茶色のウサギ…)
茶色の毛皮で黒い瞳の、野ウサギみたいな逞しいウサギ。
そして、庭にある小屋で暮らしてゆくよりも…。
(野原がいいって言っていたよね?)
住宅街の中の庭とは違って、広々とした郊外に広がる野原。
其処で暮らしてゆくとなったら、巣穴が必要になってくるから…。
(ハーレイが頑張って、穴を掘ってくれて…)
とても立派で、住み心地のいい家が出来るのだろう。
天気のいい日は外に出掛けて日向ぼっこで、雨の日や風が冷たい時には巣穴で過ごす。
くっつき合って色々話して、眠くなったら二人で眠って。
前の生での思い出話も、今の話も、まるで尽きない。
食事しながら話していたって、日向ぼっこの間中、ずっとお喋りだって。
(ウサギだったなら…)
そんなのもいいね、と思ってしまう。
ハーレイと二人で巣穴で暮らして、元の家にはもう帰らないで。
きっと毎日が幸せだよね、と描いてみる夢。
「ウサギになっていたとしたって、ぼくは幸せなんだから」と。
ハーレイもウサギになってくれるし、うんと仲のいいウサギのカップル。
白いウサギと茶色いウサギで、いつまでも幸せに暮らすんだよ、と…。
ウサギだったなら・了
※もしもウサギになっていたなら、と考えてしまったブルー君。どうなるんだろう、と。
ハーレイ先生なら、きっと気付いてくれますから…。二人でウサギになれるんですよねv