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(忘れちゃってた…!)
  とても大変、と小さなブルーは飛び上がった。
  お風呂上がりにパジャマ姿で、チョコンと腰掛けていたベッドの端で。
(ホントのホントに、忘れてたってば…!)
  大慌てで駆け寄った、通学鞄を置いてある場所。
  カレンダーの方を睨んで、次は貼ってある時間割。
  それからエイッと鞄を開けて、中のプリントを引っ張り出して…。
(…やっぱり、明日…)
  明日の提出、と真っ青になる。
  授業のノートや資料を纏めて、明日、提出という課題。
  数日前に聞いた時には、まだまだ余裕がたっぷりとあった。
(一時間もあれば、出来ちゃうから…)
  急がなくても大丈夫、と思った「それ」。
  ハーレイが仕事帰りに寄ってくれても、残り日数は充分にある。
(毎日、ハーレイが来てくれたって…)
  少しずつやれば提出期限には間に合う筈だし、他の宿題を優先しよう、と。
  「明日提出」という宿題もあれば、予習が必要な科目もある。
  まずはそっちを片付けてから、毎日、少しずつ纏めてゆこうという計画。
  いつもだったら、それで「出来上がった」。
  そういう形で仕上げた宿題、それにレポートは幾つもあった。
  だからこれも、と考えたのに…。
(なんで忘れたわけ…!?)
  今日と違って、「あの日」はハーレイが来たからだろうか?
  仕事帰りに、門扉の脇のチャイムを鳴らして。
  今日は来てくれなかったけれども、あの日は確かに来てくれた。
(…でも……)
  言い訳になっていないから、と自分でも分かる。
  ハーレイが来る度に「忘れていた」なら、常習犯になっているだろうから。


  普段なら、けして、しない失敗。
  明日が提出期限だったら、この時間には出来上がって…。
(ちゃんと鞄に入ってて…)
  後は出すだけ、そうなっている。
  それなのに、「出来ていない」今。
  ノートや資料を纏めるのならば、「丸写し」というわけにはいかない。
  学校に着いて、友達のを「見せて」と覗き込んでの書き写し。
  それは御法度、先生が見たら直ぐにバレること。
(あれって、どっちが写したヤツかも…)
  不思議なことに、先生たちは、お見通し。
  まるで全く同じ「宿題」が二つあったら、どちらが「丸写し」したのかを。
(ぼくが友達のを丸写ししたら…)
  即座にバレて、こっぴどく叱られてしまうのだろう。
  「いつもは写させている方なのに、これは何だね?」などと、呼び出されて。
  言い訳したって、少しも聞いて貰えはせずに。
(うんと具合が悪かったんです、って…)
  口にしてみても、「丸写ししていい」ことにはならない。
  日を改めて再提出すればいいだろう、と正論が返って来ておしまい。
(急がなくっちゃ…!)
  明日、学校を休むつもりが無いのなら。
  授業に出るなら、今から「纏め」。
(一時間もあれば出来る筈だし…)
  それさえやったら、堂々と学校に出掛けてゆける。
  「ハーレイ先生」がいる学校に。
  前の生から愛したハーレイ、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
  学校では「先生」と「生徒」だけれども、行ったなら、会える日だって多い。
  挨拶だけしか出来ない時でも、会えないよりかは、ずっといい。
  だから学校は「休みたくない」し、行きたいのならば、まずは宿題。
  一時間ほど頑張ったならば、立派に出来るだろうから。


  風邪を引いてはたまらないから、羽織った上着。
  それに膝掛け、万全の装備で勉強机の前に座った。
(えーっと…)
  ノートを広げて、資料集の方も開いて置く。
  後は確認用の教科書、そちらも見ながら纏めなくては。
  ペン立てから出したペンを握って、もう早速に書き始めた文字。
  右から左へ書き写すだけでは、いい点数は貰えないから…。
(ぼくの言葉で、きちんと纏めて…)
  自分らしく仕上げるべき内容。
  授業をしっかり聞いていたなら、「自分の言葉で」書ける筈。
  黒板の文字を「丸ごと写して」おくのではなくて、噛み砕いて。
  資料集の中身にしても同じで、理解出来ていれば「自分の知識」になっている。
  そのまま「真面目に」写さなくても、もっと簡単に纏め上げて。
  二行もあった文章の中から、ほんの数文字を選んで書き出し、「こう」と結論。
(…こっちの資料で、こうなっていて…)
  ノートがこうで、教科書がこう、と目で追ってゆく。
  どう纏めるのが一番いいかと、分かりやすくて簡潔かと。
(丸写ししちゃったら、早いんだけど…)
  書き写す時間だけで済むのだけれども、評価は悪くなるだろう。
  そんな「纏め」を出したことも無いし、呼び出しとまではいかないとしても…。
(返って来た時に、先生の字で…)
  大きく「?」と書かれているかもしれない。
  「ブルー君らしくありませんね」と、感想までが書き込まれて。
  学年で一番の優等生が、いったい何をしているのかと。
(…サボッてました、って言うみたいなもの…)
  そうなったならば、ハーレイの耳にも入りかねない。
  先生同士の話のついでに、「こういうことがありましたよ」と話題になって。
(そんなの、最悪すぎるから…!)
  絶対嫌だ、と頑張るしかない。丸写しだけは避けなくては、と。

 
 ウッカリ忘れていたばっかりに、こんな時間に始める宿題。
  夜更かしばかりの友達だったら、当たり前かもしれないけれど…。
(…ぼくは早めに済ませるタイプで…)
  宿題は、学校から帰って直ぐに済ませておくタイプ。
  いつハーレイが訪ねて来たって、ゆっくりと話が出来るようにと。
  夕食の後のお茶の時間も、宿題なんかは気にせずに過ごしていられるように。
(その筈で、いつもそうしてるのに…!)
  どうして、これを忘れただろう。
  思い出しただけマシだとはいえ、提出は明日で、もうギリギリ。
  夜は早くに寝るタイプだけに、この時間ならば「夜更かし」と言える。
  けれど、終わってくれない宿題。
  丸写しすれば早いとはいえ、それは出来なくて、明日、学校で…。
(…友達のを見せて貰って写すのも…)
  酷い結果を招くだけだし、資料を、ノートを睨み付けるだけ。
  教科書のページもパラパラめくって、「忙しいってば!」と叫んだりもして。
  もう本当に「忙しい」から。
  後はベッドに入るだけだと思っていたのに、とんでもない「用事」が出来たから。
  これをやらずに学校に行けば、赤っ恥をかくか、叱られるか。
  それが嫌なら「片付ける」しかない、ノートや資料を纏める作業。
  時間に余裕がある時だったら、焦らないのに。
  もっとスラスラと色んな言葉が、次々に浮かんで来てくれるのに。
(……うー……)
  上手く纏まらない、と握り締めるペン。
  どう書けばいいか分からないのが、「切羽詰まっている」証拠。
  気持ちに全く余裕が無いから、頭の中にも無い余裕。
  冴えていたなら「ピンと来ること」が、まるで出て来ない状態で。
  授業中に聞いた筈のことさえ、簡単に出ては来てくれなくて。
  そのせいで苛立ってゆけばゆくほど、作業は上手くいかなくなる。
  「忙しいんだから!」と叫ぶ言葉が、そのまま「呪い」であるかのように。

 
 いったい何度、「忙しいのに!」と、教科書をバンと叩いただろう。
  纏まってくれないノートを、資料を叩いて当たり散らしただろう。
  時間はどんどん経ってしまって、もうすぐ一時間になるというのに…。
(終わらないってば…!)
  どうなってるの、とイライラしたって、それで解決しはしない。
  いつまで経っても片付かないノート、資料も教科書も閉じられはしない。
  「宿題を忘れてゆく」のだったら、「これでいいや」と投げ出せるのに。
  ポンと放って知らんぷりして、全部鞄に突っ込むのに。
(だけど、そんなの…!)
  此処までやって放り出すなんて、と歯を食いしばって、仕上げた宿題。
  きっと何とか、形になってはいるだろう。
  普段ほどには冴えていなくても、「夜更かし」の結果が出ていたとしても。
(明日、学校で読み返してみて…)
  何処か可笑しい部分があったら、手を加えればいいだろう。
  ちょっとだけ消して書き直すだとか、二言、三言、付け加えるとか。
(…それでいいよね?)
  もうこれ以上は無理だから、とパタンと閉じた、ノートや教科書。それから資料。
  夜更かしした上、今の気分で読み直したって、ロクな結果にならないだけに。
(……やっと出来たよ……)
  これでハーレイの耳に変な評判が届くことも…、と思ったはずみに気が付いた。
  そのハーレイのことを、どの辺で忘れてしまったろうか、と。
(途中までは、凄く気にしてて…)
  学校へ行くのも、宿題を忘れないようにするのも、全てハーレイに繋がっていた。
  なのに何処かで忘れてしまって、宿題のことで苛立っていた。
  「忙しいんだから!」と、「終わらないってば!」と、「自分のこと」だけで。
  ハーレイの顔さえ思い出さずに、ただイライラと。


(…忙しい時には、忘れちゃうわけ?)
  それは悲しい、と心が痛くて、胸だって痛い。
  誰よりも好きな恋人のことを「忘れる」なんて。
  その人のためにと頑張ったことさえ、途中で「落として」いたなんて。
(…そんなの、酷い…)
  あんまりだよ、と悲しくなるから、こんな目には二度と遭いたくない。
  忙しい時には忘れるのなら、そうならないよう気を付けたい。
  いつも心に余裕を持って。
  「忙しいってば!」と、心の中から「ハーレイ」を追い出してしまわないように…。

 

            忙しい時には・了


※宿題で切羽詰まった挙句に、ハーレイ先生のことを忘れてしまったブルー君。
 忙しい時には忘れるのならば、そうならないよう、次からは心に余裕をたっぷり持たないとv









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(切羽詰まった状態でだ…)
 仕事はしない主義なんだが、とハーレイが眉間に寄せた皺。
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それは机にあるけれど。
 コーヒーの香りもするのだけれども、ゆったりと飲むわけにはいかない。
(なんたって、非常事態だからな…!)
 明日の会議に必要な資料、それを作ってゆかなければ。
 それも「今夜の間」に、という本当に切羽詰まった状況。
 明日、学校に着いてからでは、足りない時間。
 朝は柔道部の朝練があるし、それが終われば授業が始まる。
(授業の合間に作りたくても…)
 そういう時に限って「やって来る」のが、質問などがある生徒。
 彼らの相手をしていたならば、休み時間は無いも同然。
 空き時間の方にしても同じで、何かと入りがちな雑用。
(資料作りで忙しいから、と言えば断れるんだが…)
 それは自分の信条に反する。
 「放課後の会議」のための資料を、「ギリギリで」作っているなどは。
 どんな理由があるにしたって、誰もが納得してくれたって。
(…この俺に任せられたからには…)
 何が何でも今日中なんだ、と学校で渡された文書の山を繰ってゆく。
 それを纏めて資料を作って、明日の会議に間に合わせる。
 この仕事のために、ブルーの家にも寄らずに真っ直ぐ帰ったほど。
(もっとも、ギリギリではあったがな…)
 そっちの方も、と思いもする。
 資料作りを引き受けた後に、学校でやった打ち合わせ。
 ついでに文書なども受け取り、遅い時間になってはいた。
 ブルーの家へと出掛けてゆくには、もうギリギリだと言える時間に。


 だから、そちらは「諦めた」。
 ギリギリの時間に出掛けて行って、夕食を食べてくるような暇があるなら…。
(このギリギリの仕事の方を、だ…)
 一刻も早く仕上げてこそだ、と考えたから。
 急いで帰宅し、手早く作った今夜の食事。
 後片付けもサッサと済ませて、コーヒーを淹れて、取り掛かる作業。
(俺の名誉のために言うなら…)
 ギリギリになったのは、俺のせいではないからな、と誰にともなく言い訳する。
 自分が「引き受けた」仕事だったら、資料はとっくに出来ている筈。
 余裕を持たせて、遅くとも三日ほど前までには。
 早い話が、「自分のもの」ではなかった仕事。
 少なくとも、「今日の」昼休みまでは。
 其処で「お鉢が回って来る」までは、他の教師の担当だった「それ」。
(……急病じゃ、仕方ないんだが……)
 それにしても、と零れる溜息。
 自分が「その教師」の立場だったら、資料はとっくに出来ていた。
 今日の朝になって具合が悪くて、「休みます」と連絡をするよりも前に。
(…資料さえ、出来ていたんなら…)
 欠勤の連絡を寄越すついでに、「取りに来て下さい」と言えば済むこと。
 誰でもいいから、手の空いた先生を家に寄越して下さい、と。
(酷い風邪とかで、移る恐れがあるにしたって…)
 受け渡しの方法は幾らでもある。
 本人が律儀に渡さなくても、家族の誰かに託すとか。
 妻だの、それこそ幼稚園に出掛ける前の子供にだって。
 「これを頼む」と言いさえすれば、「どうぞ」と使いの誰かに届く。
 妻であろうが、幼稚園の制服を着た子供だろうが、資料を持って家の表まで出て。
 そうしないのなら、ポストが使える。
 資料の束を突っ込んでおいて、「持って帰って下さい」と連絡しておけば。
 取りに出掛けた使いの者が、ポストから「それ」を引っ張り出せば。


(俺の場合は、そうなったろうな…)
 急病など、まず有り得ないけれど、万一、罹ってしまったら。
 今朝、起きた時に「これはマズイ」と欠勤を決めて、病院に行くことにしたのなら。
(手渡してくれる家族はいないし…)
 資料をポストに押し込んでおいて、病院に出掛けたことだろう。
 そうすれば「誰も困らない」のだし、迷惑をかけるのは一人だけ。
 「資料を取りに来る」羽目になった誰か、その一人にだけ、後で詫びればいい話。
(それにしたって、お互い様だし…)
 取りに来た者も「お気になさらず」と笑っておしまい。
 「次は、私かもしれませんしね」などと、「急な病気で」休んだ件は責めないで。
(…今日、休んじまったヤツにしてもだ…)
 お互い様には違いない。
 明日は「自分」がそうならないとは、誰にも言えはしないのだから。
(しかしだな…)
 資料は「早めに」作っておいて欲しかったんだが…、と思う気持ちは止められない。
 「彼」には「彼の事情」があって、そうなったとは分かっていても。
 休日ともなれば家族サービス、資料作りよりも遊園地だとか、ショッピングだとか。
(家族がいるなら、そっちが優先…)
 分かっちゃいるが、と百も承知でも、納得できない「自分」の現状。
 切羽詰まった仕事なんかは「やりたくない」から、何事も「早め」。
 引き受けた仕事は責任を持って、早め、早めに仕上げるもの。
 「急病で欠勤」になってしまったなら、「資料はポストに入れておきます」と言えるように。
 自分は病院に出掛けるけれども、「その間に取りに来て下さい」と。
 ところが、そうではなかった同僚。
 資料作りは「ギリギリでいい」と思っていたのか、自分に自信があったのか。
(今日、帰ってから取り掛かっても…)
 充分だろうと決めてかかって、まるで手を付けていなかったとか。
 それの結果が「急な欠勤」、ついでに「全く出来ていない」資料。
 明日の会議には「それ」が要るのに、会議は明日の放課後に迫っているというのに。


 そんなこんなで、大騒ぎになった昼休み。
 明日までに「資料を作れる」教師が、誰かいないかと。
(そういった時に、真っ先に外されちまうのが…)
 既に仕事を山と抱えている教師。
 テストを控えて、問題を作成中だとか。
 終わったテストの山を採点している途中で、どう見ても忙しそうだとか。
 レポートなどの課題を課したばかりの者も免除で、他にも色々。
(…俺は、どれにも当て嵌まらないし…)
 その上、気ままな独身生活。
 当然のように打診されたから、「断る」わけにはいかなかった仕事。
 此処で断ったら、他の誰かが代わりに苦労することになる。
 ギリギリに迫った仕事を引き受け、「今の自分」がそうであるように。
(そいつは、些か気の毒ってモンで…)
 そう思ったから、「私で良ければ」と名乗りを上げた。
 「なんとかします」と文書を貰って、作るべき資料の内容なども詳しく聞いて…。
(もう文字通りに、切羽詰まって、ギリギリで…)
 仕事中だ、と手に取るマグカップ。
 気分転換にコーヒーをゴクリ、カップを置いたら作業の続き。
 文書の山を端からめくって、「こうだったか?」と照らし合わせてみて。
 間違ったことを書いていないか、指でなぞるように確認もして。
(此処まで出来たら…)
 後は仕上げだ、と残りを急いで、なんとか形になったとは思う。
 ギリギリで作業をしていたものとは、思えない出来に。
 数日前には「ちゃんと出来上がって」、何度も読み返しをしたかのように。
(よーし…)
 これでいいな、と肩をトントンと叩き、眉間の皺も揉みほぐしてやる。
 資料は無事に出来上がったから、明日の会議に立派に間に合う。
 ブルーの家にも寄らずに帰って、懸命に作業したのだけれど…。


(……うーむ……)
 忘れちまっていた、と思う「恋人」。
 前の生から愛し続けて、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…あいつの家にも寄れなかった、と…)
 残念に思いつつ作業を始めて、どの辺りで「忘れてしまった」のだろう。
 片時さえも「忘れない」人を、いつも心に住んでいる人を。
(……忙しい時は、それどころではないってか?)
 ブルーのことさえ忘れちまうのか、とショックな気分。
 これが小さなブルーに知れたら、間違いなく膨れっ面になる。
 「ハーレイ、酷い!」と、「ぼくのことを忘れてしまうだなんて!」と、プンプン怒って。
 キスを断られた時と同じに、まるでフグみたいに頬を膨らませて。
(…あいつも怒るし、俺だって大いに不本意でだな…)
 こんなのは好かん、と思うものだから、「ギリギリの仕事」は御免蒙りたい。
 自分が仕事を引き受けた時は、余裕を持たせて早めがいい。
(…あいつのことさえ、忘れちまうなんて…)
 忙しい時は、そうなるのならば、いつでも余裕たっぷりでいたい。
 愛おしい人を、忘れないように。
 いつも心に住んでいる人を、「ウッカリ」忘れたりはしないで、愛おしめるように…。

 

          忙しい時は・了


※切羽詰まった仕事をしている間に、ブルー君のことを忘れてしまったハーレイ先生。
 これはショックだ、と思ったようです。同じことが二度と起こらないよう、仕事は早めにv









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「…どうした、ブルー?」
 妙に元気が無いようだが、と尋ねたハーレイ。
 今日は休日、ブルーの家に来たのだけれども、元気が無いブルー。
 いつもだったら、弾けるような笑顔なのに。
 テーブルを挟んで向かい合うだけで、ブルーは御機嫌な筈なのに。
 それに、ブルーは身体が弱い。
 無理をして「起きている」のだったら、それは良くない。
 早めにベッドに押し込まないと、熱を出したりしかねない。
 そう思ったから、「どうした?」とハーレイは訊いたのだけれど。
「……昨日から、痛くて……」
 今も痛い、とブルーが言うから、もう大慌てで問い掛けた。
「何処だ、お腹が痛いのか? それとも、頭か?」
「……口の中……」
 頬っぺたの内側がとても痛い、と小さなブルーが指差した口。
 「昨日の夜から痛いんだよ」と、「何か食べると、もっと痛い」と。


(……うーむ……)
 多分、口内炎だろうな、とハーレイが思う、ブルーの症状。
 あれは確かに「痛い」もの。
 柔道や水泳で鍛えたハーレイだって、たまに出来たら痛くはある。
(俺の場合は、滅多に出来んが…)
 ブルーと違って丈夫なのだし、口内炎などは「そうそう出来ない」。
 何かのはずみに、頬の内側でもウッカリ「噛んだ」時でもなければ。
(それでも、出来にくいんだがな…)
 普通は「噛んだ」だけで出来ると聞くから、出来にくい体質。
 頑丈な身体は、そう簡単には「やられない」ということだろう。
 けれどブルーは虚弱なのだし、口内炎なども出来やすい感じ。
 おまけに「出来たら」、治りも遅いに違いない。
 そう思ったから、「見せてみろ」と覗いた、ブルーの口の中。
 椅子から立って、テーブルの向こうに回り込んで。


 案の定、「あった」口内炎。
 ブルーが自分で治療しようにも、薬が塗りにくそうな場所。
(…塗ってやるとするか)
 そのくらいのことは…、とブルーに取って来させた口内炎の薬。
「口を大きく開けてろよ? よし、そのままだ」
 動くんじゃないぞ、と綿棒で口内炎の上を拭って、お次は薬。
 しっかりと塗ると、「もういいぞ」と口を閉じさせた。
 後は薬がよく効くように、三十分ほどは飲食禁止といった所か。
「ありがとう、ハーレイ…」
 ブルーも嬉しそうな顔だし、「お安い御用だ」と微笑んだ。
「口内炎の薬くらい、いつでも塗ってやる。任せておけ」
「本当に?」
「もちろんだ。口内炎は痛いものだしな」
 俺だって、出来た時には痛い、と顔を顰めてみせたハーレイ。
 「鍛えた俺でも痛いんだから、チビのお前は尚更だろう」と。


 そうして「次も塗ってやるぞ」と、ハーレイは約束したのだけれど。
「じゃあ、お願い。…頑張らなくちゃ」
「はあ?」
「口内炎の薬、ハーレイが塗ってくれるんでしょ?」
 次は唇に出来るように頑張る、とブルーはニコリと微笑んだ。
 「口の中もいいけど、唇の方がもっと嬉しい」と花が綻ぶように。
(……なんだって!?)
 さては、こいつ…、とハーレイはブルーを睨み付けた。
 もう間違いなく「よからぬこと」を考えていたのだろう、ブルー。
 綿棒で口の中を拭った時にも、薬を塗っていた時も。
「馬鹿野郎!」
 唇くらいは自分で塗れ、とハーレイはブルーを叱り付ける。
 「其処は自分で塗れる筈だ」と、「口の中とは違うからな!」と。
 ついでに「二度と塗ってはやらん」と、眉間に深い皺まで。
 口内炎は可哀相だと思うけれども、余計な連想はして欲しくない。
 何かと言ったら「ぼくにキスして」が、ブルーの口癖。
 そんなブルーに口内炎の薬なんかは、藪蛇でしかなさそうだから…。



        痛いんだけど・了







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(どんな時だって…)
 ふと、小さなブルーの頭に浮かんだ言葉。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
 流行りの歌の歌詞などではなくて、本で読んだというわけでもない。
 けれども、何故だか、そう思った。
 「どんな時だって」と、突然に。
 今日は来てくれなかった、ハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 その人のことを、忘れはしない。
 どんな時だって、何処にいたって。
(絶対に、忘れないんだから…)
 忘れたりなんかしないんだから、と心の底から強く思うし、忘れもしない。
 そう、今だって「そう」考えたように。
 「どんな時だって、忘れないんだから」と、ハーレイのことを。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した人。
 白いシャングリラで恋をした人を、けして忘れるわけがない。
 何があろうと、何処へゆこうと。
 どんな時だって、片時さえも。
(ハーレイのことを、忘れる筈がないじゃない…!)
 今日みたいに来てくれなかった日でも、と思うけれども、その人のこと。
 「忘れない」と思ったハーレイのことを、「自分」は忘れていなかったろうか。
 十四年ほど…、と指を折ってみる。
 「今の自分」が生まれた時から、この年になるまでの間に流れた歳月。
 十四歳になって一ヶ月と少し、今の学校に入って暫く経った頃。
 五月の三日に、自分のクラスで「今のハーレイ」と再会を果たす前までは…。
(……ハーレイのことは、何も覚えていなくって……)
 思い出しさえしなかった。
 キャプテン・ハーレイの名前を聞いても、教科書などで写真を見ても。


 SD体制を倒した英雄、ジョミー・マーキス・シンと、キース・アニアン。
 その二人にこそ及ばないけれど、キャプテン・ハーレイも英雄の一人。
(記念墓地に、立派な墓碑だってあるし…)
 何よりも、「シャングリラ」の初代のキャプテン。
 白い鯨にも似たシャングリラは、今の時代も人気の高い宇宙船。
 遊園地に行けば、それを象った遊具が幾つも。
(小さかった頃に見た、海に浮かんでいたシャングリラだって…)
 海水浴場に来た客に人気の、変わり種のバナナボートだったというくらい。
 その「シャングリラ」の舵を握っていた、キャプテン・ハーレイ。
 ミュウの箱舟を地球まで運んだ英雄。
(前のぼくみたいな、写真集は出ていないけど…)
 パイロットの卵たちにとっては、キャプテン・ハーレイは「憧れの人」。
 同じ英雄のゼルやヒルマンよりも、遥かに知られているだろう。
 その名も、どういう姿だったかも。
(今のぼくだって、ちゃんと知ってて…)
 幼稚園時代はともかく、下の学校に入った後には、ごくごく自然に覚えたもの。
 「この人がキャプテン・ハーレイなんだ」と、顔も名前も。
 ちょっぴり怖そうな顔の「おじさん」だけれど、ミュウの箱舟のキャプテンだった人。
 きっと「優しいおじさん」なんだ、と思いもして。
 ミュウの子供が泣いていたなら、肩車で歩いてくれるような。
(…それで間違いなかったんだけど…)
 前のハーレイは、実際、そういうキャプテンだった。
 白いシャングリラで雲海の星に辿り着いた後、船に初めて迎えた子供。
 養父母から離され、怖い思いまでした小さな子供を、ハーレイは放っておかなかった。
 「これもキャプテンの仕事だろう」と、船に馴染めるよう、心を砕いた。
 新しい子供を迎え入れる度、多忙であっても相手をして。
 広い船の中を、あちこち連れて歩きもして。
 それを目にした「前の自分」が、「子供に嫉妬した」ほどに。
 そのせいで、「ハーレイのことが好きだ」と、恋にさえ気付いてしまったほどに。


 子供たちにも優しかったのが、キャプテン・ハーレイ。
 今の自分も「きっと、そうだよ」と考えたけれど、「思い出した」わけではなかったろう。
 「ミュウの箱舟のキャプテン」だから、そういう人だと、勝手に想像しただけで。
 「そうじゃないかな」と感じただけで。
 本物のハーレイの人となりは、何も知らないままで。
 欠片さえも思い出しはしないで、忘れたままで。
(……うーん……)
 本当に忘れてしまっていたし…、と「今のハーレイ」の姿を頭に描く。
 今では当たり前に恋して、「どんな時だって」忘れないのに、すっかり忘れ果てていた。
 前の自分は、「ハーレイ」を忘れはしなかったのに。
 それこそ「どんな時だって」。
 アルテメシアを後にしてからの、十五年間もの、長い長い眠り。
 深い眠りの底にいてさえ、きっと忘れてはいなかった。
 目覚めた時には記憶が無くても、「ハーレイの夢」を見ていたことだろう。
 星の瞬きにも思えたくらいの、一瞬の眠りのようであっても。
 「夢さえも見てはいなかった」と、あの時の「自分」は思っていても。
(……夢の中では、きっとハーレイと一緒だったよ……)
 まるで目覚めているかのように、幸せな夢を見ていただろう。
 青の間で二人で過ごす夢やら、船の通路を歩く夢やら。
 あるいは「地球」へも行っただろうか。
 夢の中なら、青い地球にも辿り着けたと思うから。
(…ハーレイと二人で青い地球を見て、二人で降りて…)
 幾つもの夢を端から叶える、夢さえも見ていたかもしれない。
 「地球に着いたら」と、前の自分が夢見たこと。
 寿命の残りが少ないと悟って、描くのを諦めた夢の数々。
 それを「夢の中で」叶えていたのだろうか、「前のハーレイ」と青い地球に降りて。
 二人で青い地球で暮らして、スズランの花束を贈り合ったりもして。
 五月一日には、恋人同士の二人が贈り合う、とても小さな花束。
 「いつの日か、地球で」と、前のハーレイと約束を交わした日もあったから。


 前の自分は、夢の中でも、ハーレイを忘れていなかっただろう。
 だから夢から覚めた時にも、ただハーレイを想っていた。
 「ミュウの未来」を守るためには、「別れしかない」と分かっていても。
 ただ一人きりで船を離れて、死んでゆくのだと「自分の未来」に気付いていても。
(…あの時だって、忘れていないし…)
 メギドでも忘れはしなかった。
 右手に持っていた「ハーレイの温もり」、それを落として失くした後も。
 撃たれた痛みで消えてしまって、右手が冷たく凍えた時も。
(もうハーレイには、二度と会えない、って…)
 泣きじゃくりながら死んだ、前の自分。
 あまりにも悲しい最期だったけれど、「ハーレイ」を忘れることはなかった。
 「もう会えない」という、とても辛くて痛みしかない「想い」でも。
 会うことは二度と叶わなくても、「ハーレイ」のことが「好き」だったから。
 諦めて忘れることは出来なくて、最後まで想い続けていた。
 もう会えなくても、「ハーレイが好きだ」と、命が潰える瞬間まで。
 いつ死んだのかは分からないけれど、息が絶えただろう、その時まで。
(どんな時だって、ホントに忘れなかったんだよ…)
 前のぼくは…、と今も鮮やかに思い出せること。
 十五年もの深い眠りの中でも、「夢で」ハーレイを追っていただろう。
 二人で地球に降りる夢さえ、前の自分は見ていただろう。
 そうして長く眠り続けて、「終わり」がやって来た時でさえも…。
(やっぱり、ハーレイを忘れられなくて…)
 前の自分は、泣きながら死んだ。
 二度と会えない人を想って、その人を忘れられなくて。
 もしも「忘れてしまえた」ならば、あの時の辛さは無かったろうに。
 ミュウの未来と、シャングリラの無事とを祈り続けて、ソルジャーとして死んだだろうに。
(でも、そんなこと…)
 出来る筈もないし、したくもなかった。
 「ハーレイ」を忘れてしまうなど。
 恋をした人を記憶から消して、安らかな最期を迎えるなどは。


(どんな時だって、忘れなくって…)
 忘れないまま、前の自分は遥かな時の彼方に消えた。
 それから流れた、気が遠くなるほどの長い時。
 死の星だった地球が青く蘇り、こうして人が住める星に戻るくらいに。
(ハーレイと二人で、地球に来たのは…)
 きっと今度こそ、一緒に生きてゆくためなのだ、と分かっている。
 この身に神が刻んだ聖痕、それは祝福の証だろうと。
(…それなのに、ぼくはハーレイのことを…)
 思い出しもせずに、十四年間も生きてしまっていた。
 キャプテン・ハーレイの名前を聞いても、写真を見ても思い出さないままで。
 なんとも酷い話だけれども、これに関しては「お互い様」。
 ハーレイだって、「ソルジャー・ブルー」を、忘れ果てたままでいたのだから。
(…これから先に、忘れなかったら…)
 それでいいよね、と浮かべた笑み。
 もう一度、巡り会えたからには、二度と忘れはしないから。
 どんな時だって、ハーレイのことを忘れはしない。
 前の自分が、そうだったように。
 最後の息が絶える時まで、ハーレイを想い続けたように…。

 

         どんな時だって・了


※どんな時だって、ハーレイのことは忘れない、と思ったブルー君ですけれど…。
 実は忘れていたのが、生まれ変わってから後のこと。でも、これからは忘れなければ大丈夫v









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(どんな時でも、か…)
 ふと、ハーレイの頭に浮かんだ言葉。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎に座っていたら。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それを傾けた時のこと。
 「どんな時でも」と、本当に、不意に。
 何かの歌の歌詞などではなくて、何処からかやって来た言葉。
 けれども、直ぐに愛おしい人に結び付く。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 まだ十四歳にしかならないブルーへと、飛んでゆく想い。
 「どんな時でも、忘れやしない」と。
 どんな時でもブルーを想うし、想っている、と。
 そう、今だって「そう」だった。
 「どんな時でも」と思い付いたら、ブルーのことを想っていた。
 どんな時でも忘れやしない、と青い地球の上で再び出会えた人を。
(……長いこと、忘れていたくせにな?)
 三十七年ほど忘れていなかったか、と苦笑する。
 「その人」のことを、すっかり忘れていなかったかと、自分に向かって。
 今の自分は三十八歳だけれど、その誕生日を迎えるより前。
 五月の三日に「ブルーのクラスで」再会するまで、何も覚えてはいなかった。
 遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛した人のことを。
 その人の名前も、面影でさえも。
(ソルジャー・ブルーの写真だったら…)
 嫌というほど見たんだがな、と記憶は山ほど。
 かの人の名前も、いったい何回、聞かされたことか。
 入学式の挨拶などでは、名が挙がるのが定番だけに。
 今の平和なミュウの時代を築く礎になった人。
 「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」と、何処の学校でも説かれるもの。
 こうして勉強できる学校、それがあるのもソルジャー・ブルーのお蔭なのだから、と。


 下の学校に通った頃から、今の自分が教えるような学校まで。
 もう何年もの長い年月、聞き続けて来た「ソルジャー・ブルー」の名前。
 生徒として耳にしたのが最初で、今では教師の立場で聞く。
 入学式などに出席する度、「ふむ…」と頷いて。
 その挨拶を「生徒たち」は真面目に聞いているかと、見回しもして。
(…真面目に聞いてる生徒もいれば、居眠ってるのも…)
 いるんだよな、と教師だからこそ分かること。
 入学式では、流石に寝る子はいないけれども、始業式なら何人もいる。
 「またか」と、長い挨拶に飽きて。
 恐らくは前夜の夜更かしなどで、ウトウトと眠くなってしまって。
(俺は居眠ってはいなかったが…)
 聞き飽きてはいたな、と思う、かの人の名前。
 「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」と、校長が挨拶する度に。
(…この名前が出たら、挨拶はもう後半で…)
 運が良ければ、あと一分もしない間に終わるもの。
 話を短く切り上げるのが、好きな校長だった場合は。
 長い話をするタイプならば、まだ「その先」があるのだけれど。
 SD体制の時代がどうのと、ソルジャー・ブルーが生きた時代まで持ち出して。
 今の時代は「如何に恵まれているか」を、滔々と話し続けたりして。
(それにしたって、もう後半だし…)
 前半で十五分ほども話していたって、あと十五分ほどで終わる筈。
 「もう少しだけの辛抱だ」と、生徒だった頃には考えていた。
 校長の挨拶の内容なんかは、まるで気にさえ留めないままで。
(…教師になったら、そこの所は変わったんだが…)
 たとえ定番の挨拶だろうが、校長の個性などは出る。
 「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」と口にするまでに、何を語るか。
 生徒たちに向けてのメッセージなどが、気にかかるもの。
 「大いに遊べ」と語るタイプか、「まずは勉強」と言い出す方か。
 教師の耳なら、そちらを聞く。
 「この校長は、どっちなんだ?」と。


 そんな具合だから、馴染み深かったブルーの名前。
 前の生での、恋人の名前。
 「ソルジャー」の尊称をつけて呼ばれていた「ブルー」。
 けれど、覚えていなかった。
 生徒だった頃から何回も聞いて、教師になってからも聞き続けても。
 何度となく耳にしていても。
(ソルジャー・ブルーに感謝しましょう、とくればだな…)
 挨拶も後半に入ったのだ、と思うだけ。
 その名を聞いても、「ソルジャー・ブルー」の顔さえ浮かびはしなかった。
 「ああ、コレが出たら後半だ」と感じただけで。
 ソルジャー・ブルーが「どういう人か」は、少しも考えさえせずに。
(ミュウの時代の、始まりの英雄というヤツで…)
 自分とは無縁の「大英雄」だと、頭の中で「理解していた」だけ。
 印象的な筈の、その姿さえも思いはせずに。
 「ソルジャー・ブルー」は単なる記号で、挨拶の決まり文句でしかない。
 その名が出て来て、「感謝しましょう」と続いたならば、挨拶はもう後半だ、と。
(綺麗サッパリ、忘れちまってた…)
 あいつのことを、と情けない気持ち。
 前の生で深く愛し続けて、失った後も同じに愛した。
 シャングリラで地球を目指す旅路で、魂は死んでしまっていても。
 生ける屍のような日々でも、「ブルー」を忘れた日など無かった。
 本当に、ただの一度でさえも。
(あいつの夢を見ちまって…)
 それが「ブルーが生きている夢」で、そのままパチリと目が覚めた時。
 「もういないのだ」と現実を知って、どれほどに涙したことか。
 夢の中では、ブルーは生きていただけに。
 他愛ない話をして笑い合って、その続きに目が覚めたなら。
 そうした夢を見ない時でも、朝、目覚める度、ただ悲しかった。
 いつも隣で眠っていた人、その人は二度と戻らないのだと。


(あいつが深く眠っちまってからは…)
 一緒に眠りはしなかったけれど、心はいつでも追い掛けていた。
 どんな時でも、かの人のことを。
 いつか目覚めてくれた時には、何から話せばいいだろう、などと。
(なのに、あいつは逝っちまって…)
 一人きりで白い船に残され、それでも想い続けていた。
 けして忘れる時などは無くて、本当に「どんな時」であっても。
(前の俺は、そうやって生きて、地球まで行って…)
 其処でも「ブルー」を想い続けながら、長すぎた生を終えた筈。
 「これでブルーの許へ行ける」と、地球の地の底で、笑みさえ浮かべて。
 そうして全ては終わってしまって、「ブルーと二人で」飛び越えた「時」。
 遥かな後の時代の地球まで、青く蘇った水の星まで。
(今度こそ、あいつと生きてゆくために…)
 地球に来たんだと思うんだがな、と確信してはいても、「忘れていた」名前。
 「ソルジャー・ブルー」の名前を何度聞いても、全くピンと来なかった。
 胸がドキリと跳ねはしないし、鼓動が速くなることも無し。
 ただ淡々と聞いていただけで、顔さえも思い浮かべなかった。
 「それ」は「かの人」の名前なのに。
 前の自分が愛し続けた、「ソルジャー・ブルー」の名前だったのに。
(……うーむ……)
 ものの見事に忘れちまって、それっきりか、と呻きたくなる。
 最愛の人の名を忘れ果てたかと、それだと気付きもしなかったかと。
(薄情だと言うか、何と言うべきか…)
 たとえ記憶が戻らなくても、何かがあれば良かったのに。
 「ソルジャー・ブルー」と耳にしたなら、心臓がドクンと跳ねるとか。
 理由もないのに、耳について離れないだとか。
(そういったことが、一つだけでもあったなら…)
 今のあいつに語れもするが…、と思いはしても「無かった」兆し。
 ブルーへの想いも、時を飛び越えるほどの恋さえも。


 考えるほどに、悔しい「それ」。
 「なんだって、俺は忘れたんだ」と、嘆きたいほど。
 こうして思い出した今では、どんな時でも忘れないのに。
 前の自分がそうだったように、「ブルー」を想い続けているのに。
(忘れちまったものは、仕方ないんだが…)
 それにお互い様でもあるし、と「今のブルー」を思ってみる。
 ブルーの方でも、「ハーレイ」を覚えていなかった。
 五月の三日に「出会って」、記憶を取り戻すまで。
 聖痕がブルーの身体に現れ、互いの記憶が戻った時まで。
(つまりは、おあいこ…)
 お互い「忘れ去っていた」ことを責めはしないし、責められもしない。
 これからの日々で忘れなければ、それで済むこと。
 だから「忘れまい」と、自分に誓う。
 誓わなくても、ブルーを忘れはしないけれども。
 それこそ頭に浮かんだ通りに、「どんな時でも」。
 ブルーに会えずに終わった時でも、会えない日ばかり続いたとしても…。

 

          どんな時でも・了


※どんな時でも、ブルー君を「忘れはしない」のがハーレイ先生。会えない日でも。
 けれど、記憶が戻る前には、「忘れていた人」。それはちょっぴり悔しいですよねv







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