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(……うーむ……)
 明日は会議か、とハーレイがフウとついた溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 今日は会議は無かったけれども、寄り損ねてしまったブルーの家。
 柔道部の部活が、いつもより少し長引いたせいで。
 熱意溢れる部員の一人に、頼まれた稽古。
 「クラブの時間は終わりですけど、個人的にお願い出来ますか?」と。
 この所、目覚ましく伸びている「彼」。
 此処で稽古をつけておいたら、更に上へと行くことだろう。
 だから「いいぞ」と頷いた途端、我も我もと出て来た柔道部員たち。
 「よろしかったら、お願いします!」と、頭を下げて。
 そう頼まれたら、断れない。
 「一人だけだ」などと言えはしないし、何人もの稽古を見ることになった。
 最初に名乗りを上げた一人だけなら、さほど時間はかからなかったと思うのに…。
(あれだけの数が来ちまうと…)
 大いに狂った、放課後の予定。
 今日はブルーの家に行けると考えたのに。
 部活の後には柔道着を脱いで、シャワーも浴びて、スーツに着替えて。
(少しばかり遅くなったって…)
 充分、行けると読んでいた時間。
 「今日は終わりだ」と稽古をつける部員に宣言、走って体育館を出て。
 急いでシャワーで、急いで着替えで、それから愛車に乗り込んで。
(そいつが、すっかり狂っちまって…)
 ブルーの家には行けなかった上に、明日の放課後は会議がある。
 内容からして、もう間違いなく長引くのが。
 終わった頃には、ブルーの家に行ける時刻は過ぎているのが。
(ブルーもガッカリするんだろうが…)
 俺の方だって同じなんだ、と心で溜息。
 いくらチビでも、ブルーは恋人。
 会えない日よりは、会える日の方がずっといいのに決まっているから。


 今日も駄目なら、明日も会えずに終わってしまう小さな恋人。
 学校では顔を合わせられても、ブルーの家には行けないままで。
 教師と生徒の間柄でしか、挨拶も言葉も交わせないままで。
(…どうして会議になっちまうんだか…)
 せめて明後日なら良かったのに、と考えてしまう会議の予定。
 明後日でも良さそうな内容なのに、と。
(しかし、こいつも俺の仕事で…)
 教師の仕事をやっている以上、学校の会議には「出席する」もの。
 自分とは無関係な内容だったら、そもそも招集されたりはしない。
 呼ばれたからには「行く」のが仕事で、それをサボって逃げるのは…。
(…俺の性には合わないってな)
 根が真面目だから、サボることなど考えられない。
 同僚の中には「逃げてゆく」者もいるけれど。
 どうしても行きたいコンサートだとか、そういったものと重なった時。
 「その日は都合がつかなくて…」と断りの言葉と、それに謝罪と。
 教師仲間でも分かっているから、無理に引っ張り出したりはしない。
 なんと言っても「明日は我が身」で、次の会議では「自分が言う」かもしれないだけに。
 コンサートでなくても、遠い星から旧友が訪ねて来るだとか。
 その日を逃せば、次に会えるのは何年先だか分からないとか、そういった「事情」。
(お互い、分かっているもんだから…)
 都合がつかない理由の中身が何であろうと、許してしまう。
 「仕方ないですね」と、「次の会議は出て下さいよ」と。
(…俺だって、遠くの星から誰か来るなら…)
 きっとサボる、と思うけれども、その手のサボリは未経験。
 なにしろ根っから真面目な性分、友人たちも承知している。
 「あいつを誘うなら、休日でないと」と、「教師」の仕事に就いた時から。
 平日に会おうと言うのだったら、遅い時間にしてくれる。
 先に始めていたとしたって、「お前はゆっくり来ればいいから」と。
 お蔭でサボリの経験は無しで、会議を欠席したことは無い。
 ゆえにブルーに会いに行きたくても、明日もやっぱり「出てしまう」だけ。


 そんな自分の性分だけれど、今は些か恨めしい。
 今日もブルーの家に行けなくて、明日も「行けない」のが確実だから。
 どう考えても明日の会議は、早く終わってはくれないから。
(あいつも俺も、お互い会えないままでだな…)
 残念な気分になるというのが、既に分かっているのが辛い。
 こうなるのならば、今日の放課後、柔道部員に稽古をつけずに帰ったなら、と思っても…。
(それも出来ないのが、俺ってわけで…)
 頑張る生徒を「放っておいて帰る」ことなど、とても出来ない。
 会議をサボらないのと同じで、これも教師としての信条。
 たかがクラブの顧問なのだし、放っておく同僚も多いのだけれど。
 「顧問だけれども、素人だから」と、さっさと白旗を掲げて逃げて。
 「今日の活動時間は此処まで」と、時間通りに切ってしまって。
 運動部でなくても、その手の顧問は少なくない。
 芸術などとは無縁だったのに、美術部の顧問をしている者やら、色々と。
(俺の場合は、柔道も水泳もプロ級だしなあ…)
 新任教師で入った時から、もう早速に任された。
 「ハーレイ先生なら、安心だ」と、学校中から期待されて。
 担任さえも持たない内から、ただの新米教師の頃から。
(俺に指導を任せておいたら、大会に出るのも夢じゃない、と来たもんだ)
 そして実際、其処まで「引っ張って行った」お蔭で、「その後」も決まった。
 何処の学校に赴任しようと、着任前からポストを空けて「待たれている」。
 柔道部か、水泳部の「どちらか」に。
 場合によっては、「手が空いた時にはお願いします」と、もう一方のコーチ役まで。
 顧問をしているのは柔道部なのに、水泳部で教える日があるだとか。
 水泳部で「泳ぎ」を教えているのに、柔道部の方にも行くだとか。
(教師をしていて、プロ級の腕も持ってるってのは…)
 珍しいケースだと承知している。
 だから何処でも引っ張りだこだし、着任早々、柔道部か水泳部の顧問。
 前の年の顧問が在籍中でも、「お願いします」と交代になって。


(会議に、クラブ活動に…)
 実に多忙だ、と思う教師の仕事。
 恋人に会うのも「ままならない」ほど、都合がつかない時だってある。
 今日はクラブが長引いて駄目で、明日には会議。
(…俺の性分なんだとはいえ…)
 ブルーにゆっくり会いたいもんだ、と思った所で気が付いた。
 前の自分は、どうだったろうと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」だった頃には。
(…あの頃の俺も、今と同じでクソ真面目でだ…)
 キャプテンの仕事が多忙な時には、青の間にさえ行けなかったほど。
 それこそ夜勤の時間になっても、仕事が終わらなかったなら。
 「これさえ済めば」と踏んでいたって、急な仕事が入りもして。
 白いシャングリラを纏めるキャプテン、言わば年中無休の仕事。
 ミュウの仲間を乗せた箱舟、それを纏めてゆくのだから。
(ブルーを遅くまで待たせているのが、分かっていても…)
 次から次へと仕事が入れば、青の間になど行っていられない。
 ブリッジで指示を出し続けるだけが仕事ではなくて、他にも色々。
(そいつを端からこなしてたわけで、それでもなんとかなったのは…)
 厨房時代に戻りたい、などと思わなかったのは、ブルーのため。
 「ハーレイになら、命を預けられるよ」と、前のブルーが言ったから。
 ソルジャーだった「前のブルー」を支えるためにと、引き受けた仕事だったから。
(…それに比べりゃ、今の仕事は…)
 前よりも遥かに軽い責任、その上、「ブルーのために」働くわけでもない。
 将来的には、いつかブルーを「養う」ことになるけれど。
 ブルーを伴侶に迎えた時には、自分の稼ぎで食べさせてやって。
(…前と違って、あいつの命は俺に懸かってないんだが…)
 俺が仕事をサボった所で、ブルーは困りはしないんだがな、と捻った首。
 どちらかと言えば「喜ぶ」だろうかと、「サボって」会いに行ったなら、と。


 そう考えてみると、お互い、変わったのだろう。
 仕事をサボって会いに行っても、ブルーに「喜ばれる」のなら。
 自分の方でも、ブルーに会えて「嬉しい」のなら。
(…前の俺だと、考えられんな…)
 今の俺の仕事は、前よりも遥かに「軽い」ものか、と思うけれども、仕事は仕事。
 明日はサボらずに、きちんと会議に出なければ。
 いくら責任の軽いものでも、仕事には違いないのだから。
 ブルーに会えなくて寂しかろうが、いずれブルーを養うのが「今の仕事」だから…。

 

           今の俺の仕事・了


※ブルー君の家に寄り損ねた上、明日も寄れないハーレイ先生。会議のせいで。
 これも教師の仕事だから、と思ってはいても残念な気分。けれど仕事も大切ですよねv









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(…明日はハーレイが来てくれるんだよね…)
 一日、一緒、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は金曜、明日は待ち焦がれた土曜日が来る。
 ハーレイに用事が出来ない限りは、家を訪ねて来てくれる日が。
(平日だって、来てくれることもあるけれど…)
 あくまで放課後、顧問をしている柔道部の部活が終わってから。
 それに、こちらも「生徒」なのだし、平日の昼間は学校で授業。
 午前中に家にいられはしなくて、訪ねて来てくれる人だっていない。
 家にいないと分かっているのに、誰も来てくれる筈がないから。
(…ハーレイが、学校の先生じゃなくても…)
 プロのスポーツ選手だったり、自分で店をやったりしているならば、休みは色々。
 平日でも休暇を取れたりするし、定休日でなくても休めもする。
 けれど、そうして「ハーレイの時間」が空いていたって、こちらは「学校」。
 登校していると分かっているなら、けして訪ねて来ることはない。
 「今日はブルーは学校だから」と、やはり放課後まで「来ない」のだろう。
 「この時間なら家にいるな」と、確実な時間になるまでは。
(…ハーレイが学校の先生で良かった…)
 お互い、休みの日が合うから。
 ハーレイに用事さえ入らなかったら、週末は二人で過ごすことが出来る。
 午前中から、ハーレイが訪ねて来てくれて。
 朝食が済んで暫く経ったら、門扉の脇にあるチャイムが鳴って。
(もっと早くに、来てくれたっていいのにね…)
 そう思うことも、少なくない。
 ハーレイは休日も早起きらしいし、朝食も一緒に食べてくれたらいいのに、と。
 早い時間に起きているなら、この家に来るのも苦にはならないことだろう。
 家では軽く腹ごしらえして、それから此処まで歩いて来る。
 「おはようございます」とチャイムを鳴らしてくれれば、両親だって歓迎なのに。
 ハーレイが朝食の席にいたって、父も母も困りはしないのに。


 なのに、ハーレイは訪ねては来ない。
 「早すぎる時間にお邪魔するのは、失礼ってモンだ」が口癖で。
 今では、すっかり家族の一員みたいになっているというのに、頑なに。
 母が「どうぞ」と言ったって。
 父も「是非に」と誘っていたって、休日の朝に来てはくれない。
 朝からハーレイが来てくれたならば、朝食の席も賑やかだろうに。
(ハーレイのお母さんの、マーマレードだって…)
 もしもハーレイが一緒だったら、きっと輝いて見えることだろう。
 夏ミカンの実で出来たマーマレードは、元から金色をしているけれど。
 真夏の太陽をギュッと閉じ込めたみたいに、とても素敵な金色だけれど。
(あの金色が、もっと眩しくて…)
 美味しさだって、いつも以上に違いない。
 同じテーブルに、ハーレイが座っているだけで。
 「こうやって食うのが美味いんだぞ」と、トーストにバターを先に塗り付けているだけで。
 夏ミカンの実のマーマレードを、より美味しくするという食べ方。
 こんがりキツネ色のトースト、その上に先にバターを乗せる。
 トーストの熱でバターが直ぐに溶けてゆくのも、かまわずに。
(バター、すっかり溶けちゃうけれど…)
 それが美味しさの秘密の一つ。
 すっかり溶けてしまわなくても、ただ柔らかくなるだけのことでも、とにかくバター。
 金色のバターをたっぷりと塗って、その上からマーマレードを乗せる。
 これまた金色に輝くのを。
 夏ミカンの実の皮の金色を、砂糖と蜂蜜でじっくり煮込んで仕上げたのを。
(…ハーレイに教えて貰った食べ方…)
 隣町にあるハーレイの家では、そうやって食べるのが定番だという。
 「試してみろよ」と言われて食べたら、本当に美味しかった「金色の食べ方」。
 教わって以来、お気に入りだけれど、ハーレイがいたら、もっと美味しい。
 同じテーブルで、ハーレイもバターを塗り付けていたら。
 「次は、こいつだ」と、マーマレードの大きな瓶へと、手を伸ばしたら。


 そんな朝食を何度夢見たことだろう。
 「明日は土曜日」という日が来る度に。
 その土曜日の朝に目覚めて、「ハーレイが来る日」と嬉しい気持ちになる度に。
 けれども、夢は叶いはしなくて、明日の朝もハーレイは来てはくれない。
 いつもと同じに、ハーレイの家で時間調整。
 「まだ早すぎだ」と、ジョギングに出掛けて行くだとか。
 庭の手入れを始めるだとか、車を洗うこともあるかもしれない。
 雨が降って外には出られないなら、じっくり新聞を隅から隅まで。
 それでも時間が余っているなら、ダイニングかリビングで本でも広げて。
(…朝御飯、一緒に食べに来てくれればいいのにな…)
 そしたら、もっと楽しいのに…、と思う土曜日。
 日曜日だってハーレイは来るし、朝御飯の時から一緒だったなら、と広がる夢。
 朝食の席では、二人きりとはいかないけれど。
 夕食と同じで両親も一緒、ハーレイと二人で過ごせるわけではないけれど。
(…ハーレイと、二人きりで過ごせるのは…)
 午前中のお茶の時間から、夕食の支度が出来たと呼ばれるまでの間だけ。
 これはハーレイが「朝食の時から」来てくれても、変わらないだろう。
 両親にとっては、ハーレイは「お客様」だから。
 家族同然の扱いとはいえ、「一人息子の面倒を見てくれている人」。
 「子供のお相手ばかりをさせては、申し訳ない」と思っている両親。
 いくら「ソルジャー・ブルー」の生まれ変わりでも、子供は子供。
 十四歳にしかならない「一人息子」は、ハーレイの話し相手には向かないだろう、と。
(…本当は、そうじゃないのにね…)
 遠く遥かな時の彼方で、恋人同士だったソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 青い地球の上に生まれ変わっても、恋も絆もそのまま続いた。
 だから「十四歳のチビ」でも、ハーレイにとっては「大事な恋人」。
 キスもくれないケチっぷりでも、それは間違いない事実。
 両親が間に入って来るより、二人きりの方が「お似合い」なのに。
 恋人同士の二人だったら、ゆっくり二人で過ごしていたいと思うのに。


 けれども、そうはいかない現実。
 もしも恋人同士と知れたら、両親は警戒するかもしれない。
 まだ十四歳の一人息子に、「恋をする」のは早すぎる、と考えて。
 今は「ハーレイと二人きり」の時間がたっぷりあるのだけれども、それも無くなって。
(二人きりだと、何をしてるか分からないから、って…)
 ハーレイに会うなら、必ず客間で、と言われるだとか。
 部屋で二人で過ごすことなど、出来なくなって。
(…そうなっちゃったら、大変だから…)
 今のままでも、まだ当分は仕方ないのだろう。
 夕食の席では両親も一緒、二人きりの時間は「夕食の支度が出来るまで」。
 そんな約束事があっても、ハーレイと一緒に朝御飯を食べることさえ出来なくても。
(だけど、明日には来てくれるから…)
 晩御飯の用意が出来るまでは二人、と笑みが零れる。
 明日はハーレイと何を話そうかと、どういう風に過ごそうかと。
(キスは絶対、頼まなくちゃね…)
 連戦連敗、強請るだけ無駄な「唇へのキス」。
 恋人同士のキスが欲しくても、ハーレイは一度もしてくれない。
 「俺は子供にキスはしない」と、腕組みをして睨み付けて。
 「キスは駄目だと言ったよな?」と、指で額を弾いたりもして。
(ハーレイのケチ…!)
 そう叫ぶのも、今ではお決まり。
 ケチだと怒って膨れっ面をしてしまうのも、その顔を「フグだ」と言われるのも。
 それでもプンスカ怒っていたなら、頬っぺたをペシャンと潰されるのも。
(ぼくの頬っぺた、潰して、ハコフグ…)
 そういう酷い名前まで付けてしまったハーレイ。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、さも可笑しそうに笑われる。
 いったい何度、あれをやられたことだろう。
 懲りない自分も悪いけれども、ハーレイだって酷いと思う。
 恋人を捕まえて、フグなんて。
 フグだけで済まずに、ハコフグだなんて。


(…キスを強請ったら、フグでハコフグ…)
 そんな話になっちゃうんだから、と尖らせた唇。
 同じ話なら、もっと素敵なことがいいのに。
 恋人同士の甘い雰囲気、それを引き出せる話題でもあれば、と思うけれども…。
(…ぼくが言ったら、チビには早すぎる話だから、って…)
 まるで取り合わないハーレイ。
 聞いてもくれずに「知らんぷり」だったり、別の話に変えられたり。
(甘い話題は、まるで無いよね…)
 あんまりだよ、と膨れたけれども、ものは考えようだろう。
 甘い話題が一つも無くても、ハーレイに会う度、アッと言う間に流れ去る時間。
 「もう夕食なの?」と、母の声で驚かされる休日。
 もっと話していたかったのにと、ハーレイと顔を見合わせて。
(甘い話題が無くっても…)
 これといった話題が無かった時でも、いつまでも続けられそうな話。
 きっと、それだけで充分なのだ、という気がする。
 恋人同士の二人でなければ、話は途切れそうだから。
 甘い話題も、何の話題も無かったとしても、途切れないのが恋人同士の会話。
 互いの顔を見詰めていたなら、話は幾らでも続いてゆく。
 そうでなければ、恋は続きはしないから。
 話題を作って話をするなど、恋人同士の二人の間では、有り得ないから…。

 

        話題が無くっても・了


※ハーレイ先生と話をするのに、甘い雰囲気になれる話題があれば、と思ったブルー君。
 けれど、そういう話題が無くても、途切れない会話。それだけで充分、恋人同士v









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(…明日は、あいつに会えるんだ…)
 それも午前中から出掛けて行って、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 金曜日の夜に、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 明日は土曜日、何の用事も入ってはいない「自由な日」。
 そういう時には、午前中からブルーの家へと出掛けてゆく。
 平日だと放課後にしか行けないけれども、休日は別。
 朝食が済んだら、時間調整。
 休日でも早くに目が覚めるだけに、朝食を食べるのは平日と変わらない時間。
 食べ終えて直ぐに出掛けて行ったら、いくらなんでも早すぎる。
 ブルーは「それでいいよ」と何度も言うのだけれど。
 朝早くに来ても「ぼくはちっとも困らないから」と、無邪気な顔で。
 ブルーの両親も同じ意見で、「よろしかったら、朝食もご一緒に」とまで誘われる。
 週末くらいは、朝食の席に「お客様」を迎えるのも楽しいから、と。
(…そうは言われても…)
 やはり気が引けてしまうもの。
 朝食の時間にもならない内から、他所の家を訪ねてゆくというのは。
 その家の「朝一番の食事」に、他人が同席するというのは。
(前の夜から泊まってたんなら、別だがなあ…)
 そうでもないのに「一緒に朝食」は、厚かましすぎるように思えて、固辞してばかり。
 何度、ブルーに誘われても。
 ブルーの父や母に「どうぞ」と言われても。
(ほどほどの時間に訪ねて行くのが、常識ってモンで…)
 目安として決めてある時間。
 「このくらいに家に着ければいいか」と、心の中で。
 そう決めた時間に到着するよう、休日の朝にする「あれこれ」。
 ジョギングに出掛けてゆく時もあれば、庭の手入れをすることも。
 雨の日だったら、新聞を隅から隅まで読んで、まだ時間があれば本も読んだり。
 明日は、どういうパターンだろうか。
 走りに行くのか、庭の手入れか、はたまた車でも洗い始めるのか。


 ともあれ、明日はブルーと二人で過ごせる日。
 午前中のお茶から一緒で、昼食もブルーの部屋で二人で。
 それが済んだら午後のお茶の時間、後は夕食の時間まで二人。
 夕食だけは、ブルーの両親も同じテーブルで。
 そういう習慣になっているけれど、夕食の後に飲むお茶は…。
(明日は、どっちになるんだろうな?)
 ブルーの両親も交えてダイニングで飲むか、あるいはブルーの部屋で二人か。
 こればっかりは、明日にならないと分からない。
 夕食のメニューが何になるかで決まるから。
(…食後の飲み物に、コーヒーがピッタリだった時には…)
 香り高いコーヒーが出て来て、それを飲む場所はダイニング。
 つまりは夕食のテーブルでそのまま、ブルーの部屋には「戻らない」。
 小さなブルーは、コーヒーがとても苦手だから。
 前のブルーも苦手だったけれど、今でも同じに「コーヒーが全く飲めない」ブルー。
 けれど、ハーレイはコーヒー党だし、ブルーの両親も知っている「それ」。
 お蔭で食後がコーヒーの時は、夕食のテーブルから移動はしない。
 コーヒーが苦手なブルーの部屋に移ったならば、飲み物は別の物になる。
 ブルーでも飲める紅茶や緑茶に化けてしまって、コーヒーが似合いの食事が台無し。
(それじゃ駄目だ、とコーヒーはダイニングで出るわけで…)
 夕食の後の時間も、ブルーの両親と一緒に過ごすことになる。
 ブルーは不満そうだけれども、流石に顔に出したりはしない。
 「今日は、ハーレイと二人きりじゃないの?」という、心の底からの落胆ぶりは。
(…あいつの両親は、何も知らないわけなんだし…)
 ソルジャー・ブルーと、キャプテン・ハーレイの恋のこと。
 今のブルーも恋を引き継ぎ、「今のハーレイ」に恋をしていること。
 どちらも全く知らないだけに、「二人きりにしてやらねば」とは考えない。
 もっとも、ブルーは十四歳にしかならない子供。
 「恋人と二人きり」にするなど、両親にはとても出来ないだろう。
 何かと心配が多すぎて。
 「自分たちの大事な一人息子」が、恋人と部屋で二人きりなんて。


 そういった事情の方はともかく、明日は「二人で過ごせる日」。
 夕食の時間を迎えるまでは、本当にブルーと二人きり。
 たまに、ブルーの母がやっては来るけれど。
 昼食を届けに部屋に来るとか、その皿を下げに来るだとか。
 「お茶のおかわりは如何ですか?」と、失礼が無いか見に来る時も。
 けれども、そういう時間以外は、ブルーと二人で夕食まで過ごす。
 天気が良ければ、午後のお茶は庭で楽しんだりもして。
 庭で一番大きな木の下、其処に据えられた白いテーブルと椅子。
(今じゃ、すっかり、あいつのお気に入りで…)
 ブルーが好きな「初デートの場所」。
 元々は、ブルーを喜ばせようと、キャンプ用のテーブルと椅子を持って来たのが始まり。
 いつの間にやら、ブルーの父が買った白いテーブルと椅子に変わった。
 そうしてブルーと二人で出掛けて、午後のお茶をのんびり飲んでいる場所。
(明日も、いい天気なら庭かもなあ…)
 今の季節にしては日差しが強い日だったら、そのまま木の下。
 とても穏やかな日だった時には、芝生の上へとテーブルと椅子を運び出して。
 それとも、ブルーの部屋で一日過ごすのだろうか。
 午前中から訪ねて行ったら、そのまま夕食の時間になるまで。
 窓辺に置かれたテーブルと椅子で、一日中、話しているのだろうか。
(はてさて、どっちになるのやら…)
 でもって、明日の話題は何だ、と考えてみる。
 ブルーのことだし、きっと言い出すのが「ぼくにキスして」。
 そうでなければ「キスしてもいいよ?」で、狙っているのは唇へのキス。
(そいつは、断固、お断りだし…)
 毎度、お決まりの攻防戦。
 「キスは駄目だと言ったがな?」と、「俺は子供にキスはしない」と睨み付けて。
 ブルーの方では、「ハーレイのケチ!」と膨れっ面で。
 膨れた頬っぺたを両手でペシャンと潰してやるのも、よくあること。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と笑いながら。
 ブルーはプンスカ怒るけれども、何回となく、からかってやった「ハコフグの顔」。


 あれも話題と言うのだろうか、と捻った首。
 もっと意義のあることを「話題」と言わないか、と思いもして。
(…前の俺たちの頃の話だったら、立派な話題になるんだが…)
 白いシャングリラで生きていた頃や、改造前の船でのこと。
 とても平和な今の時代とは、まるで違っていた暮らし。
 ミュウというだけで人類に追われて、踏みしめる地面も無かった日々。
 シャングリラという名の箱舟だけが、世界の全てで。
(あの時代には、まるで無かった文化なんかも色々あって…)
 それだけでも話題は山ほどだが…、と自覚していても、急には何も浮かばない。
 明日には、何を話そうかと。
 ブルーの家を訪ねて行ったら、何の話から始めようかと。
(……うーむ……)
 思い付かんな、と唸った「話題」。
 閃く時には、面白いように閃くのに。
 「そうだ、コレだ!」と、手土産までも買って出掛ける時があるのに。
 白いシャングリラで生きた頃には、「何処にも無かった」食べ物だとか。
 あるいは「シャングリラでも食べた」思い出の品で、懐かしい記憶を連れて来るとか。
 けれども、今夜は「思い付かない」。
 明日はブルーを訪ねてゆくのに、「覚えてるか?」と差し出す何か。
 「覚えてるか?」と訊くのでなければ、「こんなの、昔は無かったよな」とか。
 そういう「何か」を持って行ったら、二人で話に花が咲くのに。
 何も土産を持って行かなくても、「思い出話」が一つあったら、ブルーも懐かしがるのに。
 なのに、一つも出て来ない。
 「明日は、こいつを話題にしよう」と思う「何か」が。
 小さなブルーと、夕食の前まで「その話題だけで」過ごせるものが。
(…こう、改めて考えちまうと…)
 出ないモンだな、と零れる溜息。
 「明日の話題が何も無いぞ」と、「せっかく一日、一緒なのに」と。


 そうは思っても、ものは考えよう。
 きっとブルーに会った途端に、「話題が無かった」ことなど忘れてしまうから。
 用意していた話題があっても、消し飛ぶことも多いのだから。
 ブルーの笑顔を見ただけで。
 「今日は、一緒」と、喜ぶ顔を目にしただけで。
 後は話は途切れもしなくて、きっと夕食前になったら、互いに残念なのだろう。
 「まだまだ話し足りないのに」と、「もう夕食の時間だなんて」と、顔を見合わせて。
 話題が無くても、それは幾らでも湧いてくる上、尽きることなど無いだけに。
(うん、きっと明日もそういう一日だよな)
 ついでに、あいつがキスを強請って…、と湛える笑み。
 そうでなければ、恋は続きはしない。
 話題が無くても「話が尽きない」仲でなければ、きっと壊れてしまうだろうから…。

 

          話題が無くても・了


※明日はブルー君の家に行く日、と楽しみにしているハーレイ先生。金曜日の夜に。
 ところが思い付かない話題。でも、話題が無くても話が尽きない仲が恋人同士ですよねv









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(……ハーレイが、教師じゃなかったら……)
 どうなってたのかな、と小さなブルーが、ふと考えたこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 その人は今は教師をしていて、「今の自分」が通う学校の古典の教師。
(ぼくがハーレイに出会った時から、先生で…)
 今も変わらず「先生」だけれど、そのハーレイ。
 もしも教師でなかったとしたら、どんな出会いになったのだろう。
 ハーレイとも何度も話したけれども、「もしも」の世界。
 「ハーレイが教師じゃなかったら」と、今日は一人で考えてみる。
 どんな出会いになっていたのか、ハーレイは何をしていたのかと。
(…ハーレイは、先生なんだけど…)
 今の学校には、ブルーよりも「遅れて」やって来た。
 忘れもしない五月の三日に、新しい「古典の先生」として。
(今の学校だと、ぼくの方がハーレイよりも先輩…)
 人生も、学校生活も「後輩」のチビの自分だけれども、「今の学校」に限って言えば先輩。
 ハーレイの方が年上でも。
 八月二十八日で三十八歳になって、二十四歳も上の大人でも。
(ハーレイは、今の学校に来るのは初めてなんだから…)
 それまでに表を車で通るようなことはあっても、足を踏み入れてはいない筈。
 ハーレイが育ったのは隣町だし、「この町の学校」は無関係。
 試合で遠征したとしたって、他所の学校に行くとなったら、同じ隣町か…。
(うんと離れた遠い学校とかだよね?)
 今の自分が通う学校、其処が柔道や水泳で「とても名高い」強豪校なら別だけど。
 様々な場所から遠征試合にやって来る生徒、それが多いなら、ハーレイも来る。
(でも、そういうのは知らないし…)
 ハーレイからも聞いていないし、学生時代に来てなどはいない。
 この町で教師になって初めて、学校の門をくぐっただろう。
 転任が決まって、着任して来た「その日」に、きっと。


 普通は入学式よりも前に、着任して来るのが教師たち。
 新入生がやって来た時、「教師がいない」と話にならないものだから。
 直ぐに担任は持たないにしても、授業は早速、担当する。
 入学式が済んで、クラス分けやら、一連の行事が終わったら。
 「今日から授業」ということになれば、教師の出番。
 その学校では先輩格の教師も、ハーレイみたいに「今年からです」という教師たちも。
(だけど、ハーレイは遅かったから…)
 入学式が済んだ時にも、今の学校には「いなかった」。
 教師としての籍があったか、まだ無かったかは知らないけれど。
(学校便りの五月号に、ハーレイの写真が載っているんだから…)
 籍が移ったのも、五月に入ってからかもしれない。
 あるいは籍だけ先に移して、前の学校に留まっていたか。
(前の学校で、急な欠員が出て…)
 穴を埋められる教師が来るまで、ハーレイは「今の学校」には来ないまま。
 前の学校で古典を教え続けて、今の学校では他の教師が「ハーレイの代わり」をしていた。
 生徒の方では、事情を知らなかっただけ。
 最初の授業に来た先生が「先生なのだ」と、頭から思い込んでいて。
 ハーレイの代わりをしていた先生からも、説明は何も無かっただけに。
(…本当の先生は、後から来ます、って話したら…)
 きっと授業を真面目に聞かずに、怠ける生徒も出てくるだろう。
 「今は代わりの先生だから、後でいいや」と考えて。
 新しい先生がやって来るまで、中途半端にしておく勉強。
 それではマズイし、生徒のためにもならないこと。
(…だから、代わりの先生です、ってコトは内緒で…)
 如何にも本物の先生のように振舞っていたのが、古典の先生。
 ハーレイがやって来るまでは。
 「古典の先生、変わるらしいぜ」と、情報通のクラスメイトが聞いて来るまでは。
(宿題、沢山出さない先生だといいな、って…)
 皆が夢見た「新しい先生」、それがハーレイという人だった。


 きっとハーレイも引継ぎのために、五月三日よりも前に来ていただろう。
 着任した「その日」に、いきなり授業は始められない。
(詳しいことは聞いてないけど、前の日くらいには来てたよね…?)
 けれど「前の日」にハーレイが来たって、もっと早くに来ていたって…。
(入学式の方が先なんだよ)
 其処だけは間違いないことだから、「今の学校」については「自分」が先輩。
 ハーレイよりも先に門をくぐって、学校の中に馴染んでいた。
 校舎も、それにグラウンドも。
 体育館やら、ランチに出掛ける食堂なども。
(ぼくの方が、うんと先輩で…)
 少なくとも三週間ほどは先輩、ハーレイよりも「詳しかった」学校。
 教師としての仕事はともかく、「学校」という場所に関しては。
 植わっている木や、学校の中の景色なんかは「ハーレイよりも、よく知っていた」。
 今では、負けているけれど。
 学校の何処に何があるのか、ハーレイの方が遥かに詳しいのだけれど。
(…自転車で走っていたりもするしね…)
 離れた校舎へ急ぐ時には、自転車で颯爽と走るハーレイ。
 それを目にして、遠く遥かな時の彼方で見た光景を思い出したほど。
 「前のハーレイも乗っていたよ」と、白いシャングリラにあった自転車を。
 巨大な白い鯨へと改造された後の船、其処で初期に何度も起こったトラブル。
 船の中を結んで走る乗り物、コミューターが止まってしまった時には、自転車の出番。
 修理のために急いでゆくゼル、それに現場へ向かうキャプテン。
 二人が自転車で走っていた。
 備品倉庫の奥にあった自転車を二台、引っ張り出して。
 「足で走るより、この方が早い」と、ペダルを踏んで船の通路を。
(…シャングリラほどじゃないけれど…)
 今のハーレイは、今の学校にも充分、詳しいことだろう。
 ただの生徒の自分よりかは、ずっと遥かに。
 生徒は行かない場所についても、何処に行ったら何があるかを。


(…ぼくより後輩なんだけれどね…)
 今じゃ立派に「今の学校の人」なんだから、とハーレイを思う。
 そのハーレイは教師だけれども、違っていたなら、どんな出会いになったのかと。
(…プロのスポーツ選手って話もあったから…)
 そちらの道に進んでいたなら、ハーレイは講演に来たのだろうか。
 スポーツをしない生徒にしたって、「人生の先輩」の話を聞く意義はある。
 プロのスポーツ選手になるには、早くから決めねばならない目標。
 それに努力も欠かせないから、どんな人生にも応用できる「彼らの生き方」。
(この日は講演がありますから、って…)
 お知らせのプリントを貰っただろうか、何日も前に。
 ハーレイの名前や写真が刷られた、「講演会のお知らせ」なるもの。
(…スポーツ好きな生徒だったら、もうそれだけで大騒ぎで…)
 なんとかサインが貰えないかと算段したり、握手の機会を狙ったり。
 「憧れのハーレイ選手」なのだし、記念撮影だってしてみたいだろう。
 先生が「駄目です」と睨んでいたって、「お願いします!」と頭を下げて。
 けれども、同じプリントを見ても、「誰なの?」と首を傾げそうな自分。
 新聞を読んでも、スポーツ面など殆ど見ない。
 それでは「ハーレイ」を知るわけがないし、猫に小判と言ってもいい。
 「キャプテン・ハーレイに似ているよね」と思うだけだし、まるで無い値打ち。
 学校の方では、とても頑張って話をつけて来たのだろうに。
 毎日が多忙なプロの選手を呼んで来るために。
 「子供たちのために講演をお願いします」と、ハーレイに頼み込んだりもして。
(…そうやって呼んで来るんだから…)
 ハーレイは「今のハーレイ」と同じに、学校については「後輩」になる。
 「この学校には初めて来るな」と門をくぐって、教室に来るのか、演壇に立つか。
 其処で「再会する」わけなのだし、きっと聖痕が現れる。
 「ハーレイなんだ」と思い出すけれど、その「ハーレイ」はどうなるのだろう。
 同じに記憶が戻っても。
 「あれはブルーだ」と思い出しても、慌てて駆け寄って来てくれても。


(……ハーレイは、プロのスポーツ選手で……)
 講演のためにと招かれた立場で、教師ではない。
 いくら記憶が戻って来たって、「私が付き添います」とは言えない。
 救急車が呼ばれて、救急隊員が駆け込んで来ても。
 血まみれになった「恋人」が、担架に乗せられても。
(…ハーレイは残って、講演を続けるのが仕事…)
 そして付き添いに来てくれるのは、担任の先生か、はたまた別の先生か。
 ハーレイは「学校」で講演を続けて、それが済んだら…。
(トレーニングがありますから、って帰っちゃうとか…)
 本人がそう言い出さなくても、先生たちが気を回しそうではある。
 「お忙しいでしょうから、早くお帰り下さい」と、迎えの車を呼んだりもして。
 ハーレイが「さっき運ばれて行った生徒は、大丈夫ですか?」と何度も尋ねていても。
(……うーん……)
 出会いからして駄目みたい、と大きな溜息が零れてしまう。
 「ハーレイが教師じゃなかったら、色々、狂っちゃうよ」と。
 だから、教師でいいのだと思う。
 出会いも、これから生きてゆく道も、「教師と生徒」の間柄で。
 今は「ハーレイ先生」だけれど、いつか「ハーレイ」と呼べる時が来るから。
 敬語で話さなければいけない立場も、卒業したら終わるのだから…。

 

          教師じゃなかったら・了


※もしもハーレイが教師じゃなかったら、と考えたブルー君ですけれど…。
 プロのスポーツ選手だった時は、出会いからして違って来そう。教師が一番みたいですねv









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(…俺が教師でなかったら…)
 どうなったんだろうな、とハーレイが、ふと考えたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを傾けて。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 そのブルーとは、五月の三日に「ブルーのクラスで」再会した。
 転任して来た今の学校、其処での初めての授業の日に。
(…俺の前には、別の教師が担当してて…)
 言わば場繋ぎ、「新しい担当教員」が赴任して来るまでの期間を乗り切るために。
 四月から赴任して来る筈だった教師、その着任が遅れたせいで。
(前の学校で、急な欠員が出たもんだから…)
 穴埋めのために残ってくれ、と来た要請。
 転任してゆく先の学校、其処では教師が足りているけれど、離任する方では足りていない。
 「暫く頼む」と請われて残った。
 前の学校で教えてくれる、「古典の教師」が見付かるまで。
 四月の末まで残って教えて、引継ぎをしてから移った学校。
(今の学校でも、引継ぎで…)
 代わりに授業を担当していた教員たち。
 彼らから「此処まで教えました」と伝えて貰って、幾つものクラスを引き継いだ。
 その中の一つがブルーのクラスで、授業のための名簿を貰っても…。
(…何の感慨も無かったよなあ…)
 名簿に「ブルー」の名を見付けても。
 「ソルジャー・ブルーと同じ名前か」と思った程度で、顔さえ想像してみなかった。
 其処に書かれていたブルーの成績、そちらの方も覚えていない。
 「学年で一番、優秀な生徒」と「ブルーの名前」は、結び付いてもいなかった筈。
 「優秀な生徒がいる」ことさえも、特に意識はしなかったろう。
 単に授業をするだけだったら、ブルーの成績は必要ない。
 何度もクラスで教える間に、自然と覚えてゆくことだから。
 どの生徒が特に優れているのか、その逆の生徒は誰だろうか、と。


 だから全く気にしないままで「入った」教室。
 足を踏み入れたら、「ソルジャー・ブルーに、そっくりな生徒」と目が合って…。
(…あいつの右目から、血が流れ出して…)
 何事なのかと思った途端に、血まみれになっていたブルー。
 前の生の最後に撃たれた傷痕、その全てから血が溢れ出して。
 身体には「本物の傷」は無いのに、まるで大怪我をしたかのように。
(聖痕だなんて、思わないしな?)
 てっきり事故だとばかり思って、もう大慌てで駆け寄った。
 「大丈夫か!?」とブルーを抱え起こして、そして記憶が戻ったけれど。
 ブルーが誰かを、「本当の自分」は誰だったのかを、教室で思い出したのだけれど…。
(…俺が教師でなかった場合は、どうだったんだろうな?)
 何処で出会って、どういう出会いになったのか。
 ブルーとも何度か話したけれども、「もしも」の世界。
 「教師ではないハーレイ」になっていたなら、きっと出会いも違っただろう、と。
(……学校という線は消えるんだ……)
 教師でないなら、ブルーと「学校」で出会いはしない。
 少なくとも「授業に出掛けた」教室、其処でブルーと出くわすことは。
(それ以外の形で、学校で会うことになったら…)
 柔道や水泳、そちらの道でプロになっていたなら、あるいは出会っていたのだろうか。
 プロの選手に講演を頼む、学校も少なくないだけに。
(特にスポーツが好きな生徒でなくても…)
 目標を立てて「進んだ道」は、大いに将来の参考になる。
 いつ頃から「それ」を志したか、夢を叶えるのに、どれほどの努力を積んだのか。
 そういった話は、別の道にも充分、通用するものだから。
 研究者の道に進みたい者でも、料理人を目指す者であっても。
(…なりたいものは特に無い、ってヤツらでも…)
 いつかは「なりたいもの」が出来るし、その時に役に立ってくるのが「聞いた講演」。
 スポーツ選手が語っていたって、他の分野にも応用出来て。
 「こうすればいいのか」と目標を立てて、努力して。


 そうした講演に出掛けた学校、其処でブルーと出会っていた可能性。
 教室に入るか、演壇に立つ形になるのか、どちらにしても…。
(…やっぱり、ブルーが血まみれになって…)
 大騒ぎになったことだろう。
 駆け寄るのは「教師の仕事」だけれども、きっと「自分」も駆け出した筈。
 ブルーが「ブルー」だとは気付かないままで、「事故ですか!?」などと叫びながら。
(そういう場合は、何処で記憶が戻るんだ?)
 倒れたブルーを抱え起こすのが、「自分」ではなくて他の誰かだったら。
 ブルーの担任の教師だったり、講演の場に居合わせた教師だったりと。
(……ブルーは、ブルーなんだから……)
 聖痕が身体に現れたのなら、それは「記憶が戻る」時。
 ブルーに「ソルジャー・ブルー」の記憶が戻って来るなら、「ハーレイ」のも戻る。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」だった頃の記憶。
 白いシャングリラの舵を握って、前のブルーと暮らした頃の。
(…俺の記憶が戻って来たって、ブルーは学校の先生たちが…)
 運んで行ってしまうのかもな、という気がする。
 「今の自分」は教師だったから、ブルーのクラスの生徒に助けを呼びに行かせた。
 保健委員の生徒だったろうか、「他の先生に、救急車を呼んで貰ってくれ!」と指示して。
 気を失ったブルーを抱えている間に、遠くから聞こえて来たサイレン。
 直ぐに「救急車が来た」と分かったし、とても頼もしく思えたもの。
 救急隊員たちが駆け込んで来てくれた時は、「これで大丈夫だ」と安心もした。
 ブルーの傷は酷いけれども、病院に行けば手当てが出来る。
 命を落としはしないだろうし、「もう安心だ」と。
 そして一緒に乗り込んで行った救急車。
 「大出血を起こした生徒」を「最初から見ていた」大人は、自分一人だけ。
 生徒では話になりはしないし、こうした時には教師が行くべき。
 赴任して来たばかりの教師であっても、生徒よりかは頼りになる。
 「当然のように」ブルーに付き添い、救急隊員たちと一緒に駆けた。
 救急車が待っている所まで。
 担架に乗せられたブルーが運び込まれて、「先生も!」と中に呼び込まれるまで。


(教師だったから、俺が付き添いで乗ってったんだが…)
 そうでなかったら、あの役目は別の誰かだろうな、と簡単に分かる。
 講演にやって来た「プロのスポーツ選手」は、行かずに「其処に残る」もの。
 ブルーが搬送されて行っても、他の生徒は「そのまま残っている」のだから。
 彼らの目的は「講演を聞くこと」、騒ぎが落ち着いたら「そちらに戻る」。
 担任の教師が、ブルーと一緒に救急車で行ってしまっても。
 「ブルーのヤツ、いったいどうなったんだよ!?」と上を下への大騒ぎでも。
 講演に来た「プロの選手」だったら、「落ち着きなさい」と諭すべきなのだろう。
 「君たちのクラスメイトなら、きっと大丈夫だから」と騒ぎを鎮めて。
 ぐるりと見渡し、「さっきは何処まで話してたかな?」と彼らの心を掴み直して。
(……ブルーと一緒に行けはしなくて……)
 留守番なのか、と気付かされた「プロのスポーツ選手」の役割。
 どんなにブルーの身が心配でも、どうなったのかと気がかりでも。
 救急車に一緒に乗って行きたくても、その資格は「持っていない」らしい。
(…後から話を聞きたくてもだ…)
 いったい何処まで聞けるものやら、心許ない。
 「あの生徒だったら大丈夫ですよ」で済んでしまって、学校でお茶でもご馳走になって…。
(今日は、ありがとうございました、と…)
 送り出されて「おしまい」だろうか。
 せっかくブルーに会えたというのに、その後も「一人で講演の続き」。
 講演が終われば学校を離れて、さっき再会を遂げたばかりの「ブルー」のことは…。
(…病院へ見舞いに行くにしたって、大げさなことになっちまって…)
 下手をしたなら、「何も其処までなさらなくても」と、止められてしまうのだろうか。
 ブルーの家を訪ねて行こうとしたって、「お気になさらず」と気を回されて。
(プロのスポーツ選手ってヤツは、忙しいから…)
 そんなことまでさせられない、と止められそうな感じもする。
 「今すぐ、ブルーに会いたいのに」と思っても。
 講演を終えた足でそのまま、病院を、家を訪ねたくても。


(そいつは困るし…)
 やっぱり俺は教師でなくちゃな、と改めて思う「ブルーとの出会い」。
 もしも教師でなかったら「狂う」様々なこと。
 きっと、「教師と生徒」が一番ピッタリだったのだろう。
 ブルーと無事に再会を遂げて、その後も付き合い続けるには。
 今は「教師と生徒」だけれども、いつか一緒に生きてゆくにも、あの出会いが、きっと…。

 

         教師でなかったら・了


※ハーレイ先生が教師でなかった場合は、ブルー君との再会からして違って来そう。
 救急車にも一緒に乗ってゆけないどころか、お見舞いまで遅くなりそうな感じ。教師が一番v









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