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(……ふうむ……)
 そろそろ頼んでおかないと、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(この前、持って行ったのは…)
 いつだったか、と指を折りながら、考えるのはマーマレードのこと。
 小さなブルーも大好物の、夏ミカンの実で作られたもの。
(親父とおふくろからのプレゼントだ、と…)
 初めて届けてやった日のことは、今も決して忘れはしない。
 いつか家族になるブルーのために、と隣町に住む両親が寄越したマーマレード。
 夏ミカンの木は、その家のシンボルツリーだから。
(金色の実がドッサリ実ったら、親父が採って…)
 せっせとキッチンに運び込むのを、母が洗ってマーマレードに仕上げる。
 皮を剥いて、マーマレード用に刻んで。
 中の実だって、きちんと果汁を搾り取って。
(トロトロになるまで、鍋でコトコト煮込んでだな…)
 それから瓶詰め、その瓶がまた特別と来た。
 蓋がしっかり閉まっているから、並みの力では開かないと聞く。
(俺だと、片手でポンと開くんだが…)
 ブルーの家では、そんな具合にはいかないらしい。
 「開け方にコツがあるんですか?」と、ブルーの両親に尋ねられたほど。
 新しい瓶を開ける時には、二人がかりだと言っていた。
 ブルーの父が全力で捻って、ブルーの母がサイオンを乗せて。
(そうやって開けたマーマレードを…)
 両親に先に食べられてしまった、と嘆いたブルー。
 一番最初のマーマレードは、そうなったから。
(まさかブルーにプレゼントだとは、言えんしな?)
 皆さんでどうぞ、と渡した結果が、それだった。
 ブルーは一番乗りを逃して、両親が先に食べてしまって。


 夏の日の出来事だったけれども、マーマレードは今は定番。
 決して切れることが無いよう、早めに届けに出掛けている。
 ブルーの家の朝の食卓、そこに金色があるように。
 隣町の家で生まれたマーマレードを、ブルーに食べて貰えるように。
(明日あたり、親父に通信を入れて…)
 一瓶、届けて貰わなければ。
 ブルーのためのマーマレードを。
(纏めて頼めば、早いんだがな…)
 マーマレードの瓶なら、隣町の家に山ほど。
 一度に幾つか貰っておいたら、当分の間は、頼まなくても済むけれど…。
(それじゃ、親父が納得しないんだ)
 おふくろもな、と分かっている。
 すっかり大きく育ってしまった息子であっても、子供は子供。
 いつまで経っても「大事な息子」で、かまいたくなってしまうもの。
 マーマレードを届けるついでに、他にも何かついてくるとか。
(おふくろが多めに作ったから、と…)
 父が総菜を持って来ることは珍しくない。
 そうかと思えば、帰宅したら父がいることだって。
 「先にやってるぞ」と夕食を作って、味見しながら待っているとか。
 釣って来た魚を自分で捌いて、「美味そうだろう?」と得意げな顔で。
(…今度も、きっとそうなるんだな)
 ブルーのためにと、マーマレードを頼んだら。
 「纏めて届けてくれればいいから」と言っておいても、そうはしないで。
(お前の分も、届けに来たぞ、という程度でだ…)
 マーマレードは、二瓶もあれば上等だろう。
 次に届けに来る時のために、最初から数を控えめにして。


(…はてさて、親父が釣った魚か、おふくろの料理か…)
 今度のオマケは、どちらだろう。
 「マーマレードを届けてくれ」と頼んだら。
 通信機の向こうで、父か母かが、ブルーの家に届ける分もだ、と確認したら。
(どっちになるかは、分からんな…)
 きっと、その日の両親の都合と気分次第。
 「釣りに行くか」と父が思っていたなら、父が得意な魚料理。
 特に計画していなかったら、母が何かを作るのだろう。
 「多めに作ったから」と言いつつ、初めから「多めに作る」つもりで。
 普段は離れて暮らす息子に、「おふくろの味」を届けたくて。
(…どっちにしたって、美味いんだ…)
 父が作った魚料理も、母が作ってくれる料理も。
 どちらも子供の頃から馴染んで、数え切れないほど食べて来たから。
(ゴージャスな飯でなくっても…)
 美味しく感じられるもの。
 父が、母が、作ってくれるのだから。
 もう文字通りに「おふくろの味」で、ついでに「親父の味」になるから。
(いいもんだよなあ…)
 家族ってのは、と改めて思う。
 いずれ家族が増えた時には、ブルーも「あの味」に馴染むのだろう。
 両親が心待ちにしている「新しい息子」。
 今は夏ミカンの実のマーマレードだけしか、ブルーには食べて貰えないけれど。


 いつかブルーと結婚したなら、一人増える家族。
 その日を思うと頬が緩むし、早く両親に紹介したい。
 「この子がブルーだ」と、前に押し出して。
 恥ずかしがって頬を染めていたって、「遠慮するな」と両親の家に連れて入って。
(…そうなりゃ、四人家族になるんだ)
 今は三人家族だけれども、ブルーが入れば四人になる。
 ダイニングの椅子も、ブルーの分が増えるのだろう。
(…椅子の数だけは、今でも足りているから…)
 新しく買いはしないとしても、そこに出来る「ブルーのための席」。
 その席は、きっと…。
(俺が昔から座ってた席の、すぐ隣だな)
 あそこだろう、と目に浮かぶよう。
 ブルーが其処に座る姿も、今の小さなブルーのままで。
(流石に、チビじゃないんだろうが…)
 前とそっくり同じ背丈に育ったブルーが、新しい家族になるとは思う。
 けれど頭に浮かぶのはチビで、十四歳にしかならないブルー。
(すっかり馴染んじまったからなあ…)
 今のあいつに、と苦笑していて気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方と、今の違いに。
 前の自分が生きた世界と、青い地球での暮らしは違うということに。


(……家族なんかは……)
 何処を探してもいやしなかった、と前の生の記憶を遡ってゆく。
 ナスカの子たちが生まれて来るまで、あの世界に「家族」はいなかった。
 子供は全て、人工子宮から生まれた時代。
 それを養父母たちが育てて、十四歳を迎えたら…。
(成人検査で、養父母と引き離されちまって…)
 子供時代の記憶も消されてしまったほど。
 大人の社会で生きてゆくのに、子供時代は不要とされて。
(俺たちみたいに、ミュウじゃなくても…)
 両親の記憶は薄れてしまって、誰も疑問に思わなかった。
 そういうものだと誰もが信じて、逆らいさえもしなかった世界。
(……あそこで生きていた俺は……)
 成人検査と、その後に受けた人体実験、それに記憶を奪い去られた。
 養父母の記憶は欠片も残らず、前のブルーも全く同じ。
 それが今では、二人とも「家族」を持っている。
 今の自分には、隣町に住む父と母。
 チビのブルーには、同じ家で暮らす両親が。
(でもって、俺たちが結婚したら…)
 どちらの家にも、家族が一人増えるのだろう。
 「新しい息子」が一人ずつ。
(…俺の場合は、えらくデカすぎる息子なんだが…)
 あいつの親父さんと変わらないぞ、と可笑しいけれども、新しい息子には違いない。
 ブルーの父とは、それほど年が変わらなくても。
 母の方とも、兄妹で通りそうな年でも。


(面白いもんだな…)
 家族がいると、と今の自分には「当たり前」のことが面白い。
 前の自分が生きた時代と比べたら。
 「おふくろの味」さえ無かった世界を、こうして思い返してみたら。
(…まさに神様に感謝ってヤツだ)
 ブルーと出会えたことも嬉しいけれども、「家族がいる」のが、とても嬉しい。
 本物の父と母がいるのが、そして家族が増えてゆくのが。
(どっちにも親戚がいるもんだから…)
 更に繋がりは広がってゆくし、なんと素晴らしい世界だろう。
 「家族がいると、こうも違うか」と何もかもが違って見えてくる。
 そんな世界で、いつかはブルーと…。
(新しい家族になれるんだ…)
 結婚してな、と大きく頷く。
 大切な未来の家族のためにも、マーマレードを頼んでおこう。
 「届けてくれ」と、隣町の家に通信を入れて。
 いつか家族になるブルーの家まで、マーマレードを届けなければいけないから…。

 

          家族がいると・了


※今のハーレイには「当たり前のように」いる両親。隣町で離れて暮らしてはいても。
 けれど、前の生では家族なんかはいなかったのです。それが今度は、ブルーとも家族にv









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「ねえ、ハーレイって…」
 おじさんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
 今日は休日、ハーレイはブルーとテーブルを挟んで向かい合わせ。
 午後のお茶を楽しんでいたのだけれども、妙な質問が飛び出した。
 「おじさんだよね?」と、今はチビになった恋人の口から。
(……おじさんだって?)
 まあ、おじさんには違いないが…、とハーレイが浮かべた苦笑。
 生まれ変わって来た恋人は、十四歳にしかならない子供。
 それに比べて自分はと言えば、とうに三十八歳だから。


「おじさんなのか、と訊かれたら、違うとは言えないな」
 お前から見れば「おじさん」だろう、とハーレイは頷いた。
 どう考えても「お兄さん」と呼んで貰える年ではない。
 相手が、ブルーと違っても。
 ブルーと同い年の他の生徒でも、もっと上の学年の生徒でも。
「そうだよね…。今のハーレイ、おじさんだものね…」
 仕方ないかな、とブルーが呟く。
 「おじさんなんだし、おじさんらしくしないとね」などと。
「おいおいおい…。何なんだ、その、おじさんってのは」
 おじさんらしく、とは何のことだ、とハーレイは目を丸くした。
 外見のことを言っているなら、もう充分に「おじさん」だろう。
 若作りなどしてはいないし、何処から見たって中年だから。


(おじさんらしい、という意味で言ったら、俺はとっくに…)
 立派な中年男なんだが…、と考えていたら、微笑んだブルー。
 それは愛らしく、天使のように。
「えっとね…。おじさんっていうのは、紳士でしょ?」
「はあ?」
「お兄さんは紳士じゃないと思うし、おじさんが紳士」
 そうじゃないの、とブルーが見詰める。
 赤い瞳で「紳士は、おじさんのことじゃないの?」と。
「それはまあ…。紳士と言うなら、そこそこの年だな」
 学生なんかじゃ、まだ紳士とは言えんだろう、と返した答え。
 若い紳士もいるのだけれども、「一般的には、おじさんだな」と。


「やっぱりね…。だから仕方がないんだけれど…」
 紳士だものね、と繰り返すブルー。
 「今のハーレイは、おじさんだから」と謎の台詞を。
「さっきから何を言っているんだ? 俺にはサッパリ…」
 言葉の意味が掴めんのだが…、と問い返したら。
「ハーレイ、紳士だからキスしないんでしょ?」
「なんだって?」
「紳士らしく、って思ってるから、キスはお預け…」
 おじさんだものね、とブルーが零した溜息。
 「年相応に振る舞ってるから、ぼくにキスは無し」と。


「馬鹿野郎!」
 俺がおじさんで悪かったな、とブルーの頭に落とした拳。
 痛くないよう、軽く、コツンと。
 「そう思いたいのなら、思っておけ」と「その手は食わん」と。
 ブルーにキスをしない理由は、今のブルーが子供だから。
 あの手この手で誘われようとも、キスをしようとは思わない。
 たとえ「おじさん」と言われても。
 中年にしか見えない姿を、若い恋人に指摘されようとも…。




         おじさんだものね・了










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(……うーん……)
 やっぱりハーレイ、背が高いよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 けれど、学校では会えた。
 教師と生徒の間柄でも、交わせた言葉。
 廊下で出会って、少しの間、立ち話。
 恋人同士の会話ではなくて、ごくごく普通の話題だけれど。
(だって、ハーレイ先生だもの…)
 学校でハーレイと話をするなら、あくまで「教師と教え子」として。
 「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、敬語で話して。
(…もう慣れたけど…)
 すっかり慣れてしまったけれども、そうしてハーレイと話したら…。
(ぼくの背、ちっとも伸びてない、って…)
 分かっちゃうよね、と残念な気分。
 話している間は、まるで気が付かないけれど。
 ハーレイの顔を見上げているだけで、もう充分に幸せだから。
 「首が痛いよ」と思いもしないし、大満足の立ち話。
 それをこうして思い返したら、「ぼくの背、低い…」と気付かされる。
 ハーレイの方が、うんと背が高いから。
 前の生での背丈の差よりも、ずっと大きく違っているのが今だから。


 青い地球でハーレイと再会してから、季節は移り変わっていった。
 春から夏へ、そして秋へと。
(…夏は木だって、草だって…)
 面白いくらいに伸びる季節で、育ち盛りの子供も同じ。
 夏休みの間にグンと背丈が伸びてしまって、会ったら驚かされるような子だっている。
 だから「ぼくも」と思っていたのに、一ミリも伸びずに終わった背丈。
 制服のサイズも変わらないまま、今に至っている始末。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
 ハーレイはキスを許してくれない。
 何度強請っても、叱られてばかり。
 「キスは駄目だと言っただろう」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 それが不満でプウッと膨れても、ハーレイは「フグみたいだな」と笑うだけ。
 「ハーレイのケチ!」と怒ってみたって、プンスカ膨れてやったって。
(…ぼくが膨れていたら、頬っぺた…)
 大きな両手で、ペシャンと押し潰されたりもする。
 「フグがハコフグになっちまったぞ」と、面白そうに。
 恋人の顔を潰して遊んで、気にも留めない今のハーレイ。
(……ぼくの背、ちっとも伸びないから……)
 余計にそうなってしまうのだろう。
 きっとハーレイの頭の中には、「育ったブルー」はいはしない。
 「チビのブルー」が入っているだけで、大きなブルーは「前のブルー」だけ。
 今の自分の「恋敵」の。
 どんなにフーフー毛を逆立てても、決して勝てない「前の自分」。
 あちらは大きく育った姿で、ハーレイの心に住み着いている。
 キスも、その先のことも出来る姿で。
 前のハーレイが失くしたブルーが、そっくりそのまま。


(…今のぼくじゃ、敵わないんだから…)
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた人には。
 今もハーレイが忘れられない、時の彼方に消えた人には。
(…ハーレイの車が、前のハーレイのマントの色なのも…)
 そのせいなのだ、と分かっている。
 ハーレイが車を買おうとした時、白い車に惹かれたという。
 「これもいいな」と思ったらしいし、濃い緑よりは青年に似合う色が白。
 けれど、ハーレイは選ばなかった。
 何故だか「違う」と感じ取って。
 「俺の車は、この色じゃない」と、白い車はやめてしまって。
(……白は、シャングリラの色だから……)
 乗りたくなかったんだろう、と今のハーレイは話していた。
 白いシャングリラに乗ってゆくなら、ハーレイだけでは寂しいから。
 共に旅をした「ソルジャー・ブルー」がいないドライブなど、悲しいだけ。
 前のハーレイは、そういう旅を続けたから。
 「何処までも共に」と誓い合った人が、何処にもいなくなってから。
 その人が遺した言葉に縛られ、たった一人で。
 シャングリラを地球まで運ぶためにだけ、キャプテンとして舵を握り続けて。
(……あんまり悲しすぎたから……)
 今のハーレイは白い車を避けた。
 愛した人を乗せられないなら、そんな船など要らないから。
 船ではなくて車だけれども、「前のブルー」をどうしても忘れられなくて。
 前世の記憶が戻らなくても、ハーレイは忘れていなかった。
 遠く遥かな時の彼方で、恋をした人を。
 長い月日を共に暮らして、メギドに向かって飛び去った人を。


 「前の自分」は、今もハーレイの中に住んでいる。
 何かのはずみに顔を出しては、ハーレイを悲しませたりもして。
 今の自分が此処にいるのに、恋敵として。
 どう頑張っても勝てない姿で、きっとハーレイとキスも交わして。
(……そっちも、同じぼくなんだけど……)
 背が足りない分、うんと不利だよ、と項垂れる。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイのキスは貰えない。
 どんなに「ハーレイのケチ!」と言っても、馬耳東風で。
 膨れてもサラリと躱された上に、頬っぺたをペシャンと押し潰されて。
(…ぼくだって、背が伸び始めたなら…)
 負けないのにな、と悔しい気持ち。
 少しずつでも伸び始めたなら、日に日に「前の自分」に近付く。
 そうなったならば、ハーレイだって…。
(今みたいに余裕たっぷりじゃ…)
 いられないような気がするんだけれど、と傾げた首。
 チビだからこそ、膨れた時には「フグ」で「ハコフグ」。
 それが似合いの子供なのだと、ハーレイの瞳に映るから。
 前の自分とは月とスッポン、「銀色の子猫」がフーフー怒っているだけだから。
(だけど、今より大きくなったら…)
 もう「銀色の子猫」ではない。
 鏡に映った自分に向かって、「恋敵だ」と喧嘩を売るような。
 ハーレイの中に住む前の自分に、本気で嫉妬するような。
 何故なら、「同じ自分」だから。
 「銀色の子猫」は大きく育ち始めて、じきに「銀色の猫」になるから。
 そうなった時は、ハーレイの目にも「銀色の猫」が映るのだろう。
 まだ完全には、育ち切ってはいなくても。
 一回りほど小さな姿であっても、「子猫」ではない猫の姿が。


(…そういうぼくなら、前のぼくにも負けないんだよ)
 ハーレイの頑固な心にしたって、きっとグラグラするだろう。
 心の中に住み着いている、「前のブルー」が目の前にチラつき始めたら。
 ハーレイの瞳に焼き付いた姿と、今の自分が少しずつ重なり始めたら。
(…絶対、ハーレイも揺れるんだから…)
 間違いないよ、と自信がある。
 「キスは駄目だ」と叱りながらも、心の中ではガッカリだろう、と。
 「もう少しだけの辛抱なんだ」などと、自分自身に言い聞かせながら。
(…前のぼくに、どんどん似てくるんだものね?)
 日ごとに姿が似始めたならば、今度はハーレイが「我慢する」番。
 こちらの我慢も続くけれども、それは前からの我慢の続き。
 でも、ハーレイの方はと言えば…。
(余裕たっぷりで笑っていたのが、笑えなくなって…)
 自分で作っておいた決まりを、破りたくなることだろう。
 「あと少しだしな?」などと、緩めたい気分になってしまって。
 背丈が僅かに足りないだけなら、「もういいだろう」と考えもして。
(…そうなっちゃったら、今の仕返し…)
 ぼくも我慢だけど、ハーレイも我慢、と可笑しくなる。
 きっとハーレイは「決まり」を破れはしないから。
 ありったけの理性を総動員して、懸命に守る筈だから。
(必死なんだよ、って分かっているから、今と同じで…)
 ハーレイにキスを強請ってやろうか、自分の背丈が伸び始めたなら。
 前の自分とそっくり同じ姿になる日が、どんどん近付き始めたら。


(…知らんぷりして、「ぼくにキスして」って…)
 そう言った時に「キスは駄目だ」と返すハーレイ。
 眉間には皺があるだろうけれど、その皺はきっと緩んでいる。
 今よりも、ずっと。
 懸命に刻んで見せているだけで、本当は「ブルーにキスをしたくて」。
(……楽しみだよね?)
 そんなハーレイ、と思うから、その日を夢見て微笑む。
 今は少しも伸びない背丈が、順調に伸び始めたなら、と。
 「銀色の子猫」が「銀色の猫」に育ち始めて、前の自分と重なったなら、と。
 きっと、その日はやって来るから。
 まだまだ遠い未来のことでも、いつか必ず「銀色の猫」になれるのだから…。

 

           伸び始めたなら・了


※少しも伸びない、ブルー君の背丈。自分でも悔しい気分ですけれど…。
 背丈がぐんぐん伸び始めたら、ハーレイ先生が困る番。「キスは駄目だ」は辛いですよねv











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(……うーむ……)
 相変わらずチビのままなんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 家には出掛けていないのだけれど、今日も学校で顔を合わせた。
 廊下で少し立ち話をして、「じゃあな」と別れたのだけど。
(…あいつは、俺を見上げてて…)
 俺はあいつを見下ろす方で…、と昼間のことを思い返してみる。
 とても小さな恋人のことを。
(前のあいつも、決してでかくはなかったが…)
 それでも、そこそこ身長はあった。
 シャングリラの中でも、低い方ではなかっただろう。
 百七十センチもあったのだから、充分、普通。
(俺がデカすぎたってだけだな)
 二十三センチも差があったのは…、と今だって分かる。
 今の自分も、けして小柄とは言えないから。
 人間が全てミュウになっても、ミュウが虚弱ではなくなっても。
(だが、シャングリラがあった時代には、だ…)
 ミュウは「何処かが欠けている」もので、殆どが虚弱体質だった。
 前のブルーもそうだったのだし、それにしては「育った方」だろう。
 アルタミラの地獄で、長く成長を止めていた時代もあったのに。
 出会った時には「子供なのだ」と思ったくらいに、チビだったのに。
(それが大きく育ったわけだが、今のあいつは…)
 まるで育たん、と可笑しくなる。
 青い地球の上に生まれたブルーは、少しも背丈が伸びないから。
 本当だったら、伸び盛りとも言える年頃なのに。


 前の生でブルーが焦がれた星。
 青く輝く、母なる地球。
 あの頃は何処にも青い星は無くて、死の星があっただけだけれども…。
(今じゃ立派に青い地球になって、俺も、ブルーも…)
 気が遠くなるような時を飛び越え、青い地球に生まれ変わって来た。
 奇跡みたいにまた巡り会って、前と同じに恋人同士。
 ただ、年齢が邪魔をする。
 十四歳にしかならないブルーは、何処から見たって子供だから。
(中身もすっかり子供なんだが、あいつに自覚が無いからなあ…)
 前の生の頃と同じつもりで、キスを強請ってくるくらい。
 キスだけで済めばいいのだけれども、その先のことも狙っている。
 「どういうことをする」ことになるのか、まるで分かっていないのに。
 漠然とした記憶さえも怪しく、「一つになる」意味も、きっと掴めていないのに。
(だから駄目だと言ってあるわけで…)
 ブルーに固く禁じたキス。
 「前のお前と同じ背丈にならない限りは、キスはしない」と。
 キスをするなら、頬と額だけ。
 唇に落とすキスは厳禁、どんなにブルーが膨れようとも。


(それでプンスカ怒っちまって…)
 何度言われたことだろう。
 頬を膨らませて、「ハーレイのケチ!」と。
 キスもくれない恋人のことを、何度、詰られたか数えてもいない。
(…あいつのためを思ってやってることだしな?)
 ケチでも何でも気にしないけれど、たまに、こうして気になること。
 一向に伸びないブルーの背丈。
 再会してから、季節が移り変わっても。
 五月の三日に出会った後には、草木が伸びる夏があっても。
(草木だけじゃなくて、子供も大きく育つ季節で…)
 夏休みが明けて登校した子は、驚くほど成長していたりする。
 「デカくなったな」と感心するのも、ブルーくらいの年の頃には珍しくない。
 なのに、ブルーは育たなかった。
 それこそ、ほんの一ミリでさえも。
 夏が終わって秋が来たって、小さいままで。


 今日の立ち話も、上からブルーを見下ろしながら。
 「元気そうだな」と挨拶してから、学校ならではの普通の会話。
 恋人同士らしい言葉は抜きで、教師と教え子の間の話。
(なんたって、学校なんだしなあ…)
 いつものことだし、ブルーの方も承知の上。
 「ハーレイ先生!」と「先生」をつけて、きちんと敬語で話をする。
 精一杯に「背の高い恋人」の顔を見上げて。
 「首が痛くはならないだろうか」と、たまに心配になるくらいに。
 その差が、少しも縮まらない。
 チビのブルーは育たないままで、本人も不満たらたらの日々。
 ブルーが背丈のことで嘆く度、「それでいいのさ」と答えるけれど。
 「子供時代を楽しまないとな?」と返すけれども、それがいつまで続くのだろう。
 まるで背丈が伸びない日が。
 一ミリも育ってくれないブルーを、今日のように上から見下ろす日々が。
(それはそれで悪くないんだが…)
 育たないままでも、俺は一向、かまわないんだが…、と思ってはいる。
 今のままで、ブルーが十八歳になってしまっても。
 結婚できる年を迎えて、「結婚したい」と言い出しても。
(……流石に、あいつがチビのままでは……)
 結婚したって、やっぱりキスはお預けだろう。
 ブルーが夢見る、「キスの先のこと」も。
 子供相手に、無茶なことなど出来ないから。
 いくらブルーが望んでいたって、「すべきではない」と思うから。


 そういう覚悟を決めてはいる。
 あまりにもブルーが育たないから、「もしかしたら」と予想を立てて。
 「チビのあいつが嫁に来たって、大事にしよう」と。
 きっと、いつかは育つから。
 いつまで待っても「チビのまま」など、どう考えても有り得ないから。
(…いったい、いつから育つんだかな?)
 神様次第と言った所か…、とチビのブルーを頭に描く。
 前のブルーも、あの姿から育っていったのだけれど…。
(生憎と、俺も忙しくって…)
 残念なことに、覚えてはいない。
 どんな具合に育っていったか、途中の経過というものを。
 断片的な記憶はあっても、たったそれだけ。
 毎日顔を合わせていたって、しみじみと見てはいないから。
 「大きくなったか?」と背を測ったり、横に並んだりはしなかったから。
(……今度は、それが出来るんだ……)
 あいつの背丈が伸び始めたら、と心待ちにしている「ブルーの成長」。
 前と同じに育ったブルーも欲しいけれども、そうなる前の…。
(チビから大人になっていくのを…)
 ブルーの側で見守りたい。
 同じ家には住んでいないから、会った時しか見られなくても。
 今日のように学校の廊下で会うとか、ブルーの家を訪ねた時などに。
(また伸びたな、と…)
 ブルーの頭を撫でられたらいい。
 隣に並んで笑えたらいい。
 「あと何センチになるんだかな?」と、前のブルーとの差を挙げて。
 「前のお前は、これくらいだぞ」と手で示して。


(そうやって、あいつが育ち始めたら…)
 今と同じでいられるだろうか、余裕たっぷりに笑みを浮かべて。
 「まだまだだな」とブルーの額を指で弾いて、「キスは駄目だ」と叱れるだろうか。
(……どうなんだかな?)
 そっちの方が自信が無いな、と苦笑する。
 チビのブルーが相手だったら、いくらでも我慢できるのに。
 成長するまで待たされる時間が、何十年でもかまわないのに。
(…伸び始めたら、前のあいつに近付くんだし…)
 今よりも少し育ったブルーに、「ぼくにキスして」と言われた時はどうだろう。
 「キスしてもいいよ?」と誘われたならば、鼻で笑って躱せるだろうか。
(……チビに見える間はいいんだが……)
 どのくらい背が伸びているかによるな、と無い自信。
 前と殆ど同じになったら、今度は「こちらに」無さそうな余裕。
 口では何と言ったって。
 「キスは駄目だと言っただろうが!」と、ブルーを叱り付けたって。
(…とんだ決まりを作っちまった…)
 いつかは我が身に返ってくるぞ、と辛いけれども、決まりは決まり。
 小さなブルーに告げたからには、自分から決まりを破れはしない。
 ブルーの背丈が伸び始めたら、破りたい気分になったって。
 「こんなに大きく育ったんだし…」と、心がブルーを欲しがったって。
(…そうなった時は、災難なんだが…)
 まあ、楽しみに待つとするか、と傾けるカップ。
 ブルーの背丈が伸び始めたら、「前と同じ」になるのだから。
 前の自分が失くしたブルーの姿そのまま、それは気高く美しい人に。
 誰よりも愛した月の精のような人、その人が戻って来るのだから…。

 

        伸び始めたら・了


※少しも伸びない、ブルー君の背丈。ハーレイ先生、余裕たっぷりですけれど…。
 伸び始めた時は困るようです、自分が作った決まりのせいで。まあ、そうですよねv









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「あのね、ハーレイ…」
 ちょっと話があるんだけれど、と小さなブルーが言い出したこと。
 今日は休日、ブルーの部屋でテーブルを挟んで向かい合わせ。
 お茶の時間の真っ最中に、赤い瞳に見詰められた。
「話なら、今、してるだろうが」
「そうだけど…。そうじゃなくって、真剣な話」
「…キスの話なら、お断りだぞ」
 聞くまでもない、とバッサリ切ったハーレイ。
 十四歳にしかならないブルーは、何かと言えばキスを欲しがる。
 前のブルーと同じ背丈に育つまでは禁止、と告げてあるのに。
「違うよ、キスの話じゃないよ。でも、ちょっと…」
 ちょっとくらいは関係あるかも、とブルーは瞬きをした。
 「ぼくじゃなくって、ハーレイの問題なんだけれどね」と。
「はあ?」
 なんで俺だ、とハーレイはポカンと目を見開いた。
 どう転がったらキスの話が、問題なのかが分からないから。


(…こいつは何が言いたいんだ?)
 キスを禁じているのは俺だが…、と目の前のチビの恋人を見る。
 そういう決まりを決めているのは自分なのだし、問題などは…。
(どう考えても、無い筈だがな?)
 サッパリ分からん、と首を捻った所へ、ブルーが笑んだ。
「あのね…。ぼくじゃなくても、キスしてもいいよ」
「……は?」
 誰が、と思わず訊いてしまった。
 いったい誰がキスをしてもいいのか、まるで全く謎でしかない。
「決まってるでしょ、ハーレイだってば」
「俺!?」
「そう! ぼくは心が広いから…」
 他の誰かとキスをしたってかまわないよ、と微笑むブルー。
 「ぼくはいいから」と、「ハーレイだって、キスしたいよね」と。
「なんで俺が…!」
「え、だって…。今のハーレイ、モテそうだから…」
 誘惑する人もいそうじゃない、とブルーは笑顔。
 「誘惑されたら、キスしていいよ」と、余裕たっぷりに。


(……うーむ……)
 なんと反応すればいいのか、悩ましい所。
 小さなブルーは、独占欲が強い筈。
 「ハーレイに彼女がいたのかも」と、涙ぐんだ日もあったほど。
 前の生の記憶が戻らない頃は、他の誰かとキスをしたかも、と。
(ついでに、前のブルーにだって…)
 嫉妬するのが今のブルー。
 「ハーレイの心に住み着いている」と、前の自分をライバル扱い。
(それなのに、俺が他の誰かにキスしてもいいだと…?)
 どうも変だ、と思うけれども、それよりも前の問題として…。
「あのなあ…。お前のお許しが出たとしても、だ…」
 俺は誘惑などには乗らん、と言い切った。
 とびきりの美女がやって来ようが、誰もがときめく女優だろうが。


「…そうなんだ…。だけど、それだと辛いだろうし…」
 チビだけど、ぼくで我慢してね、と返った返事。
 「誰かに誘惑された時には、我慢しないで、ぼくにキスして」と。
「馬鹿野郎!」
 それが狙いか、とブルーの頭に落とした拳。
 コツンと、痛くないように。
 けれどもブルーが懲りるようにと、真上から、軽く。
 「俺は子供にキスはしない」と。
 それくらいなら我慢でいいと、「俺の心はお前のものだ」と…。




          誘惑されたら・了







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