(…………???)
なんだか様子が変なんだが、とハーレイが眺めたブルーの顔。
今日は休日、ブルーの家を訪ねて来たのだけれど…。
(どうも口数が少ないし…)
おまけに殆ど笑いもしない、と少し心配になって来た。
何処か具合が悪いのだろうか、我慢して黙っているだけで。
微熱があるとか、頭痛がするとか、腹痛だとか。
(こいつは、いつも無理をするから…)
油断出来んぞ、と向かいに座った恋人を見る。
十四歳にしかならないブルーが、とても楽しみにしている休日。
一日、二人一緒に過ごせて、夕食までは二人きりだから。
そういう時間を失くしたくなくて、ブルーが何度もついた嘘。
風邪を引いても黙っていたとか、熱があるのに起きていたとか。
(…今日もどうやら、そいつらしいな?)
妙に口数が少なすぎるのは、身体が辛いからだろう。
笑わないのも、元気が無いから。
(早いトコ、叱って寝かせないと…)
いっそう具合が悪くなるぞ、とブルーの瞳をひたと見据えた。
「おい、ブルー。今日は具合が悪そうだな?」
嘘をついても俺には分かる、と赤い瞳を覗き込む。
「辛いんだったら寝た方がいい」と、ベッドの方を指差して。
そうしたら…。
「やっぱり、ハーレイにも分かるんだ…」
ぼくが辛いの、と答えたブルー。
「治らないんだよ」と、「とても具合が悪いんだけど」と。
聞き捨てならないブルーの言葉。
一刻も早くベッドに寝かせて、身体を休ませないといけない。
こんな所で座っていないで、お茶もお菓子も放り出して。
「こら! 無理をするなと何度も言っているだろう!」
早く寝に行け、と叱り付けたら、ブルーは瞳を瞬かせた。
「寝たら治るってものでもないから…。本当だよ?」
「屁理屈を言うな! 寝てる間に帰ったりはせん」
だから寝るんだ、と言ったのだけれど。
「…お腹の辺りが苦しくて…。うんと辛くて…」
「腹の具合って…。それなら薬を飲まんといかん」
俺が貰って来てやろう、と立とうとしたら、止められた。
「それじゃ駄目だよ」と、「薬じゃ駄目」と。
「おいおいおい…。どんな感じに苦しいんだ?」
薬が効かない辛さなんて、と尋ねたら…。
「腹が立って仕方ないんだよ! ハーレイに!」
「はあ?」
「ぼくにキスしてくれないから…。だから辛くて…」
こうしているのも苦しいんだよ、とブルーが歪めた唇。
「薬じゃ駄目だから、ぼくにキスして」と、上目遣いで。
「それで治るよ」と、「本当に、すぐに治るから!」と。
「馬鹿野郎!」
だったら、一日苦しんでいろ、とコツンと叩いたブルーの頭。
痛すぎないよう、加減しながら拳骨で。
銀色の頭を、上から軽く。
そんな病気は、治さなくても心配などは要らないから。
「腹が立つから具合が悪い」なら、放っておいても平気だから…。
腹が立つから・了
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
寄ってくれるかと思ったんだけどな、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日、学校で普通に授業があった日。
ハーレイは仕事があった日なのだし、そうそう帰りに寄ってはくれない。
けれど、期待をしてしまう。
「今日はどうかな?」と、壁の時計を眺めて。
もう来てくれない時刻になるまで、何回となく。
(……今日は、駄目な日……)
会議があったか、柔道部の部活が長引いたのか。
それとも他の先生たちと、食事に出掛けて行っただろうか。
ハーレイの愛車に、他の先生たちが乗り込んで。
この時間にも何処かで食事か、ハーレイ以外はお酒を飲んでいるだとか。
(…仕方ないけどね…)
ぼくはハーレイの家族じゃないもの、と落とした肩。
この家だって、ハーレイの家とは違うから。
(……ぼくがハーレイのお嫁さんなら……)
食事に行かずに帰って来るよね、と思ってしまう。
もしも出掛けて行ったとしても、早めに帰って来ることだろう。
まだ続いている酒宴を抜けて、「お先に」と。
奥さんや子供がいる先生なら、そういう人も多いだろうから。
(ハーレイ、独身なんだもの…)
引き留められても困りはしないし、周りだってそう思っている。
一番最後まで皆と残って、最後は「送り届ける」役目、と。
ハーレイから何度も聞いているから。
「俺は、みんなを送って行くんだ」と、片目を瞑って。
皆がお酒を飲んでいたって、ハーレイは「送る役目」が好き。
お酒なんかは一滴も飲まずに、前のハーレイのマントの色の愛車で。
もう路線バスは走っていない時間に、一緒に出掛けた先生たちを何人も乗せて。
そういう役目のハーレイだけれど、いつかは変わることだろう。
チビの自分が大きく育って、結婚できる年になったら。
(ウェディングドレスもいいけど、白無垢もいいよね?)
迷っちゃうよね、と思う花嫁衣裳。
それを纏って結婚式を挙げて、ハーレイの「お嫁さん」になったら。
ハーレイの家で一緒に暮らして、「いってらっしゃい」と送り出す時が来たなら。
(……家では、ぼくが待ってるんだから……)
食事は断って真っ直ぐ帰るか、あるいは早めに切り上げて来るか。
どっちにしたって、遅い時間にはならないだろう。
「おかえりなさい!」と迎えるのは。
ハーレイの車がガレージに入って、玄関の扉が開くのは。
(だけど、今だと…)
まるで関係ないのが自分。
此処でションボリ項垂れていても、ハーレイが気付くことはない。
「寂しがってるかな?」と思いはしても、それだけのこと。
酒宴を抜けて、此処に帰って来はしないから。
ハーレイが帰るのは「自分の家」で、何ブロックも離れた所。
何時に其処に帰り着こうと、ハーレイの自由。
たとえ日付が変わる頃でも。
もっと遅くに帰っていたって、チビの自分は無関係。
ハーレイが帰ったことさえ知らずに、この部屋で眠っているだけだから。
「ただいま」の声は聞こえもしなくて、ハーレイの家のドアが開くだけ。
そしてパタンと再び閉まって、やがて灯りが消えるのだろう。
ハーレイがお風呂に入ったら。
明日の仕事の準備を終えて、「そろそろ寝るか」と思ったなら。
今の自分は、ハーレイを家で迎えられない。
「おかえりなさい」と言えはしないし、朝だって笑顔で送り出せない。
その日が来るのは、まだずっと先で、何年も待つしかないのだけれど…。
(……ちょっと待ってよ?)
ハーレイの年は、三十八歳。
前のハーレイよりは遥かに若いのだけれど、とうに結婚していたとしてもおかしくない。
その上、昔はモテたのだと聞いた。
柔道と水泳の選手だった頃には、「プロの選手にならないか」と誘われたほど。
大勢の女性ファンに囲まれ、花束だって貰っていた。
もしも「その中の誰か」と気が合い、お付き合いをしていたならば…。
(…とっくの昔に…)
プロポーズして、結婚していたことだろう。
子供部屋までついている家を、ハーレイは持っているのだから。
この町で教師の職に就く時、隣町に住むハーレイの父に買って貰って。
(……お嫁さんを貰っちゃったら、じきに子供も……)
生まれていたのに違いない。
とても可愛い女の子だとか、ハーレイに似てヤンチャな男の子とか。
(…ハーレイ、絶対、可愛がって…)
目の中に入れても痛くないほど、子供たちを愛したことだろう。
もちろん、妻になった女性も。
食事の誘いがあった時にも、「早く帰らないと」と言い出すほどに。
三度に一度は断るだとか、最初から行きもしないくらいに。
(…奥さんも子供も、大切だもんね…?)
きっとハーレイなら、いい父親になるのだろう。
最高の夫で、最高のパパ。
そうなっていても、何の不思議もない。
今のハーレイの年ならば。
三十八歳にもなっているなら、奥さんも、それに子供もいても。
(……もしも、出会うのが遅すぎたなら……)
ハーレイとの再会が遅れていたなら、ハーレイには家族がいたろうか。
隣町に住む両親の他にも、妻や子供たちが。
一度だけ遊びに出掛けたあの家、あそこに住んでいる人たちが。
(…ハーレイが、パパになっちゃってたら…)
子供はまだでも奥さんがいたら、いったい、どうなってしまったのだろう。
忘れもしない五月の三日に、あの教室で再会したら。
右の瞳や両肩や脇腹、聖痕から血が溢れ出したら。
(……ぼくとハーレイの、記憶は戻って来るけれど……)
前の生での恋だって思い出すのだけれども、その恋はもう続きはしない。
ハーレイには妻がいるのだから。
もしかしたら子供も待っている家に、帰ってゆくのがハーレイだから。
(…聖痕が出た日に、夜にお見舞いに来てくれたけど…)
その時に告げた「ただいま」の言葉。
「帰って来たよ」と微笑み掛けたら、ハーレイは抱き締めてくれたのだけれど。
(……奥さんや子供が待ってるんなら……)
ハーレイの顔に浮かんでいたのは、濃い途惑いの色だったろうか。
いくら恋人と再会したって、恋を育めはしないから。
「すまん」と詫びて帰ってゆくのが、今のハーレイには似合いだから。
(…ぼくなんかと、恋をしてるより…)
もっと大切な妻や子供が、ハーレイの帰りを待っている。
学校で起きた事件のことも、きっと知らせているだろうから。
「病院に運ばれた生徒がいるから、見舞いに行ってから家に帰る」と。
(……奥さんも子供も、待ってるんだし……)
ハーレイは急いで帰らなくては。
聖痕で倒れた「生徒」の無事を確認したら。
それが「かつての恋人」でも。
前の生から愛し続けた、愛おしい人の生まれ変わりでも。
そうなっていたら、きっと自分も、ハーレイを止めることは出来ない。
「俺には妻と子供がいるんだ」と打ち明けられたら、何も言えない。
どれほどハーレイのことが好きでも、「そんな人たち、放っておいてよ」なんて酷い言葉は。
「ぼくだけを見て」などという我儘も、「ぼくだけのハーレイに戻ってよ」とも。
そう言いたくても、遅すぎるから。
ハーレイにとっては妻も子供も、とても大切な存在だから。
(……もしも出会うの、遅すぎたなら……)
そうなっちゃっていたのかも、と震わせた肩。
青い地球の上で再会したのに、もう、この恋に望みは無くて。
どんなにハーレイの側にいたくても、其処には別の人たちがいて。
(…学校に行ったら、ハーレイ先生に会えるんだけど…)
それだけのことで、もう「ハーレイ」は手に入らない。
たとえ大きく育っても。
前の自分と同じ背丈に育ったとしても、花嫁になれる日は来ない。
もうハーレイには「お嫁さん」がいて、子供だって生まれているのだから。
誠実で優しい「ハーレイ」ならば、家族を捨ててしまいはしない。
それに自分も、そんなことなど望みはしない。
今のハーレイの家族を壊して、代わりに自分が入り込むなど。
妻や子供を放り出させて、あの家で暮らしてゆくことなんて、とても出来ない。
きっとハーレイは悲しむから。
「ブルー」を愛する気持ちはあっても、妻や子供を忘れることなど、有り得ないから。
(…そうならなくって、ホントに良かった…)
良かったよね、と撫で下ろした胸。
もしも出会いが遅すぎたなら、悲劇が待っていただろうから。
ハーレイが好きでたまらなくても、涙を堪えて諦めなければならない道が…。
遅すぎたなら・了
※ブルー君が考えてしまったこと。「ハーレイと出会うのが遅すぎたなら」と。
ハーレイ先生に奥さんや子供がいたなら、諦めるしかないのが恋。悲しすぎますよね。
(……ふうむ……)
この所、とんと御無沙汰なんだが…、とハーレイが眺めた新聞広告。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のダイニングで。
折り込みチラシの広告ではなく、紙面に載っている広告。
記事の下の方に、目に付くように。
ブライダル関係の店のものだから、新郎新婦の写真もつけて。
職業柄、列席することが多い結婚式。
あちこちの学校に赴任するから、次々に増える同僚たち。
自然と付き合いが増えてゆくだけに、結婚式への招待も多い。
「是非、来て下さい」と声を掛けられ、招待状が送られて来て。
以前の学校の同僚からも、ある日、招待状が届いて。
けれど、最近、行ってはいない。
小さなブルーと再会してから、ただの一度も。
(まあ、偶然ってヤツなんだがな?)
それにその方が有難いが…、と思いもする。
結婚式に招待されたら、確実に潰れてしまう休日。
ブルーの家を訪ねたくても、結婚式が優先になってしまって。
(あいつが家でポツンとだな…)
寂しく過ごしているだろう頃に、自分の方は結婚式に披露宴。
新郎新婦を祝福した後、それは華やかなパーティーの席に招かれて。
(……なんだか、後ろめたいしな?)
小さなブルーが憧れている結婚式。
「早くハーレイと結婚したいよ」と夢を見ながら。
他人のものでも、きっとブルーは「いいな…」と言うに違いない。
幸せ一杯の新郎新婦を祝福できて、おまけにパーティーなのだから。
「ぼくも一緒に行きたいのに…」などと、無茶なことを言って。
招待されていない客など、披露宴には行けないのに。
結婚式には、誰でも参列できても。
教会の前を通りかかった人なら、その場で一緒に祝福できる習わしでも。
そういう意味では、招待状が届かないのは嬉しいこと。
ブルーが「いいな…」と零さないから。
「すまんな」とブルーの家に行くのを断り、披露宴などに出なくていいから。
(…いずれ、あいつが主役になるまで…)
招待状なんかは来なくていいな、という気がしないでもない。
小さなブルーが大きく育って、結婚式を挙げられる日まで。
ウェディングドレスか白無垢なのか、まだ決まってもいないけれども、花嫁衣装を纏って。
(それでも俺はかまわないなぁ…)
ブルーの寂しそうな顔を見るより、結婚式には行けない方が。
何度ポストを覗いてみたって、招待状が入っていない方が。
(…俺の年だと、どちらかと言えば、出す方で…)
待っている者も、きっと少なくないだろう。
学校の同僚たちはもちろん、柔道や水泳の仲間たちでも。
「あいつの結婚式はまだか?」と気をもんでいる、大先輩だっているに違いない。
若い頃には、モテていただけに。
「プロの選手にならないか?」という声が来ていた頃には、女性ファンも多かったから。
(いい子を見付けて、結婚しろよ、と…)
肩を叩いた先輩もいた。
「今なら選り取り見取りだから」と、ウインクをして。
プロの道には進まないにせよ、付き合っておけばいいだろうに、と。
(しかしだな…)
何故だか、とんと御縁が無かった。
あれほど女性に囲まれていても、花束などを貰っても。
差し入れをくれた女性も多かったけれど、「付き合おう」とは思わないままで。
デートの一つもしたことが無い、と明かせばブルーは喜ぶだろうか。
女性の方では、「あれはデートだ」と思ったとしても。
他の友人の「彼女」も交えて、バーベキューなどはしていたから。
いつも差し入れをくれる女性たちを招いて、それは賑やかに。
(…ピンとくる子が、いなくてだな…)
とうとう誰とも「付き合わない」まま。
愛車の助手席に一人だけ乗せて、ドライブに出かけてゆくこともせずに。
けれど、ブルーと出会わなかったら、どうだったろう。
今も気楽な独り身のままで、のんびり過ごしていたならば…。
(ある日バッタリ、俺のファンだった誰かと出会ってだ…)
せっかくだからと、一緒にお茶か、食事か。
そして相手も独り身だったら、「またお茶でも」となっていたかもしれない。
お互い時間はたっぷりあるから、気が向いた時に都合を合わせて。
お茶に食事にと繰り返す内に、ドライブにも誘う日が来たろうか。
「俺が車を出すから」と。
車を運転するのは好きだし、行きたい先が一致したなら。
(そうして楽しくやっている内に…)
とても気が合う、と気付いたならば、その後のことはトントン拍子。
「自分の家」は持っているから、プロポーズして。
子供部屋までついている家で、「俺と暮らしてくれないか」と。
(…断られるってことは、無いだろうしな?)
婚約指輪を渡せたならば、日取りを決めて結婚式。
この家に妻になる人を迎えて、きっと幸せ一杯の日々。
やがて子供も生まれるだろうし、そうなれば自分は「パパ」になる。
女の子だったら、お姫様のように大事にしたろうか。
生まれて来た子が男だったら、柔道や水泳を教えたろうか。
(俺が親父に習ったみたいに…)
釣りも教えたに違いない。
女の子でも、ピクニックのついでに「やってみるか?」と。
後ろから釣竿を支えてやって、「ほら、引いてるぞ」と。
きっと、そういう人生もあった。
ブルーと出会っていなければ。
前の生から愛したブルーと、あの日に再会しなかったなら。
忘れもしない五月の三日に、赴任した先の学校で。
初めて入ったブルーのクラスで、小さなブルーに聖痕が現れなかったならば。
(……そうするとだ……)
もしも、出会うのが遅すぎたら。
小さなブルーと再会するのが、まだ何年も先だったなら。
(…俺はとっくに、嫁さんを貰っちまってて…)
愛する子供の一人や二人も、いたかもしれない。
家に帰れば「パパ!」と迎えてくれる子供が。
夕食を作って「おかえりなさい」と、笑顔で待っている妻も。
(……それでブルーと出会ったら……)
どうすればいいと言うのだろう。
大切な妻も子供もいるのに、ブルーが目の前に現れたら。
「帰って来たよ」と健気に微笑み、「ただいま」と瞳が煌めいたら。
(…俺が独身だったから…)
そのままブルーを受け止めたけれど。
「俺のブルーだ」と喜んだけれど、家族がいたなら、そうはいかない。
どんなにブルーが愛おしくても、ブルーの想いは受け入れられない。
そうすれば「家族」が壊れるから。
妻も子供も、見捨ててしまうことになるから。
(俺には出来んぞ、そんな選択…!)
どれほどブルーが欲しくても。
ブルーの方でも、「ハーレイ」と一緒にいたがっても。
(…すまん、と頭を下げるしか…)
なかったろうな、と容易に想像がつく。
あの日、再会を遂げたブルーを、抱き締めることは出来なくて。
「今の俺には、家族がいるんだ」と、消え入りそうな声を絞り出して。
青い地球の上で再会できても、もう一緒には暮らせないから。
ブルーの想いには応えられなくて、自分の恋さえ消すしかない。
「今の自分」の大事な家族を、バラバラにしたくないのなら。
愛する妻や可愛い子供を、捨てることなど出来ないから。
(……あいつも辛いが、俺だって……)
とても辛くて、苦しい思いをしただろう。
前の生から愛した人を、手に入れられなくて。
そうするどころか、逆に別れを告げるしかなくて。
(あいつと会うのが、遅すぎたら…)
全ては違っていたかもしれん、と恐ろしくなる。
「そんなことは、無いに決まっているさ」と分かってはいても。
ブルーに聖痕をくれた神なら、出会いの場まで用意してくれた筈、と知ってはいても。
(…俺に嫁さんと子供がいるってヤツは…)
それだけは勘弁願いたいな、と改めて眺めた新聞広告。
結婚式を挙げるのだったら、ブルーしか考えられないから。
ブルーと式を挙げられないまま、妻や子供と暮らしてゆくのは辛すぎるから。
(本当に、少し遅すぎたら…)
無いとは言えなかったんだ、と竦める首。
ブルーと出会えて良かったよな、と。
他の誰かと結婚式を挙げて、妻や子供に囲まれる前に…。
遅すぎたら・了
※ハーレイ先生が気付いた、ブルー君との「出会いの時が遅すぎたら」という話。
そんなことは無い、と分かってはいても怖いですよね。ブルー君と暮らせないなんて…。
「おい、ブルー。…どうしたんだ?」
元気が無いな、と尋ねたハーレイ。
今日は休日、ブルーの部屋でのお茶の時間に。
午前中から訪ねて来たのに、今日は元気が無いブルー。
いつもは弾けるような笑顔も、何処か明るさが足りない感じ。
もしかしたら具合が悪いのだろうか、と思うくらいに。
(こいつは、いつも無理をするから…)
ハーレイに会える機会を逃さないよう、ブルーは無理をする。
熱があるのに学校に来たり、風邪を引いても隠していたり、と。
なんだか嫌な予感がするから、ハーレイは重ねて問い掛けた。
今日は体調が悪いのか、と。
そうしたら…。
「うん、ちょっと…。苦しくって…」
だから元気が出ないんだよ、と答えたブルー。
俯き加減で、如何にも何処かが苦しそうに。
「おいおいおい…。だったら、寝てなきゃ駄目だろうが!」
早くベッドに入らんか、とハーレイはベッドを指差した。
「パジャマに着替えて寝た方がいい」と、真顔になって。
小さなブルーは、今の生でも身体が弱い。
じきに寝込んでしまうタイプで、学校の方も休みがち。
「ハーレイの授業がある日だから」と、無理をしたりして。
学校でパタリと倒れてしまって、早退になって。
平日はともかく、休日まで無理をすることはない。
ブルーがベッドに入っていたって、黙って帰りはしないのだから。
さっさと寝ろ、と言っているのに、ブルーは首を横へと振った。
「苦しいんだけど、大丈夫」などと、首を傾げて。
「ハーレイがいるから、すぐに治るよ」と微笑みもして。
「それが無茶だと、何故、分からん!」
苦しい時には寝ないといかん、とハーレイは叱ったのだけど…。
「ホントだってば、苦しい場所なら、ぼくの胸だから」
「なんだって? 風邪とかよりも酷いだろうが!」
病院に行った方がいいぞ、と慌てたハーレイ。
ブルーは持病は持っていないし、「胸が苦しい」など有り得ない。
何かの病気の兆候だったら、早めに医者に診せるべき。
こんな所で押し問答をしている間に、一刻も早く。
「お母さんには言ったのか? お父さんに車を出して貰え」
俺が呼びに行った方がいいのか、と腰を浮かせかけたら…。
「大丈夫だって言ったでしょ? 胸なんだから」
お薬だって知っているし、とブルーは笑んだ。
「お前、そういう病気だったか?」
「そうなんだけど…。ハーレイがキスをしてくれないから…」
胸がとっても苦しくって、と小さなブルーが閉ざした瞼。
「ぼくにキスして」と、「そしたら、すぐに治るから」と。
「馬鹿野郎!」
そのまま、ずっと苦しがってろ、とハーレイが小突いた恋人の額。
十四歳にしかならないブルーに、キスはしないと決めているから。
どんなにブルーが欲しがろうとも、唇へのキスは絶対に禁止。
「苦しいんだけど」と言われても。
それが病気の特効薬でも、ブルーに「ケチ!」と膨れられても…。
苦しいんだけど・了
(……えーっと……)
そろそろ持って来てくれるのかな、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
きっと近い内に、その人が持って来てくれる筈。
夏ミカンの実から作った、金色をしたマーマレードを。
隣町で暮らすハーレイの両親、優しい人たちからのプレゼントを。
(マーマレード、ずいぶん減って来たから…)
ハーレイに告げてはいないけれども、催促する気も無いのだけれど…。
(切らしちゃう前に、絶対、届けてくれるんだものね)
学校の帰りに寄る日ではなくて、週末に。
土曜日だとか日曜が来たら、マーマレードの瓶を紙袋に入れて提げて来て。
(受け取っちゃうのは、ママなんだけど…)
ハーレイの声が耳に聞こえるよう。
「もう、そろそろかと思いまして」と、マーマレードを手渡す時の。
部屋の窓から見下ろしていたら、笑顔の二人が見えるから。
マーマレードが入った袋が、ハーレイの手から母の手に移動してゆくのも。
(…多分、今度の土曜か、日曜…)
そんな景色が窓から見られることだろう。
門扉の脇のチャイムが鳴って、ハーレイに手を振ろうとしたら。
「ぼくは此処だよ!」と精一杯に手を振っていたら、振り返されて。
(…ママが門扉を開けに行くから…)
其処から庭に入った所で、マーマレードが引越しをする。
ハーレイの手から、母の手へと。
母にキッチンへと運んでゆかれて、この家のダイニングが定位置になって。
(マーマレード、ママたちも大好きだもんね?)
夏ミカンの実のマーマレードは、とても美味しい。
太陽の光を閉じ込めたような、金色に輝くマーマレード。
一度食べたら、きっと誰もが気に入るだろう。
家にある間は、毎朝、食卓に置きたくなって。
こんがりキツネ色に焼けたトースト、それにたっぷり塗り付けたりして。
(…スコーンに塗っても、美味しいんだよ)
遥かな昔は、スコーンを食べるのにマーマレードは、マナー違反だったらしいけれども。
マーマレードは朝食のもので、午後のお茶には出さないもので。
(そんなこと、今は言わないものね)
初めて貰ったマーマレードは、ハーレイと一緒にスコーンに塗った。
庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子の所で。
ハーレイと初めてデートした場所で、母に注文したスコーンを二人で頬張って。
(だけど、あの時のマーマレードは…)
一番乗りで食べるつもりが、両親に先を越されていた。
起きて行ったら、朝のテーブルにマーマレードの瓶が置かれて。
父が「美味いぞ」と笑顔を向けて、母も優しく微笑んでいて。
(…ぼくが貰ったマーマレードなのに…)
本当の所はそうだったのに、両親に言えるわけがない。
「未来のハーレイのお嫁さん用に、くれたんだから」なんて。
ハーレイも、そうは言えはしないし、「皆さんでどうぞ」と差し出すしかない。
だから、夏ミカンの実のマーマレードは…。
(……パパとママが、先に食べちゃってても……)
ごくごく自然で、普通のこと。
まだぐっすりと寝ている息子は、放っておいて。
けして「放っておく」つもりなど無くて、親切に瓶を開けてくれただけ。
一人息子が起きて来たなら、マーマレードを食べられるように。
ハーレイが家を訪ねて来た時、「美味しかったよ」と報告できるようにと。
そうだったのだと分かっているから、言えなかった文句。
とてもガッカリしたのだけれども、「酷い!」と怒りはしなかった。
ただションボリと肩を落として、ハーレイの顔を見上げただけ。
「マーマレード、先に食べられちゃった」と、悲しい気持ちを訴えながら。
(…じきに空っぽになっちゃうよ、って…)
その心配も口にした。
両親も「美味しい」と褒めているなら、マーマレードは早く減ってゆく。
朝の食卓に、毎日、置かれて。
父も母もスプーンでたっぷり掬って、トーストに塗るのだろうから。
(最後の一口は、ぼくが貰えても…)
マーマレードは、それでおしまい。
また食べたくても、二度と貰えはしないから。
ハーレイの両親がくれたプレゼントは、一回限りの特別なもの。
二度目なんかがあるわけがないし、金色に輝くマーマレードは、その内に…。
(すっかり空になってしまって、瓶だって…)
母が返すのに違いない。
綺麗に洗って、「また、お使いになるんでしょう?」と。
来年のマーマレード作りに備えて、ハーレイの母の手元に戻るように。
(そうなっちゃうよ、って思ってたから…)
気分はドン底だったけれども、ハーレイは笑い飛ばしてくれた。
「そんな心配なら、要らないぞ」と。
マーマレードは山ほどあるから、気に入ったのなら、くれるという。
「特別なプレゼント」とは違うけれども、いくらでも。
いつか新しい家族に迎える子供のためなら、ハーレイの両親も喜ぶから、と。
(……ホントに、ハーレイが言った通りで……)
マーマレードが半分くらいに減って来た頃、「まだあるのか?」と尋ねられた。
「切れちまったら、大変だしな?」と、新しく届けられた瓶。
前に貰ったのと、そっくり同じ。
太陽の光を詰め込んだ瓶を、ハーレイは提げて来てくれた。
「お母さんに渡しておいたからな」と、パチンと片目を瞑ってみせて。
それ以来、ずっと続いているのが、マーマレードの定期便。
「そろそろかな?」と思っている間に、新しい瓶がやって来る。
ハーレイは片手でポンと開けるのに、両親は開けるのに手間取る瓶が。
しっかりと蓋が閉まっているから、そう簡単には開かない瓶が。
(…ハーレイが帰って行く時は…)
空の瓶を提げてはいないけれども、それは前のが残っているから。
瓶がすっかり空になったら、母が洗って手渡している。
「頂いてばかりですみません」と、帰り際に。
「お母様たちにも、よろしくお伝え下さいね」と。
(…ハーレイのお父さんと、お母さん…)
まだ会ったことは無いけれど。
写真さえも見せては貰えないけれど、ハーレイの父は釣りの名人。
(ヒルマンに、少し似てるって…)
前にハーレイから、そう聞かされた。
マーマレード作りの名人の母は、誰に似ているとも聞いていないから…。
(…前のぼくだと、ピンと来ない顔…)
白いシャングリラでは、見なかった顔に違いない。
ついでに今の学校の中にも、ハーレイの母に似た人はいない。
(どんな顔のお母さんなんだろう?)
まるで想像できないからこそ、一日でも早く会いたいと思う。
隣町の家に、出掛けて行って。
ハーレイの車の助手席に乗って、庭に夏ミカンの木がある家まで。
その日が来るのが楽しみだよね、と思った所で気が付いた。
今のハーレイには両親がいて、父はヒルマンに少し似ているけれど…。
(…前のハーレイだと、お父さんなんか…)
何処を探してもいなかった。
養父母はいても、血が繋がった両親などは。
その上、養父母の記憶も失くして、子供時代は無いも同然。
前の自分も全く同じで、あの時代には無かった「家族」。
赤いナスカで、トォニィたちが生まれるまでは。
(…今だと、いるのが当たり前なのに…)
家族がいるって、普通なのに、と驚かされた。
今の自分には「普通のこと」でも、前の自分には「違う」らしい、と。
家族なんかは持っていなくて、いつか持てるとも思わなかった。
そういう世界ではなかったから。
機械が選んだ親子関係、それだけが「家族」だったから。
(…今のぼくは、ハーレイのお父さんとお母さんの…)
新しい息子だと言って貰えて、いずれ本当に息子になれる。
前の自分と同じ背丈に育ったら。
今のハーレイと結婚したなら、ハーレイの家族になるのだから。
ハーレイの両親の子供になって、ハーレイの方も…。
(…パパたちの息子になるんだよね?)
ちょっとビックリ、と目が丸くなる。
父と殆ど年が変わらないハーレイなのに、「息子」だなんて。
母とも兄妹で通りそうなのに、やっぱり「息子」。
(家族がいるって、うんと素敵で…)
面白いよね、と可笑しくなる。
ハーレイが両親の息子になったら、「大きすぎる息子」なのだから。
けれど、その日が待ち遠しい。
ハーレイの家族になれる日が来たら、二人で暮らしてゆけるから。
前の生から焦がれた青い地球の上で、ハーレイと家族になれるのだから…。
家族がいるって・了
※ブルー君には、当たり前のようにいる両親。今のハーレイにも、いて当たり前。
けれども、前は違ったのです。それが今度は、ハーレイの家族になれるんですよねv
