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(…うーむ……)
 なんだか小腹が空いたような…、とハーレイが軽く傾げた首。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
(コーヒーだったら、此処にあるんだが…)
 少しばかり冷めて来ていても、と眺める愛用のマグカップ。
 夕食の後に淹れたコーヒー、いつものようにたっぷりと。
 それをお供に、のんびり読書の真っ最中。
(しかし、その前に…)
 ひと仕事、片付けたのだった。
 学校から持って帰ったプリント、教え子たちに出した課題の採点。
 さほど労力は要らないけれども、頭は使うのかもしれない。
(採点だけで済ませるんなら、世話要らずだが…)
 それでは生徒のやる気が出ないし、必ず一言、書き添える主義。
 「次も頑張れ」とか、「この調子だ」とか。
 ブルーのような優等生には、点数だけでいいのだけれど。
(下から数えた方が早いようなヤツは、励みが無いと…)
 「どうせ駄目だ」と手抜きでサボリ。
 すると下がってゆく成績。
 下がり始めたら、ますます「やる気」を失くして、一番下まで真っ逆様に…。
(…落ちちまうから、怖いんだ)
 そうならないようサポートするのも、教師の役目。
 だから一言、添えてやる。
 生徒の顔を思い出しながら、その子に相応しいものを。
 お茶目な子ならば、そのように。
 とても真面目な生徒だったら、頑張りを後押し出来るようにと。


(……一種の頭脳労働ではあるな)
 授業ほどでは無いんだが…、と思い返した仕事の内容。
 普段よりは頭を使っただろう。
 本を読むだけの夜よりは。
 お気に入りの本や、買ったばかりの本を読み耽る夜に比べて。
(頭を使うと、エネルギーが要るわけだから…)
 腹が減っても不思議ではない。
 柔道や水泳などとは違って、目に見える形で使うのとは異なるエネルギー。
(俺も、それほど詳しくはないが…)
 脳味噌を使って何かしたなら、相応のエネルギーを消費する。
 すると欲しくなる、減った分だけのエネルギー。
 甘い物だったり、夜食だったりと。
(…何か食うかな…)
 コーヒーだけでは腹は膨れん、と飲み干したカップのコーヒーの残り。
 やはり減らない、空腹感。
(こういった時は、食わんとな?)
 でないと眠れないじゃないか、と椅子から立ち上がった。
 「腹が減った」と思いながらでは、質のいい睡眠は得られない。
 考えなくても分かることだから、胃袋に何か入れるべき。
 空腹感が消える何かを。
 「食った」と満足できる何かを、使ったエネルギーの分だけ。


 書斎に食料は置いていないし、灯りを消して、向かったキッチン。
 空のマグカップをサッと洗って、干すための籠に置いてやる。
(こいつは、今夜はお役御免だ)
 明日の朝まで出番は無いな、と別れを告げて、キッチンの中を眺め回した。
 いったい何を食べようかと。
 「小腹が空いた」といった気分に、何が一番、合うだろうかと。
(…ベーコンエッグは…)
 どちらかと言えば朝食向け。
 チーズやサラダは、一緒に酒が欲しくなる。
(酒まではなあ…)
 要らないからな、と考える内に、頭にポンと浮かんだもの。
 湯を注ぐだけで出来る食べ物、いわゆるカップ麺。
(うん、それでいいな)
 あれなら確かに腹が膨れる、と戸棚を開けて、取り出した一個。
 こういう夜には食べたくなるから、幾つかは常に買ってある。
(あとは湯を沸かして…)
 注いで、少し待つだけだよな、と進めた準備。
 じきにグラグラと湯が沸き立って、ケトルから勢いよく注いだ。
 「ここまで入れて下さい」と引かれた線まで、キッチリと。
 待つこと三分、蓋を開けたら…。
(出来上がり、ってな!)
 実に簡単で美味いんだ、とカップ麺の匂いに惹き付けられる。
 流石に腹は鳴らないけれども、「待ってました」と喜ぶ腹の虫。
 「ご主人様、早く食べましょうよ」と御機嫌で。


 どうということもない、カップ麺。
 特別高いわけでもなければ、期間限定品でもない。
 定番中の定番だけれど、この味わいは気に入っている。
(なんたって、飽きが来ないんだ…)
 ロングセラーの品だけはある、と二本の箸で口に運ぶ麺。
 合間に熱いスープも啜って、腹の虫を満足させてゆく。
 もちろん自分の空腹感も、たちまち綺麗に消えてゆくのが面白い。
(これだから、非常食ってヤツは…)
 欠かせないんだ、と思った所で、遠い記憶が反応した。
 遥か彼方の時の向こうで、「前の自分」が見て来たものが。
(……非常食……)
 それが最初の「食事」だった。
 メギドの炎で燃えるアルタミラ、其処を脱出した後の船で。
 皆に配られ、パッケージの封を切って食べたもの。
 開けるだけでふんわり膨らむパンや、たちまち温まるものを。
(…最高に美味いと思ったモンだが…)
 人というのは、不思議な生き物。
 実験動物だった時代の「餌」に比べれば、非常食は素晴らしい御馳走なのに…。
(じきに慣れちまって、調理したものが欲しくなるんだ)
 食材から用意するものが。
 鍋でコトコト煮込んだシチューや、焼き上がったばかりのパンなどが。
(どうやら俺は、料理に向いてて…)
 厨房の担当者になった。
 船の仲間たちの胃袋のために、毎日、食事を作る係に。
 食料品が積み上げられた倉庫で、何が出来るか、考えて。
 「今日はこれだ」と選び出したものを、調理して「料理」の形に変えて。


(…順調にいってたんだがな…)
 アルタミラが在った宙域を遠く離れて、暗い宇宙を航行する船。
 人類軍とも出会うことなく、穏やかな日々が流れていった。
 船の中を整理し、暮らしやすいよう、色々な工夫などをして。
 誰もが満足だったけれども、「その日」は、突然、やって来た。
 本当の所は「突然」ではなく、いつか必ず訪れる「必然」。
 誰も気付いていなかっただけで、考えさえもしなかっただけ。
(…食料ってヤツは、食えば減るんだ…)
 食べた分だけ、調理されて胃袋に消えた分だけ。
 非常食だろうと、食材だろうと、どちらも同じに減ってゆく。
 そして追加の分が来ないなら、食料は、いずれ底を尽く。
 食料品用の倉庫に山と積まれていても。
 今は「どれから料理すればいいか」と眺めてはいても、悩む余地さえ無くなっていって。
(…船のヤツらの数を考えれば、いつになったら全部、消えちまうのか…)
 前の自分には、すぐに分かった。
 「終わりの日」が遠くないことが。
 暗い宇宙を飛んでゆくミュウたちの船に、食料の補給などは無い。
 これが人類の船だったならば、いつでも補給できるのに。
 近い惑星に降りてもいいし、救難信号を出すことも出来る。
 「食料が尽きてしまいそうだ」と、「補給を頼む」と。
 けれども、ミュウに「それ」は出来ない。
 アルタミラで星ごと殲滅されそうになった、SD体制の異分子には。
 人類軍と出会ったが最後、沈められるだけの「ミュウの船」では。


 あの時の恐怖を、忘れはしない。
 「じきに終わりだ」と、背筋がゾクリと凍えたことも。
 終わりが来ると分かってはいても、打つ手など、ありはしなかった。
 何処からも補給する手段は無くて、食料は、日々、減ってゆくだけ。
 どんなに切り詰めて使っていっても、終わりの時を先延ばし出来るというだけで…。
(……終わりが来ないわけじゃないんだ……)
 それが、どれほど恐ろしかったか。
 滅びの時がやって来るのに、仲間たちには明かせない。
 せっかく自由を手に入れたのに、「もうすぐ終わりが来るのだ」とは。
 少しでも長く「自由な暮らし」を味わって欲しい、と思ったから。
(…誰にも言えん、と思ったんだが…)
 自分一人の胸だけに秘めて、黙っておこうと決意したのに…。
(ついつい、あいつに話しちまった…)
 時の彼方で、前のブルーに。
 「もうすぐ食料が尽きちまうんだ」と、「本当のこと」を。
(……そうしたら……)
 ブルーは飛び出して行ってしまった。
 「ぼくが食料を手に入れるから」と、生身のままで、暗い宇宙に。
 そして持ち帰ってくれた食料。
 コンテナいっぱいに詰まっていた「それ」、あの有難さを…。
(…今でも、忘れちゃいないんだがな…)
 贅沢な時代になったもんだ、とカップ麺をしみじみ見詰めて頷く。
 「小腹が空いた」と思った時には、こんな具合に「食べられる」何か。
 カップ麺でも、自分で料理をするにしたって。


(…腹が減っても、飢え死にすることは無いんだ、今は…)
 店にだって食べに行けるんだしな、と浮かんだ笑み。
 夜の夜中も、開いている店は多いから。
 「食べに行くか」と車を出したら、様々な料理が食べられるから。
 しかも、憧れの青い地球の上で。
 前のブルーが焦がれ続けた、あの頃は宇宙の何処にも無かった、青い水の星で…。

 

         腹が減っても・了


※ハーレイ先生の夜食のカップ麺。思い付いたら、お湯を沸かして注ぐだけ。
 お腹が減ったら、いつでも食べられるんですけれど…。前の生と比べてみると、贅沢な今。













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「うむ。…やっぱり美味いな」
 お母さんのパウンドケーキ、とハーレイが浮かべた極上の笑み。
 ブルーの家で過ごす休日、ブルーと向い合せに座って。
 午後のお茶に出て来たパウンドケーキ。
 不思議なことに、ハーレイの母が焼く味にそっくり。
(まさに、おふくろの味ってな)
 自然と頬が綻ぶくらいに、嬉しい気分になってくる。
 いつ食べても、とても美味だから。
 隣町に住む母が、コッソリ持って来たかと思えるほどに。
「美味しい? ママに頼んでおいたんだよ」
 パウンドケーキ、とブルーが微笑む。
 「今日はパウンドケーキがいいな」と、朝に頼んでおいたのだと。
「そうなのか…。気が利くな」
 俺の大好物なんだ、と頬張るパウンドケーキ。
 ブルーの母が作るケーキは、どれも美味しいのだけれど…。
(パウンドケーキが最高なんだ)
 おふくろの味に及ぶものは無し、という気がする。
 今の自分には血の繋がった、本物の母がいるのだから。


 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと生きた頃。
 白いシャングリラで暮らした頃には、いなかった「母」。
 子供は全て人工子宮から生まれた時代で、いたのは「養父母」。
 その養父母の記憶も機械に奪われ、何も残っていなかった。
 だから無かった「おふくろの味」。
 それがある今は素敵な世界で、その上に…。
(ブルーのお母さんが作るケーキと、俺のおふくろのが…)
 同じ味だというのがいい。
 目には見えない、深い絆があるようで。
 小さなブルーが生まれる前から、ちゃんと繋がっていたようで。
(余計に美味く感じるってな…!)
 これが別の人が焼くケーキならば、また印象は違ったろう。
 同じに「おふくろの味」だとしても。
 「食えたらいいな」と考えはしても、そこまでで終わり。
 見ただけで心が躍りはしない。
 フォークで口に運んでみたって、ただ単純に「美味い」だけ。
 しみじみと感慨に耽りもしないで、パクパクと食べて…。
(御馳走様、って思うんだろうな)
 そんなトコだ、と可笑しくなる。
 ブルーの母が焼くケーキだから、舌も心も喜ぶのだ、と。


 今日のケーキも、期待通りの「おふくろの味」。
 ゆっくり、のんびり味わって食べて、フォークを置いた。
 「美味かったぞ」と、ブルーに御礼を言って。
 ブルーが注文してくれたお蔭で、食べられたから。
 そうしたら…。
「良かったあ…! 好物は別腹だよね」
「まあな。だが、俺は昼飯を食い過ぎちゃいないぞ」
 このくらいのケーキは軽いモンだ、と片目を瞑った。
 倍の量が出たって平らげられるし、三倍だって、と。
「そうなんだ…。じゃあ、ハーレイの好物をあげる」
「おっ、追加を頼んでくれるのか?」
「ううん、ハーレイの大好きなキス!」
 これはぼくから、と赤い瞳が煌めく。
 「美味しいケーキを食べた後には、ぼくのキスだよ」と。
「馬鹿野郎!」
 誰が食うか、とブルーの頭にコツンと落とした拳。
 チビのブルーに、キスはしないという決まりだから。
 たとえ別腹だと言われても。
 どんなに美味しいケーキの後でも、キスは贈ってやらないから…。




          別腹だよね・了









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(……んーと……)
 今は全然大丈夫、と小さなブルーが触った瞼。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 夕食の後に、右の瞳に感じた痛み。
 瞬きしたはずみに、なんだかチクリと。
(…多分、小さなゴミ…)
 埃か、あるいは見えないくらいに細い糸とか。
 そういったものが目に飛び込んだら、思った以上に痛く感じる。
 睫毛が入ってしまった時でも、チクチク痛くなるのが瞳。
(擦ったら、余計に痛くなるから…)
 上下の瞼を指で押さえて、涙が出てくるまで待った。
 そうすればゴミは洗い流せて、不快な痛みも綺麗に消える。
 涙で駄目なら、洗面所に行って目を洗えばいい。
(そこまでしなくて済んだんだけどね…)
 もうゴミなんかは入ってないし、と触れてみる右目。
 ゆっくりのんびりお風呂に入って、今はすっかり気分爽快。
 けれど、右目には「思い出」がある。
 今日は来てくれなかったハーレイ、とても大切な人に纏わる思い出が。
(…ハーレイと、教室で初めて会った日…)
 右の瞳から溢れた鮮血。
 その兆候なら、少し前からあったのだけれど。
(入学式の日に…)
 校長先生の挨拶で聞いた、「ソルジャー・ブルー」という名前。
 ミュウの時代の始まりの人で、ミュウたちを乗せた箱舟を守った大英雄。
 「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」は、学校では定番の言葉なのだけれど…。
(…それを聞いたら、ぼくの右の目…)
 目の奥が急にツキンと痛んで、血の色をした涙が零れた。
 家に帰った後だったから、母たちは気付かなかったけれども。


 最初の出血は、入学式の日。
 次は「ソルジャー・ブルー」の名が目に入った時、やはり血が出た。
(病気だったら、大変だから…)
 両親には隠していたというのに、日が経ってから、母が何気なく語った名前。
 「ソルジャー・ブルー」と聞いた途端に、ズキンと痛んだ右目の奥。
 右目から流れた赤い血の涙、見ていた両親は驚き慌てた。
 直ぐに病院に連れてゆかれて、あれこれと検査を受けたのだけれど…。
(ぼくの目、なんともなっていなくて…)
 診てくれた医師は、「聖痕現象」だと告げた。
 「ソルジャー・ブルー」の名が引き金になって、傷も無いのに起こる出血。
 確たる証拠は今も無いけれど、「ソルジャー・ブルーは撃たれた」という説がある。
 メギドを沈めに潜入した先で、人類軍のキース・アニアンに。
(…その傷が、ぼくに出たんだろう、って…)
 語った医師は、「生まれ変わりかもしれませんね」と微笑んだ。
 「ソルジャー・ブルーに似ているのは、そのせいかもしれませんよ」などと。
 それから、こうも付け加えた。
 「私の従兄弟に、キャプテン・ハーレイにそっくりなのがいましてね」と。
(ぼくの学校に、転任してくる予定だから…)
 出会った時に聖痕現象が起こるようなら、二人とも生まれ変わりだろう、と話した医師。
(ぼくは、ミュウの長だったソルジャー・ブルーで…)
 医師の従兄弟は、キャプテン・ハーレイ。
 そういう二人が再会するかもしれませんね、と聞かされた話。
 半信半疑で聞いていたものの、考えるほどに恐ろしくなった。
 自分が自分でなくなるだなんて。
 「ソルジャー・ブルー」になってしまうだなんて、恐ろしいだけ。
 今の自分がいなくなるなど、想像したくもなかったから。


(…ホントのホントに、怖かったんだよ…)
 間違いであって欲しいと思った、聖痕現象。
 生まれ変わりだという話。
(でも、それっきり血は出なくなって…)
 自分でも忘れかかっていた頃、教室に「ハーレイ」が現れた。
 忘れもしない五月の三日に、新しい古典の教師として。
 前の学校に欠員が出たせいで、予定よりも遅れて着任して。
(ハーレイが入って来た途端に…)
 ズキンと痛んだ右目の奥。
 血の色の涙が溢れ出したけれど、右目だけでは済まなかった。
 両方の肩に走った激痛、左の脇腹も銃で撃たれたかのように…。
(物凄く痛くて、気が遠くなって…)
 スローモーションのように倒れ込んだ床。
 そういった時は、時間の流れを、とても長く感じるものだから。
(床に倒れてたら、ハーレイが来て…)
 強い腕で抱き起された瞬間、忘れていた「全て」を思い出した。
 遠く遥かな時の彼方で、自分は何と呼ばれていたのか。
 ハーレイは、自分の「何」だったのかを。
 膨大な量の記憶が交差し、絡み合うように混じったハーレイの「想い」。
 前の生で誰よりも愛した恋人、その人と巡り会えたと分かった。
 もう会えないと思ったのに。
 メギドで命を終えた時には、「ハーレイとの絆が切れてしまった」と泣いたのに。
 最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くしたから。
 右手が冷たく凍えてしまって、温もりは二度と戻って来てはくれなかったから。


 右目の痛みは、「ハーレイ」を連れて来てくれた。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 気絶するほどだった酷い痛みも、「そのため」だと思えば苦にもならない。
 あれに比べれば、目の中にゴミが入ったくらいは…。
(痛いなんて言ったら、神様に叱られちゃうかもね?)
 でも痛いものは痛いんだよ、と触れてみる右目。
 前の生の最後に、キースの銃で砕かれてしまった瞳の場所を。
(……ハーレイ、今でも怒ってるんだよ……)
 「ソルジャー・ブルー」を撃ったキースを。
 許す気などは全く無くて、「キース」という名の朝顔さえも憎むほど。
 「キース・アニアン」と名付けられた品種の、秋になっても咲く朝顔を。
(…道路まで蔓を伸ばして来たなら、花を八つ裂き…)
 そんなことまで口にしていた。
 本気で八つ裂きにするかはともかく、「キース嫌い」に間違いはない。
(…キースがいなくて良かったよね…)
 クラスメイトの中の誰かが、偶然、キースに似ていただとか。
 学校の先生たちの一人が、生まれ変わりかと思うくらいにそっくりだとか。


(……うーん……)
 そうなっていたら、どうだったのかな、と考えてみる。
 周りに「キースにそっくりな人」が、いたならば、と。
(…ぼくの聖痕……)
 ハーレイは「事故だ」と思ったらしくて、肝を潰したと聞かされた。
 あの時、交差した記憶の中には、「メギドでのこと」は無かったらしい。
 後になってから話して聞かせたせいで、ハーレイの「キース嫌い」は悪化した。
 前の生でも憎んではいても、今よりは遥かにマシだったという。
(…ぼくとハーレイが再会した場所、ぼくの教室だったから…)
 キースに似ている人はいなくて、メギドでの記憶も伝わらなかった。
 けれども、何処かの街角などでバッタリ再会していたら。
 「大丈夫ですか!?」と取り囲む人々の中に、「キースに似た人」がいたならば…。
(…メギドのこと、思い出しちゃって…)
 ハーレイの心にも「それ」が伝わり、キースへの憎しみが噴き上げたろうか。
 偶然、その場に居合わせた人は、「キース」とは全く違っていても。
 他人の空似で似ているだけの、赤の他人に過ぎなくても。
(……まさかね?)
 いきなり殴りはしないと思う。
 何処の誰かも尋ねもしないで、「貴様!」と怒鳴って、掴みかかることも。
(…でも……)
 きっと不機嫌にはなることだろう。
 「キースに良く似た誰か」が進んで、応急手当てをしてくれても。
 救急車を呼びに全力で走って、息を切らして戻って来ても。
 どんなに「いい人」で「優しい人」でも、「キースを思い出させる」から。
 「こいつが、ブルーを撃ったんだ」と、憎む心が生まれるから。


(……再会の場所って……)
 大事だよね、と零れた溜息。
 学校の教室で再会したから、とても平和に流れた時間。
 ハーレイにとっては「気が気ではない」時間でも。
 「もう一度、ブルーを喪うのでは」と、生きた心地もしていなくても。
(…救急車の中で、ぼくに「頑張れ」って…)
 手を握り締めて、何度も叫んでいたらしいハーレイ。
 けれど、「そのこと」に専念できた。
 憎いキースを恨む代わりに、「恋人の無事」だけを祈って。
 再会した場所に「キース」そっくりの人が一人もいなかったから。
 救急車を見送る先生の中にも、「そっくりさん」は誰もいなかったから。
(…繁華街とかだったら、危なかったかも…)
 人が大勢行き交う場所なら、「キース似の人」もいるかもしれない。
 キース似の人が手を貸してくれても、ハーレイは嬉しくなかっただろう。
 「なんだって、こいつに助けられねばならんのだ!」と。
 他人なのだと分かっていたって、救急車の中でも、イライラとして。
(……八つ当たり……)
 朝顔の「キース・アニアン」にだって、八つ当たりするのが今のハーレイ。
 だから教室で良かったと思う、再会の場所。
 其処に「キース」はいなかったから。
 せっかく巡り会えた感動の場所に、苛立ちが生まれはしなかったから…。

 

         再会の場所って・了


※もしもハーレイ先生と再会した場所に、キース似の人がいたならば…。大変だったかも?
 ブルー君の考え、間違っていないかもしれません。朝顔の話は『秋の朝顔』からです。









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(……あの時は、ビックリしたんだよなあ……)
 その後は、もっと驚いたんだが、とハーレイが思い出したこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 十四歳にしかならないブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
 今では「いる」のが当たり前になって、今日のように残念な日だって多い。
 仕事が早く終わっていたなら、ブルーの家に行けただろう。
 夕食までの時間をブルーの部屋で過ごして、二人きりでお茶を楽しんで。
(しかし、毎日、そうはいかんし…)
 ブルーには学校で会えただけでも良しとしよう、と考える。
 学校の廊下でバッタリ出会って、「ハーレイ先生!」と呼ばれたから。
 ペコリと頭を下げたブルーに、「元気そうだな」と言ってやることが出来たから。
(……その学校で、あいつと再会したんだ……)
 あれは五月の三日だった、と今でも忘れない日付。
 転任することが決まっていたのに、前の学校で出た急な欠員。
(…それで着任が遅れちまって…)
 ブルーのクラスを担当していた古典の教師と交代したのが、五月の三日。
 名簿には目を通してはいても、ピンと来なかったブルーの名前。
(珍しくはない名前だしな?)
 今の時代は、大英雄になった「ソルジャー・ブルー」。
 ミュウの時代の始まりの人で、初代のソルジャー。
 それだけに、子供に「ブルー」と名付ける親たちは多い。
 まるで全く似ていなくても。
 アルビノどころか、銀色の髪さえ持っていなくても。
(…今じゃ、すっかり忘れちまったが…)
 多分、「このクラスにも、ブルーがいるんだな」と思った程度だっただろう。
 それがブルーだとも知らず。
 前の生から愛し続けた、大切な人の名だとも知らず。



 そうして入った、ブルーのクラス。
 初めて足を踏み入れた場所で、初っ端から酷く驚かされた。
 心臓が止まるかと思うくらいに、それは激しい衝撃を受けて。
(悪戯されたわけじゃなくて、だ…)
 ヤンチャな生徒が仕掛ける悪戯、新しく受け持つクラスなどでは、よくある話。
 けれど、悪戯などでは無かった。
 教室に入って目が合った途端、ブルーの瞳から溢れた鮮血。
 右の瞳から血の色をした涙が流れて、両肩からも真っ赤な血が噴き出した。
 その上、左の脇腹からも。
(…どれも、前のあいつがキースの野郎に撃たれた場所で…)
 いわゆる聖痕現象だけれど、そんなこととは、まだ知らなかった。
 咄嗟に「事故だ」と思った出血。
 倒れたブルーに慌てて駆け寄り、抱き起こした時に、戻った記憶。
 ブルーの記憶と絡み合うように交差しながら、膨大な量の「前の自分」のものが。
(…俺は他人の空似じゃなくて…)
 若い頃からよく言われていた、「キャプテン・ハーレイの生まれ変わりか?」という言葉。
 「そんなわけがない」と笑い飛ばして、今の年まで生きて来た。
 正確に言えば、今より一歳、若かったけれど。
 まだ誕生日を迎えていなくて、三十七歳だったから。
 それまでの間に、何度聞いたか数えてもいない「生まれ変わりか?」。
 その度に「違う」と答え続けて、自分でもそうだと信じていて…。
(…だが、本当は、そうじゃなかったんだ…)
 ブルーと再会を遂げて、分かった。
 今の自分に生まれる前には、誰だったのか。
 大怪我をして床に倒れた生徒は、前の自分の何だったのかも。



(…本当に怪我だと思ってたしな…)
 記憶が戻って来たせいもあって、半ばパニックに近かった。
 「またしても、ブルーを失うのでは」と、大量の出血に凍えた背筋。
 いくら医療が発達していても、今の時代も、事故で喪われる命はあるから。
(誰か救急車を呼んでくれ、と叫ぶしかなくて…)
 その声で駆け出して行った生徒は、保健委員だと頭の何処かで思った。
 血まみれのブルーを抱えながら。
 「保健委員」の生徒の役目は、何処の学校でも同じだから。
(……それから後は、俺も必死で……)
 ただ懸命に祈り続けた。
 愛おしい人が助かるように。
 せっかく出会えたブルーの命が、儚く消えてしまわないように。
(居合わせた教師が、俺だったから…)
 救急車に一緒に乗って行っても、誰も変だと思いはしない。
 むしろ教師として当然の務め、行かずに残る方がおかしい。
 ブルーを乗せた担架が救急車に運び込まれる時、駆け付けて来たブルーの担任の教師。
 「よろしくお願いします」と深く頭を下げられた。
 クラスの騒ぎは鎮めておくから、ブルーの付き添いをよろしく頼む、と。
(…願ったり、叶ったりというヤツなんだが…)
 自分の本音は顔にも出さずに、「分かりました」と乗り込んで行った救急車。
 サイレンを鳴らして走り出してからも、途方もなく長く感じた時間。
 「早く病院に着いてくれ」と。
 一刻も早く治療を始めて、愛おしい人を助けてくれ、と。



 救急車が病院に着いた後にも、時間は長いままだった。
 ブルーの担架が運ばれて行った、扉の向こう。
 そこで治療が進んでいるのか、それとも既に手遅れになって…。
(…少しでも長く、命があるようにと…)
 沢山のチューブや酸素マスクに繋がれ、「生きているだけ」のブルーがいるのか。
 それさえ外では分からないから、待つことだけしか出来なかった。
 「助かってくれ」と祈りながら。
 「俺のブルーを、死の国に連れて行かないでくれ」と。
(……俺の寿命が縮みそうな時間だったよな……)
 実際、そうも考えていた。
 「俺の寿命を、ブルーに分けてやってくれ」と。
 愛おしい人を救うためなら、何十年でも、何百年でもかまわないから。
(…しかしだ……)
 扉の向こうから出て来た医師に、「心配は無い」と告げられた。
 ブルーの身体に傷などは無くて、大量の出血は聖痕現象。
 そう聞かされてホッとした後、同じ医師から「こっちの部屋へ」と連れてゆかれた。
 白衣を着ている、従兄弟の医師に。
 数日前にブルーを診察していた、主治医とも言える人物に。
(…お前は、キャプテン・ハーレイなのか、と…)
 従兄弟の医師は切り出した。
 二人きりの部屋で、声を潜めて。
 「お前の前世は、キャプテン・ハーレイ。あの子はソルジャー・ブルーだろう」と。
(…何も間違ってはいないしな?)
 素直に「ああ」と頷いた。
 「どうやら、本当に生まれ変わりというヤツらしい」と。



(…あいつがブルーの主治医だったから…)
 今も秘密は守られている。
 「生まれ変わり」のことは、たった三人しか知る者はいない。
 ブルーの主治医と、ブルーの両親。
 お蔭で今でも、それは穏やかな日々が続いているけれど…。
(俺とブルーが再会した場所が、もしも教室じゃなかったら…)
 事情は違ったのかもしれない。
 繁華街などで、バッタリ出会っていたならば…。
(保健委員の代わりに、野次馬…)
 たちまち騒ぎに取り囲まれて、救急車を呼びに走る者だけでは済まなかったろう。
 「事故だ」と通報しに行く者やら、運が悪ければ新聞記者なども…。
(…事故の取材をしに来ちまって…)
 病院にまでも来たかもしれない。
 そうなっていたら、秘密を守ることが出来たかどうか。
 ブルーの主治医が黙っていたって、勝手な説が飛び交って。
 ああだこうだと、推測する者が出始めて。
(…俺の方だと、大人でガードが固いから…)
 十四歳にしかならないブルーが、マスコミに追われていたかもしれない。
 学校の帰りに取っ捕まって、「君は、ソルジャー・ブルーなの?」などと。
 特にマイクを向けられなくても、今のブルーは、サイオンが上手く扱えない。
 心の中身は零れ放題、「どうしよう?」などと動揺したら…。
(…記者に筒抜けになっちまうんだ…)
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりであることが。
 今ではチビの子供だけれども、偉大な英雄、それに歴史の生き証人だと。



(…うん、学校で良かったな…)
 ブルーの教室で実に良かった、と改めて思う。
 小さなブルーとまた巡り会えた、再会の場所は。
 ブルーと自分の記憶が戻って、前の生での恋の続きが始まった場所は。
 もしも教室と違っていたなら、全てが違ったかもしれないから。
 穏やかな日々が流れる代わりに、毎日、毎日、取材ばかりだったかもしれないから。
(…神様の計らいに感謝せんとな)
 再会の場所は、あの教室に限るんだ、と傾けるカップ。
 ブルーとの日々を、大切に過ごしてゆきたいから。
 ただの教師と生徒でいいから、取材なんかは御免だから…。

 

           再会の場所は・了


※ハーレイ先生とブルー君が再会した場所。学校の教室だったんですけれど…。
 もしも違う場所で再会していたら、取材に追われる日々だったかも。教室で良かったですねv









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「ねえ、ハーレイ…。ちょっと心配なんだけど」
 気になって仕方ないんだけれど、と小さなブルーが傾げた首。
 今日は休日、ブルーの部屋でのティータイム。
 もう昼食は食べ終えたから、のんびり、ゆっくり。
 けれどブルーは浮かない顔で、そういえば…。
(…午前中から、なんだか元気が無かったような…)
 具合が悪いのとは違っていたから、さほど気にしていなかった。
 何か気になることがあるのか、そんな程度、と。
(親父さんに、朝から山ほど食べさせられたとか…)
 小さなブルーには、ありがちなこと。
 「ほら、これも食べろ」と、父から分けて貰う朝食。
 早く大きくなりたいブルーは、頑張って詰め込むのだけれど…。
(腹が膨れるだけだってな)
 背は一ミリも伸びやしないんだ、と可笑しくなる。
 それはブルーにも分かっているから、元気も失せてしまうだろう。
(うんうん、きっと、そんなトコだな)
 原因は今日の朝飯なんだ、とハーレイは答えを出したけれども…。


「もしかしたら、ぼくって、不幸なのかも…」
 そうなのかもね、とブルーが項垂れたから、驚いた。
 いったい何があったというのか、急には思い付かないだけに。
「不幸だって?」
 お前、幸せ一杯だろうが、と訊き返す。
 今の小さなブルーの周りに、不幸な影など見当たらないから。
「ぼくもそうだと思っていたけど、間違ってるかも…」
 本当は不幸なのかもしれない、と赤い瞳が不安に揺れる。
 前の自分と同じくらいに、今度も不幸な生まれなのかも、と。
「おいおいおい…。穏やかじゃないな」
 どうしたんだ、と胸に湧き上がる前の自分の「悲しい想い」。
 前のブルーを喪った後に、どれほど嘆いて、悔やんだことか。
 あれが「ブルーの運命」だったなら、なんと不幸な人だったかと。
 ミュウの仲間のためにだけ生きて、夢は一つも叶わないままで。


(今のブルーも、不幸だってか?)
 小さなブルーがそう思うのなら、幸せにしてやらねばならない。
 不安があるなら、取り除いて。
 自分の力が及ぶ限りの、ありとあらゆる手を尽くして。
「お前が幸せ一杯じゃないと、俺も悲しい。何故、不幸なんだ?」
 俺では、お前の力になれんか、と問い掛けた。
 出来る限りのことをしたいから、打ち明けてみろ、と。
「…ホント? ハーレイ、ぼくを助けてくれるの?」
 縋るように見上げる赤い瞳に、「うむ」と大きく頷いた。
 「俺が力になれるんだったら、お前の不幸を消し去ってやる」と。
「ありがとう、ハーレイ!」
 ハーレイに相談して良かったよ、と赤い瞳が煌めく。
 「やっぱりハーレイは頼りになるね」と、「だから大好き」と。


「えっとね…。ぼくが、とっても不幸なのは…」
 ハーレイとキスが出来ないこと、ブルーは瞳を瞬かせた。
 「せっかくハーレイと再会したのに、不幸だよね」と。
「なんだって!?」
 それは知らん、とブルーの頭にコツンと落とした拳。
 いくらブルーが不幸だろうと、子供にキスは贈れないから。
 あの手この手で言ってこようが、その注文だけは聞けないから…。




         不幸なのかも・了









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