(あいつとの話題っていうヤツは…)
まるで尽きるってことが無いな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けた休日、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
(あいつの家では、紅茶だったし…)
やっぱり俺はこっちでないと、と思うコーヒー。
小さなブルーはコーヒーが苦手で、そのせいでブルーの家では出ない。
よほどコーヒーが似合いのメニューが、夕食だったら別だけれども。
(そういった時は、あいつのお父さんたちも一緒に…)
ダイニングで飲むのが食後のコーヒー、それをゆっくり飲み終わったら…。
(俺が席を立って、帰る時間で…)
ブルーと二人きりでの話は、ほんの僅かな時間だけ。
玄関まではブルーの母も送って出るから、扉を開けて庭に出てからの時間。
庭を通って門扉の所まで、その間だけ、ブルーと二人きり。
食後の飲み物が紅茶だったら、そうはならないのだけれど。
今夜みたいに、夕食の後はブルーの部屋で。
ブルーの母が運んでくれた紅茶をお供に、食後のお喋り。
「もう帰らんとな」と、自分が腰を上げるまで。
小さなブルーが「そんな時間?」と、寂しそうに時計に目を遣るまで。
(そうやって、俺が立ち上がっても…)
終わるわけではない、ブルーとの会話。
立ち上がる時には、ちゃんとキリのいい所で話を終えていたって…。
(なんだかんだと喋ってるよなあ…)
話の続きかと思うことやら、まるで全く違うことやら。
時には天気の話題にもなるし、「また来てくれるよね」と念を押されることも。
言われなくても、行ける時には行っているのに。
仕事が早く終わった時には、帰りに寄るのが習慣なのに。
そんな時でも、話は尽きない。
次から次へと湧いて出て来て、「じゃあな」と手を振り、別れるまで。
今日もそうだった、尽きない話題。
食後の飲み物が紅茶でなくても、きっと話は尽きなかったろう。
(お父さんたちも一緒の間は、二人きりで喋れなかった分…)
帰りの庭で喋るんだよな、と思い浮かべる小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はすっかりチビだけれども、その分、まるで子猫みたいに…。
(帰って行く俺に纏わり付いて…)
玄関を出てから門扉の所まで、時間を惜しんで話し続ける。
「ちょっと冷えるね」といったことでも、「帰ったら、書斎?」というようなことも。
つまらないことでも、ブルーにとっては大切な話題。
二人での会話。
(その点については、俺にとっても…)
同じだよな、と心から思う。
たとえ天気の話であっても、ブルーと話せることが嬉しい。
一度は失くした恋人なのだし、その人と再び話せる時が。
生まれ変わってまた巡り会えた、奇跡の時間を味わうことが。
(俺が帰る前の、ほんのちょっとの間でも…)
寸暇を惜しんで話すのだから、もちろん普段も話題は尽きない。
ブルーと二人きりでお茶を飲む時間も、ブルーの部屋での昼食の時も。
(…もう本当に、次から次へと…)
よくもあれだけ続くもんだな、と可笑しくもなる。
これでは、遠く遥かな時の彼方で…。
(シャングリラにいた、女性陣だな)
何かと言ったら、寄って喋っていたもんだ、と思い出す、彼女たちのこと。
休憩室などでのお茶の時間でなくても、いつも楽しそうに…。
(雲雀みたいに、ペチャクチャと…)
喋り続けていたんだよな、と懐かしい。
あのエラでさえも、お茶の時間はカップを手にして寛いでいた。
作法がどうのと言いはしないで、皆と一緒に、笑顔でお喋りをして。
(…前の俺と、ブルーも……)
彼女たちには敵わないまでも、話すことは嫌いではなかった。
前のブルーがチビの頃にも、青の間で暮らすようになった後にも。
(あいつがチビに見えてた頃には、よく厨房で…)
作業しながら交わした話。
まだキャプテンにはなっていなくて、厨房で料理をしていた時代。
(ヒョイと顔を出して、「何が出来るの?」と…)
尋ねていたのが、その頃のブルー。
視線の先には鍋があったことも、フライパンが置かれていたことも。
(そこまで行ってりゃ、話は早いが……)
食材が並んでいるだけだとか、まな板と包丁を使っている時ならば…。
(見ただけじゃ、全く分からないしな…?)
それだけで充分に話題が出来た。
「見て分からんか?」と、からかってみたり、「今日はな…」と説明を始めたり。
前のブルーは熱心に聞いて、「手伝うよ」と手を伸ばしても来た。
ジャガイモの皮を剥く程度ならば、前のブルーでも出来たから。
(でもって、ジャガイモの皮を剥きながら…)
二人で色々と話をしていた。
出来上がる予定の料理のことやら、全く関係ないことやらを。
(料理が出来たら、「食ってみるか?」と…)
味見の時間で、そこから、またまた広がった話題。
「美味しいね」というブルーの笑顔で始まって。
新作の料理の時でなくても、いつもブルーは喜んで食べた。
(俺が感想を訊いた時には…)
大真面目に考え込んだりもした。
なにしろ前のブルーと自分は、好き嫌いというものが無かったから。
何でも美味しく食べるものだから、試作品の時は難しい。
他の仲間には美味しいかどうか、自分では答えを出せないから。
自分の舌に尋ねてみたって、その舌がアテにならないから。
厨房時代が終わった後には、キャプテンの大任が待っていた。
白い鯨になる前の船で、その任を任せられてから…。
(前のあいつが、いなくなった後も……)
ずっと、あの船のキャプテンだった。
死の星だった地球に着くまで、その地の底で命尽きるまで。
前のブルーが望んだ通りに、シャングリラを地球まで運んで行って。
(……あの頃の俺は、生ける屍ってヤツで……)
話題が尽きるとか尽きないだとか、そういう以前に…。
(……話し相手がいなかったんだ……)
船に仲間は大勢いたって、誰にも言えない、ブルーとのこと。
喪ったものはソルジャーではなく、自分の恋人だったこと。
(…だから、一人きりで…)
青の間に行っては、前のブルーを想って泣いた。
もういない人に、心で語り掛けて。
けして返りはしない声を待って、かの人の面影を慕い続けて。
(先客でレインがいてくれても、だ…)
ブルーの思い出話は出来ても、たったそれだけ。
どんなにブルーを愛していたかは、レインにだって明かせないから。
ブルーとのことは、全て終わるまで、誰にも話せないのだから。
(話し相手がいないってことは、話題も無いんだ…)
たまに冗談を飛ばすことはあっても、皆の緊張を解くための手段。
普段の会話も、船での暮らしを円滑に…。
(…運ぶためのもので、話題ってヤツは……)
考えなければ出て来なかった。
「このタイミングなら、何がいいか」と、頭の中で。
キャプテンとしての会話でなくても、やはり何処かで計算していた。
前のブルーを失くした痛みを、誰にも気付かれないように。
「いつも通りのハーレイ」の姿を、皆の前で演じ続けるために。
そうやって「尽きてしまっていた」のが、前の自分の中にあった話題。
考えなければ出て来ないものは、枯渇しているようなもの。
それが今では、前のブルーがいた時のように…。
(本当に、次から次へと、だ…)
湧いて出て来るものなんだよな、と感慨深い。
前のブルーとは、青の間でも様々なことを話した。
いつか青い地球に着いた時には、あれをしようと、これもしようと。
(その手の夢の話だけでも…)
ブルーとの話題は尽きなかったし、其処から広がってもいった。
たとえ一瞬、重い沈黙が降りたとしても…。
(…それで、あいつが泣いちまっても…)
慰める間に、いつの間にやら、次の話題が生まれていた。
前のブルーの寿命の残りが、もう少ないと分かってからも。
青い地球まで行けはしないで、命尽きることを宣告された後にも。
(……俺は、あいつを追って行くって……)
前のブルーに誓いを立てて、それについても交わした話。
後継者にシドを選んだことやら、死ぬための薬を用意していることやら。
(…何もかも、パアになっちまったが…)
前のブルーをメギドで失くして、全ては計画倒れになった。
ブルーが遺した言葉を守って、地球へ行くしかなかったから。
話題さえ生まれて来ない生でも、生きてゆくしかなくなったから。
(そうなっちまった筈なんだがなあ…)
今じゃ話題が山ほどあるぞ、と指を折ってみて、早々にやめた。
チビのブルーとでも尽きない話題は、この先だって、きっと尽きない。
ブルーが大きく育った時には、結婚して一緒に暮らすけれども…。
(話題が尽きても、一瞬だけで…)
次の話題が直ぐに出るんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
愛おしい人と共に生きる時間に、話題が尽きることなどは無い。
「話題が尽きてしまった人生」は、前の自分が生きたから。
あんな辛くて悲しい思いは、今の生では、けしてしないで済むのだから…。
話題が尽きても・了
※ブルー君と話す時には、尽きることが無い話題というもの。ほんの僅かな時間にだって。
けれど前の生で、辛い思いをしたハーレイ先生。話題が尽きない今度の生は幸せですv
「ねえ、ハーレイ…。ちょっと聞きたいんだけど」
かまわないかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、ブルーの部屋で。
ティーセットが乗ったテーブルを挟んで、瞬きをして。
「かまわないが…。勉強のことではなさそうだな?」
今の話題とは全く違うし…、と返したハーレイ。
それにブルーは成績優秀、休日に改めて質問しなくても…。
(自分で答えを見付け出すってな、頑張って)
そうに違いない、と考えていると、ブルーの方も頷いた。
「うん、勉強とは関係無いね。ついでに今の話とも」
全然違う質問なんだよ、と赤い瞳が深みを帯びた。
とても真面目な話なのだ、と言わんばかりに。
前のブルーを思わせるような、深い深い色の瞳の赤。
見詰めていたら、スウッと引き摺りこまれるよう。
遠く遥かな時の彼方へ、其処に浮かんでいた白い船へと。
「あのね、ハーレイ…。勇気は必要だと思う?」
今のぼくにも、とブルーは尋ねた。
すっかりチビになった自分にも、前の自分の頃のように、と。
「勇気って…。例えば、どういうのだ?」
そう返しながら、ハーレイの背筋が冷たくなる。
前のブルーの勇気と聞いたら、不吉なことしか思い出せない。
たった一人で、メギドへと飛んで行ったこと。
白いシャングリラを、ミュウの未来を守り抜くために。
一人きりで飛んで行ってしまって、二度と戻りはしなかった。
あんなにも寂しがりだったのに。
寿命が尽きると知った時には、激しく泣いていたほどなのに。
ハーレイの心を知ってか知らずか、ブルーはケロリと答えた。
「もちろん、前のぼくみたいなの…。ソルジャーとしての」
ミュウの未来を守るためなら、何だって、という返事。
命さえも捨ててしまえるくらいの勇気のこと、と。
(…やっぱり、それか…!)
そんな勇気は御免蒙る、とハーレイは心底、震え上がった。
今のブルーに勇気は要らない。
命を捨ててしまわれたのでは、前と全く変わりはしない。
(今回だって、やりかねないしな…?)
いくら平和な時代とはいえ、宇宙船の事故はたまにある。
旅先などで遭遇した時、今のブルーが…。
(ぼくは後でいい、って他の客たちを救命艇に…)
乗せた挙句に、自分一人が乗り遅れても不思議ではない。
その場に「自分」がいたとしたって、止められるかどうか。
(とんでもないぞ…!)
また俺が一人になるじゃないか、と握った拳。
ブルーに勇気があった場合は、前と同じになりかねない、と。
そう思ったから、ブルーの瞳を正面から見て、こう言った。
「今のお前に、勇気は要らん」
「えっ、どうして? 勇気はあった方がいいでしょ?」
不満そうなブルーに、畳み掛けた。
「要らんと言ったら、要らんのだ。お前の分まで、俺が…」
勇気を持つことにするからな、と宣言する。
それならブルーを守り抜けるし、前のようになることもない。
そうしたら…。
「じゃあ、勇気がある証拠を見せて」
勇気があるならキス出来るでしょ、と言い出したブルー。
「ぼくがチビでも、勇気があったら平気でしょ?」と。
「馬鹿野郎!」
それは勇気と別物だろうが、とブルーの頭に落とした拳。
心配した分、いつもより少し力をこめて。
おしおきの意味もしっかりとこめて、軽く、コツンと…。
勇気が必要・了
(……旅行かあ……)
次に行けるのはいつなんだろう、と小さなブルーが思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ふと思い付いた「旅」という言葉。
他所の土地へと出掛けてゆくこと。
生まれつき身体が弱いせいもあって、あまり旅行はしていない。
(夏休みの旅行は、忘れちゃってたし……)
ホントに綺麗に忘れちゃってた、と肩を竦めて舌を出す。
夏休みがあまりに楽しかったから、旅のことなど忘れていた。
今の学校に入学する前、父と約束していたのに。
「病気をしないで元気でいたなら、夏休みには旅をしよう」と。
初めての宇宙旅行の約束。
宇宙と言っても遠出ではなくて、ソル太陽系の外には出ない。
外へ行くどころか、火星までさえ行かない旅行。
宇宙から地球を眺めるだけの遊覧飛行で、行くのは衛星軌道まで。
(…月にも寄らずに、帰るんだけどね…)
それでも宇宙へ出るというだけで、自分にとっては大旅行。
宙港という場所を知ってはいても、其処から飛んだことは無いから。
空を飛んでゆく旅をする時は、地球の空を飛んだだけ。
離れた地域に住んでいる祖父や祖母の所を、訪ねてゆくために。
(…船の形からして、違うんだよね…)
宇宙船と、地球の空を飛んでゆく船とは。
だから楽しみに待っていたのが、もう過ぎ去った夏休み。
両親と一緒に宇宙へ行こうと、宇宙船から地球を見るのだ、と。
(…だけど、ハーレイと会っちゃって…)
毎日が楽しく過ぎてゆく内に、夏休みは終わってしまっていた。
旅の話さえ出て来ないまま、いつの間にやら。
初めての宇宙の旅をするには、体力は充分、あっただろうに。
惜しいことをした、と少しは思う。
宇宙船にも乗ってみたかったし、宇宙から地球を見てみたかった。
前の自分が焦がれ続けた夢の星だけに、父と約束した頃よりも、ずっと。
(……でも、パパとママに誘われてたら……)
自分はいったい、どうしただろう。
夏休みの前に、「約束していた旅行に行くか」と父が尋ねていたならば。
母も一緒に夕食の後で、旅のパンフレットが広げられたなら。
(……んーと……?)
青い地球と宇宙船が刷られた、それは魅力的なパンフレット。
きっと心が騒ぐけれども、旅に行くなら、この家は留守。
(…どんなに短くても、一泊二日で…)
家を空けるから、その間、自分は此処にはいない。
ハーレイが家を訪ねて来たって、カーテンの閉まった窓があるだけ。
いつもだったら、その窓から大きく手を振るのに。
夏休みの間は、毎朝のように「まだかな?」と外を見ていたのに。
(……旅行に行ったら、ハーレイに会えない……)
二人きりで過ごすお茶の時間も、昼食の時間も消えて無くなる。
なにしろ自分は此処にはいなくて、宇宙だから。
ハーレイと居場所が重ならないまま、衛星軌道を飛んでいるから。
(…それは困るよ…)
やっぱり地球よりハーレイだよね、と直ぐに出る答え。
両親に旅に誘われていたら、迷いもしないで…。
(…行かないよ、って…)
返していたのに違いない。
せっかくハーレイと会えたのだから、ゆっくり地球で過ごしたいと。
前の生の積もる話をしたいし、旅に出るより家の方が、と。
(…三百年以上もあるもんね…)
前の自分とハーレイの記憶。
どんなに話しても尽きはしなくて、次から次へと出てくるのだから。
ハーレイと地球で過ごすと言ったら、両親も納得しただろう。
恋人同士なのだとも知らず、疑いもせずに。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、今の時代も語り継がれる英雄たち。
そういう二人の生まれ変わりだけに、話も山ほどあるのだろう、と。
(…旅行の話は、きっと断っただろうけど…)
それは分かっているのだけれども、そういった旅をするチャンス。
いわゆる旅行に出掛ける機会は、いつになったら来るのだろうか。
夏休みの旅を逃したからには、その埋め合わせに…。
(…春休みとか…?)
今は欠片も見えないけれども、もしかしたら父が言うかもしれない。
「春休みに旅行に行かないか?」と。
ほんの一泊二日の旅なら、春休みでも簡単に行ける。
宙港から宇宙に飛ぶ船に乗って、宇宙から青い地球を見る旅。
(……次の誕生日のプレゼント……)
それにどうだ、と言いそうな父。
美しい青い星を見ながら、宇宙で迎える誕生日。
ソルジャー・ブルーの生まれ変わりの、一人息子には似合いのプレゼント。
うんと豪華なディナーを予約し、最高のテーブルも予約して。
(…ぼくは沢山食べられないから…)
船のシェフには、それも伝えることだろう。
食が細い息子でも食べられるように、軽めのメニューにして欲しい、と。
そして大人の両親用とは、盛り付ける量も変えて欲しいと。
(…ディナーの後には、バースデーケーキ…)
きっと間違いなく付いてくる。
次の誕生日で十五歳だから、蝋燭を十五本立てたのが。
そうして灯りも消されるのだろう、蝋燭の光が映えるようにと。
(レストランのお客さんも、みんな祝福してくれて…)
バースデーソングと拍手の中で、蝋燭の火を吹き消すのだろう。
青く美しい地球が見える席で、胸一杯に空気を吸い込んで、フーッと。
(…蝋燭の火を消すまでは…)
窓の外には、青い地球の姿が、鮮やかに見えるに違いない。
レストランの灯りを落としている分、それまでよりも、ずっと。
(……きっと、ぼく……)
その青い地球を長く見ていたくて、息を吸い込むのは、とてもゆっくり。
うんと時間をかけたいけれども、それでは他の人たちが困る。
(…みんな食事に来てるんだものね?)
だから迷惑にならない程度に、時間をかけて吸い込む息。
それを一気に吐き出したならば、ケーキに灯した蝋燭が消える。
(…十五本分…)
出来れば一度に、見事に消したい。
蝋燭を消したら灯りが点ってしまうけれども、それとこれとは話が別。
バースデーケーキの蝋燭を消すのは、バースデーパーティーのハイライト。
周りのお客さんたちも見ているのだから、其処は絵になる景色が欲しい。
消し損なった一本とかを、フーフーと吹いて消すよりも…。
(フーッて、綺麗に、いっぺんに…)
吹き消してこその、パーティーの主役。
バースデーケーキが出て来るまでは、誰もそれだと知らなくても。
ウエイターがケーキを運んで来るまで、隣のテーブルの人さえ気付いていなくても。
(…灯りが消えたら、みんな気付いて…)
心からお祝いしてくれるのだし、主役に相応しく決めたいもの。
十五本の蝋燭を、いっぺんに消して。
再び灯りがついた時には、青い地球が霞んでしまっても。
(…もともと、そう見えていたんだものね…?)
窓の向こうに浮かんだ地球は、最初からレストランの自慢の風景。
青さが少しばかり減っても、きっと充分に美しい。
そういう地球を眺めながらの、それは素晴らしい誕生日。
バースデーケーキは食べ切れないから、周りの人にもお裾分けして。
「おめでとう」と祝福して貰って。
(……春休みかあ……)
そこで旅行になるのかな、と考える。
誕生日プレゼントは宇宙旅行で、地球を見ながらバースデーケーキ。
(…ちょっといいよね?)
素敵だよね、と弾んだ心。
ソルジャー・ブルーだった頃には、ずっと憧れ続けた地球。
何度も何度も地球を夢見て、幾つもの夢を描いていた。
いつか地球まで辿り着いたら、あれをしようと、これもしようと。
(…その中に、バースデーパーティーは…)
まるで入っていなかった。
青い地球を窓の外に見ながら、食事だの、バースデーケーキだのは。
(…とても素敵なイベントなのに…)
やっぱり誕生日が無かったからかな、と傾げた首。
前の自分は、誕生日を覚えていなかった。
成人検査と残酷な人体実験、それらに記憶を奪い去られて。
(……バースデーパーティーなんか、一度も…)
やっていないし、そのせいで思い付かなかっただろうか。
青い地球まで辿り着いても、誕生日を祝うことは無いだろうから。
(…そうだったのかも…)
とは思うけれども、青い地球を眺めながらの食事。
それにバースデーケーキに灯した蝋燭、吹き消した時の祝福や拍手。
(…他のイベントでも、出来そうなんだよ…)
たとえば結婚記念日とかでも…、と思った所で気が付いた。
結婚記念日を迎える時には、もうハーレイと結婚した後。
二人で地球で暮らしている筈で、地球でやりたいことが山ほど。
誕生日は宇宙へ出てゆく代わりに、必ず地球で迎えただろう。
果てが無いほど長い旅をして、ようやく着いた夢の星なのだから。
その地球を離れて宇宙に出るなど、思い付きさえしないままで。
(…今だと、地球は、近すぎちゃう星で…)
春休みに旅に出るのだったら、ハーレイのことが心配になる。
留守の間に訪ねて来たって、窓のカーテンは閉まったまま。
門扉の脇のチャイムを鳴らしても、母の返事は返りはしない。
(…ハーレイもガッカリするだろうけど…)
ぼくもガッカリしちゃうんだよね、と容易に想像できること。
同じ誕生日を祝うのだったら、ハーレイも一緒のパーティーがいい。
青い地球など見られなくても、豪華なディナーなどは無くても。
(…地球なら、此処にあるんだものね)
近すぎちゃって見えないけれど、と浮かんだ笑み。
ハーレイと二人で、地球に来たから。
宙港から宇宙船に乗ったら、青い地球が必ず見えるのだから…。
近すぎちゃう星・了
※ブルー君が行き損なった、夏休みに青い地球を見る旅。その約束さえも忘れたままで。
次は春休みかもしれませんけど、旅に出るより地球での誕生日。ハーレイ先生も一緒にv
(当分の間は、行けそうにないなあ…)
旅ってヤツには、とハーレイが微かに浮かべた苦笑。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
ふと思いついたのが「旅」という言葉。
旅行とも呼ぶ、娯楽の一種。
当分は、それに行けそうもない。
一ヶ月や二ヶ月なんかではなくて、年単位で。
(どう考えても、二年以上は無理だな…)
行けっこないぞ、と頭に描いたチビの恋人。
十四歳にしかならないブルーは、きっと許してくれないだろう。
「旅に出てくる」と言ったなら。
たとえ一泊二日の旅でも、プンスカ怒るに違いない。
「なんで、ハーレイ、一人で行くの!」と。
「ぼくは一緒に行けやしないのに」と、「一人で好きに遊びたいんだ!」と。
なにしろ、連れては行けないから。
恋人とはいえ、まだまだ内緒の間柄。
隣町に住む自分の両親はともかく、ブルーの両親は何も知らない。
一人息子が恋をしていることも、その恋人が足繁く訪ねて来ることも。
(…それをいいことに、一緒に連れて行けだとか…)
言い出しそうなのがチビのブルーで、そうなった時は断れない。
ブルーの両親は、きっと喜んで許すだろうから。
「ハーレイ先生が一緒だったら、安心だ」と。
身体の弱い一人息子でも、保護者つきの旅なら大丈夫。
そう考えて「どうぞ、よろしくお願いします」と頭を下げるのだろう。
一人息子の魂胆も知らず、「ハーレイ先生との旅」に出してやりたくて。
旅は見聞を広めるチャンスで、世界がグンと広がるもの。
だから「是非に」と、大喜びで。
一人息子の成長を願って、「先生と旅をしてくるといい」と。
けれども、それは出来ない相談。
ブルーの両親が承知したって、肝心の自分が「お断り」。
誰も気付いていないことでも、ブルーは「恋人」なのだから。
前の生から愛していた人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
白いシャングリラでブルーに恋して、ブルーも同じに恋してくれた。
キスを交わして、愛を交わして、共に暮らした長い歳月。
もちろん今も忘れていないし、忘れられよう筈も無い。
どれほどにブルーが美しかったか。
この腕の中に抱き締めた時に、どれほど愛しく思ったのかも。
(いくらあいつがチビになっても、その辺の記憶は…)
少しも薄れちゃいないんだ、と充分にある自覚。
頭から消えてくれない面影。
(……だからだな……)
小さなブルーと、旅は出来ない。
前のブルーと重ねてしまって、道を踏み外すようなことになったら…。
(あいつの両親に顔向け出来んし、第一、俺は自分が許せん)
なんということをしたのだろうかと、自分を責めることだろう。
意志薄弱にも程があるのだし、言い訳などは、とても出来ない。
(…あいつにとっては、うんと都合がいいんだろうが…)
本当の所はどうなんだかな、と考えもする。
小さなブルーは何かと言ったら、「ぼくにキスして」と強請ってばかり。
早く大きくなろうと夢見て、せっせと牛乳を飲んでもいる。
前のブルーと同じ背丈に成長したなら、キスを許して貰えるから。
キスのその先に待っていることも、じきにお許しが出るのだろうと。
(……しかしだ……)
ちゃんと育ったブルーはともかく、チビのブルーは間違いなく子供。
「キスのその先」に待っていることは、今のブルーには早すぎる。
分かっているから、小さなブルーと旅には行けない。
もしも過ちを犯したならば、大変なことになるだろうから。
(…きっとショックで、泣き叫んだ末に…)
ブルーが心に負うだろう傷。
いくら自分が望んだことでも、「思い描いていたもの」とは酷く違ったら。
甘やかな夢が儚く砕けて、惨い現実と入れ替わったら。
(……あいつを旅行に連れてく、ってことは……)
そういうリスクを負うということ。
自制心が利かなくなった時には、小さなブルーを傷付けかねない。
前のブルーと重ねてしまって、そっくり同じに扱った末に。
(…でもって、俺も傷付くからなあ…)
旅は出来んぞ、と最初の所に戻った思考。
小さなブルーが大きくなるまで、旅は封印するしかない。
研修旅行や、柔道部の生徒を連れた旅とか、遠征試合は許されても。
小さなブルーが「仕方ないよね」と、納得してくれるケースだけ。
置き去りにされて、留守番でも。
「ほら、土産だ」と渡した何かを、「ありがとう」と素直に喜ぶ場合。
それ以外の旅は、当分は無理。
小さなブルーが前と全く同じに育って、一緒に旅するようになるまで。
何処へ行くにも、「お前も一緒に来るんだろう?」と、誘えるようになるまでは。
その日は、まだまだずっと先のことで、今の所は見えてさえ来ない。
きっと最初の旅はこれだ、と分かっていても。
二人で出掛ける新婚旅行で、行き先は宇宙なのだ、とも。
チビのブルーは、一度も地球を見ていないから。
宇宙から青い地球を見るのが、二人の新婚旅行だから。
ブルーと二人で旅に出られる時が来るまで、行けない旅行。
出掛けられない、旅というもの。
前は気ままに旅していたのに、すっかり難しくなってしまった。
「おっ、いいな」と心が動くことがあっても、「今は行けん」と諦めてばかり。
ほんの片道半日くらいで、行ける場所でも。
日帰りするには少し遠くて、一泊二日が似合う土地でも。
(一泊二日で行けるトコなら…)
小さなブルーと出会う前には、よく行ったもの。
週末にドライブを兼ねて行くとか、公共の交通機関などで。
(もっと遠くに行きたい時には、夏休みとか…)
長い休みが取れる時に合わせて、旅の予定を組んでいた。
「今度は此処を回ってみよう」と、色々な場所を組み合わせて。
この地球だけでも、長い旅なら、いくらでも出来る。
宇宙船で出掛けてゆく旅だったら、地球を離れて遥か彼方まで。
(…今だったら、行ってみたい所は…)
いったい何処の星だろうな、と考えてみる。
懐かしいアルテメシアだろうか、今の自分は知らないけれど。
前の自分が長く暮らした、雲海の星というだけで。
(…とんと興味も無かった星だが…)
ミュウの時代の始まりの星だ、と歴史の授業で教わる星がアルテメシア。
だから知らない者などいないし、前の自分の名前を刻んだ墓碑がある記念墓地だって。
けれども、記憶が戻る前には、ただそれだけの星だった。
「いつか行こう」と思いもしなくて、「機会があれば」という程度。
近くの星まで行くことがあれば、旅程に組み込むのもいい、と。
「うんと有名な星なんだしな」と、記念墓地などを見学しようと。
そう、入ってはいなかった。
旅したい星のリストには。
長い休みに出掛ける旅行で、「是非とも行きたい場所」の中には。
それを思うと、なんと変わったことだろう。
いつかは行きたい場所の一つに、アルテメシアが入るとは。
歴史で習っただけだった星が、「懐かしい星」になってしまうとは。
(…やっぱり、一度は行きたいよなあ…)
あいつが大きくなった時には、と頭に描いた雲海の星。
青い地球を見る新婚旅行が最初だけれども、ブルーと出掛けてみたい場所。
(まずは新婚旅行なんだが…)
宇宙から青い地球を見んとな、と思った所で気が付いた。
今は「地球の方が」近いのだと。
アルテメシアの方が遠くて、青い星、地球は、足の下にある。
前の生では、前のブルーが焦がれ続けた星だったのに。
ブルーは辿り着けずに終わって、前の自分だけが地球まで行った。
前のブルーの言葉を守って、白いシャングリラの舵を握って。
まるで青くない星とも知らずに、約束の場所へと、ミュウの箱舟を運んで行って。
(…着いたのは、死の星だったんだがな…)
ついでに俺も死んじまったが、と遠い日のことを思い出す。
地球の地の底で命尽きた日、ブルーの許へと魂が空へ飛び立った時。
(…その筈だったが、気付いたら、俺は…)
今のブルーと地球に来ていた。
青く蘇った母なる星に。
旅路の遥か彼方だった星が、今では二人の故郷になった。
(……こうも近すぎる星になると、だ……)
ちょいと有難味が減る気もするな、と傾けたコーヒーのカップ。
今では旅に出るとなったら、「地球から」だから。
アルテメシアの雲海で地球に焦がれる代わりに、「遠いな」と思うアルテメシア。
チビのブルーがうるさい間は、行けないから。
いつか二人で行ける時まで、雲海の星には、旅をしたくても出来ないから…。
近すぎる星・了
※当分は気ままに旅が出来ない、ハーレイ先生。置き去りにされたブルー君が怒るので。
けれど今では、近くなった地球。長い旅路を辿らなくても、足の下に地球。近すぎる星v
「ねえ、ハーレイ。…前のぼくのこと、どう思う?」
いきなり投げ掛けられた問い。
ブルーと過ごす休日の午後に、お茶を飲んでいたら。
テーブルを挟んで向かい合わせで、寛ぎの時間の真っ最中に。
(…前のブルーだと!?)
表情には出さなかったけれども、ハーレイは内心、狼狽えた。
ブルーが「前のぼく」と言ったら、ソルジャー・ブルー。
今も心の奥から消えない、前の生で恋をしていた人。
(……まさか、バレたか!?)
あいつのことを忘れられないのが、と背中に流れた冷たい汗。
チビのブルーには内緒だけれど、書斎の机の引き出しには…。
(あいつの写真集が入れてあるんだ…)
それは『追憶』というタイトルの本。
前のブルーの一番有名な写真が表紙の、後世に出た写真集。
毎晩、机の引き出しを開けて、前のブルーに語り掛ける。
他愛ないことなどを、今も彼が生きているかのように。
今のブルーは、サイオンがまるで使えない。
心を読むことなど出来はしないし、バレる心配は…。
(全く無いと思ってたんだが、いつの間に…!)
これはマズイ、と心臓の鼓動が早くなる。
前のブルーに嫉妬しているのが、チビのブルー。
鏡に映った自分に喧嘩を売る子猫みたいに、目の敵にする。
そんなブルーにバレたとなったら、ただでは済まない。
(…あの写真集を捨てろってか!?)
今のブルーなら、言いかねない。
家に来ることは禁じてあるから、あの本を此処へ…。
(持って来て、目の前で破り捨てろと…?)
そうなった時は、どうすればいいと言うのだろう。
前のブルーも今のブルーも、魂は全く同じだけれど…。
(…だからと言って、前のあいつの写真集を…)
捨てることなど、とても出来ない。
破るなんて、出来る筈もない。
(……どうすりゃいいんだ……)
大ピンチだぞ、と身が縮む思い。
あの写真集を破るとなったら、心まで破れそうだから。
(…前のあいつを、捨てるみたいで…)
それも俺の手で引き裂いて…、と血の涙まで溢れて来そう。
小さなブルーはそれで良くても、大満足で輝く笑顔でも。
(…このハーレイ、一世一代のピンチ…)
なんというヘマをしたのだろうか、と悔いは尽きない。
チビのブルーに、心を読まれたなんて。
未だに忘れられない恋人、その存在を知られたなんて。
(なんてこった…!)
窮地に追い詰められた所へ、チビのブルーが笑いかけた。
「前のぼくって、とても心が強かったよね」と。
「はあ?」
何の話だ、と言いかけて、慌てて取り繕った。
「そうだな、あいつは強かったな」と。
そうしたら…。
「だからね、ぼくも見習うべきだと思うんだよ」
諦めちゃったらダメだもんね、と胸を張ったブルー。
「ハーレイがキスをしてくれるまでは、諦めないよ」と。
「おいおいおい…」
いつもだったら、此処で「馬鹿野郎!」と言うのだけれど。
小さなブルーを叱るのだけれど、窮地を脱したものだから…。
(……たまにはなあ……?)
寝言だと思って聞き流すかな、と浮かべた笑み。
前のブルーを想う気持ちは、バレてはいないようだから。
何も知らないチビのブルーは、自分の気持ちで手一杯。
(よしよしよし…)
そのまま気付いてくれるんじゃないぞ、と今日は広い心。
たまには、こういう日だっていい。
チビのブルーを叱らなくても。
言いたいように言わせておいても、心は痛くならないから…。
陥ったピンチ・了
