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(今日はハーレイに会えなかったよ…)
 ツイてないな、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日も学校に行ったのだけれど、ハーレイには会えずに終わってしまった。
 ハーレイの古典の授業が無い日で、廊下などでも出会えていない。
 仕事の帰りに寄ってくれるかと、何度も窓辺に行ったけれども、見慣れた車は来なかった。
 前のハーレイのマントの色と同じの、濃い緑色をした車は。
(…部活だったのかな、それとも会議が長引いちゃった?)
 どっちなんだろう、と考えてみても答えは出ない。
 もしかしたら、そのどちらでもなくて、食事に出掛けたのかもしれない。
 同僚の先生たちに誘われて、愛車で運転手を引き受けて。
 何処かの店で楽しく食事で、その後は先生たちを順に家まで…。
(車で送って行ったのかもね)
 ついでにドライブしているのかも、と窓のカーテンの方を眺める。
 チビの恋人のことなど忘れて、鼻歌交じりに車を運転しているだろうか。
 「まだ帰るには、少し早いしな?」などと、ハンドルを切って、気ままにドライブ。
(……そうなのかも……)
 だってハーレイは大人だもんね、と思ってしまうと、少し寂しい。
 自分がチビでなかったならば、一緒にドライブ出来たのに。
 何より今頃はとうに二人で、同じ家で暮らしていたのだろうに。
(…神様の意地悪…)
 どうして、今のぼくはチビなの、と涙が溢れそうになる。
 ハーレイよりも二十四歳も年下のチビで、十四歳にしかならない子供。
 そんな子供でなかったのなら、とっくに結婚出来ていた筈。
 今のハーレイと地球で再会して、前の生の記憶が戻って来たら。
 ハーレイも全てを思い出してくれて、「俺のブルーだ」と言ってくれたなら。


(……あんまりだよ……)
 お蔭で今も独りぼっち、と涙が一粒、頬を伝った。
 こうして泣いているのを見たなら、ハーレイも気付いてくれるだろうか。
 「あいつを寂しがらせちゃダメだ」と。
 どんなに仕事が忙しい日でも、せめて通信は入れないと、などと。
(…来られない時は、何か口実…)
 両親が不審がらないように、理由をつけて通信が欲しい。
 ハーレイの声が聞けるだけでも、きっと心が温まるから。
(…でも、パパとママが…)
 やっぱり変に思っちゃうよね、と分かっているから、無理は言えない。
 それでも、ハーレイに「寂しいんだよ」と涙交じりに訴えたなら…。
(仕事の時は仕方なくても、他の先生との食事とかは…)
 断わって帰ることにしよう、と考えてくれるかもしれない。
 ハーレイにとっては「楽しい時間」に、チビの恋人が泣いているのなら。
 こうして夜に独りぼっちで、涙を零していると知ったら。
(泣かれちゃったら、ハーレイも降参しそうだもんね)
 次に会えたら泣いちゃおうかな、とハーレイの姿を思い浮かべた。
 「この前は、とっても寂しかったよ」と泣きじゃくったなら、どうするだろう。
 「俺が悪かった」と詫びてくれるとか、「もうやらない」と誓ってくれるとか。
 誓いを立てるのは無理にしたって、とてもすまなそうな顔をして…。
(絶対、謝ってくれるよね?)
 本当に泣いてやろうかな、と思ったけれども、よく考えたら…。
(楽しくドライブしてるにしたって、そうなったのは…)
 他の先生たちと食事したせいで、そういう付き合いも大切なこと。
 一緒に仕事をしているのだから、シャングリラの仲間のようなもの。
(みんな仲間で、だから食事に誘うんだしね…)
 それを断るのもどうかと思う、と前の生での記憶からも分かる。
 人と人とは、仲がいいのが一番だから。
 たとえ喧嘩になったとしたって、仲がいいのが「仲間」だから。


 そういうことなら、無理は言えない。
 ハーレイの前で涙を零して、「ぼくと会うのを優先してよ」と責めるだなんて。
(……それは反則……)
 泣かれてしまうと、人の心は揺らぐもの。
 「泣き落とし」という言葉があるほど、人間は相手の涙に弱い。
(…ぼくだって、ハーレイに泣かれちゃったら…)
 きっと何でも「うん」と言っちゃう、と容易に想像出来ること。
 あのハーレイが涙を流して、深々と頭を下げて来たなら…。
(…どんなことでも、許しちゃうしか…)
 無さそうだよね、とフウと溜息。
 だから自分が同じ手段を悪用しては駄目だろう。
 家に来てくれないなんて嫌だ、とハーレイに無理を言うなどは。
(…もしも、ハーレイに…)
 出会う前から恋人がいたら、とポンと頭に浮かんだ考え。
 この地球の上で再会するより、もっと前から「今のハーレイ」が好きだった人。
 ハーレイの年から考えてみると、いてもおかしくない恋人。
 婚約どころか、とっくに結婚していたとしても…。
(おかしくないよね、自分の家もあるんだもの)
 おまけに子供部屋まであるし…、とハーレイの家を頭に描いた。
 一度だけしか行っていないけれど、一人暮らしには広すぎる家。
 其処にハーレイの奥さんがいたって、何の不思議も無さそうな家。
 子供部屋にも、持ち主がいても。
 今のハーレイの大事な子供が、其処で元気に暮らしていても。
(……そうなってたら……)
 再会して喜びの涙を流した直後に、ハーレイは泣いていたのだろうか。
 「すまん」と、それは苦しそうな顔で。
 「お前とは一緒に暮らせないんだ」と、「今の俺は、結婚しているから」と。
 愛する女性も子供もいるから、その人たちを大事にしたい、と。


(……そう言われたら……)
 そしてハーレイに泣かれちゃったら、とズキンと心の奥が痛んだ。
 ハーレイの頬を伝う涙は、正真正銘、本物の涙。
 ずるい「泣き落とし」などとは違って、心の底から溢れて来るもの。
 今のハーレイの大切な人を、失うことは出来ないから。
 遠く遥かな時の彼方で愛した人より、今の生で愛して来た人の方が…。
(ずっと大事に決まっているよね?)
 ハーレイが青い地球に生まれて、出会って、心から好きになった人。
 「この人と一緒に生きてゆこう」と、決めて誓って、プロポーズした人。
 恋が叶って結婚したなら、もうハーレイは「その人のもの」。
 もちろん相手にとっても同じで、その人はハーレイのものになる。
 互いに愛して、共に暮らして、やがて可愛い子供も生まれて…。
(すっかり家族になっているのに、そんな所へ、ぼくが来たって…)
 今のハーレイには、どうすることも出来ないだろう。
 誰よりも愛する人がいるのに、その人を捨てることは出来ない。
 その人との間に生まれた子供も、とても見捨ててしまえはしない。
 たとえ記憶が蘇っても。
 前の生で交わした幾つもの誓いを、鮮明に思い出したとしても。
(……そこで自分の奥さんと子供を、捨ててしまえるような人なら……)
 けして愛してはいなかったろう。
 本物の家族が無かった時代に、生まれ育った「前の自分」でも。
 赤ん坊は人工子宮の中から生まれて、養父母が育てていた時代でも。
(…前のぼくたちは、人類とは…)
 違う生き方をしていたのだから、血の繋がらない子供たちでも、大切にした。
 白いシャングリラに迎えた子供は、一人残らず、あの船の仲間の家族たち。
 誰でも進んで面倒を見たし、愛を注いで育てたもの。
 だから本物の家族でなくても、「捨てる」ことなど、誰にも出来ない。
 そうすることが出来るとしたなら、その人は、ミュウの仲間ではなくて…。
(システムに忠実な、人類なんだよ)
 前のハーレイである筈がない、と言い切れる。
 そんな人を愛することなどは無いし、冷たく観察しただけだろう、と。


 ハーレイの生まれ変わりだからこそ、捨てることが出来ない、今の生の家族。
 「前のブルー」より、今の生での妻や子供が遥かに大切。
 分かっているから、ハーレイが涙を流して言うなら、今の自分は頷くしかない。
 「そうだよね」と。
 「その人を大切にしてあげなきゃね」と、ポロポロ涙を零しながら。
 今の生では叶わない恋、その悲しみに心を引き裂かれても。
(…ぼくがハーレイを奪っちゃったら…)
 奥さんも子供も、とても辛い思いをするのだろうし、ハーレイだって辛い筈。
 口では「今の俺にはお前だけだ」と言ってくれても、本当は決して、そうではない。
 いつも何処かで、捨てて来た家族を想い続けて、心の中には…。
(血の色をした涙が流れているんだよ…)
 二つに裂かれた心の傷から、止まることなく。
 今のハーレイの生が終わる時まで、血を流す傷は塞がらないままで。
(……そんなこと、ハーレイにさせられやしないよ……)
 それくらいなら、ぼくが諦めるから、と噛んだ唇。
 ハーレイを一生泣かせるよりかは、最初の涙で諦めるよ、と。
 「すまん」と頭を下げられた時に。
 「今の俺には、家族がいるんだ」と残酷な事実を告げられた時に。
 目の前が暗くなるようだけれど、そこで自分が諦めて去って行かなかったら…。
(ハーレイも辛いし、ぼくだって、きっと…)
 一生、後悔するのだろうから、傷はまだ、浅い方がいい。
 「今のハーレイとは、一緒に暮らせないんだ」と、再会するなり失恋しても。
 今度の生では恋は実らず、涙ながらに暮らすことになっても。
(…だって、ハーレイに泣かれちゃったら…)
 弱いもんね、と溜息をついて、今の幸運に感謝する。
 この地球の上で再会した時、ハーレイに恋人はいなかったから。
 泣きながら「すまん」と言われはしなくて、いつか結婚できるのだから。
(……我儘は言わずに、我慢しなくちゃ……)
 ハーレイに会えないことがあっても、とパチンと軽く叩いた頬っぺた。
 「泣かれちゃったら、ぼくもハーレイも、弱いんだから」と。
 泣きながら我儘は言わずにおこうと、「無理を言ったらいけないよね」と…。

 

           泣かれちゃったら・了


※ハーレイは泣かれたら弱い筈、と考え始めたブルー君。けれど、自分も弱いのです。
 もしもハーレイに奥さんがいても、泣かれてしまったら…。そうならなくて良かったですねv












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(今日は会いに行ってやれなかったなあ…)
 寂しがってなきゃいいんだけどな、とハーレイが思い描いたブルーの顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は学校の教師と教え子、大抵の日なら学校で会える。
 ブルーのクラスで授業をするとか、休み時間に廊下でバッタリ出会うとか。
 けれども、今日は、どちらも無かった。
 おまけに長引いた放課後の会議、学校を出る頃には、すっかり日暮れ。
(あいつの家に寄るには、遅い時間で…)
 仕方なく、自分の家に帰った。
 それから始めた夕食の支度、出来上がったら、ゆっくり食べて…。
(片付けをしてから、新聞を読んで…)
 読み終わったらコーヒーを淹れて、この書斎まで移動して来た。
 その間、小さなブルーのことは…。
(…忘れちまってたとは言わないが…)
 お留守になっていたのは確かで、満喫していた自分の時間。
 出来立ての料理は美味しかったし、新聞を読むのも、コーヒーを淹れるのも…。
(じっくり楽しんでいたってわけで…)
 まるで寂しくなかった自分。
 なにしろ気ままな一人暮らしで、どんな具合に過ごしていようと自由だから。
 とはいえ、その頃、ブルーの方は…。
(絶対、俺のようにはいかんぞ)
 あいつは、まだまだチビなんだから、と容易に想像がつくブルーの姿。
 きっと日暮れまで、何度も窓辺に行ったのだろう。
 見慣れた色の車が来ないか、家の前の道路を見るために。
 「ハーレイが来るといいんだけどな」と、期待に胸を高鳴らせて。
 なのにブルーが待った車は、来ないで終わった。
 どれほどガッカリしたことだろうか、「もう来ないんだ」と分かった時は。


(……うーむ……)
 まさか泣いてはいないんだろうが、と思うけれども、自信は無い。
 今のブルーはチビで泣き虫、赤い瞳は、じきに涙が溢れそうになる。
 真珠みたいな涙の粒が、あとからあとから零れることも。
(…泣かれちまったら、弱いんだよなあ…)
 大抵の無理は聞いちまうよな、と浮かんだ苦笑。
 今の自分は、ブルーの涙に、なんとも弱い。
(泣き落としには、引っ掛からないが…)
 ついでに我儘すぎる注文、「ぼくにキスして」も蹴り飛ばすけれど、それ以外なら…。
(もう降参で、無条件降伏しちまうってな)
 あいつの言いなりになっちまうんだ、と可笑しくもある。
 「キャプテン・ハーレイともあろう者が」と、前の自分と重ねてみて。
 あの頃だったら、そこまで甘くはなかったろうに、と。
(…前の俺でも、前のあいつの涙には…)
 いつもドキリとさせられていたし、無視など出来はしなかった。
 恋人同士になった後はもちろん、そうなるよりも遥かに前の時代から。
 燃えるアルタミラを脱出した直後も、泣きじゃくるブルーを抱き締めていた。
 「今の間に、泣けるだけ泣け」と、小さな背中をさすりながら。
 前のブルーの強いサイオン、それに自分たちは縋り付くことになるだろうから。
 ブルーがどんなに小さかろうとも、きっと頂点に立たざるを得ない。
 そうなったならば、もはやブルーは「泣けない」から。
 誰もに頼りにされる立場は、弱さを見せてはいけないもの。
 ブルーが弱気になってしまえば、それは周りに、たちまち広がる。
 船の仲間の希望も未来も、ブルーの心に引き摺られるように…。
(すっかり萎んで、夢も希望も無くなっちまって…)
 暗い空気に包まれた船に、未来などは無いことだろう。
 だからブルーは「泣いてはいけない」。
 少なくとも、船が落ち着くまでは。
 たとえブルーが泣いていようと、周りがしっかり支えられるようになるまでは。


 前の自分が言った言葉を、前のブルーがどう受け止めたかは分からない。
 改めて訊いてみたこともないし、それに訊くまでもなかったこと。
 ブルーは「泣きはしなかった」から。
 飢え死にの危機に瀕した時さえ、涙を見せたのは前の自分の前でだけ。
(…あいつにしか言わなかったから、ってこともあるんだろうが…)
 船の食料が尽きてしまう、という残酷な事実。
 仲間たちにはとても言えずに、前の自分が一人きりで抱え込んでいた。
 残った食料の量を調べては、もうすぐ終わりが来てしまうのだ、と。
 アルタミラから逃れて自由になれた旅路も、何処へも辿り付けずに終わる、と。
(…それをあいつに…)
 つい、打ち明けてしまった自分。
 誰よりも心を許していたから、ブルーの幼さを思いもしないで…。
(言っちまったんだよなあ、本当のことを)
 そうしたところで、どうなるものでもなかったろうに。
 いくらブルーが強いサイオンを持っていようと、魔法使いとは違うのだから。
 「食料が残り少ないんだ」と言ってみたって、ポンと食料を出すことは出来ない。
 料理がドッサリ並んだテーブル、それを魔法で出すことだって。
(…何を思っていたんだか、俺は…)
 追い詰められていたんだろうな、としか思えないけれど、それを打ち明けられたブルーは…。
(みんな死んじゃう、って…)
 瞳から涙をポロポロ零して、「嫌だ」と首を左右に振った。
 船の食料が尽きる時には、誰もがブルーに「食べろ」と譲ってくるのだろう、と。
 ただ一人だけの「子供」だから。
 そう見えるだけで実は年上でも、心も身体も「まるで成長していない」子供。
 だから最後の食料を譲り、笑顔で「子供は食べないと」と。
 皆がそうして譲った結果は、前のブルーが、あの船で、たった一人だけ…。
(生き延びちまって、皆の最期を看取った後で…)
 死んでゆくことになるのだから、と前のブルーは泣きじゃくった。
 「そんなの嫌だ」と、「ハーレイだって、死んじゃうんだから」と。


(しかし、あいつは…)
 泣くだけで終わりやしなかった、と覚えている前のブルーの強さ。
 食料は無事に手に入った。
 前のブルーが、生身で宇宙を駆けて行って。
 「みんなが飢えて死ぬくらいなら」と、人類の輸送船から奪って来て。
(…それからは、前のあいつが奪って…)
 船に持ち帰って来た食料を、前の自分が料理していた。
 ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、キャベツだらけのキャベツ地獄を乗り切って。
 せっかくブルーが奪ったのだから、「文句を言うなよ」と皆を睨んで。
(自給自足の船になっても、前のあいつは…)
 やはり涙を見せはしなくて、仲間たちの前で泣くのは、誰もが泣いていた時だけ。
 ミュウの子供を救出できずに、幼い命が失われた時。
 苦楽を共にして来た仲間が、病に倒れて逝ってしまった時。
(…そういった時は、あいつも泣いていたんだが…)
 それ以外では、前の自分の前でくらいしか、ブルーは泣きはしなかった。
 けれど、その分、流す涙は深い悲しみに彩られたもの。
 とても見過ごすことなど出来ない、前のブルーが流した涙。
(…それだけに、俺も弱かったんだ…)
 泣かれちまったら、ただ抱き締めてやることしか…、と思い出す遥かな時の彼方。
 前のブルーが泣いた時には、殆ど、それしか出来なかった。
 ブルーの心を覆う悲しみ、それを拭うための手段を持たなかったから。
 皆の前では泣かないブルーが、涙を流す時といったら…。
(…ミュウの未来を思った時とか、地球の座標が掴めないこととか…)
 どれも「ただのキャプテン」だった自分には、どうしようもないことばかり。
 最強のサイオンを誇るブルーにも出来ないことなど、前の自分に出来るわけもない。
(……そうして、前のあいつの寿命が……)
 尽きてしまうと分かった時にも、やはり手立ては何も無かった。
 ただ泣きじゃくるブルーを抱き締め、共に泣くしかなかった自分。
 「私も一緒に行きますから」と。
 けして一人きりで逝かせはしないと、必ず後を追ってゆくから、と。


 そう誓ったのに、前の自分は約束を守れないで終わった。
 前のブルーが、そう望んだから。
 「頼むよ、ハーレイ」と後を託して、メギドへと飛んで行ったから。
(…そうやって飛んだ先で、あいつは…)
 独りぼっちで泣きじゃくりながら、最期を迎えたのだと聞いた。
 今の小さなブルーから。
 右手に持っていた筈の温もり、それを失くして、深い悲しみと絶望の中で。
 「ハーレイとの絆が切れてしまった」と、「二度と会えない」と。
(…それもあるから、余計だな…)
 泣かれちまったら降参なんだ、と今のブルーの涙を思う。
 瞳にじわりと滲んで来たなら、たちまち慌て出すのが自分。
 ブルーの涙を止めたくて。
 ポロポロと零れ出そうものなら、少しでも早く泣き止んで欲しくて。
(泣き落としと我儘は、お断りだが…)
 そうでない涙は、なんとしてでも止めてやりたい。
 抱き締めることしか出来なかった前の自分とは、違うから。
 今の自分は、ブルーの涙を止めてやることが出来るから。
(…俺に出来ることなら、何でもするさ)
 泣かれちまったら弱いんだしな、とコーヒーのカップを傾ける。
 また巡り会えたブルーのためなら、きっと、なんだって出来るから。
 そうすることが出来る世界に、ブルーと二人で来たのだから…。

 

        泣かれちまったら・了


※ブルー君の涙に弱いハーレイ。前のブルーの時からですけど、今は余計に弱いかも。
 けれど今では、ブルーの涙を止めてやることが出来るんですから、泣かれたら無条件降伏v












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「ねえ、ハーレイ。美味しいものって好き?」
 どうなのかな、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「美味しいもの?」
 なんだそれは、とハーレイは鸚鵡返しに聞き返した。
 いきなり「美味しいもの」と言われても、何を指すのか。
(今、食っているケーキは美味いし、飯だって…)
 ブルーの母は料理上手で、何を作らせても美味しい。
 夕食のメニューのリクエストにしても、この聞き方では…。
(…答えに困るな、いったい何が言いたいんだか…)
 だから尋ねる他には無かった。
 あまりにも芸が無いのだけれども、「なんだそれは?」と。


「美味しいものだよ、ハーレイは好き?」
 ブルーは同じ問いを繰り返した。
 赤い瞳を瞬かせながら、好奇心一杯の表情で。
「おいおいおい…。それは晩飯のリクエストなのか?」
 俺の答えで変わるのか、とハーレイは質問の仕方を変えた。
 これなら真意が掴めるだろう、と問いたいことを噛み砕いて。
「…リクエストって?」
 今度はブルーがキョトンとした。
 「どうしてそういうことになるの」と、「晩御飯って?」と。
「違うのか…。いや、美味いものだなんて言うもんだから…」
 メニューが変わってくるのかと思った、と苦笑いする。
 「俺が好きだと答えた場合と、そうでないのとで」と。
「ああ、そういうのもアリかもね!」
 今日はそうではないんだけれど、とブルーも笑った。
 機会があったら、それもいいね、と。


 料理上手なブルーの母。
 手際もいいから、夕食のメニューを急に決めても対応できる。
 いつか、そういうのもいいね、とブルーは微笑む。
 「ハーレイのリクエストに合わせて、作って貰うのも」と。
「それは厚かましすぎないか? で、それはそれとして…」
 実際の所はどうなんだ、とハーレイは話を元に戻した。
 「美味しいものが好きかどうかで、どう変わるんだ?」と。
「えっとね…。ちょっと聞きたかっただけ」
 それだけだよ、とブルーは愛らしく小首を傾げた。
 「美味しいものって、やっぱり好きなの?」と。
「そりゃまあ、なあ…。好き嫌いとは違うしな?」
 同じ食うなら、断然、美味いものだよな、とハーレイは頷く。
 前の生での過酷な体験のせいか、好き嫌いの類は全く無い。
 けれども、味とは別の次元の話で、美味しいものは美味しい。
 其処はブルーも同じなのだし、何を今更、と。


「お前だって、不味いものより、美味いものだろ?」
 ケーキにしたって、飯にしたって…、とブルーを見詰めた。
 「第一、俺も料理をするんだ」と、失敗作は不味いしな、と。
「そうだよねえ…。それじゃ聞くけど…」
 美味しいものが好きなら、これは、と自分を指差したブルー。
 「此処に美味しいものがあるけど」と。
 「ぼくを見ていて、欲しくならない?」と、笑みを浮かべて。
(……そう来たか……)
 誰がその手に乗るもんか、とハーレイは鼻を鳴らしてやった。
「美味いって、今のお前がか? …馬鹿々々しい」
 もっと育ってから言うんだな、とチビのブルーを突き放す。
 「お前は、不味い」と。
 「まだまだ熟していないからな」と、「口が曲がる」と。
 ブルーは膨れているのだけれども、容赦なく。
 「不味くて食えたもんではないな」と、「口に合わん」と…。




          美味しいものって・了











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(ハーレイ、来てくれなかったよね…)
 今日はハズレ、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 仕事帰りに来てくれるのを待っていたのに、姿を見せなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
 こんな日の夜は寂しい気持ちに包まれる。
 「会いたかったよ」と、「ハーレイと過ごしたかったんだよ」と。
 白いシャングリラで生きた頃には、会えない日などは無かったのに。
 どんなにハーレイが多忙だろうと、何処かで時間が取れたのに。
(恋人同士なことは秘密でも、ソルジャーとキャプテンだったから…)
 シャングリラの頂点に立っている二人が、会わずに終わる日などは無かった。
 船を預かるキャプテン・ハーレイ、彼からソルジャーへの報告は大切。
 一日の打ち合わせなどを兼ねての朝食の時間、それは必ず取られていた。
 ハーレイが青の間まで訪ねて来て、ソルジャーと共に食べる朝食。
(キャプテンの仕事なんだと思われてたけど…)
 実のところは、お互い、大いに楽しんでいた。
 ソルジャーとキャプテンの貌であっても、二人きりでの食事だから。
 給仕をする係の者はいたけれど、それでも互いの顔を見られて…。
(話も出来たし、うんと幸せで…)
 この上もない至福の時だった、あの朝食。
 それさえ、今では叶わない。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、隣同士ではないのだから。
 せめて隣に住んでいたなら、いくら守り役と教え子でも…。
(たまには、一緒に朝御飯だって…)
 食べられたのに、と思うけれども、現実の方はこの通り。
 ハーレイが仕事帰りに寄らなかったら、こうして溜息をつくばかり。
 「会いたかったよ」と、恋人の姿を思い浮かべて。


 なんとも寂しい、こういう夜。
 前の生でも一人の夜はあったけれども、朝が来たなら、朝食の時間で…。
(ちゃんとハーレイが来てくれて…)
 幸せな時間を持てたのだから、今ほど寂しくはなかったと思う。
 あの頃の自分は、充分、寂しかったのだけど。
 「どうして今夜は会えないんだろう」と、ハーレイの居場所を思念で探って…。
(忙しいんだから仕方ない、って…)
 無理やり自分を納得させては、ベッドで一人きりで眠った。
 「明日の朝には会えるんだから」と、呪文のように心で繰り返しながら。
 ハーレイは、それを裏切ることなく、次の朝には訪ねて来てくれて…。
(昨夜はすみませんでした、って…)
 食事の係に聞こえないよう、ちゃんと謝ってくれていた。
 ハーレイが謝ることではないのに、多忙だったことを気真面目に詫びて。
(だけど今だと、お詫びも無しで…)
 放っておかれて、それでおしまい。
 次にハーレイに会った時には、今日のことなど詫びてもくれない。
 どうして寄ることが出来なかったか、その理由さえも話しはしない。
 来られない日が長く続けば、流石に言ってくれるのだけど。
(会議があったか、柔道部なのか、それとも他の先生たちと…)
 楽しい食事に出掛けて行ったか、それさえも分からないのが今。
 おまけに思念で探りたくても、今の自分のサイオンは…。
(うんと不器用になっちゃって…)
 思念波さえもろくに紡げないから、ハーレイの行方は分かりはしない。
 だから余計に寂しくなる。
 「どうしちゃったの?」と、ハーレイの様子が知りたくて。
 チビの恋人など忘れてしまっていたっていいから、せめて今、何をしているか。
 姿が見えれば、気配が分かれば、寂しさが少し和らぐのに。
 ハーレイの「今」を見られさえすれば、それで充分、満足なのに。


(……だけど、無理……)
 今の自分には出来ない芸当、どうにもならない寂しい時間。
 どんなにハーレイを想っていたって、思念さえも届けられないから。
 「大好きだよ」と囁きたくても、サイオンが不器用すぎるから。
(……あーあ……)
 どうしてこうなっちゃったんだろう、とフウと大きく息を吐き出す。
 今のハーレイと出会う前には、こんな夜など無かったのに。
 夜になったら、読んでいた本をパタンと閉じて…。
(ベッドにもぐって、灯りを消して…)
 次の日に備えて眠っていた。
 弱い身体が、病気を連れて来ないよう。
 睡眠不足になってしまうと、どうしても弱るものだから。
(本を読んだら、気は紛れるけど…)
 それでも、ハーレイの顔がちらつく。
 ふとしたはずみに、思い出して。
 「今日はハーレイ、来なかったよね」と、悲しい現実に捕まって。
(……じゃあ、ハーレイがいけないのかな?)
 会ってなかったら違ったのかな、と考えてみる。
 聖痕のお蔭で巡り会えたけれども、それが未だに無かったならば、と。
(…ぼくはハーレイを知らないわけだし…)
 夜に気になる人がいるなら、ハーレイと出会う前みたいに…。
(何か約束した友達とか、お休みの日に遊びたい友達…)
 そうした人物が気にかかるだけで、溜息が零れることなどは無い。
 友達と喧嘩なんかはしないし、約束したなら、約束は必ず果たされる。
 遊びに行きたい友達だって、同じこと。
 「次の休みに遊びたいな」と誘ってみたなら、快く承知してくれる。
 もしも都合が悪いのだったら、「別の日に」などと。
 溜息を零す必要はなくて、ただワクワクとしてくるだけ。
 友達のことを、考えたって。
 夜に姿が頭に浮かんで、あれこれと思い巡らせたって。


 つまり、ハーレイが「いけない」らしい。
 ハーレイに出会っていなかったならば、寂しい気持ちにはならない夜。
 本を読んだり、友達のことを考えたりと、穏やかな時間を過ごせるだけで。
(……そうなっていたら、どうだったのかな?)
 ぼくの人生、と想像してみることにした。
 「ハーレイに出会っていなかったなら」と、この先のことを。
 どういう具合に時が流れて、どんな風に生きて行けるのだろう、と。
(…ハーレイがいないなら、恋も無いよね?)
 まだ小さいから、と自分の年を振り返ってみる。
 前の生での記憶のせいで、ハーレイに恋をしているけれど…。
(十四歳にしかならない子供なんだし、ちょっと早すぎ…)
 恋をするには、と自分でも一応、自覚はあった。
 前の生でも、前のハーレイと出会った頃には、チビだった自分。
 成人検査を受けた時のまま、成長を止めてしまっていたから。
(心も身体も育っていなくて、年はともかく、うんと子供で…)
 ハーレイたちが「前の自分」を育ててくれた。
 「しっかり食えよ」と食事を摂らせて、運動なんかもさせたりして。
(あの頃のぼくは、もうハーレイに恋をしてた、って分かるけど…)
 それは後になって気付いたことで、当時の自分は気付いていない。
 ただハーレイに纏わりついては、慕っていたというだけのこと。
 つまり恋には早すぎた。
 当然、今の自分にとっても、恋をするには早すぎる年が今の年齢。
(恋には早いし、友達と遊んで、勉強もして…)
 その内に上の学校に行って、そこで出会うかもしれない「誰か」。
 ハーレイとは別の恋のお相手、その人は、きっと…。
(女の子だよね?)
 男じゃなくて、と大きく頷く。
 前の自分の記憶が無ければ、男性には惹かれないのでは、と思うから。
 ソルジャー・ブルーだった頃でも、ハーレイしか見えていなかったから。


(…ハーレイでなければ、ぼくの恋人、男でなくても…)
 いいと思うし、実際、幼稚園の頃には、親指姫を探していた。
 母が育てたチューリップの蕾を、片っ端からこじ開けて。
 中に親指姫がいないか、小さな胸を高鳴らせて。
(親指姫を探すってことは、お姫様を見付けたかったんだから…)
 いつか出会うだろう恋の相手も、女性だろうという気がする。
 運命の相手に巡り会えたら、何度もデートを繰り返して…。
(プロポーズをして、結婚式…)
 そしたら誰かが嘆くのかな、と可笑しくなった。
 今の時代は「ソルジャー・ブルー」は、お伽話の王子様。
 ミュウの時代の始まりを作った、大英雄でもあるのだけれども、憧れの王子様でもある。
 写真集が人気で、何種類も売られているほどに。
 その王子様と瓜二つなのが、大きく成長した時の自分。
 ときめく女性は多いだろうし、恋の相手になれなかった人は、嘆きそう。
 「どうして私じゃないのかしら」と、結婚すると耳にした時に。
 選んで貰えなかったことを嘆いて、「どうしてなのよ」と。
(…ちょっぴり申し訳ないんだけれど…)
 結婚相手は一人だけだし、恋の相手も一人だよね、と顎に当てた手。
 前の生でも、ハーレイ以外は目にも入っていなかったのだし、今度も同じ。
 そういう自分が恋をするなら、ハーレイでなくても、きっと一直線。
 「好きだ」と思う人が出来たら、その人しか目には入らない。
 周りを見たなら、もっと綺麗な人がいたって。
 誰が見たって「あの人の方が…」と思うくらいに、素晴らしい美女に片想いされたって。
(…だって、そうだもんね?)
 前のハーレイだって、そうだったものね、とクスッと笑った。
 白いシャングリラで人気を博した、薔薇の花びらで作られたジャム。
 欲しい人は抽選のクジを引くのだけれども、ハーレイだけは例外だった。
(キャプテンに薔薇のジャムは似合わないから、って…)
 クジの入った箱は素通り、ついに引けないままだった。
 ブリッジに箱が来ていた時には、ゼルだって引いていたというのに。


 今の生でも恋をするなら、お相手は、たった一人だけ。
 外見などにはこだわらなくて、どんなに周りが呆れようとも…。
(この人だ、って思った相手に恋をするよね)
 女の子だけど…、と考えたところで我に返った。
 その「女の子」を選んでいるつもりで、ハーレイを思っていた自分。
 白いシャングリラの頃の記憶を、わざわざ引っ張り出してまで。
(…ハーレイでなくちゃ、ダメみたい…)
 いくら寂しい思いをしても、と零れる溜息。
 無意識の内に「ハーレイ」と比較するほどだから。
 「ハーレイと出会わない人生」を想像したって、ハーレイが出て来るのだから。
(……やっぱり、君でなければダメだよ……)
 だから放っておかないでよね、と心でハーレイに呼び掛ける。
 寂しい思いは、したくないから。
 一人きりになってしまった夜には、寂しくてたまらないのだから…。

 

          君でなければ・了


※ハーレイ先生に出会わない人生を想像してみたブルー君。どんな人と恋をするのだろう、と。
 けれど比べてしまっていた相手は、ハーレイ。無意識でも惹かれてしまうのですv












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(……恋人か……)
 恋人と言ったらブルーなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(まだまだチビで、十四歳にしかならない子供で…)
 とても世間では通らないから、まだ両親にしか打ち明けていない。
 恋人がいることも、女性ではないということも。
(おふくろも親父も、うんと喜んでくれたんだがなあ…)
 ブルーの両親はどうだろうか、と考え始めると前途は多難。
 大事な一人息子のブルーが、よりにもよって男と結婚するなんて。
 しかも相手は長い年月、信頼していた「守り役」のハーレイ。
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりの、小さなブルー。
 聖痕を持って生まれたブルーが、二度と聖痕に見舞われないようにと…。
(俺が守り役になっているわけで…)
 キャプテン・ハーレイの生まれ変わりとして、ブルーの両親にも望まれた守り役。
 安心して息子を預けていたのに、なんとキャプテン・ハーレイは…。
(前の生では、ソルジャー・ブルーの恋人で…)
 誰も知らなかったというだけなんだ、とフウと溜息。
 その辺の事情を説明したって、ブルーの両親は悔やむかもしれない。
 「どうして息子に、こんな男を近付けたのか」と。
 もしも守り役にしなかったならば、ブルーが記憶を取り戻していても…。
(今の人生ってヤツに引っ張られて、俺のことは、だ…)
 それほど強くは気に留めないで、忘れた可能性もある。
 最初の間は「恋人」と意識していても。
 「ハーレイのことが好きだったんだ」と、魂は確かに覚えていても。
(…こればっかりは、分からんからなあ…)
 他に好きな子が出来ちまったら、それっきりかも、という気もする。
 逢瀬を重ねていなかったなら。
 今のようにブルーの家に通って行っては、語らう時間が無かったならば。


 充分に有り得た、その可能性。
 今となっては起こり得ないけれど、あったかもしれない「もしも」というもの。
(…あいつの両親が、悔やまないことを祈るしか…)
 ないんだよな、と仰ぐ天井。
 いつかブルーにプロポーズしたら、待ち受けているだろう高いハードル。
 ブルーの両親に何と言うのか、どうお許しを貰うのか。
(塩を撒かれて、叩き出されても…)
 無理は無いのだし、そういう覚悟もしてはいる。
 お許しが出るまで毎日通って、土下座を繰り返すこともあるかも、と。
(それでも、あいつを好きな気持ちは変えられないから…)
 たとえ何年かかったとしても、高いハードルを乗り越える。
 ブルーの両親の許しを貰って、結婚式を挙げなければ。
(……あいつは、駆け落ちを希望しそうだが……)
 きっと言うぞ、と確信に近いものはあっても、してはならないものが駆け落ち。
 それでは、自分とブルーは良くても…。
(俺の両親も、ブルーの両親も…)
 悲しむことが分かっているから、その選択は避けなければ。
 どんなにブルーが望もうと。
 「逃げて来たよ」と荷物を抱えて、駆け落ちしようと促しに来ても。
(…それだけは、やっちゃ駄目なんだ…)
 今度こそ幸せになるんだからな、と決意は固い。
 前の生では許されなかった、愛おしい人と結婚すること。
 それが叶うのが今の人生、おまけに青い地球に生まれて出来る結婚。
(神様の粋なはからいってヤツを…)
 無駄にするなど、とんでもない、と思っているから、努力あるのみ。
 ブルーの両親が反対しようと、それは激しくなじられようと。
 「よくも息子を」と塩を撒かれて、毎日、門前払いだろうと。


(……前途多難ではあるんだが……)
 ゴールを思えば楽なもんさ、と思うと鼻歌を歌いたい気分にもなる。
 「認めて貰えない日々」を乗り越えた先は、前の生では叶わなかった結婚式。
 ブルーと結婚指輪を交わして、それからはずっと二人で暮らせる。
 誰にも後ろ指をさされることなく、堂々と。
 何処に行くにも二人一緒で、あちこち旅行にも出掛けて行って。
(…あいつを嫁に貰ったら…)
 やるべきことは山ほどあるぞ、とブルーと作ったリストを思う。
 前の生から夢見たことやら、今の生で新しく出来た夢やら。
 「結婚したら」と約束したこと、それを綴った二人で叶える夢たちのリスト。
 端から叶えていくにしたって、いったい何年かかることやら。
(その上、これからも増えていくんだ)
 結婚するまでの日々にはもちろん、結婚した後も夢たちは増えてゆくだろう。
 前の生と違って、今度は希望に満ちているから。
 ミュウの未来の心配も無くて、ブルーは自由なのだから。
(俺も今度は、シャングリラなんぞは背負っていないし…)
 晴れて自由の身になったしな、と見回す書斎。
 今の自分はただの教師で、重い責任などは何処にも無い。
 ブルーも同じで、メギドに向かう少し前に口にしていた通りに…。
(…ただのブルーだ)
 だから何でも出来るんだよな、と嬉しくなる。
 結婚したってかまわないのだし、何処に出掛けてゆくのも自由。
 もっとも、いくら自由と言っても…。
(…俺を忘れて、他の誰かと行っちまうのは…)
 勘弁願いたいものなんだがな、と苦笑する。
 さっき考えた「もしも」があったら、ブルーは行ってしまうから。
 いくら「ハーレイ」を覚えていたって、「じゃあね」と新しい恋人と。


 御免蒙りたい、ブルーに「新しい恋人」が出来ること。
 今となっては有り得ないけれど、起こり得たかもしれない「それ」。
 そうなっていたら、どれほどショックだっただろう。
 ブルーはいるのに、目の前から消えてしまったら。
 他の誰かを選んでしまって、「じゃあね」と去って行ったなら。
(いくら告白していなくても…)
 今の生ではプロポーズをしていないとしても、ブルーがいなくなったなら…。
(……呆然自失で……)
 頭の中は、きっと真っ白になるだろう。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人。
 生まれ変わってまた巡り会えた、ブルーが行ってしまうのだから。
 自分以外の誰かを見付けて、その人と恋を育んで。
 その人と共に生きてゆこうと、結婚式を挙げて、指輪を交わして。
(…どうして俺じゃなかったんだ、と…)
 涙に暮れても、どうすることも出来ない現実。
 今のブルーが生きてゆくのは、「今のブルー」の人生だから。
 前の生の記憶を持っていたって、それは単なる「アクセサリー」。
 多分、人生のスパイスの一つ、味付けが珍しいというだけ。
 前世の記憶を持つ人間は、恐らく、滅多にいないから。
 おまけに今のブルーの場合は、とびきり素晴らしい前世。
 誰もが憧れを抱く大英雄、「ソルジャー・ブルー」なのだから。
(…新しい恋人にも、きっと話して…)
 大感激で話を聞いて貰って、それは幸せなカップルになる。
 その人に聞かせる話の中では、「キャプテン・ハーレイ」は、単なるブルーの右腕で。
 かつて恋人だったことなど、匂わせることもないままで。
(それを言ったら、大切な恋が台無しだしな?)
 時の彼方でも浮気は浮気、と零れる溜息。
 そうして「ハーレイ」は忘れられると、今のブルーは去ってゆくのだ、と。


(……まあ、実際には起きやしないんだがな)
 あいつは俺にベタ惚れだから、とブルーの顔を思い浮かべる。
 何かと言ったら「ぼくにキスして」と強請ってばかりの、我儘なブルー。
 前のブルーと同じ背丈にならない間は、キスはしないと言ったのに。
 唇へのキスは禁じてあるのに、あの手この手で欲しがるブルー。
(あれが厄介なんだがなあ…)
 それでも去って行かれるよりは、と微笑ましくさえ思える今。
 「もしも」と考えた未来の先には、「恋人のブルー」がいなかったから。
 他の誰かに恋してしまって、「じゃあね」と去って行ったから。
(…本当に、それだけは勘弁なんだ…)
 ブルーの両親が激怒しようが反対しようが、それくらいは全く堪えはしない。
 お許しが出るまで通い続けて、ひたすら頭を下げ続けるだけ。
 努力が報われる時さえ来たなら、ブルーと結婚出来るから。
 前の生から二人で描いた、幾つもの夢も叶えられるから。
 けれど、ブルーが去ってしまったら、自分は一人で放り出される。
 せっかく青い地球に来たのに、愛おしい人を失って。
 それも死神が連れ去る代わりに、他の誰かが攫って行って。
(だからと言って、俺も新しい恋をするなんて…)
 とても無理だ、と自分でも分かる。
 ブルーに出会ってしまったからには、「他の誰か」は有り得ないと。
 今のブルーが去って行っても、心にぽっかり穴が開くだけで…。
(そいつを埋められる人間なんかは…)
 いやしないんだ、と分かっているから、心の中で呟いた。
(俺は、お前でなければ駄目だ)
 他の誰かじゃ駄目なんだからな、と愛おしい人に呼び掛ける。
 昔も今も、「お前だけだ」と。
 お前でなければ欲しくなどないと、「好きなのは、お前だけなんだ」と…。

 

         お前でなければ・了


※ブルー君が新しい恋をしていたら、と考えてしまったハーレイ先生。可能性はあった筈。
 もしもそうなったら、心に空いてしまう穴。ブルー君以外は考えられないのですv











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