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(寝ている間に、小人がだな…)
 色々なことをやってくれるって話があるんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(生憎と俺は、小人の手助けが必要なほどには…)
 仕事を溜め込みはしないんだがな、と苦笑しながら、机の上を眺め回した。
 「片付けの必要も無さそうだぞ」と。
 ブルーに貰った白い羽根ペン、夏休みにブルーと一緒に写した写真。
 本なども置いてあるのだけれども、雑然としてはいない其処。
 たとえ小人がやって来たって、片付けて貰う物などは無い。
 書斎に並んだ本にしたって、整理してあるものだから…。
(小人の用事は、何も無いなあ…)
 他の部屋でも同じことだな、と考えてみるリビングやダイニング。
 それにキッチン、何処にも小人の出番などは無い。
 家事も雑事も、日頃からマメにやっているものだから。
(…こんな家には、小人なんかは…)
 来てくれないな、と改めて見渡していたら、ポンと頭に浮かんだこと。
 「あいつだったら?」と。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋をした人。
 今ではチビに生まれ変わって、同じ町に住んでいるのだけれど…。
(…前のあいつが、生まれ変わって来る代わりにだな…)
 小人になって現れたなら、と思い付いた「もしも」。
 再会出来ることは間違いないから、そういう出会いもアリかもしれない。
 神様の粋な計らいなのか、遊び心かは知らないけれど。
(……小人の、あいつなあ……)
 そいつも、ちょいといいかもしれん、と顎に当てた手。
 前のブルーは、強大なサイオンを誇っていたから、小さな小人になったって…。
(充分、手伝いが出来そうじゃないか)
 サイオンでやればいいんだからな、と考える。
 「小人のブルーが、俺の目の前に現れるってのも、素敵じゃないか」と。


 手伝いをしてくれる小人というのは、本来、姿を見せないもの。
 家の持ち主が眠っている間に、様々なことを手伝ってくれて、姿を消す。
 だから、手伝って貰った人間の方は、目が覚めてから…。
(昨夜は有難うございました、と…)
 お礼の品物を置いておくわけで、それも知らない間に消える。
 小人はコッソリ持って帰って、姿を見せたりしないから。
(…しかし、あいつが小人になるなら…)
 神様が巡り会わせてくれるわけだし、事情は全く違ってくる。
 小人のブルーは、最初から姿を見せるのだろう。
 ある日、いきなり、この書斎にでも。
 懐かしい声で、「ハーレイ?」と呼び掛けて。
 「ただいま」と、「ちゃんと帰って来たよ」と。
(…途端に、俺の記憶も戻って…)
 小人の正体も、時の彼方で恋をしたことも、何もかも思い出すのだろう。
 「俺のブルーが帰って来た」と。
 とても小さくなったけれども、「俺のブルーだ」と。
(小人だからなあ…)
 今のあいつどころじゃないチビだよな、と鳶色の瞳を瞬かせる。
 小人になってしまったブルーは、どのくらいのサイズなのだろう、と。
(俺の手のひらに乗るくらいなのか、もっと小さいか…)
 親指サイズじゃ小さすぎだぞ、と思いはしても、そう大きくもなさそうなブルー。
 なんと言っても小人なのだし、やはり親指くらいだろうか。
(…俺の親指サイズなら…)
 こんなものか、と右手を軽く開いて、「よし」と大きく頷いた。
 親指サイズのブルーだったら、手のひらに丁度いい具合。
 チョコンと座らせてやるにしたって、乗っけて移動するにしたって。
(うん、そのくらいのブルーってことで…)
 考えてみるか、と想像の翼を広げてゆく。
 小人になってしまったブルーと、どんな暮らしが始まるか。
 どういう日々が待っているのか、この思い付きを追ってみよう、と。


(…あいつのことだし、小人になって現れたって…)
 メギドで何が起こったのかは、きっと話しはしないだろう。
 「もういいだろう?」と、「ぼくは帰って来たんだから」と言うだけで。
 何もかも自分の胸に隠して、ニッコリ笑うに違いない。
 「ぼくは充分、幸せだから」と。
 「ちゃんとハーレイに会えたんだから」と、「それに地球にも来られたしね」と。
(…そう言われたら、俺も聞くわけにはいかないし…)
 メギドのことは、それっきり。
 「また会えたのだし、それだけでいい」と。
(でもって、あいつの寿命もだな…)
 小人の姿になった時点で、新しく貰った命なのだし、尽きたりはしない。
 前のブルーの姿のままでも、「ハーレイ」と一緒に生きてゆける命。
 先に燃え尽きてしまいはしないで、「ハーレイ」の命が終わる時まで。
(…ちと、小さすぎて…)
 キスをするのも難しいんだが、と思うけれども、それでも嬉しい。
 ブルーが戻って来たのだから。
 今度こそ一緒に生きてゆけるし、住んでいる場所も、青く蘇った地球の上。
 時の彼方で前のブルーと描いた幾つもの夢を、二人で叶えてゆくことが出来る。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、青い水の星に託した夢を。
(…なんたって、此処は地球なんだしな?)
 いくらでも夢は叶えられるさ、と自信はたっぷり。
 チビの子供になったブルーとも、沢山、約束しているけれど…。
(前のあいつが、小人になって現れるんなら…)
 待ち時間などは必要無い。
 チビのブルーに、「お前が大きく育ったらな」としか言えないのとは違う。
 最初から二人で暮らしてゆけるだけでも、大きな違い。
 小人のブルーなら、そのまま家に住み付けるから。
 結婚式を挙げていなくても、現れた日から、何の支障も無く。
 家の持ち主で恋人の「ハーレイ」、つまり「自分」が許可すればいい。
 「今日から、此処で暮らすんだろう?」と、「俺の家だし」と。


 もちろんブルーも、現れた時から、そのつもりだろう。
 「ハーレイの家で暮らしてゆこう」と、「地球で暮らせる」と。
 だから意見は一致しているし、ブルーが住む家は「ハーレイの家」。
(姿を見せずに暮らすんじゃなくて…)
 真昼間でも、小人のブルーは気にしない。
 来客があれば別だけれども、そうでない時は、姿を隠しはしない。
(そして、サイオンで…)
 俺の手伝いをするんだよな、と思ったけれども、それに関しては如何なものか。
 手伝うことが無いというのも、問題の一つではあるけれど…。
(…前のあいつは、裁縫の腕はからっきしで…)
 ボタンの一つも満足につけられはしなかった。
 キャプテンの制服の袖を直そうとして、直す前よりも酷くなったほど。
(それが可笑しくて、スカボローフェアを教えてやったら…)
 前のブルーはサイオンを使って、歌に出て来る無理難題をやり遂げた。
 「縫い目も針跡も無い、亜麻のシャツ」を作って、誇らしげに持って来たブルー。
 もっとも、難題は果たせたものの…。
(あのシャツ、着られなかったんだよなあ…)
 サイズぴったりの亜麻のシャツじゃな、とクックッと笑う。
 ボタンもファスナーも無かったシャツでは、頭から被って着るしかない。
 なのに、そのための「余裕」が無かった、奇跡のシャツ。
 被ろうとしたら、ビリビリと破れてしまうしかない、身体にぴったり過ぎたシャツ。
(…ああいうヤツだし、俺の手伝いは…)
 まるっきり期待出来そうにない、と天井を仰ぐ。
 サイオンで出来そうな手伝いと言えば…。
(…米も研げないし、包丁をサイオンで使われても…)
 なんだかなあ、と思うものだから、卵を割って貰うくらいだろうか。
 朝、オムレツをこしらえる前に、「ちょっと頼む」と。
 「卵を割っておいてくれるか」と、「今日は二個だな」と。
(……その程度だな)
 まあ、いいんだが、とマグカップを指でカチンと弾く。
 小人の手伝いは要らない家だし、特に何かをしてくれなくても、と。


(そもそも、あいつがいてくれるだけで…)
 俺は充分に幸せなんだ、と「小人のブルー」との暮らしを追ってゆく。
 ブルーに手伝いをして貰うよりは、自分がブルーの役に立ちたい方だよな、と。
(小人なんだし、いくらサイオンが使えても…)
 この家で暮らしてゆこうとしたなら、前の生のようにはいかないだろう。
 「ハーレイ」のサイズに合わせて出来ている家は、小人のブルーには大きすぎるから。
 階段の上り下りにしたって、「えいっ!」と飛ばないと、一段さえも…。
(上れないよな、親指サイズじゃ…)
 ちと愉快だが、と階段を上ろうと頑張るブルーを想像してみる。
 サイオンを使って飛べばいいのに、断崖を登る登山家みたいに、ロープをかけているブルー。
(…でなきゃ、小さな箱でも積んで…)
 せっせと上っていくのだろうか、「やっと一段、上ることが出来た」と、二階に向けて。
 一段、上に上がることが出来たら、ロープや箱を引き上げながら。
(大仕事だよな、二階まで行くというだけで)
 それでも頑張って上りそうだ、と「前のブルー」の頑固さを思う。
 こうと決めたら、けして譲らなかったから。
 そのせいでメギドに行ってしまって、二度と戻りはしなかったから。
(だが、それは…)
 分かっちゃいるんだが、今度は俺が手助けするんだ、と思う「小人のブルー」との暮らし。
 ブルーが「一人で出来る」と言っても、手伝えることは手助わなくては。
(階段を一人で上ってる所を俺が見たなら、ヒョイと掴んで…)
 手のひらに乗せて、スタスタと二階へ上ってゆく。
 ブルーが使っていたロープや箱も、「置いておいたら、踏んじまうしな?」と一緒に持って。
 「お前は頑張らなくていいんだ」と、「今度は俺に頼ってくれ」と。
 帰って来てくれた愛おしい人に、二度と苦労をさせたくはない。
 どんな些細なことであろうと、ブルーに頑張らせるよりは…。
(俺が代わりに、あれこれやって…)
 あいつに楽をさせてやるさ、とコーヒーのカップを傾ける。
 「小人なんだし、何も頑張らなくてもな?」と。
 「俺の家には、小人の手伝いは要らないんだから」と。


 小人のブルーと暮らしてゆくなら、ブルーにも幸せでいて欲しい。
 青い地球の上をあちこち旅して、見せてやるのもいいけれど…。
(まずは、あいつの夢の朝食…)
 そいつを、うんと豪華にやるか、と広がる夢。
 前のブルーが夢見た朝食、本物の砂糖カエデから採れたメープルシロップと…。
(地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味いバターと…)
 それを添えて食べるホットケーキが、前のブルーが地球に描いていた夢の一つ。
(小人のブルーじゃ、普通サイズのホットケーキでも…)
 ベッドよりデカいサイズだからな、と浮かぶ笑み。
 「帰って来たブルーが小人だったら、豪華なベッドをプレゼントだ」と。
 ホットケーキのベッドに転がり、好きなだけ食べてくれればいい。
 「食べ切れないよ」と言うだろうけれど、毎朝だってプレゼントする。
 ブルーと暮らしてゆけるのならば、もうそれだけで幸せだから。
 小人の姿で、キスさえ難しいようなブルーでも、いてくれるだけで充分だから…。



            小人だったら・了


※戻って来たブルーが小人だったら、と考えてみるハーレイ先生。ブルー君より小さな小人。
 キスをするのも難しいくらいに小さいですけど、それでも一緒に暮らせたら、幸せv








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「失敗しちゃった…」
 ホントに失敗、とブルーがハーレイの前で零した溜息。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
 急にどうした、とハーレイはテーブルの上を見回した。
 ブルーのカップも、ケーキ皿の周りも、綺麗なもの。
 紅茶の雫もケーキの欠片も、テーブルを汚してはいない。
(そもそも、零していないんだしな?)
 行儀よく食べているんだし…、とハーレイには解せない。
 いったい何が失敗なのか、ブルーが何をしでかしたのか。
(…今の話ではないんだろうか?)
 たった今、思い出したというだけで、と考えてみる。
 そういうことなら、有り得ない話ではないだろう。
 ハーレイが此処に来るよりも前に、何か失敗したのなら。
(ふうむ…)
 こいつは訊いた方が早いな、とブルーに視線を向けた。
 それが一番早いだろうし、手助けもしてやれるから。


「失敗って…。お前は何をやらかしたんだ?」
 見たところ、何も無いようだが、とテーブルを指差す。
 「今の話じゃないのか、それは?」と、真っ直ぐに。
 するとブルーは「うん」と頷き、超特大の溜息をついた。
「あのね、ホントに失敗なんだよ…。大失敗で…」
 一生ものっていうヤツで…、とブルーの顔色は冴えない。
 「もう取り返しがつかないんだよ」と、肩を落として。
「おいおいおい…。一生ものって…」
 えらく深刻に聞こえるぞ、とハーレイは瞳を瞬かせた。
 大失敗というならともかく、一生ものとは普通ではない。
 もっとも、今のブルーは十四歳の少年なのだし…。
(…大人から見りゃ、大したことではなくっても…)
 充分、大きな失敗だろうし、一生ものだとも思うだろう。
 生きて来た時間が短すぎる分、経験の数も少ないから。
 前のブルーの記憶があっても、その点は普通の子と同じ。
 物事を深刻に受け止めてしまって、行き詰まって…。
(大失敗だ、と思っちまうんだよな)
 きっとそれだ、とハーレイは頭の中で結論付ける。
 ブルーにとっては一生もので、困っているに違いないと。


 そうと分かれば、此処は大人の出番。
 前の生からの恋人としても、手助けをするべきだろう。
 ブルーの悩みをしっかりと聞いて、助言をして。
 よし、とハーレイは、小さなブルーに問い掛けた。
「一生もので、取り返しがつかない失敗ってヤツだが…」
 何をしたんだ、と質問の中身は簡潔にする。
 あれこれ回りくどく言うより、単刀直入が子供には大切。
 けれど、ブルーは答えないから、具体例を出した。
 「お気に入りのカップでも割ったのか?」と。
 その手の失敗は、子供には痛い。
 幼い頃からずっと一緒の「何か」を壊してしまうのは。
 ブルーは「ううん…」と首を横に振り、元気が無い。
 「もっと深刻」と、「ホントに一生ものだから」と。
 ハーレイは「うーむ…」と唸って、腕組みをした。
 この様子では、かなり深刻そうな感じではある。
 昨日までに提出予定の宿題を出し忘れたとかではない。
(…参ったな…)
 これじゃアドバイスも出来ん、と溜息が出そう。
 ブルーを助けてやるべきなのに、自分は何も出来なくて。


「なあ、正直に俺に話してみないか?」
 手を貸せるかもしれないぞ、とハーレイは質問を変えた。
 ブルーの心に響くようにと、笑みを浮かべて。
 「俺は大人な分、お前よりも経験を積んでるしな?」と。
 「いいアイデアがあるかもしれん」と、余裕たっぷりに。
 するとブルーの表情が変わった。
「ホント? ホントに、手助けしてくれる?」
 ぼくの失敗、取り返せるの、とブルーの赤い瞳が揺れる。
 「一生ものの大失敗でも、今から挽回出来るかな?」と。
「そうだな、子供のお前には一生ものに思えても、だ…」
 大人から見りゃ、そうではないことも、と説明してやる。
 「まだ充分にやり直せることも多いんだぞ」と。
 「抱え込んでいないで、話してみろ」と、促して。
 そうしたら…。


「あのね、ぼくの失敗、ハーレイと再会した時に…」
 キスしなかったことなんだよ、とブルーが返した答え。
「あそこでちゃんとキスしていたら、今だって…」
 キスは禁止になってないよね、とブルーは微笑むけれど。
 「キスしてれば、今も唇にキス…」というのだけれど…。
「馬鹿野郎!」
 そいつは失敗したままでいい、とハーレイは叱る。
 小さなブルーを鋭く睨んで、厳しい口調で始めた説教。
 「お前にはキスは、まだ早いんだ」と。
 「失敗したって当然なんだ」と、「挽回は要らん」と…。



      失敗しちゃった・了






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(ぼくは、ハーレイに一目惚れ…)
 前のぼくの記憶が戻ったものね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 十四歳にしかならないチビだけれども、もう恋人がいる自分。
 結婚出来る年になったら、結婚すると決めている人が。
(…ぼくの人生、あの瞬間に決まっちゃったよね)
 ふふっ、と零れた幸せな笑み。
 忘れもしない五月の三日に、今のハーレイと再会した時、決まった人生。
 「ハーレイと生きてゆくんだ」と。
 前の生では叶わなかった、愛おしい人と一緒に生きてゆくこと。
 それが叶うのが、今の人生。
 「今度こそ、共に生きてゆける」と、「ハーレイと一緒に、何処までもゆこう」と。
(…再会した瞬間は、まだ、そこまでは…)
 全く考えていなかったけれど、恋に落ちたというのは確か。
 青い地球の上に生まれ変わって、「今」を生きているハーレイに。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人に。
(ホントのホントに、一目惚れだよ)
 あの瞬間から、ハーレイしか見えていないものね、と運命の不思議さを思う。
 恋さえ知らなかった自分が、あの日を境に、ガラリと変わった。
 気付けば視線がハーレイを追って、ハーレイの姿を探している。
 いつも、学校に行く度に。
 「今日はハーレイに会えるといいな」と、胸をときめかせて登校して。
 会えなかった日はガッカリだけれど、それでも、こうしてハーレイのことを考えたりする。
 一目で恋に落ちてしまった、今の時代に生きているハーレイ。
 その人は何をしているだろう、と家がある方角に視線を向けて。
 「明日は会えるといいんだけれど」と、期待に胸を膨らませもして。
 なにしろ、一目惚れだから。
 ハーレイがいない人生なんかは、考えられもしないのだから。


 出会った時から、今の自分は、もう「ハーレイ」のことばかり。
 ハーレイと再会出来た幸せ、それを噛み締める時間が過ぎたら、出て来た欲。
 「早くハーレイと暮らしたいよ」と、「ぼくは、ハーレイの恋人なのに」と、溢れるように。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が夢に見ていた未来のこと。
(…ハーレイと一緒に、やりたかったこと…)
 とても沢山あるというのに、まだチビだから叶わない。
 ハーレイと一緒に暮らせはしなくて、旅行にさえも行けないから。
(……せっかく、一目惚れなのに……)
 つまらないよね、と不満だけれども、こればかりは我慢するしかない。
 今の自分が大きく育って、結婚出来る年になるまで。
 プロポーズをして貰える時が、やって来るまで。
(…前のぼくたちの、恋の続きを生きてるのにね…)
 なんだか、ずいぶん遠回りだよ、と残念な気持ち。
 もっと自分が大きかったら、再会して直ぐに、恋の続きが始まったのに。
 その場でハーレイにプロポーズされて、アッと言う間に結婚式で。
(…今だって、恋の続きだけれど…)
 ずっと足踏みしているみたい、と考える内に、頭を掠めたこと。
 「もしも、記憶が消えちゃったら?」と。
 今のハーレイに一目惚れしたのは、前の自分の記憶のお蔭。
 聖痕が思い出させてくれた、時の彼方で恋をしていた人のこと。
(…前のぼくの記憶が戻って来たから…)
 ハーレイに恋をしたわけなのだし、その記憶が消えてしまったとしたら、どうなるだろう。
 チビの自分に、あの日、突然、戻った記憶。
 それがすっかり消えてしまって、「ただのブルー」になったなら。
 「ソルジャー・ブルー」の記憶など無い、チビのブルーに戻ったら。
(…そんなこと、絶対、起こらないよね…?)
 神様がくれた聖痕だもの、とキュッと握り締めた小さな右手。
 前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶が今も残っているけれど…。
(あの時、切れてしまったと思った絆…)
 ハーレイとの絆を、神様は結び直してくれた。
 こうして再び出会えるようにと、今度こそ、共に生きられるように。


(…聖痕を下さった、神様なんだし…)
 記憶が消えてしまうようなことは、けして起こりはしないだろう。
 事故で頭を打ったとしたって、ハーレイのことを忘れはしない。
 時の彼方で生きた記憶も、欠片も損なわれはせずに残る筈。
(…うん、絶対に大丈夫…)
 消えやしないよ、と安心したら、湧き上がって来た好奇心。
 「もしも、記憶が消えちゃったら?」と、「ぼくたち、どうなっちゃうのかな?」と。
 自分の記憶が消えるのならば、ハーレイの記憶も消え失せるだろう。
 聖痕で戻った記憶なのだし、お互い、綺麗サッパリ忘れて…。
(…赤の他人になっちゃうんだよね?)
 ハーレイ先生と、教え子のブルー、と考えてみると、面白そう。
 そんな二人は、どんな具合になるのだろう。
 赤の他人になってしまえば、ハーレイに恋をしている自分は、それも忘れてしまうのだから…。
(…ただのハーレイ先生、ってこと?)
 古典の教師の「ハーレイ先生」。
 記憶が消えてしまった後には、そういうハーレイが残る勘定。
 聖痕の記憶も無くなるからには、もう、守り役ではなくなって、普通の教師として。
(…そうなっちゃうと、一目惚れなんか…)
 出来る理由は無さそうだよね、と赤い瞳を瞬かせた。
 「やっぱり、赤の他人なのかな」と。
 一目惚れなどしないのだったら、「ただのハーレイ先生だよ」と。
(…でも…)
 だけど、と時の彼方を思った。
 前の自分も、「ハーレイに、一目惚れだっけ」と。
 そういう自覚は無かったけれども、出会った時から恋をしていた、前の自分。
(…燃えるアルタミラで、ハーレイに声を掛けられて…)
 其処から始まった、二人の関係。
 会ったばかりなのに、息がピッタリ合ったハーレイ。
 他の仲間たちを助け出すために、二人で走った。
 燃えて崩れてゆく星の地面を、渦巻く激しい炎の中を。


(ハーレイだったから、上手くいったんだよ)
 最初からね、と後になってから気が付いた。
 誰でも良かったわけではなくて、ハーレイがパートナーだったからこそ、出来たこと。
 そう、ハーレイは「特別」だった。
 前の自分の大切な人で、他の誰かには代えられない人。
(…気が付いたのは、うんと後だったけれど…)
 呆れるほど後のことだったけれど、前の自分は、前のハーレイに一目惚れ。
 アルタミラの地獄で初めて出会った、その瞬間に恋をした。
 自分では恋だと気付かないまま、長い長い時が流れたけれど。
 「とても大切な友達なのだ」と思い込んだまま、宇宙を旅していたのだけれど。
(…前のぼくが、一目惚れだったんだから…)
 今のぼくだって、そうなるんじゃあ…、と顎に当てた手。
 「だって、中身はおんなじだよ?」と。
 たとえ記憶が消えてしまっても、「ブルー」の中身は変わらない。
(成人検査とか、人体実験とかは無くって…)
 まだ十四年しか生きていないけれども、「ブルー」の魂は「ブルー」のもの。
 サイオンが不器用になっていようと、子供だろうと、「ブルー」は「ブルー」なのだから…。
(…ハーレイに会ったら、恋をしそうだよ)
 一目惚れで、と想像の翼を広げてゆく。
 「今のぼくだって、きっと、恋だと気が付かないんだよ」と。
 「記憶が消えてしまってるんだし、前とおんなじ」と。
 つまり、最初から「やり直し」。
 振り出しに戻った恋の始まり、それが恋へと育つのだけれど…。
(……うんと時間がかかるんだよね?)
 前のぼくだって、そうだったから、と苦笑する。
 「結婚出来る年になっても、結婚式は無理みたい」と。
 「そんなの、考えてもいやしないよね」と。
 十八歳を迎える頃になっても、自分は気付いていないのだろう。
 「ハーレイ先生」が恋の相手だとは、まるで全く。
 もちろん相手のハーレイの方も、「ブルー」のことを恋人だなんて、思っていなくて。


 きっとそうだよ、とクスクスと笑う。
 前の自分がそうだったように、今の自分も気が付かない。
 「ハーレイ先生」のことは大好きだけれど、そう思う気持ちが恋だとは。
(…ぼくの記憶が消えちゃったら…)
 やり直しになる、ハーレイとの恋。
 ハーレイの記憶も同じに消えているから、「はじめまして」のようなもの。
 とうに出会って、「ハーレイ先生」と「教え子のブルー」な関係だけが残っていて。
(えーっと…?)
 それでも、ハーレイは優しいんだし…、と考えてみる「特別」になる切っ掛け。
 記憶が無いなら、何か無ければ、ハーレイの「特別」にはなれないけれど…。
(…今のぼくも、身体が弱いから…)
 その辺りかな、と見当をつけた。
 ハーレイの授業の真っ最中に、気分が悪くなってしまうとか。
(どうしたんだ、って、慌てて走って来てくれて…)
 保健委員に任せる代わりに、保健室まで背負って連れて行ってくれそう。
 「俺が行った方が早いからな」と、他の生徒には自習をさせて。
(…うんと広い背中で、頼もしくって…)
 保健室に着いたら、優しく額を撫でてくれたりもして。
 「後で様子を見に来るからな」と、「無理せずに、此処でゆっくり寝てろ」と。
(…授業が終わって、ハーレイが来る頃になっても…)
 具合が悪いままだったならば、とても面倒見のいいハーレイだから…。
(時間が空いてるなら、ぼくの家まで…)
 「俺の車で送ってやろう」と、言ってくれるに違いない。
 「待ってろよ」と、教室に戻って、鞄とかを取って来てくれて。
 ベッドから下りても、足がふらつくようだったなら…。
(無理するな、って…)
 ヒョイと抱き上げて、車まで運んでくれるのだろう。
 手には鞄も持っているのに、軽々と。
 柔道と水泳で鍛えた逞しい腕には、「ブルー」なんて、軽いものだから。


 そうやって大股でスタスタ歩いて、車に乗せたら、真っ直ぐ家まで。
 母はビックリするだろうけれど、ハーレイに何度もお礼を言って…。
(ハーレイに、時間があるのなら…)
 お茶とお菓子でおもてなしして、それから帰って貰う筈。
 時間が無いなら、「学校で召し上がって下さいね」と、お菓子のお土産。
(うん、きっと…)
 そんな感じで、「ハーレイ」との仲が始まるのだろう。
 いつの間にやら、「特別」になって。
 「あいつ、しょっちゅう倒れるからな」と、ハーレイが気を配ってくれるようになって。
(そうなったら、家まで送ってくれる日も増えて…)
 何度も家までやって来る内に、ハーレイはすっかり、父や母とも顔馴染み。
 一人暮らしをしていることも、その内に伝わるだろうから…。
(週末とかに、食事においでになりませんか、って…)
 両親が招いて、和やかに囲む夕食の席。
 きっと自分も、心が弾むことだろう。
 「今日は、ハーレイ先生が来てくれるんだよ」と、朝からはしゃいで。
 夕食のメニューは何になるのか、母に何度も尋ねたりして。
(恋だと思っていないから…)
 ハーレイの方も、今と違って、家に招いてくれると思う。
 「今度は、お前が遊びに来ないか?」と、「俺も、料理には自信があるんだ」と。
(家に行けるし、柔道部の試合を見に行ってもいいし…)
 きっとドライブにも行けるんだよね、と緩んだ頬。
 「今のぼくだと、そんなの、許して貰えないけど」と、「楽しそうだよ」と。
 互いに恋だと気が付かないから、結婚出来るまでに、何年かかってしまうのかは…。
(…ホントに謎で、二百年くらいかかるかもだけど…)
 きっと、ハーレイに恋をするよね、と大きく頷く。
 「だって、一目惚れしちゃうんだから」と。
 前の自分の記憶が消えても、きっとハーレイに恋をする。
 それが恋だと気が付かないまま、長い時が流れてしまったとしても。
 結婚式を挙げる日がやって来るまで、何百年もかかってしまう恋でも…。



          記憶が消えちゃったら・了


※前の自分の記憶が消えたら、ハーレイ先生とはどうなるんだろう、と想像してみたブルー君。
 記憶が消えても、やっぱり一目惚れしそうな感じ。恋だと気付くまでが長いですけどねv









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(俺はあいつに一目惚れで、だな…)
 出会った途端に恋に落ちたんだ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(ああなるとは、思いもしなかったよなあ…)
 それまでの俺の人生ではな、と可笑しくなる。
 学校の教室で初めて出会ったその瞬間に、教え子に恋をするなんて。
 しかも女の子とは全く違って、男の生徒だっただなんて。
(ついでに、たったの十四歳のチビで…)
 同い年の子よりもチビだと来たぞ、と考えるほどに笑い出しそうになる。
(こうなるんだぞ、と一年ほど前の俺に言ったって…)
 絶対、信じやしないだろうな、と一年前の自分を振り返って。
 もっと年齢を遡ってゆけば、ますます「信じない」自分がいそう。
 将来はプロの選手になるかも、と自分も周りも思っていた学生時代とか。
(お前は将来、チビの男の子に一目惚れして…)
 そいつが育つのを、じっと待つんだ、と言おうものなら、「自分」は笑い出すだろう。
 「まさか」と、「そんな馬鹿なことが」と。
 「俺は将来、うんと美人の嫁さんを貰う予定だしな?」などと。
 なにしろ、前の生とは違って、若かった頃は、よくモテた。
 彼女なんかは選び放題、そう言えるくらい、ファンの女性も多かったけれど…。
(…何故だか、誰もピンと来なくて…)
 付き合おうとさえしなかった。
 教師の仕事に就いてからでも、機会は何度もあったのに…。
(今の年まで独り身で来て、あいつに一目惚れをして…)
 あいつしか目に入らないのが今なんだよな、と不思議だけれども、それは運命。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
 生まれ変わって再び巡り会えるくらいに、深い絆があったから。
 チビのブルーが、聖痕を持って生まれたように。
 その聖痕を目にした自分も、前の生の記憶が戻ったように。


 全ては、其処から始まった恋。
 前の生での記憶が戻って、チビのブルーに恋をした。
 「あいつなんだ」と、気が付いたから。
 失くしてしまった愛おしい人が、チビの姿で帰って来た、と。
(…そんなわけだから、昔の俺に言ったって…)
 信じる筈が無いんだよな、と苦笑する。
 いくら「キャプテン・ハーレイ」に似ていようとも、自分でも他人だと思っていたから。
 「生まれ変わりか?」と尋ねられる度、「赤の他人だ」と答えた自分。
 ところが、記憶が戻ってみれば…。
(俺はキャプテン・ハーレイだった上に、ソルジャー・ブルーが恋人だったと来たもんだ)
 いったい誰が気付くというんだ、と思う、前の生での自分の恋。
 時の彼方で隠し通して、死ぬまで黙っていたものだから…。
(研究者たちにも見抜けないままで、今の時代も、誰も知らないままなんだよな)
 キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの関係は、とクックッと笑う。
 「そんな恋では、記憶が戻って来ない限りは、俺にも分からん」と。
(…そうやって、あいつに恋しちまって…)
 今ではチビのブルーにぞっこん、そういう自分が此処にいる。
 ブルーに会えずに終わった今日という日を、とても残念に思う自分が。
 「明日は、あいつに会えるといいな」と、心の底から願う男が。
(…前の俺の記憶が、運んで来た恋というヤツか…)
 そして運命の恋なんだよな、とコーヒーを傾けたはずみに、掠めた考え。
 「記憶が消えたら、どうなるんだ?」と。
 前の自分だった頃の記憶が、すっかり消えてしまったならば。
(……いや、有り得ないことなんだが……)
 神様がいらっしゃるんだからな、と首を左右に振って、即座に打ち消す。
 自分もブルーも、記憶が消えることなどは無い、と。
 ブルーが神から貰った聖痕、それが起こした素晴らしい奇跡。
 青く蘇った水の星の上で、幸せに生きてゆくために。
 前の生では叶わなかった幾つもの夢を、二人で叶えてゆけるように、と。
 だから記憶は消えはしないし、消える筈など無いのだけれど…。


(…もしも消えたら、どうなるだろうな?)
 せっかくだから、ちょいと想像してみるか、と心の中に生まれた余裕。
 「有り得ないしな」と確信しているからこそ、「もしも」の世界を覗いてみたい。
 聖痕を目にして戻った記憶が、自分の中から失われたら、と。
 そうなったならば何が起こるか、どんな具合になるのだろうか、と。
(…俺の記憶が消えるってことは、あいつの記憶も…)
 恐らく同時に、ブルーの中から消えてしまうに違いない。
 互いに一目惚れだけれども、その恋をブルーに運んだ記憶が。
(……ということは、消えた途端に、あいつとの恋も……)
 消えてしまって、他人同士になるということ。
 前の生から続いた絆が、記憶と一緒に消えてしまうから。
 自分は「ただのハーレイ」になって、ブルーも「ただのブルー」になって。
(そうなったら、教師と教え子だよなあ?)
 聖痕とか、守り役とかも無しになるんだ、という考えは、多分、正しいだろう。
 記憶が消えてしまうとなったら、神が起こした奇跡も消える。
 チビのブルーと「出会った」現実、それは消えてはしまわなくても。
 今の学校の教師と教え子、その関係は残っていても。
(…ただのハーレイ先生、ってことか…)
 あいつから見た今の俺はな、と顎に当てた手。
 「でもって、あいつも、俺から見れば、生徒の一人になるってことだ」と。
 柔道部員などではないから、本当に「ただの生徒」の一人。
 そういうブルーを、記憶が消えてしまった自分は、どう見るだろう、と。
(……さてな?)
 可愛い子なのは確かなんだが、とチビのブルーの顔立ちを思う。
 小さなソルジャー・ブルーそのもの、赤い瞳のアルビノも印象的だけれども…。
(…ただそれだけのことだよなあ?)
 惹かれる理由は何も無いぞ、とマグカップの縁を指でカチンと弾いた。
 「確かに人目を惹く顔なんだが、だからって、惚れるわけがないよな」と。
 そう、顔だけで惚れはしないから、ピンとくる女性もいなかった。
 だから「ブルー」でも同じことだし、一目惚れなどするわけがない、と。


 その上、チビのブルーの場合は、可愛い顔でも「男の子」。
 「惚れはしないな」と思ったけれども、其処で蘇った、遥かな時の彼方の記憶。
(…今、考えてる設定の場合、前の俺の記憶は無しなんだが…)
 消えちまってるわけなんだしな、と頷きはしても、それとこれとは別件だ、と思うこと。
 時の彼方で、前のブルーと初めて顔を合わせた時に…。
(……俺は、一目惚れしちまったんだ……)
 自分じゃ気付いていなかったがな、と後になってから分かった事実。
 「あの瞬間から、あいつは、俺の特別だった」と。
 だからこそ、最初から息が合ったし、アルタミラの地獄で、大勢の仲間を助けられた、と。
(…ということはだ、俺の記憶が消えちまっても…)
 もう一度、そいつが起こりそうだぞ、という気がする。
 自分も、ブルーも、前の生の記憶が無くなっても。
 「ただの教師と、ただの教え子」、そんな二人になったとしても。
(…何故だか、あいつが気になっちまって…)
 何かと世話を焼きそうだよな、と想像の翼が広がってゆく。
 今のブルーも身体が弱くて、直ぐに具合が悪くなったりするものだから…。
(大丈夫か、って、顔を合わせる度に尋ねるかもなあ…)
 柔道部の部員じゃなくっても、と思うくらいに、今の自分も面倒見がいい。
 もうキャプテンではないというのに、何かと周囲に気を配って。
 同僚だろうと、生徒だろうと、分け隔てなく。
(だから、あいつの具合が悪けりゃ…)
 時間さえあれば、車で家まで送るのだろう。
 「ちょっと待ってろ」と、「俺が送ってやるから」と。
 保健室に行く途中のブルーを、見掛けたりしたら。
 付き添っている保健委員の生徒を、「俺がついてくから、帰っていいぞ」と教室に帰して。
(…放っておけずに、そうやってだな…)
 何度も家まで送る間に、いつの間にか、恋をしていそう。
 自分でもそれと気付かないまま、「ブルー」が特別な存在になって。
 学校に行く度、ついつい、ブルーを探してしまう。
 ブルーのクラスでの授業が無くても、廊下や、中庭や、グラウンドなどで。


(…恋だと気付いちゃいないんだがな…)
 そいつを一目惚れと言うんだ、と前の自分の記憶と重ねる。
 恋だと全く気付かないまま、長い年月、とても大切な友人なのだと思い込んでいた。
 「ブルー」を誰より大事に思って、特別に扱っていたというのに。
 後から振り返って考えてみれば、確かに一目惚れだったのに。
(今の俺だって、記憶が消えたら…)
 そのコースでブルーに恋をするんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
 「ただの教師と、ただの教え子」、そんな関係になってしまっても。
 前の生での記憶が消えても、二人とも忘れてしまっていても。
(…あいつの方でも、一目惚れだったと聞いてるしな?)
 やはり自覚は無かったようだが、と時の彼方でのブルーの言葉を思い出す。
 「ハーレイは最初から、ぼくの特別だったんだよ」と、何度も語っていた人を。
 前のブルーも、恋だと気付いていなかったけれど、同じに一目惚れだったという。
 アルタミラの地獄で初めて出会った、その場で恋に落ちていたのだ、と。
(つまり、今のあいつも、記憶が消えても…)
 ただの「先生」になってしまった「ハーレイ」、面倒見のいい教師に惚れるのだろう。
 自分では、恋だと思いもせずに。
 とても優しい「ハーレイ先生」、担任でも無いのに、気のいい教師に。
(…身体が弱いから、心配をしてくれるんだ、って…)
 ブルーは思って、疑いもせずに、無防備に甘えてくるのだろう。
 車で家まで送ってやったり、保健室まで背負って行ったりする度に。
 「ごめんなさい、先生…」と申し訳なさそうに言いはしたって、断りはせずに。
(俺の方でも、せっせとブルーの世話を焼いて、だ…)
 ブルーの家へと通う間に、ブルーの家族とも顔馴染み。
 最初の間は、お茶を出して貰っていた程度なのに、いつの間にやら、夕食の誘い。
 一人暮らしだと分かっているから、「今日は夕食を御一緒に」と。
 そしてブルーも大喜びで、楽しい夕食になるのだろう。
 何度も夕食に招いて貰って、その内に、休日なんかにも…。
(食事にいらっしゃいませんか、と…)
 誘われて、まるで家族の一員。
 記憶が消える前の自分が、そうして過ごしていたのと同じに。


(…そうなるんだろうなあ…)
 恋だと気付くのに、うんと時間はかかりそうだが、と思うけれども、一目惚れ。
 いつか互いに恋だと知るまで、ゆっくりと時が流れるのだろう。
 前の生での記憶が消えても、きっと二人の行く道は同じ。
 自分は、ブルーに恋をするから。
 ブルーの方でも、きっと「ハーレイ」に恋をするから…。



           記憶が消えたら・了


※もしも前の生での記憶が消えてしまったら、と想像してみたハーレイ先生。どうなるか、と。
 結果は、きっと前の生での恋と同じで、また一目惚れ。記憶が消えても、運命の恋v






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「ねえ、ハーレイ。技を磨くのは…」
 大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
 いきなり何だ、とハーレイは目を丸くした。
 急に聞かれたのも原因だけれど、それ以上に驚かされた点。
 「技を磨く」という言葉。
 向かいに座った、十四歳にしかならないブルーとは…。
(あまりにも、結び付かないんだが…!)
 まるで全く、と心の中が「?」マークで溢れ返っている。
 どう転がったら、ブルーが技を磨こうだなとど思うのか。
 磨く必要など思い付かないし、第一、技というもの自体…。
(こいつには無いと思うんだがな?)
 前のあいつなら、ともかくとして…、とブルーを見詰めた。
 サイオンが不器用な今のブルーに、技があるとは思えない。
 身体も弱いし、磨くような技を身につけるのも…。
(およそ無理だった筈なんだが…?)
 それとも他の技なのだろうか、体力ではなくて手先とか。
 書道の腕前が群を抜くとか、楽器の演奏が上手いとか。


(…そっちなのか?)
 考えたことも無かったんだが、と思いながらも問い返した。
 「技というのは、身につけている技のことか?」と。
 するとブルーは、コクリと大きく頷いた。
「そうだけど…。ハーレイだったら、柔道かな?」
 水泳の方もそうかもだけど、とブルーは真剣な瞳で答える。
 「そういう技って、磨いていくのが大切だよね?」と。
「ああ、まあ…。それは基本というヤツだよな」
 技ってヤツは磨いてこそだ、とハーレイも頷く。
 「そいつは、とても大事なことだ」と、大真面目な顔で。
 柔道にしても水泳にしても、技は磨いてゆかねばならない。
 自分自身を鍛えて、磨いて、上を目指してゆく努力が大切。
 「もう、このくらいでいいだろう」では、上には行けない。
 行けないどころか、努力をしなくなった途端に…。
(坂を転がり落ちるみたいに、アッと言う間に…)
 技は錆び付き、それまでの積み重ねが台無しになる。
 だから毎日、せっせと磨いてゆかなくては。
 技そのものは繰り出さなくても、土台になっているものを。


 長年、柔道と水泳を続けて、部活の指導などもして来た。
 その経験を踏まえた上で、ハーレイはブルーに教えてやる。
「いいか、お前が言った通りで、技というのは…」
 磨かないと駄目になっちまうんだ、と自分の腕を指差して。
 「この腕だって、磨いてやらないと、なまっちまう」と。
「柔道だけじゃなくて、水泳も同じ?」
 プールには入っていないでしょ、とブルーは首を傾げた。
 「水泳の腕、なまってしまわない?」と。
「そっちの方なら、心配無用だ」
 泳がないと駄目ってわけでもない、とハーレイは笑う。
 「たまに泳いでやればいいのさ」と、片目を瞑って。
「勘が鈍ってしまわないように、ちゃんと泳いでるぞ」
 ジムに出掛けて…、と自慢の腕をポンと叩いてみせる。
 「普段、きちんと鍛えているから、出来ることだな」と。
 ブルーは「そうなんだ…」と、尊敬の眼差しになった。
 「凄いね」と、「それが技を磨くってことなんだ」と。
「そうだぞ、日々の鍛錬ってヤツが大切だ」
 どんな技でも磨かないと錆びてしまうしな、と笑んでやる。
 「だから、お前も努力しろよ」と、ブルーに向かって。
 「お前も技を持っているなら、磨いてこそだ」と。


「ありがとう。ハーレイも、努力してるんだよね?」
 毎日、身体を鍛えたりして…、とブルーは瞳を輝かせる。
 「だったら、ぼくも頑張らないと」と、嬉しそうに。
「ほほう…。その顔付きだと、お前にも、何か…」
 技ってヤツがあるんだな、とハーレイは興味津々で訊いた。
 「どんな技だ?」と、「是非とも教えて欲しいもんだ」と。
 書道か、はたまた楽器なのかと、ワクワクと心を躍らせて。
 ブルーの技は何だろうか、と楽しみに答えを待ったのに…。
「えっとね、ぼくの技なんだけど、磨いてないから…」
 錆び付いちゃいそう、とブルーは顔を曇らせて言った。
 「このままじゃ、駄目になっちゃうよ」と俯いて。
「そいつはいかんな。此処でサボっていないで、だ…」
 早速、磨く努力をしろ、とハーレイは叱咤激励した。
 そうしたら…。


「分かった、ハーレイも協力してよ?」
 ぼくのキスが下手にならないように、と微笑んだブルー。
 「直ぐに練習を始めるから」と、立って、近付いて来て。
「馬鹿野郎!」
 そんな技は錆びたままでいいんだ、とハーレイが握った拳。
 ブルーの頭を、軽くコツンとやるために。
 「今のお前の技じゃないだろ」と、「放っておけ」と…。



          技を磨くのは・了








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