臆病だよね、と小さなブルーが恋人にぶつけた言葉。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に何の前触れも無く。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(臆病だって?)
この俺がか、とハーレイは鳶色の瞳を見開いた。
言われた言葉が、あまりにも信じられなくて。
「臆病だよね」などと指摘されても、心当たりは全く無い。
自分の場合は、どちらかと言えば…。
(…臆病じゃなくて、豪胆ってヤツで…)
ブルーも知ってる筈なんだが、と解せないブルーの言葉。
何処からそういうことになるのか、何故、言われたのか。
(……嫌な予感しかしないんだがな……)
こいつに直接、訊くしかないか、とハーレイは腹を括った。
聞こえなかったふりをしたって、無駄だろうから。
案の定、じっとこちらを見ているブルー。
恋人が何と返して来るのか、待ち構えていると分かる表情。
ハーレイは大きく息を吸い込み、赤い瞳を見詰めて尋ねた。
「お前なあ…。臆病って、誰が臆病なんだ?」
「誰って、ちゃんと言ったじゃない!」
ハーレイがだよ、とブルーの答えに迷いは無い。
恋人の視線を真っ直ぐ捉えて、瞳を逸らそうともしない。
自信満々といった姿勢で、ブルーは再び口を開いた。
「ハーレイ、ホントに憶病だもの。…そう思わない?」
それとも自分じゃ分からないかな、とブルーは首を傾げる。
「自分じゃ強いと思ってるかも」と、「ありがちだよ」と。
「おいおいおい…。お前、本気で言ってるのか?」
俺が臆病なヤツだなんて、とハーレイが指差す自分の顔。
「いったい、何処が臆病なんだ」と、「逆だろうが」と。
けれどブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「そう言ってるけど、臆病だよ」と。
「ホントは夜道も怖いかもね」と、「お化けが出るし」と。
(…お化けが出るから、夜道が怖い、と…?)
だったら、此処にも通えないぞ、とハーレイは呆れた。
ブルーの家を訪ねた時には、いつも夕食を御馳走になる。
それから帰ってゆくわけだから、帰りは、当然…。
(夜道になってしまうんだが…!)
いくら車で帰るとはいえ、夜道は夜道。
お化けは車を避けないだろうし、出る時は出て来るだろう。
道の真ん中に立ち塞がったり、上から落ちて来たりして。
(しかし俺はだ、いつも夜道を帰って行って…)
怖いと言ったことなど無いが、とブルーをまじまじと見る。
「何を考えてるのか、サッパリ分からん」と。
なのにブルーは、畳み掛けるように、こう言った。
「どう考えても、臆病だとしか思えないけど?」
絶対、ぼくにキスしないもの、と勝ち誇った顔で。
「キスして、歯止めが利かなくなるのが怖いんでしょ」と。
「だから怖くてキスしないんだよ」と、「臆病だから」と。
(そう来たか…!)
とんでもないことを言いやがって、とハーレイは頭が痛い。
確かに、当たっていないこともないのが、ブルーの台詞。
(うっかり唇にキスしちまったら…)
止まらなくなってしまいそうだ、と恐れていることは事実。
そうならないよう作った決まりが、「キスはしない」こと。
チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育つまで。
キスだけで止まらなくなってしまっても、大丈夫なように。
(…当たってはいるが、不本意すぎるぞ…!)
臆病はともかく、夜道の方は…、と嘆いた途端に閃いた。
「これだ」と、素晴らしいが反論が。
勝った気でいるチビのブルーを、ペシャンコにする方法が。
(よし…!)
やるぞ、とハーレイは、「困った表情」を浮かべてみせた。
「…降参だ。隠してたんだが、バレちまったか…」
するとブルーの顔が輝き、「じゃあね…」と微笑む。
「臆病だなんて、柔道部員にバレたら困るでしょ?」
キスの代わりにデートでいいよ、と出された条件。
「それで黙っておいてあげる」と、ドライブでもいい、と。
(やっぱり、そういう魂胆か…!)
そうはいかん、とハーレイは、ゆったり腕組みをした。
「いや、俺は臆病者だから…。バレたからには…」
もういいよな、とニヤニヤと笑う。
「実は、夜道が怖いんだ」と。
「晩飯を食ってから、夜道を帰るのは怖すぎてな」と。
「えっ、ちょっと…!」
待って、とブルーは真っ青だけれど、知らんぷり。
「これからは、外が明るい間に帰らせて貰うぞ」」と。
「仕事の帰りも寄らないから」と、「暗くなるしな」と…。
臆病だよね・了
今の世界には、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた人だけれども…。
(ハーレイには、ちゃんと会えたんだけど…)
それだけだよね、と白いシャングリラで共に生きた仲間の顔ぶれを思う。
彼らは、きっと何処にもいない、と。
もしも彼らがいるのだったら、とっくに会えていそうだから。
(……ぼくの聖痕……)
現れた時は酷い痛みで気絶したけれど、お蔭で戻った前の生の記憶。
ハーレイの記憶も戻ったのだし、他の仲間が何処かにいるなら、彼らの記憶も戻っただろう。
なにしろ神が起こした奇跡で、今の自分を青い地球にまで連れて来たほど。
時の彼方で離れてしまった、ハーレイも先に生まれ変わらせて。
ちゃんと二人が会えるようにと、出会いの場所まで設けてくれて。
(それほど凄い神様だから…)
他の者たちがいるというなら、会わせてくれないわけがない。
彼らの記憶も蘇らせて、他の星に住んでいるのだったら、地球に向かわせて。
(神様だったら、そのくらいは簡単…)
記憶が戻って来たのだったら、彼らは地球を目指すだろう。
前の生では死の星だった、母なる地球。
それが今では青い星になり、誰でも自由に行くことが出来る。
人間が全てミュウになった今は、とても平和な時代だから。
「地球へ行こう」と思いさえすれば、宇宙船の切符を買うだけでいい。
(…絶対、行きたくなるだろうから…)
後は地球に着いた彼らを、この町へ誘導してくるだけ。
「ブルー」か「ハーレイ」に、バッタリ出会えるように。
この町へ行きたい気分になった彼らを、「次の角を、右へ」といった具合に移動させて。
神の手ならば、いとも容易く出来そうなこと。
記憶が戻った懐かしい仲間を、この町へ連れて来るということ。
(…一人、そうやって連れて来たなら…)
他の者たちも、続々と姿を現しそうな気がする。
最初に来たのがヒルマンだったら、旅の途中で、宙港でゼルに出会うとか。
そのゼルが「この前、エラに会ったぞ」といった具合に、どんどん縁が繋がって。
(……アッという間に、揃っちゃいそう……)
シャングリラにいた仲間たちが、と思うからこそ、「誰もいない」と思いもする。
誰一人として、来てはくれないから。
ハーレイも自分も、未だに誰とも会えていないから。
(…ちょっと残念…)
独りぼっちじゃないからいいんだけれど、とハーレイの顔を思い浮かべる。
前の生の最期に切れたと思った、ハーレイとの絆は、ちゃんと繋がっていた。
青い地球の上で再び出会えて、今度こそ一緒に生きてゆける。
チビの自分が、結婚出来る年になったなら。
誰にも恋を隠すことなく、二人で結婚指輪を嵌めて。
(だから充分、幸せだけど…)
他のみんなにも会いたかったな、と贅沢なことを思ってしまう。
せっかく青い地球があるのに、他のみんなはいないだなんて、と。
(…みんなに会えたら…)
同窓会が出来るのにな、と懐かしくなる仲間たち。
白いシャングリラで目指した地球で、同窓会が出来たなら、と。
(あちこちの星から、みんなが、この町にやって来て…)
何処かのホテルの宴会場とかで、それは賑やかな同窓会。
あの時代には無かった料理やお菓子を、会場にドッサリ用意して。
「これも食べてみてよ」と、日本の文化を復活させている、この地域の名物料理も出して。
(…今の時代だから、みんな知ってはいるだろうけど…)
実際には食べたことが無い、という料理だって多いだろう。
宇宙は広くて、文化も山ほどあるものだから。
SD体制があった時代とは、まるで違った世界だから。
(ぼくは、お酒は飲めないんだけど…)
ハーレイたちは、地球の銘酒をズラリと並べて楽しんでいそう。
「ブルーは子供だから、飲んじゃ駄目だぞ」と、飲まないように目を光らせながら。
(…だけど、みんなが楽しいのなら…)
ぼくはジュースで構わないや、と文句を言う気は全く無い。
あちこちで「乾杯!」とやっていたって、ジュースを飲んでいればいいや、と。
(…そういえば、ゼルやヒルマンとかは…)
前と同じに、すっかり年を取ってるのかな、と別の方へと向かった思考。
若い姿の頃の彼らも、前の自分は知っているけれど…。
(…生まれ変わって来ていたって…)
なんだか、年を取っていそう、と確信に満ちた思いがある。
今のハーレイがそうだったように、「前の姿」が気に入っていて。
記憶が戻っていない頃から、順調に年を重ね続けて。
(ゼルは禿げちゃって、ヒルマンも髭まで真っ白で…)
それでも二人は、満足なのに違いない。
「うんと貫禄があるじゃろうが」と、ゼルなんかは髭を引っ張って。
ヒルマンだって、「お爺ちゃんらしくて、いいと思わないかね?」などと。
(……お爺ちゃん……)
そうだ、とハタと手を打った。
今の時代なら、ゼルもヒルマンも、本物の「おじいちゃん」になれる筈。
若かった頃に結婚したなら、息子や娘が生まれたならば…。
(その子供たちが大きく育って、結婚して…)
孫が生まれて、正真正銘、「おじいちゃん」。
同窓会を開いたならば、そういうゼルやヒルマンが来て…。
(可愛いだろう、って…)
自慢の孫の写真を見せて回るのだろうか、他の仲間に。
「まだ幼稚園に行ってるんじゃが、利口な子でのう…」なんて。
(…女の子だったら、美人じゃろう、って…)
自慢するよね、と可笑しくなる。
きっとゼルなら、「どうじゃ、わしに似て美人じゃろうが」とやるだろうから。
(…ゼルに似てたら、とても大変…)
女の子だよ、と思うけれども、「おじいちゃん」というのは、そんなもの。
可愛い孫を自慢したくて、間違った方向へ突っ走ったり。
(ブラウとかが、「馬鹿じゃないのかい?」って笑うんだよ)
「あんたに似てたら、美人どころじゃないだろう?」などと、遠慮なく。
ヒルマンだって、「そうだよ、似ていないからこそ、美人じゃないかね」と。
(…ふふっ、おじいちゃんになった、ゼルやヒルマン…)
似合いそう、と微笑ましい光景を考えていたら、違う思考が降って来た。
「誰かが、孫になっちゃってたら?」と。
(…ゼルやヒルマンの孫なんだけど…)
前の生での記憶を持った、白いシャングリラの仲間たちの誰か。
そういうことだって、あるかもしれない。
神様の粋な計らいのお蔭で、ニナやシドやら、ヤエやルリなど。
(……うん、それだって……)
素敵かもね、と笑みが零れる。
同窓会の席にヒルマンやゼルが、「孫なんだぞ」と連れて来る彼ら。
まだ幼稚園に通っている利口なシドとか、美人になりそうなルリだとか。
(みんな、ビックリ…)
おじいちゃんと、お孫さんだってビックリだけど、と記憶が戻った時のことを考えてみる。
ある日突然、お互い、戻って来た記憶。
白いシャングリラで生きた時代に、機関長や先生だった「おじいちゃん」に…。
(…教え子だった、シドやルリだよ?)
幼稚園児のシドなんかだと、いくら利口でも、戸惑うだろうか。
「おじいちゃん」が誰か、思い出したら。
前の自分が誰だったのかが、鮮やかに頭に蘇ったら。
(…おじいちゃんの方でも、ビックリ仰天…)
可愛い孫をどう扱ったらいいのだろう、と。
なにしろ、シドやルリなのだから。
可愛い孫には違いなくても、お互い、遠い時の彼方で、別の出会いをしていたのだから。
(…同窓会には、絶対、連れて行ってよね、って…)
駄々をこねられて、連れて来るのはいいのだけれども、困りそうな日常。
おじいちゃんは強く出られないけれど、孫の方は遠慮しないから…。
(…前と同じで頑固で嫌い、って…)
プイッとそっぽを向かれるだとか、ゼルの場合は、大いにありそう。
ヒルマンだったら、上手くやれるだろうに。
(元々、子供たちの面倒を見てたし…)
困ることなんて有り得ないよね、と頷いたけれど、どうだろう。
「孫」になった子が「誰か」によっては、ヒルマンだって困るのだろうか。
(……えーっと…?)
ジョミーだったら、と考えたけれど、困りそうには思えない。
ソルジャー・シンが幼稚園児でも、少年くらいに育っていても…。
(ヒルマンだしね?)
最初は驚いても、慣れてしまったら余裕たっぷり、いい「おじいちゃん」。
お小遣いをあげたり、食事に連れて行ったりもして。
(前の君は、とても苦労をしたからね、って…)
うんと甘くて、きっとジョミーが恐縮するほど、色々なことをしてあげそう。
「同窓会で地球に行ったら、あちこち旅行してみるかね?」などと。
同窓会が終わった後にも、青い地球に長く滞在して。
(…ヒルマンだもんね…)
誰が「孫」でも、困らないよ、と思った所で、頭に浮かんだ別の顔。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分を撃った人間。
(……ヒルマンの孫、キースだったとか?)
絶対、無いとは言えないよね、と気付いた「そのこと」。
生まれ変わって記憶を取り戻すのは、ミュウだけだなんて限らない。
人類だって、同じに生まれ変わっていそう。
そして何処かで、前の生での記憶を持った知り合いと巡り会ったりもして。
(だから、キースが…)
ヒルマンの孫でも変じゃないよね、と思い至った。
今の平和な時代だったら、何の支障も無いのだから。
(…キースのおじいちゃんが、ヒルマン…)
それって凄い、と見開いた瞳。
いったい、どんな具合だろうかと、流石のヒルマンも困るだろうか、と。
(…孫なんだから、キースは、まだまだ子供で…)
前のキースが水槽の中で過ごした年齢、そんな人生の真っ最中。
幼稚園児ということだってあるし、前の時代なら目覚めの日にも届かない下の学校の子とか。
(十四歳になっていたって、今の時代じゃ、子供なんだし…)
キースの方も、仰天するのに違いない。
「どうなったんだ」と、「今の私は、子供なのか?」と。
その上、「おじいちゃん!」と慕っている祖父が、なんとヒルマン。
宿敵だったミュウの長老の一人で、もちろん「ソルジャー・ブルー」のことも…。
(よく知ってるから、困っちゃいそう…)
前の「自分」が仕出かしたことを、なんと伝えたらいいのかと。
「いっそ一生、黙っていようか」と、可哀想なくらいに悩んだりもして。
(…ヒルマンだって、キースなんだ、って分かるから…)
突然、口数が少なくなった「孫」を心配することだろう。
「何か悩みでもあるのかね?」と、優しく尋ねて、気分転換にと連れ出したりして。
(…やっぱり、ちょっぴり困るのかもね?)
だけど、素敵なおじいちゃんだし、キースも幸せになれそうだよ、と嬉しくなる。
ヒルマンの孫に生まれられたら、白いシャングリラの仲間たちにも馴染めそう、と。
(…ハーレイだって、キース嫌いが治るよね、きっと)
そんな世界なら良かったのに、と夢を見るのが止まらない。
「もしも、あの人がいたなら」と。
白いシャングリラの仲間もそうだし、敵だった人類側の人間。
キースやシロエや、それにマツカやグレイブたちにも、会ってみたいな、と…。
あの人がいたなら・了
※シャングリラの仲間たちに会えたなら、という想像から、ブルー君が考え付いた「孫」。
ヒルマンの孫がキースだったらビックリですけど、きっとキースには、いいおじいちゃんv
どうやら今は、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(あいつは、ちゃんといてくれたんだが…)
すっかりチビになっちまっていても、と思うのは、今日は会いそびれた人のこと。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋をした人。
生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしいブルー。
(…出会うまでに、うんと時間はかかっちまったが…)
同じ町で暮らしていたのにな、と苦笑するけれど、それでもブルーには会えた。
お互い、前の生での記憶も戻って、元の通りに。
(いや、元通りとはいかないんだが…)
あいつがチビの子供の間は、と額を指でトントンと叩く。
いくら互いに恋をしていても、今のブルーは十四歳にしかならない子供。
「ぼくにキスして」と、いくら強請られても、それに応えることは出来ない。
何故なら、ブルーは、まだ幼いから。
ブルー自身が何と言おうと、その事実だけは変わらない。
(心も身体も、まるっきり子供なんだよなあ…)
アルタミラで出会った頃と同じで、と前のブルーを思い出す。
心も身体も成長を止めて、少年の姿をしていたブルー。
「あの頃と、まるで変わりやしない」と。
違う所があるとしたなら、前の生での記憶があること。
お蔭でブルーは、自分ではすっかり大人のつもり。
唇へのキスを強請るほど。
「どうしてキスをしてくれないの」と、何度も膨れっ面になるほど。
(…そこで膨れっ面になるのが、だ…)
子供の証拠というヤツなんだが、と可笑しいけれども、ブルーには分からないらしい。
正真正銘、子供だから。
大人なら分かる心の機微など、まるで分かっていないのだから。
とはいえ、ブルーとは会うことが出来た。
幼すぎるのが問題だけれど、それもいつかは解決する。
チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育ったら。
背丈が伸びてゆくのと同じに、心も成長してくれたなら。
(そしたら本当に、元の通りに…)
あいつと恋人同士になれる、と緩む頬。
「今度は結婚出来るんだ」と。
誰にも恋を隠すことなく、ブルーと同じ家で暮らせる。
何処に行くにも二人一緒で、この青い地球や、広い宇宙の旅にも出掛けて。
(そうすることが出来る時代に、俺たちは生まれて来たんだが…)
他のヤツらは、いないんだよな、と最初の所に戻った思考。
「どうやら、俺たちだけらしいぞ」と。
(…根拠ってヤツは無いんだが…)
どうも、そういう気がしてならない。
蘇った青い地球でなくても、他の星にも、「誰もいない」と。
前の生で長い長い時を共に暮らした、懐かしい仲間。
ゼルもヒルマンも、エラもブラウたちも、今の世界にはいないのだろう、と。
(もしも、あいつらがいるんだったら…)
出会えていそうな気がするんだ、とコーヒーのカップを指で弾いた。
ブルーと自分が出会えたみたいに、彼らとも巡り会えたろう、と。
(…あいつの聖痕…)
今の自分と、ブルーが出会った奇跡の瞬間。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーが負った傷跡が、今のブルーに現れた時。
(あれが、あいつに出たってことは…)
恐らく、時が満ちたのだろう。
二人が出会うべき時が来るまで、神が隠しておいたもの。
それが姿を現した途端、膨大な記憶が蘇って来た。
(他のヤツらも、いるんだったら…)
あの瞬間に、ヤツらの記憶も…、という気がする。
そして記憶を取り戻したなら、神が彼らを自然な形で、此処へ呼び集めるだろう、と。
半ば、確信している「それ」。
神が彼らを呼ぶだろうこと、いるのなら、巡り会えるだろうこと。
(俺とあいつを、これだけ見事に…)
青い地球に連れて来られた神なら、そのくらいのことは容易いと思う。
それこそ「ついで」なのだから。
「これはオマケ」と言わんばかりに、ちょっとした奇跡の大盤振る舞い。
ある日バッタリ、街角でゼルに出会うとか。
ゼルに出会ったら、「宙港でヒルマンに会ったんだぞ」といった具合に繋がる関係。
最初はゼルに会っただけでも、アッという間にシャングリラの仲間が揃っていそう。
ヒルマンがブラウと出会っていたとか、ブラウがエラを知っていたとか。
(神様にすれば、そのくらいはなあ…?)
簡単だよな、と口に含んだコーヒー。
聖痕を起こすことに比べたら、人と人とを会わせるくらいは何でもない。
(ゼルがヒルマンに出会えるように…)
二人の思考に働きかければ、じきに二人は出会うだろう。
「お前、もしかして…」と、互いに驚きながら。
「ゼルじゃないか」と、「ヒルマンだよな?」と、肩を叩き合って。
(他のヤツらも、そんな風に…)
近い所にいる者から順に、神の指が嵌めてゆくパズル。
まるでチェスの駒を動かすみたいに、前の生の記憶を持った人間たちを動かして。
「此処にいる人が、こっちへ行けば…」と、顔を合わせる場を拵えて。
(…聖痕に比べりゃ、何でもないよな…)
そうやって出会った中の一人を、この町に行く気にさせるのも。
これと言った名所は特に無いけれど、それほど不便な場所でもないし…。
(…地球とは違う星から来たって…)
日本という地域に行ってみよう、と思い立ったら、ふらりと寄ることもあるだろう。
移動の途中で一泊するとか、気が向いたからと滞在するとか。
そうすれば、簡単に「ハーレイ」に会える。
此処まで導いて来た神だったら、その旅人と「ハーレイ」とを…。
(バッタリ会わせるくらいはなあ?)
お安い御用で、出会えば、たちまち、互いが互いを見付けるだろう、と。
それなのに、未だに一人も巡り会わない。
ゼルもヒルマンも、ブラウも、エラも。
(…いたら、絶対、出会えただろうと思うんだがな…)
そしたら愉快な同窓会が出来るのに、とコーヒーのカップを傾ける。
前の生では、死の星のままになっていた地球。
それが蘇って、今では「ハーレイ」の生まれ育った場所で…。
(うん、それだけでも驚きだよな)
前の俺たちは、地球の地の底で死んじまったから…、と前の自分の最期を思う。
「その地球の上で、今じゃ同窓会が出来るぞ」と、「美味い料理も山ほどあって」と。
(でもって、ブルーも、ちゃんといるから…)
みんなビックリするんだろうな、と思い浮かべる同窓会。
チビになってしまったブルーの姿を、初めて見る者もいるかもしれない。
シドやヤエやら、若い世代は、そんなブルーは知らないから。
(…すっごく可愛い、って…)
頭を撫で回すヤツもいそうだ、とニナたちの姿が目に浮かぶよう。
もっとも、彼らが「育った姿」になっていないと、そうはいかないのだけれど。
彼らも子供になっていたなら、場合によっては、ヒルマンが…。
(先生みたいに引率して来て、チビの団体…)
そういうことだって、あるのかもな、と考え始めると止まらない。
青い地球の上で、白いシャングリラの同窓会。
「誰もいない」と思うからこそ、あれこれと夢が広がってゆく。
(ジョミーがいるなら、慰労会もしてやらないと…)
グランド・マザーを倒しちまった立役者だぞ、と懐かしくなる金髪の青年。
前のブルーに連れて来られた時は、少年だったのに。
(ブルーと同じでチビになっていようが、慰労会だよな)
酒が飲めない年齢だったら、ノンアルコールの、子供用のシャンパンを用意して。
「お疲れ様!」と、皆で乾杯して。
(どうせ、ブルーも酒は駄目だし…)
うん、充分に盛り上がるさ、と思うジョミーの慰労会。
前のブルーも頑張ったけれど、SD体制にトドメを刺したのは、ジョミーなのだから。
それもいいな、と同窓会から慰労会へと変わった想像。
いないだろうと思うからこそ、「あの人がいたら」と見たくなる夢。
(俺とブルーの恋なんぞは…)
自分もブルーも綺麗に忘れて、再会の喜びに浸っていそう。
懐かしい仲間が揃っているから、もう嬉しくてたまらなくて。
(…やりたいんだがなあ、ジョミーの慰労会…)
うんと楽しいに違いないんだ、と思った所で、ハタと気付いた。
「ジョミーだけとは限らないぞ」と。
(……ジョミーの、戦友……)
そいつ抜きでは、慰労会とは言えないような、と背中にタラリと流れた汗。
再会したジョミーが少年だろうが、青年の姿をしていようが…。
(ぼくの戦友を紹介するよ、と…)
とびきりの笑顔で、「入って!」と手招きしそうな「男」。
地球の地の底で、ジョミーと共にグランド・マザーに刃向かい、命を落とした英雄。
(……キース・アニアン……)
あいつがいない筈が無かった、と愕然とする。
神がジョミーを呼び寄せたならば、当然、キースもいるのだろう、と。
ジョミーがいたなら、キースに出会わない筈が無いから。
きっと二人は大の親友、間違いなく、そうなるだろうから。
(…そいつは、非常に困るんだが…!)
どんな顔をして会えばいいんだ、とカップのコーヒーに目を落とす。
「まさか殴れやしないじゃないか」と、「愛想よく挨拶するしかないぞ」と。
(…ジョミーの大親友ではなあ…)
どうにもならん、と悔しい上に、今のブルーは…。
(……キースの野郎を、嫌っていないと来たもんだ……)
ジョミーとキースが少年だったら、ブルーは大喜びだろう。
「いっぺんに友達が増えたよ、ハーレイ!」と、弾けるような笑みを輝かせて。
「三人で遊びに行くのもいいね」と、「ハーレイ、車を出してくれない?」と。
なにしろ、ブルーは子供だから。
同い年くらいの友達が出来たとなったら、もう早速に、遊びに行きたい年頃だから。
(…おいおいおい…)
そいつは御免蒙りたいぞ、と情けなくなる。
同窓会を開いた結果が、それなんて。
ジョミーの慰労会をやったら、キースまでやって来るなんて。
(……だが、充分にありそうだしなあ……)
誰とも会えないままがいいのかもな、と思うけれども、懐かしい仲間。
もしも巡り会うことが出来たら、きっと楽しい。
たとえブルーが、キースと友達になろうとも。
「ハーレイ、車を出してくれない?」と、遊びに行く足に使われようと…。
あの人がいたら・了
※シャングリラの仲間たちが今の時代にいたら、と想像してみたハーレイ先生。同窓会だ、と。
なんとも楽しそうですけれども、ジョミーが連れて来そうな親友。殴れませんよねv
「あのね、ハーレイ…」
ぼくの髪の毛なんだけど、と小さなブルーが指差した頭。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 髪の毛が、どうかしたのか?」
何も絡まってはいないようだが、とハーレイも目を遣る。
ブルーの綺麗な銀色の髪に。
前のブルーと全く同じに、整えられたヘアスタイル。
ブルーは、銀色の髪を示して、こう言った。
「切っちゃおうかな?」と。
「髪の毛を…? 切りに行くには、まだ早くないか?」
そんなに伸びてはいないだろう、とハーレイは首を傾げた。
この前、ブルーが髪をカットしに行ったのは…。
(…今よりも、もっと伸びてた時で…)
今だと、かなり早すぎるような…、とハーレイでも分かる。
下手に切ったら、「ソルジャー・ブルー風」にならない髪。
うんと短くなってしまって、ただのショートカットに…。
(…なりそうだがな?)
どうなんだろう、と湧き上がる疑問。
「それとも、プロだと違うのか?」とも。
ハーレイには、行きつけの理髪店がある。
店主は、キャプテン・ハーレイの熱烈なファン。
(俺が行くのを、楽しみに待っていてくれて…)
それは見事に、キャプテン・ハーレイ風に仕上げてくれる。
お蔭で、今でも前の生の頃と全く同じに…。
(キャプテン・ハーレイでいられるわけだが…)
ブルーの場合も、その辺の事情は変わらない。
「ソルジャー・ブルーにそっくりだから」と、今の髪型。
幼い頃から、ずっと「ソルジャー・ブルー風」。
(…同じ店に通い続けているなら、担当もいるし…)
少し早めに出掛けて行っても、普段通りになるのだろうか。
「お待たせしました」と、ソルジャー・ブルー風の髪型に。
(…そりゃまあ、プロはプロだしなあ…)
素人とは違うのかもしれん、と勝手に納得したのだけれど。
「ハーレイ、聞いてる?」
切っちゃおうかと思うんだよ、とブルーが再び口を開いた。
「今より、うんと短めに」と。
クラスメイトがやってるみたいな、ショートカット、と。
「なんだって!?」
本気で短くする気なのか、とハーレイは仰天してしまった。
普通の男子生徒の髪と言ったら、ブルーの髪の長さの…。
(半分どころの騒ぎじゃなくて、だ…)
生徒によっては、丸刈りに近い者だっている。
其処まで短くしないにしたって、前のブルーとは…。
(似ても似つかない髪になっちまうんだが!)
想像もつかん、とブルーの顔を、まじまじと見る。
「いったい、どうなってしまうのだろう」と。
「ちゃんとブルーに見えるだろうか」と、「別人かも」と。
けれどブルーは、涼しい顔で頷いた。
「ショートカットにしたって、いいと思うんだよね」と。
「だって、頑張って伸ばしていても…」
手入れが面倒なんだもの、とブルーが指に絡めた髪。
「寝癖もつくし」と、「ハーレイも前に見たじゃない」と。
(…それは確かに、そうなんだが…)
寝癖がついたままのブルーは、見たことがある。
つい、からかってしまったけれども、そんな髪でも…。
「もったいないとは、思わないのか?」
せっかく、お前に似合ってるのに、とブルーを見詰めた。
「何も短く切らなくても」と、「今のがいいのに」と。
するとブルーは、「うーん…」と一人前に腕組み。
「ぼくには、そうは思えないけど」と。
「今のハーレイ、ぼくの髪型なんか気にしてないでしょ?」
チビだと思って、とブルーは上目遣いに見上げる。
「だから、短く切ってしまっても、どうでも良さそう」と。
「おいおいおい…」
俺は大いに気にしているぞ、とハーレイは慌てた。
いくらチビでも、ブルーは「そっくり、そのまま」がいい。
前のブルーに似ているのだから、変えるよりかは…。
(今のままがいいに決まってるだろう!)
そう思うから、それを真っ直ぐ、ブルーにぶつけた。
「そのままがいい」と。
「俺は、そいつが気に入っている」と、「今のお前が」と。
そうしたら…。
「それなら、キスをしてくれないと…」
ぼくは信じやしないからね、と得意げに微笑んだブルー。
「キスをちょうだい」と、「唇にだよ?」と。
(…この野郎…!)
そういう魂胆だったのか、と、やっと分かったものだから。
ブルーの狙いに気が付いたから、椅子から立ち上がって…。
「よしきた、それなら任せておけ」
俺が上手に切ってやろう、とニヤリと笑った。
「お母さんにハサミを借りて来よう」と。
「無いなら、車でひとっ走りして買って来るから」と。
「ちょっと、ハーレイ…!」
それは酷いよ、とブルーは悲鳴だけれど。
「冗談だってば」と、「本気じゃないよ」と必死だけれど。
(たまには、しっかり懲りろってな!)
今日はお灸をすえてやる、と浮かべた笑み。
「まあ、任せろ」と。
「丸刈りだっていいもんだぞ」と、「バリカンでな」と…。
切っちゃおうかな・了
(今日はハーレイに…)
会えないままで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(同じ学校の、先生と生徒なんだけど…)
全然、会えない日ってあるよね、と悲しい気分。
白いシャングリラの中と比べれば、学校の方が狭いのに。
何層にも重なっていたりしないし、移動手段も、シャングリラよりずっと少ないのに。
(…シャングリラだったら、通路の他にも…)
バスみたいな乗り合いのコミューターとか、エレベーターとか。
通路もあちこち入り組んでいたし、非常用の通路も張り巡らされて…。
(同じ方向に向かっていたって、必ず、顔を合わせるわけじゃあ…)
なかったんだよね、と白い箱舟を思い出す。
巨大な白い鯨よりかは、学校の方が、ハーレイと出会い易いのに。
確率はずっと高そうなのに、会えない日には、とことん会えない。
(ハーレイの古典の授業が無くって、廊下でも階段でも出会わなくって…)
グラウンドにも姿が見えずに、そのまま下校するしかない日。
今日のような日も少なくないから、なんとも寂しい。
ソルジャー・ブルーだった頃には、どんなにハーレイが多忙だろうと、会えたのに。
毎朝、食事を一緒に食べて、報告を聞くことが出来たのに。
(…いくらハーレイが、ぼくの守り役でも…)
一日に一度は顔を見ること、などという決まりは設けられていない。
だから、今日のような日だってある。
一日どころか、何日も会えないことだって。
流石に一週間も会えないままにはならないけれども、可能性はゼロではないだろう。
週に一度は会うように、と医者が指示したわけではないから。
(……一週間は、長すぎるよね……)
そんなことが起こりませんように、と心の中で神に祈った。
「明日はハーレイに会えますように」と、「ほんのちょっぴりでも」と。
(…ホントに、ちょこっと会えるだけでも…)
嬉しいんだから、と考えていたら、ポンと頭に浮かんだこと。
「ぼくの身体が、もう少し、丈夫だったなら」と。
学校でハーレイを待てる程度に、人並みの体力があったならば、と。
(…今の時代は、人間は、みんなミュウだから…)
前の自分の頃と違って、ミュウは全く虚弱ではない。
あの時代の人類がそうだったように、健康な身体を持っているのが普通。
プロのスポーツ選手にしたって、今では、みんなミュウなのだから。
(…今のハーレイも、うんと丈夫で…)
補聴器も要らない身体になって、プロのスポーツ選手になれる道だってあった。
それを蹴って教師の道を選んだけれども、今も柔道部を指導している。
(今日も、柔道部が長引いたのかも…)
あるいは会議があったのだろうか、それとも他に用があったか。
(…どれにしたって…)
今の自分が丈夫だったら、待っていることは出来ただろう。
急いで家に帰らなくても、身体は悲鳴を上げないから。
(ぼくは今度も、前と同じで弱くって…)
体育の授業も見学が多いし、学校を休む日だってある。
元気な子ならば歩いて通える、今の学校がある場所だって…。
(歩いて通うと、疲れちゃうから…)
路線バスに乗って通っているほど、今の自分も身体が弱い。
そのせいでクラブ活動もせずに、授業が終われば、真っ直ぐ家に帰るけれども…。
(元気だったら、何かのクラブに入って…)
放課後の時間を潰せばいい。
クラブが無い日も、友達と学校で遊んでいたなら…。
(じきに下校の時間になるよね?)
そしたら、ハーレイに会えるんだけど、と思い描いた「もしも」の世界。
「今のぼくが、丈夫だったなら」と。
もしも丈夫に生まれていたなら、どんなに違っていただろう。
今夜みたいに溜息をついて、「会えなかったよ」と悲しむ日は、きっと…。
(うんと減るよね?)
ハーレイが研修とかで留守の時だけ、と「会えずに終わる日」を考えてみる。
そうでない日は、ハーレイは学校に来ているから。
(…ハーレイが学校にいるんなら…)
放課後まで会えずに終わった時には、何処かで待っていればいい。
クラブ活動でも、友達と遊んで過ごすにしても、下校のチャイムが鳴る時間まで。
チャイムが鳴ったら、友達やクラブの仲間たちは下校してゆくけれど…。
(…ぼくだけ残って、ハーレイが帰る時間になるまで、待っていたって…)
他の先生は叱ったりせずに、逆に「待つための場所」を提供してくれそう。
なんと言っても、ハーレイは「守り役」なのだから。
(…何か相談したいんだな、って…)
いい方に誤解した解釈をして、ハーレイにも知らせてくれるだろう。
「ブルー君が待っていますから」と。
「帰る時には、ブルー君の所に行くのを、忘れたりしないで下さいよ」と。
(…絶対、そう!)
そうなるよね、と自信はある。
聖痕が再発しないようにと、守り役になったのがハーレイだから。
そのハーレイを待っているのなら、相談事があるのだと、先生方は思う筈。
(聖痕のことが相談事なら、ぼくをウッカリ帰らせちゃったら…)
「ハーレイに会えなかった」ばかりに、聖痕が再発するかもしれない。
そうなったならば、「帰りなさい」と下校を命じた先生は…。
(うんと責任を感じちゃうから…)
そんな事態は避けたいだろうし、触らぬ神に祟り無し。
相談事が何であろうと、「ブルー」がハーレイを待っているなら…。
(この部屋で待っていなさい、って…)
何処かの部屋へ案内してくれて、もしかしたら、飲み物も出るかもしれない。
先生方が普段、休憩時間や放課後に飲んでいるものを。
「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」などと尋ねてもくれて。
(…飲み物を貰って、お菓子もあるかも…)
先生方が食べるお菓子が余っているなら、それだって分けてくれそうだよね、と考える。
「ハーレイ先生」を待っている間、お腹を空かせないように。
会議などが更に長引きそうなら、飲み物もお菓子も、追加になって。
(そうやって、終わるまで待ってたら…)
やがて聞き慣れた足音がして、部屋の扉が開くのだろう。
「待たせてすまん。すっかり遅くなっちまった」と、帰り支度をしたハーレイが来て。
(そしたら、ぼくも鞄を持って…)
ハーレイと一緒に、校舎を出る。
もう学校に用は無いから、ハーレイの車が停めてある駐車場に向かって。
濃い緑色をしたハーレイの愛車、それの所まで行ったなら…。
(ハーレイが鍵を開けてくれて…)
乗れよ、と促してくれるだろう。
「お前の家まで送って行くから、助手席に乗れ」と。
そしてハーレイも運転席に座って、シートベルトを締めながら…。
(腹が減ってないか、って聞いてくれるんだよ)
ぼくの身体が丈夫だったなら、と広がる夢。
今みたいに弱い身体でなければ、帰り道に何か食べたって…。
(家に帰ったら、晩御飯も、ちゃんと…)
残さずペロリと平らげるから、間食したって大丈夫。
ハーレイの車で、何処かの店に寄ったって。
テイクアウト出来る物でなくても、お店に入って美味しく食べる。
少しくらいの寄り道だったら、遅くなっても、両親も許してくれるだろう。
晩御飯を残さず食べられるなら。
家に帰ってからも元気で、きちんと宿題などもするなら。
(タコ焼きとかを買って貰って、車の中で食べてもいいけど…)
どうせだったら、お店に入って楽しく食べたい。
ハーレイの優しい笑顔を見ながら、ホットケーキや、パフェなんかを。
元気な少年なら食べられそうな、ラーメンだって。
「美味しいね」と、自分も笑顔になって。
ハーレイお勧めの店の餃子や、大きなお好み焼きなんかも。
それって素敵、と顔が綻ぶ、帰り道での小さなデート。
ハーレイの顔を見られて満足だから、食べ終わった後は家に直行でも…。
(文句なんかは言わないし…)
寄って行ってよ、と引き止めもしない。
「今日はありがとう」と、笑顔でお礼を言って、ハーレイの車が走り去るのを見送る。
「またね」と、大きく手を振りながら。
(…そういうデートが、沢山、出来そう…)
もし、ぼくが丈夫だったなら、と容易に想像出来る光景。
休日だって、この部屋でお茶を飲んでいるような暇があったら…。
(…外へ行こうよ、って…)
誘わなくても、ハーレイの方から誘ってくれそう。
「次の休みは、俺と釣りにでも行かないか?」などと。
今のハーレイの父は、釣りの名人。
ハーレイも直伝の腕前を披露したくて、川や湖や、海にだって…。
(行くぞ、って車を出してくれて…)
二人で釣りをしながらのデート。
「ほら、引いてるぞ」と教えて貰って、大きな魚を釣り上げて。
何も釣れなくても、きっと座っているだけで…。
(うんと楽しくて、幸せで…)
嬉しくてたまらないことだろう。
行き先が海でも、きっと「地球の海だ」なんてことは考えない。
ハーレイと過ごす時間だけで、もう充分だから。
前の自分が誰だったのかは、どうでも良くなってしまっていて。
(…きっと、そう…)
今の暮らしが楽しすぎて、と思いを馳せる、ハーレイとのデート。
デートだという意識も、あるいは無いのかもしれない。
「ハーレイと釣りをしている」今が、もう最高に幸せで。
うんと健康な少年らしく、釣りという遊びに夢中になって。
(ハーレイが大きな魚を釣ったら…)
羨ましくて、うんと悔しくて、自分も必死になりそうに思う。
「ぼくも釣るんだ」と、「大きいのを釣るまで、絶対、帰らないからね!」と。
(…デートだなんて、思っていないよね…)
丈夫なぼく、と思うけれども、そんな自分もいいかもしれない。
学校でハーレイが帰る時間まで待って、帰りに二人でラーメンでも。
キスが欲しいとは思いもしないで、「美味しかった」と大満足な自分でも。
(…釣りに行っても、魚を釣るので頭の中が一杯で…)
デートだなどとは微塵も思わず、キスが欲しいとも思わなくても…。
(…そういうぼくなら、それで幸せなんだものね?)
そっちの方でも良かったかな、と思いはしても、生憎、今の自分は虚弱。
丈夫な身体になれはしないし、これからもキスを強請るだけ。
「ハーレイのケチ!」と頬っぺたをプウッと膨らませて。
唇にキスをくれないハーレイ、ケチな恋人に文句を言って。
「丈夫なブルー」は、いないから。
健康的なデートで喜ぶ、今のハーレイがホッとしそうな「ブルー」は存在しないのだから…。
丈夫だったなら・了
※自分が丈夫だったなら、と想像してみたブルー君。ハーレイ先生と素敵なデートが出来そう。
デートだという意識も無さそうな感じですけど、健康的なブルー君は存在しないのですv