(今日はハーレイに会えなかったけど…)
きっと明日には会えるものね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…寄ってくれるかと思ってたのに…)
仕事の帰りに、と嘆いてみたって始まらない。
ハーレイは忙しかったのだろうし、そういう時には、どんなに文句を言ったって…。
(…ハーレイにだって、どうすることも出来ないよね…)
会議や柔道部のことだったなら、と分かっているから、どうしようもない。
他の先生たちと食事に出掛けて行ったのだとしても、それも大人の付き合いだから…。
(どんなにハーレイが楽しんでたって、ぼくには何にも…)
言えやしないよ、と充分、承知してはいる。
それでも時々、深い溜息をついている日もあるけれど。
「ハーレイ、ぼくを忘れてるかも」と、「他の先生たちと楽しく食事だもんね」と。
(…でも、今日は…)
そんな文句は言わない日、と気持ちを明日に切り替える。
明日は古典の授業があるから、ハーレイに会えることは確実。
(どんな雑談、してくれるかな?)
楽しみだよね、と期待に膨らむ胸。
ハーレイが授業で繰り出す雑談、それは生徒の集中力を取り戻すため。
皆の興味を惹き付けるように、色々な話題を持ち出して来る。
(食べ物の話かな、それとも昔の文化とかかな…?)
前のぼくも知らない話ばっかり、と耳にする前から、もう嬉しくてたまらない。
明日には、聞ける筈だから。
学校を休んだり、古典の時間に保健室に行ったりしていなければ。
(絶対、学校に行かなくちゃ…)
風邪なんか引いていられないよ、と決意を新たにする。
「今夜は、しっかり寝なくっちゃ」と。
そうは思っても、今の生でも弱い身体に生まれた自分。
運が悪いと、明日になったら、具合が悪いということもある。
(でも、きっと…)
学校を休んでしまったとしても、ハーレイには会えることだろう。
「ハーレイの授業を聞きたかったよ」と、昼間はベッドでしょげていたって。
(…よっぽど忙しくない限り…)
仕事の帰りに、ハーレイは見舞いに来てくれる。
他の先生との食事なんかは、断って。
会議があったり、柔道部の部活が長引いた時でも、よっぽど遅くならない限りは。
(…だって、ハーレイの授業がある日に…)
教室に「ブルー」の姿が無ければ、ハーレイにも直ぐに「身体の具合が悪い」と分かる。
熱があるのか、風邪を引いたか、とても心配してくれるだろう。
(だから、仕事が終わったら…)
急いで家まで来てくれる筈で、場合によっては、母に頼んでキッチンに立って…。
(野菜スープを作ってくれるんだよ)
前のぼくが大好きだったスープ、と緩む頬。
ほんの少しの塩味しかない、何種類もの野菜をコトコト煮込んだスープ。
前の自分が寝込んだ時には、ハーレイが作る、そのスープしか受け付けなかった。
(ホントに具合が悪すぎる、って時だけれどね…)
そうじゃない時は、他の食事も食べていたよ、と時の彼方に思いを馳せる。
身体を治すには、まず栄養をつけないと。
ノルディにも厳しく言われていたから、食べられる時は食べていた。
(…だけど、食べられない時だって…)
少なくはなくて、そういう時には、ハーレイのスープ。
今の自分も、その味わいを覚えていたから、ハーレイは、ちゃんと作ってくれる。
「これくらいなら、食えるだろ」と。
「明日には、お母さんが作る食事も食べるんだぞ」などと言いながら。
(…授業で会えるか、休んでしまって家で会うのか…)
明日にならないと分からないけれど、恐らく、会える。
「会えなかったよ」と、此処で嘆いていなくても。
「ハーレイは、ぼくのことなんか忘れてるんだ」と、恨まなくても。
明日になったら会える恋人。
そう考えたら、心はグンと軽くなる。
「ハーレイの授業まで、あと何時間?」と数えたりして。
運が良ければ、登校した時、朝のグラウンドで出くわすこともあるのだから。
(…今日はたまたま、会えなかっただけで…)
会える日の方が多いもんね、と大きく頷く。
たまに会えない日が続いたって、一週間も続きはしない。
週末は、学校が休みだから。
其処でハーレイが家に来てくれるし、週末に何か用事があるなら…。
(それよりも前に、何処かの平日に時間を作って…)
必ず、寄ってくれるんだもの、と分かっているから安心出来る。
会えないままで、一週間も過ぎてしまうことは、有り得ないから。
寂しいのを何日か我慢したなら、優しい笑顔を見られるから。
(…うんと幸せ…)
前のぼくよりは、ちょっぴり寂しい毎日だけど、と白いシャングリラを思い出す。
ミュウの箱船では、会えない日などは無かったから。
どんなにハーレイが多忙な時でも、朝の食事は一緒に食べた。
そういう決まりになっていたから。
シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、二人が会う場は必要だろう、と。
(だけど、今だと、そういう決まりは…)
誰も作ってくれなかったわけで、いくらハーレイが「守り役」でも…。
(毎日、必ず、会って下さい、って、病院の先生も言わなかったし…)
聖痕を診た主治医が決めなかった以上、学校だって、其処まで配慮はしてくれない。
ハーレイが「ブルー」を特別扱い、そうすることは認めていても。
特定の教え子にだけ親切なのを、咎めることはしないけれども。
(…ちょっぴり残念…)
決まりがあったら良かったよね、と思いはしても、仕方ない。
それは贅沢というものだから。
会えない時でも、一週間も空きはしないのだから。
だから我慢、と思ったはずみに、頭の中を掠めた考え。
「ハーレイに会えなくなったなら」と。
今はどんなに間が空いても、一週間も会えないままになったりはしないのだけれど…。
(…ハーレイが、ぼくの学校の先生だったから…)
そうなっただけで、今のハーレイの仕事によっては、もっと間が空くのかも、と。
(プロのスポーツ選手だったら、遠征試合に出掛けちゃったら…)
行き先は遠い他所の星だし、いつ帰るかも分からないほど。
星から星へと転戦してゆくのなら、そのシーズンが終わるまで…。
(…地球には、帰って来なくって…)
会えなくなっちゃう、と愕然とする。
この地球の上で遠征したって、他の地域へ出掛けてゆくなら、一週間では戻れない。
その上、スポーツ選手だったら、練習のための合宿期間だってある。
(…合宿する場所が、この町でなければ…)
合宿の間も会えやしない、と気が付いた。
「それは困るよ」と、「やっぱり、ハーレイは先生でなくちゃ」と。
(……だけど……)
同じ古典の教師にしたって、遠い町で教師をしていた時には、どうなるだろう。
日帰りするのは厳しいくらいに、うんと離れた町だったなら。
(…そういう所の先生だって、研修とかだと、この町に…)
やって来ることも少なくないから、巡り会うのは、研修でこの町に来ている時。
研修の合間の休憩時間に、ハーレイが何処かを散歩していて…。
(ぼくとバッタリ出会った途端に、ぼくに聖痕…)
それで互いの記憶が戻って、もちろんハーレイは、血まみれになった「ブルー」と一緒に…。
(救急車に乗って、病院までついて来てくれて…)
その後も、ちゃんと付き添っていてくれるだろう。
研修先に連絡を入れて、「目の前で子供が大怪我をしたから」と事情を伝えて。
一段落したら、研修先に戻ってゆくのだろうけれど…。
(記憶が戻って来たんだし…)
何か理由を考え出して、休暇を取ってくれると思う。
ほんの二日か三日だけでも、研修の後で、色々、話が出来るようにと。
(…そこまでは、一緒にいられるけれど…)
ハーレイの休暇が終わってしまえば、離れ離れになるしかない。
なにしろ、ハーレイが勤めているのは、遠い町にある学校だから。
其処で生徒たちが待っているから、休暇が済んだら、戻らなければ。
どれほど「ブルー」に未練があっても、仕事を放り出すことは…。
(……出来ないよね?)
今のハーレイも真面目だものね、とハーレイの性格を改めて思う。
キャプテン・ハーレイだった頃と同じで、とても責任感が強いハーレイ。
やっている仕事が違うというだけ、仕事にかける思いは同じ。
(教え子たちを放って、ぼく一人には…)
絶対、かまけてくれやしない、と容易に想像がつく。
再会出来て喜んだ後は、別れが待っているのだと。
「じゃあな」と手を振り、ハーレイは行ってしまうのだ、と。
(…遠い町だから、週末の度に来るなんてこと、出来やしないし…)
次に会えるのは、長期休暇の時だろう。
夏休みだとか、冬休み。
学校が長い休みに入って、ハーレイが旅をしてもいい時。
(…それまで、会えなくなったなら…)
いったい自分はどうするだろうか、ハーレイが行ってしまったら。
一週間どころか、何ヶ月も会えなくなってしまって、それが普通の二人だったら。
(…どんなに会いたくなったって…)
今の自分の弱い身体では、ハーレイが暮らしている町まで旅をするのは厳しい。
なんとか辿り着けたとしたって、寝込んでしまうことだろう。
(ハーレイが来られないんなら、って…)
週末に会いに出掛けたつもりが、宿で寝込んで、ハーレイに心配をかけるだけ。
おまけに、一回、それをやったら…。
(…パパとママは二度目を、絶対、許してくれないし…)
ハーレイにだって、釘を刺されてしまう筈。
「こんな無茶、二度とするんじゃないぞ」と。
「俺の方から会いに行くから、それまで大人しく待つんだな」と。
そのハーレイが会いに来てくれるのは、何ヶ月も先のことになるのに。
(……そんなの、困る……)
会えなくなったら困っちゃうよ、と思うけれども、有り得た話。
今のハーレイが、別の仕事をしていたら。
同じ古典の教師にしたって、遠く離れた町にいたなら。
(…神様が、ちゃんとしてくれたから…)
一週間も会えずに終わることなど、ないけれど。
何処かで必ず会えるけれども、ハーレイに会えなくなったなら…。
(…手紙に、通信…)
ハーレイが書いた返事を見たくて、せっせと手紙を書いて投函するのだろう。
まるで日記をつけるみたいに、毎日のように郵便ポストに行って。
家に帰ったら門扉の脇のポストを覗いて、返事が届いていないかを見て。
(ポストの中が空っぽだったら…)
玄関の扉を開けるなり、「手紙は来てた?」と叫ぶのだろうか、母に向かって。
もしも手紙が届いていたなら、何よりも先に読みたいから。
(それに、通信…)
ハーレイが家にいて、忙しくなさそうな時間を選んで、入れる通信。
「あのね」と、「ハーレイ、元気にしてる?」と。
ちゃんと手紙を貰っていたって、ハーレイの声が聞きたくて。
(声を聞けたら、とても嬉しくなるだろうけど…)
手紙と通信だけの日々など、我慢出来るとは思えないから。
ハーレイに会いたくて堪らなくなって、泣いてしまう夜もありそうだから…。
(一週間も空けずに会えるだけでも…)
幸せなんだと思わなくちゃね、と自分に向かって言い聞かせる。
もしもハーレイに会えなくなったなら、きっと耐えられはしないから。
長い休みにしか会えないだなんて、もう絶対に御免だから…。
会えなくなったなら・了
※ハーレイ先生に会えなくなったなら、と想像してみたブルー君。遠くに離れて暮らしていて。
会えるのは長い休みの時だけ、それまでは我慢するしかない日々。耐えられませんよねv
きっと明日には会えるものね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…寄ってくれるかと思ってたのに…)
仕事の帰りに、と嘆いてみたって始まらない。
ハーレイは忙しかったのだろうし、そういう時には、どんなに文句を言ったって…。
(…ハーレイにだって、どうすることも出来ないよね…)
会議や柔道部のことだったなら、と分かっているから、どうしようもない。
他の先生たちと食事に出掛けて行ったのだとしても、それも大人の付き合いだから…。
(どんなにハーレイが楽しんでたって、ぼくには何にも…)
言えやしないよ、と充分、承知してはいる。
それでも時々、深い溜息をついている日もあるけれど。
「ハーレイ、ぼくを忘れてるかも」と、「他の先生たちと楽しく食事だもんね」と。
(…でも、今日は…)
そんな文句は言わない日、と気持ちを明日に切り替える。
明日は古典の授業があるから、ハーレイに会えることは確実。
(どんな雑談、してくれるかな?)
楽しみだよね、と期待に膨らむ胸。
ハーレイが授業で繰り出す雑談、それは生徒の集中力を取り戻すため。
皆の興味を惹き付けるように、色々な話題を持ち出して来る。
(食べ物の話かな、それとも昔の文化とかかな…?)
前のぼくも知らない話ばっかり、と耳にする前から、もう嬉しくてたまらない。
明日には、聞ける筈だから。
学校を休んだり、古典の時間に保健室に行ったりしていなければ。
(絶対、学校に行かなくちゃ…)
風邪なんか引いていられないよ、と決意を新たにする。
「今夜は、しっかり寝なくっちゃ」と。
そうは思っても、今の生でも弱い身体に生まれた自分。
運が悪いと、明日になったら、具合が悪いということもある。
(でも、きっと…)
学校を休んでしまったとしても、ハーレイには会えることだろう。
「ハーレイの授業を聞きたかったよ」と、昼間はベッドでしょげていたって。
(…よっぽど忙しくない限り…)
仕事の帰りに、ハーレイは見舞いに来てくれる。
他の先生との食事なんかは、断って。
会議があったり、柔道部の部活が長引いた時でも、よっぽど遅くならない限りは。
(…だって、ハーレイの授業がある日に…)
教室に「ブルー」の姿が無ければ、ハーレイにも直ぐに「身体の具合が悪い」と分かる。
熱があるのか、風邪を引いたか、とても心配してくれるだろう。
(だから、仕事が終わったら…)
急いで家まで来てくれる筈で、場合によっては、母に頼んでキッチンに立って…。
(野菜スープを作ってくれるんだよ)
前のぼくが大好きだったスープ、と緩む頬。
ほんの少しの塩味しかない、何種類もの野菜をコトコト煮込んだスープ。
前の自分が寝込んだ時には、ハーレイが作る、そのスープしか受け付けなかった。
(ホントに具合が悪すぎる、って時だけれどね…)
そうじゃない時は、他の食事も食べていたよ、と時の彼方に思いを馳せる。
身体を治すには、まず栄養をつけないと。
ノルディにも厳しく言われていたから、食べられる時は食べていた。
(…だけど、食べられない時だって…)
少なくはなくて、そういう時には、ハーレイのスープ。
今の自分も、その味わいを覚えていたから、ハーレイは、ちゃんと作ってくれる。
「これくらいなら、食えるだろ」と。
「明日には、お母さんが作る食事も食べるんだぞ」などと言いながら。
(…授業で会えるか、休んでしまって家で会うのか…)
明日にならないと分からないけれど、恐らく、会える。
「会えなかったよ」と、此処で嘆いていなくても。
「ハーレイは、ぼくのことなんか忘れてるんだ」と、恨まなくても。
明日になったら会える恋人。
そう考えたら、心はグンと軽くなる。
「ハーレイの授業まで、あと何時間?」と数えたりして。
運が良ければ、登校した時、朝のグラウンドで出くわすこともあるのだから。
(…今日はたまたま、会えなかっただけで…)
会える日の方が多いもんね、と大きく頷く。
たまに会えない日が続いたって、一週間も続きはしない。
週末は、学校が休みだから。
其処でハーレイが家に来てくれるし、週末に何か用事があるなら…。
(それよりも前に、何処かの平日に時間を作って…)
必ず、寄ってくれるんだもの、と分かっているから安心出来る。
会えないままで、一週間も過ぎてしまうことは、有り得ないから。
寂しいのを何日か我慢したなら、優しい笑顔を見られるから。
(…うんと幸せ…)
前のぼくよりは、ちょっぴり寂しい毎日だけど、と白いシャングリラを思い出す。
ミュウの箱船では、会えない日などは無かったから。
どんなにハーレイが多忙な時でも、朝の食事は一緒に食べた。
そういう決まりになっていたから。
シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、二人が会う場は必要だろう、と。
(だけど、今だと、そういう決まりは…)
誰も作ってくれなかったわけで、いくらハーレイが「守り役」でも…。
(毎日、必ず、会って下さい、って、病院の先生も言わなかったし…)
聖痕を診た主治医が決めなかった以上、学校だって、其処まで配慮はしてくれない。
ハーレイが「ブルー」を特別扱い、そうすることは認めていても。
特定の教え子にだけ親切なのを、咎めることはしないけれども。
(…ちょっぴり残念…)
決まりがあったら良かったよね、と思いはしても、仕方ない。
それは贅沢というものだから。
会えない時でも、一週間も空きはしないのだから。
だから我慢、と思ったはずみに、頭の中を掠めた考え。
「ハーレイに会えなくなったなら」と。
今はどんなに間が空いても、一週間も会えないままになったりはしないのだけれど…。
(…ハーレイが、ぼくの学校の先生だったから…)
そうなっただけで、今のハーレイの仕事によっては、もっと間が空くのかも、と。
(プロのスポーツ選手だったら、遠征試合に出掛けちゃったら…)
行き先は遠い他所の星だし、いつ帰るかも分からないほど。
星から星へと転戦してゆくのなら、そのシーズンが終わるまで…。
(…地球には、帰って来なくって…)
会えなくなっちゃう、と愕然とする。
この地球の上で遠征したって、他の地域へ出掛けてゆくなら、一週間では戻れない。
その上、スポーツ選手だったら、練習のための合宿期間だってある。
(…合宿する場所が、この町でなければ…)
合宿の間も会えやしない、と気が付いた。
「それは困るよ」と、「やっぱり、ハーレイは先生でなくちゃ」と。
(……だけど……)
同じ古典の教師にしたって、遠い町で教師をしていた時には、どうなるだろう。
日帰りするのは厳しいくらいに、うんと離れた町だったなら。
(…そういう所の先生だって、研修とかだと、この町に…)
やって来ることも少なくないから、巡り会うのは、研修でこの町に来ている時。
研修の合間の休憩時間に、ハーレイが何処かを散歩していて…。
(ぼくとバッタリ出会った途端に、ぼくに聖痕…)
それで互いの記憶が戻って、もちろんハーレイは、血まみれになった「ブルー」と一緒に…。
(救急車に乗って、病院までついて来てくれて…)
その後も、ちゃんと付き添っていてくれるだろう。
研修先に連絡を入れて、「目の前で子供が大怪我をしたから」と事情を伝えて。
一段落したら、研修先に戻ってゆくのだろうけれど…。
(記憶が戻って来たんだし…)
何か理由を考え出して、休暇を取ってくれると思う。
ほんの二日か三日だけでも、研修の後で、色々、話が出来るようにと。
(…そこまでは、一緒にいられるけれど…)
ハーレイの休暇が終わってしまえば、離れ離れになるしかない。
なにしろ、ハーレイが勤めているのは、遠い町にある学校だから。
其処で生徒たちが待っているから、休暇が済んだら、戻らなければ。
どれほど「ブルー」に未練があっても、仕事を放り出すことは…。
(……出来ないよね?)
今のハーレイも真面目だものね、とハーレイの性格を改めて思う。
キャプテン・ハーレイだった頃と同じで、とても責任感が強いハーレイ。
やっている仕事が違うというだけ、仕事にかける思いは同じ。
(教え子たちを放って、ぼく一人には…)
絶対、かまけてくれやしない、と容易に想像がつく。
再会出来て喜んだ後は、別れが待っているのだと。
「じゃあな」と手を振り、ハーレイは行ってしまうのだ、と。
(…遠い町だから、週末の度に来るなんてこと、出来やしないし…)
次に会えるのは、長期休暇の時だろう。
夏休みだとか、冬休み。
学校が長い休みに入って、ハーレイが旅をしてもいい時。
(…それまで、会えなくなったなら…)
いったい自分はどうするだろうか、ハーレイが行ってしまったら。
一週間どころか、何ヶ月も会えなくなってしまって、それが普通の二人だったら。
(…どんなに会いたくなったって…)
今の自分の弱い身体では、ハーレイが暮らしている町まで旅をするのは厳しい。
なんとか辿り着けたとしたって、寝込んでしまうことだろう。
(ハーレイが来られないんなら、って…)
週末に会いに出掛けたつもりが、宿で寝込んで、ハーレイに心配をかけるだけ。
おまけに、一回、それをやったら…。
(…パパとママは二度目を、絶対、許してくれないし…)
ハーレイにだって、釘を刺されてしまう筈。
「こんな無茶、二度とするんじゃないぞ」と。
「俺の方から会いに行くから、それまで大人しく待つんだな」と。
そのハーレイが会いに来てくれるのは、何ヶ月も先のことになるのに。
(……そんなの、困る……)
会えなくなったら困っちゃうよ、と思うけれども、有り得た話。
今のハーレイが、別の仕事をしていたら。
同じ古典の教師にしたって、遠く離れた町にいたなら。
(…神様が、ちゃんとしてくれたから…)
一週間も会えずに終わることなど、ないけれど。
何処かで必ず会えるけれども、ハーレイに会えなくなったなら…。
(…手紙に、通信…)
ハーレイが書いた返事を見たくて、せっせと手紙を書いて投函するのだろう。
まるで日記をつけるみたいに、毎日のように郵便ポストに行って。
家に帰ったら門扉の脇のポストを覗いて、返事が届いていないかを見て。
(ポストの中が空っぽだったら…)
玄関の扉を開けるなり、「手紙は来てた?」と叫ぶのだろうか、母に向かって。
もしも手紙が届いていたなら、何よりも先に読みたいから。
(それに、通信…)
ハーレイが家にいて、忙しくなさそうな時間を選んで、入れる通信。
「あのね」と、「ハーレイ、元気にしてる?」と。
ちゃんと手紙を貰っていたって、ハーレイの声が聞きたくて。
(声を聞けたら、とても嬉しくなるだろうけど…)
手紙と通信だけの日々など、我慢出来るとは思えないから。
ハーレイに会いたくて堪らなくなって、泣いてしまう夜もありそうだから…。
(一週間も空けずに会えるだけでも…)
幸せなんだと思わなくちゃね、と自分に向かって言い聞かせる。
もしもハーレイに会えなくなったなら、きっと耐えられはしないから。
長い休みにしか会えないだなんて、もう絶対に御免だから…。
会えなくなったなら・了
※ハーレイ先生に会えなくなったなら、と想像してみたブルー君。遠くに離れて暮らしていて。
会えるのは長い休みの時だけ、それまでは我慢するしかない日々。耐えられませんよねv
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(…今日は会えずに終わっちまったが…)
明日は間違いなく会えるだろうさ、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で、コーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人、それがブルー。
十四歳の子供になってしまったけれども、ブルーは帰って来てくれた。
青く蘇った水の星の上で、新しい命と身体を貰って。
今は自分の教え子のブルー。
学校に行けば、大抵、会うことが出来る。
会えないままで放課後が来ても、仕事の帰りにブルーの家に寄ることも出来る。
(今日は、どっちもダメだったんだが…)
きっと明日には会える筈だぞ、と自分の仕事に感謝した。
今の仕事は古典の教師で、明日はブルーのクラスでの授業。
(あいつが欠席してない限りは…)
其処で会えるし、もしもブルーが休んでいたなら、仕事帰りに見舞いに出掛ける。
明日は会議などの予定も無いから、柔道部の部活を済ませた後で。
(…頼むから、誰も怪我してくれるなよ?)
でないと俺の予定がパアだ、と柔道部の部員の無事を祈った。
誰かが怪我でもしようものなら、病院に連れて行かねばならない。
すると時間を取られてしまって、ブルーの家に出掛けるどころか…。
(…怪我した生徒を家まで車で送り届けて、そいつの家で…)
お茶を御馳走になる羽目に…、と分かっているから、部員には無事でいて貰わねば。
部活の後には、ブルーの家へ。
ブルーが元気に登校していても、それとこれとは話が別。
(学校じゃ、教師と教え子だしなあ…)
そういう風にしか振る舞えなくて、会話にしたって、ブルーは敬語を使って話す。
遠い昔に、前の自分が、前のブルーにそうしたように。
ソルジャーとキャプテンの恋というのは、誰にも知られてはならなかったから。
教師と教え子の恋と同じで、秘めておかねばいけなかったから。
(…遠慮なく、あいつと話すためには…)
あいつの家に行くしかないしな、と苦笑する。
「だから、明日には会いに行くんだ」と、「誰も怪我してくれるんじゃないぞ」と。
明日には会える筈の恋人。
どうせだったら、風邪など引かずに、元気に登校して来て欲しい。
学校では教師と教え子だけれど、それでもブルーの席に姿が無かったら…。
(…残念なんてモンじゃないんだ)
他の生徒の手前もあるから、もちろん顔には出したりしない。
「ふむ、今日はブルーは欠席なんだな」と、教卓の上で欠席の印を書き込むだけ。
誰かが「風邪を引いたらしいです」とでも教えてくれたら、「そうか」と静かに頷いて。
心配でも、それは口には出さずに、「授業を始める」と話を切り替えて。
(でもって、平気な顔して、授業を…)
するのだけれども、視線は何度も、ブルーのいない席を捉えることだろう。
風邪を引いたというのだったら、熱は高くないか、辛くないか、と。
特に病名を聞かなかったら、「腹を壊したか、風邪でも引いたか…」と気になって。
(学校が終わったら、あいつの家まで一直線だな)
顔を見るまで落ち着かないぞ、と自分でもよく分かっている。
今日のように会えずに終わった日だって、ブルーが気になって仕方ないから。
夜にこうして思い出すほど、ブルーの顔を見たいのだから。
(…前の俺だと、あいつに会えない日なんかは…)
一日だって無かったからな、と時の彼方に思いを馳せる。
恋人同士だったことは伏せていたけれど、前のブルーには、毎日会えた。
ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラの頂点に立つ二人だったから。
毎日、一度は顔を合わせて、色々なことを話し合うべき、と船の仲間たちは考えた。
(そういう方針だったからなあ…)
忙しい日でも、そのための時間を確保出来るよう、朝食の席が選ばれた。
朝食は必ず食べるものだし、青の間で会食すればいい、と。
(…朝食係まで拵えちまって…)
青の間の奥の小さなキッチン、其処で作られていた朝食。
それをブルーと二人で食べた。
毎朝、必ず、顔を合わせて。
どんなに多忙な時であろうと、朝は青の間に出掛けて行って。
残念なことに、今はそういうわけにはいかない。
いくらブルーの守り役とはいえ、「毎日、必ず会って下さい」とは言われていない。
(…そう言われていりゃ、なんとしてでも…)
時間を作って、会えるんだがな、と少しばかり、もどかしい気持ち。
今日は忙しかったけれども、何処かで時間は作れただろう。
ブルーが欠席だったとしたって、授業の合間の空き時間になら、家まで行ける。
ちょっと車を走らせたならば、ブルーの家に着けるから。
ブルーの顔を見て、僅かな時間でも言葉を交わして、急いで学校に戻ればいい。
元気に登校していた時でも、仕事を全部済ませた後で…。
(遅くなりましたが、会いに来ました、と…)
訪ねてゆくのが許される上に、それが役目なら、歓待されることだろう。
ブルーの両親に感謝されて。
「お忙しいのに、本当にありがとうございます」と、夕食まで用意されたりして。
(ところがどっこい、そんな役目は…)
俺は貰っちゃいないんだ、と残念至極。
お蔭で、今日のように会えない日だって珍しくない。
前の生なら、毎日、必ず会えたのに。
ブルーが深く眠ってしまって、何年も目覚めずにいた時だって。
(…あいつに会えなくなっちまったのは…)
いなくなっちまった後なんだよな、と零れる溜息。
前のブルーはメギドへと飛んで、二度と戻って来なかった。
長い長い時を共に過ごして、深い眠りに沈んでしまっていても、いてくれたのに。
青の間を訪ねて行きさえすれば、前のブルーは、其処にいた。
まるで目覚めることが無くても、儚く消えてしまったりはしないで。
手を伸ばしたなら、いつでも頬に、その手に触れることさえも出来て。
(…そういうモンだと思っていたから…)
失った後は、前の自分も死んでしまった。
身体は生きていたのだけれども、魂は死んだ「生ける屍」。
今の自分は、そんな羽目には陥るわけもないけれど…。
(…会えなくなったら、どうするんだ?)
頭を過っていった考え。
もしもブルーに会えなくなったら、と。
(……今の俺には、そんなことなど……)
起こらないと分かっているんだがな、と言えるからこそ、「もしも」と思った。
そういうことが起きたとしたなら、今の自分はどうするのだろう、と。
(…たまたま、教師だったから…)
ブルーの学校に赴任した日に、今のブルーと再会出来た。
その後も、教師と教え子として、毎日のように学校で会える。
今日のように会えない時が続いたとしても、せいぜい数日。
(…しかしだな…)
自分の仕事や、暮らしている場所。
それによっては、今のブルーと再会出来ても…。
(ほんの数日、この町にいられるというだけで…)
とても幸せな日々が過ぎたら、離れるしかないということもある。
同じ教師の仕事にしたって、遠い所の学校で教師をしていた場合など。
(この町には、研修に来たってだけで…)
本来だったら、ほんの一泊二日くらいでの出張。
それをブルーと出会ったからと、何か理由を付けて延長。
(休暇だったら、取れないこともないからなあ…)
同僚たちを拝み倒して、何日か。
再会を遂げた愛おしい人と、思い出話などをして過ごすために。
(なんたって、ブルーはチビだから…)
いくら前の生での恋人とはいえ、連れて帰るというわけにはいかない。
休暇が終われば、「またな」と手を振り、住んでいる土地へ戻るしかない。
其処へ帰れば、当分の間、ブルーに会うことは出来ないのに。
次に会える日は、週末どころか、長期休暇しか無いだろう。
夏休みだとか、冬休みといった学校が長い休みの時。
その間だけ、また、この町に来る。
少しでも長く側にいられるよう、懸命に仕事を片付けて。
何処かに安い宿でも取って、其処からブルーの家に通って。
そんなことなど、起こりはしない。
ブルーに聖痕を与えた神なら、会えなくなるような出会いはさせない。
そうだと分かっているのだけれども、考えてしまう。
「ブルーに、会えなくなったら」と。
いったい自分はどうするだろうと、どういう日々を送るのだろう、と。
(…同じ地球の上に、あいつがいるのに…)
会いに行くことが出来ない暮らし。
どんなにブルーの声が聞きたくても、顔を見たいと思っても。
(週末しか会えない、ってことになっても…)
もう充分に辛いと思う。
学校で顔を合わせることも出来なくて、ブルーの家にも寄れない毎日。
会いに行けるのは土曜と日曜、そんな生活になっただけでも、きっと溜息が増えるだろう。
日曜日の夜、家に戻る度、気分が暗く沈んでしまって。
「また来週まで、ブルーに会えないわけだよなあ…」と、カレンダーの日付を眺めて。
(…ほんの一週間足らずでも…)
そうなるんだ、と容易に想像がつく。
今はブルーを軽くあしらい、「キスは駄目だ」と叱り付けたりしているけれど…。
(…週末どころか、長い休みまで会えないってことになっちまったら…)
果たしてブルーを叱れるだろうか、今の自分と同じ調子で。
「まだキスは早い!」と頭を小突いて、膨れっ面になるのを笑ったりもして。
(……キスは許してやれないんだが……)
頭ごなしには叱れんかもな、と額を指でトントンと叩く。
キスをしたいとは思わないけれど、離れたくない気持ちはあるから。
「また帰らないといけないのか」と心が痛くて、ブルーを抱き締めたくもなるから。
(…会えなくなったら、そうなるだろうなあ…)
今は書こうとも思わないブルー宛の手紙を、せっせと書いては、投函するとか。
強請られても入れてやらない通信、それを自分から入れるとか。
ブルーの声が聞きたくて。
手紙にしたって、ブルーの返事が来るだろうから、ブルーが書いたそれを見たくて。
会えなくなったら、きっとそうなる。
ブルーに会えずに過ごすしかない、毎日が辛く、空虚になって。
同僚と笑い合っていたって、心がお留守になったりもして。
(…生ける屍とまでは、いかないだろうが…)
前の俺よりマシなんだが、と思いはしても、それは勘弁願いたい。
ブルーに会えない日が続くなんて、考えただけでも悲しいから。
溜息に埋もれて過ごす日々など、絶対に御免蒙りたいから…。
会えなくなったら・了
※ブルー君と、今のようには会えなくなったら、と考えてしまったハーレイ先生。
起こるわけがないことですけれど、そうなった時は、かなり辛そうです。会えるのが一番v
明日は間違いなく会えるだろうさ、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で、コーヒー片手に。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人、それがブルー。
十四歳の子供になってしまったけれども、ブルーは帰って来てくれた。
青く蘇った水の星の上で、新しい命と身体を貰って。
今は自分の教え子のブルー。
学校に行けば、大抵、会うことが出来る。
会えないままで放課後が来ても、仕事の帰りにブルーの家に寄ることも出来る。
(今日は、どっちもダメだったんだが…)
きっと明日には会える筈だぞ、と自分の仕事に感謝した。
今の仕事は古典の教師で、明日はブルーのクラスでの授業。
(あいつが欠席してない限りは…)
其処で会えるし、もしもブルーが休んでいたなら、仕事帰りに見舞いに出掛ける。
明日は会議などの予定も無いから、柔道部の部活を済ませた後で。
(…頼むから、誰も怪我してくれるなよ?)
でないと俺の予定がパアだ、と柔道部の部員の無事を祈った。
誰かが怪我でもしようものなら、病院に連れて行かねばならない。
すると時間を取られてしまって、ブルーの家に出掛けるどころか…。
(…怪我した生徒を家まで車で送り届けて、そいつの家で…)
お茶を御馳走になる羽目に…、と分かっているから、部員には無事でいて貰わねば。
部活の後には、ブルーの家へ。
ブルーが元気に登校していても、それとこれとは話が別。
(学校じゃ、教師と教え子だしなあ…)
そういう風にしか振る舞えなくて、会話にしたって、ブルーは敬語を使って話す。
遠い昔に、前の自分が、前のブルーにそうしたように。
ソルジャーとキャプテンの恋というのは、誰にも知られてはならなかったから。
教師と教え子の恋と同じで、秘めておかねばいけなかったから。
(…遠慮なく、あいつと話すためには…)
あいつの家に行くしかないしな、と苦笑する。
「だから、明日には会いに行くんだ」と、「誰も怪我してくれるんじゃないぞ」と。
明日には会える筈の恋人。
どうせだったら、風邪など引かずに、元気に登校して来て欲しい。
学校では教師と教え子だけれど、それでもブルーの席に姿が無かったら…。
(…残念なんてモンじゃないんだ)
他の生徒の手前もあるから、もちろん顔には出したりしない。
「ふむ、今日はブルーは欠席なんだな」と、教卓の上で欠席の印を書き込むだけ。
誰かが「風邪を引いたらしいです」とでも教えてくれたら、「そうか」と静かに頷いて。
心配でも、それは口には出さずに、「授業を始める」と話を切り替えて。
(でもって、平気な顔して、授業を…)
するのだけれども、視線は何度も、ブルーのいない席を捉えることだろう。
風邪を引いたというのだったら、熱は高くないか、辛くないか、と。
特に病名を聞かなかったら、「腹を壊したか、風邪でも引いたか…」と気になって。
(学校が終わったら、あいつの家まで一直線だな)
顔を見るまで落ち着かないぞ、と自分でもよく分かっている。
今日のように会えずに終わった日だって、ブルーが気になって仕方ないから。
夜にこうして思い出すほど、ブルーの顔を見たいのだから。
(…前の俺だと、あいつに会えない日なんかは…)
一日だって無かったからな、と時の彼方に思いを馳せる。
恋人同士だったことは伏せていたけれど、前のブルーには、毎日会えた。
ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラの頂点に立つ二人だったから。
毎日、一度は顔を合わせて、色々なことを話し合うべき、と船の仲間たちは考えた。
(そういう方針だったからなあ…)
忙しい日でも、そのための時間を確保出来るよう、朝食の席が選ばれた。
朝食は必ず食べるものだし、青の間で会食すればいい、と。
(…朝食係まで拵えちまって…)
青の間の奥の小さなキッチン、其処で作られていた朝食。
それをブルーと二人で食べた。
毎朝、必ず、顔を合わせて。
どんなに多忙な時であろうと、朝は青の間に出掛けて行って。
残念なことに、今はそういうわけにはいかない。
いくらブルーの守り役とはいえ、「毎日、必ず会って下さい」とは言われていない。
(…そう言われていりゃ、なんとしてでも…)
時間を作って、会えるんだがな、と少しばかり、もどかしい気持ち。
今日は忙しかったけれども、何処かで時間は作れただろう。
ブルーが欠席だったとしたって、授業の合間の空き時間になら、家まで行ける。
ちょっと車を走らせたならば、ブルーの家に着けるから。
ブルーの顔を見て、僅かな時間でも言葉を交わして、急いで学校に戻ればいい。
元気に登校していた時でも、仕事を全部済ませた後で…。
(遅くなりましたが、会いに来ました、と…)
訪ねてゆくのが許される上に、それが役目なら、歓待されることだろう。
ブルーの両親に感謝されて。
「お忙しいのに、本当にありがとうございます」と、夕食まで用意されたりして。
(ところがどっこい、そんな役目は…)
俺は貰っちゃいないんだ、と残念至極。
お蔭で、今日のように会えない日だって珍しくない。
前の生なら、毎日、必ず会えたのに。
ブルーが深く眠ってしまって、何年も目覚めずにいた時だって。
(…あいつに会えなくなっちまったのは…)
いなくなっちまった後なんだよな、と零れる溜息。
前のブルーはメギドへと飛んで、二度と戻って来なかった。
長い長い時を共に過ごして、深い眠りに沈んでしまっていても、いてくれたのに。
青の間を訪ねて行きさえすれば、前のブルーは、其処にいた。
まるで目覚めることが無くても、儚く消えてしまったりはしないで。
手を伸ばしたなら、いつでも頬に、その手に触れることさえも出来て。
(…そういうモンだと思っていたから…)
失った後は、前の自分も死んでしまった。
身体は生きていたのだけれども、魂は死んだ「生ける屍」。
今の自分は、そんな羽目には陥るわけもないけれど…。
(…会えなくなったら、どうするんだ?)
頭を過っていった考え。
もしもブルーに会えなくなったら、と。
(……今の俺には、そんなことなど……)
起こらないと分かっているんだがな、と言えるからこそ、「もしも」と思った。
そういうことが起きたとしたなら、今の自分はどうするのだろう、と。
(…たまたま、教師だったから…)
ブルーの学校に赴任した日に、今のブルーと再会出来た。
その後も、教師と教え子として、毎日のように学校で会える。
今日のように会えない時が続いたとしても、せいぜい数日。
(…しかしだな…)
自分の仕事や、暮らしている場所。
それによっては、今のブルーと再会出来ても…。
(ほんの数日、この町にいられるというだけで…)
とても幸せな日々が過ぎたら、離れるしかないということもある。
同じ教師の仕事にしたって、遠い所の学校で教師をしていた場合など。
(この町には、研修に来たってだけで…)
本来だったら、ほんの一泊二日くらいでの出張。
それをブルーと出会ったからと、何か理由を付けて延長。
(休暇だったら、取れないこともないからなあ…)
同僚たちを拝み倒して、何日か。
再会を遂げた愛おしい人と、思い出話などをして過ごすために。
(なんたって、ブルーはチビだから…)
いくら前の生での恋人とはいえ、連れて帰るというわけにはいかない。
休暇が終われば、「またな」と手を振り、住んでいる土地へ戻るしかない。
其処へ帰れば、当分の間、ブルーに会うことは出来ないのに。
次に会える日は、週末どころか、長期休暇しか無いだろう。
夏休みだとか、冬休みといった学校が長い休みの時。
その間だけ、また、この町に来る。
少しでも長く側にいられるよう、懸命に仕事を片付けて。
何処かに安い宿でも取って、其処からブルーの家に通って。
そんなことなど、起こりはしない。
ブルーに聖痕を与えた神なら、会えなくなるような出会いはさせない。
そうだと分かっているのだけれども、考えてしまう。
「ブルーに、会えなくなったら」と。
いったい自分はどうするだろうと、どういう日々を送るのだろう、と。
(…同じ地球の上に、あいつがいるのに…)
会いに行くことが出来ない暮らし。
どんなにブルーの声が聞きたくても、顔を見たいと思っても。
(週末しか会えない、ってことになっても…)
もう充分に辛いと思う。
学校で顔を合わせることも出来なくて、ブルーの家にも寄れない毎日。
会いに行けるのは土曜と日曜、そんな生活になっただけでも、きっと溜息が増えるだろう。
日曜日の夜、家に戻る度、気分が暗く沈んでしまって。
「また来週まで、ブルーに会えないわけだよなあ…」と、カレンダーの日付を眺めて。
(…ほんの一週間足らずでも…)
そうなるんだ、と容易に想像がつく。
今はブルーを軽くあしらい、「キスは駄目だ」と叱り付けたりしているけれど…。
(…週末どころか、長い休みまで会えないってことになっちまったら…)
果たしてブルーを叱れるだろうか、今の自分と同じ調子で。
「まだキスは早い!」と頭を小突いて、膨れっ面になるのを笑ったりもして。
(……キスは許してやれないんだが……)
頭ごなしには叱れんかもな、と額を指でトントンと叩く。
キスをしたいとは思わないけれど、離れたくない気持ちはあるから。
「また帰らないといけないのか」と心が痛くて、ブルーを抱き締めたくもなるから。
(…会えなくなったら、そうなるだろうなあ…)
今は書こうとも思わないブルー宛の手紙を、せっせと書いては、投函するとか。
強請られても入れてやらない通信、それを自分から入れるとか。
ブルーの声が聞きたくて。
手紙にしたって、ブルーの返事が来るだろうから、ブルーが書いたそれを見たくて。
会えなくなったら、きっとそうなる。
ブルーに会えずに過ごすしかない、毎日が辛く、空虚になって。
同僚と笑い合っていたって、心がお留守になったりもして。
(…生ける屍とまでは、いかないだろうが…)
前の俺よりマシなんだが、と思いはしても、それは勘弁願いたい。
ブルーに会えない日が続くなんて、考えただけでも悲しいから。
溜息に埋もれて過ごす日々など、絶対に御免蒙りたいから…。
会えなくなったら・了
※ブルー君と、今のようには会えなくなったら、と考えてしまったハーレイ先生。
起こるわけがないことですけれど、そうなった時は、かなり辛そうです。会えるのが一番v
「ねえ、ハーレイ。草や木とかが育つのには…」
光や水が必要だよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、窓の外へと目を遣って。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ああ、まあ…。簡単に言えば、そういうことだな」
光と水があれば、最低限はいける筈だ、とハーレイは頷く。
草や木などの植物たちは、光合成をして生きるもの。
太陽の光を、生きる力に変えてゆく。
光合成をするために必要な葉を、育ててゆくには…。
(水ってことだな)
そいつがあれば、種から芽が出てくるから、と。
(…しかし、今日のは…)
随分と変わった話題じゃないか、と不思議ではある。
ブルーは植物に無関心ではないけれど…。
(…季節の花とか、珍しい植物とか…)
その手の話が多いタイプで、育つ過程はさほどでもない。
(はて…?)
何かあったか、とブルーに尋ねてみることにした。
どうして、植物が育つ話なのか。
「草や木が育つのに光や水って、急に、どうしたんだ?」
種か苗でも貰ったのか、と真正面から投げ掛けた問い。
一番有り得るのが、それだと思ったから。
ブルー自身が貰わなくても、母が貰って来ただとか。
けれどブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「そんなの、貰わないけれど?」
「じゃあ、なんだって、光や水って…」
何処から思い付いたんだ、と重ねて尋ねる。
植物を育てるアテも無いのに、いきなりどうした、と。
「えっとね…。光や水だけで、ちゃんと育つと思う?」
立派な植物、とブルーは窓の外の木を指差した。
庭で一番大きな木。
その木の下には、白いテーブルと椅子がある。
ブルーと初めてのデートをした場所、ブルーのお気に入り。
「あの木か…。あれほど大きくなるには…」
光と水だけじゃ、ちょっと無理だな、とハーレイは答えた。
ブルーは質問に答えていなくて、逆に質問なのだけど…。
(無視するわけにもいかんしな?)
きちんと答えてやらないと、と大きな木を眺めて説明する。
「さっきも言ったが、光と水は最低限だ」と。
「大きく立派に育つためには、養分も要る」と。
光合成だけで生きる植物は、けして少ないとは言えない。
とはいえ、野山や庭に生えている草木や、農作物などは…。
(…養分が無いと、サッパリなんだ)
ブルーも知ってると思うんだが、と零れる苦笑。
なにしろ理科の基本なのだし、下の学校で教わる内容。
「お前、学校で習っただろう? 光合成の他にもだな…」
養分ってヤツが必要なこと、とブルーを見詰める。
「まさか寝ていて、聞いてないわけじゃないだろう?」と。
「居眠りなんか、してないってば!」
腐葉土とかが要るんだよね、とブルーは返した。
「他にも色々」と、「痩せた土だと駄目なんだよ」と。
「なんだ、分かっているんじゃないか。なのにだな…」
何を今更、俺に訊くんだ、と赤い瞳を覗き込む。
「分かっているなら、訊かなくても」と。
「何か育てるわけでもないのに、何故、訊くんだ」と。
するとブルーは、「分からない?」と瞬きをした。
「全然、ちっとも育たないのが、此処にいるでしょ」と。
「ぼくの背、少しも伸びないんだよ」と。
再会した日から、一ミリさえも育たないのがブルーの背丈。
それは間違いないのだけれど…。
(おいおいおい…)
マズくないか、とハーレイの胸に嫌な予感が広がってゆく。
植物の話だと思っていたのに、どうやら中身が違いそう。
ハーレイの不安を見透かしたように、ブルーは口を開いた。
「分かってるの?」と、とても真剣な顔で。
「いい、ハーレイ? 草や木だって、大きくなるには…」
養分が欠かせないんだよ、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「ぼくが少しも育たないのは、養分不足なんだから」と。
「養分って…。お前、少ししか食わないんだし…」
栄養が足りていないんだろう、と返したけれど。
それで済むことを祈ったけれども、ブルーは首を横に振る。
「違うでしょ! ハーレイがキスしてくれないからだよ!」
だから、いつまでもチビのまま、と頬を膨らませるブルー。
「そのせいで背が伸びないんだよ」と、「養分不足」と。
前のブルーのように育つには、愛情も要る、と。
「そう思わない?」と、ブルーは譲らないけれど。
「育たないのは、ハーレイのせい」と、言い張るけれど…。
「其処まで言うなら、今日から、食え」
しっかりとな、とハーレイは腕組みをして、反撃に出た。
「お母さんにも言っておくから、充分に食え」と。
「ちょ、ちょっと…!」
そんなの無理、とブルーは慌てるけれども、ニヤリと笑う。
「養分が足りていないんだろう?」と。
「まずは、一ヶ月ほど、しっかり食って様子を見よう」
「それで駄目なら考えてもいい」と、「食うことだ」と。
「柔道部員並みの量を食べれば、足りるだろう」と。
お母さんにメニューを渡しておくから、努力しろよ、と…。
大きくなるには・了
光や水が必要だよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、窓の外へと目を遣って。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ああ、まあ…。簡単に言えば、そういうことだな」
光と水があれば、最低限はいける筈だ、とハーレイは頷く。
草や木などの植物たちは、光合成をして生きるもの。
太陽の光を、生きる力に変えてゆく。
光合成をするために必要な葉を、育ててゆくには…。
(水ってことだな)
そいつがあれば、種から芽が出てくるから、と。
(…しかし、今日のは…)
随分と変わった話題じゃないか、と不思議ではある。
ブルーは植物に無関心ではないけれど…。
(…季節の花とか、珍しい植物とか…)
その手の話が多いタイプで、育つ過程はさほどでもない。
(はて…?)
何かあったか、とブルーに尋ねてみることにした。
どうして、植物が育つ話なのか。
「草や木が育つのに光や水って、急に、どうしたんだ?」
種か苗でも貰ったのか、と真正面から投げ掛けた問い。
一番有り得るのが、それだと思ったから。
ブルー自身が貰わなくても、母が貰って来ただとか。
けれどブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「そんなの、貰わないけれど?」
「じゃあ、なんだって、光や水って…」
何処から思い付いたんだ、と重ねて尋ねる。
植物を育てるアテも無いのに、いきなりどうした、と。
「えっとね…。光や水だけで、ちゃんと育つと思う?」
立派な植物、とブルーは窓の外の木を指差した。
庭で一番大きな木。
その木の下には、白いテーブルと椅子がある。
ブルーと初めてのデートをした場所、ブルーのお気に入り。
「あの木か…。あれほど大きくなるには…」
光と水だけじゃ、ちょっと無理だな、とハーレイは答えた。
ブルーは質問に答えていなくて、逆に質問なのだけど…。
(無視するわけにもいかんしな?)
きちんと答えてやらないと、と大きな木を眺めて説明する。
「さっきも言ったが、光と水は最低限だ」と。
「大きく立派に育つためには、養分も要る」と。
光合成だけで生きる植物は、けして少ないとは言えない。
とはいえ、野山や庭に生えている草木や、農作物などは…。
(…養分が無いと、サッパリなんだ)
ブルーも知ってると思うんだが、と零れる苦笑。
なにしろ理科の基本なのだし、下の学校で教わる内容。
「お前、学校で習っただろう? 光合成の他にもだな…」
養分ってヤツが必要なこと、とブルーを見詰める。
「まさか寝ていて、聞いてないわけじゃないだろう?」と。
「居眠りなんか、してないってば!」
腐葉土とかが要るんだよね、とブルーは返した。
「他にも色々」と、「痩せた土だと駄目なんだよ」と。
「なんだ、分かっているんじゃないか。なのにだな…」
何を今更、俺に訊くんだ、と赤い瞳を覗き込む。
「分かっているなら、訊かなくても」と。
「何か育てるわけでもないのに、何故、訊くんだ」と。
するとブルーは、「分からない?」と瞬きをした。
「全然、ちっとも育たないのが、此処にいるでしょ」と。
「ぼくの背、少しも伸びないんだよ」と。
再会した日から、一ミリさえも育たないのがブルーの背丈。
それは間違いないのだけれど…。
(おいおいおい…)
マズくないか、とハーレイの胸に嫌な予感が広がってゆく。
植物の話だと思っていたのに、どうやら中身が違いそう。
ハーレイの不安を見透かしたように、ブルーは口を開いた。
「分かってるの?」と、とても真剣な顔で。
「いい、ハーレイ? 草や木だって、大きくなるには…」
養分が欠かせないんだよ、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「ぼくが少しも育たないのは、養分不足なんだから」と。
「養分って…。お前、少ししか食わないんだし…」
栄養が足りていないんだろう、と返したけれど。
それで済むことを祈ったけれども、ブルーは首を横に振る。
「違うでしょ! ハーレイがキスしてくれないからだよ!」
だから、いつまでもチビのまま、と頬を膨らませるブルー。
「そのせいで背が伸びないんだよ」と、「養分不足」と。
前のブルーのように育つには、愛情も要る、と。
「そう思わない?」と、ブルーは譲らないけれど。
「育たないのは、ハーレイのせい」と、言い張るけれど…。
「其処まで言うなら、今日から、食え」
しっかりとな、とハーレイは腕組みをして、反撃に出た。
「お母さんにも言っておくから、充分に食え」と。
「ちょ、ちょっと…!」
そんなの無理、とブルーは慌てるけれども、ニヤリと笑う。
「養分が足りていないんだろう?」と。
「まずは、一ヶ月ほど、しっかり食って様子を見よう」
「それで駄目なら考えてもいい」と、「食うことだ」と。
「柔道部員並みの量を食べれば、足りるだろう」と。
お母さんにメニューを渡しておくから、努力しろよ、と…。
大きくなるには・了
(兄弟かあ……)
今のぼくにも、いないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくにも、いなかったけど…)
多分、と遠い時の彼方に思いを馳せる。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた前の自分は、子供の頃の記憶が無かった。
成人検査で消された上に、過酷な人体実験を繰り返されたせいで。
(…育ててくれた養父母も、育った家も…)
全く覚えていなかったから、あるいは、兄弟がいたかもしれない。
人工子宮から生まれた子供を、血縁の無い養父母が育てていた時代でも。
(あの時代でも、ちゃんと兄弟、いたもんね…)
とても珍しいケースだったけれど、と二組の兄弟を思い出す。
一つは、ゼルと弟のハンス。
成人検査でミュウと判断された後まで、離れずに一緒だった兄弟。
(…二人とも、ミュウになっちゃったんだから…)
ゼルとハンスは、本物の兄弟だったのだろうか。
遺伝子的にも繋がりがあった、正真正銘の兄と弟。
(……んーと……?)
その辺のことは、自分は知らない。
シャングリラでも調べていないし、第一、調べようが無かった。
(…ハンスは、アルタミラから逃げ出す時に…)
開いたままだった宇宙船の扉から、外へと放り出されたから。
燃える地獄に落ちてゆく彼を、前の自分は助けることが出来なかったから。
(…ハンスがいなくちゃ、ゼルのデータと比較出来ないし…)
船の中では、どうにもならない。
マザー・システムが持っていたデータを調べたならば、一目瞭然だったろうけれど…。
(そんな力は、前のぼくが生きてた時代には…)
ミュウは持ってはいなかったから、どうだったのかは分からない。
今の時代なら、資料を当たれば分かることでも。
本物の兄弟だったのかどうか、確信が無いのがゼルとハンス。
(でも、もう一つ、前のぼくが知ってた兄弟は…)
どう考えても、本物だよね、と鮮やかに覚えている双子の兄弟。
正確に言えば双子の兄妹だった、ヨギとマヒル。
(…検査なんかはしていないけど…)
誰もが信じて疑わなかった、双子の兄弟だという事実。
あんな時代に、どんな機械の気まぐれだったかは謎だけれども。
(それでも、ホントに兄弟だったし…)
人類よりも数が少ないミュウの世界だけで、二組も知っていた兄弟。
だから「兄弟」は珍しくても、きっと、そこそこ存在していただろうと思う。
前の自分にも、いたかもしれない。
まるで記憶に無いというだけで、兄がいたとか、弟だとか。
(…そっちは、仕方ないんだけれど…)
いたとしたって、ミュウになった時点でお別れだから、と零れた苦笑。
ゼルとハンスのように「二人ともミュウ」なら、研究施設で再会しただろうけれど。
(でも、そんなのは…)
嬉しくないや、と思うものだから、前の自分に兄弟は要らない。
いたとしたなら、ミュウにはならずに、「ブルー」のことなど綺麗に忘れて…。
(幸せになっていて欲しいよね?)
成人検査を無事にパスして、子供時代の記憶が薄れてしまったとしても。
「ブルー」がミュウになった時点で、機械に「ブルー」の記憶を全て消されたとしても。
(…兄弟がいたことなんか…)
すっかり忘れてしまっていたって、その方がいい。
二人揃ってミュウになるより、研究施設でバッタリと顔を合わせるよりも。
(…前のぼくなら、そういうことでいいんだけれど…)
今度は、ちょっぴり欲しかったかも、と残念な気持ちがする「兄弟」。
せっかく青い地球に生まれて、本物の両親がいるのだから。
今、兄弟がいたとしたなら、血の繋がった本物の兄弟。
(…お兄ちゃんとか、弟だとか…)
いてくれたら楽しかったのに、と少し寂しい。
「今のぼくにも、いないんだよね」と。
今の自分に兄弟がいたら、毎日、賑やかだったろう。
兄弟がいる友達も多いから、どんな感じかは想像がつく。
(お兄ちゃんなら、小さい頃から、ぼくの面倒を見てくれて…)
うんと優しくて、頼もしくて、と思う一方、「でも…」と不安な面だってある。
仲がいい筈の兄弟だって、喧嘩するのを知っているから。
それも、とびきり、つまらないことで。
おやつに出て来たケーキのサイズが、ほんのちょっぴり違ったとかで。
(ぼくが大きいのを食べるんだ、って…)
優しい筈の「お兄ちゃん」でも、たまには主張したくなる。
「ぼくの方が身体が大きいんだから、大きい方だ」と、普段なら我慢する所を。
(でもって、大きい方のケーキを…)
サッと自分の物にしたなら、弟の方は、いつも甘やかされているから…。
(酷い、って、お兄ちゃんの頭を…)
ポカッと殴るとか、髪の毛を掴んで引っ張るだとか、子供ならではの怒りの表現。
子供なのだし、口よりも先に手が出てしまうこともあるから。
(…そしたら、「よくもやったな」って…)
お兄ちゃんの方も、弟の頬っぺたを引っぱたく。
(後は、取っ組み合いの喧嘩で…)
母が飛んで来て止めに入るまで、勝負がつかないかもしれない。
でなければ、弟の方が、おんおんと泣いて、おやつどころではなくなるだとか。
(…そういうことも、ありそうだよね…)
ぼくなら、おんおん泣いちゃう方だよ、と分かっている。
「お兄ちゃん」に大きなケーキを取られた上に、頬っぺたを引っぱたかれたのだから。
(…でも、ぼくの方が、お兄ちゃんでも…)
優しい「お兄ちゃん」でいられるかどうか、自信が無い。
何のはずみで「いつも、弟の方ばかり…」と羨ましくなるか、分からないから。
(…そういうの、うんと困るけど…)
でも、お兄ちゃんは欲しかったかも、と思った拍子に、閃いた。
「前のぼくなら、いいお兄ちゃんになれそうだよ」と。
「一日だけでいいから、なってくれないかな」と、「ぼくのお兄ちゃんに」と。
時の彼方で「ソルジャー・ブルー」だった、前の自分。
大勢のミュウの仲間を率いて、最後は命まで投げ出したほど。
(…もし、お兄ちゃんになってくれたら…)
絶対、優しい筈なんだよね、と想像の翼を羽ばたかせる。
「たった一日だけでいいから、兄弟みたいに過ごしたいな」と。
神様が起こしてくれた奇跡で、前の自分が、この世界に来て。
(前のぼくの方が、大きいんだから…)
お兄ちゃんだよ、と大きく頷く。
きっと「弟」になった自分を、可愛がってくれることだろう。
青い地球の上で暮らしているのを、羨ましいと思ったとしても、苛めないで。
「ずるい」と頬っぺたを叩いたりせずに、「幸せそうだね」と微笑んで。
(…前のぼくが、ぼくのお兄ちゃん…)
素敵だよね、と緩む頬。
お兄ちゃんなのだし、前の自分にも、たった一日だけ、家族が出来る。
「パパ、ママ!」と呼んでいい人が。
今の自分の本物の両親、それが「前の自分」の「パパ」と「ママ」。
(…前のぼくだって、喜びそう!)
本当の年は、両親よりも、ずっと年上だとしても。
三百歳をとうに超えていたって、「パパ」と「ママ」がいれば嬉しい筈。
(それに、一日だけだって…)
「お兄ちゃん」になってくれるからには、両親から見ても、大事な子供。
母のお腹から生まれた子ではなくても、一日だけの間は、長男。
(…だから、きちんと、お兄ちゃんの部屋とか…)
服とかだって、あるんだよね、と考える。
神様が奇跡を起こすからには、そういったことも抜かりはないだろう。
「お兄ちゃん」になった前の自分が、ソルジャーの衣装のまま、なんてことは。
(…もしかして、学校の制服もある?)
それとも上の学校だろうか、そっちだったら制服は無い。
自分の好きな服で通って、通学鞄も好みの鞄。
そうなのかも、と広がる夢。
「上の学校に通ってる、お兄ちゃんなんだ」と。
そういう「お兄ちゃん」が出来るのだったら、断然、休日の方がいい。
別々の学校に登校するより、一日、一緒に過ごしていたい。
朝は、おんなじ食卓に着いて。
前の自分が夢見た朝食、ホットケーキに本物のメープルシロップをかけて。
(…前のぼく、うんと感激しそう…)
憧れ続けた地球での朝食、それを「お母さん」が作ってくれる。
ホットケーキだけではなくって、目玉焼きなども。
(ソーセージだって、焼いてくれるし…)
飲み物だって、「何にするの?」と尋ねてくれる母。
ホットミルクか、紅茶にするか、紅茶にするなら、ミルクティーか、などと。
(…ぼくのホットケーキ、お兄ちゃんに…)
一枚、譲ってあげてもいいな、と、「弟」なのに「お兄ちゃん」な気分。
前の自分は、一日だけしか、青い地球にはいられないから。
神様がくれた夢の一日、幸せ一杯でいて欲しいから。
(朝御飯が済んだら、パパに頼んで…)
家族揃って、ドライブに行くのも素敵だと思う。
前の自分が焦がれ続けた、青く輝く水の星、地球。
当時は死の星だったけれども、前の自分は「青い」と信じていたのだから。
(…本当のことは、言えやしないし…)
前の自分が、どんな最期を迎えたのかも、絶対、言えない。
「青い地球に生まれて来られたんだよ」と、それだけしか。
(…ハーレイだって、来てるんだよ、って…)
もちろん、きちんと話すけれども、ハーレイには「会いに行かせない」。
「それより、みんなでドライブしようよ」と、連れ出して。
ドライブに出掛けた先で食事で、帰りは街の方に行くのもいいだろう。
前の自分は、デパートなんかは知らないから。
知識としては知っていたって、其処で買い物していないから。
(…うんと楽しいことを、沢山…)
でも、ハーレイに会うのだけは駄目、とキュッと拳を握り締める。
「もしも会ったら、ハーレイを盗られちゃうから」と。
ハーレイが今も忘れてはいない、「ソルジャー・ブルー」は、絶対に駄目、と。
(…まさか、そんなので喧嘩なんかに…)
ならないよね、と肩を竦めた。
前の自分は優しいのだから、「チビの子供になってしまった自分」にだって優しいだろう、と。
「ハーレイには、絶対、会っちゃ駄目だよ」と駄々をこねても、怒りはしない、と。
(…悲しそうな顔はしそうだけれど…)
きっと、「うん、大丈夫。分かっているよ」と頭を撫でてくれる筈。
優しい「お兄ちゃん」らしく。
とてもハーレイに会いたいだろうに、その気持ちを、グッと飲み込んで。
(いいな、優しいお兄ちゃん…)
うんと我儘な弟になってしまうけれど、と夢を見る。
「たった一日だけでいいから、前のぼく、お兄ちゃんになってくれないかな」と。
「兄弟みたいに過ごしたいな」と、「でも、ハーレイには、会わせられないけどね」と…。
兄弟みたいに・了
※兄弟がいたらいいのに、と思ったブルー君。前の自分なら、いいお兄ちゃんになれそう。
うんと優しい「お兄ちゃん」が出来ても、ハーレイに会いに行くのは駄目。我儘な弟ですv
今のぼくにも、いないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…前のぼくにも、いなかったけど…)
多分、と遠い時の彼方に思いを馳せる。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた前の自分は、子供の頃の記憶が無かった。
成人検査で消された上に、過酷な人体実験を繰り返されたせいで。
(…育ててくれた養父母も、育った家も…)
全く覚えていなかったから、あるいは、兄弟がいたかもしれない。
人工子宮から生まれた子供を、血縁の無い養父母が育てていた時代でも。
(あの時代でも、ちゃんと兄弟、いたもんね…)
とても珍しいケースだったけれど、と二組の兄弟を思い出す。
一つは、ゼルと弟のハンス。
成人検査でミュウと判断された後まで、離れずに一緒だった兄弟。
(…二人とも、ミュウになっちゃったんだから…)
ゼルとハンスは、本物の兄弟だったのだろうか。
遺伝子的にも繋がりがあった、正真正銘の兄と弟。
(……んーと……?)
その辺のことは、自分は知らない。
シャングリラでも調べていないし、第一、調べようが無かった。
(…ハンスは、アルタミラから逃げ出す時に…)
開いたままだった宇宙船の扉から、外へと放り出されたから。
燃える地獄に落ちてゆく彼を、前の自分は助けることが出来なかったから。
(…ハンスがいなくちゃ、ゼルのデータと比較出来ないし…)
船の中では、どうにもならない。
マザー・システムが持っていたデータを調べたならば、一目瞭然だったろうけれど…。
(そんな力は、前のぼくが生きてた時代には…)
ミュウは持ってはいなかったから、どうだったのかは分からない。
今の時代なら、資料を当たれば分かることでも。
本物の兄弟だったのかどうか、確信が無いのがゼルとハンス。
(でも、もう一つ、前のぼくが知ってた兄弟は…)
どう考えても、本物だよね、と鮮やかに覚えている双子の兄弟。
正確に言えば双子の兄妹だった、ヨギとマヒル。
(…検査なんかはしていないけど…)
誰もが信じて疑わなかった、双子の兄弟だという事実。
あんな時代に、どんな機械の気まぐれだったかは謎だけれども。
(それでも、ホントに兄弟だったし…)
人類よりも数が少ないミュウの世界だけで、二組も知っていた兄弟。
だから「兄弟」は珍しくても、きっと、そこそこ存在していただろうと思う。
前の自分にも、いたかもしれない。
まるで記憶に無いというだけで、兄がいたとか、弟だとか。
(…そっちは、仕方ないんだけれど…)
いたとしたって、ミュウになった時点でお別れだから、と零れた苦笑。
ゼルとハンスのように「二人ともミュウ」なら、研究施設で再会しただろうけれど。
(でも、そんなのは…)
嬉しくないや、と思うものだから、前の自分に兄弟は要らない。
いたとしたなら、ミュウにはならずに、「ブルー」のことなど綺麗に忘れて…。
(幸せになっていて欲しいよね?)
成人検査を無事にパスして、子供時代の記憶が薄れてしまったとしても。
「ブルー」がミュウになった時点で、機械に「ブルー」の記憶を全て消されたとしても。
(…兄弟がいたことなんか…)
すっかり忘れてしまっていたって、その方がいい。
二人揃ってミュウになるより、研究施設でバッタリと顔を合わせるよりも。
(…前のぼくなら、そういうことでいいんだけれど…)
今度は、ちょっぴり欲しかったかも、と残念な気持ちがする「兄弟」。
せっかく青い地球に生まれて、本物の両親がいるのだから。
今、兄弟がいたとしたなら、血の繋がった本物の兄弟。
(…お兄ちゃんとか、弟だとか…)
いてくれたら楽しかったのに、と少し寂しい。
「今のぼくにも、いないんだよね」と。
今の自分に兄弟がいたら、毎日、賑やかだったろう。
兄弟がいる友達も多いから、どんな感じかは想像がつく。
(お兄ちゃんなら、小さい頃から、ぼくの面倒を見てくれて…)
うんと優しくて、頼もしくて、と思う一方、「でも…」と不安な面だってある。
仲がいい筈の兄弟だって、喧嘩するのを知っているから。
それも、とびきり、つまらないことで。
おやつに出て来たケーキのサイズが、ほんのちょっぴり違ったとかで。
(ぼくが大きいのを食べるんだ、って…)
優しい筈の「お兄ちゃん」でも、たまには主張したくなる。
「ぼくの方が身体が大きいんだから、大きい方だ」と、普段なら我慢する所を。
(でもって、大きい方のケーキを…)
サッと自分の物にしたなら、弟の方は、いつも甘やかされているから…。
(酷い、って、お兄ちゃんの頭を…)
ポカッと殴るとか、髪の毛を掴んで引っ張るだとか、子供ならではの怒りの表現。
子供なのだし、口よりも先に手が出てしまうこともあるから。
(…そしたら、「よくもやったな」って…)
お兄ちゃんの方も、弟の頬っぺたを引っぱたく。
(後は、取っ組み合いの喧嘩で…)
母が飛んで来て止めに入るまで、勝負がつかないかもしれない。
でなければ、弟の方が、おんおんと泣いて、おやつどころではなくなるだとか。
(…そういうことも、ありそうだよね…)
ぼくなら、おんおん泣いちゃう方だよ、と分かっている。
「お兄ちゃん」に大きなケーキを取られた上に、頬っぺたを引っぱたかれたのだから。
(…でも、ぼくの方が、お兄ちゃんでも…)
優しい「お兄ちゃん」でいられるかどうか、自信が無い。
何のはずみで「いつも、弟の方ばかり…」と羨ましくなるか、分からないから。
(…そういうの、うんと困るけど…)
でも、お兄ちゃんは欲しかったかも、と思った拍子に、閃いた。
「前のぼくなら、いいお兄ちゃんになれそうだよ」と。
「一日だけでいいから、なってくれないかな」と、「ぼくのお兄ちゃんに」と。
時の彼方で「ソルジャー・ブルー」だった、前の自分。
大勢のミュウの仲間を率いて、最後は命まで投げ出したほど。
(…もし、お兄ちゃんになってくれたら…)
絶対、優しい筈なんだよね、と想像の翼を羽ばたかせる。
「たった一日だけでいいから、兄弟みたいに過ごしたいな」と。
神様が起こしてくれた奇跡で、前の自分が、この世界に来て。
(前のぼくの方が、大きいんだから…)
お兄ちゃんだよ、と大きく頷く。
きっと「弟」になった自分を、可愛がってくれることだろう。
青い地球の上で暮らしているのを、羨ましいと思ったとしても、苛めないで。
「ずるい」と頬っぺたを叩いたりせずに、「幸せそうだね」と微笑んで。
(…前のぼくが、ぼくのお兄ちゃん…)
素敵だよね、と緩む頬。
お兄ちゃんなのだし、前の自分にも、たった一日だけ、家族が出来る。
「パパ、ママ!」と呼んでいい人が。
今の自分の本物の両親、それが「前の自分」の「パパ」と「ママ」。
(…前のぼくだって、喜びそう!)
本当の年は、両親よりも、ずっと年上だとしても。
三百歳をとうに超えていたって、「パパ」と「ママ」がいれば嬉しい筈。
(それに、一日だけだって…)
「お兄ちゃん」になってくれるからには、両親から見ても、大事な子供。
母のお腹から生まれた子ではなくても、一日だけの間は、長男。
(…だから、きちんと、お兄ちゃんの部屋とか…)
服とかだって、あるんだよね、と考える。
神様が奇跡を起こすからには、そういったことも抜かりはないだろう。
「お兄ちゃん」になった前の自分が、ソルジャーの衣装のまま、なんてことは。
(…もしかして、学校の制服もある?)
それとも上の学校だろうか、そっちだったら制服は無い。
自分の好きな服で通って、通学鞄も好みの鞄。
そうなのかも、と広がる夢。
「上の学校に通ってる、お兄ちゃんなんだ」と。
そういう「お兄ちゃん」が出来るのだったら、断然、休日の方がいい。
別々の学校に登校するより、一日、一緒に過ごしていたい。
朝は、おんなじ食卓に着いて。
前の自分が夢見た朝食、ホットケーキに本物のメープルシロップをかけて。
(…前のぼく、うんと感激しそう…)
憧れ続けた地球での朝食、それを「お母さん」が作ってくれる。
ホットケーキだけではなくって、目玉焼きなども。
(ソーセージだって、焼いてくれるし…)
飲み物だって、「何にするの?」と尋ねてくれる母。
ホットミルクか、紅茶にするか、紅茶にするなら、ミルクティーか、などと。
(…ぼくのホットケーキ、お兄ちゃんに…)
一枚、譲ってあげてもいいな、と、「弟」なのに「お兄ちゃん」な気分。
前の自分は、一日だけしか、青い地球にはいられないから。
神様がくれた夢の一日、幸せ一杯でいて欲しいから。
(朝御飯が済んだら、パパに頼んで…)
家族揃って、ドライブに行くのも素敵だと思う。
前の自分が焦がれ続けた、青く輝く水の星、地球。
当時は死の星だったけれども、前の自分は「青い」と信じていたのだから。
(…本当のことは、言えやしないし…)
前の自分が、どんな最期を迎えたのかも、絶対、言えない。
「青い地球に生まれて来られたんだよ」と、それだけしか。
(…ハーレイだって、来てるんだよ、って…)
もちろん、きちんと話すけれども、ハーレイには「会いに行かせない」。
「それより、みんなでドライブしようよ」と、連れ出して。
ドライブに出掛けた先で食事で、帰りは街の方に行くのもいいだろう。
前の自分は、デパートなんかは知らないから。
知識としては知っていたって、其処で買い物していないから。
(…うんと楽しいことを、沢山…)
でも、ハーレイに会うのだけは駄目、とキュッと拳を握り締める。
「もしも会ったら、ハーレイを盗られちゃうから」と。
ハーレイが今も忘れてはいない、「ソルジャー・ブルー」は、絶対に駄目、と。
(…まさか、そんなので喧嘩なんかに…)
ならないよね、と肩を竦めた。
前の自分は優しいのだから、「チビの子供になってしまった自分」にだって優しいだろう、と。
「ハーレイには、絶対、会っちゃ駄目だよ」と駄々をこねても、怒りはしない、と。
(…悲しそうな顔はしそうだけれど…)
きっと、「うん、大丈夫。分かっているよ」と頭を撫でてくれる筈。
優しい「お兄ちゃん」らしく。
とてもハーレイに会いたいだろうに、その気持ちを、グッと飲み込んで。
(いいな、優しいお兄ちゃん…)
うんと我儘な弟になってしまうけれど、と夢を見る。
「たった一日だけでいいから、前のぼく、お兄ちゃんになってくれないかな」と。
「兄弟みたいに過ごしたいな」と、「でも、ハーレイには、会わせられないけどね」と…。
兄弟みたいに・了
※兄弟がいたらいいのに、と思ったブルー君。前の自分なら、いいお兄ちゃんになれそう。
うんと優しい「お兄ちゃん」が出来ても、ハーレイに会いに行くのは駄目。我儘な弟ですv
(生憎、俺には、いないんだよな…)
兄弟ってヤツが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(まあ、ブルーにも、いないんだから…)
そう珍しいことでもないんだが、と分かってはいる。
兄弟のいる人間も多いけれども、一人っ子も少なくないことは。
(…しかしだな…)
ちょっぴり惜しい気もするんだよな、と少し残念ではある。
せっかく青い地球の上に生まれ変わって、新しい人生を謳歌しているのだから、と。
(…前の俺だった頃も、やはり兄弟は、いなかったんだが…)
兄弟がいたヤツもいるんだ、と今も覚えている、ゼルのこと。
ゼルと同じにミュウと判断され、研究施設に押し込められていた、弟のハンス。
脱出する直前まで一緒だったのに、最後の最後で、引き離されてしまった悲劇の兄弟。
(……前の俺たちは、あまりにも何も知らなさすぎて……)
離陸する時は必ず宇宙船の扉を閉める、という大原則さえ知らなかった。
そのせいでハンスは、開いたままだった扉から外へと放り出されて…。
(…ゼルが掴んだ手にも、ハンスを引き上げるほどの力は…)
無かったから、ハンスは落ちてゆくしかなかった。
炎の地獄と化したアルタミラへ、「兄さん!」と悲鳴だけを残して。
(…兄弟ってヤツは、あいつらだけかと思っていたが…)
アルテメシアに辿り着いた後、なんと双子がやって来た。
男女の双子だった、マヒルとヨギ。
(どういう機械の気まぐれなんだか…)
人工子宮で子供を育てた時代なのにな、と思うけれども、二組も知っていた兄弟。
今の時代は、子供は全て、母親から生まれて来るのだから…。
(…あの時代よりも、ずっと兄弟ってヤツが多くてだな…)
珍しくなくなった時代なのだし、兄弟がいれば、と思ってしまう。
もっと毎日が楽しかったかも、などと、無いもの強請りというヤツで。
とはいえ、本当に兄弟がいたら、厄介な面もあっただろうか。
子供時代は、おもちゃや、菓子の取り合いで喧嘩。
少し育っても、悪さをしたなら、親にコッソリ告げ口されて…。
(おふくろと親父に、うんと叱られて…)
夕飯の席で、自分の好物が減らされていて、告げ口をした兄弟の皿には大盛り。
如何にもありそうな話ではある。
(…その辺の時代を無事に通り越して、大人になったら…)
喧嘩や告げ口は消えてしまって、仲良くなれそうなのだけれども、今が問題。
そう、去年までなら、いや、今年の五月三日になる前までならば…。
(何の問題も無かったんだが、今ではなあ…)
俺の中身が、増えてしまったモンだから、と顎に当てた手。
「今では、俺はキャプテン・ハーレイなんだ」と。
若い頃から「生まれ変わりか?」と言われるくらいに、似ていた遠い昔の英雄。
兄弟がいたなら、何度も話題になっていたろう。
「お前、本当に、キャプテン・ハーレイじゃないのか?」と。
それらしき記憶は残っていないか、何か覚えていないのか、などと。
(思い出す前なら、他人の空似で、赤の他人だ、って言えたんだがなあ…)
今じゃ、そういうわけにもいかん、と苦笑する。
本当にキャプテン・ハーレイなのだし、「赤の他人だ」というのは嘘。
けれど、兄弟にも明かせはしない。
明かしたならば、ブルーを巻き込んでしまうから。
(…いつかブルーが、「ぼくも、ホントのことを言うよ」と言うなら…)
二人一緒に、前の生での記憶を明かして、生まれ変わりだと発表するかもしれない。
全宇宙から注目を浴びて、大変なことになりそうだけれど。
「それでもいいよ」とブルーが言うなら、反対はしない。
けれども、そんな日が来ないなら…。
(…俺の正体は、兄弟にだって言えやしないんだ…)
今度はブルーと生きてゆくのだし、好奇心に満ちた瞳を、ブルーに向けられたくはない。
いくら兄弟でも、血の繋がった者であっても。
そう考えると、兄弟は「いなくて良かった」のだろう。
青い地球の上に生まれて来る時、神は、其処まで考慮したのだと思う。
将来、困らないように。
兄弟にも言えない秘密を抱えて、生きてゆかなくてもいいように。
(…親父とおふくろにも秘密なんだが、そっちはなあ…?)
親にも言えない秘密は誰にだってあるさ、と思うものだから、気にはならない。
兄弟に隠し事をし続けるよりは、遥かに楽な人生だろう。
(だから、これはこれでいいんだが…)
欲しかった気もするんだよな、と思考が最初へ戻ってゆく。
「ブルーのこととか、そういうのは抜きで」と、「いいトコ取りというヤツで」と。
うんと都合のいい、困ることなどない兄弟。
それがいたなら、もっと世の中、楽しめたのに、と。
(…しかし、そういう無茶な注文…)
通りはしないし、絶対に無理。
「一日だけでも」などというのは、もっと無茶。
(…楽しそうだと思うんだがなあ…)
一日だけ、兄弟が出来ないモンかな、と考えた所で、閃いた。
「前の俺だ」と。
奇跡が起こって、たった一日だけ、兄弟が出来るというのなら…。
(血は繋がってないし、本物じゃないが…)
前の俺と兄弟というのがいいな、と大きく頷く。
「それなら気心も知れてるんだし」と、「お互い、知らない仲じゃないしな」と。
(…まず、名乗らないといけないだろうが…)
前の俺と出会って、兄弟のように過ごせたら、と浮かんだ考え。
「こいつは素敵だ」と、「なんとも楽しそうじゃないか」と。
一日だけ、神が兄弟をくれると言うなら、前の自分を頼んでみたい。
「本物の兄弟とは違うのですが」と、「そっくりですから、兄弟に見えると思います」と。
そうして前の自分と出会って、兄弟のように仲良く過ごす。
たった一日だけでいいから、この地球で。
平和になった今の時代を、前の自分と満喫して。
(…うん、なかなかに…)
いい感じだぞ、と想像の翼を羽ばたかせる。
兄弟のように過ごせそうだと、きっと楽しい一日になる、と。
(瓜二つなんだし、双子ってトコだな)
俺と、前の俺、とコーヒーのカップを傾けた。
前の自分と出会えたならば、「俺は、未来のお前なんだ」と、自己紹介。
「今日だけ、兄弟ってことになっているから、仲良くやろう」と。
(最初はビックリされるんだろうが…)
前の俺だって、俺なんだから、じきに慣れるさ、と自信はある。
「いつまでも驚いてる暇があったら、頭を切り替えて、前進だよな」と。
(前の俺やブルーが、どうなったのかは、話せやしないが…)
いくら兄弟でも言えやしない、と伏せるしかない、前の自分とブルーの生涯。
「色々あったが、青い地球に生まれ変われたってわけだ」と、いい面だけを話しておこう。
「ブルーもいるぞ」と、「すっかりチビになっちまったが」と。
(…きっと、ブルーにも会いたがるんだろうが…)
そっちに費やす時間は無いな、と傾けるカップ。
「前の俺をブルーに盗られちまうし」と、「それじゃ、つまらん」と。
(神様だって、そういうコースはお望みじゃないさ)
俺に兄弟を下さったんだし、俺が楽しむべきなんだ、と考える。
「ブルーに会わせる時間があったら、その分を有効に使わないとな?」と。
前の自分と過ごすのならば、まず一番に、何をしようか。
自己紹介が済んだ後には、コーヒーを振る舞うべきなのだろうか。
(…なんと言っても、正真正銘、本物のコーヒー豆のヤツで、だ…)
代用品のコーヒーなんかじゃないぞ、とカップの中身を眺めて笑む。
「前の俺だと、シャングリラじゃ、キャロブのコーヒーだった」と。
青い地球に「前の自分」がやって来たなら、地球で採れたコーヒーを淹れるのがいい。
「こいつは本物のコーヒーなんだ」と、「今じゃ地球でも、コーヒー豆が採れるんだぞ」と。
(喜ぶだろうな、地球のコーヒー…)
目に浮かぶようだ、と思う前の自分の感激ぶり。
「美味い」と、顔を綻ばせて。
「やっぱり本物は、うんと美味いな」と、「その上、地球のコーヒーなのか」と。
コーヒーの後は、和食を披露してみたい。
「俺は地球に来て腕を上げたぞ」と、「今じゃ、こういう料理があるんだ」と。
(でもって、家で軽く食ってだな…)
それから街に繰り出すのもいい。
遠い所で暮らす兄弟、それが故郷に帰省して来た時みたいに。
「どうだ、あちこち変わっただろう?」とか、「此処は昔と変わらんな」と案内するように。
(前の俺だと、全く知らない街になるんだが…)
其処の所は、ご愛敬。
公園もいいし、繁華街だって楽しめるだろう。
(合間に、喫茶店にも入って…)
メニューを広げて、「どれにする?」と、もちろん、自分の奢り。
前の自分が恐縮したって、兄弟なんて、そんなものだろう。
「いいから、今日は俺が奢る」と、「久しぶりだし、好きなだけ食えよ」と。
(晩飯だって、気に入りの店に連れてって…)
「これが美味いぞ」とか、「この酒がいい」とか、さながら「兄貴」。
本当は、どちらが兄になるのか、自分でも分からないけれど。
「その身体で生きた年数」だったら、前の自分の方が当然、「兄」なのだけれど。
(…そういうことでも、その土地に詳しい方がだな…)
「俺に任せろ」は、ごくごく自然な流れ。
だから気分は「兄貴」なわけで、前の自分に世話を焼く。
「青い地球を、うんと楽しんでくれ」と。
「せっかくだから、今夜は二人で飲み明かそう」と。
(…いいよな、久しぶりに会った兄弟みたいで…)
そんな具合に、前の俺と過ごせたらいいな、と広がる夢。
「兄弟のように、青い地球で」と。
自分に兄弟はいないけれども、神様がプレゼントしてくれるなら。
たった一日、兄弟をくれると言うのだったら、「前の俺がいい」と…。
兄弟のように・了
※兄弟がいたら楽しいのにな、と考え始めたハーレイ先生。たった一日だけでいいから、と。
そして思い付いたのが、前の自分と兄弟のように過ごすこと。楽しそうですよねv
兄弟ってヤツが、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(まあ、ブルーにも、いないんだから…)
そう珍しいことでもないんだが、と分かってはいる。
兄弟のいる人間も多いけれども、一人っ子も少なくないことは。
(…しかしだな…)
ちょっぴり惜しい気もするんだよな、と少し残念ではある。
せっかく青い地球の上に生まれ変わって、新しい人生を謳歌しているのだから、と。
(…前の俺だった頃も、やはり兄弟は、いなかったんだが…)
兄弟がいたヤツもいるんだ、と今も覚えている、ゼルのこと。
ゼルと同じにミュウと判断され、研究施設に押し込められていた、弟のハンス。
脱出する直前まで一緒だったのに、最後の最後で、引き離されてしまった悲劇の兄弟。
(……前の俺たちは、あまりにも何も知らなさすぎて……)
離陸する時は必ず宇宙船の扉を閉める、という大原則さえ知らなかった。
そのせいでハンスは、開いたままだった扉から外へと放り出されて…。
(…ゼルが掴んだ手にも、ハンスを引き上げるほどの力は…)
無かったから、ハンスは落ちてゆくしかなかった。
炎の地獄と化したアルタミラへ、「兄さん!」と悲鳴だけを残して。
(…兄弟ってヤツは、あいつらだけかと思っていたが…)
アルテメシアに辿り着いた後、なんと双子がやって来た。
男女の双子だった、マヒルとヨギ。
(どういう機械の気まぐれなんだか…)
人工子宮で子供を育てた時代なのにな、と思うけれども、二組も知っていた兄弟。
今の時代は、子供は全て、母親から生まれて来るのだから…。
(…あの時代よりも、ずっと兄弟ってヤツが多くてだな…)
珍しくなくなった時代なのだし、兄弟がいれば、と思ってしまう。
もっと毎日が楽しかったかも、などと、無いもの強請りというヤツで。
とはいえ、本当に兄弟がいたら、厄介な面もあっただろうか。
子供時代は、おもちゃや、菓子の取り合いで喧嘩。
少し育っても、悪さをしたなら、親にコッソリ告げ口されて…。
(おふくろと親父に、うんと叱られて…)
夕飯の席で、自分の好物が減らされていて、告げ口をした兄弟の皿には大盛り。
如何にもありそうな話ではある。
(…その辺の時代を無事に通り越して、大人になったら…)
喧嘩や告げ口は消えてしまって、仲良くなれそうなのだけれども、今が問題。
そう、去年までなら、いや、今年の五月三日になる前までならば…。
(何の問題も無かったんだが、今ではなあ…)
俺の中身が、増えてしまったモンだから、と顎に当てた手。
「今では、俺はキャプテン・ハーレイなんだ」と。
若い頃から「生まれ変わりか?」と言われるくらいに、似ていた遠い昔の英雄。
兄弟がいたなら、何度も話題になっていたろう。
「お前、本当に、キャプテン・ハーレイじゃないのか?」と。
それらしき記憶は残っていないか、何か覚えていないのか、などと。
(思い出す前なら、他人の空似で、赤の他人だ、って言えたんだがなあ…)
今じゃ、そういうわけにもいかん、と苦笑する。
本当にキャプテン・ハーレイなのだし、「赤の他人だ」というのは嘘。
けれど、兄弟にも明かせはしない。
明かしたならば、ブルーを巻き込んでしまうから。
(…いつかブルーが、「ぼくも、ホントのことを言うよ」と言うなら…)
二人一緒に、前の生での記憶を明かして、生まれ変わりだと発表するかもしれない。
全宇宙から注目を浴びて、大変なことになりそうだけれど。
「それでもいいよ」とブルーが言うなら、反対はしない。
けれども、そんな日が来ないなら…。
(…俺の正体は、兄弟にだって言えやしないんだ…)
今度はブルーと生きてゆくのだし、好奇心に満ちた瞳を、ブルーに向けられたくはない。
いくら兄弟でも、血の繋がった者であっても。
そう考えると、兄弟は「いなくて良かった」のだろう。
青い地球の上に生まれて来る時、神は、其処まで考慮したのだと思う。
将来、困らないように。
兄弟にも言えない秘密を抱えて、生きてゆかなくてもいいように。
(…親父とおふくろにも秘密なんだが、そっちはなあ…?)
親にも言えない秘密は誰にだってあるさ、と思うものだから、気にはならない。
兄弟に隠し事をし続けるよりは、遥かに楽な人生だろう。
(だから、これはこれでいいんだが…)
欲しかった気もするんだよな、と思考が最初へ戻ってゆく。
「ブルーのこととか、そういうのは抜きで」と、「いいトコ取りというヤツで」と。
うんと都合のいい、困ることなどない兄弟。
それがいたなら、もっと世の中、楽しめたのに、と。
(…しかし、そういう無茶な注文…)
通りはしないし、絶対に無理。
「一日だけでも」などというのは、もっと無茶。
(…楽しそうだと思うんだがなあ…)
一日だけ、兄弟が出来ないモンかな、と考えた所で、閃いた。
「前の俺だ」と。
奇跡が起こって、たった一日だけ、兄弟が出来るというのなら…。
(血は繋がってないし、本物じゃないが…)
前の俺と兄弟というのがいいな、と大きく頷く。
「それなら気心も知れてるんだし」と、「お互い、知らない仲じゃないしな」と。
(…まず、名乗らないといけないだろうが…)
前の俺と出会って、兄弟のように過ごせたら、と浮かんだ考え。
「こいつは素敵だ」と、「なんとも楽しそうじゃないか」と。
一日だけ、神が兄弟をくれると言うなら、前の自分を頼んでみたい。
「本物の兄弟とは違うのですが」と、「そっくりですから、兄弟に見えると思います」と。
そうして前の自分と出会って、兄弟のように仲良く過ごす。
たった一日だけでいいから、この地球で。
平和になった今の時代を、前の自分と満喫して。
(…うん、なかなかに…)
いい感じだぞ、と想像の翼を羽ばたかせる。
兄弟のように過ごせそうだと、きっと楽しい一日になる、と。
(瓜二つなんだし、双子ってトコだな)
俺と、前の俺、とコーヒーのカップを傾けた。
前の自分と出会えたならば、「俺は、未来のお前なんだ」と、自己紹介。
「今日だけ、兄弟ってことになっているから、仲良くやろう」と。
(最初はビックリされるんだろうが…)
前の俺だって、俺なんだから、じきに慣れるさ、と自信はある。
「いつまでも驚いてる暇があったら、頭を切り替えて、前進だよな」と。
(前の俺やブルーが、どうなったのかは、話せやしないが…)
いくら兄弟でも言えやしない、と伏せるしかない、前の自分とブルーの生涯。
「色々あったが、青い地球に生まれ変われたってわけだ」と、いい面だけを話しておこう。
「ブルーもいるぞ」と、「すっかりチビになっちまったが」と。
(…きっと、ブルーにも会いたがるんだろうが…)
そっちに費やす時間は無いな、と傾けるカップ。
「前の俺をブルーに盗られちまうし」と、「それじゃ、つまらん」と。
(神様だって、そういうコースはお望みじゃないさ)
俺に兄弟を下さったんだし、俺が楽しむべきなんだ、と考える。
「ブルーに会わせる時間があったら、その分を有効に使わないとな?」と。
前の自分と過ごすのならば、まず一番に、何をしようか。
自己紹介が済んだ後には、コーヒーを振る舞うべきなのだろうか。
(…なんと言っても、正真正銘、本物のコーヒー豆のヤツで、だ…)
代用品のコーヒーなんかじゃないぞ、とカップの中身を眺めて笑む。
「前の俺だと、シャングリラじゃ、キャロブのコーヒーだった」と。
青い地球に「前の自分」がやって来たなら、地球で採れたコーヒーを淹れるのがいい。
「こいつは本物のコーヒーなんだ」と、「今じゃ地球でも、コーヒー豆が採れるんだぞ」と。
(喜ぶだろうな、地球のコーヒー…)
目に浮かぶようだ、と思う前の自分の感激ぶり。
「美味い」と、顔を綻ばせて。
「やっぱり本物は、うんと美味いな」と、「その上、地球のコーヒーなのか」と。
コーヒーの後は、和食を披露してみたい。
「俺は地球に来て腕を上げたぞ」と、「今じゃ、こういう料理があるんだ」と。
(でもって、家で軽く食ってだな…)
それから街に繰り出すのもいい。
遠い所で暮らす兄弟、それが故郷に帰省して来た時みたいに。
「どうだ、あちこち変わっただろう?」とか、「此処は昔と変わらんな」と案内するように。
(前の俺だと、全く知らない街になるんだが…)
其処の所は、ご愛敬。
公園もいいし、繁華街だって楽しめるだろう。
(合間に、喫茶店にも入って…)
メニューを広げて、「どれにする?」と、もちろん、自分の奢り。
前の自分が恐縮したって、兄弟なんて、そんなものだろう。
「いいから、今日は俺が奢る」と、「久しぶりだし、好きなだけ食えよ」と。
(晩飯だって、気に入りの店に連れてって…)
「これが美味いぞ」とか、「この酒がいい」とか、さながら「兄貴」。
本当は、どちらが兄になるのか、自分でも分からないけれど。
「その身体で生きた年数」だったら、前の自分の方が当然、「兄」なのだけれど。
(…そういうことでも、その土地に詳しい方がだな…)
「俺に任せろ」は、ごくごく自然な流れ。
だから気分は「兄貴」なわけで、前の自分に世話を焼く。
「青い地球を、うんと楽しんでくれ」と。
「せっかくだから、今夜は二人で飲み明かそう」と。
(…いいよな、久しぶりに会った兄弟みたいで…)
そんな具合に、前の俺と過ごせたらいいな、と広がる夢。
「兄弟のように、青い地球で」と。
自分に兄弟はいないけれども、神様がプレゼントしてくれるなら。
たった一日、兄弟をくれると言うのだったら、「前の俺がいい」と…。
兄弟のように・了
※兄弟がいたら楽しいのにな、と考え始めたハーレイ先生。たった一日だけでいいから、と。
そして思い付いたのが、前の自分と兄弟のように過ごすこと。楽しそうですよねv