「ねえ、ハーレイ。贈り物って…」
受け取らないと失礼になるんだよね、と首を傾げたブルー。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
贈り物だって、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
いったい何を言い出すのかと、小さな恋人を観察する。
(…贈り物ってだけでも、充分、唐突過ぎるのに…)
失礼かどうかと訊かれても、と湧き上がる疑問は尽きない。
こういった時のブルーの質問、それは大抵、良くないもの。
何かとんでもない魂胆があって、探るように尋ねて来る。
額面通りに受け取ったならば、馬鹿を見ることが大多数。
(どうせ今日のも、そういうヤツだぞ)
その手に乗るか、と思いながらも、問い返してみる。
「何か贈り物を貰ったのか?」
それとも貰う予定なのか、と赤い瞳を覗き込んだ。
「誕生日には、まだ早すぎるが」と、「何かの礼か?」と。
ブルーが気にする、贈り物のこと。
受け取る話が出て来るからには、心当たりがあるのだろう。
いくら唐突でも、それを言わせた何かがある筈。
そう考えて、質問の意図を探り出そうとしたのだけれど…。
「贈り物なんか貰っていないし、予定も無いよ」
次に貰えるのはクリスマスかな、とブルーは答えた。
クリスマスには、きっと貰える筈、とニッコリと笑む。
「パパとママもくれるし、ハーレイもでしょ?」と。
「俺は、やるとは言っていないが?」
気が早いにも程があるぞ、とハーレイは顔を顰めてみせた。
ブルーに何か贈るにしたって、せいぜい、お菓子。
日持ちするクッキーや焼き菓子の類、そういう程度。
(こいつが、大事に取っておくようなものは…)
誕生日までは贈らないんだ、と決めている。
そうでなくても恋人気取りで、何かと困らされるから。
「えっ、ハーレイは何もくれないの?」
「お前が期待するようなものは、贈らんだろうな」
子供には菓子で充分だ、とハーレイは返してやった。
「靴下を用意しておくんだぞ」と、「入れてやるから」と。
「靴下って…。それに、お菓子って…」
酷い、とブルーが頬を膨らませるから、チャンスと捉えた。
ブルーの質問の意図はともかく、答えは返せる。
ハーレイはブルーを真っ直ぐ見詰めて、こう言った。
「おい、それは失礼っていうモンだろう」
「えっと…?」
何処が、とキョトンとしているブルーに、畳み掛ける。
「お前、自分で言っただろうが。さっき、俺にな」
贈り物を受け取らないと失礼なんだろ、と意地悪く尋ねた。
「そう思ったから訊いたんだろう」と、「違うのか?」と。
ブルーは瞳をパチパチとさせて、渋々といった体で頷いた。
「そうだけど…」と、それは不満そうな顔をして。
「じゃあ、ハーレイがお菓子をくれたら…」
「受け取らないと失礼だよなあ、「ありがとう」って」
喜んで靴下に入れて貰うこった、とハーレイは笑った。
「それがマナーというものなんだぞ、贈り物を貰った時の」
ちゃんと質問にも答えたからな、と腕組みをする。
「どうだ?」と、「これで満足したか?」と。
「…うう…。分かったよ、お菓子でも我慢する…」
失礼になっちゃいけないものね、とブルーは唸った。
「仕方ないや」と、「それが贈り物のマナーなんだし」と。
(…よしよし、これでクリスマスの贈り物も決まったぞ)
美味い菓子でも買ってやるか、とハーレイは心の中で頷く。
何を贈っても、ブルーは受け取るしかない運命。
ブルー自身が蒔いた種だし、自業自得というものだ。
(菓子なら、悩まなくても済むしな)
ついでに文句も言われないし、と喜んでいたら…。
「あのね、ハーレイ。もう一度、確認なんだけど…」
受け取らないと失礼なんだよね、と恋人が念を押して来た。
「でないとマナー違反なんでしょ」と、真剣な顔で。
「そうだとも。お前も言ったし、俺も肯定したからな」
つまらない菓子でも受け取るんだぞ、と重々しく告げる。
「こんなの嫌だ」は通らないぞ、と「分かったな?」と。
そうしたら…。
「なら、ぼくのキスも受け取って!」
ぼくからの贈り物だから、と立ち上がったブルー。
「唇にキスをしてあげるから」と、「動かないでね」と。
「馬鹿野郎!」
礼儀知らずでも俺は構わん、とハーレイが握り締めた拳。
「そういう贈り物は断る」と、「俺は要らん」と。
「くれると言っても、断固拒否する」と、怖い顔で。
「貰うより前に、頭に一発、プレゼントする」と…。
贈り物って・了
受け取らないと失礼になるんだよね、と首を傾げたブルー。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
贈り物だって、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
いったい何を言い出すのかと、小さな恋人を観察する。
(…贈り物ってだけでも、充分、唐突過ぎるのに…)
失礼かどうかと訊かれても、と湧き上がる疑問は尽きない。
こういった時のブルーの質問、それは大抵、良くないもの。
何かとんでもない魂胆があって、探るように尋ねて来る。
額面通りに受け取ったならば、馬鹿を見ることが大多数。
(どうせ今日のも、そういうヤツだぞ)
その手に乗るか、と思いながらも、問い返してみる。
「何か贈り物を貰ったのか?」
それとも貰う予定なのか、と赤い瞳を覗き込んだ。
「誕生日には、まだ早すぎるが」と、「何かの礼か?」と。
ブルーが気にする、贈り物のこと。
受け取る話が出て来るからには、心当たりがあるのだろう。
いくら唐突でも、それを言わせた何かがある筈。
そう考えて、質問の意図を探り出そうとしたのだけれど…。
「贈り物なんか貰っていないし、予定も無いよ」
次に貰えるのはクリスマスかな、とブルーは答えた。
クリスマスには、きっと貰える筈、とニッコリと笑む。
「パパとママもくれるし、ハーレイもでしょ?」と。
「俺は、やるとは言っていないが?」
気が早いにも程があるぞ、とハーレイは顔を顰めてみせた。
ブルーに何か贈るにしたって、せいぜい、お菓子。
日持ちするクッキーや焼き菓子の類、そういう程度。
(こいつが、大事に取っておくようなものは…)
誕生日までは贈らないんだ、と決めている。
そうでなくても恋人気取りで、何かと困らされるから。
「えっ、ハーレイは何もくれないの?」
「お前が期待するようなものは、贈らんだろうな」
子供には菓子で充分だ、とハーレイは返してやった。
「靴下を用意しておくんだぞ」と、「入れてやるから」と。
「靴下って…。それに、お菓子って…」
酷い、とブルーが頬を膨らませるから、チャンスと捉えた。
ブルーの質問の意図はともかく、答えは返せる。
ハーレイはブルーを真っ直ぐ見詰めて、こう言った。
「おい、それは失礼っていうモンだろう」
「えっと…?」
何処が、とキョトンとしているブルーに、畳み掛ける。
「お前、自分で言っただろうが。さっき、俺にな」
贈り物を受け取らないと失礼なんだろ、と意地悪く尋ねた。
「そう思ったから訊いたんだろう」と、「違うのか?」と。
ブルーは瞳をパチパチとさせて、渋々といった体で頷いた。
「そうだけど…」と、それは不満そうな顔をして。
「じゃあ、ハーレイがお菓子をくれたら…」
「受け取らないと失礼だよなあ、「ありがとう」って」
喜んで靴下に入れて貰うこった、とハーレイは笑った。
「それがマナーというものなんだぞ、贈り物を貰った時の」
ちゃんと質問にも答えたからな、と腕組みをする。
「どうだ?」と、「これで満足したか?」と。
「…うう…。分かったよ、お菓子でも我慢する…」
失礼になっちゃいけないものね、とブルーは唸った。
「仕方ないや」と、「それが贈り物のマナーなんだし」と。
(…よしよし、これでクリスマスの贈り物も決まったぞ)
美味い菓子でも買ってやるか、とハーレイは心の中で頷く。
何を贈っても、ブルーは受け取るしかない運命。
ブルー自身が蒔いた種だし、自業自得というものだ。
(菓子なら、悩まなくても済むしな)
ついでに文句も言われないし、と喜んでいたら…。
「あのね、ハーレイ。もう一度、確認なんだけど…」
受け取らないと失礼なんだよね、と恋人が念を押して来た。
「でないとマナー違反なんでしょ」と、真剣な顔で。
「そうだとも。お前も言ったし、俺も肯定したからな」
つまらない菓子でも受け取るんだぞ、と重々しく告げる。
「こんなの嫌だ」は通らないぞ、と「分かったな?」と。
そうしたら…。
「なら、ぼくのキスも受け取って!」
ぼくからの贈り物だから、と立ち上がったブルー。
「唇にキスをしてあげるから」と、「動かないでね」と。
「馬鹿野郎!」
礼儀知らずでも俺は構わん、とハーレイが握り締めた拳。
「そういう贈り物は断る」と、「俺は要らん」と。
「くれると言っても、断固拒否する」と、怖い顔で。
「貰うより前に、頭に一発、プレゼントする」と…。
贈り物って・了
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(今日はハーレイに会えなかったよね…)
家にも来てくれなかったから、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ホントは、ちょっぴり、ほんの少しだけ…)
会えていないわけじゃないんだけれど、と昼間の出来事を思い返した。
休み時間に友人たちと、校舎の外を歩いていた時のこと。
(…国語の先生たちのためにある、準備室…)
それがある校舎に、ハーレイが入ってゆくのを見掛けた。
一歩踏み出せば、もう校舎の中、そういう入口の直ぐ近くで。
(あと一歩、ってトコだったけれど…)
大きな声で「ハーレイ先生!」と呼び掛けたならば、きっと振り向いて貰えただろう。
こちらを向いて、笑顔で手だって振ってくれたと思うけれども…。
(……ぼくは友達と一緒だったし……)
ハーレイの方も、他の先生と話をしながら歩いていた。
そうでなかったら、ハーレイが一人だったなら…。
(真っ直ぐ、校舎に入る代わりに…)
足を止めて、見回してくれた気がする。
休み時間の最中なのだし、何人もの生徒が出歩いている時間帯。
その中にブルーがいるかもしれない、とチビの恋人が歩いていないか、確かめるために。
(…そうだよね?)
そうでなくても、其処まで歩いて来るまでの道中、「ブルー」を探していただろう。
目の色を変えてとは言わないけれども、運良く、出会えるかもしれない、と。
(…キョロキョロしたりはしなくても…)
何気ない顔で歩きながらも、探してくれてはいたのだと思う。
他の先生と一緒でなければ、「ブルーに会えればいいんだがな」と。
「ちょいと手を振るだけでもいいから、あいつに会えれば嬉しいんだが」と。
ハーレイなら探してくれた筈だよ、と考えることは、思い上がりではないだろう。
前の生からの恋人同士で、今も恋人なのだから。
キスさえくれない恋人だけれど、「キスは早すぎる」と叱られるチビの子供だけれど。
(…でも、ハーレイなら…)
探してくれたし、気付いてくれた筈なのに。
他の先生さえ一緒でなければ、見回してくれたと思うのに…。
(……真っ直ぐ、入って行っちゃった……)
振り向きさえもしなかったよね、と浮かぶのは「消えてゆくハーレイ」ばかり。
こっちには顔も向けてくれずに、他の先生と話しながら。
「ブルー」にはまるで気付きもしないで、校舎の中へと消えてゆく姿。
(…ぼくだって、声を掛けられなかったし…)
お互い様だと思うけれども、やっぱり少し悲しくなる。
「ぼくは、ハーレイに気付いてたのに」と。
「ハーレイの方では、全然、気付いてくれなかったよ」と。
(…あれでも、会えたとは言うんだろうけど…)
会えない時だと、姿も見られないんだから、と思いはしても、寂しい気持ちは変わらない。
なまじ姿を見掛けた分だけ、「全く会えずに終わった」日よりも、辛い気もする。
何故なら、自分は「気付いた」から。
「あっ、ハーレイだ!」と心が躍った、そんな瞬間を味わったから。
(……気付いているのに、それっきりって……)
なんだか酷い、と神様を恨みたい気分。
ハーレイの姿を見掛けた時には、「今日はツイてる」と考えたほど。
「今日はハーレイの授業は無いけど、会えちゃったよね」と。
一方的な出会いだけれども、とても素敵な偶然で。
「こんな所で会えるんだったら、後で、絶対、会えるんだから」と飛び跳ねた心。
廊下で会うのか、グラウンドで会えるか、もっと違う場所で出会うのか。
(次に会えたら、ちゃんとハーレイが気付いてくれて…)
声を掛けてくれて、話も出来ることだろう。
学校の中では、教師と生徒の会話だけれども、それでも充分、幸せな時間。
ついでに学校が終わった後には、家にも寄ってくれるのだろう、と膨らんだ期待。
「今日はゆっくり、お喋り出来るよ」と、「晩ご飯だって、ハーレイと一緒なんだよね」と。
ところがどっこい、期待外れに終わった一日。
ハーレイには二度と出会えないまま、今日という日は暮れてしまって…。
(…ほんのちょっぴり、一方的に…)
会えただけだよ、と零れる溜息。
「あんまりだよね」と、「気付いているのに、話も出来なかっただなんて」と。
大好きな笑顔も向けて貰えず、手だって、振って貰えていない。
確かに「ハーレイ」を見掛けたのに。
ハーレイの姿に心が躍って、ツイているとまで考えたのに。
(……今日の神様、ホントに意地悪……)
こんなの酷い、と嘆いたはずみに、心を掠めていったこと。
「気付いているのに、会えなかったら?」と。
今日の出来事とは全く違って、「最初から、そういう出会いだったら?」と。
(…ぼくとハーレイ、五月の三日に出会ったけれど…)
自分に現れた聖痕のお蔭で、二人揃って記憶が戻って、今では恋人同士だけれど…。
(……ああいう風な出会いじゃなくって……)
ぼくだけ、ハーレイに気が付いちゃう、っていうことも…、と怖い考えが頭に浮かんだ。
聖痕などとは全く無縁に、ある日、突然、記憶が戻る。
「ハーレイ」の姿を何処かで見掛けて、「ハーレイなんだ」と気付いた時に。
あそこに確かにハーレイがいると、前の生から愛した人だ、と。
(…でも、気付いたのは、ぼくだけで…)
ハーレイの方は、少しも気付いていないんだよ、と「悲しすぎる出会い」が心に広がってゆく。
自分の方では気付いているのに、ハーレイは、まるで気が付かない。
その上、出会いは、ほんの一瞬、アッと言う間に離れてゆく距離。
声を掛けてもいないのに。
「ハーレイ!」と声を掛ける暇さえ、そのチャンスさえも無いままで。
(…学校から遠足に行った先とか…)
有り得るよね、と嫌な想像が膨らみ始める。
本当の出会いは「そうではない」のに、「そうじゃなかったら?」と、違う方へと。
気付いているのに出会えない出会い、そういう出会いも有り得たのだ、と。
(……学校の遠足、休んじゃったことも多いけど……)
バスで遠くへ出掛けて行って、一日過ごして、学校のある町へ帰って来る。
その遠足に出掛けた時に、ハーレイの姿に気が付く自分。
バスから降りて、何かしている時ではなくて…。
(…バスの窓から、外を見ていて…)
歩いているハーレイの姿を見掛けて、その瞬間に「思い出す」。
「ハーレイなんだ」と。
其処にいるのは愛おしい人で、遠く遥かな時の彼方で愛した人だ、と。
(だけど、ハーレイは気が付いてなくて…)
こちらの方を眺めもしないで、何処かへ向かって歩いているだけ。
そして窓から呼び掛けようにも、バスは走っているのだから…。
(…ハーレイなんだ、って気が付いたって…)
その場で止まってなどはくれずに、目的地に向かって走り続ける。
歩いているハーレイを一瞬で追い越し、たちまち後ろへ置き去りにして。
「バスを止めて!」と叫びたくても、ただの生徒ではどうにもならない。
(……気分が悪くなったから、止めて下さい、って……)
止めて貰えそうな言い訳を思い付く前に、ハーレイがいた場所は遠くなっている。
それに「ハーレイ」の方にしたって、その道を真っ直ぐ、歩き続けるとは限らない。
(途中で曲がってしまってるとか、何処かの建物に入っちゃったとか…)
そうなっていたら、言い訳を考えてバスを戻しても、もう「ハーレイ」は見付からない。
他の道へと曲がって行って、違う所を歩いているから。
あるいは建物の中に入って、バスが走るような道を離れてしまっているから。
(…頑張って、バスを戻しても…)
二度と見付からない、愛おしい人。
自分は確かに気が付いたのに。
「ハーレイ」の姿を見付けた途端に、何もかも思い出したのに。
(……そういう風に出会っちゃったら……)
どうやって「ハーレイ」を探せばいいのか、どうすれば、また会えるのか。
今も「ハーレイ」という名前かどうかも、分からないのに。
ハーレイが何処に住んでいるかも、考えるほどに、謎が深まるのに。
そう、「ハーレイ」を見掛けた場所が、今の「ハーレイ」が暮らす町とは言い切れない。
ハーレイの仕事が教師でなければ、出張なんかは普通のこと。
他所の町から仕事で来ていて、たまたま歩いていたというだけ。
「ブルー」を乗っけた遠足のバスが、其処を走っていた時に。
(…出張で来ていたんなら…)
仕事が済んだら、帰って行ってしまうだろう。
何処から来たのか知らないけれども、今の「ハーレイ」が住む町へ。
(学校の先生をやっていたって…)
研修などで遠くに行くから、「他の町」で出会う可能性だって少なくない。
つまり「ハーレイ」が住んでいる場所さえ、今の自分には分からない。
「きっと、あそこの町なんだよ」と、見掛けた場所で探すにしたって…。
(……どうすればいいの?)
その町に「こういう人はいませんか」と、新聞に投書するくらいしか思い付かない。
「バスの窓から見掛けたんです」と、「うんと昔の知り合いなんです」と。
(…ぼくは子供だから、そう書いたって…)
新聞記者の目に留まったなら、載せて貰えることだろう。
幼かった日に、親切にして貰った「知らない人」を、見掛けて思い出したのかも、と。
「会って、お礼を言いたいんだな」と、「見付かるといいが」と、考えてくれて。
(…でも、その新聞を、ハーレイが…)
読んでくれないと、全く気付いて貰えない。
今のハーレイは新聞を愛読しているけれども、新聞と言っても、幾つもあるから…。
(…ハーレイが取ってる新聞でないと…)
投書は無駄になってしまって、ハーレイに読んで貰えはしない。
運が良ければ、「ハーレイ」の知り合いの誰かが、気付いてくれて…。
(これは、お前のことじゃないか、って…)
尋ねてくれるかもしれないけれど、あまり期待は出来そうもない。
そうなれば「ハーレイ」には出会えないまま、時が流れてゆくのだろう。
「あの日、確かに見付けたのに」と、心に想いを残したままで。
何処かで再び出会えないかと、ただ、その日だけを待ち望みながら。
(…もう一度、ハーレイに会いたいよ、って…)
会わせて下さい、と神に祈って、祈り続けて、願いが叶ったとしても。
また「ハーレイ」に気付いたとしても、その時も「同じ」かもしれない。
(……気付いているのに、出会えなくって……)
声さえも届けられないままで、離れていってしまう距離。
今度は宙港で出会うのだろうか、宇宙船を見ようと展望台に出掛けた時に。
離陸してゆく宇宙船の窓の向こうに、「ハーレイ」がいる、と気が付いた自分。
「ハーレイ」の方でも、今度は視線を展望台の方に向けていて…。
(…あっ、ていう顔をするんだよ…)
きっと「ブルー」に気が付いたのだ、と分かる表情。
ようやく互いに気付いたけれど、「ハーレイ」も「ブルー」を見付けてくれたけれども…。
(……宇宙船、飛んで行っちゃって……)
それっきりになってしまって、出会えない二人。
ハーレイを乗せた宇宙船の前後に、何機も離陸した同じタイプの宇宙船。
正確な時刻が分からないから、何処へ行った船か分からなくて。
「ハーレイ」の方も、「ブルー」を探そうと努力するのに、実らなくて。
(…そんなの、嫌だ…)
気付いているのに、会えないなんて、とゾッとするから、今日の不運は不運の内にも入らない。
ハーレイには、ちゃんと会うことが出来て、今も恋人同士だから。
今日は会えずに終わったけれども、会えた時には、幸せな時を過ごせるから…。
気付いているのに・了
※ハーレイ先生を見掛けただけで終わってしまったブルー君。溜息が零れるばかりですけど…。
互いの存在に気付いている分、幸せな今の人生。そうじゃない出会いも有り得たかも…?
家にも来てくれなかったから、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ホントは、ちょっぴり、ほんの少しだけ…)
会えていないわけじゃないんだけれど、と昼間の出来事を思い返した。
休み時間に友人たちと、校舎の外を歩いていた時のこと。
(…国語の先生たちのためにある、準備室…)
それがある校舎に、ハーレイが入ってゆくのを見掛けた。
一歩踏み出せば、もう校舎の中、そういう入口の直ぐ近くで。
(あと一歩、ってトコだったけれど…)
大きな声で「ハーレイ先生!」と呼び掛けたならば、きっと振り向いて貰えただろう。
こちらを向いて、笑顔で手だって振ってくれたと思うけれども…。
(……ぼくは友達と一緒だったし……)
ハーレイの方も、他の先生と話をしながら歩いていた。
そうでなかったら、ハーレイが一人だったなら…。
(真っ直ぐ、校舎に入る代わりに…)
足を止めて、見回してくれた気がする。
休み時間の最中なのだし、何人もの生徒が出歩いている時間帯。
その中にブルーがいるかもしれない、とチビの恋人が歩いていないか、確かめるために。
(…そうだよね?)
そうでなくても、其処まで歩いて来るまでの道中、「ブルー」を探していただろう。
目の色を変えてとは言わないけれども、運良く、出会えるかもしれない、と。
(…キョロキョロしたりはしなくても…)
何気ない顔で歩きながらも、探してくれてはいたのだと思う。
他の先生と一緒でなければ、「ブルーに会えればいいんだがな」と。
「ちょいと手を振るだけでもいいから、あいつに会えれば嬉しいんだが」と。
ハーレイなら探してくれた筈だよ、と考えることは、思い上がりではないだろう。
前の生からの恋人同士で、今も恋人なのだから。
キスさえくれない恋人だけれど、「キスは早すぎる」と叱られるチビの子供だけれど。
(…でも、ハーレイなら…)
探してくれたし、気付いてくれた筈なのに。
他の先生さえ一緒でなければ、見回してくれたと思うのに…。
(……真っ直ぐ、入って行っちゃった……)
振り向きさえもしなかったよね、と浮かぶのは「消えてゆくハーレイ」ばかり。
こっちには顔も向けてくれずに、他の先生と話しながら。
「ブルー」にはまるで気付きもしないで、校舎の中へと消えてゆく姿。
(…ぼくだって、声を掛けられなかったし…)
お互い様だと思うけれども、やっぱり少し悲しくなる。
「ぼくは、ハーレイに気付いてたのに」と。
「ハーレイの方では、全然、気付いてくれなかったよ」と。
(…あれでも、会えたとは言うんだろうけど…)
会えない時だと、姿も見られないんだから、と思いはしても、寂しい気持ちは変わらない。
なまじ姿を見掛けた分だけ、「全く会えずに終わった」日よりも、辛い気もする。
何故なら、自分は「気付いた」から。
「あっ、ハーレイだ!」と心が躍った、そんな瞬間を味わったから。
(……気付いているのに、それっきりって……)
なんだか酷い、と神様を恨みたい気分。
ハーレイの姿を見掛けた時には、「今日はツイてる」と考えたほど。
「今日はハーレイの授業は無いけど、会えちゃったよね」と。
一方的な出会いだけれども、とても素敵な偶然で。
「こんな所で会えるんだったら、後で、絶対、会えるんだから」と飛び跳ねた心。
廊下で会うのか、グラウンドで会えるか、もっと違う場所で出会うのか。
(次に会えたら、ちゃんとハーレイが気付いてくれて…)
声を掛けてくれて、話も出来ることだろう。
学校の中では、教師と生徒の会話だけれども、それでも充分、幸せな時間。
ついでに学校が終わった後には、家にも寄ってくれるのだろう、と膨らんだ期待。
「今日はゆっくり、お喋り出来るよ」と、「晩ご飯だって、ハーレイと一緒なんだよね」と。
ところがどっこい、期待外れに終わった一日。
ハーレイには二度と出会えないまま、今日という日は暮れてしまって…。
(…ほんのちょっぴり、一方的に…)
会えただけだよ、と零れる溜息。
「あんまりだよね」と、「気付いているのに、話も出来なかっただなんて」と。
大好きな笑顔も向けて貰えず、手だって、振って貰えていない。
確かに「ハーレイ」を見掛けたのに。
ハーレイの姿に心が躍って、ツイているとまで考えたのに。
(……今日の神様、ホントに意地悪……)
こんなの酷い、と嘆いたはずみに、心を掠めていったこと。
「気付いているのに、会えなかったら?」と。
今日の出来事とは全く違って、「最初から、そういう出会いだったら?」と。
(…ぼくとハーレイ、五月の三日に出会ったけれど…)
自分に現れた聖痕のお蔭で、二人揃って記憶が戻って、今では恋人同士だけれど…。
(……ああいう風な出会いじゃなくって……)
ぼくだけ、ハーレイに気が付いちゃう、っていうことも…、と怖い考えが頭に浮かんだ。
聖痕などとは全く無縁に、ある日、突然、記憶が戻る。
「ハーレイ」の姿を何処かで見掛けて、「ハーレイなんだ」と気付いた時に。
あそこに確かにハーレイがいると、前の生から愛した人だ、と。
(…でも、気付いたのは、ぼくだけで…)
ハーレイの方は、少しも気付いていないんだよ、と「悲しすぎる出会い」が心に広がってゆく。
自分の方では気付いているのに、ハーレイは、まるで気が付かない。
その上、出会いは、ほんの一瞬、アッと言う間に離れてゆく距離。
声を掛けてもいないのに。
「ハーレイ!」と声を掛ける暇さえ、そのチャンスさえも無いままで。
(…学校から遠足に行った先とか…)
有り得るよね、と嫌な想像が膨らみ始める。
本当の出会いは「そうではない」のに、「そうじゃなかったら?」と、違う方へと。
気付いているのに出会えない出会い、そういう出会いも有り得たのだ、と。
(……学校の遠足、休んじゃったことも多いけど……)
バスで遠くへ出掛けて行って、一日過ごして、学校のある町へ帰って来る。
その遠足に出掛けた時に、ハーレイの姿に気が付く自分。
バスから降りて、何かしている時ではなくて…。
(…バスの窓から、外を見ていて…)
歩いているハーレイの姿を見掛けて、その瞬間に「思い出す」。
「ハーレイなんだ」と。
其処にいるのは愛おしい人で、遠く遥かな時の彼方で愛した人だ、と。
(だけど、ハーレイは気が付いてなくて…)
こちらの方を眺めもしないで、何処かへ向かって歩いているだけ。
そして窓から呼び掛けようにも、バスは走っているのだから…。
(…ハーレイなんだ、って気が付いたって…)
その場で止まってなどはくれずに、目的地に向かって走り続ける。
歩いているハーレイを一瞬で追い越し、たちまち後ろへ置き去りにして。
「バスを止めて!」と叫びたくても、ただの生徒ではどうにもならない。
(……気分が悪くなったから、止めて下さい、って……)
止めて貰えそうな言い訳を思い付く前に、ハーレイがいた場所は遠くなっている。
それに「ハーレイ」の方にしたって、その道を真っ直ぐ、歩き続けるとは限らない。
(途中で曲がってしまってるとか、何処かの建物に入っちゃったとか…)
そうなっていたら、言い訳を考えてバスを戻しても、もう「ハーレイ」は見付からない。
他の道へと曲がって行って、違う所を歩いているから。
あるいは建物の中に入って、バスが走るような道を離れてしまっているから。
(…頑張って、バスを戻しても…)
二度と見付からない、愛おしい人。
自分は確かに気が付いたのに。
「ハーレイ」の姿を見付けた途端に、何もかも思い出したのに。
(……そういう風に出会っちゃったら……)
どうやって「ハーレイ」を探せばいいのか、どうすれば、また会えるのか。
今も「ハーレイ」という名前かどうかも、分からないのに。
ハーレイが何処に住んでいるかも、考えるほどに、謎が深まるのに。
そう、「ハーレイ」を見掛けた場所が、今の「ハーレイ」が暮らす町とは言い切れない。
ハーレイの仕事が教師でなければ、出張なんかは普通のこと。
他所の町から仕事で来ていて、たまたま歩いていたというだけ。
「ブルー」を乗っけた遠足のバスが、其処を走っていた時に。
(…出張で来ていたんなら…)
仕事が済んだら、帰って行ってしまうだろう。
何処から来たのか知らないけれども、今の「ハーレイ」が住む町へ。
(学校の先生をやっていたって…)
研修などで遠くに行くから、「他の町」で出会う可能性だって少なくない。
つまり「ハーレイ」が住んでいる場所さえ、今の自分には分からない。
「きっと、あそこの町なんだよ」と、見掛けた場所で探すにしたって…。
(……どうすればいいの?)
その町に「こういう人はいませんか」と、新聞に投書するくらいしか思い付かない。
「バスの窓から見掛けたんです」と、「うんと昔の知り合いなんです」と。
(…ぼくは子供だから、そう書いたって…)
新聞記者の目に留まったなら、載せて貰えることだろう。
幼かった日に、親切にして貰った「知らない人」を、見掛けて思い出したのかも、と。
「会って、お礼を言いたいんだな」と、「見付かるといいが」と、考えてくれて。
(…でも、その新聞を、ハーレイが…)
読んでくれないと、全く気付いて貰えない。
今のハーレイは新聞を愛読しているけれども、新聞と言っても、幾つもあるから…。
(…ハーレイが取ってる新聞でないと…)
投書は無駄になってしまって、ハーレイに読んで貰えはしない。
運が良ければ、「ハーレイ」の知り合いの誰かが、気付いてくれて…。
(これは、お前のことじゃないか、って…)
尋ねてくれるかもしれないけれど、あまり期待は出来そうもない。
そうなれば「ハーレイ」には出会えないまま、時が流れてゆくのだろう。
「あの日、確かに見付けたのに」と、心に想いを残したままで。
何処かで再び出会えないかと、ただ、その日だけを待ち望みながら。
(…もう一度、ハーレイに会いたいよ、って…)
会わせて下さい、と神に祈って、祈り続けて、願いが叶ったとしても。
また「ハーレイ」に気付いたとしても、その時も「同じ」かもしれない。
(……気付いているのに、出会えなくって……)
声さえも届けられないままで、離れていってしまう距離。
今度は宙港で出会うのだろうか、宇宙船を見ようと展望台に出掛けた時に。
離陸してゆく宇宙船の窓の向こうに、「ハーレイ」がいる、と気が付いた自分。
「ハーレイ」の方でも、今度は視線を展望台の方に向けていて…。
(…あっ、ていう顔をするんだよ…)
きっと「ブルー」に気が付いたのだ、と分かる表情。
ようやく互いに気付いたけれど、「ハーレイ」も「ブルー」を見付けてくれたけれども…。
(……宇宙船、飛んで行っちゃって……)
それっきりになってしまって、出会えない二人。
ハーレイを乗せた宇宙船の前後に、何機も離陸した同じタイプの宇宙船。
正確な時刻が分からないから、何処へ行った船か分からなくて。
「ハーレイ」の方も、「ブルー」を探そうと努力するのに、実らなくて。
(…そんなの、嫌だ…)
気付いているのに、会えないなんて、とゾッとするから、今日の不運は不運の内にも入らない。
ハーレイには、ちゃんと会うことが出来て、今も恋人同士だから。
今日は会えずに終わったけれども、会えた時には、幸せな時を過ごせるから…。
気付いているのに・了
※ハーレイ先生を見掛けただけで終わってしまったブルー君。溜息が零れるばかりですけど…。
互いの存在に気付いている分、幸せな今の人生。そうじゃない出会いも有り得たかも…?
(気付いてるのに、だ…)
出会えない日ってのは、あるもんだな、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…あいつが気付いていなかっただけで…)
俺の方では見てたんだよな、と今日の出来事を思い出す。
ブルーに会えずに終わったけれども、姿だけなら目にしていた。
授業の合間の空き時間に通った、ブルーの教室の横にある廊下、其処の窓から。
(たまたま、用事があって通ったら…)
教室の中から、教師の声が聞こえて来た。
つまり、ブルーは授業中。
(あいつがいるな、と思ったから…)
足は止めずに、目だけで探した教室の中。
「ブルーの席は、あの辺りだった筈なんだがな」と、古典の授業で覚えた席を。
予想通り、其処に座っていたブルー。
机の上に教科書を広げて、熱心に教師の方を見ていた。
(邪魔しちゃいかん、と早足になって…)
通り過ぎたから、ブルーは気付かなかっただろう。
今、廊下の方へ視線を向けたら、「ハーレイがいる」ということに。
恋人の目が自分の方へと、向けられていた時間があったことにも。
(…だから、あいつは…)
今日は「ハーレイ」を見てはいなくて、会えずに終わってしまった一日。
家に寄ってもくれなかったから、今頃は不満たらたらだろう。
「今日はハーレイに会えなかったよ」と、膨れっ面で。
(それとも、ションボリ項垂れちまって…)
溜息を零して泣きそうな顔で、不運を嘆いているのだろうか。
「ツイてないよ」と、「ハーレイに会えずに終わっちゃった」と。
どちらなのかは分からないけれど、ブルーの気持ちは想像がつく。
姿だけは見ていた自分の方でも、溜息をついていたのだから。
(…なまじ、気付いちまったしなあ…)
余計に気分が参るのかもな、という気がする。
これが全く出会わなかったら、「そういう日なんだ」と割り切れたろう。
同じ学校に行っていたって、出会わない日は珍しくない。
ブルーと自分が歩く場所やら、其処を歩いた時間によっては。
(…うまい具合に、って言い方はおかしいんだが…)
互いが移動してゆく線が、交わらない日。
留まる点も重ならないまま、学校にいる時間が終われば、そうなってしまう。
(すれ違い、っていうヤツだよな)
そっちなら諦めもつくんだが…、と今日の不運に零れる溜息。
ブルーの姿を目にした時には、「ツイているな」と思ったから。
まさかそのまま、二度と会えずに…。
(終わっちまうとは、あの時、思いもしなかったんだ…)
ツイているから、何処かで会えると浮き立った心。
廊下でバッタリ顔を合わせるか、グラウンドや中庭で出会うことになるか。
放課後は会議の予定だけれども、それが早めに終わってくれて、ブルーの家へと…。
(行けるかもな、と思ったのにな?)
生憎と予想は悉く外れ、ブルーには二度と出会えなかった。
ついでに、愛おしいブルーの方では、「ハーレイに会えずに終わった一日」。
(……なんてこった……)
ただ会えないより酷いじゃないか、とコーヒーを一口、コクリと飲んだ。
「なんて日なんだ」と、「俺は気付いてたっていうのに」と。
確かにブルーの姿を見たのに、愛おしい人を目に出来たのに…。
(…会えずじまいで終わっちまった…)
ツイてるどころか、その逆だったぞ、と神様を恨みたくもなる。
想いが中途半端に残って、溜息ばかりが出て来るから。
最初から会えずに終わっていたなら、「ツイてないな」で済んだのに。
熱いコーヒーで気分転換、気持ちを別の方へと向けて。
(…こんな気分で、別のことをと言われてもなあ…?)
何が浮かんでくると言うんだ、と心の中で愚痴った途端に、掠めた考え。
「気付いてるのに、出会えなかったら?」と。
(……今日のは、まさにそれだったんだが……)
自分とブルーは恋人同士で、ちゃんと互いを、よく知っている。
今日は会えずに終わったけれども、明日には会えることだろう。
学校では会えずに終わったとしても、放課後に用は入っていないし、家まで行ける。
だから何処かで必ず会えるし、今日の不運は、今日だけでおしまいのなのだけれども…。
(そうじゃなくって、出会いの時から…)
気付いてるのに出会えないんだ、と思い描いた「ブルーとの出会い」。
(俺があいつに、初めて出会ったのは…)
今の学校に赴任して来て、ブルーの教室に入った日。
忘れもしない五月の三日で、其処でブルーに現れた聖痕。
(あれでお互い、記憶が戻って…)
めでたく恋人同士だけれども、それとは違った出会いだったら。
何処かで、ブルーの姿を見掛けて…。
(その瞬間に、ブルーなんだ、と気が付いて…)
聖痕などとは全く無縁で、けれど「ブルーだ」と気付く瞬間。
前の生での記憶が戻って、「ブルーなんだ」と、愛おしい人の存在に気が付く。
「あれはブルーだ」と。
「俺のブルーが帰って来た」と、「あそこにいる」と心が跳ねて。
(でもって、駆け出して抱き締めたいのに…)
それは叶わない、そういう出会い。
「ブルーなんだ」と気付いているのに、手が届かないというケース。
(…全く無いとは言い切れないぞ…)
あいつがバスに乗っているとか、と直ぐに浮かんだシチュエーション。
今のブルーも身体が弱くて、バスで通学しているから。
(…俺の学校に通っているなら、バスの中でもいいんだが…)
また会える日が来るからな、と頭にあるのは全く違う別のバス。
それに乗っているブルーを見たって、手も足も出ない、悲しすぎる出会い。
(…最悪のヤツは、観光バスだな)
俺が見付けたブルーが乗っているバスは、と考えただけで恐ろしくなる。
そんな出会いになっていたなら、どうしようもない、と。
(…あいつの方でも、俺に気付いて…)
明らかに表情が変わるのだけれど、それでおしまい。
ブルーを乗せた観光バスは、信号で止まっていたか何かで…。
(…赤信号が青に変わったら、走り始めて…)
あっという間にスピードを上げて、視界から消えてしまうのだろう。
見付けたばかりの愛おしい人、前の生から愛し続けたブルーを乗せて。
追い掛けて走って行こうとしたって、バスの方が遥かにスピードが上で。
(…その上、俺も焦っちまってて…)
バスのナンバープレートどころか、どんなバスかも記憶に残っていないと思う。
赤いバスだったか、青だったのかも、他の色かも分からないほどに。
(…そんなじゃ、まるで手掛かりがなくて…)
ブルーを乗せたバスが何処から来たのか、それさえも掴むことが出来ない。
この町に拠点があるバス会社か、他の町から来たバスなのかも。
(バスの会社が分からないんじゃ、乗客なんかは…)
何処の誰だか、探す方法さえ無いことだろう。
せめてブルーが今と同じに子供だったら、運が良ければ、少しくらいは絞り込める。
(ただし、旅行に来ていた時だな)
遠足では駄目だ、と分かっている現実。
学校単位で旅行に来ていて、この町に宿泊していた場合。
そういう時だけ、幾つかの学校に絞れるけれども…。
(…それにしたって、学校から旅行に来ていた、という条件でしか…)
無理なんだよな、とコーヒーを一口、飲み下した。
「家族旅行じゃどうにもならん」と、「ツアーの観光バスではなあ…」と。
旅行客を乗せた観光バスなど、それこそ星の数ほどあるから。
バス会社さえも分からないのでは、文字通り、お手上げ。
ブルーを乗せたバスの行方も、ブルーが何処から来たのかも。
今も「ブルー」という名前なのか、それさえも分からないままで。
あったかもしれない、そういう出会い。
確かに「ブルー」に気付いて、見付けて、ブルーの方でも気が付いたのに。
お互い、時の彼方の記憶も、恋の記憶も取り戻したのに。
(…あいつを乗っけたバスは、そのまま行っちまって…)
追い付くことも出来なかったから、ブルーとの出会いはそれっきり。
同じ世界に、あれほど愛した人がいるのに。
今も恋しくて堪らないのに、ブルーには手が届かない。
何処へ行ったか、何処から来たのか、手掛かりが何も無いものだから。
どうやって「ブルー」を探せばいいのか、まるで見当も付かないから。
(…地球にいるのか、そうじゃないのか、それも謎だし…)
本当に無理だ、と溜息が出る。
同じ地域に住んでいるなら、新聞に投書するという手もあるけれど…。
(…ブルーの家でも、同じ新聞を取っていないと…)
無駄足になる可能性が大。
ブルーの知り合いの誰かが気付いて、ブルーに連絡しない限りは。
「こういう投書が載っていたけど、心当たりが無いだろうか」と、親切な誰かが。
(アルビノだしなあ、あるいは、そういうことだって…)
あるのかもな、と思うけれども、そうそう上手くはいかない出会い。
「ブルー」を見付けることは出来ずに、時だけが空しく流れていって…。
(…ある時、ひょいと、また出会うんだ…)
今度は宙港での出会いだろうか、飛び立ってゆく船に見付けるブルー。
たまたま展望台に行ったら、離陸直前の船に「ブルー」がいる。
窓の向こうから、展望台を見て驚く「ブルー」が。
「ハーレイ」を確かに見付けたと分かる、そんな瞳をしている「ブルー」。
(…なのに、宇宙船は…)
ブルーを乗せて飛び立ってしまい、追い掛けてゆくことは、もちろん出来ない。
空を飛ぶことなど出来はしなくて、思念波だって…。
(…今の世界じゃ、宇宙船には…)
届きはしなくて、ブルーとの出会いは其処までで終わる。
お互い、相手に気が付いたのに。
これが街角で出会ったのなら、駆け寄って抱き締められただろうに。
(…見付けられればいいんだがなあ、宇宙船に乗って行っちまった、あいつを…)
あいつの方でも探してくれれば、と思うし、きっと「ブルー」も探すと思う。
けれど、それでも、何年経っても、ずっと互いに出会えないままで…。
(…また何年か経った頃にだ、気付いてるのに、どうしようもないって出会いを…)
やらかしそうで怖いんだがな、と背筋が寒くなるから、此処で打ち切り、と飲んだコーヒー。
幸い、ブルーと、そんな出会いはしなかったから。
ちゃんとお互い気が付いているし、明日には、きっと会えるのだから…。
気付いてるのに・了
※ブルー君との出会いについて、考えてみたハーレイ先生。こんな出会いをしていたら、と。
お互い、ちゃんと気付いているのに、抱き合うことは叶わない出会い。辛すぎですよね。
出会えない日ってのは、あるもんだな、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…あいつが気付いていなかっただけで…)
俺の方では見てたんだよな、と今日の出来事を思い出す。
ブルーに会えずに終わったけれども、姿だけなら目にしていた。
授業の合間の空き時間に通った、ブルーの教室の横にある廊下、其処の窓から。
(たまたま、用事があって通ったら…)
教室の中から、教師の声が聞こえて来た。
つまり、ブルーは授業中。
(あいつがいるな、と思ったから…)
足は止めずに、目だけで探した教室の中。
「ブルーの席は、あの辺りだった筈なんだがな」と、古典の授業で覚えた席を。
予想通り、其処に座っていたブルー。
机の上に教科書を広げて、熱心に教師の方を見ていた。
(邪魔しちゃいかん、と早足になって…)
通り過ぎたから、ブルーは気付かなかっただろう。
今、廊下の方へ視線を向けたら、「ハーレイがいる」ということに。
恋人の目が自分の方へと、向けられていた時間があったことにも。
(…だから、あいつは…)
今日は「ハーレイ」を見てはいなくて、会えずに終わってしまった一日。
家に寄ってもくれなかったから、今頃は不満たらたらだろう。
「今日はハーレイに会えなかったよ」と、膨れっ面で。
(それとも、ションボリ項垂れちまって…)
溜息を零して泣きそうな顔で、不運を嘆いているのだろうか。
「ツイてないよ」と、「ハーレイに会えずに終わっちゃった」と。
どちらなのかは分からないけれど、ブルーの気持ちは想像がつく。
姿だけは見ていた自分の方でも、溜息をついていたのだから。
(…なまじ、気付いちまったしなあ…)
余計に気分が参るのかもな、という気がする。
これが全く出会わなかったら、「そういう日なんだ」と割り切れたろう。
同じ学校に行っていたって、出会わない日は珍しくない。
ブルーと自分が歩く場所やら、其処を歩いた時間によっては。
(…うまい具合に、って言い方はおかしいんだが…)
互いが移動してゆく線が、交わらない日。
留まる点も重ならないまま、学校にいる時間が終われば、そうなってしまう。
(すれ違い、っていうヤツだよな)
そっちなら諦めもつくんだが…、と今日の不運に零れる溜息。
ブルーの姿を目にした時には、「ツイているな」と思ったから。
まさかそのまま、二度と会えずに…。
(終わっちまうとは、あの時、思いもしなかったんだ…)
ツイているから、何処かで会えると浮き立った心。
廊下でバッタリ顔を合わせるか、グラウンドや中庭で出会うことになるか。
放課後は会議の予定だけれども、それが早めに終わってくれて、ブルーの家へと…。
(行けるかもな、と思ったのにな?)
生憎と予想は悉く外れ、ブルーには二度と出会えなかった。
ついでに、愛おしいブルーの方では、「ハーレイに会えずに終わった一日」。
(……なんてこった……)
ただ会えないより酷いじゃないか、とコーヒーを一口、コクリと飲んだ。
「なんて日なんだ」と、「俺は気付いてたっていうのに」と。
確かにブルーの姿を見たのに、愛おしい人を目に出来たのに…。
(…会えずじまいで終わっちまった…)
ツイてるどころか、その逆だったぞ、と神様を恨みたくもなる。
想いが中途半端に残って、溜息ばかりが出て来るから。
最初から会えずに終わっていたなら、「ツイてないな」で済んだのに。
熱いコーヒーで気分転換、気持ちを別の方へと向けて。
(…こんな気分で、別のことをと言われてもなあ…?)
何が浮かんでくると言うんだ、と心の中で愚痴った途端に、掠めた考え。
「気付いてるのに、出会えなかったら?」と。
(……今日のは、まさにそれだったんだが……)
自分とブルーは恋人同士で、ちゃんと互いを、よく知っている。
今日は会えずに終わったけれども、明日には会えることだろう。
学校では会えずに終わったとしても、放課後に用は入っていないし、家まで行ける。
だから何処かで必ず会えるし、今日の不運は、今日だけでおしまいのなのだけれども…。
(そうじゃなくって、出会いの時から…)
気付いてるのに出会えないんだ、と思い描いた「ブルーとの出会い」。
(俺があいつに、初めて出会ったのは…)
今の学校に赴任して来て、ブルーの教室に入った日。
忘れもしない五月の三日で、其処でブルーに現れた聖痕。
(あれでお互い、記憶が戻って…)
めでたく恋人同士だけれども、それとは違った出会いだったら。
何処かで、ブルーの姿を見掛けて…。
(その瞬間に、ブルーなんだ、と気が付いて…)
聖痕などとは全く無縁で、けれど「ブルーだ」と気付く瞬間。
前の生での記憶が戻って、「ブルーなんだ」と、愛おしい人の存在に気が付く。
「あれはブルーだ」と。
「俺のブルーが帰って来た」と、「あそこにいる」と心が跳ねて。
(でもって、駆け出して抱き締めたいのに…)
それは叶わない、そういう出会い。
「ブルーなんだ」と気付いているのに、手が届かないというケース。
(…全く無いとは言い切れないぞ…)
あいつがバスに乗っているとか、と直ぐに浮かんだシチュエーション。
今のブルーも身体が弱くて、バスで通学しているから。
(…俺の学校に通っているなら、バスの中でもいいんだが…)
また会える日が来るからな、と頭にあるのは全く違う別のバス。
それに乗っているブルーを見たって、手も足も出ない、悲しすぎる出会い。
(…最悪のヤツは、観光バスだな)
俺が見付けたブルーが乗っているバスは、と考えただけで恐ろしくなる。
そんな出会いになっていたなら、どうしようもない、と。
(…あいつの方でも、俺に気付いて…)
明らかに表情が変わるのだけれど、それでおしまい。
ブルーを乗せた観光バスは、信号で止まっていたか何かで…。
(…赤信号が青に変わったら、走り始めて…)
あっという間にスピードを上げて、視界から消えてしまうのだろう。
見付けたばかりの愛おしい人、前の生から愛し続けたブルーを乗せて。
追い掛けて走って行こうとしたって、バスの方が遥かにスピードが上で。
(…その上、俺も焦っちまってて…)
バスのナンバープレートどころか、どんなバスかも記憶に残っていないと思う。
赤いバスだったか、青だったのかも、他の色かも分からないほどに。
(…そんなじゃ、まるで手掛かりがなくて…)
ブルーを乗せたバスが何処から来たのか、それさえも掴むことが出来ない。
この町に拠点があるバス会社か、他の町から来たバスなのかも。
(バスの会社が分からないんじゃ、乗客なんかは…)
何処の誰だか、探す方法さえ無いことだろう。
せめてブルーが今と同じに子供だったら、運が良ければ、少しくらいは絞り込める。
(ただし、旅行に来ていた時だな)
遠足では駄目だ、と分かっている現実。
学校単位で旅行に来ていて、この町に宿泊していた場合。
そういう時だけ、幾つかの学校に絞れるけれども…。
(…それにしたって、学校から旅行に来ていた、という条件でしか…)
無理なんだよな、とコーヒーを一口、飲み下した。
「家族旅行じゃどうにもならん」と、「ツアーの観光バスではなあ…」と。
旅行客を乗せた観光バスなど、それこそ星の数ほどあるから。
バス会社さえも分からないのでは、文字通り、お手上げ。
ブルーを乗せたバスの行方も、ブルーが何処から来たのかも。
今も「ブルー」という名前なのか、それさえも分からないままで。
あったかもしれない、そういう出会い。
確かに「ブルー」に気付いて、見付けて、ブルーの方でも気が付いたのに。
お互い、時の彼方の記憶も、恋の記憶も取り戻したのに。
(…あいつを乗っけたバスは、そのまま行っちまって…)
追い付くことも出来なかったから、ブルーとの出会いはそれっきり。
同じ世界に、あれほど愛した人がいるのに。
今も恋しくて堪らないのに、ブルーには手が届かない。
何処へ行ったか、何処から来たのか、手掛かりが何も無いものだから。
どうやって「ブルー」を探せばいいのか、まるで見当も付かないから。
(…地球にいるのか、そうじゃないのか、それも謎だし…)
本当に無理だ、と溜息が出る。
同じ地域に住んでいるなら、新聞に投書するという手もあるけれど…。
(…ブルーの家でも、同じ新聞を取っていないと…)
無駄足になる可能性が大。
ブルーの知り合いの誰かが気付いて、ブルーに連絡しない限りは。
「こういう投書が載っていたけど、心当たりが無いだろうか」と、親切な誰かが。
(アルビノだしなあ、あるいは、そういうことだって…)
あるのかもな、と思うけれども、そうそう上手くはいかない出会い。
「ブルー」を見付けることは出来ずに、時だけが空しく流れていって…。
(…ある時、ひょいと、また出会うんだ…)
今度は宙港での出会いだろうか、飛び立ってゆく船に見付けるブルー。
たまたま展望台に行ったら、離陸直前の船に「ブルー」がいる。
窓の向こうから、展望台を見て驚く「ブルー」が。
「ハーレイ」を確かに見付けたと分かる、そんな瞳をしている「ブルー」。
(…なのに、宇宙船は…)
ブルーを乗せて飛び立ってしまい、追い掛けてゆくことは、もちろん出来ない。
空を飛ぶことなど出来はしなくて、思念波だって…。
(…今の世界じゃ、宇宙船には…)
届きはしなくて、ブルーとの出会いは其処までで終わる。
お互い、相手に気が付いたのに。
これが街角で出会ったのなら、駆け寄って抱き締められただろうに。
(…見付けられればいいんだがなあ、宇宙船に乗って行っちまった、あいつを…)
あいつの方でも探してくれれば、と思うし、きっと「ブルー」も探すと思う。
けれど、それでも、何年経っても、ずっと互いに出会えないままで…。
(…また何年か経った頃にだ、気付いてるのに、どうしようもないって出会いを…)
やらかしそうで怖いんだがな、と背筋が寒くなるから、此処で打ち切り、と飲んだコーヒー。
幸い、ブルーと、そんな出会いはしなかったから。
ちゃんとお互い気が付いているし、明日には、きっと会えるのだから…。
気付いてるのに・了
※ブルー君との出会いについて、考えてみたハーレイ先生。こんな出会いをしていたら、と。
お互い、ちゃんと気付いているのに、抱き合うことは叶わない出会い。辛すぎですよね。
「あのね、ハーレイって…」
狡いんだから、と小さなブルーが少し険しくした瞳。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「狡いって…。俺がか?」
何かしたか、とハーレイはテーブルの上を見回した。
ブルーの母が運んで来た紅茶は、ポットに入って二人分。
それぞれのカップにも注がれていて、砂糖もミルクも…。
(充分だよな?)
おかわりの分もたっぷりあるし、と視線はケーキへ。
こちらは一人分ずつ、お皿に載せてあるけれど…。
(俺のケーキが、ブルーの分よりデカイってことは…)
ないと思うが、と大きさを目だけで比較してみる。
既に胃袋に収まった分も、くっついていると仮定して。
(…大して変わらん筈だがな?)
それにパウンドケーキでもないぞ、と首を捻った。
そうだったならば、「狡い」というのも分かるんだが、と。
ブルーの母が焼くパウンドケーキは、ハーレイの好物。
好き嫌いは無いハーレイだけれど、それとは別。
(俺のおふくろが焼くパウンドケーキと…)
同じ味だからな、と改めて思う、ブルーの母が焼くケーキ。
ブルーもそれを知っているから、母に注文する時もある。
「次の土曜日は、パウンドケーキを焼いてよね」などと。
(…しかしだ、今日は違うケーキで…)
狡いと言われる筋合いは無い、と不思議になる。
いったい何が「狡い」というのか、見当もつかない。
(それとも、俺用にパウンドケーキを注文出来るのに…)
ブルーは注文出来ないからか、と顎に当てた手。
「これがいいな」と、ケーキを注文出来ないとか、と。
けれど、そんなことは無いだろう。
ブルーの両親はブルーに甘いし、小さなブルーは甘え放題。
きっと普段から、あれこれ注文をつけている筈。
「今日のおやつは、これがいいな」と指定して。
学校から帰る時間に焼き上がるように、ケーキやクッキー。
そういう日々に決まっているから、「狡い」などとは…。
(…何処から出て来て、何を指すんだ?)
サッパリ分からん、と考え込んでいたら、ブルーが尋ねた。
「何が狡いか、分かってないの?」
本当に、と赤い瞳が睨んで来る。
「ぼくより先に生まれて来ちゃって、うんと大きくて…」
大人じゃない、とブルーは唇を尖らせた。
「絶対、狡いと思うんだよね」と、「酷いじゃない」と。
「ぼくのことをチビって、馬鹿にしちゃって」と。
プンスカと怒り始めたブルー。
「ハーレイ、ホントに狡いんだから」と、睨みながら。
「あんまりだってば」と、「先回りしちゃうなんて」と。
(…そう言われてもなあ…?)
こればっかりは、とハーレイは溜息をついた。
ハーレイ自身に責任は無いし、どうすることも出来ない話。
いくら「狡い」と責め立てられても、身体も年も…。
(ガキだった頃には、戻せないしな?)
その上、俺がチビになると…、と思った所で気付いたこと。
もちろん自分も困るけれども、ブルーの方も困るのだ、と。
(…よし、それだ!)
それでいくぞ、とブルーと真っ直ぐ向き合った。
「いいか」と、「よく聞いてから、考えろよ?」と。
「要するに、俺が先に生まれたのが狡いんだな?」
そうだろう、と念を押したら、ブルーは大きく頷いた。
「うん、さっきから言ってるじゃない!」
「分かった、俺が悪かった。今度の俺は、大いに狡い」
ズルをしちまって申し訳ない、とブルーに頭を下げる。
「ちゃんと合わせるべきだったよな」と、「前の俺に」と。
「…前のハーレイ?」
なあに、とブルーが瞳を丸くするから、ニッと笑った。
「そのままの意味だ、俺はお前より、ずっと後にだ…」
生まれて来ないと駄目なんだよな、とニヤニヤしてみせる。
「だから、悪いが、もう十年ほど待ってくれ」と。
「いや、もっとかも」と、「前のお前は年寄りだった」と。
なんと言っても前のブルーは、かなり年上だったから…。
「俺が狡いと言うんだったら、お前もきちんと待つんだぞ」
俺が生まれて来るまでな、と言った途端に上がった悲鳴。
「ごめんなさい!」と。
「もう言わないよ」と、「狡くないよ」と。
「今のハーレイは大人でいいよ」と、泣きそうなブルー。
(…勝った!)
今日は勝ったぞ、とハーレイはクックッと笑い始める。
「そうそう毎回、負けてたまるか」と、「大勝利だ」と…。
狡いんだから・了
狡いんだから、と小さなブルーが少し険しくした瞳。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「狡いって…。俺がか?」
何かしたか、とハーレイはテーブルの上を見回した。
ブルーの母が運んで来た紅茶は、ポットに入って二人分。
それぞれのカップにも注がれていて、砂糖もミルクも…。
(充分だよな?)
おかわりの分もたっぷりあるし、と視線はケーキへ。
こちらは一人分ずつ、お皿に載せてあるけれど…。
(俺のケーキが、ブルーの分よりデカイってことは…)
ないと思うが、と大きさを目だけで比較してみる。
既に胃袋に収まった分も、くっついていると仮定して。
(…大して変わらん筈だがな?)
それにパウンドケーキでもないぞ、と首を捻った。
そうだったならば、「狡い」というのも分かるんだが、と。
ブルーの母が焼くパウンドケーキは、ハーレイの好物。
好き嫌いは無いハーレイだけれど、それとは別。
(俺のおふくろが焼くパウンドケーキと…)
同じ味だからな、と改めて思う、ブルーの母が焼くケーキ。
ブルーもそれを知っているから、母に注文する時もある。
「次の土曜日は、パウンドケーキを焼いてよね」などと。
(…しかしだ、今日は違うケーキで…)
狡いと言われる筋合いは無い、と不思議になる。
いったい何が「狡い」というのか、見当もつかない。
(それとも、俺用にパウンドケーキを注文出来るのに…)
ブルーは注文出来ないからか、と顎に当てた手。
「これがいいな」と、ケーキを注文出来ないとか、と。
けれど、そんなことは無いだろう。
ブルーの両親はブルーに甘いし、小さなブルーは甘え放題。
きっと普段から、あれこれ注文をつけている筈。
「今日のおやつは、これがいいな」と指定して。
学校から帰る時間に焼き上がるように、ケーキやクッキー。
そういう日々に決まっているから、「狡い」などとは…。
(…何処から出て来て、何を指すんだ?)
サッパリ分からん、と考え込んでいたら、ブルーが尋ねた。
「何が狡いか、分かってないの?」
本当に、と赤い瞳が睨んで来る。
「ぼくより先に生まれて来ちゃって、うんと大きくて…」
大人じゃない、とブルーは唇を尖らせた。
「絶対、狡いと思うんだよね」と、「酷いじゃない」と。
「ぼくのことをチビって、馬鹿にしちゃって」と。
プンスカと怒り始めたブルー。
「ハーレイ、ホントに狡いんだから」と、睨みながら。
「あんまりだってば」と、「先回りしちゃうなんて」と。
(…そう言われてもなあ…?)
こればっかりは、とハーレイは溜息をついた。
ハーレイ自身に責任は無いし、どうすることも出来ない話。
いくら「狡い」と責め立てられても、身体も年も…。
(ガキだった頃には、戻せないしな?)
その上、俺がチビになると…、と思った所で気付いたこと。
もちろん自分も困るけれども、ブルーの方も困るのだ、と。
(…よし、それだ!)
それでいくぞ、とブルーと真っ直ぐ向き合った。
「いいか」と、「よく聞いてから、考えろよ?」と。
「要するに、俺が先に生まれたのが狡いんだな?」
そうだろう、と念を押したら、ブルーは大きく頷いた。
「うん、さっきから言ってるじゃない!」
「分かった、俺が悪かった。今度の俺は、大いに狡い」
ズルをしちまって申し訳ない、とブルーに頭を下げる。
「ちゃんと合わせるべきだったよな」と、「前の俺に」と。
「…前のハーレイ?」
なあに、とブルーが瞳を丸くするから、ニッと笑った。
「そのままの意味だ、俺はお前より、ずっと後にだ…」
生まれて来ないと駄目なんだよな、とニヤニヤしてみせる。
「だから、悪いが、もう十年ほど待ってくれ」と。
「いや、もっとかも」と、「前のお前は年寄りだった」と。
なんと言っても前のブルーは、かなり年上だったから…。
「俺が狡いと言うんだったら、お前もきちんと待つんだぞ」
俺が生まれて来るまでな、と言った途端に上がった悲鳴。
「ごめんなさい!」と。
「もう言わないよ」と、「狡くないよ」と。
「今のハーレイは大人でいいよ」と、泣きそうなブルー。
(…勝った!)
今日は勝ったぞ、とハーレイはクックッと笑い始める。
「そうそう毎回、負けてたまるか」と、「大勝利だ」と…。
狡いんだから・了
(今日はハーレイに会えなかったけど…)
きっと明日には会えるものね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…寄ってくれるかと思ってたのに…)
仕事の帰りに、と嘆いてみたって始まらない。
ハーレイは忙しかったのだろうし、そういう時には、どんなに文句を言ったって…。
(…ハーレイにだって、どうすることも出来ないよね…)
会議や柔道部のことだったなら、と分かっているから、どうしようもない。
他の先生たちと食事に出掛けて行ったのだとしても、それも大人の付き合いだから…。
(どんなにハーレイが楽しんでたって、ぼくには何にも…)
言えやしないよ、と充分、承知してはいる。
それでも時々、深い溜息をついている日もあるけれど。
「ハーレイ、ぼくを忘れてるかも」と、「他の先生たちと楽しく食事だもんね」と。
(…でも、今日は…)
そんな文句は言わない日、と気持ちを明日に切り替える。
明日は古典の授業があるから、ハーレイに会えることは確実。
(どんな雑談、してくれるかな?)
楽しみだよね、と期待に膨らむ胸。
ハーレイが授業で繰り出す雑談、それは生徒の集中力を取り戻すため。
皆の興味を惹き付けるように、色々な話題を持ち出して来る。
(食べ物の話かな、それとも昔の文化とかかな…?)
前のぼくも知らない話ばっかり、と耳にする前から、もう嬉しくてたまらない。
明日には、聞ける筈だから。
学校を休んだり、古典の時間に保健室に行ったりしていなければ。
(絶対、学校に行かなくちゃ…)
風邪なんか引いていられないよ、と決意を新たにする。
「今夜は、しっかり寝なくっちゃ」と。
そうは思っても、今の生でも弱い身体に生まれた自分。
運が悪いと、明日になったら、具合が悪いということもある。
(でも、きっと…)
学校を休んでしまったとしても、ハーレイには会えることだろう。
「ハーレイの授業を聞きたかったよ」と、昼間はベッドでしょげていたって。
(…よっぽど忙しくない限り…)
仕事の帰りに、ハーレイは見舞いに来てくれる。
他の先生との食事なんかは、断って。
会議があったり、柔道部の部活が長引いた時でも、よっぽど遅くならない限りは。
(…だって、ハーレイの授業がある日に…)
教室に「ブルー」の姿が無ければ、ハーレイにも直ぐに「身体の具合が悪い」と分かる。
熱があるのか、風邪を引いたか、とても心配してくれるだろう。
(だから、仕事が終わったら…)
急いで家まで来てくれる筈で、場合によっては、母に頼んでキッチンに立って…。
(野菜スープを作ってくれるんだよ)
前のぼくが大好きだったスープ、と緩む頬。
ほんの少しの塩味しかない、何種類もの野菜をコトコト煮込んだスープ。
前の自分が寝込んだ時には、ハーレイが作る、そのスープしか受け付けなかった。
(ホントに具合が悪すぎる、って時だけれどね…)
そうじゃない時は、他の食事も食べていたよ、と時の彼方に思いを馳せる。
身体を治すには、まず栄養をつけないと。
ノルディにも厳しく言われていたから、食べられる時は食べていた。
(…だけど、食べられない時だって…)
少なくはなくて、そういう時には、ハーレイのスープ。
今の自分も、その味わいを覚えていたから、ハーレイは、ちゃんと作ってくれる。
「これくらいなら、食えるだろ」と。
「明日には、お母さんが作る食事も食べるんだぞ」などと言いながら。
(…授業で会えるか、休んでしまって家で会うのか…)
明日にならないと分からないけれど、恐らく、会える。
「会えなかったよ」と、此処で嘆いていなくても。
「ハーレイは、ぼくのことなんか忘れてるんだ」と、恨まなくても。
明日になったら会える恋人。
そう考えたら、心はグンと軽くなる。
「ハーレイの授業まで、あと何時間?」と数えたりして。
運が良ければ、登校した時、朝のグラウンドで出くわすこともあるのだから。
(…今日はたまたま、会えなかっただけで…)
会える日の方が多いもんね、と大きく頷く。
たまに会えない日が続いたって、一週間も続きはしない。
週末は、学校が休みだから。
其処でハーレイが家に来てくれるし、週末に何か用事があるなら…。
(それよりも前に、何処かの平日に時間を作って…)
必ず、寄ってくれるんだもの、と分かっているから安心出来る。
会えないままで、一週間も過ぎてしまうことは、有り得ないから。
寂しいのを何日か我慢したなら、優しい笑顔を見られるから。
(…うんと幸せ…)
前のぼくよりは、ちょっぴり寂しい毎日だけど、と白いシャングリラを思い出す。
ミュウの箱船では、会えない日などは無かったから。
どんなにハーレイが多忙な時でも、朝の食事は一緒に食べた。
そういう決まりになっていたから。
シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、二人が会う場は必要だろう、と。
(だけど、今だと、そういう決まりは…)
誰も作ってくれなかったわけで、いくらハーレイが「守り役」でも…。
(毎日、必ず、会って下さい、って、病院の先生も言わなかったし…)
聖痕を診た主治医が決めなかった以上、学校だって、其処まで配慮はしてくれない。
ハーレイが「ブルー」を特別扱い、そうすることは認めていても。
特定の教え子にだけ親切なのを、咎めることはしないけれども。
(…ちょっぴり残念…)
決まりがあったら良かったよね、と思いはしても、仕方ない。
それは贅沢というものだから。
会えない時でも、一週間も空きはしないのだから。
だから我慢、と思ったはずみに、頭の中を掠めた考え。
「ハーレイに会えなくなったなら」と。
今はどんなに間が空いても、一週間も会えないままになったりはしないのだけれど…。
(…ハーレイが、ぼくの学校の先生だったから…)
そうなっただけで、今のハーレイの仕事によっては、もっと間が空くのかも、と。
(プロのスポーツ選手だったら、遠征試合に出掛けちゃったら…)
行き先は遠い他所の星だし、いつ帰るかも分からないほど。
星から星へと転戦してゆくのなら、そのシーズンが終わるまで…。
(…地球には、帰って来なくって…)
会えなくなっちゃう、と愕然とする。
この地球の上で遠征したって、他の地域へ出掛けてゆくなら、一週間では戻れない。
その上、スポーツ選手だったら、練習のための合宿期間だってある。
(…合宿する場所が、この町でなければ…)
合宿の間も会えやしない、と気が付いた。
「それは困るよ」と、「やっぱり、ハーレイは先生でなくちゃ」と。
(……だけど……)
同じ古典の教師にしたって、遠い町で教師をしていた時には、どうなるだろう。
日帰りするのは厳しいくらいに、うんと離れた町だったなら。
(…そういう所の先生だって、研修とかだと、この町に…)
やって来ることも少なくないから、巡り会うのは、研修でこの町に来ている時。
研修の合間の休憩時間に、ハーレイが何処かを散歩していて…。
(ぼくとバッタリ出会った途端に、ぼくに聖痕…)
それで互いの記憶が戻って、もちろんハーレイは、血まみれになった「ブルー」と一緒に…。
(救急車に乗って、病院までついて来てくれて…)
その後も、ちゃんと付き添っていてくれるだろう。
研修先に連絡を入れて、「目の前で子供が大怪我をしたから」と事情を伝えて。
一段落したら、研修先に戻ってゆくのだろうけれど…。
(記憶が戻って来たんだし…)
何か理由を考え出して、休暇を取ってくれると思う。
ほんの二日か三日だけでも、研修の後で、色々、話が出来るようにと。
(…そこまでは、一緒にいられるけれど…)
ハーレイの休暇が終わってしまえば、離れ離れになるしかない。
なにしろ、ハーレイが勤めているのは、遠い町にある学校だから。
其処で生徒たちが待っているから、休暇が済んだら、戻らなければ。
どれほど「ブルー」に未練があっても、仕事を放り出すことは…。
(……出来ないよね?)
今のハーレイも真面目だものね、とハーレイの性格を改めて思う。
キャプテン・ハーレイだった頃と同じで、とても責任感が強いハーレイ。
やっている仕事が違うというだけ、仕事にかける思いは同じ。
(教え子たちを放って、ぼく一人には…)
絶対、かまけてくれやしない、と容易に想像がつく。
再会出来て喜んだ後は、別れが待っているのだと。
「じゃあな」と手を振り、ハーレイは行ってしまうのだ、と。
(…遠い町だから、週末の度に来るなんてこと、出来やしないし…)
次に会えるのは、長期休暇の時だろう。
夏休みだとか、冬休み。
学校が長い休みに入って、ハーレイが旅をしてもいい時。
(…それまで、会えなくなったなら…)
いったい自分はどうするだろうか、ハーレイが行ってしまったら。
一週間どころか、何ヶ月も会えなくなってしまって、それが普通の二人だったら。
(…どんなに会いたくなったって…)
今の自分の弱い身体では、ハーレイが暮らしている町まで旅をするのは厳しい。
なんとか辿り着けたとしたって、寝込んでしまうことだろう。
(ハーレイが来られないんなら、って…)
週末に会いに出掛けたつもりが、宿で寝込んで、ハーレイに心配をかけるだけ。
おまけに、一回、それをやったら…。
(…パパとママは二度目を、絶対、許してくれないし…)
ハーレイにだって、釘を刺されてしまう筈。
「こんな無茶、二度とするんじゃないぞ」と。
「俺の方から会いに行くから、それまで大人しく待つんだな」と。
そのハーレイが会いに来てくれるのは、何ヶ月も先のことになるのに。
(……そんなの、困る……)
会えなくなったら困っちゃうよ、と思うけれども、有り得た話。
今のハーレイが、別の仕事をしていたら。
同じ古典の教師にしたって、遠く離れた町にいたなら。
(…神様が、ちゃんとしてくれたから…)
一週間も会えずに終わることなど、ないけれど。
何処かで必ず会えるけれども、ハーレイに会えなくなったなら…。
(…手紙に、通信…)
ハーレイが書いた返事を見たくて、せっせと手紙を書いて投函するのだろう。
まるで日記をつけるみたいに、毎日のように郵便ポストに行って。
家に帰ったら門扉の脇のポストを覗いて、返事が届いていないかを見て。
(ポストの中が空っぽだったら…)
玄関の扉を開けるなり、「手紙は来てた?」と叫ぶのだろうか、母に向かって。
もしも手紙が届いていたなら、何よりも先に読みたいから。
(それに、通信…)
ハーレイが家にいて、忙しくなさそうな時間を選んで、入れる通信。
「あのね」と、「ハーレイ、元気にしてる?」と。
ちゃんと手紙を貰っていたって、ハーレイの声が聞きたくて。
(声を聞けたら、とても嬉しくなるだろうけど…)
手紙と通信だけの日々など、我慢出来るとは思えないから。
ハーレイに会いたくて堪らなくなって、泣いてしまう夜もありそうだから…。
(一週間も空けずに会えるだけでも…)
幸せなんだと思わなくちゃね、と自分に向かって言い聞かせる。
もしもハーレイに会えなくなったなら、きっと耐えられはしないから。
長い休みにしか会えないだなんて、もう絶対に御免だから…。
会えなくなったなら・了
※ハーレイ先生に会えなくなったなら、と想像してみたブルー君。遠くに離れて暮らしていて。
会えるのは長い休みの時だけ、それまでは我慢するしかない日々。耐えられませんよねv
きっと明日には会えるものね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…寄ってくれるかと思ってたのに…)
仕事の帰りに、と嘆いてみたって始まらない。
ハーレイは忙しかったのだろうし、そういう時には、どんなに文句を言ったって…。
(…ハーレイにだって、どうすることも出来ないよね…)
会議や柔道部のことだったなら、と分かっているから、どうしようもない。
他の先生たちと食事に出掛けて行ったのだとしても、それも大人の付き合いだから…。
(どんなにハーレイが楽しんでたって、ぼくには何にも…)
言えやしないよ、と充分、承知してはいる。
それでも時々、深い溜息をついている日もあるけれど。
「ハーレイ、ぼくを忘れてるかも」と、「他の先生たちと楽しく食事だもんね」と。
(…でも、今日は…)
そんな文句は言わない日、と気持ちを明日に切り替える。
明日は古典の授業があるから、ハーレイに会えることは確実。
(どんな雑談、してくれるかな?)
楽しみだよね、と期待に膨らむ胸。
ハーレイが授業で繰り出す雑談、それは生徒の集中力を取り戻すため。
皆の興味を惹き付けるように、色々な話題を持ち出して来る。
(食べ物の話かな、それとも昔の文化とかかな…?)
前のぼくも知らない話ばっかり、と耳にする前から、もう嬉しくてたまらない。
明日には、聞ける筈だから。
学校を休んだり、古典の時間に保健室に行ったりしていなければ。
(絶対、学校に行かなくちゃ…)
風邪なんか引いていられないよ、と決意を新たにする。
「今夜は、しっかり寝なくっちゃ」と。
そうは思っても、今の生でも弱い身体に生まれた自分。
運が悪いと、明日になったら、具合が悪いということもある。
(でも、きっと…)
学校を休んでしまったとしても、ハーレイには会えることだろう。
「ハーレイの授業を聞きたかったよ」と、昼間はベッドでしょげていたって。
(…よっぽど忙しくない限り…)
仕事の帰りに、ハーレイは見舞いに来てくれる。
他の先生との食事なんかは、断って。
会議があったり、柔道部の部活が長引いた時でも、よっぽど遅くならない限りは。
(…だって、ハーレイの授業がある日に…)
教室に「ブルー」の姿が無ければ、ハーレイにも直ぐに「身体の具合が悪い」と分かる。
熱があるのか、風邪を引いたか、とても心配してくれるだろう。
(だから、仕事が終わったら…)
急いで家まで来てくれる筈で、場合によっては、母に頼んでキッチンに立って…。
(野菜スープを作ってくれるんだよ)
前のぼくが大好きだったスープ、と緩む頬。
ほんの少しの塩味しかない、何種類もの野菜をコトコト煮込んだスープ。
前の自分が寝込んだ時には、ハーレイが作る、そのスープしか受け付けなかった。
(ホントに具合が悪すぎる、って時だけれどね…)
そうじゃない時は、他の食事も食べていたよ、と時の彼方に思いを馳せる。
身体を治すには、まず栄養をつけないと。
ノルディにも厳しく言われていたから、食べられる時は食べていた。
(…だけど、食べられない時だって…)
少なくはなくて、そういう時には、ハーレイのスープ。
今の自分も、その味わいを覚えていたから、ハーレイは、ちゃんと作ってくれる。
「これくらいなら、食えるだろ」と。
「明日には、お母さんが作る食事も食べるんだぞ」などと言いながら。
(…授業で会えるか、休んでしまって家で会うのか…)
明日にならないと分からないけれど、恐らく、会える。
「会えなかったよ」と、此処で嘆いていなくても。
「ハーレイは、ぼくのことなんか忘れてるんだ」と、恨まなくても。
明日になったら会える恋人。
そう考えたら、心はグンと軽くなる。
「ハーレイの授業まで、あと何時間?」と数えたりして。
運が良ければ、登校した時、朝のグラウンドで出くわすこともあるのだから。
(…今日はたまたま、会えなかっただけで…)
会える日の方が多いもんね、と大きく頷く。
たまに会えない日が続いたって、一週間も続きはしない。
週末は、学校が休みだから。
其処でハーレイが家に来てくれるし、週末に何か用事があるなら…。
(それよりも前に、何処かの平日に時間を作って…)
必ず、寄ってくれるんだもの、と分かっているから安心出来る。
会えないままで、一週間も過ぎてしまうことは、有り得ないから。
寂しいのを何日か我慢したなら、優しい笑顔を見られるから。
(…うんと幸せ…)
前のぼくよりは、ちょっぴり寂しい毎日だけど、と白いシャングリラを思い出す。
ミュウの箱船では、会えない日などは無かったから。
どんなにハーレイが多忙な時でも、朝の食事は一緒に食べた。
そういう決まりになっていたから。
シャングリラの頂点に立つソルジャーとキャプテン、二人が会う場は必要だろう、と。
(だけど、今だと、そういう決まりは…)
誰も作ってくれなかったわけで、いくらハーレイが「守り役」でも…。
(毎日、必ず、会って下さい、って、病院の先生も言わなかったし…)
聖痕を診た主治医が決めなかった以上、学校だって、其処まで配慮はしてくれない。
ハーレイが「ブルー」を特別扱い、そうすることは認めていても。
特定の教え子にだけ親切なのを、咎めることはしないけれども。
(…ちょっぴり残念…)
決まりがあったら良かったよね、と思いはしても、仕方ない。
それは贅沢というものだから。
会えない時でも、一週間も空きはしないのだから。
だから我慢、と思ったはずみに、頭の中を掠めた考え。
「ハーレイに会えなくなったなら」と。
今はどんなに間が空いても、一週間も会えないままになったりはしないのだけれど…。
(…ハーレイが、ぼくの学校の先生だったから…)
そうなっただけで、今のハーレイの仕事によっては、もっと間が空くのかも、と。
(プロのスポーツ選手だったら、遠征試合に出掛けちゃったら…)
行き先は遠い他所の星だし、いつ帰るかも分からないほど。
星から星へと転戦してゆくのなら、そのシーズンが終わるまで…。
(…地球には、帰って来なくって…)
会えなくなっちゃう、と愕然とする。
この地球の上で遠征したって、他の地域へ出掛けてゆくなら、一週間では戻れない。
その上、スポーツ選手だったら、練習のための合宿期間だってある。
(…合宿する場所が、この町でなければ…)
合宿の間も会えやしない、と気が付いた。
「それは困るよ」と、「やっぱり、ハーレイは先生でなくちゃ」と。
(……だけど……)
同じ古典の教師にしたって、遠い町で教師をしていた時には、どうなるだろう。
日帰りするのは厳しいくらいに、うんと離れた町だったなら。
(…そういう所の先生だって、研修とかだと、この町に…)
やって来ることも少なくないから、巡り会うのは、研修でこの町に来ている時。
研修の合間の休憩時間に、ハーレイが何処かを散歩していて…。
(ぼくとバッタリ出会った途端に、ぼくに聖痕…)
それで互いの記憶が戻って、もちろんハーレイは、血まみれになった「ブルー」と一緒に…。
(救急車に乗って、病院までついて来てくれて…)
その後も、ちゃんと付き添っていてくれるだろう。
研修先に連絡を入れて、「目の前で子供が大怪我をしたから」と事情を伝えて。
一段落したら、研修先に戻ってゆくのだろうけれど…。
(記憶が戻って来たんだし…)
何か理由を考え出して、休暇を取ってくれると思う。
ほんの二日か三日だけでも、研修の後で、色々、話が出来るようにと。
(…そこまでは、一緒にいられるけれど…)
ハーレイの休暇が終わってしまえば、離れ離れになるしかない。
なにしろ、ハーレイが勤めているのは、遠い町にある学校だから。
其処で生徒たちが待っているから、休暇が済んだら、戻らなければ。
どれほど「ブルー」に未練があっても、仕事を放り出すことは…。
(……出来ないよね?)
今のハーレイも真面目だものね、とハーレイの性格を改めて思う。
キャプテン・ハーレイだった頃と同じで、とても責任感が強いハーレイ。
やっている仕事が違うというだけ、仕事にかける思いは同じ。
(教え子たちを放って、ぼく一人には…)
絶対、かまけてくれやしない、と容易に想像がつく。
再会出来て喜んだ後は、別れが待っているのだと。
「じゃあな」と手を振り、ハーレイは行ってしまうのだ、と。
(…遠い町だから、週末の度に来るなんてこと、出来やしないし…)
次に会えるのは、長期休暇の時だろう。
夏休みだとか、冬休み。
学校が長い休みに入って、ハーレイが旅をしてもいい時。
(…それまで、会えなくなったなら…)
いったい自分はどうするだろうか、ハーレイが行ってしまったら。
一週間どころか、何ヶ月も会えなくなってしまって、それが普通の二人だったら。
(…どんなに会いたくなったって…)
今の自分の弱い身体では、ハーレイが暮らしている町まで旅をするのは厳しい。
なんとか辿り着けたとしたって、寝込んでしまうことだろう。
(ハーレイが来られないんなら、って…)
週末に会いに出掛けたつもりが、宿で寝込んで、ハーレイに心配をかけるだけ。
おまけに、一回、それをやったら…。
(…パパとママは二度目を、絶対、許してくれないし…)
ハーレイにだって、釘を刺されてしまう筈。
「こんな無茶、二度とするんじゃないぞ」と。
「俺の方から会いに行くから、それまで大人しく待つんだな」と。
そのハーレイが会いに来てくれるのは、何ヶ月も先のことになるのに。
(……そんなの、困る……)
会えなくなったら困っちゃうよ、と思うけれども、有り得た話。
今のハーレイが、別の仕事をしていたら。
同じ古典の教師にしたって、遠く離れた町にいたなら。
(…神様が、ちゃんとしてくれたから…)
一週間も会えずに終わることなど、ないけれど。
何処かで必ず会えるけれども、ハーレイに会えなくなったなら…。
(…手紙に、通信…)
ハーレイが書いた返事を見たくて、せっせと手紙を書いて投函するのだろう。
まるで日記をつけるみたいに、毎日のように郵便ポストに行って。
家に帰ったら門扉の脇のポストを覗いて、返事が届いていないかを見て。
(ポストの中が空っぽだったら…)
玄関の扉を開けるなり、「手紙は来てた?」と叫ぶのだろうか、母に向かって。
もしも手紙が届いていたなら、何よりも先に読みたいから。
(それに、通信…)
ハーレイが家にいて、忙しくなさそうな時間を選んで、入れる通信。
「あのね」と、「ハーレイ、元気にしてる?」と。
ちゃんと手紙を貰っていたって、ハーレイの声が聞きたくて。
(声を聞けたら、とても嬉しくなるだろうけど…)
手紙と通信だけの日々など、我慢出来るとは思えないから。
ハーレイに会いたくて堪らなくなって、泣いてしまう夜もありそうだから…。
(一週間も空けずに会えるだけでも…)
幸せなんだと思わなくちゃね、と自分に向かって言い聞かせる。
もしもハーレイに会えなくなったなら、きっと耐えられはしないから。
長い休みにしか会えないだなんて、もう絶対に御免だから…。
会えなくなったなら・了
※ハーレイ先生に会えなくなったなら、と想像してみたブルー君。遠くに離れて暮らしていて。
会えるのは長い休みの時だけ、それまでは我慢するしかない日々。耐えられませんよねv