(ハーレイとデートは出来ないんだよね…)
残念だけど、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ、前の生から愛した人。
青く蘇った地球に生まれて、再び巡り会えたのだけれど…。
(…ぼくがちょっぴり、チビすぎちゃって…)
デートは当分、お預けなんだよ、と悔しい気持ち。
十四歳にしかならない子供でなければ、直ぐにでもデート出来たのに。
再会を遂げたその日の間に、デートの約束を取り付けるようなことだって。
(…ぼくが学校の生徒じゃなくても、ハーレイは、きっと…)
聖痕で血塗れになった「ブルー」を案じて、病院に来てくれるだろう。
でなければ、後で家まで訪ねて来るとか、必ず、「ブルー」に会いに来てくれる。
「大丈夫か?」と、「傷は痛まないか」と、大怪我をしたと思い込んで。
(だけどホントは、怪我してないから…)
ハーレイに向かって微笑み返して、「大丈夫だよ」と怪我はしていないことを伝えねば。
それから自分の周りを見回し、両親や医者がいるようだったら、出て行って貰う。
「ハーレイと二人きりにして」と、ごくごく自然に、二人きりで再会を祝うふりをして。
(絶対、怪しまれないもんね?)
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだった二人の再会。
二人きりで話したいことも多い筈だし、両親たちも気を利かせるだろう。
現に、ハーレイと再会した時だって…。
(ママを部屋から追い出しちゃって…)
その後、ハーレイに告げた「ただいま」の言葉。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
とても劇的な瞬間だけれど、チビの自分の場合は、其処まで。
ハーレイとデートの約束なんかは、しなかった。
そもそも思い付かなかったし、ハーレイの方も、申し込んではくれなかったから。
あれは絶対、今の自分がチビなせいだ、と改めて思う。
ちゃんと育った姿だったら、自分の方から言い出さなくても、ハーレイから…。
(次の休みに、何処かへ行かないか、って…)
デートに誘って貰えただろう。
「俺の休みは、この日なんだが」と、ハーレイが手帳を取り出して。
空いている日は何処か確かめ、「ブルー」の都合を尋ねてくれて。
(そしたら、もちろん…)
二つ返事で、デートの約束。
何か予定があったとしたって、「空いているよ」と答えるだろう。
育った姿になっていたって、まだまだ学校の生徒の筈だし、大丈夫。
(上の学校の生徒かもだけど…)
学校の生徒の予定なんかは、中身もたかが知れたもの。
友達と何処かへ遊びに行くとか、その程度。
(だから、そっちを断っちゃって…)
ハーレイとのデートを選ぶけれども、生憎と、それは出来ない相談。
何故なら、自分はチビだから。
どう頑張ってもチビの子供で、今だってチビのままなのだから。
(…前のぼくだった頃と、同じ背丈になるまでは…)
ハーレイは唇にキスをくれないし、デートのお許しも決して出ない。
そういう決まりになってしまって、決まりが緩むことさえも…。
(ハーレイなんだし、有り得ないよね…)
昔から頑固だったんだもの、と溜息がポロリと零れ出る。
「そんなトコまで、前とそっくりにならなくても」と、「頑固すぎだよ」と。
そうは思っても、それが「ハーレイ」の「ハーレイ」たる所以。
前のハーレイとは違う中身だったら、ガッカリするのは分かっている。
姿形は前と同じでも、性格が違っていたならば。
「キャプテン・ハーレイ」だった頃と違って、うんと軽薄だったりしたら。
(ぼくがチビでも、再会した日に、デートに誘って…)
口説き文句を囁きながら、熱烈なキスをするような男。
その場はウットリ酔いしれていても、後で絶対、頭を抱えるに違いない。
「あれは誰なの」と、「ハーレイとは、思えないんだけれど」と。
勘弁願いたい、別人のようになった「ハーレイ」。
そうなるよりかは、今の頑固なハーレイでいい。
デート出来る日はいつになるのか、まるで見当がつかなくても。
「連れて行ってよ」と強請ってみたって、鼻で笑われることばかりでも。
(公園にだって、行けないんだから…)
ホントにケチで頑固なんだよ、とハーレイの頭の固さを呪う。
それでこそ「ハーレイ」なのだけれども、「もう少し、柔らかくったって」と。
(キャプテンなんだし、臨機応変に…)
対応すればいいじゃない、と頭の中でこねた屁理屈。
「ぼくが子供になっちゃったんなら、それらしく」と。
「子供向けのデートでいいと思うけど」と、「ハーレイは、大人なんだから」と。
(大人なんだし、余裕たっぷりに…)
エスコートだって出来ると思う、と考えてみる。
「ハーレイ」は知らんぷりだけれども、「本当は、ちゃんと出来るんじゃないの?」と。
それをやったら、「ブルー」は必ず調子に乗るから、「駄目だ」と言い続けるだけで。
「頑固なハーレイ」を貫くつもりで、決して譲りはしないだけで。
(…それに、学校の先生なんだよ?)
子供の相手には慣れている筈、いくらでも応用出来るだろう。
「ブルー」が喜ぶ「子供向けのデート」を、素敵にアレンジすることだって。
(ハーレイさえ、その気になってくれたら…)
チビの子供の自分のままでも、「ハーレイとデート」は可能だと思う。
ハーレイが「よし」と頷かないだけ、お許しを出してくれないだけで。
(…お許しなんか、ハーレイは出してくれないけれど…)
出さないからこそ「ハーレイ」だけれど、夢を見るのはいいだろう。
「もしも、ハーレイとデートが出来るなら」と。
「デート出来るんなら、どんな感じ?」と、あれこれ想像するだけならば。
(…そんなの、ホントに有り得ないけど…)
ほんのちょっぴり、と夢の世界に羽ばたいてみることにした。
ハーレイとデートに出掛ける自分。
チビの子供のままだけれども、ハーレイのエスコートで、子供向けのデートコースに。
(今のぼくと、デートするんなら…)
ハーレイは何処を選ぶだろうか、二人でデートに出掛ける場所。
大人向けでも、「ブルー」は少しも構わないのだけれど…。
(ハーレイが選ぶわけがないしね?)
そんな場所は、と最初から答えは決まっている。
いくらデートのお許しをくれる「ハーレイ」といえども、「ハーレイ」には違いないのだから。
真面目で頑固な「キャプテン・ハーレイ」、その性分は変わりはしない。
だから「大人がデートに行く場所」、それは初めから除外だろう。
立派な大人のハーレイにとっては、馴れた馴染みの場所であっても。
(だけど、大人向けの場所っていうのも…)
そう沢山は無いと思う、と「大人限定の場所」を挙げてみた。
お洒落なバーとか、夜しか開いていない店。
(チビのぼくには、そのくらいしか…)
思い付かないから、ハーレイが「避けて」選んでいたって、きっと気付かないことだろう。
「大人向けのデート」で誘う場所には、誘われていないという事実には。
(気が付かないなら、子供向けのデートコースでも…)
充分、満足出来ると思うし、ハーレイに文句を言ったりもしない。
「違う所に行きたかったよ」と、膨れっ面にもならない筈。
(…何処を選んでくれたって…)
大喜びで、ハーレイについてゆく。
デートに出掛ける前の晩から、ワクワクと胸を弾ませて。
「明日は、ハーレイとデートなんだよ」と、眠れないくらいにウキウキとして。
(…女の子じゃないから、何を着ていくかで…)
真剣に悩みはしないけれども、少しくらいは悩みそう。
「こんな服だと、子供っぽいかな?」と、鏡の前で服を身体に当ててみて。
もしかしたら、何着か袖を通して、ズボンもそれに合わせてみて。
(…普段、ハーレイが、お休みの日に…)
此処へ着て来る、ラフな服たち。
学校でのスーツ姿とは違う、ハーレイの「休日の、お気に入り」。
その服たちを思い浮かべながら、隣にいるのがお似合いの服を選びたい。
せっかくデートに出掛けるのだから、「お父さんと息子」にならないように。
ハーレイと二人でデートするなら、心配なのが二人の年の差。
なにしろ二十四歳違いで、チビの自分は「息子」に見えてもおかしくない年。
ただでも「そういう年の差」なのに、今の時代は、更に厄介。
人間は全てミュウになったから、何歳だろうと、自分の好みで年を取るのを止められる。
ハーレイよりも「若い」姿で、もっと年寄りな人だって多い。
(…今のハーレイ、キャプテン・ハーレイそっくりだけど…)
その外見まで老けるよりも前に、若い姿を保ち始めるケースは、けして珍しくない。
だから、ハーレイと「チビの自分」が、並んで歩いていたならば…。
(似ていなくても、親子連れとか…)
場合によっては、「おじいちゃんと孫」でも通る世の中。
デートを楽しんでいるというのに、周りの人の目には、そんな光景に映ってしまう。
「お父さんと一緒に、仲良くお出掛け」、あるいは「おじいちゃんと遊びに来ました」。
(…とっても、ありそう…)
頑張って服を選ばないと、と俄然、気合いが入り始める。
「服を選ぶのは、やっぱり大事」と、「お父さんどころか、おじいちゃんなんて」と。
ハーレイとのデートは、まずは其処から。
誰が見たって「他人同士」に見える服装、けれどハーレイとも「お似合い」の服。
(…簡単そうでも、難しいってば…!)
着こなしなんかも大切かもね、と思いはしても、チビの子供では足りない経験。
どんな具合に着こなせばいいか、分かるほど「お洒落」の知識も無い。
(ついでに言うなら、前のぼくだって…)
ずっとソルジャーの衣装だったし、お洒落なんかはしていない。
つまり「全く役に立たない」、前の自分の膨大な記憶。
端から引き出し、吟味してみても、デートに着ていく服を選ぶには「ただのガラクタ」。
(……酷いってば……!)
着ていく服が選べないよ、と出掛ける前から躓いた。
ハーレイがデートに誘ってくれた日、その日に袖を通したい服。
シャツやズボンや、季節によっては上着まで並べて、ウンウンと唸る自分が見える。
「どれがいいの?」と、「どの服だったら、ハーレイの隣が似合うのかな?」と。
翌日はデートに行くというのに、いつまで経っても決まらない服。
「早く寝ないと」と焦っていたって、着てゆく服が選べないから、眠れないままで。
(……デートの日、寝不足になっちゃって、起きられないかも……)
具合まで悪くなっちゃうかも、と情けない気もするけれど。
そうなったならば、デートはお預け、ベッドの住人になってしまうのだけれど…。
(でもでも、せっかく、ハーレイとデート…)
素敵な服を選びたいよ、と前の日の夜で躓いたままで進めない。
何処へ行くのか、何をするのか、それよりも前に「お似合いの服」を決めたくて。
ちゃんと「デート」に見えてくれる服、その一着を選びたくて。
(…いっそ、デートを申し込まれたら…)
ハーレイに頼んでみることにしようか、「その前に、服を選んでくれる?」と。
クローゼットの扉を開けて、シャツやズボンを引っ張り出して。
「この中から、決めて欲しいんだけど」と、「デートに行く日に、着ていく服」と。
そしてハーレイにも、「お願い」をする。
「デートの日は、この服に似合う服を着て来てね」と。
「そしたら恋人同士に見えるし、ちゃんとデートに見て貰えるよ」と。
(…悩んじゃうなら、それもいいかも!)
ハーレイとデート出来るんなら、と幸せな夢が広がってゆく。
「服を選んで貰うんだよ」と、「デートする前から、うんと楽しみだよね」と…。
デート出来るんなら・了
※チビのままでも、ハーレイ先生とデート出来るんなら、と考え始めたブルー君。
けれど年の差が問題なのです、何を着てゆくかが、とても大切。服を選ぶのが大仕事かもv
残念だけど、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ、前の生から愛した人。
青く蘇った地球に生まれて、再び巡り会えたのだけれど…。
(…ぼくがちょっぴり、チビすぎちゃって…)
デートは当分、お預けなんだよ、と悔しい気持ち。
十四歳にしかならない子供でなければ、直ぐにでもデート出来たのに。
再会を遂げたその日の間に、デートの約束を取り付けるようなことだって。
(…ぼくが学校の生徒じゃなくても、ハーレイは、きっと…)
聖痕で血塗れになった「ブルー」を案じて、病院に来てくれるだろう。
でなければ、後で家まで訪ねて来るとか、必ず、「ブルー」に会いに来てくれる。
「大丈夫か?」と、「傷は痛まないか」と、大怪我をしたと思い込んで。
(だけどホントは、怪我してないから…)
ハーレイに向かって微笑み返して、「大丈夫だよ」と怪我はしていないことを伝えねば。
それから自分の周りを見回し、両親や医者がいるようだったら、出て行って貰う。
「ハーレイと二人きりにして」と、ごくごく自然に、二人きりで再会を祝うふりをして。
(絶対、怪しまれないもんね?)
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだった二人の再会。
二人きりで話したいことも多い筈だし、両親たちも気を利かせるだろう。
現に、ハーレイと再会した時だって…。
(ママを部屋から追い出しちゃって…)
その後、ハーレイに告げた「ただいま」の言葉。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
とても劇的な瞬間だけれど、チビの自分の場合は、其処まで。
ハーレイとデートの約束なんかは、しなかった。
そもそも思い付かなかったし、ハーレイの方も、申し込んではくれなかったから。
あれは絶対、今の自分がチビなせいだ、と改めて思う。
ちゃんと育った姿だったら、自分の方から言い出さなくても、ハーレイから…。
(次の休みに、何処かへ行かないか、って…)
デートに誘って貰えただろう。
「俺の休みは、この日なんだが」と、ハーレイが手帳を取り出して。
空いている日は何処か確かめ、「ブルー」の都合を尋ねてくれて。
(そしたら、もちろん…)
二つ返事で、デートの約束。
何か予定があったとしたって、「空いているよ」と答えるだろう。
育った姿になっていたって、まだまだ学校の生徒の筈だし、大丈夫。
(上の学校の生徒かもだけど…)
学校の生徒の予定なんかは、中身もたかが知れたもの。
友達と何処かへ遊びに行くとか、その程度。
(だから、そっちを断っちゃって…)
ハーレイとのデートを選ぶけれども、生憎と、それは出来ない相談。
何故なら、自分はチビだから。
どう頑張ってもチビの子供で、今だってチビのままなのだから。
(…前のぼくだった頃と、同じ背丈になるまでは…)
ハーレイは唇にキスをくれないし、デートのお許しも決して出ない。
そういう決まりになってしまって、決まりが緩むことさえも…。
(ハーレイなんだし、有り得ないよね…)
昔から頑固だったんだもの、と溜息がポロリと零れ出る。
「そんなトコまで、前とそっくりにならなくても」と、「頑固すぎだよ」と。
そうは思っても、それが「ハーレイ」の「ハーレイ」たる所以。
前のハーレイとは違う中身だったら、ガッカリするのは分かっている。
姿形は前と同じでも、性格が違っていたならば。
「キャプテン・ハーレイ」だった頃と違って、うんと軽薄だったりしたら。
(ぼくがチビでも、再会した日に、デートに誘って…)
口説き文句を囁きながら、熱烈なキスをするような男。
その場はウットリ酔いしれていても、後で絶対、頭を抱えるに違いない。
「あれは誰なの」と、「ハーレイとは、思えないんだけれど」と。
勘弁願いたい、別人のようになった「ハーレイ」。
そうなるよりかは、今の頑固なハーレイでいい。
デート出来る日はいつになるのか、まるで見当がつかなくても。
「連れて行ってよ」と強請ってみたって、鼻で笑われることばかりでも。
(公園にだって、行けないんだから…)
ホントにケチで頑固なんだよ、とハーレイの頭の固さを呪う。
それでこそ「ハーレイ」なのだけれども、「もう少し、柔らかくったって」と。
(キャプテンなんだし、臨機応変に…)
対応すればいいじゃない、と頭の中でこねた屁理屈。
「ぼくが子供になっちゃったんなら、それらしく」と。
「子供向けのデートでいいと思うけど」と、「ハーレイは、大人なんだから」と。
(大人なんだし、余裕たっぷりに…)
エスコートだって出来ると思う、と考えてみる。
「ハーレイ」は知らんぷりだけれども、「本当は、ちゃんと出来るんじゃないの?」と。
それをやったら、「ブルー」は必ず調子に乗るから、「駄目だ」と言い続けるだけで。
「頑固なハーレイ」を貫くつもりで、決して譲りはしないだけで。
(…それに、学校の先生なんだよ?)
子供の相手には慣れている筈、いくらでも応用出来るだろう。
「ブルー」が喜ぶ「子供向けのデート」を、素敵にアレンジすることだって。
(ハーレイさえ、その気になってくれたら…)
チビの子供の自分のままでも、「ハーレイとデート」は可能だと思う。
ハーレイが「よし」と頷かないだけ、お許しを出してくれないだけで。
(…お許しなんか、ハーレイは出してくれないけれど…)
出さないからこそ「ハーレイ」だけれど、夢を見るのはいいだろう。
「もしも、ハーレイとデートが出来るなら」と。
「デート出来るんなら、どんな感じ?」と、あれこれ想像するだけならば。
(…そんなの、ホントに有り得ないけど…)
ほんのちょっぴり、と夢の世界に羽ばたいてみることにした。
ハーレイとデートに出掛ける自分。
チビの子供のままだけれども、ハーレイのエスコートで、子供向けのデートコースに。
(今のぼくと、デートするんなら…)
ハーレイは何処を選ぶだろうか、二人でデートに出掛ける場所。
大人向けでも、「ブルー」は少しも構わないのだけれど…。
(ハーレイが選ぶわけがないしね?)
そんな場所は、と最初から答えは決まっている。
いくらデートのお許しをくれる「ハーレイ」といえども、「ハーレイ」には違いないのだから。
真面目で頑固な「キャプテン・ハーレイ」、その性分は変わりはしない。
だから「大人がデートに行く場所」、それは初めから除外だろう。
立派な大人のハーレイにとっては、馴れた馴染みの場所であっても。
(だけど、大人向けの場所っていうのも…)
そう沢山は無いと思う、と「大人限定の場所」を挙げてみた。
お洒落なバーとか、夜しか開いていない店。
(チビのぼくには、そのくらいしか…)
思い付かないから、ハーレイが「避けて」選んでいたって、きっと気付かないことだろう。
「大人向けのデート」で誘う場所には、誘われていないという事実には。
(気が付かないなら、子供向けのデートコースでも…)
充分、満足出来ると思うし、ハーレイに文句を言ったりもしない。
「違う所に行きたかったよ」と、膨れっ面にもならない筈。
(…何処を選んでくれたって…)
大喜びで、ハーレイについてゆく。
デートに出掛ける前の晩から、ワクワクと胸を弾ませて。
「明日は、ハーレイとデートなんだよ」と、眠れないくらいにウキウキとして。
(…女の子じゃないから、何を着ていくかで…)
真剣に悩みはしないけれども、少しくらいは悩みそう。
「こんな服だと、子供っぽいかな?」と、鏡の前で服を身体に当ててみて。
もしかしたら、何着か袖を通して、ズボンもそれに合わせてみて。
(…普段、ハーレイが、お休みの日に…)
此処へ着て来る、ラフな服たち。
学校でのスーツ姿とは違う、ハーレイの「休日の、お気に入り」。
その服たちを思い浮かべながら、隣にいるのがお似合いの服を選びたい。
せっかくデートに出掛けるのだから、「お父さんと息子」にならないように。
ハーレイと二人でデートするなら、心配なのが二人の年の差。
なにしろ二十四歳違いで、チビの自分は「息子」に見えてもおかしくない年。
ただでも「そういう年の差」なのに、今の時代は、更に厄介。
人間は全てミュウになったから、何歳だろうと、自分の好みで年を取るのを止められる。
ハーレイよりも「若い」姿で、もっと年寄りな人だって多い。
(…今のハーレイ、キャプテン・ハーレイそっくりだけど…)
その外見まで老けるよりも前に、若い姿を保ち始めるケースは、けして珍しくない。
だから、ハーレイと「チビの自分」が、並んで歩いていたならば…。
(似ていなくても、親子連れとか…)
場合によっては、「おじいちゃんと孫」でも通る世の中。
デートを楽しんでいるというのに、周りの人の目には、そんな光景に映ってしまう。
「お父さんと一緒に、仲良くお出掛け」、あるいは「おじいちゃんと遊びに来ました」。
(…とっても、ありそう…)
頑張って服を選ばないと、と俄然、気合いが入り始める。
「服を選ぶのは、やっぱり大事」と、「お父さんどころか、おじいちゃんなんて」と。
ハーレイとのデートは、まずは其処から。
誰が見たって「他人同士」に見える服装、けれどハーレイとも「お似合い」の服。
(…簡単そうでも、難しいってば…!)
着こなしなんかも大切かもね、と思いはしても、チビの子供では足りない経験。
どんな具合に着こなせばいいか、分かるほど「お洒落」の知識も無い。
(ついでに言うなら、前のぼくだって…)
ずっとソルジャーの衣装だったし、お洒落なんかはしていない。
つまり「全く役に立たない」、前の自分の膨大な記憶。
端から引き出し、吟味してみても、デートに着ていく服を選ぶには「ただのガラクタ」。
(……酷いってば……!)
着ていく服が選べないよ、と出掛ける前から躓いた。
ハーレイがデートに誘ってくれた日、その日に袖を通したい服。
シャツやズボンや、季節によっては上着まで並べて、ウンウンと唸る自分が見える。
「どれがいいの?」と、「どの服だったら、ハーレイの隣が似合うのかな?」と。
翌日はデートに行くというのに、いつまで経っても決まらない服。
「早く寝ないと」と焦っていたって、着てゆく服が選べないから、眠れないままで。
(……デートの日、寝不足になっちゃって、起きられないかも……)
具合まで悪くなっちゃうかも、と情けない気もするけれど。
そうなったならば、デートはお預け、ベッドの住人になってしまうのだけれど…。
(でもでも、せっかく、ハーレイとデート…)
素敵な服を選びたいよ、と前の日の夜で躓いたままで進めない。
何処へ行くのか、何をするのか、それよりも前に「お似合いの服」を決めたくて。
ちゃんと「デート」に見えてくれる服、その一着を選びたくて。
(…いっそ、デートを申し込まれたら…)
ハーレイに頼んでみることにしようか、「その前に、服を選んでくれる?」と。
クローゼットの扉を開けて、シャツやズボンを引っ張り出して。
「この中から、決めて欲しいんだけど」と、「デートに行く日に、着ていく服」と。
そしてハーレイにも、「お願い」をする。
「デートの日は、この服に似合う服を着て来てね」と。
「そしたら恋人同士に見えるし、ちゃんとデートに見て貰えるよ」と。
(…悩んじゃうなら、それもいいかも!)
ハーレイとデート出来るんなら、と幸せな夢が広がってゆく。
「服を選んで貰うんだよ」と、「デートする前から、うんと楽しみだよね」と…。
デート出来るんなら・了
※チビのままでも、ハーレイ先生とデート出来るんなら、と考え始めたブルー君。
けれど年の差が問題なのです、何を着てゆくかが、とても大切。服を選ぶのが大仕事かもv
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(あいつと、デート出来るのは…)
まだまだ当分先なんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(なんと言っても、チビなんだし…)
十四歳の子供なんだぞ、と頭に描いた恋人。
チビのブルーは自分の教え子、とはいえ、誰よりも大切な人。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
青い地球の上に生まれ変わって、再び巡り会えたから。
(あいつが、前の通りの姿だったら…)
とうの昔に、デートに誘っていただろう。
再会を遂げたその日の間に、約束を交わしていたかもしれない。
ブルーが聖痕のショックで病院に運ばれ、ベッドに横たわっていようとも。
(青白い顔をしてたとしたって、ブルーは、きっと…)
幸せそうな笑みを湛えて、チビのブルーと同じ言葉を言っただろう。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
(それを聞いたら…)
横たわるブルーの手を握らずにはいられない。
ブルーが「ただいま」と口にする時は、周りには、誰も…。
(いない筈だしな?)
両親も医者も、と確信に満ちた思いがある。
チビのブルーでさえ、「ただいま」を言う前に、両親を遠ざけたのだから。
「ハーレイと、二人きりにして欲しい」と、不審がられないよう、自然な言葉で。
もっと育ったブルーだったら、当然、それをするだろう。
だから、ブルーの手を握っても…。
(見てるヤツは、誰もいないってことで…)
二人きりになれたついでに、デートの約束をしたっていい。
そうしておいたら、心置きなく、二人きりでゆっくり話が出来る。
二人で何処かへデートに出掛けて、再会出来た喜びを噛み締めながら。
ブルーが大きく育っていたなら、恐らくは、そうなっただろう。
出会ったその日に、病院の部屋で約束をして。
「お前、空いてる日はいつなんだ?」とブルーに確かめ、自分も手帳を確認する。
学校の用事が入っていないか、柔道部の試合などは無いか、と。
そうして互いの予定を合わせて、何日か後に待ち合わせ。
車で迎えに行くとしたなら、そのままドライブに行けるけれども…。
(…チビのあいつじゃ、どうにもこうにも…)
ならないんだよな、とマグカップの縁を指でカチンと弾く。
「俺が自分で決めたことだが」と、「家にも呼ばないわけなんだが」と。
出会って間もなく決めた約束。
チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、唇へのキスは贈らない。
家に遊びに来るのも禁止で、もちろん、デートをするなど、論外。
それは重々、承知していても、考えるくらいはいいだろう。
「もしも、あいつとデート出来るなら」と、ほんの少しの間だけ。
けしからぬことをしようという目的で、デートに誘おうという企みではないのだから。
(…うんと健全に…)
十四歳のチビに合わせたヤツで、と夢を見てみることにした。
どんなデートになるのだろうかと、場所や、ブルーの反応やらを。
(今のあいつを誘うなら…)
まずは、ブルーの両親も許してくれる場所。
「行ってらっしゃい」と、笑顔で見送ってくれる行き先を選ぶ。
遊園地あたりが無難だろうか、チビのブルーを連れてゆくのなら。
(ドライブもいいが、最初のデートとなると、やっぱり…)
子供が喜ぶトコがいいよな、と思うものだから、遊園地。
チビのブルーは、ドライブも喜びそうだけれども、またの機会にしておいて。
(遊園地までは、俺の車で行くんだし…)
ドライブ気分も、ちょっぴり味わえる筈。
遊園地までは、最短コースで走る必要は無いのだから。
ほんの僅かに回り道すれば、景色のいい所を走れるから。
(よし…!)
遊園地ってことで、と決めたデートの行き先。
チビのブルーに、「今度、遊園地に行かないか?」と尋ねる所から、初めてのデート。
大きく育ったブルーと違って、チビのブルーの場合は、其処からのスタート。
ブルーの家に何度も通って、両親とも、すっかり馴染んだ後で。
(でないと、お許し、出そうにないしな?)
俺という人物に信用が無いと…、と苦笑する。
いくら学校の教師といえども、ブルーの両親の目から見たなら、立派な他人。
「前世は、キャプテン・ハーレイでした」と明かしても、何の信用も無い。
歴史の上では英雄とはいえ、どんな人間かは分からないから。
英雄に相応しい人物だったか、伝わる通りの人柄だったか、誰も保証はしてくれない。
(…つまり、信用ってヤツを、一から築いていかないと…)
大事な一人息子のブルーを、任せてくれはしないだろう。
今の自分がそうであるように、家族同様の付き合いをして貰えるようにならないと。
(出会って直ぐに、デートってのは…)
無理なんだよな、と額を軽くトントンと叩く。
「なんたって、俺はオジサンだから」と、「ブルーとは、年も違い過ぎだ」と。
オジサンの自分が、ブルーを遊園地に連れてゆくとなったら、両親は恐縮しそうな感じ。
「ブルーが無理を言ったのでは」と、「お休みの日に、申し訳ありません」と。
本当の所は、誘ったのは「ハーレイ」の方なのに。
今の生でも身体が弱いブルーを、遊園地などに連れてゆこう、と。
(…ブルーは、大喜びで「行く!」なんだろうが…)
両親の方は、気が気ではないことだろう。
「息子が、御迷惑をお掛けするのでは」と、「車に酔うとか、気分が悪くなるだとか」と。
そういう事態は、ちゃんと織り込み済みなのに。
ブルーを誘おうと決めた時点で、当日になって駄目になるのも、覚悟しているのに。
(…迎えに行ったら、寝込んでいたとか…)
ありそうだしな、と思うけれども、そうなった時は、ブルーの両親は平謝りかもしれない。
ガレージに車を入れた途端に、二人揃って飛んで来て。
「ハーレイ先生、すみません」と頭を下げて、「ブルーは出られないんです」と。
こちらは全く構わないのに、息子の具合が悪くなったことを、ひたすらに詫びて。
(…そうなっちまったら、そうなった時で…)
ブルーの部屋に通して貰って、ガッカリしているブルーを見舞う。
「遊園地は、また今度にしような」と、「今日は眠って、しっかり治せよ」と。
それでも少しも気にしないけれど、デートが駄目になるよりは…。
(行ける方が、いいに決まってるってな!)
あいつと初めてのデートなんだぞ、と気持ちをそちらに切り替える。
チビのブルーを愛車の助手席に乗せて、遊園地に向かって出発しよう、と。
濃い緑色をしている車は、ブルーと二人で乗ってゆくための「シャングリラ」。
助手席に座ったチビのブルーに、「シャングリラだぞ」と説明してやる。
「俺たちのためだけにある、シャングリラなんだ」と、「白くないけどな」と。
(そしたら、あいつは…)
顔を輝かせて、ハンドルを握る「ハーレイ」を見詰めてくるのだろう。
「ハーレイの運転なら、安心だよね」と、「だって、キャプテンなんだもの」と。
(シャングリラ、発進! …ってな)
そう言って走り出してやろうか、青い地球の上を走る「シャングリラ」で。
飛べないけれども、ブルーと二人で乗ってゆくには、充分な「船」で。
(地球に来たんだ、って気持ちになれる所を走って…)
遊園地の駐車場に着いたら、ブルーと一緒にゲートまで歩く。
これが育ったブルーだったなら、手を繋いで歩いてゆきたいけれど…。
(チビのあいつだと、お父さんと息子みたいにしか…)
見えないような気がするんだよな、と頭をカリカリと掻いた。
「そいつは御免蒙りたいぞ」と、「手を繋ぐのは、あいつが育ってからだな」と。
そうは思っても、ブルーの方では、どんな気持ちでいるかは謎。
「デートに来たんだ」と浮かれているから、あちらから手を差し出して…。
(手を繋ごうよ、ってキュッと握られたら…)
仕方ないな、とクックッと笑う。
傍目には親子にしか見えていなくても、チビのブルーはカップルのつもり。
手を繋ぐどころか、腕を組もうとする可能性も充分にある。
「だって、恋人同士じゃない」と、「今日はデートに来てるんだよ」と。
デートなら手を繋いで歩くか、腕を組んで歩くものなんだから、と。
実際、カップルで恋人同士。
ブルーは間違っていないのだから、親子に見えても、甘んじておこう。
チケットを買う時も、係員に勘違いされていたって。
(でもって、中に入った後も…)
息子を連れて遊園地に来た、「優しいお父さん」だと皆に思われる「自分」。
デートに来たとは、誰も分かってくれなさそう。
(乗り物の順番待ちをしたって、何か食べようと店に入ったって…)
お父さんと息子なのだけれども、それでもいい。
チビのブルーとデート出来るなら、間違えられたままの一日でも。
(まあ、保護者には違いないんだし…)
学校じゃ、親を保護者と呼ぶぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
「お父さんでも、いいじゃないか」と、「ブルーは膨れそうだがな」と。
そう、子供扱いされるブルーの心は、不満一杯になるだろう。
「違うよ」と、「ぼくは恋人なのに」と、何度も何度も膨れっ面。
「みんな、酷いよ」と、「なんで、そういうことになるの?」と、自分の姿は棚に上げて。
(お前がチビだからじゃないか、と言ってやったら…)
「チビじゃないよ!」とプンスカ怒って、「あれに乗るよ」と言い出すだろうか。
立派な大人でも悲鳴を上げる、絶叫マシン。
チビのブルーには、どう考えても向いていそうにない乗り物。
(…前のあいつなら、絶叫マシンなんて代物は…)
子供だましの遊具だけれども、チビのブルーは、そうではない。
「お化けが怖い」と言い出すくらいに、見た目通りの弱虫で、子供。
(絶叫マシンなんぞに、乗ろうモンなら…)
たちまち悲鳴で、乗り込んだことを後悔するのに違いない。
「助けて!」と叫んで、「停めて」と悲鳴で、後は言葉にならなくて…。
(お約束通り、キャーキャーと…)
騒ぐのが目に見えているけれど、「乗る」と言い張るのを止めるような真似は…。
(しないぞ、俺は)
面白いしな、と笑いを堪える。
「チビのあいつと、デートなんだから」と、「チビならではだ」と。
育った後のブルーだったら、ちゃんと恋人同士に見えるし、絶叫マシンには挑まないから。
(あいつが大きくなっていたなら…)
絶叫マシンに乗るとしたって、意地で挑むというのではない。
「あれ、怖いかな?」などと躊躇った末に、「ハーレイと一緒なら」と乗る程度。
二人だったら怖くないから、と頬を赤らめて。
「ハーレイが隣にいるんだものね」と、「でも、怖がっても笑わないでよ?」と。
(…やっぱり、チビのあいつでしか…)
出来ないデートがあるんだよな、と気付かされたから、想像の翼は更に広がる。
「チビのあいつと、デート出来るなら」と。
「遊園地でも、充分、楽しめそうだ」と、「次に乗るのは、何にするかな」と…。
デート出来るなら・了
※チビのブルー君とデート出来るなら、どんな具合だろう、と想像してみたハーレイ先生。
大きく育った後のブルーとは、違った楽しみが色々ありそう。絶叫マシンもいいですよねv
まだまだ当分先なんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(なんと言っても、チビなんだし…)
十四歳の子供なんだぞ、と頭に描いた恋人。
チビのブルーは自分の教え子、とはいえ、誰よりも大切な人。
遠く遥かな時の彼方で、前のブルーに恋をしたから。
青い地球の上に生まれ変わって、再び巡り会えたから。
(あいつが、前の通りの姿だったら…)
とうの昔に、デートに誘っていただろう。
再会を遂げたその日の間に、約束を交わしていたかもしれない。
ブルーが聖痕のショックで病院に運ばれ、ベッドに横たわっていようとも。
(青白い顔をしてたとしたって、ブルーは、きっと…)
幸せそうな笑みを湛えて、チビのブルーと同じ言葉を言っただろう。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」と。
(それを聞いたら…)
横たわるブルーの手を握らずにはいられない。
ブルーが「ただいま」と口にする時は、周りには、誰も…。
(いない筈だしな?)
両親も医者も、と確信に満ちた思いがある。
チビのブルーでさえ、「ただいま」を言う前に、両親を遠ざけたのだから。
「ハーレイと、二人きりにして欲しい」と、不審がられないよう、自然な言葉で。
もっと育ったブルーだったら、当然、それをするだろう。
だから、ブルーの手を握っても…。
(見てるヤツは、誰もいないってことで…)
二人きりになれたついでに、デートの約束をしたっていい。
そうしておいたら、心置きなく、二人きりでゆっくり話が出来る。
二人で何処かへデートに出掛けて、再会出来た喜びを噛み締めながら。
ブルーが大きく育っていたなら、恐らくは、そうなっただろう。
出会ったその日に、病院の部屋で約束をして。
「お前、空いてる日はいつなんだ?」とブルーに確かめ、自分も手帳を確認する。
学校の用事が入っていないか、柔道部の試合などは無いか、と。
そうして互いの予定を合わせて、何日か後に待ち合わせ。
車で迎えに行くとしたなら、そのままドライブに行けるけれども…。
(…チビのあいつじゃ、どうにもこうにも…)
ならないんだよな、とマグカップの縁を指でカチンと弾く。
「俺が自分で決めたことだが」と、「家にも呼ばないわけなんだが」と。
出会って間もなく決めた約束。
チビのブルーが、前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、唇へのキスは贈らない。
家に遊びに来るのも禁止で、もちろん、デートをするなど、論外。
それは重々、承知していても、考えるくらいはいいだろう。
「もしも、あいつとデート出来るなら」と、ほんの少しの間だけ。
けしからぬことをしようという目的で、デートに誘おうという企みではないのだから。
(…うんと健全に…)
十四歳のチビに合わせたヤツで、と夢を見てみることにした。
どんなデートになるのだろうかと、場所や、ブルーの反応やらを。
(今のあいつを誘うなら…)
まずは、ブルーの両親も許してくれる場所。
「行ってらっしゃい」と、笑顔で見送ってくれる行き先を選ぶ。
遊園地あたりが無難だろうか、チビのブルーを連れてゆくのなら。
(ドライブもいいが、最初のデートとなると、やっぱり…)
子供が喜ぶトコがいいよな、と思うものだから、遊園地。
チビのブルーは、ドライブも喜びそうだけれども、またの機会にしておいて。
(遊園地までは、俺の車で行くんだし…)
ドライブ気分も、ちょっぴり味わえる筈。
遊園地までは、最短コースで走る必要は無いのだから。
ほんの僅かに回り道すれば、景色のいい所を走れるから。
(よし…!)
遊園地ってことで、と決めたデートの行き先。
チビのブルーに、「今度、遊園地に行かないか?」と尋ねる所から、初めてのデート。
大きく育ったブルーと違って、チビのブルーの場合は、其処からのスタート。
ブルーの家に何度も通って、両親とも、すっかり馴染んだ後で。
(でないと、お許し、出そうにないしな?)
俺という人物に信用が無いと…、と苦笑する。
いくら学校の教師といえども、ブルーの両親の目から見たなら、立派な他人。
「前世は、キャプテン・ハーレイでした」と明かしても、何の信用も無い。
歴史の上では英雄とはいえ、どんな人間かは分からないから。
英雄に相応しい人物だったか、伝わる通りの人柄だったか、誰も保証はしてくれない。
(…つまり、信用ってヤツを、一から築いていかないと…)
大事な一人息子のブルーを、任せてくれはしないだろう。
今の自分がそうであるように、家族同様の付き合いをして貰えるようにならないと。
(出会って直ぐに、デートってのは…)
無理なんだよな、と額を軽くトントンと叩く。
「なんたって、俺はオジサンだから」と、「ブルーとは、年も違い過ぎだ」と。
オジサンの自分が、ブルーを遊園地に連れてゆくとなったら、両親は恐縮しそうな感じ。
「ブルーが無理を言ったのでは」と、「お休みの日に、申し訳ありません」と。
本当の所は、誘ったのは「ハーレイ」の方なのに。
今の生でも身体が弱いブルーを、遊園地などに連れてゆこう、と。
(…ブルーは、大喜びで「行く!」なんだろうが…)
両親の方は、気が気ではないことだろう。
「息子が、御迷惑をお掛けするのでは」と、「車に酔うとか、気分が悪くなるだとか」と。
そういう事態は、ちゃんと織り込み済みなのに。
ブルーを誘おうと決めた時点で、当日になって駄目になるのも、覚悟しているのに。
(…迎えに行ったら、寝込んでいたとか…)
ありそうだしな、と思うけれども、そうなった時は、ブルーの両親は平謝りかもしれない。
ガレージに車を入れた途端に、二人揃って飛んで来て。
「ハーレイ先生、すみません」と頭を下げて、「ブルーは出られないんです」と。
こちらは全く構わないのに、息子の具合が悪くなったことを、ひたすらに詫びて。
(…そうなっちまったら、そうなった時で…)
ブルーの部屋に通して貰って、ガッカリしているブルーを見舞う。
「遊園地は、また今度にしような」と、「今日は眠って、しっかり治せよ」と。
それでも少しも気にしないけれど、デートが駄目になるよりは…。
(行ける方が、いいに決まってるってな!)
あいつと初めてのデートなんだぞ、と気持ちをそちらに切り替える。
チビのブルーを愛車の助手席に乗せて、遊園地に向かって出発しよう、と。
濃い緑色をしている車は、ブルーと二人で乗ってゆくための「シャングリラ」。
助手席に座ったチビのブルーに、「シャングリラだぞ」と説明してやる。
「俺たちのためだけにある、シャングリラなんだ」と、「白くないけどな」と。
(そしたら、あいつは…)
顔を輝かせて、ハンドルを握る「ハーレイ」を見詰めてくるのだろう。
「ハーレイの運転なら、安心だよね」と、「だって、キャプテンなんだもの」と。
(シャングリラ、発進! …ってな)
そう言って走り出してやろうか、青い地球の上を走る「シャングリラ」で。
飛べないけれども、ブルーと二人で乗ってゆくには、充分な「船」で。
(地球に来たんだ、って気持ちになれる所を走って…)
遊園地の駐車場に着いたら、ブルーと一緒にゲートまで歩く。
これが育ったブルーだったなら、手を繋いで歩いてゆきたいけれど…。
(チビのあいつだと、お父さんと息子みたいにしか…)
見えないような気がするんだよな、と頭をカリカリと掻いた。
「そいつは御免蒙りたいぞ」と、「手を繋ぐのは、あいつが育ってからだな」と。
そうは思っても、ブルーの方では、どんな気持ちでいるかは謎。
「デートに来たんだ」と浮かれているから、あちらから手を差し出して…。
(手を繋ごうよ、ってキュッと握られたら…)
仕方ないな、とクックッと笑う。
傍目には親子にしか見えていなくても、チビのブルーはカップルのつもり。
手を繋ぐどころか、腕を組もうとする可能性も充分にある。
「だって、恋人同士じゃない」と、「今日はデートに来てるんだよ」と。
デートなら手を繋いで歩くか、腕を組んで歩くものなんだから、と。
実際、カップルで恋人同士。
ブルーは間違っていないのだから、親子に見えても、甘んじておこう。
チケットを買う時も、係員に勘違いされていたって。
(でもって、中に入った後も…)
息子を連れて遊園地に来た、「優しいお父さん」だと皆に思われる「自分」。
デートに来たとは、誰も分かってくれなさそう。
(乗り物の順番待ちをしたって、何か食べようと店に入ったって…)
お父さんと息子なのだけれども、それでもいい。
チビのブルーとデート出来るなら、間違えられたままの一日でも。
(まあ、保護者には違いないんだし…)
学校じゃ、親を保護者と呼ぶぞ、とコーヒーのカップを傾ける。
「お父さんでも、いいじゃないか」と、「ブルーは膨れそうだがな」と。
そう、子供扱いされるブルーの心は、不満一杯になるだろう。
「違うよ」と、「ぼくは恋人なのに」と、何度も何度も膨れっ面。
「みんな、酷いよ」と、「なんで、そういうことになるの?」と、自分の姿は棚に上げて。
(お前がチビだからじゃないか、と言ってやったら…)
「チビじゃないよ!」とプンスカ怒って、「あれに乗るよ」と言い出すだろうか。
立派な大人でも悲鳴を上げる、絶叫マシン。
チビのブルーには、どう考えても向いていそうにない乗り物。
(…前のあいつなら、絶叫マシンなんて代物は…)
子供だましの遊具だけれども、チビのブルーは、そうではない。
「お化けが怖い」と言い出すくらいに、見た目通りの弱虫で、子供。
(絶叫マシンなんぞに、乗ろうモンなら…)
たちまち悲鳴で、乗り込んだことを後悔するのに違いない。
「助けて!」と叫んで、「停めて」と悲鳴で、後は言葉にならなくて…。
(お約束通り、キャーキャーと…)
騒ぐのが目に見えているけれど、「乗る」と言い張るのを止めるような真似は…。
(しないぞ、俺は)
面白いしな、と笑いを堪える。
「チビのあいつと、デートなんだから」と、「チビならではだ」と。
育った後のブルーだったら、ちゃんと恋人同士に見えるし、絶叫マシンには挑まないから。
(あいつが大きくなっていたなら…)
絶叫マシンに乗るとしたって、意地で挑むというのではない。
「あれ、怖いかな?」などと躊躇った末に、「ハーレイと一緒なら」と乗る程度。
二人だったら怖くないから、と頬を赤らめて。
「ハーレイが隣にいるんだものね」と、「でも、怖がっても笑わないでよ?」と。
(…やっぱり、チビのあいつでしか…)
出来ないデートがあるんだよな、と気付かされたから、想像の翼は更に広がる。
「チビのあいつと、デート出来るなら」と。
「遊園地でも、充分、楽しめそうだ」と、「次に乗るのは、何にするかな」と…。
デート出来るなら・了
※チビのブルー君とデート出来るなら、どんな具合だろう、と想像してみたハーレイ先生。
大きく育った後のブルーとは、違った楽しみが色々ありそう。絶叫マシンもいいですよねv
「ねえ、ハーレイ。予習するのは…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
急にどうした、とハーレイは目を丸くする。
たった今まで話していたのは、まるで全く別の内容。
とはいえ中身は他愛ないもので、学校の話でもなかった。
(…何処から予習が出て来たんだ?)
分からんぞ、とハーレイには、ブルーの意図が掴めない。
学校の話をしていたのならば、まだしも分かる。
今のブルーは優秀な生徒で、きちんと予習もしていそう。
自分でも誇りに思っているから、それを口実に…。
(褒めて欲しい、と言い出してだな…)
御褒美にキスを寄越せと言うんだ、と見えてくる手口。
如何にもブルーがやりそうだけれど、それにしても…。
(ちょっと強引すぎやしないか?)
いきなり「褒めろ」はないだろう、とブルーを眺める。
「お前、少々、厚かましいぞ」と、呆れながら。
慣れてしまった、ブルーのやり口。
「今日もそいつだ」と思うからこそ、様子見を選んだ。
もしも本当に予習の話がしたいのならば、ブルーは…。
(改めて質問する筈だしな?)
俺が黙っていた場合…、と沈黙を守る間に、質問が来た。
「無視しないでよ」と、ブルーが頬を膨らませる。
「ぼくは真面目に訊いてるんだよ」と、睨むようにして。
「勉強の話の何処が駄目なの」と、「先生でしょ?」と。
「あのね、生徒の質問を、無視するだなんて…」
先生だとも思えないけれど、とブルーは半ば怒っている。
「どういうつもり?」と、「お休みだから?」と。
ブルーが言うには、休日だろうが、教師は教師。
生徒が質問して来た時には、きちんと答えを返すべき。
でないと生徒も困ってしまう、という主張。
「だって、そうでしょ? お休みの日に予習をしてて…」
分からなかったらどうするわけ、とブルーは詰った。
「教科書を読んでも分からなくって、参考書だって…」
理解出来ない時もあるでしょ、と痛い所を突いて来る。
「なのにハーレイ、無視しちゃうわけ?」と。
「休みの日は、俺も休みなんだ」で済ませちゃうの、と。
「す、すまん…!」
本当に予習の話だったのか、とハーレイは慌てた。
まさかそうとは思わないから、招いてしまった今の状態。
ブルーはすっかり御機嫌斜めで、爆発寸前かもしれない。
これはマズイ、と急いで詫びて、宥めにかかる。
「すまない、俺が悪かった! お前は、とても優秀で…」
予習を欠かしはしないだろ、とブルーを持ち上げた。
「俺の古典の授業もそうだし、他の科目も」と。
「先生たちが揃って褒めているぞ」と「いいことだ」と。
素晴らしい心がけじゃないか、と褒めてやる。
「予習をしてこない生徒も多いが、お前は違う」と。
懸命に詫びたら、ブルーは「当然でしょ」と答えた。
「きちんと予習をしておかないと、自分が困るよ?」
授業が分からなくなって…、とブルーは真剣で大真面目。
「そうなってからでは遅いんだから」と、いうのも正論。
(…しまった、俺としたことが…)
ちょいと深読みしすぎちまった、とハーレイは情けない。
先走って考えすぎたあまりに、生徒のブルーの質問を…。
(無視した上に、よからぬ方向に考えちまって…)
この有様だ、と居たたまれない気分になる。
いつも授業で、予習の大切さを説いているのに。
「予習しないから、こうなるんだぞ」と、叱ったりも。
(……参ったな……)
完全に怒らせちまったかもな、とブルーの顔色を伺う。
赤い瞳は、まだ穏やかになってはいない。
(…どうしたもんだか…)
俺のケーキを分けてやっても無駄だろうし、と心で溜息。
どうすればブルーの機嫌が直るか、頭の中はそれで一杯。
困り果てていたら、ブルーが念を押すように言った。
「ハーレイ、予習は大切だよね?」
そう思うでしょ、と確認されたから、「うむ」と返した。
「予習はとても大事なことだぞ、欠かしちゃいかん」
無理をしすぎない程度に頑張るんだぞ、と励ましてやる。
「今のお前も努力家だから、その調子でな」と。
するとブルーは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「ハーレイも、そう思うでしょ? じゃあ、手伝って!」
お休みの日だけど、ぼくの予習を、と身を乗り出す。
「キスの予習もしておかないと」と、「今の間に」と。
「馬鹿野郎!」
そういう魂胆だったか、とハーレイは銀色の頭を叩いた。
コツンと、痛くないように。
「そんな予習は、俺は手伝わないからな!」
第一、必要無いだろうが、とチビのブルーを叱り付ける。
「お前にキスは早すぎるんだ」と、「必要無い」と…。
予習するのは・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
急にどうした、とハーレイは目を丸くする。
たった今まで話していたのは、まるで全く別の内容。
とはいえ中身は他愛ないもので、学校の話でもなかった。
(…何処から予習が出て来たんだ?)
分からんぞ、とハーレイには、ブルーの意図が掴めない。
学校の話をしていたのならば、まだしも分かる。
今のブルーは優秀な生徒で、きちんと予習もしていそう。
自分でも誇りに思っているから、それを口実に…。
(褒めて欲しい、と言い出してだな…)
御褒美にキスを寄越せと言うんだ、と見えてくる手口。
如何にもブルーがやりそうだけれど、それにしても…。
(ちょっと強引すぎやしないか?)
いきなり「褒めろ」はないだろう、とブルーを眺める。
「お前、少々、厚かましいぞ」と、呆れながら。
慣れてしまった、ブルーのやり口。
「今日もそいつだ」と思うからこそ、様子見を選んだ。
もしも本当に予習の話がしたいのならば、ブルーは…。
(改めて質問する筈だしな?)
俺が黙っていた場合…、と沈黙を守る間に、質問が来た。
「無視しないでよ」と、ブルーが頬を膨らませる。
「ぼくは真面目に訊いてるんだよ」と、睨むようにして。
「勉強の話の何処が駄目なの」と、「先生でしょ?」と。
「あのね、生徒の質問を、無視するだなんて…」
先生だとも思えないけれど、とブルーは半ば怒っている。
「どういうつもり?」と、「お休みだから?」と。
ブルーが言うには、休日だろうが、教師は教師。
生徒が質問して来た時には、きちんと答えを返すべき。
でないと生徒も困ってしまう、という主張。
「だって、そうでしょ? お休みの日に予習をしてて…」
分からなかったらどうするわけ、とブルーは詰った。
「教科書を読んでも分からなくって、参考書だって…」
理解出来ない時もあるでしょ、と痛い所を突いて来る。
「なのにハーレイ、無視しちゃうわけ?」と。
「休みの日は、俺も休みなんだ」で済ませちゃうの、と。
「す、すまん…!」
本当に予習の話だったのか、とハーレイは慌てた。
まさかそうとは思わないから、招いてしまった今の状態。
ブルーはすっかり御機嫌斜めで、爆発寸前かもしれない。
これはマズイ、と急いで詫びて、宥めにかかる。
「すまない、俺が悪かった! お前は、とても優秀で…」
予習を欠かしはしないだろ、とブルーを持ち上げた。
「俺の古典の授業もそうだし、他の科目も」と。
「先生たちが揃って褒めているぞ」と「いいことだ」と。
素晴らしい心がけじゃないか、と褒めてやる。
「予習をしてこない生徒も多いが、お前は違う」と。
懸命に詫びたら、ブルーは「当然でしょ」と答えた。
「きちんと予習をしておかないと、自分が困るよ?」
授業が分からなくなって…、とブルーは真剣で大真面目。
「そうなってからでは遅いんだから」と、いうのも正論。
(…しまった、俺としたことが…)
ちょいと深読みしすぎちまった、とハーレイは情けない。
先走って考えすぎたあまりに、生徒のブルーの質問を…。
(無視した上に、よからぬ方向に考えちまって…)
この有様だ、と居たたまれない気分になる。
いつも授業で、予習の大切さを説いているのに。
「予習しないから、こうなるんだぞ」と、叱ったりも。
(……参ったな……)
完全に怒らせちまったかもな、とブルーの顔色を伺う。
赤い瞳は、まだ穏やかになってはいない。
(…どうしたもんだか…)
俺のケーキを分けてやっても無駄だろうし、と心で溜息。
どうすればブルーの機嫌が直るか、頭の中はそれで一杯。
困り果てていたら、ブルーが念を押すように言った。
「ハーレイ、予習は大切だよね?」
そう思うでしょ、と確認されたから、「うむ」と返した。
「予習はとても大事なことだぞ、欠かしちゃいかん」
無理をしすぎない程度に頑張るんだぞ、と励ましてやる。
「今のお前も努力家だから、その調子でな」と。
するとブルーは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「ハーレイも、そう思うでしょ? じゃあ、手伝って!」
お休みの日だけど、ぼくの予習を、と身を乗り出す。
「キスの予習もしておかないと」と、「今の間に」と。
「馬鹿野郎!」
そういう魂胆だったか、とハーレイは銀色の頭を叩いた。
コツンと、痛くないように。
「そんな予習は、俺は手伝わないからな!」
第一、必要無いだろうが、とチビのブルーを叱り付ける。
「お前にキスは早すぎるんだ」と、「必要無い」と…。
予習するのは・了
(…シャングリラかあ…)
何処にも残っていないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
白いシャングリラ、ミュウの箱舟だった船。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が長く暮らした宇宙船。
その船と仲間たちの命を守って、前の自分は宇宙に散った。
(……思い出すと、やっぱり怖いんだけどね…)
メギドのことだけは今も怖いよ、と肩を震わせて、右手をキュッと握り締める。
「大丈夫、ぼくは此処にいるから」と。
今の自分は、青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイだっているのだから。
(そう、ハーレイもいるんだから…)
あの船が今も何処かにあったら良かったのに、と思考を元の所へ戻す。
「もう一度、あの船に会いたいよ」と、「ハーレイと見に行きたいのにな」と。
シャングリラは、もう何処を探しても、残ってはいない。
トォニィが解体を決めてしまって、直ぐに実行されたから。
(…船体の一部の金属は、今も大事に残されていて…)
加工されて、結婚指輪になるらしい。
一年に一度だけ、抽選があって、希望するカップルが手に入れられる。
(ぼくも、ハーレイと結婚する時は…)
もちろん申し込むのだけれども、当たるかどうかは分からない。
それに、当たっても、船体に使われていた金属なだけで…。
(シャングリラが見られるわけじゃないしね…)
思い出が手に入るだけ、と少し寂しい。
他にシャングリラの名残りと言ったら、船で育てていた植物たち。
解体する時、アルテメシアの公園に移植されたから…。
(アルテメシアで見られるけれども、そっちも代替わりしちゃっているし…)
第一、植物だけなんだし、と零れる溜息。
「船は何処にも残ってないよ」と、「行きたくても、もう無いんだから」と。
シャングリラが今も残っていたなら、人気絶大だっただろう。
見学するにも、予約で抽選かもしれない。
(だけど、それでも…)
当たるまで、申し込むんだもんね、と思うくらいに懐かしい船。
前のハーレイと暮らした船だし、世界の全てでもあった。
燃えるアルタミラを脱出したのも、改造前の「シャングリラ」だから。
(今もあったら、シャングリラを見に行ける星は…)
間違いなく、この地球だと思う。
白いシャングリラと縁が深いのは、雲海の星のアルテメシアでも。
あの星にいた時間が、いくら一番長いと言っても、目指した星は地球だから。
青い水の星が蘇ったのなら、其処に置こうとするだろうから。
(…植物が移植されてる、「シャングリラの森」っていうのは…)
その当時の地球は、まだ蘇る前の段階だったから、そうなっただけ。
SD体制が崩壊した時、燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
それには長い時間がかかって、トォニィの時代には、今の姿には戻らなかった。
(そんな星には、植物は移植出来ないし…)
アルテメシアが選ばれただけで、記念墓地だって、同じ理由でアルテメシアに作られた。
どちらも、其処に落ち着いたから、地球には移されなかったけれど…。
(シャングリラだったら、宇宙船なんだし…)
地球が青い星に戻ったならば、運んで来ようとするだろう。
その時のために、メンテナンスも欠かすことなく、船を維持しているだろうから。
(…運んで来るなら、絶対、ぼくとハーレイが…)
苦労しないで行ける此処だよ、と今の自分が暮らす地域を思う。
人間が地球しか知らなかった頃には、「日本」という島国が在った場所。
その島は、とうに無いのだけれども、今も「日本」を名乗っている。
有難いことに、その「日本」には…。
(前のハーレイが作った、木彫りのウサギ…)
本当はナキネズミだったのだけれど、それを所蔵する博物館がある。
宇宙遺産になった「ウサギ」が、この地域で保管されているくらいだから…。
(シャングリラだって、きっと…)
今の自分が暮らす地域に、やって来るのに違いない。
此処が選ばれ、アルテメシアから、もう一度、地球まで旅をして来て。
今度は平和な青い地球まで、平穏無事に宇宙を渡って。
(今のぼくとハーレイが、生まれて来るより、ずっと前から…)
白いシャングリラは此処で保存され、人気を博していることだろう。
もしかしたら、記憶が戻って来るよりも前に…。
(ぼくも、ハーレイも、シャングリラを見に…)
出掛けたことがあるかもしれない。
中の見学は抽選だとしても、船体ならば自由に見られる。
とても大きな船だったのだし、近くまで行けば、誰だって…。
(あの船だよね、って指差して、見て…)
船をバックに記念写真も撮れるだろう。
「あの船が、ミュウの歴史の始まりの船」と、出会えた嬉しさを瞳に湛えて。
抽選に当たって中を見られたら、もっと素敵な気分だろう、と夢を描いて。
(…もしも、抽選に当たるんだったら…)
その幸運は、大切に取っておきたい。
記憶が戻って来るよりも前に、知らずに使ってしまわないように。
白いシャングリラの価値さえ知らない、幼かった頃に当たったのでは…。
(…パパやママと一緒に出掛けて、キョロキョロ眺めているだけで…)
ろくに記憶に残らない上、幼い子供のことだから…。
(途中で疲れて、パパの背中に背負って貰って…)
見て回る内に眠ってしまって、貴重なチャンスは、それでおしまい。
その時に撮った写真が貼られた、アルバムを眺めては悔し涙で…。
(ハーレイと一緒に行きたかったよ、って…)
何度も思うに違いないから、抽選に当たる運は「取っておく」。
取っておくことが出来るなら。
神様が許してくれるのだったら、いつか大きくなった時まで。
ハーレイと二人で出掛けてゆける時が来るまで、使うことなく、大事にして。
シャングリラが今も残っていたなら、この青い地球にあるのなら…。
(絶対、ハーレイと見に行くんだよ)
行ってみたいな、と想像の翼を羽ばたかせる。
「もしも、あの船に行けたなら」と。
今は宇宙の何処にも無い船、行きたくても行けない船だけれども。
(…この地球にあって、おまけに、ぼくが住んでる地域で…)
シャングリラを見られる場所があるなら、きっと、それほど遠くはない。
「木彫りのウサギ」を保管している博物館は、今の自分とハーレイが暮らす町にある。
だからシャングリラも、そう遠くない所にあるだろう。
(木彫りのウサギは、宇宙遺産で…)
五十年に一度、本物が公開される時には、長蛇の列が博物館を取り巻くほど。
広い宇宙の遠い星から、わざわざ見に来る人だっている。
それほど熱心な見学者ならば、シャングリラを見ずに帰ることなど…。
(絶対、したくない筈だしね?)
普段はレプリカの「木彫りのウサギ」も、博物館の目玉の展示品。
レプリカだって見に来る人は多くて、その人たちもシャングリラを見たいだろう。
(そういう人たちが、シャングリラを見に行きやすいように…)
此処から近い場所が選ばれ、展示されるのは自然な成り行き。
博物館の「木彫りのウサギ」と、シャングリラをセットで見られるように。
(大きい船だし、郊外の方に行かないと…)
シャングリラの展示は無理だろうけれど、ハーレイの車なら充分、行けると思う。
ちょっとドライブするほどの距離で。
「今日は、シャングリラを見に行ってみるか」と、ハーレイが提案してくれて。
(抽選に当たっていなくても…)
船体を見るのは自由なのだし、まずは二人で記念撮影。
絶好の撮影スポットを調べて行って、同好の士にカメラのシャッターを押して貰って。
とびきりの笑顔で二人並んで、あの懐かしい船を背景にして。
(撮ってくれた人に、記念撮影、お願いされちゃうかもね?)
「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」なんだから、とクスクスと笑う。
制服は着ていないけれども、見た目は瓜二つな自分たち。
シャングリラを撮影したい人にとっては、格好の被写体になるだろうから。
白いシャングリラが今もあったら、ハーレイとのドライブ先の定番。
中の見学は予約で抽選だろうし、その申し込みも抜かりなく。
(外れちゃっても、諦めないで…)
申し込む内に、当たる日は、きっとやって来る。
それに、聖痕をくれた神様もついているのだから…。
(一度目で、ポンと当たっちゃうかも!)
だったらいいな、と膨らむ夢。
ハーレイと二人で出掛けてゆく船、時の彼方で暮らした船。
「二人で、あの船に行けたなら」と。
その幸運がやって来たなら、どんなに素敵な気分だろう、と。
(…前の晩から、ワクワクしちゃって…)
眠れないかもね、という気がする。
平和な時代に、またシャングリラに出会えるなんて。
ソルジャーでもキャプテンでもない恋人同士で、あの船に行ける日が来るなんて。
(今の時代は、ぼくもハーレイも、前のぼくたちにそっくりなだけの…)
ごくごく普通の一般人だし、シャングリラに行っても、ただの見学者。
前の生で長く暮らしていたから、船の中には詳しいけれど。
見学者のための説明なんかは、読まなくても充分、承知だけれど。
(でも、見学者が行く船なんだから…)
前の自分たちは知らないルールが、シャングリラに出来ていることだろう。
見学してゆくための順路や、立ち入り禁止の区域を示すロープやら。
(次はこちらへ、って矢印があって…)
前の自分たちが馴染んだ場所の幾つかは、ロープ越しに見学するだけで…。
(入って行ったり、触ったりとかは…)
出来ないかもね、と肩を竦める。
前のハーレイが握った舵輪は、間違いなく、その一つだろう。
誰も勝手に触れないよう、警備員まで立っているかもしれない。
展示されている船になっても、シャングリラはまだ「生きている」から。
設備の多くは現役なのだし、舵輪を下手に触ったならば…。
(危ないもんね?)
飛ばないにしても、と分かっているから、其処は「立ち入り禁止なんだよ」と。
前の自分の部屋にしたって、事情は似たようなものだろう。
やたらと広かった青の間の中にも、きっとロープが張られている。
前の自分が使ったベッドに、手を触れる人が出て来ないように。
警備員まではいないとしたって、前の自分のベッドには…。
(…腰掛けることも出来ないのかも…)
きっとそうだ、と残念な気分。
前のハーレイとの思い出が沢山詰まった、青の間と、其処に置いてあったベッド。
長い時を経て再会したのに、記念写真も撮れないのかも、と。
(撮影禁止、ってこともあるもんね…)
写真くらいは撮らせて欲しい、と思うけれども、これも規則に従うしかない。
「今のシャングリラ」のためのルールに、見学者向けに作られた規則に。
(ぼくもハーレイも、ただ、似ているってだけの…)
一般人になった以上は、今のルールに従うべき。
どんなに舵輪を握りたくても、青の間のベッドに腰掛けたくても…。
(ハーレイも、ぼくも、我慢しなくちゃ…)
でないと、船を下ろされちゃうしね、と苦笑する。
規則を破ってしまったならば、警備の人に注意をされて、それが続けば追い出される。
「他の方にも迷惑ですから」と叱られて。
「見学を止めて降りて下さい」と、見学用とは違う通路に連行されて。
(…そんなの、勘弁して欲しいから…)
きちんとルールを守って見るよ、と心に誓う。
もうキャプテンでも、ソルジャーでもない、ただの見学者の恋人同士で行くのなら。
今のハーレイと手を繋ぎ合って、懐かしい船を見るのなら。
(もしも、あの船に行けたなら…)
ちゃんとルールは守るからね、と心の中で、ハーレイと歩く見学用のコース。
「ブリッジの舵輪は、見るだけだから」と。
「青の間だって、見るだけだから」と、「それだけでも充分、幸せだから」と…。
あの船に行けたなら・了
※シャングリラが今もあったなら、と考え始めたブルー君。ハーレイ先生と行きたいな、と。
見学者用になった船には、二人が知らないルールが幾つも。触れなくても、見られれば幸せv
何処にも残っていないんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
白いシャングリラ、ミュウの箱舟だった船。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が長く暮らした宇宙船。
その船と仲間たちの命を守って、前の自分は宇宙に散った。
(……思い出すと、やっぱり怖いんだけどね…)
メギドのことだけは今も怖いよ、と肩を震わせて、右手をキュッと握り締める。
「大丈夫、ぼくは此処にいるから」と。
今の自分は、青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイだっているのだから。
(そう、ハーレイもいるんだから…)
あの船が今も何処かにあったら良かったのに、と思考を元の所へ戻す。
「もう一度、あの船に会いたいよ」と、「ハーレイと見に行きたいのにな」と。
シャングリラは、もう何処を探しても、残ってはいない。
トォニィが解体を決めてしまって、直ぐに実行されたから。
(…船体の一部の金属は、今も大事に残されていて…)
加工されて、結婚指輪になるらしい。
一年に一度だけ、抽選があって、希望するカップルが手に入れられる。
(ぼくも、ハーレイと結婚する時は…)
もちろん申し込むのだけれども、当たるかどうかは分からない。
それに、当たっても、船体に使われていた金属なだけで…。
(シャングリラが見られるわけじゃないしね…)
思い出が手に入るだけ、と少し寂しい。
他にシャングリラの名残りと言ったら、船で育てていた植物たち。
解体する時、アルテメシアの公園に移植されたから…。
(アルテメシアで見られるけれども、そっちも代替わりしちゃっているし…)
第一、植物だけなんだし、と零れる溜息。
「船は何処にも残ってないよ」と、「行きたくても、もう無いんだから」と。
シャングリラが今も残っていたなら、人気絶大だっただろう。
見学するにも、予約で抽選かもしれない。
(だけど、それでも…)
当たるまで、申し込むんだもんね、と思うくらいに懐かしい船。
前のハーレイと暮らした船だし、世界の全てでもあった。
燃えるアルタミラを脱出したのも、改造前の「シャングリラ」だから。
(今もあったら、シャングリラを見に行ける星は…)
間違いなく、この地球だと思う。
白いシャングリラと縁が深いのは、雲海の星のアルテメシアでも。
あの星にいた時間が、いくら一番長いと言っても、目指した星は地球だから。
青い水の星が蘇ったのなら、其処に置こうとするだろうから。
(…植物が移植されてる、「シャングリラの森」っていうのは…)
その当時の地球は、まだ蘇る前の段階だったから、そうなっただけ。
SD体制が崩壊した時、燃え上がり、不死鳥のように蘇った地球。
それには長い時間がかかって、トォニィの時代には、今の姿には戻らなかった。
(そんな星には、植物は移植出来ないし…)
アルテメシアが選ばれただけで、記念墓地だって、同じ理由でアルテメシアに作られた。
どちらも、其処に落ち着いたから、地球には移されなかったけれど…。
(シャングリラだったら、宇宙船なんだし…)
地球が青い星に戻ったならば、運んで来ようとするだろう。
その時のために、メンテナンスも欠かすことなく、船を維持しているだろうから。
(…運んで来るなら、絶対、ぼくとハーレイが…)
苦労しないで行ける此処だよ、と今の自分が暮らす地域を思う。
人間が地球しか知らなかった頃には、「日本」という島国が在った場所。
その島は、とうに無いのだけれども、今も「日本」を名乗っている。
有難いことに、その「日本」には…。
(前のハーレイが作った、木彫りのウサギ…)
本当はナキネズミだったのだけれど、それを所蔵する博物館がある。
宇宙遺産になった「ウサギ」が、この地域で保管されているくらいだから…。
(シャングリラだって、きっと…)
今の自分が暮らす地域に、やって来るのに違いない。
此処が選ばれ、アルテメシアから、もう一度、地球まで旅をして来て。
今度は平和な青い地球まで、平穏無事に宇宙を渡って。
(今のぼくとハーレイが、生まれて来るより、ずっと前から…)
白いシャングリラは此処で保存され、人気を博していることだろう。
もしかしたら、記憶が戻って来るよりも前に…。
(ぼくも、ハーレイも、シャングリラを見に…)
出掛けたことがあるかもしれない。
中の見学は抽選だとしても、船体ならば自由に見られる。
とても大きな船だったのだし、近くまで行けば、誰だって…。
(あの船だよね、って指差して、見て…)
船をバックに記念写真も撮れるだろう。
「あの船が、ミュウの歴史の始まりの船」と、出会えた嬉しさを瞳に湛えて。
抽選に当たって中を見られたら、もっと素敵な気分だろう、と夢を描いて。
(…もしも、抽選に当たるんだったら…)
その幸運は、大切に取っておきたい。
記憶が戻って来るよりも前に、知らずに使ってしまわないように。
白いシャングリラの価値さえ知らない、幼かった頃に当たったのでは…。
(…パパやママと一緒に出掛けて、キョロキョロ眺めているだけで…)
ろくに記憶に残らない上、幼い子供のことだから…。
(途中で疲れて、パパの背中に背負って貰って…)
見て回る内に眠ってしまって、貴重なチャンスは、それでおしまい。
その時に撮った写真が貼られた、アルバムを眺めては悔し涙で…。
(ハーレイと一緒に行きたかったよ、って…)
何度も思うに違いないから、抽選に当たる運は「取っておく」。
取っておくことが出来るなら。
神様が許してくれるのだったら、いつか大きくなった時まで。
ハーレイと二人で出掛けてゆける時が来るまで、使うことなく、大事にして。
シャングリラが今も残っていたなら、この青い地球にあるのなら…。
(絶対、ハーレイと見に行くんだよ)
行ってみたいな、と想像の翼を羽ばたかせる。
「もしも、あの船に行けたなら」と。
今は宇宙の何処にも無い船、行きたくても行けない船だけれども。
(…この地球にあって、おまけに、ぼくが住んでる地域で…)
シャングリラを見られる場所があるなら、きっと、それほど遠くはない。
「木彫りのウサギ」を保管している博物館は、今の自分とハーレイが暮らす町にある。
だからシャングリラも、そう遠くない所にあるだろう。
(木彫りのウサギは、宇宙遺産で…)
五十年に一度、本物が公開される時には、長蛇の列が博物館を取り巻くほど。
広い宇宙の遠い星から、わざわざ見に来る人だっている。
それほど熱心な見学者ならば、シャングリラを見ずに帰ることなど…。
(絶対、したくない筈だしね?)
普段はレプリカの「木彫りのウサギ」も、博物館の目玉の展示品。
レプリカだって見に来る人は多くて、その人たちもシャングリラを見たいだろう。
(そういう人たちが、シャングリラを見に行きやすいように…)
此処から近い場所が選ばれ、展示されるのは自然な成り行き。
博物館の「木彫りのウサギ」と、シャングリラをセットで見られるように。
(大きい船だし、郊外の方に行かないと…)
シャングリラの展示は無理だろうけれど、ハーレイの車なら充分、行けると思う。
ちょっとドライブするほどの距離で。
「今日は、シャングリラを見に行ってみるか」と、ハーレイが提案してくれて。
(抽選に当たっていなくても…)
船体を見るのは自由なのだし、まずは二人で記念撮影。
絶好の撮影スポットを調べて行って、同好の士にカメラのシャッターを押して貰って。
とびきりの笑顔で二人並んで、あの懐かしい船を背景にして。
(撮ってくれた人に、記念撮影、お願いされちゃうかもね?)
「キャプテン・ハーレイ」と「ソルジャー・ブルー」なんだから、とクスクスと笑う。
制服は着ていないけれども、見た目は瓜二つな自分たち。
シャングリラを撮影したい人にとっては、格好の被写体になるだろうから。
白いシャングリラが今もあったら、ハーレイとのドライブ先の定番。
中の見学は予約で抽選だろうし、その申し込みも抜かりなく。
(外れちゃっても、諦めないで…)
申し込む内に、当たる日は、きっとやって来る。
それに、聖痕をくれた神様もついているのだから…。
(一度目で、ポンと当たっちゃうかも!)
だったらいいな、と膨らむ夢。
ハーレイと二人で出掛けてゆく船、時の彼方で暮らした船。
「二人で、あの船に行けたなら」と。
その幸運がやって来たなら、どんなに素敵な気分だろう、と。
(…前の晩から、ワクワクしちゃって…)
眠れないかもね、という気がする。
平和な時代に、またシャングリラに出会えるなんて。
ソルジャーでもキャプテンでもない恋人同士で、あの船に行ける日が来るなんて。
(今の時代は、ぼくもハーレイも、前のぼくたちにそっくりなだけの…)
ごくごく普通の一般人だし、シャングリラに行っても、ただの見学者。
前の生で長く暮らしていたから、船の中には詳しいけれど。
見学者のための説明なんかは、読まなくても充分、承知だけれど。
(でも、見学者が行く船なんだから…)
前の自分たちは知らないルールが、シャングリラに出来ていることだろう。
見学してゆくための順路や、立ち入り禁止の区域を示すロープやら。
(次はこちらへ、って矢印があって…)
前の自分たちが馴染んだ場所の幾つかは、ロープ越しに見学するだけで…。
(入って行ったり、触ったりとかは…)
出来ないかもね、と肩を竦める。
前のハーレイが握った舵輪は、間違いなく、その一つだろう。
誰も勝手に触れないよう、警備員まで立っているかもしれない。
展示されている船になっても、シャングリラはまだ「生きている」から。
設備の多くは現役なのだし、舵輪を下手に触ったならば…。
(危ないもんね?)
飛ばないにしても、と分かっているから、其処は「立ち入り禁止なんだよ」と。
前の自分の部屋にしたって、事情は似たようなものだろう。
やたらと広かった青の間の中にも、きっとロープが張られている。
前の自分が使ったベッドに、手を触れる人が出て来ないように。
警備員まではいないとしたって、前の自分のベッドには…。
(…腰掛けることも出来ないのかも…)
きっとそうだ、と残念な気分。
前のハーレイとの思い出が沢山詰まった、青の間と、其処に置いてあったベッド。
長い時を経て再会したのに、記念写真も撮れないのかも、と。
(撮影禁止、ってこともあるもんね…)
写真くらいは撮らせて欲しい、と思うけれども、これも規則に従うしかない。
「今のシャングリラ」のためのルールに、見学者向けに作られた規則に。
(ぼくもハーレイも、ただ、似ているってだけの…)
一般人になった以上は、今のルールに従うべき。
どんなに舵輪を握りたくても、青の間のベッドに腰掛けたくても…。
(ハーレイも、ぼくも、我慢しなくちゃ…)
でないと、船を下ろされちゃうしね、と苦笑する。
規則を破ってしまったならば、警備の人に注意をされて、それが続けば追い出される。
「他の方にも迷惑ですから」と叱られて。
「見学を止めて降りて下さい」と、見学用とは違う通路に連行されて。
(…そんなの、勘弁して欲しいから…)
きちんとルールを守って見るよ、と心に誓う。
もうキャプテンでも、ソルジャーでもない、ただの見学者の恋人同士で行くのなら。
今のハーレイと手を繋ぎ合って、懐かしい船を見るのなら。
(もしも、あの船に行けたなら…)
ちゃんとルールは守るからね、と心の中で、ハーレイと歩く見学用のコース。
「ブリッジの舵輪は、見るだけだから」と。
「青の間だって、見るだけだから」と、「それだけでも充分、幸せだから」と…。
あの船に行けたなら・了
※シャングリラが今もあったなら、と考え始めたブルー君。ハーレイ先生と行きたいな、と。
見学者用になった船には、二人が知らないルールが幾つも。触れなくても、見られれば幸せv
(シャングリラか……)
あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
船と言っても、水に浮かべる船ではない。
遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
あの船は、二度と見られはしない。
せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
場所によっては、きちんと張られていることだろう。
例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
ブリッジも、似たようなものだと思う。
前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。
見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
「これなら、良し」と。
あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
美味くてもだ、と苦笑する。
「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
目玉メニューになっていた「餌」。
アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
ヘルシーで、とても美味しい、と。
イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。
(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
ただ、懐かしく見て回るために。
「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
「俺が、あの船に行けたら」と。
どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。
あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
「そいつが大事だ」と。
白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
「其処にしよう」と。
もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
其処に、「ハーレイが居る」ことに。
たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。
出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
けれど、それでも「行けたら」と思う。
あの白い船が、懐かしくて。
青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
ブリッジだろうな、と決めた見学先。
前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
トォニィだけでは、それは難しかったろう。
船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。
(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
結果的に、と褒めたくなる。
けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
今はもういない、美しい人を。
チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
「もしも、あの船に行けたら」と。
「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。
あの船に行けたら・了
※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv
あの船は、もう無いんだよな、とハーレイが、ふと思い出した船。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
船と言っても、水に浮かべる船ではない。
遠く遥かな時の彼方に、消えてしまった宇宙船。
前のブルーと旅をした船、楽園という意味の名前を持った、ミュウの箱舟。
(…ずいぶん早くに、無くなっちまって…)
その姿はもう、写真などでしか残ってはいない。
ジョミーの跡を継いだソルジャー、トォニィが解体を命じたから。
「もう、箱舟は要らないから」と。
(お蔭で、宇宙の何処を探しても…)
あの船は、二度と見られはしない。
せっかく記憶を取り戻したのに、懐かしい船には会いに行けない。
(…まあ、これだけの時が流れちまったら…)
シャングリラが残っていたとしたって、中身はすっかり変わっただろう。
船の設備は変わらないにしても、見学者向けの仕様になって。
人間が全て、ミュウになっている今の時代は、とても平和な世界だから。
(博物館にでも行ったみたいに、見学コースが出来ちまってて…)
船に乗り込んだら、矢印でも付いていたのだろうか。
見て回るのに最適な順路が、誰でも一目で分かるようにと。
(…ついでに、立ち入り禁止のロープも…)
場所によっては、きちんと張られていることだろう。
例えば、前のブルーが長く暮らした、青の間。
ベッドの周りにあったスペース、其処は歩いて見て回れても…。
(あいつが使ったベッドには、触れないように…)
ロープで囲んで、「手を触れないで下さい」の注意書き。
ブリッジも、似たようなものだと思う。
前の自分が握った舵輪は、「手を触れないで」と、ロープの向こうで。
見学者のための船になったら、そんな所だ、と容易に分かる白い箱舟。
長い歳月、キャプテンとして眺めていたから、なおのこと。
(…見学者向けに開放するなら、食堂なんかはレストランだな)
メニューは今風になるんだろうが、と顎に当てる手。
「当時のままだと、美味くはないだろうからな」と。
(いや、不味いってことはないんだが…)
今でも、充分、通用するが、と、その点については自信がある。
元は厨房出身なだけに、食堂で出されていたメニューには…。
(口を出したりしなかっただけで、新作なんかは、いつもきちんと…)
味わって食べて、心の中で及第点を出していた。
「これなら、良し」と。
あの船は箱舟だったのだから、食事といえども、手抜きは不可。
皆が「美味しい」と食べてこそだし、そうでなければ「楽園」ではない。
(…そうは言っても、自給自足の船ではなあ…)
食材に限りがあるってモンだ、と今も鮮やかに思い出せる。
肉も魚もあったけれども、種類は豊富ではなかった、と。
スパイスにしても、ごくごく基本のものしか無かった。
それらを使って作るのだから、平和な時代に生まれ育った人々には…。
(何処か、物足りないってな)
美味くてもだ、と苦笑する。
「再現メニュー」と謳わない限り、当時のままのメニューは出せない、と。
もっとも、今の時代だったら…。
(それはそれで、人気を呼びそうだがな)
前の俺たちが食わされた餌も、今では人気なんだから、と可笑しくなった。
そういうイベントに、出くわしたから。
(なんとも洒落た感じになってて…)
目玉メニューになっていた「餌」。
アルタミラの研究所の檻で与えられていた「餌」を、喜んで食べていたレストランの客たち。
ヘルシーで、とても美味しい、と。
イベントが開催されている間に、「また食べに来たい」と。
(所変われば、品変わる、とは言うんだが…)
それにしてもな、と思うけれども、平和な時代は、そんなもの。
代用品だった、キャロブで作ったコーヒーだって…。
(見学者用に出すんだったら、やっぱり、喜ばれちまうんだろうな)
ヘルシーなのも間違っちゃいない、と眺めるマグカップのコーヒー。
「こいつと違って、キャロブなんだしな」と。
白いシャングリラの見学者たちには、きっと好評なのだろう。
だから、レストランだけに限らず、公園などでも提供されるのかもしれない。
あの船は、とても広かったのだし、短時間で全て見られはしないし、休憩場所も必要だろう。
船に幾つも鏤められていた公園たちは、格好の憩いのスペースになる。
(元々、そのための場所だったしな?)
だから、いい具合に散らばってたぞ、と指を折ってゆく。
居住区に多くあったけれども、他の場所にも「まるで無かったわけじゃない」と。
(……あの船が、今も残っていればな……)
是非、見学に行きたかった、と残念だけれど、仕方ない。
トォニィが決めて、この宇宙から消えたなら。
箱舟としての役目を終えて、時の彼方に去ったのならば。
(…俺が、あの船に行く方法は…)
どう考えても無いのだけれども、あったとしたら、どうだろう。
神様の気まぐれで、ほんの数時間、あの船にヒョイと行けるとか。
(タイムスリップみたいなモンで…)
キャプテン・ハーレイとしてではなくて、今の自分のままで「行く」船。
ただ、懐かしく見て回るために。
「こういう船で暮らしたっけな」と、あちこち歩いて、触ったりして。
(…出来やしないとは思うんだが…)
いくら神様でも、そんな願いは聞いちゃくれない、と分かってはいても…。
(考えてみるのは、自由だしな?)
ちょいと、心で旅をするか、とコーヒーのカップを傾けた。
「俺が、あの船に行けたら」と。
どんな具合か、何をしたいか、心だけ、船に飛ばせてみよう、と。
あの船に行けたら、白いシャングリラに「今の自分」が行けたなら。
何をしようかと考える前に、「何処に行くのか」を、まず決めなければ。
その「行き先」とは、場所ではなくて…。
(…俺が出掛けてゆく先の…)
時間とか、時代というヤツだよな、と大きく頷く。
「そいつが大事だ」と。
白いシャングリラは、ミュウの箱舟だった船。
元の船から改造した後、アルテメシアに長く潜んで、其処を逃れて…。
(何年も宇宙を彷徨い続けて、ナスカに着いて…)
ナスカで四年、それから後は地球を目指しての戦いの日々。
長くあの船で過ごしたけれども、出掛けてゆくなら、どの時代なのか。
(…何処でもいい、なんてことを言ったら…)
前のブルーがいなくなった後の、戦いばかりの船になるかもしれない。
戦いはともかく、前のブルーがいない船では…。
(わざわざ、落ち込みに行くようなモンだ)
生ける屍みたいな「前の俺」もいるし、と、それだけは御免蒙りたい。
それに、選んでいいのだったら…。
(前のあいつが、ちゃんと元気で…)
地球への夢もあった時代だ、と決めた行き先。
「其処にしよう」と。
もっとも、自分が行ったところで、何も起こりはしないのだけれど。
「今の自分」が、ただ「見学」に訪れるだけ。
あちこち歩いて触っていようと、誰にも姿は見えない存在。
(…前のあいつの力でも…)
全く捉えることは不可能、つまりブルーも「気付きはしない」。
其処に、「ハーレイが居る」ことに。
たとえ目の前に立ちはだかろうと、気付きはせずに「すり抜けてゆく」。
(…少し寂しい気もするんだが…)
そうでなければ、歴史が狂っちまうしな、とフウと溜息。
「仕方ないんだ」と、「俺がベラベラ喋っちまったら、大変だから」と。
出掛けて行っても、何も出来ない「見学者」。
けれど、それでも「行けたら」と思う。
あの白い船が、懐かしくて。
青い地球に来た「今の自分」の目で、もう一度、船を見て回りたくて。
(…あの船に行けたら、真っ先に…)
ブリッジだろうな、と決めた見学先。
前の自分が馴染んだ場所だし、其処から始めるのが一番、と。
(…前のあいつが元気な頃なら…)
シャングリラの舵を握っているのは、間違いなく「前の自分」の筈。
その側に立って、お手並み拝見。
(…なんたって、俺は、あの頃の俺よりも、遥かにだな…)
経験値ってヤツを積んでるわけで、と自画自賛する。
「あの頃の俺は、充分に自信たっぷりだったが、まだまだだぞ」と。
「今の俺が見りゃ、あらも見えるさ」と、「横から、指導したいほどだな」と。
(そうじゃないぞ、と叱るトコまではいかないだろうが…)
経験豊かな「今の自分」なら、「自分」の操舵が危なっかしく見えることだろう。
横で見ていて、ちょっぴり恥ずかしくなったりもして。
(この程度の腕で、自信満々だったのか、と…)
とてもシドには言えやしないぞ、と呆れるような腕かもしれない。
シドを後継者に指名した後は、かなり厳しく仕込んだから。
操舵の腕も、キャプテンとしての心構えも、およそ自分の知ることは、全部。
(…ブルーの寿命が尽きちまった時は、俺もブルーの後を追うんだ、と…)
シドを育てておいたのだけれど、結局、それは叶わなかった。
前の自分は、地球の地の底で命尽きるまで、「キャプテン」のまま。
とはいえ、シドを育成していたお蔭で、白いシャングリラは…。
(ジョミーも俺も、長老たちまでいなくなっても…)
混乱しないで、トォニィの指揮で、燃え上がる地球を後にして去った。
トォニィだけでは、それは難しかったろう。
船を纏める者がいないと、指揮系統も乱れるから。
(…前の俺は、本当にいい仕事をしたな)
結果的に、と褒めたくなる。
けれど、その頃の自分がいる時代よりは、未熟な腕だった時代でいい。
ブリッジを充分に堪能したら、次は艦内を見て回ろうか。
公園や農場、ずっと昔は所属していた厨房もいい。
(今日のメニューは、何だろうな、と…)
覗きに出掛けて、鍋などの中身も覗き込む。
「ほほう」と、「なかなか美味そうじゃないか」と。
それに機関部も見に行きたいし、子供たちの勉強風景なども。
(一通り見たら、青の間に行って…)
前のブルーが其処に居たなら、静かに立って眺めていよう。
今はもういない、美しい人を。
チビのブルーになってしまって、とても「気高い」とは言えなくなってしまった人を。
(…これも、ブルーには言えやしないぞ)
前のブルーにも、今のブルーにも…、と肩を竦める。
どうしてブルーが「そうなる」のかを、前のブルーには言えないから。
今のブルーに「前のブルーを見ていた」だなんて、口が裂けても言えやしないから。
(あいつ、自分に嫉妬するしな)
怖い、怖い、と大袈裟に震えて、心の中で、爪先立ちで青の間を後にする。
「くわばら、くわばら」と、「長居は無用」と。
そして最後に訪れたい場所は、前の自分が使っていた部屋。
棚に並べた航宙日誌や、沢山の本を眺め回して…。
(あの懐かしい椅子に座って、御自慢だった木の机を撫でて…)
うんとゆっくり出来ればいいな、と心での旅は終わらない。
「もしも、あの船に行けたら」と。
「あの部屋も、いい居心地だった」と、「この書斎にも、負けちゃいなかったぞ」と…。
あの船に行けたら・了
※今の自分がシャングリラに行けたら、と考えてみたハーレイ先生。誰にも見えない見学者。
あちこち回って、前の自分の操舵を見たり、自分の部屋で寛いだり。楽しいですよねv
