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(今の俺はだ、前の俺にだな…)
 瓜二つというわけなんだが、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(誰が見たって、今の俺の顔はキャプテン・ハーレイで…)
 その顔に惚れ込んだ、キャプテン・ハーレイのファンだという理髪店主がいるくらい。
 初めて店に入った瞬間、理髪店主はとても喜んだと、最近、知った。
(若きキャプテン・ハーレイが入って来たんですよ、と感激してたっけなあ…)
 今は行きつけの、その理髪店で、今の髪型を勧められた。
 キャプテン・ハーレイそのものになる、オールバックのスタイルを。
(俺も、嫌ではなかったし…)
 それを選んで、服装以外は、前の自分と変わらない。
 そっくりそのまま、「キャプテン・ハーレイ」。
(でもって、今のブルーの方も…)
 少々、チビにはなっているけれど、ソルジャー・ブルーに瓜二つ。
 いつか大きく育った時には、前のブルーそっくりの姿になる筈。
(神様も、実に気が利いてるよな)
 前の俺たちと同じ姿を下さるなんて、と神に感謝する。
 もちろん、ブルーがどんな姿でも、気にしないで恋をするけれど。
 似ても似つかない顔立ちだろうと、人間ではないものになっていようと。
(あいつなのか、と信じられない顔であろうが、ウサギだろうが…)
 俺は必ず、あいつを見付け出すんだから、と笑んだ所で、浮かんだ考え。
 「待てよ?」と、「あいつが、俺にそっくりだったら?」と。
(…そう、今の俺に、そっくりなあいつ…)
 キャプテン・ハーレイに瓜二つなブルー、そういうこともあったのかも、と。
(それでも、俺は気付くんだろうが…)
 恋も出来るが、流石にちょっと…、と少し尻込みしたくなる。
 なんと言っても、前の自分は「モテなかった」から。
 白いシャングリラで暮らしていた頃、そんな定評があったものだから。

 神様が生まれ変わらせてくれたのならば、姿に文句をつけてはいけない。
 ブルーと二人で青い地球の上で、一緒に生きてゆけるのだから。
(とはいえ、前の俺が二人になるよりは…)
 あいつが二人の方がいいな、と心の中で注文をつけた。
 「どうせだったら、その方がいい」と、「それが、世の中のためってモンだ」と。
 今の自分は、学生時代は、そこそこモテていたけれど。
 ファンの女性もいたのだけれども、世間一般の認識からすれば…。
(断然、ソルジャー・ブルーの方が…)
 人気があるのは、書店に並んだ写真集の数を見たって、ハッキリと分かる。
 前のブルーの写真を収めた、写真集たちは大人気。
 出版されている数も、ジョミーやキースの写真集よりも遥かに多い。
(そんなブルーと、同じ顔が増えた方がだな…)
 きっと世間のためになる。
 「キャプテン・ハーレイ」が二人いるより、「ソルジャー・ブルー」が二人がいい。
(目の保養というヤツだしな!)
 そっくりだったら、そっちのコースでお願いしたい、とマグカップの縁を指で弾いた。
 神様にだって、美意識くらいはあるだろうし、と笑いながら。
(俺が、前のあいつとそっくりだったら…)
 人生が変わって来そうな感じ。
 生まれた時から、とても可愛い赤ん坊で…。
(その上、アルビノってわけなんだが…)
 なんと言っても中身は俺だ、と、頑丈さには自信がある。
 今の小さなブルーと違って、弱い身体ではないだろう。
 サイオンにしても、不器用ではなく、今の自分と同じ程度に使える筈。
(つまり人生、何も困りはしない上に、だ…)
 両親も環境も、今の自分と全く同じ。
 「ソルジャー・ブルーにそっくり」だろうと、進んでゆく道は変わらない。
 けれども、姿形が変わるのだから…。
(思いっ切りモテるに違いないぞ…)
 とびきりの美形が、柔道と水泳の凄い腕前を持つんだから、と顎に当てた手。
 「周りが放っておかないよな?」と、「試合に出る度、花束の山だ」と。

 人生のコースは変わらなくても、彩りは大きく変わって来そう。
 プロの選手になる道だって、今の自分は易々と蹴って来たけれど…。
(前のあいつにそっくりだったら、そう簡単には…)
 断らせては貰えないな、と苦笑する。
 プロの選手になった場合は、大勢のファンがつくだろうから、スカウトの方も諦めない。
 「この条件で如何ですか」と、しつこく追って来るだろう。
 家の前まで押し掛けて来たり、あらゆる所で待ち伏せたり、と。
(それでも、俺は断るんだが…)
 教師の道に進むんだがな、と思うけれども、学校に来ても、その顔だから…。
(新人教師で、着任するなり…)
 キャーッと黄色い悲鳴が上がって、年長組の女子生徒たちが騒ぎそう。
 男子生徒も、ポカンとした顔で見詰めているのに違いない。
 「凄い先生がやって来たぞ」と、「おまけに、柔道と水泳が強いんだって?」と。
(学校でも、モテてしまうんだ…)
 今の自分も、生徒たちに人気の教師だけれども、それ以上に人気が出るだろう。
 休み時間は引っ張りだこで、食堂に行っても、取り囲まれるに違いない。
(それから、此処が大事なトコで…)
 前のあいつにそっくりだったら、外見の年は若いままだ、と大きく頷く。
 けして年齢を重ねることなく、前のブルーと同じ姿になったら年を取るのを止めるだろう、と。
(だから当然、若い姿で…)
 今の自分の年になっても、外見は「ソルジャー・ブルー」のまま。
 「年齢を重ねた、三十代のソルジャー・ブルー」には、決してならない。
 若い姿を保ったままだから、ファンの生徒も増えてゆく。
 勤めた学校で出会った数だけ、「ハーレイ先生!」と慕う生徒が。
(そうなるに決まってるんだよなあ…)
 俺の人生は大きく変わるぞ、と思うのは、その点。
 前の自分も、今の自分も、年を重ねるのが好きなタイプで、その道を選んだ。
 けれど、前のブルーにそっくりだったら、そちらを選びはしないだろう。
 前の自分の記憶が無くても、魂は「全て覚えている」から。
 「ブルーが年を重ねる」だなんて、「有り得ないことだ」と知っているから。

 そういうわけで、「ソルジャー・ブルー」にそっくりだったら、年は取らない。
 若い姿を保ち続けて、今のブルーと再会を遂げることになる。
 チビのブルーの教室で出会って、ブルーに聖痕が現れて…。
(俺の記憶も、あいつの記憶も…)
 一気に戻って、互いに恋に落ちるけれども、顔はそっくりな二人の出会い。
 ブルーがチビの姿な分だけ、少々、救いはあるのだけれど…。
(…俺の記憶が戻ったら…)
 なんと恋人は、今の自分と瓜二つな顔。
 今は十四歳の子供で、年の差の分、まだマシだけれど、いずれ育てば、もう完全に…。
(見た人たちが、双子なのか、と思うくらいに…)
 そっくりになって、見分けがつかない程だろう。
 おまけに、チビのブルーと再会した後、家に帰って鏡を見たら…。
(……鏡の中に、前の俺が恋をしていた顔が……)
 映るんだよな、と愕然とした。
 いくら想像の世界と言っても、「そいつは、ちょっと…」と。
(おいおいおい…)
 なんとも心臓に悪いじゃないか、という気がする。
 鏡の向こうに、恋人の顔があるなんて。
 前の生から愛し続けて、生まれ変わって、また巡り会えた人に、そっくりな顔が。
(…それまでは、俺の顔だと思っていたのが…)
 実は違って、遠く遥かな時の彼方で、自分が恋をした人の顔。
 しかも、その顔の「本当の持ち主」は、今ではチビになってしまって…。
(前と同じ姿に育つまでには、まだ何年もかかるってか?)
 チビのブルーが大きくなるまで、前の自分が長く見ていた恋人の顔は見られない。
 「ブルー」には違いないのだけれども、恋人同士になる前の顔をしたのがチビのブルー。
 そして恋人だった「ブルー」の顔は、自分の身体にくっついている。
 鏡を覗けば、いつだって、其処に「恋人だったブルー」にそっくりな顔が映る寸法。
 本物のブルーは、まだ唇へのキスも出来ないチビなのに。
 一緒に暮らせる日が来るのだって、何年も先のことなのに…。

(鏡の中には、俺が恋したブルーの顔が…)
 いつ覗いてもあるんだよな、と泣きたいような、悔しいような、複雑な気分。
 ブルーのことを想い続けて眠れない夜も、鏡を覗けば「ブルー」がいる。
 それは自分の顔なのだけれど、見る度、ドキリとすることだろう。
 「ブルーなのか!?」と心が跳ねて、直ぐにガッカリする夜だって、少なくない。
 「今のあいつは、まだチビだった」と、「こういう姿は、まだ何年も見られないんだ」と。
(…そう思う度に、鏡の前に行ってだな…)
 覗き込んだりするのだろうか、映っているのは「自分自身の顔」なのに。
 其処に「ブルー」はいないというのに、愛おしい人の姿を重ねて。
 キャプテン・ハーレイにそっくりな今の自分が、前のブルーの写真集を眺めているように。
(……お前なのか、と……)
 メギドで散ったブルーに向かって、心で語り掛けるのだろうか。
 「お前は帰って来たんだよな」と、「今度こそ、俺と暮らすんだろう?」と。
(鏡に映った自分に話し掛けてだな…)
 チビのブルーには語れない恋を、切々と打ち明けているとなったら、まるで水仙。
 そう、水仙になってしまった、ナルキッソスという少年。
(…水鏡に映った自分の姿に恋をしたヤツと…)
 大して変わりはしないんだが、と思いはしても、そうなるだろう。
 「ブルーの顔」が、其処にあるのなら。
 前の自分が愛し続けた、愛おしい人の顔が「それ」なら。
(そっくりだったら、そういうことになっちまうから…)
 早く育って欲しいモンだ、と「チビのブルー」の成長を待ち焦がれる日々。
 「鏡の中の自分に恋をする」のは、なんとも不毛で悲しいから。
(…俺があいつの顔だった場合、ブルーの方も…)
 かなりショックかもしれないけれども、自分と同じで、恋を投げ出しはしないだろう。
 どんな「ハーレイ」が現れようとも、間違いなく恋をしてくれる筈。
 健気に慕って、頑張って食べて、早く育とうと努力してくれて…。
(俺が鏡に語り掛ける夜を、少しでも…)
 減らしてくれると嬉しいんだが、とコーヒーのカップを傾ける。
 「でないと、俺は、当分、ナルキッソスなんだしな?」と。

 努力したブルーが大きくなったら、そっくり同じ「ブルー」が二人。
 片方は「キャプテン・ハーレイ」だけれど、見た目は「ソルジャー・ブルー」が二人。
(二人でデートに出掛けりしたら…)
 注目を浴びて、熱い視線に追い掛けられることだろう。
 道行く人が、片っ端から振り返って。
 「今の顔、見た!?」などと、あちこちから声が聞こえて来て。
(だが、そんなのは…)
 気にもしないで、ブルーとデートなんだからな、と深く吸い込むコーヒーの香り。
 「俺は、あいつに恋してるんだし、周りなんか見えやしないから」と。
 ブルーの方でも、間違いなく同じ気持ちだから。
(俺の顔が、あいつにそっくりだったら…)
 大勢の人が、目の保養ってヤツを楽しめたんだが、とクックッと笑う。
 「生憎と、今度も俺はキャプテン・ハーレイだった」と、「仕方ないな」と。
 そっくりだったら、世の中、愉快だったのに。
 双子のようなブルーと二人だったら、人生、違っていたのだろうに…。



         そっくりだったら・了


※自分の顔が、ソルジャー・ブルーにそっくりだったら、と考えてみたハーレイ先生。
 とてもモテそうな人生ですけど、チビのブルーに出会った途端に、ナルキッソスかも…v







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「ねえ、ハーレイ。…足りないんだけど…」
 今のぼくには、と小さなブルーが紡いだ言葉。
 二人きりで過ごす休日の午後に、何処か不満げな表情で。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 足りないって…。何がだ?」
 分からんぞ、とハーレイは返して、テーブルを見回した。
 ブルーのカップに入った紅茶は、まだ充分な量がある。
 それにポットにおかわりもあるし、足りないわけがない。
(すると、ケーキか?)
 俺と同じ大きさだった筈だが、と皿のケーキを眺める。
 お互い、食べて減ったけれども、元々の量は…。
(ブルーは、菓子なら食べるから…)
 ハーレイの分と同じサイズで、皿に載せられていた筈。
 今のブルーは、それに不満があるのだろうか。
(…今頃、腹が減って来たのか?)
 昼飯をしっかり食わんからだ、とハーレイは思う。
 小食なブルーのための昼食、その量は常にとても少ない。
(……言わんこっちゃない……)
 そりゃ、そんな日もあるだろう、と心の中で溜息をつく。
 ブルーにしたって、必要な栄養の量は日によって違う。


(同じ言うなら、昼飯の時にして欲しかったな)
 俺の分を分けてやったのに、とタイミングが少し悲しい。
 今になって空腹を訴えられても、夕食までは時間がある。
 分けてやれるのは、皿の上にあるケーキしか無い。
(腹が減った時に、飯の代わりに菓子ってのは、だ…)
 あまり褒められたことではないし、相手が生徒なら叱る。
 指導している柔道部員が、食事代わりに菓子だったなら。
(…しかしだな…)
 ブルーの場合は、それと事情が全く異なる。
 「お腹が減った」という言葉など、そうそう言わない。
 前の生でも、今の生でも、ブルーが食べる量は少なすぎ。
(そういうヤツが、腹が減ったと言うんだし…)
 ここは菓子でも食わせるべきだ、とハーレイは判断した。
 夕食まで待たせて、しっかり食べて欲しいけれども…。
(そんな悠長なことをしてたら、また気が変わって…)
 食わなくなるし、とブルーの方に皿を押し遣った。
「仕方ないなあ、俺が半分、食っちまったが…」
 こっちの方は食ってないから、とケーキを指差す。
 「そっち側から食えばいいだろ、食っていいぞ」と。


 ハーレイが、半分食べてしまったケーキ。
 直ぐに「ありがとう!」と返して、ブルーが食べ始める。
 そうだとばかり思っていたのに、ブルーは食べない。
 代わりに大きな溜息をついて、ケーキの皿を押し返した。
「違うよ、足りないのは、これじゃなくって…」
 紅茶なんかでもないんだからね、とブルーが睨んで来る。
 「もっと大事なものなんだよ」と。
「おいおいおい…」
 いったい何が足りないんだ、とハーレイは慌てた。
 お小遣いでもピンチなのだろうか、それなら有り得る。
(今月の分は使っちまったのに、本が欲しいとか…)
 こいつの場合は充分あるな、と思い至った。
(だが、小遣いの援助など…)
 してもいいのか、どうだろうか、と悩ましい。
 財布を出して「ほら」と渡すのは、容易いけれど…。
(教育者として、どうなんだ?)
 逆に指導をすべきでは、という気もする。
 「計画的に使わないとな」と教え諭して、援助はしない。
(…そうするべきか?)
 ブルーには少し気の毒だが、と思うけれども、仕方ない。
 甘すぎるのは、きっとブルーのためにも良くない。


 「よし、断るぞ」と決めた所で、ブルーが口を開いた。
「分からない? 足りないのは、ハーレイ成分なんだよ」
「……はあ?」
 なんだソレは、とハーレイはポカンとするしかなかった。
 『ハーレイ成分』とは、何のことだろう。
 この「ハーレイ」を構成している元素などだろうか。
(しかし、そいつが足りないなどと言われても…)
 俺を食う気じゃないだろうな、とハーレイは瞬きをする。
 「まさかな」と、「肉は硬い筈だぞ」と。
 するとブルーは、ハーレイを真っ直ぐ見詰めて言った。
「ハーレイと過ごす時間もそうだし、何もかもだよ!」
 前のぼくに比べて足りなさすぎる、とブルーは主張した。
 「これじゃ駄目だよ」と、「前と同じに育たないよ」と。
「…それで、俺を丸焼きにして、食おうってか?」
 俺の肉は硬いと思うんだが、とハーレイは返す。
 「お前じゃ、とても歯が立たん」と、「やめておけ」と。
「分かってるってば、だからその分、唇にキス…」
 それで成分を補充出来るよ、とブルーは笑んだ。
 「ぼくにハーレイ成分、ちょうだい」と。


「馬鹿野郎!」
 だったら俺を丸ごと齧れ、とハーレイは腕を差し出した。
「何処からでもいいから、齧っていいぞ」
 ついでにグッと力を入れて、自慢の筋肉を盛り上げる。
 「お前ごときで、歯が立つかな?」と。
 「さあ、存分に齧ってくれ」と、「好きなだけな」と…。



        足りないんだけど・了








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(前のぼくって……)
 十五年間もパジャマ無しだったっけ、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今のブルーが着ているのは、パジャマ。
 お風呂から上がったら、いつもパジャマで、それを着てベッドに入るけれども…。
(……十五年間も……)
 パジャマは着ないで、ソルジャーの衣装で眠り続けたのが「ソルジャー・ブルー」。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやっていたこと。
(正確に言えば、ぼくがやったんじゃなくて…)
 白いシャングリラにいた仲間たちが、着せつけてくれたソルジャーの衣装。
 ベッドで昏々と眠り続けるソルジャー・ブルーが、いつ目覚めてもいいように、と。
(…心遣いは分かるんだけどね…)
 途中からパジャマにしちゃえば良かったのに、と今だから思う。
 「あんな衣装を着せておいても、起きて直ぐには、動けるわけがないんだから」と。
 実際、前の自分は、そうだった。
 キースの気配で目覚めたけれども、思念波さえも飛ばせなかったくらいの弱りっぷり。
 「船が危ない」と知らせたくても、誰にも思念が届かないから、自分の二本の足を頼りに…。
(…ヨロヨロ歩いて、格納庫まで行って先回り…)
 そうするしかなくて、その途中でも、何度も倒れた。
 十五年間も眠り続けた上に、寿命の残りも少なくなってしまった身体は、弱すぎたから。
(あれじゃ、パジャマで歩いてたって…)
 そんなに変わりはしないと思う、と振り返ってみる遠い出来事。
 前の自分は、パジャマ姿で良かったのでは、と。
(そりゃあ、パジャマを着ていたら…)
 キースの前にも、それで出て行くことになったけれども、構わないだろう。
 あちらが「馬鹿にしているのか?」と怒ったとしても、結果が全て。
 要はキースと対峙するだけ、もしかしたなら…。
(パジャマで、意表を突かれたキースは…)
 隙が出来たかもしれないものね、という気だって、多少、するものだから。


 それはともかく、前の自分が十五年間も着ていた衣装。
 手袋もブーツも身に着けたままで、前の自分は眠り続けた。
(意識が無いから、邪魔だと思いはしないけど…)
 着せつけた仲間も、それでいいのだと考えていたに違いない。
 ソルジャーの衣装は、そういう風に出来ていたから。
 特別な生地で作られていた、ソルジャーだけのための制服。
 手袋もブーツも、着けたままでも「邪魔だと感じる」ことなどは無い。
 まるで身体の一部のように、しっくりと馴染んだ手袋やブーツ。
 そうだからこそ、誰一人として「パジャマの方がいいのでは」とは、言い出さなかった。
 十五年間も眠っていようと、衣装のせいで身体に悪影響は出ないから。
 むしろパジャマを着せつけた方が、体調管理が難しいほどで。
(…シャングリラの中は、空調が効いているけれど…)
 青の間の空調も完璧だけれど、万一ということはある。
 宇宙空間を飛んでいる船で、空調が壊れてしまったならば…。
(アッと言う間に、とんでもなく冷えて…)
 部屋の中でも氷が張るほど、寒くなってしまうというのは常識。
 逆に、恒星の近くを飛んでいたなら、とんでもなく暑くなることだろう。
 絶え間なくシャワーを浴びていたいほど、水風呂に浸かっていたいくらいに。
(そうなるまでは、ほんの一瞬…)
 いくら青の間が広いと言っても、「丁度いい温度」を長く保ってはいられない。
 それに、青の間に影響が出るほどだったら、他の場所だって大変な状態。
(…青の間を後回し、ってことは無いけど…)
 手が回らないことは確実、どうしても遅れが出てしまう。
 その間に、弱って昏睡状態の「ソルジャー・ブルー」の身に何かあったら…。
(もう、取り返しがつかないものね?)
 だからパジャマじゃ危ないんだよ、と渋々、納得せざるを得ない。
 「パジャマに着替えさせた方がいいのでは」なんて、言えやしない、と。
 善意でパジャマを着せたばかりに、空調の故障で、ソルジャーが風邪を引いたなら…。
(命が危なくなることだって…)
 ありそうなのだし、あの制服を着せておくのが一番安全。
 見た目は窮屈そうに見えても、そうではないのは、誰もが知っていたことだから。


(…そうなんだけど…)
 今のぼくだと、パジャマがいいな、と眺めた自分のパジャマの袖。
 ベッドでぐっすり眠るためには、断然、パジャマの方がいい。
(……ソルジャーの制服、着心地は悪くないんだけれど……)
 ブーツまで履いて、ベッドに入るというのはちょっと…、と足をぶらぶらさせてみる。
 ベッドに入って、シーツの海と掛け布団の波にくるまれる時には、素足がいい。
 ブーツなんかが間に入れば、せっかくの幸せなフカフカ気分が台無しだから。
(…そうはならない、って分かってるけど…)
 ソルジャーのブーツは特別だから、シーツも布団も、フカフカ感も分かる筈。
 手袋も同じで、着けていたって、ベッドの心地良さは伝わるけれど…。
(やっぱり、普通に寝たいってば!)
 あんな服なんか着たままよりも、とプウッと頬を膨らませた。
 「前のぼくって、我慢強いよ」と、「いつだって、あれを着てたんだから」と。
(十五年間、眠っていた時は…)
 意識なんかは無かったけれども、そうなる前は違っていた。
 何処へ行くにも、何をするにしても、あの制服をきちんと着ていた。
 仲間たちの目に入る場所では、手袋を外すことさえしないで、背中にはマント。
 それがソルジャーの正装だったし、仕方なくと言えば「仕方なく」。
(…いつの間にか、ぼくも慣れてしまって…)
 そういうものだと思っていたから、特に不自由は感じなかった。
 「マントを外して、のんびりしたいな」とは思わなかったし、手袋も同じ。
 たまに、チラリと思いはしたって…。
(実行したりはしなかったしね?)
 今のぼくなら、絶対に無理、とフウと溜息を零したけれど…。
(…今、あの服があったなら…)
 どうなるのかな、と思考が別の方へと向いた。
 「ソルジャー・ブルー」は、今の時代は、絶大な人気を誇っている。
 あの制服だって、似たものが売られていそうな感じ。
 特別な生地ではないだろうけれど、見た目だけなら瓜二つのが。
 だから「着よう」と思いさえすれば、あの服はきっと、手に入るけれど…。


(でも、そんなのじゃなくて…)
 本物の制服だったなら…、と「もしも」の世界が頭に浮かんだ。
 前の自分が着ていた衣装が、今の世界に現れたなら、と。
(…普通なら、有り得ないんだけれど…)
 聖痕をくれた神様だったら、そのくらいは「お安い御用」だろう。
 ある日、神様が悪戯心を起こして、あの制服を届けて来るとか。
(朝、目が覚めたら、枕元に…)
 綺麗に畳まれたソルジャーの衣装が、ポンと置かれているかもしれない。
 ブーツも手袋も、それにマントも、ちゃんと揃っているものが。
(これは何なの、って目を丸くして見ていたら…)
 高い空から、神様の声が降って来る。
 「今日は一日、その服を着て過ごしなさい」と。
(そんなの困るよ、って、大慌てで…)
 クローゼットの扉を開けたら、普段の服は消えてしまって何処にも無い。
 朝、着るつもりで用意していた服はもちろん、学校の制服までもが消え失せた世界。
(…着ていたパジャマはあるけれど…)
 他には何も残っていなくて、学校へ行こうと思うのならば…。
(ソルジャーの服を着るしかなくって…)
 神様が寄越した服の側には、「その服は誰にも見えませんよ」と書かれた紙が置いてある。
 「だから安心して、それを着なさい」と、「学校にだって行けますから」と。
(そう言われたら、着るしかないじゃない…!)
 パジャマだけはあるから、学校を休めば、ソルジャーの衣装は着なくていい。
 「具合が悪いよ」と母に訴えたら、「寝ていなさい」と言われるから。
 「学校には連絡を入れておくから」と、「無理に起きたりしちゃ駄目よ」と。
(でも、そんな日に限って…)
 古典の授業があるんだよね、と頭に描いたハーレイの顔。
 前の生から愛した恋人、今は学校の古典の教師。
 そのハーレイに会いたいのならば、学校を休むわけにはいかない。
 ソルジャーの衣装を着るしかなくても、ハーレイの授業は受けたいのだし…。
(諦めて、着るしかないってこと…)
 他に選択肢は一つも無いから、パジャマを脱いで、神様が悪戯で寄越した衣装を。


 着込むしかない、ソルジャーの衣装。
 前の自分で馴れているから、チビの自分でも困らずに着られる。
 シャングリラの仲間たちが来ていた制服に似た服、それを最初に身に着けて…。
(それから上着で、手袋をはめて…)
 ブーツを履いたら、最後にマント。
 あの制服が出来た時には、前の自分は育っていたから、チビの姿で着たことは無い。
(そういう意味では、とっても新鮮…)
 鏡に映ったチビの自分は、「少年の姿のソルジャー・ブルー」。
 凛々しいと言うより、可愛らしい、といった感じだろうか。
(…パパやママとか、ハーレイの感想…)
 是非とも聞いてみたいけれども、残念なことに、他の人の目には映らない。
 階段を下りて、朝食を食べにダイニングに行っても、母にソルジャーの衣装は見えない。
(早く食べないと遅刻するわよ、って…)
 言われるだけで、朝食を載せたお皿が並べられるだけ。
 トーストか、あるいはホットケーキか。
 それにサラダと、紅茶かミルク。
(前の晩に、あまり食べてなかったら…)
 「食べなさいね」と、目玉焼きかオムレツもあることだろう。
 珍しいメニューではないのだけれども、ソルジャーの衣装というのが問題。
 手袋をはめたまま、トーストを口にするしかない。
 トーストを千切るのも、バターを塗るのも、手袋をはめた手。
(それじゃ、食べた気、しないんだけど…!)
 前のぼくとは違うんだから、と文句を言っても始まらない。
 神様は承知で衣装を寄越したのだし、母には「見えてはいない」のだから。
(…ホットケーキだったら、少しはマシかも…)
 ナイフとフォークで食べるんだしね、と思いはしても、やっぱり馴染まない。
 「手袋をはめたまま食事」だなんて、今の自分は未経験だから。
 前の自分の記憶があっても、それとこれとは別問題。
(お昼御飯も、晩御飯の時も、おやつの時間も手袋なの…?)
 何処に食べたか分からないよ、と泣きたい気分。
 「酷い」と、「手袋を外したいよ」と。


(…御飯も、おやつも、美味しさ半減…)
 半分どころか、八割ほど減ってしまうかも、と嘆くしかない「手袋をはめた手」。
 それだけでもツイていないというのに、そんな思いをしてまで着ているソルジャーの服は…。
(ハーレイに会っても、見ては貰えないんだよ!)
 せっかくチビの自分の姿で、あの制服を着ているのに。
 もしハーレイが気付いてくれたら、「似合うじゃないか」と言ってくれそうなのに。
(チビでも、ちゃんと似合うもんだな、って…)
 あの大きな手で、頭をクシャリと撫でてくれそう。
 学校では時間が無かったとしても、仕事帰りに、わざわざ家まで訪ねて来てくれて。
(だけど、ハーレイには見えていなくて…)
 ついでに、そういう時に限って、仕事が忙しいのだろう。
 帰りに寄ってはくれない日。
 「今日はハーレイ、来てくれなかった…」と、ガッカリする日。
(制服だけでも厄介なのに、ハーレイは来てくれなくて…)
 手袋をはめて、おやつと、それに晩御飯、と情けない気分。
 「あの服があったなら、そうなっちゃいそう」と、肩を落として。
 ちょっと想像してみただけでは、いいことは思い付かなくて。
(…もしも、あの服があったなら…)
 一日だけでクタクタだよ、と溜息だけしか出て来ないから、あの服は要らない。
 いくら特別な衣装でも。
 前の生では馴染んだ服でも、今の時代も瓜二つの服が売られるくらいに大人気でも…。



           あの服があったなら・了


※今の自分が、ソルジャーの制服を着ることになったなら、と想像してみたブルー君。
 手袋をはめたまま食事するだけでも、大変そうな感じです。きっと一日でクタクタですねv








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(俺の服なあ……)
 すっかり変わっちまったな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 一口、飲もうと口に運んだ時、目に入ったものが服の袖口。
 なんということも無いのだけれども、今夜は、それに「気が付いた」。
(いつもの見慣れたシャツなんだがな…)
 何処も変わっちゃいないんだが、と改めて、しげしげと見る。
 仕事に着ていくわけではないから、ワイシャツではない、ただの普段着。
 家でゆったり寛げるように、選んで買った中の一枚。
 とはいえ、高級品ではなくて…。
(大抵の店には、置いてるような類のヤツで…)
 値段の方も、ごくごく普通の、平凡なシャツに過ぎない「それ」。
(…ところが、どっこい…)
 百八十度の転換なんだ、と袖口を軽く引っ張った。
 「こんな服、前は着ちゃいなかった」と。
 前と言っても、子供時代のことではなくて、それよりも、ずっと昔のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた時代。
 あの頃の、自分の服と言ったら…。
(カッチリとしてた、キャプテンの服で…)
 上着ばかりか、マントまでもがくっついていた。
 そう、「マントまで着けて」仕上がる服装、省略することは許されない。
 何故なら、それが「制服」だから。
 キャプテンと言えば上着にマントで、何処へ行くにも、その恰好。
(うんと暑くて、入っただけで汗が出て来るような…)
 機関部の奥へ入る時にも、キャプテンは上着とマントを着用。
 汗をかくのが嫌なのだったら、シールドを張れば済むことだから。
 ただし、シャングリラでの約束事は…。
(むやみにサイオンを使わないことで…)
 キャプテンが進んで破るのは…、と考えたから、いつも汗だくになっていた。
 機関部のクルーも汗だくだったし、其処へ入ってゆくのだから。


 実にとんでもない服だった、と今になったら思える制服。
 当時の自分は、それに馴染んでいたけれど。
 「汗をかいたら着替えればいい」と、暑い場所にも行ったくらいに「普段の服装」。
(今なら、御免蒙りたいぞ…)
 行き先が暑いと分かっているなら、まずは上着を置いて出掛ける。
 それでも汗が出そうだったら、袖を捲って、襟元のボタンも外してやって…。
(許されるんなら、シャツなんてヤツは…)
 脱いでしまって、下着の方のシャツになるのがいいだろう。
 誰も咎めはしないのだったら、下着のシャツも脱いだっていい。
(そうすりゃ、うんと暑くったって、だ…)
 流れる汗をタオルで拭きつつ、其処での仕事を片付けてやって、その後は…。
(タオルを冷たい水で絞って、身体を拭いて、サッパリとして…)
 元の服を着て、爽やかな気分で帰ればいい。
 「よし、一仕事、片付いたぞ」と、充実感を噛み締めながら。
(今の俺だと、そう出来るんだが…)
 キャプテンだった頃は、違うんだよな、と「今の普段着」を眺めてみた。
 「こんな服さえ、着られなかった時代なんだ」と。
 シャングリラで暮らすミュウは制服、私服なんかは無かったから。
(…制服が出来る前の時代は、前の俺だって…)
 自分のサイズに合えばいいから、と適当な服を選んで着ていた。
 その時代ならば、暑い場所では袖を捲って…。
(脱いじまってた時もあるんだが、制服が出来てからの時代は…)
 何処へ行くにも常に制服、ご丁寧にも、背中にはマント。
 朝、目覚めたら、直ぐに着替えねばならなかった。
 何の役職も無い仲間ならば、「これで完成」という服を身につけ、その上に制服。
(上着に、ズボンに、背中にはマント…)
 よくも毎日、着ていたもんだ、と我が事ながら感心させられる。
 「スーツだったら、馴れたモンだが」と、「スーツより、よっぽど御大層だぞ」と。
 スーツも「きちんとしている」けれども、上着を羽織って、ネクタイを締めれば完成する。
 マントなんかは要らないわけだし、ネクタイは好みで選べるのだから。


(アレを毎日、着ていたってか…)
 ご苦労なことだ、と思うけれども、懐かしくもある。
 今はもう、持ってはいない服だし、袖を通す日も来ないから。
 クローゼットの何処を探しても、あの服は、出ては来ないのだから。
(…キャプテン・ハーレイの制服、ってヤツは…)
 探せば、売られていそうではある。
 なんと言っても英雄なのだし、少ないとはいえ、ファンがいるのも間違いない。
 行きつけの理髪店の店主も、その一人。
 「キャプテン・ハーレイに瓜二つ」の「ハーレイ」、その来店を心待ちにしているほどに。
(ファンがいるなら、ニーズの方も…)
 きっとあるから、レプリカとまではいかないまでも、似たような服があるだろう。
 上着とズボンとマントのセットで、着れば「キャプテン」の気分になれるのが。
(まあ、そういうのは、先のお楽しみで、だ…)
 いつかブルーと暮らし始めたら、探してみるのもいいかもしれない。
 あの制服を着て「キャプテン・ハーレイ」風に暮らす一日。
 ブルーには、ちゃんと敬語を使って、白いシャングリラにいた頃のように。
(ちょいと素敵な日になるかもな?)
 悪くないぞ、と考えるけれど、今、あの服が此処にあったら。
 ブルーとの素敵な時間などとは、まるで関係なく「現れる」服。
(…一日だけ、これを着ていろ、と…)
 神様の気まぐれで湧いて出たなら、どうだろう。
(なんたって、神様のなさることだし…)
 あの制服を着込んでいたって、誰も変には思わない。
 チビのブルーにバッタリ会っても、ブルーも「それ」とは気付かない仕組み。
 ただ「自分」だけが、「あの服なんだ」と自覚する服。
(…裸の王様みたいだが…)
 裸ってことではないわけなんだ、と顎に手を当てた。
 マントまでついた面倒な服は、今の自分を縛っているだけ、他の人とは無関係。
 生徒に会おうが、同僚に会おうが、「その服は?」などと訊かれはしない。
 彼らの目には、いつも通りの「ハーレイ」の姿が映るから。
 ブルーに会っても同じ理屈で、普段通りの服の「ハーレイ」がいるだけだから。


 神様が仕掛けた、「キャプテンの制服」で過ごす一日。
 たった一日だけだとはいえ、前の自分の服装で暮らすことになったなら…。
(…どうなるんだ?)
 俺の暮らしは、と想像の翼を羽ばたかせる。
 朝、目を覚ましたら、枕元に揃えて置かれている「それ」。
 神様からのメッセージつきで、「他の人には見えませんから」と説明つきのキャプテンの服。
(一日だけ、これで過ごして下さい、と…)
 そう神様が仰るからには、他の選択肢は無いのだろう。
 家の中から、普段の服やらスーツなんかは消えてしまって、何処にも無い。
 「他の服は?」と慌てて探し回っても、クローゼットの中は空っぽで。
 「無いなら、急いで洗って着るぞ」と走って行っても、洗濯物の籠も綺麗に空で。
(…そうなると、着るしかないわけで…)
 パジャマ姿で顔を洗ったら、「あの服」に袖を通すしかない。
 他のミュウたちも着ていた服から、先に纏って。
(出来れば、其処で朝飯をだな…)
 食いたいんだが、と思うけれども、きっと神様に叱られる。
 天から、声が降って来て。
 「あの頃のように暮らしなさい」と、「朝食は、着替えてからですよ」と。
(…つまりは、アレを着込んでだな…)
 上着もマントも、きちんと着けて、それから朝食の支度をする。
 トーストを焼いたり、コーヒーを淹れるのは、まだいいとしても…。
(俺の気に入りの朝飯ってヤツは…)
 オムレツなどの卵料理に、ソーセージやベーコンを添えたもの。
 サラダも欲しいし、そういったものを「キャプテンの服で」用意しなければ。
 白いシャングリラでは、朝食は作らなかったのに。
 厨房に立つことさえも無くて、料理は全て、厨房のクルー任せだったのに。
(…だが、たった一つ…)
 前のブルーのための野菜スープは、あの制服で作っていた。
 クルーに混じって厨房に立って、ただし、腕捲りなどはしないで。
 キャプテンの威厳を保たなければ、とマントも外さず、着込んだままで。


(…ということは、今の俺が朝飯を作るのも…)
 条件は全く同じなんだな、とクラリとした。
 「あの格好でフライパンか」と、「卵を割って、焼けってことか」と。
 確かに、前の自分だった頃には、こう言ったものだ。
 片目を軽くパチンと瞑って、「フライパンも船も、似たようなものさ」と。
 どちらも焦がさないのが大切、そう嘯いていたけれど。
 後継者のシドも、同じ言葉で励ましたけれど、今の自分の敵はフライパン。
 いきなりキャプテンの制服を着せられ、オムレツを焼けと言われても…。
(焦がしちまう気しかしないんだが…!)
 袖とかに気を取られてて…、と嫌な予感がこみ上げてくる。
 普段の服なら、鼻歌交じりにオムレツを焼いて、スクランブルエッグも慣れたもの。
 目玉焼きも好みの加減に焼けるし、ご機嫌な朝の始まりなのに…。
(…あの服があったら、卵料理は…)
 失敗だろうな、と零れる溜息。
 そうして出来た失敗作を、あの制服を纏って食べる。
 テーブルも椅子も、ダイニングからの庭の景色も、いつもと全く変わらない朝。
 その中で「自分」だけが異分子、キャプテンの制服を着ての朝食。
 食べ終わったら、白いシャングリラの頃と違って…。
(皿もカップも、焦がしちまったフライパンも…)
 自分で洗うしかない運命で、其処でも袖は捲れない。
 エプロンを着けるなど言語道断、キャプテンは、あくまでキャプテンらしく。
(……威厳たっぷりに、皿洗いなんぞ……)
 あってたまるか、と言いたいけれども、あの服があったら、そうするしかない。
 神様は「あの服を着て、一日、過ごしなさい」と、キャプテンの制服を寄越したから。
 他の人には見えないように細工までして、枕元に置いて行ったのだから。
(…なんとか、汚さないように…)
 気を遣いながら洗い物を済ませて、お次は出勤。
 愛車の運転席に座って、エンジンをスタート。
(シャングリラ発進! と、普段から、やってはいるんだが…)
 まさか制服で運転する日が来るなんて、と、其処は愉快な気分ではある。
 シャングリラの舵輪を握っていた服、それで車のハンドルを握って走るのだから。


(学校の仕事は、皿洗いとかに比べれば…)
 あの制服でも問題は無くて、ブルーが気付いてくれないことが寂しい程度。
 柔道部の指導は、神様が制服を寄越したからには、その日は、恐らく無いのだろう。
(会議に出て下さい、とか、そんな具合で…)
 柔道着に着替える場面は無しで、仕事が終われば、ブルーの家には寄れないで…。
(買い物をして帰りなさい、と、神様が…)
 そんな所だ、と思い浮かべる買い物の風景。
 「この服でも、作るのに困らん料理を選ばないと」と、スーパーで頭を悩ませる自分。
 手抜きではなくて、しっかり食べられて、洗い物の数は少なめで…。
(鍋ってトコだな、そして食っても、寝るまでは、ずっと…)
 書斎でも制服のままなんだぞ、と考えただけで肩が凝りそう。
 「あの服があったら、俺は一日でヘトヘトだ」と。
 前の自分は、よく平気だったと、感心しながらコーヒーのカップを傾ける。
 「尊敬するぞ」と、「キャプテンだった俺に、乾杯だな」と…。



            あの服があったら・了


※もしも今、キャプテンの制服を着ることになったら、と想像してみたハーレイ先生。
 あの制服で普段通りの一日、考えただけでも大変そう。ヘトヘトになって、肩凝りまでv









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「ねえ、ハーレイ。恋の相談…」
 してもいいかな、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 恋の相談だって?」
 なんだそれは、とハーレイは呆れて、直ぐに笑った。
 「お断りだ」とキッパリ断り、ブルーを軽く睨み付ける。
「あのなあ…。俺がその手に乗ると思うか?」
 お前との恋の話だなんて、と、睨んだ後は笑いの続き。
 可笑しくてたまらないのだけれども、ブルーは違った。
「ハーレイ、何か勘違いをしていない?」
 誰がハーレイって言ったわけ、と銀色の眉を吊り上げる。
 「ぼくは名前を出してないけど」と、真剣な顔で。
(…なんだって?)
 俺の話とは違うのか、とハーレイの笑いが引っ込んだ。
 ブルーの恋の相手と言ったら、自分だけだと信じていた。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーと恋をした時から。
 運命の相手だと思っていたのに、急に自信が揺らぎ出す。


(…おいおいおい…)
 他の誰かの話なのか、とハーレイの背中が冷たくなった。
 ブルーは誰かに恋をしていて、その相談をしたいのか。
(……まさかな……?)
 そんな馬鹿な、と焦る間に、ブルーは小さな溜息を零す。
 「気になる人がいるんだよね」と、赤い瞳を瞬かせて。
(嘘だろう!?)
 本当に俺の話じゃないのか、とハーレイは愕然とした。
(ブルーが、他の誰かにだって…?)
 有り得ないぞ、と思いたいのに、ブルーは続けた。
 「ハーレイ、相談に乗ってくれる?」と、大真面目に。
「だって、人生の先輩でしょ?」
 恋についても詳しいよね、とブルーは身を乗り出した。
 「どういう風に持っていくのが、いいと思う?」と。
「ど、どういう風って、何をなんだ…?」
 ハーレイは、咄嗟にそうとしか返せなかった。
 自分でも愚問だと思うけれども、それしか言えない。
 ブルーの恋の相談だなんて、考えたことも無い上に…。
(俺がこいつに恋しているのに、何故、そうなるんだ!)
 恋敵とブルーを近付ける手伝いなんて、と泣きたい気分。
 ブルーの恋の相手と言ったら、自分一人の筈だったのに。


 けれどブルーは、何処吹く風といった風情で言葉を紡ぐ。
「やっぱり、教室で声をかけるべき?」
 それとも放課後の方がいいかな、と半ば上の空。
 「他の誰か」のことを考え、頭が一杯になっている。
(…どうすりゃいいんだ…!)
 俺にキューピッドになれと言うのか、と悲鳴が出そう。
 恋の相談に乗るというのは、そういうこと。
(俺じゃない誰かと、ブルーとをだな…)
 めでたく結び付けてやるのが役目で、恋を見守る。
 まずは相手との出会いを作って、次はデートの相談で…。
(あそこなんかどうだ、と勧めてやって…)
 食事をする場所や、お茶を飲む場所、それも考えてやる。
 なにしろ子供のデートなのだし、お似合いの店を。
(初デートが上手くいったなら…)
 ブルーは早速、次のデートの相談をしてくるだろう。
 どういった場所を選ぶべきかと、赤い瞳を輝かせて。
 「ハーレイのお蔭で上手くいったよ」と、嬉しそうに。
(でもって、デートを何度も重ねて、お次は、だ…)
 誕生日などの贈り物の相談、やがてトドメがやって来る。


(…恋ってヤツが順調に運べば、最後はだな…)
 プロポーズが来てしまうんだ、と天を仰ぎたくなった。
 よりにもよってブルーのために、恋の仕上げのお手伝い。
 婚約指輪を選ぶ店やら、プロポーズの場所の相談を…。
(俺がブルーと、膝を突き合わせて…)
 熱心にすることになるのか、と絶望の淵に落っこちそう。
 「どうして、こうなっちまったんだ」と、頭を抱えて。
(…誰か、嘘だと言ってくれ…!)
 でなきゃ悪夢を見ているんだ、と、ぐるぐるしていたら。
 悪い夢なら冷めて欲しい、と願っていたら…。
「ね、そういうのは困るでしょ?」
 ぼくが他の人に恋をしたら、とブルーが笑んだ。
「は?」
「だから、もしもの話だってば」
 それが嫌なら、ぼくにキスを、と出て来た注文。
 「ぼくをしっかり繋ぎ止めなきゃ」と、得意そうに。
(……そう来たか……)
 そういうことか、とブルーの頭をコツンと叩く。
 「馬鹿野郎!」と、お返しに。
 散々、恐怖を味わった分の仕返しを、銀色の頭に…。



          恋の相談・了








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