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(前の俺たちが生きた頃でさえ、とうに昔話で…)
 伝説というヤツだったんだが…、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに熱い淹れたコーヒー、それをお供に。
(人間が宇宙に出てゆくようになった時代も、まだある程度は…)
 残っていたかもしれないな、と頭に描くのは、かつて人間の側にいたモノたち。
 妖精や魔物や、怪物といった類の存在、彼らは確かに息づいていた。
 人間が地球しか知らなかった頃には、とても身近に。
 夜の闇やら、人の近付かない森の奥やら、様々な場所に潜みながら。
 彼らが姿を消してしまってから、もうどのくらいになるのだろうか。
 SD体制が始まる前には、消えてしまっていただろう。
 地球が滅びてゆこうというのに、彼らが「いられる」わけもない。
 彼らのことを語る者さえ、滅びゆく地球には、いなかったろう。
(…その後に、SD体制が来て…)
 死の星になった地球を蘇らせようと、様々な試みがなされてはいた。
 けれど実を結ぶことなどは無くて、前の自分が辿り着いた時にも、死の星のまま。
 SD体制が崩壊した後、長い時をかけて青く蘇って、今の地球がある。
 その地球に「彼ら」は戻って来たのか、戻ることなく伝説の中か。
(…どっちなんだろうなあ…?)
 噂さえも聞きやしないしな、とハーレイは首を捻った。
 「幽霊が出た」という話ならば、前の自分が生きた頃から絶えてはいない。
 人間が全てミュウになっても、やはり幽霊は「出る」らしい。
(しかし妖精やら、魔物の類が出たって話は…)
 全く聞いたことが無いから、彼らは滅びてしまったろうか。
 元々、神話や伝説の中の存在なのだし、今の時代まで生き残るには…。
(弱すぎたのかもしれないなあ…)
 存在自体が希薄すぎて、という気がする。
 幽霊は「ヒトの魂」だから、人間がいれば「生き残れる」。
 死んでいるモノに「生き残る」も何も無いのだけれども、理屈から言えばそうだろう。
 ヒトがいるなら魂はあるし、無くなることは無いのだから。


 ところが、妖精や魔物は違う。
 住める所を失ったならば、儚く消えてゆくしかない。
 地球が滅びに向かった時から、彼らの姿は薄れ始めて、存在を保てなくなった。
 そうして消えて「戻れないまま」、今は伝説の中にだけ「いる」。
 彼らが戻れる場所が生まれて、其処へ戻ろうにも彼ら自身の欠片さえ全く残っていなくて。
(…そんなトコだな、今ならヤツらが住むトコだって…)
 地球の上にはあるんだが、と思いはしても、彼らは「いない」。
 どんなに綺麗な湖があろうと、水の精霊が住んでいるとは聞かないから。
(…なんとも残念な話だよなあ…)
 せっかくの青い地球なのに、と心の底から残念に思う。
 今の地球なら、妖精も魔物も、生き生きとしていられるだろうに。
 彼らを迎える人間の方も、退治しようとするよりも先に、まずは接触する所から。
 友好的に暮らせるのならば、それが一番いいと考えるのが今の時代の人間たち。
(流石に、人間を食って生きている怪物なんかは…)
 ちと困るがな、と苦笑していて、とある言葉が浮かんで来た。
 人間を食べて生きるとまではいかないけれども、人間を糧にしていたモノ。
(……吸血鬼……)
 人の生き血を吸うという魔物、彼らがいたなら、どうなるだろう。
 良い関係を築いてゆけるか、あるいは退治するしか無いか。
(…ちっとくらいなら、血を吸われても…)
 死にはしないと伝わるのだから、献血をするような感覚で…。
(血の余ってるヤツが、順番にだな…)
 自分の血を分けてやりさえすれば、彼らは無害かもしれない。
 無差別に人を襲いはしないで、昼間は暗い場所に潜んで眠って…。
(夜になったら「お世話になります」と、血を分けてくれるヤツらの所に…)
 姿を現し、血を吸った後は、彼らと歓談してから帰る。
 「次回もよろしくお願いします」と、お礼の品も置いていったりして。


(…ふうむ…)
 上手い具合にいきそうじゃないか、と思いはしても、彼らは「いない」。
 吸血鬼が最後に現れたのは、いつだったのか。
 地球が滅びに向かった頃には、とうに姿が消えていたのか、それさえも謎。
(…そういう研究をしているヤツなら、分かるんだろうが…)
 生憎と俺は素人で…、と素人なりに考えてみる。
 住む場所を失くして消えた吸血鬼は、どうなったのか。
 彼らが消えてしまった後には、何も残らなかったのだろうか、と。
(…吸血鬼ってヤツを退治するには、心臓に杭を打ち込むだとか…)
 銀の弾で撃つとか、倒す方法が幾つか伝わっていたという。
 見事、吸血鬼を仕留めたとしても、退治は其処で終わりではない。
 彼らが二度と蘇らぬよう、死体を燃やして、完全に灰にしてしまって…。
(川に流すんだったよな?)
 そうすれば彼らは、宿にしていた「死体」が無いから、もう戻れない。
 彼らが「血を吸う」ことは無くなり、新しい吸血鬼が増えたりもしない。
(…しかしだな…)
 そうやって倒し続けていたのに、吸血鬼は何度も現れていた。
 昔話や伝説の中で、彼らは長く語られ続けて…。
(それこそ何千年って時間を、滅びることなく生き抜いたんだぞ?)
 灰になっても、実は復活出来たんじゃあ…、と素人ならではの説を出してみた。
 燃やされ、ただの灰にされても、その灰が長い時間をかけて蘇って来る。
 死の星だった地球が蘇ったように、吸血鬼の灰も時間が経てば…。
(でもって、宿れる死体さえあれば…)
 それに宿って、また「吸血鬼になる」のかもしれない。
 新しく「吸血鬼になった」死体は、血を吸われたことは無かったとしても。
 生きていた間に「血を吸った」経験なども全く無くて、普通に生きて死んだ者でも。
(…大いにありそうな話だぞ?)
 でないと説明がつかんじゃないか、と吸血鬼の伝説の多さに思いを馳せる。
 「灰にしてしまえば、それで終わり」なら、あんなに沢山いるわけがない、と。


 その説でゆくなら、吸血鬼は地球が滅びた後にも、残れた可能性がある。
 地球が滅びて死の星になって、宿れる死体が「何処にも無い」から、いなかっただけで。
(…吸血鬼にも、生存本能ってヤツがあるのなら…)
 死の星の地球で「宿れる死体」を待ち続ける間に、見切りをつけてしまったろうか。
 「もう、この星ではどうにもならない」と、人間が地球を離れたのと同じ考え方に至って。
(そうなりゃ、ただの灰なんだから…)
 地球という星へのこだわりを捨てれば、宇宙に流れ出せただろう。
 宿るべき「新しい死体」を探しに、吸血鬼の灰は地球の空へと舞い上がって…。
(流れ流れて、ソル太陽系からも出て行って…)
 何処かで「死体」を見付けるんだ、と思った所で、ハタと気付いた。
 ソル太陽系さえも離れて、死体探しの旅をしてゆくのなら…。
(…とてもいいモノがあったんじゃないか?)
 ジルベスター星系まで流れて行けばな、と頭の中に浮かんで来たのはメギドの残骸。
 前のブルーが命を捨てて壊した、惑星破壊兵器。
 つまり其処には、前のブルーの…。
(…死体ってヤツが…)
 あった筈だ、と大きく頷く。
 メギドと共に砕けて散ったと、誰もが思っているけれど。
 今のブルーも、そうだと頭から思い込んで、疑いもしないけれども…。
(…なんたって、伝説のタイプ・ブルー・オリジンだったんだぞ?)
 本当に爆死したのかどうか、それは誰にも分かりはしない。
 命は確かに失せたけれども、身体は「残っていた」かもしれない。
 キースに撃たれた傷はあっても、そこそこ「綺麗な」状態で。
 人類軍が「戻って」メギドの残骸を調べるまでには、かなりの時間があったという。
 それまでの間に、死体探しの旅の途中の、吸血鬼の灰が流れて来たら…。
(お誂え向きの死体だぞ、これは…)
 なにしろ、前のブルーといったら、神々しいほどの美しさ。
 それは気高く、目にした者は、惹かれ、魅了され、虜になる。
 もしも吸血鬼に生まれ変わったなら、人を惑わすにはもってこいの姿と言えるだろう。
 吸血鬼の灰が「ブルーを見逃す」わけがない。
 もう早速に宿って、肉体の傷を治して、新しい宿主に仕立てなくては。


(…心臓に杭を打ち込まなければ、死なないってヤツが吸血鬼だし…)
 前のブルーの傷を治すのは、とても簡単に違いない。
 キースが砕いた右の瞳も、すぐに治って、元の輝きを取り戻す。
 そうして「ブルー」の肉体は癒えて、真っ暗な宇宙で、目を覚まして…。
(…生きているのか、って自分の手とかを眺め回して…)
 驚く間に、今の自分が「何になったのか」、前のブルーは、ようやく気付く。
 「ぼくはもう、人間なんかじゃない」と。
 ミュウでもなくて人類でもない、ヒトの血を吸って生きてゆく魔物。
(…吸血鬼になってしまったんだ、と気が付いたら、だ…)
 前のブルーがすることは、きっと、一つだけしか無いだろう。
 けしてヒトの血を吸ったりはせずに、ただただ、眠り続けること。
 眠っていたなら、血を吸わなくても生き続けることが出来るから。
 誰にも迷惑をかけることなく、自分だけが一人、孤独に耐えてゆけばいいから。
(そうやって眠って、長い長い時間を眠り続けて…)
 ある時、不意に目覚めたブルーは、ミュウならではの思念で「地球」のことを知る。
 ブルーが隠れ住む星の近くを、青い地球にゆく宇宙船が飛んでいたりして。
(地球に行くんだ、って大勢の子供が、はしゃぎながら乗っていたりすりゃあ…)
 ブルーの眠りがいくら深くても、心まで届くことだろう。
 地球と聞いたら、前のブルーなら、目覚めないではいられない。
 その宇宙船には間に合わなくても、次に地球に行く船が近くを通り掛かったら…。
(どんなにあいつが我慢強くても…)
 船を追い掛け、中に忍び込むことだろう。
 地球まで運んで貰うだけなら、ヒトの血を吸う必要は無い。
 どうしても「血が要る」ことになっても、ほんの少しだけ吸えば充分。
 「要る分だけ」と自分に強く言い聞かせて、それを守って、青い地球まで辿り着く。
 前のブルーが焦がれ続けた、水の星まで。
(青い地球を見たら、きっとあいつは…)
 涙を流して、「やっと来られた」と喜ぶのだろう。
 宇宙船が地球に着陸したなら、ブルーは再び、眠りに就く。
 二度とヒトの血を吸わないように、吸血鬼になってしまった自分を封印して。
 誰にも出会うことが無いよう、深い地の底にでも潜り込んで。


(…そうやって、ずっと眠り続けて…)
 生まれ変わった俺に気付いて、起きてくれりゃな、とマグカップを指でカチンと弾く。
 「そんな魔物なら大歓迎だ」と、「俺の血だったら、いくらでも分けてやれるから」と。
(…前のあいつが、今の俺に会いに来てくれて…)
 自分の正体が魔物だったら、嫌いになるか、と尋ねられたら、答えは「否」。
 魔物だろうが、吸血鬼だろうが、まるで全く構いはしない。
 ブルーに会えて、一緒に生きてゆけるなら。
 吸血鬼になってしまったブルーは、「ハーレイの血が無いと眠ってしまう」のだとしても。
(もしもあいつが、魔物だったら…)
 俺だって、それに合わせてやるさ、と浮かべた笑み。
 「俺の血さえありゃ、元気に生きてゆけるというんだったら、献血だ」と。
 ブルーが充分、血を吸えるように、食事の量を増やしたりして。
 身体も今より更に鍛えて、ブルーに「いくらでも」血をやれるように…。



           魔物だったら・了


※前のブルーが吸血鬼だったら、と考えてみたハーレイ先生。吸血鬼に相応しい美しい姿。
 吸血鬼になってしまったブルーが来たら、迷わず、一緒に暮らすのです。血を分け与えてv








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「ねえ、ハーレイ。…ハーレイって、好物は…」
 最後に食べるタイプなの、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 好物って…」
 いきなり何の話なんだ、とハーレイは目を丸くした。
 テーブルの上を見回してみたが、これといったものは…。
(…出ていないよなあ?)
 菓子はパウンドケーキじゃないし、と疑問が湧き上がる。
 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、確かに美味しい。
 しかもハーレイの母が焼くのと、全く同じ味がする。
(アレが出てるんなら、まだ分かるんだが…)
 とはいえ、最後に食べるも何も、ケーキの場合は…。
(好物かどうかとは、別の次元で…)
 食べる順序が決まってるよな、とハーレイは首を捻った。


 パウンドケーキは、いわゆる「菓子」の範疇になる。
 今のような「お茶の時間」なら、自由に口に運んでいい。
 紅茶やコーヒーの合間に食べても、誰も気にしない。
 むしろ、そういう風に食べるのが普通で、大抵は、そう。
(先にバクバク食っちまうヤツも、中にはいるが…)
 よっぽど好きな菓子なんだな、と温かい目で見て貰える。
 マナー違反と言われはしないし、叱られもしない。
 ところが、正式な食事の席となったら、事情が違う。
(ケーキが出るのは、一番最後で…)
 飲み物と一緒に供される菓子は、食事を締め括るもの。
 「これで食事は終わりですよ」と示す、サインでもある。
 だから、料理がテーブルに纏めて出て来る場合には…。
(菓子から先に食うんじゃなくて、他のを食って…)
 食べ終わってから、最後に菓子に手を伸ばすべき。
 ついでに言うなら、他の人が料理を食べている間は…。
(自分だけ先に、菓子を食うのはマナー違反で…)
 全員が料理を食べ終わってから、菓子を取るのが正しい。
 そういう「少々、難しい面」はあるのだけれど…。


(しかし、今のブルーの尋ね方だと…)
 マナーの話ではない気がする。
 菓子を最後に食べるかどうかなら、そう訊くだろう。
(そうなってくると、言葉通りに好物なのか?)
 此処にパウンドケーキは無いが、と思うけれども…。
(突然、妙なことを訊くのは、ありがちだしな?)
 でもってロクな結果にならん、と慎重にいくことにした。
 ブルーの意図が読めないからには、まず、確認を取る。
「おい。好物というのは、好き嫌いとは別件なのか?」
 俺には好き嫌いが無いんだが、と赤い瞳を覗き込んだ。
 「お前もそうだろ?」と、前の生の副産物を挙げて。
「そうだよ。だから、お気に入りの食べ物の話だってば」
 最後に食べるか、違うのか、どっち、とブルーは尋ねた。
 なるほど、それなら答えは一つしかない。
「気分次第ってヤツだな、うん」
 その日の俺の気分で決まる、とハーレイは即答した。
 先に食べる日もあれば、最後の日もある、と。
 そうしたら…。


「じゃあ、気分次第で、ぼくを食べても…」
 かまわないから、とブルーは笑んだ。
 「ぼくはちっとも気にしないから、いつでも食べて」と。
(そう来やがったか…!)
 悪ガキめが、とハーレイは軽く拳を握って、恋人を睨む。
「熟していない果物とかを、食う趣味は無い!」
 俺は味にはうるさいからな、と銀色の頭をコンと叩いた。
 「いくら好物でも、熟してないのは不味いんだ」と。
 「俺はグルメだ」と、「好き嫌いとは、別件でな」と…。



           好物は最後に・了









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(ずうっと昔は、身分っていうものが…)
 あったんだよね、と小さなブルーの頭の中を、不意に過っていったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくが住んでる地域だと…)
 士農工商ってヤツだったっけ、と歴史の授業を思い出す。
 遠い昔に「日本」と呼ばれた小さな島国、それが在った辺りに今の自分は住んでいる。
 日本は消えてしまったけれども、その名はSD体制が崩壊した後、復活して来た。
 機械の支配がとうに無くなり、青い地球まで蘇ったからには、文化も復興させねば、と。
(だから今でも、此処は日本って地域だけれど…)
 其処では昔、住民は皆、四つの身分に分けられて暮らしていたという。
 支配階級の武士たちが士族で、その下に農民、といった具合に。
(でも、今は身分って制度は無くて…)
 前の自分が生きた時代にも、何処にも残っていなかった。
 そもそも身分制度自体が、時の彼方に消え去った後で。
(…もしも残っていたとしたって…)
 SD体制を敷くとなったら、身分制度は滅びただろう。
 武士は何処まで行っても武士で、農民は努力を積んでみたって農民のまま。
 自分が生を享けた階級、それは一生、変わらないから。
(先祖代々、受け継がれるのが階級だから…)
 血の繋がった親子がいない時代に、身分制度は馴染まない。
 旧世代の人間と共に宇宙に散らばり、滅びるしかなかった身分というもの。
(だけど、残っていなかったから…)
 すんなりSD体制の時代に入って、前の自分は身分制度を体験してなどはいない。
 今の時代もあるわけがなくて、どんなものかは、歴史の授業で学んだだけ。
(…身分が違うと、人間扱いされなかったりしたんだよね?)
 なんだかミュウと人類みたい、と少し可笑しくなった。
 「身分制度は無かったけれども、前のぼくは少し経験していたみたい」と。
 もっとも、経験していた頃には、楽しむどころではなかったけれど。


 相容れなかった、人類とミュウという二つの種族。
 人類が支配階級だったら、ミュウは「人間扱いされない」階級。
 「日本」で言うなら武士と農民、そういった違いになるのだろうか。
(…武士が農民を斬り捨てちゃっても、罪にはならなかったらしいし…)
 ちょっと似てるよ、と思ったはずみに、違う考えが頭を掠めた。
 「ぼくとハーレイなら、どうなったかな?」と。
 前の生では、同じミュウという種族に生まれて、苦楽を共にした恋人。
 新しい命を貰った今の時代は、人間は全てミュウになったから、差別を受ける者などいない。
(ぼくとハーレイが、違う身分になるんなら…)
 うんと昔のことになるよね、と浮かんだ「もしも」は、なかなかに楽しそうではある。
 ハーレイと「違う身分」に生まれた場合は、何が待ち受けているのだろうか。
(えーっと…?)
 ハーレイにチョンマゲは似合わないよね、という気がするから、日本とは違う国がいい。
 いわゆる「洋服」を着ている所で、身分にうるさい国といったら…。
(…イギリスかな?)
 シャングリラでもイギリス貴族を気取ったよね、と収穫祭を思い出した。
 一番最初の収穫を祝って、皆で食べたのがサンドイッチ。
(キュウリだけで作ったサンドイッチは、アフタヌーンティーに欠かせなくって…)
 最高の食べ物だったというから、収穫祭のパーティー用に選ばれた。
 何の贅沢も出来ない船でも、「気分だけはイギリス貴族といこう」と。
 誰もが幸せ一杯になった、キュウリを挟んだサンドイッチが出て来たパーティー。
(あの時、とっても楽しかったし…)
 身分違いを考えるのならイギリスにしよう、と舞台を決めた。
 次に決めるものは、互いの身分。
 ハーレイと自分、どちらかが貴族で、もう一方は農民にするのが良さそうだ。
 貴族は広大な領地を所有していて、それを農民たちに耕させて…。
(その収穫が、収入源だったらしいから…)
 農民も「持ち物」の一つだったと言えるだろう。
 ハーレイと自分、どちらかは貴族、もう一方は貴族の所有物の農民。
 それで考えるのが面白そうだし、そういう身分に生まれた二人にするのがいい。
 二人の身分が違っていたなら、二人を取り巻く世界もまるで違うだろうから。


(次は、どっちを貴族にするかで…)
 順当にゆけば、ぼくの方かな、と首を捻った。
 今の生では、ハーレイは「ブルー」に敬語を使いはしない。
 逆に「ブルー」が使う立場で、そうなるのは身分のせいではなくて、学校のせい。
 けれども、遥かな時の彼方では、「ハーレイ」が「ブルー」に話す時には…。
(必ず敬語で、そうなったのは…)
 エラが口うるさく徹底させていた、「ソルジャーに対する作法」が原因。
 船で一番偉いのだから、敬語を使って話すべきだ、という決まり。
(…あれも一種の身分制度ってヤツだったかも…)
 前のぼくだけが貴族ってヤツ、と思うものだから、そのまま転用するのなら…。
(ぼくが貴族になるんだけれど…)
 今の生では敬語を使う立場が逆だし、逆で考えるのが良さそうな感じ。
 第一、「ブルーの方が偉い」ままでは、想像してみても、さほど面白くないだろう。
 「意外な部分」が多くなるほど、「もしも」の世界に奥行きが出そう。
(よーし、貴族はハーレイの方で!)
 どうなるかな、とワクワクと思考をスタートさせた。
 舞台は遠い昔のイギリス、ハーレイは其処で生まれた貴族の一員。
(今のぼくたちと同じくらいの年の差で…)
 ハーレイは貴族の当主といったところだろうか。
 先祖代々の領地を受け継ぎ、何不自由なく暮らしている。
 働かなくても済む身分だから、狩りに出掛けたり、旅をしたり、と。
(…ぼくは、ハーレイが持ってる領地で、農民の家に生まれた子供で…)
 幼い頃から家の手伝い、乳搾りをしたり、畑で草を毟ったり。
 川に出掛けて魚を釣るのも、遊びではなくて食事のため。
 魚を沢山釣って戻れば、その日は食卓が豪華になる。
(そうやって毎日、家の仕事を手伝って…)
 生きている内に、ある日、ハーレイとバッタリ出会う。
 領地の見回りに来た馬車を見るのか、それとも川で釣りをしていたら…。
(ハーレイが、お忍びで…)
 釣りにやって来て、「釣れるか?」と尋ねてくるのだろうか。
 「釣れるんだったら、此処で釣ろう」と、「隣、いいかな?」と。


 考えただけで心臓がドキリと跳ねた。
 馬車の中のハーレイを目にするよりも、断然、そっちの方がいい。
 釣りをしていて、偶然、声を掛けられるのが。
 立派な釣竿を持ったハーレイが、隣に座って一緒に釣りを始めるのが。
(釣竿も立派で、服だって…)
 目立たない格好をしてはいたって、きっと仕立ての良い品だろう。
 農家で生まれた「ブルー」は知らない、見たこともないような布を使った服。
(この人、だあれ、って…)
 不思議に思って訊いてみたって、ハーレイは「さてな?」と微笑むだけ。
 「ただの釣り人でいいじゃないか」と、「今日は、お前さんと釣るんだからな」と。
 並んで釣りをしている間に、時間が経ってゆくものだから…。
(…ぼくの方が先に、お腹が減るよね?)
 農家の子ならば、朝から家の仕事も済ませて、釣りに来た筈。
 食事は粗末な内容だろうし、昼が来るまでにお腹が減るのに違いない。
(…お腹が、グーッて鳴っちゃって…)
 空腹なのだ、と訴えたならば、ハーレイは笑い始めるだろうか。
 ハーレイの方は、朝からたっぷり食べて来た上、何の仕事もしていない。
 強いて言うなら釣りをするために、何処かから歩いてやって来ただけ。
(お腹が減るのも、ずっと先だから…)
 釣り仲間になった子供のお腹が鳴ったら、「腹が減ったんだな」と思うことだろう。
 「子供は腹が減るのも早いし、当然だよな」と。
 ついでに農家の子供だったら、働いている分、貴族の子供よりも早く空腹になる。
(最初はそれに気が付かないで、お腹が鳴ったことを笑って…)
 「もう昼なのか?」と目を丸くしそうだけれども、じきに真相を見抜くだろう。
 「この子は、朝から一仕事してから、釣りに来たんだ」と。
 「腹も減るさ」と、「家に帰っても、飯は充分あるんだろうか?」と。
 もちろん「ブルー」の家に帰れば、食事は用意されている。
 農家の子供に似合いの料理で、うんと質素な食卓の中身。
 ハーレイならば、其処まで見通すだろうから…。
(ぼくのお腹が鳴った時には…)
 何も知らずに笑ってしまっても、その後には、きっと…。


 お弁当を分けてくれると思う、と「貴族のハーレイ」に胸が高鳴った。
 お忍びで釣りにやって来たなら、お弁当を持っていることだろう。
 屋敷の厨房で作らせたもので、ハーレイの一食分より遥かに量が多いのを。
(だって、お弁当が足りなかったら…)
 厨房の者の失態になるし、ハーレイは叱らなかったとしても、執事が叱る。
 「なんてことを」と、「お詫びしなさい」と。
 そうならないよう、ぎっしり詰まった、お弁当入りのバスケット。
 ハーレイは笑顔でバスケットを開けて、「食べていいぞ」と言ってくれそう。
 「どれでもいいから、好きなのを取っていいんだぞ」と。
(そう言われたら、とっても嬉しいんだけど…)
 美味しそうな匂いもするのだけれど、初めて見る料理に途惑って…。
(手を伸ばせなくて、困っていたら…)
 ハーレイが「ほら」と、選んで渡してくれるのだろう。
 「美味いんだぞ」と、「お前は、これを見たことないのか?」と微笑みながら。
(貰って食べたら、頬っぺたが落っこちるくらいに美味しくって…)
 他の料理も気になってしまって、バスケットを食い入るように見詰めるだろうか。
 「あれは何なの?」と、「どんな味がする食べ物かな?」と。
(ハーレイの顔より、バスケットの中身のお弁当…)
 色気より食い気っていうヤツだよね、と「自分」の姿に呆れるけれども、ありそうな話。
 なにしろ「ただの農家の子供」で、貴族の食事は知らないのだから。
(ハーレイ、笑い出しそうだけれど…)
 そんな「ブルー」が満腹するまで、お弁当の中身を惜しみなく分けてくれるのだろう。
 「全部食べてもいいんだぞ?」と、自分はのんびり釣りをしながら。
 「俺は帰ってから、家で食べればいいんだしな」と、「遠慮するなよ」と。
(いい人だよね、って…)
 心の底から思ってしまって、いつの間にか、恋に落ちている。
 自分でも、そうと知らないで。
 多分、生涯、恋をしたとは思わないままで、「御領主様」に一目惚れ。
 バスケットの中身が空になったら、二人で仲良く釣りを続けて。
 釣りを終えたら、「またね」とハーレイに元気に手を振り、家に帰って。


 それから何日か経った頃合いで、馬車の中に「ハーレイ」を見付けるのだろう。
 畑仕事を手伝う間に、両親が「御領主様だ」と言った方向に。
 お辞儀するように言われた馬車の、立派な座席に腰を下ろしているハーレイを。
(ビックリしちゃって、声も出なくて…)
 両親に頭を押さえ付けられて、馬車のハーレイにお辞儀しながら、考え始めるのに違いない。
 「御領主様じゃないハーレイに、また会えるかな?」と。
 いつもの釣り場で釣りをしていたら、またハーレイが来るだろうか、と。
(…ホントにハーレイが来てくれたなら…)
 隣で釣り糸を垂れてくれたら、とても幸せなことだろう。
 お弁当の中身を分けて貰えたら、前よりも、ずっと嬉しくて…。
(ハーレイの方でも、ぼく用に、お弁当を用意してくれていたら…)
 釣り場で会うだけの仲に過ぎなくても、最高に幸せだろうと思う。
 恋だと気付いていないままでも、ただの「釣り仲間」で生涯を終えることになっても。
(身分違いだったら、下手にハーレイの屋敷の使用人に迎えられちゃうよりも…)
 釣り仲間で過ごす方がいいよね、と頬を緩めて、うっとりとする。
 「その方がきっと、うんと幸せ」と。
 「ハーレイと、ずっと釣りをするんだ」と、「釣り仲間で終わる恋もいいよね」と…。



            身分違いだったら・了


※ハーレイ先生と身分違いの恋だったら、と想像してみたブルー君。貴族と農民な二人で。
 なんとハーレイ先生が貴族で、おまけに釣りで始まる恋。一生、ただの釣り仲間でも幸せv









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(…ずっと昔は、この世界には…)
 身分ってヤツがあったんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺たちが、暮らしている地域の辺りは…)
 人間が地球しか知らなかった時代は、日本と呼ばれた島国だった。
 士農工商に分けられていた、其処に住んでいた人間の身分。
(農民だと、上から二つ目なんだが…)
 本当に「上から二番目の地位」を誇れた者は、ほんの僅かしかいなかったという。
 実際の所は、一番下の商人の方が豊かな暮らしで、仕事の中身も楽だった。
(しかし、人間が生きてゆくには…)
 農民が作る米が大事で、一番上の身分の大名の優劣も、米の収穫量で決まっていたらしい。
 だから農民が不満を持たないように、「身分だけは」上から二番目の地位。
 「偉いんだぞ」と言ってやったら、その気になって頑張る者も…。
(はてさて、存在していたんだか…)
 今となっては謎だよな、と首を捻って、ブルーの顔を思い浮かべた。
 前の生から愛し続ける、愛おしい人。
 今は子供になっているけれど、いずれは前の生と同じに…。
(育って、うんと美人になって…)
 神々しいほどに気高くなるから、身分制度があった頃なら、間違いなく最上級だろう。
 士農工商で言えば士族で、武士の階級。
 大名の一人息子といった所で、あるいは将軍様かもしれない。
(…だがなあ…)
 チョンマゲは、ちと似合わないよな、と考えるまでもなく答えが出て来る。
 「あれは駄目だ」と、「ブルーには少しも似合いやしない」と。
 もっと時代を遡ってみれば、平安時代の貴族というのもあるけれど…。
(アレだって、子供時代はともかく、育てば一種の…)
 チョンマゲなのだし、やはりブルーには似合わない。
 とても身分が高いブルーなら、美しくいて欲しいと思う。
 一番上の身分に生まれて、相応しい暮らしをしているのなら。


 そうなってくると、この「日本」では駄目だろう。
 チョンマゲを結わない、ヨーロッパ辺りが良さそうだ。
(あそこで一番、身分にうるさかったのは…)
 確かイギリスだったっけな、と今の生で仕入れた知識を引き出す。
 前の生でも、イギリス貴族の話は聞いていたけれど…。
(断然、今の俺の方が、だ…)
 あれこれと本を読んだりしたから、遥かに詳しくなっている。
 「日本」では身分制度が無くなった後は、階級制度は、見事に崩れ去ってしまった。
 ある程度は残っていたらしいけれど、あからさまな差別は消えたという。
 店に入るのも、宿に泊まるのも、それに見合った服装や持ち金さえあれば…。
(元の身分が何であろうが、何も言われやしなくって…)
 きちんとサービスを受けることが出来て、買い物だって自由に出来た。
 お蔭でマナーなども自然と身につき、何処へ行っても相応に振る舞えるものだから…。
(元の身分が何だったかなんて、もう傍目にも分からなくなって…)
 いつの間にやら、誰もが同じで横並びの社会になっていた。
 農民だろうが、商人だろうが、それは身分というものではなく、職業になって。
(ところが、イギリスって国の場合は…)
 階級制度が根強く残って、貴族などの上流階級の者と、それ以外とでは月とスッポン。
 他の国では身分制度が消えていっても、まるで伝統を守るかのように…。
(しつこく残っていたらしいよなあ…)
 だから昔は、もっと酷いぞ、と「今の自分」の知識が教えてくれる。
 上流階級の特権意識は、それは強くて、とんでもなかった。
 自分より下の階級の者は、人間扱いしなかったほど。
 なんとも酷いと思うけれども、「ブルー」に似合いそうな身分ではある。
 チョンマゲなんかは結っていなくて、服装だって洗練されたもの。
(…前のあいつと、同じ姿に育ったら…)
 それは素晴らしいイギリス貴族の、「ブルー」が見られることだろう。
 立ち居振る舞いも仕草も優雅で、誰もが見惚れてしまうほどの。


(うん、なかなかに…)
 いいじゃないか、と想像していて、「だったら、俺は?」と疑問が浮かんだ。
 ブルーが上流階級だったら、自分は何になるのだろう。
(…もちろん俺も、あいつと同じに…)
 上流階級に生まれていないと、ブルーと付き合うことは出来ない。
 うっかり農民だったりしたなら、ブルーの家が所有している領地で暮らして…。
(ブルーが馬車で通ってゆくのを、見てるだけってか?)
 そいつは困る、と思ったけれども、身分や生まれは「選べはしない」。
 其処に生まれてしまったのなら、その場所で生きてゆく他はない。
 身分制度が壊れた後の時代だったら、何も問題無いけれど…。
(ブルーが上流階級に生まれて、其処で暮らしているってことは、だ…)
 上流階級は健在なのだし、階級制度も「生きている」。
 運良く、ブルーと同じ貴族に、生まれられればいいけれど…。
(…世の中、そうそう上手くいかないモンでだな…)
 今の俺たちはレアケースだぞ、と「今の生」の貴重さは承知している。
 神様が起こした奇跡のお蔭で、ブルーと二人で、青い地球の上に生まれて来られた。
 言うなれば「運が良かった」わけで、こんな幸運は、そう多くは無い。
(前の俺たちも、考えようによっては悲惨で…)
 不幸なカップルだったもんなあ、と苦笑する。
 幸せなことも多かったけれど、結局、最後は離れ離れで、一種の悲恋と言えるだろう。
 それを思うと、「ブルーが上流階級に生まれた」世界があったら…。
(幸せになれるとは、限らなくて…)
 俺の片想いで終わっちまうかも、という気がする。
 貴族と農民の間の溝は、当時だと、越えられるわけがない。
 橋を架けようにも、道具も、場所も見付かりはしない。
 ブルーは何処まで行っても貴族で、「ハーレイ」は、ただの農民のまま。
 どんなに努力してみた所で、どうこう出来るものでもない。
 ブルーは馬車で通ってゆくだけ、「ハーレイ」は馬車を見ているだけ。
 馬車の中のブルーが、どんなに気高く、美しくても。
 「あんなに綺麗な人がいるのか」と、見る度に、心を奪われていても。


(…うーむ…)
 こいつは厳しい世界だよな、と溜息が一つ零れ落ちた。
 貴族のブルーは「お似合い」だけれど、それに似合いの「ハーレイ」がいるとは限らない。
 違う身分に生まれたら最後、ブルーに恋することは出来ても、その恋はけして実りはしない。
 ブルーに気付いて貰えもしなくて、片想いで終わってしまいそう。
 とはいえ、そういうことになっても…。
(俺があいつに、惚れずに終わることなんて…)
 絶対にあるわけがない、と絶大な自信だけはあるから、そういう悲恋もあるかもしれない。
 ブルーと自分の生まれた「世界」が違ったら。
 同じ地球の上には違いなくても、階級制度があった時代に、違う身分に生まれたら。
(あいつは貴族で、俺は農民…)
 俺は、あいつの親父の所有物として生まれるんだな、と「今の自分」の知識が教える。
 ブルーが貴族に生まれて来るなら、当然、ブルーの父親がいる。
 公爵や侯爵、伯爵といった、立派な爵位を持った人物。
 広大な領地を所有していて、それを農民に任せているから、農民だって財産の一部。
 つまり「ハーレイ」は生まれた時から、ブルーの父親の持ち物になる。
 将来的には、ブルーの父親の領地を耕し、収入源になる家畜や農作物を育てるための使用人。
 家も畑も、何もかも、ブルーの父から借り受けているものでしかない。
 其処から生まれた収入の一部くらいは、好きに使わせて貰えても。
 市に出掛けて何か買うとか、そういったことは許されていても。
(…身分違いなら、そうなっちまうな…)
 俺は「持ち物」に過ぎないわけだ、と悲しいけれども、仕方ない。
 身分の壁は越えられないから、その地位に甘んじるしかない。
 農民として生きる間に、「ブルー」を目にすることがあっても。
 ある日、領地の見回りに来た「ブルーの父親」が、幼い息子を伴っていても。
(…チビのあいつに、一目惚れ…)
 五歳くらいにしかならない「ブルー」でも、会ってしまったら「惚れる」だろう。
 「なんて可愛い子供だろう」と、「いつまでも側にいられたら」と。
 それきり「ブルー」が忘れられなくて、ブルーの父の馬車が来る度に…。
(ブルーが一緒に乗っていないか、目を凝らすんだ)
 運が良ければ、其処に「ブルー」がいるだろうから。


 そんな具合に始まった恋は、どういう風になってゆくのか。
 片想いの悲恋で終わるにしたって、「見るだけ」で諦めたくなどはない。
 少しでも「ブルー」に近付きたいし、出来るものなら…。
(…側にいたい、と思うよなあ…?)
 毎日、ブルーを見ていられたら、と思い始めるのに違いない。
 ブルーが暮らす屋敷に行けたら、そうすることが出来るだろう。
 屋敷で雇われ、使用人として働くことを許されたなら。
(…農民の仕事も、屋敷の中にはある筈だしな?)
 お屋敷にだって菜園はある、と「今の自分」は知っている。
 新鮮な野菜を主人の食卓に届けるために、専用の畑が何処かに設けられているもの。
 まずは、屋敷の使用人用の門を叩いて…。
(下働きの見習いでいいんで、働かせて下さい、と…)
 畑で働く者に頼んで、上の使用人に話を通して貰う。
 「こういう者が来ておりますが、雇ってみてもいいでしょうか」と、お伺いを。
(…身元を聞かれて、面接みたいな感じになって…)
 お眼鏡に適うことが出来たら、畑で働く下っ端になれることだろう。
 使い走りなどにも便利に使われ、生まれ育った農家にいるより、仕事が多くて辛い毎日。
 寝る場所も厩の藁の上とか、納屋の隅とかになりそうだけれど…。
(それでも、ブルーの姿を、だ…)
 チラリと一目でも見られたならば、その日は、きっと幸せ一杯。
 「来て良かった」と心の底から満足しながら、満たされて眠りに就くのだろう。
 「このお屋敷の何処かで、ブルーも眠っている筈だ」と思いを馳せて。
 ブルーの部屋など、想像することも出来なくても。
 屋敷の中には入れないから、絨毯さえも知らないような身分でも。
(だが、頑張って、経験を積めば…)
 いつかは屋敷の中に入って、働ける時が来るかもしれない。
 屋敷の中で働く誰かが、「ハーレイ」の働きに目を留めてくれたなら。
 「こいつは、お屋敷でも使えそうだ」と、畑からスカウトされることがあったら。


(…そうなりゃ、運が向くってわけで…)
 屋敷に入って仕事していれば、昇進する機会は幾らでもある。
 ブルーを見られる日だって増えるし、いつかは、ブルー専属の…。
(使用人になって、紅茶を運べるくらいになれたら…)
 もう、それで俺は満足なんだ、と笑みを浮かべる。
 「身分違いなら、その程度でも、うんと幸せってモンだよな?」と。
 一生、片想いの悲恋だろうと、ブルーの側にいられれば。
 ブルーに紅茶を運び続けて、屋敷で働き続ける間に、ある日、寿命が尽きるのならば。
(…最期まで、あいつの側にいられた、って…)
 俺は喜んで天国に行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 「なんたって、ブルー専属だぞ?」と。
 生涯、ブルーに仕え続けて、紅茶を運んでいられたんだぞ、と…。



           身分違いなら・了


※ブルー君に身分違いの恋をしてしまった自分を、想像してみたハーレイ先生。
 片想いの恋でも、ブルー君専属の使用人になれれば、それだけで満足らしいですよv









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「ねえ、ハーレイ。旬を逃すのは…」
 嫌な方でしょ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 旬って…」
 何のことだ、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
 いきなり「旬」と口にされても、困ってしまう。
(…旬と言ったら、普通はだな…)
 魚や野菜や、果物などの出盛りを指す。
 同時に最も美味しい季節で、好物ならば逃す手は無い。
(今の俺にも、好き嫌いってヤツは無いんだが…)
 旬の食材は取り入れたいし、当然、美味だとも思う。
(ブルーが言うのは、その旬なのか?)
 よく分からんが、と首を捻っていたら、ブルーが尋ねた。
「ハーレイ、お魚とかの旬は気にならないの?」
 旬の時期が美味しいものなんでしょ、と赤い瞳が瞬く。
 「今のハーレイ、自分でお料理するじゃない」と。
「なんだ、やっぱり、その旬なのか」
 それでいいのか、とハーレイは苦笑する。
 「お前、料理とは無縁だからなあ、悩んじまった」と。


 そういう旬なら、ハーレイは、もちろんこだわるタイプ。
 食材を買いに店に行ったら、いい品が無いか棚を見回す。
 今の季節は何があるのか、旬の食材をチェックして…。
(それから献立を決めるってことも、多いしな?)
 なにしろ旬の品ともなれば、何処でも人気が高いもの。
 入荷するなり買う人も多くて、ライバルは多い。
(仕事の帰りに店に寄ったら、売り切れちまって…)
 棚が空っぽでガッカリする日も、珍しくはないわけで…。
「旬は逃したくはないな、確かに」
 逃げられることも多いんだが…、と軽く両手を広げる。
 「仕事が終わって買いに行ったら、売れた後で」と。
 するとブルーは、「次があるでしょ?」と首を傾げた。
 「次の日に買えばいいじゃない」と、不思議そうに。
「次だって? お前、分かってないんだなあ…」
 料理なんかはしないから、とハーレイはクックッと笑う。
 「旬なんだぞ?」と、「期間限定みたいなモンだ」と。
「いいか、その時期が短いからこそ、旬なわけでだ…」
 魚だったら漁期が終われば、入荷もしない、と説明して。
 野菜や果物も、天候次第で旬は早々に終わってしまう。
 一番美味しい時期が過ぎたら、それでおしまい。


「だからだな…。棚から消えるか、置いてあっても…」
 味が落ちてて駄目なんだ、とブルーに教えてやった。
「旬を逃すと、そうなっちまう。俺は勘弁願いたいな」
 出来れば旬の間に食いたい、とブルーの問いへの答えも。
「ふうん…。じゃあ、急がないと駄目なんだね?」
 旬になったら…、とブルーは瞳をパチクリとさせた。
「買い損ねちゃったら、食べ損なって終わりだし…」
「そうなんだ。来年の旬までさようなら、と…」
 消えてしまって食えないからな、とハーレイは頷く。
 「そいつは御免だ」と、「逃すわけにはいかないな」と。
「ハーレイらしいね、お料理するのが好きだから…」
 前のハーレイとおんなじだよね、とブルーが微笑む。
「旬がある分、前より楽しい?」
「そうだな、シャングリラじゃあ、旬は無かったなあ…」
 今ならではだ、と感慨をこめて相槌を打つと…。


「だったら、旬を逃しちゃ駄目だよ!」
 十四歳のぼくの旬、今なんだしね、とブルーは笑んだ。
 「早く食べなきゃ」と、「育っちゃったら駄目」と。
「馬鹿野郎!」
 今のお前は旬とは言わん、とハーレイは軽く拳を握った。
 銀色の頭に、コツンとお見舞いするために。
 「お前は旬を迎えてないぞ」と、「小さすぎだ」と。
 旬の魚の漁にしたって、小さい魚は逃がすモンだ、と…。



            旬を逃すのは・了







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