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(冬には、まだ少しばかり早いんだが…)
 動物たちには今が忙しい季節だよな、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(人間様だって、食欲の秋で…)
 美味しいものが欲しくなる季節だけれども、動物たちもそれに似ている。
 せっせと食べ物を探さなくても、実りの秋は、お腹一杯食べられて…。
(おまけに美味くて、最高なんだが…)
 問題は、その後のことだった。
 人間の場合は、自然の恵みも、農作物も、収穫して蓄えておけばいい。
 昔だったら、干したり漬けたり、様々な工夫が必要だった。
 貯蔵用の倉庫を作るにしたって、風通しなどを考慮しないと駄目だったけれど…。
(今の時代は、うんと技術が進んだからなあ…)
 専用の倉庫に入れておいたら、腐ったりする心配は無い。
 お蔭で店には、いつも新鮮な品が並んで、冬でも色々なものが食べられる。
 栽培や養殖の技術も進んでいるから、文字通り「とれたて」の品も並べられている。
(だが、動物だと、そういうわけにはいかないし…)
 秋の間に、冬に備えて頑張っておく必要があった。
 種族によっては、食べ物を貯蔵するものもいるけれど…。
(大抵のヤツらは、何処かに保存しておく代わりに…)
 栄養を余分に摂取しておいて、自分の身体に蓄えてゆく。
 いつも活動する分に加えて、食べ物の少ない冬に活動する分を。
 身体の周りに皮下脂肪をつけ、まるまると太って冬に動けるようにしておく。
(鳥だと、ふくら雀ってヤツで…)
 見た目も丸くて、とても愛らしい。
 とはいえ、雀の方にしてみれば、可愛く見えるように太ったわけでは全くない。
 太らないままで冬を迎えたら、食糧不足で、たちまち飢える。
 雀の餌になる小さな虫は、寒い季節には殆どいない。
 何か無いかと田んぼに行っても、穀物は収穫されてしまって、米粒も落ちていないだろう。
(腹が減ったら、もう飛べなくて…)
 食べ物を探しに他所へ行こうにも、もはやどうすることも出来ない。
 そうならないよう、栄養をつける努力をするのが、動物たちの秋だった。
 美味しく食べて丸く太って、寒さの季節に備えるシーズン。
 山に行ったら、リスが頬袋を膨らませていることだろう。
 ドングリを埋めたりもすると聞くけれど、その前に、まずは口一杯に詰め込んで。


 動物の秋は忙しそうだ、と思うと同時に、嬉しくもある。
 前の自分が生きた時代は、地球に動物はいなかった。
 それが今では、山にも森にも、冬を迎えるために駆け回るものたちがいる。
 「今の間に太らないと」と木の実などを食べ、まるまると太ってゆく鳥や獣が。
(そういえば、冬眠するヤツだって…)
 今の時代はいるんだよな、と思い当たった生き物たち。
 代表格は熊だろうか、と今の自分が暮らす地域に棲む動物を考えてみる。
(この辺りだと、ツキノワグマで…)
 もっと北の方へ行ったら、ツキノワグマよりも大きなヒグマになるらしい。
 彼らは秋に山のように食べて、冬の間は眠って過ごす。
 安全な巣穴を確保しておき、其処に潜って、春が来るまで目を覚まさずに…。
(ひたすら眠り続けるらしいな、飲まず食わずで)
 そうするためには、しっかり食っておかないと…、と冬眠前の熊の苦労を思う。
 どれほど腹に詰めるのだろうか、人間の身では全く分からない。
(もう食えない、ってほどに食っても、次の日が来りゃ、また食えるのが人間様で…)
 実際、お腹も減るものだから、冬眠などは出来ないだろう。
 「春まで寝るぞ」と決意を固めて準備をしても、三日ほどしか持たない気がする。
 布団に潜って眠っていたのに、お腹が鳴る音で目が覚めて。
 するとたちまち、「腹が減ったし、喉も乾いた」と自覚させられ、布団から出て…。
(何か食い物はあったかな、と探し回って…)
 ガツガツと食べて、冬眠はすっかり台無しになる。
 たらふく食べて満足した後、ウトウト眠ってしまったとしても…。
(腹が減ったら、また目を覚まして食うしかなくて…)
 冬眠するために休暇を取っていたとしたって、休暇の間は、その繰り返し。
 下手をしたなら、「こんな筈ではなかったんだが…」と、買い出しにだって行かねばならない。
 春まで眠る予定だったら、食料の備蓄は「目覚めた時に食べる分」しか無いかもしれない。
 それだと何回か目覚める間に、底を尽いてしまうことだろう。
(でもって、仕方なく、食い物を買いに店に行ったら…)
 其処で同僚にバッタリ出くわし、大笑いされてしまいそう。
 「おや、冬眠はどうしたんです?」と、食料品を詰めた籠を覗き込まれて。
 「それとも、今から冬眠でしたか?」と可笑しそうに尋ねてくる同僚。
 休暇を取ったのは何日も前で、本当だったら、とっくに眠っている筈だから。
 春まで起きて来るわけがなくて、家を訪ねても、鍵がかかっていて、出ては来なくて。


(赤っ恥っていうヤツだよなあ…)
 そいつは御免だ、と肩を竦める。
 冬眠も面白そうだけれども、人間に出来る芸当ではない。
 バカンス気分で「冬眠します」と休暇を取っても、けして眠って過ごせはしない。
 三日も眠れば上等な方で、自分の場合は二日くらいで限界が来ることだろう。
 「腹が減った」と、目が覚めて。
 グウグウと空腹を訴える音で、嫌でも意識を揺り起こされて。
(…そういう種族の動物でないと、冬眠なんかは…)
 出来やしないぞ、と思ったけれども、ハタと気付いた遥かな時の彼方の記憶。
 白いシャングリラで生きていた頃、前のブルーは…。
(十五年間も眠って過ごして、一度も起きやしなかった…)
 飯も食わなきゃ、水の一滴も飲んじゃいない、と今も鮮やかに覚えている。
 深く眠ってしまったブルーは、何の栄養も、もはや必要とはしなかった。
 ノルディが何度も調べたけれども、点滴さえも不要だという。
 ただの昏睡状態ではなく、身体の機能を極限まで落としてしまっていたから、何も要らない。
 生命を維持するための栄養、それは「摂らなくてもいいのだ」と聞いた。
 むしろ与えたら、過剰な摂取で、悪い影響が出てしまう。
(太っちまうとか、身体がむくんでしまうとか…)
 それでは本末転倒だから、ノルディは「何もしなかった」。
 ブルーの身体を診察するだけで、医療と名の付くことは一切していない。
(あれは一種の冬眠だよな?)
 前のあいつには出来たのか、と改めて「前のブルー」の能力の高さを思い知らされた。
 人間には不可能だと思える冬眠、それさえもやってのけたくらいに、前のブルーは強かった。
(それに比べて、今のあいつは…)
 まるで全く駄目なんだよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
 今のブルーは、サイオンが不器用になってしまって、思念さえもろくに紡げはしない。
 あれでは冬眠しようとしたって、どうにもならないことだろう。
 さっき自分が考えていたケースと同じで、お腹が空いて目を覚ます。
(ハーレイ、何か食べるものは、って…)
 出て来るんだな、とクックッと笑う。
 一緒に暮らし始めた後で、ブルーが冬眠宣言をしたら、きっとそうなる。
 「ぼくは春まで起きないからね!」と、勇んで寝室に籠っても。
 お腹一杯に食べ物を詰め込み、冬眠しようと頑張っても。


(…せいぜい、持って二日ってトコか…)
 いや、二日でも危ないな、とブルーの食の細さから計算し直した。
 食べられる量が少ないのだから、当然、胃袋の中身が減るのも早くなる。
 ハーレイだったら「三日はいける」かもしれないけれども、ブルーの場合は…。
(次の日の昼には、腹が減って起きて来そうだな)
 そしたら笑いながら飯を作ってやろう、と「冬眠に失敗したブルー」に思いを馳せる。
 罰の悪そうな顔で起きて来るのか、あるいは「何か食べるもの、ない?」と当然のように…。
(俺に要求するのか、どっちだ?)
 こればっかりは蓋を開けてみないと…、と想像する間に、別のことが空から降って来た。
 「今のブルーは冬眠しない」と、いったい誰が言ったんだ、という声が。
(…誰も言ってはいないんだが…)
 そもそも「眠る」必要が無いし、と思ったけれども、どうだろう。
 必要があるから冬眠するのが動物たちで、前のブルーも「そうだった」。
 自分の力が必要とされる時が来るまで、眠り続けて…。
(前の俺たちを助けるために、メギドを沈めて…)
 命尽きたわけで、今のブルーには、そんな局面は来ないけれども…。
(必要がありさえすれば、今のブルーも…)
 もしかしたら、冬眠するかもしれない。
 けれどブルーには、冬眠してまで「やらねばならない」ことは一つも無い筈で…。
(…大丈夫だよな?)
 あいつが冬眠するわけがない、と答えを出して、「待てよ?」と顎に手を当てた。
 前のブルーが「冬眠した」のが、力を温存するためならば…。
(…今のあいつだと、まるで使えない状態のサイオンってヤツをだな…)
 覚醒させるために深く眠って、体質を変えるかもしれない。
 「起きたまま」では不可能だけれど、「冬眠のように眠り続けて」、肉体を…。
(根本から変えてしまうんだったら、いけるんじゃあ…?)
 なにしろタイプ・ブルーだけに、と空恐ろしいけれど、ブルーなら可能性はある。
 前のブルーの生まれ変わりで、サイオンの能力は、本来、高い。
 ブルー自身にも自覚は無くても、ある日、突然、前のように深く眠り始めて…。
(目が覚めた時は、前のあいつと全く同じに…)
 サイオンを使いこなせる「ブルー」になるのかもしれない。
 不器用だったのが別人のように、前のブルーと同じ能力を身につけて。


(……うーむ……)
 まさかな、と否定したいけれども、否定し切れない部分も大きい。
 今のブルーも、前のブルーも、その能力は未知数だった。
 それだけに、ブルーと暮らし始めた後、急にブルーの食欲が増して…。
(もっと食べたい、お腹が減った、と…)
 食事も、おやつも、食べる量が目に見えて増えてゆく。
 冬に備えて山ほど食べる動物みたいに、ブルーもドッサリ食べる毎日。
(飯の支度をする、俺にしてみりゃ…)
 作り甲斐のある日々が続いて、朝から張り切ることだろう。
 「ホットケーキは何枚食べる?」と、「オムレツの卵は何個なんだ?」と。
 仕事に出掛けている間に、ブルーが家で食べる昼食、そちらの準備も抜かりなく。
 帰り道では、食料品店で片っ端から買い込んで…。
(家に着いたら、もう早速にキッチンに立って…)
 腕を奮って、ブルーの期待に応える。
 「もっと食べたい」、「お腹が減った」と、いくらでも食べてくれるのだから。
(いいことだよな、って毎日、もう嬉しくて…)
 せっせと料理を作り続けて、ケーキなども焼いて過ごす間に…。
(なんだか眠くなって来ちゃった、と…)
 いつものように「ベッドに入った」ブルーだけれども、次の日の朝…。
(ホットケーキを何枚も焼いて、オムレツを焼く準備もして、だ…)
 待てど暮らせど、ブルーが起きては来ないものだから、起こしに行ってみたら…。
(呼んでも、揺すっても、頬を叩いても…)
 起きてくれなくて、慌てて救急車を呼んで病院へ。
 祈るような気持ちで、医者に呼ばれるのを待って待ち続けて、やっと呼ばれて…。
(大丈夫ですよ、とノルディが昔、そう言ったように…)
 医者がケロリと告げて来る。
 「サイオンが目覚めるまで眠るだけです、心配なんかは要りませんよ」と。
 栄養も水も必要は無くて、ベッドに寝かせておくだけだけれど…。
(何年か、かかるかもしれませんね、と…)
 言われちまったら、俺は泣くぞ、と思うものだから、祈るしかない。
 「ブルーが冬眠しませんように」と。
 冬眠されたら、眠るブルーを見ていることしか出来ないから。
 また十五年も待たされるなんて、サイオンが目覚めるためにしたって、御免だから…。



             冬眠されたら・了


※ブルー君が冬眠してしまうかも、と恐ろしいことを考えてしまったハーレイ先生。
 前のブルーが15年間も眠ったからには、有り得ないとは言い切れないのが怖いですよねv








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「ねえ、ハーレイ。…ハーレイって…」
 修理するのは得意なの、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 修理って…」
 どういうヤツだ、とハーレイはブルーに問い返した。
 一口に修理と纏められても、修理の中にも色々とある。
 家にある道具で、誰でもヒョイと直せるもの。
 直す道具が家にあっても、少々、技術が必要なもの。
(技術が要るって方になったら、得意分野の方もだな…)
 人それぞれで変わって来るから、難しい。
 大工仕事が得意な人なら、家具や建具はお手のものだろう。
 けれど、敷物の端がほつれそうだとか、そういうものは…。
(大工仕事じゃ、どうにもならんぞ…)
 まるで分野が違うからな、と考えただけで答えが出て来る。
 ブルーが言う修理がどの分野なのか、まず聞かないと。


 ハーレイに尋ねられたブルーは、首を捻った。
「えっと…? 修理は修理で、そのまんまだよ?」
 壊れたものを直すヤツなんだけど、と答えに困った様子。
「そいつは、ただの思い付きなのか?」
 修理したい何かがあるんじゃなくて…、とハーレイは返す。
 「机の引き出しが壊れちまったとか、そういうのだ」と。
「引き出しだったら、壊れてないよ?」
 でも、そういうのも直せるの、とブルーの赤い瞳が瞬く。
 「引き出しなんかも、直せちゃうの?」と驚いた顔で。
「そりゃまあ、なあ…?」
 家にある道具で間に合う程度なら、とハーレイは笑んだ。
 実際、その手の修理だったら、別に大したことではない。
 自分の家でも、棚などを直したりもする。
 だから、ブルーにそう言ってやった。
「引き出しとかが壊れそうなら、壊れる前に、だ…」
 俺に言えよ、と片目をパチンと瞑って。


「ありがとう! 壊れる前でも、頼んでいいんだね!」
 流石、ハーレイ、とブルーは大きく頷く。
 「前はキャプテンをやっていたから、早めなんだね」と。
 言われてみれば、時の彼方ではそうだった。
 白いシャングリラに、故障が起きてからでは遅い。
 修理が必要になってしまう前に、必ず、メンテナンス。
 定期的に行う分はもちろん、予定外のも何度もやった。
(宇宙船ってヤツは繊細な上に、デカイ船だし…)
 何が原因で、どう壊れるかは、予測不能な部分も大きい。
 それだけに故障は未然に防いで、修理班は出ないのが理想。
(…とはいえ、それだけやっていても、だ…)
 やっぱり故障は起きたんだよな、と思い返して苦笑する。
 「修理班ってヤツも、あの船には必須だったよなあ…」と。


 ところでブルーは、何かを修理したいのだろうか。
 机の引き出しは無事らしいけれど、他の何かが壊れたとか。
(俺で直せるヤツならいいが…)
 聞いてみるか、とハーレイはブルーを見詰めて言った。
「それで、何かが壊れちまったのか?」
 俺に直せるなら直してやるが、と付け加えるのも忘れない。
 「難しいヤツは無理だし、専門外のも無理だがな」と。
 するとブルーは、「大丈夫だと思うけど…」と即答だった。
 「ハーレイだったら、きっと得意だと思うんだ」とも。
「…今の俺だ、ってトコを忘れてくれるなよ?」
 もうキャプテンじゃないんだからな、とハーレイは慌てた。
 部屋の空調を直してくれとか、頼まれたって困ってしまう。
 キャプテン・ハーレイだった頃なら、ある程度なら…。
(門前の小僧ってヤツで、船の設備も、そこそこは…)
 応急修理が出来たけれども、今では無理。
 ただの古典の教師なのだし、腕も知識も持ってはいない。


 「簡単なヤツしか直せないぞ」と、ハーレイは念を押した。
 今の自分に直せるものは、ごく単純なものだけだ、と。
「うん。でも、簡単なものだから…」
 それに、ハーレイにしか直せないしね、とブルーが微笑む。
 「他の人だと、絶対に無理」と、赤い瞳を輝かせて。
「おい、ちょっと待て!」
 いったい何の修理なんだ、とハーレイが覚えた不吉な予感。
 もしや自分は、とんでもない修理を請け負ったのでは…。
(いや、まさか…。しかしだな…!)
 嫌な予感しかしないんだが、と焦る間に、ブルーは言った。
「頼みたいのは、ぼくの心の修理だよ?」
 だって、キスしてくれないからね、とブルーは膨れっ面。
 「修理するなら、早めの方がいいんでしょ?」と睨んで。


(そう来たか…!)
 揚げ足まで取って来やがった、とハーレイは軽く拳を握る。
 ブルーの頭を、軽くコツンとやるために。
「そんなもの、修理の必要なんぞは無いからな!」
 壊れたって死にやしないだろうが、と叱って、頭をコツン。
 なにしろ、ブルーの心と来たら、壊れるどころか…。
(うんと太々しく、俺を陥れるような計画を…)
 着々と練ってやがるんだしな、と容赦はしない。
 手加減するのは忘れないけれど、此処は叱っておかないと。
 修理するなら魂胆の方で、よからぬ企てを防ぐためにも…。


         修理するのは・了








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(閉じ込められちゃう、っていうことが…)
 あるらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(エレベーターに乗ってる時とかに…)
 止まってしまって外に出られず、閉じ込められるというケースがある。
 人間が全てミュウになっても、その手のトラブルは無くなっていない。
(閉じ込められた人が、タイプ・ブルーだったら…)
 瞬間移動で出てゆくことは可能だけれど、面白いことに、そうではなかった。
 閉じ込められたら、係を呼んで「出して貰う」のが社会のルール。
(サイオンは、使わないのがマナーで…)
 他の手段があるのだったら、そちらを使うべきだとされる。
 エレベーターなどの閉じ込めだったら、係が来るまで「出ないで」待つ。
 たとえ急いでいたとしたって、慌てて出てゆくべきではない。
(よっぽど急ぎで、係を待ってる場合じゃなくて…)
 なんとかせねば、という時にしても、出てゆく前に通報はしておかねばならない。
 係を呼び出し、「閉じ込められてしまいました」と、現場や自分の状況などを。
 「とても急ぐので、自分で出ます」と伝えて、それから外へ出てゆく。
 でないと後で、乗ろうとした人が困ってしまうことになる。
(エレベーターが来ないんだけど、って…)
 いつまでも待つとか、代わりに階段を使うとか。
 係が気付けばいいのだけれども、気付かなかったら、大勢の人が迷惑する。
 故障が直って、エレベーターが動き出すまでの時間が伸びて。
 誰かが係に「おかしいですよ」と伝えない限り、修理係は来ないのだから。
(…そうならないように、きちんと係に連絡をして…)
 それが済んだら瞬間移動で外に出るのが、今の時代の正しいやり方。
(おまけに、急いでないんなら…)
 瞬間移動の能力を持っていたって、「出して貰える」まで、じっと待つべき。
 焦って外へ出てゆくようでは、まだまだ立派な大人と言えない。
(それをやっても「仕方ないな」で許されるのは…)
 多分、学生までなんだよね、と子供のブルーでも知っている。
 上の学校の生徒までなら、待ち合わせの時間に遅れそうだ、と飛び出すこともあるだろう。
 ところが大人は、そうはいかない。
 社会のマナーやルールというものを、ちゃんと守れるのが「一人前の大人」だから。


 瞬間移動が出来る人間には、少々、不便な今の世の中。
 閉じ込められてしまったが最後、自分の力ではどうにもならない。
(正確に言えば、どうにか出来る方法は、持っているんだけれど…)
 使いたくても使えないわけで、苛立つ場面もあるかもしれない。
 「待ち合わせの時間が、すぐそこなのに」と腕時計を見て、舌打ちをして。
 係が来るのを待っている間も、踵で床をコツコツと蹴って。
(だけど、それでも出て行かないのが…)
 マナーでルールになっているから、待たされた方も、その件について怒りはしない。
 たとえ半時間、一時間などと待たされようと。
(ホントは思念波も、使わないのがマナーだけれど…)
 そうした時なら、連絡手段に使ってもいいとされている。
 「閉じ込められてしまって、遅くなります」と相手に伝えて、待っていて貰う。
(連絡ついでに、思念でお喋り出来たなら…)
 いい暇つぶしになりそうだけれど、そちらの方は…。
(マナー違反になっちゃうみたい…)
 子供だったら別だけれど、とブルーにも充分、分かっている。
 「遅れそうです」と伝えた後は、「係を待つ」しか無いらしい。
 待たせている人と思念で話しはしないで、他のことをして待っているしかない。
 本でも持っているのだったら、それを読みながら。
 時間つぶしの種が無いなら、ただただ不運を呪いながら。
(…厄介だけれど、今のぼくだと…)
 最初っから、そうなっちゃうんだよ、と苦笑する。
 タイプ・ブルーには違いなくても、今の自分はサイオンを上手く扱えない。
 「ソルジャー・ブルー」だった頃には、息をするように自然に、あれこれ出来たのに。
 瞬間移動も簡単に出来て、アルテメシアの雲海に潜むシャングリラから…。
(地上に向かって、一気に飛んで…)
 一瞬でヒョイと出てゆけたのに、今の自分はエレベーターから出られもしない。
 閉じ込められてしまった時には、社会のマナーやルールを守る以前に、自分のために…。
(出られなくなってしまったんです、って通報しないと…)
 エレベーターの中から出られないまま、閉じ込められているしかない。
 待ち合わせの時間に遅れるだとか、贅沢を言える立場でさえない。
 なにしろ「自分では出られない」のだから。
 出てゆきたくても出てゆけなくて、係に出して貰うしかない。
 瞬間移動でヒョイと出るなど、今の自分には無理だから。
 逆立ちしたって出来はしなくて、「出られないんです」と通報するのが精一杯で。


 なんとも困った、と思うけれども、幸い今まで、閉じ込められた経験は無い。
 ついでに「社会のマナー」で言うなら、自分では「出られない」のだし…。
(まだ子供なのに、ちゃんと係に連絡をして、じっと待ってるタイプ・ブルーで…)
 良い子の見本になれそうではある。
 サイオンが不器用で「出られない」ことさえ知られなければ、係に褒めて貰えるだろう。
 「タイプ・ブルーなのに、待っていたの?」と、「我慢強いね」と、手放しで。
(それはとっても嬉しいんだけど…)
 閉じ込められるのは困るよね、と顎に手を当てる。
 学校やデパートのエレベーターなら、係が直ぐに来そうだけれど…。
(本屋さんとかだと、係は常駐してなくて…)
 何処かの会社から駆け付けることになるだろうから、かなり時間がかかりそう。
 半時間で済めばいいのだけれども、一時間も出られないだとか。
(そんなの、困る…)
 待ち合わせの予定が無くても困っちゃうよ、と思った所でハタと気付いた。
 今はチビだから、ハーレイとデートは出来ないけれど…。
(大きくなったら、もちろんデートに行けるから…)
 ハーレイの仕事が終わるのを待って、それからデートもあるかもしれない。
 喫茶店などで待ち合わせをして、ハーレイが来たら、デートの始まり。
(ワクワクしちゃって、うんと早めに家を出て…)
 待ち合わせの場所に早く着き過ぎるようなら、時間を調整しなくては。
 喫茶店で待ってもいいのだけれども、紅茶だけでは長居は出来ない。
(ぼくが、沢山食べても平気なタイプだったら…)
 注文を重ねて待てば良くても、生憎、それは出来そうにない。
 出来たとしても、ハーレイが店に着いた時には…。
(お腹一杯で、なんにも食べられなくって…)
 せっかくのデートが、台無しになってしまいそう。
 ハーレイが予約を入れている店で、食事したくても食べられなくて。
 待ち合わせ場所の喫茶店でも、ハーレイのお勧めのケーキやタルトやパイなどが…。
(色々あるのに、どれもお腹に入らなくって…)
 ハーレイが注文して「味見するか?」と尋ねてくれても、味見も出来ない。
 その上、ハーレイのお勧めのお菓子は…。
(ぼくが注文して食べた中には、一つも入ってないんだよ…!)
 悲劇だよね、と泣きたくなるから、喫茶店で長居をしてはいけない。
 他の場所に出掛けて時間調整、書店に行くとか、歩きすぎて疲れないコースを選んで。


(ぼくが選んで入りそうなのは、本屋さん…)
 色々なフロアで棚にある本を眺める間に、時間はかなり潰せるだろう。
 じっくり本を選びたい人が座るための椅子も、テーブルも用意されている。
(疲れずに待てて、ゆっくり出来て…)
 丁度いいけれど、フロアからフロアへ移動するには、エレベーターに乗ることになる。
 エスカレーターも設置されてはいても、一気に何階か移動するなら…。
(エレベーターの方が、断然、便利で…)
 速いものだから、そっちを選んで乗るのが定番。
 特に書店に入った直後は、一番上にあるフロアまで…。
(エレベーターに乗って上がって、其処から下のフロアを順に…)
 回ってゆくのがお気に入りだし、時間つぶしに入った場合も、きっと変わらない。
 一気に上まで、そういうつもりで乗り込んで…。
(途中で乗って来る人もいなくて、ぼく一人だけで…)
 貸し切り状態で上昇中に、エレベーターが止まってしまったら…。
(どうするわけ!?)
 大変じゃない、と青ざめた。
 ハーレイとの待ち合わせ時間には、まだ早いから、と書店に入ったまではいい。
 ところが「エレベーターに閉じ込められてしまった」わけで、今の自分の力では…。
(出られなくって、係の人を呼ぶしかなくて…)
 閉じ込められたのが書店のエレベーターでは、係の到着は遅くなりそう。
 これが学校やデパートだったら、係は直ぐに来てくれるのに。
 修理に時間がかかったとしても、一時間も待たずに済みそうなのに。
(でも、本屋さんのエレベーターだと…)
 修理係が何処から来るのか分からないから、場合によっては一時間経っても…。
(お待たせしました、今、着きました、って…)
 連絡が入って、それから修理が始まることもあるかもしれない。
 そうなったならば、待ち合わせの時間は、ぐんぐん迫って、もしかしたなら…。
(過ぎてしまうかも…!)
 そんなの困る、と泣きたいけれども、どうすることも出来ないらしい。
 ハーレイに「ごめん、閉じ込められちゃって…」と思念で伝えることも出来ない。
(今のぼくには、非常事態でも、思念で連絡なんかは無理で…)
 自分がどういう状況にあるか、ハーレイに知らせる手段は無い。
 ハーレイが時間通りに喫茶店に着いたら、其処に「ブルー」の姿は無くて…。
(遅れてるんだな、って腰を下ろして、コーヒーを頼んで…)
 ブルーが来るのを、のんびりと待つことになるだろう。
 いったい何が起きているのか、まるで全く知らないままで。


(…どうすればいいの…!?)
 出られない上に、連絡だって出来ないんだよ、と涙が出そう。
 今の自分は、どうしようもなく駄目らしい。
 タイプ・ブルーに相応しく「とても急いでいますので」と、係に告げて「出る」のも無理。
 その「出られない状況」について、ハーレイに伝えるための思念も紡げはしない。
(泣きながら待っているしか無いの…?)
 外に出られるようになるまで…、とパニックだけれど、係と連絡は出来るのだから…。
(泣いていないで、落ち着いて…)
 すみませんが、と頼めばいいんだ、と閃いた。
 「閉じ込められてしまって出られない」ことを、ハーレイに伝えて貰えるように。
 待ち合わせの時間が近付いて来たら、そうすればいい。
 「この店で、待ち合わせの約束をしているんです」と、まずは喫茶店の名前を告げる。
 場所も伝えれば、より正確な情報になることだろう。
 そして、その店を探して貰って、待ち合わせの時間に現れたハーレイを見付けて貰って…。
(待ち合わせのお相手が、閉じ込められておられるようです、って…)
 閉じ込められた書店の名前と場所を、ハーレイに伝えて貰えばいい。
 「暫く時間がかかるそうです」と、「おいでになるまで、お待ち下さい」と。
(そしたらハーレイも、ぼくも安心…)
 出られるようになったら、大急ぎで喫茶店に走って行くよ、と思ったけれど。
 店に着いたら、「遅れてごめんね」と、息を切らせて謝ろう、とも考えたけれど…。
(ううん、ぼくが閉じ込められてる時に…)
 ハーレイがのんびりコーヒーを飲んで、店で待っているわけがない。
 今も昔も、ハーレイはそういうタイプではなくて、判断も行動も、うんと早くて…。
(気配りだって、人一倍で、だからキャプテンをやってたわけで…)
 コーヒーなんか、絶対、飲んでる場合じゃないよ、と顔が綻ぶ。
 「ハーレイだったら、きっと思念が飛んで来るよね」と、その時の自分を想像して。
 ブルーがどうなってしまったのかを、今のハーレイが知ったなら…。
(待ってろ、直ぐに行くからな、って…)
 喫茶店を飛び出して、書店に駆け付けて来てくれる。
 エレベーターから出られた時に、「ハーレイ」が其処にいられるように。
 長い間、閉じ込められてしまったブルーを、慰め、デートに連れてゆくために。
(うん、ハーレイなら、きっとそう…)
 閉じ込められちゃっても、そんなショックは吹っ飛んじゃうよ、と断言出来る。
 ハーレイからの思念が「待ってろ」と届いた瞬間に。
 「直ぐに行くから」と聞こえた途端に、そして出られて会えた時には、もう完全に…。



           閉じ込められちゃっても・了


※エレベーターなどに閉じ込められても、自分の力では出られないのが今のブルー君。
 ハーレイ先生とデートの時に、そうなったら…。ハーレイ先生、駆け付けてくれますよねv








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(閉じ込めか…)
 こればっかりは無くならんよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 どういうわけだか、ポンと頭に浮かんで来たのが「閉じ込め」という言葉。
 今の時代も、「閉じ込められる」ことは無くなっていない。
(人間が全て、ミュウになっても、この手のヤツは…)
 現役で健在なんだよな、と思うと少し可笑しくなる。
 ミュウがいなかった時代はまだしも、今なら閉じ込められたって…。
(タイプ・ブルーだったら、瞬間移動で…)
 ヒョイと出られるから、騒ぐ必要など何処にも無い。
 ところがどっこい、タイプ・ブルーでも「閉じ込められてしまう」のが今の世の中。
(全員がミュウになるまでの間の、移行期だったら…)
 タイプ・ブルーが「閉じ込められる」ケースは無かっただろう。
 その時代ならば、彼らは「自力で」脱出した上、一緒に閉じ込められた人がいたなら…。
(能力次第で、一緒に連れて出てやれば…)
 閉じ込めの問題はそれで解決、後は救助を待てば良かった。
 流石に「何人も」連れて出るのは疲れることだし、サイオンだって減少してしまう。
 だからその場で「助けを待つ」のが、賢明だったことだろう。
 その内に救助の人が到着、水も食料も、乗り物も運んで来てくれるから。
(しかし、今では…)
 サイオンは「使わない」のが社会のマナーで、誰もがそれを心得ている。
 閉じ込められてしまった場合も、命の危険が無い限りは…。
(救助を待て、ってことになってて…)
 待たずに出られるタイプ・ブルーも、サイオンは使わないで「待つ」。
 閉じ込められたのが、自分一人でも。
 他には誰もいない状況、見ている人さえいない時でも、待っているのが正しい方法。
(エレベーターに乗ってて、目的の場所が自分の家でも…)
 家がある階まで残り僅かでも、「閉じ込められてしまいました」と、係を呼び出す。
 エレベーターが再び動き出すまで、半時間ほどかかったとしても。
 係が直ぐには来られないなら、「出て下さっていいですよ」というケースはあるけれど…。
(それでも出ないで、じっと待つのが今なんだよなあ…)
 待てるのが立派な大人ってヤツで…、と苦笑する。
 「出て下さっていいですよ」でパッと出るのは、学生までだ、と。


 なんとも愉快な、ミュウしかいない世界のルール。
 「サイオンは使わない」のがマナーだからと、閉じ込められても「待つ」なんて。
(こいつが、前の俺の時代なら…)
 もう我先に出ちまったよな、と考えなくても答えは出る。
 もっとも、当時に「出られた」者など、数えるほどしかいなかった。
 前のブルーと、それからジョミー、ナスカで生まれた子供たちだけで、たったの九人。
(トォニィたちなら、絶対、出たぞ)
 まあ、子供ではあったがな、と顎に手を当て、「うん」と頷く。
 身体は大人になっていたって、彼らの中身は子供だったし、今の学生と変わらない。
 「出て下さってもいいですよ」と言われなくても、勝手に出ていたことだろう。
 それこそ自分の判断で。
 「救助なんかを待っているより、出た方が遥かに早いじゃないか」と。
(…今の時代も、そういう輩は少なくなくて…)
 「閉じ込められた」と通報もせずに、出て行ってしまって、それでおしまいなこともある。
 社会のルールやマナーを身につけるには、まだ充分ではない年の子ならば、そうなってしまう。
(でもって、自分が出られさえすりゃ…)
 それで問題は解決するから、周りの大人に話しもしない。
 閉じ込められたことなど忘れて、遊びに行ったり、家に帰っておやつを食べたり。
(そんなわけだから、エレベーターが故障してたって…)
 次に乗ろうとした誰かが気付くか、管理している係が気付く時まで、直りはしない。
 閉じ込められた子が、たった一言、「止まってますよ」と知らせれば、じきに直ったのに。
(でもまあ、子供のやることだから…)
 そんなモンだ、と理解出来るし、大人だったら、誰でも同じに理解する。
 「仕方ないな」と笑って許して、子供を呼んで叱りはしない。
(だが、そういった子供でも…)
 育つ間に、自然と学んで、通報するようになってゆく。
 「出られさえすれば、それでいいや」と考える代わりに、「次に乗る人もいるんだから」と。
 もっと大きく育っていったら、もう勝手には出てゆかない。
 係を呼んで「大人しく待って」、エレベーターが動き出したら、御礼を言って去ってゆく。
 閉じ込められていた時間が長くて、自分の持ち時間が大きく削られていても。
 遊びに行くのが遅くなろうが、会議に遅刻する羽目になろうが。
(それで文句を言うわけじゃなくて、待たされちまったりした方だって…)
 もちろん文句を言いはしないし、「仕方ないな」と許してくれる。
 許すどころか、「大変な目に遭いましたね」と同情しきりで、何か奢ってくれたりもして。


 そうした時代になっているから、「閉じ込められる」ことは無くなっていない。
 エレベーターだの、遊園地にある観覧車だの、と様々な場所で「閉じ込められる」。
(山の上の風景を堪能しよう、とゴンドラとかに乗って行ったら…)
 閉じ込められてしまう時があったりするのも、よくある話で珍しくない。
 そういう時でも、地上から遠く離れた所で、救助が来るまで「待っている」もの。
 「タイプ・ブルーだから」とサッサと出ないで、まずは通報、それから「待つ」。
 悪天候で止まってしまって閉じ込められても、故障で止まってしまった時も。
(係の方から、出られるお客様は出て下さい、と言って来たなら…)
 該当する者はサイオンを使い、能力があったら救助もする。
 自分がヒョイと出てゆく代わりに、子供や、具合が悪くなった客を先に出したりもして。
(いい時代だよなあ…)
 本当にいい時代になった、と感慨深いものがある。
 誰もが他人を思い遣るのが、今の時代は「当たり前」。
 「自分さえ良ければ」と思いはしないで、助け合える時には助け合う。
(俺とブルーが、そんな具合に閉じ込められても…)
 やっぱり同じに助け合ったり、譲り合ったりすることだろう。
 二人で暮らし始めた未来に、そうなったなら。
 エレベーターだの、ゴンドラだので、閉じ込められてしまった時は。
(俺たちの他には、誰もいなくても…)
 もちろん勝手に出てゆかないさ、と思うけれども、その前に「それ」は無理な相談。
 今のブルーは、前のブルーとそっくり同じに、タイプ・ブルー生まれてはいても…。
(…サイオンが不器用になっちまってて…)
 思念波もろくに紡げないほどだし、瞬間移動など出来るわけがない。
 自分だけ先に出られはしないし、もちろん「ハーレイ」を脱出させられもしない。
(つまりは二人で、じっと待つだけ…)
 助けがやって来るのをな、と想像すると笑いがこみ上げて来る。
 「なんてこった」と、「ソルジャー・ブルーが、閉じ込められてしまうなんて」と。
 今も伝説になっているのが、前のブルーで「ソルジャー・ブルー」。
 前のブルーが存命だった時代でさえも、人類はブルーを「伝説のタイプ・ブルー」と呼んだ。
 ブルーの他には「タイプ・ブルー」が誰もいなくて、その能力は脅威だったから。
 けれども、今のブルーは「違う」。
 閉じ込められても「出られもしない」し、他の者を代わりに脱出させることも出来ない始末。
 いつか「閉じ込められた」時には、たちまち困ることだろう。
 「閉じ込められちゃったよ、どうしよう」と、「ハーレイ」に助けを求めるだけで。


(俺が係に通報するしか無いだろうなあ…)
 二人で閉じ込められた時には、とマグカップの縁を指先で弾く。
 今は「ハーレイ」の方が年上なのだし、ブルーの保護者的な存在でもある。
 ブルーが前のブルーと同じ姿に育っていようと、その構図はきっと変わりはしない。
(通報したら、まずはブルーを落ち着かせて、だ…)
 それから救助を待つのだけれども、直ぐには来ないかもしれない。
 エレベーターなら、半時間も待てば大抵は解決するけれど…。
(…悪天候で止まったゴンドラだったら…)
 もっと時間がかかることだろう。
 場合によっては「お客様は、タイプ・ブルーでらっしゃいますか?」と聞かれる可能性もある。
 「天候が回復しそうにないので、出られそうなら出て下さい」と、脱出の許可が出て。
(そう言われてもなあ…?)
 こっちも困っちまうんだが…、とコーヒーを一口、喉の奥へと送り込む。
 「タイプ・ブルーは一人いるんだが、どうにもならん」と。
 今のブルーは出られはしないし、ハーレイを先に出すことも出来ない。
 だから係の者への答えは、「いるにはいるんだが、いるってだけだ」になるだろう。
 「タイプ・ブルーには違いないんだが、サイオンが不器用で駄目なんだ」と。
(…俺がそう言ったら、ブルーの方は…)
 たちまち泣きそうな表情になって、「ごめんね」と詫びて来るのだろうか。
 「ぼくのせいだ」と、「ぼくのサイオンが普通だったら、出られたのに」と。
(泣きそうどころか、泣いちまうかもなあ…)
 閉じ込められてる時間が長くなったらな、という気がする。
 天候が回復するかどうかは神様次第で、かかる時間も全く読めない。
 天気予報が進歩したって、其処の所は今も昔も…。
(ちっとも変わっちゃいないんだ…)
 俺がキャプテンだった頃から…、と承知している。
 天気は急に変わるものだし、そのせいで「ゴンドラに閉じ込められる」。
 運行している会社や係が、常に気を付け、細心の注意を払って動かしていても。
(待てど暮らせど、動かなくって…)
 一定の時間が経過したなら、救助の係がやって来る。
 まずはサイオン抜きでの救出、それが無理なら、瞬間移動のエキスパートの登場になる。
 ゴンドラの中にヒョイと現れ、乗客を瞬間移動で救助。
 一人ずつ抱えて、順番に。
 安全な所まで一気に運ぶケースもあれば、下に降ろすだけのこともある。
 どちらにしたって、待てば助けは来るのだけれど…。


(あいつ、本当に泣いちまうよなあ…)
 助けがやって来るまでに、と「その光景」がまざまざと目に浮かぶよう。
 「ごめんね、ハーレイ」と、「出られないの、ぼくのせいだもの」と泣きじゃくるブルー。
 下手をしたなら、泣き崩れてしまうことだろう。
 「ぼくが悪いんだ」と、「ゴンドラに乗ってみたいよね、って誘ったから」などと言い出して。
(あいつは、少しも悪くないのに…)
 悪いのは天気のせいなんだがな、と思いはしても、ブルーには、きっと通じない。
 タイプ・ブルーのサイオンさえあれば、「外に出られた」筈なのだから。
(そうならないよう、閉じ込められても…)
 あいつが泣かずに済むような工夫をしてやらないと…、と考えをゆっくり巡らせてゆく。
 「落ち込んじまう前に、手を打たないと」と。
(あいつと何処かへ出掛ける時には、非常食を持っておくべきかもな?)
 甘い物はストレス解消にもなるし、とチョコレートなどを挙げて思案する。
 「そういうのを持っていなかった時は、どうするかな?」とも。
 閉じ込められても、ブルーには「ハーレイと一緒なら安心だよね」と笑顔でいて欲しいから…。



              閉じ込められても・了


※タイプ・ブルーでも「閉じ込められてしまう」のが、人間が全てミュウになった時代。
 ハーレイ先生とブルー君も、閉じ込められてしまうかも。ハーレイ先生、頼りになりそうv









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「ねえ、ハーレイ。足りない力は…」
 人に借りてもいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ?」
 どういう意味だ、とハーレイはブルーをまじまじと見た。
 いったい何を聞かれているのか、意味が全く掴めない。
 足りない力というのは何で、人に借りるとは何だろう。
 質問の意味が分からなければ、当然、答えを返せはしない。
 だからハーレイは、ブルーに向かって注文した。
「今の質問なんだが、俺にも分かるように言ってくれ」
 足りない力と、人に借りるというのを詳しく説明しろ、と。
 ブルーは「分かったよ」と、直ぐに頷いて話し始めた。


「えっとね…。ぼくが、大きな荷物を運ぶとするでしょ?」
 例えば、学校の倉庫から教室まで、とブルーが挙げた例。
 学校には体育用具などの他にも、幾つも倉庫がある。
 授業で使う様々なものを、生徒が教室まで運ぶことも多い。
「ああ、お前が当番になった時だな?」
「そう! ぼく一人だと持ち切れないとか、そんな時…」
 他の人の力を借りてもいいんでしょ、とブルーは尋ねた。
 当番がブルーしかいない時なら、誰か他の人、という質問。
「そりゃそうだ。いいとか、悪いとか以前の問題だろう」
 人間、助け合わないとな、とハーレイは笑顔で答える。
 当番の生徒が困っていたなら、頼まれなくても助けるべき。
 「ぼくも手伝うよ」と名乗りを上げて、二人で荷物を運ぶ。
 手の空いている生徒が他にもいるなら、その生徒だって。
「そうだよね? 目に見える力の方だと、それかな」
「目に見える力?」
 物理的な力のことか、とハーレイはブルーに確認をする。
 荷物を運ぶ力といったら、そういう類の力だから。


 ブルーは「うん」と即答した後、二つ目の例を挙げて来た。
「あのね…。誰かがポロポロ涙を流して…」
 一人で泣いているような時、とブルーは真剣な表情で言う。
「そういった時に、どうしたの、って聞いてあげる人…」
 うんと優しい人がいるでしょ、とブルーの説明は続く。
 声を掛けた人は、泣いている人の心に寄り添うことになる。
 泣いている理由に耳を傾け、慰めたり、一緒に泣いたりも。
 そうやって心を癒すけれども、それも力の一種だろう、と。
「ねえ、ハーレイは、そうは思わない?」
 どう思う、とブルーが訊いて、今度はハーレイが即答した。
「その通りだと俺も思うぞ」
 確かに、そいつも力だよな、とブルーに微笑み掛ける。
 「なかなか、いいことを言うじゃないか」と。
「そういう力も、もちろん借りてもいいよな、うん」
 むしろ、大いに借りるべきだろう、と太鼓判を押してやる。
 「一人であれこれ悩んでいるより、そうするべきだ」と。


 誰かに話を聞いて貰えば、心の中が整理されてゆく。
 悲しみで一杯になっていたって、心の中を整理したなら…。
「心に余裕って空きが生まれて、他の色々なことをだな…」
 考えられるようになるってモンだ、とハーレイは言った。
 「そうすりゃ涙も早く止まるし、気分も落ち着く」と。
「やっぱりね! 足りない力は、人に借りてもよくて…」
 借りた方がいい時もあるんだよね、とブルーの瞳が瞬く。
「そうだとも。見える力の方も、理屈は同じだな」
 荷物を無理して運べばどうなる、とハーレイは問い掛けた。
「重たいヤツとか、持ち切れないのを、一人で運べば…」
「落っことしちゃって、壊しちゃうかも…」
「正解だ。そうなるよりかは、誰かに頼んで…」
 手伝って貰うのが正しいんだぞ、と説いてやる。
 見える力も借りるべきだし、少しも恥じることはない、と。
「じゃあ、ハーレイも、そういう人を見掛けたら…」
 力を貸すの、とブルーが訊くから、「ああ」と答えた。
 「其処で力を貸さないようなら、話にならん」と。
 教師としても、人間としても失格だろう、と苦笑しながら。


 するとブルーは、それは嬉しそうにニッコリと笑んだ。
 「それなら、ぼくに力を貸して」と、赤い瞳を煌めかせて。
「力って…。模様替えでも始めるのか?」
 この部屋の、とハーレイが見回すと、ブルーが微笑む。
「違うよ、見えない力だってば!」
 心に寄り添ってくれるんでしょ、とニコニコと。
 「キスをちょうだい」と、「それで元気になれるから」と。
「馬鹿野郎!」
 誰がするか、とハーレイは頼みを蹴り飛ばした。
 そんな力は貸せないから。
 模様替えなら手伝うけども、キスは断じてお断りだ、と…。


          足りない力は・了





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