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(此処は俺の部屋で…)
 座っているのは俺の椅子で、と見てみるハーレイ。
 夜の書斎で、本に囲まれた部屋を見回し、気に入りの机に、それから椅子も。
 生まれ育った家があるのは隣町だけども、この家に越して来てからも長い。
 この町で教師になるのと同時に、此処へ引越して来たのだから。
 十五年以上も暮らしている家、自分好みに整えた書斎。
 使い勝手のいい机を据えて、座り心地のいい椅子を置いて。
 棚にズラリと並んでいる本、それも好みのものばかり。
 仕事用の本も混じるとはいえ、今の仕事も趣味の延長のようなものだから。
(…こんな具合に、俺は暮らしているってわけだが…)
 さて、と椅子に深く腰掛け、目を閉じてみた。
 そうしたら何が見えてくるかと、今夜は何処へ旅をしようかと。
 若い頃から好きだった。
 夜の書斎から旅に出るのが、想像の翼を羽ばたかせるのが。
 今の自分が座っている場所、其処を離れて遥か彼方へと。
 教室でいつも生徒に教える古典の世界へと時を越えたり、まだ見ぬ土地へと旅立ってみたり。
 もちろん思念体などではなくて、ただの想像。
 思念体で抜け出すほどの力は持っていないし、あった所で思念体で時間は越えられないから。


 行ったつもりで旅を楽しむ、夜のひと時。
 目を閉じてみると見えてくる世界、大海原の上を飛んでゆくとか、広い砂漠に立ってみるとか。
 資料でしか知らない、遠い昔の都大路を歩いたりもする。
 ギシギシとゆっくり進む牛車がゆくのを眺めて、壺装束の女性などともすれ違いながら。
 その時々で、思い付き次第で何処へでも行けた想像の旅。
 広い宇宙にも飛び立ったけれど、今では少し事情が変わった。
(…こいつは俺の夢じゃないんだ…)
 今日はこっちのパターンだったか、と目を閉じたままで浮かべた苦笑い。
 瞼の裏に浮かんだ光景、今と同じに本の背表紙が並ぶ部屋。
(俺の好みだか、そうじゃないんだか…)
 前は確かに好みで揃えた筈だったんだが、と目は開かないで本の背表紙を追ってゆく。
 今でも鮮やかに思い出せる本、これはあの本、こっちはこれ、と。
 おぼろげなものもあるけれど。
 曖昧にしか記憶に残っていない本だって、何冊も混じっているのだけれど。
(でもって、こっちが俺が書いたヤツで…)
 今や超一級の歴史資料だな、と可笑しさがこみ上げてくる立派な背表紙。
 なんだって、こんなに偉そうなモノを用意される羽目になったんだか、と。
 前の自分の航宙日誌。
 遠く遥かな時の彼方に、この光景は確かにあった。
 空想の翼を広げて飛ぶ旅、それとは違って本当に自分が見ていたのだから。


(…あの部屋も好きではあったんだ、うん)
 前の自分が暮らしていた部屋。キャプテン・ハーレイのためにあった部屋。
 白いシャングリラの中でも特別な部屋で、他の仲間の部屋とは違った。
(あいつの部屋とは桁が違ったが…)
 前のブルーが使った青の間、あの広さにはとても及ばない。
 けれど、シャングリラを預かるキャプテン、仲間たちと同じようにはいかない。
 ゼルやヒルマン、エラやブラウもそうだったけれど。
 仲間たちよりも上の立場に置かれた以上は、部屋の設えもそのように。
(…ちょっとスペースが広かったりな)
 立場からして、客が来ることも多いから。
 狭い部屋では何かと不便で、不都合なこともあるものだから。
 仰々しいとは思ったけれども、悪くはなかったキャプテンの部屋。
 こうして懐かしく思い出せるのが、その証拠。
 苦手なものなら、頭にヒョイと浮かんだとしても、眺める代わりに追い払うから。
 アルタミラで長く閉じ込められた檻などだったら、早々に消えて貰うから。
(俺の部屋なあ…)
 座り心地も似ていたっけな、と椅子の感触に笑みが零れる。
 今の自分の体格に合わせて大きなものを、と買った椅子。
 あれこれ試して選んだけれども、ずっと昔も似たような椅子に座っていたか、と。


 いい部屋だった、と今はもう無いキャプテンの部屋を心で眺める。
 目を閉じたままで、心の中でだけ使える瞳で。
 今の自分が座っている椅子、この書斎には他に椅子など無いのだけれど。
(こっちにも椅子があってだな…)
 気心の知れたヤツが来た時には使っていたんだっけな、と思い浮かべる別の椅子。
 航宙日誌を書いていた机、それとセットの椅子の他にもあった椅子。
 よくヒルマンが座っていた。それから、ゼルも。
 二人揃って現れた時は、来客用のスペースに移動したのだけれど。
 どちらか片方だった時には、活躍していたもう一つの椅子。
 ヒルマンは「此処でいいよ」と自分で引っ張って来たし、ゼルも同じで。
 「一杯やろう」と彼らが土産に持って来た酒。
 今とは違って合成の酒で、地球の美味しい水で仕込んだものとは比べようもない味だったのに。
(…あの頃はアレが美味かったんだ…)
 それしか無かったこともあるけれど、何より、友と飲んでいた酒。
 アルタミラから共に逃れた昔馴染みと傾ける酒は、やはり格別だったから。
 昔語りや、愉快な話や、飲んでも飲んでも尽きなかった話題。
 ボトルがすっかり空になるまで飲んでいたことも少なくなかった。
(当然、加減はしてたんだがな…)
 翌日まで酒を引き摺ることがないように。
 この体調なら大丈夫だ、と思った時だけ空にしたボトル。
 自分はもちろん、ヒルマンもゼルも他の仲間には任せられない役目を担っていたのだから。
 病で倒れたならばともかく、二日酔いでは仲間に示しがつかないのだから。


(あの椅子なあ…)
 あいつも座っていたんだっけな、と浮かんだ前のブルーの姿。
 酒は苦手なブルーだったから、酒を持っては来なかったけれど。
 それでも、あの椅子に座ったブルー。
 前の自分が航宙日誌を書いていた時や、書類を見ている時などに来たら。
(…あいつの場合は…)
 断りの言葉は無かった気がする、「此処でいいよ」とも、「此処でいい」とも。
 当たり前のように引っ張って来た椅子、これは自分の椅子だとばかりに。
(あいつの椅子ではなかったんだが…)
 俺の部屋のただの備品なんだが、と思うけれども、ブルーはいつでも運んで来た。
 机でやるべき仕事が済むまで、椅子に腰掛けて待っていた。
(ついでにだな…)
 興味津々で見ていたブルー。
 書類だった時にはそうでもないのに、航宙日誌を書いていた時は。
 いったい何を書いているのかと、何回、覗き込まれたことか。
 読まれて困るようなことなど、何一つ書いてはいなかったけれど…。
(一応、俺の日記なわけで…)
 だから読ませはしなかった。覗き込まれたら、サッと隠して。
 「俺の日記だ」と身体で隠していた日誌。
 考えてみれば、あの時だけは…。
(俺だったんだ…)
 私と言わずに、「俺」で「日記だ」。
 本当だったら、そんな言葉を使うべきではなかったのに。
 「私の日記ですから駄目です」と、敬語で断るべきだったのに。


 何度ブルーに言っただろう。
 ちゃっかりと椅子に座ったブルーに、覗き込もうとしていたブルーに。
 「俺の日記だ」と、キャプテンらしくもない言葉。
 ソルジャーに向かって言い放つには、失礼に過ぎる言葉遣い。
(…あの椅子だったせいかもなあ…)
 ひょっとしたら、と掠めた考え。
 ブルーが勝手に引っ張って来ては座っていた椅子、けして立派ではなかった椅子。
 来客用とは違っていたから、座り心地もそこそこなもので。
 広大な青の間で暮らすソルジャー、皆が敬うブルーのためには相応しくなくて。
(ヒルマンやゼルなら、充分なんだが…)
 あいつらが使う分には申し分のないものではあった、と思う椅子。
 座り心地は悪くなかった、素晴らしいとまでは言えなかっただけ。
 ソルジャーに「どうぞ」と勧めるためには、些かよろしくなかっただけで。
(…あれに座っていたもんだから…)
 ついつい、昔の自分に戻っていたかもしれない。
 ブルーと普通に言葉を交わしていた頃に。
 敬語など使っていなかった頃に、「私」ではなくて「俺」だった頃に。


(そうか、椅子なあ…)
 椅子だったかもな、とクッと笑って目を開けた。
 今の自分の部屋に戻った、時の彼方のシャングリラから。
 キャプテン・ハーレイが暮らした部屋から、今の自分の書斎へと。
 もう一度、椅子に座り直して、書斎をぐるりと見渡してみて。
(…椅子は一つか…)
 一人暮らしの書斎なのだし、椅子は一つで当然だけれど。
(いずれは此処にも椅子が増えるのか?)
 小さなブルーが大きく育って、この家にやって来た時は。
 前のブルーがやっていたように、覗き込もうと現れた時は。
(何処から椅子を持って来るやら…)
 目を閉じてみると、小さなブルーの姿が浮かんでプッと吹き出す。
 チビのブルーが運んで来るには重たすぎる椅子を、懸命に運んでいたものだから。
 それは決して有り得ないけれど、小さなブルーは来ないけれども。
 こんな光景も見えたりするから、目を閉じる旅は面白い。
 身体は椅子に座ったままで。
 心の翼を自由に広げて、本物の過去へ飛んで行ったり、想像の世界を旅してみたり…。

 

       目を閉じてみると・了


※今のハーレイ先生の部屋からキャプテン・ハーレイの部屋へと、ちょっとした旅。
 思いがけない発見なんかもあったようです、こういう旅も楽しいですよねv





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「誰も来ないね…」
 今日もぼくたちだけみたい、とブルーが眺めた窓の外。
 本当に誰も来ないから。
 此処には誰も来はしないから。
「お前はその方がいいんじゃないか?」
 二人きりだぞ、とハーレイが穏やかに微笑むけれど。
 大好きな大きな褐色の手で、頭をクシャリと撫でられたけれど。
「でも…。寂しくない?」
 誰も来ないなんて、と俯いた。
 気付けば、いつも二人だけだから。
 自分とハーレイ、二人だけしかいない部屋。…他には誰も来ないから。
 もちろん家には、優しい母がいるのだけれど。
 だからこそ、テーブルの上にお茶とお菓子があるのだけれど。


 ハーレイが好きなパウンドケーキ。
 「おふくろが焼くのと同じ味なんだ」と、いつも嬉しそうに食べているケーキ。
 今日のお菓子は、ちょっぴり特別。
 香り高い紅茶がカップに淹れられ、ポットの中にはたっぷり、おかわり。
(ハーレイはコーヒーの方が好きだけど…)
 自分に合わせてくれている。
 前の生から、ソルジャー・ブルーだった頃から、そう。
 ソルジャー・ブルーも、チビの自分も、まるでコーヒーが飲めないから。
 何処が美味しいのか分からないほど、苦い飲み物。そういう認識。
 けれど、ハーレイはコーヒー好き。
 キャプテン・ハーレイだった頃から、大のコーヒー好きのハーレイ。
 それでもずっと自分に合わせて、いつだって紅茶。
 前の生でも、今の生でも。


 今の自分の小さなお城。家の二階にある子供部屋。
 其処でハーレイと過ごす時間が大好きだけれど、たまに寂しく思うこと。
 「誰も此処には来てくれない」と。
 前の自分が焦がれた地球。今では青く蘇った星。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えたハーレイと自分。
 二人揃って記憶が戻って、もう一度恋が始まったけれど。
 前の自分たちの恋の続きを、思いがけなく生きているけれど。
(…誰も気付いてくれないんだよ…)
 ハーレイに恋をしていること。
 またハーレイと恋をしていて、幸せな今を生きていること。
 こんなに幸せで満ち足りた思い、ハーレイと二人で過ごすひと時。


(…前は気付かれちゃ、駄目だったけど…)
 前の生では、お互い、ソルジャーとキャプテンだったから。
 シャングリラを導く立場のソルジャー、船を纏める立場のキャプテン。
 恋人同士だと知れてしまったら、誰も付いては来てくれない。
 どんな意見も述べるだけ無駄で、「恋人同士で決めた話か」と向けられる背中。
 そうなったならば、もうシャングリラは前に進めはしないから。
 ミュウの未来も危うくなるから、懸命に隠し通した恋。
 本当に命尽きるまで。
 前の自分がメギドで死ぬまで、前のハーレイが地球の地の底で命尽きるまで。


 そうやって隠し続けた恋。
 誰にも言えずに終わってしまって、宇宙に散ってしまった恋。
 けれども、悲しい恋の終わりは、幸せな今に繋がっていた。
 気付けば青い地球に来ていて、恋の続きが始まった。
 まだ小さいから、ハーレイとはキスも出来ないけれど。
 キスのその先のこととなったら、許される筈もないのだけれど。
 ハーレイが「駄目だ」と叱るから。
 恋人同士の唇へのキス、唇と唇を重ねるキス。
 唇が触れるだけでも駄目だ、とハーレイは怖い顔をする。
 「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 せっかく巡り会えたのに。
 青く蘇った地球に来られて、恋の続きが始まったのに。


 キスも出来ない、物足りない恋。
 おまけに、誰も気付いてくれない。
 今度の恋は、隠さなくてもいい恋なのに。
 もうソルジャーでもキャプテンでもなくて、いつかは結婚出来る恋。
 ただ、今は教師と生徒という関係だし、その上、男同士だから。
(パパやママが知ったら、きっと大変…)
 両親は腰を抜かしてしまって、ハーレイと二人きりで過ごす時間は無くなる恐れ。
 「ドアを開けておきなさい」と叱られるだとか、リビングでしか会えないだとか。
 だから、二人きりで過ごす時間は、今の通りでいいのだけれど。
 ハーレイと二人でいるだけの方が、きっと一番なのだけれども。


(…でも、寂しいよ…)
 せっかくの恋を、誰かに自慢してみたくなる。
 またハーレイと巡り会えたと、幸せな恋をしているのだと。
 今度は祝福して貰える恋。
 いつか大きく育った時には、きっと結婚出来る恋。
 それを誰かに見て貰いたいし、幸せ自慢をしてみたい。こんなに幸せなんだから、と。
「誰か来ないかな…」
 来て欲しいのに、と外を眺めてまた呟いたら、覗き込んで来た鳶色の瞳。
「おいおい、誰かって…。誰か来ちまったら、恋人同士じゃいられないぞ?」
 俺はお前の守り役な上に教師なんだし、とハーレイは真剣な顔だから。
「それは分かっているんだけれど…。でも、誰か…」
 自慢したいよ、ハーレイと恋人同士なんだよ、って。
 今度は結婚出来るんだから、って誰かに自慢したいんだけどな…。


 例えば木に来る小鳥とかに…、と窓の向こうを指差した。
 誰か覗いてくれればいいのに、ぼくたちの姿を見て欲しいのに、と。
「なるほど、小鳥か…。それなら確かに安全だな」
「でしょ? 仲間を呼んで来て覗いていたって、ママにもパパにも分からないしね」
 今日は小鳥が賑やかだな、って思うだけ。
 そういう風に、ぼくたちの幸せ、見て欲しいのに…。
「ふうむ…。そうだな、言われてみれば…」
 そこの木に鳥はよく来ているが…。覗き込まれたことは無いなあ、ただの一度も。
 チョンチョンと枝を飛び移るだけで、窓から中は覗いてないか…。
「うん。…遠慮しないでいいのにね」
 ホントに寂しくなっちゃうよ。…小鳥、覗いてくれないんだもの…。


 ぼくたちをチラッと眺めただけで飛んでっちゃうよ、と零した不満。
 窓から覗いてくれはしなくて、ぼくたちの恋を見てくれない、と。
「今のぼく、こんなに幸せなのに…。またハーレイと会えたのに…」
「仕方ないだろ、鳥には鳥の都合があるのさ」
 鳥には鳥の世界があるんだ、その中で恋をして、歌を歌って。
 空を飛んでは、また別の場所へ。
 俺たちのことまで、じっくり見ている暇なんか持っちゃいないってな。
 餌を探したり、雛を育てたり、小鳥だって毎日、忙しいんだ。
 そんな中でも、チラッと窓から眺めてくれる。
 「幸せそうだな」って見てくれてるのさ、それで満足しておいてやれ。
 覗いて欲しいなんて駄々をこねずに、今日も小鳥が来てたな、ってことで。
「…そっか……」
 そうだね、小鳥にもきっと、恋人も友達もいるものね…。それに家族も、ご近所さんも。


 仕方ないな、と思ったけれど。小鳥には小鳥の世界があるし、と考えたけれど。
 それでも、自分の大切な恋を誰かに知って欲しいから。
 ハーレイとの幸せな恋の続きを見て欲しいから、窓の向こうを見てしまう。
 「誰か覗いてくれないかな?」と。
 雀でも鳩でも、シジュウカラでも、旅の途中の小鳥でも。
 庭の木の枝を渡る途中で、チラと眺めてゆくのではなくて、窓から部屋を覗き込んで。
 「恋人同士の二人なんだな」と、「幸せそうなカップルだな」と。
 そんな小鳥に覗いて欲しい。ほんの一羽でかまわないから。
 今はこんなに幸せだから。
 前の悲しい恋の続きの、幸せな今を生きているから…。

 

        誰か見に来て・了


※ハーレイ先生との恋を誰かに自慢してみたいブルー君。小鳥でもいいから、と。
 けれど、小鳥には小鳥の世界。思い通りにはいかないようです、残念ですけどねv





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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 ちょっぴり残念、と小さなブルーが眺めた写真。
 勉強机の上に飾った、ハーレイと写した夏休みの記念。
 写真の中で笑顔のハーレイ、好きでたまらない笑顔はこちらを向いているけれど。
 間違いなく自分のものなのだけれど、本物のハーレイは此処にはいない。
 今日は仕事の帰りに寄ってはくれなかったから。
 ハーレイのいない夕食の席は、やっぱり寂しかったから。
(…パパとママは、いてくれるんだけど…)
 前はそれだけで幸せな食卓、家族が揃った素敵な夕食だったのに。
 今ではハーレイがいないと寂しい、物足りないと思ってしまう。
 両親にはとても言えないけれども、ハーレイは大切な恋人だから。
 前の生から愛し続けて、今も変わらず恋しているから。
 今日は会えずに終わったハーレイ、学校で挨拶したというだけ。
 学校でいくら顔を合わせても、会った内には入らない。
(…会えたってことは、嬉しいけれど…)
 教師と教え子として会えたというだけ、恋の欠片も混じりはしない。
 ハーレイの笑顔は変わらなくても、瞳に映った自分の姿は恋人ではなくて、ただの教え子。
 自分の方でも「ハーレイ先生」としか呼べはしないし、「大好きだよ」とも言えない学校。
 だから寂しい、家では会えずに終わった日の夜。
 恋人との逢瀬が少しも無かった、顔を合わせただけの日の夜。


 そんな夜には写真を眺める、ハーレイと二人で写した写真。
 ハーレイの腕に両腕でギュッと抱き付いた自分、あの日の弾んだ気持ちが鮮やかに蘇る。
 まさかハーレイと写真が撮れるとは、思いもよらなかったから。
 前のハーレイの写真でもいいから持っていたいと、写真集を探したくらいだから。
(…ハーレイ、ちゃんと分かってくれてた…)
 お前の写真が欲しかったんだ、とハーレイは言っていたけれど。
 それは自分を恋人扱いしてくれているという証拠だから。
 自分も同じにハーレイの写真を欲しがっていると、何処かで気付いてくれただろうから。
 そうして写せた記念写真。
 シャッターを切ってくれた母には、夏休みの記念と言ってある写真。
 けれど本当は恋人同士で写した写真で、今だからこういう写真が撮れる。
 ハーレイと二人、くっつき合って。
 恋人同士で同じ写真に収まっていられる、写真を飾っておくことも出来る。
(…前のぼくたちだと、絶対に無理…)
 ソルジャーとキャプテン、そういう二人だったから。
 恋人同士なことさえ秘密で、最後まで明かせずに終わった恋。
 二人一緒に写った写真は、どれもソルジャーとキャプテンだった。
 恋人同士で写ることなど、ただの一度も無かった二人。
 それを思う度、幸せが心に満ちて来る。
 今はこうして写真が撮れると、恋人同士で写せるのだと。


 前の自分は撮れずに終わった、ハーレイとのプライベートな写真。
 いつも、いつでも、ソルジャーとキャプテン、最後まで崩せはしなかった貌。
 これが別れだという時でさえも。
 メギドへ飛ぶ前に会った時さえ、やはり自分はソルジャーだった。
 ハーレイに「さよなら」と伝える代わりに、ソルジャーとしての伝言だけ。
 別れのキスも抱擁も無しで、白いシャングリラを離れた自分。
 二度と戻れはしないのに。
 ハーレイの声さえ届かない場所で、自分の命は終わるのに。
(…でも、前のぼくは…)
 どれほどハーレイを愛してはいても、それよりも前にソルジャー・ブルー。
 「ただのブルーだよ」とは言ったけれども、果たさねばならないソルジャーの務め。
 ただのブルーになれはしなかった、ハーレイに恋をしたブルーには。
 恋に生きる道を選ぶ代わりに、ソルジャーとしての死を選ぶしかなかった自分。
 けれど微塵も無かった後悔、白いシャングリラを離れる時は。
 ハーレイと別れて飛び立った時は、ただ前だけを見詰めていた。
 さよならも言えずに別れたけれども、ハーレイとの絆はあったから。
 ハーレイの腕に触れた右手に残った温もり、それをしっかりと抱いていたから。
 温もりさえあれば、ハーレイは其処にいるのだから。
 遠く離れた場所へ飛ぼうと、命尽きようと、かまいはしない。
 ハーレイと二人、切れない絆があるならば。
 絆が二人を結んでいるなら、けして一人ではないのだから。


 そう思ったから、何も迷いはしなかった。
 ハーレイと離れて死んでゆくことも、キスさえ出来ない別れであっても、それでいいのだと。
 ソルジャーが取るべき道は一つで、恋を選んではならないと。
 そんな生き方などして来なかったと、最後までソルジャーであらねばならぬと。
(…なのに、失くしちゃった…)
 右手に持っていたハーレイの温もり、ハーレイと繋がる大切な絆。
 それさえあればと思っていたのに、自分は落として失くしてしまった。
 キースに撃たれた痛みが奪った、ハーレイの優しい温もりを。
 死にゆく自分の右手に温もりは残っていなくて、切れてしまったハーレイとの絆。
(失くしちゃった、って気が付いた時は…)
 もう目の前に迫っていた死。
 温もりを取り戻せないままに。
 ハーレイがメギドに来るわけがなくて、自分もシャングリラに戻れはしない。
 どんなに求めても、右の手に温もりは戻っては来ない、絆は切れてしまったまま。
 絆が切れたら、ハーレイは何処にもいないから。
 探すことさえ出来はしないから、二度とハーレイには出会えない。
 自分の命は此処で終わって、もうハーレイの許へは行けない。
 絆は切れてしまったから。
 ハーレイと自分を繋いでいた糸が、温もりが消えてしまったから。


 独りぼっちになってしまった、と気付かされた時の絶望と悲しみ、それに後悔。
 どうしてハーレイと離れたのかと、この道を選んでしまったのかと。
(もう会えないって…)
 最後まで一緒だと思ったハーレイ、前の自分が恋したハーレイ。
 誰よりも愛して、愛し続けて、死をも越えられる絆があった筈だったのに。
 たとえ自分が命尽きようとも、共にいられる筈だったのに。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、メギドには自分一人だけ。
 死んだ後にもたった一人で、ハーレイには二度と巡り会えない。
 切れた絆は、二人を繋いでくれないから。
 二度と結んでくれはしないから、何処へゆこうとも、もう会えはしない。
 撃たれた痛みより、死んでゆくことより、ハーレイとの絆が切れたことがただ悲しくて。
 何故この道を選んだのかと、たった一人で来たのだろうかと、酷く後悔したけれど。
 それでも自分はソルジャーだからと、間違った道は選ばなかったと捧げた祈り。
 白いシャングリラが、仲間たちが無事であるようにと。
 けれど溢れる涙は止まらず、止めることさえ出来はしなかった。
 独りぼっちになってしまったと、ハーレイには二度と会えはしないと泣き叫ぶ心。
 深い悲しみと絶望の中で、後悔の中で、前の自分の命は終わった。
 看取る者さえ誰もいない場所で、泣きじゃくりながら。
 愛おしい人との絆を失くして、たった一人で。


 そうして全ては終わってしまって、何もかも終わりの筈だった。
 前の自分は死んでしまって、ハーレイとの絆も切れてしまって。
 なのに、終わりは来なかった。
 終わった筈の命の続きに、今の小さな自分の命。
 十四歳までを普通に暮らして、ハーレイに出会って戻った記憶。
 自分は誰を愛していたのか、誰と恋をして生きたのか。
 遥かな遠い時の彼方で、互いの絆を育んだのか。
(…またハーレイと会えただなんて…)
 メギドで泣きながら死んだ時には、見えもしなかった遠い遠い未来。
 其処で再びハーレイと会って、また恋に落ちて、二人一緒に写真まで撮れた。
 今の自分は小さすぎるから、前と同じにはいかないけれど。
 ハーレイはキスさえくれないけれども、ハーレイは今も変わらずハーレイ。
 前の自分と恋をしたことも、共に暮らした長い時間も、ハーレイはちゃんと覚えているから。
(…また君に会えると分かっていたら…)
 泣きじゃくりながら死んでゆく代わりに、ソルジャーらしい最期だったろう。
 ミュウの未来を、白いシャングリラの地球への旅路を思い描きながら逝ったのだろう。
 自分はソルジャーらしく生きたと、これで良かったと。
 思い残すことなど何一つ無いと、ミュウの未来に幸多かれと。


(…そうなっていたら、カッコいいんだけどね?)
 きっと世間の人たちが思い浮かべるソルジャー・ブルーは、そういう立派な人物だろう。
 後悔しながら、泣きじゃくりながら死んだとは思いもしないだろう。
(だけど、ホントは…)
 泣いてたんだよ、とクスッと小さく笑える幸せ。
 またハーレイと出会えたからこそ、泣きじゃくりながら死んだ自分に幸せな時が戻って来た。
 失くしてしまった温もりの代わりに、今は本物のハーレイがいる。
 今日は会えずに終わったけれども、小さな自分を大切にしてくれる恋人が。
(…君に会えたから、ホントに幸せ…)
 また会えたものね、と写真に向かって微笑みかける。
 今度こそずっと一緒だよねと、君と歩いてゆくんだものね、と…。

 

        また会えた君・了


※ハーレイの温もりを失くしてしまって、泣きじゃくりながら死んだソルジャー・ブルー。
 けれど、またハーレイと会えて、二人一緒に写真まで。ブルー君、とっても幸せですv





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(チビなんだが…)
 それでも俺のブルーなんだ、とハーレイが眺めたフォトフレーム。
 ブルーの家には寄り損なった日、夜の書斎で。
 学校では姿を見掛けたけれども、挨拶も交わしていたのだけれど。
 それは生徒としてのブルーで、教え子の一人。
 どんなに愛おしく思ってはいても、見せていいのは教師の笑顔。
 掛けていい言葉も教師としてだけ、「愛している」とは言えない学校。
 ブルーに会えても、本当の想いを口に出来ない場所が学校。
 愛おしいと思う心も顔には出せない、そうしてもいい場所ではないから。
 だから、こうして眺める写真。
 小さなブルーと二人で写した、夏休みの思い出の写真。
 弾けるような笑顔で腕に抱き付いているブルー。
 それは嬉しそうに、両腕でギュッと。
 前の自分たちには一枚も無かった、こういうプライベートな写真。
 二人一緒の写真はあっても、あくまでソルジャーとキャプテンだから。
 こんな風にくっつき合った写真は、一枚も撮れなかったから。


 前のブルーが少年の姿だった頃なら、あるいは写せていたかもしれない。
 ただの友達同士としてなら、肩を組もうが、腕を組もうが自由だから。
 誰も不審に思いはしないし、仲のいい二人だとシャッターを切ってくれそうだから。
(だが、あの頃には写真なんかは…)
 撮ろうという発想自体が無かった、記念写真など。
 それに恋人同士でもなかった、親しかったというだけで。
(…こういう写真を撮っていたとしても…)
 友達と写しただけの一枚、今の自分が教え子たちと写すのと何も変わらない。
 特別な想いがこもってはいない、二人一緒に写っているだけ。
 けれども、今では事情が違う。
 ブルーの姿はアルタミラで出会った頃と同じに少年だけれど、まるで違っている中身。
 幼いながらも、ブルーは恋を知っているから。
 前の自分が恋をしたことを、誰を愛したかを覚えているから。
(そいつが少々、厄介なんだが…)
 前と同じに恋人同士だと主張してばかりいるブルー。
 何かといえばキスを強請るし、駄目だと叱れば膨れっ面。
 それでもブルーにある記憶。
 自分は誰に恋をしたのか、誰を愛して生きていたのか。


 恋人なのだと言い張るブルーと、ブルーを愛している自分。
 二人で写した記念写真は、恋人同士で写った写真。
 前のブルーが同じ姿をしていた頃には撮れなかった写真、恋人同士ではなかったから。
(…チビでも、ブルーは俺のブルーで…)
 誰よりも愛しい、大切な人。
 前の自分が愛し続けて、最後まで共にと誓っていた人。
 なのに失くした、前のブルーを。
 ブルーは一人で逝ってしまった、前の自分が知りもしなかった暗い宇宙で。
 「さよなら」も言わずに飛び立ったブルー、ソルジャーの道を選んだブルー。
 前の自分と恋をしていた、恋人としての生き方よりも。
 恋人の腕に抱かれて死ぬより、一人きりの死を選んだブルー。
(…後悔はしたと言っていたがな…)
 一人きりでも、絆はあるとブルーは信じて飛び去ったから。
 前の自分の腕の温もり、それを右手に持っているから、絆が切れてしまいはしないと。
 けれどブルーは失くしてしまった、その温もりを。
 右手が冷たく凍えてしまって、独りぼっちだと泣きながら死んだ。
 小さなブルーがそれを話すまで、思いもしなかった悲しすぎる最期。
 どれほどに辛くて悲しかったことか、前のブルーは。
 たった一人で泣きじゃくりながら、暗い宇宙に散ったブルーは。


 そうしてブルーが失くした絆。
 独りぼっちで死んでいったブルー、前の自分との絆を失くして。
 前の自分もブルーを失くした、ブルーを止めなかったから。
 メギドへ飛ぶのを止めもしないで、追ってゆくこともしなかったから。
 二人揃って失った相手、白いシャングリラで共に暮らした愛おしい人。
 誰よりも愛し続けた恋人、それを互いに失くしてしまった。
 前のブルーは、メギドでの死で。
 前の自分は、一人残されたシャングリラで。
 死という壁に引き裂かれてしまった、前の自分たち。
 前のブルーは、二度と会えないと泣きながら死んでいったのだけれど。
 前の自分は、そうではなかった。
 いつか会えると、自分の命が終わりさえすれば会えると信じた。
 失くしてしまった愛おしい人に、気高く美しかったブルーに。
 最後までソルジャーであろうとした人、自分の務めを迷いなく選び、二度と戻らなかった人。
 恋を選べば、前の自分の腕の中で逝くことも出来ただろうに。
 ソルジャーを支える立場のキャプテン、その腕に抱かれて死んでゆくことは出来るから。
 「ぼくの身体を支えておいて」と言いさえすれば。
 横たわって死を迎える代わりに、最期まで起きていたいと言えば。
 それを選ばず、逝ってしまった人。
 ソルジャーの道を選んで逝ってしまったブルーに、いつか会えると信じていた。
 自分の命が尽きた時には。
 肉を纏った器を離れて、まだ見ぬ世界へ飛び立ったならば。


 その日だけを思って生きていた自分。
 地球に着いたら全てが終わると、前のブルーに託された務めは地球で終わると。
 ジョミーを支えていつか地球まで、それだけを思って生きた孤独な時間。
 仲間たちがいようと、ゼルやヒルマンたちがいようと、自分は一人きりだった。
 ブルーを失くしてしまったから。
 愛おしい人の命と一緒に、魂は死んでしまったから。
 戦いに勝って船に活気が満ちていた時も、皆が笑顔になっていた時も、死んだ魂は動かない。
 皆と同じに笑みを浮かべても、笑い合っても、その場限りのものでしかなくて。
 部屋に戻れば失くしていた笑み、心にはブルーへの想いだけ。
 また一歩、地球に近付いたと。
 ブルーの許へと旅立てる日が近付いて来たと、また一歩前へ進んだからと。
 白いシャングリラの長かった旅路、地球までの長い戦いの日々。
 ナスカの子たちを失った時も、彼らが羨ましかったかもしれない。
 何故、自分ではなかったのかと。
 どうして彼らが先にゆくのかと、死への旅立ちを望んでいるのは自分なのにと。


 いつか、と目指し続けた地球。
 前の自分の旅が終わる場所。
 かつてはブルーと二人で夢見た、幾つもの夢を描いていた星。
 死の星だった地球は、ブルーの焦がれた青い星とは違ったけれど。
 とてもブルーに見せられはしないと思ったけれども、旅の終わりには違いないから。
 それを頼みに、心の支えにシャングリラを降りた、地球へ向かって。
 やっと自分の務めが終わると、もうすぐブルーの許へゆけると。
(…少しばかり、急ぎすぎちまったがな…)
 次のキャプテンも任命できずに、地球の地の底で終わった命。
 シャングリラのその後を託せないまま、務めの途中で死んでいった自分。
 けれど後悔は何も無かった、あの時には。
 崩れ落ちてくる天井と瓦礫、それが天からの使いにも見えた。
 自分をブルーの許へと導く翼が羽ばたく音さえ聞いた気がした。
 これで終わると、旅立てるのだと。
 愛おしい人を追ってゆけると。


 そう思いながら、笑みさえ浮かべて潰えた命。
 ブルーに会えると、もうすぐなのだと。
(…そうやって、会えはしたんだが…)
 まるで違っていた再会。
 前の自分が失くしたブルーは、少年の姿で戻って来た。
 魂だけの姿ではなくて、命と身体を持った姿で。
 前のブルーが持っていた記憶、前の自分と恋をしたことを覚えたままで。
(チビのくせして、中身はブルー…)
 前の自分が愛したブルーが、恋をした人が小さなブルーの中にいる。
 年相応に無垢な心で、幼い身体で。
 恋はしていても、子供の姿に似合いなのが今の小さなブルーの恋心。
 精一杯に背伸びしたって、前のブルーには敵わない。
 大人と子供の大きな違いは、まだまだ埋まりはしないから。
 どんなにブルーが望んでいようが、キスさえ出来ない子供だから。


(それでも、あいつは俺のブルーで…)
 こんなチビでもブルーなんだ、と写真のブルーを見ればこみ上げる愛おしさ。
 前の自分が愛していた人、ブルーが帰って来てくれたと。
 メギドへと飛んで行ったけれども、こうして帰って来てくれたのだ、と。
 今はチビでも、いつか育つだろうブルー。
 前の姿とそっくり同じに、気高く美しくなるだろうブルー。
 早く見たいと思うけれども、会いたい気持ちが募るけれども、小さなブルーも愛おしい。
 いつまでもチビのままでもいいか、と時には思ってしまうくらいに。
(ちゃんと出会えて、写真も撮れて…)
 それで充分、幸せだから。
 失くしたブルーともう一度会えた、それだけで心が満たされるから。
 小さなブルーも、前と同じに愛おしい。
 ブルーは同じにブルーだから。
 前の自分が失くしてしまった、ブルーが帰って来たのだから…。

 

       また会えたあいつ・了


※チビのブルー君も、ハーレイ先生にとっては大切な恋人なのです。また会えたから。
 とても大切で、愛おしい人。チビのままでもかまわないほど、充分に幸せv





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(明日は土曜日…)
 ハーレイが来てくれる日だものね、とブルーが眺めたカレンダー。
 待ち遠しかった、明日という日がやって来るのが。
 明日が来るまでは、一晩残っているけれど。
 今夜が過ぎてくれない限りは、明日の朝にはならないけれど。
(…ハーレイ、忙しかったから…)
 一日くらいは来てくれそうだと待っていたのに、来てくれなかった五日間。
 月曜も火曜も、水曜も。
 木曜日も駄目で、もしかしたらと思った今日も。
 今の自分に予知能力は無いけれど。
 サイオンの扱い自体が不器用、前の自分にも難しかった予知など全く出来ないけれど。
(嫌な予感はしてたんだよね…)
 日曜日を一緒に過ごしていた時、ハーレイに「すまん」と謝られたから。
 今週は忙しくなりそうだからと、来られなくても許してくれと。
 たまにそういう時がある。
 会議だとか、他にも色々と用事。
 仕事の帰りに寄れそうな時間、それを過ぎてもハーレイの手が空かない時が。
 そうは言っても、予定はあくまで予定だから。
 「早く終わった」と寄ってくれることも少なくないから、待ったのに。
 一日くらいは何処かできっと、と期待したのに、嫌な予感が当たった今週。
 だから今夜が待ち遠しかった、あと一晩で土曜日だから。
 たった一晩眠りさえすれば、確実にハーレイに会えるのだから。


 今日は来るかと、きっと今日こそと、五日も食らった待ちぼうけ。
 そう、今日だってチャイムが鳴るのを待っていた。
 ハーレイが来てくれそうな時間だった間は、今か今かと。
 けれどもチャイムは鳴ってくれなくて、ハーレイが来ない日が五日間。
 とうとう今日も駄目だったんだ、とガッカリしたのは昨日までと変わらないけれど。
 来てくれなかったと残念だったのは同じだけれども、もう金曜日。
 今日が駄目でも、明日は必ず会えるから。
 ハーレイが来ると分かっているから、待ち遠しかった土曜日が来る。
 多分、水曜あたりから。
 まるで自覚は無かったけれども、月曜日から待っていたかもしれない。
 今週は寄ってくれないかも、と分かっていたから、早々に。
 土曜日は絶対に会えるのだからと、日曜日が終わった途端に、直ぐに。
 その土曜日が間近に迫っているのが金曜なのだし、今夜が過ぎれば土曜日の朝。
 だから気分も前向きに変わる、気落ちしていた時間が流れ去ったら。
 ハーレイがいない夕食のテーブル、それを離れて部屋に帰ったら。
(もうちょっと…)
 あと少し待てば会える筈だよ、と指を折る。
 ハーレイが来てくれる時間までには、半日以上あるけれど。
 十二時間では足りないけれども、それでも丸々一日ではなくて…。
(お風呂に入ったりしてる間に…)
 もっと時間は減るだろう。
 ハーレイと過ごせる時間までにある待ち時間。


 そうやってカレンダーを眺める間に、呼ばれたお風呂。
 これで時間が減るんだから、と御機嫌で浸かって、鼻歌も少し。
 パジャマ姿で部屋に戻れば、案の定、進んだ時計の針。
 十二時間と少し待ったら、ハーレイが訪ねて来てくれるだろう。
 あと半日とも言うのだけれども、その十二時間の内のかなりの分は…。
(寝ちゃってるしね?)
 ベッドに入って眠りに落ちたら、ヒョイと時間を飛び越えられる。
 怖い夢さえ見なかったならば、もう最高の明日への早道。
 起きていたなら長く感じるだろう時間も、眠ればほんの一瞬だから。
 アッと言う間に目覚まし時計の音に起こされる朝が来るから。
(ぐっすり寝てたら、ホントに一瞬…)
 今の自分もそう思うけれど、そういう自覚があるけれど。
 本を読みながらベッドに入って、ハッと気付けば朝ということも多いのだけれど。
(…前のぼくだと、十五年だよ?)
 今の自分が生まれてから今日まで過ごした時間より、長く眠ったソルジャー・ブルー。
 赤ん坊だった自分が此処まで育っても、十四歳にしかならないから。
 母のお腹の中にいた頃、それを加えてもギリギリ届くか届かないかが十五年。
 それだけの時を眠り続けたのが前の自分で、長いとも思っていなかった。
 目が覚めてみたら十五年も経っていたというだけ、寝ていた間はほんの一瞬。
 だから眠りが一番だと分かる、明日への早道。
 ベッドに入って眠ってしまえば、ヒョイと明日まで飛べるのだと。


 早く眠れば眠った分だけ、明日が来るのが早いから。
 ハーレイと会える土曜日の朝へ、眠りが運んでくれるから。
 眠るのがいいと思ったけれども、どうやらワクワクし過ぎた自分。
 普段だったら、そろそろ欠伸が出る頃なのに。
 もう少しだけ起きていようと考えていても、身体が「嫌だ」と言う頃なのに。
 一向に眠気がやって来なくて、ベッドに入っても駄目な気がする。
 寝付けないままコロンコロンと、右へ左へと向きそうな気が。
(…前のぼくなら十五年なのに…)
 そこまで寝たいと言わないから、と思うけれども、眠れそうにない。
 今のままでベッドに入っても。
 きっと眠りはやって来なくて、コロンコロンと転がるだけ。
 それだと時間は逆に長いと感じてしまうものだから。
 一瞬でヒョイと越える代わりに、飴のように伸びるものだから。
 眠気がやって来るまで待とうと変えた考え、本でも読んで暫く待とうと。
(…シャングリラの本…)
 白いシャングリラの姿を収めた写真集。
 あれなら眠気をそっと運んでくれるかもしれない、前の自分が十五年も眠った船だから。
 十五年間もの長い眠りを分けて貰おうと、ほんの少しでいいんだから、と手を伸ばしかけて。


(ちょっと待って…!)
 前の自分が眠り続けた、十五年もの長い歳月。
 自分にとっては一瞬だったけれど、その間に起きていたハーレイたちは…。
(うんと大変…)
 シャングリラの存在を人類に知られてしまったから。
 追い掛けられては逃げ続けた日々、赤いナスカに辿り着くまで。
 前の自分は眠っていたから、何も知らずにいられただけ。
(…前のぼく…)
 眠っている間に終わりが来たって、文句は言えなかっただろう。
 人類軍の船に攻撃されて、シャングリラごと宇宙に消えていたとしても。
 そうとも知らずに、ぐっすり眠っていたけれど。
 ぐっすりと言っていいかはともかく、眠り続けていたけれど。
(…それに、あの船…)
 十五年間も眠る前から、シャングリラは危うい船だった。
 いつ人類に発見されてもおかしくなかった、ミュウの箱舟。
 雲海に潜み、ステルス・デバイスで姿を隠してはいても。
 なんのはずみに知られてしまうか分からなかったし、見付かったら攻撃されるから。
(…逃げ切れるとは限らなくって…)
 沈んでいたなら、そこでおしまい。
 前の自分が守ろうとしても、ハーレイが懸命に舵を取っても。
 人類軍の方が上なら、其処で終わっていたろう命。
 前の自分も、船の仲間たちも。
 もちろん、前のハーレイだって。


 楽園という名の白い鯨は、明日を持たない船だった。
 夜が明けるとは誰も言い切れない、危うすぎる日々を送っていた船。
 人類軍に沈められたら、夜明けは二度と来ないのだから。
 それと同じに明けた夜もまた、必ず暮れて夜になるとは言えなかった船がシャングリラだから。
(…前のぼくだって…)
 何度思ったことだろう。
 ハーレイと共に夜を過ごして、愛を交わす度に。
 この夜は無事に明けるだろうかと、明日の夜明けは来るのだろうかと。
 夜が明けても、ハーレイと別れる時に思った、これが最後になりはしないかと。
 また二人きりの夜を迎えられるかと、その前に全てが終わってしまいはしないだろうかと。
 ハーレイの腕の中で眠る時には、それは幸せだったのだけれど。
 満ち足りた気持ちで眠ったけれども、いつも何処かにあったろう不安。
 明日は来るのかと、自分は再び目を覚ますことが出来るだろうかと。
 目覚めたとしても、ハーレイとの甘い別れの代わりに戦いが待っていないだろうかと。
(…そうやって終わっちゃうのが怖くて…)
 夜が怖かったことだってあった、前の自分は。
 眠ったら最後、明日は無いかもしれなかったから。
 今のようにヒョイと飛び越えて辿り着ける筈の明日は、前の自分には無かったから。


 それを思えば、なんと贅沢なことだろう。
 早く土曜日になって欲しいと、眠ろうとしている今の自分は。
 明日への早道になる筈の眠り、それが来ないと不満を心に抱く自分は。
(…前のぼくだと、早道どころか…)
 眠ったままで二度と目覚めず、シャングリラごと沈んでしまうとか。
 目覚めたとしても戦いに負けて、シャングリラと共に夜明けを待たずに息絶えるとか。
(…それって、怖すぎ…)
 けれども、前の自分は確かにそういう時代を生きた。
 十五年間の眠りの内にも、危機は何度もあっただろう。
 眠ったままでシャングリラごと終わったかもしれない、危うい局面。
(…眠れないからって、文句を言ったら…)
 罰が当たるよ、と気が付いた。
 今は眠れば明日が必ず来るのだから。
 明日の朝までヒョイと時間を飛び越えてゆくことが出来るのだから。
 眠気はまだまだ来ないけれども、まだ眠れそうにないけれど。
(でも、明日になったら、ハーレイに会えて…)
 幸せな時間が始まるのだから、眠気が来るまで座っていよう。
 今の眠りは明日が来る眠り。
 明日は必ずやって来るのだし、明日はハーレイが来てくれるのだから…。

 

       明日が来る眠り・了


※明日はハーレイが来てくれるから、とワクワクし過ぎて眠れなくなったブルー君。
 けれども、眠れば明日が必ず来るというのは幸せなこと。眠くなるまで待ちましょうねv





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