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(どう考えても、無理なんだけど…!)
 絶対に作れないんだけれど、と頭を抱えた小さなブルー。
 真っ白な亜麻で出来たハンカチ、それを前にして自分の部屋で。
 ハーレイと二人で過ごした日の夜、勉強机の前に座って。
 母の部屋からコッソリ失敬して来たハンカチ。
 特に飾りもついていないから、消えても母は気付かないだろう。
 亜麻のハンカチの一枚くらい。
 たかがハンカチ、されどハンカチ。
 このハンカチが大いに問題、真っ白な亜麻で出来ているのが。
 それが大きな問題で課題、戦う相手は亜麻のハンカチ。
(…前のぼくって、どうやったわけ?)
 くっつかないよ、と亜麻のハンカチを広げてみた。
 二つ折りにして三角形だったハンカチ、それはペロンと四角くなった。
 元の通りに、四角いまんま。
 三角形になりはしなくて、ただの四角いハンカチが一つ。
 前の自分が持ち上げたならば、三角形になっていたのだろうに。
 二つに畳んで三角形になった山の天辺、そこがピタリと繋がり合って。
 糸で縫ったか、ピンか何かで留めたかのように、離れなくなって。
 けれど、自分には出来ない芸当。
 ハンカチは四角に戻ってしまって、三角形のままでいてはくれない。
 天辺同士がくっつきはしない、亜麻のハンカチの端同士は。


 事の起こりはハーレイのシャツで、取れそうになっていた袖口のボタン。
 ハーレイに言ったら毟り取ろうとしたものだから、「待って」と止めた。
 ボタンを一つ縫い付けるくらいは、簡単なこと。
 家庭科の授業でやったことだし、直ぐに上手に付け直せるから。
 棚から取って来た裁縫道具入りの小さなバッグ。
 取り出した針と糸を使って、元の通りに縫い付けたボタン。
 ハーレイは「器用なもんだな」と褒めてくれたけれど、その後に妙な言葉が続いた。
 「しっかり上手にくっついてるなと思ってな…。前と違って」と。
 感慨深そうにボタンをしげしげ眺めた後に、そういう台詞。
 何のことかと目を丸くしたら、「前のお前だ」と答えたハーレイ。
 おまけに「…忘れちまったのか?」とまで。
 「スカボローフェアだ」と、「不器用の証明だったからな」とも。
 まるで記憶に無い、スカボローフェア。
 それが何かも分からない上、不器用の証明というのも謎で。
 しきりに首を捻るしかなくて、それでも少しも思い出せなくて。
 スカボローフェアとは、どういうものか。
 不器用の証明とハーレイが言うのは、いったい何のことだったのか。
 遠い記憶をいくら探っても出て来ない答え、前の自分は何をしでかしたと言うのだろう?
 そうしたら、更に深まった謎。
 「ある意味では、とても器用だったな」と付け加えられた一言で。
 スカボローフェアだ、と繰り返して。


 ハーレイが始めた昔語り。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分がやらかしたこと。
 今日と同じにハーレイの袖口、ただしキャプテンの制服で。
 袖口がほつれていたのを見付けて、裁縫道具を持ち出した自分。
 「脱いで」と、「ぼくが直してあげる」と。
 ところが、今の自分のサイオンのように、不器用だった前の自分の裁縫の腕。
 上手くほつれを直すどころか、不揃いな縫い目が出来てしまった。
 生地も引き攣れ、繕う前よりも酷い状態になってしまった袖口。
 結局、ハーレイが全部ほどいて縫い直した末に、しょげていた自分にこう言った。
 頑張ったのに、と主張していた前の自分に。
「本当に私のためだと思っていらっしゃったなら…」
 とんでもない縫い目を作るどころか、縫い目の無いシャツを作れそうですが、と。
 「なに、それ?」と目を見開いてしまった言葉。
 縫い目の無いシャツとは何のことかと、それはどういうものなのか、と。
 前のハーレイは穏やかな笑みを浮かべて教えてくれた。
 遠い昔の恋歌だというスカボローフェア。
 人類が地球しか知らなかった頃に、イギリスで栄えたスカボローの町。
 其処で開かれる市に行く人、それを捕まえて頼む伝言。
 スカボローに住む、今は別れてしまった恋人。
 その人にこれを伝えて欲しいと、出来そうもない無理難題を。
 かつての恋人が、それを果たしてくれたなら。
 恋人の許へ戻ってゆこうと、その人こそ真の恋人だから、と。


 「スカボローの市へ行くのですか?」と始まる恋歌、スカボローフェア。
 行くのですか、と尋ねた続きに、呪文のようにハーブの名前。
 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
 そう歌った後は無理難題。
 縫い目も針跡も無い亜麻のシャツを作って欲しい、と。
 前のハーレイがそう歌ったから、「これのことか」と、やっと分かった。
 縫い目の無いシャツというのはこれだ、と。
 ハーレイが歌うスカボローフェアには、まだまだ続きがあったのだけれど。
 そのシャツを涸れた井戸で洗ってくれとか、波と浜辺の間に一エーカーの土地を探せだとか。
 出来そうもないことが幾つも歌われたけれど、一つなら出来る。
 一番最初に歌われたシャツくらいならば、ハーレイが言ったシャツならば。
 だから勢い込んでハーレイに言った、スカボローフェアを歌い終えたばかりの恋人に。
 「分かった、それが作れたら正真正銘、ぼくの裁縫の腕を認めてくれるんだ?」と。
 縫い目も針仕事の跡も無いという亜麻のシャツ。
 それを作れたら本当の恋人、そういうことになるんだろう、と。
 スカボローフェアは、そう歌ったから。
 遠い遥かな昔の恋歌、パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
 縫い目も針跡も無い亜麻のシャツをと、それを恋人に作って欲しいと。
 出来上がったならば、その人こそが真の恋人。
 その人の許へ戻ってゆこうと。


 そういうことなら、作らなくてはならないだろう。
 縫い目も針跡も無い亜麻のシャツを。
 それが出来ても、涸れた井戸で洗えはしないけど。
 アダムが生まれた時から花が咲いたことのないイバラ、其処に干すことは出来ないけれど。
(シャツくらいだったら…)
 作れるんだから、と前の自分は考えた。
 亜麻の布さえあったなら。
 ハーレイのために作ることが出来る、縫い目も針跡も無いシャツを。
 スカボローフェアの歌の通りのシャツを。
 本当の恋人の証のシャツ。
 縫い目も針跡も無しにそれを作れる、裁縫の腕の素晴らしさもきっと証明出来る。
 だから作ろう、と服飾部に布を貰いに行った。
 真っ白な亜麻の布を一枚、シャツを作るのに充分な量の。
 ハーレイのシャツのサイズも調べた、黒いアンダーの下に着ているシャツ。
 首の周りがこうで、幅と丈と袖はこんな具合で…、と。
 寸法に合わせて切った真っ白な亜麻の布。
 裁縫の腕はサッパリだった前の自分が、どうやったのかは覚えていない。
 多分、サイオンでイメージ通りに切ったのだろう。
 それから布をシャツに仕上げた。
 針も糸も全く使いはしないで、切り取った布を繋ぎ合わせて。
 サイオンだけを使って、それを。
 縫い目も針跡も無い真っ白なシャツを、スカボローフェアに歌われたシャツを。


 得意満面で差し出したシャツ。
 けれども、それをハーレイに着ては貰えなかった。
 伸縮性のある素材で作ったシャツの寸法、それに合わせたものだったから。
 亜麻の布はそれほど伸びはしなくて、頭から被ることさえ出来ない。
 無理に着たなら、ビリッと音がするだろうから。
(…前のぼく、失敗しちゃったから…)
 着られないシャツが出来てしまった、歌の注文には応えたけれど。
 縫い目も針跡も無い亜麻のシャツなら、自分はきちんと作ったけれど。
 それでも、抱き締めてくれたハーレイ。
 キスを贈ってくれたハーレイ。
 スカボローフェアの歌は、そういうシャツを作って欲しいと歌うだけだから。
 そのシャツを着るとは歌わないから、このシャツだけで充分なのだと。
 前の自分の失敗作。
 縫い目も針跡も無かったけれども、着られなかった亜麻のシャツ。
 それをハーレイは大切に持っていてくれた。
 宝物のようにクローゼットの奥に仕舞って、何度も何度も取り出して、撫でて。
 「地球へ降りる時に着れば良かった」とも言ったハーレイ。
 きっと最高の晴れ着だったろうと、あちこち破れてしまったとしても、と。


 そういう思い出、前の自分がハーレイに贈った、縫い目も針跡も無かったシャツ。
 スカボローフェアの歌、そのままのシャツ。
 「今度は着られるシャツで頼む」と、片目を瞑った今のハーレイ。
 「本物の恋人同士になった時には、お前が作ってくれるんだな」と。
 上等の亜麻のシャツがいい、というのがハーレイの注文。
 それを着て街まで出掛けられるような、うんとお洒落な亜麻のシャツ。
 縫い目も針跡も無い奇跡のシャツを作ってくれと、俺が着るから二人並んで街を歩こうと。
 「無理なこと、分かっているくせに!」と叫んでしまった、不器用な自分。
 そんなシャツなど、今の自分には作れないから。
 ハーレイは「分かった、分かった」と笑ったけれど。
 「今のお前には期待してないさ」と、亜麻のシャツは二人お揃いで買おうと言っていたけれど。
(…やっぱり、作ってみたいんだけど…!)
 前の自分が作り上げたシャツ、縫い目も針跡も無かった奇跡の亜麻のシャツ。
 作り方さえ分からないけれど、あれをハーレイに贈りたいから、ハンカチ相手に頑張ってみる。
 スカボローフェアの歌の通りに作れないかと、またあのシャツを作れないかと。
 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
 縫い目も針跡も無い奇跡のシャツを、今の自分には無理そうなシャツを…。

 

        無理そうなシャツ・了

※ブルー君、只今、ハンカチ相手に練習中。縫い目も針跡も無いシャツを作りたいから、と。
 どう頑張っても無理そうですけど、努力しているブルー君。ハーレイ先生は幸せ者ですv





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(はてさて、あいつに作れるやらなあ…?)
 多分、無理だと思うんだがな、とクッと笑ってしまったハーレイ。
 ブルーの家で過ごした日の夜、いつもの書斎で。
 コーヒーを飲みながら眺めた袖口、ブルーが縫い付けてくれた小さなボタン。
 取れてしまいそうだったのを、見付けてくれて。
 自分は毟り取ろうとしたというのに、「ちょっと待ってて」と。
 それは器用に縫い付けてくれた、小さなブルー。
 家庭科の授業で習ったのだろう、慣れた手つきで。
 不器用だった前のブルーとは、別人のような腕前で。
(…前のあいつは裁縫が駄目で、今のあいつはサイオンが駄目、か…)
 面白いもんだ、と傾けるコーヒーのカップ。
 同じブルーでこうも違うかと、見た目は同じなんだがな、と。
 チビはともかく、赤い瞳も銀色の髪も全く同じ。
 今は幼い顔立ちだって、育てば前とそっくり同じになるだろう。
 前の自分が失くしてしまった、気高く美しかった恋人。
 そっくりそのまま、戻って来たと思ったのに…。
(…今のあいつは不器用なんだ)
 ただしサイオン限定でな、とクックッと笑う。
 裁縫の腕なら今の方が上だと、前のブルーよりも遥かに凄い、と。


 比類なきサイオンを誇った恋人、ソルジャー・ブルー。
 前のブルーが、ある日、繕おうとしてくれたキャプテンの制服の袖口のほつれ。
 「そのままだと引っ掛けて酷くなるから」と、裁縫道具を持ち出して。
 ところが、ブルーは不器用だった。
 今のブルーのサイオンさながら、救いが無かった裁縫の腕。
 針に糸を通す所からして既に怪しく、糸の端っこに結び目を作るまでにも一苦労。
 やっとのことで繕ってくれた袖は、とても見られたものではなかった。
 不揃いな縫い目に、引き攣れた生地。
 これでは駄目だと、前の自分が全部ほどいて縫い直した。
 ブルーよりかはマシに縫えたし、服飾部の者に「頼む」と渡せる程度の応急措置。
 そんな具合だから、肩を落としていたブルー。
 「ぼくはホントに頑張ったのに」と。
 しょげる姿が可笑しかったから、不意に浮かんだ悪戯心。
 完璧な筈のソルジャー・ブルーにも、不得手なことがあるらしいから。
 あれだけ悪戦苦闘したって、袖口のほつれを上手く直せないようだから。
 だから口にした、こういう言葉。
「本当に私のためだと思っていらっしゃったのなら…」
 とんでもない縫い目を作るどころか、縫い目の無いシャツを作れそうですが、と。


 遠く遥かな昔の恋歌、スカボローフェア。
 今の自分も知っているけれど、前の自分も知っていた。
 何処で知ったかは忘れたけれども、気に入っていたそのメロディ。
 それに出て来る、縫い目の無いシャツ。
 縫い目も針跡も無いというシャツ、そうやって作り上げたシャツ。
 前のブルーは歌を知らなくて、「なに、それ?」と目を丸くしたから。
 スカボローフェアを教えてやった。
 歌が生まれた遠い昔のイギリスで栄えた、スカボローの町。
 其処で開かれる市に行く人、その人に頼み事をする歌。
 スカボローの町に住む、かつての恋人。
 その恋人に伝えて欲しいと、幾つも並べる無理難題。
 恋人がそれを果たしてくれたら、その人の許へ戻ってゆこうと。
 「あなたこそが私の真の恋人」と、かつて別れた人の許へと。
 縫い目も針跡も無い亜麻のシャツ。
 それが一つ目の注文だった。
 そういうシャツを作ってくれたら、私はあなたの許へ戻ろう、と。


(スカボローフェアなあ…)
 今の自分も気に入りの歌。
 気付けば口ずさんでいたりする。
 小さなブルーに出会う前から、前の自分の記憶が戻る前から。
 「スカボローの市へ行くのですか?」と、問い掛ける言葉で始まる歌。
 行くのですか、と尋ねた後には、呪文のように挟まるハーブの名前。
 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
 そう歌った後は、果たせそうもない無理難題。
 縫い目も針跡も無い亜麻のシャツなど、まだまだ可愛い方だった。
 涸れた井戸でそれを洗ってくれとか、波と浜辺の間に一エーカーの土地を見付けろだとか。
(どうにもならないヤツばかりだがな?)
 どんなに努力してみた所で、出来るわけがないことばかり。
 スカボローフェアはそういう恋歌。
 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
 四つのハーブを織り込みながら、果たせそうもない無理難題を吹っ掛ける歌。
 だから、前の自分が口にしたのも、ほんの冗談。
 「こういう歌があるのですが」と、「本当の恋人だったら出来ますよね?」と。
 前のブルーが作った不揃いな縫い目が、あまりに可笑しかったから。
 それを作ってしょげるブルーが、なんとも愛おしかったから。


 ところが、何を勘違いしたか。
 歌って聞かせたスカボローフェアを聴いたブルーは、こう言った。
「縫い目も針仕事の跡も無い亜麻のシャツ? 分かった、それが作れたら…」
 正真正銘、ぼくの裁縫の腕を認めてくれるんだ、と。
 どう考えても、前のブルーの勘違い。
 スカボローフェアは「それを作れ」と歌うけれども、恋人の愛の深さを試す恋歌。
 本当に作れとは言っていなくて、それほどに深い愛を見たいと戯れる歌。
 そう説明をしたというのに、「もう一度、歌って」と強請ったブルー。
 強請られるままに歌って聞かせたスカボローフェア。
(…そうしたら、あいつ…)
 作ったのだった、前のブルーは。
 どうやったのかは分からないけれど、縫い目も針跡も無い奇跡のシャツを。
 真っ白な亜麻の布で作った、スカボローフェアの歌そのままのシャツを。
 得意満面でそれを差し出したブルー。
 「ほら、ハーレイ」と。
 「君が歌ってくれたスカボローフェアに出て来るシャツ」と。
 驚いて子細に調べてみたシャツ。
 亜麻のシャツには、縫い目は一つも見付からなかった。
 針の跡さえ、ただの一つも。
 遠く遥かな昔の恋歌、果たせない筈の無理難題を果たしたブルー。
 縫い目も針跡も、見付かりはしない亜麻のシャツ。
 誰も作れはしないままだった、スカボローフェアの歌の通りの奇跡のシャツを。


 けれど、着られなかったシャツ。
 前のブルーは、どこまでも不器用だったから。
 こと、裁縫に関しては。
 奇跡のシャツを作る参考にしていた、前の自分のシャツのためのデータ。
 それをそのまま引き写したから、シャツは失敗作だった。
 伸縮性のあるシャツの素材と、亜麻の布とは違ったから。
 被って着たならビリッと破れてしまうのがオチで、けして着られはしないシャツ。
 それでも、ブルーが愛おしくて。
 「…着られないわけ?」と慌てたブルーを、抱き締めてキスを贈ってやった。
 スカボローフェアの歌は、そういうシャツを作れと歌っているけれど。
 出来上がったシャツを自分が着るとは歌わないから。
 着られなくてもかまわないのだと、作り上げれば充分だから、と。
(…あいつ、最高の恋人だったんだ…)
 たとえ着られないシャツであっても、奇跡のシャツを作ったブルー。
 遠い昔から不可能なことを並べて歌い継がれた恋歌、その中の一つを果たしたから。
 恋人のためにそれをしようと、縫い目も針跡も無い亜麻のシャツを見事に作り上げたから。


(…前のあいつは、ちゃんと作ってくれたんだが…)
 何処かへ消えてしまったんだよな、と思い浮かべる奇跡のシャツ。
 前の自分は大切に仕舞っていたのだけれども、今は失われてしまったシャツ。
 誰も奇跡のシャツと気付かず、ただのシャツだと思われて処分されたのだろう。
 前の自分がいなくなった後、他の何枚ものシャツに紛れて。
(…ちょいと惜しい気もするんだがな?)
 そういう風に時の流れに消えるのだったら、着れば良かったと改めて思う。
 長い戦いの果てに辿り着いた地球、あの星へ降りてゆく時に。
 死の星だった地球だけれども、前のブルーとの約束の場所。
 其処に似合いのシャツだっただろう、前のブルーが作ってくれた奇跡のシャツは。
 あちこち破れてしまったとしても、とっておきの晴れ着になったのだろう。
(…着そびれちまった…)
 そして無くなっちまったんだが、と残念でならない奇跡のシャツ。
 前のブルーの愛の証で、大切に取っておいたシャツ。
 何度も何度も、前の自分が撫でていた。
 クローゼットの奥から取り出し、縫い目も針跡も無い真っ白なシャツを。
 ブルーが作った奇跡のシャツを。


 さて、今のブルーはどうするだろう?
 「作ってくれ」と注文したのだけれども、不器用な今のブルーの方は。
 今度は着られるシャツで頼むと、上等な亜麻のシャツがいいと。
(…作れるわけがないんだがな?)
 無理だと分かっているのだけれども、ついつい吹っ掛けた無理難題。
 いつか本物の恋人同士になった時には、前と同じに作ってくれと。
 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム。
 スカボローフェアの歌そのままのシャツを、縫い目も針跡も無い奇跡のシャツを。
 作れなくても、ブルーは最高の恋人だけれど。
 奇跡のシャツなど作れなくても、誰よりも愛おしくて大切な人。
 だから、ふざけて無茶を言う。
 奇跡のシャツを作ってくれと、今度は着られる上等なのを、と…。

 

        奇跡のシャツ・了


※前のブルーが作ってくれた奇跡のシャツ。今のブルーには作れそうもないんですけれど…。
 ついつい「作ってくれ」と注文したくなっちゃいますよね、ハーレイ先生の悪戯心v





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(前とちっとも変わってないよね…)
 ホントに同じ、と小さなブルーが思い浮かべたハーレイの顔。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
 今日も見詰めた鳶色の瞳。
 前のハーレイとそっくり同じで、何処も変わっていはしない。
 アルタミラで初めて出会った時から、ずっと変わらない優しい瞳。
 たまに怒りで色を変えても、直ぐに穏やかな瞳に戻った。
 誰もが安心するような色に。
 この鳶色の瞳さえあれば、何も心配要らないのだと。
(ハーレイ、いつでも落ち着いていて…)
 怒る時にも、ハーレイ自身のために怒りはしなかった。
 必ず何か理由があっての怒りだったし、そうすることが船の仲間のためになる怒り。
 仲間たちもそれが分かっていたから、ハーレイの怒りはよく効いた。
 感情が先に立ちやすいゼルや、小言ばかりのエラとは違うものだから。
(うんと怒って、叱り付けたら…)
 サッと切り替えていたハーレイ。
 いつもの穏やかな瞳の色に。
 温かい鳶色の瞳の色に。
 怒鳴られた者も、叱られた者も、その鳶色に癒された。
 「すみませんでした」と素直に謝り、ハーレイと同じに穏やかな顔。
 不平や不満を抱えたままではなかった、叱られた者たち。
 時には、そのままハーレイと話し込んだりもして。
 楽しげに笑って、相槌を打って。


 前のハーレイの鳶色の瞳。
 キャプテンに打ってつけだった色の瞳だと思う、あの鳶色は。
 誰が眺めても優しい鳶色、温かな印象を抱かせる色。
 その持ち主の心そのままに、心を瞳に映し出したように。
 いつも穏やかな光を湛えて、時には怒りに燃えたりもして。
(怒った時にも、あの色だったから…)
 無駄に怯えることはなかった仲間たち。
 何故ハーレイが怒っているのか、それを考える余裕があった。
 怖くてブルブル震えていたなら、考えは上手く纏まらない。
 「怒らせた」という事実だけで頭の中はパニック、混乱して回らない思考。
 そうなってしまえば、逃げ口上だけを並べ立てるか、食ってかかってゆくことになるか。
 いずれにしたって、ロクな結果を招きはしない。
 ハーレイの怒りは上手く伝わらず、叱った言葉は意味を持たずに砕けてしまう。
 叱られ、怒鳴られた者たちの中で。
 「自分は叱られている」という分かりやすい事実、それだけが先に立ってしまって。
 どうすれば其処から逃れられるか、そのことばかりに気を取られて。
 「すみません」と口では謝っていても、きっと頭では分かっていない。
 どうして自分が詫びているのか、自分の何が悪かったのかは。
(…そういう風になっちゃうもんね?)
 相手を怖いと思っていれば。
 怖い人だと恐れていたなら、それしか考えられなくなるから。
 早く其処から逃れたくて。
 一刻も早く逃げ出したいから、自分が逃げる方法ばかりを。


 そうはならなかった、前のハーレイの鳶色の瞳。
 どんなに厳しく睨み付けても、瞳の色が冷たくなっても、鳶色だから。
 温かい印象を与える鳶色、怒りに燃えても、相手を委縮させたりはしない。
 ハーレイ自身に、そういう意図があったとしたなら別だけれども。
(視線だけで睨み殺してやる、ってことになったら、怖いよね…?)
 きっと、とブルッと震わせた肩。
 今のハーレイなら出来るのだろう、と。
 キャプテンではない、今のハーレイ。
 ただの古典の教師のハーレイ、生徒を叱る時には叱る。
 「こらあっ!」と怒鳴って、教科書ではない本などを没収していることも。
 そうは言っても、授業中に見せるハーレイの怒りは昔と同じ。
 明らかに生徒の方が悪くて、シャングリラで叱られていた仲間たちと同じ。
 鳶色の瞳は恐ろしい色を湛えはしなくて、生徒は怯え上がりはしない。
 「すみませんでした」と謝るとは限らないけれど。
 シャングリラの頃と今とは違って、謝らなくても困るのは叱られた生徒だけだから。
 他の生徒に迷惑はかからず、一人だけの問題なのだから。
 ウッカリ素直に謝り損ねて、後で困っている子も多い。
 「あの本、返して貰えるかな?」だとか、「今度の成績、大丈夫かな…」だとか。
 命が懸かったシャングリラとは違う、教室ならではの愉快な結末。
 鳶色の瞳は今も変わらず、「分かっているか?」と尋ねているのだろうに。
 何故叱られたか分かっているかと、分かっているなら謝るんだぞ、と。
(ハーレイ、今でもキャプテンの頃とおんなじなのに…)
 教室だからこそ、叱られた生徒が迎えてしまう悲惨な結末。
 鳶色の瞳が優しい色を帯びているから、ついつい、ウッカリ。
 「先生は本気で怒らないだろう」と高を括って、大切な本を没収されたりしてしまうオチ。


 今のハーレイはそうだけれども、教室ではそんな具合だけれど。
 他へ行ったら、前とは違った恐ろしい目も出来るのだろう。
 鳶色の瞳は変わらないのに、見た者が心底、怯え上がるような。
 とてもハーレイに勝てはしないと、下手をしたなら殺されるかも、と後ずさるような。
(…水泳は、そうでもないだろうけど…)
 幾つも並んだコースを泳いで勝負するのだし、対戦相手と向き合いはしない。
 向き合う相手は自分自身で、自分の限界との戦い。
 鳶色の瞳が睨む先には、きっとハーレイ自身の心。
 力の限りを尽くして泳げと、それが出来ないようでは駄目だと。
 けれど、もう一つ、ハーレイが得意な柔道の方。
 そちらは試合の相手がいる。
 戦う相手は別の誰かで、油断したなら負けるだけ。
(…きっと、最初が肝心だよね?)
 負けはしないぞ、と対戦相手にぶつける視線。
 試合のためにと向かい合った時には、勝負はついているかもしれない。
 相手の視線で怯んでしまえば、実力を出せはしないから。
 鋭い視線に飲まれたら最後、自分のペースに持ち込めないから。
(ハーレイの凄く怖い目が見られそう…)
 対戦相手になったなら。
 柔道で勝負を挑みに行ったら、前の自分が知らない瞳に出会うのだろう。
 同じ鳶色でも、穏やかさの欠片も無い瞳。
 睨まれただけでも射殺されそうな、それは恐ろしい色の瞳に。


(なんだか不思議…)
 おんなじ鳶色なんだけどな、と今のハーレイの瞳を思う。
 前のハーレイと変わらないのに、違った色も見られるらしい。
 キャプテンだった頃に見せていたなら、仲間たちが震え上がっていただろう色。
 それで相手を睨むのだから、今の時代は面白い。
(今はハーレイと、ぼくが逆様…?)
 立場が逆になっちゃったかも、とクスクス零れてしまった笑い。
 今の自分はチビの子供で、とてもソルジャーにはなれないけれど。
 戦士はとても無理だけれども、今のハーレイは柔道だったら戦士になれる。
 前のハーレイだった頃には見せなかったような、恐ろしい色の瞳の戦士。
 同じ鳶色の瞳のままでも、相手が戦意を失うほどの。
(…そういう目をしたハーレイだったら…)
 格納庫でキースといい勝負かも、と可笑しくなった。
 メギドはともかく、シャングリラから逃げようとしていたキース相手なら。
 「何処へ行くんだ?」と呼び止めただけで、もう充分な抑止力。
 他の仲間が駆け付けるまで、続いたかもしれない睨み合い。
 アイスブルーの瞳のキースと、鳶色の瞳のハーレイと。
 どちらも譲らず、火花がバチバチと飛び散りそうな。
 あのキースでさえ、「ただ者ではない」と考えそうなキャプテン・ハーレイ。
 残念ながら、前のハーレイだった頃には、無理な瞳の色なのだけれど。
 今のハーレイも、柔道の試合に臨んだ時しか、怖い瞳はしないのだけれど。


 なんとも不思議な鳶色の瞳。
 前のハーレイと今のハーレイ、姿はもちろん、瞳もそっくり同じまま。
 少しも変わっていないというのに、違う色にもなるらしい瞳。
 相手を射殺せそうな瞳が出来るハーレイ、すっかり平和な今の時代に。
 何処にも敵は隠れていなくて、命の心配も要らない時代。
 青く蘇った地球に来たのに、ハーレイは怖い瞳が出来る。
 鳶色の瞳は変わらないのに、前の自分が出会ったキースに負けないような。
 誰が見たって冷たい印象、アイスブルーの瞳をしていたメンバーズにも負けないような。
(ハーレイは変わっていないんだけどね?)
 姿も中身も、いつも穏やかだった瞳も。
 そっくりそのまま今のハーレイになっているのに、場面によって切り替わる。
 負けるわけにはいかない柔道の試合、それに挑むだろう時は。
 キャプテン・ハーレイは決して見せなかった瞳、睨むだけで相手が怯える瞳。
(それだけ平和になったってこと…)
 鳶色の瞳が怖い光を帯びていたって、何も不都合はない時代。
 ハーレイが試合に勝つというだけ、輝かしい戦果を挙げるだけ。
(怖い目をしたハーレイ、見たいな…)
 それには大きく育たないと、と夢を見る。
 柔道の試合を見に行きたければ、前の自分と同じ背丈が必要だから。
 きっといつかは、怖い瞳のハーレイの試合を応援しよう。
 前の自分が知らない瞳。
 睨んだだけでも相手が竦んで動けなくなる、鳶色の瞳をしたハーレイを…。

 

       ハーレイの瞳・了


※ブルー君が思うに、ハーレイ先生の瞳はキャプテン・ハーレイの瞳と同じ。
 けれど、柔道の試合の時には違うようです。ブルー君でなくても、見たいですよねv



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(…今も昔も赤なんだがな?)
 あいつの瞳、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
 コーヒー片手に、夜の書斎で。
 出会った時から赤かったっけな、と。
 青く蘇った地球に生まれて来る前、遠く遥かな時の彼方で出会ったブルー。
 アルタミラがメギドに滅ぼされた日に。
 空が炎の色だったせいか、地面まで燃えていたせいか。
 赤い瞳を見ても驚きは無くて、そういうものだと思っただけ。
 ブルーの瞳はこういう色だ、と。
(脱出騒ぎが落ち着いた後も…)
 まじまじと見詰めはしなかった。
 何度も瞳を覗き込んでは、ブルーと向き合っていたけれど。
 赤い瞳を見詰めていたのは、ブルーの心を見ていたから。
 心を読もうとするのとは違う、瞳は心を映し出す鏡。
 それを通して心を知ろうと、じっと覗いていただけのこと。
(…あいつ、我慢をするもんだから…)
 もっと我儘を言ってもいいのに、ブルーはそれをしなかったから。
 自分のことより船の仲間の方が優先、黙って我慢をしてしまうから。
 ブルーが何か隠していないか、身体や心に苦痛は無いか。
 それを探りに瞳を覗いた、「お前、隠していないだろうな?」と。


 何度も覗いた、ブルーの瞳。
 ブルーの心を映し出す鏡。
 赤い瞳を持った仲間は、他に一人もいなかった。
 珍しい色だと誰に聞いたか、ヒルマンか、それともエラだったのか。
 ブルーの身体には色素が無いから、瞳の色は赤いのだと。
 瞳の奥を流れる血の色が透けて、ああいう赤になるのだと。
(…アルビノなあ…)
 今の自分も知っている言葉、色素を失くしてしまった個体。
 鳥や動物にも起こる現象、真っ白な羽根や毛皮が特徴。
 けれど、それだけでは決め手にならない。
 アルビノとは別に、単に白くなる白化というのがあるものだから。
 そちらは色素が減少するだけ、真っ白になった白変種。
 瞳の色まで赤くはならない、黒い瞳の動物だったら黒いまま。
 つまりアルビノの特徴は瞳、瞳の色でそれと見分ける。
 赤かったならば、色素を失くしてしまったアルビノ。
 本来の色なら、白変種。


 ブルーの瞳は今も昔も変わらずに赤で、アルビノの瞳。
 ただし、今のは生まれつき。
 前のブルーは、成人検査が引き金になって色素を失くした。
(なんだって、そうなっちまったんだか…)
 よほど抵抗が大きかったのか、成人検査に対する心の。
 記憶を消そうとしていた機械に、激しく反発したのだろうか。
 身体から色が抜け落ちるほどに、瞳が血の赤になってしまうほどに。
(…俺だって、逆らった筈なんだがな?)
 ゼルもブラウも、ヒルマンも、エラも。
 他の仲間も同じに逆らい、ミュウの力が目覚めた筈。
 ハタと気付けば、それまでの自分は何処にもいなくなっていた。
 記憶をすっかり失くしてしまった、ミュウになってしまった自分がいただけ。
 それでも色は失くさなかったし、瞳の色は変わらなかった。
 ブルーの赤い瞳を見る度、ブルーが受けた苦痛を思った。
 色素が抜け落ちるほどに辛かったのかと、苦しい思いをしたのかと。
 ブルー自身は「そうでもないよ」と微笑んだけれど。
 「ぼくも、みんなと同じだったよ」と。
 たまたまアルビノになっただけだと、理由は分からないけれど、と。


(あの色なあ…)
 今も謎だな、と前のブルーの瞳を思う。
 長い年月を共に暮らす内に、いつしか惹かれていた瞳。
 この世で一番綺麗な赤だ、と何度も見詰めて、見惚れた瞳。
 赤く美しく輝く瞳を覗き込んだら、其処に映っていた自分の姿。
 それに気付いて笑みを浮かべては、前のブルーに贈っていたキス。
 キスを贈る度に、赤い瞳は瞼に隠れてしまったけれど。
 銀色の睫毛が伏せられてしまって、赤い瞳を隠したけれど。
(…あの赤が俺には、何よりも綺麗だったんだ…)
 シャングリラにあったどんな赤より、トォニィたちが生まれた星より。
 赤いナスカを、「赤き乙女」とフィシスは呼んだ。
 あの赤い星に、ミュウだけの名を与える時に。
 ナスカに魅せられた若いミュウたちが、「ルビーのようだ」と讃えた赤。
(…ルビーなんぞは、誰も見たことが無かったんだが…)
 ミュウの世界に宝石は無くて、誰も持ってはいなかった。
 赤い宝石、ルビーは知識を持っていただけ。
 そういう色をした宝石があると、赤く美しく輝くらしいと。
(…あいつの瞳をルビーのようだと思ったことは…)
 多分、一度も無いんだろうな、とクッと笑った。
 ルビーよりも先に、ブルーの瞳を知ったから。
 美しく赤く輝く瞳を、あの赤い色を。
 ルビーが後からやって来たから、前の自分はルビーも覚えていなかったから。


 赤い宝石を知らない頃から、綺麗だと思って見ていた瞳。
 ブルーと恋人同士になるよりも前から、赤い瞳が好きだった。
 強い意志を宿して輝く瞳。
 苦しみや辛さを隠していてさえ、その美しさを失わない赤。
 何度も何度も覗き込んでは、ブルーの心を知ろうとした。
 何か悲しみを抱えていないか、我慢しすぎていはしないかと。
(…そのせいで捕まっちまった、ってこともないんだが…)
 赤い瞳に、その美しさに。
 囚われたわけではないのだと思う、強いて言うなら一目惚れ。
 赤い瞳を変だと思わず、「こいつの瞳はこの色なんだ」と眺めた時から。
 ただの一度も、奇妙に思いはしなかったから。
 血の色を透かしているという赤、その色の瞳は「ブルーの瞳」。
 他に一人もいない色でも、不思議だとさえ思わなかった。
 なんと綺麗な瞳なのかと、いつも見詰めていただけで。
 ブルーに似合うと思っただけで。


 元の瞳の色は違った、と前のブルーに聞かされた時。
 成人検査でこうなったのだ、と辛うじて残った微かな記憶を見せられた時。
 ブルーを襲った苦痛を思った、色素を失うほどだったのか、と。
 他の者たちは誰も失くしていないのに。
 自分はもちろん、ヒルマンもエラも、ブラウもゼルも。
(…あいつが特別、苦しかったに違いないと…)
 思ったのだった、前の自分は。
 記憶を失くしたくない気持ちが強くて、機械と激しく戦ったのだと。
 それでも記憶を消されてしまって、ショックで失くしてしまった色素。
 水色の瞳は赤く変わって、金色の髪は銀になったと。
(そう思い込んだままで、三百年で…)
 白い鯨に姿を変えたシャングリラ。
 隠れ住んでいた雲海の星で、ブルーが見付けた次のソルジャー。
 緑の瞳に金髪のジョミー、彼はブルーと同じ目に遭った。
 一度はシャングリラに来たというのに、両親の家に帰ろうとして。
 ユニバーサルに捕まり、心を機械に掻き回されて。
(…あの時の爆発は、ブルー以上で…)
 とんでもなかった、ジョミーの強いサイオンの目覚め。
 成人検査用の機械を壊したブルーの比ではなかった、ジョミーの爆発。
 ユニバーサルの建物は壊れ、ジョミーは空へと飛び出して行った。
 成層圏まで駆け上がったほどの勢いで。
(それだけやっても、ジョミーは元の姿で戻って…)
 アルビノになってはいなかったジョミー。
 あれで自分の仮説は崩れた、ブルーの瞳が赤くなった理由。
 苦痛のせいではなかったらしいと、それならジョミーもアルビノだから、と。


(振り出しに戻る、というヤツで…)
 謎になってしまった、ブルーの瞳。
 どうして美しい赤をしているのか、その色の瞳になったのか。
 ブルー自身にも理由は分かっていなかった上に、前の自分の仮説も崩れた。
(…あいつが我慢強かっただけで、苦しかったんだろうと思っていたのに…)
 同じ目に遭っても、色素を失くしはしなかったジョミー。
 緑色の瞳でジョミーは戻って、髪も明るい金髪のまま。
(あれですっかり分からなくなって…)
 もういいだろうと思ったのだった、あれはブルーの色なんだから、と。
 赤い瞳が美しかったら充分なのだと、理由は謎のままでもいいと。
 そうして、前のブルーは逝った。
 赤い瞳の謎は解かれないまま、たった一人でメギドへと飛んで。
 前の自分はブルーを失くして、白いシャングリラを地球まで運んで、其処で命尽きて…。
(もう一度、あいつに出会ったってな)
 チビなんだが、と頭に描いた今の小さなブルーの顔。
 愛くるしい顔に輝く瞳は、前の自分が出会った時と変わらずに赤。
 今度は生まれつきのアルビノ、瞳が赤い理由は明らか。
(…永遠の謎になっちまったなあ…)
 前のあいつの赤い瞳、と思うけれども、あの赤をまた手に入れたから。
 失くしたブルーは帰って来たから、謎のままでもいいだろう。
 何よりも綺麗だと前の自分が思った赤。
 美しく赤く輝く瞳は、小さなブルーの愛らしい顔に、前と同じにあるのだから…。

 

        ブルーの瞳・了


※前のブルーの瞳が赤かった理由は永遠の謎で、成人検査が引き金だとしか分からない模様。
 けれども、何よりも綺麗な赤だと思ったハーレイ。また取り戻せて良かったですよねv





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(一緒だったと思うんだけど…)
 ずっと一緒にいたと思うんだけど、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
 お風呂上がりに、パジャマ姿で。
 ベッドの端にチョコンと腰を下ろして、ハーレイを想う。
 今は離れているけれど。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、一緒にはいられないのだけれど。
 前の自分が愛したハーレイ、今も愛しているハーレイ。
 遠く遥かな時の彼方で、二人一緒に暮らしていた。
 白い鯨で、ミュウの箱舟だった楽園、シャングリラと呼ばれていた船で。
 あの船で恋をして、長い年月をハーレイと過ごしていたけれど。
 いつか地球まで一緒に行こうと、夢を描いていたのだけれど。
(…ぼく、死んじゃった…)
 地球へは行けずに、赤いナスカが在った宇宙で。
 白いシャングリラが無事に地球へと旅立てるように、メギドを沈めて死んでしまった。
 ジルベスター星系の第八惑星、ジルベスター・エイトから近い所で。
 第七惑星のナスカからは遠く離れた所で。
 其処で自分の命は終わった、悲しみの中で。
 白い鯨は守れたけれども、大切なものを失ったから。
 最後まで持っていたいと願った、右の手にあったハーレイの温もり。
 撃たれた痛みでそれを失くして、独りぼっちになったから。
 もうハーレイには二度と会えないのだと、泣きじゃくりながら。
 死よりも恐ろしい絶望の中で、救いなど来ない悲しみの中で。


 けれども、今は地球にいる自分。
 前の自分が焦がれ続けた、青い地球の上に。
 ハーレイといつか行こうと夢見た、行けずに終わった水の星の上に。
 ふと気が付いたら、ハーレイと二人で地球に来ていた。
 前とそっくり同じ姿に生まれ変わって、また巡り会えた。
 自分は少々チビだったけれど。
 十四歳にしかならない子供で、ハーレイとキスも出来ないけれど。
 それでも再会出来た恋人、前の生から愛したハーレイ。
 死の星だった地球が蘇るほどの時が流れて、白いシャングリラが消え去った後に。
 前の自分たちが恋をした船、あの船がとっくに無くなった後に。
(…ホントに長すぎ…)
 巡り会えるまでに流れた時間。
 メギドで命尽きた時から、ハーレイと再会を遂げた日までに流れた時間。
 あまりにも長い歳月が経っていたから、最初の頃には不安になった。
 もしかしたら、と。
 こうして再会するよりも前は、別の人生があったのでは、と。
 自分もハーレイも別の人生、それを歩んでいたのではと。
 別の誰かに恋をして。
 結婚して同じ家で暮らして、子供も生まれていたかもしれない。
 かつて愛した人を忘れて、恋をしていた人を忘れて。
 自分が誰かも忘れてしまって、別の誰かと生きたのでは、と。


 何度も心配になったのだけれど、今では「違う」という気がする。
 この地球の上で巡り会う前も、きっとハーレイと一緒にいたと。
(…きっとそうだよ…)
 そう思うから、と浮かべた笑み。
 何の根拠も無いけれど。
 手掛かりになるような記憶も戻って来ないけれども、きっと一緒にいたのだと思う。
 何処かも分からない場所で。
 今の自分には思い出すことさえ叶わない場所で、二人、離れずにいたのだろうと。
 別の誰かと過ごす代わりに、別の人生を歩む代わりに。
 地球が蘇るほどの時を二人で、きっと片時も離れはせずに。
(…ハーレイがぼくを見付けてくれた?)
 それとも会いに来てくれたろうか、ハーレイの命が終わった時に。
 「此処にいたのか」と、別れた時と同じ姿で。
 キャプテンらしい丁寧な口調、それはすっかり捨ててしまって。
 なんとなく、そう思えるから。
 もうキャプテンではなくなったから、とゼルたちと話す口調になって。
 前の自分も、もうソルジャーではないのだから。
 死んでしまったら、ただのハーレイの恋人だから。
(うん、きっと…)
 そういうハーレイに出会えたのだろう、遠く遥かな時の彼方で。
 見付けてくれたか、会いに来てくれたか、きっとハーレイが自分の所に来てくれた。
 やっとキャプテンの務めが終わったと、これからは二人で過ごしてゆこうと。


(ハーレイと会えて、二人一緒で…)
 仲良く暮らしていたのだと思う、地球に生まれて来るまでは。
 きっと何処かで二人一緒に、それは幸せだったろう時を。
 自分も今のようなチビとは違って、前の自分のままだったろう。
 前の自分と同じ背丈で、キスだって交わせたのだろう。
(それに、本物の恋人同士…)
 キスよりも先のことだって、と考えた所でハタと気付いた。
 何処かの星に生まれ変わっていたならともかく、魂だけでいたのなら。
 ハーレイも自分も、身体を持たずにいたのなら…。
(…キスは出来るの?)
 どうなんだろう、と首を捻って考え込んだ。
 魂だけなら、思念体のようなものなのだろうか。
 前の自分は何度も身体を抜け出したけれど、思念体になっていたけれど。
(…あれだと、一応…)
 腰掛けたりは出来たと思う。
 二階の床に立っていたって、床を突き抜けて落ちてゆくことも無かった筈。
(思念体同士だったら、キス出来るよね…?)
 よし、と大きく頷いた。
 ハーレイとキスは出来た筈、と。
 お互い、身体は失くしていても。
 魂だけの姿でも。


 けれど、分からない、その先のこと。
 キスよりも先は無理かもしれない、身体を持っていないなら。
(…だって、服とか…)
 脱げるのかどうか、一度も試していなかったから。
 思念体になって身体を抜け出した時は、いつも、いつでもソルジャー・ブルー。
 ソルジャーの務めで抜け出したのだし、ソルジャーの衣装は着けておくもの。
 マントさえも外そうとしたことはなくて、襟元も緩めていなかった。
(…ひょっとして、無理?)
 抜け出して来た身体が着けている服、それはセットのものかもしれない。
 考えたことさえ無かったけれど。
(…元の身体が着てる間は、どう頑張っても無理だとか…?)
 どうもそういう気がしてくる。
 前の自分は、常にソルジャーの衣装を纏って抜け出したから。
 思念体で外へ出掛ける時には、いつもカッチリ纏っていたから。
(思い通りになるんだったら、着ていなくても…)
 大丈夫だろう、と思わないでもない。
 単に自分が几帳面だった、それだけのことかもしれないけれど。
 本当はお風呂から飛び出して行っても、ソルジャーの衣装は着られたのかもしれないけれど。
(…分かんないしね…?)
 前の自分が経験していないことは分からない。
 サイオンが不器用な今の自分は、ちょっと試しも出来ないから。
 思念体で身体を抜け出す感覚、それさえも掴めないのだから。


(…もしも服とか、着たままだったら…)
 キスしか交わせはしないだろう。
 その先のことは無理で、抱き合うことが精一杯。
(…魂だと、服はどうなってるわけ?)
 着ていないのなら望みはあるかも、と考えたけれど、相手は魂。
 キスはともかく、その先のことは、魂はしないものかもしれない。
 なにしろ身体が無いのだから。
 その先のことをしたいなどとは思いもしなくて、もしかしたら…。
(くっついているだけで充分だとか?)
 身体に隔てられないのだから、溶けてしまえるかもしれない。
 二人仲良くくっついていれば、もうそれだけで。
 お互いの姿は見えるとしたって、二人で一つなのかもしれない。
 身体を繋ごうとしなくても。
 手を握るだけで、キスをするだけで、溶け合ってしまえるものかもしれない。
 まるで一つの身体のように。
 心まで一つになったかのように、ハーレイは自分で、自分はハーレイ。
(…そうなのかも…)
 お互いに服を着ていたとしても、何の障害にもならない服。
 二人、溶け合ってしまうためには。
 繋ぎ合った手だとか、交わしたキスから、そのまま溶けてしまうためには。


 それって凄い、と思ったけれど。
 地球が蘇るほどの長い年月、ずっとハーレイと二人で一つだったのかも、と夢見るけれど。
(でも、何処で…?)
 それが何処だか分からない。
 キスのその先のことをしようとするより、深く繋がっていられたのかもしれない場所。
 二人、溶け合ったままでいられたのかもしれない場所。
(…分からないし、何も覚えていないし…)
 本当に二人、そうしていたかも分からないまま。
 魂だけで過ごしていたなら、どうなるか見当もつかないから。
 きっとこうだと考えただけで、思い出したわけではないのだから。
(…ずっと、くっついていたんだったら…)
 今の自分が置かれた状況、それがなんとも嘆かわしい。
 キスのその先のことは無理だし、キスさえも出来はしないのだから。
 ハーレイと深く溶け合いたくても、けして叶いはしないのだから。
(…チビだから、無理…)
 前の自分と同じ背丈に育つまで。
 その日が来るまでキスさえお預け、本物の恋人同士になれない自分。
(…どうしてチビになっちゃったわけ…?)
 悲しいけれども、前の自分が長い年月、ハーレイと二人で一つの時間を過ごしたのなら。
 溶け合ったままで、ずっと過ごしていたのなら…。


(…その時のツケ?)
 神様に言われたのかもしれない、「少しは待て」と。
 ずっと一緒にいただろうが、と。
(酷いんだけど…!)
 あんまりだけど、と思うけれども、これがツケなら仕方ない。
 長い長い時をハーレイと二人、一つに溶けていたのなら。
 くっついただけで溶けてしまえる幸せな時を、二人きりで過ごしていたのなら。
 其処が何処かは分からないけれど、きっと何処かで二人で一つ。
 そういう時間を二人でたっぷり過ごしたのなら、ツケが来たって仕方ないから…。

 

         一緒にいた所・了


※ブルー君が夢見る、前の自分がハーレイと一緒に過ごした所。二人で一つ、と。
 そういう風に過ごしていたなら、ツケが来たって諦めるしかないですねv





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