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(…今日はコーヒー…)
 ぼくだけ仲間外れだったよ、と小さなブルーがついた溜息。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 夕食の後に出て来たコーヒー。
 父と母と、それにハーレイの分。
 そうなった理由は至って単純、コーヒーが似合いのメニューだったから。
 両親とハーレイは美味しく飲めるコーヒー、それが良く合う料理だったから。
 けれども、ブルーは飲めないコーヒー。
 苦くて、少しも美味しくないから。
 母だってそれを知っているから、「はい」と置かれた紅茶のカップ。
 「ブルーの分よ」と。
 仲間外れも悲しいけれども、コーヒーならではの悲しい事情。
 自分一人が飲めないコーヒー、ハーレイの方はコーヒー好き。
 そのハーレイが遠慮しなくて済むように、と両親も一緒の食後のお茶。
 紅茶だったら、時間のある日は「二階でどうぞ」と母が運んでくれるのに。
 自分の部屋でハーレイと二人、ゆっくりとお茶を楽しめるのに。
 コーヒーの場合はそうはいかない、食後のひと時。
 両親も一緒のお茶の時間で、それが済んだらハーレイは帰る。
 「またな」と軽く片手を上げて。
 車だったり、歩いたりして。


 仲間外れになるだけでは済まない、食後のコーヒー。
 両親にハーレイを取られてしまうし、話の中身も自分は置き去り。
 大人同士が楽しむ会話に、子供の自分は入れないから。
(…ゴルフの話をされたって…)
 分かんないよ、とプウッと膨れた。
 両親の前では大人しく聞いていたのだけれども、今頃になって出て来た不満。
 仲間外れの上に置き去り、と。
 そもそもは父が「ハーレイ先生は?」と訊いたゴルフの腕前。
 ハーレイが何と答えていたのか、それさえも分からない自分。
 父は「ほほう…!」と驚き、「流石ですね」と言っていたから、上手いのだろう。
 多分、ハーレイのゴルフの腕は。
(…ゴルフなんか、練習してないくせに…)
 ゴルフの選手になりたかった、と聞いた覚えはないハーレイ。
 学生時代にやっていたのか、教師になってから始めたのか。
 それさえ知らないハーレイのゴルフ、けれども父も驚く腕前。
 たちまち話はゴルフだらけで、何のことだかサッパリだった。
 ゴルフ用語も分からなければ、ゴルフ場だって行ったことすら無いのだから。
 前の自分の知識を使って聴き入ろうにも、相手はゴルフ。
(…前のぼくだって知らないんだよ…!)
 シャングリラにゴルフは無かったから。
 ゴルフコースも、練習場も。


 もしも食後が紅茶だったら、ハーレイと部屋で飲めたのに。
 両親にハーレイを取られずに済んで、話だって二人で出来たのに。
(…同じゴルフの話でも…)
 ハーレイならきっと、分かるように話してくれただろう。
 ゴルフ用語の解説だとかは抜きにして。
(…どういう所でゴルフをしたとか、そういうの…)
 そっちだったら、自分も少しは分かるから。
 ゴルフに出掛けた父が「お土産だぞ」と買って来たりする、ゴルフ場の名物。
 広い敷地で採れたキノコや、実った果物。
 ハーレイが話してくれるのだったら、「俺がゴルフに行った時には…」と、そういう話。
 買って来たキノコで作った料理や、果物をもいだ話とか。
(動物だって…)
 リスがいる所や、カモが子育てする池やら。
 色々な動物がいるらしいから、その話だって聞けるだろう。
 子供が聞いても、楽しくてワクワクする中身。
 ゴルフの知識がまるで無くても、相槌が打てるような話を。
 ところが、そうはいかなかった今日。
 食後に紅茶は出てはこなくて、熱いコーヒーが出されたから。
 紅茶のカップはたった一つで、自分の分しか無かったから。


 なんとも残念だったコーヒー、自分一人が飲めないコーヒー。
 その上、ハーレイを両親に取られて、話題はゴルフ。
 子供でも分かる中身ではなくて、大人にしか分からない中身。
 母はゴルフをやらないけれども、ちゃんと相槌を打っていたから。
 きっと父から色々と聞いて、ゴルフを知っているのだろう。
 どうやって遊ぶものなのか。
 何が出来たら素晴らしいことか、感心すべきポイントは何か。
 …自分には分からなかったのに。
 ハーレイのゴルフがどう上手なのか、それも分かりはしなかったのに。
(…ママには分かって、ぼくには謎で…)
 キョロキョロしている間に終わった、食後のコーヒーで寛ぐ時間。
 ハーレイが壁の時計を眺めて、「そろそろ失礼しませんと…」と言っておしまい。
 両親は「遅くまで引き止めてしまいまして…」などと謝っていたけれど。
 自分からすれば、まだまだ足りない。
 遅くなどはなくて、あの時間からでもハーレイと二人で話したかった。
 ほんの五分でかまわないから、二人きりで。
 「あのね…」と、「ハーレイ、ゴルフは好き?」と。
 前の自分は知らないけれども、その遊びはとても楽しいのかと。
 どんな所でゴルフをしたのか、其処には何があっただろうか、と。
 名物のキノコや、お土産に出来る果物や。
 チョロチョロと走り回るリスやら、散歩しているカモの親子やら。


 けれど、帰ってしまったハーレイ。
 自分のためには、何も話してくれないで。
 「またな」と軽く片手を上げて。
 子供にも分かるゴルフの話は、何一つとして聞けないままで。
(…全部、コーヒーが悪いんだから…!)
 あんな飲み物が出て来るからだ、とプウッと膨らませてしまった頬。
 両親の前では我慢した分、不平不満で一杯で。
 これをハーレイの前でやったら、「どうした?」と訊いて貰えるだろう。
 でなければ、「何を膨れているんだ、チビ?」と、額をピンと弾かれるか。
 どちらにしたって、そこから生まれてくる会話。
 膨らんだ頬に負けずに膨らむ、ハーレイとの会話のキャッチボール。
 自分が膨れたままでいたって、プウッと膨れて怒っていたって。
(…ハーレイだったら、分かってくれるし…)
 宥められたり、「我儘なヤツめ」と小突かれたりして、消えてしまうだろう頬の膨らみ。
 いつまでも膨れていられないから。
 ハーレイが上手に消してくれるから、頬っぺたを膨らませたくなった気持ちを。
 時には、笑わせたりもして。
 「お前、今の顔、分かっているか?」と、真似て膨れてみせたりもして。


 そのハーレイは帰ってしまって、部屋にポツンと一人きり。
 コーヒーのせいで逃したハーレイ、置き去りにされてしまった話題。
 何もかもあれがいけないと思う、食後に出て来たコーヒーが。
 母が淹れて来た熱いコーヒー、自分には飲めないあの飲み物が。
(…前に頼んで失敗したし…)
 ぼくも、と強請って酷い目に遭った。
 自分の舌には苦すぎたコーヒー、砂糖を入れても駄目だった。
 ミルクを加えて貰っても駄目で、ハーレイが母にアドバイスした。
 「ホイップクリームもたっぷりで」と。
 それでようやく飲めたコーヒー、とてもコーヒーには見えない代物。
 ハーレイは可笑しそうだった。
 「ソルジャー・ブルーもこうでしたよ」と。
 今と同じに飲めなかったと、ソルジャー・ブルーは大人だったのに、と。
(前のぼくでも駄目だったんだよ…!)
 何度も挑んで、連戦連敗。
 飲めた試しが無かったコーヒー。
 今の自分も、きっとそうなる。
 いつか大きく育ったとしても、飲めないだろう苦いコーヒー。
 両親にハーレイを取られてしまって、それでおしまい。
 食後のお茶の時間が済んだら、「またな」とハーレイが帰って行って。


(…酷いんだから…!)
 大きくなっても仲間外れ、とプウッとますます膨らんだ頬。
 コーヒーが苦手で飲めない自分は、育っても仲間外れにされる。
 両親とハーレイばかりが話して、話題にもついていけなくて。
 置き去りにされて、「またな」と帰ってゆくハーレイ。
 その時もゴルフの話をするのか、まるで分からない別の話題か。
(…どっちにしたって、ぼくは置き去り…)
 そしてハーレイは帰っちゃうんだ、と膨れた所で気が付いた。
 自分がちゃんと大きく育っているのなら…。
(…ぼく、ハーレイと一緒に帰れる?)
 前の自分と同じ姿になったなら。
 ハーレイとキスが出来る姿をしているのならば、一緒に暮らせる。
 ちゃんとハーレイと結婚して。
 ハーレイの家で、一緒に住んで。
(それなら、食後がコーヒーだって…)
 仲間外れになってしまっても、話題についていけなくても。
 ハーレイが「そろそろ…」と時計を眺める時には、自分の方も見てくれるだろう。
 「そろそろ家に帰るとするか」と、「お母さんたちに挨拶しろよ」と。
 ハーレイは一人で帰ってゆかない。
 自分も一緒に家を出るから、両親に「またね」と手を振るのだから。


 それならいいや、と思ったコーヒー。
 前と同じに飲めないままでも、食事の後には仲間外れで紅茶でも。
 両親にハーレイを取られてしまっても、置き去りで話が弾んでいても。
(ハーレイが好きなコーヒーだもんね?)
 二人きりの家では、きっとハーレイは付き合ってくれて紅茶だから。
 前のハーレイもそうだったから。
 たまにはコーヒーを飲ませてあげよう、両親と一緒にのんびりと。
 「またな」と帰ってゆかないなら。
 自分も一緒に連れて帰ってくれるのならば…。

 

        コーヒーとぼく・了


※コーヒーが苦手なブルー君。ソルジャー・ブルーも苦手だっただけに、お先真っ暗。
 そんなブルー君、ハーレイ先生を紅茶生活に付き合わせるつもり。どうなるんでしょうねv




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(やっぱり、こいつが美味いんだ…)
 これが落ち着く、とハーレイが傾けた熱いコーヒー。
 夜の書斎で、椅子にゆったりと腰を下ろして。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、夜の定番。
 それを飲む場所は、色々だけど。
 こうして書斎で飲んでいる日や、リビングのソファで飲む日やら。
 ダイニングのテーブルも気に入りの場所で、要は何処でもかまわない。
 コーヒーがあれば。
 香り高くて絶妙な苦味、心ゆくまで楽しめれば。
(…本当は、夜は駄目らしいがな?)
 よく耳にする、そういう話。
 遅い時間にコーヒーを飲むと、寝付けないとか言われるけれど。
 個人的な差だと考えている。
 眠れなくなったことは無いから。
 どちらかと言えば、その逆だろうか。自分の場合は。
(…飲み損なったら駄目なんだよなあ…)
 流石に少し遅いだろうか、と飲まずにベッドに入った夜に限って欲しくなる。
 やっぱり飲めば良かったと。
 どうも今夜は落ち着かないと、なかなか眠れないんだが、と。


 そうは言っても、健康的な日々を過ごしているから。
 バランスの取れた食事に適度な運動、「規則正しく」がモットーだから。
 眠れないな、と思っていたって、いつの間にやら眠っているもの。
 気付けば翌日の朝になっていて、爽やかに目が覚めるもの。
(…つまり、飲まなくてもいいってわけか?)
 夜のコーヒー、と浮かべてしまった苦笑い。
 飲み損なったら落ち着かなくても、普段と同じに眠れるのだから。
 「眠れないな」と思う時間は、さほど長くはない筈だから。
(単なる俺の嗜好品だな)
 間違いないな、と眺めるカップ。
 一人でコーヒーを楽しむ時には、これを使うと決めている。
 かなり大きめ、たっぷりと入るマグカップ。
 頑丈なカップとは長い付き合い、もう何年になるのだろうか。
 朝も使って、夜も使って、馴染みの友といった雰囲気。
 もっとも、カップは喋らないけれど。
 手に馴染んだというだけのことで、それ以上ではないのだけれど。


 コーヒー片手のひと時が好きで、前は昼間もよく飲んだ。
 休日を家でのんびり過ごして、その合間に。
(…とんと御無沙汰になっちまったなあ…)
 そっちのコースは、と指で弾いたカップ。
 朝はこいつと出会うけれども、次は夜まで会わないようだ、と。
(仕事のある日は家にいないし…)
 そうでなくても、昼間は留守。
 小さなブルーに出会ってからは。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人と遂げた再会。
(…あいつがチビでさえなけりゃ…)
 今頃はとうに、家に迎えているだろう。
 仕事があるから、結婚式はまだ挙げられないままでいたとしたって。
(昼間は俺の家に呼んでもいいわけだしな?)
 ブルーと二人で過ごす休日、自分の家で。
 それが出来たら、カップの出番もあるというもの。
 夜まで仕舞ったままにしないで、昼食の後や、お茶の時間に。
 ところがブルーは、十四歳にしかならない子供。
 ついでに自分が禁じてしまった、「家に来るな」と。
 もしも歯止めが利かなくなったら、小さなブルーに無茶をするから。
 前のブルーと同じに扱い、きっと傷つけてしまうから。
 ブルーの身体も、まだ幼くて無垢な心も。


 そんなわけだから、休日の昼間はブルーの家へ。
 仕事が無ければ、いそいそと。
 朝食が済んだら出掛けてゆくから、マグカップとは其処でお別れ。
 ブルーの家で夕食を食べて帰って来るまで、会えないカップ。
(…お前さんを昼間に拝むチャンスは…)
 いつ来るんだか、とカップに向かってついた溜息。
 どうやら当分、来そうにないぞ、と。
 小さなブルーは、今も変わらずチビだから。
 再会してから少しも育たず、一ミリも背が伸びないから。
(二十センチと来たもんだ…)
 其処まで育て、と自分がブルーに言い聞かせた背丈。
 「前のお前と同じになるまで、キスは駄目だ」と。
 前のブルーは百七十センチ、それがソルジャー・ブルーの身長。
 チビのブルーは百五十センチ、足りない背丈が二十センチ。
(…まったく伸びやしないってな)
 縮まりもしない、前のブルーとの背丈の差。
 チビで愛らしいブルーもいいから、特に不満は無いけれど。
 今となっては、ゆっくり育って欲しいと思っているけれど。
 前のブルーが失くしてしまった、子供時代の幸せな記憶。
 アルタミラで少しも成長しないで、苦しみの中で過ごした年月。
 それを補って余りある幸せ、両親と過ごす温かな日々。
 ブルーにはそれを、存分に味わって欲しいから。
 子供時代の幸せな日々を、いくらでも与えてやりたいから。


 何年でも待っていられると思う、チビのブルーが育つまで。
 雛を見守る親鳥のように、小さなブルーを慈しみながら。
 唇へのキスは与えないまま、愛はたっぷり注いでやって。
 抱き締めて、額に、頬にキスして。
(そういうのも悪くないんだが…)
 俺はそいつも好きなんだが、と傾けたカップ。
 朝に別れたら、今は夜まで会えないカップ。
(…お前さんとは、昼間に会えないままらしいな?)
 ブルーが育たない内は。
 「家に来るか?」と誘ってやれない内は。
 いつになるやら分からない、その日。
 前とそっくり同じに育ったブルーを、この家に連れて来られる日。
 けれど、その日が訪れたなら…。
(こいつと昼間に会える日だって…)
 もう珍しくはないのだろう。
 最初の間は、ブルーは昼間に来るだろうけれど。
 夜になったら、家へ送るのだろうけど。
(その内、此処が家になるんだ)
 ブルーの家に。
 愛おしい人が暮らしてゆくための家に。


 そうなったならば、仕事の無い日は二人で過ごす。
 デートに出掛けて行かない限りは、この家で二人。
 朝食の時に使ったカップと、昼間にも会えることだろう。
 小さなブルーと出会う前には、いつもそうしていたように。
(それも、一人で飲むんじゃなくてだ…)
 ブルーと二人で、お茶の時間や食後のひと時。
 今は昼間は御無沙汰のカップ、それにコーヒーをゆっくりと淹れて。
 「お茶にしないか?」とブルーを呼んで。
 ケーキなんかも切り分けてやって。
(もう何年かの辛抱だってな)
 お前さんも俺と一緒に待とう、とカップの縁を撫でたのだけれど。
 慣れた手触りを「ふむ」と確かめ、コーヒーをコクリと飲んだのだけれど。
(…待てよ?)
 ちょっと待った、と頭に浮かんだブルーの顔。
 チビのブルーもそうだけれども、前の育ったブルーの方も…。
(あいつ、コーヒー、駄目だったんだ…!)
 迂闊だった、と思い返したブルーの嗜好。
 コーヒーを好むどころではなくて、とことん苦手なタイプがブルー。
(…いや、タイプ・ブルーってわけじゃなくって…)
 駄洒落に逃げたくなってしまったほど、ブルーはコーヒーが駄目だった。
 昔も、今も。
 チビのブルーも、前のブルーも。


(…なんてこった…)
 今の自分が好きなコーヒー。
 眠る前にも寛ぎのひと時、愛用のマグカップにたっぷり淹れて。
 それを飲まなければ落ち着かないほど、今の自分はコーヒー好き。
 前の自分も、今と同じに好きだった。
 コーヒーを好んだキャプテン・ハーレイ。
(…しかしだな…!)
 前の俺には無かったんだ、と今頃になって気付いてしまった夜のコーヒー。
 ブルーと夜を過ごす時には、そうそう飲めはしなかった。
 なにしろ、ブルーは飲めなかったから。
 たまにコーヒーを淹れる時には、自分の分しか淹れられなかった。
 ブルーが文句を言うものだから。
 「何処が美味しいのか分からないよ」と、コーヒーを嫌うものだから。
(…でもって、あいつ…)
 気まぐれに挑戦していたコーヒー。
 なんとか飲もうと、あの手この手で頑張ったけれど。
(ミルクたっぷり、砂糖たっぷり、それにホイップクリームまで入れて…)
 ようやくブルーが飲めたコーヒー、もはやコーヒーとは呼べない代物。
 おまけに、後で「眠れなくなった」と訴えたブルー。
 目が冴えて駄目だ、と嘆いたブルー。
 なんとか寝かせはしたのだけれども、それはブルーをベッドの上で…。
(あいつがぐっすり眠っちまうまで…)
 疲れ果てて眠るまで抱いたんだった、と思い出した情事。
 コーヒー騒動の後始末。


 また今回もそうなるのか、と呆然と眺めてしまったカップ。
 昼間に飲んでも「またコーヒー?」とブルーに言われて、夜になったら。
(「今は毎日飲んでるわけ?」って…)
 ブルーが呆れ果てるのだろうか、「コーヒー、そんなに美味しいわけ?」と。
 そんなものより紅茶がいいよ、と前のブルーと同じように。
 「ぼくと一緒に紅茶を飲まない?」と。
 その光景が見える気がした、ブルーと紅茶を飲んでいる自分。
 愛用のカップは出番を失くして、コーヒーだって。
(…そうはならないと思いたいんだが…)
 俺はコーヒーを飲みたいんだが、と思うけれども、読めない未来。
 今の内だ、とコーヒーのカップを傾ける。
 ブルーがまだまだチビの内にと、今の内にゆっくり飲んでおこうと…。

 

        コーヒーとあいつ・了


※ハーレイ先生の寛ぎのひと時、夜でもコーヒー。落ち着く時間らしいですけど…。
 いつかはそれが無くなるのかも、と気付いてしまったハーレイ先生。どうなるでしょうねv





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「あのね、ハーレイ。…ぼくはとっても大変なんだよ」
 毎日ホントに大変だから、と小さなブルーがついた溜息。
 ハーレイと向かい合わせで座って、テーブルを挟んで。
「ほほう…? いったい何処が大変なんだ」
 そんな風には見えないんだが、と返したハーレイ。
 病気ならともかく、そうではない日。
 お前はいつも幸せそうだし、大変そうにはとても見えない、と。
「…分からないかな、ぼくを見てても?」
 こんなのだよ、とブルーは自分を指差す。
 見るからに大変そうじゃない、と。
「いや…? 今は少々膨れっ面だが…」
 そいつも幸せの証拠だろうが、とハーレイがピンと弾いた額。
 ブルーの額を指先でピンと。


 何かと言えば、膨れっ面になるのがブルー。
 十四歳の子供ならでは、不平不満が顔に出る。
 プウッと頬っぺたを膨らませてみたり、愛らしい唇を尖らせたり。
 可愛らしいから、見ていて飽きない。
 膨れていようが、唇を尖らせていようが、ブルーはブルー。
 前のブルーは見せなかった顔、それがなんとも嬉しくなる。
 平和な時代になったからこそで、不平も不満も言っていい世界。
 だからブルーは幸せな筈。
 膨れっ面でも、頬っぺたがプウッと膨れていても。
 それなのに何処が大変なのか、小さなブルーは。
 「毎日ホントに大変だから」と力説されても、どう大変か分からない。
 幸せ一杯の筈なのに。
 膨れていたって、幸せだろうに。


 分からないまま、じっと見ていたら。
 膨れっ面を観察していたら、ブルーは「もうっ!」と不満そうな顔。
「ぼくはこんなに小さいのに!」
 チビなんだよ、とブルーが広げた両手。
 こんなに小さくて、前のぼくよりもずっと小さい、と。
「そのようだな。…それで?」
 それがどうした、と先を促してやったら、もっと膨れたブルー。
「分からないわけ!? ぼくの大変さが!」
「…チビなだけだろうが、前のお前より」
 見れば分かる、と返した途端に、「分かってないよ!」と尖った唇。
 ハーレイはちっとも分かっていない、と。


「小さいから、何も出来ないんだよ!」
 ハーレイといたってキスも出来ないし、その先だって!
 本物の恋人同士にもなれやしなくて、ハーレイはぼくをチビ扱いで!
 なんでもかんでも「駄目だ」って言って、ちっとも聞いてくれなくて!
「…ふむ…。それでお前は大変なんだ、と」
 分かった、俺と一緒にいるのが問題なんだな、とニヤリと笑った。
 ならば苦労をさせては悪いし、今日はサッサと帰るとするか、と。
「えっ? 帰るって…?」
 赤い瞳が丸くなるけれど、かまわず席を立とうとする真似。
「お前、大変なんだろう? 毎日、毎日」
 今日の所は楽をしてくれ、と椅子を引いたら、慌てたブルー。
 「ぼく、大変じゃないから!」と。
 これだから、とても愛らしい。
 何かと言えば膨れるブルー。
 我儘をぶつけるチビのブルーが、大変らしいチビのブルーが…。



        毎日が大変・了





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(…今のぼくはキスが前より下手くそ…)
 そういうことになっちゃうみたい、とブルーがついた大きな溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、自分の部屋で。
 ベッドの端にチョコンと腰掛け、視線を遣った先にテーブルと椅子。
 今日はハーレイと其処で過ごした、土曜日だから。
 楽しみに今日を待ったというのに、どんでん返しと言うべきか。
 ポロポロと涙を零す羽目になったし、今はこうして溜息が一つ。
 最高の休日になる筈だったのに。
(…サクランボ…)
 事の起こりはサクランボ。
 旬はとっくに過ぎたけれども、輸入物が店に出回る季節。
 地球の反対側に位置する地域は、今がサクランボの旬だから。
 おやつに出て来たチェリーパイのお蔭で戻った記憶。
 前の自分と前のハーレイ、白いシャングリラで食べたサクランボ。
(…サクランボの軸を、口の中で上手く結べる人は…)
 「キスが上手だそうですよ」と前のハーレイが教えてくれた。
 そのハーレイは上手く結べた、サクランボの軸を。
 そういう記憶が戻って来たから、母に強請ったチェリーパイ。
 土曜日にまた焼いて欲しいと、前のぼくもサクランボを食べていたから、と。
 「いいわよ」と引き受けてくれた母。
 父も母から聞いたものだから、生のサクランボも買って貰えた。
 せっかくだから、と父が思い付いてくれた輸入物を。


 ワクワクしながら待っていた今日。
 ハーレイと二人で、思い出の味を楽しもうと。
 サクランボの軸の話をしようと、今のハーレイも口の中で上手く結ぶだろうか、と。
 けれど、ハーレイには「悪戯小僧」と詰られた。
 甘い思い出を語り合うどころか、悪戯者め、と睨まれた始末。
 「お母さんまで巻き込んだな」と、「軸の話はしてないだろうが」と。
 それでも、思い出してはくれたハーレイ。
 遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラで食べたサクランボを。
 前のハーレイがサクランボの軸を、口の中で上手に結べたことを。
(…そこまでは良かったんだけど…)
 とんだオマケがついて来た。
 前よりも腕を上げたハーレイ。
 サクランボの軸を口の中でヒョイと結ぶ腕前、今は各段に上がったそれ。
 ほんの二センチくらいの軸でも、今のハーレイは結んでしまえる。
 「出来るぞ」と自慢して、本当にやった。
 サクランボの軸を、ポキンと折って。
 二センチほどの長さに短く、それを口へと放り込んで。
 モグモグと動いたハーレイの口。
 さほど時間をかけもしないで、見事に結んでしまった軸。
 どんなもんだと、今の俺ならこの通りだ、と。


 凄い腕前を持つと言うから、早速ハーレイに尋ねてみた事。
 「キスは前よりもっと上手いの?」と。
 前のハーレイよりも上手に軸を結ぶのだったら、キスも上手いのだろうから。
 なのに、答えは貰えなかった。
 「こんな動機でチェリーパイとかを持ち出すヤツには教えられんな」と。
 そして言われた、「今度はお前も上手くなったらどうだ?」と。
 前の自分はどう頑張っても、サクランボの軸を結べなかったから。
(…上手くなれ、って言われたから…)
 ひょっとしたら下手だったのか、と考えた前の自分のキス。
 サクランボの軸を結べなかった前の自分は、キスも下手くそだったのだろうか、と。
 心配になったから、ハーレイに訊いた。
 「前のぼくって、下手くそだった?」と、前の自分のキスの腕前を。
 下手だったかもしれない、前の自分。
 ソルジャー・ブルーはキスが下手くそで、キャプテン・ハーレイは上手だったとか。
 そういうこともあるかもしれない、サクランボの軸で分かるキスの腕前。
 口の中で上手く結べたらキスが上手で、結べなかったら…。
(…下手なんだよね?)
 きっとそうだ、と落ち込みそうな気持ちで投げ掛けた問い。
 前の自分は自信たっぷり、何度も何度もハーレイにキスを強請ったけれど。
 ハーレイの方はキスが上手くて、前の自分は下手だったのかもしれない、と。


 どんよりと項垂れてしまった自分。
 下手だった前の自分のキス。
 ハーレイはキスが上手かったのに。
 前のハーレイはサクランボの軸を上手く結べる、キスの達人だったのに。
 なんてことだろう、と俯いていたら、ピンと額を弾かれた。
 「俺は下手だとは思わなかったぞ」と、嬉しい答えを返して貰えた。
 思わず「ホント!?」と声を上げたほど、救われた気分になったのに。
 次の言葉が悪かった。
 ハーレイはこう続けたから。
 「本当だ。…ただ、如何せん、比較対象が…な? お前以外に知らなかったし」と。
 絶句してしまった、その言葉。
 比較対象、それに「お前以外に知らなかったし」。
 考えるほどに、胸の奥から湧き上がる不安。
 前のハーレイには自分だけしかいなかったけれど、今のハーレイは違うかもしれない。
 今の自分はチビだけれども、ハーレイはずっと年上の大人。
 キャプテン・ハーレイの記憶が戻るよりも前は、ハーレイは自由だった筈。
 誰と付き合おうが、キスをしようが、誰もハーレイを咎めはしない。
 変でもなんでもないことだから。
 プロの選手にならないか、と誘いまで来た柔道と水泳の腕前、モテたハーレイ。
 モテていたなら、恋人だって選び放題。
 必死になって探さなくても、相手の方からやって来る。
 恋の相手も、キスの相手も。
 キスのその先のことにしたって、相手に不自由しなかったろう。
 そうしたいと思いさえすれば。


 気付いた途端に、ポロリと零れてしまった涙。
「…ハーレイ、前に恋人、いたんだ…。ぼくよりも前に、誰かとキスして……」
 そう口にするのが精一杯。
 後は言葉になりはしなくて、ただポロポロと零れた涙。
 生まれて来るのが遅かったばかりに、大好きなハーレイを盗られちゃった、と。
 何処かの誰かが、自分よりも先にキスをした。
 もしかしたらキスの上手い誰かが、一人どころか、もっと大勢。
 悲しくて辛くて、それに悔しくて。
 サクランボの軸の思い出話は、酷い現実を運んで来た。
 今のハーレイはキスが前よりもっと上手で、沢山の人とキスをしていて。
 比べることだって出来るのだろう、チビの自分が育った時には。
 ようやくキスを交わせた時には、今の自分のキスの腕前が、上手か下手か。
(…上手にしたって、下手にしたって…)
 そんなことは、ほんの些細なこと。
 ハーレイを誰かに盗られてしまった、その恐ろしい事実の前には。
 キスが上手くても、下手くそにしても、今のハーレイには、自分よりも前に誰か恋人。
 比べることが出来る誰かが、キスを交わした誰かがいるから。
 ハーレイの言葉で、それが分かってしまったから。
(……前に恋人……)
 あんまりだよ、と叫びたくても、八つ当たりにしかならないそれ。
 ハーレイは大人で、記憶が戻って来るよりも前は自由な人生。
 恋をするのも、キスをするのも、その先のことも、ハーレイ次第だったのだから。


 泣くことだけしか出来なかった自分。
 ポロリポロリと零れ落ちた涙。
 どうにも出来ないことだけれども、あまりにも悲しすぎたから。
 泣き濡れていたら、「泣くな、馬鹿」とクシャリと撫でられた頭。
 「今の俺にはお前だけだ」と、「俺はお前しか好きにならない」と。
 俺を信じろ、と見詰めてくれたハーレイ。
 「俺の隣に居てくれるヤツはお前だけしか欲しくはない」と。
 何度も頭を撫でて貰って、何度も何度も誓って貰って。
 やっと止まった自分の涙。
 前を向こうと、今のハーレイは自分を選んでくれたのだから、と。
 そのハーレイの指が、ヒョイと摘んだサクランボ。
 「俺には一生お前だけだが、心配だったら練習しておけ」と、ポキリと折ったサクランボの軸。
 自慢していた二センチほどの長さ、ハーレイは見事に結んでみせた。
 口の中にポイと放り込んで。
 俺の腕前はこの通りだ、と。
 今から練習しておくといいと、キスは駄目でもこれならば、と。
 サクランボの軸を上手く結べたら、キスが上手いと言うのだから。
 せっせと練習しておいたならば、キスが上手くなる筈だから。


(…頑張らなくちゃ…)
 サクランボの軸を結ぶ練習、と自分自身に発破をかけた。
 今のハーレイが他の誰かとキスをしたかは、この際、考えないとしたって。
(…ハーレイのキスの腕前、前のハーレイよりも上なんだから…)
 ほんの二センチしかないサクランボの軸、それを結んでしまえるハーレイ。
 つまりはキスの腕も上がった、間違いなく。
 今の自分がこのままだったら、前の自分と同じキスしか出来なかったら…。
(…前よりキスが上手いハーレイなら…)
 きっと下手だと思うのだろう。
 前のハーレイは下手だと思わなかったらしいけれども、キスが上手な今のハーレイは。
 それは困るし、なんとも悲しい。
 上手くなりたい、今のハーレイに合わせて自分も。
 だから頑張る、と決意を固めたキスの練習。
 本物のキスはまだ出来ないから、サクランボの軸を結ぶ練習。
 前の自分には無理だったけれど、「下手なキスだ」とハーレイに呆れられないように…。

 

         サクランボと軸・了


※サクランボの軸を結ぶ話を持ち出してみたら、藪蛇だったブルー君。自業自得ですけど。
 今度はキスが上手い自分に、と固めた決意。サクランボの軸で頑張りましょうねv





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(…悪戯小僧め…)
 実にとんでもないヤツだ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎で。
 愛用の大きなマグカップ。熱いコーヒーをたっぷりと淹れて。
 それは普段と変わらないけれど、その他に一つ、ガラスの器。
 ちょっとしたフルーツを入れたりするのに丁度いい器、一人暮らしには。
 つまりは小さめ、器の中身は真っ赤な果実。
 今の季節にそぐわない果実、旬はとっくに過ぎ去ったから。
 みずみずしく光るサクランボ。
 まるでブルーの瞳のよう。
 生きた宝石、赤い所もブルーの瞳を思わせる果実。
 前の自分もそう思ったな、と零れた笑み。
 白いシャングリラでブルーと食べたサクランボ。
 ブルーの瞳も食べられるから、と瞼に落としてやったキス。
 「食べられないと思うんだけど?」と言ったブルーに、「いえ」と返して。
 「こうすれば食べられますよ」と、両の瞼にキスを落として。
 ブルーは頬を染めたのだったか、「驚いたよ」と。
 「両目とも食べられてしまうなんて」と。
 遠く遥かな時の彼方の甘い思い出、前のブルーと過ごした日々。
 それをブルーが持ち出して来た。
 今の小さなチビのブルーが、十四歳にしかならないブルーが。


 ブルーの家を訪ねて行ったら、おやつに出て来たチェリーパイ。
 それだけなら全く気付かないけれど、器に盛られた生のサクランボ。
 旬の頃には何度も二人で食べたけれども、今は秋。
 サクランボの旬はとうに過ぎ去り、生の果実は輸入物。
 そこへブルーの嬉しそうな顔、本人は多分、上手に隠したつもりだろうけど。
 ついでに零れた心の欠片。
 それは楽しそうにキラキラと光る、楽しげなブルーの心の欠片。
 気付かない方がどうかしている、このサクランボが問題なのだと。
 チェリーパイと、生のサクランボ。
(…サクランボで何かある筈なんだ、と思うよなあ…?)
 小さなブルーがはしゃぐような、何か。
 心が弾んで、中身がコロンと零れ落ちるようなものが。
(あいつと出会った頃が、丁度サクランボの旬で…)
 チェリーパイも、生のも、何度も食べた。
 けれど、それだけ。
 特には何も思い付かない、ブルーの心が跳ねるようなこと。
 だとしたら…、と遠い過去へと思いを向けたら、答えは直ぐに降って来た。
 前のブルーと二人で食べたと、白いシャングリラにもあったのだ、と。
 赤くみずみずしい果実。
 ブルーの瞳のような宝石、甘く熟したサクランボが。


 思い出したら、途端にブルーが悪戯小僧に見えて来た。
 よくもと、チビが悪知恵を、と。
(サクランボと言えば、軸だったんだ…!)
 前のブルーと食べていた時、前の自分が持ち出した話。
 何処で仕入れた知識だったか、今では思い出せないけれど。
 本で読んだか、データベースで調べ物の途中に、たまたま見付けたものだったのか。
(サクランボの軸を、口の中で上手く結べるヤツは…)
 キスが上手い、というのがそれ。
 「そうなのか?」と驚いた時は、まだ恋人はいなかった。
 ブルーは仲のいい友達だったし、他の仲間にも恋をしたことは無かったから。
 だから経験すらも無かったのがキス、けれど気になるサクランボの軸。
 口の中で結ぶことが出来れば、キスが上手いというのだから。
(…キスをする相手がいなくても、だ…)
 やはり興味は出て来るもの。
 自分は上手く出来るだろうかと、軸を上手に結べるのかと。
 キスする相手も、キスの予定も無いけれど。
 いつかキスすることがあるなら、もちろん上手い方がいい。
 上手い方がいいに決まっているから、どんなことでも。
 下手では誰も褒めてくれない、何をするにしても。
 だからサクランボの軸も心に残った、「上手く結べたらキスが上手い」と。


 そんなこんなで、前の自分が覚えてしまった、サクランボの軸とキスの関係。
 サクランボの軸に出会えば「これか…」と思うし、試したくもなる。
 周りに誰もいなければ。
 実ではなくて軸を口に入れても、「食べられるのか?」と声が掛からないなら。
(…果たして最初は、いつだったやら…)
 覚えてはいない初挑戦。
 何処でやったか、生のサクランボだったか、それさえも。
 シロップ漬けのサクランボだったかもしれない、軸も一緒のものもあるから。
 とにかく出会って、周りは無人。
 そうでなければ無関心。
 実を食べた後に軸を口に入れ、さて、その後はどうなったのか。
(…それも覚えていないんだよなあ…)
 初挑戦で成功したのか、まるで話にならなかったか。
 記憶が遠すぎることもあるけれど、今の自分の記憶も邪魔をしてくれる。
 なにしろ、今は平和な世界。
 血気盛んな青少年が集っていたなら、誰かが話を持ち出すから。
 「お前、出来るか?」とサクランボの軸とキスの話を。
 口の中で軸を上手く結べるなら、キスが上手いと言うんだが、と。
(…あの話で何度、盛り上がったやら…)
 わざわざサクランボを買って来てまで、競い合ったこともあったほど。
 旬でなければ、シロップ漬けで。
 出来る、出来ないと、それは賑やかに。


 今の自分が積み過ぎた記憶、サクランボの軸とキスに纏わる記憶。
 お蔭ですっかり霞んでしまった、前の自分とサクランボのこと。
(いつから挑んで、いつ出来たのかも…)
 思い出せんな、と首を捻るしかない。
 今の自分がそうだったように、「出来るんだが?」と初挑戦で成功したか。
 それとも、何度も挑み続けて、苦労した末に身につけた技か。
(…しかし、苦労をしていたんなら…)
 前のブルーに話してみたりはしなかったろう。
 「これを口の中で結べますか?」と。
 悪戦苦闘していたブルーに、「私は簡単に出来るのですが」とも言わないだろう。
(…前の俺にも、その才能はあったらしいな?)
 そして今ではもっと上手に、とヒョイと摘んだサクランボの実。
 ブルーの家から帰る途中の食料品店、其処で買って来た輸入物。
(…うん、本当にあいつの瞳にそっくりだってな)
 生きてる赤い宝石なんだ、と口に含んだサクランボ。
 舌で転がし、味わった後は、残った種を吐き出してから…。
(今日はこっちがメインなんだ)
 軸の出番だ、と口に入れた軸。
 若い頃からやっていたように、舌を使って上手に曲げて…。
(こうやって…)
 こうだ、と器に吐き出した軸は、クルンと見事に結ばれていた。
 前の自分がやった通りに、それ以上に。


 どんなもんだ、と眺めた軸。
 今の自分は前の自分より、遥かに腕を上げているから。
 平和な時代にサクランボの軸で遊び続けて、短い軸でも結べるから。
(…キスも前より上手い筈だぞ)
 サクランボの軸と、キスの話が本当ならば。
 上手く結べればキスが上手いと言うのだったら、前よりもきっと上手い筈。
 そして、サクランボを用意していたブルーは…。
(…相変わらず下手なままなんだ…)
 前のブルーと全く同じに、今のブルーも軸を結べはしなかった。
 口に入れても、どう頑張っても。
 「ハーレイ、ぼくはキスが下手かな?」と心配そうだった前のブルー。
 サクランボの軸を上手く結べないから、キスも上手に出来ないだろうか、と。
 けして下手だとは思わなかった、前のブルーと交わしたキス。
 だからサクランボの軸を結ぶのは遊びで、前のブルーと何度もやった。
 「まだ無理ですか?」とからかいながら。
 「ほんのちょっとしたコツなのですが」と、口の中でヒョイと結んでみせて。
 ブルーも努力はしていたけれども、ついに出来ないままだった。
 ただの一度も、軸を結べはしなかった。


 それを思い出したのが、小さなブルー。
 日頃から「駄目だ」と禁じてあるキス、話題にするならサクランボだ、と。
 母にチェリーパイを焼いて貰って、輸入物まで用意した。
 「シャングリラのサクランボ、覚えている?」と。
 もう充分に嫌な予感がしていた所へ、軸の話を持ち出したブルー。
 キスも出来ないチビのくせに、と悪戯小僧をこらしめてやった。
 二センチほどの短い軸。
 それを結んで、「今の俺の方が前より上手い」と。
 案の定、ブルーは「前のぼくのキス、下手だった…?」と言い始めたから。
 「比較対象が無かったからな」と、ニヤリと笑みを浮かべておいた。
 俺は下手だと思わなかったが、比べるものが無かったから、と。
(…悪戯小僧には、おしおきなんだ)
 ポロリと涙を零したブルー。
 「ハーレイ、前に恋人、いたんだ…」と。
 誰かとキスをしていたんだ、と小さなブルーは泣き出した。
 「ハーレイを誰かに盗られちゃった」と。
 ちゃんと宥めて、「俺はお前しか好きにならない」と涙は止めてやったけれども。
 当分、反省しているがいい、と口に含んだサクランボ。
 悪戯小僧はおしおきせねばと、サクランボの軸とキスの話はチビには早すぎなんだから、と…。

 

        サクランボとキス・了


※サクランボの軸とキスの思い出を持ち出したブルー君、ハーレイ先生から見れば悪戯小僧。
 おしおきなんだ、と苛めたようです。「比較対象が無かったから」って、大人の余裕v





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