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(俺が見付けたわけじゃないしなあ…)
 そうそう上手くはいかないよな、とハーレイがついた小さな溜息。
 夜の書斎で、コーヒー片手に本を開いて。
 古典の授業で馴染みの竹取物語。
 「かぐや姫」の方が多分、通りがいいだろう。
 何の気なしに手に取った一冊、たまには古い物語を、と。
 竹から生まれた小さな小さな女の子。
 月の都から来た姫君。
(これがまた早く育つんだ…)
 竹の節の中に入っていたほど、小さな子供。
 すくすく育って、アッと言う間にそれは美しい姫君に。
 求婚者が列をなすほどに。
 噂を聞き付けた帝までもが、姫を欲しいと言い出すほどに。
(こんな具合に、あいつも育ってくれればなあ…)
 十四歳にしかならない、小さなブルー。
 おまけに少しも伸びない背丈。
 「ゆっくり育てよ」とは言ってあるけれど、その方がいいと思うけれども。
 たまに育って欲しくなる。
 前のブルーと同じ姿に、同じ背丈に。
 失くしてしまった愛おしい人、気高く美しかった人。
 会いたくてたまらない時もあるから、「早く育ってくれれば…」と。


 かぐや姫の物語を開いたばかりに、羨ましくなった月の姫君。
 小さなブルーも同じに早く育ってくれればいいのに、と。
(しかしだ、俺が見付けたわけじゃないから…)
 望むだけ無駄というものだろう。
 竹藪で光る竹を見付けて、ブルーに出会ったわけではないから。
 無欲な竹取の翁だからこそ、幸運に恵まれたのだから。
(…俺もブルーを探してたわけじゃないんだが…)
 竹藪ならぬ、生徒が大勢集う教室、それに学校。
 そういう所で仕事をしていて、竹を採る代わりに生徒を教える。
 教師になってから幾つも移っていった学校、ブルーの学校には五月から。
 年度始めに少し遅れて、今の学校にやって来た。
(竹を採りには行っていないが…)
 生徒を教えに行っただけだが、と考えてみる自分の境遇。
 そこでバッタリ出会ったブルー。
 光り輝いてはいなかったけれど。
(あいつが光っていたんなら…)
 きっと青だな、と思い浮かべる前のブルーのサイオンカラー。
 あんな風に青く輝くだろうと、きっと美しいに違いないと。
(金色の竹じゃないんだな)
 青く輝く竹なんだな、と重ねた竹取物語。
 教室が竹藪だったなら、と。


 もしも教室ならぬ竹藪、其処で光る竹を見付けていたら。
 竹の中から小さなブルーを取り出したならば…。
(きっと、すくすく育つんだ…)
 かぐや姫のように、ぐんぐんと。
 昨日よりも今日、今日よりも明日と、それは素晴らしい速さで育つ。
 見る間に前のブルーと同じに育って、美しい人になるのだろう。
 求婚者が列をなすほどに。
 今の時代に帝は何処にもいないけれども、そんな人まで欲しがるほどに。
(…だが、俺のだしな?)
 ブルーは俺のブルーだから、と考えた所で気が付いた。
 これは竹取物語。
 自分の立場は竹取の翁、つまりはブルーの育ての親で。
(…俺のブルーには違いなくても…)
 親の立場で「俺のブルー」。
 求婚者たちがやって来たなら、ブルーを持ってゆかれるのだろう。
 親ではどうにもならないから。
 多分、結婚出来ないから。
(おいおい、そいつは困るってもんで…!)
 光る竹は勘弁願いたい、と本をパタリと閉じた。
 長く待たされる羽目になっても、ブルーと結婚したいから。
 いくらブルーが早く育っても、育ての親では駄目だから。


 今日は此処まで、と本棚に戻しておいた本。
 書斎を後にし、コーヒーを飲んだ愛用のカップも片付けた。
 それから、ゆったり入った風呂。
 温まったら、パジャマに着替えて寝室へ。
(…今日もいい日ではあったんだ)
 小さなブルーの家に寄れたし、仕事の方も順調だった日。
 いい日だった、とベッドに入れば、直ぐに眠りが訪れる。
 寝付きはとてもいい方だから。
 気に懸かることでも出来ない限りは、いつもストンと落ちてゆく眠り。
 夢も見ないで朝までグッスリ、そういう日だって珍しくない。
 健康的な眠りについては…。
(俺は自信がある方なんだ)
 今は必ず明日が来るから。
 白いシャングリラの頃と違って、夜明けは必ず来るものだから。
 夜の間に攻撃を受けて、船が沈みはしないから。
(うん、本当にいい時代に来たな…)
 しかも地球だ、と落ちて行った眠り。
 ブルーと一緒に青い地球に来たと、ブルーは少し小さいんだが、と。


 ハタと気付けば、立っていた廊下。
 家ではなくて、学校の廊下。
(…そうか、これから授業だったな)
 きちんとせねば、と確かめた身なり。
 締めたネクタイは緩んでいないか、スーツの上着は、と。
 ピシッと着込んでいるスーツ。
 これが自分の制服だから。仕事にはこれと決めているから。
 よし、と扉を開けて教室に入って行ったのだけれど。
(ふむ…)
 普通だな、と眺めた教室の中。
 教え子たちがズラリと並んで待っている。
 ただし、教室一杯の竹。
 すっくと伸びた青竹の群れで、それが自分の教え子たち。
 変だとも何も思いはしなくて、おもむろに開いた古典の教科書。
 「授業を始める」と。
 ザワザワと鳴っていた葉擦れの音が静まり、生徒たちは至極真面目なもの。
 相手はもちろん、竹なのだけれど。
「では、次の箇所を…」
 読むように、と指したら竹の葉擦れが聞こえる。
 ちゃんと音読している生徒。
 今日もいい日になるだろう。
 朝一番の授業からして、幸先のいいスタートだから。


 一時間目の授業を終えたら、一休みして次の教室へ。
(…このクラスは今日が初めてだったな)
 俺が教えるのは初めてなんだ、と扉を開けたら、大勢の生徒。
 此処でもやはり竹が一杯、教室と言うより竹藪だけれど。
(なんだ?)
 妙な竹が、と一本の竹に惹き付けられた。
 節の一つが青く輝く、なんとも不思議な竹だったから。
(そうだ、竹だった…!)
 この竹を俺は探していたんだ、と思った途端に、消え失せた生徒。
 周りはすっかりただの竹藪、自分の仕事も教師ではなくて。
(竹を採って帰って…)
 何をするんだったか、と考え込んだ自分の仕事。
 どうもハッキリしないけれども、竹藪で竹を切るのが仕事。
 ついでに光り輝く竹というのを…。
(俺は探していたんだっけな?)
 やっと見付けた、と歩み寄った竹。
 それを切るのが自分の仕事で、自分の役目というものだから。
 教科書などの代わりに竹を切る道具、それもきちんと持っていたから。
(こいつを切って、と…)
 力仕事には自信がある。
 エイッとばかりに打ち込んだ鉈で、竹はスッパリ切れたのだけれど。


「おおっ…!」
 なんと愛らしい、と思わず上げてしまった声。
 銀色の髪に赤い瞳の、それは可愛い小さな子供。
 竹の節の中に、そういう子供がチョコンと一人。
(俺のブルーだ…!)
 かなり小さくて、手の中に収まるサイズだけれど。
 それでもブルーで、愛くるしい顔も幼いブルーそのもので。
 やっと見付けた、と大喜びで連れ帰ろうとしたのだけれど…。
(…待てよ?)
 竹から生まれた小さなブルー。
 まだ幼くて、何も言ってはくれないけれども、笑顔で自分を見ているブルー。
(…竹なんだぞ?)
 竹から生まれて、すくすく育って、前のブルーときっと同じになるけれど。
 アッと言う間に美しく気高く育つのだけれど。
(求婚者が列を…)
 これはそういう物語だった、と我に返った。
 小さなブルーは確かに自分のものだけれども、自分は育ての親だった。
 ついでに、いつか小さなブルーは…。
(月の都に帰るってか!?)
 そうだったのだ、と愕然とさせられた自分の立場。
 ブルーと結婚出来はしなくて、いつかブルーは月の都へ。
 美しく気高く育っても。
 見る間に前のブルーと同じに育ったとしても。


(それは困る…!)
 俺はまたブルーを失くしてしまう、と受けた衝撃で目が覚めた。
 自分のベッドで、真っ暗な部屋で。
(…ゆ、夢か…)
 夢だったのか、とホッと一息、小さなブルーは何処にもいない。
 竹から生まれた、すくすく育つのだろうブルーは。
 僅かな間に前と全く同じに育って、月の都に帰るブルーは。
(…とんでもない夢を見たもんだ…)
 やっぱりブルーはチビでもかまわん、とポカリと叩いた自分の頭。
 欲を出すから酷い夢をと、あんなとんでもない夢を見るのだと。
(眠り直して…)
 忘れるとしよう、竹から生まれた姫君のことは。
 小さなブルーでかまわないから。
 ゆっくり育って、いつか自分と暮らしてくれれば、それで充分幸せだから…。

 

        夢に見た恋人・了


※ハーレイ先生が夢で見付けたブルー君。竹の中から出て来ましたけど…。
 早く育って月の都に帰られるよりは、ゆっくり育って一緒の方がいいですよねv





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(やっぱり今度も駄目なのかな…)
 飲めないのかな、と小さなブルーがついた溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、自分の部屋で。
 ベッドの端にチョコンと座って、テーブルと椅子の方を見て。
 今は空っぽの二つの椅子。
 テーブルを挟んで置いてあるだけ、誰も座っていない椅子。
 その片方がハーレイのための指定席。
 向かい側の椅子が、自分の席。
(ハーレイがあそこに座っていても…)
 出て来る飲み物は紅茶やジュース。
 ハーレイが好きなコーヒーは自分が苦手ということもあって、まず出ない。
 出て来たとしても、ハーレイの分しか出て来はしない。
 けれど、それ以上に出て来ないものは…。
(……お酒……)
 前のハーレイも好きだった。
 もちろん、今のハーレイだって。
 たまに父が「どうぞ」と勧める夕食の席。
 「頂戴します」と嬉しそうなハーレイ、口に含んだら「美味しいですね」と。
 父が勧める酒はいつでも、父の自慢の物だから。
 「ハーレイ先生にも、是非」と思うような酒しか出さないから。


 その父が今日、開けていた酒。
 ハーレイの姿は無かったけれども、誰かに貰って来たとかで。
 「美味いと評判らしいからな」と味見に一杯。
 評判通りの味だったようで、顔を綻ばせて飲んでいた父。
 「休みの日にハーレイ先生がいらっしゃったら、お出ししないと」と。
 つまり、今週の土曜日にハーレイが来たら、父が「どうぞ」と注ぐのだろう。
 子供の自分には飲めない酒を。
 ハーレイのために、それに合いそうな料理とセットで。
(…パパにハーレイを盗られちゃうよ…)
 決まっちゃった、と零れた溜息。
 ただの酒なら、「美味しいですね」で終わるけれども、父が貰って来た酒だから。
 手に入れた経緯や、何処の酒かという話やら。
 ハーレイも評判を知っていたなら、話はもっと盛り上がるだろう。
 「私も初めて飲みましたよ」とか、そんな具合に。
 子供の自分には分からない話。
 そうでなくても、普段から。
 父と母がハーレイと話し始めたら、大抵、置き去りにされているのが自分。
 キョトンと話を聞いているだけで、相槌すらも打てはしなくて。
 悲しいことに、チビだから。
 大人にとっては面白い話、それがサッパリ分からないから。


 ただでも分かっていないというのに、酒の話はもっと謎。
 辛口がとうとか、甘口だとか。
(お料理だったら、まだ分かるけど…)
 ソースが辛いか、甘いかくらいは。
 けれど酒だと、どんなものかも分からない。
 「スッキリとした喉ごし」だとか、「重い」とか「軽い」。
 そういう話になってしまったら、父やハーレイが飲んでいる酒を見詰めるだけ。
 あんなに不味い飲み物でスッキリなんて、と。
 それはともかく、「重い」や「軽い」。
 酒を飲んだら頭がズシンと重くなるのに、胃だって重いだけなのに。
(…ホントに不味くて、次の日は最悪…)
 チビの自分は飲めないけれども、前の自分の頃の経験。
 前のハーレイが飲んでいた酒、それを何度も強請って飲んだ。
 ハーレイが美味しそうに飲むから、飲みたくなって。
(幸せそうな顔をするんだもの…)
 その幸せを共有したくて、何度も注いで貰った酒。
 ただの一度も、美味しいと思いはしなかった。
 せっかくだからと全部飲んでも、美味しい部分は一滴も無し。
 あんな飲み物をハーレイと楽しく語り合う父、自分には謎の酒談義。
 今度の土曜日はそれに決まりで、夕食の席は…。
(また置き去り…)
 普段以上に、酒のお蔭で。
 どういう話をしているのかすらも、見当も付かない酒の出番で。


 週末のそれは、もう諦めるしかないけれど。
 十四歳にしかならない自分は、「ぼくも」と酒を貰えはしない。
 酒が飲めるのは二十歳から、それまでは禁止。
 父はもちろん、教師のハーレイも「駄目だ」と叱るに決まっているから。
 「一口ちょうだい」と強請ってみても。
 一口ならぬ一滴でも。
(…貰えたとしても…)
 いつか貰える年になっても、飲めないような気がする自分。
 前の自分がそうだったから。
 ソルジャー・ブルーだった頃には、大人のくせに飲めなかったから。
 前のハーレイに強請って飲む度、酷い目に遭った。
 美味しくない酒を頑張って飲んで、次の朝には二日酔い。
 頭は割れるように痛むし、胸やけはするし、最悪な気分で目覚めた翌朝。
 やっぱり飲むんじゃなかった、と。
(だけど、前のぼく…)
 何度やっても、それで懲りてはいなかった。
 ハーレイが美味しそうに飲むのを見る度、強請って、飲んで。
 いつも結果は惨憺たるもの、美味しくはなくて二日酔い。
 それでも懲りずに挑み続けた、本当に美味しそうだったから。
 ハーレイの幸せそうな顔つき、それを共有したかったから。
 「美味しいね」と。
 幸せに二人、笑い合いながら、語り合いながら。
 杯を重ねて、幸せな時を。


 けれど、失敗に終わり続けた挑戦。
 前のハーレイの飲み友達だった、ヒルマンたちのようにはいかなくて。
 ハーレイと楽しく酒は飲めなくて、グラスに一杯が精一杯。
 それも「美味しくない…」と嘆きながら飲んで、挙句の果てに二日酔い。
(…今度のぼくも、ああなっちゃうわけ…?)
 あまり飲める気がしないから。
 普段に父が飲んでいる酒も、美味しそうだと思わないから。
(…パパが飲んでたら、美味しそうだけど…)
 酒のボトルが置いてあっても、少しも心惹かれはしない。
 美味しそうだと眺めはしなくて、素通りするだけ。
 舐めてみたいとも思わない。
 ブランデーでも、ワインでも。
 今の時代の、今の自分が住む地域。此処ならではの日本酒でも。
 どんな酒でも、「ふうん?」と眺めて、それでおしまい。
 また新しいのが置いてあるな、と思うだけ。
 辛口も甘口も、「重い」も「軽い」も、自分にはまるで無関係。
 想像すらも出来はしないし、飲みたいと思いもしないのに。
(…飲めなかったら…)
 これから先もハーレイを盗られちゃうんだっけ、と零れる溜息。
 父が新しい酒を手に入れたら。
 ハーレイに「どうぞ」と勧め始めたら。
 たちまち始まる酒談義。
 美味しそうに飲む父とハーレイ、きっと自分は置き去りになる。
 たとえ大きく育っていても。
 ハーレイと結婚していたとしても。


 なんとも酷い、と思うけれども、飲めなかったら確実な未来。
 ハーレイは父と杯を重ね、自分はポツンと座っているだけ。
 料理やつまみを作るだろう母、その隣に、多分。
 母と一緒に紅茶でも飲んで、「楽しそうだね」とハーレイと父を見守りながら。
(それに、ママだって…)
 少しは酒を飲めるのだから、自分と違って話に入れる。
 ほんの少しだけ注いで貰って、酒の話題に入ってゆける。
 甘口に辛口、「重い」や「軽い」。
 そんな話をしている所へ、「そうですわね」と。
 美味しさについて語れる母。
 前の自分のように「不味い」と思わない母。
(…ぼくがホントに前と同じなら…)
 もう本当に、置いてゆかれてしまうのだろう。
 酒の美味しさが分からないから、どうしようもなくて。
 「美味しい」と喜んでいる人たちの中で、「不味い」と言えはしないから。
 勇気を奮って言ってみたって、「子供なんだな」と笑われるオチ。
 身体ばっかり大きくなっても、舌は変わらず子供のままだと。
 酒が飲めないチビのまま。
(…そういう体質、あるんだけれど…)
 あるけれど、ごくごく少数派。
 普通は飲めるものだから。
 大人になったら、気に入りの酒の一つや二つはあるものだから。


(それに、地球のお酒…)
 前のハーレイが飲んでいた酒は、合成の酒。
 白いシャングリラで本物の酒は無理だったから。
 今では酒は全て本物、おまけに地球の水で仕込まれたもの。
 ハーレイからすれば「夢のような」酒で、素晴らしいのに違いない。
 だからきっと、今のハーレイも…。
(ぼくと二人で飲むんだったら、前よりも、もっと…)
 美味しそうに飲んで、ずっと幸せそうなのだろう。
 「こんな酒を飲める時代が来るなんて」と。
 もしも自分が酒好きだったら、「お前も飲むだろ?」と注いでくれて。
 乾杯してから、二人で何度も重ねる杯。
 ゼルやヒルマンたちがやっていたように、ボトルがすっかり空になるまで。
 それが出来たら、と思うけれども、どうなのだろう?
(…今のぼくも、駄目…?)
 前と同じに駄目なのだろうか、ハーレイと飲めはしないだろうか。
 「美味しくない」と愚痴を零しながら一杯だけ飲んで、次の朝には二日酔い。
 そういうコースが待っているだけで、楽しく飲めはしないのだろうか。
(…体質、変わっているといいんだけれど…)
 サイオンが不器用になった代わりに、お酒は平気で飲めるとか。
 美味しく飲めて、酔わないだとか。
 そうだといいな、と夢を見る。
 今度はハーレイと飲みたいから。
 父にハーレイを盗られてしまって置き去りよりかは、ハーレイと二人。
 「美味しいよね」と、「地球のお酒だね」と、幸せに杯を重ねたいから…。

 

         飲めないぼく・了


※ハーレイとお酒が飲めそうもない、と溜息をつくブルー君。まだ子供なのに。
 今度は飲めるといいんですけど、体質はきっと同じでしょうね。でも、飲みそうv





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(今度もあいつは駄目なんだろうなあ…)
 美味いんだが、とハーレイが傾けたグラス。
 夜の書斎で、たまには一杯。気に入りの酒のボトルから。
 こうして飲む日は、前のブルーの写真集を出しては来ない。
 引き出しの中で、ゆっくり眠っていて貰う。
 自分の日記を被せてやって、その下で。
 『追憶』という名のソルジャー・ブルーの写真集。
 表紙のブルーは、記憶そのままに美しいけれど。
 真正面を向いた意志の強い瞳、その奥に秘めた憂いと悲しみ、かの人の真の姿だけれど。
 眺めれば、やはり辛くなるから。
 あの日、どうして止めなかったかと、悔やむ気持ちに囚われるから。
(…あいつと飲むと、悲しい酒になっちまうんだ…)
 分かっているから、出しては来ない。
 酒を楽しみたい時は。
 寛いだ気分で飲みたい日には。
 代わりに小さなブルーを眺める、フォトフレームの中の記念写真。
 夏休みの最後に写した、今のブルーと二人の写真。
 自分の左腕、ギュッと両腕で抱き付いたブルー。
 それは嬉しそうな笑顔をしている、生まれ変わって来たブルー。
 十四歳にしかならない子供だけれども、一人前の恋人気取り。
 何かと言えばキスを強請るから、「駄目だ」と叱ってばかりのチビ。


 今夜は、チビのブルーと一緒。
 本物のブルーは、眠っているかもしれないけれど。
(起きていたって、酒は無理だしな?)
 子供には飲ませられない酒。
 教師の自分が勧めるなどは論外だから、飲ませようとも思わない。
 それに、ブルーは…。
(…前のあいつと同じだったら、酒は間違いなく駄目なんだ)
 飲んだら確実に二日酔いだ、と前のブルーを思い出す。
 そういう思い出は、悲しくなりはしないから。
 幸せだった日々を思い返して、懐かしむ酒になるのだから。
(あいつときたら、まるっきり駄目で…)
 飲めなかった、と思い浮かべたソルジャー・ブルー。
 誰よりも愛した、気高く美しかった人。
 皆の前では我儘などは決して言わない人だったけれど。
 恋人だった前の自分には、無茶も我儘もぶつけたりした。
 それが余計に愛おしくなって、愛しさが増して。
(俺にだけ見せてくれるんだ、って…)
 我儘なブルーが好きだった。
 無茶を言われても、駄々をこねるように我儘ばかりを繰り返されても。


 その我儘の一つが酒。
 まるで飲めないと分かっているのに、いったい何度強請られたことか。
 「ぼくも飲むよ」と、「君ばかり美味しそうに飲むんだから」と。
 けれど、酒には弱かったブルー。
 酒の美味さも分かっていなくて、飲めば必ず不満そうな顔。
 「何処が美味しいのか分からないよ」と、文句まで。
 せっかくの酒がもったいないから、無駄にしたくはなかったのに。
 いくら合成の酒といえども、喜ぶ人と飲みたかったのに。
(ヒルマンとかゼルなら、美味い酒で、だ…)
 話も弾んだ、時には何かをつまみながら。
 つまみが無くても、酒さえあれば。
 ところが、前のブルーの場合。
 注いでやった酒には「美味しくない」と文句をつけるし、喜びもしない。
 美味しくないなら、残りは寄越してくれてもいいのに…。
(意地になって全部飲んじまうんだ)
 如何にも不味そうといった感じで、ちびちびと。
 苦い薬でも飲むかのように。
(酒は百薬の長なんだがな?)
 前のブルーにそう言ったならば、「その通りだね」と返しただろう。
 これだけ不味い薬だったら、さぞかし身体にいいのだろうと。
 「でも、この薬は人を選ぶね」とも。


 なにしろ酒に弱いのだから、ブルーの場合は薬になりはしなかった。
 さながら毒薬、待っているものは二日酔い。
 酷い頭痛や、胸やけやら。
 飲んだ翌朝は寝込むのが常で、ベッドの中から文句を述べた。
 「酷い気分で起きられやしない」と、「頭もずいぶん痛むんだけど」と。
 一度で懲りて二度と飲まなくなったのだったら、まだ分かる。
 きっと本当に不味いのだろうと、ブルーには向かない飲み物らしい、と。
(なのに、あいつは懲りるどころか…)
 何度も強請って酒を飲んでは、酷い目に遭ったとブツブツ文句。
 ブルーは頑固だったから。
 強固な意志は結構だけれど、前の自分と二人きりの時は…。
(そいつが我儘な方へ向くんだ)
 前の自分にだけ見せてくれた姿。
 仲間たちには見せない姿。
 そのせいもあって、ついつい注いでしまった酒。
 強請られるままに、「無駄にされる」と分かっていても。
 飲んでいる時から不味そうな顔で、次の朝には苦情が来ると分かっていても。
 ブルーに「ぼくにも」と強請られた時は。
 「一緒に飲むよ」とせがまれた夜は。


 何度となく無駄にされた酒。
 前のブルーが文句ばかりを言っていた酒。
 それが鮮やかに思い出せるから、今のブルーにも期待はしない。
 前のブルーとそっくり同じに育つ予定のチビだから。
(今度は頑張る、と言ってるんだが…)
 どうなることやら、と眺める写真。
 とびきりの笑顔の小さなブルー。
(ハーレイをパパに盗られちゃう、っていうのがなあ…)
 その発想からして子供なんだ、とクックッと笑う。
 もしもブルーが飲めなかったら、酒を飲むならブルーの父と。
 きっとそうなることだろう。
 いつかブルーと結婚したなら、新たに増える自分の家族。
 ブルーの父と、それから母と。
 その人たちとの食事ともなれば、酒が出ることもあるだろうから。
 今のブルーが飲めないのならば、ブルーの父と酌み交わす酒。
 小さなブルーは、それが腹立たしいらしい。
 「ハーレイをパパに盗られる」と。
 そうならないよう、頑張ると言っていたブルー。
 「今度は飲めるようになるよ」と、「ハーレイとお酒を飲むんだから」と。


 「前のぼくとは体質も変わっているかもね」と、小さなブルーは夢見るけれど。
 恐らく前と同じだろう。
 「美味しくないよ」と不味そうに飲んで、翌日は二日酔いだろう。
 だから今度も、きっと文句を言われながらの酒なんだ、と眺めた写真。
 十四歳の小さなブルー。
 いつか大きく育ったとしても、お前は酒は駄目だろうな、と。
(美味いんだがなあ…)
 それに今では本物の酒。
 シャングリラで暮らした頃とは違って、正真正銘、本物の酒。
 合成どころか、地球の水で仕込んだ素晴らしいもの。
 前の自分が耳にしたならば、「一度は飲みたい」と考えたのに違いない。
 一番安いものでいいから、ほんの一口、と。
(もう最高の美酒ってヤツで…)
 きっと一口で美味しく酔えたことだろう。
 アルコール分とは関係無く。
 「地球の酒だ」と、その有難さを思っただけで心地良く。
 そういう酒が今は山ほど、あちこちの場所で仕込まれる名酒。
 味も種類も選び放題、それこそ料理や気分に合わせて。
 「今日はこれだ」と気まぐれに。
 出掛けた店でも、好き放題に。


 酒好きだった前の自分からすれば、今はさながら天国のよう。
 本物の酒で、地球の酒。
 それを何処でも気軽に飲めて、自分の家でも傾けられる。
(ゼルやヒルマンを呼んでやれたら…)
 大喜びするに違いない。
 遠い昔の飲み友達。
 彼らと夜の巷に繰り出し、あちこちハシゴするのもいい。
 「次はあっちだ」と店を移って、大いに飲んで、大いに食べて。
 つまみも全て地球のものだし、最高の酒を楽しめるのに…。
(…あいつらはいなくて、酒が駄目なブルー…)
 もったいない、と零れた溜息。
 また俺は酒を無駄にするのかと、素晴らしい地球の酒なのにと。
 ブルーにとっては猫に小判で、「不味い」と言われるだけなのかと。
(…苦手を克服、と挑まれてもなあ…)
 その酒はきっと無駄になるんだ、と酒の神様に詫びたい気持ち。
 青く蘇った地球で、数々の酒が造られるのに。
 神様が醸して下さった美酒を、ブルーが無駄にするらしい、と。


(きっと今度も駄目だろうしなあ…)
 まず飲めないな、と思った酒。
 小さなブルーが育ったとしても、前のブルーと同じだろうと。
 地球の水で仕込んだ最高の美酒も、「不味い」と嫌われてしまうのだろうと。
 なんとも寂しい話だけれども、そんなブルーも愛おしい。
 「美味しくないよ」と顔を顰めても、無理をして飲んで二日酔いでも。
 けれど、少しだけ夢を見る。
 もしもブルーが今度は酒を飲めたなら、と。
(家で飲むのも悪くないんだが…)
 ゼルやヒルマンと出掛けたいように、ブルーと飲みに行けたなら。
 「次はあっちだ」と店をハシゴし、大いに酒を酌み交わせたら。
 きっと愉快で、楽しい夜になるのだろう。
 恋人同士なことも忘れて、遠い昔に友達同士だった頃に戻って。
 バンバンと肩を叩き合っては、「次に行こうか」と飲み歩いて。
 ほんの少しだけ、夢を見る。
 「そんなブルーもいいだろうな」と、「どう考えても無理なんだがな」と…。

 

        飲めないあいつ・了


※お酒が駄目だったソルジャー・ブルー。今のブルー君もきっと駄目なのでしょう。
 でも、飲むことが出来たなら…、とハーレイ先生が思うのも無理はありませんよねv





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「ねえ、ハーレイ。お話には作者がいるんだよね?」
 どんなお話でも、と小さなブルーが投げた質問。小鳥のように首を傾げて。
「そりゃまあ、なあ? …書くヤツがいなけりゃ、話は出来んし」
 もっとも、長い年月が流れる間に、誰が書いたか分からなくなる話も多いが…。
 かぐや姫の話みたいにな。
 日本で最初の物語なのに、作者が不明なんだから。
「そうなんだ…。じゃあ、ぼくたちを書いてる人は?」
 どんな人なの、ハーレイだったら分かるかなあ、って…。
 一応、日本の人みたいだから。
「おいおいおい…。これは古典になれそうか?」
 そもそも、物語ですらないぞ。二次創作っていうヤツだ。
 ちゃんとした古典で名を残すんなら、オリジナルの方に行かんとな。
「ふうん…? やっぱり、ハーレイ、知ってるわけ?」
 ぼくには全然分からないけど、これを書いてるのが誰なのか。
 なんとなく、お話にされてるみたいな気がするだけ。
 …何処かで誰かが書いてるよ、って。
「俺も似たようなモンなんだがな…。其処は職業柄ってトコか」
 どうにも気になる、と思いながら寝たら、夢を見た。
 俺たちのことをせっせと書いてる、誰かの後姿ってヤツを。
「後姿…?」
「うむ。生憎と顔は見えなかったな」
 こっちを向いてはくれなかったもんで、どんな顔だかサッパリだ。
 ああ、こいつだな、と思っただけで。


 なんとも愉快な夢だったが、とハーレイは可笑しそうだから。
 二次創作だの、オリジナルだのと、妙な言葉も鏤めるから。
「夢のお話、いったい何が楽しかったの?」
 後姿で、顔も分からなかったんでしょ?
 面白い人かどうかも、それだと分からないんじゃない…?
「それがだ、なんとも不思議なことに…。ナレーションつきの夢だったわけで」
 どうして俺たちを書いているのか、その説明がついて来た。
 聞いた途端に俺は吹き出したぞ、「トマトだった」と言うんだから。
「トマト?」
 ちょっと待ってよ、トマトって…。
 野菜のトマトで、真っ赤なトマト?
 トマトジュースのトマトのことなの、そのトマトなの?
「耳を疑ったが、野菜のトマトだ。もう吹き出すしかないだろうが」
 お前にとっては、少し気の毒ではあるんだが…。
 俺が笑えるのも、お前が帰って来てくれたお蔭というヤツだが。
「えーっと…?」
 どうして、ぼくが気の毒なの?
 トマト、嫌いじゃないけれど…?
 好き嫌いはちっとも無いんだから。前のぼくと同じで。
 ハーレイもそうでしょ、食べ物でとっても苦労したから。


 トマトの何処が気の毒なの、とキョトンとしている小さなブルー。
 そういえば…、とハーレイも直ぐに気が付いた。
「そうか、お前はナスカじゃ眠っていたからなあ…」
 あそこのトマト自体を知らんか、そりゃあ見事に実ってた。
 それでだ、前のお前が死んじまった後に、ゼルがだな…。
 涙を流しながらトマトを齧って、こう言ったんだ。
 「こんなに美味かったんじゃなあ…。ハロルド」と、ナスカで死んだ仲間にな。
「ハロルド…。ツェーレンのお父さんだっけ?」
 ぼくもハロルドは知ってたけれども、眠っちゃってたから…。
 死んじゃったハロルドは可哀相だけど、ぼくとは直接、関係無いよ?
「そこが問題だったんだ。前の俺たちは、前のお前を失くしちまったのに…」
 偉大なソルジャー・ブルーを失くした、そういう場面だったんだ。
 なのに「ハロルド」と言ったのがゼルで、俺が夢で見た人間はだな…。
 「ちょっと待て、テメエ!」と叫んだらしいな、その瞬間に。
 なんでトマトでハロルドなんだと、其処はソルジャー・ブルーを悼む所だろうと。
 前の俺たちの人生ってヤツは、アニメになってたらしいんだ。
 しかも土曜の夕方六時からという、とても有名な枠ってヤツで。
 だからだ、俺たちを書いてる人間は、そいつで全部見ていたんだな。
 前のお前が死んじまったのも、ゼルがトマトを齧ったのも。
「うーん…。ぼくはトマトでも気にしないけど?」
 それにハロルドでも、いいと思うけど…。命の重さは誰でも同じ。
「お前なら、そう言うんだろうが…」
 俺たちを書いてるヤツにしてみれば、そうじゃなかった。
 よくもソルジャー・ブルーをコケにしたなと、トマトのくせに、とブチ切れたんだ。


 それ以来、トマトの恨みを抱き締めて生きていたらしい、とハーレイはクックッと笑う。
 どうしても許せないのがトマトで、誰かなんとかしてくれないかと思った人間。
 せっせと探し回るのだけれど、誰もトマトを書いてはいなくて、怒り続けて。
 大きなトマトは腹が立つからと、大好物だったスタッフドトマトにもムカつく有様。
 けれど時間は流れてゆくから、前の自分たちのアニメは忘れられていって。
 二次創作をする人たちも消え去っていって、それっきり。
 トマトの恨みは晴らせないまま、スタッフドトマトにムカつく夏が幾つも過ぎて…。
「とうとう自分で書いちまったそうだ、トマトの恨みを晴らす話を」
 しかし、未だに世に出せんとかで、ストックで抱えているらしい。
 それよりも後に書いちまった話は、フライングで出したらしいんだが…。
 よりにもよって、俺がキャプテンになると決めた話をポンと気前よく。
「…なんでトマトを出さなかったわけ?」
「さあなあ、何か考えがあったのかどうかは知らないが…」
 とにかくトマトだ、それが原動力だったらしい。
 今じゃすっかり恨みを忘れて、ノホホンと書いてるらしいんだが…。
 「読んだ人がムカっと来ない話を」と、「幸せになってくれればいいな」と。
 自分がトマトで苦しんだもんで、そういうポリシーらしいんだな、うん。


 要はトマトだ、と聞かされたブルーは驚いたけれど、所詮は夢のお話だから。
 ハーレイが夢で聞いた話で、本当かどうかは分からないから…。
「あのね…。ぼくたちのお話、ホントに誰かが書いてると思う?」
 夢に出て来たトマトの人って、本当に何処かにいるのかな…?
「俺にも分からん。古典の作者が分からないのと同じでな」
 しかしだ、もしも誰かが書いているなら、トマトの人なら愉快じゃないか。
 前のお前には少し気の毒だが、トマトが原動力だなんてな。
「そうだね、トマトで書きまくるんだものね…」
 よっぽどスタッフドトマトが好きな人だったんだね、美味しく食べたくて頑張ったんだね。
 好きだった食べ物で腹が立つなんて、凄く悲しいだろうしね…。
「そいつは分かるな、俺も酒でそういう目に遭ったなら…」
 泣けてくるしな、原動力にもなるだろう。
 下手の横好きでも、この際、書いて書きまくろうと。
 今はスタッフドトマトを美味しく食べているそうだからな、俺が夢で見た人間はな。
「そっか、良かった…」
 全部ハーレイの夢のお話でも、ちゃんとハッピーエンドだね。
 大好物だったスタッフドトマトを、美味しく食べられるようになったんなら…。


 ホントに良かった、と小さなブルーは嬉しそうだから。
 妙な夢でも見た甲斐はあった、とハーレイも顔を綻ばせる。
 何処かにいるかもしれない作者。
 自分たちの恋物語をせっせと書いている人間。
 そういう人間が本当にいるなら、トマトを美味しく食べてくれと。
 スタッフドトマトを食べまくってくれと、ムカついていた時の分まで取り返せよ、と…。



      始まりはトマト・了


※何故だか来てしまったお笑いなネタ。書くしかなかろう、と書いちゃいました。
 これは本当にあったお話です、始まりはトマトだったんです~!





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(うーん…)
 凄く有名な本なんだけど、と小さなブルーがついた溜息。
 とんでもないことになっちゃったよね、と。
 今のハーレイが教える古典も、凄いものではあるけれど。
(SD体制の時代なんかより、ずっと昔で…)
 人間が地球しか知らなかった時代に書かれた読み物。
 宇宙船など飛んでいなくて、水に浮かぶ船しか無かった時代。
 それでも人は文字を綴って、物語や歌を作ったから。
 今も読まれる、遠い昔の物語。
 それを教えているのがハーレイ、今は普通の古典の教師。
 キャプテン・ハーレイにそっくりなだけの、多分、ごくごく平凡な。
 特別だとしたら、柔道と水泳の達人なこと。
 プロになれると言われた腕前、それは全く落ちてはいない。
(…でも、それ以外はホントに普通…)
 柔道や水泳が好きな人なら、ハーレイの名前でピンと来るかもしれないけれど。
 古典の教師としての道では、本当に普通なのだろう。
 研究者ではないし、個人的にも何もやってはいないから。
 論文を書くとか、発表するとか、そういったこと。
 ハーレイは何もしてはいなくて、古典の教師をしているだけ。
 遠い昔の物語などを挙げていっては、「有名なんだぞ」とクラスを見回して。


 授業で習った、源氏物語や枕草子。
 他にも色々、日本の古典。
 今の自分が住んでいる地域に暮らす人なら、誰でも名前を知っているもの。
(そっちは当たり前なんだけど…)
 時の流れを越えて残っても、きっと当然だと思う。
 それが生まれた時代からずっと、多くの人に読まれて来たから。
 何度も何度も書き写されては、後の時代に残されたから。
(…印刷が無かった時代だもんね?)
 自分の手元に置きたかったら、書き写すしかなかった時代。
 一番最初に書かれたものを、そっくりそのまま。
 自分で写すか、プロに頼むか。
 どちらかの道を選ばなければ、本など持てはしなかった。
 そんな時代に大勢の人が「素晴らしい」と思ったからこそ、名作は時を越えられた。
 沢山の人が称賛し続け、書き写して残し続けたから。
(消えちゃった本も、きっと沢山…)
 書かれたとしても、誰も欲しいと思わなかったら、それっきり。
 最初に書かれた物が古びて駄目になったら、消えておしまい。
 幾つもの本がそうやって消えて、いい物だけが今に残った。
 生まれた時から、既に名作だったから。
 大勢の人が「欲しい」と願って、書き写して残したのだから。


(そういう本なら、分かるんだけど…)
 今の時代に残っているのも、有名な本になっているのも。
 少しも不思議に思わないけれど、なんとも謎な代物が一つ。
 古典の授業には出て来ないけれど。
 名前が出るのは歴史の授業で、必ず名前を教わる本。
(…扱いだけだと、古典とおんなじ…)
 授業で聞く時は、そうだから。
 「源氏物語や枕草子はこの時代です」と、教えられるのと変わらない。
 それがハーレイの航宙日誌。
 キャプテン・ハーレイが書き続けていた航宙日誌で、超一級の歴史資料。
 初代のミュウの歴史を知るには、他に資料が無いのだから。
 おまけに手書きで残されたもので、研究者たちの垂涎の的。
 一流と呼ばれる学者でなければ、本物を見られはしないから。
(見る時は、きっと…)
 白い特別な手袋をはめて、マスクだって要ることだろう。
 長い長い時を越えて来たそれを、損なうことがないように。
 次の時代の研究者たちも、同じように繰って読めるように、と。
 初代のミュウたちの日々を記した、唯一の本。
 長く後世に残すためには、傷をつけてはならないから。
 そうっと、慎重に繰られるページ。
 研究者だけが立ち入れる書庫の奥の一室、其処でそうっと、一ページずつ。


 いつの間にやら、そういうことになっていた。
 前のハーレイが書いた航宙日誌。
 「俺の日記だ」と隠し続けて、一度も読ませてくれなかった日誌。
 覗こうとする度、大きな身体の陰に隠して。
(前のぼく、一度も読んでないのに…!)
 ホントに読めなくなっちゃったんだけど、と零れる溜息。
 前の自分は仕方ないけれど、今の自分は別だと思う。
 生まれ変わって別の人間、中身は前と同じだとしても。
 それにハーレイも別の人間、隠す権利はもう無いだろう。
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌は、前のハーレイが書いていたもの。
 「俺の日記だ」は通らないと思う、今のハーレイとは違うのだから。
(今のハーレイの日記だったら、駄目だろうけど…)
 そうじゃないのに、と残念でたまらない航宙日誌。
 今なら自分も読めるだろうに、あまりにも変わりすぎた状況。
 超一級の歴史資料になってしまった航宙日誌。
 読んでみたいなら、研究者になる他はない。
 キャプテン・ハーレイの航宙日誌を、子細に読み込む研究者たち。
 一流とされる学者だけしか、本物の日誌は扱えない。
 手袋をはめて、マスクも着けて。
 保管庫の奥の特別な書庫で、多分、許可証なんかも見せて。


 こんなことなら、コッソリ読めば良かっただろうか?
 前の自分が生きていた頃に、キャプテンの部屋に忍び込んで。
(…前のぼくなら、簡単だしね?)
 ハーレイが部屋に鍵をかけても、前の自分には意味のない鍵。
 瞬間移動でスッと入って、きっと好きなだけ読めただろう。
 「今日はこの辺り」と引っ張り出しては、前のハーレイの日記とやらを。
 いったい何が書いてあるのかと、読む度に興味津々で。
 時には怒っていたかもしれない、「この書き方は酷いと思う!」と。
(…前のぼくのこと、なんにも書いていないって…)
 ハーレイはそう言ったから。
 前のハーレイは何も言わなかったけれど、今のハーレイからそう聞いた。
 「俺の日記だ」と隠し続けた航宙日誌。
 其処に全く書かれてはいない、前の自分との恋の思い出。
 ほんの小さな欠片でさえも。
 だから今でも、誰も気付いていない恋。
 キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーの恋は、今も変わらず隠されたまま。
 何も書かれていなかったから。
 どんなに細かく読み込んでみても、書かれていないことは読み取れないから。


 前の自分が知っていたなら、きっと怒ったことだろう。
 「ぼくのことは?」と。
 前のハーレイに詰め寄っただろう、「ぼくはどうでもいいのかい?」と。
 船のことやら、仲間たちのこと。
 そういったことは書いてあるのに、書かれてはいない恋のこと。
 甘い言葉の欠片さえも無くて、想いの欠片も無いのだから。
(…ハーレイ、酷い…)
 あんなに何度も隠していたから、きっと素敵な中身だろうと思ったのに。
 前の自分に読まれたならば、恥ずかしくなるようなハーレイの想い。
 それが書かれているのだろうと。
 大真面目に日誌を書いているふりで、恋の欠片も鏤めるのだと。
(…そう思ったから、読まなかったのに…)
 前のハーレイの心の中まで、覗き見るのは悪いから。
 決して心を読まないのならば、ハーレイが綴る日記も同じ。
 「お読み下さい」と差し出されるまでは、開くべきではないだろう。
 時が来たなら、ハーレイはきっと「どうぞ」と渡してくれるから。
 それを読んでもかまわないなら。
 読んでいい日が訪れたなら。


(…きっと素敵な中身なんだ、って…)
 夢見ていたのに、外れた予想。
 前のハーレイが書いていたものは、恋の欠片も無い日誌。
 こんなことなら読めば良かった、そして怒ってやれば良かった。
 「ぼくのことは何処に書いてあるわけ?」と、「これは日記じゃないようだけど」と。
 今頃になって、触れもしないオチならば。
 超一級の歴史資料になってしまって、手も足も出なくなるのなら。
(…書いたハーレイだって、読めないんだけど…)
 ただの古典の教師では無理。
 今の自分と全く同じで、読もうとしても門前払い。
 けれど、ハーレイは奥の手を持っているらしい。
 研究者よりも凄い才能、書き手だったからこそ使える才能。
(…元の字を見たら、読めるって…)
 データベースで無料で見られる、航宙日誌の文字をそのまま写したもの。
 其処に書かれた文字を見たなら、ハーレイには全て分かるという。
 どんな思いでそれを書いたか、その日には何があったのか。
 文字がハーレイに伝えるらしい、秘密の中身。
 ハーレイだけが読み取れる日記。


 それもぼくには読めやしない、とガッカリするのが航宙日誌。
 超一級の歴史資料で、本物にはとても触れられなくて。
 前のハーレイが文字の向こうに閉じ込めた想い、それも自分には読み取れなくて。
(…やっぱり、読んでおけば良かった…?)
 読み放題だった、前の自分の頃に。
 航宙日誌が超一級の歴史資料に出世する前に、コッソリと。
 そして怒れば良かっただろうか、「ぼくのことは?」と。
 「何処にも書いていないじゃないか」と、「恋人なのに!」と。
 なまじ出世を遂げたばかりに、なんとも悔しい航宙日誌。
 読めば良かったと、今のぼくには読めないのに、と。
(名作だったら許すんだけど…!)
 そうではないと分かっているから、「なんで?」と零れてしまう溜息。
 どうして日誌が出世するの、と。
 お蔭でぼくは読めやしないと、出世しちゃうなんて酷すぎるよ、と…。

 

        出世してる日誌・了


※名作だったら許すんだけど、とブルー君が怒る航宙日誌の出世ぶり。
 ハーレイ先生、いつか解説させられそうですねえ、復刻版を買わされちゃって…v





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