「…ックション!」
クシャン、とハーレイの口から、立て続けにクシャミが飛び出した。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で寛いでいた真っ最中。
幸いなことに、コーヒーが零れはしなかった。
丁度、机に置いた所で、いきなり揺れはしなかったから。
「おっと、危ない…」
危うく零すトコだった、と愛用のマグカップを眺める間に、次のクシャミは出なかった。
どうやら二つで収まったらしく、鼻や喉にも違和感は無い。
「よし、二つだったら大丈夫だな」
三つ出たなら風邪だと言うが…、とハーレイはホッとした。
そろそろ風邪の季節が近いし、気を付けないと、と気を引き締める。
ウッカリ引いてしまおうものなら、何かと厄介になるのが風邪というもの。
(仕事だけなら、マスクで出掛けて、なんとかなるが…)
そうそう熱は出ないからな、と体力には充分、自信があった。
学生時代に風邪を引いても、自宅でトレーニングを欠かさなかったほど、丈夫ではある。
しかし「自宅で」というのがポイント、いつものように練習に行けはしなかった。
他の仲間に風邪をうつしたら、迷惑をかけてしまうことが確実なのだし、行ってはいけない。
試合を控えている者もいれば、大事な試験や選考が近い者たちもいたのだから。
(風邪を引いたら、実力を発揮出来ない上に、場合によっては門前払いで…)
試合とかに出られなくなっちまうんだ、と昔の自分を思い出す。
そうした仲間にうつさないよう、トレーニング出来る体力はあっても、あくまで家で。
家の中でストレッチや筋トレをしたり、外気に晒される広い公園まで走りに行ったり、と。
(…今でも、それでいけるんだがなあ…)
柔道部の指導はマスクをつけて、生徒から距離を取りさえすれば、問題は無い。
授業も同じで、教室の中ではマスクを外さず、クシャミの飛沫を飛ばさなければ、うつさない。
今までの教師生活はずっと、それで乗り切って来たのだけれど…。
(問題は、あいつなんだよなあ…)
うつしちまったら大惨事だぞ、と小さなブルーを頭の中に思い浮かべる。
前の生でもブルーは身体が弱かったけれど、今度も虚弱に生まれてしまった。
風邪など引いてしまったが最後、一週間ほどは学校を休まなければならないだろう。
(なんと言っても、この俺がだ…)
引いちまうほどの風邪なんだしな、と考えただけで恐ろしい。
生半可な風邪のウイルスではなく、相当、強いに違いない。
元気な柔道部員が引いても、三日くらいは欠席しそうなほどに。
そういう風邪を引いた身体で、ブルーの家には、とても行けない。
学生時代の比ではないほど、距離を取らねばならないだろう。
(ブルーのクラスで授業はしても、その後は…)
長居をしないで、急いで廊下に出なければ。
教室よりかは廊下の方が、空気の通りがいい場所ではある。
学校の空調は万全とはいえ、やはり安心材料が欲しい。
換気が出来ていればいるほど、感染のリスクは下がるのだから。
(でもって、廊下に出た後も…)
質問をしたい生徒たちとの会話が済んだら、サッサと引き揚げてしまうのがいい。
でないと、ついつい、他の生徒と話が弾んで、学校が終わってしまった後で…。
(家に帰ったブルーがションボリ、肩を落として泣きそうな顔で…)
俺と話が出来なかったと嘆くんだ、と分かっているから、長居は禁物。
他の生徒たちがハーレイを囲んでいる時、ブルーはいつでも、遠慮がちにしているものだから。
(俺が風邪さえ引いていなけりゃ、部活が終わった後でだな…)
ブルーの家に寄れば問題無いのだけれども、風邪を引いた身では、そうはいかない。
虚弱なブルーにうつさないよう、真っ直ぐ自分の家に帰って、風邪を治す努力を重ねるだけ。
(体力をつけて治すしかないのに、体力自慢の俺ではなあ…)
これ以上、どうすればいいんだか、と溜息が零れそうになる。
「風邪に効く」という食事や飲み物、それを取り入れて、自然に治ってくれる時まで…。
(待つしかないのが、辛いんだが…)
ブルーの方は、もっと辛いな、と容易に想像がつく。
「ハーレイが来ない」理由が何か、ブルーが気付かないわけがなくても、心は違う。
頭では理解出来ていたって、気持ちは、そうそう、ついてゆかない。
(…今日はハーレイと話せてないよ、と落ち込んじまって、涙ぐんだりしそうだし…)
他の生徒と歓談するのは禁止だ、禁止、と自分自身に言い聞かせる。
「風邪を引いちまってマスクになったら、授業の後には、サッサと引き揚げて来るべきだ」と。
ブルーにうつしてしまわないよう、距離を取るのが「ブルーのため」。
それは間違いないのだけれども、きっと、ブルーは…。
(俺に避けられたような気分になってしまって、毎日、うんと落ち込んで…)
ポロポロ泣いたりするんだろうな、と思うものだから、風邪を引くのは遠慮しておきたい。
これからの季節は予防に努めて、柔道部の生徒や同僚が引いてしまった時にも、要注意。
(同じ空気を吸った以上は、食ったり、飲んだりする前に…)
ウガイと手洗いは欠かせないな、と肝に銘じる。
以前だったら、そこまで神経質になる必要は無かった暮らしだけれども、今では違う。
虚弱なブルーに出会ったからには、全力でブルーを守らなければ。
風邪のウイルスからはもちろん、ブルーの繊細な心の方も。
(迂闊に引いてしまおうモンなら、ブルーも気落ちしちまって…)
気分が落ち込んでしまった時には、抵抗力なども落ちてしまって、ブルーの身まで危険になる。
ハーレイが引いたのとは違うウイルスを、何処かで貰ってしまうとか。
(学校って所は、そういう意味では危ないからなあ…)
まさにウイルス天国なんだ、と長い教師生活でよく知っている。
風邪でなくても、「感染する」病気に誰かが罹れば、巻き添えの生徒が出たりする。
最初に休んだ生徒の欠席届が出てから、一人、二人と休んだりして。
(机が隣り合わせだったとか、一緒に昼飯を食ったとか…)
原因が「普段の学校生活」だけに、完全に防ぐ手立てなど無い。
その学校に「虚弱なブルー」が通うのだから、抵抗力が落ちていたなら、ひとたまりもなく…。
(罹っちまって、欠席届で…)
ハーレイの風邪が治った頃にも、ブルーは休んでいるかもしれない。
学校に来られる体力は無くて、家のベッドで本を読んだりしているだけで。
(本を読める程度になっているなら、マスクにお別れした俺が…)
見舞いに出掛けて、前のブルーの好物だった野菜スープを作ってやれるし、話も出来る。
けれど、すっかり寝込んだままなら、それもままならないかもしれない。
(お母さんに見舞いの品を届けて、玄関先で失礼するしかないかもなあ…)
そうなっちまったら、何日くらい会えないんだか…、と背筋が冷たくなりそう。
ハーレイでさえも寂しくなるほど、長い間の「ブルーに会えない」期間。
ブルーの方では、それどころではないだろう。
目を覚ます度にキョロキョロ見回し、「ハーレイ先生、来てくれた?」と母に訊くのだろうか。
「お見舞いを持って来てくれたんなら、どうして起こしてくれなかったの?」と。
窓から顔を眺めるだけでも良かったのに、と残念そうなブルーの姿が見える気がする。
ベッドから起きるのが精一杯の身体のくせに、貼ってでも窓辺に行きそうなブルー。
「此処にいるよ」と、ハーレイに向かって手を振りたくて。
見舞いの品が何か、まだブルーには分からなくても、「持って来てくれてありがとう」と。
(……そうなっちまうのは、勘弁願いたいからなあ……)
ブルーも俺も、と肩を竦めて、「用心しろよ」と自分に言い聞かせる。
「さっきのクシャミは違ったようだが、たまたま幸運だったに過ぎん」と。
本当に風邪を貰っていたなら、明日からの日々は、今、考えていた通りになっていただろう。
マスクをつけて学校に出掛けて、帰りもブルーの家には寄れない。
ブルーの身体の安全のために、ブルーと暫く、距離を置く。
そうする間のブルーの心は、寂しさ一杯、避けられたような気持ちになるだろうけれど。
「ぼく、ハーレイに避けられちゃってるみたいな感じ…」と、毎日、溜息ばかりで。
そいつはマズイ、と承知しているから、風邪に気を付けて過ごさねば、と心から思う。
学生時代の自分以上に、「今の自分」は「風邪を引いたら、大変」らしい。
(…ブルーの心を傷付けちまって、抵抗力まで落としちまうし…)
風邪など引くんじゃないぞ、ハーレイ、と自分自身を叱咤していて、ふと考えた。
「これが逆だと、どうなんだかな?」と。
自分が「ブルーを避ける」のではなく、ブルーの方が「ハーレイを避ける」。
そんなことなど、まず有り得ないし、前の生でも一度も無かった。
けれど、この先、長い長い時を、ブルーと一緒に生きてゆく。
シャングリラという狭い世界とは違う、青く蘇った水の星の上で、二人で暮らす。
前の生では思いもよらない、とんでもない事態に見舞われることもあるだろう。
命が危ないわけではなくて、もっと平和なトラブルの類。
(…そういや、俺たちが住んでる地域には、いない動物で…)
だが、当たり前にいる地域もある凄いのが…、とハーレイの頭に浮かんで来た。
前の生でも耳にしていた、とても迷惑らしい生き物。
(…スカンクってヤツが、家の庭に住み着いちまってて…)
此処は自分の縄張りなんだ、と主張することが頻繁にあるらしい。
他人様の家の庭に住んでいるくせに、庭の持ち主が知らずに巣などに近付いたなら…。
(あっちに行け、と臭いオナラを…)
遠慮なくお見舞いするらしいよな、と今の生でも聞いている。
今の地球では、スカンクがいる地域だったら、その手の事件は珍しくもない。
そしてスカンクに、一発、オナラをお見舞いされたら…。
(うんと臭くて、服を着替えても、風呂に入っても、まるで匂いが取れなくて…)
ケチャップで洗うといいらしい、などのアイデアが披露されている。
今の時代は、もっとよく効く消臭剤もあるのだけれども、使う人間は殆どいない。
「スカンクに一発、お見舞いされる」のは、地球が昔の姿に戻った証拠。
全身、臭くなってしまっていたって、庭の持ち主は許してしまう。
「家の庭でスカンクが暮らしているのは、いい庭だからこそなんだ」と、自慢もして。
そうは言っても、臭いことには違いないから、この家の庭に…。
(スカンクが住んでて、俺が一発お見舞いされたら、すっかり臭くなっちまって、だ…)
流石のブルーも逃げるかもな、と愉快な気分になって来た。
もしもスカンクにやられてしまって、ブルーに「臭い!」と避けられたなら…。
(追い掛けて行って、捕まえるのも素敵じゃないか)
避けていないで、お前も仲間になろう、とスカンクの匂いを分けてやるために。
「風邪のウイルスとかはダメだが、匂いは問題無いだろうが」と、ギュッと抱き締めて。
ブルーが必死に逃げようとするのも、きっと最高に楽しいだろう。
前の生では一度も無かった、「ブルーに避けられる」という事態も、きっと…。
避けられたなら・了
※ハーレイ先生が風邪を引いたら、ブルー君とは距離を取るしかない現実。うつしたら大変。
避けているように見えるのですけど、ブルー君の方が避ける事態も、今の地球ならありそうv
クシャン、とハーレイの口から、立て続けにクシャミが飛び出した。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で寛いでいた真っ最中。
幸いなことに、コーヒーが零れはしなかった。
丁度、机に置いた所で、いきなり揺れはしなかったから。
「おっと、危ない…」
危うく零すトコだった、と愛用のマグカップを眺める間に、次のクシャミは出なかった。
どうやら二つで収まったらしく、鼻や喉にも違和感は無い。
「よし、二つだったら大丈夫だな」
三つ出たなら風邪だと言うが…、とハーレイはホッとした。
そろそろ風邪の季節が近いし、気を付けないと、と気を引き締める。
ウッカリ引いてしまおうものなら、何かと厄介になるのが風邪というもの。
(仕事だけなら、マスクで出掛けて、なんとかなるが…)
そうそう熱は出ないからな、と体力には充分、自信があった。
学生時代に風邪を引いても、自宅でトレーニングを欠かさなかったほど、丈夫ではある。
しかし「自宅で」というのがポイント、いつものように練習に行けはしなかった。
他の仲間に風邪をうつしたら、迷惑をかけてしまうことが確実なのだし、行ってはいけない。
試合を控えている者もいれば、大事な試験や選考が近い者たちもいたのだから。
(風邪を引いたら、実力を発揮出来ない上に、場合によっては門前払いで…)
試合とかに出られなくなっちまうんだ、と昔の自分を思い出す。
そうした仲間にうつさないよう、トレーニング出来る体力はあっても、あくまで家で。
家の中でストレッチや筋トレをしたり、外気に晒される広い公園まで走りに行ったり、と。
(…今でも、それでいけるんだがなあ…)
柔道部の指導はマスクをつけて、生徒から距離を取りさえすれば、問題は無い。
授業も同じで、教室の中ではマスクを外さず、クシャミの飛沫を飛ばさなければ、うつさない。
今までの教師生活はずっと、それで乗り切って来たのだけれど…。
(問題は、あいつなんだよなあ…)
うつしちまったら大惨事だぞ、と小さなブルーを頭の中に思い浮かべる。
前の生でもブルーは身体が弱かったけれど、今度も虚弱に生まれてしまった。
風邪など引いてしまったが最後、一週間ほどは学校を休まなければならないだろう。
(なんと言っても、この俺がだ…)
引いちまうほどの風邪なんだしな、と考えただけで恐ろしい。
生半可な風邪のウイルスではなく、相当、強いに違いない。
元気な柔道部員が引いても、三日くらいは欠席しそうなほどに。
そういう風邪を引いた身体で、ブルーの家には、とても行けない。
学生時代の比ではないほど、距離を取らねばならないだろう。
(ブルーのクラスで授業はしても、その後は…)
長居をしないで、急いで廊下に出なければ。
教室よりかは廊下の方が、空気の通りがいい場所ではある。
学校の空調は万全とはいえ、やはり安心材料が欲しい。
換気が出来ていればいるほど、感染のリスクは下がるのだから。
(でもって、廊下に出た後も…)
質問をしたい生徒たちとの会話が済んだら、サッサと引き揚げてしまうのがいい。
でないと、ついつい、他の生徒と話が弾んで、学校が終わってしまった後で…。
(家に帰ったブルーがションボリ、肩を落として泣きそうな顔で…)
俺と話が出来なかったと嘆くんだ、と分かっているから、長居は禁物。
他の生徒たちがハーレイを囲んでいる時、ブルーはいつでも、遠慮がちにしているものだから。
(俺が風邪さえ引いていなけりゃ、部活が終わった後でだな…)
ブルーの家に寄れば問題無いのだけれども、風邪を引いた身では、そうはいかない。
虚弱なブルーにうつさないよう、真っ直ぐ自分の家に帰って、風邪を治す努力を重ねるだけ。
(体力をつけて治すしかないのに、体力自慢の俺ではなあ…)
これ以上、どうすればいいんだか、と溜息が零れそうになる。
「風邪に効く」という食事や飲み物、それを取り入れて、自然に治ってくれる時まで…。
(待つしかないのが、辛いんだが…)
ブルーの方は、もっと辛いな、と容易に想像がつく。
「ハーレイが来ない」理由が何か、ブルーが気付かないわけがなくても、心は違う。
頭では理解出来ていたって、気持ちは、そうそう、ついてゆかない。
(…今日はハーレイと話せてないよ、と落ち込んじまって、涙ぐんだりしそうだし…)
他の生徒と歓談するのは禁止だ、禁止、と自分自身に言い聞かせる。
「風邪を引いちまってマスクになったら、授業の後には、サッサと引き揚げて来るべきだ」と。
ブルーにうつしてしまわないよう、距離を取るのが「ブルーのため」。
それは間違いないのだけれども、きっと、ブルーは…。
(俺に避けられたような気分になってしまって、毎日、うんと落ち込んで…)
ポロポロ泣いたりするんだろうな、と思うものだから、風邪を引くのは遠慮しておきたい。
これからの季節は予防に努めて、柔道部の生徒や同僚が引いてしまった時にも、要注意。
(同じ空気を吸った以上は、食ったり、飲んだりする前に…)
ウガイと手洗いは欠かせないな、と肝に銘じる。
以前だったら、そこまで神経質になる必要は無かった暮らしだけれども、今では違う。
虚弱なブルーに出会ったからには、全力でブルーを守らなければ。
風邪のウイルスからはもちろん、ブルーの繊細な心の方も。
(迂闊に引いてしまおうモンなら、ブルーも気落ちしちまって…)
気分が落ち込んでしまった時には、抵抗力なども落ちてしまって、ブルーの身まで危険になる。
ハーレイが引いたのとは違うウイルスを、何処かで貰ってしまうとか。
(学校って所は、そういう意味では危ないからなあ…)
まさにウイルス天国なんだ、と長い教師生活でよく知っている。
風邪でなくても、「感染する」病気に誰かが罹れば、巻き添えの生徒が出たりする。
最初に休んだ生徒の欠席届が出てから、一人、二人と休んだりして。
(机が隣り合わせだったとか、一緒に昼飯を食ったとか…)
原因が「普段の学校生活」だけに、完全に防ぐ手立てなど無い。
その学校に「虚弱なブルー」が通うのだから、抵抗力が落ちていたなら、ひとたまりもなく…。
(罹っちまって、欠席届で…)
ハーレイの風邪が治った頃にも、ブルーは休んでいるかもしれない。
学校に来られる体力は無くて、家のベッドで本を読んだりしているだけで。
(本を読める程度になっているなら、マスクにお別れした俺が…)
見舞いに出掛けて、前のブルーの好物だった野菜スープを作ってやれるし、話も出来る。
けれど、すっかり寝込んだままなら、それもままならないかもしれない。
(お母さんに見舞いの品を届けて、玄関先で失礼するしかないかもなあ…)
そうなっちまったら、何日くらい会えないんだか…、と背筋が冷たくなりそう。
ハーレイでさえも寂しくなるほど、長い間の「ブルーに会えない」期間。
ブルーの方では、それどころではないだろう。
目を覚ます度にキョロキョロ見回し、「ハーレイ先生、来てくれた?」と母に訊くのだろうか。
「お見舞いを持って来てくれたんなら、どうして起こしてくれなかったの?」と。
窓から顔を眺めるだけでも良かったのに、と残念そうなブルーの姿が見える気がする。
ベッドから起きるのが精一杯の身体のくせに、貼ってでも窓辺に行きそうなブルー。
「此処にいるよ」と、ハーレイに向かって手を振りたくて。
見舞いの品が何か、まだブルーには分からなくても、「持って来てくれてありがとう」と。
(……そうなっちまうのは、勘弁願いたいからなあ……)
ブルーも俺も、と肩を竦めて、「用心しろよ」と自分に言い聞かせる。
「さっきのクシャミは違ったようだが、たまたま幸運だったに過ぎん」と。
本当に風邪を貰っていたなら、明日からの日々は、今、考えていた通りになっていただろう。
マスクをつけて学校に出掛けて、帰りもブルーの家には寄れない。
ブルーの身体の安全のために、ブルーと暫く、距離を置く。
そうする間のブルーの心は、寂しさ一杯、避けられたような気持ちになるだろうけれど。
「ぼく、ハーレイに避けられちゃってるみたいな感じ…」と、毎日、溜息ばかりで。
そいつはマズイ、と承知しているから、風邪に気を付けて過ごさねば、と心から思う。
学生時代の自分以上に、「今の自分」は「風邪を引いたら、大変」らしい。
(…ブルーの心を傷付けちまって、抵抗力まで落としちまうし…)
風邪など引くんじゃないぞ、ハーレイ、と自分自身を叱咤していて、ふと考えた。
「これが逆だと、どうなんだかな?」と。
自分が「ブルーを避ける」のではなく、ブルーの方が「ハーレイを避ける」。
そんなことなど、まず有り得ないし、前の生でも一度も無かった。
けれど、この先、長い長い時を、ブルーと一緒に生きてゆく。
シャングリラという狭い世界とは違う、青く蘇った水の星の上で、二人で暮らす。
前の生では思いもよらない、とんでもない事態に見舞われることもあるだろう。
命が危ないわけではなくて、もっと平和なトラブルの類。
(…そういや、俺たちが住んでる地域には、いない動物で…)
だが、当たり前にいる地域もある凄いのが…、とハーレイの頭に浮かんで来た。
前の生でも耳にしていた、とても迷惑らしい生き物。
(…スカンクってヤツが、家の庭に住み着いちまってて…)
此処は自分の縄張りなんだ、と主張することが頻繁にあるらしい。
他人様の家の庭に住んでいるくせに、庭の持ち主が知らずに巣などに近付いたなら…。
(あっちに行け、と臭いオナラを…)
遠慮なくお見舞いするらしいよな、と今の生でも聞いている。
今の地球では、スカンクがいる地域だったら、その手の事件は珍しくもない。
そしてスカンクに、一発、オナラをお見舞いされたら…。
(うんと臭くて、服を着替えても、風呂に入っても、まるで匂いが取れなくて…)
ケチャップで洗うといいらしい、などのアイデアが披露されている。
今の時代は、もっとよく効く消臭剤もあるのだけれども、使う人間は殆どいない。
「スカンクに一発、お見舞いされる」のは、地球が昔の姿に戻った証拠。
全身、臭くなってしまっていたって、庭の持ち主は許してしまう。
「家の庭でスカンクが暮らしているのは、いい庭だからこそなんだ」と、自慢もして。
そうは言っても、臭いことには違いないから、この家の庭に…。
(スカンクが住んでて、俺が一発お見舞いされたら、すっかり臭くなっちまって、だ…)
流石のブルーも逃げるかもな、と愉快な気分になって来た。
もしもスカンクにやられてしまって、ブルーに「臭い!」と避けられたなら…。
(追い掛けて行って、捕まえるのも素敵じゃないか)
避けていないで、お前も仲間になろう、とスカンクの匂いを分けてやるために。
「風邪のウイルスとかはダメだが、匂いは問題無いだろうが」と、ギュッと抱き締めて。
ブルーが必死に逃げようとするのも、きっと最高に楽しいだろう。
前の生では一度も無かった、「ブルーに避けられる」という事態も、きっと…。
避けられたなら・了
※ハーレイ先生が風邪を引いたら、ブルー君とは距離を取るしかない現実。うつしたら大変。
避けているように見えるのですけど、ブルー君の方が避ける事態も、今の地球ならありそうv
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「ねえ、ハーレイ。早めにやるのって…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「早めだって?」
急にどうした、とハーレイは軽く首を傾げた。
ブルーは、何か用事でも思い出したのだろうか。
「えっとね…。急に思い付いただけだから…」
特に理由は無いんだけれど、とブルーが肩を小さく竦める。
「だけど、早めにやるのは大切でしょ?」
宿題とかも、部屋の掃除にしても…、とブルーは続けた。
「まだまだ時間はたっぷりあるし、って後回しにしたら…」
間に合わないこともあるじゃない、と苦笑する。
「ぼくは、そんなの、滅多に無いけど」と、付け加えて。
「なるほど、そういう意味で早めか」
そいつは確かに大切だよな、とハーレイは大きく頷いた。
何事も、早め、早めが大事で、前の生でもそうだったから。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
白いシャングリラになる前も、後も、早めを心掛けていた。
エンジンのオーバーホールもそうだし、ワープドライブも。
どれも、不具合が出てから対応するのでは遅すぎる。
完璧に動作している間に、早め、早めにチェックしないと。
「シャングリラでも、早めが鉄則だったっけなあ…」
「うん。あの船の他に、暮らせる所は無かったしね」
長い間…、とブルーが相槌を打つ。
修理しないと駄目な状況なんかは、命取りだし、と。
「ああ。壊れてからだと、修理に時間がかかっちまうし…」
そういう時に限って何か起きる、とハーレイも溜息を零す。
事故に繋がったことは無かったけれども、よくあった。
空調の修理が出来ていないのに、その部屋を使う局面など。
宇宙空間は酷寒か、恒星の熱で灼熱地獄か、二つに一つ。
そんな宇宙を飛んでいる時に、空調が壊れてしまったら…。
「凍えそうな寒さの中で会議ってのも、あったしなあ…」
「あったよね…。アルテメシアに着く前の時代には…」
ホントに大変だったっけ、とブルーがクスクスと笑う。
「今だから、笑い話だけれど」と、可笑しそうに。
そういった頃の記憶は抜きでも、早めは今の時代も大切。
「明日でいいか」と放っておいたら、急な用事が入るとか。
実際、何度も経験したから、今のハーレイも意識している。
余裕を持って、早め、早めだ、と自分自身に言い聞かせて。
「早めってヤツは、今も昔も、大切だよなあ…」
つくづく思う、とハーレイはブルーに全面的に同意した。
平和な時代になったとはいえ、油断は大敵。
何事も早めにやっていくべきで、後回しにすれば後悔する。
「でしょ? 今のハーレイも、早めが大事で…」
心掛けてるわけだよね、とブルーは自分を指差した。
「ぼくもそうだよ、身体が弱い分、早めにしないと…」
寝込んじゃったら、時間が無くなっちゃうしね、と。
「まあなあ…。宿題なら、猶予を貰えそうだが…」
部屋の掃除じゃ、困るのはお前だ、とハーレイは笑った。
「掃除が済んでない部屋で、寝込んじまったら…」
片付いてない部屋で寝るしかないしな、と、おどけながら。
「部屋は汚れる一方で、だ…」
それが嫌なら、お母さんに頼むしか…、とも。
母に掃除を頼んだ場合は、あちこち覗かれてしまいそう。
隠しておきたいものがあっても、見られるだとか。
「そう! そんなの、ホントに困っちゃうしね…」
部屋の掃除も早めなんだよ、とブルーは否定しなかった。
隠したいようなものは無くても、プライバシーの問題、と。
「プライバシーだと? 一人前の口を利くなあ、お前…」
まだまだ、ほんのチビのくせに、とハーレイは返す。
「もっと大きくなってからにしろ」と、からかうように。
「ハーレイ、酷い! でも、チビだって…」
早めは大切なんだからね、とブルーは唇を尖らせた。
「チビだ、チビだ、って後回しは駄目!」
「はあ?」
何を後回しにすると言うんだ、とハーレイは目を丸くする。
「お前にしたって、早めを心掛けているんだろう?」
後回しにしてはいないじゃないか、と首を捻った。
「それなのに、何処が駄目なんだ?」と。
するとブルーは、「ぼくじゃなくって!」と即答した。
「ハーレイだってば、ぼくが言ってるのはね!」
「俺だって?」
「分からないかな、今だって、ぼくをチビだ、って…」
後回しにしているじゃない、と赤い瞳が睨んで来る。
「早めを心掛けてるくせに!」と。
「早めって…? チビと、どう繋がるんだ?」
分からんぞ、とハーレイが唸ると、ブルーは叫んだ。
「キスだってば!」
早めにしておくべきだよね、と勝ち誇った顔で。
「前と同じに育ってから、なんて言っていないで!」
後回しにしちゃダメなんでしょ、とブルーは得意満面。
早めにするのは大切だしね、と鬼の首でも取ったように。
「馬鹿野郎!」
それは早めにしなくてもいい、とハーレイは軽く拳を握る。
揚げ足を取りに来た悪戯小僧に、一発お見舞いするために。
銀色の頭をコツンとやるだけ、ゴツンではなくて。
お仕置きも、早めが大切だから。
ブルーが調子に乗って来ない間に、やるべきだから…。
早めにやるのは・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「早めだって?」
急にどうした、とハーレイは軽く首を傾げた。
ブルーは、何か用事でも思い出したのだろうか。
「えっとね…。急に思い付いただけだから…」
特に理由は無いんだけれど、とブルーが肩を小さく竦める。
「だけど、早めにやるのは大切でしょ?」
宿題とかも、部屋の掃除にしても…、とブルーは続けた。
「まだまだ時間はたっぷりあるし、って後回しにしたら…」
間に合わないこともあるじゃない、と苦笑する。
「ぼくは、そんなの、滅多に無いけど」と、付け加えて。
「なるほど、そういう意味で早めか」
そいつは確かに大切だよな、とハーレイは大きく頷いた。
何事も、早め、早めが大事で、前の生でもそうだったから。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
白いシャングリラになる前も、後も、早めを心掛けていた。
エンジンのオーバーホールもそうだし、ワープドライブも。
どれも、不具合が出てから対応するのでは遅すぎる。
完璧に動作している間に、早め、早めにチェックしないと。
「シャングリラでも、早めが鉄則だったっけなあ…」
「うん。あの船の他に、暮らせる所は無かったしね」
長い間…、とブルーが相槌を打つ。
修理しないと駄目な状況なんかは、命取りだし、と。
「ああ。壊れてからだと、修理に時間がかかっちまうし…」
そういう時に限って何か起きる、とハーレイも溜息を零す。
事故に繋がったことは無かったけれども、よくあった。
空調の修理が出来ていないのに、その部屋を使う局面など。
宇宙空間は酷寒か、恒星の熱で灼熱地獄か、二つに一つ。
そんな宇宙を飛んでいる時に、空調が壊れてしまったら…。
「凍えそうな寒さの中で会議ってのも、あったしなあ…」
「あったよね…。アルテメシアに着く前の時代には…」
ホントに大変だったっけ、とブルーがクスクスと笑う。
「今だから、笑い話だけれど」と、可笑しそうに。
そういった頃の記憶は抜きでも、早めは今の時代も大切。
「明日でいいか」と放っておいたら、急な用事が入るとか。
実際、何度も経験したから、今のハーレイも意識している。
余裕を持って、早め、早めだ、と自分自身に言い聞かせて。
「早めってヤツは、今も昔も、大切だよなあ…」
つくづく思う、とハーレイはブルーに全面的に同意した。
平和な時代になったとはいえ、油断は大敵。
何事も早めにやっていくべきで、後回しにすれば後悔する。
「でしょ? 今のハーレイも、早めが大事で…」
心掛けてるわけだよね、とブルーは自分を指差した。
「ぼくもそうだよ、身体が弱い分、早めにしないと…」
寝込んじゃったら、時間が無くなっちゃうしね、と。
「まあなあ…。宿題なら、猶予を貰えそうだが…」
部屋の掃除じゃ、困るのはお前だ、とハーレイは笑った。
「掃除が済んでない部屋で、寝込んじまったら…」
片付いてない部屋で寝るしかないしな、と、おどけながら。
「部屋は汚れる一方で、だ…」
それが嫌なら、お母さんに頼むしか…、とも。
母に掃除を頼んだ場合は、あちこち覗かれてしまいそう。
隠しておきたいものがあっても、見られるだとか。
「そう! そんなの、ホントに困っちゃうしね…」
部屋の掃除も早めなんだよ、とブルーは否定しなかった。
隠したいようなものは無くても、プライバシーの問題、と。
「プライバシーだと? 一人前の口を利くなあ、お前…」
まだまだ、ほんのチビのくせに、とハーレイは返す。
「もっと大きくなってからにしろ」と、からかうように。
「ハーレイ、酷い! でも、チビだって…」
早めは大切なんだからね、とブルーは唇を尖らせた。
「チビだ、チビだ、って後回しは駄目!」
「はあ?」
何を後回しにすると言うんだ、とハーレイは目を丸くする。
「お前にしたって、早めを心掛けているんだろう?」
後回しにしてはいないじゃないか、と首を捻った。
「それなのに、何処が駄目なんだ?」と。
するとブルーは、「ぼくじゃなくって!」と即答した。
「ハーレイだってば、ぼくが言ってるのはね!」
「俺だって?」
「分からないかな、今だって、ぼくをチビだ、って…」
後回しにしているじゃない、と赤い瞳が睨んで来る。
「早めを心掛けてるくせに!」と。
「早めって…? チビと、どう繋がるんだ?」
分からんぞ、とハーレイが唸ると、ブルーは叫んだ。
「キスだってば!」
早めにしておくべきだよね、と勝ち誇った顔で。
「前と同じに育ってから、なんて言っていないで!」
後回しにしちゃダメなんでしょ、とブルーは得意満面。
早めにするのは大切だしね、と鬼の首でも取ったように。
「馬鹿野郎!」
それは早めにしなくてもいい、とハーレイは軽く拳を握る。
揚げ足を取りに来た悪戯小僧に、一発お見舞いするために。
銀色の頭をコツンとやるだけ、ゴツンではなくて。
お仕置きも、早めが大切だから。
ブルーが調子に乗って来ない間に、やるべきだから…。
早めにやるのは・了
(今のぼくにも、前のぼくにも、好き嫌いは全然、無いんだけれど…)
味音痴とは違うんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(好き嫌いっていうのは、この食べ物は嫌いだから、って…)
食べないことを言うんだから、と心の中で確認をする。
今のブルーに嫌いな食べ物は存在しなくて、時の彼方でもそうだった。
何を出されても素直に食べるし、多すぎない限り、残しもしない。
作ってくれた人に感謝する気持ちも、もちろん忘れたりはしなくて、食材にだって同じこと。
(お肉を食べたら、お肉をくれた動物に御礼を言わないと…)
普段は忘れちゃってるけれど、と肩を竦めて苦笑する。
「これじゃダメだよ」と、「前のぼくなら、絶対、感謝を忘れないのに」と少し情けない。
ソルジャー・ブルーとして生きた頃には、命にはとても敏感だった。
白いシャングリラで飼育していた、家畜たちの命にも。
(弱って来てる、って聞いたら、慌てて様子を見に行っていたし…)
ニワトリの卵を食べる時には、中にヒヨコがいるのでは、と心配になったこともある。
有精卵など混ざっていない、と分かってはいても、「大丈夫かな?」と。
(育って来ている卵だったら、そもそも、料理を始める前に…)
割る前の時点で気が付くけれども、「命が宿ったばかり」の卵だと事情が違う。
見た目で区別がつくわけがなくて、調理係がポンと割ったら、それで卵の命はおしまい。
命を守る殻が割られて、まだ育つ前の命が外へと流れ出てしまう。
割られずに親が温めていたら、ヒヨコになって元気に生まれる筈だったのに。
(…だから、時々…)
青の間で係が作った卵料理を眺めて、「無精卵でありますように」と祈っていた。
「間違えて、有精卵を持って来ていませんように」と、農場の係を思いながら。
(その辺りの管理は、きちんとしていた筈なんだけど…)
貴重な命を殺めないよう、シャングリラでは皆が気を配っていた。
なんと言っても、自分たちも「命が危うかった」者の集まりだったし、余計にそうなる。
「自分のミスで命を奪ってしまうことなど、とんでもない」と手順を慎重に確認して。
(…そんなシャングリラで暮らしていたから、前のぼくなら…)
食べ物をくれた命に感謝するのを忘れなかったけれども、今のブルーは、ついつい忘れる。
あまりにも平和な世界に生まれて、それが当たり前だったから。
前の生の記憶が戻って来るまで、卵の中にいる命については、こう思っていた。
「温めてもヒヨコにならない卵しか、お店では売っていないんだよね」と。
温めてヒヨコになるんだったら、家でヒヨコが飼えるのに、などと幼い頃には夢見たりして。
青く蘇った地球に生まれたブルーの場合は、そうなるけれども、時の彼方では違っていた。
白い鯨になる前の船だと、中で生まれて来る命は無くて…。
(外から奪って来る物資が全てで、他には何も無かったんだし…)
命に感謝して食べるどころか、自分たちの命が綱渡りのような船だった。
改造する話が出始めた頃には、とうに落ち着き、未来への夢もあったのだけれど…。
(アルタミラから必死に逃げた直後は、ホントのホントに飢え死に寸前…)
そういうこともあったんだよね、と前の生の記憶が戻って来たから、ハッキリと分かる。
最初から船にあった食料、それが尽きたら「死ぬしかない」と、前のハーレイに聞かされた。
「皆には話していないんだがな」と、苦悶に満ちた表情で。
(…だから前のぼく、泣きそうになって…)
これから皆はどうなるのだろう、と「飢え死にする時」を考える内に、道が開けた。
たった一人のタイプ・ブルーの自分だったら、物資を奪いに行けそうだ、と考えついて。
止めようとする皆を振り切り、船を飛び出して、文字通り「奪って帰った」コンテナ。
(中身、選べなかったけれども…)
選ぶ余裕など無かった中身は、皆を生かすには充分だった。
コンテナに詰まっていた様々な食料、それを分け合って皆の命を延ばして、それから後も…。
(食べ物が少なくなってしまう前に、前のぼくが奪いに出掛けて行って…)
奪った物資を食べて暮らすのが、改造前のシャングリラだった。
物資を選べなかった間は、ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、タマネギ地獄もあったほど。
そういう時代を経験したなら、好き嫌いなど言える筈もない。
(…言ってた人も、ホントは沢山、いたんだけどね…)
人間だから当然かも、と可笑しいけれども、前の自分とハーレイは「言いはしなかった」。
ハーレイは厨房担当だったし、倉庫の物資も管理していた。
だからこそ、誰よりも先に「食料が尽きる」と気付いたわけだし、事実を隠す気遣いもあった。
(そんなハーレイが、好き嫌いなんてするわけがないし…)
そのハーレイを側で見ていて、物資を奪いに出掛けて行った前の自分も、好き嫌いなどは…。
(言えやしないし、思い付きさえしないよね…?)
食べ物があるだけで充分だもの、と心から思う。
もっとも、今の自分はと言えば、その大切な「食べ物」を…。
(…とてもそんなに食べられないよ、って…)
しょっちゅう文句で、皿に盛られた量に不満を言ったりもする。
「もっと減らして」と、「食べ切れないから」と、命への感謝も忘れてしまって。
(…お皿に残すわけじゃないから、命は無駄にしていないけど…)
ダメだよね、と自分の額をコツンと叩いて、ほんのちょっぴり反省をする。
「でも、今は平和な時代なんだし、許されるよね?」と、自分自身に言い訳もして。
とはいえ、今のブルーにも「好き嫌い」というものは無い。
前の生での記憶が戻らなくても、何処かで覚えていたのだろう。
食べ物がとても大切なことと、どんな食べ物でも「ある」ことに感謝しなくては、と。
(…お蔭で、なんでも食べるんだけど…)
味音痴とは違うんだから、と其処は大きな声で言いたい。
遠く遥かな時の彼方で生きた自分も、そうだった。
(焦げたものでも、ちっとも美味しくない料理でも…)
文句を言わずに食べていたけれど、「美味しくない」のが分からなかったわけではない。
それしか無いなら食べるべきだ、と考えただけで、不味いものは、やはり不味かった。
焦げた料理も、調味料が足りないせいで、少しも美味しくなかった料理も。
(…前のハーレイだって、同じで…)
厨房で料理をしていた頃には、「もう一工夫、出来りゃいいんだけどな」と頑張っていた。
少しでも美味しく仕上げて出そう、と料理のレシピを船のデータバンクから引き出したりして。
(今のハーレイが料理が好きなの、きっと、そのせい…)
記憶は戻っていなかったけど、と料理好きな今のハーレイに思いを馳せる。
子供の頃から料理が好きで、母と作っていたらしい。
隣町にある家を離れて、この町で一人暮らしを始めてからも、食事は自分で作っている。
仕事の帰りに食材を買って、色々なものを。
(何を作るか決めている日も、お店に行ってから考える日も…)
あるらしいよね、と今のハーレイの「お気に入りの店」を頭に描いてみた。
一度も行ったことは無いのだけれども、食材が充実しているらしい。
特設売り場に、珍しいものが並べられている時だって。
(そういうのを見ながら、これにしよう、って…)
食材を選んで、レジへ持ってゆく籠に詰めてゆく。
調味料も特別なものが要るなら、家のキッチンにあるかどうかも考えて。
(無いんだったら、買わないと…)
ちゃんと美味しく出来ないものね、と「料理をしない」チビの自分でも分かる。
料理を美味しく作るためには、調味料も大切なのだから。
(お塩とお砂糖、間違えるのなんかは論外で…)
スパイスにしても同じなんだよ、と大きく頷く。
カレーを作ろうと思っているなら、カレーに相応しいスパイスを使わないといけない。
(甘く仕上げるお料理だとか、お菓子に使うスパイスを入れて作っても…)
きっとカレーにはならないよね、と想像してみて、「ダメだと思う…」と答えを出した。
甘いバニラの香りが漂うカレーなんかは、食べたいとはとても思えない。
好き嫌いが無いのが自慢だけれども、それとは話が全く別。
不味い料理は「不味い」と思うし、同じ食べるなら、美味しい料理が一番だから。
(…ハーレイなら、絶対、間違えないよね?)
お料理の時に使うスパイス、とキッチンに立つ「今のハーレイ」を思い浮かべた。
仕事帰りにあれこれ買い込み、「さて…」と料理を始める姿。
食材を切ったり、下ごしらえをしたりと、それは楽しげにしていそう。
シャングリラでの厨房時代と違って、食材は豊富で、キッチンだって好きに使える。
ハーレイのためだけにあるキッチンなのだし、遠慮なく。
「船の仲間たちに食べさせるために」料理を作るわけでもないから、キッチンは、まさに…。
(今のハーレイのためのお城で、好きなお料理、好きなだけ…)
作って食べられる場所なんだよね、と胸が温かくなってくる。
「前のぼくたちが知らなかった食材とか、お料理、うんと沢山あるんだもの」と。
キッチンに立ったハーレイは、前のハーレイが知らなかった食材を自在に使って料理を作る。
前のハーレイには思いもよらない、今ならではの料理も、あれこれと。
(スパイス、間違えたりはしなくて…)
焦がしてしまったり、煮込みすぎることも無いだろう。
子供の頃から腕を磨いて、今だって磨き続けているから、失敗なんかは…。
(するわけがないし、不味い料理も作らないよね?)
でも…、と少し首を傾げて考えてみた。
ハーレイにだって、失敗はあるのかもしれない。
初めて作る料理だったら、思い通りに出来ないことも…。
(…たまには、あるかも…)
ぼくが聞いてはいないだけで、と想像の翼を羽ばたかせる。
「あるのかもね」と、「ハーレイだって、たまには失敗しちゃうかも」と。
(…失敗しちゃって、出来たの、美味しくなくっても…)
ハーレイはきっと、「うーむ…」と唸って、「やっちまったか」と頭を掻く。
それから失敗作を眺めて、「だが、食わんとな?」と苦笑い。
「捨てちまうなんて、とんでもないぞ」と、「普通は、きっと捨てるんだろうが…」と。
(だって、美味しくなくっても…)
食べてあげないと、命をくれた食材を無駄にしちゃうもの、と自分の思いと重ね合わせる。
「ハーレイだったら、きっと食べるよ」と、時の彼方での記憶があるから、言い切れる。
大量に作ってしまっていたって、ハーレイは残さず平らげるだろう。
「もっと少ない量にしておくべきだったよなあ…」と、嘆き節を漏らすことはあっても。
きっとそうだ、と思ったはずみに、いい考えが閃いた。
チビの自分には出来ないけれども、前の自分と同じ姿に育ったら…。
(ハーレイが失敗しちゃったお料理、ぼくも一緒に…)
食べれば早く食べ切れるよね、と幸せな笑みが唇に浮かぶ。
(ハーレイが作って失敗したなら、お料理、美味しくなくっても…)
ちっとも、そうは思わないよ、と溢れる自信。
ハーレイが失敗作を作ってしまった理由は、二人で食べるための新作などを…。
(作ってみよう、ってキッチンに立って、頑張って…)
結果が失敗だっただけだし、二人で食べれば、間違いなく美味しくなるのだと思う。
「やめとけ、これは不味いから」と、ハーレイが止めても、気にしない。
パクッと頬張り、「ううん」と笑って、「次は、もっと美味しくなるんだよね」と最高の笑顔。
二人で暮らしているからこその、失敗作の共有だから。
またハーレイは挑戦するのだろうし、出来上がったなら、二人で食べる。
いつか美味しく出来る時まで、何度でも失敗したっていい。
それまで失敗し続けたって、笑いに満ちた思い出話が増えてゆくだけ。
失敗作を二人で食べられるのも、一緒に暮らしているからこそ。
「不味いから、お前はやめておけ」でも、二人なら、きっと美味しいから…。
美味しくなくっても・了
※好き嫌いの無いブルー君ですけど、味音痴とは違います。不味い料理は不味いのですが…。
ハーレイ先生が作ったのなら、不味くても、きっと美味しい筈。二人で食べれば幸せな時間v
味音痴とは違うんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(好き嫌いっていうのは、この食べ物は嫌いだから、って…)
食べないことを言うんだから、と心の中で確認をする。
今のブルーに嫌いな食べ物は存在しなくて、時の彼方でもそうだった。
何を出されても素直に食べるし、多すぎない限り、残しもしない。
作ってくれた人に感謝する気持ちも、もちろん忘れたりはしなくて、食材にだって同じこと。
(お肉を食べたら、お肉をくれた動物に御礼を言わないと…)
普段は忘れちゃってるけれど、と肩を竦めて苦笑する。
「これじゃダメだよ」と、「前のぼくなら、絶対、感謝を忘れないのに」と少し情けない。
ソルジャー・ブルーとして生きた頃には、命にはとても敏感だった。
白いシャングリラで飼育していた、家畜たちの命にも。
(弱って来てる、って聞いたら、慌てて様子を見に行っていたし…)
ニワトリの卵を食べる時には、中にヒヨコがいるのでは、と心配になったこともある。
有精卵など混ざっていない、と分かってはいても、「大丈夫かな?」と。
(育って来ている卵だったら、そもそも、料理を始める前に…)
割る前の時点で気が付くけれども、「命が宿ったばかり」の卵だと事情が違う。
見た目で区別がつくわけがなくて、調理係がポンと割ったら、それで卵の命はおしまい。
命を守る殻が割られて、まだ育つ前の命が外へと流れ出てしまう。
割られずに親が温めていたら、ヒヨコになって元気に生まれる筈だったのに。
(…だから、時々…)
青の間で係が作った卵料理を眺めて、「無精卵でありますように」と祈っていた。
「間違えて、有精卵を持って来ていませんように」と、農場の係を思いながら。
(その辺りの管理は、きちんとしていた筈なんだけど…)
貴重な命を殺めないよう、シャングリラでは皆が気を配っていた。
なんと言っても、自分たちも「命が危うかった」者の集まりだったし、余計にそうなる。
「自分のミスで命を奪ってしまうことなど、とんでもない」と手順を慎重に確認して。
(…そんなシャングリラで暮らしていたから、前のぼくなら…)
食べ物をくれた命に感謝するのを忘れなかったけれども、今のブルーは、ついつい忘れる。
あまりにも平和な世界に生まれて、それが当たり前だったから。
前の生の記憶が戻って来るまで、卵の中にいる命については、こう思っていた。
「温めてもヒヨコにならない卵しか、お店では売っていないんだよね」と。
温めてヒヨコになるんだったら、家でヒヨコが飼えるのに、などと幼い頃には夢見たりして。
青く蘇った地球に生まれたブルーの場合は、そうなるけれども、時の彼方では違っていた。
白い鯨になる前の船だと、中で生まれて来る命は無くて…。
(外から奪って来る物資が全てで、他には何も無かったんだし…)
命に感謝して食べるどころか、自分たちの命が綱渡りのような船だった。
改造する話が出始めた頃には、とうに落ち着き、未来への夢もあったのだけれど…。
(アルタミラから必死に逃げた直後は、ホントのホントに飢え死に寸前…)
そういうこともあったんだよね、と前の生の記憶が戻って来たから、ハッキリと分かる。
最初から船にあった食料、それが尽きたら「死ぬしかない」と、前のハーレイに聞かされた。
「皆には話していないんだがな」と、苦悶に満ちた表情で。
(…だから前のぼく、泣きそうになって…)
これから皆はどうなるのだろう、と「飢え死にする時」を考える内に、道が開けた。
たった一人のタイプ・ブルーの自分だったら、物資を奪いに行けそうだ、と考えついて。
止めようとする皆を振り切り、船を飛び出して、文字通り「奪って帰った」コンテナ。
(中身、選べなかったけれども…)
選ぶ余裕など無かった中身は、皆を生かすには充分だった。
コンテナに詰まっていた様々な食料、それを分け合って皆の命を延ばして、それから後も…。
(食べ物が少なくなってしまう前に、前のぼくが奪いに出掛けて行って…)
奪った物資を食べて暮らすのが、改造前のシャングリラだった。
物資を選べなかった間は、ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、タマネギ地獄もあったほど。
そういう時代を経験したなら、好き嫌いなど言える筈もない。
(…言ってた人も、ホントは沢山、いたんだけどね…)
人間だから当然かも、と可笑しいけれども、前の自分とハーレイは「言いはしなかった」。
ハーレイは厨房担当だったし、倉庫の物資も管理していた。
だからこそ、誰よりも先に「食料が尽きる」と気付いたわけだし、事実を隠す気遣いもあった。
(そんなハーレイが、好き嫌いなんてするわけがないし…)
そのハーレイを側で見ていて、物資を奪いに出掛けて行った前の自分も、好き嫌いなどは…。
(言えやしないし、思い付きさえしないよね…?)
食べ物があるだけで充分だもの、と心から思う。
もっとも、今の自分はと言えば、その大切な「食べ物」を…。
(…とてもそんなに食べられないよ、って…)
しょっちゅう文句で、皿に盛られた量に不満を言ったりもする。
「もっと減らして」と、「食べ切れないから」と、命への感謝も忘れてしまって。
(…お皿に残すわけじゃないから、命は無駄にしていないけど…)
ダメだよね、と自分の額をコツンと叩いて、ほんのちょっぴり反省をする。
「でも、今は平和な時代なんだし、許されるよね?」と、自分自身に言い訳もして。
とはいえ、今のブルーにも「好き嫌い」というものは無い。
前の生での記憶が戻らなくても、何処かで覚えていたのだろう。
食べ物がとても大切なことと、どんな食べ物でも「ある」ことに感謝しなくては、と。
(…お蔭で、なんでも食べるんだけど…)
味音痴とは違うんだから、と其処は大きな声で言いたい。
遠く遥かな時の彼方で生きた自分も、そうだった。
(焦げたものでも、ちっとも美味しくない料理でも…)
文句を言わずに食べていたけれど、「美味しくない」のが分からなかったわけではない。
それしか無いなら食べるべきだ、と考えただけで、不味いものは、やはり不味かった。
焦げた料理も、調味料が足りないせいで、少しも美味しくなかった料理も。
(…前のハーレイだって、同じで…)
厨房で料理をしていた頃には、「もう一工夫、出来りゃいいんだけどな」と頑張っていた。
少しでも美味しく仕上げて出そう、と料理のレシピを船のデータバンクから引き出したりして。
(今のハーレイが料理が好きなの、きっと、そのせい…)
記憶は戻っていなかったけど、と料理好きな今のハーレイに思いを馳せる。
子供の頃から料理が好きで、母と作っていたらしい。
隣町にある家を離れて、この町で一人暮らしを始めてからも、食事は自分で作っている。
仕事の帰りに食材を買って、色々なものを。
(何を作るか決めている日も、お店に行ってから考える日も…)
あるらしいよね、と今のハーレイの「お気に入りの店」を頭に描いてみた。
一度も行ったことは無いのだけれども、食材が充実しているらしい。
特設売り場に、珍しいものが並べられている時だって。
(そういうのを見ながら、これにしよう、って…)
食材を選んで、レジへ持ってゆく籠に詰めてゆく。
調味料も特別なものが要るなら、家のキッチンにあるかどうかも考えて。
(無いんだったら、買わないと…)
ちゃんと美味しく出来ないものね、と「料理をしない」チビの自分でも分かる。
料理を美味しく作るためには、調味料も大切なのだから。
(お塩とお砂糖、間違えるのなんかは論外で…)
スパイスにしても同じなんだよ、と大きく頷く。
カレーを作ろうと思っているなら、カレーに相応しいスパイスを使わないといけない。
(甘く仕上げるお料理だとか、お菓子に使うスパイスを入れて作っても…)
きっとカレーにはならないよね、と想像してみて、「ダメだと思う…」と答えを出した。
甘いバニラの香りが漂うカレーなんかは、食べたいとはとても思えない。
好き嫌いが無いのが自慢だけれども、それとは話が全く別。
不味い料理は「不味い」と思うし、同じ食べるなら、美味しい料理が一番だから。
(…ハーレイなら、絶対、間違えないよね?)
お料理の時に使うスパイス、とキッチンに立つ「今のハーレイ」を思い浮かべた。
仕事帰りにあれこれ買い込み、「さて…」と料理を始める姿。
食材を切ったり、下ごしらえをしたりと、それは楽しげにしていそう。
シャングリラでの厨房時代と違って、食材は豊富で、キッチンだって好きに使える。
ハーレイのためだけにあるキッチンなのだし、遠慮なく。
「船の仲間たちに食べさせるために」料理を作るわけでもないから、キッチンは、まさに…。
(今のハーレイのためのお城で、好きなお料理、好きなだけ…)
作って食べられる場所なんだよね、と胸が温かくなってくる。
「前のぼくたちが知らなかった食材とか、お料理、うんと沢山あるんだもの」と。
キッチンに立ったハーレイは、前のハーレイが知らなかった食材を自在に使って料理を作る。
前のハーレイには思いもよらない、今ならではの料理も、あれこれと。
(スパイス、間違えたりはしなくて…)
焦がしてしまったり、煮込みすぎることも無いだろう。
子供の頃から腕を磨いて、今だって磨き続けているから、失敗なんかは…。
(するわけがないし、不味い料理も作らないよね?)
でも…、と少し首を傾げて考えてみた。
ハーレイにだって、失敗はあるのかもしれない。
初めて作る料理だったら、思い通りに出来ないことも…。
(…たまには、あるかも…)
ぼくが聞いてはいないだけで、と想像の翼を羽ばたかせる。
「あるのかもね」と、「ハーレイだって、たまには失敗しちゃうかも」と。
(…失敗しちゃって、出来たの、美味しくなくっても…)
ハーレイはきっと、「うーむ…」と唸って、「やっちまったか」と頭を掻く。
それから失敗作を眺めて、「だが、食わんとな?」と苦笑い。
「捨てちまうなんて、とんでもないぞ」と、「普通は、きっと捨てるんだろうが…」と。
(だって、美味しくなくっても…)
食べてあげないと、命をくれた食材を無駄にしちゃうもの、と自分の思いと重ね合わせる。
「ハーレイだったら、きっと食べるよ」と、時の彼方での記憶があるから、言い切れる。
大量に作ってしまっていたって、ハーレイは残さず平らげるだろう。
「もっと少ない量にしておくべきだったよなあ…」と、嘆き節を漏らすことはあっても。
きっとそうだ、と思ったはずみに、いい考えが閃いた。
チビの自分には出来ないけれども、前の自分と同じ姿に育ったら…。
(ハーレイが失敗しちゃったお料理、ぼくも一緒に…)
食べれば早く食べ切れるよね、と幸せな笑みが唇に浮かぶ。
(ハーレイが作って失敗したなら、お料理、美味しくなくっても…)
ちっとも、そうは思わないよ、と溢れる自信。
ハーレイが失敗作を作ってしまった理由は、二人で食べるための新作などを…。
(作ってみよう、ってキッチンに立って、頑張って…)
結果が失敗だっただけだし、二人で食べれば、間違いなく美味しくなるのだと思う。
「やめとけ、これは不味いから」と、ハーレイが止めても、気にしない。
パクッと頬張り、「ううん」と笑って、「次は、もっと美味しくなるんだよね」と最高の笑顔。
二人で暮らしているからこその、失敗作の共有だから。
またハーレイは挑戦するのだろうし、出来上がったなら、二人で食べる。
いつか美味しく出来る時まで、何度でも失敗したっていい。
それまで失敗し続けたって、笑いに満ちた思い出話が増えてゆくだけ。
失敗作を二人で食べられるのも、一緒に暮らしているからこそ。
「不味いから、お前はやめておけ」でも、二人なら、きっと美味しいから…。
美味しくなくっても・了
※好き嫌いの無いブルー君ですけど、味音痴とは違います。不味い料理は不味いのですが…。
ハーレイ先生が作ったのなら、不味くても、きっと美味しい筈。二人で食べれば幸せな時間v
(今の俺にも、好き嫌いってヤツは無いんだが…)
味音痴ってわけではないんだよな、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
前の生での過酷な経験のせいか、幼い頃から、好き嫌いというものが無い。
食卓に何が出て来た時でも、「これは嫌だ」とは思わなかった。
(普通だったら、色々とあるらしいのに…)
ハーレイの場合は全く無くて、母は随分、楽だったらしい。
母の料理を手伝うようになって初めて、そう聞かされた。
「好き嫌いの無い子供だったから、楽だったわねえ…」と感慨深そうに。
(そうは言っても、料理をしようと自分で思い立つほどなんだしな?)
味に関しては、うるさい方だと自認している。
美味しいものなら「美味い!」と思うし、不味いものなら「不味いな…」となる。
もっとも、そこで美味しくなくても、それを食べずに残しはしない。
綺麗に平らげ、「御馳走様」と、作った人に感謝もする。
料理を作るための時間と手間なら、充分、承知しているから。
(不味いのが出来てしまっていたって、そこまでの手間は同じで、だ…)
かかった時間も同じだよな、と分かっているから、不味いと残すのは自分の心が許さない。
明らかに健康に悪いレベルで、「これは食ったら駄目だろう…」という料理なら別だけれども。
(だが、そんなのは…)
食堂などで出されはしないし、何処かの家に招かれたって、出て来はしない。
例外と言えば、今よりずっと若くて、学生だった頃の話だろうか。
(みんなで賑やかに飯を食おう、と…)
友達の家にワイワイ集まり、皆で囲んだ様々な料理。
出来合いのものを買って来たなら、何も起こりはしなかったけれど…。
(若いヤツばかりで飯となったら、平穏無事に済むって保証は…)
何処にも無かったんだよな、と苦笑する。
「俺の故郷の名物料理を作ってやる」と出された料理は、大概、絶品だった。
なんと言っても自慢の料理で、皆に振舞いたい味なのだから。
(…問題なのは、腕に覚えが無いヤツが…)
「この前、食ったのが美味くってさ」などと、自己流で再現を始めた時。
合っているのは食材だけで、調味料もレシピも、「多分、こうだ」というだけのもの。
(……不味いなんていうものじゃなくって……)
ある意味、とても凄かったよな、と思い出すと笑いが込み上げて来る。
「よく、あんなのを作れたモンだ」と、「しかも友達に食わせるなんてな?」と。
味音痴ではないからこその、不味い料理を食べた思い出。
食べたと言うより、食べさせられた、と言うべきだろうか。
(…俺みたいに、出されたものは何でも食べる、ってヤツじゃなくても…)
ああいう場合は、有無を言わさず「食べさせられた」。
「俺の料理に、何か文句があるとでも?」と、作った友達に睨まれて。
全部食えよ、と威張り返るくせに、それを作った料理人自身は、ニヤニヤ笑っているだけで…。
(食ってなかったりするんだよなあ、明らかに不味いわけなんだしな?)
あれが若さと言うモンだよな、と懐かしくなる。
大人になってから同じことをやろうとしたって、昔のようにはいかないだろう。
「これを出すのは、流石になあ…」と、自分に対する皆の評価が気になる者もありそうだ。
そうかと思えば、「よし、出すぞ!」と張り切って出して、誰かにキッパリ断られる。
「お前、味見をしてみたか?」と、「何処かの店へ食べに行こうぜ」と。
(口直しに、って皆を引き連れて…)
行きつけの店へ連れて行くとか、ついでに其処の名物料理をおごるとか。
大人だったら、そうなってしまって幕が引かれる。
不味い料理を囲む代わりに、美味しい料理を食べるべきだ、と賛成多数で決定されて。
(…若気の至りっていうヤツには、とんと御縁が無くなっちまって…)
皆で囲むなら美味い料理が大人なんだ、と、しみじみと思う。
お蔭で「不味い料理」に会うのは、今では学校くらいになった。
調理実習で生徒が作って、「ハーレイ先生!」と、自信に溢れて届けてくれる色々なもの。
大抵、美味しく出来ているけれど、たまに失敗作がある。
明らかに火加減を間違えたな、と思うものやら、塩と砂糖を取り違えたもの。
生徒の方では、まるで気付いていなくて、悪気も全く無いのだけれど…。
(…口に入れたら、とんでもなくて…)
素敵に不味いヤツなんだよな、と可笑しくなる。
それでも残さず、食べるけれども。
後で生徒に出会った時には、「美味かったぞ」と御礼も言う。
届けた生徒は、もうその頃には、自分も食べた後だから…。
(ごめんなさい、って必死になって…)
謝ってくるのが、また面白い。
済まなそうな顔の生徒に向かって、「かまわないさ」と微笑んでやる。
「誰だって最初は、やりがちだしな?」と、「次は気を付けて作るんだぞ」と。
実際、誰でも、上手に作れるものではないから、かまわない。
失敗を重ねて学んでゆくのも、大切なことだと思うから。
(はてさて、ブルーも…)
何か届けてくれるだろうか、と考えたけれど、それは出来ない相談だろう。
今の学校でも「ハーレイ先生」の人気は高くて、既に何度か調理実習の成果を貰った。
ブルーの学年では、まだ作ってはいないから…。
(貰うとしたらこれからなんだが、競争率というヤツが…)
あるんだよな、と少し悔しい。
「ハーレイ先生」は一人だけだし、食べられる量にも限りがある。
だから「輝かしい成果」を誰が届けるかは、生徒の間でジャンケンだったり、クジだったり。
(何を作ったか、ってことも関係するから、小さな菓子なら…)
複数の生徒が持って来たりもするのだけれども、そうした時でも、きっとブルーは外される。
「ハーレイ先生」が「ブルーの守り役」なのは周知の事実で、誰一人として遠慮はしない。
「お前は、いつも会ってるだろう」と、「料理まで持って行かなくてもな?」と、容赦なく。
(…それを言われると、ブルーも何も言えやしないし…)
大人しく引き下がるしか道は無いから、ブルーが作った「何か」が届くことは無い。
同じクラスの別の生徒が、「ハーレイ先生!」と成果を披露しに来る。
「調理実習で作ったんです!」と、誇らしげに。
塩と砂糖を間違えていたって、気が付かないで。
(…同じ不味いのを食うんだったら、ブルーが作ったヤツをだな…)
食いたいもんだ、と願う気持ちを生徒たちが酌んでくれるわけが無い。
今のブルーは「ハーレイ先生」を独り占めしている、「狡い生徒」でしかないものだから。
聖痕が現れたというだけのことで、人気の先生を掻っ攫って行った、と思われていて…。
(羨ましいな、と見ている生徒が大勢だから…)
調理実習の成果を届ける栄誉は、けしてブルーに回りはしない。
ここぞとばかりに仲間外れで、ジャンケンにもクジにも加えては貰えないだろう。
(苛めているわけでも、意地悪なわけでもないんだが…)
ブルーは外しておくのが当然、そういう流れになってしまいそう。
どう考えても、「ブルー」が届けに行くよりは…。
(他の運のいいヤツが、クジに当たったり、ジャンケンに勝ったり…)
自分の力で栄誉を獲得、意気揚々として現れる。
「ハーレイ先生、食べて下さい!」と、自分が作った「何か」を持って。
まだ味見さえもしていないくせに、「いい出来だから」と自信満々で。
(…美味く出来てることを祈るぞ…)
ブルーのだったら、うんと不味くても許すんだがな、と本音が零れてしまいそう。
もちろん、他の生徒が作ったものでも、不味くても許す。
そうは思っても、同じ「不味いの」を食べるのだったら、ブルーが作ったものを食べたい。
とんでもない味になっていようが、開けたら真っ黒に焦げていようが。
(…あいつが作ってくれたんだ、って思っただけで…)
何が届いても嬉しいんだ、と心の底から湧き上がって来る愛おしさ。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方では、一緒に厨房に立ったりもした。
白いシャングリラになる前の船で、まだキャプテンでもなかった頃に。
(俺が料理を作っていたら、「何が出来るの?」って…)
見た目は今のブルーと変わらなかった「前のブルー」が、ヒョイと現れて尋ねて来た。
そして横から「ぼくも手伝う!」と、ジャガイモの皮を剥いてくれたり、色々と…。
(手伝ってくれていたんだよなあ…)
今のあいつとは出来ないんだが、と残念な気持ちに包まれる。
やろうと思えば、そういう機会は作れるけれども、今のブルーには「早すぎる」。
見た目も中身も子供のくせに、恋人気取りでいるのだから。
(もっと育ってくれないと…)
一緒にキッチンに立てやしない、と神様を少し恨みたくなる。
「ブルーが小さすぎるんです」と、「どうして、子供にしたんですか」と。
(…神様には神様の考えってモンがあってだな…)
前のブルーが失くしてしまった「子供時代」を、今の生では充分に、との心遣いだろう。
きっとそうだと分かってはいても、こうした時には悲しくなる。
「前と同じに育っていたなら、一緒に料理が出来るのに」と、つくづくと。
(…調理実習の成果を食いたい、って夢も無理なら、一緒に料理も夢のまた夢で…)
あいつが作った不味い料理も食えやしない、と思うけれども、果たして腕前はどうなのか。
不味い料理を作って来るのか、それとも「美味い!」と驚嘆するような…。
(凄いのを作る腕があるのか、その辺も全く謎なんだよなあ…)
今のあいつは、料理をしない子供だからな、と顎に手を当てる。
ブルーの母が作るパウンドケーキも、今の所は、ブルーはレシピさえも知らない。
(俺のおふくろの味と同じなんだ、って知っているから、張り切っちゃいるが…)
「いつか上手に焼くんだから」と小さなブルーは決意している。
そうは言っても、料理の腕前は未だ不明で、本当に上手く焼けるかは…。
(やってみないと分からない、ってな)
失敗作が出来るかもしれん、と覚悟はしている。
火加減を間違えて焦げているとか、そういったこともあるかもしれない。
(…しかしだな…)
不味いケーキが出来た時でも、そのケーキは美味しいだろうと思う。
ブルーが「失敗しちゃった…」と、しょげていたって、二人で分けて食べたなら…。
(次は頑張って上手に焼くね、って謝られたって、「いや、美味いぞ」って…)
間違いなく胸を張って言えるんだ、と笑みを浮かべて、マグカップを指でカチンと弾く。
失敗作のケーキだろうが、ブルーと一緒に食べられるだけで、もう充分に幸せだから。
ブルーが「美味しくなくても、いいの?」と不安そうな顔になったら、「いいさ」と微笑む。
「お前と一緒に食べられるだけで、俺は最高に幸せだしな」と。
「調理実習の頃に失敗作を貰い損ねたのが、ちょっぴり残念で悔しいんだが」と…。
美味しくなくても・了
※ブルー君が作った料理だったら、不味くても許せるハーレイ先生。調理実習の失敗作でも。
けれど当分、ブルー君が作る料理はお預け。そして不味くても、二人で食べれば美味しい筈v
味音痴ってわけではないんだよな、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
前の生での過酷な経験のせいか、幼い頃から、好き嫌いというものが無い。
食卓に何が出て来た時でも、「これは嫌だ」とは思わなかった。
(普通だったら、色々とあるらしいのに…)
ハーレイの場合は全く無くて、母は随分、楽だったらしい。
母の料理を手伝うようになって初めて、そう聞かされた。
「好き嫌いの無い子供だったから、楽だったわねえ…」と感慨深そうに。
(そうは言っても、料理をしようと自分で思い立つほどなんだしな?)
味に関しては、うるさい方だと自認している。
美味しいものなら「美味い!」と思うし、不味いものなら「不味いな…」となる。
もっとも、そこで美味しくなくても、それを食べずに残しはしない。
綺麗に平らげ、「御馳走様」と、作った人に感謝もする。
料理を作るための時間と手間なら、充分、承知しているから。
(不味いのが出来てしまっていたって、そこまでの手間は同じで、だ…)
かかった時間も同じだよな、と分かっているから、不味いと残すのは自分の心が許さない。
明らかに健康に悪いレベルで、「これは食ったら駄目だろう…」という料理なら別だけれども。
(だが、そんなのは…)
食堂などで出されはしないし、何処かの家に招かれたって、出て来はしない。
例外と言えば、今よりずっと若くて、学生だった頃の話だろうか。
(みんなで賑やかに飯を食おう、と…)
友達の家にワイワイ集まり、皆で囲んだ様々な料理。
出来合いのものを買って来たなら、何も起こりはしなかったけれど…。
(若いヤツばかりで飯となったら、平穏無事に済むって保証は…)
何処にも無かったんだよな、と苦笑する。
「俺の故郷の名物料理を作ってやる」と出された料理は、大概、絶品だった。
なんと言っても自慢の料理で、皆に振舞いたい味なのだから。
(…問題なのは、腕に覚えが無いヤツが…)
「この前、食ったのが美味くってさ」などと、自己流で再現を始めた時。
合っているのは食材だけで、調味料もレシピも、「多分、こうだ」というだけのもの。
(……不味いなんていうものじゃなくって……)
ある意味、とても凄かったよな、と思い出すと笑いが込み上げて来る。
「よく、あんなのを作れたモンだ」と、「しかも友達に食わせるなんてな?」と。
味音痴ではないからこその、不味い料理を食べた思い出。
食べたと言うより、食べさせられた、と言うべきだろうか。
(…俺みたいに、出されたものは何でも食べる、ってヤツじゃなくても…)
ああいう場合は、有無を言わさず「食べさせられた」。
「俺の料理に、何か文句があるとでも?」と、作った友達に睨まれて。
全部食えよ、と威張り返るくせに、それを作った料理人自身は、ニヤニヤ笑っているだけで…。
(食ってなかったりするんだよなあ、明らかに不味いわけなんだしな?)
あれが若さと言うモンだよな、と懐かしくなる。
大人になってから同じことをやろうとしたって、昔のようにはいかないだろう。
「これを出すのは、流石になあ…」と、自分に対する皆の評価が気になる者もありそうだ。
そうかと思えば、「よし、出すぞ!」と張り切って出して、誰かにキッパリ断られる。
「お前、味見をしてみたか?」と、「何処かの店へ食べに行こうぜ」と。
(口直しに、って皆を引き連れて…)
行きつけの店へ連れて行くとか、ついでに其処の名物料理をおごるとか。
大人だったら、そうなってしまって幕が引かれる。
不味い料理を囲む代わりに、美味しい料理を食べるべきだ、と賛成多数で決定されて。
(…若気の至りっていうヤツには、とんと御縁が無くなっちまって…)
皆で囲むなら美味い料理が大人なんだ、と、しみじみと思う。
お蔭で「不味い料理」に会うのは、今では学校くらいになった。
調理実習で生徒が作って、「ハーレイ先生!」と、自信に溢れて届けてくれる色々なもの。
大抵、美味しく出来ているけれど、たまに失敗作がある。
明らかに火加減を間違えたな、と思うものやら、塩と砂糖を取り違えたもの。
生徒の方では、まるで気付いていなくて、悪気も全く無いのだけれど…。
(…口に入れたら、とんでもなくて…)
素敵に不味いヤツなんだよな、と可笑しくなる。
それでも残さず、食べるけれども。
後で生徒に出会った時には、「美味かったぞ」と御礼も言う。
届けた生徒は、もうその頃には、自分も食べた後だから…。
(ごめんなさい、って必死になって…)
謝ってくるのが、また面白い。
済まなそうな顔の生徒に向かって、「かまわないさ」と微笑んでやる。
「誰だって最初は、やりがちだしな?」と、「次は気を付けて作るんだぞ」と。
実際、誰でも、上手に作れるものではないから、かまわない。
失敗を重ねて学んでゆくのも、大切なことだと思うから。
(はてさて、ブルーも…)
何か届けてくれるだろうか、と考えたけれど、それは出来ない相談だろう。
今の学校でも「ハーレイ先生」の人気は高くて、既に何度か調理実習の成果を貰った。
ブルーの学年では、まだ作ってはいないから…。
(貰うとしたらこれからなんだが、競争率というヤツが…)
あるんだよな、と少し悔しい。
「ハーレイ先生」は一人だけだし、食べられる量にも限りがある。
だから「輝かしい成果」を誰が届けるかは、生徒の間でジャンケンだったり、クジだったり。
(何を作ったか、ってことも関係するから、小さな菓子なら…)
複数の生徒が持って来たりもするのだけれども、そうした時でも、きっとブルーは外される。
「ハーレイ先生」が「ブルーの守り役」なのは周知の事実で、誰一人として遠慮はしない。
「お前は、いつも会ってるだろう」と、「料理まで持って行かなくてもな?」と、容赦なく。
(…それを言われると、ブルーも何も言えやしないし…)
大人しく引き下がるしか道は無いから、ブルーが作った「何か」が届くことは無い。
同じクラスの別の生徒が、「ハーレイ先生!」と成果を披露しに来る。
「調理実習で作ったんです!」と、誇らしげに。
塩と砂糖を間違えていたって、気が付かないで。
(…同じ不味いのを食うんだったら、ブルーが作ったヤツをだな…)
食いたいもんだ、と願う気持ちを生徒たちが酌んでくれるわけが無い。
今のブルーは「ハーレイ先生」を独り占めしている、「狡い生徒」でしかないものだから。
聖痕が現れたというだけのことで、人気の先生を掻っ攫って行った、と思われていて…。
(羨ましいな、と見ている生徒が大勢だから…)
調理実習の成果を届ける栄誉は、けしてブルーに回りはしない。
ここぞとばかりに仲間外れで、ジャンケンにもクジにも加えては貰えないだろう。
(苛めているわけでも、意地悪なわけでもないんだが…)
ブルーは外しておくのが当然、そういう流れになってしまいそう。
どう考えても、「ブルー」が届けに行くよりは…。
(他の運のいいヤツが、クジに当たったり、ジャンケンに勝ったり…)
自分の力で栄誉を獲得、意気揚々として現れる。
「ハーレイ先生、食べて下さい!」と、自分が作った「何か」を持って。
まだ味見さえもしていないくせに、「いい出来だから」と自信満々で。
(…美味く出来てることを祈るぞ…)
ブルーのだったら、うんと不味くても許すんだがな、と本音が零れてしまいそう。
もちろん、他の生徒が作ったものでも、不味くても許す。
そうは思っても、同じ「不味いの」を食べるのだったら、ブルーが作ったものを食べたい。
とんでもない味になっていようが、開けたら真っ黒に焦げていようが。
(…あいつが作ってくれたんだ、って思っただけで…)
何が届いても嬉しいんだ、と心の底から湧き上がって来る愛おしさ。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方では、一緒に厨房に立ったりもした。
白いシャングリラになる前の船で、まだキャプテンでもなかった頃に。
(俺が料理を作っていたら、「何が出来るの?」って…)
見た目は今のブルーと変わらなかった「前のブルー」が、ヒョイと現れて尋ねて来た。
そして横から「ぼくも手伝う!」と、ジャガイモの皮を剥いてくれたり、色々と…。
(手伝ってくれていたんだよなあ…)
今のあいつとは出来ないんだが、と残念な気持ちに包まれる。
やろうと思えば、そういう機会は作れるけれども、今のブルーには「早すぎる」。
見た目も中身も子供のくせに、恋人気取りでいるのだから。
(もっと育ってくれないと…)
一緒にキッチンに立てやしない、と神様を少し恨みたくなる。
「ブルーが小さすぎるんです」と、「どうして、子供にしたんですか」と。
(…神様には神様の考えってモンがあってだな…)
前のブルーが失くしてしまった「子供時代」を、今の生では充分に、との心遣いだろう。
きっとそうだと分かってはいても、こうした時には悲しくなる。
「前と同じに育っていたなら、一緒に料理が出来るのに」と、つくづくと。
(…調理実習の成果を食いたい、って夢も無理なら、一緒に料理も夢のまた夢で…)
あいつが作った不味い料理も食えやしない、と思うけれども、果たして腕前はどうなのか。
不味い料理を作って来るのか、それとも「美味い!」と驚嘆するような…。
(凄いのを作る腕があるのか、その辺も全く謎なんだよなあ…)
今のあいつは、料理をしない子供だからな、と顎に手を当てる。
ブルーの母が作るパウンドケーキも、今の所は、ブルーはレシピさえも知らない。
(俺のおふくろの味と同じなんだ、って知っているから、張り切っちゃいるが…)
「いつか上手に焼くんだから」と小さなブルーは決意している。
そうは言っても、料理の腕前は未だ不明で、本当に上手く焼けるかは…。
(やってみないと分からない、ってな)
失敗作が出来るかもしれん、と覚悟はしている。
火加減を間違えて焦げているとか、そういったこともあるかもしれない。
(…しかしだな…)
不味いケーキが出来た時でも、そのケーキは美味しいだろうと思う。
ブルーが「失敗しちゃった…」と、しょげていたって、二人で分けて食べたなら…。
(次は頑張って上手に焼くね、って謝られたって、「いや、美味いぞ」って…)
間違いなく胸を張って言えるんだ、と笑みを浮かべて、マグカップを指でカチンと弾く。
失敗作のケーキだろうが、ブルーと一緒に食べられるだけで、もう充分に幸せだから。
ブルーが「美味しくなくても、いいの?」と不安そうな顔になったら、「いいさ」と微笑む。
「お前と一緒に食べられるだけで、俺は最高に幸せだしな」と。
「調理実習の頃に失敗作を貰い損ねたのが、ちょっぴり残念で悔しいんだが」と…。
美味しくなくても・了
※ブルー君が作った料理だったら、不味くても許せるハーレイ先生。調理実習の失敗作でも。
けれど当分、ブルー君が作る料理はお預け。そして不味くても、二人で食べれば美味しい筈v
「ねえ、ハーレイ。挑戦するのは…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「挑戦だって? いったい何だ?」
何に挑戦したいんだ、とハーレイはブルーに問い返した。
あまりに急な質問な上に、ブルーには似合わない言葉。
今のブルーも身体が弱くて、守りの姿勢が似合っている。
そんなブルーが挑戦するなら、頭脳系の何かに違いない。
「えっとね…。例えば、パズルとか…」
数学の問題とかもそうかな、とブルーは答えた。
「出来そうにない、って諦めるよりは、挑戦でしょ?」
「なんだ、やっぱり、そういうヤツか」
案の定だな、とハーレイは笑んで、大きく頷く。
「お前のことだし、頭脳系だと思ったが…」
「うん。スポーツとかだと、挑戦は、ちょっと…」
大切なのは分かってるけど、とブルーは肩を竦めた。
弱い身体で挑むのは無理で、利口とも思えないから、と。
「まあなあ…。お前の身体じゃ、スポーツ系の挑戦は…」
やらない方が賢明だよな、とハーレイも肯定するしかない。
今も虚弱なブルーの身体は、その方面には不向きと言える。
無理をしてまで挑戦したなら、倒れてしまうことだろう。
元気な子供だった場合は、無理をする価値もあるけれど。
「普通だったら、其処も挑戦すべきだが…」
お前だと、ろくなことにはならん、とハーレイにも分かる。
寝込んでしまって学校も欠席、勉強にだって差し支える。
「でしょ? だから、ぼくならパズルとかだよ」
でも、挑戦するのは大切だよね、とブルーは繰り返した。
最初から無理だと投げ出すよりかは、挑戦の方、と。
「そりゃそうだ。でなきゃ力がつかんしな」
スポーツの方が分かりやすいが、とハーレイも再び頷く。
さっき頷いたのとは違うポイントでも、此処は頷くべきだ。
「パズルとかだと、実力がついたと分かるまでには…」
けっこう時間がかかるからな、と苦笑する。
答えが出るまで挑むしかなくて、途中の力は見えにくい。
けれど、スポーツの場合は違う。
日に日に腕が上がるものだし、客観的にも掴みやすいから。
昨日よりは今日、今日よりは明日、と何でも上達する。
挑んだ成果は上がるけれども、頭脳系だと分かるのは遅い。
その点、スポーツは結果が出るのが早いものだから…。
「頭脳系で頑張る生徒よりかは、スポーツ系の方がだな…」
挑戦する生徒は多くなるな、とハーレイは溜息をついた。
勉強だったら投げ出す生徒も、部活だと頑張ったりもする。
朝早くから登校して来て練習、放課後も遅くまで残ったり。
「教師としては、勉強にも挑んで欲しいんだがなあ…」
「ハーレイ、自分で言ったじゃないの」
結果が見えにくいんだから、仕方ないよ、とブルーも笑う。
「そんなの、誰でも投げ出すよね」と、可笑しそうに。
「分かってるんだが、やっぱりなあ…」
「投げずに挑んで欲しい、って?」
「当然だろう? お前も自分で言ったじゃないか」
挑戦するのは大切だ、とな、とハーレイはブルーに返した。
「俺だって挑戦して欲しいんだ」と、教師の立場で。
実際、投げ出す生徒は多くて、教師にとっては困りもの。
スポーツを頑張る力があるなら、勉強も努力して欲しい。
投げ出さないで挑戦あるのみ、日々、実力を磨いてこそだ。
聞いたブルーも、「そうだよねえ…」と相槌を打つ。
「だったら、ぼくも挑戦するのが大切だよね?」
「その通りだ。パズルに勉強、どれも挑戦が大切だよな」
頑張れよ、とハーレイは、ブルーにエールを送った。
スポーツ系の挑戦でなければ、ブルーの努力は喜ばしい。
実力もつくし、やる気だって湧いてくるだろう。
挑戦したいことがあるなら、是非、頑張って欲しいと思う。
「ありがとう! それじゃ早速、挑戦するね!」
キスを頂戴、とブルーはニコッと笑みを浮かべた。
「唇にキスして欲しいんだけど」と、勝ち誇った顔で。
「なんだって!?」
何故、そうなるんだ、とハーレイの目が真ん丸になる。
挑戦には違いないのだけれども、挑む対象が違うだろう。
「そんな挑戦、俺は絶対、認めんぞ!」
挑まなくていい、とハーレイはブルーを叱り付けた。
唇へのキスを贈ってやるには、今のブルーは幼すぎる。
前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、キスはお預け。
「だけど、ハーレイ、言ったよね!」
挑戦するのは大切だ、って…、とブルーは引かない。
「諦めないよ」と、「ぼくの挑戦、これなんだから!」と。
「中身によるとも言ったぞ、俺は!」
スポーツ系だと控えた方がいいってな、とハーレイは返す。
弱い身体で無理をするのは良くない、と確かに言ったから。
「キスはスポーツじゃないってば!」
「スポーツは例えだ、中身によるんだ!」
認められない挑戦もある、とハーレイは軽く拳を握った。
「分からないなら、お見舞いするぞ」とブルーを睨んで。
「頭をコツンとやって欲しいか」と、苦い顔をして。
妙な挑戦など、要らないから。
挑戦するのは大切だけれど、挑む中身によるのだから…。
挑戦するのは・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「挑戦だって? いったい何だ?」
何に挑戦したいんだ、とハーレイはブルーに問い返した。
あまりに急な質問な上に、ブルーには似合わない言葉。
今のブルーも身体が弱くて、守りの姿勢が似合っている。
そんなブルーが挑戦するなら、頭脳系の何かに違いない。
「えっとね…。例えば、パズルとか…」
数学の問題とかもそうかな、とブルーは答えた。
「出来そうにない、って諦めるよりは、挑戦でしょ?」
「なんだ、やっぱり、そういうヤツか」
案の定だな、とハーレイは笑んで、大きく頷く。
「お前のことだし、頭脳系だと思ったが…」
「うん。スポーツとかだと、挑戦は、ちょっと…」
大切なのは分かってるけど、とブルーは肩を竦めた。
弱い身体で挑むのは無理で、利口とも思えないから、と。
「まあなあ…。お前の身体じゃ、スポーツ系の挑戦は…」
やらない方が賢明だよな、とハーレイも肯定するしかない。
今も虚弱なブルーの身体は、その方面には不向きと言える。
無理をしてまで挑戦したなら、倒れてしまうことだろう。
元気な子供だった場合は、無理をする価値もあるけれど。
「普通だったら、其処も挑戦すべきだが…」
お前だと、ろくなことにはならん、とハーレイにも分かる。
寝込んでしまって学校も欠席、勉強にだって差し支える。
「でしょ? だから、ぼくならパズルとかだよ」
でも、挑戦するのは大切だよね、とブルーは繰り返した。
最初から無理だと投げ出すよりかは、挑戦の方、と。
「そりゃそうだ。でなきゃ力がつかんしな」
スポーツの方が分かりやすいが、とハーレイも再び頷く。
さっき頷いたのとは違うポイントでも、此処は頷くべきだ。
「パズルとかだと、実力がついたと分かるまでには…」
けっこう時間がかかるからな、と苦笑する。
答えが出るまで挑むしかなくて、途中の力は見えにくい。
けれど、スポーツの場合は違う。
日に日に腕が上がるものだし、客観的にも掴みやすいから。
昨日よりは今日、今日よりは明日、と何でも上達する。
挑んだ成果は上がるけれども、頭脳系だと分かるのは遅い。
その点、スポーツは結果が出るのが早いものだから…。
「頭脳系で頑張る生徒よりかは、スポーツ系の方がだな…」
挑戦する生徒は多くなるな、とハーレイは溜息をついた。
勉強だったら投げ出す生徒も、部活だと頑張ったりもする。
朝早くから登校して来て練習、放課後も遅くまで残ったり。
「教師としては、勉強にも挑んで欲しいんだがなあ…」
「ハーレイ、自分で言ったじゃないの」
結果が見えにくいんだから、仕方ないよ、とブルーも笑う。
「そんなの、誰でも投げ出すよね」と、可笑しそうに。
「分かってるんだが、やっぱりなあ…」
「投げずに挑んで欲しい、って?」
「当然だろう? お前も自分で言ったじゃないか」
挑戦するのは大切だ、とな、とハーレイはブルーに返した。
「俺だって挑戦して欲しいんだ」と、教師の立場で。
実際、投げ出す生徒は多くて、教師にとっては困りもの。
スポーツを頑張る力があるなら、勉強も努力して欲しい。
投げ出さないで挑戦あるのみ、日々、実力を磨いてこそだ。
聞いたブルーも、「そうだよねえ…」と相槌を打つ。
「だったら、ぼくも挑戦するのが大切だよね?」
「その通りだ。パズルに勉強、どれも挑戦が大切だよな」
頑張れよ、とハーレイは、ブルーにエールを送った。
スポーツ系の挑戦でなければ、ブルーの努力は喜ばしい。
実力もつくし、やる気だって湧いてくるだろう。
挑戦したいことがあるなら、是非、頑張って欲しいと思う。
「ありがとう! それじゃ早速、挑戦するね!」
キスを頂戴、とブルーはニコッと笑みを浮かべた。
「唇にキスして欲しいんだけど」と、勝ち誇った顔で。
「なんだって!?」
何故、そうなるんだ、とハーレイの目が真ん丸になる。
挑戦には違いないのだけれども、挑む対象が違うだろう。
「そんな挑戦、俺は絶対、認めんぞ!」
挑まなくていい、とハーレイはブルーを叱り付けた。
唇へのキスを贈ってやるには、今のブルーは幼すぎる。
前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、キスはお預け。
「だけど、ハーレイ、言ったよね!」
挑戦するのは大切だ、って…、とブルーは引かない。
「諦めないよ」と、「ぼくの挑戦、これなんだから!」と。
「中身によるとも言ったぞ、俺は!」
スポーツ系だと控えた方がいいってな、とハーレイは返す。
弱い身体で無理をするのは良くない、と確かに言ったから。
「キスはスポーツじゃないってば!」
「スポーツは例えだ、中身によるんだ!」
認められない挑戦もある、とハーレイは軽く拳を握った。
「分からないなら、お見舞いするぞ」とブルーを睨んで。
「頭をコツンとやって欲しいか」と、苦い顔をして。
妙な挑戦など、要らないから。
挑戦するのは大切だけれど、挑む中身によるのだから…。
挑戦するのは・了
