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(挨拶だけで終わっちまったか…)
 ツイてないな、とハーレイがついた小さな溜息。
 夜の書斎でコーヒー片手に、愛おしい人を思い浮かべて。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 青い地球の上に二人で生まれ変わって、自分は教師でブルーは教え子。
 今日も学校で会ったのだけれど、挨拶だけは交わせたけれど。
(それだけなんだ…)
 急いでいたから、立ち話をする暇は無かった。
 古典の授業でブルーのクラスに出掛けたけれども、その授業でも…。
(生憎と、俺の今日の方針…)
 スラスラと答える成績のいい子は後回し。
 理解出来ていない生徒が中心、答えさせるのも、朗読も。
 トップの成績を誇るブルーは、当然、外してゆくしかない。
 どんなに張り切って手を挙げていても、当てて貰おうと瞳が煌めいていても。
(ブルー君、と指名出来ないんだし…)
 聞けるわけもない、ブルーの声。
 挙手する時の「はいっ!」という声、それだけしか。
 質問に答えるブルーの言葉も、教科書を朗読する声も。
(それっきりで、だ…)
 帰りに寄れもしなかった、と残念な気分。
 ブルーの家へと出掛けてゆくには、学校を出るのが遅すぎた。
 仕方なく帰った自分の家。
 夕食は美味しく食べたけれども、新聞ものんびり読んだのだけれど。
 やっぱり何処か物足りない。
 熱いコーヒーを飲んでいたって、書斎にゆったり座っていたって。


 話しそびれた小さなブルー。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人。
 今頃は眠っているのだろうか、あの部屋のベッドにもぐり込んで。
(どうなんだかなあ?)
 それも分からない、遠く離れたブルーの家。
 小さなブルーが両親と一緒に暮らしている家、窓から覗いても屋根さえ見えない。
 何ブロックも離れた所で、間に幾つも家が挟まっているのだから。
 今の時代は思念波を飛ばして連絡さえも取れないから。
 「人間らしく」がルールの時代で、前の自分が生きた時代のようにはいかない。
 連絡するなら、きちんと通信。
 家の中を透視も出来はしないから、まるで分からないブルーの姿。
 起きているのか眠っているのか、それさえも。
 幸せな夢の世界にいるのか、夜更かしして本を読んでいるのかも。
(はてさて、いったいどっちなんだか…)
 本当に見当も付かないけれども、幸せでいてくれればいい。
 夢の中でも、本の世界でも。
 もっと別のことをしているにしても、幸せならば。
 楽しんでいてくれるのならば、と恋人の姿を思い浮かべる。
 「怖い夢なんか見るんじゃないぞ」と、「いい夢を見ろよ」と。
 ブルーが恐れるメギドの悪夢。
 それに捕まらなければいいと、幸せ一杯でいてくれれば、と。
 とうに眠りに落ちているのなら、いい夢を。
 それが一番、と思った所で気が付いた。
 今の自分の幸せに。
 素晴らしい世界に生きていることに。


 今は離れているブルー。
 此処から屋根さえ見えない所に、愛おしい人はいるのだけれど。
 何をしているかも掴めないけれど、今の自分の心配事は…。
(…メギドの夢ってヤツだけなんだ…)
 悲しすぎた前のブルーの最期。
 小さなブルーが今の自分に話してくれた。
 ソルジャー・ブルーだった前のブルーが、どんな最期を迎えたのかを。
 どれほど悲しくて辛かったのかを、死よりも恐ろしかった孤独を。
 今もブルーは、その夢を見る。
 何かのはずみや、右手が冷えてしまった時に。
(俺の温もりを失くしちまって…)
 冷たく凍えたというブルーの右手。
 独りぼっちになってしまった、と泣きじゃくりながら死んだソルジャー・ブルー。
 それがブルーを襲う悪夢で、救いに行けはしないから。
 うなされているブルーの肩を揺すって、「起きろ」と夢から掬い上げることは出来ないから。
(アレだけが俺の心配事で…)
 もう一つ挙げるなら、ブルーの健康。
 前と同じに弱く生まれたブルーの身体は、今でも壊れやすいから。
 風邪を引いたり、疲れすぎたりと、悲鳴を上げる小さな身体。
 寝込んでしまったブルーを見るのは、今もやっぱり辛いのだけれど。
(それでも、ずいぶん幸せだよなあ…)
 前に比べて、と大きく頷く。
 小さなブルーが寝込んでいたって、心配事はそのことだけ。
 明日は元気になるだろうかと、熱で悪夢を見ないだろうか、と。
 他には何もありはしなくて、それだけで全部。
 今はこんなに離れているのに。
 ブルーが何をしているのかさえ、まるで分かりはしないのに。


(前の俺だと…)
 それほど離れはしなかったブルー。
 白いシャングリラが巨大な船でも、思念波で取れていた連絡。
 基本は通信だったけれども、思念波でやり取りすることも出来た。
 ブルーは青の間、自分はブリッジ。
 そういう時でも、ヒョイと届いたブルーの思念。
 「ハーレイ?」と呼ばれて「はい」と返した。
 大抵は、つまらない用事。
 それこそ今の自分が知りたい、「ブルーはどうしているのだろうか」といったこと。
 ブルーはいつでも、思念波に乗せてそれを伝えていたものだから。
 何をしているのか、連絡を取るついでのように。
 思い付いた時に、ブルーから飛んで来た思念。
 自分も思念で答えを返して、何気ないふりで仕事を続けた。
 ブルーと会話をしていたことなど、話しもせずに。
 大真面目な顔で舵を握ったり、キャプテンの椅子に座っていたり。
(離れていたって、あいつの様子は…)
 知ろうと思えば、直ぐに分かったシャングリラ。
 今の自分とは違った状況。
 幸せなように思えるけれども、それは脆くて儚い幸せ。
(いつも繋がっているようなモンで、離れることは滅多に無かったんだが…)
 たまに船からいなくなったブルー。
 シャングリラを離れて、外の世界へと。
 ミュウの世界を乗せた箱舟から、人類が生きる世界へと。
 そういう時には、もう繋がってはいなかった。
 ブルーから思念が届きはしないし、自分から送れもしなかった。
 必要な連絡以外では。
 ブルーの動きを邪魔しないよう、足を引っ張らないように。


 前のブルーと離れた時には、掴めなかったブルーの様子。
 どうしているのか、何処にいるのか、全ては届く情報でだけ。
 エラが思念で追っているとか、モニターしているブリッジの仲間の報告だとか。
(でもって、俺には何も出来なくて…)
 其処までは今と同じだけれども、決定的に違うこと。
 それは自分の心配事。
 今ならブルーが悪夢を見ないか、体調を崩していはしないかと、心配になってくるのだけれど。
 前の自分が抱えていたのは、もっと大きな心配事。
 ブルーは無事に戻って来るかと、怪我をしたりはしないかと。
 一刻も早く戻って欲しいと、元気な姿を見せて欲しいと祈り続けていた自分。
 今と同じに何も出来なくて、ブルーの様子も分からないから。
 愛おしい人が何処にいるのか、どうしているかも掴めないから。
(あいつが弱り始めてからは…)
 余計に増えた心配事。
 あんな身体で出掛けて行って、と生きた心地もしなかった。
 ブルーが離れてゆく度に。
 白いシャングリラから飛び出して行って、いつもの繋がりが消え失せる度に。
(大丈夫だよ、と言われたってだ…)
 本当に大丈夫なのかどうかは、けして分かりはしなかった。
 ブルーは心を読ませなかったから、そういったことに関しては。
(挙句の果てに、とうとう離れて逝っちまった…)
 前の自分との繋がりの糸を、自分から切って。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と言葉を残して、前のブルーは飛び去った。
 たった一人で遠く離れたメギドへと。
 あの時も自分は、何も分かりはしなかった。
 ブルーが死ぬと分かっていたのに、その瞬間がいつ来たのかさえも。


(…今の俺たちも、同じように離れているんだが…)
 小さなブルーがどうしているのか、分からない自分。
 眠っているのか、起きているのか、それさえも掴めないけれど。
(幸せでいてくれればいい、っていうのがなあ…)
 前の俺とはまるで違うな、と改めて思った今の幸せ。
 離れているブルーを心配するのに、今は要らない命の心配。
 メギドの悪夢と、体調を崩さないかと、その程度になった心配事。
(たったそれだけになっちまったか…)
 なんて幸せな時代なんだ、と噛み締める今の自分の幸せ。
 小さなブルーと離れてはいても、今は心配しなくてもいい。
 前の自分と比べたならば、ほんの小さな心配事。
 おまけに、それもいつかは消える。
 いつかブルーと暮らし始めたら、悪夢を払ってやれるから。
 「起きろ」と肩を揺すってやって。
 ブルーが体調を崩した時にも、自分が世話をしてやれる。
 必要だったら仕事を休んで、一日も早く良くなるようにと。
(今だけな上に、ちっぽけな心配事なんだ…)
 あいつと離れちまっていても、と今の小さなブルーを想う。
 離れていても心配事は少しだけだと、それもいつかは消えるんだよな、と…。

 

        離れていても・了


※ブルーと離れてしまっていても、今は少しだけになった心配事。前と違って。
 それに気付いたハーレイ先生、本当に幸せ一杯でしょうね。離れていてもv





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(今日もゆっくり出来たんだけど…)
 ハーレイと一緒だったんだけど、と小さなブルーがついた溜息。
 休日の夜にパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 もうハーレイはとうに帰ったから、のんびり浸かって来たお風呂。
 ポカポカと温まった身体は、今の幸せな毎日のよう。
 大抵の日には会えるハーレイ、前の生から愛した恋人。
 学校に行けば挨拶をしたり、ちょっと立ち話も出来たりする。
 今のハーレイは古典の教師で、自分が通う学校の教師。
 だから平日でも会えるハーレイ、自分が休んでしまわなければ。
 ハーレイが研修で出掛けたりして、学校に来られない日でなければ。
(お休みの日だと…)
 何か用事が出来ない限りは、ハーレイが家に来てくれる。
 午前中から来てくれるのが常で、お茶に食事に、それからお喋り。
 今の生での色々な話題、前の生での思い出話。
 話す種ならいくらでもあるし、抱き付いて過ごすことだって。
 今日もそういう休日の一つ、夕食の時間まで二人きり。
 夕食は両親も一緒のテーブル、二人きりの時間はおしまいだけれど。
(今日の食後のお茶は、ぼくの部屋…)
 母が部屋まで紅茶を運んでくれたから。
 もう一度持てた二人きりの時間、それは幸せだったのだけれど。
 のんびりとお茶を楽しんだ後で、ハーレイは帰って行ったのだけれど。
(…今日もキス無し…)
 なんで、と眺めたクローゼット。
 そうなる理由が其処にあるから、鉛筆で微かに書いてあるから。
 前の生での自分の背丈。
 ソルジャー・ブルーだった頃の背丈の高さに、線を引いたのは自分だから。


 前の自分と同じ背丈に育たない限りは、出来ないキス。
 唇を重ねる、恋人同士が交わすキス。
 ハーレイはそれをくれはしないし、強請ったならば叱られる。
 「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 今日まで散々頑張ったけれど、少しも揺らがないハーレイの姿勢。
 「ぼくにキスして」と強請っても駄目、「キスしてもいいよ」と誘っても駄目。
 貰えるキスは子供用のキスで、いつでも頬か額にだけ。
 本当に欲しいキスは貰えない、自分がチビで子供の間は。
(酷いんだから…!)
 恋人を何だと思っているの、とハーレイに言っても笑われるだけ。
 「お前は俺の恋人だが?」と、「少々、小さくなっちまったが」と。
 今の姿に相応しい扱い、それをハーレイはしているらしい。
 キスはもちろん、恋人同士の戯れも無し。
 抱き締めてくれても、それでおしまい。
(ちょっとくらい…)
 恋人らしく扱って欲しい、キスにしても、触れる手にしても。
 「俺のブルーだ」と言うのだったら、それらしく。
 前の自分と同じ扱いで、キスも、その先のことだって。
(本物の恋人同士は無理でも…)
 両親もいる家でベッドに行くのはマズイ、と思っているなら、我慢もする。
 それでもキスはして欲しいわけで、恋人らしく触れて欲しいとも思う。
 抱き締めた後に、意味ありげに滑らせてゆく手。
 うなじや、背中や、触れるだけでいいから。
 前の自分に、何度もそうしてくれていたように。


 けれど、その気が無いハーレイ。
 唇へのキスをくれないほどだし、恋人らしい触り方などしない。
(清く、正しく…)
 そんな感じのお付き合い。
 前の生から、恋人同士だったのに。
 青く蘇った水の星の上、生まれ変わって巡り会えたのに。
(キスも駄目って、酷いんだけど…!)
 せっかく二人で過ごしているのに、貰えないキス。
 抱き締めてくれても、たったそれだけ。
 恋人同士で過ごしているのに、お茶と食事とお喋りだけ。
 大きな身体に抱き付いていても、ハーレイの目から見た自分は…。
(恋人じゃなくて、ペットなのかも…)
 ブルーという名の小さなペット。
 猫か何かは知らないけれども、とにかくペット。
 優しく撫でて御機嫌を取って、飼い主の方も幸せ一杯。
 もしかしたらペットなのかもしれない、と思えば嵌まってゆくピース。
 「俺のブルーだ」と名前を呼んで、頭を撫でて。
 毛皮にブラシをかける代わりに、ギュッと抱き締めて。
 「おやつだぞ?」だとか、「ほら、食事だ」とか、そういった感じ。
 ブルーという名のペットと過ごして、ハーレイは帰ってゆくのかもしれない。
 ペットをケージに入れる代わりに、「またな」と軽く手を振って。
 また次にペットと遊べる日まで、暫しのお別れ。
(ペットのホテルなんかもあるけど…)
 自分の場合は、飼い主が別というヤツだろう。
 両親が飼っているペットの「ブルー」、それと遊びに来るハーレイ。


 なんとも酷い、と思うけれども、やはり自分はペットだろうか。
 前の自分とそっくり同じに育たない内は、チビに相応しくペット扱い。
(凄く大きな犬もいるけど…)
 ハーレイが隣町の家で一緒に暮らしたペットは、猫だったから。
 甘えん坊のミーシャという猫、ハーレイの母のペットの白猫。
 だから小さくてチビの自分は、甘えん坊のミーシャと同じ扱い。
 「ミーシャ」ではなくて「ブルー」と呼んで。
 頭を撫でて、可愛がって。
(…でも、ペットだと…)
 飼い主とキスをするペットも沢山。
 チュッと唇にキスを貰う猫も、きっと少なくない筈だから。
 猫の場合は唇があるのか、少々、悩む所だけれど。
(だけど、ホントに抱き上げてチュッて…)
 そういう優しい飼い主は多くて、歩いていたってたまに見掛ける。
 頬ずりした後、唇にチュッと。
(猫だって、キスを貰えるのに…!)
 ミーシャだってハーレイとキスをしたかもしれない、子供時代のハーレイと。
 真っ白な毛皮を撫でて貰って、その後でチュッと。
 そうなってくると、キスも貰えないチビの自分は…。
(ペットよりも酷い扱いなわけ?)
 キスも貰えやしないんだから、と悲しい気持ち。
 いくらハーレイが「俺のブルーだ」と言ってくれても。
 抱き締めてくれても、ペット以下。
 ペットだったら、飼い主にキスを貰えることも多いのだから。
 いい子にしていれば、唇にチュッと。
 甘えていたって、チュッと唇に。


(ハーレイと一日、一緒にいたって…)
 キスの一つも貰えないペット、「またな」と置いてゆかれるペット。
 飼い主は別の人だから。…両親が面倒を見ているから。
 ハーレイは家に遊びに来るだけ、ペットの自分を可愛がるために。
 「俺のブルーだ」と頭を撫でては、ブラッシングの代わりに抱き締めたりして。
 前の自分なら、いくらでもキスを貰えたのに。
 ベッドで何度も愛を交わして、本物の恋人同士だったのに。
(…ぼく、他所の家のペットになっちゃった…)
 おまけにキスも貰えないんだよ、と零れた溜息。
 前の自分がハーレイと一日一緒にいたなら、こんな風にはならないのに。
 二人でお茶や食事やお喋り、それだけで済む筈がない。
 キスを交わして、愛を交わして、それは甘くて幸せな時間。
 二人、溶け合ってしまいそうなほど。
 重ねた身体や唇や手から、一つに溶けてしまいそうなほどに。
(…でも、ぼくだと…)
 そういう風に過ごせはしなくて、キスも貰えない可哀相なペット。
 どんなに甘えて強請ってみたって、唇へのキスは貰えない。
 ペットの猫でも、飼い主とキスが出来るのに。
 もしかしたら、ハーレイと真っ白なミーシャも、キスをしたかもしれないのに。
(強請っても駄目で、誘っても駄目で…)
 午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのに。
 前の自分なら、それだけハーレイと一緒にいたなら、キスくらいでは終わらないのに。
 抱き合って、二人、一つに溶け合って。
 重ね合った手も、絡み合った足も、すっかり熱の塊になって。
 なのに自分はそうはいかない、キスも貰えないペットだから。
 ペットの猫でも貰えるキスさえ、自分は貰えないのだから。


 これじゃ駄目だと、恋人じゃないと、寂しい気持ちになるけれど。
 猫でも飼い主とキスをするのにと、ペットにもなれないと思った所で気が付いた。
 今日はハーレイと一緒に過ごして、午前のお茶に、午後のお茶。
 昼御飯はもちろん二人きりで食べて、夕食だけが両親と一緒。
 夕食の後のお茶もハーレイと二人、そういう一日を過ごしたけれど。
(前のぼくだと…)
 そんな時間をハーレイと持てはしなかった。
 キャプテンだった前のハーレイは、ブリッジが居場所だったから。
 白いシャングリラを預かるキャプテン、昼の間は居るべきブリッジ。
 会議や前の自分との視察、そういった用事が無い時は。
 休憩時間や食事の時間を抜きにしたなら、キャプテンはブリッジにいるのが仕事。
(一日中、お茶と食事とお喋り…)
 いくら相手がソルジャーだとしても、何処かで入っただろう呼び出し。
 そうでなくても、ハーレイの方が「失礼します」と出てゆくだろう。
 「時間ですので」と、「もうブリッジに戻りませんと」と。
 だから独占できなかったハーレイ、今日の自分がやったようには。
 今の自分が休日の度に、あの手この手でキスを強請っているような暇は無かったハーレイ。
(…今は時間が山ほどあるんだ…)
 ハーレイを独占できてしまうから、欲が出る。
 こんなに一緒にいるのに何故、とキスが出来ない不満も漏れる。
 ペット扱いされているとか、ペット以下かもしれないだとか。
(贅沢を言ったら駄目だよね…?)
 神様の罰が当たっちゃうかも、とコツンと叩いた自分の頭。
 今の自分はキスは出来なくても、ハーレイを独占できるから。
 ハーレイと二人で過ごせる時間を、山ほど持っているのだから。
 それだけで前の自分よりもずっと幸せな筈。
 キスは駄目でも、ブルーという名のペットだとしても、キスも貰えないペットだとしても…。

 

        山ほどある時間・了


※自分はハーレイにとってペットなのかも、と思い始めたブルー君。更にはペット以下だとも。
 けれど、ハーレイ先生と午前のお茶から夕食まで一緒。贅沢を言ってはいけませんよねv





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(今日ものんびり過ごしてたわけで…)
 コーヒーは抜きというのが辛いトコだが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 休日の夜に、いつもの書斎で。
 机に愛用のマグカップ。中に満たした熱いコーヒー。
 小さなブルーと過ごした一日、幸せな時間を恋人と満喫して来た日。
 午前中から出掛けて行って、お茶に食事に、と。
 今の生での話も色々、前の生での思い出話もしたりして。
(有意義で素晴らしい時間なんだが…)
 コーヒー抜きというのがな、とカップのコーヒーを傾ける。
 やっぱりこいつが美味いんだ、と。
 紅茶には無い苦味と深み。それから香り。
(紅茶も悪くはないんだが…)
 あちらにはあちらの魅力があって、と充分、分かっているけれど。
 ブルーの母が淹れる紅茶は美味なものだし、香りも高いのだけれど。
(やっぱり、こっちが落ち着くってな)
 なにしろ俺は前からコレで、と味と香りを楽しむコーヒー。
 前の生でもそうだったけれど、今もコーヒー党だから。
 コーヒーと紅茶、どちらが好きかと尋ねられたら、直ぐに「コーヒー」と答えるから。
 けれども、ブルーは苦手なコーヒー。
 前のブルーも今のブルーも同じに苦手で、だからコーヒーは滅多に出ない。
 ブルーの家を訪ねて行ったら紅茶ばかりで、コーヒーは…。
(あいつのお父さんたちが…)
 飲みたい気分になった時だけ、夕食の後で出されるだけ。
 そしてブルーが膨れっ面になる、仲間外れにされてしまって。
 一人だけ紅茶のカップを置かれて、それはそれは不満そうな顔。
 だからといって、コーヒーを貰っても飲めないくせに。
 砂糖とミルクをたっぷりと入れて、甘いホイップクリームも入れない限りは。


 そんなわけだから、ブルーの家へと出掛ける休日、コーヒーは無い。
 無いと思っておいた方がいい、余程でないと出て来ないから。
 明らかにコーヒーと相性がいいと思えそうな料理、それが夕食に出た時だけ。
(普段だったら、あいつの親も…)
 きっと遠慮なく、そういう食事をするのだろう。
 食後は一杯の熱いコーヒー、それが似合いの夕食を。
 ブルーには「ほら」と紅茶を渡しておいて、父と母とがコーヒーで。
 長い年月、そうして来たに違いない。
 小さなブルーが生まれる前から、両親はカップルなのだから。
 ブルーが赤ん坊だった時やら、紅茶も飲めないチビだった時代。
 食事をしながらブルーをあやして、あるいは同じテーブルに着いて、両親は好きな飲み物を。
 そうやって育った小さなブルーは、きっと怒りはしないから。
 両親が食後にコーヒーを美味しく飲んでいたって、それはいつもの光景だから。
 「ぼくにはコーヒー、出さないでよ?」と自分から念を押しそうなほどに。
 その苦いのは飲めないからと、ちゃんと紅茶を淹れて欲しいと。
(しかしだ、俺が其処に加わると…)
 ガラリと変わってしまう事情。
 小さなブルーは仲間外れで不満たらたら、子供らしく文句を言うものだから。
 「紅茶、ぼくだけ?」と残念そうな顔をするものだから。
 せっかくの和やかなお茶の時間に漂う不協和音。
(お父さんたちと俺の話が、弾んでいれば弾むほど…)
 ブルーの顔にありありと浮かぶ、「コーヒーなんか」という不満そうな色。
 なんだって今日はコーヒーなのかと、食後は紅茶でいいのにと。
 もちろんブルーの両親も気付く、可愛い息子の不平と不満。
 ゆえに避けられるコーヒーが似合う夕食のメニュー、ブルーのためにと。
 多分、自分が行く日だけ。
 両親しかいない食卓だったら、ブルーには慣れたことなのだから。
 一人だけ紅茶を出されても。両親はコーヒーを楽しんでいても。


 今日も出ないで終わったコーヒー、影も形も無かったコーヒー。
 ひたすら紅茶ばかりの一日、夕食の後も出なかった。
(…ちょっとだけ期待してたんだがな?)
 もしかしたら、と。
 この料理ならばコーヒーも合うし、出て来るかも、と。
 ブルーの両親は知っているから、コーヒー党だということを。
 けれど外れてしまった期待。
 いつもの通りに食後は紅茶で、小さなブルーの好みが優先。
 両親にとっては可愛い一人息子な上に…。
(俺のいない日なら、コーヒー、飲み放題だしなあ…)
 コーヒーも紅茶も合うメニューならば、自分がいる日は紅茶の方を選ぶだろう。
 大事な息子が膨れっ面にならないように。
 「ぼくだけ紅茶?」と零さなくても済むように。
 だから出ないで終わったコーヒー、食後も紅茶が淹れられただけ。
 お蔭で、帰ってから淹れたこのコーヒーが…。
(美味いんだ、実に)
 生き返るような気がするな、と言いたいほどに。
 これが飲みたかったと、この味だと。
(朝に飲んで、それっきりだしな?)
 自分はコーヒー党なのに。
 前の生でも、今の生でも変わりなく。
 学校で仕事をしている時でも、休憩となればコーヒータイム。
 コーヒーを好む同僚たちと飲んだり、一人でゆっくり楽しんだり。
(あいつと再会出来たのはいいが…)
 コーヒー切れになっちまうんだ、と漏らした苦笑。
 朝に飲んだら、後は夜までお別れだから。
 いくら飲みたくても、コーヒーが出ないブルーの家。
 運が良くても、コーヒーが飲めるのは夕食の後。
 それまでは決して出ないのだから。


 小さなブルーは愛おしいけれど、チビでも恋人なのだけれども。
(コーヒー切れはなあ…)
 今の俺には辛いんだ、と嘆きたい気分。
 青く蘇った水の星の上、生まれ変わって生きた年月。
 前の自分の記憶が戻って来るまで、謳歌していた今の人生。
 コーヒーを好む年になったら、飲みたい時に飲んでいた。
 休み時間はもちろんのことで、家でも、出掛けて行った先でも。
(すっかりコーヒーに慣れちまったのに…)
 まさかコーヒー断ちの刑を食らうとは、夢にも思っていなかった。
 恋人の家に出掛けたが最後、夜まで飲めなくなるコーヒー。
(前の俺はよく我慢したなあ…)
 あいつと恋人同士になってから何年なんだ、と折ってみた指。
 今の自分が生きて来たより遥かに長い、その歳月。
 よくもコーヒー断ちに耐えたと、流石はキャプテン・ハーレイだった、と舌を巻く。
 俺ならとても耐えられはしないと、何処かでコッソリ飲むだろうと。
 そうでなければブルーが怒っていたとしたって、「私はコーヒー党ですから」と宣言だとか。
(しかし、どっちもやらなかったわけで…)
 ひたすらブルーに付き合い続けた、前の自分のお茶の時間。
 紅茶党だった前のブルーと飲んでいた紅茶、コーヒーはたまに淹れただけ。
(…なんて忍耐力なんだ…)
 本当に俺には真似が出来ん、と思った所で気が付いた。
 キャプテン・ハーレイだった前の自分は、確かに忍耐強かったけれど。
(…キャプテンの仕事は、ブリッジ勤務…)
 おまけに年中無休だった、と思い出した前の自分の職業。
 ミュウの仲間を乗せた箱舟、楽園という名のシャングリラ。
 その楽園の舵を握っていたから、土曜も日曜もあるわけがない。
 纏まった休みがありはしないし、朝から晩まで青の間でブルーとお茶を飲むなど…。
(出来るわけがないんだ、そんな過ごし方…!)
 何処かで行かねばならないブリッジ、キャプテンだった自分の職場。
 行けない理由がない限り。…それこそ病気でもしない限りは。


(ブリッジ勤務をしてたってことは…)
 何処かで休憩時間が入る。
 長時間、一人で舵を握っている時であっても。
 此処は自分にしか出来ない時だ、と懸命に舵を握った後には、必ずあった休憩時間。
 「お疲れ様です」と誰かがコーヒーを淹れてくれたり、休憩室に出掛けたり。
 そうでない日も、ブリッジにいれば巡ってくるのが休憩時間。
 集中力を切らさないために、リフレッシュして仕事に取り組むために。
(…そういう時には、俺はコーヒー…)
 淹れて貰ったり、自分で淹れたり、ホッと一息のコーヒータイム。
 いつもコーヒーを口にしたのがキャプテン・ハーレイ、ブリッジ勤務の息抜きに。
 つまりは、前の自分の場合は…。
(コーヒー切れは有り得なかったんだ…!)
 ブルーと一日、一緒にいたりはしなかったから。
 「またコーヒーかい?」と顔を顰めた前のブルーは、いつも一緒ではなかったから。
 前の自分が何を飲もうが、自分の勝手。
 嫌がるブルーがいないのだったら、コーヒーを好きに飲めるのだから。
(うーむ…)
 前の俺はコーヒー断ちなどしていなかった、と気付いたけれど。
 少し羨ましい気もするのだけれども、それを言ったら神様の罰が当たるだろう。
 今はブリッジ勤務などは無くて、小さなブルーと午前中からずっと一緒で…。
(夜までコーヒー断ちでも、だな…)
 のんびりとお茶で、食事で、お喋り。
 ブリッジへ仕事に急ぐ代わりに、ブルーの部屋で椅子に座って。
 贅沢すぎる時間を過ごしているらしいのが、自分だから。
 その副産物がコーヒー断ちだから、不満を言っては駄目だろう。
 休日があって、それをブルーと過ごすのだから。
 コーヒー断ちがセットとはいえ、山ほどの時間をブルーと過ごしていられるのだから…。

 

        山ほどの時間・了


※ブルー君の家に出掛けたら最後、コーヒー断ちになってしまうらしいハーレイ先生の休日。
 前の生ではコーヒー断ちはしてないそうです、でもコーヒーより二人一緒の休日ですよね?





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「ハーレイ、夜逃げの危機って何?」
 小さなブルーに尋ねられたから、ハーレイの方が面食らった。
 ブルーと二人で生まれ変わって来た、青い地球。
 蘇った青い水の星は平和で、誰もが幸せに暮らしている時代。地球でなくても、広い宇宙で。
 つまり「夜逃げ」などは、あるわけがなくて。
(…古い本でも読んだのか?)
 きっとそうだな、と考えたから、穏やかな笑みを浮かべて返した。
「そんな言葉を何処で覚えた?」
 夜逃げの危機とは穏やかじゃないが…。いつの時代の本なんだ?
 前の俺たちが生きた時代も、今の時代も、夜逃げなんかは無い筈なんだが。
 夜逃げの危機もな。
「えっと…。本じゃなくって…」
 ブルーは赤い瞳を何度か瞬かせてから、「ホントにあるの?」と訊いて来た。
 「夜逃げ」という言葉と「夜逃げの危機」。
 そういう言葉は本当にあるのかと、遠い昔には有ったのかと。
「まあな。今の時代じゃ、とうに死語ってヤツなんだが…」
 いや、古語なんだと言うべきか。
 SD体制に入るよりも前は、そいつは存在していたからな。
 それで、お前は何処でその言葉を知ったんだ?
 夜逃げも、それに夜逃げの危機も。
「んーと…」
 お告げかな?
 ホントにそういう言葉があるなら、お告げなんだよ。


 そうだと思う、とブルーが答えた「お告げ」なるもの。
 お告げとくれば、それは神様が下さるもので。
 どう転がったら小さなブルーが貰えるのかも不明な上に…。
(…夜逃げの危機だぞ?)
 あまりに変だ、と思うけれども、今の状況をよくよく考えてみれば。
(ブルーは聖痕を持っているわけで…)
 そのお蔭で再会出来たわけだし、自分とブルーの記憶も戻った。
 遠い昔にはどう生きていたか、前の自分たちは誰だったのか。
 つまりブルーは神から深く愛された存在、聖痕をその身に貰えるほどに。
 ならば、お告げを貰うことだってあるだろう。
 少々、いや、かなり物騒な中身だとはいえ、「夜逃げの危機」というお告げを。
(…相当にヤバイ感じだが…)
 確認せねば、と思ったお告げ。
 ブルーは何処でそれを聞いたか、どんな具合に貰ったのかを。
 だから…。
「お前、そいつを何処で貰った?」
 夜逃げの危機っていうお告げ。
 誰がお前にくれたというんだ、その妙なヤツを。
「何処って…。夢の中だけど…」
 夢で聞いたんだよ、夜逃げの危機だ、って。
 このまま行ったら夜逃げなんだって。


 ますますもって穏やかではない、夜逃げの危機。
 「このまま行ったら」と前置きがあるなら、もう本物の夜逃げだろう。
 借金がかさんでどうにもならないとか、毎日のように取り立てが押し掛けてくるだとか。
 とてもマズイから、とにかく逃げる。
 行き先も告げずにトンズラすること、それがいわゆる「夜逃げ」なる言葉。
 いったい誰が夜逃げなのか、と寒くなった背筋。
 お告げを聞いた、ブルーの身に危機が迫っているだとか…?
「…ブルー、聞かせてくれないか?」
 誰が夜逃げをすると言うんだ、夜逃げの危機なのは誰なんだ?
「分かんないけど…。そう聞こえたよ?」
 ぼくとハーレイがいる世界じゃなくって、此処を覗いている誰か。
 楽しく見ていたらしいけれども、なんだかリーチでヤバイんだって。
「ふうむ…。そいつはよく分からんな」
「でしょ? ぼくにも全然、意味が分からなくて…」
 だけど焦っているみたい。
 夜逃げってなあに、どういうものなの?
「ああ、それはだな…」
 ずっと昔の時代の話だ。
 商売をやってて失敗するとか、借りた金が返せなくなるだとか。
 今の時代は、そういう危険は無いわけだが…。
 SD体制の時代にキッチリ作っちまったしな、セーフティーネットというヤツを。
 だが、それよりも前の時代はそいつが無かった。
 借金まみれで返せなくなったら、家を放り出して逃げるしかない。
 しかし昼間に逃げて行ったら、誰かがしっかり見ていそうだろう?
 それで真っ暗な夜の間にコッソリ逃げるというわけだ。
 だから夜逃げで、夜逃げの危機っていうのも、もう分かるだろ?


 此処まで言えば、と話してやったら、ブルーは「うん」と頷いた。
「分かった…。それじゃ、夜逃げの危機って人は…」
 ぼくたちの世界に夢中になってて、借金が増えてしまったのかな?
 覗く度にお金が必要なのかもしれないね。…ぼくたちの世界。
「それはあるかもしれないな。…拝観料っていうヤツで」
 一度覗くにはこれだけです、と神様が集めているかもなあ…。
 やっと蘇った地球なんだから。
 他の世界から覗きに来る人がいたら、今までにかかった経費を頂くとかな。
「ありそうだよね、それ…」
 神様だって、とっても大変だったんだろうし…。
 滅びちゃった地球を作り直して、今みたいな青い地球にするのは。
 タダで見るより、お金を払って下さいね、って言われそう。
 きっと天使が料金箱を持ってるんだよ、「大人は一回これだけです」って。
 子供だったら半額だとか、学生割引もありそうだよね。
「拝観料を払い過ぎたわけだな、夜逃げの危機だっていう奴は」
 自業自得だ、自分の懐具合も把握出来ないようでは話にならん。
 俺たちの世界を覗くのはいいが、覗きすぎちまって夜逃げの危機っていうのはなあ…。
「うん…。ぼくもそう思うよ、お小遣い帳、つけていなかったんだよ」
 どれだけ減ったか、ちゃんと書いてたら大丈夫なのに…。
 今月はこれだけ払っちゃったから、もう我慢、って覗かなかったら大丈夫なのに。
 お小遣いの前借り、許して貰えなくなるよりも前に。
「まったくだ。もう馬鹿だとしか言いようがないな」
 こんな世界を覗き過ぎちまって、夜逃げの危機に陥るなんて…。
 だがまあ、夢の話だしな?
 神様が拝観料を取りすぎるってこともないだろう。
 夜逃げの危機だと叫んでる奴を、本物の夜逃げに追い込んだりはしないさ、うん。


 お告げじゃなくって、ただの夢だな、と笑ったハーレイ。
 「夢のお蔭で一つ知識が増えただろうが」と。
 夜逃げという古語を覚えられたし、賢くなったと思っておけ、と。
「そっか、うんと昔の言葉だもんね!」
 ハーレイ、それって古典の授業で出て来たりする?
 有名なお話に出て来るんなら教えてよ、と小さなブルーは御機嫌で。
 ハーレイの方も、「さてなあ…?」などと、自分の頭のデータベースを調査中だけれど。
 二人揃って夜逃げを話題に、ブルーの部屋でお茶を楽しんでいるのだけれど…。


「マジでヤバイって…!」
 もう本当に、と焦っている馬鹿が一人いた。
 青い地球での、小さなブルーとハーレイのとても微笑ましい恋物語。
 それをせっせと覗き込んでは、幸せに浸っている人間。
(もう大赤字…)
 拝観料を支払い続けて、既に2年を超えたのだけれど。
 少しでも回収しようと思って、自分が眺めた恋物語を下手な文章で綴るのだけれど。
 それがサッパリ売れてくれない、滅多に読みに来て貰えない。
(pixivに置いてるチラシの方は…)
 たまに手に取って貰えるというのに、肝心の店がサッパリだった。
 2016年1月末で108話ほど並べた、「ハレブル別館」という名の本店。
 そちらのお客は860名、たったそれだけ。
 ショートが170話ほど並んだ、「つれづれシャングリラ」なる支店ときたら…。
(……84名様……)
 営業開始から1年とはいえ、あまりに悲惨な営業成績。
 本店も支店も大赤字どころか、何処から見たって倒産の危機で。


(激しくヤバすぎ…)
 客を呼ぼうとした多角経営、そいつが更に引っ張った足。
 従来の客まで逃がしたらしくて、先週、ついに閲覧者ゼロと相成った。
 1週間の間に来た客がゼロで、「いらっしゃいませ」とも言えない有様。
(…ハレブル抱えて夜逃げするしか…)
 ないんだろうか、と泣きたいキモチの大馬鹿が一人、マジで夜逃げの危機だけれども。
(倒産したって…)
 覗きたいのが青い地球なわけで、生まれ変わったハーレイとブルーの恋物語。
 質屋に散々通い続けて、もはやホームレス寸前なのに。
 家とパソコンしか持っていなくて、食べる物にも困っているのに。
(…誰か、お客様…)
 少しでいいから、お客様が来てくれないだろうかと、マジで誰か、と絶叫する馬鹿。
 このまま行ったらマジで夜逃げだと、拝観料だってもう払えないと。


 そんなこととは夢にも知らない、ハーレイとブルーはティータイム中。
 遠い昔は存在していた「夜逃げ」について語り合いながら。
「差し押さえなんかもあったらしいな」
 こう、ベタベタと赤札を貼られて、貼られた道具は使えないんだ。
「ふうん…? 赤い札なら、シャングリラに貼ったら目立ちそうだね」
 赤と白だし、おめでたい感じがするじゃない。
 あっ、でも…。差し押さえられたら使えないんだよね、シャングリラ…。
「そうなっちまうな、舵輪にもベッタリ貼られちまうんだ、赤札を」
 昔は怖い時代だったんだよなあ、今はすっかり平和だが…。
 お前が見ちまった変な夢にしても、仮に本当だとしたって、だ…。
 計画性のない奴が悪いな、きちんと計算しないとな?
 自分の財布の中身ってヤツも分からないんじゃ、本当に夜逃げになっちまう。
 取り返せるといいんだがなあ、その借金。
 俺たちはこんなに幸せなんだし、それを見過ぎて夜逃げなんかは、本当に可哀相だしな?


 そうは言っても、来ないのがお客様だった。
 倒産寸前の赤字サイトで、夜逃げの危機の馬鹿は叫び続ける。
 「誰か助けて」と、「マジでヤバイ」と。
 このまま行ったら本気で倒産、ハレブルを抱えて夜逃げしかないと。
 pixivに置くためのチラシを刷るにも、先立つモノが要るんだから、と…。

 

       夜逃げの危機です・了


※激しく赤字な、管理人の懐具合とやら。ここまで人が来ないというのが泣ける現実。
 もうヤケクソだとネタにしたオチ、頭に「夜逃げ」って浮かんだから…。





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(今日も握って貰ったんだけど…)
 とても温かかったけれど、と小さなブルーが眺めた右手。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、お風呂上がりにパジャマ姿で。
 一人、ベッドにチョコンと座って。
 その手を温めてくれていた人は、とうに帰ってしまったから。
 温かくて大きな手の持ち主は、自分の家へと帰ったから。
 「またな」と軽く手を振って。
 いつも右手を温めてくれる、その手で別れの合図をして。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、手を伸ばしても届かない。
 温かい手は此処には無くて、何ブロックも離れた所。
(今頃は、きっと…)
 コーヒーを満たしたマグカップを持っているのだろう。
 取っ手にしっかり指を通して、握っているのはマグカップ。
 そうでなければ、白い羽根ペン。
 日記を書こうと、インクに浸して。
 恋人のことなど書いてくれない日記を、航宙日誌を書くかのように。
 中身はせいぜい今日の天気と、出掛けていたということくらい。
 「ブルーの家へ」と書いてはくれずに、「生徒の家へ」と。
(…どうせ、そういう書き方なんだよ…)
 恋人どころか名前も書かずに、「生徒」とだけ。
 前のハーレイの航宙日誌もそうだったっけ、と零れる溜息。
 「俺の日記だ」と決して読ませてくれなかったから、あれこれ想像していた中身。
 けれども、前の自分との恋は微塵も書かれていなかった。
 だから今度の日記も同じで、書かれはしない恋のこと。
 今日も二人で過ごしていたのに、右手も握って貰ったのに。


 恋人同士で手を握り合うのとは少し違った、右手を握って貰うこと。
 前の自分の悲しすぎた最期、それを和らげて貰うこと。
 起こってしまったことは変わりはしないけど。
 時の彼方に戻れはしないし、最期は変えられないけれど。
(でも、悲しくて辛かったんだよ…)
 前の自分が失くしてしまった、右手に持っていたハーレイの温もり。
 最後まで持っていたいと願って、それを貰って行ったのに。
 別れ際に触れたハーレイの左腕から、そっと。
 この温もりを持っていたなら、自分は一人ではないのだと。
 けれど、落として失くしてしまった。
 青い光が溢れるメギドの制御室で。
 キースに撃たれた傷の痛みで、それに耐えるのが精一杯で。
(気が付いた時には、失くしちゃってた…)
 最後に右の瞳を撃たれて、真っ赤に塗り潰された世界で。
 半分だけになった視界が戻った時には無かった温もり。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、独りぼっちになっていた自分。
 最後まで一緒の筈だったのに。
 右手の温もりをしっかりと抱いて、永遠に眠る筈だったのに。
(前のぼく、泣いて…)
 泣きじゃくりながら死んでしまった、独りぼっちで。
 もうハーレイには二度と会えないと、死よりも恐ろしい絶望の中で。


 それで終わりで、前の自分は消えたのに。
 奇跡のように貰った新しい命と、新しい身体。
 青く蘇った水の星の上で。
 ハーレイと二人、青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた。
 絆は切れてしまっていなくて、恋の続きが始まったけれど。
 幸せな日々が訪れたけれど、消えてくれない悲しい記憶。
 右手が凍えたメギドでの最期、だからハーレイに強請ってしまう。
 「温めてよ」と右手を差し出して。
 大きな褐色の手で握って貰って、その温もりで包んで貰う。
 前の自分が持っていた温もり、それは微かなものだったのに。
 ハーレイは制服を纏っていたから、その腕から貰った温もりだから。
(ほんのちょっぴりだったんだよ…)
 本当に僅かだった温もり、けれど大切だった温もり。
 貰ったものより遥かに温かく、頼もしく感じられた温もり。
 「此処にハーレイがいるんだから」と。
 一人ではないと、ハーレイも一緒なのだから、と。
(ちょっぴりでも、とても温かかった…)
 温かくて大切だったのに、と今でも思い出せる悲しみ。
 失くしてしまって、独りぼっちで泣きながら死んだ時の悲しみ。
 だからハーレイに強請ってしまう、「温めてよ」と。
 今日も強請って、貰った温もり。
 温かくて幸せだった時間を過ごして、お茶を飲んだり、食事をしたり。
 そしてハーレイは帰ってしまった、「またな」と軽く手を振って。
 何ブロックも離れた所へ、あの温かな手を連れて。


(今は、羽根ペンかマグカップ…)
 それが独占しているのだろう、ハーレイの手を。
 此処にあった時は、「温めてよ」と強請れば右手を優しく握ってくれたのに。
 優しく包んでくれていたのに、あの手は帰って行ってしまった。
 ハーレイと一緒に家に帰って、今は羽根ペンかマグカップの面倒を見ているのだろう。
 自分はポツンと置いてゆかれて、独りぼっちになったのに。
 両親がいる暖かな家でも、ハーレイは此処にいないのに。
(温めて欲しくても、あの手は無くて…)
 羽根ペンかマグカップに盗られてしまった、温かな手を。
 いつも温もりを分けてくれる手、好きでたまらない恋人の手を。
(いいな、マグカップは…)
 それに羽根ペン、と羨ましくなるハーレイの持ち物。
 ハーレイの家で一緒に暮らして、あの手で握って貰える物たち。
 他にも幾つも、幾つもある筈。
 新聞はその日限りの付き合いだけれど、本なら何度も手に取るだろうし…。
(お皿も、フォークも…)
 ハーレイの温もりを貰い放題、あの手を独占し放題。
 出番となったら、何度でも。
 自分のようにポツンと置いてゆかれはしなくて、ハーレイが帰って来る家で。
 留守にしていても、ちゃんと帰って来る家で。
(いいな…)
 羨ましいな、と思い浮かべる本やお皿や、フォークやスプーン。
 ハーレイの家にあるというだけで、何度も握って貰えるのだから。
 大きなあの手で、温かくてがっしりしている手で。


 羨ましい羽根ペンやマグカップたち。
 ハーレイの家で暮らす物たち、どれもハーレイに握って貰える。
 日記を書こうとしたなら羽根ペン、コーヒーを飲むならマグカップ。
 食事をするならお皿やフォークで、本を読むなら、その日のお供をする本が。
(羽根ペンとかマグカップになりたいよ…)
 いつでも握って貰えるんだもの、と眺めた自分の小さな右手。
 ハーレイに置いてゆかれた手。
 この家に置き去りにされてしまって、羽根ペンたちがハーレイと一緒。
 「お帰りなさい」とハーレイを迎えて、日記を綴る役に立ったり、熱いコーヒーを満たしたり。
 フォークやスプーンも、明日の朝にはきっと出番がやって来る。
 あの大きな手に握って貰って、ソーセージやマーマレードを運んで。
(ぼくの手は握って貰えないのに…)
 ハーレイの家に、自分は出掛けてゆけないから。
 前と同じに育つまでは駄目で、行っても入れては貰えないから。
 羨ましくてたまらない物たち、ハーレイの家に住む物たち。
 マグカップも、羽根ペンも、色々な本も。
 フォークもスプーンも、それにお皿も。
(ホントにいいな…)
 いつもハーレイと一緒に暮らして、握って貰える色々な物。
 自分は「またな」と置いてゆかれて、一人ポツンと座っているのに。
 ハーレイと一緒に帰りたくても、連れて帰っては貰えないのに。
(ぼくの手、握って欲しいのに…)
 昼間みたいに温めてよ、と心でどんなに呼んでみたって、いないハーレイ。
 何ブロックも離れた所で、他の何かを握っているから。
 羽根ペンだとか、マグカップとかを。


(いいな、羽根ペン…)
 それにマグカップ、と思った所で気が付いた。
 今は離れて暮らしているから、右手を握って貰えないけれど。
 羽根ペンやマグカップにハーレイの手を盗られたけれども、きっといつかは…。
(ぼく、ハーレイと暮らすんだよね?)
 前と同じに育ったら。
 結婚出来る年になったら、ハーレイと結婚するのだから。
 そしたら自分も、今の羽根ペンやマグカップたちと同じにハーレイの家に住む。
 「お帰りなさい」とハーレイを迎えて、抱き付いてキスも出来る筈。
 右手を握って貰うどころか…。
(一緒に食事で、一緒に眠って…)
 身体ごと抱き締めて貰えるのだった、その時が来たら。
 ハーレイは羽根ペンやマグカップたちよりも、自分の方を選んでくれる筈だから。
(ぼくとコーヒー、どっちが大事、って…)
 尋ねた途端に、「お前に決まっているだろう!」と返って来そうな答え。
 たとえ相手が日記でも。
 「どっちが大事?」と訊いたなら。


 きっといつかは、あの大きな手を独占できる時が来る筈。
 羽根ペンよりも、マグカップよりも、大切に握って貰えそうな右手。
 もう何年か経ったなら。
 ハーレイと一緒に暮らす時が来たら。
(それに、家だけじゃなくて…)
 外でも握って貰えるのだろう、「温めてよ」と強請らなくても。
 手を繋いで二人でデートする時は、今よりもずっと幸せな気持ちで…。
(右手、握って貰えるよね?)
 ハーレイと並んで歩くんだから、と胸がじんわり温かくなる。
 早くその日が来るといいなと、いつも右手を握って貰って二人一緒に歩くんだもの、と。
 あの手で握って貰えるのならば、右手でなくてもかまわない。
 右手だろうが、左手だろうが、キュッと握ってくれるなら。
 そんな気持ちさえしてくる不思議。
 「右手でなくてもかまわないよね」と、「握ってくれる手はどっちでもいいよ」と。
 きっとその頃には、右手に残った悲しみも消えて、幸せ一杯だろうから。
 ハーレイと二人で並んで歩いて、二人一緒に暮らすのだから…。

 

        握って欲しい手・了


※羽根ペンやマグカップが羨ましくなったブルー君。いつもハーレイに握って貰えるから、と。
 でも、結婚したら握って貰い放題になるのがブルー君の右手。幸せな未来が待ってますv





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