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(…そろそろかな?)
 ハーレイが持って来てくれるかな、と小さなブルーが眺めた瓶。
 金色をしたマーマレードが入っている瓶、かなり減った中身。
 夏ミカンの実で作られたそれは、ハーレイが届けに来てくれる。
 残りが少なくなってきた頃に、「ほら」と金色がたっぷり詰まった瓶を。
 だからもうすぐ、とスプーンで掬ってトーストに塗った。
 夏ミカンの実の金色を。
 お日様の光をギュッと集めて作ったみたいな、少しビターなマーマレードを。
 キツネ色に焼けたトーストに似合う、金色に輝くマーマレード。
 齧ると胸に溢れる幸せ、「ハーレイの朝御飯とおんなじ味」と。
 ハーレイもトーストを食べているなら、きっと同じになるのだろう。
 隣町にある家で、ハーレイはこのマーマレードを食べて育ったらしいから。
 今もやっぱりお気に入りの味で、朝食に欠かせないらしいから。
(ホントにいいもの、貰っちゃった…)
 それに美味しい、と顔が綻ぶ。
 ハーレイの母の手作りだというマーマレードは、何か賞でも取れそうな味。
 母だって、前にそう言っていた。
 「マーマレードのコンクールに出せば、賞が取れると思うわよ?」と。
 残念なことに、自分やハーレイが暮らす地域に、そのコンクールは無いけれど。
 もしもあったら、本当に賞が取れるだろう。
 このマーマレードを食べた後では、市販品だと物足りないから。
 「ハーレイがくれたマーマレードの方がいいな」と、子供の自分でも思うのだから。
 そんな素敵なマーマレードを、今朝も美味しく食べられた。
 休日の朝だから、ゆっくりと。
 この味が好き、とトーストと一緒に噛み締めながら。


 朝御飯の後は二階の自分の部屋に帰って、きちんと掃除。
 ハーレイが来てくれる前にと、テーブルも椅子もちゃんと並べて。
 それが済んだらハーレイを待つだけ、今日はあるかもしれないお土産。
 マーマレードが詰まっている瓶、金色が詰まったガラス瓶。
 大きな瓶は、ハーレイの母が蓋をした瓶。
 マーマレードが傷まないよう、きっちりと。
(そのまま、開けていないんだから…)
 瓶の中には、きっと素敵な場所の記憶も詰まっている筈。
 ハーレイが育った隣町の家、其処のキッチンの優しい光景。
 採れたばかりの夏ミカンの実を、「まだまだあるぞ」と運び込んでいるハーレイの父。
 それを洗って皮を剥いてゆくハーレイの母。
 皮を刻んで、中の実も使って、大きな鍋でグツグツ煮詰めてゆくのだろう。
 とても美味しいマーマレードを作り上げるために、焦げないように。
(そういう景色も詰まってるよね…)
 瓶の蓋を開けたら、ふわりと広がるかもしれない。
 ハーレイの両親の声や笑顔や、キッチンに溢れる夏ミカンの匂い。
 もいだばかりの実の匂いだとか、皮を剥いた時の酸っぱい匂い。
 マーマレードが煮える甘い匂いも、温かな湯気も。


(前のぼくなら、分かるんだけどな…)
 知りたいと思えば、探れただろう思念の残り。
 瓶の蓋を閉めたハーレイの母が残した、キッチンの記憶。
 心をこめて閉めた蓋なら、きっと思いが残るから。
 「美味しく食べて貰えますように」と、ハーレイの母が閉めた蓋。
 その時にキッチンにあった空気も、匂いも残っているだろう。
 さっき想像してみた光景、それの欠片がきっと幾つも。
(…ちょっと覗いてみたいよね?)
 どんな景色か、幸せが溢れるキッチンを。
 黄色く熟した夏ミカンの実が、山と積まれたキッチンを。
 けれど出来ない、叶わない夢。
 今の自分は、タイプ・ブルーというだけだから。
 名前ばかりの強いサイオン、実の所は不器用な自分。
 思念波もろくに紡げはしないし、前の自分とは大違い。
 マーマレードの瓶の蓋を開けても、見えるわけがない素敵な光景。
 蓋を開けたら、マーマレードが見えるだけ。
 誰もスプーンを突っ込んでいない、詰めた時のままのマーマレードが。
 滑らかな金色が詰まっているだけ、幸せな景色は見えてはこない。
 どんなに努力してみても。
 ウンウン唸って頑張ってみても、マーマレードしか見えない自分。
 タイプ・ブルーとは名前ばかりで、何も出来ないから。
 不器用すぎるチビの自分は、手も足も出ない夢の瓶なのだから。


 悔しいけれども、それが現実。
 読み取れはしない、ハーレイの母が残した思念。
 マーマレードがたっぷり詰まった大きな瓶を、ハーレイが届けてくれたって。
 「ほら、持って来たぞ」と、新しい瓶をくれたって。
 蓋を開けても見えない光景、幸せなそれが見たいのに。
 ハーレイと自分が結婚すると聞いて、「新しい子供が出来た」と喜んでくれた人たちを。
 まだ結婚もしない内から、家族だと思ってくれる人たち。
 優しくて温かいハーレイの両親、その人たちがいるキッチンを。
(見たいんだけどな…)
 いつか自分を迎えてくれて、両親になってくれる人たち。
 夏ミカンのマーマレードを毎年、毎年、作る人たち。
 太陽の色に熟した果実を、キッチンに山と積み上げて。
 沢山のマーマレードを作って、ご近所や友人に配る人たち。
 少しでいいから見てみたいのに、今の自分は見られない。
 前の自分なら、きっと簡単だっただろうに。
 マーマレードの瓶を手にして、蓋の上に手を重ねたら。
 蓋を閉めるのに使った力は、どんな具合かと追い掛けたなら。
(ハーレイのお母さんの心ごと…)
 キッチンも、其処に漂う匂いも、マーマレードの鍋だって見えた。
 瓶に詰める前の、煮詰める途中の甘い金色。
 それを木べらで混ぜている手も、きっと簡単に見えたのに…。


 今の自分はまるで駄目だ、と零れた溜息。
 ハーレイがそろそろ、新しい瓶をくれそうなのに。
 「切れちまう前に持って来ないとな?」と、「約束だしな」と、マーマレードを。
 せっかく素敵な瓶を貰っても、今の自分には使えない魔法。
 魔法だとしか思えないサイオン、そのくらい不器用になってしまった自分。
(なんで、こうなの?)
 前のぼくみたいな力があれば、と悔しくてたまらないけれど。
 マーマレードの瓶に詰まった夢の光景、それを覗き見したいのだけれど。
 まるで出来ないから、いつか本当に行ける時まで我慢するしかないのだろう。
 ハーレイの車の助手席に乗って、隣町の家に行く日まで。
 庭の大きな夏ミカンの木を、この目で眺めて見上げる日まで。
(マーマレードを作る時にも…)
 きっと連れて行って貰えるだろうし、そしたら現実になる光景。
 キッチンに運び込まれる夏ミカンの実も、マーマレードを煮詰める鍋も。
(ぼくも、お手伝い…)
 出来るといいな、と描いた夢。
 マーマレードを上手に煮るのは無理でも、実を洗うことは出来るから。
 皮を上手に刻めなくても、果汁は搾れるだろうから。
 そういう時がやって来るまで、見えないらしい幸せなキッチン。
 マーマレードの新しい瓶は、キッチンの記憶を秘めているのに。
 出来上がった時に閉めたままの蓋、それを開けたら中から夢が溢れ出すのに。


 どうして自分は駄目なのだろうと、前のぼくなら、と悲しい気持ち。
 ハーレイが届けてくれる瓶から、前ならきっと見えたのに。
(…マーマレードの瓶の蓋…)
 こんな風に手を重ねるだけで、と自分の左手に重ねた右手。
 左手が瓶の蓋のつもりで、そっと重ねてみたのだけれど。
(えーっと…?)
 この手、と見詰めた自分の右手。
 冷たく凍えてしまったのだった、前の自分の右の手は。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、メギドで独りぼっちになった。
 そして泣きながら死んでしまった、ハーレイには二度と会えないと。
 温もりを失くして右手が凍えて、絆が切れてしまったから。
(でも、生きてる…)
 いつも忘れてしまうのだけれど、新しい身体と、新しい命。
 それをもう一度貰ったのだった、青い地球の上で。
 ハーレイと二人で生まれ変わって、今度は幸せになれるよう。
 平和な時代に、前の自分が焦がれた星で。
 今度は恋を隠すことなく、いつか迎えるハッピーエンド。
 その先で出会える夢のキッチン、ハーレイの母がマーマレードを作るキッチン。
 甘い匂いも、もぎたての夏ミカンの酸っぱい匂いも、全部いつかは本当になる。
 マーマレードの瓶の蓋から、記憶を何も読み取れなくても。
 其処に詰まった夢の景色を見られないほど、サイオンが不器用な自分でも。


 そうなのだった、と気付いた今。
 幸せすぎる毎日ばかりで、それが当たり前になってしまって、零してしまった小さな不満。
 「前のぼくなら」と、「マーマレードの瓶の蓋から」と欲張って。
 隣町の家の幸せなキッチン、それを見たいと望んだけれど。
 そういう力を持っていた頃は、そんな夢など見られなかった。
 前の自分も、前のハーレイも、シャングリラの中が世界の全て。
 庭に夏ミカンの大きな木がある家などありはしなかった。
 其処から届くマーマレードも、ハーレイの優しい父と母も。
(…欲張っちゃってた…)
 前の自分は持たなかった世界、それを自分は持っているのに。
 いつか必ず手が届くのに、先に見たいと欲張った。
 前の自分の力があればと、どうして今はそれが無いのかと。
(…あんな力があったって…)
 夢の世界が無いのだったら、手を伸ばしても届かないなら、意味などありはしないから。
 儚く消えてしまう夢より、手が届く世界がいいに決まっているのだから。
(欲張っちゃ駄目…)
 マーマレードの新しい瓶を貰えるだけで幸せだもの、とパチンと叩いた自分の頬っぺた。
 きっと今日あたり、ハーレイが届けてくれるから。
 お日様の金色を閉じ込めたような幸せの瓶が、この家にやって来るのだから…。

 

        マーマレードとぼく・了


※ハーレイ先生が届けてくれるマーマレード。その瓶に残った思念が見たいブルー君。
 「前のぼくなら…」と思う気持ちは分かりますけど、欲張りすぎたら駄目ですよねv





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(俺にとっては馴染みの味で…)
 朝の定番だったんだがな、とハーレイが眺めるマーマレード。
 トーストに塗り付けた蜜のような金色、夏の太陽を思わせる色。
 ガブリと齧れば、いつもの味。
 甘いけれども少しビターな、夏ミカンで出来たマーマレード。
 幼い頃から、朝のテーブルにあったそれ。
 大きなガラスの瓶に一杯、いつでも朝の日射しの中に。
(おふくろ、いつから作ってたんだか…)
 物心ついた頃には、今と変わらない味だった。
 きっとレシピも変わっていなくて、いつでも同じ味なのだろう。
(加減をするとは言ってたが…)
 その年の夏ミカンの出来に合わせて、入れる砂糖や蜂蜜の量を。
 煮詰める時間も変わるのだろう、夏ミカンの皮が含んだ水分の量も色々だから。
(俺も手伝ってはいたんだがなあ…)
 レシピそのものを聞いてはいない。
 わざわざ自分で作らなくても、不自由はしないマーマレード。
 隣町の家に出掛けて行ったら、大きな瓶を渡されるから。
 「ほら、いつもの」と手渡されるのが常だから。
 夏ミカンの金色が詰まった瓶を。
 母の手作りのマーマレードがたっぷり入ったガラスの瓶を。


 子供の頃から舌に馴染んだ味、一年に一度、母がせっせと作る味。
 自分が育った隣町の家、其処の庭にある夏ミカンの実で。
 庭のシンボルと言っていいほど、目立つ大きな夏ミカンの木。
 もっと背の高い木もあるというのに、幾つも実る金色の実。
 それがドッサリ、そのせいで目立つ。
 通りすがりの散歩の人でも、足を止めて暫し眺めるほどに。
 なんと見事な夏ミカンの木かと、手入れもきっと大変だろうと。
(大した手入れはしてないんだがな?)
 枝の剪定と、肥料を入れてやるくらい。
 手がかからないのが両親の自慢で、手間いらずで実る夏ミカン。
(おまけに、当たり外れもないし…)
 果樹にありがちな、当たり年とか外れ年。
 個人の庭で育つ果樹だと、気まぐれな木が多いもの。
 食べ切れないほどの実をつけた翌年、数えるほどしか実が出来ないとか。
(しかし、あの木は優秀な木で…)
 そうなったことは一度も無かった、自分の記憶にある限り。
 季節になったら実る金色、その数はいつも変わらない。
 数えていたなら、「今年は少し少ないな」と思う年もあるかもしれないけれど。
 ほんの二個だか、三個だかの差で。
 きっとそういう木なのだと思う、両親もそう言っているから。
 当たり外れのない夏ミカンの木だと、褒めるのを何度も聞いているから。


 夏ミカンの実は、秋に黄色くなるけれど。
 他のミカンとそっくりだけれど、食べようとしたら失敗する実。
 名前の通りに夏が食べ頃、正確に言うなら初夏の頃。
 それまでは酸っぱいだけのミカンで、甘くなるのは冬を越してから。
(甘くなったら、マーマレード作りの季節ってな)
 沢山の実をもいで、キッチンに運んで、其処で始まるマーマレード作り。
 母がグツグツと大鍋で煮詰める、太陽の金色のマーマレード。
(本当に俺には馴染みの味で…)
 朝のテーブルには欠かせないんだ、と眺めるマーマレードの瓶。
 トーストと一緒に頬張った味も、多分、一種のおふくろの味。
 料理とは違うものだけど。
 それだけで一品になりはしなくて、トーストに塗ったり、料理のソースの隠し味にしたり。
(まさか、こいつがプレゼントになるとは思わなかったぞ)
 両親はマーマレードが出来上がる度に、「どうぞ」と配って回るけど。
 近所の人や友人たちにと、届けに出掛けてゆくのだけれど。
(俺もお使いに行ったもんだが…)
 マーマレードの瓶を抱えて、近所の家へ。
 隣町の家に住んでいた頃には、「こんにちは」とチャイムを鳴らして。
 けれどそこまで、あくまで「お使い」。
 自分の友達にプレゼントしたりはしなかった。
 家に来た友達が「美味いな」と褒めたら、母が土産に持たせた程度。
 プレゼントするのは父か母かで、自分は常に脇役だった。


 ところが、今では変わった事情。
 夏ミカンの実のマーマレードを小さなブルーが食べている。
 前の生から愛したブルーが、生まれ変わって再び出会えた恋人が。
(あいつ、ホントに気に入っちまって…)
 まるで宝物のような扱い、マーマレードは金色なだけで、黄金とは違うものなのに。
 本物の金では出来ていないのに、顔を輝かせた小さなブルー。
 両親からの贈り物だ、と初めて届けてやった日に。
 「俺の嫁さんになるお前にプレゼントだそうだ」と、両親の言葉を伝えた時に。
 それは嬉しそうに、マーマレードの瓶を見ていたブルー。
 表向きはブルーの両親への御礼だったのに。いつも御馳走になっているから。
(そのせいで、先に食われちまったんだっけな)
 ふと思い出して、零れた笑い。
 小さなブルーが開けるよりも前に、マーマレードの瓶を開けてしまっていた両親。
 「ぼくよりも先に食べられちゃった」と、泣きそうな顔をしていたブルー。
 まるでこの世の終わりのように。
(親父たちからのプレゼントだしなあ…)
 自分が思ったよりも遥かに、ブルーには大切だったのだろう。
 両親から預かって来たマーマレードが、最初の贈り物だった瓶が。
 「パパとママも気に入ってるから、直ぐ無くなるよ」と肩を落としていたブルー。
 せっかく貰ったマーマレードなのに、アッと言う間に無くなっちゃう、と。
 だから、急いで慰めてやった。
 隣町の家で毎年、山のように実る夏ミカン。
 マーマレードも山ほど出来るし、またプレゼントしてやると。
 気に入ったのなら、いくらでも、と。


(そして、その通りになったんだよなあ…)
 隣町で暮らす両親にも、報告したから。
 小さなブルーは気に入ったようだと、これからも届けてやりたいと。
 もちろん喜んでくれた両親、「いくらでも持って行くといい」と。
 だから今では、自分からブルーへのプレゼント。
 「おふくろのマーマレードを届けに来たぞ」と、「そろそろ無くなる頃だろう?」と。
 大喜びで受け取るブルー。
 「ありがとう!」と、「ハーレイのお母さんたちにもよろしくね」と。
 今朝もブルーは食べているだろう、自分と同じに、あの金色を。
 夏ミカンの実のマーマレードを、キツネ色のトーストにたっぷりと塗って。
(俺がマーマレードを届けに行くのは、いつもお使いだったんだがなあ…)
 今じゃ俺からのプレゼントだ、と浮かべた笑み。
 前の生から愛したブルーに、心をこめて。
 「お前の好きなマーマレードだ」と、「また持って来てやるからな」と。
 恋人に贈るマーマレード。
 両親の使いで行くのではなくて、自分のために。
 小さなブルーの喜ぶ顔を見たいから。
 「ありがとう!」と弾ける笑顔が、もう嬉しくてたまらないから。
 なんとも素敵な贈り物になった、幼い頃からの馴染みの味。
 当たり前のように朝のテーブルにあった、夏ミカンの金色のマーマレード。
 それを恋人に届けにゆくのが今の自分で、マーマレードは立派な贈り物。
 作っているのは母だけれども、それはプレゼントにありがちなこと。
 店で買った品物を贈るのだったら、自分の手作りではないのだから。
 菓子にしたって、食べ物にしたって、プロが作ったものだから。


 だからいいんだ、と頬を緩めたマーマレードのプレゼント。
(あいつも喜んでくれるんだしな?)
 もう最高のプレゼントなんだ、とトーストに塗ったマーマレード。
 この味がいいと、おふくろの味だが今はブルーも気に入りの味、と。
(また、その内に届けてやらんと…)
 新しい瓶を持って行ってやろう、と思い浮かべたブルーの顔。
 きっと今度も喜んでくれる、「ありがとう!」と瓶を抱き締めて。
 「お母さんたちにもよろしくね」と、それは愛くるしい笑みを湛えて。
 本当に最高のプレゼントだな、とマーマレードの瓶を眺めて頷いたけれど。
(…待てよ…?)
 小さなブルーがいつも口にする、両親への言葉。
 「よろしくね」と、「ハーレイのお母さんたちにも」と。
 もしかしたら、マーマレードを届けにゆくのは自分だけれども、ブルーの中では…。
(おふくろたちからのプレゼントなのか…!?)
 気付いた瞬間、そうだと分かった。
 ブルーだけでなくて、自分の両親の方もそのつもり。
 隣町の家に出掛けて行ったら、「ブルー君の分も」と持たされるから。
(俺は今でも、お使いだってか…?)
 マーマレードの瓶を届けに出掛ける先が変わっただけか、と苦笑するしかない現実。
 どうやら自分は変わらないらしい、隣町の家にいた頃と。
 近所の家へと瓶を抱えて、お使いに出掛けていた頃と。
(まあ、いいんだがな…)
 小さなブルーが、マーマレードを喜んで貰ってくれるなら。
 笑顔になってくれるのだったら、それでいい。
 「ハーレイも同じのを食べてるんだよね」と、「これが大好き」と。
 マーマレードが繋ぐ食卓、小さなブルーの家の朝食にも、この金色があるのなら…。

 

       マーマレードと俺・了


※ハーレイ先生には馴染みのマーマレード。今はブルーへのプレゼント。
 いそいそ届けているようですけど、お使いだったらしい実態。それでも幸せなんですよねv





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(んーと…)
 喉が渇いた、と小さなブルーが見回した部屋。
 自分のためのお城だけれども、生憎と飲み物は置かれていない。
 クッキーなどの食べ物だって。
 ハーレイが来た時は、母が運んで来てくれるけれど、普段は置かれていないもの。
 紅茶が飲みたい気分なのに。
 カップに一杯、熱い紅茶を。そういう気分。
 ストレートでも、レモンティーでも、ミルクティーでもかまわないから。
(…おやつの時に、お茶…)
 飲まなかったっけ、と思い出した。
 学校から帰って、直ぐに食べたおやつ。母が焼いてくれた胡桃のタルト。
 「飲み物は?」と訊かれて、頭に浮かんだココア。
 ホットココアが欲しかったから、母に頼んで美味しく飲んだ。
 胡桃のタルトを味わいながら、熱いココアを。
(失敗しちゃった…)
 甘かったココアは、紅茶よりもずっと味が濃いから。
 ホイップクリームもたっぷり浮かんでいたから、もう充分だと覚えた満足。
 タルトも食べたし、ココアも飲んだ、と。
 けれども、今日の午後にあった体育の授業。
 負担にはならなかったのだけれど、弾んでいた息。
 あれから水を飲んではいない。
 ほんの少しだけ、授業が終わった直後に学校で喉を潤した。
 喉を傷めてしまわないよう、湿らせようと。
 それが最後の水分補給で、お次がココア。
 たった一杯しか飲まなかったココア、きっと水分不足だろう。
 紅茶を選ばなかったから。うっかりココアにしてしまったから。


 おやつに紅茶を選んだ時だと、母がポットを持ってくる。
 「はい、どうぞ」と。
 時間が経って紅茶が濃くなる時に備えて、差し湯のポットがつくことも。
 ポットの紅茶なら二杯は飲めるし、二杯飲んでもまだ残る。
 お湯を使えば四杯分以上になるだろう。
 流石にそんなに飲めないけれども、体育の授業が午後だった日は紅茶。
 身体がそういう気分だから。
 水を沢山、と思うから。
(だけど、失敗…)
 ハードではなかった今日の体育、息は弾んでも楽しかった。
 ごく簡単なマット運動、順番待ちの方が長かったから。
 マット運動も遊びのようなものだったから。
(身体、疲れていなかったから…)
 紅茶という気分がしなかった。
 どちらかと言えば甘い飲み物、そっちが欲しいと。
 だから選んだホットココア。
 今から思えば、ミルクティーにすべきだったのだろう。
 あれなら沢山飲めるから。
 砂糖を多めに入れてやったら、充分に甘くなるのだから。
 間違えて選んだ、おやつの飲み物。
 紅茶の代わりにホットココア。
 喉が渇いて、どうにもならない。
 部屋に飲み物は置いていないのに、見回したって出て来ないのに。


(ハーレイ、来るかな…)
 もしもハーレイが来てくれたならば、部屋に紅茶がやって来る。
 母が運んで来てくれる。
 ハーレイの分と、自分の分を。
 いつもだったらカップに一杯、そのくらいしか飲まないけれど。
 カップに半分の時もあるけれど、母はポットにたっぷり持ってくるから…。
(沢山飲めるよ、おかわりをして)
 そしたら飲める、と時計を眺めた。
 ハーレイが来るなら、あと少しだけの我慢だから、と。
 なのに、一向に来ないハーレイ。
 チャイムの音も聞こえて来ないし、窓から見たって車は来ない。
 前のハーレイのマントの緑をした車。ハーレイの愛車。
 たまに生垣の向こうを走ってゆくのは、違う色をした車ばかりで。
(…今日は駄目みたい…)
 もうこんな時間、と溜息が零れた時計の針が指す時間。
 ハーレイが来ないということは…。
(紅茶、持って来てくれないよ、ママ…)
 部屋にポツンと座っていたって、けして紅茶は届かない。
 扉を開けて「ママ、紅茶!」と叫べば、届くかもしれないけれど。
(…でも、来なさいって言われるよね?)
 多分そっち、とハッキリ分かる。
 この部屋は自分のお城だけれども、一人だけでは飲んだり食べたりしないから。
 ハーレイか、友達か、いわゆるゲスト。
 そういう誰かが来た時だけしか、紅茶のポットは届かないから。


 なんとも困った、乾いた喉。
 紅茶が飲みたい気分の喉。
 夕食は父が帰ってからだし、まだまだ先に決まっている。
(晩御飯まで待てないよ…)
 それまでに何か飲まなくちゃ、と諦めてお城の外に出た。
 階段を下りて、キッチンへ。
 紅茶は上手く淹れられないから、冷蔵庫の牛乳か何かでいいや、と。
 運が良ければジュースが入っているかもしれない。
 たまに朝食用にオレンジジュースなどを母が買うこともあるのだから。
(牛乳か、ジュース…)
 ホントは紅茶の気分なんだけど、と冷蔵庫を開けて覗いたら。
「あら、ブルー?」
 お腹空いたの、と母に訊かれた。夕食の支度をしていた母に。
「ううん、牛乳かジュース…」
 喉が渇いてしまったから、と冷蔵庫の中を覗き込んでいたら。
「…そんなのでいいの?」
 温かい飲み物の方がいいわよ、この時間なら。
 嫌でなければ、紅茶を淹れてあげるから、飲んで行ったら?
「ホント!?」
 淹れてくれるの、と喜んだ。
 早速、お湯を沸かしている母。
 「ちょっと待ってね」と、「ダイニングに持って行ってあげるから」と。


 思いがけなく淹れて貰えた紅茶。
 熱いポットと、差し湯を満たした小さなポット。
 好みで入れられるミルクもたっぷり、砂糖の壺も。
 母に「ありがとう」と御礼を言って、カップに注いだ香り高い紅茶。
 牛乳やジュースとは違う飲み物、ひと手間かかっている飲み物。
(ふふっ、ぼく用…)
 来て良かった、と傾けたカップの幸せの味。
 ミルクも加えたまろやかな紅茶、砂糖の甘みがとても優しい。
 牛乳やジュースではこうはいかない、ふうわりと幸せが広がりはしない。
 喉の渇きが癒えるだけのことで、それっきり。
 余韻も無ければ、口へと運ぶ楽しみも、きっと。
(紅茶を淹れて貰えて良かった…)
 ママだもんね、と浮かんだ笑み。
 きっと母なら、頼めば淹れてくれたのだろう。
 冷蔵庫を覗き込むよりも前に、「紅茶を淹れて」と言ったなら。
 忙しくしていても、手を止めて。
 「ちょっと待ってね」と、さっきのように。
 そして紅茶にありつけただろう、今の自分が飲んでいるように。
 熱い紅茶を満たしたポットと、差し湯のポット。
 ミルクも添えて、砂糖壺まで。
 本当だったら、お茶の時間はとっくに終わった後なのに。


 この幸せは母のお蔭だ、と嬉しくなった。
(ママ、優しいもの…)
 きっと母なら、これが夜中でも紅茶を淹れてくれるのだろう。
 もしも自分が欲しがったならば、母も必要だと判断したら。
 どんな時間でも、いつだって紅茶。
 熱い紅茶を淹れて貰えて、幸せたっぷりで飲めるのだろう。
(ママがいるから、いつだって…)
 紅茶でなくてもココアだって、と思った所で気が付いた。
 今の自分には当たり前の母、夕食の支度の途中でも紅茶を淹れてくれた母。
 学校から帰れば家にいてくれて、病気で休んでしまった時にもいてくれる母。
 すっかり当たり前になっているけれど、その母は…。
(…前のぼくには、いなかったんだよ…)
 母はもちろん、父だって。
 どちらも育ての親だっただけで、その記憶さえも失くしてしまった。
 シャングリラで暮らしていた頃の自分は、こんな風に紅茶を飲めなかった。
 「はい、どうぞ」と母が淹れてくれる紅茶。
 牛乳やジュースよりも紅茶の方が、と気遣ってくれる母は何処にもいなかった。
 今はいつだって、母の紅茶が飲めるのに。
 たとえ夜中に飲みたくなっても、それが身体のためならば。
 母もそれがいいと思ったならば。
 いつも、いつだって飲める母が淹れた紅茶。
 今の自分には母がいるから、本物の母がいてくれるから。


(ぼくって、とっても幸せなんだ…)
 前のぼくよりずっと幸せ、と眺め回したダイニング。
 もう少ししたら、母が夕食の準備をしにやって来るのだろう。
 テーブルの上を綺麗に拭いて、取り分けるためのお皿などを並べに。
 その時、自分がのんびり紅茶を飲んでいたなら、邪魔にならない所へ置きに。
(…準備が出来たら、パパが帰って来て…)
 母は夕食の仕上げを始める。
 熱い料理を、出来立ての料理を並べられるように。
 美味しい料理が、今日も幾つもテーブルに運ばれて来るのだろう。
 それまで紅茶を飲んでいたって、母は叱りはしないだろう。
 「晩御飯もちゃんと食べるのよ?」と注意するだけで。
 こんな時間でも飲んでいい紅茶、いつだって飲める母が淹れた紅茶。
(前のぼくだと、ママはいなくて…)
 紅茶を飲むなら自分で淹れるか、ハーレイが淹れるか、でなければ青の間の係の誰か。
 ハーレイには「紅茶が飲みたいな」と甘えられても、それはハーレイが恋人だから。
 今のハーレイにはまだ甘えられない、一緒に暮らしていないから。
 それに、前のハーレイは恋人である前にキャプテンで…。
(いつでも頼めはしなかったよ、紅茶…)
 キャプテンの仕事が優先だから。
 いくらソルジャーが偉い存在でも、ソルジャーの紅茶よりシャングリラの方が大切だから。
(今のぼくだと、ママが紅茶を淹れてくれて…)
 いつかはハーレイも淹れてくれるよ、と思ったら溢れた幸せな気持ち。
 今のハーレイなら、前のハーレイより時間に余裕があるだろうから。
(明日は仕事なんだが、って言っていたって…)
 母と同じに、夜中でも淹れてくれそうな紅茶。眠い目を擦りながらでも。
 なんて幸せなのだろう、と紅茶のお蔭で気付いた幸せな今。
 いつだってぼくは紅茶を飲めると、今はママで、いつかはハーレイだよねと…。

 

        いつだって飲める・了


※ブルー君が飲みたくなってしまった紅茶。お母さんに淹れて貰えて、幸せ一杯。
 それだけでも充分、幸せだったのに、気付いた前の自分との違い。もう最高に幸せですよねv





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(…今夜は一杯やるとするかな)
 ちょいと飲みたい気分なんだ、とハーレイが眺めた棚の酒。
 夕食の後で広げた新聞、それに広告が載っていたから。
 ブルーの家には寄り損なった日、だから自分の家で夕食。
 そういうパターンも珍しくはないし、ブルーも慣れているものだから。
(寂しがってはいない筈なんだ)
 残念には思ったとしても。
 またその内に会える日が来る、明日か、明後日か、土曜日になるか。
 お互い、それが分かっているから、一人で酒を飲んでいたって…。
(ブルーに悪いわけじゃないしな?)
 あいつはあいつで好きにしてるさ、と断言出来る。
 「ハーレイが来ないよ…」と思っていたって、何処かで気分を切り替えて。
 この時間ならば、両親も一緒に食後のお茶といった所か。
 軽いお菓子をつまんでいるのか、果物なのか。
 それが終わったら部屋に帰って、のんびり読書。
 頃合いを見てお風呂に入って、寝るまでは自由時間の続き。
 そんなトコだな、と綻んだ顔。
 小さなブルーの日々の過ごし方は、だいたい把握出来ているから。
 「あのね…」と話をしてくれるから、いつの間にやら覚えてしまった。
 会えない日でも、ブルーは楽しく過ごしていると。
 一人の時間を有意義に使っているようだと。
(はてさて、今夜はどうするんだか…)
 どういう本を読むんだろうな、と思い浮かべたブルーの本棚。
 あの中のどれがお供を仰せつかるのか、ブルーに選んで貰えるのかと。


 ブルーはブルーで好きにしているし、こっちは酒だ、と向かった戸棚。
 新聞広告にあったのと同じ銘柄、気に入りの一つ。
(あいつは元気にしてるんだからな?)
 学校で挨拶して来たブルー。
 ほんの少しの立ち話の間、ブルーを観察していたけれど。
 具合が悪そうな気配はまるで無かったし、本当に安心できる夜。
 ブルーの家には寄れなかったけれど、ブルーは元気にしていると。
 こういう日だって、特に珍しくはないんだから、と。
(さてと…)
 俺の今夜のお供はこれだ、と取り出したボトル。
 たまに飲むから切ってある封、前ほどのペースでは減らないけれど。
 前と言っても、小さなブルーに会うよりも前。
 いつも一人で夕食だったし、酒の出番は幾らでもあった。
 今はめっきり減ってしまって、酒を飲まない日の方が多い。
 健康的だと喜ぶべきか、お楽しみが減ったと悲しむべきか。
(…どうなんだかな?)
 酒好きとしては、とボトルをテーブルに置いて、お次はグラス。
 書斎で飲んでもいいのだけれども、今夜はちょっぴりゴージャスな酒にしたいから。
(こいつは書斎に似合わないんだ)
 あそこで飲むなら、せいぜいチーズ、と酒の肴の支度にかかる。
 冷蔵庫にある食材を使って、カナッペを幾つか。
 それから野菜スティックも。つけるディップも、手作りで。
(後はオリーブ…)
 チーズも出そう、と盛り合わせた皿。
 新聞の広告がこうだったから。
 見栄えする肴を何種類も添えて、美味しそうに演出してあったから。


 一人で飲むなら、やっぱり楽しい酒がいい。
 行きつけの店で飲む時のように、肴もつけて。
 グラスに注いだ気に入りの酒。
 水割りにするつもりだけれども、まずは割らずにストレートで少し。
(うん、この味だ)
 広告で見た酒の持ち味、それが広がる口の中。
 酒の個性は色々あるから、棚のコレクションの味も色々。
 今夜の気分はまさにこの味、飲みたかった味が滑ってゆく喉。
(俺はこのままでもいけるんだが…)
 酒には強いし、ストレートでも充分飲める。
 ただ、問題は今日の曜日で、週末ではないものだから。
 ストレートで何杯も飲むというのは如何なものか、と平日は水割りに決めている。
 揃えた肴に申し訳ない気もするけれども、これが自分の流儀だから。
(罪な日に広告を載せやがって…)
 週末を控えた日にして欲しい、と考えたけれど、頭に浮かんだブルーの顔。
 特に用事が入らない限り、小さなブルーと過ごす週末。
(今は事情が違うんだった…)
 週末でもそんなに飲めはしないな、とコツンと叩いた自分の頭。
 ウッカリ者めと、早速に酒が回ったのかと。
 恋人のことさえ忘れ果てるほど、もう気持ち良く酔ったのかと。
 ほんの一口、ストレートで口にしただけで。
 酒を喉へと落とし込んだだけで、もう酔っ払っているのかと。
 なにしろ、酒は久しぶりだから。
 この前、こうして飲んでいたのは、いつだったか直ぐに出て来ないから。


 とはいえ、ストレートでグラスに一杯飲み干そうとも、酔わない自分。
 一口で酔っ払うわけなどはなくて、単に自分が迂闊だっただけ。
 気ままな独身人生を謳歌していた時代の方が長いから。
 小さなブルーと出会うまでは、ずっとそうだったから。
(あいつと会ったら、色々と事情が変わっちまって…)
 酒だってとんと御無沙汰なんだ、と頬張るカナッペ。
 たまに飲む酒は、チーズがあれば上等だから。
 こんなに肴を揃えた酒は久しぶり。
(ゴージャスな酒じゃない方もだな…)
 めっきり減ってしまったよなあ、と健康的なのかどうかと戻った思考。
 酒を飲もうと肴を作り始める前に考えたこと。
 飲む回数が激減したこと、それは酒好きとしてはどうなのか、と。
 健康的になったと喜ぶべきか、飲めなくなったと悲しむべきか。
(どっちなんだかなあ…)
 はてさて、と訊こうにも、一人の酒。
 「どう思う?」と尋ねたくてもいない相棒、飲み友達。
 一人で判断するしかないか、と水割りのグラスを傾けた所で思い出した。
 訊ける相手ならいるじゃないかと、それも酒好きが。
 自分と全く同じ酒好き、酒の好みも同じ筈。
 体格も顔も、そっくり同じなのだから。
(よし、前の俺だ)
 あいつの意見を訊こうじゃないか、と自分自身に問い掛けた。
 キャプテン・ハーレイだった自分に、遠く遥かな時の彼方で生きた自分に。
 「この状況をどう思う?」と。
 飲む回数が減ったんだがと、健康的だと思うべきかと。


 「お前さんはどうだ?」と酒を片手に尋ねた相手。
 前の自分だったキャプテン・ハーレイ。
 尋ねたのは自分で、答えを返すのも自分だけれど。
(うーむ…)
 羨ましい、と反応したのがキャプテン・ハーレイ、今の自分が飲んでいる席。
 「酒の肴はたっぷりとあるし、酒だって地球の酒じゃないか」と。
 健康的と言うより贅沢だろう、と前の自分の記憶が返した。
 酒も肴も凄いけれども、飲みたい時に飲めることが、と。
(…そうだな、俺は広告を見て…)
 それで飲もうと思ったのだった、今夜の酒を。
 どうせだったらゴージャスにいこう、と肴もあれこれ用意して。
 けれども、前の自分は違った。
 確かに酒は「飲みたい時に」飲んでいたけれど、今の自分と同じだけれど。
(広告の酒が美味そうだから、と…)
 飲めはしなかったな、と遠い記憶に思いを馳せた。
 そもそも新聞広告自体が存在しなかったシャングリラ。
 だから出会えはしない広告、それに惹かれるわけがない。
 仮に広告があったとしても…。
(思い付いて、その日に飲めるかどうかは…)
 分からなかったのが、シャングリラという船にいた頃。
 あの船の酒は合成だったけれど、部屋にボトルは持っていた。
 開けて飲むのは自由とはいえ、キャプテンの仕事に邪魔された酒。
 飲みたい気分になった時でも、仕事があればそうはいかない。
 何度も酒を諦めたのだった、前の自分は。
 「今日は駄目だ」と、「またにしよう」と。
 飲めば、仕事が出来ないから。…時間に余裕が無かったから。


 なんと贅沢になったものだ、と目を見開いてしまった酒。
 思い立ったら、戸棚から出せばいいのだから。
 グラスを持って来て、ボトルの中身を注ぐだけ。
 それで始まる贅沢な酒宴、テーブルには自分一人でも。
 酒の肴など何も無くても、飲みたい時に好きに飲める酒。
(…健康的になったも何も…)
 とてつもなく贅沢な酒だったんだ、とグラスの中身をまじまじと見た。
 「広告の酒が美味そうだから」と飲みたくなった今日の酒。
 ゴージャスに飲もうと肴を揃えて、久しぶりだと思ったけれど。
(前の俺だと、こんな風には…)
 いかなかった日も多かった。
 酒の肴が何も無いとか、そういう意味のことではなくて。
 思い立っても飲めなかった酒、キャプテンとしての仕事のせいで。
(おまけに、キャプテンだった頃の仕事ってヤツは…)
 教師の仕事とはまるで違って、船の仲間の命が懸かっていた仕事。
 今の自分とは比較にならない、重すぎる仕事。
 そのせいで何度も諦めていた酒、それを思い立ったら飲んでいる自分。
 古典の教師しかしていないのに。
 仕事の御褒美に酒を飲むなら、前の自分の方が遥かに相応しかったろうに。
(…それを今の俺が…)
 広告を見たからと飲んでいるのか、と気付いた贅沢。
 酒を飲む日は減ったけれども、きっと中身は濃いのだろう。
 前の自分には飲めなかった酒、いつでも飲める自由という美酒。
 そいつに乾杯、とグラスを掲げた、前の自分になったつもりで。
 今はいつでも好きに飲めると、酒を自由に飲める時代は酒を何よりも美味くするよな、と…。

 

         いつでも飲める・了


※お酒が大好きなハーレイ先生、思い立ったら一人でも飲んでいるようですけど。
 前のハーレイには出来なかった贅沢、「好きな時に酒」。今夜のお酒は美味しそうですねv





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(せっかくハーレイと会えたのに…)
 キスは出来ないし結婚も駄目、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 もう何度目だか、数え切れない溜息の数。
 今日だけではなくて、もっと前から。
 ハーレイと再会して前の自分の記憶が戻った、五月の三日。
 その日にはまだ、溜息は一つも出なかったけれど。
 「ただいま」と胸が一杯になって。
 「帰って来たよ」とハーレイに告げて、抱き締めて貰って、幸せだった日。
 メギドで終わった筈の命が、恋が今へと繋がったから。
 新しい身体と命だけれども、またハーレイと巡り会えたから。
 あの時の幸せは忘れていないし、今も変わらず幸せだけれど。
 ハーレイとは恋人同士だけれども、前の自分と同じようにはいかない恋。
 今の自分はチビだから。
 十四歳にしかならない子供で、結婚出来る十八歳はずっと先。
 義務教育さえ終わっていないし、ハーレイと一緒に暮らせはしない。
 その上、キスも出来ない有様。
 ハーレイはキスをくれるけれども、頬と額にしか貰えないキス。
 唇へのキスは一つもくれない、「俺は子供にキスはしない」と。
 前の自分と同じ背丈に育つまで貰えない、唇へのキス。
 ハーレイがそう決めたから。
 どんなにキスを強請ってみたって、「駄目だ」と許してくれないから。


 前の自分とハーレイの恋は、誰にも言えなかった恋。
 ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラを導く二人。
 前の自分が守り続けた白い船。ハーレイが舵を握った船。
 どちらが欠けても、守れなかったろうシャングリラと船の仲間の命。
 そんな二人が恋人同士だと知れてしまったら、大変だから。
 シャングリラの命運を左右する二人、ソルジャーとキャプテン。
 信頼し合うことは許されても、恋となったらそうはいかない。
 自分たちの都合で船の未来を決めるのだろう、と言われそうだから。


 けれども、今の自分とハーレイ。
 ハーレイはただの古典の教師で、自分は教え子。
 たったそれだけ、他はせいぜい…。
(ハーレイがぼくの守り役なだけ…)
 ハーレイと再会した日に起こした聖痕現象。
 前の自分がメギドでキースに撃たれた傷痕、それとそっくり同じ場所から溢れた鮮血。
 目にも肌にも傷は全く無かったけれども、傷の痛みで気絶した自分。
 出血の量も多かった上に、遠い昔には聖痕のせいで寝たきりになった人の記録もあったから。
 聖痕が二度と出ないようにと、ハーレイが守り役に選ばれた。
 だから、いつでも会えるハーレイ。
 仕事の無い日は家に来てくれるし、仕事が早く終わった日にも。
(前のぼくたちとは、逆だもんね?)
 一緒にいる方がいいとされる二人、そうすれば聖痕は出ないだろうから。
 まるで恋人同士みたいに、何度会ってもかまわない二人。
 前の自分たちは、懸命に恋を隠したのに。
(今も、バレたら大変だけど…)
 それは自分がチビだから。
 恋をするには早すぎる年で、おまけに教師と教え子だから。
 だから今度は結婚も出来る、十八歳になったなら。
 前の自分と同じに育って、両親が許してくれたなら。


 前と違って、無い障害。ハッピーエンドを迎えられる二人。
 ところが自分はチビの子供で、ハーレイに相手にされない始末。
 どう頑張っても、唇へのキスは貰えない。
(本物の恋人同士にだって…)
 なれはしなくて、前の自分のようにはいかない。
 ハーレイが訪ねて来てくれる部屋に、ベッドはちゃんと置いてあるのに。
 本物の恋人同士だったら特別な場所で、甘い時間を過ごす場所。
 なのにハーレイは見向きもしないし、ベッドがあるとも思ってはいない。
 あくまで、ただの寝場所としか。
(欠伸してたら、寝てこいって言うし…)
 病気で寝込んでいる時にだって、優しく世話をしてくれるだけ。
 前のハーレイが何度も何度も、作ってくれた野菜のスープ。
 それを作って、「ほら」と部屋まで持って来てくれて。
 飲み終わったら、「しっかり治せよ」と、横になるよう促されるだけ。
 唇へのキスは貰えもしないし、添い寝だってして貰えない。
 前の自分なら、病気の時には朝まで添い寝をして貰えたのに。
 元気だった時なら、本物の恋人同士の時間。
 ベッドで二人、愛を交わして、朝まで一緒だったのに。


(…ぼくが小さいから駄目なんだよね?)
 キスをすることも、本物の恋人同士になることも。
 前の自分と同じ姿に育っていたなら、出会ったその日にキスを貰えていただろう。
 「俺のブルーだ」と、感極まったハーレイに。
 頬や額へのキスと違って、唇へのキスを。
 それを貰ったら、デートに誘われていただろう。
 「いつ会える?」と。
 何処へ行こうかと、「食事かドライブでもどうだ」と。
 そういうデートを何度か重ねて、アッと言う間にプロポーズ。
 今頃はとうに二人で暮らしていたかもしれない、結婚式を挙げて。
 自分がチビでなかったら。…義務教育中の子供と違って、結婚出来る年だったら。
(前のぼくと同じ姿で会えてたら…)
 ハッピーエンドになっていたのか、と思った途端にポンと頭に浮かんだ童話。
 カボチャの馬車やら、ガラスの靴やら、ハッピーエンドのための小道具。
 魔法使いが用意してくれて、舞踏会に行くお姫様。
 そのままの姿では、お城の門さえ通れないのに。
 通れたとしても、舞踏会には行けはしなくて、使用人たちの部屋へ案内されるのに。
(だけど、魔法で入れちゃうんだよ…)
 夢のように眩く輝く世界へ、シャンデリアが灯る豪華な広間へ。
 誰よりも綺麗な衣装を纏って、軽やかな靴で。
 王子とダンスを踊って過ごして、魔法はやがて解けるのだけれど。
 それでも迎えるハッピーエンド。
 お姫様の姿で踊っていた時、王子の心を捉えたから。
 「あの人しかいない」と王子が心に決めていたから、貧しい姿に戻っていても。
 足にピッタリの靴を履いてみせたら、ちゃんとお妃に選ばれて。
 結婚式を挙げてハッピーエンドで、幸せになれるお姫様。


 それがぼくなら…、と頭に思い描いた魔法。
 ハーレイとハッピーエンドを迎えるためには、いったい何が必要だろう、と。
(小さいせいで、結婚出来ないんだから…)
 カボチャが馬車に変わったように、大きくなれる魔法だろうか。
 魔法使いの杖で魔法をかけて貰って、前の自分と同じ姿に。
 背丈を伸ばして、ぐんと大人っぽい顔に。
(…今の服、着られなくなっちゃうから…)
 着られる服も必要だろう。
 お姫様のドレスは要らないけれども、ハーレイとデートに行けそうな服。
(ソルジャー・ブルーの服でデートは変だよね?)
 何処から見たって仮装パーティー、ハーレイも「それはちょっとなあ…」と言うだろうから。
 魔法使いのセンスに任せて、素敵な服を貰わなければ。
 靴も今のは小さすぎるし、育った足に丁度いい靴。
 服に似合った靴を一足、ガラスの靴は要らないけれど。…普通の靴で充分だけれど。
 後はハーレイの家まで行くための車、カボチャのタクシーくらいでいい。
 路線パスでもかまわないくらい、行って帰って来られるならば。
(これでいいよね?)
 前と同じに育った身体に、デートのための服と靴。
 ハーレイの家に出掛けてチャイムを鳴らせば、きっと抱き締めて貰えてキス。
 そして二人でデートして食事、帰る頃にはプロポーズ。
 きっとそうなる、育った自分がハーレイに会いに行ったなら。
 「ちゃんと大きくなったでしょ?」と、前の自分と同じ姿を見せたなら。
 後は魔法が解けてしまう前に、急いで家に帰るだけ。
 靴は落として来なくてもいい、ハーレイには誰か分かるのだから。
 結婚式を挙げるためには、この家へ自分を迎えに来ればいいのだから。


 ハッピーエンドになる筈だよね、と笑みが零れてしまった魔法。
 豪華なドレスを貰わなくても、デートのための服と靴。
 カボチャの馬車と洒落込まなくても、路線バスでもいいくらい。
 うんと控えめな注文で済むのが今の自分で、魔法で大きくなれればいい。
 ハーレイとデートに行く間だけ。
 キスを交わして、プロポーズして貰えるまでの間だけ。
(後は急いで家に帰って…)
 もしも魔法が解けてしまったら、チビの自分に戻るのだから。
 チビに戻ったら、ハーレイはキスをくれはしないし、プロポーズもしてくれないから。
 だから急いで家に帰ること、魔法使いとの約束通り。
 カボチャのタクシーか、路線バスに乗って。…靴は落として来なくていいから。
(次の日になったら、ハーレイが迎えに来てくれて…)
 結婚式を挙げるんだよ、と思ったけれど。
(…ぼくって、チビに戻ってる…?)
 魔法は解けているのだから。
 前の自分と同じ姿になっていたのは、魔法使いのお蔭だから。
 それじゃ駄目だ、と頭を抱えた、ハッピーエンドにならない結末。
 ハーレイはチビの自分を眺めて、きっとポカンとするのだろう。
 それから魔法のせいだと気付いて、大笑いをしてくれるのだろう。
 「昨日、履いてた靴、今も履けるか?」と。「お前の足にはブカブカだろう」と。
 靴がピッタリ足に合わないお姫様では、王子に選んで貰えない。元の童話もそういう話。
(魔法があっても駄目なんだけど…!)
 ハッピーエンドになってくれない、とガッカリだけれど、きっといつかは育つから。
 魔法が無くても、前とそっくり同じ姿になる筈だから。
 それまでの我慢、と魔法の世界は諦めた。
 履けない靴では、迎えられないハッピーエンド。
 ハーレイに笑われるだけだから。「チビはチビだな」と、大笑いされておしまいだから…。

 

       魔法があったら・了


※魔法で大きくなることが出来たら、と夢見てしまったブルー君。ハッピーエンド、と。
 けれど、魔法が解けた後にはチビに戻ってしまうオチ。残念ですけど、使えませんねv





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