「ねえ、ハーレイ。…ハーレイはお酒が大好きだよね?」
それからコーヒー、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
どっちも好きで、どっちも大好き、と。
「そうだが…。それがどうかしたか?」
お前はどちらも駄目なようだが、と答えるハーレイ。
ブルーの部屋で、テーブルを挟んで向かい合わせに腰掛けて。
「えっとね…。コーヒーは飲んじゃいけません、って言われたら?」
禁止されちゃったら、どうする、ハーレイ?
それにお酒も。どっちも絶対、飲んじゃ駄目、って。
「うーむ…。そいつは困るな、俺としては」
そういう状況に陥るとしたら、胃をやられたか何かだろうが…。
何が何でも急いで治すな、また飲めるように。
それまでは多少我慢もするが…、と苦い笑み。
きっと辛いぞと、毎日の楽しみが色褪せちまうな、と。
「やっぱりそう? 飲めないと辛い?」
ぼくはコーヒーもお酒も好きじゃないけど、好きだと辛いの?
毎日が楽しくなくなるくらいに。
「そりゃまあ…なあ? 酒はともかく、コーヒーは日々の友なんだ」
コーヒー無しではいられないってな、飲みたくなったらコーヒーだ。
あれを「駄目だ」と言われちまったら、さて、どうするか…。
治るまでの我慢だと分かっていたって、代わりの何か。
欲しくなるだろうな、健康的な代用品とか。
「そっか…。ハーレイでも我慢は辛いんだ…」
大好きだものね、コーヒーにお酒。
我慢って言われたら、代わりの何かを探すくらいに。
ハーレイは我慢強そうなのに…、と気の毒そうな顔の小さなブルー。
代わりの何かが欲しいくらいに、コーヒー抜きは辛いんだ、と。
「情けないようだが、俺の憩いのひと時だしなあ…」
コーヒーを飲んでホッと一息、さて、仕事だ、とか。
今日も一日いい日だったとか、あの一杯でググッと値打ちが出る。
同じように時間を過ごしていたって、コーヒーがあれば金色の時間。
そいつを駄目だと言われちまったら、たちまち輝きが失せるってな。
「好物って、そういうものだよね。…無いと大変」
いけません、って言われちゃったら、うんと辛いし…。
早く元通りになりたいな、って思うものだし、ぼくにも分かるよ。
毎日、我慢をさせられてるから。
「我慢って…。お前、何かを止められてるのか?」
聞いちゃいないが、それは辛そうだ。
俺でも我慢は辛いトコをだ、チビのお前が我慢となると…。
可哀相にな、とハーレイの手がブルーの頭をクシャリと撫でる。
早くそいつが治るといいなと、好物、早く食べたいよな、と。
「うん、そう…。それでね、ハーレイにお願いなんだけど…」
「なんだ? お前が我慢をしてるんだったら、お願いくらいは」
お安い御用だ、と胸を叩いたハーレイだけれど。
「んーと…。我慢は辛いし、ちょっとお願い。ぼくにキスして」
駄目って言ったの、ハーレイだから。「キスは駄目だ」って。
「こら、お前! 俺のコーヒーと一緒にするな!」
同情した俺が馬鹿だった、とブルーの頭にコツンと落とされた拳。
お前にキスはまだまだ早いと、当分、我慢していろと。
俺のコーヒーとは比較にならんと、我慢するのが当然なんだ、と…。
我慢は辛い・了
(ビックリしちゃった…)
本物の青い鳥だったよ、と小さなブルーが思い返した出来事。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日の昼間に起こった出来事、思いもしなかった小さな事件。
窓のガラスに小鳥がゴツンとぶつかった。
おやつを食べていたダイニングで。
窓に映った庭の景色を、本物の景色と間違えた小鳥。
(ゴツンっていうから…)
何かと思って見に行ってみたら、テラスにコロンと転がった小鳥。白いお腹を上にして。
ぶつかったんだ、と直ぐに分かった。
死んでしまったかと慌てたけれども、暫く経ったら起き上がった小鳥。
けれど、今度は膨れてしまった。
ふくら雀みたいに、真ん丸に。
驚いて羽根が逆立っているのか、真ん丸になってしまった小鳥。
大変なことになっちゃったかも、と思ったけれども、その鳥の羽根。
お腹の方は真っ白なのに、他の部分は目が覚めるように鮮やかな瑠璃。
青い小鳥だ、と気が付いた。
前の自分が憧れた鳥。
幸せを運ぶ青い小鳥で、それを飼いたいと願った自分。
(だけど、シャングリラで青い小鳥は…)
飼えなかった、と今でも零れてしまう溜息。
青い小鳥は、何の役にも立たないから。
船の中だけが全ての世界で、そんな生き物を飼えはしないから。
すっかり忘れてしまっていた夢。
それが一気に蘇ったから、嬉しくなってしまったけれど。
流石は地球だと、青い小鳥が降って来るんだ、と顔が綻んでしまったけれど。
その、降って来た青い鳥。
羽ばたいて何処かへ飛んでゆく代わりに、テラスで真ん丸に膨れたまま。
突っ立ったままで丸く膨れて、ピクリとも動きはしないから。
今度は小鳥が心配になった、このまま死んだりしないだろうかと。
幸せを運ぶ旅の途中で、とんでもない事故に遭ったから。
(そしたら、ハーレイ…)
普段よりも早い時間に来た恋人。
母が買い物から戻らない内に、本当にとても早い時間に。
なんて幸せなんだろう、と思ったけれど。
青い小鳥がちゃんと幸せを運んでくれた、と喜んだけれど、それも一瞬。
ハーレイが早い時間に来てくれた幸せ、それを運んで来てくれた小鳥。
幸せを届けてくれた小鳥は、死にそうだから。
窓ガラスに身体をぶつけてしまって、死んでしまうかもしれないから。
(…命懸けで幸せの配達なんて…)
其処まで頑張ってくれなくてもいい、と小鳥の姿に前の自分が重なった。
ミュウの未来を守るためにと、メギドを沈めて死んでいった自分。
仲間たちに幸せを届けたけれども、未来を届けてあげられたけれど。
前の自分は死んでしまって、もう幸せは配れなかった。
幸せを配りに出掛けるどころか、自分の命も失くしてしまった。
頑張ったことは少しも後悔しないけれども、青い小鳥は其処まで頑張らなくてもいい。
ハーレイを連れて来てくれるために、命まで失くさなくてもいい。
命懸けで幸せを配らなくてもと、そんな悲しいことをしないで、と。
多分、曇っていただろう顔。
「どうしたんだ?」と尋ねた恋人、「急に元気が無くなったぞ」と言ったハーレイ。
だから急いで引っ張って行った。
ハーレイだったら、青い小鳥をどうすればいいか、きっと教えてくれる。
獣医に連れて行くべきだとか、このまま見守ってやればいいとか。
「大変なんだよ」と、「ぼくの青い鳥…」と、ハーレイを連れてダイニングへ。
いつもは両親も一緒の夕食、その時にしか行かない部屋へ。
真ん丸に膨れた小鳥を見るなり、「オオルリだな」とハーレイが口にした名前。
それからサイオンでそっと包んで、探ってくれた小鳥の様子。
(腰が抜けてるだけだ、って…)
ホッと安心した、小鳥の無事。
命懸けではなかった幸せの配達、ちょっぴり事故に遭っただけ。
驚いて動かなくなった身体は、怪我をしていないらしいから。
もう少ししたら縮んで元の姿に戻って、元気に飛んでゆくらしいから。
それを聞いたら、青い小鳥を飼いたくなった。
空から降って来た幸せの使者を、前の自分が欲しかった鳥を。
前の自分の夢だった鳥は、直ぐ目の前にいるのだから。
急いで鳥籠を用意したなら、青い鳥が手に入るのだから。
(飼い方だって、調べて貰って…)
ハーレイに調べて貰う間に、母に鳥籠を強請ってみよう。
「飼ってみたいよ」と頼んだならば、買いに行ってくれるか、父に連絡。
鳥籠も餌も、夜までにちゃんと揃うだろう。
そうして自分は青い鳥を飼える、空から降って来た鳥を。
前の自分の夢だった鳥を。
(…前のぼく、飼えなかったから…)
シャングリラでは駄目だと皆に言われたから、諦めた夢。
幸せを運ぶ青い小鳥が欲しかったのに。
いつか行こうと夢見ていた星、地球と同じ青を纏った小鳥。
それが飼いたいと夢を見たのに、夢は叶いはしなかった。
青い小鳥は、美味しい卵を産んでくれたりしないから。
ペットなのだから食べるのも無理で、本当に役に立たないから。
けれど、諦め切れなかった小鳥。
幸せの青い鳥が欲しくて、せめてと選んだ青い毛皮のナキネズミ。
色々な色の個体がいたのに、「この子がいいよ」と青い毛皮を持った血統を育てると決めた。
青い小鳥が飼えないのならば、青い毛皮のナキネズミがいい。
気分だけでも青い鳥だと、姿はまるで違うけれども、と。
(…でも、今日の青い小鳥は本物…)
本当に本物の青い小鳥で、家に来てくれた幸せの小鳥。
飼ってみたいと考えたから、ハーレイにそう言ったのに。
賛成してくれる筈だと思っていたのに、返った答えは逆様だった。
「それは駄目だぞ」と止めたハーレイ。
オオルリは自然の中で生きる小鳥で、ペットの小鳥とは違うから。
自然のものは自然のままでと、それが一番幸せなんだ、と。
鳥籠に入れて飼っては駄目だ、と咎めた恋人。
ちゃんと飛べるなら空に戻せと、お前の勝手で引き止めるなと。
青い小鳥は、幸せを配る配達の旅の途中だから。
自分の所で止めてしまうなと、もっと沢山の人に幸せを配りにゆくのが仕事だからと。
この欲張りめ、と青い小鳥が飛び去った後にも呆れられた。
オオルリは空へと飛んで帰って、母が買い物から帰って来て。
二階の自分の部屋に戻っても、何度も外を見ていたから。
またオオルリが来てくれないかと、青い小鳥が見えはしないかと。
(…だって、綺麗な声で鳴くって…)
ハーレイが教えてくれたこと。
あのオオルリは、とても綺麗な声を持っていると。
ウグイスにも負けない声で囀ると、そう聞かされたら、なおのこと。
幸せの配達もして欲しいけれど、美しい声も聴きたいから。
「鳴いているね」と、「いい声だよね」と、ハーレイと二人で聴き惚れたいから。
本物の青い小鳥だからこそ、持っているのが美しい声。
庭の木に止まって囀って欲しい、ハーレイと二人で聴き入る時間を届けて欲しい。
そうすればきっと、幸せだから。
青い小鳥の鳴き声を聴いて、「素敵だね」とハーレイと頷き交わして。
地球だからこそ、窓の外に描ける幸せな夢。
青い小鳥が降って来るのが地球だから。
幸せを届けに飛んでいるのが、蘇った青い地球なのだから。
(…前のぼく、地球にも行けなかったし…)
死の星だったと聞かされたけれど、それさえも前の自分は知らない。
地球に着く前に、メギドで死んでしまったから。
まだ座標さえも分からない内に、夢の星を失くしてしまったから。
前の自分の命と一緒に、夢も幸せも、何もかもを。
(…だから、ちょっぴり欲張ったって…)
いいと思うんだけど、と考えてしまう今日の出来事。
青い小鳥にまた出会いたいと、幸せな時間を届けて欲しいと。
(命懸けで幸せを運ばなくてもいいから…)
ほんのちょっぴり、此処にも寄り道して欲しい。
幸せはもちろん欲しいけれども、綺麗な声だけでもかまわないから。
ハーレイと二人で部屋にいる時に、囀ってくれたら嬉しいから。
外から聞こえる綺麗な声は何だろう、と首を傾げたら、きっとハーレイが教えてくれる。
「オオルリだぞ」と、「お前が欲しがった青い鳥だな」と。
そして二人で眺めるのだろう、何処にいるかと。
どの木の枝で囀っているかと、あの瑠璃色が見えはしないかと。
(来て欲しいよね…)
自然のものは自然のままに、と言うのだったら、待っているから。
籠に閉じ込めて飼ったりしないで、来てくれるのを此処で待つから。
(青い鳥、ぼくの夢なんだもの…)
前のぼくだった頃から、ずっと欲しかった鳥なんだもの、と描いた夢。
青い鳥が空から降って来る地球、其処に自分は来たのだから。
幸せを届けて貰ったのだから、幸せの鳥にまた出会いたい。
前の自分は、夢の青い鳥を飼えないままで終わったから。
夢も幸せも全部失くして、メギドで死んでいったから。
やっと来られた青い地球の上で、ほんの少しだけ欲張ってみたい。
美しい声で鳴くというオオルリ、その声をハーレイと聴いてみたいと。
幸せな時を過ごしてみたいと、鳴き声だけでもぼくに届けて、と…。
青い鳥とぼく・了
※ハーレイ先生に「飼うのは駄目だ」と言われてしまった、ブルー君の夢の青い鳥。
幸せを欲張るのも駄目ですけれども、鳴き声のお願い程度なら…。いいですよね、きっとv
(青い鳥なあ…)
本物だったぞ、とハーレイが思い返した出来事。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日、本当にあった小さな出来事、ちょっとした事件。
(俺はちょっぴり早く出掛けただけなんだがな?)
仕事帰りに、ブルーの家に。
いつもは放課後の指導が日課な柔道部。
そちらの方が休みだったから、普段よりも早い時間に行けた。
小さなブルーに予告はしないで。「早めに行くぞ」とは言わないで。
着いてガレージに車を停めて。
チャイムを押したら、出て来たブルー。いつもなら母の方なのに。
(たまたま買い物で留守っていうのは分かるんだが…)
その日を狙っていたかのように、起こった事件。
何も知らずに到着したら、ブルーにグイと腕を引かれた。
「こっち」と、「大変なんだよ」と。
聞けば青い鳥がどうとかこうとか、そんな鳥を見た記憶は無い。
ブルーは「ぼくの青い鳥」と言ったけれども、部屋で見掛けたことが無い鳥。
他の部屋にも鳥籠は無いし、飼っているとも聞かないし…、と思ったら。
(降って来た鳥と来たもんだ)
青い空から、ブルーの家に。
窓のガラスに、真っ直ぐゴツンとぶつかって。
ガラスに映った庭の景色を、本物なのだと勘違いして。
連れてゆかれたダイニング。
普段だったら、夕食の時に入る部屋。
ブルーの両親も一緒に囲む食卓、そのための部屋に昼間に入った。
それもブルーと二人きりで。
「あそこ…」とブルーが指差したテラス。
真ん丸な青い小鳥が一羽。
瑠璃色の羽根で、真っ白なお腹。
一目で名前が分かったオオルリ。声が美しいと評判の小鳥。
けれど、こんなに丸かったろうか、と思うくらいに膨らんだ姿。
ふくら雀でもあるまいに、と驚いたけれど、オオルリはオオルリ。
(ビックリして、羽根が逆立っちまって…)
そのせいか、と思い至ったオオルリの姿。
ブルーが言うには、ぶつかって直ぐは転がっていたらしいから。
死んでしまったのかと慌てるくらいに、お腹の方を上にしてコロンと。
起き上がったまではいいのだけれども、丸く膨れたままだという。
獣医に連れて行った方が、と用意をしようとしていたブルー。
其処へ来たのが自分だった次第、オオルリを調べてやる羽目になった。
具合はどうかと、獣医に行くべきなのかどうかと。
(…詳しいことまでは分からないが、だ…)
サイオンで包めば、なんとなく分かる。
小鳥の気分の欠片らしきものが。
酷く痛むのか、そうではないのか。
暫く経ったら飛んでゆけそうか、飛べそうもなくて困っているか。
そうやって調べてやった結果は…。
(腰が抜けてただけだってな)
痛いだとか、とても苦しいだとか。
そんな気分は感じ取れなくて、ビックリして固まっているらしい小鳥。
いったい何が起こったのかと、ちゃんと飛んでいた筈なのに、と。
(…小鳥の世界に、窓ガラスなんかは無いからなあ…)
無理もないな、と思った事故。
その内に正気に戻るだろうし、何処も傷めてはいないようだから。
小さなブルーに教えてやったら、「良かった…」と嬉しそうだったブルー。
よほど心配していたのだろう、青い小鳥の身体のことを。
死んでしまいはしないかと。
このままパタリと倒れてしまって、それっきりになりはしないかと。
(獣医に行こうとしてたほどだし…)
俺のサイオンが役に立って良かった、とホッとしていたら、小さなブルーが言い出したこと。
なんともないなら、この鳥を飼ってもいいだろうかと。
せっかく庭に飛んで来たから、ぼくが飼いたい、と。
そうは言っても、オオルリは野生の鳥だから。
ペットショップで賑やかに囀る鳥たち、彼らとは違うものだから。
「それは駄目だぞ」とブルーを止めた。
自然のものは自然のままにと、その方が鳥も幸せだから。
自由に大空を飛んでゆける方が、小鳥のためになるのだから。
ところがブルーは未練たらたら、オオルリを家で飼いたいらしい。
鳥籠に入れて、可愛がって。
青い姿を、毎日眺めて。
そんなに気に入ったのだろうか、と思ったオオルリ。
元々、小鳥が飼いたかった所へ、この鳥が飛んで来たのだろうか、と。
けれど違った、ブルーの動機。
欲しかったものは青い小鳥で、しかも青い小鳥が欲しかったのは…。
(…前のあいつの時からなんだ…)
何年越しの夢なんだか、と浮かべてしまった苦笑い。
オオルリだって欲しくもなるさと、飼いたくなるのも無理はないな、と。
青い小鳥を欲しがったのは、ソルジャー・ブルーだったから。
幸福を運ぶ青い小鳥が欲しい、と夢を描いた前のブルー。
そういう本を読んだから。
幸せの青い鳥が欲しいと、地球の色をした青い小鳥を飼ってみたいと。
前のブルーはそう願ったのに、叶わなかった青い小鳥を飼う夢。
青い鳥は役に立たないから。
シャングリラの中だけが全ての世界で生きてゆくには、無駄なものだから。
美味しい卵を産みはしないし、もちろん食べるわけにもいかない。
青い小鳥は肉には出来ない、飼うならペットなのだから。
ペットを食べるなど言語道断、けして許されはしないから。
(あいつの夢は、却下されちまって…)
誰も賛成しなかった。
青い鳥が欲しい、と願った前のブルーの夢。
ブルーはそれが欲しかったのに。
幸せを運ぶ青い小鳥が、青い地球の色を纏った鳥が。
夢を諦めたブルーだけれども、青い小鳥は覚えていた。
飼いたかった、と忘れなかった。
だからナキネズミを開発した時、青い毛皮のを選んだほど。
この血統を育ててゆこうと、青い毛皮のナキネズミがいい、と。
毛皮の色は他にも色々あったのに。
どれを選ぶのも自由だったのに、前のブルーは迷わず選んだ。
「青がいいよ」と、「この子にしよう」と。
欲しかった青い小鳥の代わりに、青い毛皮のナキネズミ。
それを飼えるなら、と前のブルーが重ねていた鳥。飼えなかった幸せの青い鳥。
(…しつこく覚えていたってわけだな)
生まれ変わっても執念深く、とクックッと笑う。
思い出した途端に欲しくなったかと、それまで忘れていたくせに、と。
今のブルーなら、青い小鳥はいくらでも好きに飼えるのだから。
「欲しいよ」と両親に強請ったら直ぐに、青い小鳥が来るだろうから。
ペットショップに連れて行って貰って、「どれが飼いたい?」と訊いて貰って。
青い鳥を選んだら、お次は鳥籠。
部屋に似合うのはどれだろうかと、どの鳥籠を選びたいかと。
アッと言う間に、ブルーは手に入れられるのだけれど。
青い小鳥を飼えるのだけれど、すっかり忘れていたらしい。
前の自分が欲しがったことも、幸せの青い小鳥のことも。
幸せの青い鳥の話は知っていたって、自分と重ねなかったのだろう。
綺麗サッパリ忘れていたから。
あのオオルリが降って来るまで、思い出しさえしなかったから。
欲張りになった小さなブルー。
窓ガラスにぶつかってしまったオオルリ、それを飼おうとしたブルー。
「駄目だ」と止めたら残念そうで、元気になったオオルリが空へと飛び去った後も…。
(庭の方ばかり見ていやがって…)
いつもだったら、けして他所見はしないのに。
向かい合わせで座った自分をじっと見ているのに、今日は何度も庭を見ていた。
またオオルリが飛んで来ないかと、来たらいいなと思っている顔。
(幸せの青い鳥だしなあ…)
欲しい気持ちはよく分かる。前のブルーの夢なのだから。
百年などではとても足りない、前のブルーが青い小鳥を夢見た歳月。
それが空から降って来たなら、もっと、と思いもするだろう。
幸せを沢山持っていたって、青い小鳥が欲しいだろう。
(なんたって、前のあいつの夢…)
そいつが飛び込んで来たんだからな、と思うけれども、それは欲張り。
前のブルーなら止めないけれども、今のブルーは幸せだから。
山ほどの幸せを持って生まれて、これからも幾つも降って来る幸せ。
青い小鳥に頼まなくても、「もっと欲しい」と願わなくても。
だからブルーを止めたけれども、「自然のものは自然のままに」と諭したけれど。
(あいつ、幸せになったんだよなあ…)
青い鳥の方から来るくらいにな、と零れた笑み。
シャングリラには青い小鳥はいなかったけれど、今は空から降って来るから。
「幸せをどうぞ」と配達中の青い小鳥が来るのだから。
前のブルーが焦がれた星で。
青い地球の上で、青い小鳥たちが配る幸せ。
それをブルーは受け取れるから。
青い鳥が欲しいと願わなくても、空から降って来るのだから…。
青い鳥とあいつ・了
※ブルー君が「飼いたい」と願ったオオルリ。「駄目だ」と止めたハーレイ先生ですけれど。
欲しい気持ちは分かるようです、前のブルーの夢だけに。でも、家で飼うのは駄目ですよねv
(ぼくの頭の中…)
ハーレイで一杯、と小さなブルーが思い浮かべた恋人の顔。
どんな時でも一杯みたい、と。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ふと気付いたら、考えているハーレイのこと。
「この時間だとコーヒーかな?」だとか、「お酒かも」だとか。
そう思ったら気になってくるのが、ハーレイの居場所。
お気に入りだという書斎にいるのか、他の部屋で何かしているのか。
(書斎だったら、読書なんだと思うんだけど…)
他の部屋だったら、出来そうなことは幾つでも。
「腹が減ったな」と夜食だとか。
夜食にしようと、キッチンに立っているだとか。
(何か作っているにしたって…)
鼻歌交じりに作っているなら、その鼻歌が気にかかる。
自分が聞いたら「あれだ!」と直ぐにピンと来るのか、来ないのか。
聞いた途端に分かる歌でも、今の歌なのか、昔の歌か。
(前のハーレイも歌っていたのか、そうじゃないのか、どっちなわけ?)
ハーレイは学校の教師なのだし、今の歌にも詳しいだろう。
生徒の間で流行っていたなら、きっと覚えて歌う筈。
そういう歌を歌っているのか、もっと昔に流行った歌か。
昔と言っても、今の自分が赤ん坊だった頃とか、ハーレイの子供時代とか。
二十四歳も年が離れているから、流行った歌でも小さな自分が知らない歌はきっと沢山。
(…鼻歌、なあに?)
それとも本当に歌を歌っているのだろうか。
前の生から好きでたまらない、あの温かい声で楽しげに。
歌か、それとも鼻歌なのか。
作っている夜食は何だろうか、と考え始めている自分。
また一杯、とコツンと軽く叩いた頭。
ハーレイで一杯になっちゃった、と。
(…すぐ一杯になるんだから…)
ちょっとしたことが切っ掛けで。
今、一杯になった切っ掛けは、「コーヒーかな?」と思ったこと。
この時間なら、ハーレイはコーヒーを飲んでいるのかも、と。
そうしたらポンと浮かんだのがお酒、ハーレイがたまに飲むらしい酒。
次に居場所が気になってきたら、やっていることが気になって…。
(夜食かな、って思っただけなのに…)
ぐんぐん膨らんだ頭の中身。
ハーレイが夜食を作っているなら、どんな歌を歌っているのだろうと。
流行りの歌か、古い歌なのか、鼻歌か、本当に歌っているか。
たった一杯のコーヒーを頭に描いた所から、ハーレイが歌う歌声にまで膨らんだ。
ハーレイなんだ、と思っただけで。
恋人のことが気になっただけで。
(もしも、お料理の方を考えてたら…)
夜食は何か、と考えたのなら、別の方へと行ったろう。
冷蔵庫を覗いて材料を探すハーレイだとか、棚を覗いている姿とか。
これがあった、とウキウキ作り始める夜食。
フライパンで何か焼こうとするのか、小さな鍋の出番になるか。
鼻歌交じりに作る夜食は何だろう?
熱い間が美味しい料理か、冷ました方が美味しいものか。
それを作って何処で食べるのか、コーヒーが合うのか、お酒の方か。
(…夜食って…)
ピザとかドリアだとか、と膨らんでゆく頭の中身。
ハーレイが作るのは、どんな夜食、と。
またまた一杯になっていた頭、今度はハーレイの夜食のせいで。
何を作るのか、何を食べるのかと、頭の中身はハーレイのことで溢れそう。
(…ぼくは夜食は食べないのに…)
そんなに沢山、食べられるわけがない食事。
夕食だって、盛り付けられた分を残さずに食べるのが精一杯。
夜食にはとても辿り着けない、どう頑張っても。
(でも、ハーレイは食事も沢山食べるから…)
いつもおかわりしているもんね、と両親も一緒の夕食の席を思い出す。
「おかわりは如何ですか?」と母に尋ねられたら、「頂きます」と答えるハーレイ。
二人きりで食べる昼食の時は、ハーレイの分が明らかに大盛り。
(あんなにあっても、平気でペロリと食べちゃうんだもの…)
そういえば、と蘇って来た学校のランチタイムの記憶。
沢山食べたら背が伸びるかも、と注文してみた大盛りランチ。
食べられそうもなくて困っていたら、ハーレイが助けてくれたのだった。
「俺に寄越せ」と、綺麗に食べて。
自分用のランチのトレイも持っていたくせに、大盛りランチの残りまで。
(ハーレイ、ホントに凄いよね…)
だから柔道も強いんだよね、と顔が綻ぶ。
大盛りランチは、運動部員の御用達だから。
しっかり食べて体力作りを、と提供される大盛りランチ。
きっとハーレイも、自分くらいの年の頃には学校で食べていたのだろう。
ランチタイムは大盛りランチで、全部ペロリと平らげて。
それの他にも、休み時間になったなら…。
(パンとか、食べていそうだよね?)
運動部員のクラスメイトは、そうだから。
「食べないと、とても身体が持たない」と、休み時間に食べているパン。
家から持って来ているパンとか、学校で買ったパンだとか。
ハーレイだったら、どっちだろう、と想像してみた子供時代。
大盛りランチの他に食べるパンは、学校で買ったか、家から持って行ったのか。
(…学校に行く途中に、美味しいパン屋さんがあったかも…)
其処に入って買ったかもしれない、いつもお小遣いを握り締めて。
どれを買おうか散々迷って、「これにしよう」とトレイに一個。
(二個だったかも…?)
もっと凄くて三個だったとか、そういうこともあるかもしれない。
三個の内の一個は必ず、毎日同じパンだったとか。
(お気に入りのパン、ありそうだものね?)
好き嫌いの無いハーレイだけれど、それは自分も同じだけれど。
これがいいな、と思う料理はあるわけなのだし、パンだって、きっと。
(どんなのかな、ハーレイがお気に入りだったパン…)
子供時代のハーレイが買っていたパンは…、と今度はパンで頭が一杯。
ハーレイが学校へ行くまでの道に、パンを売っている店があったかどうかも知らないのに。
店があっても、其処で買わずに、学校で買ったかもしれないのに。
(…パンで一杯になっちゃった…)
夜食のことを考えてたのに、と思わず零れてしまった溜息。
どうして一杯になるんだろうと、すぐにハーレイで溢れちゃうよ、と。
(勉強している時は大丈夫だけど…)
ハーレイで一杯になっていることはないんだけれど、と思ったけれど。
そのハーレイが授業をしている古典の時間はどうだろう?
(…当てて欲しくて、手を挙げてるし…)
他の誰かが指名されたら、ガッカリしてしまうハーレイの授業。
やっぱり一杯なのかもしれない、勉強の時も。
ハーレイの姿が見える時には、ハーレイが教える時間には。
それに体育の授業を見学する時、いつも一度は考えること。
「ハーレイがやったら、カッコいいよね」だとか、「ハーレイでも教えられそう」だとか。
サッカーでも、マット運動でも。バスケットボールも、走り高跳びも。
きっと、とってもカッコいいんだ、と体育の指導をするハーレイを思い描いていて。
(また一杯になっちゃってるよ…)
どうしてパンから体育になるの、と呆れるしかない自分の頭。
すぐにハーレイで一杯になって、溢れそうになる頭の中身。
一杯だよ、と気が付いたって、今度は違うものがポンと浮かんで膨らんでゆく。
ハーレイだったら、と思った途端に。
夜食からパンに化けてしまったり、パンが体育に化けてしまったり。
そして一杯になる頭。
ハーレイのことで、すぐに一杯。
(…だって、ハーレイなんだもの…)
前の生から好きだった人で、また巡り会えて恋人同士。
けれど、まだ一緒には暮らせないから、離れている時は、ついつい気になる。
ハーレイは今、どうしているかと、いったい何をしているのかと。
二人一緒にお茶を飲んでいても、やっぱり気になるハーレイのこと。
何を話そうか、何を話してくれるのかと。
気付けば、いつでも頭の中身はハーレイのこと。
会っている時も、離れている時も、何をしていても浮かぶハーレイ。
(ぼく、ハーレイに捕まっちゃってる…)
ハーレイが頭から離れないもの、と褐色の肌の恋人を想う。
此処にいなくても、ぼくを捕まえているみたい、と。
捕まってるから、いつも頭がハーレイで一杯、と。
(こういうの、確か…)
恋の虜って言うんだよね、とヒョイと頭に浮かんだ言葉。
何処かで聞いた歌の歌詞だったか、何かの本で読んだのか。
恋に夢中で、捕まった人。…恋の相手に捕まった人。
(ぼくは、ハーレイに捕まったから…)
恋の虜で、ハーレイの虜なのだろう。
ハーレイの褐色の腕に囚われて、逃げられなくなっているのだろう。
その腕は、今は無いけれど。
チビの自分を、捕まえていてはくれないけれど。
(だけど、ぼくが大きく育ったら…)
もう本当に捕まるのだろう、あの腕の中に、広い胸の中に。
「逃がさないぞ」とギュッと抱き締められて、閉じ込められてしまうのだろう。
けれど、そういう檻の中ならかまわない。
とうにハーレイの虜だから。
「君だけだよ」と、前の生から想う恋人。「君の虜」と思うだけで胸に溢れる想い。
ハーレイのことしか考えられない、幸せな牢獄に住んでいる自分。
ずっと牢獄で生きてゆくから、ハーレイの虜なのだから…。
君の虜・了
※ふと気付いたら、ハーレイ先生のことで頭が一杯らしいブルー君。次から次へと。
まだチビなのに恋の虜で、牢獄にいるみたいです。これからもずっと、それが幸せv
(ふうむ…)
言葉だけの時代になっちまったか、とハーレイが頭に描いた言葉。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後でのんびり読書。
愛用のマグカップに淹れたコーヒーがお供、コクリと飲んではページをめくって。
今日はこれだ、と選んだ一冊。
読み進めていたら出会った言葉、普段だったら気にしないけれど。
たまたま合ったタイミング。
この段落を読んだらコーヒー、と思ったキリのいい所。
其処で出て来た言葉が「とりこ」で、漢字で書くなら「虜」の一文字。
目にした途端に、「おや?」と思った。
それから引っ張り出した辞書。
どういう風に説明されているかと、虜の意味は、と。
(生け捕りにした敵、か…)
別の辞書だと、「戦闘の際、生け捕りにした敵」という丁寧な説明。
どちらの辞書でもそれが一番、二番目の意味はこうだった。
「あることに心を奪われること」や、「心を奪われて逃げ出せない人」。
但し書きとして、「本来の意味がこうだったので」、と二番目の意味が生まれた理由。
もしも心を奪われたならば、心が生け捕りになるわけだから。
生け捕りにされて逃げ出せないから、一番目の意味が必要になる。
「心を生け捕りにされました」と。
捕まってしまって、逃げられません、と。
「恋の虜」などという、使用例も載っているのだけれど。
どの辞書も必ず、一番目に書かれている意味は「生け捕り」。
戦いの時に捕虜にした敵、それを指す言葉。
ところが、こいつが無いんだよな…、と辞書を眺めて考える。
辞書を引くことになった原因の、さっき読んでいた本のページも。
どうやら今日はここまでらしい、と苦笑い。
もう読めないなと、俺の心は「虜」の虜になったもんで、と。
(生け捕りなあ…)
今の時代にいるわけないぞ、と言い切れるのが本物の「虜」。
どの辞書を見ても一番に書かれた意味だけれども、もういない。
戦闘など、ありはしないから。
平和になった今の時代に、生け捕りも捕虜も無いのだから。
(死語ってわけではないんだが…)
一番目の意味の出番は無いな、とクックッと笑う。
使う場面が無い時代では。生け捕りも捕虜も無い時代では。
(俺としたことが、今日まで気付いていなかったってか?)
何度も本で読んだのに。
前の自分の記憶が戻った時から、今日までに。
キャプテン・ハーレイが生きた時代なら、本物の「虜」もいたというのに。
(人類軍のヤツらも、海賊退治で生け捕りにしていたんだろうが…)
機械が統治していた時代も、はみ出して生きる者たちはいた。
宇宙で海賊になってしまって、勝手気ままに生きる者たち。
そういう輩を退治するとか、たまに何処かで起きた叛乱。
人類軍が派遣されたら、捕虜になる者もあったろう。
(前の俺たちだって、捕まえたしな?)
とてつもない有名人ってヤツを、と眉間の皺が深くなった捕虜。
あれさえ始末していたら、と今でも忌々しいキース。
シャングリラで捕虜にしてたんだった、と。
赤いナスカにやって来たキース、それをジョミーが捕まえた。
メンバーズだから、地球の情報でも得られれば…、と誰もが考えたのに。
(情報どころか、逃げられた挙句にメギドまで…)
それでブルーを失くしちまった、と悔やんでも悔やみ切れない思い。
あの時、キースを始末していたなら、と。
(…いかん、いかん…)
そっちへ行ったらコーヒーが不味くなっちまう、とコクリと一口。
ブルーは帰って来たのだから。
青い地球の上に生まれ変わって、幸せに生きているのだから。
(…しかしだ、本物の捕虜がいないってことは…)
もしかしたらアレが最後の捕虜だろうか、と思わないでもないキース。
(俺たちは、アレしか捕まえていないわけだし…)
捕虜にされたミュウなどはいるわけがない。
ミュウと知れたら処分されるか、研究所に送られた時代。
人類に戦いを挑んだミュウは前の自分たちだけ、他には誰もいなかったから。
(戦闘でないと、生け捕りはなあ…?)
ただ捕まって檻の中では捕虜ではないな、と大きく頷く。
ミュウが捕まえた捕虜はキースで、あれ一人だけ、と。
(…記念すべき最後の捕虜ってヤツか?)
SD体制が崩壊した後、宇宙から消えてしまった戦闘。
人類とミュウが和解した後の世界になったら、誰も戦わなかったという。
もう戦っても意味が無いから、海賊も叛乱も意味が無いから。
そうして消えて行った武器。
すっかり姿を消した戦闘。
今の時代に捕虜などはいない、「虜」という言葉の意味があるだけ。
何かに心を奪われた時に、二番目の意味を使うから。
「心が捕まってしまいました」と、「生け捕りなんです」と。
何もかも変わっちまったな、と遥かな時の彼方を思う。
今は捕虜さえいない時代かと、本物を見た者は誰もいないな、と。
(キースの野郎が最後だったのか、他にもいたのか…)
分からないが、と飲んだコーヒー。
前のブルーをナスカで失くして、シャングリラで向かった地球への旅路。
捕虜にした者はいなかった。
心を鬼にしていたジョミーは、容赦なく殺していったから。
(だが、人類の方ではだな…)
ミュウを捕虜にはしなかったけれど、同じ人類を何処かで捕えていたかもしれない。
海賊だったり、叛乱を起こした者だったり、と。
(キースが最後ではないかもしれんな、前の俺たちが知らないだけで)
最後の捕虜は誰なんだか…、と考えてみると愉快になる。
今の時代は、いない捕虜。
言葉だけしか残っていない捕虜、けれど言葉は生きているから。
さっきの本にも記されていたし、様々な場面で使われる言葉。
詩にだってなるし、歌に乗せられることだって。
(恋の虜、ってな)
本来の意味の捕虜はいなくて、二番目の意味で馴染みの言葉。
「あなたの虜」と歌う恋歌とか、恋を綴った詩やら、それこそ手紙にだって。
生け捕りになってしまいました、と恋の相手に打ち明ける想い。
それにピッタリの言葉が「虜」で、今の時代はいない捕虜。
(最後に捕虜になっていたヤツが知ったら、ビックリだろうな)
囚われの境遇を嘆いただろうに、記念すべき最後の捕虜なのだから。
今の時代に「虜」と言ったら、幸せな場面で使うのだから。
恋に夢中だとか、趣味の何かの虜だとか。
不幸だった本物の捕虜を見た者は、今の時代はいないのだから。
(前の俺だと、知ってるんだが…)
キースの野郎で、大物としては最後の捕虜の筈なんだが、と傾けるコーヒー。
今の時代も有名なキース、捕虜になったアレを確かに見たぞ、と。
(でもって、逃げられちまってだな…)
酷い目に遭ったのが前の俺だが、と思うけれども、今の自分。
奇跡のように生まれ変わって、失くしたブルーとまた巡り会えた。
もう捕虜などはいない世界で。
青く蘇った、平和な地球で。
(そして、今度は俺が捕虜だぞ)
自由の身なのに、立派に捕虜だ、と思い浮かべた恋人の顔。
十四歳にしかならないブルーを、チビになってしまった恋人を。
(あいつの虜になっちまった…)
戦っちゃいないし、二番目の意味で、とチョンとつついた分厚い辞書。
「心を奪われて逃げ出せないぞ」と、「あいつに生け捕りにされちまった」と。
なにしろ、ブルーに夢中だから。
キスも出来ない小さな恋人、それでも好きでたまらないから。
気付けばブルーを追っている心、どんな時でも。
前の自分がそうだったように、心はとうにブルーの虜。
本物の捕虜はいない時代に、ブルーの虜になっている自分。
生け捕りにされて、夢中になって。
(次に会えるのはいつなんだか、って思っちまうのは普通だし…)
会っている時は、ブルーしか目に入らないと言ってもいいくらい。
キスも交わせはしないのに。
まだまだチビで、ほんの子供の恋人なのに。
(…それでも、あいつの虜ってな)
キースと違って俺は逃げんぞ、と腰抜けな捕虜を鼻で笑った。
あのメンバーズは逃げやがったが、俺は腰抜けではないからな、と。
ブルーの虜になったからには、一生、捕虜でいる覚悟。
いつまでも、何処までも、ブルーの虜。
今度こそ、ブルーと幸せに生きてゆくのだから。
生け捕りにされても、それが幸せ。
ブルーが自分を閉じ込めた檻が、恋をするための幸せな牢獄なのだから…。
あいつの虜・了
※捕虜がいなくなった今の時代に、捕虜になっているらしいハーレイ先生。
ブルー君に生け捕りにされたようですけれども、幸せ一杯みたいです。捕虜でも幸せv
