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(ハーレイ、来てくれるといいんだけれど…)
 明日は会えるといいのにな、と小さなブルーが心の中で呟いたこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 昨日も今日も、家に来てくれなかった大好きな恋人。
 前の生から愛したハーレイ。
 きっと仕事が忙しいのだ、と頭では分かっているけれど。
(でも、会いたいよ…)
 ハーレイと会って話したいのに、と零れる溜息。
 今日もハーレイには会えなかった、と。
 学校では顔を合わせたけれど。
 挨拶をして、立ち話だって少し出来たのだけれど。
(あのハーレイは、ハーレイ先生…)
 今の自分が通う学校の古典の教師で、「ハーレイ先生」。
 けして「ハーレイ」と呼べはしなくて、呼び掛ける時は「ハーレイ先生」。
 言葉遣いだって、他の先生と話す時と同じで、きちんと敬語。
 切り替えは上手く出来るけれども、そうやって立ち話をする時は…。
(他のみんなと変わらない話…)
 恋人同士の会話ではなくて、教師と生徒の会話だけ。
 学校では教師と生徒だから。
 いくらハーレイが守り役とはいえ、甘えることだって出来ないから。
(元気そうだな、って…)
 そんなことしか話してくれない、ハーレイ先生。
 「今日の授業は分かりやすかったか?」だとか、もう本当に生徒扱い。
 生徒なのだから、仕方ないけれど。
 恋人なんです、と言えはしないし、ハーレイの方でも同じこと。
 だから、ハーレイとは会えないまま。
 昨日も今日も「ハーレイ先生」、恋人のハーレイに会えてはいない。


 それがなんとも寂しいから。
 ハーレイに会いたくてたまらないから、祈ってしまう。
 「明日はハーレイが来ますように」と、「仕事が早く終わりますように」と。
 長引く会議や、柔道部の生徒の怪我などは困る。
 ハーレイが来られなくなってしまうから、そういったことが無いように。
(ホントにお願い…)
 ぼくのお願い、と両手を組んで祈った神様。
 特に誰とも思わないまま、「明日はハーレイが来ますように」と。
 長引く会議がありませんようにと、柔道部の生徒が怪我をしたりもしませんように、と。
(きっと叶うよね?)
 このくらいのささやかな祈りなら。
 欲張ってお願いしてはいないし、きっと神様は叶えてくれる。
 背を伸ばしたいとか、早くハーレイと結婚したいだとか、我儘は言っていないから。
 ほんのちょっぴり、普通の日が欲しいだけだから。
(ハーレイの仕事が早く終わって、柔道部だって順調で…)
 そういう一日になるといいな、とお祈りしただけ。
 ごくごく普通の一日がいいと、ハーレイに会える日になればいいと。
 欲張ってはいない、小さなお祈り。
 どの神様が聞いていたって、「そのくらいなら…」と叶えてくれそうなこと。
(それに、柔道部の生徒のためにお祈り…)
 怪我をしたりはしませんように、と祈った自分。
 まるで知らない誰かのために。
 自分のためのお祈りとはいえ、柔道部の生徒の分まで祈った。
 無事に練習出来ますように、と。


 きっと叶うよ、と思ったお祈り。
 どんな神様でも、「この欲張りが」と呆れたりはしない筈だから。
 普通の一日が欲しいだけだし、柔道部の生徒の無事まで祈ってあげたのだから。
(欲張りなお祈りは駄目だけど…)
 これくらいなら、と考えた所で気が付いた。
 チビの自分は、神様にお祈りしたけれど。
 どの神様も思い浮かべないままで、「お願いします」と祈ったけれど。
(…前のぼくだと…)
 お祈りはもっと真剣だった、と蘇って来た遠い遠い記憶。
 何度祈ったか分からない。
 白いシャングリラで、ミュウの未来を。
 いつか地球へと、平和な時代が来るようにと。
(そうでなくても…)
 今日が一日、無事であるようにと祈り続けたソルジャー・ブルー。
 シャングリラの、船の仲間たちの無事を祈らない日は無かったと思う。
 自分一人の力だけでは、ミュウもシャングリラも守れないから。
 物理的には守れたとしても、そんな事態にならないようにと。
(もしも人類に発見されたら…)
 直ぐに攻撃されるだろう。
 何処まで逃げても、きっと追手がかかるのだろう。
 白いシャングリラが沈むまで。
 懸命に自分が張ったシールド、それが力を失う時まで。
 たとえ振り切れても、一度発見されてしまえば、知れてしまうのが船の存在。
 人類軍の全てに回る通達、見付けたならば沈めてしまえと。
 そして束の間の平和は無くなる。
 長く潜んだ雲海の星を、アルテメシアを追われてしまって。
 シャングリラは宇宙を彷徨い続けて、行く先々で発見されては、攻撃を受ける日々が来て。


 そうならないよう、前の自分は祈り続けた。
 白いシャングリラが見付からないよう、船の仲間たちが無事であるよう。
 今日も一日、何事も起こらず過ぎて欲しいと。
(アルテメシアにいた、ミュウの子たちも…)
 何人も救い出したけれども、救えない時もあったから。
 救出が上手く行った時にも、助けた子供が船に来るまで、気を抜くことは出来なかったから。
(…お祈りしてた…)
 人類に追われたミュウの子供が助かるように。
 自分たちの迎えが間に合うようにと、前の自分は祈っていた。
 一人でも多く助けたいから、殺される子供は一人もいない方がいいから。
(…神様にしか出来ないんだもの…)
 ミュウの子供が生まれてくるのは、そうなった子供のせいではなくて。
 子供を育てた人工子宮や、交配システムのせいでもなくて。
 神の悪戯、神の気まぐれ、そうでなければ神の意志。
 前の自分が持っていたサイオン、それがどんなに強いものでも神の力には抗えない。
 神が決めたら、世界の全てはそのように動く。
 ミュウの子供を作り出すのも、シャングリラが潜む雲海の形を変えてゆくのも。
(…ミュウの未来も、船の未来も…)
 どう頑張っても、前の自分の力だけでは守れない。
 物理的には守れたとしても、ミュウの子供を殺すシステムや人類軍の存在はどうしようもない。
 消えてなくなれと念じた所で、破壊出来るのは一部分だけ。
 テラズ・ナンバー・ファイブを倒せたとしても、人類は直ぐに次のを据える。
 他の星から運び込んで来て、まるで何事も無かったかのように。
 アルテメシアの駐留軍を壊滅させても、その日の内に別の部隊がやって来る。
 自分の力は、一部分にしか及ぼせないから。
 人類が支配する宇宙の全てを、意のままに出来はしないから。


 分かっていたから、神に祈った。
 「どうか」と何度も、救いを求めて祈り続けた。
 ミュウに未来があるように。シャングリラが無事であるように。
 宇宙の全てを司るのは、きっと神だと思ったから。
 マザー・システムが何であろうと、それもまた神の手の内だから、と。
 ミュウに未来があるとしたなら、神が導いてくれる筈。
 今は追われるミュウであっても、いつかは追われずに済む場所へ。
 母なる青い地球の上へと、人を生み出した約束の地へと。
(神様だったら、出来そうだから…)
 自分には無理でも神なら出来る、と思ったこと。
 ミュウの未来を守ってゆくことも、ミュウの箱舟を守り抜くことも。
(だから、お祈り…)
 前の自分は何度も祈った。
 ミュウに未来をと、シャングリラが人類に見付からぬよう、と。
(神頼みだけじゃなかったけれど…)
 自分でも努力していたけれども、それだけで足りはしないから。
 広い宇宙を司る神、その神が味方してくれなければ、ミュウの未来は守れないから。
(頑張って、頑張って、それから神様…)
 前の自分がしていた祈りは、そういう祈り。
 持てる力の限りを尽くして、足りない分の救いを求めた。
 人間の身では変えることが出来ない、宇宙の摂理。
 神が定めた宇宙の秩序。
 変えられるのはきっと神だろうから、「どうか」と祈り続けた自分。
 いつかはミュウに未来をと。
 約束の地へと、青い地球へと。


(前のぼくのお祈り…)
 今と中身が全然違う、とパチクリと何度もしてみた瞬き。
 ミュウのためにと、シャングリラのためにと祈り続けたソルジャー・ブルー。
 自分の力が及ばない分を、神が補ってくれるよう。
 ミュウの未来を、白いシャングリラを神が守ってくれるよう。
 それに比べたら、今の自分が祈ったこと。
(柔道部の生徒の分まできちんとお祈りしたよ、って…)
 自分のことだけ祈ってはいない、と得意だったのが恥ずかしい。
 どの神様が聞いていたって、前の自分の祈りを知ったら、きっと笑い出すことだろう。
 同じ人間なのに違うと、まるで違った願い事をする、と。
(でも、今だと…)
 こっちの方が普通なんだよ、と思うから。
 人間が全てミュウになった今は、もうシャングリラも要らないから。
(ぼくのお祈り、これでいいよね…?)
 うんとちっぽけで、自分のためのお祈りだけど、と祈りの続き。
 明日はハーレイが来ますようにと、会えますように、と。
 柔道部の生徒が怪我をしたりはしませんように、と。
 今の自分には、きっと似合いの祈りだから。
 ほんの小さな願い事だし、欲張ったわけではないのだから…。

 

        お祈りの中身・了


※明日はハーレイが来ますように、と祈ったブルー君。柔道部の生徒の無事までも。
 けれど、ソルジャー・ブルーとは比較にならない、お祈りの中身。平和な時代の証拠ですv





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(明日は早く帰れるといいんだがな?)
 ブルーの家に寄りたいからな、とハーレイが心で呟いたこと。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 小さな恋人を思い浮かべて、明日こそ早く、と。
 仕事が早く終わった時には、平日でもブルーを訪ねてゆく。
 そういう習慣、小さなブルーと二人でお茶。ブルーの部屋で。
 夕食はブルーの両親も一緒、ダイニングのテーブルで和やかに食べる。
 後はその日の時間次第で、食後のお茶を。
 ダイニングだったり、ブルーの部屋に戻ったり。
 この時間まで、と決めてある時刻、それが来たなら「またな」と帰宅。
 名残惜しそうにしているブルーに手を振って。
 「また来るから」と、愛車に乗って。
 明日はそういう日になるといい、と願ってしまう。
 昨日も今日も行けていないから、小さなブルーに会いたいから。
(学校じゃ、顔を見てるんだがなあ…)
 挨拶を交わして、立ち話も少し。
 けれども、それではまるで足りない。
 学校の中では、自分は教師でブルーは生徒。
 「ハーレイ先生」と呼んでくれるブルーは、常に敬語で話すから。
 恋人同士の会話どころか、本当に教師と生徒だから。
 「頑張ってるか?」と声を掛けたり、「元気そうだな」と言ってやったり。
 他の生徒と変わらない会話、甘い話題を選べはしない。
 会えて話せても、ブルーは生徒。
 自分の方はあくまで教師で、立場を崩せはしないから。


 昨日も今日も、会えていないブルー。
 会えたけれども、恋人ではなかった小さなブルー。
 だから明日こそブルーの家へ、と思うけれども、運次第。
(柔道部の方はなんとかなっても…)
 会議があったら駄目だからな、と指先でトンと叩いた額。
 臨時で会議が入った時には、大抵、長引くものだから。
 誰もが予定を立てていない会議、大筋が出来ていない会議は長くなりがち。
 纏まるまでに時間がかかるし、それが入ったらブルーの家には寄れずに帰宅。
(会議ってヤツが無くてもだ…)
 柔道部で誰かがヘマをしたなら、やはり狂ってしまう計画。
 練習の時に筋を傷めるとか、そういったこと。
(その場で手当て出来ればいいが…)
 冷やしておけよ、と湿布でも貼って、後は見学。
 その程度の怪我ならいいのだけれども、念のために診察して貰うなら…。
(俺が車を出すことになって…)
 診察の付き添い、それが済んだら生徒を家まで送って行く。
 玄関先で「お大事に」と失礼出来れば、ブルーの家へと出掛ける時間は取れるけれども。
(そうはいかないのが、世の中ってモンで…)
 まず間違いなく、「どうぞ」と招き入れられる家。
 「息子が御迷惑をおかけしまして」と、「お茶でもどうぞ」と。
 家に入ったら、怪我をした生徒も交えて歓談。
 懇談ではなくて歓談だけに、「今日はこれで」と切り上げられない。
 お茶だけを飲んで「失礼します」と言えない雰囲気、生徒の顔にもそう書いてある。
 「もっとゆっくりしていって下さい」と、「先生の話が聞きたいです」と。
 生徒にとっては、自分は憧れのヒーローだから。
 いつか自分も、と夢を見たくなる柔道の達人なのだから。


 会議も、柔道部の生徒の怪我も、どっちも困る、と傾けるコーヒー。
 明日こそブルーに会いたいのだから、どちらも御免蒙りたい。
(平凡な一日を希望ってヤツだ)
 いつもの時間に家を出発、学校に着いたら柔道部の朝練。
 後は授業で、放課後にまた柔道部の部活。
 たったそれだけ、他には何も望みはしない。
 特別なイベントも、思いがけないサプライズだって。
(普通の一日が一番だってな)
 同僚に「飲みに行こう」と誘われた時も、ブルーの家には寄れないから。
 「美味いんですよ」と食事に誘われた時も、やはり結果は同じだから。
 その手の誘いも来ないといいが、と祈ってしまう。
 平凡な日が一番だ、と。
(それと、あいつが元気なことと…)
 今度も弱く生まれてしまった、小さなブルー。
 学校で顔を見掛けない時は、欠席だったりするものだから。
 もちろん見舞いに出掛けるけれども、会いに行くのと見舞いとは違う。
 寝込んでいるブルーと、長く話は出来ないから。
 今もブルーの気に入りのスープ、それも作ってやらないと。
(あいつが元気で、俺にとっては平凡な日で…)
 明日はそういう日になって欲しい、と祈りたい気分。
 そう思う気持ちが既に祈りで、きっと誰かに…。
(頼んでるんだな)
 どうぞよろしく、と神様に。
 特に誰とも思わないけれど、祈るとなったら相手は神様。
 平凡な日になってくれますようにと、ブルーも元気でいますようにと。


 本当にささやかな祈りの中身。
 ごくごく普通の一日がいいと、ブルーも健康でありますようにと。
(…このくらいのことは叶えて欲しいんだがな?)
 俺は欲張ってはいないんだから、と思った所で気が付いた。
 何処の誰とも決めていない神に、「どうぞよろしく」と捧げた祈り。
 捧げたかどうかも怪しいくらいで、何の気なしに願い事。
 欲張りなことは何も頼んでいないのだから、叶えて欲しいと。
 平凡な一日と、ブルーの健康。
(今の俺だと、その程度ってか?)
 しかもコーヒー片手に願い事か、と見開いた瞳。
 前の自分なら有り得なかったと、コーヒー片手に祈ることなど、と。
(たまにはそういう時もあったんだろうが…)
 飲んでいたコーヒーは、仕事の合間の休憩用。
 今日も一日無事であってくれ、と心で祈っていたのだろう。
 前の自分が生きていた船、あのシャングリラで。
 無事に一日が終わるようにと、何事も起こらないでくれと。
(…今の俺と同じで、平凡な一日を願っちゃいたが…)
 あの船で平凡な一日と言えば、今の自分とは大違い。
 船が世界の全てだったし、外の世界には追われるミュウたち。
 人類に追われ、殺されていったミュウの子供たち。そうなる前に救い出さねば。
(急な救出も、予定通りの救出の方も…)
 仲間の命が懸かっているから、「どうか無事に」と心で祈り続けた時間。
 白いシャングリラの舵を握って、あるいはキャプテンの席に座って。
(前の俺の平凡な一日ってヤツは…)
 ミュウの子供を救い出すという大変な仕事が無かった日。
 シャングリラにも何のトラブルも無くて、全てが上手く回っていた日。
 まるで違う、と気付かされた祈り。
 前の自分と俺とは違う、と。


(…重みってヤツが違うんだ…)
 同じ平凡な一日にしても、其処に懸かっている重さ。
 今の自分だと、もう本当に軽すぎる中身。
(長引く会議に、柔道部員の怪我ってヤツに…)
 それを避けられるのが平凡な一日。
 同僚からの酒や食事の誘いとか。
(ついでに、ブルーが病気じゃなくて…)
 元気な顔を見せてくれる日、それが平凡な一日の全て。
 けれども、前の自分は違った。
 白いシャングリラの平凡な一日、全てが上手く回っていた日。
 追われる仲間を救わねばならない日とは違って、船にトラブルも起こらなかった日。
(一つ間違えば、とんでもない日に…)
 なるのだった、と前の自分が生きた頃を思う。
 ミュウと判断された子供を救い出す時、見付からないよう隠しておくべきシャングリラ。
 救出に向かった小型艇だって、追われないよう指揮していた。
 合流地点を決める時にも、細心の注意。
 これが母船だ、と発見されたら終わりだから。
 シャングリラが人類に見付かったならば、たちまち攻撃されるから。
(船のトラブルの方にしたって…)
 もしも対処を誤ったならば、大きな事故に繋がりかねない。
 機関部を損ねるような大事故、それが起こったらシャングリラは飛んでいられない。
(上手く何処かへ降ろせたとしても…)
 修理が終わって飛び立つまでは、生きた心地もしなかったろう。
 いくらブルーが守っていたって、船そのものは無防備だから。
 自力で航行出来はしなくて、サイオン・キャノンも撃てないから。


 なんてこった、と頭で比べた祈りの中身。
 同じ祈りでも全く違うと、平凡の意味が違い過ぎると。
(ブルーの健康ってヤツはともかく…)
 他の祈りは、前の自分が耳にしたなら、「贅沢だな」と言いそうだから。
 いい御身分だと言われそうだから、反省しようと思ったけれど。
(しかしだ、今の俺にはこれが普通で…)
 平和な今の時代だったら、誰の祈りもそんなものだから。
 教え子たちの切実な祈りにしたって、テストの点数くらいだから。
(許されるよな?)
 今の時代はこれでいいんだ、とコーヒーを喉に送り込む。
 とても贅沢な祈りだけれども、ほんのささやかなものだから。
 明日はブルーの家に行きたいと、行けるといいなと願うだけだから…。

 

         祈りの中身・了


※ハーレイ先生が祈りたいことは、ブルー君と会える平凡な一日。たったそれだけ。
 キャプテン・ハーレイだった頃とは全く違った祈りの中身。平和な時代ならではですv





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(希望のを一つ…)
 何にしようかな、と小さなブルーが眺めたプリント。
 今日の授業で配られた宿題、ハーレイの古典の時間に貰った。
 「何でもいいから、希望のを一つ」という宿題。
 古典の教科書から一つ選んで、感想文を書いて出せばいい。
(ハーレイが読んでくれるんだよ)
 いつも出される宿題よりも、念入りに。
 どの生徒のも、心をこめて。
 作品の指定が無いというのは、そういうこと。
 流れ作業で読めはしなくて、評価するためにじっくり読む筈。
(頑張らなくちゃ…)
 短くても難解だと思うヤツを選ぶか、定番の作品をしっかり読むか。
 「こんな解釈も出来るのか」と、意外に思って貰えるのもいい。
 ハーレイの目を惹き付けたいなら、どういうのが効果的だろう?
 「これで来たか」とハッとさせるか、「あいつらしいな」と微笑まれるか。
 なんとも迷ってしまう所で、選ぶ前からワクワク出来る。
 どれにしようかと、何で感想を書こうかと。
(みんな、ブツブツ言ってたけれど…)
 いっそ俳句で書いてやろうか、と言った男子もいたけれど。
 自分にとっては、ハーレイにアピールするチャンス。
 授業をきちんと聞いていますと、こんなに真面目にやりましたと。
 普段の宿題や試験などでは出来ない評価。
 それをハーレイがしてくれるチャンス、頑張って自分を売り込まなくては。
 前の生から愛し続けるハーレイに。
 今は学校の教師でもある、好きでたまらないハーレイに。


 やっぱり恋のがいいだろうか、と思い浮かべた教科書の中身。
 恋の話も幾つもあるから、其処から一つ。
(ハッピーエンドのヤツがいいかな?)
 それとも悲恋がいいのだろうか、死んだ後にもきっと離れない恋人たち。
 まるで自分たちの恋のようだし、そういうチョイスもいいかもしれない。
 自分もハーレイも生まれ変わって、前の続きを生きているから。
 青く蘇った水の星の上で、恋の続きが始まったから。
(…そっちがいいかな…)
 悲恋のお話も幾つもあるし、と選ぶべき話を考える。
 どれがいいかと、ホントに迷う、と。
(希望のを一つ、っていうのがね…)
 嬉しいけれども悩んじゃうよね、と見詰めるプリント。
 クラスメイトたちが悲鳴を上げた宿題プリント、けれど自分には魅力の塊。
 何を選んでも、ハーレイが読んでくれるから。
 「あいつはこれを選んだのか」と、大きく頷くハーレイが見えるようだから。
 ハーレイが喜んでくれそうな作品がいいし、どうせならそれを選びたい。
 いったいどちらが好みなのだろうか、ハッピーエンドか悲恋なのか。
(前のぼくたちと重なっちゃったら、ハーレイ、泣くかな…)
 それも可哀相、と思うけれども、捨て難い悲恋。
 こんな悲しい恋もあるけど、今のぼくたちは幸せだよ、と思うから。
 前の自分たちの悲しすぎた恋。
 さよならのキスも出来ないままで、引き裂かれるように終わった恋。
 それの続きを生きているから、今は最高に幸せだから。
 悲恋に終わった恋の話も、結びの後はきっと幸せだろう。
 二人で何処かに生まれ変わって。
 もう離れない、と手を繋ぎ合って。


 きっと二人は幸せになったと思います、と感想を書いて出したなら。
 「こんな風に」と想像の翼を羽ばたかせたなら。
(…うんと印象深いかも…)
 あいつらしい、とハーレイが思ってくれそうな感じ。
 元の物語は締め括られても、恋する二人は鳥になって飛んでゆくだとか。
 それまで辺りにいなかった鳥が、つがいで仲良く住み着いたとか。
(白鳥が飛んで行くのもいいし…)
 見上げた人たちが、「何の鳥だろう?」と噂し合うような鳥でもいい。
 何処から来たのかと、まるであの二人が鳥になったようだ、と噂する鳥。
 そういう感想文を書くのもいいよね、と膨らむ夢。
 きっとハーレイなら分かってくれると、書いた自分の気持ちを、と。
 白鳥も、つがいで住み着いた鳥も、今の自分たちに重ねてあると。
 青い地球の上でまた巡り会えた自分たち。
 だから、この物語が好きなんです、と。
(ハーレイが読んで泣いちゃっても…)
 今は幸せな恋なのだった、と気付けば止まるだろう涙。
 それに、ハーレイが出した宿題。
 「何でもいいから、希望のを一つ」と。
 自分はそれに応えたわけだし、ハーレイも怒りはしない筈。
 「やられちまった」と思ったとしても、頭を掻いて苦笑い。
 「あいつのことを忘れていたな」と、読む話を絞るべきだったと。
 ズラズラとプリントに書いて並べて、「この中から一つ」と。
 同じ「希望のを一つ」にしたって、候補を絞ればいいのだから。
 悲恋の話を選べないように、最初からそれを外しておいて。
 「此処から一つ」と、好きな話を選ばせる。
 そうすれば悲恋は選べないから、ハーレイは泣かずに済む筈で…。


 好きに選ばせたハーレイのせいだ、と候補は悲恋。
 泣いて貰って、今の幸せを思って貰って、ハッピーエンド。
(それでいいよね?)
 希望のヤツを一つだもんね、と指先でチョンとつついたプリント。
 こう書いたのはハーレイだもの、と。
 「希望のを一つ」、そういう指定。
 だから希望のを選ぶわけだし、それでハーレイが泣く羽目になってもかまわない。
 ハーレイの宿題の出し方が問題、と「希望」の文字を眺めたけれど。
(…えっと…?)
 何を選ぶのも自分の自由、と思った根拠。
 プリントにハーレイが書いて来た「希望」、それが心にクイと引っ掛かった。
 自分は宿題用に何を読もうか、それを考えていたけれど。
(希望って…)
 よく聞く言葉で、よく使う言葉。
 昼休みに食堂へ行く時にだって、ランチ仲間に訊かれたりする。
 「先に行って席を取っておくけど、希望の場所は?」といった具合に。
 ランチの時にも、「今日は選べるみたいだぜ?」と、希望のメニューの種類とか。
 当たり前のように溢れる言葉で、何度も聞いた。
 自分も何度も口にして来たし、もちろん希望は幾つもある。
(卒業したら、ハーレイのお嫁さんになって…)
 うんと幸せに暮らすんだから、と夢を見るのも希望の一つ。
 将来の夢で、大きな希望。
 それがあるから、いつも幸せ。
 未来で希望が待っているから、いつか必ず手に入るから。
 他にも沢山、幾つもの希望。
 幸せ一杯の未来の夢には、希望が山ほど詰まっているから。


 あれもこれも、と幾つもの夢。
 希望に溢れた夢が未来で、きっと自分は手に入れられる。
 ハーレイと二人で地球に来たから、今度は結婚出来るのだから。
(前と違って、ホントに幸せ…)
 恋人同士だと明かしても良くて、何処へ行くにも繋いでゆける手。
 考えただけでも幸せな未来、自分は希望を手に入れるけれど。
(…前のぼくたち…)
 希望なんかは無かったっけ、と今頃になって気が付いた。
 自分もそうだし、宿題プリントに「希望」と書いたハーレイだって。
 白いシャングリラの仲間たちだって、希望を持ってはいなかった。
 正確に言うなら、持っていたけれど…。
(…希望には手が届かないんだよ…)
 どんなに懸命に手を伸ばしたって、欲しいと努力を積み重ねたって。
 そもそも、しようがなかった努力。
 シャングリラだけが、世界の全てだったから。
 人類に追われるミュウの箱舟、生きてゆくだけで精一杯。
 生きてゆける自由を手に入れただけでも、幸運だった自分たち。
 それよりも上は望めなかった。
 望んだところで、それが叶いはしなかった。
 どう頑張っても、マザー・システムはミュウを認めはしなかったから。
 人類のために作られた世界に、ミュウの居場所は無かったから。
 紛れ込んだなら、殺される。
 そういう世界で努力したって、追われる仲間を救い出せるだけ。
 シャングリラに迎え入れて終わりで、その先にはもう無かった希望。
 踏みしめる地面を手に入れることも、自由を謳歌することも。
 誰もが焦がれる青い水の星、地球まで辿り着くことも。


 だから無かった、と気付いた希望。
 希望を胸に抱いてはいても、それが叶いはしないから。
 けして叶わないだろう希望は、夢物語と何処も変わりはしないから。
 「こんな世界があったらいいな」と、夢見るお伽話の世界。
 努力したって掴み取れない、お伽話の中にある世界。
(ホントのホントに、ただの夢だけで…)
 あれは希望と言えなかった、と今だからこそ痛切に思う。
 前の自分は「いつか地球へ」と夢見たけれども、本当に夢。
 どうすれば地球へ辿り着けるか、それを知ってはいなかった。
 いつかは道が開けるのでは、と思っただけで。
 地球へ行くのだと夢を掲げて、その夢に縋り続けただけで。
(…ジョミーは地球まで行ってくれたけど…)
 そのジョミーでさえ、決意するまでに長くかかった。
 戦いの道を選び取るまで、地球に向かえはしなかった。
(ナスカに住もうとしたくらいだもの…)
 きっとジョミーも、地球へ行くという希望を掴んでいなかった。
 何度も掴み損ねては泣いて、ようやっと決意したのがナスカ崩壊の後。
 それまでは、白いシャングリラには…。
(希望、ホントに無かったんだよ…)
 ほんのささやかな、船の中でも持てる小さな希望くらいしか。
 将来はブリッジクルーになろうとか、いつか操舵士になりたいだとか。
 それを思えば、今の世界は…。
(宿題プリント…)
 今のハーレイが出した宿題、其処に「希望」と書かれた文字。
 希望が溢れた時代だからこそ、こんなプリントに「希望」の文字。
 今は誰でも、希望を掴み取れるから。
 それに向かって走りさえすれば、希望はしっかり両手で掴めるものなのだから…。

 

        希望のある今・了


※ハーレイ先生の宿題プリントで、夢を膨らませたブルー君。何で感想を書こうかと。
 けれど、プリントの「希望」の文字。前の自分が生きた世界と比べてビックリみたいですv





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(希望なあ…)
 ふうむ、とハーレイが目を落としたプリント。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 今日の授業で配ったプリント、幾つかのクラスで渡して来た。
 授業が無かったクラスの生徒は、明日以降に受け取るわけだけれども。
 早い話が宿題プリント、「感想文を出せ」というもの。
 教えている古典の教科書の中の、古文の作品。
 どれでもいいから一つ選べと、そして感想を書いて来いと。
(読解力ってヤツが大切なんだ)
 文章だけなら、誰だって読める。
 授業を真面目に聞いていさえすれば、音読は出来て当たり前。
 けれども、其処に落とし穴。
 音読が出来て、文法的なことが分かっていたって…。
(肝心の作品ってヤツが、分かってないのがいるからな)
 書いた作者の心情だとか。
 作者不明の作品にしても、其処にこめられたメッセージ。
 教訓だったり、今の時代も共感できる内容だったり、それは様々。
 其処まで読めて一人前。
 やっと古典の世界が分かるし、「他にも読もう」という気にもなる。
 それを分かって欲しいものだから、感想文の宿題を出した。
 一つ選んで感想を、と。
 短くてもいいから、自分の気持ちを書いて来いと。


 この作品で、と指定しなかったのは、面白みを知って欲しいから。
 教科書に名前が挙がっているなら、本文は其処に無くてもいい。
 手持ちの本を読んだっていいし、図書室でもいい。
 生徒が興味を持てる作品、それが一番だと思うから。
(好き嫌いってヤツは、あるものなんだ)
 今の時代の小説などでも分かれる好み。
 推理小説が好きだと言っても、誰のでもというわけにはいかない。
 この作者のなら大好きだけれど、他のはちょっと、といった具合に。
(まして古典となったらなあ?)
 好きな時代やら、書かれた内容。
 もう本当に好みが分かれる、そういう世界。
 だから「希望の作品を一つ」、プリントにそう書いておいた。
 好きに選べと、短い作品でも長い作品でもかまわない、と。
(そうは書いたんだが…)
 コーヒーを飲みながら、ふと見たプリント。
 明日も配るから、生徒の悲鳴が聞こえそうだな、と軽い気持ちで。
 「宿題ですか!?」と慌てる生徒や、「中止でいいです!」と叫びそうな生徒。
 宿題を出されて喜ぶ生徒は、まずいない。
(今日のクラスには一人だけいたが…)
 あいつの場合は事情が異なる、と思い浮かべた小さな恋人。
 前の生から愛したブルーは、ウキウキとプリントを手にしていたから。
 もう見るからに嬉しそうな顔で、他の生徒とは大違い。
(俺に読んで貰える、と喜びやがって…)
 通り一遍の宿題ではなくて、感想文。
 それも希望の作品を一つ、評価する方も型通りではないのだと分かる。
 一枚一枚、きちんと読んでゆくのだろうと。
 書き込む評価も、中身に応じて変わるだろうと。


 たった一人だけ、宿題を喜んでいたブルー。
 明日以降に配ってゆくクラスにも、喜ぶ生徒はいない筈。
 あいつだけだ、と思った途端に気が付いたこと。
 それが「希望」という言葉。
(軽い気持ちで、「希望」とだな…)
 書き込んだのだった、プリントを作った時の自分は。
 「好みの作品を一つ選べ」では、軽すぎるだろうと考えたから。
 宿題嫌いで悪知恵が働く生徒あたりが、「好みなんです」と選びそうなモノ。
(古典には違いなくてもだ…)
 和歌や俳句といった作品、それも「作品」とは言える。
 長くて三十一文字なモノを選ばれたのでは、たまらない。
 読解力は問えるけれども、あまりに短すぎるから。
(短くても、せめて文章と言えるヤツをだな…)
 選ばなくては、と思わせたいから、「希望」と書いた。
 もしも短歌を選んで来たなら、「お前の希望は、この程度か?」と睨んでやれる。
 ずいぶん小さな希望なんだなと、希望ってヤツはデカイもんだが、と。
 皮肉の一つも言ってやれるから、「好み」ではなくて「希望」の文字。
 好みよりかは、ずっと大きいのが希望だから。
 希望はそういう言葉だから。
(其処までは分かっちゃいたんだが…)
 分かっていたから「希望」なんだが、と眺めるプリント。
 しかし今ではこうなるのかと、宿題プリントに「希望」の文字かと。
 思い付いたから書いたけれども、「好み」よりいいと思ったけれど。
 今は「希望」が宿題らしいと。
 一冊選んで、感想文を書いて出すのが「希望」の世界、と。


 宿題プリントを見ていたブルー。
 今は自分の教え子だけれど、遠い昔はソルジャー・ブルー。
 遠く遥かな時の彼方で、ミュウの長として生きていた。
 前の自分はキャプテン・ハーレイ、ブルーと二人で船を守った。
 箱舟だったシャングリラ。
 人類に追われるミュウたちを乗せて、たった一隻で飛んでいた船。
(あそこじゃ、希望というヤツは…)
 とても大きくて、大きいどころか手が届かないもの。
 人類に追われ続ける身では。
 明日をも知れない船の中では、手など届きはしなかった。
 これを希望、と口にしたって、大抵は無駄。
 あの船で叶った希望というのは、もう本当にささやかなもの。
(せいぜい、食事のメニューってトコで…)
 これが食べたい、とその場で言っても通る程度の。
 厨房の者たちに余裕がある日に、「目玉焼きより、スクランブルエッグ」と頼める程度。
 それくらいしか通りはしなくて、同じ食事でも「シチューを希望」は通らない。
 メニューはきちんと決まっているから、個人の希望で変えられはしない。
(もっと大きな希望となると…)
 船で担当する仕事。
 ブリッジがいいとか、機関部だとか。
 責任の重い仕事は無理だ、と思うのだったら掃除係とか。
(あれは一応、進路ってヤツで…)
 大きな希望と言えただろう。
 必要だったら適性検査で、合格必須のものもあったから。
 今日から念願のブリッジクルー、と張り切った者も多かった。
 けれど、手の届く希望はそこまで。
 シャングリラにあった希望はそこまで、その先はもう…。


 無かったっけな、と指でなぞったプリントの文字。
 今は気軽に「希望」と書いてしまえるけれども、前の自分は違ったんだ、と。
 前のブルーが、前の自分が、皆に与えられた「希望」は、本当に配属先くらい。
 その程度ならば叶えてやれたし、後から変更することも出来た。
 「自分には向いていないようです」と言われたならば、他を探して。
 それが限界、シャングリラでは。
 手が届くような希望はそこまで、もうその先には無かった希望。
(…みんな、持ってはいたんだが…)
 同時に、それを諦めてもいた。
 どうせ無理だと、手に入らないと。
 ミュウが人類に追われる間は、けして自分の手は届かないと。
(いつか自由の身になるってヤツで…)
 箱舟から降りて、地面の上で生きること。
 もう人類には追われないこと。
 そういう世界を手に入れるために地球に行くこと、地球を見ること。
 どれも簡単に叶いはしないと、希望と言っても夢物語。
(夢と夢物語は違って…)
 夢なら、いつか叶いもする。
 希望と同じに手が届く日も来そうだけれども、夢物語は絵空事。
 お伽話のような世界で、ただ夢に見るということだけ。
 そういう世界があればいいなと、何処かにあれば素敵なのに、と。
(前の俺たちが持ってた希望は…)
 叶うことのない夢物語。
 誰もが諦め、夢を描いていたに過ぎない。
 どんなに望んでも、それは無理だと。
 そういう時代が長く続いて、ジョミーを迎えた後も続いた。
 前のブルーがいなくなるまで。
 ナスカを失くして、ジョミーが戦う道を選ぶまで。


(前のあいつが生きてた頃は…)
 元気だった頃には、シャングリラには無かった希望。
 それはあまりに大きすぎたから、手など届きはしなかったから。
 希望したって、せいぜい卵の調理方法、大きな希望が叶う時なら配属先。
 本当に希望と呼べそうなものは、夢物語で絵空事。
 だから無かった、希望などは。
 「希望は大きいものだしな?」などと、考えたりはしなかった。
 大きな希望は叶わないから、持っていたって夢見るだけ。
 今の時代なら、希望は叶うものなのに。
 それに向かって努力したなら、いつか手が届くものなのに。
(…まるで世界が変わっちまった…)
 宿題プリントに書いちまったぞ、と見詰める二文字。
 前の自分なら、軽い気持ちでそれを記せはしなかったのに。
 まして「希望は大きいものだ」と、仲間たちに言えはしなかったのに。
 「希望を大きく持っていろ」と檄を飛ばしても、希望に手など届かないから。
 却って士気が下がるだけだし、とても口には出来なかった言葉。
(そいつが、今では宿題プリント…)
 なんてこった、と苦笑するしかない時代。
 誰もが希望を持てる時代は、希望は必ず手に入るから。
 希望を大きく持てば持つほど、素晴らしい未来を掴み取れるのが今なのだから…。

 

        希望がある今・了


※ハーレイ先生が軽い気持ちで、「希望」と書いた宿題プリントですけれど。
 希望があっても手に入らなかったのがシャングリラ。世界は大きく変わりましたよねv





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(ホントに入っていたなんて…)
 ちょっとビックリ、と小さなブルーが瞬かせた瞳。
 ハーレイと二人で過ごした日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 昨日のハーレイの落とし物。
 「またな」と帰って行った後で床に見付けた、瑠璃色のペン。
 今のハーレイの愛用のペンで、教師になって直ぐに買ったと聞いた。
 ペンの瑠璃色が気に入って。
(あれって、星空みたいだもんね)
 人工のラピスラズリで出来たペン。
 瑠璃色の地には、金色の小さな粒が幾つも。
 鏤められた金色は不揃いなもので、大きさも形も実に様々。
 並び方だって不規則だから、本当に本物の星空のよう。
 そうでなければ、宇宙に散らばる幾つもの星。
 宇宙の色は、瑠璃色ではなくて漆黒だけれど。
 星たちも瞬きはしないけれども、星空と宇宙は兄弟のよう。
 夜空に輝く星の向こうは、宇宙だから。
 薄い大気の層を抜けたら、星たちはもう瞬かないから。
(ハーレイも、宇宙みたいだからって…)
 あの瑠璃色のペンが気に入った。
 いつも持ち歩くペンなのだけれど、昨日、うっかり落として行った。
 それを見付けて、心が躍った。
 「ハーレイのペンだ」と。
 前の生から愛した恋人、今も変わらず愛おしい人。
 子供の自分は連れて帰って貰えないけれど、それでガッカリしていたけれど。
 まるでハーレイの代わりみたいに、愛用のペンが落っこちていた。
 今夜は一緒、と拾い上げたペン。このペンが一緒にいてくれるよ、と。


 ドキドキしながら手に取ったペンは、チビの自分の手には重くて。
 持ち主の手の大きさを示しているようで、もう嬉しくて。
 しげしげと眺めて、其処に探した星座の模様。
 金色の粒が、馴染んだ配置になっていないかと。
(地球の星座とか、アルテメシアとか…)
 今の自分が仰ぐ星座や、前の自分が見ていた星座。
 それが無いかと、子細に調べた。
 もしもあるなら、ハーレイがとうに話していそうな気もしたけれど。
(でも、念のため、って思うよね?)
 せっかくこうして手に取れたのだし、じっくり見ようと。
 ハーレイが気付いていないだけかもと、隅から隅まで探したのに。
(星座、一つも無かったから…)
 やはり無いのか、と残念な気持ち。
 けれども、それもほんの一瞬。
 ハーレイのペンを持っているのだから、こういう時しか出来ないこと。
 どんな書き心地か試してみたくて、早速、紙に向かってみた。
 きっとスラスラ書けるんだよ、と。
 ところが、難しかったペン。
 初めて使った万年筆は、意外に先が引っ掛かるもの。
 普通のペンのようにはいかない、書こうとしても。
(百聞は一見に如かずって言うの?)
 それとも、もっと適切な言葉があるのだろうか。
 ハーレイが使っているのを見ていた時には、如何にも書きやすそうだったのに。
 だから自分も、と意気込んだのに、手ごわかったのが万年筆。
 チビに書かせてたまるものか、と言わんばかりに。
 小さな手にはまだまだ早いと、これは大人のペンなのだから、と。


 万年筆を持つには早すぎたけれど、ハーレイがいつも使っているペン。
 「ブルー」と綴ったことがあるのか、一度も書かないままなのか。
 書いていない、という気がしたから、「ブルー」と自分の名前を書いた。
 「これがぼくの名前」と、「覚えておいて」と。
 いつかハーレイと結婚したなら、このペンも一緒に暮らすのだから。
 ハーレイの側にはこれがあるから、覚えておいて貰おうと。
 それが済んだら、持ってベッドに入りたくなった。
 いつもハーレイと一緒のペンだし、側にいたいよ、と。
(だけど、壊したら大変だから…)
 そうっと枕の下に忍ばせた瑠璃色のペン。
 此処にあったら、ハーレイの夢が見られるかも、と。
 けれど、ハーレイの夢は来なくて、気付いたら朝になっていて。
 残念だけれど、ペンはハーレイに返すしかない。
 きっと捜しているのだろうし、このまま持ってはいられないから。
 案の定、「俺は落とし物をしていなかったか?」と言って訪ねて来たハーレイ。
 瑠璃色のペンを「はい」と渡したら、喜ばれたけれど。
(ぼくの思念、読まれてしまいそうで…)
 ペンに残った残留思念。
 それを読まれたら、ハーレイに全て分かってしまう。
 星座探しは平気だけれども、ペンを使ってみたことだって平気だけれど。
(ブルーって書いて…)
 覚えておいて、と語り掛けた上に、一緒に眠っていた自分。
 枕の下に入れた瑠璃色のペン。
 ハーレイの夢が見られないかと、弾んだ心で眠ったこと。
 全部バレちゃう、と慌てた自分。
 それはあまりに恥ずかしすぎると、ハーレイの気を逸らさなければ、と。


 どうしようか、と焦っていたら、ポンと浮かんだ星座のこと。
 これに限る、とハーレイに向かって切り出した。
 「そのペン、ホントに星空みたいだけれども、星座は一つも無いんだね」と。
 本当に思ったことだから。
 ちゃんと星座を探したのだから、嘘とは違って本当のこと。
 ハーレイは「なんだ、探したのか?」と話に乗って来たから、しめたもの。
 残留思念を読まれないためには、星座の話を続けなければ。
 だから、せっせと星座の話。
 「地球やアルテメシアの星座は無いけど、他の星はあるかもしれないね」と。
 前の自分が知らない星座。…見ていない星座。
 長い眠りに就いていた間に旅をした宇宙や、前の自分がいなくなった後。
 ハーレイは星たちを見ただろうから、そういった星は無いのか、と。
 「ふむ…」とペンに視線を落としたハーレイ。
 どうだろうな、と探しているから、もう安全だと思ったら。
 「おっ…!」とハーレイが上げた声。
 「此処を見てみろ」と、褐色の指がつついた瑠璃色のペン。
 不規則に並んだ七つの金色。
 瑠璃色の地に、ポツリポツリと散っている点。
 ハーレイの目が懐かしそうに細められていて、遠く遥かな時の彼方を見ている瞳。
 そして呟いた、「ナスカでこいつを見ていたな」と。
 いつの星だったかと、ハーレイが遡ってゆく記憶。
 今はもう無い、赤い星。
 その星の夜空を思い浮かべて、遠い記憶を辿っていって。
 「種まきをする季節の星だ」と、ハーレイの記憶が戻って来た。
 ナスカの春に昇った星だと、こういう七つの星があったと。
 特に名前もつけなかったが、と。


 まさか本当にあっただなんて、と驚いた星座。
 今のハーレイが愛用している瑠璃色のペンに、ナスカの星座。
 赤いナスカは、とうに無いのに。
 それよりも前に、ハーレイは気付いていなかったのに。
 瑠璃色のペンに鏤められた、小さな七つの金色の粒。
 幾つも散らばる粒の中の七つが、赤いナスカの星座だなんて。
(あれを買ったのは、ずうっと昔で…)
 ハーレイは知りもしなかった。
 ナスカからどんな星が見えたか、自分がそれを見たことさえも。
 前のハーレイの記憶は戻っていなかったから。
 記憶が無いなら、それだと分かる筈もないから。
(ペンがハーレイを選んだんだ、って…)
 そう思ったから、ハーレイにそれを伝えたけれど。
 ハーレイが言うには、ペンは「選んで買った」もの。
 同じペンを何本も出して貰って、試し書きなどをしてみた後で。
 一番しっくりくるのを買ったと、それを愛用しているのだと。
(ハーレイが選んだペンらしいけど…)
 でも違うよね、という気がする。
 ハーレイが書き心地を試す間に、ペンの方も語り掛けたのだろう。
 まだハーレイが思い出してもいなかった星が、自分の上にあるからと。
 この七粒の金色がそうだと、だから自分を選んでくれと。
 そうやってペンが呼び掛けていたから、ハーレイはナスカの星を選んだ。
 このペンがいいと、手に馴染むからと。
 まるで運命の出会いだったように、その一本を買って帰った。
 「これにします」と差し出して。
 包んで貰って、ハーレイの家へ。


 きっとそうだよ、と考えずにはいられない不思議。
 ハーレイのペンにナスカの星座があったこと。
(あの星、ぼくは知らなかった…)
 どんな星だったの、とハーレイの記憶を見せて貰った七つの星。
 ナスカの春に、種まきの季節に昇った星座。
 誰も名前をつけなかったけれど、愛されていたからハーレイも覚えていたのだろう。
 あの星が昇れば種まきの季節の始まりなのだ、と。
(前のぼくは眠っていたけれど…)
 ナスカには一度も降りはしなくて、種まきの季節の星も知らないままだったけれど。
 それをハーレイが教えてくれた。
 前の自分が守ろうとした星、メギドの炎に砕かれた星の夜空にあった星座を。
 「これだ」と遠い昔の記憶を。
 今のハーレイのペンに隠れていた星座の姿を。
(凄く不思議だけど、きっと他にも…)
 運命だとしか思えないことがあるのだろう。
 今の自分と、今のハーレイとが巡り会えたように。
 沢山の不思議が、運命が、奇跡が、きっとこれから先も幾つも。
 ハーレイのペンにはナスカの星座があるのだから。
 記憶が戻るよりもずっと前から、ハーレイは七つの星と一緒にいたのだから…。

 

        ペンにある星座・了


※ブルー君が言い出したことから、発見されたハーレイ先生のペンにある星座。
 まさか本当にあったなんて、と驚くブルー君ですけど、運命ってそういうものですよねv





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