(…居眠りなあ…)
しちまう気持ちは分かるんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(あいつらくらいの年の頃だと…)
無理も無いんだ、と今日、教室で寝ていた生徒の数を数えてみた。
普段より多くも少なくもなくて、平均といった所だろうか。
生徒が居眠りし始めた時は、雑談をして気分を切り替えてやる。
眠いままで授業を聞いているより、目が覚めた方が断然いい。
(少々、授業が脱線したって、効率的ってモンなんだ)
それにしても…、と居眠りしていた生徒の姿には、呆れ半分、同情半分。
涎が垂れそうな顔で寝るなど、どれだけ寛いでいるのだろうか。
(学校はホテルじゃなくてだな…)
教室も寝るための場所ではないが、と思いはしても、生徒の気持ちも良く分かる。
彼らくらいの年だった頃に、自分も通って来た道だから。
(寝てやろう、っていうつもりじゃなくても、ふと気付いたら…)
頭がガクンと落ちる瞬間とか、机の上に突っ伏していたとか、前科はあった。
夜更かしをしたわけではなくても、つい気が緩んで居眠ってしまう。
(…安心し切っているんだろうなあ…)
教師に知れたら叱られはしても、命の危険があるわけではない。
授業のポイントを聞き逃していても、成績が落ちてしまうというだけ。
(成績が落ちても、死にやしないし…)
ある意味、安心、安全な場所か、と可笑しくなった。
教室という場所は、居眠りに向いているらしい。
教師が居眠りに気付いた時には、「其処のヤツ!」と叱られるリスクがあっても。
叱られるだけでは済まされなくて、宿題を増やされる危機とセットでも。
(世の中、平和な証拠だってな)
今ならではだ、と感慨深いものがある。
前の自分が生きた時代には、授業中の居眠りは、即、将来に影響があった。
成績が落ちれば、成人検査の時に考慮され、一般人向けのコースに送られてしまう。
そうならなくても、「授業を聞かずに、居眠りをした」ことは記録に残る。
(成績には特に問題なくても、居眠りが多い生徒だと…)
SD体制の社会の中では、お世辞にも褒められた人材ではない。
指示や決まりに従えないのは、機械にとってはマイナスなわけで、高い評価は得られない。
せっかく成績がいいというのに、一般人向けのコースに送られ、出世の道は其処で終わった。
今とは違った価値観の世界は、機械が全てを決めていたから。
SD体制が無くなった今は、居眠りをしても問題は無い。
自分が責任を負わされるだけで、その責任も、昔とは比較にならないレベル。
(成績が落ちても、挽回のチャンスは幾らでもあって…)
教師の覚えが目出度くなくても、人生がメチャメチャになったりはしない。
せいぜい、成績表に書かれて、家で両親に大目玉を食らう程度だろう。
「居眠りが多いのは、寝ていないからだ」と、叱られ、夜更かし禁止を言い渡される。
あるいは漫画や趣味の道具を、全部、取り上げらるとか。
(そんなトコだな、それで一度は懲りていたって、ほとぼりが冷めたら…)
また居眠りをしちまうんだ、とクックッと笑いが漏れて来る。
「まったく平和な時代だよな」と、「前の俺たちの時代だったら、そうはいかんぞ」と。
ついでに言うなら、成人検査に落ちてしまって、弾き出された前の自分でも…。
(居眠りなんぞ、とても無理だったんだ)
俺が居眠ってしまったら最後、みんなが死んじまうんだから…、と白い箱舟の姿が蘇る。
あの船でキャプテンが居眠ったならば、文字通り、おしまいだったろう。
人類軍に位置を突き止められて、爆撃されて、落とされてしまう。
まして戦闘の真っ最中なら、居眠りをした、ほんの一瞬に…。
(人類軍の攻撃を読み切れなくて、直撃を受けて…)
致命的な箇所をやられて、船は沈んでしまっただろう。
メインエンジンが被弾するとか、ワープドライブをやられて逃亡不能になるとか。
(そうなったら、何もかもが終わりで…)
ミュウの未来も消えて無くなるから、居眠りすることは許されなかった。
もっとも、居眠りしたい気持ちになれる場所ではなかったけれど。
ブリッジという部署も、舵を握っていた持ち場にしても。
(今の時代の、うんと平和な教室とは事情が違い過ぎて、だ…)
毎日が戦場だったんだよな、と今にして思えば、懐かしいような気持ちでもある。
あの時代とは無縁な世界に生まれ変わって、生きているからこそだろう。
(お蔭で、大人になった今でも…)
たまに居眠りしちまうんだ、と頭を掻いた。
立派な大人の自分だけれども、居眠りと無縁だとは言えない。
研修に出掛けて疲れた時や、柔道部の大会などで緊張が長く続いた後だと…。
(ついつい、ウッカリ…)
寝ちまう時があるもんだ、と自覚はある。
家に帰ってからならまだしも、研修だの、大会だのの帰りの交通機関の中で寝てしまう。
ハッと気付けば、「寝てしまっていた」自分がいる。
ほんの数秒、あるいは数分、コックリと船を漕いでしまって、目覚めたばかりの今の自分が。
(安心して寝られる時代だからこそ、寝ちまうんだよなあ…)
シャングリラの頃とは違うモンだから、と自分で自分に言い訳をしてみたくなる。
前の自分が見ていたならば、「弛んでるぞ!」と叱られそうだから。
「研修と言えば、仕事の延長だろう」と、「帰り道でも仕事の内だ」と、厳しい口調で。
柔道部の大会からの帰りとなったら、もっと険しい表情で怒鳴るかもしれない。
「生徒を引率している時に、居眠りするなど許されないぞ!」と、眉間に皺を刻んで。
(……うーむ……)
全くもって仰せの通り、と前の自分に詫びる自分が目に浮かぶ。
反論出来る余地などは無いし、正しいことを言っているのは、明らかに前の自分だから。
(…もうペコペコと、バッタみたいに…)
頭を下げて下げまくるしか…、と冷汗が流れて来そうだけれど、前のブルーならどうだろう。
前の自分と同じ理屈で叱られるのか、逆に許してくれるのか。
(…あいつなら、きっと…)
許してくれる方だよなあ、と考えるまでもなく答えが出て来る。
前のブルーも、厳しい面は確かにあった。
「キャプテンが居眠りをした」となったら、けして許しはしなかったろう。
いくら恋人同士であっても、一番古い付き合いの友達同士としても。
(それとこれとは話が別だ、と…)
ソルジャーの貌で、鋭い瞳で、問い詰めて来たに違いない。
「どうして居眠りなどをしたのか」と、「居眠りが何を招くか、知っているのか」と。
(本当に怒った時のブルーは…)
手心を加えはしなかったから、どれほど詰られ、皆の前で吊し上げられたろうか。
キャプテンだけに、船の仲間たち全員に知られるほどではなくても、長老たちには…。
(取り囲まれて、あいつらの前で、ブルーに叱り飛ばされて…)
詫びの言葉も出ないくらいに、ひたすら頭を下げ続けるしか道は無かったと思えて来る。
実際には、そういう局面は無くて、前の自分は、無事に職務を全うしてから死んだけれども。
(…生きてる間は、一度も居眠りしちゃいないんだ…)
前のあいつがいなくなってしまった後も、と自信があるから、「今なら」許されると思う。
平和な時代に生まれ変わった「ハーレイ」が、ウッカリ居眠りをしても。
研修の帰りや、生徒を連れての大会の帰りの交通機関で、コックリと船を漕いだとしても。
(そうだな、前のあいつなら…)
あの穏やかな笑みを湛えて、「いいと思うよ」と言ってくれるだろう。
「今の君は、居眠りが出来る場所にいるから、それでいいんだ」と。
「居眠りしてるのを生徒が見たって、笑われるか、悪戯されるかだしね」と可笑しそうに。
そう、ブルーならば、きっと許してくれる。
「前のハーレイ」が生きた世界が、どれほど厳しい環境だったか、知っているから。
ブルーも同じ世界で暮らして、その恐ろしい時代の終わりを、見ないで散っていったから。
(…前の俺なら、今の俺にも厳しそうだが、ブルーなら…)
本当に笑って許してくれるな、と思ったはずみに、気が付いた。
前のブルーなら、今の自分が居眠りしても…。
(間違いなく許してくれそうなんだが、今のあいつは、どうなんだ?)
今のブルーの方だと、どうだ、とチビの恋人を頭に描いた。
十四歳にしかならないブルーは、まだ子供だから、笑って許してくれそうではある。
「ハーレイでも居眠りしちゃうんだね」と、大発見をした子供みたいに、はしゃぎもして。
けれども、前と同じ姿に育って、一緒に暮らし始めた後のブルーだと…。
(研修の帰りとか、柔道部の大会の帰り道なら…)
居眠りを許してくれるとしても、それ以外の時が問題だった。
二人で暮らし始めたからには、この家で、ブルーの前でウッカリ…。
(居眠るってことも、まるで無いとは…)
言い切れないぞ、と背中が冷たくなる。
「安心出来る環境にいると」、人は居眠りをしてしまうもの。
授業中の生徒がそうなるように、生命の危険を感じていないと、眠りの淵に落っこちる。
「寝たらマズイぞ」と分かっていたって、「マズイ」のレベルが違うから。
居眠りしても死にはしなくて、せいぜい叱られるだけなのだから。
(…現にだ、今の俺だって、たまに…)
書斎やリビングで、ふと気付いたら居眠っていた、ということがある。
さほど疲れていない時でも、「家に帰って」気が緩んだから起きる現象で、寛ぎの証拠。
(ということは、今のあいつの目の前でだって…)
居眠りしちまいそうなんだが…、と未来の自分の姿を思った。
仕事から帰って、ブルーと二人で夕食を食べて、コーヒーを淹れて…。
(あいつと一緒にソファに座って、のんびりしている時にだな…)
ついウッカリと居眠りをして、ブルーが何か話し掛けようとしたら、返事は無くて…。
(代わりにコックリ、コックリと…)
船を漕いでいる「ハーレイ」を、今のブルーが見ることになる。
そうなった時に、ブルーは許してくれるのか。
それとも前の自分みたいに、「ハーレイ」を叱り飛ばすのか。
(居眠りしても、許してくれると思いたいんだが…)
機嫌が悪いと怒るかもな、という気がするから、今のブルーと今の時代は難しい。
安心して居眠り出来る代わりに、平和な時代に生まれたブルーは、我儘だから。
「酷いよ、ぼくの前で居眠りなんて!」と、本気で怒り出しそうだから…。
居眠りしても・了
※今のハーレイは、居眠りしても許される人生。キャプテンだった頃とは違うのです。
けれど、今のブルーの前で居眠りをしたら、どうなるか。ブルー君、怒り出しそうですよねv
しちまう気持ちは分かるんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(あいつらくらいの年の頃だと…)
無理も無いんだ、と今日、教室で寝ていた生徒の数を数えてみた。
普段より多くも少なくもなくて、平均といった所だろうか。
生徒が居眠りし始めた時は、雑談をして気分を切り替えてやる。
眠いままで授業を聞いているより、目が覚めた方が断然いい。
(少々、授業が脱線したって、効率的ってモンなんだ)
それにしても…、と居眠りしていた生徒の姿には、呆れ半分、同情半分。
涎が垂れそうな顔で寝るなど、どれだけ寛いでいるのだろうか。
(学校はホテルじゃなくてだな…)
教室も寝るための場所ではないが、と思いはしても、生徒の気持ちも良く分かる。
彼らくらいの年だった頃に、自分も通って来た道だから。
(寝てやろう、っていうつもりじゃなくても、ふと気付いたら…)
頭がガクンと落ちる瞬間とか、机の上に突っ伏していたとか、前科はあった。
夜更かしをしたわけではなくても、つい気が緩んで居眠ってしまう。
(…安心し切っているんだろうなあ…)
教師に知れたら叱られはしても、命の危険があるわけではない。
授業のポイントを聞き逃していても、成績が落ちてしまうというだけ。
(成績が落ちても、死にやしないし…)
ある意味、安心、安全な場所か、と可笑しくなった。
教室という場所は、居眠りに向いているらしい。
教師が居眠りに気付いた時には、「其処のヤツ!」と叱られるリスクがあっても。
叱られるだけでは済まされなくて、宿題を増やされる危機とセットでも。
(世の中、平和な証拠だってな)
今ならではだ、と感慨深いものがある。
前の自分が生きた時代には、授業中の居眠りは、即、将来に影響があった。
成績が落ちれば、成人検査の時に考慮され、一般人向けのコースに送られてしまう。
そうならなくても、「授業を聞かずに、居眠りをした」ことは記録に残る。
(成績には特に問題なくても、居眠りが多い生徒だと…)
SD体制の社会の中では、お世辞にも褒められた人材ではない。
指示や決まりに従えないのは、機械にとってはマイナスなわけで、高い評価は得られない。
せっかく成績がいいというのに、一般人向けのコースに送られ、出世の道は其処で終わった。
今とは違った価値観の世界は、機械が全てを決めていたから。
SD体制が無くなった今は、居眠りをしても問題は無い。
自分が責任を負わされるだけで、その責任も、昔とは比較にならないレベル。
(成績が落ちても、挽回のチャンスは幾らでもあって…)
教師の覚えが目出度くなくても、人生がメチャメチャになったりはしない。
せいぜい、成績表に書かれて、家で両親に大目玉を食らう程度だろう。
「居眠りが多いのは、寝ていないからだ」と、叱られ、夜更かし禁止を言い渡される。
あるいは漫画や趣味の道具を、全部、取り上げらるとか。
(そんなトコだな、それで一度は懲りていたって、ほとぼりが冷めたら…)
また居眠りをしちまうんだ、とクックッと笑いが漏れて来る。
「まったく平和な時代だよな」と、「前の俺たちの時代だったら、そうはいかんぞ」と。
ついでに言うなら、成人検査に落ちてしまって、弾き出された前の自分でも…。
(居眠りなんぞ、とても無理だったんだ)
俺が居眠ってしまったら最後、みんなが死んじまうんだから…、と白い箱舟の姿が蘇る。
あの船でキャプテンが居眠ったならば、文字通り、おしまいだったろう。
人類軍に位置を突き止められて、爆撃されて、落とされてしまう。
まして戦闘の真っ最中なら、居眠りをした、ほんの一瞬に…。
(人類軍の攻撃を読み切れなくて、直撃を受けて…)
致命的な箇所をやられて、船は沈んでしまっただろう。
メインエンジンが被弾するとか、ワープドライブをやられて逃亡不能になるとか。
(そうなったら、何もかもが終わりで…)
ミュウの未来も消えて無くなるから、居眠りすることは許されなかった。
もっとも、居眠りしたい気持ちになれる場所ではなかったけれど。
ブリッジという部署も、舵を握っていた持ち場にしても。
(今の時代の、うんと平和な教室とは事情が違い過ぎて、だ…)
毎日が戦場だったんだよな、と今にして思えば、懐かしいような気持ちでもある。
あの時代とは無縁な世界に生まれ変わって、生きているからこそだろう。
(お蔭で、大人になった今でも…)
たまに居眠りしちまうんだ、と頭を掻いた。
立派な大人の自分だけれども、居眠りと無縁だとは言えない。
研修に出掛けて疲れた時や、柔道部の大会などで緊張が長く続いた後だと…。
(ついつい、ウッカリ…)
寝ちまう時があるもんだ、と自覚はある。
家に帰ってからならまだしも、研修だの、大会だのの帰りの交通機関の中で寝てしまう。
ハッと気付けば、「寝てしまっていた」自分がいる。
ほんの数秒、あるいは数分、コックリと船を漕いでしまって、目覚めたばかりの今の自分が。
(安心して寝られる時代だからこそ、寝ちまうんだよなあ…)
シャングリラの頃とは違うモンだから、と自分で自分に言い訳をしてみたくなる。
前の自分が見ていたならば、「弛んでるぞ!」と叱られそうだから。
「研修と言えば、仕事の延長だろう」と、「帰り道でも仕事の内だ」と、厳しい口調で。
柔道部の大会からの帰りとなったら、もっと険しい表情で怒鳴るかもしれない。
「生徒を引率している時に、居眠りするなど許されないぞ!」と、眉間に皺を刻んで。
(……うーむ……)
全くもって仰せの通り、と前の自分に詫びる自分が目に浮かぶ。
反論出来る余地などは無いし、正しいことを言っているのは、明らかに前の自分だから。
(…もうペコペコと、バッタみたいに…)
頭を下げて下げまくるしか…、と冷汗が流れて来そうだけれど、前のブルーならどうだろう。
前の自分と同じ理屈で叱られるのか、逆に許してくれるのか。
(…あいつなら、きっと…)
許してくれる方だよなあ、と考えるまでもなく答えが出て来る。
前のブルーも、厳しい面は確かにあった。
「キャプテンが居眠りをした」となったら、けして許しはしなかったろう。
いくら恋人同士であっても、一番古い付き合いの友達同士としても。
(それとこれとは話が別だ、と…)
ソルジャーの貌で、鋭い瞳で、問い詰めて来たに違いない。
「どうして居眠りなどをしたのか」と、「居眠りが何を招くか、知っているのか」と。
(本当に怒った時のブルーは…)
手心を加えはしなかったから、どれほど詰られ、皆の前で吊し上げられたろうか。
キャプテンだけに、船の仲間たち全員に知られるほどではなくても、長老たちには…。
(取り囲まれて、あいつらの前で、ブルーに叱り飛ばされて…)
詫びの言葉も出ないくらいに、ひたすら頭を下げ続けるしか道は無かったと思えて来る。
実際には、そういう局面は無くて、前の自分は、無事に職務を全うしてから死んだけれども。
(…生きてる間は、一度も居眠りしちゃいないんだ…)
前のあいつがいなくなってしまった後も、と自信があるから、「今なら」許されると思う。
平和な時代に生まれ変わった「ハーレイ」が、ウッカリ居眠りをしても。
研修の帰りや、生徒を連れての大会の帰りの交通機関で、コックリと船を漕いだとしても。
(そうだな、前のあいつなら…)
あの穏やかな笑みを湛えて、「いいと思うよ」と言ってくれるだろう。
「今の君は、居眠りが出来る場所にいるから、それでいいんだ」と。
「居眠りしてるのを生徒が見たって、笑われるか、悪戯されるかだしね」と可笑しそうに。
そう、ブルーならば、きっと許してくれる。
「前のハーレイ」が生きた世界が、どれほど厳しい環境だったか、知っているから。
ブルーも同じ世界で暮らして、その恐ろしい時代の終わりを、見ないで散っていったから。
(…前の俺なら、今の俺にも厳しそうだが、ブルーなら…)
本当に笑って許してくれるな、と思ったはずみに、気が付いた。
前のブルーなら、今の自分が居眠りしても…。
(間違いなく許してくれそうなんだが、今のあいつは、どうなんだ?)
今のブルーの方だと、どうだ、とチビの恋人を頭に描いた。
十四歳にしかならないブルーは、まだ子供だから、笑って許してくれそうではある。
「ハーレイでも居眠りしちゃうんだね」と、大発見をした子供みたいに、はしゃぎもして。
けれども、前と同じ姿に育って、一緒に暮らし始めた後のブルーだと…。
(研修の帰りとか、柔道部の大会の帰り道なら…)
居眠りを許してくれるとしても、それ以外の時が問題だった。
二人で暮らし始めたからには、この家で、ブルーの前でウッカリ…。
(居眠るってことも、まるで無いとは…)
言い切れないぞ、と背中が冷たくなる。
「安心出来る環境にいると」、人は居眠りをしてしまうもの。
授業中の生徒がそうなるように、生命の危険を感じていないと、眠りの淵に落っこちる。
「寝たらマズイぞ」と分かっていたって、「マズイ」のレベルが違うから。
居眠りしても死にはしなくて、せいぜい叱られるだけなのだから。
(…現にだ、今の俺だって、たまに…)
書斎やリビングで、ふと気付いたら居眠っていた、ということがある。
さほど疲れていない時でも、「家に帰って」気が緩んだから起きる現象で、寛ぎの証拠。
(ということは、今のあいつの目の前でだって…)
居眠りしちまいそうなんだが…、と未来の自分の姿を思った。
仕事から帰って、ブルーと二人で夕食を食べて、コーヒーを淹れて…。
(あいつと一緒にソファに座って、のんびりしている時にだな…)
ついウッカリと居眠りをして、ブルーが何か話し掛けようとしたら、返事は無くて…。
(代わりにコックリ、コックリと…)
船を漕いでいる「ハーレイ」を、今のブルーが見ることになる。
そうなった時に、ブルーは許してくれるのか。
それとも前の自分みたいに、「ハーレイ」を叱り飛ばすのか。
(居眠りしても、許してくれると思いたいんだが…)
機嫌が悪いと怒るかもな、という気がするから、今のブルーと今の時代は難しい。
安心して居眠り出来る代わりに、平和な時代に生まれたブルーは、我儘だから。
「酷いよ、ぼくの前で居眠りなんて!」と、本気で怒り出しそうだから…。
居眠りしても・了
※今のハーレイは、居眠りしても許される人生。キャプテンだった頃とは違うのです。
けれど、今のブルーの前で居眠りをしたら、どうなるか。ブルー君、怒り出しそうですよねv
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「ねえ、ハーレイ。傷の手当ては…」
早めにするのがいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「傷だって? どうかしたのか?」
ささくれでも剥けてしまったのか、とハーレイは慌てた。
今日は朝から来ているくせに、まるで気付いていなかった。
ブルーが怪我をしていたなんて。
手当てはそれこそ早めが肝心、急いで対処しなくては。
だから椅子から立ち上がったけれど、直ぐに座り直した。
ブルーが笑って「そうじゃないよ」と答えたから。
ささくれなんか出来てないし、とブルーはクスクス笑った。
今現在の話ではなくて、思い出話というものらしい。
白いシャングリラの頃には、医療スタッフが何人もいた
入院設備も立派に整い、二十四時間、治療が出来た。
けれども、改造する前の船は、医務室が存在していただけ。
二十四時間、いつでも対応するのは、とても難しかった。
「だけど、ノルディは頑張ってたでしょ?」
「そうだな、怪我も病気も、早い間に手当てしておけば…」
長引かないで治るものだし、とハーレイは大きく頷く。
白いシャングリラになってからでも、皆に何度も注意した。
「いいか、早めに医務室に行って来るんだぞ」と。
病気はともかく、怪我の方は軽視されがちだった。
「このくらい、後で薬を塗ればいいさ」と後回しにして。
健康な身体の者だったならば、それも選択の一つと言える。
ところが、ミュウは虚弱な者が多くて、掠り傷でも…。
(化膿しちまって、後が長引いて…)
医務室通いで、仕事の方まで滞るケースがありがちだった。
化膿してズキズキ痛む手指では、無理な仕事も少なくない。
そういった者を叱ったことなら、山ほどあった。
今となっては思い出だけれど、当時は焦ったりもした。
代わりの者が何人もいれば、さほど困りはしないのに…。
(自分の代わりがいないヤツほど、傷の手当てを…)
後回しにして、目の前の仕事をこなして、後でツケが来た。
代わりの者がいないとなったら、どうにもならない。
「怪我したヤツが休んじまって、ゼルが現場に入るとか…」
多かったよな、とハーレイが言うと、ブルーも笑い始める。
「そう、そういうの! ゼルが一番、多かったかな」
「まあなあ…。機関部は怪我をしやすい場所で…」
ついでに専門知識も要るし、と二人で散々、笑い合った。
今だからこそ笑える話で、当時は笑えなかったから。
「それでね、ハーレイ…」
やっぱり今でも、常識だよね、とブルーが尋ねる。
「傷の手当ては、早めにするのがいいんだよね」と。
「当然だよな、いくら時代が変わっても…」
人間、そうそう変わらないぞ、とハーレイは返した。
ミュウは丈夫になったけれども、怪我も病気も、今もある。
怪我をしたなら、早めに手当ては昔と同じに常識だった。
「ね、ハーレイもそう思うでしょ?」
だったら、手当てをしてくれない、とブルーが自分を指す。
「おい、お前、怪我をしてたのか!?」
さっき、違うと言ったくせに、とハーレイの顔が青くなる。
ブルーは我慢強い方だし、実は朝から、足の裏とか…。
(見えない所に怪我をしているのに、黙ってたとか…)
ありそうだぞ、と心臓が縮み上がってしまう。
気付かないままで話していたとは、恋人失格。
ブルーが「自分の不調を口にしない」のは、いつものこと。
前の生でもそうだったけれど、今の生でも変わらなかった。
ハーレイと一緒に過ごしたいからと、無理をする。
倒れそうなくせに登校したり、熱があるのに黙っていたり。
(今日もなのか…!)
実にマズイぞ、とハーレイはブルーに急いで聞いた。
「いったい、何処に怪我をしたんだ!?」
足の裏か、と問うと「違うよ」とブルーは首を横に振る。
「外からだと、見えない場所なんだけど…」
「腕か、それなら袖をだな…」
早く捲れ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
とにかく傷を確認しないと、手当ては出来ない。
腕の傷にしても、背中に怪我をしていたとしても。
(傷を見てから、ブルーのお母さんに頼んで…)
救急箱を出して貰って、手当てすることになるだろう。
もっと早くに、ブルー自身が、そうしてくれれば…。
(良かったんだが、まさに機関部の連中みたいに…)
俺に会う方を優先したな、と容易に想像がついた。
怪我の手当てにかける時間より、恋人と話す時間を優先。
そうした挙句に、今頃になって痛み出したか、あるいは…。
(俺に手当てをして貰えばいい、と思ったかだな)
どちらにしても、早く手当てをしなければ。
ハーレイは、まるで動こうとしないブルーを叱った。
「早くしろ! 腕か背中か、俺は知らんが…」
悪化しちまったら大変だぞ、と傷口を見せるように急かす。
「いったい何処だ」と、「怪我を見せろ」と。
そうしたら…。
「違うよ、心の傷だってば!」
キスをくれないから、今も痛くて…、とブルーは言った。
「だから早めに手当てしてよ」と、「キスで治して」と。
(なんだって…!)
そういう魂胆だったのか、と騙された自分が情けない。
またもブルーの罠にはまって、無駄に心配してしまった。
「馬鹿野郎!」
そんな怪我なら放っておけ、とハーレイは軽く拳を握る。
銀色の頭を、コツンと叩いてやるために。
「悪化したって死にやしない」と、ブルーを睨み付けて…。
傷の手当ては・了
早めにするのがいいんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「傷だって? どうかしたのか?」
ささくれでも剥けてしまったのか、とハーレイは慌てた。
今日は朝から来ているくせに、まるで気付いていなかった。
ブルーが怪我をしていたなんて。
手当てはそれこそ早めが肝心、急いで対処しなくては。
だから椅子から立ち上がったけれど、直ぐに座り直した。
ブルーが笑って「そうじゃないよ」と答えたから。
ささくれなんか出来てないし、とブルーはクスクス笑った。
今現在の話ではなくて、思い出話というものらしい。
白いシャングリラの頃には、医療スタッフが何人もいた
入院設備も立派に整い、二十四時間、治療が出来た。
けれども、改造する前の船は、医務室が存在していただけ。
二十四時間、いつでも対応するのは、とても難しかった。
「だけど、ノルディは頑張ってたでしょ?」
「そうだな、怪我も病気も、早い間に手当てしておけば…」
長引かないで治るものだし、とハーレイは大きく頷く。
白いシャングリラになってからでも、皆に何度も注意した。
「いいか、早めに医務室に行って来るんだぞ」と。
病気はともかく、怪我の方は軽視されがちだった。
「このくらい、後で薬を塗ればいいさ」と後回しにして。
健康な身体の者だったならば、それも選択の一つと言える。
ところが、ミュウは虚弱な者が多くて、掠り傷でも…。
(化膿しちまって、後が長引いて…)
医務室通いで、仕事の方まで滞るケースがありがちだった。
化膿してズキズキ痛む手指では、無理な仕事も少なくない。
そういった者を叱ったことなら、山ほどあった。
今となっては思い出だけれど、当時は焦ったりもした。
代わりの者が何人もいれば、さほど困りはしないのに…。
(自分の代わりがいないヤツほど、傷の手当てを…)
後回しにして、目の前の仕事をこなして、後でツケが来た。
代わりの者がいないとなったら、どうにもならない。
「怪我したヤツが休んじまって、ゼルが現場に入るとか…」
多かったよな、とハーレイが言うと、ブルーも笑い始める。
「そう、そういうの! ゼルが一番、多かったかな」
「まあなあ…。機関部は怪我をしやすい場所で…」
ついでに専門知識も要るし、と二人で散々、笑い合った。
今だからこそ笑える話で、当時は笑えなかったから。
「それでね、ハーレイ…」
やっぱり今でも、常識だよね、とブルーが尋ねる。
「傷の手当ては、早めにするのがいいんだよね」と。
「当然だよな、いくら時代が変わっても…」
人間、そうそう変わらないぞ、とハーレイは返した。
ミュウは丈夫になったけれども、怪我も病気も、今もある。
怪我をしたなら、早めに手当ては昔と同じに常識だった。
「ね、ハーレイもそう思うでしょ?」
だったら、手当てをしてくれない、とブルーが自分を指す。
「おい、お前、怪我をしてたのか!?」
さっき、違うと言ったくせに、とハーレイの顔が青くなる。
ブルーは我慢強い方だし、実は朝から、足の裏とか…。
(見えない所に怪我をしているのに、黙ってたとか…)
ありそうだぞ、と心臓が縮み上がってしまう。
気付かないままで話していたとは、恋人失格。
ブルーが「自分の不調を口にしない」のは、いつものこと。
前の生でもそうだったけれど、今の生でも変わらなかった。
ハーレイと一緒に過ごしたいからと、無理をする。
倒れそうなくせに登校したり、熱があるのに黙っていたり。
(今日もなのか…!)
実にマズイぞ、とハーレイはブルーに急いで聞いた。
「いったい、何処に怪我をしたんだ!?」
足の裏か、と問うと「違うよ」とブルーは首を横に振る。
「外からだと、見えない場所なんだけど…」
「腕か、それなら袖をだな…」
早く捲れ、とハーレイは椅子から立ち上がった。
とにかく傷を確認しないと、手当ては出来ない。
腕の傷にしても、背中に怪我をしていたとしても。
(傷を見てから、ブルーのお母さんに頼んで…)
救急箱を出して貰って、手当てすることになるだろう。
もっと早くに、ブルー自身が、そうしてくれれば…。
(良かったんだが、まさに機関部の連中みたいに…)
俺に会う方を優先したな、と容易に想像がついた。
怪我の手当てにかける時間より、恋人と話す時間を優先。
そうした挙句に、今頃になって痛み出したか、あるいは…。
(俺に手当てをして貰えばいい、と思ったかだな)
どちらにしても、早く手当てをしなければ。
ハーレイは、まるで動こうとしないブルーを叱った。
「早くしろ! 腕か背中か、俺は知らんが…」
悪化しちまったら大変だぞ、と傷口を見せるように急かす。
「いったい何処だ」と、「怪我を見せろ」と。
そうしたら…。
「違うよ、心の傷だってば!」
キスをくれないから、今も痛くて…、とブルーは言った。
「だから早めに手当てしてよ」と、「キスで治して」と。
(なんだって…!)
そういう魂胆だったのか、と騙された自分が情けない。
またもブルーの罠にはまって、無駄に心配してしまった。
「馬鹿野郎!」
そんな怪我なら放っておけ、とハーレイは軽く拳を握る。
銀色の頭を、コツンと叩いてやるために。
「悪化したって死にやしない」と、ブルーを睨み付けて…。
傷の手当ては・了
(人間には、食欲の秋なんだけど…)
動物だと違うらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
実りの秋は、食べ物が美味しくなる季節。
人間も食欲が増してゆくから、食欲の秋とよく言われる。
動物にとっても、秋は食べ物が多い季節で、森では木の実が食べ放題。
他にも色々、食べられるものがドッサリとあって、皆、食べるのに忙しい。
リスだとドングリを頬袋一杯に詰め、パンパンに膨らませていたりもするらしい。
(だけど、動物が秋に食べるのは…)
食欲の秋だからではなくて、冬に備えての行動だという。
冬は木の実も、他の食べ物も、手に入りにくくなる季節。
その上、寒くて、体力を消耗するのも早い。
(秋よりも栄養が沢山要るのに、食べられる物が減ってしまうから…)
飢えて困るようなことが無いよう、動物たちは秋の間に、冬の分まで食べておく。
せっせとお腹に詰め込んでいって、脂肪に変えて、身体の周りにくっつけて…。
(蓄えておくらしいよね?)
だから真ん丸、と冬に見掛ける鳥たちの姿を頭に描いた。
羽根を膨らませているせいもあるけれど、皮下脂肪も丸くなる理由の一つ。
他の動物でも、冬場は皮下脂肪を増やして、毛皮も厚い冬毛になる。
(そうするためには、うんと沢山、食べないと…)
動物の秋は大変だよね、と思うけれども、もっと大変な動物も存在している。
食べて蓄えて、冬の間は眠って過ごす種族だったら…。
(…寝てる間は食べられない分まで、食べておかなきゃならなくて…)
美味しいだとか、不味いだとかは、言っていられないことだろう。
少々固くて味が悪くても、見付けた食べ物は片っ端から、胃袋に送り込むしかない。
でないと、後で自分が困る。
食べ物が何も無い冬の最中に、パッチリと目が覚めてしまって。
「お腹が空いた」と外に出たって、寒い風が吹いて、雪が降っているだけ。
(何か無いかな、って歩き回っても…)
残り少ない脂肪と体力が減ってゆくだけで、食べ物は手に入らない。
運が悪いと、そのまま死んでしまいかねない。
食べ物が何も見付からなくて、巣穴に戻る力もすっかり無くなって。
巣穴で深く眠っていたなら、凍死することは無いのだけれども、外の世界は条件が違う。
疲れ果てて眠ってしまったが最後、雪に埋もれて冷える一方、いずれ凍ってしまうのだから。
秋の恵みに命が懸かった、冬眠をする種族たち。
彼らに「食欲の秋」などと言ったら、怒って牙を剥くかもしれない。
「人間なんかに分かるもんか」と、「こっちは命が懸かってるんだ」と、食べながら。
「邪魔をしないで、お前の食べ物もこっちに寄越せ」と、ウーウー唸って。
(…そうなっちゃうかも…)
彼らは本当に命が懸かっているわけなのだし、食欲の秋などと寝言は言えない。
不味い物でも食べて、食べまくって、冬の眠りに備えるための戦いの季節。
(人間なんかに分かるもんか、っていうのも、本当…)
人間は冬眠しないもんね、と部屋を見回す。
寒い冬でも、人間の世界には暖房などがある上、食べ物にだって困らない。
貯蔵するための施設もあるし、冬でも収穫出来るものなら、幾らでもある。
(冬野菜もあるし、冬しか獲れない種類の魚も…)
あるんだもの、と指を折ってみて、「人間で良かった」とホッとする。
秋に必死に食べなくてもいいし、冬に飢え死にすることもない。
だから人間は冬眠しないし、その必要も無いのだけれど…。
(…そういえば…)
前のぼく、冬眠しちゃったっけ、とハタと気付いた。
自分では自覚が無かったけれども、まさに「冬眠」だったという。
身体の機能を極限まで落とし、食べ物も水も要らない状態になって、深く眠って眠り続けて…。
(……十五年間も……)
眠っていたのが前の自分で、傍から見たなら、冬眠以外の何物でもない。
自分自身では、「眠っていた」だけのつもりでも。
眠くなったから、ほんのちょっぴり、眠るだけの気で眠り始めていても。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
とても寂しい思いをさせられ、長い歳月を過ごしたらしい。
何度、青の間を訪ねて行っても、「ブルー」は目覚めなかったから。
話し掛けても、手を握っても、反応は何も返って来ない。
思念さえも少しも揺らぎはしないで、「前のブルー」は眠り続けた。
ハーレイが待っていることも知らずに、ただ昏々と。
(でもって、やっと目を覚ましたら…)
アッと言う間にメギドへと飛んで行ってしまって、二度と戻って来なかった。
前のハーレイの心を思うと、申し訳ない気持ちになる。
十五年間も眠り続けた挙句に、この世から消えてしまったなんて。
ハーレイを独りぼっちで残して、自分だけ「いなくなった」だなんて。
(…でも、ぼくだって…)
ハーレイの温もりを落としてしまって、泣きじゃくりながら死ぬ羽目になった。
「だから、おあいこ」と、自分に向かって言い訳をする。
「ぼくだって、悲しかったんだから」と、「罰が当たったって言うんだよね」と。
(…ホントに、おあいこ…)
ぼくを責めないで欲しいんだけど、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう。
まさか、仕返しをされたりは…。
(……しないよね……?)
第一、人間は冬眠なんかはしないんだから、と言い切れないのは、今ので分かった。
前の自分が「やった」以上は、ハーレイだって「やる」かもしれない。
(…でも、あればかりは、やろうとしたって…)
出来やしないし、大丈夫、と考えたけれど、本当に「出来ない」のだろうか。
自分の意思では無理だとしても、何か切っ掛けがあったなら…。
(ハーレイだって、冬眠しちゃうかも…)
まさか、まさかね…、と「前の自分」を思い返す内に、頭の中に浮かんだこと。
前の自分が長く冬眠していた理由は、サイオンを温存しておくためだったらしい。
「いつか必要とされる時」が来るまで、深く眠って寿命を延ばした。
そして目覚めて、残ったサイオンを全て使って、ミュウの仲間を守ったのだから…。
(ハーレイだって、それと似たようなことになったら…)
冬眠するかも、と考えてみると、そうなりそうな切っ掛けは…。
(…ぼくの命の危機だよね?)
何処かから転がり落ちるとか…、と連想したのは、青いケシの咲く山だった。
前のハーレイと約束していて、今のハーレイとも約束したのが、其処へ行くこと。
高い山にだけ咲いているという、青いケシの花を二人で見に行く。
(もちろん、二人きりで見に行きたいから…)
山岳ガイドを雇っていても、何処かに待たせておくだろう。
「此処からは二人で行ってくるから」と、恋人同士の時間の邪魔をされないように。
そうして二人で登って行って、青いケシの花を眺めて、写真も撮って…。
(摘んじゃ駄目だろうし、あちこち歩いて、あっちにも、って…)
青いケシを見に夢中で歩く間に、ウッカリと足を滑らせたなら…。
(今のぼくだと、止まれなくって、転がって行って…)
目も眩むような崖から放り出されて、それでも止まることは出来ない。
サイオンが不器用になってしまった身体は、多分、ギリギリの所でしか…。
(…命を守るために、目覚めはしなくって…)
ハーレイの耳に、「ブルーの悲鳴」が届くことになる。
急な斜面を転がり落ちてゆく、恐ろしい光景とセットになって。
ハーレイが「それ」を目にしたならば、取る行動は「一つだけ」だと思う。
咄嗟に自分も飛び出して行って、「ブルー」の命を守ること。
(ハーレイは、タイプ・グリーンだから…)
瞬間移動で助けに行くのは不可能だけれど、そちらにも実は「前例」があった。
ミュウの時代になった今でも、たった一つだと言われているケース。
(…ジョナ・マツカ…)
前の自分が生きた時代に、キース・アニアンに仕えたミュウ。
彼は本当はミュウだったのに、ミュウの側に逃げては来なかった。
代わりに最後までキースを守って、人類の船で死んでいったのだけれど…。
(前のぼくがメギドで、キースを巻き添えに死のうとした時…)
寸前でマツカが飛び込んで来て、キースを抱えて瞬間移動で飛び去った。
それが唯一の例なのだけれど、今のハーレイなら、やりかねない。
「ブルー!」と叫んで、瞬間移動で追い掛けて来て、落っこちてゆく「ブルー」を捕まえる。
崖からポーンと放り出された所へ、パッと現れて。
「ブルー」を抱き締め、タイプ・グリーンのサイオンで包んで、一緒に下まで落っこちて…。
(防御能力だと、タイプ・グリーンは最強だから…)
何千メートルも落っこちたって、二人とも、傷一つ無いだろう。
ついでに衝撃も全く無くて、緑色のサイオンを纏ったハーレイが微笑み掛ける。
「怪我はないか?」と、優しい声で。
「肝が冷えたぞ」と、「お前が無事で良かったよな」と、嬉しそうに。
(ぼくも、「ごめんね」って謝って…)
山の上に置き去りにされたガイドから、「大丈夫でしたか!?」と思念が届く。
それにハーレイが「ああ、大丈夫だ」と笑顔で返して、後は二人で…。
(先に降りるね、って思念で連絡するんだけれど…)
そうした直後に、ハーレイが「ふああ…」と、大きな欠伸。
「安心したら、眠くなっちまった」と、頭を掻きながら。
「ちょっぴり昼寝をしてっていいか?」と、「直ぐに起きるさ」と。
(そりゃ、そんなサイオンを使ったら…)
眠くなるのも当然だから、止めはしないし、駄目とも言わない。
ハーレイは「じゃあ、少しだけな」と地面に転がり、じきに寝息が聞こえて来る。
穏やかなハーレイの寝顔を見ながら、「ホントにごめんね」と何度も心で謝り続ける。
それでも幸せ一杯な気分、その内にガイドの連絡を受けて、山荘の人たちもやって来て…。
(ベッドでゆっくり寝て頂きましょう、って…)
二人で泊まっていた山荘まで、ハーレイを車で運んでくれる。
朝、出発した部屋に戻って、ハーレイが目を覚ますのを待つのだけれど…。
(夜になっても、ハーレイ、起きてくれなくて…)
ホントに疲れちゃったんだよね、と申し訳なく思いながらも、自分もベッドに潜り込む。
明日の朝には、ハーレイもきっと起きるだろうし、寝坊をしたら悪いから。
(だってハーレイ、いつも早起き…)
先に起きて待っていなくっちゃ、と勇んで寝たのに、崖から落ちたショックで寝過ごす。
目が覚めた時は、朝日どころか、とっくに昼になっていて…。
(いけない、ってベッドから飛び起きて…)
ハーレイの「空になったベッド」を目にする筈が、ハーレイは「まだ夢の中」。
いつもだったら、「なんだ、今頃、起きたのか?」と言われそうなのに。
「俺は朝飯、食っちまったぞ」と可笑しそうな顔で、「もう昼飯の時間じゃないか」と。
(お昼になっても起きられないほど、サイオン、使っちゃったんだ、って…)
ホントにごめん、と心で謝り、言葉にも出して謝ってから、一人で食事に出掛けてゆく。
「ハーレイの分も作って貰えますか」と、頼むことだって忘れない。
一人きりで遅い朝食を済ませて、作って貰った「ハーレイの分」をトレイに載せて…。
(部屋に戻って、テーブルに置いて、何か本でも読みながら…)
ハーレイが起きて来るのを待つのだけれども、食事が冷めても、ハーレイは起きない。
昼食の時間が終わっても。
「お腹、空いちゃったから、食べて来るね」と、我慢し切れずに食べに行って来ても…。
(部屋に戻ったら、ハーレイはまだ寝たままで…)
夜になっても起きて来なくて、夕食も一人で食べに出掛けて、ハーレイの分を…。
(…作り直して貰って、夜食用に、って…)
持って戻っても、やはりハーレイは眠ったまま。
次の日の朝にも起きてくれなくて、お昼になっても寝たままで…。
(流石に、ちょっと心配になって…)
山荘の人に「お医者さんを呼んで欲しいんです」と、念のために呼んで貰ったら…。
(…お医者さん、何度も首を捻って…)
「また明日、来てみます」と帰って行って、次の日に来ても同じこと。
その繰り返しが三日ほど続いて、其処で「大きな病院へ」と言われて、不安になって…。
(大きな病院で診て貰っている間、ブルブル震えて待ってたら…)
扉が開いて、出て来た医師が「大丈夫ですよ」と笑顔で診察結果を教えてくれる。
「サイオンを使い過ぎただけです」と、「冬眠みたいなものですね」と。
(その内に目が覚めるだろうから大丈夫、って言われても…!)
十五年間も冬眠されちゃったら、とゾッとするから、それだけは勘弁願いたい。
いくらハーレイの身体が無事でも、一人、待たされるのは嫌だから。
目が覚めるのを待って、待ち続けて、十五年なんて、あんまりだから…。
冬眠されちゃったら・了
※ハーレイ先生が冬眠してしまったら、と考えてしまったブルー君。前例はあるのです。
サイオンを使い過ぎたら、ハーレイ先生も冬眠状態になってしまうかも。15年間とか…v
動物だと違うらしいよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
実りの秋は、食べ物が美味しくなる季節。
人間も食欲が増してゆくから、食欲の秋とよく言われる。
動物にとっても、秋は食べ物が多い季節で、森では木の実が食べ放題。
他にも色々、食べられるものがドッサリとあって、皆、食べるのに忙しい。
リスだとドングリを頬袋一杯に詰め、パンパンに膨らませていたりもするらしい。
(だけど、動物が秋に食べるのは…)
食欲の秋だからではなくて、冬に備えての行動だという。
冬は木の実も、他の食べ物も、手に入りにくくなる季節。
その上、寒くて、体力を消耗するのも早い。
(秋よりも栄養が沢山要るのに、食べられる物が減ってしまうから…)
飢えて困るようなことが無いよう、動物たちは秋の間に、冬の分まで食べておく。
せっせとお腹に詰め込んでいって、脂肪に変えて、身体の周りにくっつけて…。
(蓄えておくらしいよね?)
だから真ん丸、と冬に見掛ける鳥たちの姿を頭に描いた。
羽根を膨らませているせいもあるけれど、皮下脂肪も丸くなる理由の一つ。
他の動物でも、冬場は皮下脂肪を増やして、毛皮も厚い冬毛になる。
(そうするためには、うんと沢山、食べないと…)
動物の秋は大変だよね、と思うけれども、もっと大変な動物も存在している。
食べて蓄えて、冬の間は眠って過ごす種族だったら…。
(…寝てる間は食べられない分まで、食べておかなきゃならなくて…)
美味しいだとか、不味いだとかは、言っていられないことだろう。
少々固くて味が悪くても、見付けた食べ物は片っ端から、胃袋に送り込むしかない。
でないと、後で自分が困る。
食べ物が何も無い冬の最中に、パッチリと目が覚めてしまって。
「お腹が空いた」と外に出たって、寒い風が吹いて、雪が降っているだけ。
(何か無いかな、って歩き回っても…)
残り少ない脂肪と体力が減ってゆくだけで、食べ物は手に入らない。
運が悪いと、そのまま死んでしまいかねない。
食べ物が何も見付からなくて、巣穴に戻る力もすっかり無くなって。
巣穴で深く眠っていたなら、凍死することは無いのだけれども、外の世界は条件が違う。
疲れ果てて眠ってしまったが最後、雪に埋もれて冷える一方、いずれ凍ってしまうのだから。
秋の恵みに命が懸かった、冬眠をする種族たち。
彼らに「食欲の秋」などと言ったら、怒って牙を剥くかもしれない。
「人間なんかに分かるもんか」と、「こっちは命が懸かってるんだ」と、食べながら。
「邪魔をしないで、お前の食べ物もこっちに寄越せ」と、ウーウー唸って。
(…そうなっちゃうかも…)
彼らは本当に命が懸かっているわけなのだし、食欲の秋などと寝言は言えない。
不味い物でも食べて、食べまくって、冬の眠りに備えるための戦いの季節。
(人間なんかに分かるもんか、っていうのも、本当…)
人間は冬眠しないもんね、と部屋を見回す。
寒い冬でも、人間の世界には暖房などがある上、食べ物にだって困らない。
貯蔵するための施設もあるし、冬でも収穫出来るものなら、幾らでもある。
(冬野菜もあるし、冬しか獲れない種類の魚も…)
あるんだもの、と指を折ってみて、「人間で良かった」とホッとする。
秋に必死に食べなくてもいいし、冬に飢え死にすることもない。
だから人間は冬眠しないし、その必要も無いのだけれど…。
(…そういえば…)
前のぼく、冬眠しちゃったっけ、とハタと気付いた。
自分では自覚が無かったけれども、まさに「冬眠」だったという。
身体の機能を極限まで落とし、食べ物も水も要らない状態になって、深く眠って眠り続けて…。
(……十五年間も……)
眠っていたのが前の自分で、傍から見たなら、冬眠以外の何物でもない。
自分自身では、「眠っていた」だけのつもりでも。
眠くなったから、ほんのちょっぴり、眠るだけの気で眠り始めていても。
(…そのせいで、前のハーレイは…)
とても寂しい思いをさせられ、長い歳月を過ごしたらしい。
何度、青の間を訪ねて行っても、「ブルー」は目覚めなかったから。
話し掛けても、手を握っても、反応は何も返って来ない。
思念さえも少しも揺らぎはしないで、「前のブルー」は眠り続けた。
ハーレイが待っていることも知らずに、ただ昏々と。
(でもって、やっと目を覚ましたら…)
アッと言う間にメギドへと飛んで行ってしまって、二度と戻って来なかった。
前のハーレイの心を思うと、申し訳ない気持ちになる。
十五年間も眠り続けた挙句に、この世から消えてしまったなんて。
ハーレイを独りぼっちで残して、自分だけ「いなくなった」だなんて。
(…でも、ぼくだって…)
ハーレイの温もりを落としてしまって、泣きじゃくりながら死ぬ羽目になった。
「だから、おあいこ」と、自分に向かって言い訳をする。
「ぼくだって、悲しかったんだから」と、「罰が当たったって言うんだよね」と。
(…ホントに、おあいこ…)
ぼくを責めないで欲しいんだけど、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう。
まさか、仕返しをされたりは…。
(……しないよね……?)
第一、人間は冬眠なんかはしないんだから、と言い切れないのは、今ので分かった。
前の自分が「やった」以上は、ハーレイだって「やる」かもしれない。
(…でも、あればかりは、やろうとしたって…)
出来やしないし、大丈夫、と考えたけれど、本当に「出来ない」のだろうか。
自分の意思では無理だとしても、何か切っ掛けがあったなら…。
(ハーレイだって、冬眠しちゃうかも…)
まさか、まさかね…、と「前の自分」を思い返す内に、頭の中に浮かんだこと。
前の自分が長く冬眠していた理由は、サイオンを温存しておくためだったらしい。
「いつか必要とされる時」が来るまで、深く眠って寿命を延ばした。
そして目覚めて、残ったサイオンを全て使って、ミュウの仲間を守ったのだから…。
(ハーレイだって、それと似たようなことになったら…)
冬眠するかも、と考えてみると、そうなりそうな切っ掛けは…。
(…ぼくの命の危機だよね?)
何処かから転がり落ちるとか…、と連想したのは、青いケシの咲く山だった。
前のハーレイと約束していて、今のハーレイとも約束したのが、其処へ行くこと。
高い山にだけ咲いているという、青いケシの花を二人で見に行く。
(もちろん、二人きりで見に行きたいから…)
山岳ガイドを雇っていても、何処かに待たせておくだろう。
「此処からは二人で行ってくるから」と、恋人同士の時間の邪魔をされないように。
そうして二人で登って行って、青いケシの花を眺めて、写真も撮って…。
(摘んじゃ駄目だろうし、あちこち歩いて、あっちにも、って…)
青いケシを見に夢中で歩く間に、ウッカリと足を滑らせたなら…。
(今のぼくだと、止まれなくって、転がって行って…)
目も眩むような崖から放り出されて、それでも止まることは出来ない。
サイオンが不器用になってしまった身体は、多分、ギリギリの所でしか…。
(…命を守るために、目覚めはしなくって…)
ハーレイの耳に、「ブルーの悲鳴」が届くことになる。
急な斜面を転がり落ちてゆく、恐ろしい光景とセットになって。
ハーレイが「それ」を目にしたならば、取る行動は「一つだけ」だと思う。
咄嗟に自分も飛び出して行って、「ブルー」の命を守ること。
(ハーレイは、タイプ・グリーンだから…)
瞬間移動で助けに行くのは不可能だけれど、そちらにも実は「前例」があった。
ミュウの時代になった今でも、たった一つだと言われているケース。
(…ジョナ・マツカ…)
前の自分が生きた時代に、キース・アニアンに仕えたミュウ。
彼は本当はミュウだったのに、ミュウの側に逃げては来なかった。
代わりに最後までキースを守って、人類の船で死んでいったのだけれど…。
(前のぼくがメギドで、キースを巻き添えに死のうとした時…)
寸前でマツカが飛び込んで来て、キースを抱えて瞬間移動で飛び去った。
それが唯一の例なのだけれど、今のハーレイなら、やりかねない。
「ブルー!」と叫んで、瞬間移動で追い掛けて来て、落っこちてゆく「ブルー」を捕まえる。
崖からポーンと放り出された所へ、パッと現れて。
「ブルー」を抱き締め、タイプ・グリーンのサイオンで包んで、一緒に下まで落っこちて…。
(防御能力だと、タイプ・グリーンは最強だから…)
何千メートルも落っこちたって、二人とも、傷一つ無いだろう。
ついでに衝撃も全く無くて、緑色のサイオンを纏ったハーレイが微笑み掛ける。
「怪我はないか?」と、優しい声で。
「肝が冷えたぞ」と、「お前が無事で良かったよな」と、嬉しそうに。
(ぼくも、「ごめんね」って謝って…)
山の上に置き去りにされたガイドから、「大丈夫でしたか!?」と思念が届く。
それにハーレイが「ああ、大丈夫だ」と笑顔で返して、後は二人で…。
(先に降りるね、って思念で連絡するんだけれど…)
そうした直後に、ハーレイが「ふああ…」と、大きな欠伸。
「安心したら、眠くなっちまった」と、頭を掻きながら。
「ちょっぴり昼寝をしてっていいか?」と、「直ぐに起きるさ」と。
(そりゃ、そんなサイオンを使ったら…)
眠くなるのも当然だから、止めはしないし、駄目とも言わない。
ハーレイは「じゃあ、少しだけな」と地面に転がり、じきに寝息が聞こえて来る。
穏やかなハーレイの寝顔を見ながら、「ホントにごめんね」と何度も心で謝り続ける。
それでも幸せ一杯な気分、その内にガイドの連絡を受けて、山荘の人たちもやって来て…。
(ベッドでゆっくり寝て頂きましょう、って…)
二人で泊まっていた山荘まで、ハーレイを車で運んでくれる。
朝、出発した部屋に戻って、ハーレイが目を覚ますのを待つのだけれど…。
(夜になっても、ハーレイ、起きてくれなくて…)
ホントに疲れちゃったんだよね、と申し訳なく思いながらも、自分もベッドに潜り込む。
明日の朝には、ハーレイもきっと起きるだろうし、寝坊をしたら悪いから。
(だってハーレイ、いつも早起き…)
先に起きて待っていなくっちゃ、と勇んで寝たのに、崖から落ちたショックで寝過ごす。
目が覚めた時は、朝日どころか、とっくに昼になっていて…。
(いけない、ってベッドから飛び起きて…)
ハーレイの「空になったベッド」を目にする筈が、ハーレイは「まだ夢の中」。
いつもだったら、「なんだ、今頃、起きたのか?」と言われそうなのに。
「俺は朝飯、食っちまったぞ」と可笑しそうな顔で、「もう昼飯の時間じゃないか」と。
(お昼になっても起きられないほど、サイオン、使っちゃったんだ、って…)
ホントにごめん、と心で謝り、言葉にも出して謝ってから、一人で食事に出掛けてゆく。
「ハーレイの分も作って貰えますか」と、頼むことだって忘れない。
一人きりで遅い朝食を済ませて、作って貰った「ハーレイの分」をトレイに載せて…。
(部屋に戻って、テーブルに置いて、何か本でも読みながら…)
ハーレイが起きて来るのを待つのだけれども、食事が冷めても、ハーレイは起きない。
昼食の時間が終わっても。
「お腹、空いちゃったから、食べて来るね」と、我慢し切れずに食べに行って来ても…。
(部屋に戻ったら、ハーレイはまだ寝たままで…)
夜になっても起きて来なくて、夕食も一人で食べに出掛けて、ハーレイの分を…。
(…作り直して貰って、夜食用に、って…)
持って戻っても、やはりハーレイは眠ったまま。
次の日の朝にも起きてくれなくて、お昼になっても寝たままで…。
(流石に、ちょっと心配になって…)
山荘の人に「お医者さんを呼んで欲しいんです」と、念のために呼んで貰ったら…。
(…お医者さん、何度も首を捻って…)
「また明日、来てみます」と帰って行って、次の日に来ても同じこと。
その繰り返しが三日ほど続いて、其処で「大きな病院へ」と言われて、不安になって…。
(大きな病院で診て貰っている間、ブルブル震えて待ってたら…)
扉が開いて、出て来た医師が「大丈夫ですよ」と笑顔で診察結果を教えてくれる。
「サイオンを使い過ぎただけです」と、「冬眠みたいなものですね」と。
(その内に目が覚めるだろうから大丈夫、って言われても…!)
十五年間も冬眠されちゃったら、とゾッとするから、それだけは勘弁願いたい。
いくらハーレイの身体が無事でも、一人、待たされるのは嫌だから。
目が覚めるのを待って、待ち続けて、十五年なんて、あんまりだから…。
冬眠されちゃったら・了
※ハーレイ先生が冬眠してしまったら、と考えてしまったブルー君。前例はあるのです。
サイオンを使い過ぎたら、ハーレイ先生も冬眠状態になってしまうかも。15年間とか…v
(冬には、まだ少しばかり早いんだが…)
動物たちには今が忙しい季節だよな、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(人間様だって、食欲の秋で…)
美味しいものが欲しくなる季節だけれども、動物たちもそれに似ている。
せっせと食べ物を探さなくても、実りの秋は、お腹一杯食べられて…。
(おまけに美味くて、最高なんだが…)
問題は、その後のことだった。
人間の場合は、自然の恵みも、農作物も、収穫して蓄えておけばいい。
昔だったら、干したり漬けたり、様々な工夫が必要だった。
貯蔵用の倉庫を作るにしたって、風通しなどを考慮しないと駄目だったけれど…。
(今の時代は、うんと技術が進んだからなあ…)
専用の倉庫に入れておいたら、腐ったりする心配は無い。
お蔭で店には、いつも新鮮な品が並んで、冬でも色々なものが食べられる。
栽培や養殖の技術も進んでいるから、文字通り「とれたて」の品も並べられている。
(だが、動物だと、そういうわけにはいかないし…)
秋の間に、冬に備えて頑張っておく必要があった。
種族によっては、食べ物を貯蔵するものもいるけれど…。
(大抵のヤツらは、何処かに保存しておく代わりに…)
栄養を余分に摂取しておいて、自分の身体に蓄えてゆく。
いつも活動する分に加えて、食べ物の少ない冬に活動する分を。
身体の周りに皮下脂肪をつけ、まるまると太って冬に動けるようにしておく。
(鳥だと、ふくら雀ってヤツで…)
見た目も丸くて、とても愛らしい。
とはいえ、雀の方にしてみれば、可愛く見えるように太ったわけでは全くない。
太らないままで冬を迎えたら、食糧不足で、たちまち飢える。
雀の餌になる小さな虫は、寒い季節には殆どいない。
何か無いかと田んぼに行っても、穀物は収穫されてしまって、米粒も落ちていないだろう。
(腹が減ったら、もう飛べなくて…)
食べ物を探しに他所へ行こうにも、もはやどうすることも出来ない。
そうならないよう、栄養をつける努力をするのが、動物たちの秋だった。
美味しく食べて丸く太って、寒さの季節に備えるシーズン。
山に行ったら、リスが頬袋を膨らませていることだろう。
ドングリを埋めたりもすると聞くけれど、その前に、まずは口一杯に詰め込んで。
動物の秋は忙しそうだ、と思うと同時に、嬉しくもある。
前の自分が生きた時代は、地球に動物はいなかった。
それが今では、山にも森にも、冬を迎えるために駆け回るものたちがいる。
「今の間に太らないと」と木の実などを食べ、まるまると太ってゆく鳥や獣が。
(そういえば、冬眠するヤツだって…)
今の時代はいるんだよな、と思い当たった生き物たち。
代表格は熊だろうか、と今の自分が暮らす地域に棲む動物を考えてみる。
(この辺りだと、ツキノワグマで…)
もっと北の方へ行ったら、ツキノワグマよりも大きなヒグマになるらしい。
彼らは秋に山のように食べて、冬の間は眠って過ごす。
安全な巣穴を確保しておき、其処に潜って、春が来るまで目を覚まさずに…。
(ひたすら眠り続けるらしいな、飲まず食わずで)
そうするためには、しっかり食っておかないと…、と冬眠前の熊の苦労を思う。
どれほど腹に詰めるのだろうか、人間の身では全く分からない。
(もう食えない、ってほどに食っても、次の日が来りゃ、また食えるのが人間様で…)
実際、お腹も減るものだから、冬眠などは出来ないだろう。
「春まで寝るぞ」と決意を固めて準備をしても、三日ほどしか持たない気がする。
布団に潜って眠っていたのに、お腹が鳴る音で目が覚めて。
するとたちまち、「腹が減ったし、喉も乾いた」と自覚させられ、布団から出て…。
(何か食い物はあったかな、と探し回って…)
ガツガツと食べて、冬眠はすっかり台無しになる。
たらふく食べて満足した後、ウトウト眠ってしまったとしても…。
(腹が減ったら、また目を覚まして食うしかなくて…)
冬眠するために休暇を取っていたとしたって、休暇の間は、その繰り返し。
下手をしたなら、「こんな筈ではなかったんだが…」と、買い出しにだって行かねばならない。
春まで眠る予定だったら、食料の備蓄は「目覚めた時に食べる分」しか無いかもしれない。
それだと何回か目覚める間に、底を尽いてしまうことだろう。
(でもって、仕方なく、食い物を買いに店に行ったら…)
其処で同僚にバッタリ出くわし、大笑いされてしまいそう。
「おや、冬眠はどうしたんです?」と、食料品を詰めた籠を覗き込まれて。
「それとも、今から冬眠でしたか?」と可笑しそうに尋ねてくる同僚。
休暇を取ったのは何日も前で、本当だったら、とっくに眠っている筈だから。
春まで起きて来るわけがなくて、家を訪ねても、鍵がかかっていて、出ては来なくて。
(赤っ恥っていうヤツだよなあ…)
そいつは御免だ、と肩を竦める。
冬眠も面白そうだけれども、人間に出来る芸当ではない。
バカンス気分で「冬眠します」と休暇を取っても、けして眠って過ごせはしない。
三日も眠れば上等な方で、自分の場合は二日くらいで限界が来ることだろう。
「腹が減った」と、目が覚めて。
グウグウと空腹を訴える音で、嫌でも意識を揺り起こされて。
(…そういう種族の動物でないと、冬眠なんかは…)
出来やしないぞ、と思ったけれども、ハタと気付いた遥かな時の彼方の記憶。
白いシャングリラで生きていた頃、前のブルーは…。
(十五年間も眠って過ごして、一度も起きやしなかった…)
飯も食わなきゃ、水の一滴も飲んじゃいない、と今も鮮やかに覚えている。
深く眠ってしまったブルーは、何の栄養も、もはや必要とはしなかった。
ノルディが何度も調べたけれども、点滴さえも不要だという。
ただの昏睡状態ではなく、身体の機能を極限まで落としてしまっていたから、何も要らない。
生命を維持するための栄養、それは「摂らなくてもいいのだ」と聞いた。
むしろ与えたら、過剰な摂取で、悪い影響が出てしまう。
(太っちまうとか、身体がむくんでしまうとか…)
それでは本末転倒だから、ノルディは「何もしなかった」。
ブルーの身体を診察するだけで、医療と名の付くことは一切していない。
(あれは一種の冬眠だよな?)
前のあいつには出来たのか、と改めて「前のブルー」の能力の高さを思い知らされた。
人間には不可能だと思える冬眠、それさえもやってのけたくらいに、前のブルーは強かった。
(それに比べて、今のあいつは…)
まるで全く駄目なんだよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
今のブルーは、サイオンが不器用になってしまって、思念さえもろくに紡げはしない。
あれでは冬眠しようとしたって、どうにもならないことだろう。
さっき自分が考えていたケースと同じで、お腹が空いて目を覚ます。
(ハーレイ、何か食べるものは、って…)
出て来るんだな、とクックッと笑う。
一緒に暮らし始めた後で、ブルーが冬眠宣言をしたら、きっとそうなる。
「ぼくは春まで起きないからね!」と、勇んで寝室に籠っても。
お腹一杯に食べ物を詰め込み、冬眠しようと頑張っても。
(…せいぜい、持って二日ってトコか…)
いや、二日でも危ないな、とブルーの食の細さから計算し直した。
食べられる量が少ないのだから、当然、胃袋の中身が減るのも早くなる。
ハーレイだったら「三日はいける」かもしれないけれども、ブルーの場合は…。
(次の日の昼には、腹が減って起きて来そうだな)
そしたら笑いながら飯を作ってやろう、と「冬眠に失敗したブルー」に思いを馳せる。
罰の悪そうな顔で起きて来るのか、あるいは「何か食べるもの、ない?」と当然のように…。
(俺に要求するのか、どっちだ?)
こればっかりは蓋を開けてみないと…、と想像する間に、別のことが空から降って来た。
「今のブルーは冬眠しない」と、いったい誰が言ったんだ、という声が。
(…誰も言ってはいないんだが…)
そもそも「眠る」必要が無いし、と思ったけれども、どうだろう。
必要があるから冬眠するのが動物たちで、前のブルーも「そうだった」。
自分の力が必要とされる時が来るまで、眠り続けて…。
(前の俺たちを助けるために、メギドを沈めて…)
命尽きたわけで、今のブルーには、そんな局面は来ないけれども…。
(必要がありさえすれば、今のブルーも…)
もしかしたら、冬眠するかもしれない。
けれどブルーには、冬眠してまで「やらねばならない」ことは一つも無い筈で…。
(…大丈夫だよな?)
あいつが冬眠するわけがない、と答えを出して、「待てよ?」と顎に手を当てた。
前のブルーが「冬眠した」のが、力を温存するためならば…。
(…今のあいつだと、まるで使えない状態のサイオンってヤツをだな…)
覚醒させるために深く眠って、体質を変えるかもしれない。
「起きたまま」では不可能だけれど、「冬眠のように眠り続けて」、肉体を…。
(根本から変えてしまうんだったら、いけるんじゃあ…?)
なにしろタイプ・ブルーだけに、と空恐ろしいけれど、ブルーなら可能性はある。
前のブルーの生まれ変わりで、サイオンの能力は、本来、高い。
ブルー自身にも自覚は無くても、ある日、突然、前のように深く眠り始めて…。
(目が覚めた時は、前のあいつと全く同じに…)
サイオンを使いこなせる「ブルー」になるのかもしれない。
不器用だったのが別人のように、前のブルーと同じ能力を身につけて。
(……うーむ……)
まさかな、と否定したいけれども、否定し切れない部分も大きい。
今のブルーも、前のブルーも、その能力は未知数だった。
それだけに、ブルーと暮らし始めた後、急にブルーの食欲が増して…。
(もっと食べたい、お腹が減った、と…)
食事も、おやつも、食べる量が目に見えて増えてゆく。
冬に備えて山ほど食べる動物みたいに、ブルーもドッサリ食べる毎日。
(飯の支度をする、俺にしてみりゃ…)
作り甲斐のある日々が続いて、朝から張り切ることだろう。
「ホットケーキは何枚食べる?」と、「オムレツの卵は何個なんだ?」と。
仕事に出掛けている間に、ブルーが家で食べる昼食、そちらの準備も抜かりなく。
帰り道では、食料品店で片っ端から買い込んで…。
(家に着いたら、もう早速にキッチンに立って…)
腕を奮って、ブルーの期待に応える。
「もっと食べたい」、「お腹が減った」と、いくらでも食べてくれるのだから。
(いいことだよな、って毎日、もう嬉しくて…)
せっせと料理を作り続けて、ケーキなども焼いて過ごす間に…。
(なんだか眠くなって来ちゃった、と…)
いつものように「ベッドに入った」ブルーだけれども、次の日の朝…。
(ホットケーキを何枚も焼いて、オムレツを焼く準備もして、だ…)
待てど暮らせど、ブルーが起きては来ないものだから、起こしに行ってみたら…。
(呼んでも、揺すっても、頬を叩いても…)
起きてくれなくて、慌てて救急車を呼んで病院へ。
祈るような気持ちで、医者に呼ばれるのを待って待ち続けて、やっと呼ばれて…。
(大丈夫ですよ、とノルディが昔、そう言ったように…)
医者がケロリと告げて来る。
「サイオンが目覚めるまで眠るだけです、心配なんかは要りませんよ」と。
栄養も水も必要は無くて、ベッドに寝かせておくだけだけれど…。
(何年か、かかるかもしれませんね、と…)
言われちまったら、俺は泣くぞ、と思うものだから、祈るしかない。
「ブルーが冬眠しませんように」と。
冬眠されたら、眠るブルーを見ていることしか出来ないから。
また十五年も待たされるなんて、サイオンが目覚めるためにしたって、御免だから…。
冬眠されたら・了
※ブルー君が冬眠してしまうかも、と恐ろしいことを考えてしまったハーレイ先生。
前のブルーが15年間も眠ったからには、有り得ないとは言い切れないのが怖いですよねv
動物たちには今が忙しい季節だよな、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(人間様だって、食欲の秋で…)
美味しいものが欲しくなる季節だけれども、動物たちもそれに似ている。
せっせと食べ物を探さなくても、実りの秋は、お腹一杯食べられて…。
(おまけに美味くて、最高なんだが…)
問題は、その後のことだった。
人間の場合は、自然の恵みも、農作物も、収穫して蓄えておけばいい。
昔だったら、干したり漬けたり、様々な工夫が必要だった。
貯蔵用の倉庫を作るにしたって、風通しなどを考慮しないと駄目だったけれど…。
(今の時代は、うんと技術が進んだからなあ…)
専用の倉庫に入れておいたら、腐ったりする心配は無い。
お蔭で店には、いつも新鮮な品が並んで、冬でも色々なものが食べられる。
栽培や養殖の技術も進んでいるから、文字通り「とれたて」の品も並べられている。
(だが、動物だと、そういうわけにはいかないし…)
秋の間に、冬に備えて頑張っておく必要があった。
種族によっては、食べ物を貯蔵するものもいるけれど…。
(大抵のヤツらは、何処かに保存しておく代わりに…)
栄養を余分に摂取しておいて、自分の身体に蓄えてゆく。
いつも活動する分に加えて、食べ物の少ない冬に活動する分を。
身体の周りに皮下脂肪をつけ、まるまると太って冬に動けるようにしておく。
(鳥だと、ふくら雀ってヤツで…)
見た目も丸くて、とても愛らしい。
とはいえ、雀の方にしてみれば、可愛く見えるように太ったわけでは全くない。
太らないままで冬を迎えたら、食糧不足で、たちまち飢える。
雀の餌になる小さな虫は、寒い季節には殆どいない。
何か無いかと田んぼに行っても、穀物は収穫されてしまって、米粒も落ちていないだろう。
(腹が減ったら、もう飛べなくて…)
食べ物を探しに他所へ行こうにも、もはやどうすることも出来ない。
そうならないよう、栄養をつける努力をするのが、動物たちの秋だった。
美味しく食べて丸く太って、寒さの季節に備えるシーズン。
山に行ったら、リスが頬袋を膨らませていることだろう。
ドングリを埋めたりもすると聞くけれど、その前に、まずは口一杯に詰め込んで。
動物の秋は忙しそうだ、と思うと同時に、嬉しくもある。
前の自分が生きた時代は、地球に動物はいなかった。
それが今では、山にも森にも、冬を迎えるために駆け回るものたちがいる。
「今の間に太らないと」と木の実などを食べ、まるまると太ってゆく鳥や獣が。
(そういえば、冬眠するヤツだって…)
今の時代はいるんだよな、と思い当たった生き物たち。
代表格は熊だろうか、と今の自分が暮らす地域に棲む動物を考えてみる。
(この辺りだと、ツキノワグマで…)
もっと北の方へ行ったら、ツキノワグマよりも大きなヒグマになるらしい。
彼らは秋に山のように食べて、冬の間は眠って過ごす。
安全な巣穴を確保しておき、其処に潜って、春が来るまで目を覚まさずに…。
(ひたすら眠り続けるらしいな、飲まず食わずで)
そうするためには、しっかり食っておかないと…、と冬眠前の熊の苦労を思う。
どれほど腹に詰めるのだろうか、人間の身では全く分からない。
(もう食えない、ってほどに食っても、次の日が来りゃ、また食えるのが人間様で…)
実際、お腹も減るものだから、冬眠などは出来ないだろう。
「春まで寝るぞ」と決意を固めて準備をしても、三日ほどしか持たない気がする。
布団に潜って眠っていたのに、お腹が鳴る音で目が覚めて。
するとたちまち、「腹が減ったし、喉も乾いた」と自覚させられ、布団から出て…。
(何か食い物はあったかな、と探し回って…)
ガツガツと食べて、冬眠はすっかり台無しになる。
たらふく食べて満足した後、ウトウト眠ってしまったとしても…。
(腹が減ったら、また目を覚まして食うしかなくて…)
冬眠するために休暇を取っていたとしたって、休暇の間は、その繰り返し。
下手をしたなら、「こんな筈ではなかったんだが…」と、買い出しにだって行かねばならない。
春まで眠る予定だったら、食料の備蓄は「目覚めた時に食べる分」しか無いかもしれない。
それだと何回か目覚める間に、底を尽いてしまうことだろう。
(でもって、仕方なく、食い物を買いに店に行ったら…)
其処で同僚にバッタリ出くわし、大笑いされてしまいそう。
「おや、冬眠はどうしたんです?」と、食料品を詰めた籠を覗き込まれて。
「それとも、今から冬眠でしたか?」と可笑しそうに尋ねてくる同僚。
休暇を取ったのは何日も前で、本当だったら、とっくに眠っている筈だから。
春まで起きて来るわけがなくて、家を訪ねても、鍵がかかっていて、出ては来なくて。
(赤っ恥っていうヤツだよなあ…)
そいつは御免だ、と肩を竦める。
冬眠も面白そうだけれども、人間に出来る芸当ではない。
バカンス気分で「冬眠します」と休暇を取っても、けして眠って過ごせはしない。
三日も眠れば上等な方で、自分の場合は二日くらいで限界が来ることだろう。
「腹が減った」と、目が覚めて。
グウグウと空腹を訴える音で、嫌でも意識を揺り起こされて。
(…そういう種族の動物でないと、冬眠なんかは…)
出来やしないぞ、と思ったけれども、ハタと気付いた遥かな時の彼方の記憶。
白いシャングリラで生きていた頃、前のブルーは…。
(十五年間も眠って過ごして、一度も起きやしなかった…)
飯も食わなきゃ、水の一滴も飲んじゃいない、と今も鮮やかに覚えている。
深く眠ってしまったブルーは、何の栄養も、もはや必要とはしなかった。
ノルディが何度も調べたけれども、点滴さえも不要だという。
ただの昏睡状態ではなく、身体の機能を極限まで落としてしまっていたから、何も要らない。
生命を維持するための栄養、それは「摂らなくてもいいのだ」と聞いた。
むしろ与えたら、過剰な摂取で、悪い影響が出てしまう。
(太っちまうとか、身体がむくんでしまうとか…)
それでは本末転倒だから、ノルディは「何もしなかった」。
ブルーの身体を診察するだけで、医療と名の付くことは一切していない。
(あれは一種の冬眠だよな?)
前のあいつには出来たのか、と改めて「前のブルー」の能力の高さを思い知らされた。
人間には不可能だと思える冬眠、それさえもやってのけたくらいに、前のブルーは強かった。
(それに比べて、今のあいつは…)
まるで全く駄目なんだよな、とチビのブルーを思い浮かべる。
今のブルーは、サイオンが不器用になってしまって、思念さえもろくに紡げはしない。
あれでは冬眠しようとしたって、どうにもならないことだろう。
さっき自分が考えていたケースと同じで、お腹が空いて目を覚ます。
(ハーレイ、何か食べるものは、って…)
出て来るんだな、とクックッと笑う。
一緒に暮らし始めた後で、ブルーが冬眠宣言をしたら、きっとそうなる。
「ぼくは春まで起きないからね!」と、勇んで寝室に籠っても。
お腹一杯に食べ物を詰め込み、冬眠しようと頑張っても。
(…せいぜい、持って二日ってトコか…)
いや、二日でも危ないな、とブルーの食の細さから計算し直した。
食べられる量が少ないのだから、当然、胃袋の中身が減るのも早くなる。
ハーレイだったら「三日はいける」かもしれないけれども、ブルーの場合は…。
(次の日の昼には、腹が減って起きて来そうだな)
そしたら笑いながら飯を作ってやろう、と「冬眠に失敗したブルー」に思いを馳せる。
罰の悪そうな顔で起きて来るのか、あるいは「何か食べるもの、ない?」と当然のように…。
(俺に要求するのか、どっちだ?)
こればっかりは蓋を開けてみないと…、と想像する間に、別のことが空から降って来た。
「今のブルーは冬眠しない」と、いったい誰が言ったんだ、という声が。
(…誰も言ってはいないんだが…)
そもそも「眠る」必要が無いし、と思ったけれども、どうだろう。
必要があるから冬眠するのが動物たちで、前のブルーも「そうだった」。
自分の力が必要とされる時が来るまで、眠り続けて…。
(前の俺たちを助けるために、メギドを沈めて…)
命尽きたわけで、今のブルーには、そんな局面は来ないけれども…。
(必要がありさえすれば、今のブルーも…)
もしかしたら、冬眠するかもしれない。
けれどブルーには、冬眠してまで「やらねばならない」ことは一つも無い筈で…。
(…大丈夫だよな?)
あいつが冬眠するわけがない、と答えを出して、「待てよ?」と顎に手を当てた。
前のブルーが「冬眠した」のが、力を温存するためならば…。
(…今のあいつだと、まるで使えない状態のサイオンってヤツをだな…)
覚醒させるために深く眠って、体質を変えるかもしれない。
「起きたまま」では不可能だけれど、「冬眠のように眠り続けて」、肉体を…。
(根本から変えてしまうんだったら、いけるんじゃあ…?)
なにしろタイプ・ブルーだけに、と空恐ろしいけれど、ブルーなら可能性はある。
前のブルーの生まれ変わりで、サイオンの能力は、本来、高い。
ブルー自身にも自覚は無くても、ある日、突然、前のように深く眠り始めて…。
(目が覚めた時は、前のあいつと全く同じに…)
サイオンを使いこなせる「ブルー」になるのかもしれない。
不器用だったのが別人のように、前のブルーと同じ能力を身につけて。
(……うーむ……)
まさかな、と否定したいけれども、否定し切れない部分も大きい。
今のブルーも、前のブルーも、その能力は未知数だった。
それだけに、ブルーと暮らし始めた後、急にブルーの食欲が増して…。
(もっと食べたい、お腹が減った、と…)
食事も、おやつも、食べる量が目に見えて増えてゆく。
冬に備えて山ほど食べる動物みたいに、ブルーもドッサリ食べる毎日。
(飯の支度をする、俺にしてみりゃ…)
作り甲斐のある日々が続いて、朝から張り切ることだろう。
「ホットケーキは何枚食べる?」と、「オムレツの卵は何個なんだ?」と。
仕事に出掛けている間に、ブルーが家で食べる昼食、そちらの準備も抜かりなく。
帰り道では、食料品店で片っ端から買い込んで…。
(家に着いたら、もう早速にキッチンに立って…)
腕を奮って、ブルーの期待に応える。
「もっと食べたい」、「お腹が減った」と、いくらでも食べてくれるのだから。
(いいことだよな、って毎日、もう嬉しくて…)
せっせと料理を作り続けて、ケーキなども焼いて過ごす間に…。
(なんだか眠くなって来ちゃった、と…)
いつものように「ベッドに入った」ブルーだけれども、次の日の朝…。
(ホットケーキを何枚も焼いて、オムレツを焼く準備もして、だ…)
待てど暮らせど、ブルーが起きては来ないものだから、起こしに行ってみたら…。
(呼んでも、揺すっても、頬を叩いても…)
起きてくれなくて、慌てて救急車を呼んで病院へ。
祈るような気持ちで、医者に呼ばれるのを待って待ち続けて、やっと呼ばれて…。
(大丈夫ですよ、とノルディが昔、そう言ったように…)
医者がケロリと告げて来る。
「サイオンが目覚めるまで眠るだけです、心配なんかは要りませんよ」と。
栄養も水も必要は無くて、ベッドに寝かせておくだけだけれど…。
(何年か、かかるかもしれませんね、と…)
言われちまったら、俺は泣くぞ、と思うものだから、祈るしかない。
「ブルーが冬眠しませんように」と。
冬眠されたら、眠るブルーを見ていることしか出来ないから。
また十五年も待たされるなんて、サイオンが目覚めるためにしたって、御免だから…。
冬眠されたら・了
※ブルー君が冬眠してしまうかも、と恐ろしいことを考えてしまったハーレイ先生。
前のブルーが15年間も眠ったからには、有り得ないとは言い切れないのが怖いですよねv
「ねえ、ハーレイ。…ハーレイって…」
修理するのは得意なの、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 修理って…」
どういうヤツだ、とハーレイはブルーに問い返した。
一口に修理と纏められても、修理の中にも色々とある。
家にある道具で、誰でもヒョイと直せるもの。
直す道具が家にあっても、少々、技術が必要なもの。
(技術が要るって方になったら、得意分野の方もだな…)
人それぞれで変わって来るから、難しい。
大工仕事が得意な人なら、家具や建具はお手のものだろう。
けれど、敷物の端がほつれそうだとか、そういうものは…。
(大工仕事じゃ、どうにもならんぞ…)
まるで分野が違うからな、と考えただけで答えが出て来る。
ブルーが言う修理がどの分野なのか、まず聞かないと。
ハーレイに尋ねられたブルーは、首を捻った。
「えっと…? 修理は修理で、そのまんまだよ?」
壊れたものを直すヤツなんだけど、と答えに困った様子。
「そいつは、ただの思い付きなのか?」
修理したい何かがあるんじゃなくて…、とハーレイは返す。
「机の引き出しが壊れちまったとか、そういうのだ」と。
「引き出しだったら、壊れてないよ?」
でも、そういうのも直せるの、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「引き出しなんかも、直せちゃうの?」と驚いた顔で。
「そりゃまあ、なあ…?」
家にある道具で間に合う程度なら、とハーレイは笑んだ。
実際、その手の修理だったら、別に大したことではない。
自分の家でも、棚などを直したりもする。
だから、ブルーにそう言ってやった。
「引き出しとかが壊れそうなら、壊れる前に、だ…」
俺に言えよ、と片目をパチンと瞑って。
「ありがとう! 壊れる前でも、頼んでいいんだね!」
流石、ハーレイ、とブルーは大きく頷く。
「前はキャプテンをやっていたから、早めなんだね」と。
言われてみれば、時の彼方ではそうだった。
白いシャングリラに、故障が起きてからでは遅い。
修理が必要になってしまう前に、必ず、メンテナンス。
定期的に行う分はもちろん、予定外のも何度もやった。
(宇宙船ってヤツは繊細な上に、デカイ船だし…)
何が原因で、どう壊れるかは、予測不能な部分も大きい。
それだけに故障は未然に防いで、修理班は出ないのが理想。
(…とはいえ、それだけやっていても、だ…)
やっぱり故障は起きたんだよな、と思い返して苦笑する。
「修理班ってヤツも、あの船には必須だったよなあ…」と。
ところでブルーは、何かを修理したいのだろうか。
机の引き出しは無事らしいけれど、他の何かが壊れたとか。
(俺で直せるヤツならいいが…)
聞いてみるか、とハーレイはブルーを見詰めて言った。
「それで、何かが壊れちまったのか?」
俺に直せるなら直してやるが、と付け加えるのも忘れない。
「難しいヤツは無理だし、専門外のも無理だがな」と。
するとブルーは、「大丈夫だと思うけど…」と即答だった。
「ハーレイだったら、きっと得意だと思うんだ」とも。
「…今の俺だ、ってトコを忘れてくれるなよ?」
もうキャプテンじゃないんだからな、とハーレイは慌てた。
部屋の空調を直してくれとか、頼まれたって困ってしまう。
キャプテン・ハーレイだった頃なら、ある程度なら…。
(門前の小僧ってヤツで、船の設備も、そこそこは…)
応急修理が出来たけれども、今では無理。
ただの古典の教師なのだし、腕も知識も持ってはいない。
「簡単なヤツしか直せないぞ」と、ハーレイは念を押した。
今の自分に直せるものは、ごく単純なものだけだ、と。
「うん。でも、簡単なものだから…」
それに、ハーレイにしか直せないしね、とブルーが微笑む。
「他の人だと、絶対に無理」と、赤い瞳を輝かせて。
「おい、ちょっと待て!」
いったい何の修理なんだ、とハーレイが覚えた不吉な予感。
もしや自分は、とんでもない修理を請け負ったのでは…。
(いや、まさか…。しかしだな…!)
嫌な予感しかしないんだが、と焦る間に、ブルーは言った。
「頼みたいのは、ぼくの心の修理だよ?」
だって、キスしてくれないからね、とブルーは膨れっ面。
「修理するなら、早めの方がいいんでしょ?」と睨んで。
(そう来たか…!)
揚げ足まで取って来やがった、とハーレイは軽く拳を握る。
ブルーの頭を、軽くコツンとやるために。
「そんなもの、修理の必要なんぞは無いからな!」
壊れたって死にやしないだろうが、と叱って、頭をコツン。
なにしろ、ブルーの心と来たら、壊れるどころか…。
(うんと太々しく、俺を陥れるような計画を…)
着々と練ってやがるんだしな、と容赦はしない。
手加減するのは忘れないけれど、此処は叱っておかないと。
修理するなら魂胆の方で、よからぬ企てを防ぐためにも…。
修理するのは・了
修理するのは得意なの、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 修理って…」
どういうヤツだ、とハーレイはブルーに問い返した。
一口に修理と纏められても、修理の中にも色々とある。
家にある道具で、誰でもヒョイと直せるもの。
直す道具が家にあっても、少々、技術が必要なもの。
(技術が要るって方になったら、得意分野の方もだな…)
人それぞれで変わって来るから、難しい。
大工仕事が得意な人なら、家具や建具はお手のものだろう。
けれど、敷物の端がほつれそうだとか、そういうものは…。
(大工仕事じゃ、どうにもならんぞ…)
まるで分野が違うからな、と考えただけで答えが出て来る。
ブルーが言う修理がどの分野なのか、まず聞かないと。
ハーレイに尋ねられたブルーは、首を捻った。
「えっと…? 修理は修理で、そのまんまだよ?」
壊れたものを直すヤツなんだけど、と答えに困った様子。
「そいつは、ただの思い付きなのか?」
修理したい何かがあるんじゃなくて…、とハーレイは返す。
「机の引き出しが壊れちまったとか、そういうのだ」と。
「引き出しだったら、壊れてないよ?」
でも、そういうのも直せるの、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「引き出しなんかも、直せちゃうの?」と驚いた顔で。
「そりゃまあ、なあ…?」
家にある道具で間に合う程度なら、とハーレイは笑んだ。
実際、その手の修理だったら、別に大したことではない。
自分の家でも、棚などを直したりもする。
だから、ブルーにそう言ってやった。
「引き出しとかが壊れそうなら、壊れる前に、だ…」
俺に言えよ、と片目をパチンと瞑って。
「ありがとう! 壊れる前でも、頼んでいいんだね!」
流石、ハーレイ、とブルーは大きく頷く。
「前はキャプテンをやっていたから、早めなんだね」と。
言われてみれば、時の彼方ではそうだった。
白いシャングリラに、故障が起きてからでは遅い。
修理が必要になってしまう前に、必ず、メンテナンス。
定期的に行う分はもちろん、予定外のも何度もやった。
(宇宙船ってヤツは繊細な上に、デカイ船だし…)
何が原因で、どう壊れるかは、予測不能な部分も大きい。
それだけに故障は未然に防いで、修理班は出ないのが理想。
(…とはいえ、それだけやっていても、だ…)
やっぱり故障は起きたんだよな、と思い返して苦笑する。
「修理班ってヤツも、あの船には必須だったよなあ…」と。
ところでブルーは、何かを修理したいのだろうか。
机の引き出しは無事らしいけれど、他の何かが壊れたとか。
(俺で直せるヤツならいいが…)
聞いてみるか、とハーレイはブルーを見詰めて言った。
「それで、何かが壊れちまったのか?」
俺に直せるなら直してやるが、と付け加えるのも忘れない。
「難しいヤツは無理だし、専門外のも無理だがな」と。
するとブルーは、「大丈夫だと思うけど…」と即答だった。
「ハーレイだったら、きっと得意だと思うんだ」とも。
「…今の俺だ、ってトコを忘れてくれるなよ?」
もうキャプテンじゃないんだからな、とハーレイは慌てた。
部屋の空調を直してくれとか、頼まれたって困ってしまう。
キャプテン・ハーレイだった頃なら、ある程度なら…。
(門前の小僧ってヤツで、船の設備も、そこそこは…)
応急修理が出来たけれども、今では無理。
ただの古典の教師なのだし、腕も知識も持ってはいない。
「簡単なヤツしか直せないぞ」と、ハーレイは念を押した。
今の自分に直せるものは、ごく単純なものだけだ、と。
「うん。でも、簡単なものだから…」
それに、ハーレイにしか直せないしね、とブルーが微笑む。
「他の人だと、絶対に無理」と、赤い瞳を輝かせて。
「おい、ちょっと待て!」
いったい何の修理なんだ、とハーレイが覚えた不吉な予感。
もしや自分は、とんでもない修理を請け負ったのでは…。
(いや、まさか…。しかしだな…!)
嫌な予感しかしないんだが、と焦る間に、ブルーは言った。
「頼みたいのは、ぼくの心の修理だよ?」
だって、キスしてくれないからね、とブルーは膨れっ面。
「修理するなら、早めの方がいいんでしょ?」と睨んで。
(そう来たか…!)
揚げ足まで取って来やがった、とハーレイは軽く拳を握る。
ブルーの頭を、軽くコツンとやるために。
「そんなもの、修理の必要なんぞは無いからな!」
壊れたって死にやしないだろうが、と叱って、頭をコツン。
なにしろ、ブルーの心と来たら、壊れるどころか…。
(うんと太々しく、俺を陥れるような計画を…)
着々と練ってやがるんだしな、と容赦はしない。
手加減するのは忘れないけれど、此処は叱っておかないと。
修理するなら魂胆の方で、よからぬ企てを防ぐためにも…。
修理するのは・了