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(ハーレイ、とっくに帰っちゃったし…)
 後は寝るだけ、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日も来てくれた、愛おしい人。
 前の生から愛したハーレイ、今も愛しているのだけれど。
(ぼくはホントにハーレイが好きで…)
 今もこうして想っているのに、世の中、上手く出来てはいない。
 十四歳の子供でしかない、小さな自分。
 ハーレイと一緒に暮らせはしなくて、いつもこうして置いてゆかれる。
 夕食の後のお茶が済んだら、帰って行ってしまうハーレイ。
 「またな」と軽く手を振って。
 のんびり歩いて帰って行ったり、停めてあった愛車に乗り込んだりして。
 今日もやっぱり残された家。
 ハーレイは自分の家に帰って、呼んだって声は届かない。
 何ブロックも離れた所に、声が届きはしないから。
 思念を紡いで届けようにも、今の時代は難しいそれ。
 人間が全てミュウになった今は、何処の家にも施されている仕掛けがあるから。
 白いシャングリラのようにはいかない、他所の家へ思念を届けること。
 あの船だったら、簡単に届けられたのに。
 「ハーレイ?」と呼べば応えて貰えたのに。
 今の時代の仕組みもそうだし、今の自分の方も問題。
(…とっても不器用…)
 とことん不器用になったサイオン、思念波もろくに紡げないレベル。
 だから仕掛けが無かったとしても、此処からハーレイの名前は呼べない。
 呼んでも決して届きはしなくて、ポツンと独りぼっちの自分。
 ハーレイに巡り会えたのに。
 今も愛して、恋しているのに。


 なんとも悲しい、今の状況。
 すっかり慣れたと思っていたって、何かのはずみに思い出す。
 今の自分の幸せな恋は、ちょっぴり欠けているのだと。
 とても幸せに恋していたって、前のようにはいかないのだと。
(キスが出来ないのもそうだけど…)
 ハーレイに「駄目だ」と叱られるキス。
 前の自分と同じ背丈に育つまでは貰えない、唇へのキス。
 いつだってキスは頬と額だけ、ハーレイがそう決めたから。
 どんなに強請ってもキスは貰えなくて、代わりに叱られてしまうだけ。
 「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
 キスも貰えない有様なのだし、恋人同士の時間は持てない。
 抱き締めて貰ってもそれでおしまい、二人でベッドに入れはしない。
(…前のぼくたち、本物の恋人同士だったのに…)
 今はそうではなくなった恋。
 「俺のブルーだ」と言って貰えても、それっきり。
 キスは駄目だし、溶け合えもしない自分たち。
 だから、こうして置いてゆかれる。
 「またな」とハーレイが帰って行って。
 独りぼっちでベッドにチョコンと座るしかなくて、ハーレイに声も届かない。
 夕食の後のお茶が済んだら、お別れの時間。
 前の自分とハーレイだったら、それからが大切だったのに。
 キスを交わして、愛を交わして、朝まで一緒。
 同じベッドで二人で眠って、目覚めた時にはハーレイの顔。
 「よくお休みになれましたか?」と。
 おはようのキスを贈って貰って、其処から始まっていた一日。
 ベッドから出たら、恋人同士の時間は終わってしまっても。
 ソルジャーとキャプテン、そういう二人に戻らなくてはいけなくても。


 誰にも秘密で、隠し通した前の自分とハーレイの恋。
 そうしなくてはいけなかったから、誰にも言えずに終わった恋。
 けれど、確かに幸せだった。
 ハーレイに恋して、愛されて。
 いつも心は寄り添っていたし、呼べばハーレイが応えてくれた。
 ブリッジで舵を握っていたって、「どうなさいました?」と。
 「後でそちらに伺いますから」と、用を作って来てくれもした。
 ハーレイは多忙だったのに。
 教師をしている今のハーレイより、遥かに忙しかったのに。
(…ハーレイの時間は、前よりたっぷり…)
 キスも出来ないチビの自分を、わざわざ訪ねて来てくれるほど。
 「仕事が早く終わったからな」と、学校のある平日だって。
 休みの日ならば、午前中から来てくれる。
 二人で一日一緒に過ごして、夕食の後のお茶の時間まで。
 ハーレイが割いてくれる時間は、前よりもずっと多いのに。
 多い筈なのに、それは昼間の間だけ。
 太陽が沈んで夜になったら、近付いてくるのがお別れの時間。
 今もこんなに愛しているのに、ハーレイは「またな」と帰ってしまう。
 「行かないでよ」と言えはしなくて、見送ることしか出来ない自分。
 ハーレイが此処にいてくれたならば、今だってきっと幸せなのに。
 キスは駄目でも、二人でベッドに入れなくても。
(…ハーレイがいたら…)
 眠くなるまで、話すことは山ほどあるのだろう。
 いくら話しても尽きはしなくて、次から次へと浮かぶのだろう。
 これを話そうと、次はあっち、と。
 ハーレイもきっと相槌を打って、話を楽しくしてくれる。
 「其処は俺だと…」と、思いもよらない方へ話を転がしたり。


 二人でいたなら、終わりは来そうにない話。
 眠くなってベッドに入るまで。
 ハーレイが「おやすみ」と言ってくれるまで。
 「続きは明日な」と、「ゆっくり眠れよ」と優しい声で。
 同じベッドで眠れなくても、ハーレイのベッドは別の部屋でも。
(…ホントに、ちょっぴり欠けちゃってる…)
 前の自分の恋に比べて、自分の恋は。
 いつでも側にいてくれたハーレイ、離れていたって感じた思念。
 それが今では離れ離れで、思念だって家まで届きはしない。
 家の仕掛けも問題だけれど、ハーレイは思念を届けようとはしてくれないから。
 そんなつもりがあるのだったら、「またな」と帰りはしないから。
(…ハーレイ、好きだって言ってくれるけど…)
 「俺のブルーだ」と何度も抱き締めて貰ったけれども、それだけのこと。
 前と同じに好きだと思ってくれているなら、ハーレイだって…。
(…離れたくない筈なんだよ…)
 自分を独りぼっちにしたりはしない。
 独りぼっちにするしかなくても、もっと悲しんでくれる筈。
 「俺も帰りたくないんだけどな」と、「すまん」と謝ってくれるとか。
 帰り際には手を握り締めて、名残を惜しんでくれるとか。
(…パパとママがいるから、無理にしたって…)
 方法はきっと、幾つでもある。
 「またな」と軽く手を振る代わりに、握手したなら伝わる温もり。
 そうでなくても、見送りに出た時、小さな声で囁くだとか。
 「愛してる」と、とても小さな声で。
 自分だけにしか届かない声で、あるいは優しい思念の声で。
 それなら誰も気付かないのに。
 両親は全く気付かないから、きっと大丈夫な筈なのに。


 けれども、今日も「またな」とだけ。
 軽く手を振って帰ったハーレイ、「愛してる」の言葉は貰えなかった。
 握手さえ求めてくれなかったから、温もりだって貰っていない。
 独りぼっちで置いてゆかれて、ベッドにポツンと座った自分。
 ハーレイが此処にいてくれたならば、それだけで充分幸せなのに。
(…キスは駄目でも、ベッドも別で部屋も別でも…)
 眠くなるまで、ハーレイと一緒にいられたら。
 他愛ない話を交わし続けて、瞼が重くなってくるまで。
 欠伸を噛み殺せなくなってしまって、「チビは寝ろよ?」と言われるまで。
 どんなに幸せな気分だろうか、そういう風に過ごせたら。
 いつもハーレイと一緒にいられて、「おやすみ」と言って貰えたら。
 唇ではなくて、頬にキスでも。
 額に「おやすみ」と貰うキスでも、きっと幸せが胸に溢れる。
 そのまま一人で眠るだけでも、一人きりで眠るベッドでも。
 ハーレイが側にいてくれたならば、眠りに落ちるまでいてくれたなら。
(ホントのホントに、きっと幸せ…)
 おやすみのキスしか貰えなくても。
 ハーレイと一緒に眠れなくても、今よりもずっと幸せな筈。
 なのにハーレイは帰ってしまって、今夜も自分は独りぼっちで…。


(やっぱり、ちょっぴり欠けているよね…)
 今の自分とハーレイの恋。
 前と同じに恋をしていても、ちょっぴり欠けた月のよう。
 きっと自分がチビだから。
 ハーレイもチビだと思っているから、「またな」と自分を置いてゆく。
 側にいてくれたら、もうそれだけで充分なのに。
 唇にキスを貰う代わりに、頬か額に「おやすみ」のキス。
 それが貰える毎日だったら、きっと最高に幸せなのに。
(君さえ、側にいてくれるなら…)
 いくらでも我慢出来ると思う。
 キスは駄目でも、本物の恋人同士の時間を持つことは出来なくても。
 いつもハーレイと一緒だったら、と思うけれども、チビの自分は今日も置き去り。
 君さえいれば、と頼んでも、きっと駄目だから。
 ハーレイは「またな」と帰るだけだから、こんな夜には零れる溜息。
 たまに、気付いてしまったら。
 今の自分の幸せな恋は、ちょっぴり欠けたお月様だ、と…。

 

        君さえいれば・了


※今のぼくの恋はちょっぴり欠けてる、と溜息なのがブルー君。独りぼっち、と。
 ハーレイ先生の気持ちが分からないのは、チビだから。これではキスは貰えませんよねv





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(よし、今日も一日、頑張ったよな)
 俺の仕事はきちんとやった、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家から帰って来た後、夜の書斎で。
 コーヒー片手の寛ぎの時間、いつも通りのお楽しみ。
 休日も平日もそれは同じで、この一杯から生まれるあれこれ。
 仕事の段取りをするにしたって、「こうすればいい」と閃くアイデア。
 机に向かって唸っていたって、出て来ないような素敵なものが。
(コーヒーから生まれるわけじゃないんだが…)
 酒を一杯、という時にだってポンとアイデアは降って来るから。
 翌朝見たって充分に使える、真っ当なものが。
(多分、こいつで切り替わるんだな)
 頭の中のスイッチが。
 「完全に俺の時間だ」と。
 やるべきことは全部終わって、コーヒーを飲んだら後は寝るだけ。
 酒の方でも同じこと。
 飲みながら本を読むにしたって、もう完全に自由な時間。
 日記を書くのも自由時間の内に入るし、何をしたっていいのだから。
(考え事をしようが、飲み終わったら寝ちまおうが…)
 誰も文句は言いに来ないし、誰にもかけはしない迷惑。
 「ハーレイ、酷い!」とブルーがプンスカ膨れもしない。
 「ぼくを放っておくなんて」と。
 「本を読むより、ぼくを見てよ」とか、「なんでコーヒー?」とか。
 小さなブルーはコーヒーが苦手で、一人前の恋人気取り。
 こういう時間があると知ったら、きっと膨れてしまうのだろう。
 「ぼくがいないと自由時間なの?」と。


 きっとそうだな、とクックッと喉を鳴らして笑う。
 ブルーがいたなら、こんな風にはいかないと。
 書斎でのんびり出来はしなくて、引っ張り出されるリビングだとか。
 「ぼくを放っておかないでよ」と。
 仮に書斎にいられたとしても、隣か後ろにいるだろうブルー。
 「まだ終わらないの?」と言いはしなくても、チラチラ視線を向けながら。
 自分も本を読んでいるけれど、本のページは進まないままで。
(そいつはそいつで、かまわないんだが…)
 もしもブルーが此処にいるなら、きっと自分は幸せだから。
 自由時間を全部奪われても、本望というヤツだから。
(今度こそ、あいつを離さないんだ…)
 そう誓ったから、それでいい。
 一人きりで寛ぐ夜のひと時、それを失くしてしまっても。
 素敵なアイデアが浮かぶ時間が無くなっても。
(アイデアなら、きっと浮かぶしな?)
 ブルーが側にいるだけで。
 どんなに邪魔をされたとしたって、「コーヒーは駄目!」と禁止されたって。
 「ぼくと一緒に紅茶にしようよ」と、ダイニングに引っ張って行かれたとしても。
 誰よりもブルーを愛しているから。
 二度と離すまいと思うのだから、ブルーがいれば何でも出来る。
 仕事のアイデアも次から次へと浮かぶのだろう。
 ブルーと話している内に。
 「今日はな…」と報告している間に、空からポンと降って来る。
 机に向かって考えていても、浮かばないようなアイデアが。
 「その手があるな」と、自分でも感心するような。
 そうに違いない、という確信。
 夜のコーヒーが飲めなくなっても、代わりにブルー、と。


(俺のミューズというわけだ…)
 芸術とはまるで無縁だけれども、たとえて言うなら、そういった所。
 ブルーが側にいてくれるだけで、アイデアがポンと浮かぶなら。
 一人でいるより二人の方が、ずっといいのだと言うのなら。
(コーヒー無しでも、酒も駄目でも…)
 酒もやっぱり苦手なブルー。
 小さなブルーは飲める年にはなっていないし、なったとしたって、多分、無理。
 前のブルーは酒もコーヒーも駄目で、どちらも苦手だったから。
 今度もきっと、という予感。
 ブルーと一緒に暮らし始めたら、酒もコーヒーも駄目だろうな、と。
 たまに飲ませて貰えたとしても、ブルーの冷たい視線とセット。
 冷たい視線を浴びせられなくても、「まだ飲んでるの?」と呆れた視線。
 「ぼくを放っておくなんて」と。
 「コーヒーの方がそんなにいいの?」と、「ぼくよりお酒の方が好き?」と。
 もちろんブルーの方が好きだし、そう言われたなら…。
(酒もコーヒーも放り出すってな)
 そしてブルーを抱き締める。
 「コーヒーの味…」と嫌われようが、顎を捉えて贈るキス。
 「お酒の味だよ」と顔を顰めても、きっとブルーは逃げないから。
 じきに綻ぶだろう顔。
 自分の方を向いてくれたと、これからは二人の時間だと。
 そんなブルーを抱き締めていたら、もう幸せでたまらない時間。
 コーヒーを飲んでいるよりも。
 どんなに美味しい酒があっても、それを傾けているよりも。


 ブルーのためなら迷わず捨てる、と断言出来るコーヒーや酒。
 一人きりで寛ぐこの時間だって、捨ててしまってかまわない。
 ブルーがいれば充分だから。
 邪魔をされても、ブルーがミューズなのだから。
(アイデアは浮かぶし、考え事だって一人でするより…)
 二人の方が、断然いい。
 想像の翼を広げて飛ぶなら、一人より二人。
 ブルーと二人で何処までも飛ぼう、色々な場所へ。
 「何が食べたい?」という話題だけでも、きっと大きく広がるから。
 本の感想を語るにしたって、どんどん彼方へ飛んでゆけるから。
 「ぼくはその本、読んでいないよ」と言われたならば、勧めるだとか。
 ブルーの好みの本でなくても、自分の感想を話したならば…。
(面白いね、と言ってくれるとか、信じられないと呆れられるか…)
 其処から二人で飛び立つ世界。
 好みの違いがあるとしたなら、どうしてそういう風になるのか。
 お互いの育った環境なんかを比較してみて、「仕方ないな」と笑い合ったり。
 ブルーに柔道の話をしたって通じないけれど、興味を持ってはくれるから。
 「ぼくには無理!」と言っていたって、「もっと聞かせて」と煌めく瞳。
 だから二人で何処までも飛べる、「もしも」と想像の翼を広げて。
 自分が教える、遠い昔の古典の中の世界へも。
 ブルーは全く出来ない柔道や水泳、それを取り巻く世界へも。
 「お前が柔道をやっていたなら、違う出会いになってたかもな?」と。
 学校の教室で出会う代わりに、バッタリ顔を合わせる道場。
 もうそれだけで世界は変わるし、羽ばたいてゆける想像の翼。
 二人ならきっと、今よりも。
 ブルーが側にいてくれたならば、コーヒーも酒も捨ててしまっても。


 あいつさえいれば、と傾けた愛用のマグカップ。
 今は一人でコーヒーだけれど、いつかはこれも用済みだろうと。
 寛ぎの時間が消えてしまっても、きっと自分は後悔しない。
(…あいつがいれば、充分だしな?)
 この寛ぎの時間が消えても、代わりにブルーがいるのだから。
 ミューズだとも思うブルーがいたなら、何もかも上手くゆくのだから。
(仕事だって、アイデアだけに限らず…)
 今よりもずっと、張り合いが出るに違いない。
 家に帰れば、ブルーの笑顔。「おかえりなさい」と。
 出掛ける時にも、「行ってくる」とブルーにキスを贈って、それから出勤。
 とても充実した日々になって、やる気が溢れて来るのだろう。
 今もやる気はたっぷりだけれど、それよりも、ずっと。
(本当に俺のミューズなんだ、あいつ…)
 小さなブルーと出会えただけでも、人生の輝きが増したから。
 「ブルーの家に寄れるといいが」と、仕事を頑張る呪文だって出来た。
 もっと効率よく仕事したなら、時間に余裕が出来るだろうと。
 同じ書類を作るにしたって、もっと、もっとと理想が高くなるから。
(ブルーさえいれば、何だって…)
 どんなことだって出来るってもんだ、と眺めたカップ。
 いつも飲んでいる寛ぎのコーヒー、これだって捨ててしまえると。
 ブルーがいるだけで人生も仕事も、何もかも充実するんだから、と。
 あいつは俺のミューズだから、と緩んだ頬。
 ブルーさえいればと、もうそれだけで充分だから、と。


(うん、何もかも捨てられるってな)
 間違いないな、と断言出来る。
 ブルーだけがいればそれで充分、他には何も望みはしない。
 生まれ変わってまた巡り会えた、誰よりも愛した愛おしい人。
 今度はブルーを離さないから、ブルーがいれば幸せだから。
 コーヒーも酒も、消えてしまっても。
 自分一人の寛ぎの時間、それを失くしてしまったとしても…。

 

       あいつがいれば・了


※ブルーさえいれば充分なんだ、と考えているハーレイ先生。それで充分、と。
 コーヒーもお酒も捨ててしまってかまわないほど、大切なのがブルー君。愛されてますよねv





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(んーと…?)
 本当に似合わないのかな、と小さなブルーが傾げた首。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに薔薇…)
 似合わないぞ、とハーレイが言って、自分も笑った。
 前のハーレイを、白いシャングリラで暮らした時代を思い返して。
 ハーレイのお蔭で蘇った記憶、あの白い船と薔薇の花。
 シャングリラの薔薇から作られたジャム。
(とっても素敵なジャムだったんだよ)
 萎れ始めた薔薇の花から、船の女性たちが作ったジャム。
 そのまま枯れて駄目になるより、花びらを集めてジャムにしようと。
 香り高い品種を植えていたから、そういう花でも充分に出来た薔薇のジャム。
 口に入れたら、ふうわりと薔薇の香りがしていた。
 スコーンに塗ったり、紅茶に入れたり、楽しんで食べた薔薇のジャム。
 前の自分は、いつも一瓶貰えたから。
 新しい薔薇のジャムが出来たら、女性たちから届いた瓶。
 少ししか作れなかったのに。
 薔薇のジャムが欲しい他の仲間は、クジ引きするしかなかったのに。
(そのクジの箱が、いつも素通り…)
 クジを引けずに見ていただけなのが、前のハーレイ。
 「薔薇のジャムは如何ですか?」と、ブリッジにクジの箱が来たって。
 ゼルまでがクジを引いていたって、ハーレイの前を箱は素通り。
 薔薇の花もジャムも、前のハーレイには似合わないから。
 女性たちはそう思っていたから、ハーレイも呼び止めなかったから。


 ハーレイと二人、笑い転げた思い出話。
 前のハーレイの前を素通りした箱、薔薇のジャムが当たるクジの箱。
 ゼルも常連だったのに。
 薔薇のジャムのクジがやって来たなら、「運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。
(ハーレイ、ホントに似合わないから…)
 そうなっても仕方ない、薔薇のジャムのクジ引き。
 ジャムを作った女性たちは「似合わない」と考えていたし、前の自分だって。
(薔薇の花、ぼくには似合っていたらしいけど…)
 キラキラと零れた、薔薇のジャムを作る女性たちの思考。
 「ソルジャーには薔薇の花が似合う」と、「薔薇のジャムもよくお似合いになる」と。
 恥ずかしい気分になったけれども、否定したりはしなかった。
 彼女たちがそれで幸せならばと、心が弾んでいるのなら、と。
(それとセットで、前のハーレイ…)
 薔薇が似合わない人と評されていた。
 彼女たちは口にはしなかったけれど、心から零れていた思考。
 「キャプテンは薔薇が似合わない」と。
 薔薇の花が似合うと思われた自分と、似合わなかったハーレイと。
 その組み合わせが可笑しかったから、前のハーレイとも何度も笑った。
 薔薇のジャムが届いて、食べる時には。
 青の間で二人、紅茶を淹れて、スコーンに薔薇のジャムを塗り付けて。
(ホントだったら、ハーレイ、食べられないんだから…)
 薔薇のジャムが当たるクジさえ素通りするハーレイ。
 クジを引かないと当たらないから、ジャムを食べられるわけがない。
 けれど、ハーレイは食べていた。
 届いたばかりの薔薇のジャムを。
 クジに当たりもしていないのに、前の自分が貰った分を。


 薔薇も、薔薇のジャムも、似合わないと言われた前のハーレイ。
 作っていた女性たちはそう考えたし、クジも素通りして行ったのに。
 そのハーレイは、前の自分と恋人同士。
 青の間に薔薇のジャムが届けば、前の自分が淹れていた紅茶。
 「ジャムが届いたから、食べよう」と。
 薔薇のジャムにはスコーンが合うから、それを厨房から届けて貰って。
 ハーレイと二人、薔薇の香りを楽しみながらのティータイム。
 何度も二人で笑い合っていた。
 「本当に酷い組み合わせだ」と。
 薔薇が似合わないと言われるハーレイ、その恋人が前の自分だから。
 「ソルジャーは薔薇がお似合いになる」と、薔薇のジャムを届けて貰うのだから。
 なんとも酷いと、女性たちだって夢にも思わないだろうと。
 この組み合わせで食べているとは、まさか恋人同士だとは。
(いつもハーレイと笑ってて…)
 前のハーレイも、「いたたまれない気持ちになりますね」などと言っていた。
 「これでは、せっかくの薔薇のジャムが…」と、「私の胃袋行きなのでは」と。
 女性たちの気持ちも、薔薇のジャムの方も台無しだと。
 だから二人で笑い合いながら食べたジャム。
 「また貰えたよ」と、「ところで今度は、誰が当たりクジ?」などと。
 クジ引きの話を持ち出したならば、ハーレイがプッと吹き出すから。
 「今度のですか?」と報告しながら、「ハズレの人は御存知でしょう?」と。
 「私にだけは当たりませんよ」と、「クジも引かせて貰えませんしね」と。
 でも今回も当たりましたと、こうして食べていますからと。
 前の自分が貰っていたから、ハーレイはいつでも当たりクジ。
 クジの箱に手を突っ込まなくても。
 運試しなどはしなくても。


 強運とも言えた前のハーレイ、クジを引かずに食べていたジャム。
 「似合わないのですが」と言っていたって、いつも当たった薔薇のジャム。
 前の自分が、必ず一瓶貰うから。
 「薔薇が似合うソルジャー」にお届けせねばと、女性たちが一瓶くれていたから。
 貰う度にハーレイと食べて笑って、クジ引きのことも話題にして。
 ハーレイが「また今回も素通りでしたよ」と、「そんな私が食べるのも…」と苦笑して。
 そんな風に過ごした、遠い遠い昔。
 白いシャングリラにいた、誰にも秘密の恋人同士。
 薔薇の花もジャムも似合わないハーレイ、薔薇の花が似合うらしいソルジャー。
 とても似合いとは言えないカップル、女性たちが知ったらショックだったに違いない。
 最後までバレずに終わったけれど。
 前の自分は死んでしまって、それきりになってしまったから。
(…ぼくが死んだ後は、ハーレイ、食べずに済んだよね、って言っちゃって…)
 ハーレイをからかって遊ぶつもりが、泣く羽目になった小さな自分。
 前のハーレイの悲しみを思い知らされて、ポロポロと。
 考えなしの子供だったから。
 それでも許してくれたハーレイ。
 「涙、一発で止めてやろうか?」と、クジ引きの話を持ち出して。
 いつでもクジは素通りだったと、遠い昔のハーレイのように笑ってみせて。
 前の自分が死んだ後には、もうクジ引きは無かったけれど。
 薔薇のジャムさえ、一度も作られなかったけれども、それよりも前。
 前の自分が長い眠りに就いてしまったら、当たりクジを引けなくなったハーレイ。
 元からクジは素通りなのだし、薔薇の花のジャムを食べるチャンスは無くなった。
 青の間にジャムは届かないから。
 眠ってしまった前の自分に、薔薇のジャムは届きはしなかったから。
 ハーレイが逃してしまったチャンス。
 二度と当たりはしなかったクジ。


 遠い昔のように笑い合って、笑い転げてしまったけれど。
 今のハーレイにも薔薇は似合わないと、二人揃って笑ったけれど。
(…薔薇の花、ホントに似合わない…?)
 お風呂から上がって、ふと思ったこと。
 前の自分は、まるで気付いていなかったけれど。
 ハーレイと二人で笑っていたから、少しも考えなかったけれど。
 本当に薔薇は似合わないのだろうか、ハーレイに?
(…今のぼくだって、薔薇はちっとも似合わないんだし…)
 誰も似合うと言いはしないし、自分でも似合わないのだと思う。
 チビの自分に、薔薇の花など。
 ハーレイに言ったら、「いずれ育つし、前と同じに似合うようになるさ」と返されたけれど。
(似合ってたぼくが、薔薇が似合わない子供になって…)
 青い地球の上に来ているのだから、ハーレイの事情も変わっていそう。
 前とそっくり同じ姿でも、薔薇の花との関係は。
(…ハーレイ、柔道も水泳もプロの選手並みで…)
 選手になる道を選ばなかったというだけのこと。
 もしも選手になっていたなら、花束だって貰うのだろう。
 優勝したら当然、花束。
 ファンの人たちからも、花束。
(薔薇の花、きっと定番だよね?)
 それを抱えたハーレイの姿を思い浮かべたら、絵になる感じ。
 表彰台に立って、腕に立派な薔薇の花束。
 何本あるのか分からないほど、沢山の薔薇を束ねてリボン。
(…カッコ良くない?)
 そういうハーレイ。
 薔薇の花束を腕に抱えて、首からはきっとメダルを下げて。


 いい感じだよ、と思ったハーレイの姿。
 薔薇の花束を抱えていたって、何処も可笑しくない姿。
(…もしかして、前のハーレイも…?)
 姿は全く変わらないのだし、似合わないと勝手に思い込んでいただけなのだろうか?
 前の自分も、ハーレイも。
 薔薇のジャムを作った女性たちだって、頭から決めてかかってしまって。
(…そうだったのかも…)
 凄く絵になる、と思った表彰台のハーレイ。
 大きな薔薇の花束を抱えて、首から金のメダルを下げて。
 自分が其処に居合わせたならば、きっと見惚れているのだろう。
 ハーレイが優勝した試合の余韻にまだ浸りながら、表彰台の上の恋人を。
 とてもカッコいいと、ハーレイは誰よりも凄いんだ、と。
 優勝して大きな薔薇の花束を貰えるほどに。
 金のメダルを下げて貰って、祝福を浴びているほどに。
(薔薇の花束、ハーレイのだから…)
 きっとハーレイに良く似合う。
 自分が大きく育っていたって、自分よりも、ずっとハーレイに。
(やっぱり、ハーレイ、似合うんじゃない…?)
 薔薇の花がちゃんと似合うじゃない、と思った恋人。
 とても素敵で、カッコいいと。
 きっとぼくより、薔薇が似合うと。
(みんな、間違えてただけなのかもね…?)
 そう思うけれど、恋は盲目という言葉もあるから、自信が無いのが少し悲しい。
 薔薇の花なら、ハーレイも似合いそうなのに。
 表彰台で花束を抱えていたなら、誰よりも絵になりそうなのに…。

 

       似合いそうな薔薇・了


※今のハーレイには薔薇が似合うよ、と考えているブルー君。ぼくよりも、ずっと、と。
 けれども気になる「恋は盲目」。自信はあまり無さそうですねえ、今の自分の眼力にはねv





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(やっぱり今でも似合わんだろうな…)
 似合う筈がないな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
 愛用のマグカップにたっぷりのコーヒー、それだって…。
(うん、似合わないぞ)
 アレには似合わん、と断言出来る。
 遠い遠い昔、前のブルーと暮らした白い船。
 ミュウの箱舟だった白いシャングリラ、其処に咲いていた薔薇の花たち。
(俺には薔薇は似合わない、ってな)
 そういう定評、前の自分を評する言葉。
 「キャプテンには薔薇は似合わない」という、あの船の女性陣の認識。
 面と向かって言われたわけではないけれど…。
(自然と分かってくるってもんだ)
 どういう風に見られているのか、彼女たちの瞳にどう映るかは。
 キャプテンとしての威厳はともかく、この容貌。
(今の俺とそっくり同じわけだし…)
 お世辞にも「甘い」とは言えない顔立ち、どちらかと言えば「いかつい」顔。
 それからミュウらしからぬ体格、シャングリラの時代は目立ち過ぎた。
 人間は全てミュウになった今の時代だったら、さほど珍しくはないけれど。
 スポーツ選手は立派な体躯が普通なのだし、それを目指す者やアマチュアだって…。
(今じゃ、そこそこデカイんだがな?)
 前の自分のように「デカブツ」とは言われないだろう。
 ゼルがよく叩いた憎まれ口のように、「お前ぐらいだ」とけなされることは。


 そうは言っても、今でもやっぱり…。
(似合わんぞ、薔薇は)
 どう考えても柄じゃない、と思い浮かべた薔薇の花。
 今日も目にしてきたけれど。
 小さなブルーとお茶を飲んでいた庭、其処で開いていたのだけれど。
 庭で一番大きな木の下、据えてある白い椅子とテーブル。
 今のブルーのお気に入りの場所で、初めてのデートに選んだ場所。
(あいつ、今でも好きなんだ、あそこ…)
 据えてある椅子とテーブルが変わってしまっても。
 初めてのデートに使ったものとは、違うテーブルが据えてあっても。
 最初のデートをした場所だから。
 ブルーのためにと持って行ってやった、キャンプ用の椅子とテーブルで。
 何度かそれでデートをした後、今の白い椅子とテーブルになった。
 「運んで来て貰うのは申し訳ないから」と、ブルーの父が買ったお蔭で。
 今日もブルーは「庭でお茶がいいな」と言い出したから。
 午後のお茶は庭で、ブルーと二人。
(いいもんだな、と思っていたら…)
 目に付いたんだよな、と庭の薔薇たちを思う。
 ブルーの母が丹精している、多分、四季咲きだろう薔薇。
 遠い昔に暮らした船とはまるで違って、地球の地面に植えられた薔薇。
 それをお供にお茶の時間で、ブルーと二人。
 なんと平和になったものかと、いい時間だと幸せを噛み締めていたら…。
 不意に頭に蘇った記憶。
 白いシャングリラで咲いた薔薇たち、あの薔薇は…、と。


 自給自足で生きてゆく船、箱舟だったシャングリラ。
 名前通りの楽園にしようと、観賞用の薔薇も植えられていた。
(薔薇が咲くだけなら、まだいいんだが…)
 前の自分がいくら武骨でも、いかつい顔をしていても。
 きっと薔薇とは、誰も比べはしなかったろう。
 薔薇たちはただ、花開いているだけだから。
 前の自分はブリッジに立って、舵を握っているだけだから。
(比較しようが無いってな)
 ブリッジに薔薇は咲きはしないし、花が生けられることも無い。
 そんな場所ではなかったから。
 薔薇を植えようとか、花を生けようとか、そういったこととは無縁なブリッジ。
 なにしろ、船の進路を決めてゆく場所。
 船の心臓とも言える部分で、花を愛でている余裕があったら…。
(仕事だ、仕事)
 操舵はもちろん、レーダーを見たり、他にも色々。
 誰もが船の命を握って、自分の仕事をしていた場所。
 たまに笑いが溢れていたって、薔薇の花を愛でる余裕までは無い。
 けれども、其処に薔薇の花がやって来たっけな、と。
 花そのものでは無かったけれど。
 薔薇の花束がやって来たとか、誰かが生けに来たというわけでも無かったけれど。
(よりにもよって…)
 ジャムだったんだ、と苦笑する。
 そいつがブリッジに来るんだ、と。
 似合わない俺の所にだけは来なかったが、と。


 シャングリラの中で咲いた薔薇たち。
 ただ咲くだけで、その内に散っていたのだと思う、最初の頃は。
 その薔薇が、いつの間にやら化けた。
 花が萎れ始める頃合い、それを狙って集め始めた女性たち。
(いったい誰が言い出したんだか…)
 特に興味は無かったけれども、作っていた顔ぶれは今も思い出せる。
 盛りを過ぎた薔薇を集めて、ジャムを作った女性たち。
 香り高い品種を植えていたから、萎れ始めた花からジャムを作っても…。
(充分に薔薇のジャムだったんだ)
 だからブルーに訊いてみた。
 今の小さなブルーに向かって、「あの薔薇の花はジャムにするのか?」と。
 ブルーの母が育てている薔薇、その花びらもジャムになるのか、と。
 キョトンと瞳を見開いたブルー。
 「しないよ、なんで?」と。
 案の定、忘れていたブルー。
 白いシャングリラにあった薔薇のジャムのことを、それを巡っての笑い話を。
(薔薇のジャム、あいつには似合ったんだが…)
 気高く美しかったブルーは、自分と違ってそういう評判。
 「ソルジャーは薔薇がお似合いになる」と、「薔薇で作ったジャムだって」と。
 船で生まれた薔薇のジャム。
 作り始めた女性たちがそれを、「如何ですか?」とブルーに届けてみたほどに。
 試食用にと、出来立てを青の間に運んだほどに。
(でもって、あいつは、それ以来だな…)
 薔薇のジャムを届けて貰える身分。
 「美味しいよ」と評して以来、薔薇のジャムが出来たら、いつも一瓶。
 とても希少なジャムなのに。
 他の者たちはクジ引きなのに。


 薔薇のジャムは沢山作れないから、欲しい者たちはクジを引く。
 クジに当たれば一瓶貰えて、薔薇の花の香りと味を楽しむ。
 そのためのクジが出来上がったら…。
(ブリッジにやって来たってな)
 ジャムそのものが来るのではなくて、クジ引きの箱が。
 運よく当たりを引き当てたならば、薔薇のジャムを貰えるクジ入りの箱が。
 「薔薇のジャムは如何ですか?」と箱を抱えて来た女性。
 欲しい人はどうぞクジ引きを、と。
(あの箱がだな…)
 一度も来なかったのが俺なんだ、とクックッと笑う。
 ただの一度も、キャプテンの所には来なかった箱。
 舵を握っていたならともかく、キャプテンの席に座っていても。
 特に仕事をしてはいなくて、ブラウたちと談笑していた時も。
(似合わないから、仕方ないんだが…)
 いつも素通りしていった箱。
 クジ引きの箱は止まりはしなくて、一度もクジを引いてはいない。
 ゼルでさえもクジを引いたのに。
 如何ですか、とクジの箱が来たら、「運試しじゃ」と手を突っ込んだのに。
(似合わないのは承知だったし…)
 もしも自分が呼び止めたならば、目を丸くする顔が見えるよう。
 「キャプテンもですか?」と、クジ引きの箱を持った女性が。
 そうなることが分かっていたから、あえて呼び止めはしなかった。
 自分の前だけ、クジ引きの箱が素通りしても。
 ゼルさえも常連だったクジ引き、それに参加は出来なくても。
(似合わない俺は、クジを引かなくても食えたしなあ…)
 前のブルーが持っていたから。
 薔薇のジャムなら、いつもブルーと食べていたから。


(似合わない俺が、クジ引き無しと来たもんだ)
 薔薇の花もジャムも似合わんのにな、と今になっても申し訳ない気分。
 クジを引かずに食っていたぞと、それもブルーと二人でなんだ、と。
(あいつは薔薇が似合うからいいが…)
 美しかった前のブルーに薔薇は似合いで、薔薇のジャムも良く似合っていた。
 「貰ったから食べよう」と紅茶を淹れる姿も、それは優雅で…。
(そういうブルーと、俺が恋人同士でだな…)
 薔薇のジャムを食べていると知ったら、あの女性たちはどうしたろうか?
 「信じられない」と悲鳴を上げたか、気絶するほどの衝撃だったか。
 まず間違いなく驚かれたろう、「薔薇が似合わない」自分がブルーの恋人では。
 誰よりも薔薇が似合うソルジャー、前のブルーが恋をした相手。
 それが薔薇など似合わない自分、クジ引きの箱も素通りするような男では。
(どう考えても美女と野獣で…)
 酷いもんだ、と思うけれども、最後までバレはしなかった。
 前のブルーがいなくなるまで。
 白いシャングリラが戦いの道を歩み始めて、薔薇のジャムが船から消えてしまうまで。
(そのまま、バレずに終わっちまって…)
 また似合わない俺がいるわけで、と眺めたコーヒー。
 薔薇のジャムには紅茶だったと、コーヒーなんかは合いそうに無いと。
(…薔薇は似合わない上に、コーヒー好きでだ…)
 もう薔薇のジャムは致命的に似合わないな、と指先でピンと弾いた額。
 なのにブルーとまた恋をしたと、またしても美女と野獣らしいと。
(でもまあ、多分、許されるよな?)
 薔薇が似合わない自分だけれども、今もブルーが好きだから。
 今度こそブルーを離さないから、薔薇が似合う人の手を、二度と離しはしないのだから…。

 

        似合わない薔薇・了


※前のハーレイの前を素通りしていた、薔薇のジャムが当たるというクジ引きの箱。
 今もやっぱり似合いそうにない、と考えるハーレイ先生です。薔薇の花もジャムもv





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(降って来ちゃった…)
 雨だ、とブルーが眺めた窓の外。
 もう暗いから、雨粒はよく見えないけれど。
 家の窓から漏れる光や、庭園灯の周りに降る分だけ。
 けれども、軒を叩く雨音。
 最初にポツリと聞こえた直後に、いきなりザッと本降りの雨。
 大粒の雨が降っていると分かる、そういう音。
 此処は二階だから、屋根に当たる音もよく響く。
(ハーレイ、ちゃんと帰れたかな…)
 ちょっと心配、と窓の向こうを見詰めてみたって、分からない。
 ハーレイの家は遠いから。
 何ブロックも離れた所で、窓から見えはしないから。
(まだ、学校にいないといいけど…)
 そうでなければ、帰りに買い物に寄った店とか。
 家に帰るまでに雨に降られたら、ハーレイはきっと困るだろう。
 傘があっても、大きな荷物を持っていたなら、それが濡れそう。
 買い物をした店で貰った袋や、学校から家へと運ぶものやら。
(…大変だものね?)
 だから良かった、と思うことが一つ。
 ハーレイが訪ねて来なかったこと。
 仕事の帰りに寄ってくれないか、何度も時計を見たけれど。
 チャイムが鳴るのを待ったけれども、今日は来てくれなかったハーレイ。
 とても残念に思った時間。
 「今日はハーレイは来ないんだ」と、諦めざるを得なかった時間。
 溜息をついた自分だけれども、今は少しだけ嬉しい気持ち。
 もしもハーレイが寄っていたなら、この雨の中を帰らせることになるのだから。


 天気予報には無かった雨。
 なのに午後から曇り始めて、帰る頃には無かった青空。
 雲がすっかり覆ってしまって、空には青い欠片が無かった。
 灰色をした雲の隙間から射す光だって、見えはしなくて。
(天使の梯子…)
 それも無いよね、と帰り道に見上げた曇り空。
 前にハーレイに教えて貰った、天使の梯子。
 雲の間から射して来る光、真っ直ぐに伸びる光の道。
 其処を天使が行き来するのだと、だから「天使の梯子」なのだと。
 けれど無かった天使の梯子。
 雲が厚くて、隙間が開いていないから。
 雲と雲との間も無いほど、びっしりと雲が覆っていたから。
(だけど、雨なんて…)
 降るとは思いもしなかった。
 さっきポツリと音がするまで。
 たちまち本降りになってしまうまで、「今日は曇り」と思っていただけ。
 「曇りのち雨」とは思いもしなくて、ハーレイが来るのを待っていた。
 来てくれるかなと、寄ってくれるといいんだけれど、と。
(だけど、来なくて…)
 ガッカリしたのが暗くなる前。
 その時間では、もうハーレイは来ないから。
 「遅くなったら、晩飯の都合ってヤツがあるだろ」とハーレイが決めている時間。
 母に迷惑をかけないようにと、遅い時間に来はしない。
 父と母とが「どうぞ御遠慮なく」と言っているのに。
 何度も何度も言っているのに、ハーレイは遅くなったら来ない。
 自分の家へと帰ってしまって、一人で夕食。
 一人暮らしが長かったせいもあるのだろう。
 きっと一人でも寂しくはなくて、遅くなった日は帰って夕食。


 今日のハーレイはそっちみたい、と零した溜息。
 来て欲しかった、と思ったけれども、降り出した雨。
(…ハーレイが来てたら、帰りには雨…)
 上手い具合に止んでくれれば、心配は何も要らないけれど。
 「止んで良かったね」と送り出せるけれど、このまま止まなかった時。
 庭を横切る時も、門扉の向こうに出てゆく時にも、雨は変わらず本降りのまま。
 ガレージで車に乗り込んだ後も、大粒の雨が降っているかもしれない。
(ハーレイの家に着いたって…)
 車を停めたら、玄関までがやっぱり雨。
 傘を差しても雨は止まないし、受け止められるというだけのこと。
 ズボンの裾やら、鞄の端っこ。
 そんな部分が濡れてしまいそうで、いつものようにはいかない帰り。
 普段だったら、家に着いたら脱ぐだけのスーツや、置くだけの鞄。
 それを拭いたり、乾かしたりと、余計な手間が増えてしまうのだろう。
(シールド、しそうにないもんね?)
 出来るだけサイオンを使わないのが、今の時代のマナーだから。
 使わずに何とかなるのだったら、立派な大人は使わないから。
 だから、ハーレイもきっとシールドは使わない。
 大粒の雨が降り注ぐ中を、家へと帰ることになっても。
 この家のガレージに着くまでの道と、ハーレイの家のガレージから玄関までの道。
 両方で濡れることになっても、ハーレイはシールドしないのだろう。
 「濡れちまったな」と零しはしても。
 家に帰って、タオルで鞄やスーツの水気を拭き取りはしても。
(ホントに大変…)
 帰り道に雨が降ったばかりに、ハーレイがせねばならない仕事。
 いつもだったら、帰り着いたら、スーツを脱いでのんびりだろうに。
 好きなコーヒーでも飲みながら。
 新聞なんかも広げたりして。


 ハーレイの時間を盗む雨。
 ほんの少しか、濡れた物とか加減によっては、十五分ほどもかかるのか。
 とにかく時間は減ってしまって、一息つける時間も遅れる。
 雨に盗まれてしまった分だけ。
 濡れた鞄やスーツの手入れに、持って行かれた時間の分だけ。
(こんなに降ってちゃ、きっと濡れるよ)
 けれど、ハーレイは来なかったから。
 真っ直ぐに帰って行った筈だから、多分、家には着いただろう。
 この雨が降って来る前に。
 ポツリと屋根を叩くより前に、ハーレイの家に。
(帰ってるよね?)
 まだ学校に残っていたりはしないと思う。
 そろそろ父も帰る頃だし、それよりは早く帰っている筈。
 帰りに買い物をしていても。
 あそこと此処と、と幾つかの店を回っていても。
(ハーレイ、天気を読むのは得意なんだから…)
 釣り好きの父の仕込みだと聞いた。
 降りそうな日や、曇りだけれども直ぐにカラリと晴れそうな時。
 同じ曇りでも雲が違うと言っていたから、こんな日に余計な寄り道はしない。
 「ブルーの家には、もう行けないし…」と、車で街に向かうとか。
 たまに大きな本屋に行ってみようとか、そういう寄り道。
 雨が降りそうなら、しないで家へ真っ直ぐに。
 降ると何かと厄介だから。
 せっかく買った本の袋も雨の雫がかかるから。
(雨除けのカバー、かけてくれても…)
 やっぱり必要になるタオル。
 中身の本を引っ張り出す前に、カバーの水気を拭かないと。
 でないと本が駄目になるから、ハーレイの鞄やスーツも同じことだから。


 きっと家には帰っているよ、と眺める窓の向こうの雨。
 光が当たる所だけしか、落ちてゆく雨は見えないけれど。
 どちらかと言えば軒を打つ音、それから屋根に降り注ぐ音。
 そっちの方が雨らしいけれど、今頃はハーレイも雨音を聞いているだろう。
 家に帰って、「降って来たな」と。
 「寄り道しなくて正解だったぞ」と、「こんな日は家が一番だ」と。
 家にいたなら、もう濡れないから。
 自分が此処で見ているみたいに、ただ雨を見て音を聞くだけ。
 濡れたら困る雨ならば全部、屋根が防いでくれるから。
 シールドも傘も要りはしなくて、雨は屋根の上を叩いてゆくだけ。
 叩いて、流れて、落ちてゆくだけ、水の雫が。
 屋根から庭へと流れ落ちるだけ、軒を叩いて落ちてゆくだけ。
(家の中にいたら、大丈夫…)
 どんなに雨が降ったって。
 歩くだけでズボンが濡れてしまうような、そんな降り方の雨だって。
(ハーレイが家に着いてれば…)
 頭の上には屋根があるもの、と見上げた天井。
 シールドも傘も要らない屋根。
 雨をしっかり受け止めてくれて、濡れないようにしてくれる屋根。
 もうハーレイは屋根の下の筈、そういう時間。
 此処に寄らずに帰ったから。
 来てくれなかったことは残念だけれど、この雨音だと、それが嬉しい。
 「ハーレイ、きっと濡れちゃうよね?」と、見送らなくて済んだから。
 帰る時間までに止んでくれないか、心配することも要らないから。


(今頃は、ちゃんと屋根の下…)
 ぼくとおんなじ、と思った所で気が付いた。
 今の自分は、雨音を聞いているけれど。
 頼もしい屋根に守って貰って、ハーレイもきっと同じだけれど。
(前のぼくたち…)
 上に屋根なんかは無かったっけ、と思い浮かべたシャングリラ。
 あの船を雨が叩く時には、白い船体の外側だけ。
 一人一人が住んでいた部屋、その部屋の上に屋根は無かった。
 青の間のベッドの天蓋にしても、ただの飾りで屋根とは違った。
 降り注ぐ雨から、ベッドを守るものではないから。
 船の中には雨が無いから、屋根の代わりに船体が屋根。
 あれを屋根だと言うのなら。
 軒を打つ雨の音さえしない船体、それに覆われたシャングリラ。
(あの中だと、雨に降られる心配、無かったけれど…)
 代わりに家も無かったのだった、こういう家は。
 雨が降ったら駆け込める家は、守ってくれる屋根のある家は。
(この家の方が、ずっと凄いよ…)
 シャングリラよりもずっと小さいのに、雨から守ってくれる家。
 今は両親と一緒に暮らして、いつかはハーレイと暮らすだろう家。
 そういう家を、今は誰もが持っている。
 家の数だけ幸せがあって、こういう雨が降った時には…。
(頼もしいんだよ、屋根があるから)
 シャングリラよりもずっと素敵、と頭の上の屋根を心で思う。
 ハーレイも今は屋根の下にいてくれますようにと、雨に濡れてはいませんように、と…。

 

        屋根がある家・了


※「シャングリラよりも、ずっと凄い」とブルー君が思う、屋根のある家。
 雨から守ってくれる頼もしさ、小さくても。ハーレイ先生と住める日が楽しみですよねv





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