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(あれ…?)
 なんで、とブルーが見詰めたもの。
 ひらりと目の前を横切った蝶。
 学校から帰って、それからおやつを食べに出掛けて。
 ダイニングから部屋に戻った途端に、扉を開けたら蝶がひらりと。
 さして珍しくない、黄色い翅の。
(ぼくの部屋だよ?)
 庭じゃないのに、と驚かされた訪問者。
 どうして此処にと、いったい何処から、と。
(蝶なんか…)
 帰った時にはいなかった筈、と見回した部屋。
 答えは直ぐに見付かった。
 風にふわりと揺れるカーテン、部屋の窓辺で。
 カーテンの向こうはまだ明るい庭、日暮れには早い時間だから。
(窓、開けっ放し…)
 そういえば窓を開けたんだっけ、と思い出した。
 学校から家に帰った時に。
 鞄を置いて制服を脱ごうと、二階の自分の部屋に来た時に。
(部屋が暖かかったから…)
 汗ばむほどの陽気だった昼間、今はそれほどでもないけれど。
 窓が開いていても丁度いい気温、そんな感じの風が入ってくるけれど。
 帰った時には、少し暖かすぎた部屋。
 制服の上着を着ていたら。
 「ちょっと暑い」と思った部屋。
 制服は脱いでしまうのだけれど、暖かすぎる部屋は些か季節外れで。
(夏みたいだから…)
 外の空気を呼び込まなくちゃ、と開けた窓。
 こもった熱気を外に出そうと、新鮮な空気と入れ替えようと。


 同じ空気を入れ替えるなら、と大きく開け放った窓。
 庭からの風が心地いいから、両手を広げて深呼吸だって。
(もっと外をよく見たくって…)
 邪魔だ、と思った虫よけの網戸。
 これは要らない、と開けてしまった。
 遮るものが無くなった窓は、外の世界に繋がる扉。
 もしも自分が空を飛べたら、其処から空へと舞い上がれる。
 庭の上を飛んで、向かいの家の屋根も飛び越えて、上へ。
 もっと遠くへ、高く高く空へ。
(飛べるかな、って…)
 今の自分は飛べもしないのに、広がった夢。
 空を飛べたらどうだろうかと、此処から飛んでゆけるのに、と。
 そうして酔っていた景色。
 窓辺で外からの風に吹かれて。
(外を見てたら、ママに呼ばれて…)
 いつもなら直ぐに下りてゆくのに、行かないから。
 「おやつよ」と声を掛けに来た母。
 部屋の扉を軽くノックして。
(おやつ、急いで食べに行かなきゃ、って…)
 きっと支度は出来ているから。
 時間が経ったら美味しさが減るお菓子、そういうものかもしれないから。
 出来上がったばかりのプリンとか。
 焼き立てはふんわり膨らんでいても、冷めたら萎むスフレとか。
 それは困る、と慌てて部屋を飛び出した。
 窓にくるりと背を向けて。
 おやつの時間、と大急ぎで。


(そのまま、忘れちゃったんだ…)
 窓を閉めるということを。
 網戸も、それにガラスの窓も。
 だから窓辺で揺れているカーテン、部屋の中には…。
(入って来ちゃった…)
 網戸が無いから、ひらりと入ってしまった蝶。
 庭の続きで、窓からそのまま。
 部屋と庭とは繋がっていたし、遮るものなど無かったから。
(えーっと…)
 思わぬ珍客、ひらりひらりと舞っている蝶。
 本棚の方へ飛んで行ったり、机の上を飛び越えてみたり。
(どうしよう…)
 窓から出してやりたいけれども、部屋に無いのが捕まえる道具。
 下に行っても、きっと無い。
(捕虫網なんか…)
 振り回す子供ではなかったから。
 小さな頃から弱い身体に、そんな元気は無かったから。
 暑い盛りにセミを追うとか、カブトムシを捕りに行くだとか。
 元気な子供なら夢中になること、それを自分はしていない。
(ぼくの捕虫網、無いんだから…)
 母に訊いても、家に置いてはいないだろう。
 虫を捕る子供はいなかったのだし、父も網では捕まえていない。
 「ほらな」とセミを捕まえて見せてくれたのは、父の大きな手だったから。
 トンボの目を回して捕ってくれたのも、父の指と手。
 網の出番は無かったのだし、きっと無いだろう捕虫網。
 飛び回っている蝶は捕まえられない。
 部屋から出してやりたくても。
 「庭はこっち」と、窓から放してやりたくても。


 網が無いなら、捕まえるには手しか無いけれど。
 幼かった頃に父がやったように、手を使う以外に無さそうだけれど。
(セミやトンボは…)
 手で捕まえても大丈夫。
 父の大きな手に捕まっても、怪我をしたりはしない虫。
 けれども、蝶は駄目だと言われた。
 「蝶も捕って」と頼んだら。
 幼かった日に、「側で見たいよ」と強請ったら。
(蝶の翅が駄目になっちゃうから、って…)
 そう教えられた、父と母から。
 ひらひらと舞う翅を彩る模様は、とても細かな粉なのだと。
 鱗粉という粉の集まり、それが染めている蝶の翅。
 アゲハチョウみたいなお洒落な蝶も、黄色や白の蝶の翅の色も、作るのは粉。
 人間の手で捕まえられたら、剥がれてしまう翅の鱗粉。
 指の形がついてしまって、元の姿には戻せない。
(だから見るだけ、って…)
 捕まえたら可哀相だから、と諭された蝶。
 側で見るなら、花や葉っぱに止まった時にしておきなさい、と。
(それでも見たくて…)
 駄々をこねたら、「今日だけだぞ?」とサイオンで捕まえてくれた父。
 サイオンの玉で蝶を包んで、ふうわりと。
 ほんの少しの間だったけれど。
(…サイオンだったら、出来るんだけどな…)
 蝶を捕まえて出してやること。
 窓から庭に放すこと。
 けれど出来ない、今の自分では。
 不器用なサイオンでは空も飛べないし、蝶を捕まえることだって。


 ひらりひらりと飛んでいる蝶。
 どうすればいいというのだろう?
 部屋の中には、蝶の餌など何も無いのに。
 翅を休める場所はあっても、蜜を吸える花は咲いていないのに。
(お腹、空いちゃう…)
 こうして飛んでいる間にも。
 飛ぶにはエネルギーを使うし、お腹はどんどん減ってゆく筈。
 とうにペコペコかもしれない。
 花を探して迷い込んだなら、肝心の花が見付からなくて。
(ぼくのせいだよ…)
 閉め忘れてたぼくが悪いんだもの、と眺める自分が閉め忘れた窓。
 おやつを食べようと急いでいて。
 自分のおやつに夢中になって。
(その間に迷い込んじゃって…)
 部屋を飛んでいる蝶のお腹は減る一方。
 このまま外に出られなかったら、疲れてしまって…。
(床に落ちちゃうとか?)
 そうでなければ、机や棚に止まったままになるだとか。
 今は軽やかに飛んでいるのに、すっかり動けなくなってしまって。
 お腹を空かせて、飢えてしまって。
(子猫とかなら…)
 餌をあげれば済むことだけれど、蝶の場合はどうなのだろう。
 「はい」と差し出したら蜜を吸うのか、人間の手からは食べないものか。
 幼虫だったら、葉っぱを与えて飼う友達もいたけれど…。
(蝶を飼ってた友達なんて…)
 いなかったから分からない。
 庭の花を摘んで持って来たなら、餌の代わりになるのかどうか。


 窓から出してやれもしないし、餌になる蜜もどうすればいいか。
 ぼくのせいだ、と泣きそうな気持ち。
 蝶が出られずに飢えてしまったら、飛べなくなってしまったら。
(…そんなの、酷い…)
 ふと重なった、前の自分の遠い遠い記憶。
 狭い檻の中に押し込められて、繰り返された人体実験。
 まるであの時の自分のようだと、出られない蝶は前のぼくと同じ、と。
(どうしたらいいの…?)
 母を呼んで来て、サイオンで包んで窓から出して貰おうか?
 「閉め忘れてたら、入っちゃった」と、自分のミスを打ち明けて。
 「可哀相だから、出してあげて」と。
 きっと、それしか無いのだろう。
 蝶の命を救うためには、と決心して部屋を出ようとしたら。
(えっ…?)
 ひらり、と蝶が飛び越えた窓。
 いとも容易く、部屋から庭へ。庭の向こうの広い世界へ。
(…ひょっとして、探検していただけ…?)
 入ってしまったこの部屋の中を、気まぐれに。
 知らない場所だと、気の向くままに。
 考えてみれば、窓からは風が吹いていたから。
 蝶がその気になりさえしたなら、きっと出口は分かったろうから。
(…此処、アルタミラじゃないもんね…)
 閉め忘れた窓はただの入口、そのまま出口になる扉。
 入りたい時にひらりと入って、出たい時には出てゆける扉。
 前の自分が入れられていた檻と違って、外の世界と部屋は続いているのだから。
(…ぼくも飛べたら、あの窓から外へ…)
 出られるんだっけ、と気付いた窓。
 閉め忘れてたのも、そのせいだっけ、と。


(今のぼくも蝶も、うんと自由で…)
 何処へ行くのも自由なんだよ、と浮かんだ笑み。
 閉め忘れてた窓のお蔭で気付いたと、もう檻なんかは無いんだっけ、と。
 あの蝶が飛んで行った方から、運が良ければハーレイも来る。
 窓からではなくて、玄関から。
 「仕事が早く終わったからな」と、優しい笑顔で。
 アルタミラの檻は遠い昔で、シャングリラだって、もう時の彼方。
 今の自分は自由だから。
 閉め忘れていた部屋の窓の外は、前の自分が焦がれ続けた地球なのだから…。

 

       閉め忘れてた窓・了


※ブルー君が閉め忘れた窓から、部屋に入ってしまった蝶。出すのは難しそうですけれど…。
 実は簡単に出られた窓。アルタミラの檻とは違う今の世界は、出入り自由な世界ですv





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(ん…?)
 どうだったか、とハーレイの頭を掠めたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後に入った書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に座った椅子。
 机を前に寛ぎのひと時、さて、と思った所で、ふと。
(閉めたんだったか…?)
 二階の窓。
 仕事から帰って、寝室のある二階に行った。
 留守の間は閉めていた窓、それを開いて空気を入れに。
 朝一番にも開けるけれども、帰ってから開ける時だって。
 そういう気分になった時には、外の心地良い空気を呼ぼうと。
(開けて、それから…)
 いつでもベッドに入れるようにと、整えた用意。
 朝にきちんとしておいたベッド、それをもう一度、改めて。
(その後にだな…)
 本を一冊、置いたのだった。
 ベッドで読むにはお誂え向きの一冊を。
 たまに読みたくなる、繰り返し読んだ文庫本。
 腰を据えて書斎で読んでゆくより、気の向いた時にパラリと開く。
 それが似合いの旅のエッセイ、何処から読んでも魅力的だから。
 キリのいい所で「此処まで」と切れる、旅の日記のようなもの。
(そいつを思い出したから…)
 この書斎まで取りに戻って、枕元へと。
 今日から暫く読んでみようと、著者との旅と洒落込もうと。


(置きに戻って…)
 それから窓をどうしたろうか。
 普段だったら、寝室を整え終えた所で閉める窓。
 カーテンも引いて、これから降りる夜の帳に相応しく。
 けれども、本を取りに下りた書斎。
 様々な本がズラリと並んだ棚から一冊、「これだっけな」と取り出した。
 其処でパラパラ拾い読みして、頷いて閉じた気に入りの本。
(二階へ持って上がって行って…)
 寝室に入って、其処から後。
 自分は窓を閉めただろうか、それにカーテンも。
 本は確かに置いたのだけれど、置いて満足しなかったろうか?
(これで良し、と枕をポンと叩いて…)
 覚えてはいない、自分の行動。
 頭の中身は、夕食の支度に移っていたから。
 仕事の帰りに買った食材、それで作りたい今夜のメニュー。
 新聞で読んだばかりの工夫もしてみたかった。
 下味の付け方、それを試して、と。
(…すっかりそっちに行っちまって、だ…)
 窓をいったい、どうしたのだろう。
 身体が勝手に動いて閉めたか、あるいは忘れてしまったのか。
 まるで無い自信、「確かに閉めた」と。
 カーテンを引いた覚えも無いから、なんともマズイ。
 あれっきり開けたままだったのなら…。
(部屋が冷え切っちまっているぞ)
 いくら穏やかな季節とはいえ、夜は夜。
 こいつは駄目だ、と立ち上がった。
 閉め忘れたのなら、閉めに行かねば。
 部屋の空気が冷えてしまえば、ベッドも寝具も冷えるのだから。


 淹れたばかりの熱いコーヒー、それにお別れ。
 とにかく窓を、と急いだ二階。
 階段を上がって、勢いよく開けた寝室の扉。
(おや…?)
 其処の空気はいつも通りの柔らかなもの。
 冷たい夜気が満ちる代わりに、暖かな部屋が待っていた。
 見れば、閉まっているカーテン。
 念のためにと開けてみたけれど、その向こうの窓も。
(…閉めていたのか…)
 癖ってヤツだな、と納得した。
 自分では全く意識しなくても、身体は覚えていたらしい。
 寝室の支度を整えた後には、こうして窓を閉めるものだ、と。
 カーテンも引いて、夜に備えて。
(…癖だか、それとも本能なんだか…)
 なんにしたって、閉まっていた窓。
 無駄足になった此処までの道。
(まあ、いいんだがな?)
 冷え冷えとした部屋に出会っていたなら、「しまった」と思うだろうから。
 ベッドもすっかり冷えちまったと、後悔しきりだろうから。
(夜の空気じゃ、湿気ちまうし…)
 心地良い眠りは期待出来ない。
 季節外れでも暖房を入れて、暫く暖めたりしない限りは。
 そういう手間は省けたけれども、とんだ無駄足。
 一階から二階へ、そして二階から一階に戻ってゆくのだから。
 きちんと窓を閉めていたなら、それは要らない筈だったのに。


(俺としたことが…)
 ウッカリしてた、と戻った書斎。
 運動になったと思うしかない、二階への旅。
(階段を上がって下りたくらいじゃ…)
 このコーヒーで帳消しだよな、と傾けたカップ。
 運動した分のエネルギーよりも、コーヒーの方が上だろう、と。
 コーヒーのカロリーは知らないけれども、これも一種の食品だし、と。
(運動は足りているんだが…)
 無駄足というのが悔しい気分。
 その原因を作った自分も。
 しっかりしろと、窓は開けたら閉めるもんだ、と。
(ちゃんと閉めてはいたんだが…)
 記憶に無いというのが酷い。
 夕食の段取りをしていたにしても、それは余所見のようなもの。
 授業中に余所見をしている生徒と変わらないな、と小突いた額。
 これじゃ生徒を叱れないぞ、と。
(一事が万事で…)
 やり始めたことは、やり遂げること。
 些細なことでも、終わるまで。
 でないと、こういう失敗をする。
 窓を閉めたか、閉めていないかと、コーヒーを放ってゆくような。
 夕食の後の寛ぎの時を、中断する羽目になるような。
(窓だったから、まだマシなんだが…)
 これが料理の途中だったら、と情けない気持ち。
 火にかけてある鍋を忘れてしまって、シチューが煮詰まってしまうとか。
 味噌汁がグツグツ煮えてしまって、味噌の風味が飛ぶだとか。


 窓で良かった、とホッと一息。
(これが料理の方だったら…)
 目も当てられないシチューや味噌汁、あるいは黒焦げになったトースト。
 そっちよりかは、まだマシだと。
 開けっ放しの窓だったならば、閉めて終わりで、冷え切った部屋も…。
(ちょいと暖めてやればだな…)
 まだ取り返しがつくってもんだ、と考えた所で蘇った記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が叫んでいた。
 白いシャングリラのブリッジで。
 緊迫した空気が満ちている中、「気密隔壁閉鎖!」と大きな声で。
(…おいおいおい…)
 窓の閉め忘れどころじゃないぞ、と思い出した前の自分の世界。
 キャプテン・ハーレイとして生きていた船、ミスなど許されなかった船。
(あそこで窓が開けっ放しだと…)
 外は宇宙か、アルテメシアの雲海か。
 いずれにしたって、外の世界に繋がる扉。
 それは閉ざしておくべきもの。
 開けたら必ず、閉め忘れないで。
(窓が無くても、いきなり開くんだ…)
 人類軍に攻撃されたら、シールドを突き抜けられたなら。
 船は傷つき、中の空気が外へ吸い出されてしまう状態。
 放っておいたら、大事故になる。
 最悪の場合、船は沈むか、バラバラに壊れて砕け散るか。
 そうならないよう、閉めていたのが気密隔壁。
 損傷した箇所を特定して。
 キャプテン自ら指示を飛ばして、「このブロックを遮断しろ」と。
 取り残された者がいるなら、救助して。
 船の空気が漏れ出さないよう、シャングリラが壊れてしまわないよう。


(その俺が、窓を閉めるのを忘れたってか…?)
 開けっ放しで、と見開いた瞳。
 窓は閉まっていたのだけれども、閉めていないも同然の窓。
 閉めた覚えが無いのだから。
 「閉め忘れたか?」とコーヒーを置いて、確認しようと出掛けた二階。
 窓は幸い、閉まっていただけ。
 自分で閉めた覚えは無くても、身体が閉めてくれていただけ。
 普段はこうだ、と動いてくれて。
 窓を閉めて、ついでにカーテンも引いて。
(…人間、変われば変わるもんだな…)
 キャプテン・ハーレイが窓を閉め忘れたか、と零れた苦笑。
 いくら結果がそうでなくても、記憶が無いなら同じこと。
 自分は窓を閉め忘れていて、これがシャングリラだったなら…。
(今頃は、とうに宇宙の藻屑で…)
 なんてこった、と唸るしかない。
 あの船でも、誰かが閉めただろうけれど。
 自分が余所見をしていたのならば、ゼルやブラウや、他の誰かが。
(…しかし、それでは…)
 後で確実に吊るし上げだな、と思うから。
 「何をしとるんじゃ!」と怒鳴るゼルやら、呆れ顔のブラウが見えるようだから。
(…俺もすっかり平和ボケってな)
 窓を閉め忘れる時代なんだ、と傾ける愛用のマグカップ。
 今は平和な時代だよなと、窓を閉め忘れても誰も困りやしないんだから、と…。

 

         閉め忘れた窓・了


※閉めるのを忘れてしまったかも、とハーレイ先生が閉めに行った窓。階段を上がって。
 ウッカリやっても許されるのが今の時代で、閉め忘れても事故にはならない時代v





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(運命の出会いかあ…)
 ホントにあるよね、と小さなブルーが考えたこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は訪ねて来てくれなかった、前の生から愛した人。
 学校で挨拶しただけだった、大切な恋人のハーレイ。
 こうして再び巡り会えたから、きっと運命なのだと思う。
 前の自分たちが生きた時代から、長い長い時が流れた地球。
 青く蘇った水の星の上に、ハーレイと生まれ変わって来たから。
 再会して直ぐに、「ハーレイなんだ」と分かったから。
(聖痕、とっても痛かったけど…)
 その痛みさえも愛おしいほど。
 大量の鮮血が噴き出した聖痕、それがハーレイを連れて来たから。
 自分とハーレイの前の生の記憶、それを戻してくれたから。
(あれって絶対、運命の出会い…)
 そうでなければ何だろう。
 もう一度、巡り会えたこと。
 新しい身体と命を貰って、またハーレイと恋をしていること。
 運命の出会いはあるのだと思う、今日の新聞で目にした記事。
(誰にでも、運命の相手がいるって…)
 いつか必ず巡り会える人。
 共に生きたいと思う人。
 もっとも、そうだと気付くかどうかは運次第。
 気付かなかったら、ただ出会うだけ。
 出会って、そして別れてゆくだけ、二人で人生を歩む代わりに。
 違う人と出会って恋をするとか、恋はしないで生きてゆくとか。
 それもまた、その人の運命。
 巡り会えるように出来ている人、その人と生きてゆくかどうかは。


 そう書いてあった運命の出会い。
 誰にでもあると、気付くかどうかは運次第だと。
(信じない人もいるだろうけど…)
 本物の運命の出会いもあるよ、と重ねた自分たちの恋。
 前の生から一緒だから。
 生まれ変わっても、またハーレイと出会ったから。
(…前のぼくたちも、きっと運命…)
 そういう出会いをしたのだと思う。
 巡り会った場所は、素敵な場所ではなかったけれど。
 過酷な人体実験を繰り返された末に、星ごと滅ぼされそうになったアルタミラ。
 地獄だったとしか言えないけれども、其処でハーレイと出会ったから。
 そのハーレイと恋をしたから、あの出会いだって、きっと運命。
 二人、幸せに生きたから。
 白いシャングリラで幸せな時を、満ち足りた時を過ごしたから。
 最後は離れてしまったけれど。
 前の自分が手を離したから、ハーレイは側にいられなかった。
 命が潰える瞬間に。
 前の自分が、死へと旅立つその瞬間に。
(…右手、とっても冷たかったけど…)
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、凍えた右手。
 前の自分は泣きながら死んだ、「ハーレイには二度と会えない」と。
 絆が切れてしまったからと、ハーレイの温もりを失くしたからと。
 深い悲しみと絶望と孤独、その中で死んでいったのに。
 泣きじゃくりながら命尽きたのに、気付けば青い地球に来ていた。
 そしてハーレイの腕までがあった、直ぐ側に。
 聖痕の痛みで薄れてゆく意識、けれど感じたハーレイの存在。
 また会えたのだと、「ハーレイなんだ」と。


 今度の出会いが二度目の出会い。
 運命の糸に引き寄せられて。
 もう一度、ハーレイとしてゆける恋。
 今度の恋は前と違って、ハッピーエンドを迎えられる恋。
 誰にも隠さなくてもいいから、堂々と結婚出来るのだから。
 二人一緒に手を繋ぎ合って、何処までも歩いてゆけるのだから。
(…前のぼくたちだと、それは無理…)
 ソルジャーとキャプテン、互いの立場が邪魔をして。
 結婚どころか、恋も許されない二人。
 だから懸命に隠し続けた、本当に最後の最後まで。
 生きて会えることはもう無いのだと、互いに分かっていた時でさえ。
(でも、また会えたよ…)
 運命の糸が導いてくれて。
 ハーレイの所へ繋がるようにと、きちんと二人を結んでくれて。
 前の自分たちも、きっとそう。
 アルタミラの地獄で巡り会えるよう、用意されていた運命の相手。
 互いに互いを見付け合ったから、恋をして、長い長い時を過ごした。
 白いシャングリラで、幸せに。
 誰にも言えない恋だったけれど、それでも二人、幸せだった。
 恋をして、恋が叶ったから。
 引き裂く者は誰もいなくて、二人で生きてゆけたから。
(…誰も知らなかったから、文句は言われないものね…)
 恋をするなとも、別れろとも。
 会ってはならないと閉じ込められたり、見張られたりもしなかった。
 それだけで充分だった恋。
 誰にも言えない恋であっても。
 見付かったならば、シャングリラ中が大騒ぎだったろう恋だったけれど。


(ぼくたちの恋、もしもバレてたら…)
 どうなったろうか、あの恋は。
 前のハーレイとの幸せな恋は、やはり壊れてしまったろうか。
 皆に知られて、辛い思いをした末に。
 ソルジャーとキャプテン、船を導く立場の二人が恋仲だとは、と白い目で見られ、噂をされて。
 そうなっていたら、きっと耐えられない。
 自分も、それにハーレイも。
 どちらからともなく、別れの言葉を口にしたろう。
 もうこれきりだと、もう会わないと。
 きっと涙を流しながら。
 こんな言葉を言いたくはないと、胸の中で血を流しながら。
(だけど、そうするより他に…)
 道などありはしなかっただろう、あの船で生きてゆくのなら。
 仲間たちを導くソルジャーとキャプテン、それぞれの務めを果たすのならば。
(…それ、捨てちゃったら駄目だよね…)
 ハーレイと二人、何もかも捨てて逃げること。
 白いシャングリラも船の仲間たちも、何もかもを捨てて。
 船を捨てたら、生きてはゆけないのだけれど。
 前の自分の強いサイオン、それがあっても無理なのだけれど。
(いつまでもシールドしていられないし…)
 見付からないよう、人類の世界に隠れ続けることも出来ない。
 逃げ出したならば、後は破滅が待っているだけ。
 ハーレイも、それに前の自分も。
 宇宙の何処かで命尽きるか、その前に殺されてしまうのか。
 弱っていたなら、人類に狩られてしまうから。
 そうならなくても、生きてゆく術を何も持ってはいないのだから。
 船を離れてしまったら。
 ミュウの箱舟、それを二人で後にしたなら。


 捨てられる筈などなかった船。
 生きてゆくにも、ミュウの未来を守るためにも。
 けれど、ハーレイとの恋がかかっていたならば。
 二人の仲を引き裂かれるか、なんとしてでも恋を守るか、それを選ばねばならなかったら…。
(……捨てられたかな?)
 あの白い船を。
 前の自分が守り続けた、ハーレイが舵を握った船を。
(全部捨てちゃって、ハーレイと二人…)
 逃げられたろうか、死が待つと分かっている場所へ。
 漆黒の宇宙や人類の世界、其処へ飛び出してゆけただろうか。
 恋を選んで、ハーレイと二人。
 別れの言葉を告げる代わりに、「一緒に逃げよう」と頼み込んで。
(…ハーレイなら、きっと…)
 逃げてくれたという気がする。
 そう言った自分を咎めはしないで、ただ穏やかな笑みを浮かべて。
 「分かりました」と、「行きましょう」と。
 二人で一緒に逃げた先には、死しかなくても。
 死が待っていると知っていたって、ハーレイはきっと来てくれたろう。
 前のハーレイの優しさは本物だったから。
 恋も愛も深くて強い想いも、全部本物だったのだから。
(…ぼくの我儘、って分かっていても…)
 ハーレイは怒らなかっただろう。
 怒るどころか、こんな言葉もくれただろう。
 「私もそうしたかったのです」と、「ですから、安心なさって下さい」と。
 自分の意志でそうするのだから、何も心配は要らないと。
 だから自分を責めなくていいと、思いは同じなのだから、と。


 そうして二人、逃げ出した先で命尽きても。
 人類に見付かって撃ち殺されても、きっと幸せだったろう。
 恋を失くして、仲を引き裂かれて、泣きながら生きてゆくよりは。
 辛い思いを胸に抱えて、船を守ってゆくよりは。
(そんなこと、したら駄目なんだけど…)
 駄目だと自分で分かっていたって、止められないのが恋というもの。
 失くすよりはと、必死になって。
 命まで捨てて守り抜こうと、貫こうとするのが本物の恋。
 遠い昔から、そういう恋人たちがいたから。
 物語の世界にも、現実にだって。
(…前のぼくたち、そうしなくても済んだから…)
 恋を知られずに隠し通せたから、青い地球まで来られたろうか。
 務めを投げ出すことをしないで、ミュウの未来を守ったから。
 ソルジャーとキャプテン、それぞれの場所で力の限りを尽くしたから。
(だから御褒美、貰えたのかな?)
 また巡り会って、幸せな恋をするようにと。
 今度はハッピーエンドの恋をと、二人、いつまでも幸せにと。
(今度もホントに運命だよね?)
 ハーレイと二人、恋の続きを生きていること。
 前の自分たちの恋の続きを、ハッピーエンドが待つ未来へと。
 そう思ったら零れる笑み。
 運命だよねと、前も今度もきっと運命、と。
 ハーレイと二人なら、幸せだから。
 互いが互いのためにいるから、何処までも二人、手を繋ぎ合ってゆくのだから…。

 

         運命だよね・了


※ハーレイとは運命の恋人同士、と考えているブルー君。前も今度も運命だよね、と。
 前の恋がもしもバレていたなら、本当に船を捨てたでしょうか。捨てなかった分、今は幸せv





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(運命の出会いなあ…)
 あるだろうな、とハーレイが思い浮かべた言葉。
 ブルーの家には寄れなかった日、いつもの書斎でコーヒー片手に。
 夕食の後に広げた新聞、それの何処かでチラと見掛けた。
 広告だったか、記事の見出しか、目の端を掠めただけなのだけれど。
(まさに運命の出会いってヤツで…)
 あいつと俺、と今の小さなブルーを想う。
 前の生から愛した恋人、ソルジャー・ブルーの生まれ変わり。
 自分も同じに生まれ変わりで、青い地球の上でまた巡り会えた。
 これが運命の出会いでなければ、いったい何だと言うのだろう。
 だからあるのだ、と言い切れる。
 運命の出会いは本当にあるし、そうして始まる恋も確かに存在すると。
 自分たちの恋がそうだから。
 それに今度は、前と違ってハッピーエンドの恋になるから。
(チビのあいつが育ったら…)
 結婚出来る年になったら、絵に描いたようなハッピーエンド。
 お伽話の王子とお姫様のように、ブルーと挙げる結婚式。
 それからはずっと二人で暮らして、もう離れない。
 前のようには離れたりしない、何も二人を引き裂きはしない。
 今は平和な時代だから。
 ブルーはソルジャーと呼ばれはしないし、自分もキャプテンなどではなくて…。
(ただの古典の教師だってな)
 なんとも自由で気楽な立場。
 ブルーもただの教え子なのだし、卒業したって何も変わらない。
 縛るものなど、もう無いから。
 ブルーは自由で、何の役目もブルーを縛りはしないから。


 また巡り会えた運命の恋人、今も愛する愛おしい人。
 遠く遥かな時の彼方で恋をした人に、また恋をした。
 ブルーの方でもそれは同じで、本当に運命の恋人同士。
 きっと出会った時から運命。
 今ではなくて、前の自分たちが。
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そう呼ばれていた自分たちが。
(…どんな出会いをしてたって…)
 恋に落ちたのだと思う。
 生まれ変わっても巡り会うほど、互いに惹かれているのだから。
 互いが互いのために生まれて、こうして恋に落ちるのだから。
(まるで立場が違う二人でも…)
 恋したろうな、と断言出来る。
 前のブルーと自分の間に、どんな障害があろうとも。
 皆が反対するような恋であっても、世界の全てを敵に回しても。
(あの時代でも、駆け落ちってヤツは…)
 あっただろうか、と考えるけれど、分からない。
 人類の世界の恋愛事情を知りはしないし、ミュウの世界では出来なかった駆け落ち。
 シャングリラだけが世界の全てだったから。
 閉ざされた世界だった箱舟、其処から出ては生きられないから。
(それでもだ…)
 他には道が無いと言うなら、きっとブルーと逃げただろう。
 未来など無いと分かっていても。
 二人一緒に逃げた先には、死が待つだけの駆け落ちでも。
 恋はそういうものだから。
 まして運命の恋となったら、もう赤々と燃え盛るだけ。
 儚い線香花火みたいに、一瞬で消えてしまっても。
 恋の炎で互いの命を、燃やし尽くしてしまったとしても。


 そうなっていても、きっと自分には無かった後悔。
 ブルーの方でも、ほんの少しも。
 恋のためにと逃げた途端に、二人一緒に死んでしまっても。
(…まるでロミオとジュリエットだな…)
 悲恋ってヤツだ、と思うけれども、後悔はしない。
 ブルーと一緒だったなら。
 恋が叶うというのだったら、命だってきっと捨てられた。
(最後の最後に、俺は捨て損なっちまったが…)
 ブルーを追わなかったから。
 一人きりでメギドに行かせたから。
 今でも悔やむくらいだけれども、あの時はあれがベストの選択。
 キャプテンがシャングリラを捨ててしまったら、ブルーの願いが無駄になるから。
 追って行ったら、ブルーは怒って、悲しみさえも覚えたろうから。
(…だから、あの時はあれでいいんだ…)
 正しかったから、こうして巡り会えたのだろう。
 もう一度、恋人同士として。
 新しい身体と命を貰って、今度こそ二人で生きてゆくために。
(しかしだな…)
 前の自分とブルーとの恋、それが叶わなかったなら。
 どんなに互いに惹かれ合っても、シャングリラでは成就しなかったなら。
(…俺もブルーも、捨てちまったかもな…)
 自分の命も、シャングリラも。
 ミュウの未来も何もかも捨てて、二人で逃げていたかもしれない。
 船の外では生きられなくても。
 二人とも死ぬと分かっていたって、それを互いに承知の上で。


 幸いなことに、叶った恋。
 誰にも言えずに隠したけれども、二人、幸せな恋をしていた。
 その幸せがあったからこそ、ブルーの手を離せたのだろう。
 死にに行くのだと分かっていても。
 きっとブルーは帰って来ないと、伝えられた言葉で気付いていても。
(恋人同士だったんだしな?)
 前のブルーが深い眠りに就いた後にも、恋をしたまま。
 ブルーの眠りを見守ることしか出来なくなっても、何度も唇に落としていたキス。
 二人の恋は叶っていたから、とうに絆があったから。
 互いが互いのためにいるのだと、他の誰にも恋はしないと。
 だから離せたブルーの手。
 ブルーの命が尽きてしまっても、恋は壊れはしないから。
 変わらずに愛し続けるから。
(…そうは思っても、厳しかったが…)
 ブルーがいなくなった後。
 前のブルーを失くした後には、まるで自分は生ける屍。
 それほどの恋をしていたのだから、恋を叶えるためならば…。
(やっぱり、全部捨てられたろうな)
 白いシャングリラも、ミュウの未来も。
 自分の命も、何もかもを。
 それ以外に道が無いのなら。
 ブルーとの恋が叶わないなら、手に手を取って逃げてゆくだけ。
 待つものが死でも。
 恋の炎を燃やし尽くして、命まで尽きてしまっても。


(本当にロミオとジュリエットだな…)
 敵同士の家に生まれた恋人、そういう二人だったっけな、と思ったら。
 前の自分たちの恋よりもずっと、障害の多い恋だったんだ、と考えてみたら。
(……俺たちだって……)
 もしかしたら、そういう出会いになっていたかもしれない。
 あの時代にはミュウと人類、二つの種族がいたのだから。
 たまたま二人ともミュウだっただけで、違うことだって充分、有り得た。
 ミュウと人類、相容れない種族に生まれてしまって。
 どう転がっても、叶わない恋に落ちてしまって。
(…もしも、あいつがミュウだったなら…)
 そして自分が人類だったら、どんな出会いになったろう。
 きっとアルタミラで出会うのだろうし、ブルーの方は実験動物。
 自分は白衣の研究者だとか、ミュウの管理を任された職員だったとか。
(それでも、恋をしたんだろうな…)
 自分もブルーも、叶わない恋を。
 どんなに互いを求め合っても、手を繋ぐことも出来ない恋を。
(…そうなっていたら…)
 やはり二人で逃げたのだろう、お互いの手を繋ぎ合うために。
 愛おしい人と共にゆこうと、何処までも二人一緒だと。
(…逃げた途端に、撃ち殺されても…)
 ブルーと一緒に処分されても、きっと後悔しなかった。
 手を繋ぎ合って走った通路で、全てが終わってしまっても。
 二人とも其処に倒れてしまって、何処へも行けずに終わったとしても。
(きっと満足だったんだ…)
 笑みさえ浮かべて死んでいたろう、自分もブルーも。
 もう離れないと、これからはずっと一緒だと。
 何処までも二人で飛んでゆこうと、これからは二人なのだから、と。


 悲しい恋に終わったとしても、どんな出会いをしていたとしても。
 これだけはきっと変わらないこと、ブルーと恋に落ちること。
 人類とミュウに分かれていても。
 互いの手さえも握れないままで、見詰め合うことしか出来なくても。
(目だけでも恋は出来るんだ…)
 俺たちなら、と今だから思う。
 ブルーと二人で生まれ変わって、青い地球までやって来たから。
 前の自分たちの恋の続きを、ハッピーエンドが待っている恋を二人で生きているのだから。
(どう考えても、運命だよな…)
 あいつとの出会い、と時の彼方へ馳せてゆく思い。
 たとえ悲恋に終わっていたって、きっと互いに恋に落ちたと。
 死が待つだけの恋であっても、後悔などはしなかったと。
(そういう恋にはならなかったが…)
 運命の恋には違いないぞ、と思うから自然と零れる笑み。
 今度はハッピーエンドだと。
 前の自分たちには出来なかったこと、二人の恋のハッピーエンド。
 いつかブルーが大きくなったら、今度こそ二人、何処までも共にゆけるのだから…。

 

         運命だよな・了


※ハーレイ先生とブルー君。本当に運命の出会いですけど、前の生でも同じこと。
 人類とミュウに分かれていたって、恋に落ちただろう二人。運命の出会いはあるのですv





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「ねえ、ハーレイ。…進歩がなければ駄目なんだよね?」
 人間って、と首を傾げた小さなブルー。
 進歩しなくちゃ駄目なんでしょ、と。
 向かい合わせで座ったテーブル、いつものブルーの部屋の窓辺で。
「そうだな。人間、毎日が成長だ」
 大事なことだな、とハーレイは大きく頷いた。
 一歩一歩、前へ進むこと。
 人生というのも歩くのと同じで、毎日、前へと進んでゆくもの。
 たまに立ち止まったり、後戻りをしても、その分、前へと。
 立ち止まっていても、何か得られるものだから。
 後戻りしても、其処から何かを学ぶのだから。
 授業中にも、そう言ったりする。
 「しっかり前へと歩くんだぞ?」と。
 退屈なように思える授業も、先人たちの知識を学ぶ時間。
 それをしっかり身につけろと。
 自分のものにしてしまえたなら、それだけ先へ進むのだから、と。


 きっとブルーも、思い出したに違いない。
 チビで少しも育たないけれど、中身は育っているのだと。
 毎日が進歩で、育っていないわけではないと。
 やっと分かってくれたのだな、と嬉しい気持ちになったものだから。
「お前も、ちゃんと成長してるか?」
 進歩ってヤツをしているのか、と訊いてやったら、「うん」と返った。
「もちろんだよ」と。
「だって、進歩が大切なんでしょ?」
 毎日、毎日、一歩ずつ前に進んでいかなきゃ。
 ぼくの背、ちっとも伸びないけれども、それでも進歩しなくちゃね。
「偉いぞ、ブルー。やっぱりチビでも俺のブルーだ」
 前のお前も、しっかりと前を向いてたが…。
 どんな時でも、前に向かって歩いたもんだが、お前もそうだな。
 進もうってことに気付いているなら、立派なもんだ。
 俺が授業でいくら言っても、大抵のヤツらは聞いちゃいないし…。
 聞いてないから、進歩もしない。
 同じ失敗ばかりをしていて、まるで話にならないってな。


 その点、お前は実に立派だ、と褒めてやったら、喜んだブルー。
 「良かった」と、「進歩しなくちゃね」と。
「おんなじ毎日を繰り返すよりは、断然、進歩」
 そうやって前に進むものでしょ、そうだよね?
「当然だよなあ、特にお前のような子供は」
 俺の年でも、毎日が勉強とも言える。
 色々と学ぶことも多いし、「そうか」と目から鱗が落ちることだって。
 大人の俺でもそうなんだから、子供のお前はぐんぐん伸びるぞ。
 自分がその気になりさえすればだ、どんどん吸収出来るんだから。
 進歩してゆくための栄養、毎日、山ほどあるんだからな。
「そうだよねえ? だから、しっかり進歩しなくちゃ」
 少しずつでも、進むのが大事。
 だからね、今日はほんのちょっぴり…。
 この辺までかな、とブルーは椅子から立って来た。
 「今日はここまで」と近付いた顔。


「お、おい、ブルー?」
 何のつもりだ、と問い返したら。
「キスの練習…。いつかするでしょ?」
 ぼくの背丈が前と同じになったら、キス。
 今から少しずつ練習。進歩するのが大切だから。
 毎日ほんのちょっぴりずつ、と瞬いた瞳。「だから練習」と。
「馬鹿野郎!」
 そういうのは進歩とは言わん、とコツンと叩いたブルーの頭。
 拳で軽く、痛くないように。
 「お前はもっと成長しろ」と。
 まるで少しも育っていないと、キスは駄目だと言っただろうが、と…。



         進歩が大切・了





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