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(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 ちょっと残念、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
 会って話をしたかったのに。
 大きな身体に抱き付いて甘えて、温もりに酔いたかったのに。
 そういう気分だったから。
 甘えん坊になりたい気分で、甘やかして貰いたかったのに…。
(来てくれなくって、独りぼっち…)
 パパもママもいるけど独りぼっち、と見回した部屋。
 両親の部屋は別にあるから、本当に自分一人だけ。
 これから夜が更けてゆくのに、もうすぐ灯りも消すというのに。
 常夜灯だけを残して、全部。
 机の上のも、天井のも。
(ベッドに入っても、独りぼっちで…)
 ハーレイは側にいてくれないよ、と悲しい気持ち。
 前の生なら、けして一人ではなかったのに。
 いつもハーレイが側にいてくれて、眠る時は温かな腕の中。
 逞しい胸に身体を預けて、幸せな温もりに包まれていた。
 そして降って来た「おやすみなさい」という言葉。
 おやすみのキスと一緒に、いつも。
 「おやすみなさい、ブルー」と、穏やかな笑みも。
 恐ろしい夢を見ないようにと、側で守ってくれたハーレイ。
 恋人同士になってからは、ずっと。
 前の自分が深い眠りに就いてしまうまで、夜はいつでもハーレイと二人。
 青の間に置かれた大きなベッドで、キスを交わして、愛を交わして。
 眠る前には「おやすみ」の言葉、「おやすみなさい」と言ったハーレイ。
 ソルジャーには敬語で話していたから、「おやすみなさい」と。


 今のハーレイが言うのだったら、「おやすみなさい」ではないだろう。
 年下のチビに敬語を使いはしないし、「おやすみ」という言葉に変わるのだろう。
 前の自分がチビだった頃に、ハーレイがそうしていたように。
 部屋に遊びに来てくれた時は、「おやすみ」と告げて帰ったように。
(今のハーレイでも「おやすみ」だよね?)
 きっとそうだ、と考える。
 その挨拶を耳にしたことはないけれど。
 「おやすみ」という言葉でさえも。
 たまに病気で休んだりしたら、ハーレイがベッドの側にいてくれて…。
(ゆっくり眠れよ、って…)
 額を、髪を、そっと撫でたりしてくれるけれど、大きな手が気持ちいいけれど。
 「おやすみ」の言葉を貰えはしない。
 見舞いにと寄ってくれたのが仕事の帰りでも。
 とうに日が暮れて夜になっていても、「おやすみ」と言ってくれたりはしない。
 帰る時には「またな」だから。
 それがハーレイの挨拶なのだし、「おやすみ」の代わりに「またな」と出てゆく。
 ベッドの住人になった自分に、「またな」と、「ぐっすり眠るんだぞ」と。
 しっかり眠って早く治せ、と優しい心は伝わるけれど。
 温かな想いに包まれるけれど、「おやすみ」の言葉は貰えない。
 ハーレイは自分の家に帰るから、「またな」が相応しい挨拶だから。
 「また来るから」という意味の言葉が「またな」。
 その「また」が次はいつになるかも、本当の所は分からない。
 いくら病気で欠席したって、ハーレイには仕事があるのだから。
 毎日見舞いに来られるかどうか、それはハーレイにも分からないから。
 「また明日な」という意味で「またな」と言っても、仕事が入れば来てくれない。
 会議だったり、顧問をしている柔道部の用事だったりと。
 だから「またな」も曖昧な言葉、次がいつかは分からない。
 「またな」しか言って貰えないのに。
 「おやすみ」とは言ってくれないのに。


 その上、自分は独りぼっちで、「またな」も貰えなかった今日。
 「おやすみ」の言葉があるわけがなくて、一人、ベッドに入るしかない。
 誰も言ってはくれないから。
 ハーレイは此処にいてくれないから、側で抱き締めてはくれないから。
(パパとママには言ったんだけどな…)
 お風呂から上がって、部屋に戻る前に。
 リビングにいた二人を覗いて、「おやすみなさい」と寝る前の挨拶。
 「ああ、おやすみ」と返したのが父で、母も笑顔で「おやすみなさい」。
 「暖かくして寝るのよ」と。
 「夜更かししたら駄目よ?」とも。
(…えーっと…)
 こうしてベッドの端に座っていること、それも夜更かしになるのだろうか?
 上着も着ないでベッドにチョコンと、そしてつらつら考え事。
 「おやすみの言葉が貰えないよ」と、「ハーレイは言ってくれないよ」と。
 どうなんだろう、と時計の方に目を遣ってみたら…。
(嘘…!)
 いつの間に、と驚くくらいに経っていた時間。
 さっきお風呂から戻った時には、時間はもっと早かったのに。
 時計の針が指していた時刻、確か自分の記憶では…。
(一時間以上も前だったよ?)
 まさか読み間違えはしないし、そんな時間なら、多分、両親に急かされた筈。
 「もう遅いから、早くお風呂に入りなさい」と。
 お風呂に行くよう促される上、「おやすみなさい」と挨拶をしたら…。
(早く寝なさい、って…)
 夜更かしは駄目という注意の代わりに、「早く寝なさい」。
 遅い時間だから、直ぐ、ベッドにと。
 灯りも消してと、明日も学校があるのだからと。
 両親はそうは言わなかったから、要は自分が一人で夜更かし。
 上着も着ないでベッドに座って、ハーレイのことばかり考えていて。


(大変…!)
 風邪を引いちゃうよ、と入ったベッド。
 部屋の灯りも常夜灯だけ、もう眠らないと駄目だから。
 いつもだったら眠る時刻で、それよりもまだ遅いくらいの時間。
 それに明日もまた学校なのだし、寝不足で欠伸していたら…。
(きっとハーレイに叱られちゃうよ…)
 もし見付かったら、欠伸の現場を見られていたら。
 「ブルー君」と廊下で呼び止められて。
 「さっき、欠伸をしていただろう」と、「俺の授業は退屈なのか?」と。
 そういう風に叱られないなら、咎められるのは寝不足の方。
 「良くないな」と。
 「夜更かしは身体に悪いもんだ」と、「本を読むのも、ほどほどにしとけ」と。
 どっちにしたって叱られるわけで、シュンと項垂れるしかないのだろう。
 学校の中では「ハーレイ先生」、恋人の「ハーレイ」は何処にもいない。
 叱られて肩を落としていたって、けして慰めては貰えない。
 「分かったか」と念を押される始末で、「反省しろ」とも言われるだろう。
 「何故、叱られたか分かっているな?」と、「分かっているなら、二度とするな」と。
 そうなることが分かっているから、上掛けの下で丸まった。
 急いで寝なきゃと、寝不足は駄目、と。
(…ホントのホントに、叱られちゃう…)
 優しい響きの「おやすみ」の言葉、それの代わりにお説教。
 学校で「ハーレイ先生」に叱られた後も、もしかしたら、家でお説教の続き。
 ハーレイが仕事の帰りに寄って、「今日のお前の欠伸だがな」と。
 「俺の授業で欠伸をするとは、いい度胸だな」と、腕組みまでしてジロリと視線。
 そう言わないなら、「健康管理が出来ていないな」と叱られる。
 ただでも弱い身体なのだし、気を付けろと。
 「夜はしっかり眠ることだ」と、「俺は何度も言った筈だが?」と。


 叱られるのも、睨まれるのも、どちらも嫌で悲しいから。
 「おやすみ」の言葉が欲しかっただけで、夜更かしのつもりは無かったから。
(…早く寝ないと…)
 眠くなって、と自分に向かって頼むのに。
 瞼が重くなりますようにと、欠伸も眠気も、と祈るような気持ちでいるというのに…。
(…おやすみ、って言ってくれないから…)
 眠れないよ、と恨みたくなる、前の生から愛した人。
 此処にいてくれはしないハーレイ、「おやすみ」と言ってくれない恋人。
 今の自分には、いつも「またな」で、「おやすみ」は無し。
 きっと、大きく育つ時まで。
 前の自分と同じに育って、ハーレイとキスが出来る時まで。
(…大きくなっても、ハーレイと一緒に眠る時しか…)
 貰えないだろうか、「おやすみ」の言葉。
 前の自分が「おやすみなさい」と貰っていたキス、それから言葉。
 今度は「おやすみ」になるだろう言葉、眠る前に貰える挨拶とキス。
 いつかハーレイと暮らす日までは、貰えないままになるのだろうか…?
(…ありそうだよね…)
 別々の家で暮らす間は、婚約したって「またな」とお別れ。
 ハーレイは帰って行ってしまって、「おやすみ」の言葉は貰えない。
 そうなのかも、と思うけれども、貰える日はきっと来る筈だから。
 「おやすみ」の言葉も、おやすみのキスも、ハーレイがくれる筈なのだから…。
(…それまでの我慢…)
 独りぼっちで寝るのと同じ、と思い浮かべた恋人の顔。
 この時間だと起きているのか、それとも眠ってしまったのか。
 まるで全く分からないけれど、いつか二人で暮らし始めたら…。
(…おやすみなさい、って…)
 きっと自分も言うだろうから、そうっと小声で呟いてみる。
 「おやすみ、ハーレイ」と、此処にはいない恋人に。
 ちゃんと寝るよと、だから「おやすみ」と。
 ハーレイも多分、もう寝てるよねと、だからハーレイもおやすみなさい、と…。

 

        おやすみの言葉・了


※ブルー君が欲しい「おやすみ」の言葉。眠る前に、ハーレイの口から聞きたい言葉。
 けれど当分貰えそうにないのが「おやすみ」の言葉。だからハーレイに「おやすみなさい」v





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(さて、と…)
 すっかり遅くなっちまった、とハーレイが座った机の前。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
(思った以上に遅くなったな…)
 まあ、楽しくはあったんだが、と思う同僚たちとの夕食の席。
 仕事の帰りに誘われたから、断り切れずに出掛けた次第。
 ブルーの家へと出掛けてゆくには、もう遅すぎる時間だったから。
(あの時間から行くと、迷惑かけちまうからな…)
 自分も料理をするから分かる。
 夕食の支度に間に合わせるには、何時頃までに着くべきかは。
 人数に見合った量の料理を、きちんと作り上げられる時間。
 それを過ぎたら、予定外の何かを作るしかない。
 一人増えた分を補える料理、家にある食材で手早く作れるだろう料理を。
(いくら「御遠慮なく」と言われてたってなあ…)
 寄るとブルーが喜ぶから、と「いらして下さい」と何度も言われる。
 一人息子のブルーを愛する両親に。
 遅い時間でも大丈夫だから、毎日でもお越し下さい、と。
 けれど、やっぱり寄りにくい。
 自分はブルーの家族ではないし、親戚ですらもないのだから。
(いつかあいつと結婚したなら、俺も家族になるんだが…)
 その日までは、と遠慮している遅い時間に訪れること。
 せめてブルーと婚約するまで、それまでは早い時間だけだ、と。
 そうしようと固く決めているから、今日も寄らずに帰って来た。
 真っ直ぐに家へ帰るつもりが、少々、予定が狂ったけれど。
 「ハーレイ先生も如何ですか?」と誘われた食事、それに出掛けてしまったけれど。
 たまには、同僚たちとの食事。
 楽しい時間を過ごせる上に、色々な話も聞けるから。


 思った通りに有意義だった、ワイワイ賑やかにやった席。
 生徒の思いがけない話や、他の学校での愉快な事件。
 同僚たちの数だけネットワークがあるから、いくら話しても尽きない話題。
 夕食だけで、と入った店で、弾む話題に合わせるように追加で注文。
 あれもこれもと、皆の好みや、「面白そうだ」と思うものやら。
 どんどん増えていった注文、お蔭でドッサリ食べて来た。
 「酒は飲まない」と決めていたから、代わりに料理。
 同僚たちもそれは同じで、酒が入らない分、料理をたらふく。
(美味かったんだが…)
 本当に遅くなっちまった、と眺める時計。
 いつもだったら、この時間には、コーヒーは淹れ立てではなくて…。
(飲んじまった後か、冷めちまってるか…)
 そんな時間だ、と零れる苦笑。
 ブルーはとうに寝ているだろうか、もう遅いから。
 それとも自分がそうだったように…。
(すっかり遅くなっちゃった、とだな…)
 大慌てで眠る支度だろうか、本にでも夢中で時間が過ぎて。
 まだお風呂にも入っていなくて、大慌てで飛んで行ったとか。
 そうでなければ、パジャマ姿で「クシャン!」とクシャミをしているか。
 「身体、ウッカリ冷やすんじゃないぞ?」と何度も注意しているけれど…。
(…俺が見張っているわけじゃないし…)
 ブルーがきちんと何か羽織ったか、忘れているかは分からない。
 「ちょっとだけだよ」と読み始めた本、それに捕まって羽織り忘れてしまった上着。
 その結果として「クシャン!」とクシャミで、気が付く時計。
 指している時間は何時なのかと、今の時間はこんなに遅い、と。
 如何にもブルーがやりそうなことで、やっているかもしれないから…。


「おい、早く寝ろよ?」
 風邪引いちまうぞ、と呼び掛けたブルー。
 もちろん思念波などではなくて、肉体の声で。
 直接、通信を入れるのでもなくて、机に飾ったブルーの写真に。
 夏休みの最後の日に二人で写した、一枚きりの記念写真。
 弾けるような笑顔のブルー。
 それは嬉しそうに、両腕でギュッと、左腕に抱き付いて来たブルー。
 幸せだった時間を切り取り、こうして形になっている写真。
 小さなブルーは其処にいるから、話し掛けてやった。
 「もう遅いしな?」と、「そろそろ寝ろよ」と。
 「早くベッドに入らないと」と、「明日も学校、あるだろうが」と。
 ブルーは応えはしないけれども、届くような気がするものだから。
 声が届いているのでは、と温かな気持ちになれるから…。
「おやすみ、ブルー」
 いい夢をな、と写真のブルーに微笑み掛けた。
 「怖い夢なんか見るんじゃないぞ」と。
 ブルーが恐れるメギドの悪夢。
 それがブルーを襲わないよう、「いい夢を」と。
 ブルーがぐっすり眠れるように、「おやすみ」と。
(…ちゃんと早めに寝るんだぞ?)
 なあ、とブルーの写真を見詰めて、もう一度「おやすみ」と繰り返して。
 本当はキスを落としたいけれど、相手は小さな写真なだけに…。
(額や頬にキスのつもりが…)
 唇にもキスをしちまうからな、と指先でチョンと触れてやったブルー。
 フォトフレームのガラス越しに。
 写真が汚れてしまわないよう、指先でそっと。
 「おやすみ」とキスの代わりに、指。
 ぐっすり眠れと、いい夢をと。


 これで良し、と唇に浮かべた笑み。
 ブルーはぐっすり眠れるだろうと、悪い夢だって来ないだろうと。
(俺が守ってやるからな)
 お前の側にはいてやれないが、と見詰める写真。
 それでも此処から見ているからと、「おやすみ」の挨拶もしてやったしな、と。
 キスは無理でも、代わりに指先。
 そうっとブルーの写真に触れて、「いい夢をな」と、「おやすみ」と。
 きっとブルーを守れるだろう、と思いたい。
 こうして言葉をかけておいたら、写真に触れてやったなら。
 心だけでも、ブルーの側へと寄り添って。
 小さなブルーが眠る時まで、ベッドの隣で見守ってやって。
(…あいつの右手を握るみたいに…)
 前の生の終わりに、冷たく凍えたブルーの右手。
 最後まで持っていたいと願った、前の自分の温もりを失くしてしまったせいで。
 その手を握ってやりたいけれども、側にいられるのは心だけ。
 ブルーの家は遠いから。
 まだ家族でもないのだから。
(…俺に言えるのは、「おやすみ」っていう挨拶だけで…)
 そいつが俺の精一杯だ、と思うけれども、愛おしい。
 何ブロックも離れた所で、ベッドに入っただろうブルーが。
 もしかしたら、もう眠っているかもしれないブルーが。
「ぐっすり眠れよ?」
 おやすみ、と繰り返す言葉。
 この挨拶を側で言えたらと、今の自分はまだ出来ないが、と。
(…前の俺なら…)
 何度ブルーに言っただろうか、「おやすみ」と。
 まだチビだった頃のブルーに。
 今のブルーとまるで変わらない、少年の姿だったブルーに。


 アルタミラから脱出した後、ブルーとはずっと友達だった。
 お互いに一番仲のいい友達、だから何度も「おやすみ」の言葉。
 ブルーの部屋で遅くまで語り合ったら、「おやすみ」と挨拶して帰って行った。
 逆にブルーが訪ねて来たなら、「おやすみ」と手を振って扉の向こうの通路へと。
 恋人同士になった後には、「おやすみなさい」と落としたキス。
 額に、唇に、時には頬に。
 「おやすみなさい」と、「良い夢を」と。
 そうやって挨拶を贈った後には、ブルーが眠りに落ちてゆくまで…。
(抱き締めてやって…)
 ブルーの眠りを守っていた。
 遠い昔の恐ろしい夢が、ブルーを襲わないように。
 アルタミラが滅びた時の地獄や、惨たらしい人体実験の記憶。
 それをブルーが見ないようにと、いつも、いつだって、祈りをこめて。
 「おやすみなさい」の挨拶の後は、ただ大切に抱き締めていた。
 愛おしい人を、前のブルーを。
 気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人を。
(なのに、今では…)
 まだ写真にしか言ってやれん、と指先で触れるブルーの写真。
 それでも、「いい夢を見てくれ」と。
 俺がこうしてついているから、悪い夢など見るんじゃないぞ、と。
(いつか、お前が大きくなったら…)
 おやすみのキスも、挨拶だって、とブルーの写真に心で語り掛けてやる。
 もう何年か経った頃には、本当に側にいるからと。
 眠る時はいつも「おやすみ」のキスと、挨拶を贈ってやるから、と。
(今はまだ、贈ってやれない分まで…)
 必ず贈ってやるからな、と瞑った片目。
 楽しみに待っているんだぞ、と。
 「おやすみ、ブルー」と、「今夜もいい夢を見てくれよ」と…。

 

        おやすみの挨拶・了


※ハーレイ先生がブルー君に贈る、「おやすみ」の挨拶。今はまだ写真のブルー君に。
 いつかブルー君が大きくなったら、毎晩、「おやすみ」の挨拶もキスも贈れますよねv





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「ねえ、ハーレイは勇気がある方?」
 前じゃなくって今のハーレイ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人で過ごす休日に。
 ブルーの部屋のテーブルを挟んで、向かい合わせに腰掛けて。
「勇気なあ…。どうなんだろうな、あるとは思うが」
 前の俺と比べてみるんだったら、腰抜けなのかもしれないが…。
 とてもじゃないが、前みたいな真似は出来ないし…。
 大勢の仲間が乗っている船のキャプテンなんかは、ちょっと無理だな。
 今の俺には荷が重すぎる、と答えたハーレイ。
 そういう意味では、多分、腰抜けなんだろう、と。
「えっと…。ぼくもおんなじだよ、弱虫で腰抜け」
 メギドなんかに行けやしないし、とブルーは肩を竦めてみせた。
 今のぼくはホントに弱虫だもの、と。
「なるほどな。お互い、腰抜けになっちまった、と…」
 前の俺たちが凄すぎたんだな、お互いにな。


 暫く続いた腰抜け談義。
 前の自分たちが凄すぎたのだと、桁外れだと。
 お互い、今の自分の腰抜けっぷりを笑って、笑い転げて。
 それも平和な時代だからだ、と平和ボケ出来る幸せに酔って…。
「俺の勇気も、今の時代に見合ったヤツになっちまったな」
 柔道なんかをやっている分、普通よりは勇気があるんだろうが…。
 エイッと飛び込む勇気が無ければ、水泳だって出来ないしな?
 その程度だな、と説明したら、頷いたブルー。
「ぼくが思った通りかも…。ハーレイ、今も勇気が一杯」
 前のハーレイには敵わないけど、それでも沢山。
 決まりを破ったこともあるでしょ、子供の頃には?
 此処で遊んじゃいけません、って書いてあっても遊ぶとか。
「うむ。その手の話は山ほどあるな」
 釣りは禁止の池で釣ってだ、バレたら急いで逃げたとか…。
 登っちゃ駄目だ、と書いてある木に登るとか。


 お前は、やっちゃいないだろうな、と微笑んで見詰めた小さな恋人。
 そんな勇気は無さそうだし、と。
「うん…。でも、ハーレイは凄かったんだね」
 子供の頃でも勇気が一杯。今だと、もっと増えてそうだよ。
「そりゃまあ、なあ…? 大人なんだし…」
 ガキの頃よりも腰抜けになりはしないさ、俺も。
 そうは言っても、前の俺には勝てないがな、と返したら。
「だけど、勇気はあるんでしょ?」
 見せて欲しいな、ハーレイの勇気。…今のハーレイ。
「勇気って…。勇気は目には見えないが?」
「ううん、見えるよ。ハーレイが勇気を出しさえすれば」
 決まりを破って遊ぶ勇気を出すのと同じで。
「はあ?」
「ちょっと決まりを破るだけ! 勇気を出して!」
 ぼくにキスして、と煌めく瞳。
 「唇へのキスは駄目なんでしょ?」と、勇気の出番、と。


「おい、お前…!」
 それは勇気が違うだろうが、と睨んでやったチビの恋人。
 お前にキスするくらいだったら、俺は腰抜けのままでいい、と。
「…腰抜けって…。ハーレイ、そんな腰抜けでいいの?」
「ああ、かまわん。腰抜けだろうが、臆病者だと笑われようがな」
 駄目なものは駄目だ、とコツンと小突いたブルーの頭。
 決まりは決まりで、勇気とは別。
 もしも破るのが勇気だったら、俺は世界一の腰抜けでいい、と。
 チビのお前にキスはしないと、腰抜けの俺で充分だと…。




       勇気と腰抜け・了





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(ちょっと面白かったよね…)
 あの新聞記事、と小さなブルーが浮かべた笑み。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 それがちょっぴり寂しいけれども、おやつの時間に読んだ新聞。
 「お国自慢」という記事の内容、国と言ってもこの地域。
 遠い昔は日本だった辺り、其処に新しく出来た島。
 地球が滅びて、青い星へと蘇る時に。
 古い大地を燃やし尽くして、不死鳥のように蘇った地球。
 青い水の星に生まれた陸の中にあるのが今の日本で、けして大陸ではないけれど。
 昔の日本と同じくらいに小さいけれども、日本と名乗っている地域。
 けれど、日本は広いから。
 小さいながらも、南北に長く伸びているから、北と南で全く違う。
 冬になったら寒い雪国、それが北の方。
 雪の季節でも雪は降らない、暖かい場所が南の方。
 此処だと、丁度、真ん中辺り。
 四季のバランスが取れている場所で、高い山も聳えていないから…。
(多分、一番、いい所だよね?)
 そんな気持ちがするのだけれども、そうでないことも良く分かる。
 新聞の「お国自慢」を見たら。
 国というのは日本ではなくて、日本の中での様々な場所。
 雪がドッサリ積もる所や、雪など全く降らない所。
 色々な所で暮らす人たち、誰もが愛する自分が住んでいる所。
 「こんなに美味しい料理があります」と誇る場所やら、美しい景色が自慢の所。
 何処に住む人も「此処が一番」、そう思うのが故郷で「お国」。
 生まれ育った場所となったら、なおのこと。
 此処が何処より素敵な場所だと、料理も、それに景色だって、と。


 「お国自慢」の記事の中身は、いろんな所の良さを紹介してゆく文章。
 インタビューもあったし、写真も沢山。
 記者があちこち飛び回って書いた、其処の自慢の郷土料理や名物などや。
(…ぼくが知らないヤツも一杯…)
 行ったことのない場所の料理は、殆ど知らないものばかり。
 名物のお菓子にしても同じで、美味しそうだと思っても…。
(其処へ行かないと食べられない、って…)
 量産しないから、その場所だけで売り切れてしまう名物のお菓子。
 朝、店を開けて、「今日はこれだけ」と並べてゆく分、それでおしまい。
 よく売れそうな日は多めに作っておくらしいけれど、夕方には全部売り切れて終わり。
 だから他所には出荷しないし、食べたかったら買いに出掛けるか…。
(…その町の人にお願いして…)
 お土産に買って来て貰うこと。
 食べるための方法はその二つだけで、注文しても送って貰えない。
 大量生産していないことが、その店の誇りなのだから。
 仕入れた材料を新鮮な内に使い切ること、味の秘訣がそれだから。
(…なんだか残念…)
 きっと記事になったお菓子の他にも、そういったものがあるのだろう。
 この町とは違う町に行ったら、その町が誇る名物のお菓子。
 小さな店でも、味は何処にも負けないと。
 何処へ土産に提げて行っても、けして恥ずかしくはない味だ、と。
(お菓子、一杯あるんだよね?)
 日本だけでも、とても沢山。
 「お国自慢」に取り上げられそうな、美味しくて量産していないお菓子。
 記事になって評判を呼んだとしたって、きっと山ほど作りはしない。
 「今日はおしまい」と出される「売り切れ」の札。
 大量生産に向かないお菓子は、ほんの少しの数だからこそ、味を保てるものだから。


 いつか色々食べたいけれども、その日はまだまだ遠そうな感じ。
 チビの自分は十四歳にしかならない子供で、身体も弱い。
(…旅行、滅多に行けないし…)
 この地球でさえも、一度も離れたことが無い。
 宇宙から地球を見てはいなくて、地球の上でさえも…。
(遠い地域なんか、殆ど知らない…)
 幼かった頃に親戚の所へ行った程度で、長い旅行はしていない。
 その上、旅の疲れで熱を出したという有様。
 両親も充分に知っているから、旅行自体が珍しいもの。
 名物のお菓子を食べにゆく旅など、思い付くわけがない両親。
 「行ってもブルーは熱を出すでしょ?」と、言われることもあるだろう。
 遠く離れた所なら。
 日帰りは無理で、行くだけでも半日かかりそうな場所。
 そういう所を希望したなら、「とんでもないわ」と。
(…パパやママだと、そう言うんだから…)
 行くとなったら、両親ではなくて、ハーレイに頼むべきだろう。
 もっと大きくなってから。
 前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚出来る時が来てから。
 二人で一緒に暮らし始めたら、旅の約束があるのだから。
 ドライブにだって行けるのだから。
(好き嫌い探しの旅をしよう、って…)
 前にハーレイと約束したこと。
 世界中を回って、色々なものを食べてみる。
 「これだけは無理!」と叫びたくなるような不味い料理や、とても美味しい料理を探して。
 好き嫌いの無い二人だから。
 前の生で食べ物に苦労し過ぎた思い出、それを引き摺っているようだから。
 記憶が戻る前から、そう。
 ハーレイも自分も同じだったから、好き嫌いを探しに旅をする予定。
 二人で暮らすようになったら、色々な場所へ。


(…日本から始めたっていいよね?)
 好き嫌い探しの旅の第一歩。
 「お国自慢」の記事を読んだら、食べ物だって沢山あるらしいから。
 他の場所まで出荷するほど、大規模に栽培していない野菜や、果物などや。
 其処だけで全部食べてしまって、流通網には乗らない食材。
(お料理だって、それを使うから…)
 旅をしないと食べる機会が無いらしい料理、郷土料理と呼ばれるもの。
 きっと幾つも味わってみたら、思いがけないものに出会える筈。
 「これ、美味しい!」とパクパク頬張る料理や、「ぼく、無理かも…」と項垂れる料理。
 その土地で生まれ育った人なら、誰でも喜ぶ筈の料理が…。
(美味しくないこともありますよ、って…)
 書かれていた記事が「お国自慢」。
 誇らしげだった、インタビューを受けた人たち。
 「自分たちは好きな料理だけれども、他所の人は苦手みたいですね」と。
 頼まれて宿で出してみたって、「作って下さったのにすみません」と、お客に謝られる料理。
 注文した客は、一口で「駄目だ」と音を上げるから。
 頑張って食べようと努力したって、全部食べ切れはしないから。
(好きな人も、たまにいるみたいだけど…)
 大抵は投げ出してしまうらしいから、是非とも挑戦してみたい。
 ハーレイと二人で宿で頼むか、わざわざ店に出掛けてゆくか。
(…ぼく、大丈夫な気もするけれど…)
 あくまで「そういう気がする」だけだし、挑んでみたら結果は違うかもしれない。
 「食べられないよ」と泣き顔になって、「ハーレイ、お願い」と押し付けるとか。
 自分の料理が盛られた皿を。
 とても食べ切れそうにないから、代わりに食べてしまって欲しいと。
(…ハーレイも困っちゃうかもね?)
 自分と同じに「不味い」と思っていたならば。
 ハーレイのお皿に盛られた分さえ、食べ切れる自信が無かったなら。


 そんな料理に出会えるかも、と広がる夢。
 「お国自慢」の記事のお蔭で、ハーレイと二人で旅をする夢。
 名物料理やお菓子を探して、いろんな場所へ。
 最初の一歩は日本から始めて、旅に慣れたら世界中へと。
(きっとホントに、お料理、色々…)
 地球はとっても広いのだから、地域によって文化も料理も違うのだから。
 旅の間中、其処の料理を端から試し続けていたら…。
(日本のお料理、食べたくなるかも…)
 ある日突然、恋しくなって。
 白い御飯とお味噌汁とか、卵焼きとか、そういったもの。
 食べたくなったら探すのだろうか、日本の料理が食べられる店を?
 それともハーレイに頼むのだろうか、「食べたいよ」と。
 日本の料理の店が無いなら、厨房を借りて作って欲しいと。
(ハーレイだったら、きっと、なんとか…)
 卵焼きくらいは作れるだろう。
 白い御飯やお味噌汁は無理でも、卵焼きなら。
(…お味噌汁は、お味噌が無いと無理だし…)
 白い御飯も、お米を食べない地域だと肝心の米が手に入らない。
 用心のために、持って出掛けるべきなのだろうか、米と、保存が出来る味噌。
(長い旅行に出掛けるんなら…)
 いつもの食事も必要だよね、と考えてハタと気付いたこと。
 地球のあちこちに旅に出掛けて、日本の料理が恋しくなってしまいそうな自分。
(…ぼくの「お国」って、日本だよね?)
 旅先で誰かに尋ねられたら、「日本から来ました」と答えるけれど。
 「地球の、日本です」と答えたら、もっと正確だけれど。


(…ぼくって、地球が「お国」みたいだよ…?)
 広い宇宙に散らばる星たち、その中の地球で、その地球の日本。
 其処が自分の「お国」で故郷。
 前の自分は地球に焦がれて、辿り着けずに、途中で命尽きたのに。
 夢に見ていた地球を見ないで死んだのに。
(…その地球が、ぼくの「お国」で、故郷…)
 いつの間にやら、そういうことになっていた。
 青い水の星が自分の故郷。地球の日本が自分の「お国」。
 なんだか凄い、と見開いた瞳、そして見詰めた自分の両手。
 「地球生まれの、地球育ちだよ」と。
 今の自分は地球で生まれて、地球で今日まで育ったから。
 これからも地球で育ってゆくから、もう幸せでたまらない。
 今の自分の故郷は地球。前の自分が夢に見た星、その地球が故郷なのだから…。

 

        ぼくの故郷・了


※ブルー君の故郷は地球の上の日本。生まれも育ちも青い地球。これから育ってゆく場所も。
 前のブルーが目指した星。其処が自分の故郷だなんて、もう最高に幸せですよねv





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(うん、なかなかに面白かったな)
 あの記事は…、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 夕食の後に読んだ新聞、それに載っていた「お国自慢」。
 遥かな昔は日本という小さな島国があった、この地域。
 日本はとうに消えてしまって、地形も変わってしまったけれど。
 龍の形に見えたと伝わる島たちは消えてしまったけれど。
(秋津島、大和の国に大八洲か…)
 失われた島国、日本の名前。
 それも古典の世界で呼ぶ時の名前。
 今では単に「日本」と言うだけ、かつて日本があった地域を。
 この辺りだった、と特定できる場所に生まれた新しい島を。
 地球は滅びて、不死鳥のように蘇ったから。
 何も棲めない死に絶えた星から、青い水の星に戻ったから。
(でもって、日本も広いもんだから…)
 昔と同じで、大陸などではないけれど。
 地球全体の広さからすれば、猫の額ほどしか無いのだけれど。
 それでも、やはり日本は広い。
 南北に長く伸びているから、北は雪国、南は南国。
 真ん中辺りにある所だって、地形や標高で違いが出るもの。
 海沿いだったら温暖になるし、高い山際なら冬はドッサリ積もる雪。
(どんなトコでも、住めば都で…)
 其処に住む人たちには最高の場所で、他の場所より「いい所」。
 だからこそ「お国自慢」になる。
 こんなに綺麗な景色があるとか、美味しい料理では負けないだとか。
 記者が出掛けて行った所で、色々と取材して来た記事。
 インタビューやら、あちこち回って写真撮影。



 同じ日本でも違うもんだ、と興味深く読んだ「お国自慢」。
 前から知っていた内容もあれば、初めて目にした代物だって。
 景色も、数々の郷土料理も。
(…行かなきゃ食えないモノもあるしな…)
 輸送手段が発達したって、流通しない食材もある。
 「わざわざ出荷することもない」と、其処だけで消費されるもの。
 大して美味しくないだろうから、こんな魚を店に出しても、といった具合に。
(ところが、これが美味いんだ…)
 釣り好きの父に連れて行かれた、海釣りの旅。
 朝早くから釣りもするけれど、漁港にだって出掛けて行った。
 暗い内から船を出した漁師、彼らの漁船が港に帰って来る頃合いに。
 水揚げされる沢山の魚、競りが済んでも残った魚。
 「売るほどでもない」と港に残された魚、それが漁師たちの朝食になる。
 船の上でも食べているけれど、陸に上がって競りが済んだら、ゆっくり食事。
 残った魚を豪快に入れて、その場で作る鍋料理。
(魚の名前が、また酷いんだ…)
 これじゃ売れまい、と呆れるようなネーミング。
 本当の名前は他にあるのに、昔の日本で使われたらしい酷すぎる名前。
 明らかに楽しんで名付けたと分かる、遠い昔に日本だった頃の、郷土色豊かな名前の魚。
(美味いんだろうか、と疑っちまうわけだが…)
 酷い名前だし、おまけに競りの売れ残り。
 正確に言えば、競りに出されずに放っておかれた魚たち。
 それをグツグツ鍋で煮込んで、「どうぞ」と盛ってくれた椀。
 熱々の汁を口に含んで驚いた。
 なんと素晴らしい味がするのかと、いい出汁が出る魚らしいと。
 魚の身だって、なんとも味わい深いもの。
 誰が食べても美味しいだろうに、売れ残るなど信じられない魚。



(…あれは鮮度が命らしいしな?)
 美味いだろう、と笑顔だった漁師が教えてくれた。
 水揚げされて直ぐに鍋にするから、とても美味しく食べられるのだと。
 柔らかすぎる魚だとかで、競りに出して町に送り出しても…。
(店に並ぶまでなら、なんとかなっても…)
 買って帰った人が食べる頃には、すっかり味が落ちるもの。
 何処かの店で名物料理に、と考えたって理屈は同じ。
 仕入れて直ぐに客は来ないし、どうにもならない魚の味。
(ただの魚の鍋になるなら、まだマシなんだが…)
 食べられたものではないらしいのが、鮮度が落ちてしまった魚。
 だから漁港で漁師たちが食べる。
 獲って来て直ぐに、美味しい間に。
(ああいう魚は、きっと多いぞ)
 魚でなくても、果物や野菜。
 今の時代は「お国自慢」が記事になるほど、何処もこだわっているものだから。
 遠い昔の日本で栽培された野菜や果物たち。
 それを作って、まずは地元で美味しく食べて、沢山出来たら出荷する。
(キャベツやトマトなんかだったら…)
 何処でも、いつでも売れるものだし、どんどん店に出るけれど。
 毎日の食卓に並ぶ食材は、豊富に流通しているけれど…。
(隠れた名物は多いってな)
 食材にしても、料理にしても。
 其処へ出掛けて、初めて口に入れられるもの。
 「こんなに美味いものがあるのか」と、「今まで全く知らなかった」と。
 あるいは、噂に聞いていたって、食べる機会が無いだとか。
 ドライブするには遠すぎる距離で、日帰り旅行が出来ない所。
 「いつか行きたい」と思う場所なら、本当に山ほどあるのだから。



 お国自慢の記事のお蔭で、ついつい笑みが零れてしまう。
 小さなブルーが大きくなったら、結婚したら旅行だっけな、と。
(好き嫌い探しの旅をしようと約束したが…)
 前世の記憶が影響したのか、自分もブルーも、まるで無いのが好き嫌い。
 それもなんだか寂しいものだし、旅をしようと約束した。
 「これは流石に不味くて食えん」と音を上げるものや、とびきり美味しいものを探しに。
 世界中を旅するつもりだけれども、この地域からでも出来そうな感じ。
 郷土料理を食べに出掛けて、二人揃って降参するとか。
(不味い、ってのもあるらしいしな?)
 友人や同僚たちが揃って、「あれは駄目だ」と嘆く料理を幾つも聞いた。
 「地元のヤツらは好きなんだろうが、どうにも駄目だ」と。
 けれど、その料理を食べて育った人には美味しい料理。
 他の場所や地域に引越しをしても、生まれ故郷に帰った時には…。
(一目散に食いに出掛ける料理で…)
 まさしく郷土料理というヤツ、それが無ければ始まらないのが故郷での食事。
 遠い星へと引越しをしても、地球に来た時は食べるのだろう。
 「あれを食わねば」と故郷に急いで、「来て良かった」と笑顔になって。
 きっと、そのために余裕を持たせてある日程。
 地球での用事は一日くらいで済むにしたって、故郷の懐かしい料理を食べにもう一日。
 人によっては二日とか。
 もっと欲張って、三日とか、一週間だとか。
(飯だけじゃなくて、景色ってヤツも…)
 たっぷり楽しみたいだろう。
 遠い星へと引越したならば、余計に素敵だろう故郷。
 「此処で遊んだ」と野原を歩いて、川遊びや山登りなんかもして。
 生まれ育った土地の料理や、菓子などを思う存分食べて。
 帰る時には、山ほど買っていそうな土産。
 「これなら充分、日持ちするから」と、故郷の味を鞄に詰めて。



 そんなトコだな、と考える郷土料理の豊かさ、それに「お国自慢」。
 自分だったらどうだろうかと、真っ先に何を食べるだろうかと。
(…まずは、宇宙から地球を眺めてだ…)
 あそこが故郷(くに)だ、と見詰める日本。
 ぐんぐん近付く青い水の星、着陸態勢に入ってゆく船。
 その中で胸を弾ませるのだろう、いったい何を食べようかと。
 一番最初は何にしようかと、それを食べたら、あれもこれも、と。
(鍋も食いたいし、他にも色々…)
 季節によっても変わるもんだし、と幾つも料理を挙げてゆく内にハタと気付いた。
 今の自分の故郷は地球で、日本と名乗っている地域。
 日本の中でも、四季のバランスが取れた所で、雪国でもなくて、南国でもない。
(丁度、真ん中といった辺りで…)
 高すぎる山も聳えていないし、まさしく「住めば都」だけれど。
 「ご出身は?」と尋ねられたら、「日本です。…地球の」と当然のように答えるけれど…。
(俺の故郷は、地球だってか!?)
 それにブルーも、と見開いた瞳。
 前の生では、懸命に地球を目指したのに。
 ブルーが途中で命尽きた後も、地球へ行かねばと、それだけを思って生きたのに。
(なんてこった…)
 今じゃ地球生まれの、地球育ちってヤツじゃないか、と見詰めてしまった自分の手。
 地球で生まれて育ったのだし、生粋の地球の人間な自分。
(…古典の世界じゃ、地球で産湯を使ったってヤツで…)
 俺もブルーも、と驚かされた今の現実。
 いつの間にやら、地球が故郷になっていたから。
 自分もブルーも地球育ちだから、地球で生まれた人間だから。
(大いに誇って良さそうだな、これは…)
 今の俺たちは地球育ちだぞ、と。
 俺もブルーも故郷は地球だし、青い地球で生まれて育ったんだ、と…。

 

       俺の故郷・了


※自分の故郷は地球だった、とハタと気付いたハーレイ先生。日本以前に、地球なのです。
 前の生では辿り着こうとしていた星。其処が今では故郷というのが凄いですよねv





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