(今は秋だが、その内に…)
寒くなって冬が来るんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れた、コーヒー片手に。
十四歳にしかならない恋人、小さなブルー。
前の生から愛した人で、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
この地球の上で再会した時は、まだ春だった。
忘れもしない五月の三日で、桜の花はとうに終わった後だったけれど。
(しかし、五月は春だよなあ…)
今の暦で言うんだったら、と頭に描いた昔の暦。
人間が地球しか知らなかった頃、日本という国で使っていたもの。
そちらの暦だと、五月は初夏になっていたらしい。
(今の日本じゃ、初夏と言ったら六月なんだが…)
ついでに昔からそうなんだよな、と考える。
日本という国は長く続いて、紀元二千年にも、まだ在った。
その頃の日本の住人たちは、五月は春だと思っていた。
やたらめったら暦にうるさい、一部の人を除いては。
俳句や和歌を詠む人だとか、神社仏閣を守り続けていた人だとか。
(そういう人種は、古い暦を大事にしたから…)
五月は春ではなくて、初夏。
世間の人たちが「行楽の春だ」とはしゃいでいても、旅の広告が「春の旅」でも。
けれども、地球が一度滅びて、奇跡のように蘇った後。
昔の日本があった地域で、暮らし始めた人々は…。
(古い時代に帰ると言っても、限度ってものが…)
あったせいだろうか、五月は春だと考える方を採用した。
だからブルーと再会したのは、春のこと。
「春浅い」とまでは言えないけれども、花が咲き乱れる頃だった。
ブルーと再会出来た喜び、それに酔う内に過ぎていった日々。
やがて初夏が来て、暑い夏が来て、学校の方も夏休み。
(用事の無い日は、毎日のように、あいつの家まで…)
行ったもんだ、と思い出す。
ブルーの家の庭で、一番大きく聳える木。
その木の下に据えたテーブルと椅子で、何回、お茶を飲んだだろうか。
さほど暑くない午前中なら、涼しい風が吹き抜けるから。
(夏休みの後も、まだ暫くは…)
休日にブルーを訪ねて行ったら、午前のお茶は庭だったりした。
それがいつしか涼しくなって、今では、庭でのお茶の時間は午後のもの。
(すっかり秋になっちまったし…)
午前中に庭じゃ、涼しすぎるな、と考えなくても分かること。
午後のお茶なら、似合いだけれど。
秋咲きの薔薇が美しく咲いて、テーブルに華を添えるのだけれど。
(こいつが、冬になったなら…)
外でのお茶など、とんでもない。
今のブルーも身体が弱いし、寒い屋外では風邪を引く。
だからティータイムはブルーの部屋で、とブルーの母も言うだろう。
けれども、ブルーが描いている夢。
寒い冬でも、庭でのお茶。
(雪がしんしん降っている中で…)
火鉢を置いて暖を取りながら、熱い紅茶を飲むのだという。
もちろんポットが冷めないように、保温用のティーコジーを被せておいて。
寒さで風邪を引かないように、周囲にシールドを張り巡らせて。
(そのシールドは、俺が張るんだぞ…!)
今のあいつには出来ないんだし、と竦める肩。
サイオンが不器用になった今のブルーに、そんな芸当は出来ないから。
シールドなんかは夢のまた夢、思念波さえも、ろくに紡げないから。
もうすぐ来そうな、そういう季節。
庭の木の葉が鮮やかに色づき、そうして散っていったなら。
風に舞い、地面に散り敷いた葉が、カサカサと音を立てる頃。
(そうなれば、冬で…)
霜も降りるし、やがて空から白い欠片が舞い降りて来る。
いわゆる初雪、同じ地域でも北に行くほど初雪が早い。
(標高が高い所も、そうだな)
山の上の方だけ雪化粧などは、よくある話。
雪が下界まで降りて来たなら、本格的な冬の始まり。
(あいつが、火鉢を持って来てくれ、って…)
うるさく騒ぎ出すんだぞ、と苦笑する。
火鉢は此処の家には無いから、隣町まで借りに行かねば。
(親父と、おふくろのコレクション…)
隣町に住む、今の自分の血の繋がった親。
前の自分の頃と違って、養父母ではない「本当の親」。
両親は揃って「昔の古い道具」が好きで、火鉢も、もちろん持っている。
(居間に置くのと、客間用のと…)
少なくとも二つはある筈なのだし、その内の一つを借り受ける。
「ブルーが火鉢に憧れている」と言えば、喜んで貸してくれるだろう。
二人とも、ブルーを知っているから。
会ったことは一度も無いのだけれども、「いつか息子と結婚する子」と。
現に今でも、「ブルー君に」と色々、持たせてくれる。
庭の夏ミカンの実で作ったマーマレードやら、金柑を甘く煮たものやら。
(変わったトコだと、ヤドリギの枝…)
そんなものまで、父がわざわざ届けに来た。
「珍しいから、ブルー君に持って行ってやれ」と、隣町から。
それほどブルーを思ってくれるし、火鉢くらいは、お安い御用。
たとえ冬じゅう貸し出したままになってしまおうとも、春まで返って来なくても。
(……火鉢なあ……)
ついでに炭も貰って来ないと、と借りて来る物のリストを頭に作る。
炭を熾すための道具も、火箸も借りて来なくては。
(それから、餅網…)
餅網を忘れてはならない。
ブルーの夢は「火鉢で、餅を焼く」こと。
紅茶には、あまり似合わなくても。
どちらかと言えば、ほうじ茶の方が似合いそうなものが「焼いた餅」でも。
(…前のあいつは、火鉢も知らなかったから…)
もちろん、前の俺も知らんが、と思った所で気が付いた。
シャングリラにも「冬」はあったのだ、と。
白い鯨に改造した後、あの船の中に生まれた「季節」。
人工的なものではあったけれども、公園には、ちゃんと季節があった。
春から夏へと巡りゆくものが。
夏が過ぎたら秋が訪れ、冬へと移り変わった季節。
(……人間らしく生きてゆくには……)
それが必要だ、と考えて船に作った四季。
流石に、白い雪までは…。
(降らなかったが、あの船の四季は見事だったぞ)
懐かしいな、と白いシャングリラで一番広かった公園の景色を思い出す。
ブリッジからは、よく見えた。
なにしろ「箱舟」と呼ばれたブリッジ、それが公園の端に浮かんでいたから。
(春になったら、あちこちで花が咲き始めるんだ)
冬の間は葉を落としていた木々も、一斉に芽吹く。
誰もが心浮き立つ季節で、子供たちがピクニックをしていたもの。
公園の芝生に、腰を下ろすためのシートを広げて。
厨房で特別に作って貰った、ピクニック用の軽食も持って。
今の日本と変わらないな、と可笑しくなった。
春になったら、何処の公園でも見かける光景。
親子で広げるお弁当やら、幼稚園などのピクニック。
(いつの時代も変わらんなあ…)
シャングリラに火鉢は無かったがな、と思いはしても。
前のブルーも、前の自分も、火鉢を全く知らなかったから…。
(…火鉢で餅を焼いて食べるなんぞは…)
考え付きさえしなかったぞ、と不思議な気持ち。
同じように四季があったというのに、やはり何処かが違っていた。
あの白い船と、今の日本とでは。
(…雪も降らないような船では、無理だったかもな…)
四季のある暮らしを極めることは、と思った所でハタと気付いた。
今の自分も、今のブルーも、当たり前のように「四季のある暮らし」をしているけれど…。
(同じ地球でも、場所によっては…)
四季ってヤツが無いんだった、と顎に当てた手。
蘇った地球の北と南の端に行ったら、とても極端になるのが四季。
太陽も昇らない長い長い冬と、瞬く間に過ぎ去る夏。
それの間に、ほんの僅かだけ春と秋が来る。
もう少し緯度が下がった場所なら、白夜と呼ばれる頃があるほど。
(そこでも四季はあるんだが…)
常夏の国って所があった、と南国を思う。
一年中、鮮やかな花が咲き乱れて、其処では生き物の色まで鮮やか。
寒い冬など来ることは無くて、人々は、それはゆったりと…。
(暮らしている、っていうのは分かるが、やはり四季が無いと…)
今の俺たちにはつまらないな、と感じる。
遠く遥かな時の彼方で、四季のある船で暮らしたから。
四季が無ければ人間らしく生きてゆけない、と人工的に季節を作り出した船で。
(今から思えば、ああいう時代でなかったら…)
四季は必要無かったかもな、という気がしないでもない。
箱舟の中で暮らしてゆくには、四季が必要だったけれども、平和だったら。
誰もがのんびり生きていたなら、常夏の国が今もあるように…。
(一年中、暮らしに適した温度の…)
常春の船でも、かまわなかった。
誰一人、そちらを唱えはしなかったけれど。
「四季が無ければ」と考えた上で、公園に四季を設けたけれど…。
(…今の俺たちは、四季がある場所に生まれたからなあ…)
四季が無ければ物足りないぞ、と確信に似たものがある。
夏の暑さが厳しかろうと、冬が寒くて辛かろうとも…。
(やっぱり冬には、雪が欲しいな)
そしてブルーと庭で火鉢だ、と浮かべた笑み。
今のブルーが憧れている、雪が降る日の庭でのお茶。
四季が無ければ、そんな楽しみも生まれないから。
常春や常夏は暮らし易そうでも、自分たちには四季がお似合いだから…。
四季が無ければ・了
※今は当たり前の、四季がある暮らし。シャングリラの頃にも、人工の四季が公園に。
常夏の国もあるのですけど、そういう所より四季のある所がいいなと思う、ハーレイ先生v
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