(んーと…)
美味しいんだけど、と小さなブルーが頬張ったケーキ。
母の手作り、ふんわりと軽い口当たりが優しいシフォンケーキ。
名前の通りに薄い絹のよう、好みのケーキなのだけど。
好きだけれども、ちょっぴり寂しい。
今日はそういう気分になった。
シフォンケーキも美味しいけれども、これは自分の好みのケーキ。
これとは違うケーキが大好きな恋人のことを、思い浮かべてしまったから。
シフォンケーキよりも、パウンドケーキ。
母が焼くそれが大好物の恋人が出来た、再び出会えた前の生から愛した人。
褐色の肌に鳶色の瞳、大柄だけれど、それは優しい恋人が。
小さな自分よりもずっと年上、学校で教えているほどに。
自分は教え子、二十歳以上も年が離れた小さな教え子。
そんな自分に恋をしてくれた優しいハーレイ、恋人扱いしてくれる人。
キスは駄目だと叱られるけれど、本当に本物の恋人同士にはなれないけれど。
そのハーレイの大好物がパウンドケーキで、シフォンケーキとは違う口当たり。
薄い絹よりしっかりとしたケーキ、ハーレイらしい気がするケーキ。
どうしてパウンドケーキが好きかは、ハーレイから聞いているけれど。
おふくろの味だと聞いたけれども、それでもハーレイらしいと思う。
ふうわりと軽いシフォンケーキよりもパウンドケーキが似合いそうだ、と。
前の生では白いシャングリラの舵を握っていたハーレイ。
今は柔道と水泳とで鍛えたハーレイ、今の学校では柔道部の顧問。
シャングリラの操舵と柔道の技では使う力が違いそうだけれど、どちらも似合う。
がっしりとした体躯のハーレイらしいと、ハーレイにとてもよく似合うと。
だからケーキもシフォンケーキの頼りなさより、パウンドケーキ。
それがハーレイに似合いのケーキで、ハーレイらしいと。
そういう思いに囚われてしまうと、少し寂しいシフォンケーキ。
好きだけれども、ハーレイの好物のパウンドケーキとは違うから。
口当たりからしてまるで違った、ふわりと軽いケーキだから。
(ハーレイと食べるなら、パウンドケーキ…)
それがいいな、と思ってしまう。
ハーレイの顔が綻ぶパウンドケーキが、おふくろの味だというケーキが。
いつも同じケーキを出せはしないし、シフォンケーキだって母は出すのだけれど。
ハーレイも「美味いな」と食べてくれるけれど、パウンドケーキには敵わない。
食べている時の表情が違う、見ていれば直ぐに気付くくらいに。
小さな自分でも気付いたくらいに、それは美味しそうに食べているのがパウンドケーキ。
その恋人を思い出したら、二人でパウンドケーキを食べたい気持ちになったら、もう寂しい。
どうしてシフォンケーキなのかと、パウンドケーキが食べたかったと。
(パウンドケーキだったら、ハーレイと一緒みたいな気分…)
学校から帰ってのおやつの時間に、ハーレイがいるわけがないのだけれど。
ダイニングのテーブルには自分一人か、あるいは母と二人でいるか。
けれども、もしもパウンドケーキが今日のおやつに出ていたら…。
(ハーレイがいるような気持ちになれたよ…)
きっとそうだという気がする。
「これが好きでな」と嬉しそうな顔や、パウンドケーキの思い出を語ってくれる声やら。
そういったことが蘇ってくる、きっとパウンドケーキの味から。
口に含んだ舌触りから、ハーレイの笑顔も、優しい声も。
鳶色の瞳も、フォークを握った手の大きさも、褐色の肌も、目に見えるように。
まるでハーレイが向かい側に座っているかのように。
けれどテーブルにハーレイはいなくて、恋人の姿は何処にも無くて。
ケーキもパウンドケーキではなくて、自分の好みのシフォンケーキで。
どうにも寂しい気持ちだけれども、おやつのテーブルには自分だけ。
母を呼んだら、きっと向かいに座ってくれるだろうけれど、それでは駄目で。
(…ぼくがいて欲しいの、ママじゃなくって…)
普段だったら母でもいいのに、母と楽しくティータイムなのに。
今日はハーレイにいて欲しい気分で、母では代わりになりはしなくて。
ハーレイが此処にいてくれたら、と溜息をついた、ケーキは自分の好みだけれど。
恋人が好きなパウンドケーキとは違ってシフォンケーキだけれど。
(でも、ハーレイなら…)
ハーレイならきっと、「これも美味いな」と微笑んでくれる。
「お前はこれが好きなんだよな」と、「お前らしい味のケーキだよな」と。
ふうわり軽いのがお前らしいとか、そういった風に。
「俺にはあんまり似合わないよな」などと、おどけてみせて。
考えていると、ハーレイがいるような気分になった。
向かい側の椅子に腰を下ろして、シフォンケーキを「美味いな」と頬張るハーレイが。
(ここでおやつは食べないんだけど…)
ハーレイとお菓子を食べる時には、自分の部屋か、庭のテーブルと椅子か。
ダイニングのテーブルにハーレイが来るのは夕食の時で、両親も一緒。
それでもハーレイがこのテーブルにいる時もあるから、思い描くことは難しくなくて。
(向かい側の椅子…)
あそこがハーレイの座る椅子、と眺めて紅茶をコクリと飲んだ。
そうしてシフォンケーキも頬張る、ふうわりと軽いシフォンケーキを。
ハーレイと二人で此処でおやつを食べる時なんかがあるのだろうか、と。
父も母も抜きで、ハーレイと二人。
ダイニングのテーブルで二人でおやつ。
そんな機会はきっと無さそう、と思ったけれども、夢に過ぎないと思ったけれど。
其処で気付いた、そうではないと。
いつかその日は来る筈なのだと、きっと訪れるに違いないと。
今は来客という立場のハーレイ、どんなに親しく付き合っていても、家族ではなくて。
ダイニングのテーブルに着くなら必ず両親も一緒、此処は家族の場所だから。
家族で過ごすためにあるダイニングだから、ハーレイは夕食の席が限界。
けれども、いつか家族になったら、ハーレイと家族になったなら。
(…ハーレイと二人でおやつだって…)
おやつどころか、ハーレイと二人、此処で食事をすることだって。
きっと出来るし、出来るようになるに違いない。
ハーレイも家族になるのだから。
ダイニングは家族のための場所だから。
(そうなったら、きっと…)
シフォンケーキでも、パウンドケーキでもかまわない。
ハーレイが此処にいてくれるのなら、ダイニングで二人、過ごせるのならば。
そう、いつかハーレイに此処にいて欲しい、自分と一緒にこのダイニングに。
来客ではなくて、この家の家族。
そんなハーレイに此処にいて欲しい、いつか家族になれる時が来たら…。
いて欲しい人・了
※ハーレイ先生とおやつを食べたい気持ちから、ぐんと膨らんだブルー君の夢。
いつかは家族になれるでしょうけど、まずは大きくなることですねv