(前のぼくの部屋とは違うんだよね…)
まるで全く似ていないんだよ、と小さなブルーが見回した部屋。
両親と暮らしている家の二階、幼かった頃から此処で過ごして来たけれど。
この部屋で大きくなったのだけれど、前の自分が暮らした部屋とはまるで違った。
大きさも、見た目も、明るさも、全部。
何もかもが全く違ってしまって、何一つ似てはいなかった。
白いシャングリラにあった部屋とは。
ソルジャー・ブルーだった自分が過ごした、あの青の間とは。
それも仕方がないとは思う。
今の自分はただの十四歳の子供で、ミュウの長ではないのだから。
両親に守られて育つ最中、まだ学校の生徒の自分。
子供用の部屋があれば充分、自分だけの部屋があったら充分。
青の間のように大きな部屋など要りはしなくて、あの独特の構造も。
満々と水を湛えていた部屋、緩くカーブして上るスロープ。
深い海の底を思わせる暗さも、青く灯っていた照明も。
どれも要らない、今の自分には。
ただの子供には要りはしないし、それで充分なのだけど。
今の部屋は好きで、青の間などよりずっと素敵だと思うけれども…。
たまに青の間が恋しくなる。
あの部屋へ無性に帰りたくなる。
帰った所で、いいことなどありはしないのに。
今の自由な自分の代わりに、ソルジャーの務めに縛られた自分がいるだけなのに。
シャングリラの中だけが世界の全てで、青い地球など夢だった頃。
其処へ行きたくても座標すら謎で、航路さえも描けなかった頃。
今の自分は地球にいるのに、蘇った青い地球にいるのに。
何の不自由も無い筈の自分、青い地球で暮らしている自分。
優しい両親に温かな家に、好きに使える子供部屋。
青の間よりも遥かに狭い部屋でも、ずっと自由に暮らせる空間。
床で寝そべっても、散らかしていても、呆れ顔をするのは両親だけで。
呆れ顔をしても、きっと許してくれる両親。
頭ごなしに叱りはしないで、好きなようにさせてくれる両親。
後できちんと片付けるならと、他の人の前ではお行儀よく、と言う程度で。
つまりはソルジャー・ブルーだった頃よりも自由、何をしたってかまわない部屋。
小さいけれども、青の間よりも狭いけれども、好きに使っていい空間。
しかも地球の上、前の自分が焦がれ続けた青い地球の上に自分だけの部屋。
なのにどうして青の間がいいのか、帰りたいなどと思うのか。
帰った所で何も無いのに、ソルジャーの務めがあるだけなのに。
ただ広いだけの部屋しか無いのに、その他には何も無い筈なのに。
(今の部屋の方が、ずっと素敵で…)
狭くても自分のためのお城で、家具も本棚も馴染みのもの。
本棚からヒョイと一冊取り出し、何処で読むのも自分の自由。
勉強机の前で読もうが、ベッドで読もうが、床に広げて読んでいようが。
もう青の間よりずっと自由で、ずっと素敵な筈なのに。
窓の向こうを覗いたら其処に広がる景色も、前の自分が焦がれた地球の筈なのに。
けれど時々帰りたくなる、前の自分がいた青の間へ。
あの部屋がいいと、あの部屋の頃が良かったと。
(…なんで?)
あそこには何があっただろうか。何があったというのだろうか。
ソルジャーとしての務めしか無くて、それに縛られていたというのに。
青の間はソルジャーだからこその居場所で、自分を縛る部屋だったのに。
(…帰ったって、何も…)
いいことなんかは無い筈なのに、と今の自分の部屋を眺めた。
自分のための小さなお城を、十四歳の子供の部屋を。
勉強机にクローゼットに、それからベッド。
本棚があって、来客用にと買って貰ったテーブルに、椅子に…。
そこまで数えて気が付いた。
来客用の椅子とテーブル、それを使っている人に。
そのテーブルと椅子とを使って向かい合う人に、椅子に座りに来てくれる人に。
青い地球の上で再び出会った、前の生から愛した人。
今は教師になってしまったハーレイ、前はキャプテンだった恋人。
(そっか、ハーレイ…!)
やっと分かった、どうして青の間に帰りたいなどと思うのか。
自由が無かった筈のあの頃に、ソルジャー・ブルーだった頃の自分の部屋に。
あの部屋に自由は無かったけれども、傍目には確かに無かったけれど。
そんな部屋でも、密かに訪ねてくれた恋人。
キャプテンの顔で青の間に来ては、抱き締めてくれていたハーレイ。
青の間の頃はハーレイと会えた、恋人同士の時を過ごせた。
今と違ってキスを交わして、その先のことも。
誰にも言えない恋人同士の仲だったけれど、それでも二人で夜を過ごせた。
甘い甘い夜を、熱くて優しい夜を。
今と違って、あの青の間にいた頃は。
ただ広いだけの部屋にいた頃は、誰よりも愛した恋人がいた。
誰にも邪魔をされることなく、夜になっても「またな」と帰ってゆきもしないで。
今の小さなお城と違って、前の自分が暮らした部屋には…。
(…ハーレイがセットだったんだよ…)
セットというのは少し違うかもしれないけれど。
もっと似合いの言い方があるかもしれないけれども、ハーレイがセット。
それが青の間、だから帰りたくなると気付いた。
自由が無くても、ソルジャーの務めしか無かった部屋でも。
(でも、我慢…)
帰りたいなどと言ってはいけない、自分は自由になったのだから。
いつかハーレイと暮らせるようになるのだから。
今は青の間に帰りたくても、そんな気分など、いつか吹き飛ぶ。
ハーレイと二人で暮らし始めたら、同じ屋根の下、二人きりの時が流れ始めたら…。
帰りたい部屋・了
※ブルー君が帰りたくなる青の間、ホームシックではなかったみたいです。
青の間にはセットでついてたハーレイ、それがお目当てだなんて可愛いですよねv