(そりゃ、チビだけど…)
チビなんだけど、と小さなブルーの膨れっ面。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端っこに腰掛けて。
細っこい手足をまじまじ眺めて、大きな溜息。
「やっぱりチビだ」と。
今日もハーレイに断られたキス。
「キスして」と強請ったら、いつものように「駄目だ」の一言。
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、ハーレイはキスをしてくれない。
恋人同士の唇へのキスは。
そういう約束、そういう決まり。
けれど、自分は恋人だから。…チビでも恋人なのだから。
ハーレイとキスが出来ないのは嫌で、不満でたまらない日々で。
あの手この手で強請ってみるキス、どれも見事に失敗続き。
今日もやっぱり駄目だった。
「ハーレイ、ホントにぼくが好きなの?」と恋人の顔を見詰めてみたのに。
好きなようには思えないんだけど、とも念を押したのに。
「ホントに好きならキスをするでしょ?」と、「したくなるでしょ?」と。
これでハーレイはキスをする筈、と今までに何度も仕掛けた攻撃。
ハーレイは自分の恋人なのだし、これを言われたら弱い筈、と。
なのに、頬っぺたに貰ったキス。
「分かった、キスだな?」と笑ったハーレイ。
これでいいだろ、と頬っぺたにキスで、「チビにはこれで充分だしな?」とも。
そうじゃないよ、とプウッと膨れてしまった自分。
「やっぱり今日も誤魔化された」と。
チビだと思って馬鹿にしちゃって、とプンスカ怒ってやったけれども、キスは駄目。
ハーレイは相手にしてはくれなくて、まるで取り合ってくれなくて。
「ちゃんとキスしてやったじゃないか」と涼しい顔。
「俺はキスした」と、「キスは額と頬だけだしな?」と。
それっきり貰えなかったキス。
唇にキスが欲しかったのに。
前の生では何度も貰って、ハーレイとキスを交わしていたのに。
(…ホントにチビには違いないけど…)
チビなんだけど、と眺める手足。
細っこい上に、手はどう見ても子供の手。
前の自分の手とは違って、細くて華奢な指の代わりに…。
(…子供の指…)
細い所は変わらなくても、何処か違った柔らかさ。
白く滑らかだった前の自分の指も柔らかかったけれども…。
(あっちは大人の指なんだよ…!)
今のぼくのは柔らかいだけ、と引っ張ってみる。
チビの自分に似合いの指を。
柔らかくても、なんの魅力も無さそうな指を。
前の自分の指にだったら、ハーレイはキスをくれたのに。
愛おしそうにキスを落として、大切に扱ってくれたのに。
キスも貰えない、可哀相な自分。
せっかく恋人がいるというのに、キスは額と頬にだけ。
(…こんなのって、ある?)
まるでままごと、そういう仲の恋人同士。
キスも駄目だと言われてしまって、その先のことは話にならない。
「本物の恋人同士になりたい」と言ったら、叱られるのがオチだから。
前の自分は、ハーレイと愛を交わしていたのに。
本当に本物の恋人同士で、夜は二人で過ごしていたのに。
(…キスも出来なくて、ベッドは別で…)
別々のベッドどころか、家まで別という有様。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、きっと今頃は…。
(ぼくが膨れているのも知らずに、コーヒーなんだよ)
夜はゆっくりコーヒーなのだと、何度も聞いた過ごし方。
愛用のカップにたっぷりと淹れて、のんびりしているらしいハーレイ。
コーヒーは自分が苦手なせいで、この家では滅多に出ないから。
ハーレイの好きな飲み物なのだと知られていたって、出て来ないから。
飲み損なった分を家でゆっくり楽しむハーレイ。
きっと、本でも読みながら。
キスを貰い損ねた恋人のことなど、すっかり忘れて。
「いい日だった」と傾けるコーヒー。
膨れっ面の恋人は忘れて、御機嫌だった顔を思い浮かべて。
「今日もあいつに会って来たしな」と、きっと満足だろうハーレイ。
キスが出来なくても平気なハーレイ、自分と違って大人だから。
羨ましくなるハーレイの余裕。
どうして笑っていられるのだろう、自分とキスが出来なくても。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と、ピンと額を弾けるのだろう?
いくら誘っても、強請っても駄目。
ハーレイはいつでも余裕たっぷり、釣られもしないし、キスもくれない。
「ホントにぼくのことが好きなの?」と確かめてみても。
「好きなんだったら、キスしたくなるでしょ?」と誘ってみても。
目の前に恋人がいるというのに、まるで反応しないハーレイ。
「俺もだ!」と抱き締めてくれないハーレイ、一度もくれない唇へのキス。
心の中には、キスしたい気持ちもあるのだろうに。
自分と同じでキスがしたくて、たまらない部分もあるのだろうに。
(…あれが大人の余裕なんだけど…)
それは分かっているんだけれど、と思わず零れてしまう溜息。
「ハーレイの余裕が羨ましいな」と、「ぼくはホントにキスしたいのに」と。
チビでも恋人なのだから。
どんなに見た目がチビで子供でも、中身は前と同じだから。
ハーレイに恋したソルジャー・ブルー。
いつもハーレイを独占していた、愛されていたソルジャー・ブルー。
それが自分で、見た目がチビになっただけ。
ほんのちょっぴり、数年分だけ。
十四歳にしかならない分だけ、ほんのそれだけ小さくてチビ。
けれど、問題はその数年。
ちょっぴり足りない年と背丈と、大人っぽさ。
それが無いから、ハーレイはキスをしてくれない。
「まだ小さいしな?」と、「前のお前と同じに育て」と。
余裕たっぷりに笑うハーレイ、その余裕だって無いのが自分。
背丈と同じに余裕も足りない、プウッと膨れてしまうチビ。
(…それも分かっているんだけれど…)
出来ない、大人の受け答え。
もっと上手に応えられたら、ハーレイの態度も変わりそうなのに。
「俺が悪かった」と、「これで機嫌を直してくれ」とキスをくれるかもしれないのに。
頬っぺたではなくて、唇に。
子供相手のキスとは違って、唇へのキス。
恋人の機嫌を取るために。
きっと慌てて、大人の余裕も何処へやらで。
(…そういう風になるんだけどな…)
前の自分の経験からして、きっとそう。
機嫌を損ねた前の自分に、ハーレイはとても甘かったから。
ハーレイは少しも悪くなくても、謝ってキスをくれていたから。
例えば仕事で遅くなった時。
「待ちくたびれたよ」と膨れていたなら、貰えたキス。
「遅くなってすみませんでした」と謝りながら。
(前のぼくだって、膨れてたのに…)
その筈なのに、と思うけれども、無い自信。
今と同じに膨れっ面でも、育っていたなら変わるのだろうか?
それとも大きく育った時には、膨れ方そのものが変わるだとか。
(…そんなの、覚えてないってば!)
もしも覚えていたとしたなら、とうに実験済みだから。
ハーレイの余裕たっぷりの態度、それを崩そうと頑張って。
「前のぼくなら、こんな感じ」と真似をして。
出来ていたなら、ハーレイが釣られて、キスの一つも…。
(貰えていたとか、もうちょっとだとか…)
どちらにしたって、崩せた余裕。
大人ならではのハーレイの余裕、それを自分は崩せない。
どう頑張っても、チビだから。
ほんのちょっぴり足りない背丈と、年とが大問題だから。
(…もうちょっとなのに…)
あとちょっぴり、と負け惜しみ。
自分の手足を眺めてみたなら、ちょっぴりではないと分かるから。
足りない背丈は二十センチで、足りない年も三年くらいはある筈だから。
(でも、ちょっぴり…!)
もうちょっとだから、と思わなければ悔しいだけ。
ハーレイの方は、前と少しも変わらないから。
前の自分が最後に見たのと、少しも変わっていないのだから。
どうして自分だけチビなのだろう、と悔しい気持ち。
もっと大きく育っていたなら、とっくにキスをしていただろうに。
運が良ければとうに結婚、ハーレイと同じ屋根の下。
それが出来ないチビの自分は、今日もハーレイに笑われただけ。
キスを強請って、「分かった」と頬に貰ったキス。
余裕たっぷりに躱したハーレイ、今頃はきっと家でコーヒー。
自分の膨れっ面を忘れて、御機嫌で。
「今日もブルーに会って来たしな?」と。
ホントに酷い、と膨れたけれど。
ぼくにはそんな余裕なんか、と考えたけれど。
(あれ…?)
ハーレイが御機嫌だろう理由は、今日は自分と会えたから。
学校とは違って、この家で。
恋人同士の二人として会えて、ちゃんと話が出来たから。
唇へのキスは出来なくても。そういうキスを交わせなくても。
だとしたら…。
(…ぼくってチビでも、ちゃんと恋人…)
そうなんだよね、と浮かんだ笑み。
キスは駄目でも、ハーレイは自分と会えただけで御機嫌なのだから。
(それなら、いいかな…)
チビでも立派な恋人だしね、と膨れっ面はもうやめた。
ハーレイの中に、ちゃんとあるらしい自分の居場所。
恋人同士のキスは駄目でも、チビでも恋人なのだから…。
チビでも恋人・了
※今日もキスして貰えなかった、と膨れっ面のブルー君。酷い、と膨れてましたけど…。
ハーレイ先生から見たらチビでも立派な恋人、と直った御機嫌。可愛いですよねv