カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧
(今日はハーレイに会えなかったよ…)
後ろ姿さえ見ていないよね、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は古典の授業も無い日だったから、運が悪かったと言えるだろう。
授業さえあれば、たとえ当てては貰えなくても、ハーレイの顔は見ることが出来た。
声も聞けたし、姿にしたって見放題なのに、それも無かった。
(仕事の帰りに、寄ってくれるかと思ってたのに…)
濃い緑色をした車は来なくて、ハーレイには会えず終いの一日。
残念な限りなのだけれども、あと何年か経ったなら…。
(今日みたいな日は、もう無くなって…)
ハーレイとは毎日、嫌というほど顔を合わせて、朝から晩まで、何処かで会える。
同じ家の中で暮らしているから、喧嘩をしたって、まるで会わずに過ごすことなど…。
(…出来ないよね?)
絶対、何処かで会っちゃうんだよ、とクスクスと笑う。
「ハーレイのことなんか、もう知らない!」と怒っていたって、廊下や洗面所でバッタリと。
お互い、プイッと顔を背けても、また直ぐに会ってしまうだろう。
「何か飲みたいな」とキッチンに行ったら、其処にハーレイがいたりして。
(…ぼくと喧嘩中なのに、のんびりコーヒーなんか淹れてて…)
鼻歌交じりに、菓子を作っているかもしれない。
それは美味しそうな匂いが漂う、アップルパイとか、チョコレートの入ったケーキとか。
(…お前には食わせてやらないからな、って…)
ハーレイの顔には書いてあるから、キッチンの扉をバタンと閉めて、そのまま戻る。
飲み物が欲しかったのは確かだけれども、あんなハーレイのいる所では…。
(欲しい気持ちも失せるってば!)
水道の水で充分だよ、とズンズン歩いて、洗面所のカップからゴクゴクと飲む。
カップは歯磨き用のカップで、水を飲むカップとは違うのに。
水には味などついていなくて、喉が湿るというだけなのに。
そういう出会いばかりの日になったって、ハーレイとは、いずれ一緒に暮らせる。
喧嘩して口も利かなくなっても、それも長くは続かないだろう。
(ぼくが怒って、キッチンの扉を思いっ切り…)
叩き付けるように閉めて去ったら、ハーレイは笑い転げていそう。
「大きくなっても、まだまだ子供だ」と、「中身はガキのまんまだよな」と。
機嫌を取りにはやって来ないで、コーヒーを淹れて味わいながら…。
(お菓子作りを進めていって、合間に、食事の支度とかもして…)
空いた時間に新聞を広げて読んだりもして、「ブルーがいない」のを逆に楽しむ。
独身時代に戻ったみたいに、勝手気ままに。
以前は一人で暮らしていた家、その空間を満喫して。
(…考えただけで、腹が立つけど…)
喧嘩中の未来の自分もプンスカ怒っていそうだけれども、その内に、声が聞こえるだろう。
立て籠っている部屋の扉が、ノックされて。
「おい、ブルー?」と、揶揄うようなハーレイの口調。
「飯が出来たが、食わないのか?」と。
(…返事をしないで、黙っていたら…)
ハーレイは「そうか」と踵を返して、スタスタと戻ってゆきそうな感じ。
「だったら、一人で食うとするかな」と、聞こえよがしに独り言を漏らして。
「デザートは、アップルパイが出来ているし」と、「アイスも添えると美味いんだよな」と。
(ぼくのことなんか、知るもんか、って…)
去ったら最後、ハーレイは一人で食事を摂って、アップルパイも食べてしまいそう。
かなり経った頃に「お腹が空いた…」とダイニングに行っても、既に手遅れ。
パイは欠片も残っていなくて、テーブルの上には…。
(アップルパイは食っちまった、って書かれたメモと、如何にも残り物っぽい…)
ブルー用の料理が皿に盛られて、「温めて食え」と書いてある。
嫌味ったらしく、「出来立てが一番、美味しそうな料理」が、すっかりと冷めて。
しぼんでしまったスフレオムレツとか、冷えて固まった脂を纏ったハンバーグとか。
(やりそうなんだよ…!)
ハーレイならね、と分かっているから、喧嘩はサッサと切り上げないと。
お菓子や食事に釣られてしまって、出て来たことを笑われても。
「なんだ、来たのか」と、チラと見られても、ハーレイが盛大に噴き出しても。
(…今のハーレイなら、ホントにやりそう…)
ぼくを苛めて楽しむヤツ、と思いはしても、それも素敵な未来ではある。
ハーレイと一緒に暮らしているから、喧嘩もするし、仕返しもされる。
「ハーレイのことなんか、もう知らない!」と言おうものなら、独身生活に戻られて。
「元々、俺の家なんだしな?」と、「ブルーのいない暮らし」をされてしまって。
(それでも、ぼくが食べる分の食事や、お菓子は…)
きっと作ってくれるだろうから、さっき考えたようなことも大いに有り得る。
お菓子は食べ尽くされてしまって、食事は「冷めたら美味しくなくなる」残り物ばかり。
怒るしかない仕打ちなのだし、ハーレイの所へ怒鳴り込んだら…。
(お前が食いに来なかったんだろ、と鼻で笑われて…)
グウの音も出なくて、其処へハーレイが追い打ちをかける。
「第一、喧嘩中なんだぞ、今は」と。
「喧嘩中なら、仕返しされるのは当然だろうが」と、可笑しそうに。
(…そう言われたら、悔しくても、黙るしか無くて…)
「降参だよ!」と言わない限りは、ハーレイの仕返しが続いてゆく。
午後のお茶の時間も、ハーレイは全く呼んでくれずに、一人、ゆっくりコーヒーを飲む。
「ブルーとお茶」なら、コーヒーではなくて、紅茶なのに。
喧嘩中のブルーが「何か飲みたい」と出掛けて行っても、キッチンにドッカリ居座り続けて。
お湯を沸かそうにも、紅茶のポットを用意しようにも、ハーレイがいては、どうにもならない。
「ぼくも、紅茶を飲みたいんだけど」と声を掛けたら、負けを認めるようなもの。
「お願いだから、どいて下さい」と、頭を下げるのと同じだから。
(喧嘩してなきゃ、なんでもないことなんだれどね…)
「ちょっとごめん」と横を通るとか、ハーレイの動きを遮ることは、ごくごく日常。
それが出来ないのが「喧嘩の最中」、負けを認めるか、紅茶の代わりに…。
(洗面所に行って、水道の水…)
歯磨き用のカップから飲んで、部屋に立て籠もって、怒り続けて…。
(御飯の時間になったなら…)
またハーレイが部屋の扉をノックする。
「飯が出来たが、お前、今度も食わないのか?」と笑いながら。
「デザートも出来てるんだがな?」と。
「今なら飯も熱々なんだ」と、「冷めたら、きっと不味いだろうなあ…」などと。
(ホントにありそうなんだよね…)
そういう未来、と思うけれども、未来の自分は、それでも幸せなことだろう。
ハーレイと二人で暮らしているから、喧嘩もするし、仕返しもされる。
盛大に喧嘩をしている時間は、そうそう長くは続かなくても。
仕返しに懲りた「未来の自分」が、「ごめんなさい…」と詫びる羽目になっても。
(謝らなくても、ハーレイの前へ出ていくだけで…)
ハーレイは許してくれるよね、という気がする。
「飯に釣られて出て来たんだな」と、腹を抱えて笑っていたって。
「色気より食い気というヤツだよな」と、「これに限る」と勝ち誇られても。
(ムカッとしたって、それは、一瞬…)
ハーレイが「美味いんだぞ?」と料理を盛り付けてゆくのを見たら、怒りは溶けてしまいそう。
酷い仕返しを受けたことだって、頭から消えてしまうと思う。
何故なら、「ハーレイが、其処にいる」から。
つまらないことで喧嘩になって、うんと怒って、立て籠もったりしたけれど…。
(やっぱり、ハーレイがいるのが一番…)
顔を見られて、一緒に食事のテーブルを囲んで、食後は紅茶やコーヒーを淹れて…。
(ハーレイが作ったお菓子を食べて、昼間にやられた仕返しのことを…)
二人で話して、ハーレイが一人で食べてしまったアップルパイなどの感想も…。
(聞かせて貰って、食べ損なったのを悔しがって…)
「分かった、また今度、作ってやるから」と約束を取り付けて、満足する。
ハーレイの料理も、作るお菓子も、美味しいに決まっているのだから。
前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が好きで、腕を磨いていると聞く。
(何を作らせても、きっと、とっても美味しくて…)
頬っぺたが落ちそうになるんだよ、と思うものだから、未来の自分が羨ましい。
そのハーレイが作る料理を、毎日のように食べて暮らして、喧嘩もする。
仕返しで「冷めたら不味い料理」を食べさせられたり、お菓子を食べ尽くされてしまったり。
そうして怒って、でも仲直りで、同じ料理を作って貰える。
「熱々の間に食うのがいいんだ」と、日を改めて、ハーレイがキッチンに立って。
「お前も、すっかり懲りただろうが」と、「そうは言っても、またやりそうだが」と。
「次があったら、どんな料理を作るとするかな」と、ハーレイは計画をひけらかしそう。
冷めたら不味い料理を挙げて、「お前は、どれを作って欲しい?」と聞いたりもして。
(そういう仕返し、たっぷりやられてしまっても…)
何度、酷い目に遭ってしまっても、未来の自分は、間違いなく幸せ一杯の日々。
其処に「ハーレイがいる」だけで。
毎日、ハーレイと顔を合わせて、会えない日などは一日も無くて、時には喧嘩するほどで。
(…だって、前のぼくは…)
その「ハーレイ」を失くしちゃったから、と右の手をキュッと強く握り締める。
今はお風呂で温まった後で、部屋も暖かくて、幸せな未来も夢見ていたから、温かい右手。
その手は、前の生の終わりに、冷たく冷えて凍えてしまった。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを落として、失くして。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と泣きじゃくりながら、前の自分はメギドで死んだ。
それから長い時が流れて、気付けば、青い地球の上にいた。
新しい命と身体を貰って、ハーレイまでが戻って来てくれた。
(ぼくよりも先に生まれて来ていて、聖痕を見て記憶が戻って…)
今では会えなかった日を嘆くくらいに、「ハーレイがいる」のが当たり前の毎日。
学校で顔を合わせるだけでも、本当は充分だと言えるだろう。
「二度と会えない」と思いながら死んで、それきりになる筈だったのだから。
(だから、ハーレイさえいれば…)
それで充分なんだよね、と神様に御礼を言うべきだろうし、そうだと思う。
未来のハーレイに仕返しされても、怒っている場合などではない。
(立て籠もってプンスカ怒っていたって、心の中では…)
分かっているから、ハーレイを嫌ってなどはいないし、怒ってもいない。
「君の他には、何も要らない」と痛感していて、喧嘩中の自分を叱ってもいそう。
「そのハーレイを失くしてしまった、前のお前を忘れたのか?」と。
「一人ぼっちになりたいのか」と、「またハーレイを失くしたいのか?」と問い掛けて。
(…そんなことないし、失くしたくもなくて…)
ハーレイさえいれば、それで充分、他には本当に何も要らない。
冷めてしまったら不味い料理で仕返しされても、お菓子を食べ尽くされてしまっても…。
(君の他には、ぼくは、なんにも…)
要らないんだよ、と思うけれども、未来の自分は、きっとやらかすことだろう。
喧嘩も、仕返しをされた文句を言うのも、思いのままに。
ハーレイにすっかり甘えてしまって、前の生よりも、うんと我儘になって…。
君の他には・了
※ハーレイさえいれば、他には何も要らない、と思うブルー君。前の生の最期が悲しすぎて。
けれど未来には、きっと忘れて、ハーレイ先生と喧嘩するのです。幸せすぎて我儘になってv
後ろ姿さえ見ていないよね、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は古典の授業も無い日だったから、運が悪かったと言えるだろう。
授業さえあれば、たとえ当てては貰えなくても、ハーレイの顔は見ることが出来た。
声も聞けたし、姿にしたって見放題なのに、それも無かった。
(仕事の帰りに、寄ってくれるかと思ってたのに…)
濃い緑色をした車は来なくて、ハーレイには会えず終いの一日。
残念な限りなのだけれども、あと何年か経ったなら…。
(今日みたいな日は、もう無くなって…)
ハーレイとは毎日、嫌というほど顔を合わせて、朝から晩まで、何処かで会える。
同じ家の中で暮らしているから、喧嘩をしたって、まるで会わずに過ごすことなど…。
(…出来ないよね?)
絶対、何処かで会っちゃうんだよ、とクスクスと笑う。
「ハーレイのことなんか、もう知らない!」と怒っていたって、廊下や洗面所でバッタリと。
お互い、プイッと顔を背けても、また直ぐに会ってしまうだろう。
「何か飲みたいな」とキッチンに行ったら、其処にハーレイがいたりして。
(…ぼくと喧嘩中なのに、のんびりコーヒーなんか淹れてて…)
鼻歌交じりに、菓子を作っているかもしれない。
それは美味しそうな匂いが漂う、アップルパイとか、チョコレートの入ったケーキとか。
(…お前には食わせてやらないからな、って…)
ハーレイの顔には書いてあるから、キッチンの扉をバタンと閉めて、そのまま戻る。
飲み物が欲しかったのは確かだけれども、あんなハーレイのいる所では…。
(欲しい気持ちも失せるってば!)
水道の水で充分だよ、とズンズン歩いて、洗面所のカップからゴクゴクと飲む。
カップは歯磨き用のカップで、水を飲むカップとは違うのに。
水には味などついていなくて、喉が湿るというだけなのに。
そういう出会いばかりの日になったって、ハーレイとは、いずれ一緒に暮らせる。
喧嘩して口も利かなくなっても、それも長くは続かないだろう。
(ぼくが怒って、キッチンの扉を思いっ切り…)
叩き付けるように閉めて去ったら、ハーレイは笑い転げていそう。
「大きくなっても、まだまだ子供だ」と、「中身はガキのまんまだよな」と。
機嫌を取りにはやって来ないで、コーヒーを淹れて味わいながら…。
(お菓子作りを進めていって、合間に、食事の支度とかもして…)
空いた時間に新聞を広げて読んだりもして、「ブルーがいない」のを逆に楽しむ。
独身時代に戻ったみたいに、勝手気ままに。
以前は一人で暮らしていた家、その空間を満喫して。
(…考えただけで、腹が立つけど…)
喧嘩中の未来の自分もプンスカ怒っていそうだけれども、その内に、声が聞こえるだろう。
立て籠っている部屋の扉が、ノックされて。
「おい、ブルー?」と、揶揄うようなハーレイの口調。
「飯が出来たが、食わないのか?」と。
(…返事をしないで、黙っていたら…)
ハーレイは「そうか」と踵を返して、スタスタと戻ってゆきそうな感じ。
「だったら、一人で食うとするかな」と、聞こえよがしに独り言を漏らして。
「デザートは、アップルパイが出来ているし」と、「アイスも添えると美味いんだよな」と。
(ぼくのことなんか、知るもんか、って…)
去ったら最後、ハーレイは一人で食事を摂って、アップルパイも食べてしまいそう。
かなり経った頃に「お腹が空いた…」とダイニングに行っても、既に手遅れ。
パイは欠片も残っていなくて、テーブルの上には…。
(アップルパイは食っちまった、って書かれたメモと、如何にも残り物っぽい…)
ブルー用の料理が皿に盛られて、「温めて食え」と書いてある。
嫌味ったらしく、「出来立てが一番、美味しそうな料理」が、すっかりと冷めて。
しぼんでしまったスフレオムレツとか、冷えて固まった脂を纏ったハンバーグとか。
(やりそうなんだよ…!)
ハーレイならね、と分かっているから、喧嘩はサッサと切り上げないと。
お菓子や食事に釣られてしまって、出て来たことを笑われても。
「なんだ、来たのか」と、チラと見られても、ハーレイが盛大に噴き出しても。
(…今のハーレイなら、ホントにやりそう…)
ぼくを苛めて楽しむヤツ、と思いはしても、それも素敵な未来ではある。
ハーレイと一緒に暮らしているから、喧嘩もするし、仕返しもされる。
「ハーレイのことなんか、もう知らない!」と言おうものなら、独身生活に戻られて。
「元々、俺の家なんだしな?」と、「ブルーのいない暮らし」をされてしまって。
(それでも、ぼくが食べる分の食事や、お菓子は…)
きっと作ってくれるだろうから、さっき考えたようなことも大いに有り得る。
お菓子は食べ尽くされてしまって、食事は「冷めたら美味しくなくなる」残り物ばかり。
怒るしかない仕打ちなのだし、ハーレイの所へ怒鳴り込んだら…。
(お前が食いに来なかったんだろ、と鼻で笑われて…)
グウの音も出なくて、其処へハーレイが追い打ちをかける。
「第一、喧嘩中なんだぞ、今は」と。
「喧嘩中なら、仕返しされるのは当然だろうが」と、可笑しそうに。
(…そう言われたら、悔しくても、黙るしか無くて…)
「降参だよ!」と言わない限りは、ハーレイの仕返しが続いてゆく。
午後のお茶の時間も、ハーレイは全く呼んでくれずに、一人、ゆっくりコーヒーを飲む。
「ブルーとお茶」なら、コーヒーではなくて、紅茶なのに。
喧嘩中のブルーが「何か飲みたい」と出掛けて行っても、キッチンにドッカリ居座り続けて。
お湯を沸かそうにも、紅茶のポットを用意しようにも、ハーレイがいては、どうにもならない。
「ぼくも、紅茶を飲みたいんだけど」と声を掛けたら、負けを認めるようなもの。
「お願いだから、どいて下さい」と、頭を下げるのと同じだから。
(喧嘩してなきゃ、なんでもないことなんだれどね…)
「ちょっとごめん」と横を通るとか、ハーレイの動きを遮ることは、ごくごく日常。
それが出来ないのが「喧嘩の最中」、負けを認めるか、紅茶の代わりに…。
(洗面所に行って、水道の水…)
歯磨き用のカップから飲んで、部屋に立て籠もって、怒り続けて…。
(御飯の時間になったなら…)
またハーレイが部屋の扉をノックする。
「飯が出来たが、お前、今度も食わないのか?」と笑いながら。
「デザートも出来てるんだがな?」と。
「今なら飯も熱々なんだ」と、「冷めたら、きっと不味いだろうなあ…」などと。
(ホントにありそうなんだよね…)
そういう未来、と思うけれども、未来の自分は、それでも幸せなことだろう。
ハーレイと二人で暮らしているから、喧嘩もするし、仕返しもされる。
盛大に喧嘩をしている時間は、そうそう長くは続かなくても。
仕返しに懲りた「未来の自分」が、「ごめんなさい…」と詫びる羽目になっても。
(謝らなくても、ハーレイの前へ出ていくだけで…)
ハーレイは許してくれるよね、という気がする。
「飯に釣られて出て来たんだな」と、腹を抱えて笑っていたって。
「色気より食い気というヤツだよな」と、「これに限る」と勝ち誇られても。
(ムカッとしたって、それは、一瞬…)
ハーレイが「美味いんだぞ?」と料理を盛り付けてゆくのを見たら、怒りは溶けてしまいそう。
酷い仕返しを受けたことだって、頭から消えてしまうと思う。
何故なら、「ハーレイが、其処にいる」から。
つまらないことで喧嘩になって、うんと怒って、立て籠もったりしたけれど…。
(やっぱり、ハーレイがいるのが一番…)
顔を見られて、一緒に食事のテーブルを囲んで、食後は紅茶やコーヒーを淹れて…。
(ハーレイが作ったお菓子を食べて、昼間にやられた仕返しのことを…)
二人で話して、ハーレイが一人で食べてしまったアップルパイなどの感想も…。
(聞かせて貰って、食べ損なったのを悔しがって…)
「分かった、また今度、作ってやるから」と約束を取り付けて、満足する。
ハーレイの料理も、作るお菓子も、美味しいに決まっているのだから。
前のハーレイは厨房出身、今のハーレイも料理が好きで、腕を磨いていると聞く。
(何を作らせても、きっと、とっても美味しくて…)
頬っぺたが落ちそうになるんだよ、と思うものだから、未来の自分が羨ましい。
そのハーレイが作る料理を、毎日のように食べて暮らして、喧嘩もする。
仕返しで「冷めたら不味い料理」を食べさせられたり、お菓子を食べ尽くされてしまったり。
そうして怒って、でも仲直りで、同じ料理を作って貰える。
「熱々の間に食うのがいいんだ」と、日を改めて、ハーレイがキッチンに立って。
「お前も、すっかり懲りただろうが」と、「そうは言っても、またやりそうだが」と。
「次があったら、どんな料理を作るとするかな」と、ハーレイは計画をひけらかしそう。
冷めたら不味い料理を挙げて、「お前は、どれを作って欲しい?」と聞いたりもして。
(そういう仕返し、たっぷりやられてしまっても…)
何度、酷い目に遭ってしまっても、未来の自分は、間違いなく幸せ一杯の日々。
其処に「ハーレイがいる」だけで。
毎日、ハーレイと顔を合わせて、会えない日などは一日も無くて、時には喧嘩するほどで。
(…だって、前のぼくは…)
その「ハーレイ」を失くしちゃったから、と右の手をキュッと強く握り締める。
今はお風呂で温まった後で、部屋も暖かくて、幸せな未来も夢見ていたから、温かい右手。
その手は、前の生の終わりに、冷たく冷えて凍えてしまった。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを落として、失くして。
「ハーレイとの絆が切れてしまった」と泣きじゃくりながら、前の自分はメギドで死んだ。
それから長い時が流れて、気付けば、青い地球の上にいた。
新しい命と身体を貰って、ハーレイまでが戻って来てくれた。
(ぼくよりも先に生まれて来ていて、聖痕を見て記憶が戻って…)
今では会えなかった日を嘆くくらいに、「ハーレイがいる」のが当たり前の毎日。
学校で顔を合わせるだけでも、本当は充分だと言えるだろう。
「二度と会えない」と思いながら死んで、それきりになる筈だったのだから。
(だから、ハーレイさえいれば…)
それで充分なんだよね、と神様に御礼を言うべきだろうし、そうだと思う。
未来のハーレイに仕返しされても、怒っている場合などではない。
(立て籠もってプンスカ怒っていたって、心の中では…)
分かっているから、ハーレイを嫌ってなどはいないし、怒ってもいない。
「君の他には、何も要らない」と痛感していて、喧嘩中の自分を叱ってもいそう。
「そのハーレイを失くしてしまった、前のお前を忘れたのか?」と。
「一人ぼっちになりたいのか」と、「またハーレイを失くしたいのか?」と問い掛けて。
(…そんなことないし、失くしたくもなくて…)
ハーレイさえいれば、それで充分、他には本当に何も要らない。
冷めてしまったら不味い料理で仕返しされても、お菓子を食べ尽くされてしまっても…。
(君の他には、ぼくは、なんにも…)
要らないんだよ、と思うけれども、未来の自分は、きっとやらかすことだろう。
喧嘩も、仕返しをされた文句を言うのも、思いのままに。
ハーレイにすっかり甘えてしまって、前の生よりも、うんと我儘になって…。
君の他には・了
※ハーレイさえいれば、他には何も要らない、と思うブルー君。前の生の最期が悲しすぎて。
けれど未来には、きっと忘れて、ハーレイ先生と喧嘩するのです。幸せすぎて我儘になってv
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(…あと何年か、待ったなら…)
あいつと暮らせるんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わってしまった、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(今日は、一度も会えなかったが…)
何年か待てば、ブルーに会えない日など、無くなる。
まだ十四歳にしかならないブルーが、結婚出来る年の十八歳になりさえすれば。
(プロポーズはともかく、その後の、あれやこれやが、だ…)
多少、厄介かもしれないけれども、ハードルは必ず乗り越えてみせる。
今度こそ、ブルーを手に入れるために。
前の生では叶わなかった、「ブルーと二人だけの暮らし」を掴み取らなければ。
(そのために生まれて来たんだからな?)
あいつも、俺も…、と改めて思う。
遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーと語り合ったことか。
「いつか、地球まで辿り着いたら…」と、青い地球で生きてゆく夢を。
人類に追われ、狩られることなく、ただの「ミュウという種族」になって。
(その日が来たなら、あいつはソルジャーではなくなって…)
シャングリラという白い箱舟もお役御免で、キャプテンだって要らなくなる。
船の仲間たちも、それぞれに散ってゆくだろう。
自分が生きたい道を選んで、暮らしたい場所を見付け出して。
(そうなりゃ、あいつも、前の俺も、だ…)
肩書などは消えてしまって、「ただのブルー」と、「ただのハーレイ」。
役目も重荷も、背負う必要などは何処にもないから、二人、気ままな旅に出る。
地球まで辿り着く前に夢見た、様々なことをするために。
あちこち巡って、あれこれと食べて、他愛ないことを話したりもして。
ミュウの未来を憂えなくても、何の心配も要らない世界は、幸せに満ちているだろう。
「ただのブルー」と「ただのハーレイ」では、誰一人、気に留める者が無くても。
前の自分と、前のブルーが見ていた夢。
とても細やかな夢だけれども、それでいて大変な夢でもあった。
(まず、人類との和解ってヤツが問題で…)
和解が無理なら、戦い、道を開くしかない。
文字通り茨の道になる上、犠牲も多く出ることだろう。
その戦いを始めるためには、戦力も要るし、どれほどの準備と覚悟が必要になるか。
(…でもって、それを決断するのは…)
前のブルーと、前の自分と、長老たちという勘定。
仲間たちにも諮るけれども、最終的には、その決断は…。
(前のあいつが…)
下す形になってしまって、ブルーは、その責を負うことになる。
勝ち戦が続く間は良くても、そうそう上手くゆくわけがない。
何処かで必ず、負けの一つや二つは来る。
負ければ仲間が怪我をするとか、命を落とす結果にもなる。
そうなった時に、ブルーの心は、どれほど傷付き、血を流すことか。
(…ぼくが戦いに出ていれば、と…)
悔やみ、嘆いて、いつまでも自分を責め続ける。
青い地球まで辿り着いても、ふとしたはずみに思い出して。
「あの仲間が、生きていたならば…」と、自分の暮らしに重ねもして。
(…きっと、そうなっていたんだろうなあ…)
あいつも、俺も…、という気がする。
地球での暮らしが、満ち足りたものであればあるほど、悔いも大きくなったろう。
「違う選択をしていれば」と、払った犠牲を、全て自分たちの過ちにして。
本当のところは違っていたって、「自分のせいだ」と、背負い込んで。
(…前の俺たちの夢ってヤツは…)
細やかなんかじゃなかったんだ、と今にして思う。
沢山の夢を描いた時には、二人とも、そういう気でいたけれど。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、子供みたいに無邪気に考え、夢を増やした。
あれもしようと、これもしたいと、その時が来たら「やりたいこと」を。
(…大それた夢ってヤツだったから…)
一つも叶わなかったのかもな、と苦笑し、カップを指でカチンと弾いた。
そもそも、青い地球でさえもが、あの頃は存在していなかった。
死の星のままで宇宙に転がり、人が住めるような場所などは無くて…。
(青いどころか、赤茶けた星で…)
辿り着いた仲間は、皆、涙した。
「こんな星のために、ずっと戦って来たのか」と。
多くの犠牲を払い続けて、長い道のりを歩んだのか、と呆然として。
(…そして、地球まで辿り着くために…)
必要だった犠牲の中には、前のブルーも含まれていた。
命を捨ててメギドを破壊し、シャングリラを逃がして、ブルーは消えた。
(…前の俺の前から、消えてしまって…)
二度と戻りはしなかった人を、本当は、何処までも追い掛けたかった。
白いシャングリラも、キャプテンの務めも、何もかも捨てて、ブルーの後を追う。
それは甘美な夢だったけれど、前のブルーが許さなかった。
最後の最後に、「ジョミーを頼む」と言い残して。
決して自分の後を追うな、と前に二人で交わした誓いを、反故にして。
(あいつが死んだら、前の俺も、すぐに…)
葬儀を済ませて、ブルーの後を追ってゆく。
そう決めて、ブルーも「そのつもり」でいた。
決めた時には、まだ船は平和だったから。
戦いは始まってさえもいなくて、ブルーの寿命が尽きた後にも、そうだと思い込んでいた。
次のソルジャーが後を継ぐだけで、シャングリラの日々も変わりはしない、と。
(…どうやって地球まで行くつもりだったんだろうなあ…)
変わり映えのしない日々が続く船で、と可笑しくなる。
だからこそブルーの寿命が尽きる日が近付き、あんな誓いを立てることに…、とも。
けれど、戦いは始まった。
そうして前のブルーも戦い、前の自分の前から消えた。
一人ぼっちで残された船で、仲間たちを指揮し、地球まで辿り着いたけれども…。
(前の俺の夢は、ただの一つも…)
叶わないまま終わってしまって、気付けば、今の自分が「いた」。
おまけに「ブルー」も、今の自分の前にいた。
生まれ変わって、十四歳の子供になって。
タイプ・ブルーのサイオンはあっても、それが使えない不器用なブルー。
(俺は、あいつを…)
もう一度、手に入れたんだ、と感慨深いものがある。
失くした筈の愛おしい人が、自分の前に帰って来てくれた。
まだ一緒には暮らせなくても、何年か待てば、前の自分たちが夢見た通りに…。
(…結婚式を挙げて、ただのブルーと、ただのハーレイになって…)
前の生では叶わなかった、幾つもの夢を叶えてゆく。
青い地球の上を二人で旅して、様々な場所へ出掛けて行って。
夢でしかなかった色々なものも、今なら、いくらでも手に入れられる。
前のブルーの夢の朝食、「ホットケーキ」も、今のブルーには、日常になった。
血が繋がった本物の「ブルーの母」に頼みさえすれば、毎日だって食べられるだろう。
地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味しいバターをたっぷり塗って。
サトウカエデの森で育まれた、メープルシロップを好きなだけかけて。
(…神様のお蔭ってヤツだよなあ…)
どんな贅沢な夢も叶うぞ、と実感出来る、今の自分の暮らし。
前の自分たちには「夢で幻だったこと」の全てが、今では普通で「当たり前」。
そう考えると、夢を叶えられる世界も嬉しいけれど…。
(それより、何より、大切なものは…)
あいつなんだ、と思いを深くする。
時の彼方で失くした「ブルー」が、再び、この手に戻って来たこと。
(…本当の意味では、まだ手に入れてはいないからなあ…)
今のあいつは子供だからな、と大きく頷く。
「まだ何年か、待つしか無いが」と。
ブルーが結婚出来る年になるまで、本当の意味では「手に入らない」愛おしい人。
けれども、待てば手に入るのだし、焦る必要などは全く無い。
今のブルーが育ってゆくのを、ただ見守っていればいい。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が、チビのブルーが育ってゆくのを見ていたように。
(…そうさ、あと何年か待てばだな…)
ブルーは、この手に戻って来る。
何の犠牲も払うことなく、戦いの日々を経ることもなく。
ただ平穏な時が流れて、その先に、前の自分たちが夢見た未来が広がる。
「ただのブルー」と「ただのハーレイ」、そういう二人として生きてゆく。
この地球の上で、幸せに。
仲間たちの血が流れることなど、其処までの間に、ありはしなくて。
(…いいもんだよなあ…)
最高だ、とコーヒーのカップを傾ける。
なんと素晴らしい未来なんだ、と前の自分の夢が潰えた日と比べてみて。
ブルーを失い、悲嘆に暮れたあの長い日々も、色鮮やかな未来の前には、どうでも良くなる。
もう悲しみなど何処にも無くて、ブルーは帰って来てくれたから。
あと何年か待ちさえすれば、前の自分が夢見た暮らしが、そっくりそのまま始まるから。
(あいつさえ、側にいてくれるんなら…)
それだけで俺は満足なんだ、と充足感が胸に満ちてゆく。
今のブルーがいてくれるだけで、もう満足だと言ってもいい。
本当の意味では、まだ手に入っていなくても。
結婚出来る時が来るまで、側で見守るだけの日々でも。
(あいつさえいれば、俺は他には、もう何一つ…)
望まないよな、と前の自分だった頃を今に重ねて、「そうだな」と思う。
「ブルー」さえいれば、何も要らない。
失くしてしまった愛おしい人が、この手に戻って来てくれたから。
その人と生きてゆけるのだったら、それだけで日々は満ち足りていることだろう。
遠く遥かな時の彼方で夢見た「それ」は、「大それた夢」で、叶わずに終わったのだけれど。
(…何の犠牲も、払いはせずに…)
待っているだけで、ブルーとの暮らしが手に入る。
最高の未来で、想像するだけで顔が綻ぶ。
「あと何年かの辛抱なんだ」と、「今でも、充分、幸せだがな」と。
(…俺は、お前の他には、何も…)
何一つ無くても、幸せなんだ、とコーヒーを口に含んだけれど。
「ブルーさえいれば」と思ったけれども、このコーヒーも、今ならでは。
(…青い地球で採れた、本物のコーヒー豆で淹れたヤツで、だ…)
代用品だったキャロブとは違うんだよな、と白いシャングリラを思い出す。
自給自足の暮らしに入った後の船では、もう本物のコーヒーは味わえなかった。
それが今では幾らでも飲めて、おまけに青い地球産のもの。
他にも色々、前の自分には夢だったことが、当たり前にあるものだから…。
(…お前の他には、何も要らない、と言いたいんだが…)
実感としてはあるんだがな、と眉間を指でトンと叩いた。
「すまんが、他にも欲しいようだ」と。
今の自分の当たり前の日々も、ブルーと二人で暮らす未来には、是非、欲しい。
「お前の他には、何も要らない」と思う気持ちは本当でも。
ブルーさえいれば、他には何も要らなくても。
(なんたって、これが日常で、だ…)
ブルーもホットケーキを食ってるんだし、いいじゃないか、と自分自身に言い訳をする。
「あいつだって、俺の他にも、あれこれ欲しいと思うだろうさ」と。
青い地球でやりたいと幾つも夢に見たこと、それも欲しくて当然だよな、と…。
お前の他には・了
※ブルー君さえいれば他には何も要らない、と思ったハーレイ先生ですけれど…。
そう思う気持ちは本当ですけど、他にも欲しくなるのです。青い地球にいるんですものねv
あいつと暮らせるんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わってしまった、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(今日は、一度も会えなかったが…)
何年か待てば、ブルーに会えない日など、無くなる。
まだ十四歳にしかならないブルーが、結婚出来る年の十八歳になりさえすれば。
(プロポーズはともかく、その後の、あれやこれやが、だ…)
多少、厄介かもしれないけれども、ハードルは必ず乗り越えてみせる。
今度こそ、ブルーを手に入れるために。
前の生では叶わなかった、「ブルーと二人だけの暮らし」を掴み取らなければ。
(そのために生まれて来たんだからな?)
あいつも、俺も…、と改めて思う。
遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーと語り合ったことか。
「いつか、地球まで辿り着いたら…」と、青い地球で生きてゆく夢を。
人類に追われ、狩られることなく、ただの「ミュウという種族」になって。
(その日が来たなら、あいつはソルジャーではなくなって…)
シャングリラという白い箱舟もお役御免で、キャプテンだって要らなくなる。
船の仲間たちも、それぞれに散ってゆくだろう。
自分が生きたい道を選んで、暮らしたい場所を見付け出して。
(そうなりゃ、あいつも、前の俺も、だ…)
肩書などは消えてしまって、「ただのブルー」と、「ただのハーレイ」。
役目も重荷も、背負う必要などは何処にもないから、二人、気ままな旅に出る。
地球まで辿り着く前に夢見た、様々なことをするために。
あちこち巡って、あれこれと食べて、他愛ないことを話したりもして。
ミュウの未来を憂えなくても、何の心配も要らない世界は、幸せに満ちているだろう。
「ただのブルー」と「ただのハーレイ」では、誰一人、気に留める者が無くても。
前の自分と、前のブルーが見ていた夢。
とても細やかな夢だけれども、それでいて大変な夢でもあった。
(まず、人類との和解ってヤツが問題で…)
和解が無理なら、戦い、道を開くしかない。
文字通り茨の道になる上、犠牲も多く出ることだろう。
その戦いを始めるためには、戦力も要るし、どれほどの準備と覚悟が必要になるか。
(…でもって、それを決断するのは…)
前のブルーと、前の自分と、長老たちという勘定。
仲間たちにも諮るけれども、最終的には、その決断は…。
(前のあいつが…)
下す形になってしまって、ブルーは、その責を負うことになる。
勝ち戦が続く間は良くても、そうそう上手くゆくわけがない。
何処かで必ず、負けの一つや二つは来る。
負ければ仲間が怪我をするとか、命を落とす結果にもなる。
そうなった時に、ブルーの心は、どれほど傷付き、血を流すことか。
(…ぼくが戦いに出ていれば、と…)
悔やみ、嘆いて、いつまでも自分を責め続ける。
青い地球まで辿り着いても、ふとしたはずみに思い出して。
「あの仲間が、生きていたならば…」と、自分の暮らしに重ねもして。
(…きっと、そうなっていたんだろうなあ…)
あいつも、俺も…、という気がする。
地球での暮らしが、満ち足りたものであればあるほど、悔いも大きくなったろう。
「違う選択をしていれば」と、払った犠牲を、全て自分たちの過ちにして。
本当のところは違っていたって、「自分のせいだ」と、背負い込んで。
(…前の俺たちの夢ってヤツは…)
細やかなんかじゃなかったんだ、と今にして思う。
沢山の夢を描いた時には、二人とも、そういう気でいたけれど。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、子供みたいに無邪気に考え、夢を増やした。
あれもしようと、これもしたいと、その時が来たら「やりたいこと」を。
(…大それた夢ってヤツだったから…)
一つも叶わなかったのかもな、と苦笑し、カップを指でカチンと弾いた。
そもそも、青い地球でさえもが、あの頃は存在していなかった。
死の星のままで宇宙に転がり、人が住めるような場所などは無くて…。
(青いどころか、赤茶けた星で…)
辿り着いた仲間は、皆、涙した。
「こんな星のために、ずっと戦って来たのか」と。
多くの犠牲を払い続けて、長い道のりを歩んだのか、と呆然として。
(…そして、地球まで辿り着くために…)
必要だった犠牲の中には、前のブルーも含まれていた。
命を捨ててメギドを破壊し、シャングリラを逃がして、ブルーは消えた。
(…前の俺の前から、消えてしまって…)
二度と戻りはしなかった人を、本当は、何処までも追い掛けたかった。
白いシャングリラも、キャプテンの務めも、何もかも捨てて、ブルーの後を追う。
それは甘美な夢だったけれど、前のブルーが許さなかった。
最後の最後に、「ジョミーを頼む」と言い残して。
決して自分の後を追うな、と前に二人で交わした誓いを、反故にして。
(あいつが死んだら、前の俺も、すぐに…)
葬儀を済ませて、ブルーの後を追ってゆく。
そう決めて、ブルーも「そのつもり」でいた。
決めた時には、まだ船は平和だったから。
戦いは始まってさえもいなくて、ブルーの寿命が尽きた後にも、そうだと思い込んでいた。
次のソルジャーが後を継ぐだけで、シャングリラの日々も変わりはしない、と。
(…どうやって地球まで行くつもりだったんだろうなあ…)
変わり映えのしない日々が続く船で、と可笑しくなる。
だからこそブルーの寿命が尽きる日が近付き、あんな誓いを立てることに…、とも。
けれど、戦いは始まった。
そうして前のブルーも戦い、前の自分の前から消えた。
一人ぼっちで残された船で、仲間たちを指揮し、地球まで辿り着いたけれども…。
(前の俺の夢は、ただの一つも…)
叶わないまま終わってしまって、気付けば、今の自分が「いた」。
おまけに「ブルー」も、今の自分の前にいた。
生まれ変わって、十四歳の子供になって。
タイプ・ブルーのサイオンはあっても、それが使えない不器用なブルー。
(俺は、あいつを…)
もう一度、手に入れたんだ、と感慨深いものがある。
失くした筈の愛おしい人が、自分の前に帰って来てくれた。
まだ一緒には暮らせなくても、何年か待てば、前の自分たちが夢見た通りに…。
(…結婚式を挙げて、ただのブルーと、ただのハーレイになって…)
前の生では叶わなかった、幾つもの夢を叶えてゆく。
青い地球の上を二人で旅して、様々な場所へ出掛けて行って。
夢でしかなかった色々なものも、今なら、いくらでも手に入れられる。
前のブルーの夢の朝食、「ホットケーキ」も、今のブルーには、日常になった。
血が繋がった本物の「ブルーの母」に頼みさえすれば、毎日だって食べられるだろう。
地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味しいバターをたっぷり塗って。
サトウカエデの森で育まれた、メープルシロップを好きなだけかけて。
(…神様のお蔭ってヤツだよなあ…)
どんな贅沢な夢も叶うぞ、と実感出来る、今の自分の暮らし。
前の自分たちには「夢で幻だったこと」の全てが、今では普通で「当たり前」。
そう考えると、夢を叶えられる世界も嬉しいけれど…。
(それより、何より、大切なものは…)
あいつなんだ、と思いを深くする。
時の彼方で失くした「ブルー」が、再び、この手に戻って来たこと。
(…本当の意味では、まだ手に入れてはいないからなあ…)
今のあいつは子供だからな、と大きく頷く。
「まだ何年か、待つしか無いが」と。
ブルーが結婚出来る年になるまで、本当の意味では「手に入らない」愛おしい人。
けれども、待てば手に入るのだし、焦る必要などは全く無い。
今のブルーが育ってゆくのを、ただ見守っていればいい。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が、チビのブルーが育ってゆくのを見ていたように。
(…そうさ、あと何年か待てばだな…)
ブルーは、この手に戻って来る。
何の犠牲も払うことなく、戦いの日々を経ることもなく。
ただ平穏な時が流れて、その先に、前の自分たちが夢見た未来が広がる。
「ただのブルー」と「ただのハーレイ」、そういう二人として生きてゆく。
この地球の上で、幸せに。
仲間たちの血が流れることなど、其処までの間に、ありはしなくて。
(…いいもんだよなあ…)
最高だ、とコーヒーのカップを傾ける。
なんと素晴らしい未来なんだ、と前の自分の夢が潰えた日と比べてみて。
ブルーを失い、悲嘆に暮れたあの長い日々も、色鮮やかな未来の前には、どうでも良くなる。
もう悲しみなど何処にも無くて、ブルーは帰って来てくれたから。
あと何年か待ちさえすれば、前の自分が夢見た暮らしが、そっくりそのまま始まるから。
(あいつさえ、側にいてくれるんなら…)
それだけで俺は満足なんだ、と充足感が胸に満ちてゆく。
今のブルーがいてくれるだけで、もう満足だと言ってもいい。
本当の意味では、まだ手に入っていなくても。
結婚出来る時が来るまで、側で見守るだけの日々でも。
(あいつさえいれば、俺は他には、もう何一つ…)
望まないよな、と前の自分だった頃を今に重ねて、「そうだな」と思う。
「ブルー」さえいれば、何も要らない。
失くしてしまった愛おしい人が、この手に戻って来てくれたから。
その人と生きてゆけるのだったら、それだけで日々は満ち足りていることだろう。
遠く遥かな時の彼方で夢見た「それ」は、「大それた夢」で、叶わずに終わったのだけれど。
(…何の犠牲も、払いはせずに…)
待っているだけで、ブルーとの暮らしが手に入る。
最高の未来で、想像するだけで顔が綻ぶ。
「あと何年かの辛抱なんだ」と、「今でも、充分、幸せだがな」と。
(…俺は、お前の他には、何も…)
何一つ無くても、幸せなんだ、とコーヒーを口に含んだけれど。
「ブルーさえいれば」と思ったけれども、このコーヒーも、今ならでは。
(…青い地球で採れた、本物のコーヒー豆で淹れたヤツで、だ…)
代用品だったキャロブとは違うんだよな、と白いシャングリラを思い出す。
自給自足の暮らしに入った後の船では、もう本物のコーヒーは味わえなかった。
それが今では幾らでも飲めて、おまけに青い地球産のもの。
他にも色々、前の自分には夢だったことが、当たり前にあるものだから…。
(…お前の他には、何も要らない、と言いたいんだが…)
実感としてはあるんだがな、と眉間を指でトンと叩いた。
「すまんが、他にも欲しいようだ」と。
今の自分の当たり前の日々も、ブルーと二人で暮らす未来には、是非、欲しい。
「お前の他には、何も要らない」と思う気持ちは本当でも。
ブルーさえいれば、他には何も要らなくても。
(なんたって、これが日常で、だ…)
ブルーもホットケーキを食ってるんだし、いいじゃないか、と自分自身に言い訳をする。
「あいつだって、俺の他にも、あれこれ欲しいと思うだろうさ」と。
青い地球でやりたいと幾つも夢に見たこと、それも欲しくて当然だよな、と…。
お前の他には・了
※ブルー君さえいれば他には何も要らない、と思ったハーレイ先生ですけれど…。
そう思う気持ちは本当ですけど、他にも欲しくなるのです。青い地球にいるんですものねv
(今日はハーレイに会えなかったよ…)
後姿だって見ていない、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は古典の授業が無かった上に、廊下でさえもハーレイに会えはしなかった。
何処かに姿が無いだろうか、と窓から見ても、帰りにグラウンドを見渡した時も…。
(ハーレイ、何処にもいなくって…)
仕事の帰りに来てくれるかも、と待っていたのに、ハーレイの愛車は来なかった。
ツイていない、と残念だけれど、こういう日だって少なくない。
別々の家で暮らす以上は、仕方ないとも言えるだろう。
(結婚したら、毎日、一緒に暮らすんだから…)
それまでの我慢で、結婚した後は、顔を見られない日の方が珍しくなる。
第一、顔を見られない日など、あるのかどうか。
(泊まりがけの研修とかでも、同じホテルに部屋を取ったら…)
ハーレイは其処に帰って来るから、昼食はともかく、朝食と夕食は二人で食べる。
昼休みだって、ハーレイは部屋に来るかもしれない。
配られた自分のお弁当を持って、ブルー用のも何処かで調達して来て。
(そうなるかもね?)
名物が入ったお弁当とか…、と大きく頷く。
「ハーレイだったら、きっとそうだよ」と、「お昼御飯が、お弁当だったら」と。
そんな具合で、会えない日などは全く無くなるかもしれない。
いつも、いつでも、どんな時でも、ハーレイと離れる日などは無くて。
(前のぼくたちも、そうだったんだし…)
今度も似たようなことになりそう、とクスッと笑った。
「時代も場所も変わっちゃったけど、やってることは同じだよね」と嬉しくなって。
青い地球まで辿り着いても、二人の暮らしは、遠い昔に夢に見た通り。
シャングリラという船が無くなり、ソルジャーでも、キャプテンでもなくなっても。
「ただのハーレイ」と「ブルー」になっても、「いつも一緒」と心が温かくなる。
本物の地球で生きてゆけるし、ハーレイと離れることなど二度と無いから。
時の彼方で、メギドで泣きながら死んだ時には、こんな日が来るとは思わなかった。
それを思えば、今日みたいに会えない日が「たまに」あっても、文句は言えないだろう。
神様の粋な計らいのお蔭で、あと何年か待てば、ハーレイと結婚出来るのだから。
(そしたら、二度と離れることなんか無くて…)
ハーレイの顔を見られない日は、ホントのホントに無くなるかも、と気持ちが浮き立つ。
「あと少しだけの我慢だものね」と、自分自身に言い聞かせて。
(…結婚したら、ハーレイの家で暮らすんだから…)
ハーレイが家出でもしない限りは、嫌でも顔を合わせる日々。
前の生では酷い喧嘩はしなかったけれど、今度はするかもしれなくて…。
(ハーレイなんか大嫌いだ、って叫んで、怒って…)
「自分」が家出することはあっても、ハーレイの方はしないだろう。
なんと言っても其処は「ハーレイの家」で、ハーレイが出てゆくわけもないから。
(大喧嘩をして、お互い、頭に来たって…)
家出するのは「ブルー」の方で、ハーレイは家から動かない。
廊下でブルーと出くわす度に、露骨に顔を顰めても。
「お前なんか、俺は知らないからな!」とプイと顔を背けて、口さえ利いてくれなくても。
(それでも、ぼくの分の御飯は…)
ハーレイが「自分のを作るついでに」作ってくれて、テーブルにドンと置いてありそう。
怒っているから、嫌がらせとばかりに、とんでもない量が盛ってあっても。
(…ぼくが普段に食べてる量の、二倍はあるっていう勢いで…)
おかずも御飯も、恐ろしいほどの大盛りサイズ。
スープや味噌汁も、「おかわりは鍋にあるから、温めて食え」とメモがついている。
だからテーブルの上には、当然のように、こう書かれたメモ。
「残さずに全部、綺麗に食えよ。残したら、二度と作ってやらないからな!」と大きな字で。
(…ぼく、それだけで降参しそう…)
一食くらいは何とかなっても、三食は無理、という気がする。
胃袋が悲鳴を上げてしまって、いくら美味しくても食べ切れなくて。
(早くハーレイに謝らないと…)
食事を作って貰えなくなるから、降参するしかないだろう。
「ごめんなさい」と、ハーレイに頭を下げて。
ハーレイの方が悪いと思っていたって、其処の所は、グッと堪えて。
(……ハーレイ、最強……)
食事を大盛りにして出すだけで、ぼくが謝りに行くんだから、と可笑しくなる。
今のハーレイも料理が得意で、作るのも好きで、一人暮らしでも自炊をしているほど。
料理を作るのが苦になるどころか、楽しみながら毎日やっているのに…。
(ぼくと喧嘩になった時には、ドンと大盛りにするだけで…)
ブルーが詫びを入れに来るのだから、どう考えても最強だろう。
武器は「おたま」や「しゃもじ」の類で、自在に操り、ブルーを倒す。
美味しい料理をドッサリ作って、器にたっぷり盛り付けて。
「残した時には、二度と作ってやらないからな」と、脅迫めいたメモを隣に添えて。
(…ホントに強すぎ…)
勝てやしない、と肩を竦めて、未来の自分が気の毒になった。
ハーレイと派手に喧嘩をやらかし、捨て台詞を吐いて、部屋を出たまではいいけれど…。
(廊下で会っても、プイッて知らん顔をして…)
無視して得意になっていたのに、ハーレイが「飯だぞ!」とだけ言いに来る。
ブルーが立てこもっている部屋の前で、扉を叩いて、大きな声で。
「俺はもう、先に食ったからな」と、「後はお前が好きな時に食え!」とも付け足して。
(…ハーレイの顔なんか、見てやるもんか、って…)
返事もしないで放っておいて、少し経ってから扉を開けて、ダイニングへ。
普段はハーレイと食事するテーブル、其処で一人で食べようと。
(…食べ終わったら、お皿も洗わずに放っておこう、って…)
まだプリプリと怒りながらも、お腹は減るから、食事には行く。
そうして、其処で目にするものは…。
(大盛りになってる凄い量の食事と、「残すな」ってメモ…)
「皿はきちんと洗っておけよ」のメモが無くても、大盛りと「残すな」だけで充分。
未来のブルーは大ダメージで、打ちのめされることだろう。
「この量を、ぼくが一人で食べるの?」と。
少しでも残してしまったが最後、ハーレイは二度と作ってくれない。
そうなったならば、自分で何か作って食べるか…。
(外へ食べに出掛けて行くしかなくって…)
そういうブルーを横目で見ながら、ハーレイは自分の分の食事を鼻歌交じりに楽しく作る。
わざとコトコト音を立てたり、長い時間をかけてじっくり料理したり、といった具合に。
(それって、惨めすぎるから…!)
あんまりだよね、と悲しくなってくるから、未来のブルーは詫びるしかない。
たとえ「ハーレイの方が悪いんだよ!」と思っていても。
まだまだ文句を言い足りなくても、白旗を掲げて降参するだけ。
「ごめんなさい」と、「だから、ぼくにも食べさせてよ」と頭を下げて。
(…まさか料理で、ぼくが謝るしか無いなんて…)
情けないよね、と悔しいけれども、料理の腕では敵わない。
ついでに今のチビの自分が、結婚までに料理の腕を磨くというのも難しそう。
(向き不向きっていうのもあるし…)
前の自分も厨房に立った経験は無いし、せいぜい、前のハーレイの手伝いくらい。
だから今度の自分にしたって、母の手伝いが精一杯といった所だろう。
(今のハーレイの大好物の、パウンドケーキだけは…)
なんとか覚えて作りたいけれど、それだって上手くゆくのかどうか。
今のハーレイの母が作るのと、同じ味だと聞く「今の自分」の母が焼くケーキを…。
(ちゃんと再現出来るようになるには、何年もかかっちゃうのかも…)
そうなってくると、未来の自分に「料理」という名の武器は無い。
「パウンドケーキ、二度と作ってあげないからね!」と言い放ったって、武器はそれだけ。
(…ケーキくらい、食べ損なったって…)
ハーレイは何も困りはしないし、「そうか、それなら俺が焼くかな」と言い出しそう。
もう早速に、ケーキの材料を量り始めて。
「今ある材料で作れるヤツは…」と、冷蔵庫や戸棚を覗き込んで。
(でもって、おやつの時間になったら…)
キッチンの方から、美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。
「ハーレイが自分用に作ったケーキ」が、オーブンの中で焼き上がって。
それを取り出し、コーヒー党のくせに紅茶まで淹れて、ハーレイが一人でティータイム。
「よし、なかなかに上手く焼けたな」などと、大きな声で独り言を言いながら。
「実に美味い」と、「我ながら、これは大傑作だぞ」と自画自賛して。
(…ぼくが謝りに出て行かないと、ハーレイ、美味しいケーキを全部…)
一人で食べてしまうんだから、と思うものだから、ケーキの場合も降参あるのみ。
ケーキではなくて、パイが焼けても。
あるいはホカホカと湯気を立てている、中華饅頭が蒸し上がっても。
(…もう完全に敗北だってば…!)
食事で来られても、おやつで来ても…、と未来の自分の惨敗が目に見えるよう。
ハーレイはただ、普段通りにキッチンに立って、調理用の器具を操るだけ。
それだけで未来のブルーを倒せて、美味しい料理やお菓子も出来る。
「おたま」や「しゃもじ」やフライパンやら、オーブンなんかも武器に仕立てて。
(……ということは、もっと強烈な最終兵器は……)
家出じゃないの、と背筋が凍り付いた。
確かに「ハーレイの家」だけれども、だからといって「家出してはならない」わけではない。
そんな決まりは何処にも無いし、ハーレイがブルーに最後通牒を突き付けるなら…。
「俺は、この家を出て行くからな!」と荷物を纏めて、玄関から出て行けばいい。
大股で庭をズンズン横切り、愛車に乗り込み、エンジンをかけて…。
(ガレージから、車ごと出て行っちゃって…)
それっきり二度と戻って来なくて、「ブルー」は家に一人きり。
最初の間は、「好きにしたら?」と舌まで出して、勝ち誇った気でいそうだけれど…。
(…ハーレイが出てった時間によっては…)
たちまち困るかもしれない。
お腹が空いて来たというのに、食べられる料理が何処にも無くて。
冷蔵庫の中にも残り物は無くて、あるのは戸棚のパンくらいで。
(…一食くらいは、パンにバターとか、ジャムだとか…)
ちょっと工夫して、溶けるチーズを乗っけてみたり、と二食目も乗り切れるかもしれない。
けれども、多分、其処までが…。
(ぼくの限度で、ママたちの家に御飯を食べに行くとか、外で食べるとか…)
あるいは何かを買って来るとか、もはや「自分の腕」では無理。
冷蔵庫に食材が詰まっていたって、どうすることも出来はしなくて…。
(もう駄目だよ、って泣きそうな頃に、ハーレイが…)
窓を外からコンと叩いて、「冷蔵庫!」という声がするのだろう。
「中の食材、無駄にするなよ」と、「駄目にしたら、俺は二度と帰って来ないからな!」と。
(…そういう時に限って、うんと難しそうな…)
食材ばっかり詰まってるんだよ、という気がするから、もう泣きながら謝るしかない。
「ごめんなさい!」と、「ぼくには無理だから、ハーレイ、作って…!」と。
(…これって、文字通りに、最終兵器…)
メギドより怖い気がするんだけれど、とブルーは震え上がる。
「メギドだったら、前のぼく、壊せたんだけど…」と、今の自分をよく考えてみて。
料理なんかは出来そうになくて、今のハーレイには勝てそうもない腕前では…。
(…ハーレイ、倒せないんだから…!)
家出されちゃったら、おしまいだよ、と首をブンブンと横に振るしかない。
ハーレイが家出をしてしまったら、降参するしか無さそうだから。
「そうか、お前には、やっぱり無理か」と、ハーレイが意地悪そうな顔で嘲笑っても。
「だったら、謝るしかないよな、お前?」と、偉そうに胸を張りながら、威張られても…。
家出されちゃったら・了
※ハーレイ先生と喧嘩した場合、食事で困りそうなブルー君。自分では上手く作れなくて。
その状況でハーレイ先生に家出されたら、大惨事。メギド以上の最終兵器は料理らしいですv
後姿だって見ていない、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は古典の授業が無かった上に、廊下でさえもハーレイに会えはしなかった。
何処かに姿が無いだろうか、と窓から見ても、帰りにグラウンドを見渡した時も…。
(ハーレイ、何処にもいなくって…)
仕事の帰りに来てくれるかも、と待っていたのに、ハーレイの愛車は来なかった。
ツイていない、と残念だけれど、こういう日だって少なくない。
別々の家で暮らす以上は、仕方ないとも言えるだろう。
(結婚したら、毎日、一緒に暮らすんだから…)
それまでの我慢で、結婚した後は、顔を見られない日の方が珍しくなる。
第一、顔を見られない日など、あるのかどうか。
(泊まりがけの研修とかでも、同じホテルに部屋を取ったら…)
ハーレイは其処に帰って来るから、昼食はともかく、朝食と夕食は二人で食べる。
昼休みだって、ハーレイは部屋に来るかもしれない。
配られた自分のお弁当を持って、ブルー用のも何処かで調達して来て。
(そうなるかもね?)
名物が入ったお弁当とか…、と大きく頷く。
「ハーレイだったら、きっとそうだよ」と、「お昼御飯が、お弁当だったら」と。
そんな具合で、会えない日などは全く無くなるかもしれない。
いつも、いつでも、どんな時でも、ハーレイと離れる日などは無くて。
(前のぼくたちも、そうだったんだし…)
今度も似たようなことになりそう、とクスッと笑った。
「時代も場所も変わっちゃったけど、やってることは同じだよね」と嬉しくなって。
青い地球まで辿り着いても、二人の暮らしは、遠い昔に夢に見た通り。
シャングリラという船が無くなり、ソルジャーでも、キャプテンでもなくなっても。
「ただのハーレイ」と「ブルー」になっても、「いつも一緒」と心が温かくなる。
本物の地球で生きてゆけるし、ハーレイと離れることなど二度と無いから。
時の彼方で、メギドで泣きながら死んだ時には、こんな日が来るとは思わなかった。
それを思えば、今日みたいに会えない日が「たまに」あっても、文句は言えないだろう。
神様の粋な計らいのお蔭で、あと何年か待てば、ハーレイと結婚出来るのだから。
(そしたら、二度と離れることなんか無くて…)
ハーレイの顔を見られない日は、ホントのホントに無くなるかも、と気持ちが浮き立つ。
「あと少しだけの我慢だものね」と、自分自身に言い聞かせて。
(…結婚したら、ハーレイの家で暮らすんだから…)
ハーレイが家出でもしない限りは、嫌でも顔を合わせる日々。
前の生では酷い喧嘩はしなかったけれど、今度はするかもしれなくて…。
(ハーレイなんか大嫌いだ、って叫んで、怒って…)
「自分」が家出することはあっても、ハーレイの方はしないだろう。
なんと言っても其処は「ハーレイの家」で、ハーレイが出てゆくわけもないから。
(大喧嘩をして、お互い、頭に来たって…)
家出するのは「ブルー」の方で、ハーレイは家から動かない。
廊下でブルーと出くわす度に、露骨に顔を顰めても。
「お前なんか、俺は知らないからな!」とプイと顔を背けて、口さえ利いてくれなくても。
(それでも、ぼくの分の御飯は…)
ハーレイが「自分のを作るついでに」作ってくれて、テーブルにドンと置いてありそう。
怒っているから、嫌がらせとばかりに、とんでもない量が盛ってあっても。
(…ぼくが普段に食べてる量の、二倍はあるっていう勢いで…)
おかずも御飯も、恐ろしいほどの大盛りサイズ。
スープや味噌汁も、「おかわりは鍋にあるから、温めて食え」とメモがついている。
だからテーブルの上には、当然のように、こう書かれたメモ。
「残さずに全部、綺麗に食えよ。残したら、二度と作ってやらないからな!」と大きな字で。
(…ぼく、それだけで降参しそう…)
一食くらいは何とかなっても、三食は無理、という気がする。
胃袋が悲鳴を上げてしまって、いくら美味しくても食べ切れなくて。
(早くハーレイに謝らないと…)
食事を作って貰えなくなるから、降参するしかないだろう。
「ごめんなさい」と、ハーレイに頭を下げて。
ハーレイの方が悪いと思っていたって、其処の所は、グッと堪えて。
(……ハーレイ、最強……)
食事を大盛りにして出すだけで、ぼくが謝りに行くんだから、と可笑しくなる。
今のハーレイも料理が得意で、作るのも好きで、一人暮らしでも自炊をしているほど。
料理を作るのが苦になるどころか、楽しみながら毎日やっているのに…。
(ぼくと喧嘩になった時には、ドンと大盛りにするだけで…)
ブルーが詫びを入れに来るのだから、どう考えても最強だろう。
武器は「おたま」や「しゃもじ」の類で、自在に操り、ブルーを倒す。
美味しい料理をドッサリ作って、器にたっぷり盛り付けて。
「残した時には、二度と作ってやらないからな」と、脅迫めいたメモを隣に添えて。
(…ホントに強すぎ…)
勝てやしない、と肩を竦めて、未来の自分が気の毒になった。
ハーレイと派手に喧嘩をやらかし、捨て台詞を吐いて、部屋を出たまではいいけれど…。
(廊下で会っても、プイッて知らん顔をして…)
無視して得意になっていたのに、ハーレイが「飯だぞ!」とだけ言いに来る。
ブルーが立てこもっている部屋の前で、扉を叩いて、大きな声で。
「俺はもう、先に食ったからな」と、「後はお前が好きな時に食え!」とも付け足して。
(…ハーレイの顔なんか、見てやるもんか、って…)
返事もしないで放っておいて、少し経ってから扉を開けて、ダイニングへ。
普段はハーレイと食事するテーブル、其処で一人で食べようと。
(…食べ終わったら、お皿も洗わずに放っておこう、って…)
まだプリプリと怒りながらも、お腹は減るから、食事には行く。
そうして、其処で目にするものは…。
(大盛りになってる凄い量の食事と、「残すな」ってメモ…)
「皿はきちんと洗っておけよ」のメモが無くても、大盛りと「残すな」だけで充分。
未来のブルーは大ダメージで、打ちのめされることだろう。
「この量を、ぼくが一人で食べるの?」と。
少しでも残してしまったが最後、ハーレイは二度と作ってくれない。
そうなったならば、自分で何か作って食べるか…。
(外へ食べに出掛けて行くしかなくって…)
そういうブルーを横目で見ながら、ハーレイは自分の分の食事を鼻歌交じりに楽しく作る。
わざとコトコト音を立てたり、長い時間をかけてじっくり料理したり、といった具合に。
(それって、惨めすぎるから…!)
あんまりだよね、と悲しくなってくるから、未来のブルーは詫びるしかない。
たとえ「ハーレイの方が悪いんだよ!」と思っていても。
まだまだ文句を言い足りなくても、白旗を掲げて降参するだけ。
「ごめんなさい」と、「だから、ぼくにも食べさせてよ」と頭を下げて。
(…まさか料理で、ぼくが謝るしか無いなんて…)
情けないよね、と悔しいけれども、料理の腕では敵わない。
ついでに今のチビの自分が、結婚までに料理の腕を磨くというのも難しそう。
(向き不向きっていうのもあるし…)
前の自分も厨房に立った経験は無いし、せいぜい、前のハーレイの手伝いくらい。
だから今度の自分にしたって、母の手伝いが精一杯といった所だろう。
(今のハーレイの大好物の、パウンドケーキだけは…)
なんとか覚えて作りたいけれど、それだって上手くゆくのかどうか。
今のハーレイの母が作るのと、同じ味だと聞く「今の自分」の母が焼くケーキを…。
(ちゃんと再現出来るようになるには、何年もかかっちゃうのかも…)
そうなってくると、未来の自分に「料理」という名の武器は無い。
「パウンドケーキ、二度と作ってあげないからね!」と言い放ったって、武器はそれだけ。
(…ケーキくらい、食べ損なったって…)
ハーレイは何も困りはしないし、「そうか、それなら俺が焼くかな」と言い出しそう。
もう早速に、ケーキの材料を量り始めて。
「今ある材料で作れるヤツは…」と、冷蔵庫や戸棚を覗き込んで。
(でもって、おやつの時間になったら…)
キッチンの方から、美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。
「ハーレイが自分用に作ったケーキ」が、オーブンの中で焼き上がって。
それを取り出し、コーヒー党のくせに紅茶まで淹れて、ハーレイが一人でティータイム。
「よし、なかなかに上手く焼けたな」などと、大きな声で独り言を言いながら。
「実に美味い」と、「我ながら、これは大傑作だぞ」と自画自賛して。
(…ぼくが謝りに出て行かないと、ハーレイ、美味しいケーキを全部…)
一人で食べてしまうんだから、と思うものだから、ケーキの場合も降参あるのみ。
ケーキではなくて、パイが焼けても。
あるいはホカホカと湯気を立てている、中華饅頭が蒸し上がっても。
(…もう完全に敗北だってば…!)
食事で来られても、おやつで来ても…、と未来の自分の惨敗が目に見えるよう。
ハーレイはただ、普段通りにキッチンに立って、調理用の器具を操るだけ。
それだけで未来のブルーを倒せて、美味しい料理やお菓子も出来る。
「おたま」や「しゃもじ」やフライパンやら、オーブンなんかも武器に仕立てて。
(……ということは、もっと強烈な最終兵器は……)
家出じゃないの、と背筋が凍り付いた。
確かに「ハーレイの家」だけれども、だからといって「家出してはならない」わけではない。
そんな決まりは何処にも無いし、ハーレイがブルーに最後通牒を突き付けるなら…。
「俺は、この家を出て行くからな!」と荷物を纏めて、玄関から出て行けばいい。
大股で庭をズンズン横切り、愛車に乗り込み、エンジンをかけて…。
(ガレージから、車ごと出て行っちゃって…)
それっきり二度と戻って来なくて、「ブルー」は家に一人きり。
最初の間は、「好きにしたら?」と舌まで出して、勝ち誇った気でいそうだけれど…。
(…ハーレイが出てった時間によっては…)
たちまち困るかもしれない。
お腹が空いて来たというのに、食べられる料理が何処にも無くて。
冷蔵庫の中にも残り物は無くて、あるのは戸棚のパンくらいで。
(…一食くらいは、パンにバターとか、ジャムだとか…)
ちょっと工夫して、溶けるチーズを乗っけてみたり、と二食目も乗り切れるかもしれない。
けれども、多分、其処までが…。
(ぼくの限度で、ママたちの家に御飯を食べに行くとか、外で食べるとか…)
あるいは何かを買って来るとか、もはや「自分の腕」では無理。
冷蔵庫に食材が詰まっていたって、どうすることも出来はしなくて…。
(もう駄目だよ、って泣きそうな頃に、ハーレイが…)
窓を外からコンと叩いて、「冷蔵庫!」という声がするのだろう。
「中の食材、無駄にするなよ」と、「駄目にしたら、俺は二度と帰って来ないからな!」と。
(…そういう時に限って、うんと難しそうな…)
食材ばっかり詰まってるんだよ、という気がするから、もう泣きながら謝るしかない。
「ごめんなさい!」と、「ぼくには無理だから、ハーレイ、作って…!」と。
(…これって、文字通りに、最終兵器…)
メギドより怖い気がするんだけれど、とブルーは震え上がる。
「メギドだったら、前のぼく、壊せたんだけど…」と、今の自分をよく考えてみて。
料理なんかは出来そうになくて、今のハーレイには勝てそうもない腕前では…。
(…ハーレイ、倒せないんだから…!)
家出されちゃったら、おしまいだよ、と首をブンブンと横に振るしかない。
ハーレイが家出をしてしまったら、降参するしか無さそうだから。
「そうか、お前には、やっぱり無理か」と、ハーレイが意地悪そうな顔で嘲笑っても。
「だったら、謝るしかないよな、お前?」と、偉そうに胸を張りながら、威張られても…。
家出されちゃったら・了
※ハーレイ先生と喧嘩した場合、食事で困りそうなブルー君。自分では上手く作れなくて。
その状況でハーレイ先生に家出されたら、大惨事。メギド以上の最終兵器は料理らしいですv
(今日は会い損なっちまったなあ…)
それでも明日は会えるだろうさ、とハーレイはブルーの面影を頭に描く。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
今日はブルーと、全く顔を合わせなかった。
お互い、同じ学校にいたというのに、すれ違った覚えさえも無い。
ブルーの方も、きっと今頃、ガッカリしていることだろう。
「今日はハーレイに会えなかったよ」と、家に寄ってくれなかったことも含めて。
(たまにあるんだ、こういう時が)
前の俺たちだと考えられんな、とシャングリラの時代に思いを馳せる。
遠く遥かな時の彼方では、船の中だけが世界の全てだった。
しかもハーレイはキャプテンだったし、ブルーは皆を纏めるソルジャー。
(…たとえ喧嘩をしちまったって…)
船の頂点とも言える二人が「会わない」わけにはいかなかった。
会議はもちろん、青の間での朝食などもあったし、嫌でも顔を合わせるしかない。
(まあ、会いたくもない程の喧嘩なんぞは…)
しちゃいないがな、と思うけれども、今の生ではどうなるだろうか。
ブルーが結婚出来る年になったら、一緒に暮らすと決めている。
この家にブルーの部屋を作って、仕事で出掛ける時間以外は、常にブルーと…。
(二人っきりで、うんと幸せな毎日で…)
何処へ行くのも一緒なんだ、と甘い夢を見る日々だけれども、未来のことは分からない。
今のブルーは、前のブルーと同じ魂、同じ記憶を持ってはいても、育ち方が違う。
本物の両親を持っている上、幼い時代の記憶もある。
その分、我慢ばかりだった前のブルーよりも、我儘に出来ているものだから…。
(ちょっとしたことで機嫌を損ねちまって、プイと部屋から出て行って…)
それきり何日も口を利かずに、膨れっ放しということもあるかもしれない。
同じ家で暮らしているというのに、「いってらっしゃい」とも言わないブルー。
仕事が終わって帰って来たって、「おかえりなさい」の言葉も無しで。
そうなったとしても不思議は無いな、と苦笑する内に、ポンと浮かんで来た言葉。
(……家出……)
今度のあいつは出来るんだ、と「家出」なる単語に愕然とした。
口を利かないどころではなくて、ブルーが家から「いなくなる」。
荷物を纏めて、「当分、帰らないからね!」と捨て台詞を残して、出て行って。
着替えなどを詰めた大きな鞄を提げて、「家ではない」何処かへ行ってしまって。
(…前のあいつだと、そういうわけにはいかなくて…)
ソルジャーでなくても、そいつは無理だ、と考えなくても答えは出て来る。
ミュウは人類に追われていたから、いくらブルーでも「外の世界」では生きられない。
正確に言えば、サイオンで情報操作などをしたなら、生きてゆくことは出来るけれども…。
(周りに仲間は誰もいなくて、敵陣の中での暮らしってヤツで…)
心が落ち着くわけもないから、ブルーが暮らせる世界ではない。
毎日が緊張の連続だなんて、誰だって音を上げるだろう。
(しかし、今度のあいつの場合は…)
怒って家から出て行ったって、生きてゆける場所は幾らでもある。
まずはブルーが育った家で、ブルーが使っていた部屋が「そのまま」あるだろうから…。
(暫く此処で暮らすからね、と…)
家に上がり込んで、勝手知ったる「元の家」の廊下をズンズン進んで…。
(元の自分の部屋に入って、鞄を置いて…)
中身を引っ張り出すのではなく、鞄は其処に放り出しておいて、向かう先は恐らく階下の部屋。
ダイニングなのか、キッチンなのか、とにかく、母がいそうな場所へ。
(ママ、ぼくのおやつは何かあるの、と…)
ケーキやらパイといった菓子が目当てで、それがあったら、早速、食べる。
家に置いて来た「ハーレイ」なんぞは、綺麗サッパリ忘れ去って。
「ママのお菓子は美味しいよね」などと、御機嫌になって。
(…何かあったの、と質問されてもだな…)
今のブルーなら、「言いたくないよ!」の一言で切って、バッサリと捨てることだろう。
悪いのは「ハーレイの方」なんだから、と怒り心頭、理由など話す必要も無い。
顔も見たくない相手の話は、するだけで腹が立って来るから。
(…お母さんだって、その辺はだな…)
察して「そうね」で終わってしまって、ブルーは元通りに家の住人、怒ったままで。
ブルーが家から出て行った場合、一番に浮かぶ行先が「実家」。
人間が地球しか知らなかった時代は、定番の家出の先だったらしい。
嫁に来た妻が「実家に帰らせて頂きます!」と荷物を纏めて、帰って行ってしまう元の家。
時には子供たちも引き連れ、家には夫だけを残して、何もかも放り出してしまって。
(…うーむ…)
今のあいつなら、やりかねないぞ、と思えてしまうから恐ろしい。
のびのびと育てられたブルーは、前のブルーよりも我儘な上に、我慢も出来ない。
現に今でも、じきに怒って、頬っぺたをプウッと膨らませる。
子供の間はそれで済むけれど、一緒に暮らし始めたら…。
(膨れるどころか、荷物を纏めて出て行っちまって…)
帰って来そうにないんだが、と眉間に手をやった。
「そうなるかもな」と、未来の自分が容易に想像出来る。
ブルーに家出をされてしまって、途方に暮れている「ハーレイ」が。
(…実家だったら、まだいいんだが…)
謝りに行くのも簡単だしな、と土下座する自分が頭に浮かぶ。
ブルーを育てた両親の家なら、いくらブルーが怒っていたって、中には入れて貰えるだろう。
玄関を開けるのは、ブルーの母か父だから。
「ブルー君に謝りに来ました」と玄関先で告げたら、逆に謝られるかもしれない。
恐縮しながら「すみません、ブルーが御迷惑をお掛けしているようで…」と。
更には「どうぞ入って、中でお茶でも」と、招き入れられて「客人」扱い。
(お茶とお菓子を御馳走になって、それから二階へ行ってだな…)
ブルーの部屋の前で「すまん」と土下座で、詫びを入れる日々。
せっせと通って、ブルーの怒りが解けるまで。
閉まったままの部屋の扉が開いて、中からブルーが出て来るまで。
「分かったよ、ハーレイと一緒に帰るよ」と、お許しが出たら、家出はおしまい。
出て来たブルーを愛車に乗せて、二人で家へと帰ってゆく。
車の中では、助手席のブルーが恩着せがましく、「懲りておいてよね」と文句でも。
「次は無いよ」と膨れっ面でも、連れて帰れたらそれでいい。
帰ってブルーをギュッと抱き締め、「悪かった」と謝り、キスをしたなら…。
(あいつの怒りも、いつの間にやら…)
雪のようにすっかり溶けてしまって、また元通りの、幸せな日々が戻るだろうから。
(…よしよしよし…)
土下座くらいはお安いモンだ、と思うけれども、この手が何処でも通用するとは限らない。
家出したブルーの行先によっては、土下座の余地も無いかもしれない。
謝りたくて訪ねて行っても、「門前払い」というヤツで。
お茶とお菓子が出て来る代わりに、玄関先で追い払われる。
(…その玄関にも立てないだとか…)
ありそうだよな、と頭を抱えたくなる、ブルーが行きそうな場所の心当たりが一つ。
(……俺の親父と、おふくろの家……)
二人とも、ブルーに甘そうだしな、と両親の人柄が恨めしい。
あの二人ならば、「実の息子」よりも、ブルーの方を取るだろう。
怒って家を出て来たブルーが、隣町に住むハーレイの両親の家の扉を叩いたら…。
(おふくろは、「あら、どうしたの」で…)
親父の方も同じだよな、と二人の反応に頭が痛い。
ブルーが家出をして来たことは、大きな荷物と、「ハーレイがいない」現実で分かる。
二人はブルーの母と同じく、「察して」ブルーを迎え入れて…。
(この部屋を好きに使えばいい、と…)
普段なら、ハーレイと一緒に泊まるだろう部屋、其処にブルーを住まわせる。
自分たちの息子が何をしたのか、ブルーに理由を聞きもしないで。
「いつまでも此処にいて構わないから」と、食事も、おやつも提供して。
(でもって、俺がブルーに詫びに行ったら…)
ガレージに車を停めた途端に、父が飛び出して来そうな感じ。
「何しに来た!」と仁王立ちされて、車のドアを開けることさえ出来ないで…。
(追い返されて、すごすごと…)
方向転換、元来た道を帰ってゆくしかないかもしれない。
両親はブルーの味方なのだし、充分、ありそう。
(そうやって、俺を追い返したら…)
父は「ハーレイが来たから、追っ払ったぞ」とブルーに誇らしげに語ることだろう。
「あいつに庭の土は踏ません」と、「ブルー君が許す気になるまで、追い払うから」と。
つまり玄関先にも立てない、とても厳しい戦いになる。
ブルーに向かって土下座しようにも、其処まで辿り着けないから。
なんとも困った、ブルーが行きそうな「家出先」。
実家に帰って行かれた方が、まだしもマシと言えるけれども、選ぶのはブルー。
ついでに言うなら、もっと悲惨なケースもある。
(…あいつにも、友達、いるからなあ…)
その友達の家に行かれたら、行先がまるで分からない。
ブルーが「友達の家に泊まっている」のは、なんとか把握出来たとしても…。
(どの友達の家かってトコが、まず問題で…)
それを掴むのは、簡単なことではないだろう。
片っ端から通信を入れて、「ブルー君が、お宅に泊まってますか?」と尋ねても…。
(ブルーが「いないと言っといて!」と言おうものなら…)
友達は当然、そう言うだろうし、心当たりのある先が、全て「来ていない」になる。
その内のどれが「当たり」なのかは、サイオンを使わない限り…。
(分かりゃしないし、サイオンは使わないのが社会のマナーで…)
お手上げじゃないか、と泣きたいような気分になる。
ブルーの居場所が分からないのでは、門前払いよりもまだ酷い。
門前払いをされる場合は、「其処までは行った」事実があるから、それを重ねれば…。
(ブルーの気持ちも、その内にだな…)
変わるだろうし、怒りも解けてくることだろう。
ところが、それも出来ないケースが「友達の家」に行かれてしまった時。
そうそう何度も「ブルー君は来ていますか?」と訊けはしないし、様子を探りに行こうにも…。
(友達に現場を見付かっちまって、「ハーレイ先生の車が来てたみたいだぞ」と…)
ブルーに報告されてしまおうものなら、逆効果になる危険が非常に高い。
それを聞いたブルーが、「ハーレイ、こそこそ嗅ぎ回ってるの!?」と顔を強張らせて。
「なんで素直に謝らないの」と、「手紙でも置いて行けばいいじゃない!」と。
(…そうか、手紙か…!)
そいつをポストに入れて帰れば…、と思ったけれども、入れるポストはどれなのか。
(…どの友達の家かが、分からないんだが…!)
まるで打つ手が無いじゃないか、と頭痛がしそうで、「これは駄目だな」と低く唸った。
家出されたら、場合によってはおしまいらしい。
土下座しようにも、其処にも辿り着けないで。
謝るどころか裏目に出続け、ブルーは帰って来てくれなくて…。
家出されたら・了
※今のブルー君を怒らせたら、家出されるかも、と考え始めたハーレイ先生ですけれど。
ブルー君が選んだ家出先によっては、厄介なことになりそうです。土下座で詫びるのも無理v
それでも明日は会えるだろうさ、とハーレイはブルーの面影を頭に描く。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
今日はブルーと、全く顔を合わせなかった。
お互い、同じ学校にいたというのに、すれ違った覚えさえも無い。
ブルーの方も、きっと今頃、ガッカリしていることだろう。
「今日はハーレイに会えなかったよ」と、家に寄ってくれなかったことも含めて。
(たまにあるんだ、こういう時が)
前の俺たちだと考えられんな、とシャングリラの時代に思いを馳せる。
遠く遥かな時の彼方では、船の中だけが世界の全てだった。
しかもハーレイはキャプテンだったし、ブルーは皆を纏めるソルジャー。
(…たとえ喧嘩をしちまったって…)
船の頂点とも言える二人が「会わない」わけにはいかなかった。
会議はもちろん、青の間での朝食などもあったし、嫌でも顔を合わせるしかない。
(まあ、会いたくもない程の喧嘩なんぞは…)
しちゃいないがな、と思うけれども、今の生ではどうなるだろうか。
ブルーが結婚出来る年になったら、一緒に暮らすと決めている。
この家にブルーの部屋を作って、仕事で出掛ける時間以外は、常にブルーと…。
(二人っきりで、うんと幸せな毎日で…)
何処へ行くのも一緒なんだ、と甘い夢を見る日々だけれども、未来のことは分からない。
今のブルーは、前のブルーと同じ魂、同じ記憶を持ってはいても、育ち方が違う。
本物の両親を持っている上、幼い時代の記憶もある。
その分、我慢ばかりだった前のブルーよりも、我儘に出来ているものだから…。
(ちょっとしたことで機嫌を損ねちまって、プイと部屋から出て行って…)
それきり何日も口を利かずに、膨れっ放しということもあるかもしれない。
同じ家で暮らしているというのに、「いってらっしゃい」とも言わないブルー。
仕事が終わって帰って来たって、「おかえりなさい」の言葉も無しで。
そうなったとしても不思議は無いな、と苦笑する内に、ポンと浮かんで来た言葉。
(……家出……)
今度のあいつは出来るんだ、と「家出」なる単語に愕然とした。
口を利かないどころではなくて、ブルーが家から「いなくなる」。
荷物を纏めて、「当分、帰らないからね!」と捨て台詞を残して、出て行って。
着替えなどを詰めた大きな鞄を提げて、「家ではない」何処かへ行ってしまって。
(…前のあいつだと、そういうわけにはいかなくて…)
ソルジャーでなくても、そいつは無理だ、と考えなくても答えは出て来る。
ミュウは人類に追われていたから、いくらブルーでも「外の世界」では生きられない。
正確に言えば、サイオンで情報操作などをしたなら、生きてゆくことは出来るけれども…。
(周りに仲間は誰もいなくて、敵陣の中での暮らしってヤツで…)
心が落ち着くわけもないから、ブルーが暮らせる世界ではない。
毎日が緊張の連続だなんて、誰だって音を上げるだろう。
(しかし、今度のあいつの場合は…)
怒って家から出て行ったって、生きてゆける場所は幾らでもある。
まずはブルーが育った家で、ブルーが使っていた部屋が「そのまま」あるだろうから…。
(暫く此処で暮らすからね、と…)
家に上がり込んで、勝手知ったる「元の家」の廊下をズンズン進んで…。
(元の自分の部屋に入って、鞄を置いて…)
中身を引っ張り出すのではなく、鞄は其処に放り出しておいて、向かう先は恐らく階下の部屋。
ダイニングなのか、キッチンなのか、とにかく、母がいそうな場所へ。
(ママ、ぼくのおやつは何かあるの、と…)
ケーキやらパイといった菓子が目当てで、それがあったら、早速、食べる。
家に置いて来た「ハーレイ」なんぞは、綺麗サッパリ忘れ去って。
「ママのお菓子は美味しいよね」などと、御機嫌になって。
(…何かあったの、と質問されてもだな…)
今のブルーなら、「言いたくないよ!」の一言で切って、バッサリと捨てることだろう。
悪いのは「ハーレイの方」なんだから、と怒り心頭、理由など話す必要も無い。
顔も見たくない相手の話は、するだけで腹が立って来るから。
(…お母さんだって、その辺はだな…)
察して「そうね」で終わってしまって、ブルーは元通りに家の住人、怒ったままで。
ブルーが家から出て行った場合、一番に浮かぶ行先が「実家」。
人間が地球しか知らなかった時代は、定番の家出の先だったらしい。
嫁に来た妻が「実家に帰らせて頂きます!」と荷物を纏めて、帰って行ってしまう元の家。
時には子供たちも引き連れ、家には夫だけを残して、何もかも放り出してしまって。
(…うーむ…)
今のあいつなら、やりかねないぞ、と思えてしまうから恐ろしい。
のびのびと育てられたブルーは、前のブルーよりも我儘な上に、我慢も出来ない。
現に今でも、じきに怒って、頬っぺたをプウッと膨らませる。
子供の間はそれで済むけれど、一緒に暮らし始めたら…。
(膨れるどころか、荷物を纏めて出て行っちまって…)
帰って来そうにないんだが、と眉間に手をやった。
「そうなるかもな」と、未来の自分が容易に想像出来る。
ブルーに家出をされてしまって、途方に暮れている「ハーレイ」が。
(…実家だったら、まだいいんだが…)
謝りに行くのも簡単だしな、と土下座する自分が頭に浮かぶ。
ブルーを育てた両親の家なら、いくらブルーが怒っていたって、中には入れて貰えるだろう。
玄関を開けるのは、ブルーの母か父だから。
「ブルー君に謝りに来ました」と玄関先で告げたら、逆に謝られるかもしれない。
恐縮しながら「すみません、ブルーが御迷惑をお掛けしているようで…」と。
更には「どうぞ入って、中でお茶でも」と、招き入れられて「客人」扱い。
(お茶とお菓子を御馳走になって、それから二階へ行ってだな…)
ブルーの部屋の前で「すまん」と土下座で、詫びを入れる日々。
せっせと通って、ブルーの怒りが解けるまで。
閉まったままの部屋の扉が開いて、中からブルーが出て来るまで。
「分かったよ、ハーレイと一緒に帰るよ」と、お許しが出たら、家出はおしまい。
出て来たブルーを愛車に乗せて、二人で家へと帰ってゆく。
車の中では、助手席のブルーが恩着せがましく、「懲りておいてよね」と文句でも。
「次は無いよ」と膨れっ面でも、連れて帰れたらそれでいい。
帰ってブルーをギュッと抱き締め、「悪かった」と謝り、キスをしたなら…。
(あいつの怒りも、いつの間にやら…)
雪のようにすっかり溶けてしまって、また元通りの、幸せな日々が戻るだろうから。
(…よしよしよし…)
土下座くらいはお安いモンだ、と思うけれども、この手が何処でも通用するとは限らない。
家出したブルーの行先によっては、土下座の余地も無いかもしれない。
謝りたくて訪ねて行っても、「門前払い」というヤツで。
お茶とお菓子が出て来る代わりに、玄関先で追い払われる。
(…その玄関にも立てないだとか…)
ありそうだよな、と頭を抱えたくなる、ブルーが行きそうな場所の心当たりが一つ。
(……俺の親父と、おふくろの家……)
二人とも、ブルーに甘そうだしな、と両親の人柄が恨めしい。
あの二人ならば、「実の息子」よりも、ブルーの方を取るだろう。
怒って家を出て来たブルーが、隣町に住むハーレイの両親の家の扉を叩いたら…。
(おふくろは、「あら、どうしたの」で…)
親父の方も同じだよな、と二人の反応に頭が痛い。
ブルーが家出をして来たことは、大きな荷物と、「ハーレイがいない」現実で分かる。
二人はブルーの母と同じく、「察して」ブルーを迎え入れて…。
(この部屋を好きに使えばいい、と…)
普段なら、ハーレイと一緒に泊まるだろう部屋、其処にブルーを住まわせる。
自分たちの息子が何をしたのか、ブルーに理由を聞きもしないで。
「いつまでも此処にいて構わないから」と、食事も、おやつも提供して。
(でもって、俺がブルーに詫びに行ったら…)
ガレージに車を停めた途端に、父が飛び出して来そうな感じ。
「何しに来た!」と仁王立ちされて、車のドアを開けることさえ出来ないで…。
(追い返されて、すごすごと…)
方向転換、元来た道を帰ってゆくしかないかもしれない。
両親はブルーの味方なのだし、充分、ありそう。
(そうやって、俺を追い返したら…)
父は「ハーレイが来たから、追っ払ったぞ」とブルーに誇らしげに語ることだろう。
「あいつに庭の土は踏ません」と、「ブルー君が許す気になるまで、追い払うから」と。
つまり玄関先にも立てない、とても厳しい戦いになる。
ブルーに向かって土下座しようにも、其処まで辿り着けないから。
なんとも困った、ブルーが行きそうな「家出先」。
実家に帰って行かれた方が、まだしもマシと言えるけれども、選ぶのはブルー。
ついでに言うなら、もっと悲惨なケースもある。
(…あいつにも、友達、いるからなあ…)
その友達の家に行かれたら、行先がまるで分からない。
ブルーが「友達の家に泊まっている」のは、なんとか把握出来たとしても…。
(どの友達の家かってトコが、まず問題で…)
それを掴むのは、簡単なことではないだろう。
片っ端から通信を入れて、「ブルー君が、お宅に泊まってますか?」と尋ねても…。
(ブルーが「いないと言っといて!」と言おうものなら…)
友達は当然、そう言うだろうし、心当たりのある先が、全て「来ていない」になる。
その内のどれが「当たり」なのかは、サイオンを使わない限り…。
(分かりゃしないし、サイオンは使わないのが社会のマナーで…)
お手上げじゃないか、と泣きたいような気分になる。
ブルーの居場所が分からないのでは、門前払いよりもまだ酷い。
門前払いをされる場合は、「其処までは行った」事実があるから、それを重ねれば…。
(ブルーの気持ちも、その内にだな…)
変わるだろうし、怒りも解けてくることだろう。
ところが、それも出来ないケースが「友達の家」に行かれてしまった時。
そうそう何度も「ブルー君は来ていますか?」と訊けはしないし、様子を探りに行こうにも…。
(友達に現場を見付かっちまって、「ハーレイ先生の車が来てたみたいだぞ」と…)
ブルーに報告されてしまおうものなら、逆効果になる危険が非常に高い。
それを聞いたブルーが、「ハーレイ、こそこそ嗅ぎ回ってるの!?」と顔を強張らせて。
「なんで素直に謝らないの」と、「手紙でも置いて行けばいいじゃない!」と。
(…そうか、手紙か…!)
そいつをポストに入れて帰れば…、と思ったけれども、入れるポストはどれなのか。
(…どの友達の家かが、分からないんだが…!)
まるで打つ手が無いじゃないか、と頭痛がしそうで、「これは駄目だな」と低く唸った。
家出されたら、場合によってはおしまいらしい。
土下座しようにも、其処にも辿り着けないで。
謝るどころか裏目に出続け、ブルーは帰って来てくれなくて…。
家出されたら・了
※今のブルー君を怒らせたら、家出されるかも、と考え始めたハーレイ先生ですけれど。
ブルー君が選んだ家出先によっては、厄介なことになりそうです。土下座で詫びるのも無理v
(今よりも、うんと昔の地球には…)
色々なものが住んでた筈なんだけど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(だけど、今では…)
何の話も聞かないよね、と頭に描いているのは、今の時代はいないらしいもの。
魔物や怪物、妖精といった、神話や伝説に出て来る存在。
(まるっきりの嘘じゃない筈なんだよ)
だって神様はいるんだから、と自分の右の手を見詰める。
前の生の終わりに、その手はハーレイの温もりを落として失くしてしまった。
「もうハーレイには二度と会えない」と泣きじゃくりながら、前の自分はメギドで死んだ。
なのに「自分」は、新しい身体と命を貰って、青く蘇った地球の上にいる。
神からの贈り物の聖痕、それを背負って生まれて来た。
(お蔭で前の記憶が戻って、今のハーレイにも会えたんだから…)
神は確かにいるわけなのだし、神がいるなら、神話や伝説に出て来る「モノ」も…。
(本当にいた可能性ってヤツは、ゼロじゃないよね?)
それなのに今は何もいない、と顎に当てた手。
「ああいうものは、何処に行ったんだろう」と、「まさか、絶滅しちゃったとか?」と。
(…そうなのかも…?)
彼らが「地球でしか生きられない」なら、地球が滅びてしまった時に消えただろう。
死の星と化してしまった地球では、魔物も怪物も生きてゆくことが出来なくて。
(…幽霊だったら、どんな場所でも…)
いられそうだから、彼らが滅びることはなかった。
元々、死んでいるわけなのだし、地球に残された廃墟を彷徨い、他の場所でも…。
(現れてたから、前のぼくたちの時代にだって…)
幽霊の噂は流れ続けて、彼らを巡る怪談もあった。
もっとも、地球に幽霊が出るとは、一度も聞かなかったけれども。
(それはそうだと思うんだよ…)
地球が再生していないことは、当時の最高機密の一つ。
人類は機械に「地球は青い」と騙され続けて、地球という星を中心に据えて生きていた。
だから、その地球に幽霊がいても、誰も噂をしたりはしない。
地球に降りることを許可されていた、地球再生機構、リボーンの職員たちも。
(仕事で廃墟を回っていたら、其処に幽霊…)
いる筈もない遠い昔の人間たちが、現れたこともあるかもしれない。
歴史書でしか見ないような服、それを着た人が朽ちた高層ビルの谷間にいただとか。
(ありそうだけれど、幽霊を見た、って、仲間内では噂になっても…)
外部に流出させることなど、彼らに許されるわけもない。
当然、記録することも出来ず、噂は埋もれて、それきりになって…。
(人類もミュウも、何も知らないままで終わって…)
今の時代にも伝わることなく、それで「おしまい」になったのだろう。
幽霊は、いたと思うのに。
死の星になった地球だからこそ、彼らにとっては「死の国」そのもので、似合いの場所で。
(…幽霊は、そうやって生き続けたけど…)
死んでるのに、生きているなんて、と可笑しいけれども、いい表現を思い付かない。
とにかく幽霊は滅びることなく、SD体制の時代を乗り越え、今だって「いる」。
ところが魔物や怪物などは「とうの昔に」消えてしまって、SD体制が敷かれる前にも…。
(もう、いなかったみたいだから…)
彼らはとても繊細すぎて、滅びに向かい始めた地球では、生き辛かったに違いない。
汚染された水では妖精は生きてゆけないだろうし、魔物たちにも厳しい環境。
隠れ住む森や深い暗闇、そういった場所が無くなっていって。
(頑張って、何処かで息を潜めて…)
滅びの時代を乗り越えていたら、青い水の星が蘇った後、戻って来ることも出来ただろう。
今の地球には、お誂え向きの住処が幾つも出来ているから。
(…それなのに、噂が無いんだし…)
やっぱり滅びちゃったんだ、と溜息をついて、ハタと気付いた。
人間が退治し続けたのに、長い長い間、根絶出来ずに、出現し続けた魔物がいた、と。
遠い昔から人が恐れた、吸血鬼。
人の血を吸って生き続ける上、血を吸い尽くされて死んだ人間は…。
(同じ吸血鬼になってしまって、人の血を吸って…)
更に仲間が増えてゆくから、そうならないよう、昔の人間は彼らと戦い続けた。
様々な方法を編み出し、それを実践して。
二度と吸血鬼が現れないよう、あの手この手で防御もして。
(…それだけやっても、滅ぼせなくって…)
何千年も人は戦い続けて、今は「吸血鬼がいない」地球がある。
彼らも地球と一緒に滅びて、蘇ることはなかったろうか。
(…何千年も退治し続けていても、滅ぼすことが出来なかったのに…?)
そう簡単に滅びるかな、と不思議になる。
たとえ滅びた地球であろうが、幽霊と同じで「残っていそう」。
もっとも、リボーンの人間だけしかいない地球では、血を吸うことが出来なくて…。
(棺桶の中で眠っているしかなかったとか…?)
それとも灰になってたかもね、と吸血鬼を退治する方法を思い出す。
心臓に杭を打ち込んで息の根を止め、蘇らないよう、燃やして灰にしてしまう。
それでも彼らは「滅びることなく」何千年も生き永らえたのだし、灰になっても…。
(何年か経ったら、また目を覚まして…)
新しい死体を探しに出掛けて、その中に入り込んだだろうか。
そういう仕組みになっていたなら、何千年も退治し続けていても、けして滅ぼせはしない。
灰が再び吸血鬼になり、人の血を吸い始めるのなら。
(…だったら、今の時代にだって…)
ひっそりと生きているのかもね、と思ったはずみに、頭を掠めていった考え。
「前のハーレイなんかは、どう?」と。
死の星だった地球が燃え上がった時、前のハーレイは…。
(深い地の底で、崩れ落ちて来た瓦礫の下敷きになって…)
死んでいったのだし、死体は「地球にあった」ということになる。
燃え盛る地球と一緒に燃えてしまう前に、吸血鬼が目を付けたなら…。
(吸血鬼になってしまったかも?)
だって、新しい死体だものね、と大きく頷く。
かなり傷んでいたにしたって、吸血鬼なら平気だったかも、と。
吸血鬼の灰は、前のハーレイの死体が気に入るのでは、という気がする。
他の長老たちの死体もあったけれども、一つだけ選び出すのだったら、ハーレイ。
(…前のハーレイ、モテなかったから、其処の所は…)
少し問題ではあるのだけれども、他の要素も考慮するなら、一番良さそう。
虚弱なミュウには珍しく頑丈な身体だったし、年を取り過ぎてもいない。
ついでにレトロな趣味をしていて、木の机だの、羽根ペンだのを愛用したほど。
(…吸血鬼とは、うんと相性、良さそうだよね?)
だから選ばれちゃいそうだよ、と顎に当てた手。
「長老たちの中から、一人選ぶのなら、ハーレイだよね」と。
もっと深い場所では、ジョミーとキースも「死体になっていた」のだけれど…。
(…そこまでは、流石に深すぎて…)
吸血鬼の灰は辿り着けなくて、前のハーレイの死体に宿る。
「いいものがあった」と入り込んで。
「傷んだ部分は治せばいいさ」と、いそいそと。
(…そうやって灰が入り込んだら…)
地球が劫火に包まれようとも、死体は燃えはしないだろう。
吸血鬼ならではの神秘の力で守られ、シールドされたみたいになって。
(でもって、その中で傷を治して…)
すっかり傷が癒えてしまったならば、前のハーレイが目を覚ます。
「此処は何処だ?」と、鳶色の瞳を瞬かせて。
「俺は確かに死んだ筈だが」と、「ブルーは何処だ?」と。
(…死の国に来た、って思うよね?)
天国にしては暗すぎたって…、と地の底の暗さに思いを馳せる。
其処で「ハーレイ」は「ブルー」を探して、あちこち歩く間に気付く。
「俺は死んではいないらしい」と、其処が死の国ではないことに。
おまけに「自分」が、もう人間ではないことにも。
(…ミュウでも、人類でもなくて…)
吸血鬼になってしまったのだ、と真実を知ったら、前のハーレイはどうするだろう。
ショックで暫く落ち込んだ後は、血を吸いに出掛けてゆくのだろうか。
吸血鬼には、血が必要だから。
人間の血を吸わないことには、活動する力を失うから。
前のハーレイが意識を取り戻した時、地球が青く蘇っていたなら、人間はいる。
深い地の底から外に出たなら、前のハーレイは血を吸えるけれども…。
(…ハーレイ、そんなこと、しないと思う…)
どんなに喉が渇いていようと、自分自身が生き延びるために、人の血を吸うとは思えない。
きっとハーレイなら、そうする代わりに…。
(地球の地の底で、もう一度…)
深い眠りに就いてしまって、二度と目覚めはしないのだろう。
眠っていたなら、血は一滴も要りはしなくて、人を傷付けはしないから。
吸血鬼の自分を封印すれば、平和な時代が続くのだから。
(そうやって、ずっと眠り続けて…)
ぼくが生まれたことに気付いて目が覚めるんだ、と赤い瞳を煌めかせる。
「だって、ハーレイだよ?」と、「ぼくに気付かないわけがないもの」と。
けれども、生まれ変わったブルーは、まだ赤ん坊。
前の生の記憶も戻っていなくて、会いにゆくには早すぎる。
(だからハーレイ、また眠って…)
青い地球の上に生まれた「ブルー」が大きくなったら、目を覚ます。
「もういいだろう」と、生まれ変わって来た「ブルー」に会いにゆくために。
其処まで出掛けてゆくだけだったら、血を吸わなくても大丈夫だろう、と。
(ぼくの年は、きっと十八歳だよ)
前のぼくと同じ姿に育った頃、と想像の翼を羽ばたかせる。
ある夜、今よりも大きく育った自分が、ベッドの中で眠っていたら…。
(窓のカーテンが、ふわって揺れて…)
ハーレイが入って来るんだよね、と吸血鬼が持つ魔力を思う。
窓には鍵がかかっていたって、ハーレイには意味が無いだろう、と。
難なく開けて、前のハーレイが着ていたキャプテンの服で、「ブルー」の部屋に現れる。
「ブルー?」と、耳元で呼び掛けて。
「覚えていますか、私ですよ」と、「あなたに会いに来たのですよ」と。
(ハーレイの声を聞いた途端に、ぼくの記憶が戻るんだ)
聖痕なんか無くっても…、と運命の恋人との絆の強さには自信がある。
前のハーレイの温もりを失くして死んだ自分だけれども、絆は切れていなくって、と。
そうしてハーレイと再会を遂げた自分は、結婚出来る年になっている。
前の自分と同じ姿に育ってもいるし、もう早速に、恋人同士のキスを交わして…。
(ハーレイと、ちゃんと恋人同士に…)
なれる筈だよ、と思ったけれども、ハーレイは吸血鬼として蘇ったから、其処が問題。
「ブルーの家まで、会いに来る」のが精一杯で、力は残ってなどはいなくて…。
(…もう戻らなくてはいけませんから、お元気で、って…)
優しい微笑みを浮かべた後に、別れを告げて帰るのだろうか。
ハーレイが長く眠り続けた、地の底へ。
人の血を吸わずにいられるように、自分自身を封印しに。
(そんなの、嫌だよ…!)
もっとハーレイと一緒にいたい、と願うのだったら、その分の血を捧げるより他に道は無い。
ハーレイの身体を動かすためには、充分な量の血が要るのだから。
(…ぼくの血を吸っていいよ、って…)
ハーレイに言うのは簡単だけれど、必要な血はどれほどなのか。
それに自分の血を吸って貰っても、ハーレイは吸血鬼なのだから…。
(昼の間は寝てるしかなくて、夜しか動き回れなくって…)
デート出来るのは日が暮れてからで、それでハーレイが疲れ果てたら、後は寝るだけ。
働くことも出来ないだろうし、ハーレイと暮らしてゆきたいのなら…。
(学校を卒業したら、ぼくが頑張って働いて…)
ハーレイと暮らす家を守って、おまけにハーレイに血を分け与えないといけない生活。
吸血鬼のハーレイは食事もしないし、「働きに出ているブルー」の食事を作ろうにも…。
(昼間は外に出られないから、買い物にだって行けなくて…)
もしかして、買い物もぼくがするわけ、と愕然とする。
(ハーレイが吸血鬼になって戻って来たなら、ぼくは、とっても大変じゃない!)
血を分けられる分の元気は残ってるかな、と不安だけれども、それでも頑張ることだろう。
ハーレイが、魔物だったなら。
吸血鬼になってしまっていようと、ハーレイが好きで堪らないから。
(…ハーレイが、魔物だったなら…)
苦労しか無さそうな日に思えたって、まるで少しも構いはしない。
ハーレイと一緒に生きてゆけるのなら、貧血気味でも、ハーレイのために働く毎日でも…。
魔物だったなら・了
※前のハーレイが魔物だったなら、と想像してみたブルー君。吸血鬼になったハーレイ。
十八歳の姿で再会ですけど、ハーレイと暮らしてゆくのは大変そう。働くのもブルー君v
色々なものが住んでた筈なんだけど、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(だけど、今では…)
何の話も聞かないよね、と頭に描いているのは、今の時代はいないらしいもの。
魔物や怪物、妖精といった、神話や伝説に出て来る存在。
(まるっきりの嘘じゃない筈なんだよ)
だって神様はいるんだから、と自分の右の手を見詰める。
前の生の終わりに、その手はハーレイの温もりを落として失くしてしまった。
「もうハーレイには二度と会えない」と泣きじゃくりながら、前の自分はメギドで死んだ。
なのに「自分」は、新しい身体と命を貰って、青く蘇った地球の上にいる。
神からの贈り物の聖痕、それを背負って生まれて来た。
(お蔭で前の記憶が戻って、今のハーレイにも会えたんだから…)
神は確かにいるわけなのだし、神がいるなら、神話や伝説に出て来る「モノ」も…。
(本当にいた可能性ってヤツは、ゼロじゃないよね?)
それなのに今は何もいない、と顎に当てた手。
「ああいうものは、何処に行ったんだろう」と、「まさか、絶滅しちゃったとか?」と。
(…そうなのかも…?)
彼らが「地球でしか生きられない」なら、地球が滅びてしまった時に消えただろう。
死の星と化してしまった地球では、魔物も怪物も生きてゆくことが出来なくて。
(…幽霊だったら、どんな場所でも…)
いられそうだから、彼らが滅びることはなかった。
元々、死んでいるわけなのだし、地球に残された廃墟を彷徨い、他の場所でも…。
(現れてたから、前のぼくたちの時代にだって…)
幽霊の噂は流れ続けて、彼らを巡る怪談もあった。
もっとも、地球に幽霊が出るとは、一度も聞かなかったけれども。
(それはそうだと思うんだよ…)
地球が再生していないことは、当時の最高機密の一つ。
人類は機械に「地球は青い」と騙され続けて、地球という星を中心に据えて生きていた。
だから、その地球に幽霊がいても、誰も噂をしたりはしない。
地球に降りることを許可されていた、地球再生機構、リボーンの職員たちも。
(仕事で廃墟を回っていたら、其処に幽霊…)
いる筈もない遠い昔の人間たちが、現れたこともあるかもしれない。
歴史書でしか見ないような服、それを着た人が朽ちた高層ビルの谷間にいただとか。
(ありそうだけれど、幽霊を見た、って、仲間内では噂になっても…)
外部に流出させることなど、彼らに許されるわけもない。
当然、記録することも出来ず、噂は埋もれて、それきりになって…。
(人類もミュウも、何も知らないままで終わって…)
今の時代にも伝わることなく、それで「おしまい」になったのだろう。
幽霊は、いたと思うのに。
死の星になった地球だからこそ、彼らにとっては「死の国」そのもので、似合いの場所で。
(…幽霊は、そうやって生き続けたけど…)
死んでるのに、生きているなんて、と可笑しいけれども、いい表現を思い付かない。
とにかく幽霊は滅びることなく、SD体制の時代を乗り越え、今だって「いる」。
ところが魔物や怪物などは「とうの昔に」消えてしまって、SD体制が敷かれる前にも…。
(もう、いなかったみたいだから…)
彼らはとても繊細すぎて、滅びに向かい始めた地球では、生き辛かったに違いない。
汚染された水では妖精は生きてゆけないだろうし、魔物たちにも厳しい環境。
隠れ住む森や深い暗闇、そういった場所が無くなっていって。
(頑張って、何処かで息を潜めて…)
滅びの時代を乗り越えていたら、青い水の星が蘇った後、戻って来ることも出来ただろう。
今の地球には、お誂え向きの住処が幾つも出来ているから。
(…それなのに、噂が無いんだし…)
やっぱり滅びちゃったんだ、と溜息をついて、ハタと気付いた。
人間が退治し続けたのに、長い長い間、根絶出来ずに、出現し続けた魔物がいた、と。
遠い昔から人が恐れた、吸血鬼。
人の血を吸って生き続ける上、血を吸い尽くされて死んだ人間は…。
(同じ吸血鬼になってしまって、人の血を吸って…)
更に仲間が増えてゆくから、そうならないよう、昔の人間は彼らと戦い続けた。
様々な方法を編み出し、それを実践して。
二度と吸血鬼が現れないよう、あの手この手で防御もして。
(…それだけやっても、滅ぼせなくって…)
何千年も人は戦い続けて、今は「吸血鬼がいない」地球がある。
彼らも地球と一緒に滅びて、蘇ることはなかったろうか。
(…何千年も退治し続けていても、滅ぼすことが出来なかったのに…?)
そう簡単に滅びるかな、と不思議になる。
たとえ滅びた地球であろうが、幽霊と同じで「残っていそう」。
もっとも、リボーンの人間だけしかいない地球では、血を吸うことが出来なくて…。
(棺桶の中で眠っているしかなかったとか…?)
それとも灰になってたかもね、と吸血鬼を退治する方法を思い出す。
心臓に杭を打ち込んで息の根を止め、蘇らないよう、燃やして灰にしてしまう。
それでも彼らは「滅びることなく」何千年も生き永らえたのだし、灰になっても…。
(何年か経ったら、また目を覚まして…)
新しい死体を探しに出掛けて、その中に入り込んだだろうか。
そういう仕組みになっていたなら、何千年も退治し続けていても、けして滅ぼせはしない。
灰が再び吸血鬼になり、人の血を吸い始めるのなら。
(…だったら、今の時代にだって…)
ひっそりと生きているのかもね、と思ったはずみに、頭を掠めていった考え。
「前のハーレイなんかは、どう?」と。
死の星だった地球が燃え上がった時、前のハーレイは…。
(深い地の底で、崩れ落ちて来た瓦礫の下敷きになって…)
死んでいったのだし、死体は「地球にあった」ということになる。
燃え盛る地球と一緒に燃えてしまう前に、吸血鬼が目を付けたなら…。
(吸血鬼になってしまったかも?)
だって、新しい死体だものね、と大きく頷く。
かなり傷んでいたにしたって、吸血鬼なら平気だったかも、と。
吸血鬼の灰は、前のハーレイの死体が気に入るのでは、という気がする。
他の長老たちの死体もあったけれども、一つだけ選び出すのだったら、ハーレイ。
(…前のハーレイ、モテなかったから、其処の所は…)
少し問題ではあるのだけれども、他の要素も考慮するなら、一番良さそう。
虚弱なミュウには珍しく頑丈な身体だったし、年を取り過ぎてもいない。
ついでにレトロな趣味をしていて、木の机だの、羽根ペンだのを愛用したほど。
(…吸血鬼とは、うんと相性、良さそうだよね?)
だから選ばれちゃいそうだよ、と顎に当てた手。
「長老たちの中から、一人選ぶのなら、ハーレイだよね」と。
もっと深い場所では、ジョミーとキースも「死体になっていた」のだけれど…。
(…そこまでは、流石に深すぎて…)
吸血鬼の灰は辿り着けなくて、前のハーレイの死体に宿る。
「いいものがあった」と入り込んで。
「傷んだ部分は治せばいいさ」と、いそいそと。
(…そうやって灰が入り込んだら…)
地球が劫火に包まれようとも、死体は燃えはしないだろう。
吸血鬼ならではの神秘の力で守られ、シールドされたみたいになって。
(でもって、その中で傷を治して…)
すっかり傷が癒えてしまったならば、前のハーレイが目を覚ます。
「此処は何処だ?」と、鳶色の瞳を瞬かせて。
「俺は確かに死んだ筈だが」と、「ブルーは何処だ?」と。
(…死の国に来た、って思うよね?)
天国にしては暗すぎたって…、と地の底の暗さに思いを馳せる。
其処で「ハーレイ」は「ブルー」を探して、あちこち歩く間に気付く。
「俺は死んではいないらしい」と、其処が死の国ではないことに。
おまけに「自分」が、もう人間ではないことにも。
(…ミュウでも、人類でもなくて…)
吸血鬼になってしまったのだ、と真実を知ったら、前のハーレイはどうするだろう。
ショックで暫く落ち込んだ後は、血を吸いに出掛けてゆくのだろうか。
吸血鬼には、血が必要だから。
人間の血を吸わないことには、活動する力を失うから。
前のハーレイが意識を取り戻した時、地球が青く蘇っていたなら、人間はいる。
深い地の底から外に出たなら、前のハーレイは血を吸えるけれども…。
(…ハーレイ、そんなこと、しないと思う…)
どんなに喉が渇いていようと、自分自身が生き延びるために、人の血を吸うとは思えない。
きっとハーレイなら、そうする代わりに…。
(地球の地の底で、もう一度…)
深い眠りに就いてしまって、二度と目覚めはしないのだろう。
眠っていたなら、血は一滴も要りはしなくて、人を傷付けはしないから。
吸血鬼の自分を封印すれば、平和な時代が続くのだから。
(そうやって、ずっと眠り続けて…)
ぼくが生まれたことに気付いて目が覚めるんだ、と赤い瞳を煌めかせる。
「だって、ハーレイだよ?」と、「ぼくに気付かないわけがないもの」と。
けれども、生まれ変わったブルーは、まだ赤ん坊。
前の生の記憶も戻っていなくて、会いにゆくには早すぎる。
(だからハーレイ、また眠って…)
青い地球の上に生まれた「ブルー」が大きくなったら、目を覚ます。
「もういいだろう」と、生まれ変わって来た「ブルー」に会いにゆくために。
其処まで出掛けてゆくだけだったら、血を吸わなくても大丈夫だろう、と。
(ぼくの年は、きっと十八歳だよ)
前のぼくと同じ姿に育った頃、と想像の翼を羽ばたかせる。
ある夜、今よりも大きく育った自分が、ベッドの中で眠っていたら…。
(窓のカーテンが、ふわって揺れて…)
ハーレイが入って来るんだよね、と吸血鬼が持つ魔力を思う。
窓には鍵がかかっていたって、ハーレイには意味が無いだろう、と。
難なく開けて、前のハーレイが着ていたキャプテンの服で、「ブルー」の部屋に現れる。
「ブルー?」と、耳元で呼び掛けて。
「覚えていますか、私ですよ」と、「あなたに会いに来たのですよ」と。
(ハーレイの声を聞いた途端に、ぼくの記憶が戻るんだ)
聖痕なんか無くっても…、と運命の恋人との絆の強さには自信がある。
前のハーレイの温もりを失くして死んだ自分だけれども、絆は切れていなくって、と。
そうしてハーレイと再会を遂げた自分は、結婚出来る年になっている。
前の自分と同じ姿に育ってもいるし、もう早速に、恋人同士のキスを交わして…。
(ハーレイと、ちゃんと恋人同士に…)
なれる筈だよ、と思ったけれども、ハーレイは吸血鬼として蘇ったから、其処が問題。
「ブルーの家まで、会いに来る」のが精一杯で、力は残ってなどはいなくて…。
(…もう戻らなくてはいけませんから、お元気で、って…)
優しい微笑みを浮かべた後に、別れを告げて帰るのだろうか。
ハーレイが長く眠り続けた、地の底へ。
人の血を吸わずにいられるように、自分自身を封印しに。
(そんなの、嫌だよ…!)
もっとハーレイと一緒にいたい、と願うのだったら、その分の血を捧げるより他に道は無い。
ハーレイの身体を動かすためには、充分な量の血が要るのだから。
(…ぼくの血を吸っていいよ、って…)
ハーレイに言うのは簡単だけれど、必要な血はどれほどなのか。
それに自分の血を吸って貰っても、ハーレイは吸血鬼なのだから…。
(昼の間は寝てるしかなくて、夜しか動き回れなくって…)
デート出来るのは日が暮れてからで、それでハーレイが疲れ果てたら、後は寝るだけ。
働くことも出来ないだろうし、ハーレイと暮らしてゆきたいのなら…。
(学校を卒業したら、ぼくが頑張って働いて…)
ハーレイと暮らす家を守って、おまけにハーレイに血を分け与えないといけない生活。
吸血鬼のハーレイは食事もしないし、「働きに出ているブルー」の食事を作ろうにも…。
(昼間は外に出られないから、買い物にだって行けなくて…)
もしかして、買い物もぼくがするわけ、と愕然とする。
(ハーレイが吸血鬼になって戻って来たなら、ぼくは、とっても大変じゃない!)
血を分けられる分の元気は残ってるかな、と不安だけれども、それでも頑張ることだろう。
ハーレイが、魔物だったなら。
吸血鬼になってしまっていようと、ハーレイが好きで堪らないから。
(…ハーレイが、魔物だったなら…)
苦労しか無さそうな日に思えたって、まるで少しも構いはしない。
ハーレイと一緒に生きてゆけるのなら、貧血気味でも、ハーレイのために働く毎日でも…。
魔物だったなら・了
※前のハーレイが魔物だったなら、と想像してみたブルー君。吸血鬼になったハーレイ。
十八歳の姿で再会ですけど、ハーレイと暮らしてゆくのは大変そう。働くのもブルー君v